強欲少女のヒーローアカデミア   作:pastel

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更新が遅れて申し訳ないです。
いよいよ神野編も大詰めです


42話『厄災を超えて』

『小さな王』を壊理の巻き戻しにより解除する事でもう一人の自分を撃破する事に成功したレグルス。

 以前より少し幼くなった彼女は身体に巻き戻しの光を帯びながら、壊理の元に舞い戻る。

 

「以前の状態にまで肉体ごと巻き戻したせいで凄く違和感を覚えるな。いや、権能を解いた影響か。ぼんやりとした喪失感が残り続けてる」

 

 数年の若返りなど大した差異を産むことは無いが、自身が変化する事に少なからず不快感を覚えるレグルス。

 その不快感をぶつける相手もいない為、唾を飲むように怒りを鎮める。

 それら全てを受け入れると決めたからこそ、壊理を信じたのだからここで子供のように癇癪は起こさない。

 

「壊理、力を貸してくれて助かったよ。やはり私の判断は正解だった。そのおかげで、君の愛をより身近に感じる事が出来た。夫婦とか恋人とか家族とか、自分達の曖昧な関係性を薄っぺらい言葉で定義づける程私は侘しい人間じゃないけど、やっぱり私達は世界一お似合いの二人と言わざるを得ないよ。ねぇ壊理、君にこれから先の人生をずっと一緒に過ごす事を約束して欲しい。まだ幼い君にとって、結婚なんて空想上の物語みたいなものだろうから今はそれだけで良しとするよ」

 

 彼女にとっての生涯とは文字通り、永久に続く永遠に変わらない時間の事である。

 その誰にも、何にも侵される事の無い時間を共に過ごしたいと心から思った彼女の半強制的な婚約。

 それに対し壊理は、咲き誇った笑顔で間髪入れずに応える。

 

「うん、約束する! 私も、ずっと一緒にいたいから……!」

 

 当然の返答、疑う余地のない愛情に彼女も頬を緩める。

 まぁ彼女の言葉に何と答えていたとしても、レグルスが思いついた時点で既に決定の判は押されているのだが。

 

「そろそろ舞台の幕をひいてやろうかと思ったんだけど、そっちから来てくれるとは思いの外空気が読めるじゃないか。さっきのアレ、用意したのは君達だろ? 本当にどういう頭の作り方してたら、もう一人作ってぶつけてやろうなんて発想に至るのかな。まぁ君達に倫理観とか常識を求めたって無駄なのは知ってるけどさ。そうやって躍起になるのもいいけど、いい加減何しても無駄だって理解しなきゃ次へは進めないよ? やる事成す事無意味に終わって、残したのは盛大な犠牲だけ、それってどんな笑い話なのかなぁ!?」

 

 再びワープゲートが開かれ、そこから死柄木を先頭に現れる連合メンバーだが荼毘、コンプレスは不在だ。

 一度捕らえたエンデヴァーが未だ守り通しているという事だろうか。

 

「自分が出した犠牲まで俺らのせいにすんなよ。ガキ守って救われた気になってんのか知らねえけど、過去は一生ついて回る。責任から逃げる度に責任が重くなっていくって事だな」

 

「何でこんな人が理解されて、どれだけ拒絶しても手を差し伸べられるんでしょう。何で愛されるんでしょう、好きに生きたいって気持ちを何で……受け入れて貰えるんでしょうか」

 

 もはやレグルスとの会話に慣れが見える死柄木に比べ、何処か不服そうにレグルスを見つめるトガヒミコ。

 ただ普通に生きたい───レグルスもトガも、根底にあるのはその願いであるはずなのに、どうしてここまで境遇に差が出てしまうのか。

 

 周りの環境が今の彼女達を形作ったと言えばそこまでだが、その先にある自由を貫く上で必要なのは力である。

 自身を否定するもの全てを捩じ伏せられる絶対的な力……それを持ち得たかどうかの差なのだ。

 

「あのさぁ、こんな人……ってのはちょっと聞き捨てならないんだけど? 責任とか過去とか、くだらないものに囚われてそれについての価値観をあたかも正論のように話すのは別にいい、話す内容を一々咎めていれば会話にならないからね。私は寛容だから、自分に酔いながら自論をひけらかす人間がいても理解してやれる。ただ、明らかに相手を貶すような言葉を使われれば、私にもそれを咎めて相応の怒りを抱く権利がある訳だよ。自分がされたら嫌な事は相手にはしないようにって教わらなかった訳? 君の教育者が屑なのか、君が屑なのか、はたまたどちらも屑なのか私に教えておくれよ」

 

「お前よくそんな余裕ぶってられるな、前に為す術なくボコられたの忘れたのかよ?」

 

 そう、死柄木は賭けが成功した───そう勘違いしている。

 実際、レグルス同士を戦わせれば自ら無敵のギミックを解かなければならない、それが攻略の上で一番手っ取り早いと踏み、その目論見は成功した訳だが……誤算があるとすればレグルスの『小さな王』その概要を詳しくは知らなかった事、そして壊理の『個性』を考慮していなかった事。

 

「私が手加減してやった状態でって頭言葉をつけないと誤解されるだろ? ていうか、結局私を殺しきれず無様に敗走したのは君達だよね? よく自分の事を棚に上げてとやかく言えたもんだよ。その神経は理性的な私じゃとても理解できないものだけど、まぁ君達みたいな人間性について真面目に向き合ったところで今更無駄なのは理解できる。当然の納得だ」

 

「個性二つ持ち何て知らなかったんでな……時間停止の方は『獅子の心臓』だろ? レグルス……獅子座の語源だな、ってなるともう一つは『小さな王』ってとこか。デメリットを解消するんじゃなくデメリットを無視する為の個性、本当に憎たらしいほど恵まれてるなぁ。でも今はそれを使ってない、そうだろ?」

 

 制限付きの無敵など取るに足らない、そう言外に込められた意思が伝わる。

 そんな舐め腐った勘違いに、彼女は不敵な笑みを浮かべながら鼻で笑う。

 

「あぁ勘違いしてしまったんだね、浅はかにも……今まで私に付き纏ってきた自分なら、私の事を理解できたはずだと。与えられた成功体験に縋って、それだけを支えに生きてきてしまったせいで、それ以外の事が考えられなくなってしまう典型的な愚か者。私の個性を見抜いて、その小賢しい頭でどこまで未来を思い描いてるのか知らないけど……君は”今”を見るべきだ。ほら、この石ころは何秒止まってられると思う?」

 

 彼女が立てた人差し指の上で浮いている何の変哲もない石ころ……その時間を静止させられたように、重力を無視して浮いているそれを黙って見つめる死柄木───何秒経っただろうか、10秒……20秒……石は落ちない。

 

「……遅かったって事か、でもそれならもう一回増やせばいいだけだろ」

 

「だってさ俺! 枠余ってるだろ? とっとと増やせ!」

 

「えー! 嫌だ、増やしたくない! 任せとけ!」

 

 彼女が再び『小さな王』を使ったのなら、またレグルスを増やし、ぶつけて解除させるだけだと強欲攻略の思惑を顕にする死柄木に対し彼女は余裕の表情を崩すどころか、深めるのみ。

 

 そうして二人目のレグルスが再び顕現し───即座に崩れた。

 

「必要なのはデータと明確なイメージだったっけ? あの魔王様が教えてくれたよ、成長期の肉体……その数年前の情報を君達は掌握できてるのかな? 大方何かの個性を使ったんだろうけど、女性を許可なく盗み見るってどうなのかなぁ? 例え性的な意図が一切無くたって不快になるよね、分かる?あまりにも下劣すぎる。私の美しさ、私の気高さ、私の全ては、私自身の権利によって守られているんだよ。君のような価値が無くて取るに足らない存在が私の領域を侵すなんて、考えるだけでも吐き気がする。その行為の愚かさ、その無知さ、どれだけ私の心を苛立たせるか君には理解できないのかなぁ?」

 

「───何だ? 数年前……って言ったのか? そういや、心做しか前よりも小せえ……まさか若返りやがったのか!?」

 

 ───肉体の若返りは巻き戻しによる副産物だが、トゥワイスの二倍を対策するには丁度良すぎる事に気づいたレグルスは時間という流れを当然のように超越して彼らを嘲笑う。

 

 彼女の狙いはただ一つ───個性因子の形状を覚醒前に巻き戻し、再び『小さな王』を自らが受け入れた伴侶に適用させる事。

 かの強欲の大罪司教が授かった『小さな王』……誰に心臓があるのかすら分からず、条件は酷く限定的で独善的な権能を受け入れ使用する決意を固めた訳だが───。

 

 再誕した小さな王、その王国は”世界”よりも遥かに小さい。

 だが『無欲』な彼女には、これだけで充分満ち足りる事が出来る。

 

「ここまでお膳立てされて漸く理解できる残念な頭に、私の慈悲深さが少しでも伝わっていれば幸いだ。代償っていうのは平等に支払わないといけない対価で、大小問わず絶対に逃れられない不条理だ。そこをグダグダと文句垂れても仕方ないじゃない? 逆に言えば対価を支払えば相応の見返りは求める事が出来るって訳で、その権利は確約されている」

 

 お得意の口八丁、もはや彼女に死角はない。

 最悪を考えるなら、今すぐに黒霧をどうにかすべきだが……劣勢なのは間違いなく死柄木達、故に彼女は何もせず彼らの動きを待っている。

 

「───詰み、って事か。最初はヒーローを狙ってお前に邪魔されてたのが、今じゃ逆転して……結局どっちも上手くいかない。気に入らないもんは、全部ぶっ壊してやりたいのに。どうしていつもこうなる……!」

 

 彼の絶望はあの家から始まり───今の今まで、心の奥底に溜まった憤怒、憎悪を破壊衝動に変換させ……ただ欲望のままに突き進めばこの痒みは治まると信じていた。

 

 あの家を壊しても一時的にしか治まらず、手当り次第にイラつく奴を壊しても治まらず、街を粉々に壊しても治まらず……その理由を、どこまでも憎いのに絶対に壊せない女がいるせいだと信じてきた。

 

 壊したいから痒いなら、壊せば治せる。

 ならレグルスが生きている限り、この痒みは……憎しみは治まらない。

 

「そりゃあ、身の丈に合わないものを掴めるわけないだろ? 君はその『強欲』を満たそうと今の今まで、どうにか頑張って生きてきたんだろうけど無駄だよ。努力ってのは埋まらない差を埋める為のものじゃない、そこを履き違えると今の君みたいに破滅するんだ。君達は更に向こうへと空に向かって手を伸ばして地を這い蹲ってるくせに、どうしてそこまで不遜な態度が取れるのか理解に苦しむよ。これ以上君達に付き合う事で私が過ごす永遠の時間を刻む一日という瞬間を無意味に無駄に消化するのは耐え難いね、権利の侵害だ」

 

「ふざけんな……! 黒霧、ゲート───!」

 

 彼女の言葉を皮切りに戦闘は一瞬で始まった。

 最初に狙うのは奴らの出入口、生命線とも言える連合の要───黒霧。

 

 その敵意を察知した黒霧は霧の身体を揺らめかせ、闇の渦を広げて自身を呑み込もうとした。

 だが、レグルスは片手を軽く振る。真空波が空気を切り裂き、霧を散らすように黒霧の身体を貫いた。

 彼の霧が一瞬で崩れ、悲鳴を上げる間もなく泥となって地面に崩れ落ちた。

 

「なるほど、彼も複製だったか」

 

「こいつはやべぇ……とりあえずっ!」

 

 トゥワイスが個性を発動。無数の分身が瞬く間に増殖し、レグルスに殺到する。

 何も焦ることは無い、彼女にとっては鳴き声のうるさい虫も同然。

 それが自分に集ってくると考えれば少し不愉快にはなるが───、

 

「数で圧倒すれば、自分達に勝機が生まれるとでも? 格下の虫ケラがどれだけ群れようが、圧倒的な力を持った個に勝つ事は出来ないってのを身をもって知るといいよ」

 

 レグルスは動じず、地面を軽く踏みつける。

 地面から水が噴き出し、瞬時に凍りついて無数の氷槍を形成。

 そうして無造作に氷槍は彼女の足元から放出され、トゥワイスの分身を次々と貫き粉砕していく。

 

「やべぇ、やべぇよ死柄木ぃ……! 全員やられちまった! ”全員”だ!! ははっマジかよ……冗談、きついぜ……」

 

 自分のトラウマを乗り越え、自分に出来る最大で最強の奥義とも言える禁じ手を年端もいかぬ少女一人に意図も容易く壊滅させられた事実に悲壮感を漂わせるトゥワイス───いや、原因はそれだけでは無い。

 

 全員やられた───先程神野で放った無限増殖、それすらも壊滅させられたとでも言うのか。

 エンデヴァーはまともに戦える状況ではない、ならば無限増殖を攻略したのは……たった二人の雄英生という事になる。

 

「──────が……っ!?」

 

「仁君ッッ!!」

 

 トゥワイスの腹部に突き刺さった氷の槍、レグルスはそれを一瞥もせず次の標的に移った。

 分倍河原に寄り添い、必死に止血を行っているトガヒミコではなく、ただ呆然と立ち尽くしているスピナーへゆっくりと歩み寄る。

 

「……人は生まれながらの能力、育った環境、経済的背景、達成する成果において明確に不平等だ。この事実的差異は、多様性として皮肉にも社会に価値をもたらした。そして全ての人は意識、感情、尊厳を共有する人間性を持ち、これが基本的な権利の平等を保証する基盤となる。合理的に考えるなら、社会的契約や社会の安定のため、どのような立場に生まれても最低限の尊厳と機会が確保されるルールが世界には必要であり、これは法の下の平等や機会の平等として具現化される。よって、『人は平等ではない』という事実を認めつつ、すべての人が人間としての尊厳と基本的な権利において等しく扱われるべきだという規範的平等の原則から、『人は平等である』と私は結論づける。その枠組みには異形系の人間も勿論入ってる、ただ見た目が気持ち悪いと他者を不快にさせてしまうってだけでさ」

 

 人は平等であるか否か───誰に問われている訳でもないそれを、自論を持って結論を出し目の前にいるスピナーに突きつける。

 何か自分を変えるきっかけになれればと、世間で名を上げている連合に加入した彼は、散々貶められてきた過去を彷彿とさせる圧倒的な不条理を前に震えた声で返事をする。

 

「俺だって、こんな姿に生まれたくて……生まれたわけじゃねえよ。お前は子供で、強個性で、恵まれた外見に生まれたからそんな理想論並べられるんだよ……分かんねえだろ、出歩くだけで殺虫剤をかけられる気持ちが! そこに人権なんてありゃしねえんだ……」

 

 彼女が一歩歩む事に一歩後退り、やがて尻もちを着いてレグルスを見上げるスピナーの目には諦観の二文字。

 そこに同情の余地は無い、彼女には他者の辛い過去や経験した不条理を聞いて怒りを抱く程心は広くもなければ、自分の言葉を否定されたと顔を歪ませるだけだった。

 

「あのさぁ、それってただの個人的な不満にすぎないよね? やれ『異形だ』『差別された』と嘆くけど、そんな経験は社会の現実の一部でしかない。『人は平等である』ってのは規範的平等の話で、君がどんな目に遭おうが、全ての人間が尊厳と基本的な権利を持つべきだという原則は揺るがない。人間性ってのは誰がどんな見た目だろうが、意識や感情を持つ以上誰にでもあるものさ。それを理由に等しい権利を認めるのが社会のルールだ。君の不幸な経験は、規範的平等がまだ完全には実現してないってだけの話で、原則そのものを否定する根拠にはなら無いって事さ。現実の不平等をグチる前に、それが規範的平等を押し進める理由になるって気づけよ。結局、君の反論は感情的な被害者意識の吐露で、平等の理念をひっくり返すような理屈には程遠い。絶望するのは勝手だけど、それで平等の価値を潰す理屈にはならないって話。現実の遅れを嘆くなら、平等を進めるための行動を支持しろよ。そうせずに、この枠組みを否定できる力があると勘違いしてこんな場所に居るから、強制的に現実と向き合わされた時何も出来ず死ぬ羽目になる」

 

 ───お前はその理論を振りかざせる立場に居ないだろう、何て口が裂けても言えなかった。

 彼の心を埋めつくしたのは死への恐怖、年端もいかない少女が纏う得体の知れない雰囲気がどうしようもなく恐ろしいと感じてしまう。

 

 ───死にたくない、殺されたくない……逃げなきゃ、今すぐにこの女から逃げなければ───思考とは裏腹に身体は動かない、動けば死ぬと本能的に感じ取っていた。

 

「私は君と直接的な関わりあいはない、特に執着するべき因縁も無ければ、大した理由もないのに殺すっていうのも酷な話だよね? 全ての人は等しい尊厳と権利を持つけど、権利の侵害は個人の生存や人間性を脅かす不当な行為だ。これに対抗する為の殺人であって、私は加虐趣味や殺人そのものを目的にしてるんじゃない。言っとくけど、私は君を”人”として扱ってる。その上で私の問いに答えるんだ───君は私の敵かな?」

 

「違う───俺はお前の……敵じゃない」

 

 即答、考える間も無く気づいたら口に出していた。

 絶対的な力を持った魔女に、心の底から恐怖し……屈してしまった。

 そんな者にできる事など、もはや何も無いのだから逃げようとするのは間違いじゃないはずだ。

 

 彼女はスピナーの肩に手を置き、そのままなぞるように指を這わせて笑いかける。

 自分は許された、そんな安心がスピナーの心を暖めて───。

 

「そうかそうか、それは良かったよ。ところで、連合と私が敵対している事を知って今更自分一人だけ逃げようとするってのは、ちょっと虫が良すぎるんじゃないかな? 君を仲間だと信じてた連合にも失礼だし、連合を潰したい私まで舐め腐った判断だと思うわけ。でも私は君から直接の害は被ってない訳で……だからこれはお互いが納得する折衷案ってとこだね」

 

「え? ───ぁ、あッがぁあああああ!」

 

 時間差で無慈悲に切り落とされる右腕、その痛みに悶絶し断末魔を上げるがそれを見る彼女の表情には罪悪感の欠片も無い。

 殺しはしないだけ彼女にとっての情け容赦が掛けられているのだから彼は幸運と言えよう。

 

 もしこれを不運だ不条理だと宣うなら、その時は失くすのが片腕ではなく命に代わるだけだ。

 

「ほら、しっかり人間の断末魔を上げられるんだから君は紛れもない人間だよ。この痛みを持って罪を認識できたなら、もう二度と同じ過ちを繰り返さないよう心掛けることだね。そういう当然の意識、その積み重ねが住み良い社会を作っていくんだから。相手に何かを求めるなら、まずは自分が応えなくちゃならない。これからの人生、欠けたものを埋めようと必死にもがき足掻いて、君にとっての満ち足りた幸福を手に入れられる事を微力ながら願ってるよ。手に入れられなかったら、その時はご愁傷さまだね。今までの限られた時間、それを無為に過ごしてきた自分自身を恨みながら独りで死ぬといい」

 

 もはや連合は戦闘を行える状態に在らず、荼毘も黒霧も未だ眠っておりトゥワイスも傷の処置に必死で個性を使える状況に無い。

 加えて逃げも隠れも出来ないこの更地───文字通り、詰み。

 

「お前は、結局のところヒーローを目指してんのかヴィランのままでいたいのかよく分かんねえな。教えてくれよ、お前の原点は何なのか。一番最初にヒーローを目指そうとした理由だ」

 

 時間稼ぎ、そんな大層なものでもない……レグルスという人間への単純で純粋な疑問を死柄木は今口にする。

 そしてレグルスもまた、ある程度英雄に対する意識が吹っ切れた為軽い雰囲気で語り始める。

 

「単純だよ、物語に影響されてね。『剣聖』と呼ばれ、世界中……いや、世界そのものに愛されていた青年がいたんだ。強さとは何か? 英雄とは何か? その問いの答えこそが彼、そう断言できる存在さ。別にその在り方に憧れた訳じゃないんだけど……私が英雄という存在を初めて認識した原点は、彼以外に居ないだろうね」

 

「で、そのヒーローを越えようと切磋琢磨しようとしてた所を一番良いタイミングでぶっ壊されたわけか。ふっははっ、ざまぁないぜ。今度は連合を壊滅させる事でヒーロー面すんのか? 世間にも大々的に取り上げられてる今が絶好の機会って訳だ」

 

「勘違いするなよ、社会的な意味でヒーローになるつもりは毛頭ない。君達を許す理由が無いから今こうしてるわけなんだけど。そこから生まれる影響なんてどうでもいいさ、私は何も求めちゃいない。無欲だ、満足だ。そんな私の権利を侵害してきた不当な輩に正当な復讐をするだけだよ、君の方こそ死ぬのが怖いのかな? 仲間がこれだけ傷ついてるのに何もせず傍観してるだけ、結局クズが寄せ集まったところでこの程度って事だね。まぁ分かりきってた事だけど」

 

 本当に並べた言葉以上の意味合いなどないのだろうか。

 まぁこれ以上考えた所で無意味だろう、彼女を理解した所で彼女を受け入れられるわけでもあるまい。

 

 ───『崩壊』は、その強力さ故に肉体が追いついていない、個性を使い続ければそれだけ肉体を酷使する羽目になる。

 どっちみち死ぬのなら、試してみるのも一興か。

 

 ───この女に、吠え面かかせてやる。

 

 刹那、二人の戦闘が始まる。

 

 レグルスが片手を振り上げると、彼女の権能───時を凍らせる無敵の力───が大気を刃に変え、空間ごと切り裂く勢いで死柄木に襲いかかった。

 

 走り、連合のメンバー達から離れつつレグルスと戦う体制を整える。

 彼女の一挙手一投足を見逃さず、彼女の触れるもの全てを警戒し、決して直線には逃げないよう走っていく。

 

 そして死柄木は咄嗟に地面に手を押し当て、崩壊を解放。

 未だコントロールは正確じゃなく、というか無作為に触れた物全てを塵に変えるこの個性を精密に操れる術があるのかすら疑問だ。

 

 だが感覚としてはある程度理解できる、伝播していくとはいえ方向はある程度此方の裁量で決められる。

 自分の身体、その延長線上である以上はコントロール出来るはずだ。

 

 黒い崩壊の波がレグルスの真空刃にぶつかった。

 そもそも時が止まっている以上、そこから変化を生むことは無い。

 加えて崩壊は掴めないものには効力が働かない。

 

 故に崩壊の波、その一部分だけを丸ごと切り取るように真空波は突き進む。

 

「───ぶねっ!」

 

「逃げ足だけ、狩られるだけの獲物。私は争いを楽しいなんて思ったことは無い、非戦主義だしさ。私だってやりたくてこんなことやってないんだよ、どいつもこいつも弱っちいから、私が獲物を喰らう狩人だと周りから誤解されちゃうんだ」

 

 缶を蹴るような軽さで地に転がっている石を蹴り飛ばし、拳銃から放たれる弾丸を優に超えた速度で死柄木の方へ飛来し、身体を大きく逸らして避ける。

 

 そんな幼稚な攻撃を、身体の痛みに耐えながら必死に回避する、その繰り返し。

 だが攻撃も防御も突出した性能、そして無尽蔵の個性に比べ死柄木の体力は有限、少なからず彼の身体には傷が増えていく。

 

「ん? んなあぁああ!?」

 

 崩壊の波が戦場全体を飲み込み、僅かに残った市街地の残骸が一瞬で消滅。

 地面が陥没し彼女の足場が無くなり情けない声を響かせるが、ダメージは一切無い。

 やはりダメだ、壊すだけでは絶対にこの女に勝つ事は出来ない。

 

 絶対不変の存在に対し、自らのルールを押し付けることなど新秩序をもってしても無理なのだから……今のままでは何も成せない。

 いや、よそう。その思考は、俺の全てを否定する事と同意義だ。

 

「どこまでも馬鹿げてるなぁ君!」

 

「それはお前の方だろッ!」

 

 死柄木は血を吐きながらも諦めなかった。

 個性使用の負荷が肉体にかかり、思うように動かせない身体に鞭を打って致命傷だけは避けようとレグルスの攻撃を回避するが完全には避けきれずに傷を蓄積させていく。

 

 言う事を効かなくなってきた身体に比べ、脳内はとても冷静だった。

 手の内が分かっていても対策しようがない、そんな文字通り無敵の存在に対し彼の破壊衝動は諦める事を知らなかった。

 

 身体の痒みが増していき、それを搔く事すら出来ないほどに肉体は限界を迎えている。

 

 ───痒いのは、治さなきゃいけない。

 

 ───気に入らないものは、壊さなきゃいけない。

 

 ───目に映る物何もかもが、俺を苛立たせる。

 

 未来がどうとか知るかよ、もう辞めだ。

 ただ今はこの女を───壊すだけだ。

 

 最後の力、火事場の馬鹿力とも言えるそれを振り絞ってレグルスに接近する。

 その表情に浮かぶただならぬ執念に対し彼女は眠くもないくせに欠伸をしながら中指を弾こうとする。

 

 死地での危機感、雄英襲撃時に彼女から命を狙われた時のその感覚を今でも鮮明に覚えている。

 この手で壊したはずの彼女が何事も無かったかのように蘇ってきた時の不条理と恐怖、その経験は彼の身体を無意識に動かす。

 

 個性は人格に強く影響を及ぼす、逆もまた然り。

 彼のように、彼女のように、ただ自分の『強欲』を満たそうと際限なく感情を高ぶらせる者に適応しようと個性因子も形を変えていく。

 

 そこに限界などありはしないのだ

 

 彼女の首を弱々しく、それでいて絶対に離さないように掴み───『崩壊』を発動させる。

 彼の憎悪、破壊への際限なき欲求は崩壊を無意識下にコントロールし、そのエネルギーを彼女の内部に集中させる。

 

 変化を拒む、絶対不変───それを維持する為の核……個性因子へと。

 

「捕まえ……たッ! はぁああ、ぶッ壊れろぉおおお!!」

 

 声を張り上げ、自身の身体に亀裂が入っていくことすら厭わず、彼は出力を上げていく。

 その執念、その衝動……絶え間ない憎悪が今、彼女の不変という法則を凌駕し、そこに僅かなヒビを刻む事に成功する。

 

 個性因子を可視化しても、そこにヒビが入っている事など分からない程に小さいそれは、無敵の権能を真っ向から打ち破った死柄木弔の結晶、そう表現できる。

 権能は未だ継続している、何の影響もありはしない。

 故に彼女はそれを、全く知覚出来ていない。

 

「はぁ、で、何なの? 窮地に陥った主人公が土壇場で凄まじい力に目覚めるとか、そういうコミック的な展開を夢見ちゃったわけ? もう一種の思考放棄だね、私の個性を看破して、色々試行錯誤してたみたいだけど最後に頼るのは運命的で奇跡的な起死回生の一手、本当にガッカリだよ」

 

 死柄木は血を吐きながら笑い、地面に倒れ伏した。

 そんな彼をレグルスは冷たい瞳で見下ろして。

 

「はっ、殺せよ……お前に、殺されようが……お前の顔を見なくて済むようになるだけだ、最後にお前を……ぶっ壊せて俺はもう満足だからな、ははっ。死んで終わりじゃ、ない……死んで勝ち逃げすんのさ」

 

「───あぁ?」

 

 絶対的勝者である彼女を心の底から嘲笑いながら、息も絶え絶えに煽る彼に、彼女はトドメを刺そうと構えた腕の動きを止める。

 思い出すのは、壊理が治崎廻を生かそうと必死に抗議した時の事。

 

 死んで逃げられるのは嫌だから、か。

 死というのは終わりを意味するが、不幸や苦しみを意味するものでは無い。

 

 彼女は行ってきた選択を後悔した事は一度としてない、故にこの選択は彼女にとって正しいと断言できるものだ。

 裁くも罰するも、殺すも生かすも掌の上、ならば踊らせるのも一興だ。

 

「私は君が嫌いだ、死柄木弔。だから君には出来うる限り醜く惨たらしい死を迎えて欲しい。と、同時にその死が救済になってはいけない。だからこれは最後の仕上げだ───今この瞬間、君が培ってきた何もかもを……無に帰させる」

 

 僅かに残った巻き戻しのエネルギーを死柄木に移し、その個性因子をゼロの状態へと逆行させる。

 それに伴い個性の影響で出来た身体の亀裂も無かった事になり、彼は息を吹き返していく。

 

「これで君は、無力で無知で無能な迫害されるべき無個性へと生まれ変わった。君が君である必要すら無くなっちゃったけど、その存在価値を頑張って見つけるといい。君の人生が、満ち足りたものになる事を陰ながら応援しとくよ。私は既に満足してるからこれ以上も以下もないんだけどさ」

 

 ───あまりの喪失感に、声が出ない。

 

 死柄木の瞳が大きく見開かれ、絶望が彼の顔を覆い、かつて崩壊を操った指が空を掴むように震えた。

 その喪失感はまるで彼の魂が空洞になったかのように、燃やしていた執念を塵のように崩れ落としていった。

 

 

 

 

 ───あれ……? 

 

 失ったのは個性だけのはず、なのに何故───身体を絶え間なく蝕む痒みすら無くなっている? 

 痛みに麻痺して感覚が鈍ってるんじゃない、破壊衝動を生み出す痒みはどんな状況だろうと───、

 

『何のアレルギーか分かんないの、嫌だね〜』

 

 自分が幼少の頃、母親に言われた言葉を思い出す。

 そうだ、あの痒みの正体は病気じゃなかった。

 

 体質に合わない個性を突然変異で発現させた事による身体の拒否反応……一時的に痒みが止んだのは、個性が身体に馴染んだから? 

 突然変異……本当に、そうだろうか? 

 

 疑問が生まれて、結論をつける度疑問が生まれていく。

 根拠も無い仮説を立てて、何故かそれを無視できない。

 

 そうして頭に思い浮かんだのはついさっき……『オーバーホール』が『崩壊』を相殺している光景。

 そしてその個性の持ち主、治崎廻が潔癖と称して身体を痒そうにしていた時の───、

 

「──────ぁ」

 

 自身の『痒み』が病気ではなく個性の影響であり、オーバーホールの『潔癖』と類似している点。

 

 両個性が『触れる』ことをトリガーとし、対決時に相殺したことからその性質が限りなく近いものであるという点。

 

 オーバーホールの『分解と再構築』に対し『崩壊』が分解のみに限定されている点から、自身の個性が完全な下位互換であるという点。

 

 点と点、それら全てが一つの線となって繋がっていく感覚。

 偶然の一致、根拠の無い妄想、そう切り捨てるには余りにも難しい。

 

 何故なら今、頭に浮かんでいる考えただけで震え上がるほど恐ろしい一つの仮説……それが合っている可能性を、今までの彼自身が生み出しているのだから。

 

 全てを繋いだ時、一体どのような結論が導き出されるか───。

 

「────────先生……?」

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