強欲少女のヒーローアカデミア 作:pastel
神野区は戦闘開始から僅か短時間で壊滅した。マキアの行進、オール・フォー・ワンとレグルスによる大規模な範囲攻撃、そして───
「あっははははははは!! 良いな! お前のそのヘラヘラした顔崩せて最高の気分だ!!」
死柄木の個性『崩壊』の───覚醒
「───壊理、私から絶対に離れるなよ。あの男は好き勝手言ってたけど、私は……君の事を何よりも大切に想ってる。本当に、君が初めてなんだよ……対等でいたいと思ったのは。君が私を愛しているように、私も君の全てが愛おしい。まぁそんな事言葉にしなくても理解しているだろうけど、不安そうな表情をしていたからね。大丈夫、君は私に愛される価値があるんだから、あんな死に損ないの言う事なんて気にしなくていい」
崩壊が伝播し、全てが破壊されていく中で彼女は首に回された壊理の手にそっと掌を重ねる。治崎が言った『壊理の瞳に映る自分を見てる』というのは間違いではない
でもそれは、壊理じゃなければ意味がないという事でもある。自分を認めて、愛して、求めてくれるのだって───他でもない壊理だから満たされる、受け入れられる。
愛とか恋とかで関係を飾る訳じゃない。ただ私が壊理といる事で満たされて、壊理の笑顔で幸せな気持ちになれるように───壊理にも私の傍で幸せになって欲しいと、思っただけだ
「……うん、私もレグルスお姉さんが好きだよ。あの人が言ってたこと、本当でも別にいい。どんな事があっても、お姉さんと一緒なら乗り越えられる。お姉さんと一緒なら、幸せだから」
彼女達の想いは一方通行では無い。レグルスに至っては相当利己的で独善的だが、それでも形は愛と呼べるものである。そして魔女の手を取った壊理もまた、共に道を歩む覚悟を決める
レグルスが”怖い事”をするのに抵抗はあれど、それでも愛が上回る。レグルスは自分の意にそぐわない者や自分を否定する者全てを拒絶する。だから彼女のありのままを愛する。それがレグルスにとって幸せなら、壊理にとっての幸せにもなる
世間の声で正義や悪を判断してしまえば正解なんて見つけられない。彼女達は何があろうと、掴んだ愛を離しはしない
「それが君にとっての愛なら、私はそれを心から尊重するよ。大丈夫、この総決算が終わったらまた平穏無事で変わらない時間を享受しよう。それに彼奴らも随分と調子に乗ってるみたいだし、ここいらで圧倒的な力の差ってやつを見せつけてやろうか。粗暴な個性の使い方しちゃって、後先考えずにオールインするやつってたまにいるよね。まぁちっぽけな個性が成長したらそりゃ嬉しくもなるか、憐れだよねぇ結局私に届く事は無いって言うのに───」
「お、お姉さん! う、うう後ろ!」
壊理が突然小さな手でレグルスの肩をバシバシと叩き、怯えた声で訴えかける
「急に何? 今私喋ってたよね、まぁ君の言う事だから何かあるんだろうけど、これで何も無かったら、ちょっと度を超えた悪戯と認識せざるを得な───ぃ」
彼女が振り返るとそこには─── 津波のようにうねる巨大な水の壁が、瓦礫と泥を巻き込んで迫ってくる光景が広がっていた。驚きの声を上げる間もなく、水流は強烈な勢いで彼女達を飲み込んだ
死柄木の手が触れた地面から広がる崩壊の波紋は止まることなく、川の堤防さえも粉々に砕いた事で川岸が崩れ落ちると同時に、せき止められていた水が一気に解放されてしまったのだ
「……痛い、でも気分が良い。今まで頭の中に浮いてたものが収まる所に収まって、そうだな……俺は今満ち足りてる。同時に、もっと壊したくてたまらない。結局1番壊したい存在が絶対に壊せないからこんなにもイラつくんだ」
「俺が居なければここも崩壊していたぞ、自分に酔うのは構わないが最低限のコントロールはしてくれ。それに、あの程度じゃ死なないだろう。お前達が相手にしてるのは怪物だ」
「うるせえな、お前と違って歯止めが効かないんだよ。そう考えると俺の上位互換だよな、オーバーホール。まぁ直すのは性にあわないから俺はこれでいいけど」
崩壊した地面に触れれば崩壊してしまう特性上、レグルス相手でなければ空を飛ばれない限り一撃で殺せるのだが───やはり相性差は最悪だ
濁流が轟音と共に戦場を飲み込む中、レグルスは壊理を背負ったままその中心に立っていた。凄まじい水流が周囲を荒々しく流れ、瓦礫や泥を巻き上げて押し寄せていたが、不思議なことにレグルスの近くだけは水がまるで止まったかのように動いていなかった
彼女の周囲数メートルだけが異様な静寂に包まれ、水流は見えない壁に阻まれたように彼女を避けて流れていた。
「まったく、この程度で私達を倒せるとか勘違いしちゃったわけ? 本当に呆れるよ。君らがどういう信念とか大義を掲げて生きてるのか知ったこっちゃないけど、もう少し利口になった方がいいよって言っても手遅れか。何だっけヒーロー殺し? ああいうバカのくせに声はデカい奴とかと同じで、結局何処までいっても子供の我儘の域を越えられなくて、それを貫き通す力も無い。結局君らの決意とか覚悟って言うの? 今までの人生で必死こいて得て来たものとか、所詮その程度なん───」
「あぐっ! いったいです! 何もしてないのに、何で勝手に跳ね返って───?」
「トガちゃんナイス! アウトー!」
トガの投げたナイフは一直線にレグルスの顔へと向かい、次の瞬間、彼女の顔に当たった───はずだった。しかし、レグルスの顔に触れた瞬間に反射され、勢いそのままにトガの額へ衝突した
刃ではなく持ち手の部分が当たったのが不幸中の幸いである。それでも謎だ、当たって効かないならまだしも反射されるなんて聞いてない
───簡単な話だ、『個性』の解釈を広げ応用法を編み出したに過ぎない。『獅子の心臓』は自身と触れた物の時間を止める、その結果物理法則を無視した『絶対不変の存在』となる。
それは私だけが自由に操作でき、停止した全てが私の支配下に置かれる。発想元は通形ミリオ達と編み出した停止→解除による反動を利用した攻撃、そして体育祭の決勝で『爆破』を反射した時の経験を元に編み出した
時間停止は外部の影響を遮断し、物体の情報を保存する。今まで無意識に権能を使っていたから気づかなかったが、停止した物体の情報を私は掌握できる。じゃなきゃ目視できない速度で何処までも飛んでいく真空波を相手に当たった瞬間解除できるものか。
情報の掌握、運動量を保存したまま時間を停止される事で物体は状態を保存したまま状態を改変される。その延長による───ベクトルの反転
やる事は単純、ゼロから方向を再設定するのみ。初めての試みではあったが、まぁ今まで無意識に行なっていた事の延長など造作もない
何故この応用法を編み出すに至ったかは───思い出したくもない
「はぁ〜本当、物わかりの悪い女って嫌だよね。躾をする手間ってものが大変だ。まあ、大抵の女は物わかりが悪いものだから、まずは教えられる立場ってものがどういうものなのか教えてあげなくちゃならないんだけど。あ、勘違いしないで欲しいんだけど、別に私が躾ける訳じゃないよ。そんな手間がかかる人なんて男でも女でも傍に置きたくなんてないからね。基本的には親の役目だ、君は両親に愛を持って躾られなかったのかな?」
「お前が言うなよ! 物わかりの悪い女代表のくせしやがって!」
「女のくせに、ってのもいかにも比べる女を知らなそうな偏見が垣間見えるよね。そもそも世界中に数えきれないほどいる『女』って生き物と、どういった権利があって私を比較するっていうのかな? その態度はさぁ……ちょっと、看過できないよね。それはあまりに礼を失している。私という個人を、その権利を、蔑ろにしてる。自分の愚かさを思い知って、私との力の差を思い知って尚そんな態度でいるのなら、もうそれは慈悲を与える理由すらない!!」
嘲笑が消え、口元が硬く引き結ばれる。眉が深く寄り合い、額に青筋が浮かび上がった───完全に怒りが頂点に達した
彼女は歯を食いしばり、両手を勢いよく水の中に突き出した。その手が静止していた水の表面に突き刺さると、まるで水そのものを掴むように指を締め上げる。すると、巨大な水の塊が彼女の手によって引きずり出されるように浮かび上がった。数十メートルもの水柱が、彼女の手の上で形を保っている
「君達の度胸だけは評価してやるよ! とはいえ小細工抜きに君達がどれだけ立ち回れるかなんて、たかが知れてるけどね。絶対に後悔させてやる、お前もお前もお前らも!! 全員私がバラバラにしてやるよ!! ほら、避けられるもんなら───避けてごらんよ!」
レグルスは一気に跳躍し、空高く舞い上がった。水の塊を両手で逆さにし、まるで巨大な容器をひっくり返すように押し出す事で水塊が砕け、無数の水滴となって降り注ぎ、その一つ一つがただの水滴ではなく爆撃のような勢いで地面に叩きつけられ原型の無くなった街を更に破壊していく
「ちょ、ちょちょちょやべえー!! 逃げろ逃げろ逃げろ!!」
「殺される! 殺されちゃいますー!!」
「黙って走れ死ぬぞ!!」
彼らはそれぞれの個性や身体能力を駆使し、水の爆撃から逃れるためにバラバラに散らばって逃げていく
未だに浮遊している彼女は怒りに燃える目で彼らを見下ろし、その視線は彼らを逃がす気など微塵もない
「───さて、そろそろ終わらせようか。あの男……よくあんな顔でのうのうと生きていられるな、許せないよ。許されるわけないよね? クズの分際で好き勝手言ってくれちゃってさ、あんな男助けるヒーローも趣味悪いよ。そもそも壊理に消えない傷を付けておいて、謝罪の一つも無し、挙句の果てには私達を侮辱してくる始末だ。壊理どう思う? 私は少なからず怒ってるし、それが当然の権利だと思うのだけれど」
「私は……このままあの人に、怯えたくない……!」
彼女達にとって最大の因縁の相手である治崎廻をターゲットに定める。壊理の心の傷は深い、どれだけ好きな人と一緒に居ようが身体に刻まれた恐怖は忘れられない
幸せになればなるほどトラウマが尾を引いてくる。それでも大好きな人と心から笑い合える時間を生きる為に、治崎に臆せず立ち向かいたい気持ちが芽生え始める
「全ては私達の平穏を守る為に戦う。誰にも邪魔されず、誰にも脅かされず、平穏無事で安寧とした日々を享受したいだけ。権利を侵害されることも無く、自我を否定されることも私財を奪われることもない……ただ君と、永遠の時間を過ごしたいだけだからね。その為ならある程度の犠牲は必要不可欠、いや犠牲という表現は適切じゃない。私達の犠牲の上に幸せを築こうとした彼らを追い出すだけだ、私達の世界からね」
治崎の正面に音もなく着地する。さっきの逃走劇で味方から離れたらしい、それが意図的かどうかなど大した問題ではない。脅威にすらならない相手の策など考えるだけ無駄というものだ
「さっき、このまま生きていけば世間から迫害を受けると言ったが……お前達がその程度で止まるはずが無いのは分かっている。絶対的な力が重なり合えば、最早他人の声など意に介さない」
レグルス達に対して憎しみを向ける治崎の表情に覇気は無い。彼は既にレグルスを殺す事は出来ないと諦めてるようだった。彼にとって生きる目的の無い人生など捨てても構わない
公安で飼い殺されるより、今の状況の方が幾らか救われる
「はぁ? 急に何なのかな、命乞いでも始める気? 死に損ないの惨めな言い訳なんざ聞きたくもないんですけど。人聞きの悪い偏見ばっかり言いやがって、お前みたいなやつが居るからいつまでもこの社会は住み良くならないんだよ。私に奪われたって、いつまでも他責思考で生きてるだけなんだお前は。自分の培ってきた物に価値を見出しすぎなんじゃない? 百歩譲って私が欲しい物は誰彼構わず奪う欲深な人間だと仮定して、お前には奪う価値すらないんだよ。分かる? 前提が違うんだよ!」
レグルスはそんな治崎を全否定するように煽り始める。敗者の抱く憎しみなど毛程の価値もない。満ち足りてない人間の嫉妬程醜いものもない
「お前に奪われた研究は───壊理は、世界を変えられる力だ。個性が存在する前に巻き戻し、個性で成り立つ社会を根元から壊せる呪われた力。誰もが個性なんて病気を患うせいで、自分が何者かになれると精神に疾患を抱く……! お前はその筆頭だ! 未成熟な精神のまま全てを退けられる無体の力を得たせいで、英雄になれると浅ましくも夢を見てしまった」
「───言ってくれるじゃないか、クズの分際でグダグダと……! お前の思想なんて欠片も興味無いんですけど。個性が無くなれば世界は変わると信じてる事こそ、あっさい夢だとは思わない? 結局それって、自分以外の個性を消して一切の脅威無く支配者として上に立ちたいって事だろ? ぷっ───あはははは! それってプライドだけは高い臆病者の発想すぎて笑っちゃうよねえ? ちょっと壊理聞いてくれ、この男私を笑い殺す気だ! あっはははははは!」
一頻り爆笑したレグルスはその後も片手で口元を押さえ、笑いを抑えようとする仕草をしながらも、肩を震わせてクスクスと笑い続けた
対する治崎は、爆笑するレグルスを静かに睨みつけている。憎悪と屈辱が彼の表情に浮かび、震える肩は無力感と恐怖がせめぎ合う内面を隠せていなかった
「……英雄を目指す事から逃げたのは否定しないんだな、自分は英雄になれないと自覚したんだろう? なのに何故、壊理の英雄で居ようとする? 結局偶然助け出したのを良い事に、その子を利用しているだけなんじゃないのか。その子自身には何の価値も無く、ただ個性を利用したいが為の関係でしかない。壊理、お前はただの玩具、壊れたら捨てるだけの道具だ。目を覚ませ!」
壊理の心が一瞬凍った。治崎の言葉は鋭い刃のように胸を抉る。そして湧き出た感情は恐怖ではなく───燃えるような怒りだった
彼女の心は、レグルスへの絶対的な信頼で満たされている。レグルスは自分を暗闇から救い、心から幸せな気持ちにしてくれる人だ。その信頼は、壊理の心の芯を揺るぎないものにしていた。治崎の言葉は、彼女にとって許せない冒涜だ
「───違う……!」
小さな身体は震えているが、彼女の瞳は治崎を真っ直ぐに捉えていた。
「お姉さんは私を大事にしてくれてる! 貴方には分からないよ! お姉さんがどんなに優しくて、どんなに私を大切にしてくれてるか……! 私を捨てたりなんてしない……ずっと傍にいてくれる私のヒーローなの! それを貴方なんかが、分かったように言わないで! 私、貴方の事……大っ嫌いだから!!
壊理は勇気を振り絞り、その瞳には治崎の冷たい視線を跳ね返すように恐怖を越えた決意が宿っている
治崎の冷たい言葉は壊理の心に微塵も響かなかった。壊理はレグルスの優しさを知っているから───
あの暗い過去、独り震えていた時、私のヒーローが現れた。最初は怖かった、でも一緒に過ごしていく内に凍った心が溶かされて……一緒に居ると凄く安心するようになって、あの夜私の手を握ってくれた時……好きって気持ちが溢れて止まらなくなった。戦場での冷たい笑いも、敵を圧倒する力も、壊理には関係ない。彼女の指が壊理の髪を梳く感触、幸せな気持ちを笑顔で表せば、彼女も嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。それらが壊理にとっての真実だった
「壊理は本当に強くて賢い子だね。それと比べて君は随分と見苦しいな、自分の力が通じないと分かれば、普通は潔く敗北を認めるもんだよ? それとも何? この期に及んでまだ、被害妄想を膨らませて行き場のない感情を私にぶつけようとしてるのかな? それって、私の権利を、私っていう存在そのものを軽んじてるよね? 聞くところによると君、壊理に相当な事をしてたみたいじゃないか、それを棚に上げて奪われただのほざきやがって。人から奪ったもので積み上げた自分の価値が、本来収まるべきところに収まっただけだろ? 惨めに地を這う虫ケラが私達から何かを奪えるとでも思ったの? 自惚れるなよ、虫が星を落とせる訳ないよね?」
一閃───治崎の腕が宙に舞った。続いて残った腕も無慈悲に切断される。彼の誤算は壊理とレグルスの強固な絆。互いを認め合い、受け入れている両者にとっての理想的な関係が構築されていたこと
結局、目的を失い現実から逃げ復讐に生きた所で、その小さいプライドと決意すら魔女に奪われてしまった。何も成し得ず、何者にも成れず───無に帰したんじゃなく、最初から……自分には何も無かったのかもしれない。親父は現実を見ていなかったんじゃない、現実を見た上で侠客で在り続ける道を選んだ……だから多くの人に慕われていた
───『人の道から逸れたら侠客終いよ治崎、心のねぇ外道に人はついてきやしねぇ』
親父の言葉が脳裏に浮かんで、咄嗟に雄英生を逃がした。自分を救ってくれた雄英生に報いる為なんて、もう何もかもが遅すぎると言うのに───
「……さっさと殺せ」
「最後まで何を偉そうに……ま、それも仕方ないのかもね。君という人間を形作る上でそのやっすいプライドはきっと必要不可欠なんだろう、それならもう仕方ない。君が如何に厚顔で矮小で劣等でも、それが君を君たらしめる所以なのだとしたら否定するのはいくらなんでも可哀想だ。世界は小さい癖に広くて、色んな人が居る訳だから1人くらい君みたいな奴が居たっておかしくないよね。ただ残念なのは、その本質を理解してやれる人が私くらいしか居ない事かな。ほら私って基本的に誰とでも友好的に接していきたいから、自分の事を語って終わるんじゃなく、ちゃんと相手の事も理解しようと努力するんだよ。価値観が合わないとか、感性が違うとか、性格の相性差ってのは勿論あるよ? 私だって苦手な人間くらいいるさ。でもそれは、相手の本質を理解した上で苦手と判断しただけで、第一印象で全てを決める薄っぺらい人間とは違う。弱者への理解とか、最低限の配慮とかを常日頃から欠かさないようにしてるからこそ、裏切られた時にとても悲しい気持ちになるんだ。私だって意地悪で権利を主張してる訳じゃないよ? 信じていたものに裏切られて悲しいから、その気持ちを理解して欲しくて主張してるんだ。自分の気持ちは、しっかりと言語化して相手に伝えなきゃダメだ。だけど、どうやっても気持ちを理解してくれない人もいる、でもそれは私の落ち度じゃない。相手がそれを理解しようとしていないだけ、そんな怠惰な態度で人と向き合う人間は無意識に人を悲しませる。嘆かわしいよね? だから殺してあげなくちゃいけない、それでその人が今後悲しませるであろう顔も知らない人間を間接的に救ってるんだ。そうする事で私の気持ちも少しは救われるってもんだからさ、分かる? 君に当て嵌めるなら、壊理を悲しい気持ちにさせたせいで私まで悲しい気持ちになった。一度じゃなくて二度も。一度殺して全て解決、君に害された人間は救われた、これでハッピーエンドのはずだったのにさ。君は浅ましくも足掻いてしまった、自己中心的に他者の権利を蔑ろにしてこれ以上生きた所で一生地を這い蹲る人生を歩むだけなのに、あろう事か被害者面だ! 君が潔く死を受け入れなかったことで、顔も知らない誰かが悲しんでるとは思わない? 君が生きてる、その事実がその現実がその存在が! 今も誰かの! 私の、笑顔を奪ってしまったとは思わない? 死んだ君を嗤う権利を奪ったとは思わない? それってさぁ、私という個人の権利の侵害だよね?」
治崎は腰を下ろし、瓦礫に背を預けながら無力感に震える目でレグルスを見上げている。戦って勝てる相手では無い、何一つ奪う事も出来ない。彼女は怒っているが、どうせすぐに忘れるのだろう。自分を映す鏡などいくらでもある、人生を捨てて憎んだ相手の心にすら残らない、そんな結末を───
***
治崎の震える姿が、過去の自分に重なった。身体を切り刻まれ続け痛みと恐怖に苦しむ自分と。
何故だか胸が痛む、あんな人を許す必要なんて無いはずだ。レグルスが治崎を殺せば、この痛みは消えるかもしれない。彼女の愛する人が全てを終わらせてくれるなら、それでいいはずだ
───それで、いい……?
なのに治崎の怯えた目を見ると、別の思いが芽生える。この人は……もう、あの頃の治崎廻じゃない……
彼の震える身体、全てを諦めたような瞳には、かつての冷酷な支配者の面影は残っていない
もし……この人を許せたなら……トラウマで繋がれた鎖を断ち切れるかもしれない。彼を殺す事が過去を清算する為に立ち向かうことなのか、それとも彼を許す事が───
レグルスが治崎を殺そうとしてる。彼女の意志に逆らうのは、壊理にとってとても辛いものだ。身を引き裂くような痛みが心を襲って、でも悩んでしまって───葛藤が胸を締め上げ、息が詰まる
「ま、まって───! その人を、殺さないで……!」
彼女の声はか細く、だが必死だった。レグルスへの愛と、トラウマを越えて治崎を許したいという願いが、壊理の心で激しくぶつかり合っていた。だがしかしそんな葛藤を理解できるほど、レグルスは共感能力に長けていない
「───あぁ? 何? 今のは私の聞き間違いかな? 今君の口から、君の声で、私を否定する言葉が聞こえてきたんだけど。いやまさか、他でもない君が私を否定する訳ないよね? 私に受け入れて欲しくて、一度拒絶されても諦めず愛を持って応えてくれた君が私に異を唱えるなんて有り得ない。だからもう一度聞かせてくれないかな? すまないね、話の内容を聞き逃したのは私の不手際だ。その上で有耶無耶にするなんて礼儀を欠いた態度は見せないよ、私は誠実な人間だからね」
「違う! 否定してるんじゃないの。お姉さんの事はずっと信じてる、でも私は! もうその人に怯えたくない、だから───その人を、許したいの……! そしたらもう、昔の事を気にしないで……生きていけるはずだから!」
決して反抗している訳では無い。依然として壊理はレグルスを信じている、それでも自分の過去から解放される為には殺しが最善の手段ではないと子供ながらに思っただけだ
壊理はレグルスの背中に額を押し当て、自分の気持ちを理解してくれる事を祈る。彼女の愛はレグルスに揺るぎなく注がれながら、過去の傷を癒すために治崎を許す一歩を踏み出していた
「えっ、は、はぁ!? 許す? それでトラウマを克服する事にどう繋がるのか私には理解不能なんだけど。この男が生きて、醜くも足掻こうともがき続けるのを君は許せるって? あのさぁ、優しさってのは美しいもんだけど、度を過ぎればそれは余計なお世話じゃない? 別に私も君の優しさを否定してる訳じゃないよ、ただ今の君は少し視野が狭くなってるみたいだから私が別の道を示してあげようとしてるだけだ。私言ったよね? 生きてるだけで人を不幸にする人間を許すって口実で生かしたら、恨まれるのは私達だよ? その時に君はこの男を許してあげたかったんですって言い訳するのかな? それって、他者の権利の侵害じゃないかなぁ?」
薄ら笑いを浮かべ壊理にペラペラと話すレグルスだが、これでも彼女なりに壊理の事を想いやっている。これが他の人間であれば即ミンチになっているところだ
それこそ、これはどっちにとっても我儘でしかないのだろう。殺せば全てを終わらせられる、許せば一歩を踏み出せる。
何れ時間が傷を癒してくれるのかもしれない。変わらない時間を好きな人と永遠に生き続ければ自然と鎖は外されるのかもしれない
治崎廻は悪い人間だと身をもって理解している。レグルスの言う事だって一理ある、だからこれは壊理の自己満足でしかないのだろう。だが───
自己満足でしかないと、偽善でしかないと、そう括られたならなんだというのだ。この世の行いは結局、最終的にどう受け止めるかは自分の持つ秤次第でしかない。為されない善行に意味はなく、偽善なんて言葉は究極的には存在しない
彼の瞳は虚ろに目を伏せ、憔悴した顔には諦めが刻まれていた。かつての野心や冷徹な支配者としての姿を失い、ただ深い無力感に沈んでいる。
壊理の言葉を聞き、掠れた声で呟いた
「……お前達は俺から生きる理由を奪っただけじゃ飽き足らず、今この場で死にゆく理由すら奪おうとするのか……?」
消えない恐怖を刻まれた──彼が憎い、だからこそ……ここで死んで全てから逃げるなんて絶対に許せないんだ。沢山苦しめばいい、自分が味わった苦痛、恐怖、絶望──沢山味わえばいい。それでも諦めず、やり直して初めて
───心からこの人を許せると、そう思ったから
「貴方を許したい、でもまだ許せないの……! だから……やり直してよ、生きる事から逃げないでよ! 生きる理由が無いって言うなら、心が空っぽなら───!」
何もかもが空回りしていた過去を、何もかもから逃げ出したかったこれまでの日々を、無為に過ごしてきたそれらの時間を悔やみ、恥じ、諦めに変えようとしていた。
そんな自分勝手な決意を、治崎廻を……壊理は許さない
「空っぽで、なにもなくて、そんな自分が許せないなら──今、ここから始めればいいの……一から……ううん、ゼロから!」
彼女に、消えることのない『呪い』をかけたのは治崎自身なのだから。
治崎にはその責任を、果たす義務があるのだ。
レグルスはオールマイト&スター戦が超トラウマになってます
反射については、対象をいち早く察知する為に反射膜を採用。
完全に劣化型白モヤシさんです