強欲少女のヒーローアカデミア   作:pastel

38 / 46
38話『誰我為のスタートライン』

 今までの業になど目もくれず、自らを英雄と自称するレグルス。

 言葉の通り彼女にとっては壊理を守ることが自身の権利を守ることに繋がり、それ即ち正義の極致である。問題はその正義を貫く為に他者の正義や権利を我が物顔で奪い、踏み躙る事。

 

 彼女自身、何か悪意を持っている訳では無い。ただ自分の行い全てが当然のことであり、そこに間違いなどないと本気で思っているのみ。

 

「誰も彼もが誰かの為に戦っている、それが自分の為になるからだ。所謂エゴイズムってやつだよ、信念や大義を掲げてオールマイトのように結果を出そうとも、結局のところ人間が抱えた醜い我欲の域を越えない。越えられないんだ、誰であろうと。私はそれを悪いことだとは思わない、だってその欲が無い限り、『無欲』である限り英雄には成れないってことだもの。だから私はこの醜い我欲を満たす為に『強欲』であろうと思う。その結果何が起ころうとも、私は悪くない」

 

 今度はエンデヴァーに視線を向け、琥珀と翡翠の瞳が交錯する。

 自らを『無欲』であると称するレグルスに芽生えた……芽生えてしまった英雄幻想。物語の中の存在だった二人の英雄はもはや彼女にとっては現実で、ただ英雄とはそうあるべきだと頭の中で漠然とした印象を抱いていた

 

 自分はそうはなれないと、自覚も成長も出来なかった彼女は心のどこかでずっと不安を抱いていたのだ。権能を思うがままに振るい全てを圧倒して頂点に立った時、果たして彼らは何処に立っているのか。

 

「私自身は今に満ち足りている、もう既に満足なんだ。だからこそ『強欲』である事が許される。その強欲を満たすまでの過程すら、きっと満ち足りているだろうからね。多くは望まない、元より私は無欲な人間だしあまり力もないから、私と私の周りを守るので精一杯。逆に言えばそれだけは何としてでも守り通してみせるってことだ、例えどんな英雄が現れようともこの世界で壊理の英雄を名乗る事が許されるのは、私だけなんだから」

 

 英雄幻想を背負っている英雄達に、並び立つ事は───、そんな誰にも言えない不安を上書きするように、壊理は自分を認めてくれた。

 その愛を、期待を受け入れたならば───求められている限り、私は英雄であり続ける義務がある、と……

 

 信念なんて真っ直ぐとしたものじゃない、大義だなんて掲げるものでもない。そこにあるのは、空っぽな心を愛で満たされたレグルスによる『誓い』だった。

 

「……お前の事を、少し誤解していたようだ。確かにその子にとってお前はヒーローなんだろう。そしてその期待に、心から応えようとしている。世間の声に囚われず、信じられる者を見つけられたなら……きっとそれが正解なのだろう」

 

 彼はレグルスを冷酷なヴィラン、破壊と混乱の化身と断じていた。

 悦に浸りながら人を殺し、癇癪を起こして民間人を傷つけ、自らの力を誇示するとなれば被害などお構い無しに大規模な災害を引き起こす様は彼のヒーローとしての経験に深く根ざし、疑う余地のない真実だった。

 

 恐らく社会的な意味の『ヒーロー』になる事は出来ないだろう。だが彼女に正当な正義を掲げられる心があるのなら……ヴィランという単純な枠組みを超え、レグルスという一個人の複雑な動機に初めて向き合う。

 

「社会とか不特定多数の一般人にとっての象徴であろうとするか、自分で見定めた個人にとっての象徴であろうとするかの違いってだけだよ。私は壊理の英雄であり続け、壊理はそんな私が生きる理由……『心臓』となる。我ながら強欲な話だけど、手の届く範囲にあるのなら取るも取らないも私の自由。そうさ───欲しいものを手に入れるのは当然の権利だ」

 

「お前の正義を貫く事と、無実の人を傷つけるのに何の関係があるというのだ? ヴィランだけを狙い、殺さず捕らえるならばまだ……百歩譲ってヴィジランテ活動と目を瞑ってやれる。今からでもそうする気は……ないか?」

 

 その言葉にはエンデヴァーなりに目の前の少女達へ手を差し伸べたい想いが込められていた。法律や秩序を重んじる立場上、折衷案にすらならない話だが……天秤の片方に世界が乗せられた状態ではまた違う。

 

「誰だって権利を侵害されたら怒りに震えたくなるものさ、それは寛容な私だろうと例外じゃない。私の権利を侵害した時点で無実という前提は覆り、そして罪人は罰せられる。だから全ては自明の理だ。私の邪魔をするな。私の道を阻むな。私の行いに口出しするな。私のやることに反対するな。そんなに難しいことを、私が頼んでいるか? いいや、最低限他者を気遣える心を持ち合わせていれば、意識する必要すらない程簡単な事さ。自分の器が小さい事を、私のせいにしないでもらいたいんだよね」

 

 彼女は肩を竦めて面倒くさそうに首を振ると、さも当然といった口調で語る。恐らく今の言葉がレグルスという人間の本質、変わることの無い芯の部分。

 

 そして、そこに唯一介入を許したのが───いや、そんな打算を込めた願望が通用する相手ではない。レグルスの精神は今が最もマシな状態であるのも確か。

 

 と、彼女達について思考を巡らせるエンデヴァーをよそにレグルスは次の言葉を紡いでいく

 

「そう、私が何をしようと誰かからの許しなんて必要ないんだよ。つまりいくら社会的地位が高かろうと、私に対して上からものを言うってのは……」

 

 突如としてエンデヴァーの脳内に鳴り響く危険信号。その正体は目の前の少女から発せられた───純然たる殺意

 

「───私を見下している、と……そう捉えられないかな?」

 

 レグルスは片手を優雅に、それでいて苛烈に払う。刹那、彼女の手から放たれたそれは目に見えぬ刃となり大気を劈く轟音、そして空間そのものを断ち割る鋭利な波動とともにエンデヴァーへと疾走した。

 

「……ぐっあぁ───!」

 

 咄嗟に炎を噴き上げ身を翻して回避を試みたが刃は彼の装甲を切り裂き、肩に血の線を引いた。

 致命傷ではない、痛みは走るが腕もまだ動かせる。

 

「どいつもこいつも許可なんてしてないのに攻撃を避けるから、君がしっかりと受けてくれてホッとしてるよ。本当、身の程を弁えて欲しいものさ。英雄が言うならまだしも、英雄幻想を背負うに至れなかった二番手の君が、私に向かって偉そうに説教なんて出来るわけないでしょ。だから今ので、私と君の間にある認識の相違を矯正できたと信じてるよ」

 

 優しさは見下しと捉える救いようのない精神性。エンデヴァーが不器用なのもあるが、これは口の上手いホークスでも同じ結果になっただろう

 やはり彼女と接するほど、壊理の存在が奇跡のように思えてしまう

 

「結局無駄な時間を過ごしたし、君のせいで要らぬ苦労までする羽目になった。これ以上は無意味だ、何も生むことはない。これだから人と関わるのは嫌なんだ、否が応でも影響を受けることになる。私は不変でありたい。変わりたいと思うほど強欲な人間でもなければ、そもそも今に満足してるわけで、その充足感さえあればいいんだよ。君は君で努力し続ければいい、向上する必要のない程高みにいる私と違って、君らは向上する事を辞めたらそこで終わりだからね」

 

 この少女を、少女達を放し飼いするのはどう考えてもジリ貧だ。現にこうして取り返しのつかない事態に陥っている。かといってこちらが何か言ったところで返ってくるのは返事ではなく時が止まった空気の斬撃だ

 

 ───そもそも彼女をどうにかしたいなどと考えるのは、傲慢なのだろう。オールマイトを越えられなかった自分が、オールマイトが救えなかった人間に対し今更何ができると言うのか。

 

 ヒーローとしての使命と、諦めざるを得ない無力感が彼の心に葛藤を生む。それでも、胸の奥……微かな火種のように言い表せない想いが残り続けていた───。

 

「耳の痛い話だ。英雄幻想……平和の象徴に到れなかった俺に、家族を蔑ろにした俺にヒーローを語る権利などないのは、俺が一番分かっている。だが───む?」

 

 その瞬間、エンデヴァーの背筋に冷たい戦慄が走り、彼は咄嗟に振り返る

 

 そこには、闇そのものが凝縮したような靄が煙のように揺らめき───その正体は黒霧のワープゲートだった

 そしてその中から現れる───死柄木弔の姿

 

「……ん? 何だよ、エンデヴァーいんじゃん。つーかオーバーホールやられてるし……本当にどこまでも俺をイラつかせるなぁ、お前。まぁ、全部壊せば───」

 

「───させんわっ!」

 

 死柄木の声は低く、抑えきれぬ苛立ちが言葉に滲む。彼の指が地面に触れようとした刹那、エンデヴァーは即座に動いた。

 

 肩の傷から血を流しながらも炎を噴き上げ一気に距離を詰めるとそのままワープゲートから離れた位置まで移動させ取り押さえる

 

「五指で崩壊させる個性……先程のはやはり貴様の仕業か。どちらにせよ指が焼かれていては触れようにも触れられまい!」

 

「天敵かよ……強すぎだろプロヒーロー。レグルスは放置で俺は即捕まえるのか、不平等にも程がある……! そいつが女だからか? ガキだからか? 例え人殺しでも暴力を振るう理由にはならないって? 立派だなNo.2……ところで、本命は俺じゃない」

 

 ダメージが蓄積され、指先から泥のように溶けていく死柄木の肉体。そこで漸く理解する。これはトゥワイスにより作られた分身体であるということに───。

 

 安全圏からの攻撃……違う、わざわざ姿を見せた理由は───陽動! 

 

「だとすれば狙いは───!」

 

 ダミーだと悟った瞬間、エンデヴァーの勘が別の脅威を捉え咄嗟に背後を振り返った。

 彼の瞳に映ったのは静かに佇んでいるレグルス達───その間に小さく光るビー玉のような球体

 

 次の刹那、光が弾けコンプレスの圧縮が解除された。巨大な瓦礫の塊がレグルスと壊理の間に突如出現し壊理の小さな身体がレグルスの背から強引に引き剥がされる。

 

 いつもなら触れた瞬間不変の存在が優先され塵になる物体も、レグルスが反射を切っていなかった事によりそのまま残り続ける形となってしまう───。

 

「いやっ……! お姉さ───」

 

 ───彼らは悲鳴を上げる暇すら与える気は無い

 彼女達の足元に転がった球体が光り、自称エンターテイナーが姿を現し壊理を確保する

 

「『獅子の心臓』───回収完了……って、圧縮できねえや。このまま運ぶ、ゲート頼んだ!」

 

 レグルスの瞳が一瞬で驚愕に染まる。いつもの余裕を湛えていた表情が凍りつき、声すら上げられない様子は完全に思考が止まっていることを周囲に知らせていた

 

「待っていろ! 今助けに───」

「行っていいのか? 指一本ありゃここら一帯を塵にするのは楽勝だ。人命優先のヒーローさんは、ガキとその他大勢、どっちをとるのかなぁ? はははは!」

 

 既に半分以上泥と化している死柄木など放っておいても直ぐに崩れる。だが死柄木の悪意に満ちた笑みはエンデヴァーの足を一瞬だけ止めてしまった

 

 ───火力を上げ分身体を完全に破壊、そこから最高速度で目の前の敵まで到達する為には、その一瞬の遅れが余りにも致命的すぎた。

 

「っ! お前らあぁぁぁぁぁ───!」

 

「おー怖い怖い、そんな君にはこれをプレゼントしちゃうぞっ」

 

 レグルスが収まらない驚愕を殺意に変換し一瞬でコンプレスの元に距離を詰めようとした矢先、目の前に投擲される数個のビー玉。

 それらが一斉に解除され元の瓦礫に戻る事でレグルスの行く手を阻む

 

 いや、彼女の歩く道を防げる物などこの世には無い。だが一瞬、ほんの一瞬彼女の注意を反らせればそれだけで時間稼ぎは事足りる───。

 

 コンプレスの目の前に出現するワープゲートが壊理を救おうとする二人の焦りを加速させる

 

「───壊理っっっ!!!」

「手を伸ばせえええ!!!」

 

 痛む肩を無視して手を伸ばすエンデヴァーと、必死に声を張り上げながら壊理の手を掴もうとするレグルス。だが無情にも、悟ってしまう。

 

 これはもう、間に合わないと……

 

 ───刹那、地面が白で染まった。段々と冷えていく身体がその正体を看破する……凍ったのだ、この一瞬で

 

 それはレグルスにとって見覚えのある光景だった。初めて”彼”と邂逅した時も、こんな風に地面が凍りついて───、

 そして戦場に響き渡る声。それと同時に真っ暗な夜を駆け抜ける翡翠の閃光───! 

 

「───緑谷!!!!」

 

「デトロイト───スマッシュ!!」

 

 彼女達の瞳に映ったのは、Mr.コンプレスを殴り飛ばし壊理を救出した緑谷出久の姿だった。エンデヴァーもレグルスも度重なるハプニングに思考が追いつかない、それでも今やるべき事、それだけは明白だった。

 

「ふんっ! 迫圧紘、確保! そしてお前達、何故ここにいる!? そして何だそのホストのような格好は!? 非行は許さんぞ焦凍!!」

 

「レグルスがいるって話してるの聞いて、走って来た。あとこの格好は変装だ」

 

「罰なら後でいくらでも受けます! でも今はこの子の安全とヴィランの対処を! レグルスさん、この子って───」

 

 緑谷が振り返った先にいたのは全身を震わせ目を限界までつり上げながらこちらを睨みつけるレグルスだった。その表情、まるでブチ切れたときの幼馴染に酷似していて───いや、そんな事考えている場合では無い

 

「お、おっおま……おお、お前えぇ───! 壊理に触れるな!! この、色情狂がぁ!!」

「し、色情狂───!? ちょ、ちょっと待って! 僕は別に邪な気持ちがあってこの子に触れてるわけじゃ……!」

 

「あ、あの! 助けてくれてありがとうございます。私、もう大丈夫、です。だからお姉さんのところに……」

「え!? あ、ごめん! そっか、二人は仲が良いんだね。ごめんレグルスさん、僕、君達の関係を知らなくてその、ごめん!」

 

 とにかく只管頭を下げ二人の少女に謝罪する緑谷。その真摯な態度に、少しだけ怒りを抑えるレグルス。もう二度と壊理を離さないよう、背負うのではなく横抱きにしている。

 

 弱音など絶対に他者の前で吐くことが無いレグルスは、体のいい理由として緑谷を変態扱いしたが内心はそんな単純では無い。

 

 壊理を守るためだけに存在している英雄が、いざとなれば何も出来なかったのだ。個性を適用して絶対に傷つかないようにはしていた、でも守るっていうのは、相手を不安にさせないって意味で───それが英雄で……

 

 いや、本気を出せば絶対に手を掴めた。ワープゲートだって、指を振るうだけで消し飛ばせた。つまり目の前の此奴らが、強欲にも私の権利を奪っていったんだ───、そうだ私は悪くない。こいつらが……!

 

 ───どれだけ取り繕って目を逸らしても、脳裏に浮かび上がるのは泣きそうな表情でこちらに手を伸ばす壊理の姿。そして膨れ上がる、英雄への劣等感。それだけが、レグルスの心を支配していた。

 

「久しぶりだな、レグルス。元気そうで良かった」

 

「はぁ!? いきなり現れて何を言い出すのかと思えば、再会を喜んでるのかい? そんなのは君の勝手だから、とやかく言うつもりは無いけどさ。少しは時と場を考えて欲しいんだけど。私は今忙しい、見て分からない? 察せるよね普通は。というか、急に飛び出してきて何なのさ? 私が、壊理がいつ君達に助けを求めたのかな? 求められてない善意を押し付けるのって、相手の存在を軽んじてないとできっこないよね? そこのところどうなの?」

 

「そりゃあ、色々考えたよ。そもそもお前は俺よりずっと強いし、助けようとしても本当の意味で余計なお世話になるってな。それに立場的にも面倒がついてまわるしな」

 

 レグルスは殺人すら犯している社会的には正真正銘の悪人なのだが、その程度では足を止める理由にならない。レグルスを救いたいと思った轟焦凍の原点、それは───。

 

「それでも俺は、お前を絶対に守るって初めて会った時約束した───だから来た」

 

 約束? 確かに雄英襲撃時、此奴を騙して護衛してもらった記憶はあるが……そんなの、その場限りの任でしかないだろ。

 

「……馬鹿なのか?」

「あぁ、大馬鹿だ」

 

 続いて緑谷も口を開く。例えレグルスが彼らの心を理解できなくても、彼らは話さなければならない。余計なお世話はヒーローの本質であり、例え相手が悪人だろうが何だろうが、手の届く場所にいるのなら───。

 

「……職場体験の時、あの場に居たのに僕は何も出来なかった。君が途方もない悪意に晒されていたと知って、とても後悔したんだ。君に、戻ってきて欲しい。ヒーロー科にとは言わない。雄英じゃなくてもいい、ただ……これ以上、人を傷つけて欲しくないんだ」

 

 ───理解不能。どうにか言葉の意味を見出そうとしても、心がそれを拒否しているのが分かる。本当に、どいつもこいつも私を苛立たせる。完成されている私という存在に、レグルス・コルニアスという異物と英雄幻想が入り込んでから上手くいったことなんて一つも無かった。

 取るに足らない弱者による膨れ上がった嫉妬心は恐ろしい、たった一つの感情だけでこうも人の権利を侵害出来るのだから。

 

「守るだの後悔しただの、自惚れるのもいい加減にしろよ……! そうやって自分が何者かになれるなんて気色悪い幻想を抱いてるから、私みたいに何も望まない無欲で完成された崇高な存在を見ると嫉妬するんだよ! なんでどいつもこいつも私の邪魔をするんだよ!? 私は何も望んじゃいない、今に満足してるんだから、私に足りない物があるみたいな言い方で喋るな、反吐が出るんだよぉ!!」

 

「望んでいるものが無いのなら、君を信じている人を信じてみるくらいしてみろよ……! 轟君や僕だけじゃない、通形先輩達も、君の猫ちゃんも、相澤先生も……ずっと君を信じて帰りを待ってるんだ!」

 

「うるさいなぁ、グダグダと偉そうに説教するなよ! 信じてくれてる相手を信じなくちゃならない義務なんてありはしない。それを選択するのは私の権利だ。その権利を無視して主張を押し付けてくるって何様のつもりなのかなぁ? 君あれだろ? 体育祭の時に手足を破壊しながら戦ってたろ? もしかして力の差を身体で理解しないと分からない馬鹿なのかな君は、それとも私を馬鹿にしてるのか?」

 

 両手が塞がっていようとも、吐息を直線で飛ばせば目の前にいる身の程知らずの頭なんて簡単に吹き飛ばせる。信じている? 違うだろ、そいつらが抱いてるのは絶対的な力を前にした畏怖だけだ

 

 ”帰りを待ってる”だ? 私を独りぼっちだと憐れんでるのか此奴は!? 憎い、憎い憎い憎い! 気色悪い! どこまでも私を見下しやがってぇ……! 

 

「君が誰よりも凄い人だなんて、充分理解してるつもりだよ。昔から負け知らずだったかっちゃんに勝って、僕達がヴィランに脅えていた時既に、君は僕達を背にヴィランと戦って……それがどれだけ凄いことかなんて、分からないほど僕は馬鹿じゃない」

 

「だから」と言葉を繋げる。話している間だけは、彼女の攻撃が来ない。自分も彼女も、厄介な性格をしていると思う。助けを、優しさを求めていない彼女を───助けたいと思ってしまうくらいには

 

 返ってくるのは拒絶の言葉だけ、それでもさっき、彼女が大切そうに抱えているあの子が連れ去られそうになった時……彼女は助けを求める顔をしていたから───。

 

「轟君や僕だけじゃなく、皆……かっちゃんだって、誰よりも身近で凄い人だった君を───憧れのヒーローみたいでカッコよかった、君みたいになろうと、追いかけていたんだ!」

 

 体育祭が終わってからのかっちゃんは特に凄かった。休み時間もスマホを見て、熱心に何を見ているのかと思えば体育祭始まりから決勝までの映像を只管見てレグルスさんの戦闘法を取り入れようとしていた。

 

 才能に溢れている爆豪が珍しく苦戦し、その度に居なくなったレグルスへ悪態をついていたのを緑谷は何度か目撃している。

 

「あのさぁ、だから何なんだよ? 要点だけをまとめてはっきり言ったらどうなの? グチグチ回りくどい言い方してさ。独り善がりの会話に付き合わされる相手の気持ちを考えた事ないの? 君達の無意味な努力をわざわざ聞かされて、私になんて言って欲しいわけ? 『夢を見れて凄いね〜!』って?」

 

 きっとこの会話は平行線だ。緑谷達がレグルスの心に入り込もうとすればする程、彼女は自分を取り繕って距離を取ってしまう。

 多分、自分がヴィランであるという事に自覚がないのか、それとも自覚した上で気にもとめていないのか。

 

「その子……壊理ちゃんって呼べばいいのかな。君の傍に戻れて凄く安心してるように感じる。君だって、その子がとても大切なんだろ? それだけでいいんじゃないのか? 満たされてるなら、誰かを殺す必要なんて無いはずだ。今みたいにヴィランが現れても、君なら落ち着いて対処できるだけの力と余裕があるじゃないか」

 

 彼女が権利を侵害して来た相手に悪意をもって傷つけているのなら、恐らく体育祭なんてとんでもない量の死人が出てるはずだ。

 心操人使が今も生きてるのは、レグルスが壊理を受け入れた事と同等レベルの奇跡である。そしてそれは、彼女にもブレーキが存在する事の証明だ

 

「充分満ち足りてるって、口癖のように言ってるけど……なら何でヒーローを目指してたんだよ。君にも、超えたいって思った、自分よりも凄いって認めたヒーローが居たからなんじゃないのかよ!? 今の君は、そのヒーローを超えたって自信を持って言えるのかよ? ───違うだろ!」

 

 レグルスは何も言わず歯を強く食いしばり、顎の筋肉が浮き上がるほど力を込めた。冷たい微笑は消え、代わりに苛立ちが彼女の全身を支配する。

 

『絶対不変』それが彼女の全てであり、それを否定されることは存在そのものを踏みにじられるも同然だった。

 彼女自身、この世界に生まれた時から自分を曲げ続けている自覚などないだろう。だが今、レグルスの脆い自尊心にヒビが入っている事だけは確かだ。壊理を守ることが出来なかった、その事実は相当重い

 

 彼女は壊理を片手で抱き抱えた後足元の瓦礫から拳大の石を拾い上げ、苛立ちのまま握り潰した。石は彼女の手に砕け、無数の鋭い欠片と化す。

 

「ぐぬぅうう……! 黙ってろよこの愚男がぁ!」

 

 レグルスは腕を振り、無数の石の欠片を緑谷に投げつけた。欠片一つ一つが空間を歪め、どんな物質も貫通する最強の散弾と化していた。

 

 緑谷は咄嗟に個性を解放し、驚異的な速さで身を翻した。欠片の嵐がかすめる中、彼は地面を蹴って横に飛び、辛うじて攻撃を躱す。

 

「何を避けてるんだよお前はぁ! そのまま死んで、虫の餌にでもなってろよぉ! どうして、どいつもこいつも私の邪魔をするんだよ!?」

 

「君の邪魔をしたいわけじゃない! ただ僕は、君に……ヒーローでいて欲しいだけなんだ! 今の君を変える必要はない、ほんの、ほんの少しでいいから───君の優しさを、皆に分けてあげて欲しいんだ!」

 

 彼女の言う自分本位な慈悲などではなく、真に相手を尊重して欲しいと。助けを求めてなどいない相手に無理矢理手を差し伸べるのは、時に耐え難い苦痛を与えることになる。だが彼らは、レグルスを憐れんでいるのでは無い。

 ただ個として完成”してしまった”彼女と対等でありたかったのだ

 

 それが結果的に救いになるのなら、それでいいのだから

 

「……お前達、下がっていろ」

 

 一歩前に出て、レグルスと対面するエンデヴァー

 

「はぁ、また君か。その仮面の男を差し出してくれるのかな? そいつのせいで壊理が危険に晒されたんだから、その男を殺す権利は私にあるはずだ。そうだろう?」

 

 自分の邪魔をした者は殺すのが当たり前、同い年の少女が周りとは掛け離れた思考回路をしている事を再確認し息を呑む二人の少年。

 そんな事は意に介さず、レグルスに対し口を開くエンデヴァー

 

「お前は言ったな、俺は『英雄幻想』を背負うに至れなかった二番手だと。何も間違ってはいない、だが俺は誰よりもNo.1の地位を追い求めて───英雄に至るまでの橋を架けようとしていた。だから分かるのだ」

 

 誰よりも英雄(オールマイト)を越えようと努力していた彼は、その間にある壁に絶望してしまった。だが諦められず、やり方を間違えてまで追い求めてきた───。

 

 だからこそ、彼には確証があった。誰よりも英雄への道程、その険しさを知っている彼だからこそ、その壁を超えうる可能性を秘めた少女をこのまま置いておくのは惜しいと思ってしまった。

 

 彼女の強さは個性ありき、他者への依存ありき。だがその個性を強く扱えるのは彼女の卓越した技量あってこそのものだ。飛行技術もホークスのお墨付き、これ程精密に個性を扱える人間が同年代に何人いるというのか。

 

 ───何より、心の底から人を愛し救いたいと思える人間が今のままでは絶対に満たされない欲望を抱え苦しみ続けるなどあってはならんのだ。だから、たった一言……”今”から脱却する為の一言を───! 

 

「───お前は、英雄(ヒーロー)になれる」

 

『英雄』である事を剣聖達に認めて欲しい、『英雄幻想』を背負って始めて彼らと同じ目線に立てると。そんな強欲を抱え続け、壊理がいて漸く一歩を踏み出せて、それでも尚英雄に至る道に足を踏み入れられず、その事を悔やめる心すら持ちえなくて────。

 

 そんな彼女を『英雄』だと認めるのが剣聖達の役目ならば、そんな彼女が『英雄』になれる事を認めてあげられるのは───誰よりもそこを追い求めてきた、彼にしか出来ない事だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。