強欲少女のヒーローアカデミア   作:pastel

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44話『オール・フォー・ワン』

 ヒーロー達の窮地に駆けつけたのは今の日本で話題のヴィラン二名。

 立場だけ見れば味方とは口が裂けても言えないが、彼女達が敵意を向けている先はヒーローではなく──オール・フォー・ワン一人である。

 

「以前までの君なら、オールマイトごと僕の腕を吹き飛ばしてもおかしくなかったと思うんだが……どういう心境の変化が起こったのかな? 弔も、何故彼女と一緒に──」

 

「状況に理解が追いつかないからって、君の勝手な印象を押し付けてくるのは辞めてもらえないかな? 別に心境なんて一度も変わっちゃいない、ただ単に毎回同じ選択肢を選ぶわけじゃないってだけでしょ。もうちょっとさぁ、柔軟な思考で周りを見ることは出来ないわけ? そうやって自分の頭が回らないことを、人のせいにしないでもらいたいね。もしくは、常に自分が正しいとか思い込んでるだけだったりするのかな。後者が正解だった場合、君の頭の中では私が間違ってると思ってる事にならない? それってさぁ、どうなのかなぁ!?」

 

 案の定まともな会話が出来ないことを察していたのか、目線を彼女のやや後ろにいる死柄木弔に向ける。

 オール・フォー・ワンにとって彼はまだ『死柄木弔』のはずなのに……何故こうも雰囲気が落ち着き、此方に敵意を向けているのか。

 

 彼の身体の傷を見るに激しい戦闘を繰り広げていたのは確かだ。

 その結果、どちらかの死亡という形で終わるのではなく今こうして並び立っている事実──。

 

 いくつかの可能性を浮かべ思考する魔王に対し、転弧は彼の口から真実を聞く為に一歩前へ出て口を開く。

 

「単刀直入で悪いが、あんたに聞きたい事がある。俺の個性の話だ」

 

「……ふむ、具体的に何が聞きたいのかな?」

 

 魔王は不気味な笑みを深めながら彼の話を聞く体制を整え、レグルスも珍しく腕を組みながら静かに佇んでいる。

 両者周りにいるヒーロー達は眼中に無いようだ。

 

「俺の『崩壊』は、俺がガキの頃にあんたが与えた個性で、最初から俺を後継に選ぶ為のマッチポンプだったんじゃないのか? なぁ、どうなんだよオール・フォー・ワン!」

 

 傷による痛みではなく、真実を知る事への恐怖からその身を震わせる。

 彼は肉体も精神も無敵ではない、不変ではない。

 

 故に己の勇気と覚悟のみでこの場に立っている。

 

「まさかそこに気づくとは……過程はどうあれ見事な名推理だ。つまり君は、その答え合わせをしに来たわけだ。ならば正解を教えてあげよう、君の全ては僕の計画の一部だったんだ……あまり驚かないんだね?」

 

「最悪は、想定してたんだ。なぁ、ずっとあんたの計画に沿った予定調和だったのか? お父さんがヒーローを嫌ってたのも、周りの大人やヒーローが助けてくれなかったのも、俺が無個性だったから、それだけで『崩壊』の所有者に選んだのか!?」

 

 転弧が知る範囲で考えられる最悪──真実はそれを優に上回っている事を知っているオール・フォー・ワンはほくそ笑む。

 オールマイトがこちらを見ている、死柄木弔は真実に辿りつこうとしている。

 

 ──絶好の機会に他ならない。

 

「言っただろ? 君の全てさ。君の両親に子供を作らせるところから、既に僕の計画は始動していた。オールマイトの師匠──志村奈々の孫を後継に選ぶ為にね」

 

「──はっ? お婆ちゃんが、オールマイトの……師匠?」

 

 自分の事についてはある程度吹っ切れている為か、それとも最後の言葉に対する衝撃の方が大きかったのか、父の書斎で見た祖母の姿を思い浮かべ唖然とする。

 

 そしてそれは、彼も──手負いのNo.1も同じだった。

 

「死柄木弔が──お師匠の、孫……?」

 

 両者顔を合わせ、視線を交錯させる。

 とてもじゃないが信じられない、そんな表情で。

 

「オールマイト、君が嫌がる事をずっと考えてきた。そして見つけてしまったんだよ。かつて僕に殺された君の師匠が、僕のような危険から遠ざける為に里子へ出した実の息子──志村 弧太朗を!」

 

「────そんな、馬鹿な……」

 

「目を逸らすなよオールマイト! 僕がやりそうな事だ、それが嘘なんかじゃないなんて分かりきってるんだろう? 皮肉なもんだぜ、苦渋の決断で愛する息子を捨てた結果、かえって途方もない悪意の芽が育つ場を作ってしまったんだから!」

 

 最低最悪の悪意。OFAとAFO、相対する正義と悪の因縁は全てこの男に操られていたのだ。

 もし救いがあるとするならそれは──志村 転弧は彼らの敵では無いということ。

 

「冗談じゃない……全部あんたから始まった不幸の連鎖すら、自分の糧にしようとしたって言うのかよ。全部あんたのせいじゃないか! お婆ちゃんを殺して、お父さんを苦しませて、ヒーローに対する憎しみを育てて……全部!」

 

「おいおい弔、随分と酷い言いがかりじゃないか。僕はただ、種を蒔いただけに過ぎない。それを開花させたのは君達志村家の業だ。愛してはいたが守りきる力はない。だから息子を産んでおいて、物心ついてから捨てた鬼畜の所業すら正当化するのは如何なものかと思うよ」

 

「弔って呼ぶな……! 俺はもう、あんたの駒でいる気はないぞ。家族を殺したのは俺の罪だ、一生背負ってくたばってやる。それでも今は自分勝手なエゴを優先させてもらう。気に入らないものはぶっ壊していいって、教わったんでな」

 

 彼の過去はとても複雑で、これから時間をかけて把握していく必要がある。

 未だに父から拒絶された事や自分を助けてくれなかったヒーロー達への憎しみは残っているが、それはそれとして今一番恨むべき相手は目の前にいる魔王である。

 

「──恩知らずめ」

 

 長い年月をかけて練っていた計画が破綻したというのに、彼の笑みは深まるばかり。

 まるでこの展開すら彼にとっては好都合であるかのように、邪悪で不敵な笑みを崩さない。

 

 そして今までの会話を黙って聞いていた彼女の長い髪が風に揺れ、冷たい瞳がオールフォーワンを捉えた。

 そして痺れを切らしたように口を開き始める。

 

「まどろっこしい話は終わったかな? 私を差し置いて私に関係のない話で盛り上がるなんて、遠慮を知らないんだね君達は。良いだろう上等だ、君達には君達の事情や願いがあるように、私も私の権利と私財を守る為に君を殺す事にする。自分が最上であると信じて疑わないその笑み、いい加減不愉快だ」

 

「薄氷の上に築いた協力関係か。つまり君も、殺すのではなく奪う事を選んだわけだ。良いよなぁ? 築き上げてきたものを奪うっていうのは。誰もが理想的な未来を思い描き、そこに至る為に繋いできたものをこの手一つで否定し、支配するっていうのは──僕にとって何にも変え難い幸福だ」

 

 彼は相手を観察し、壊理の角が以前よりも縮んでいる事と転弧が痒みを感じていない事から『崩壊』の因子が消え去った事を察する。

 もはや彼にとって転狐が死柄木弔である必要は無くなり、その存在価値は無個性の木偶の坊へと成り下がった。

 

「人と関わる上で幸福なんて感じたことないよ。私の事なんて何一つ知らないくせに、快楽の為に人の権利を侵害するヴィランと同列に私を語るのは流石に看過できないな。まぁ、手段だけを見るなら君と同じような事をしてるのかもしれないけどね。でもその前提だけで一緒くたにしてくるのって、結局物事の外面にしか目を向けられないって事でしょ? 君っておめでたい頭してるよ」

 

「きっと気に入るさ、僕も最初はそうだった。ただ漠然と力を振るい、何故彼らは僕に従い僕に与えないのだろうと不思議で仕方がなかった。でもね、ある日気づいたんだ。僕の行いはコミックに出てくるような悪役に相当していると。そこで僕と周りの認識、その差異を理解し、そして夢が出来た」

 

 上機嫌に語る彼の瞳に映るのはレグルスではなく、彼女の琥珀に映し出されている自分である。

 自己愛の権化である二人はお互いを認識して喋ってはいるが、その根底に有るのは自分への賞賛のみ。

 

 彼が今何を目的としてこの場に留まり、彼女と会話をしているのか掴めない転狐は進展のない話を切り上げさせる。

 転狐自身は既に傷だらけの身体と『個性』の消失が重なり戦闘など出来ようもない、故にここからは彼女に意志を託す。

 

「──レグルス、任せたぞ」

 

「君の方こそ、これ以上出しゃばるなよ」

 

 ここから先は彼女の独壇場であり、例えトップヒーローだろうと介入は許されないだろう。

 巻き起こるのは正義と悪ではなく、邪悪と純粋悪の衝突、その矛先が自分達に向かない事を祈るしかないのだ。

 

「レグルス、何度も言うけど絶対に──」

 

「はいはいもう聞き飽きたよその言葉は。君さぁ、そんなに私の事が信用ならないわけ? 任せたって言っといて尚心配してくるって事は相手を信じていない何よりの証拠だ、私の実力を見くびってるって事だろ? 本当に頭が悪いんだな、だからあんな奴に人生を玩具にされるんだよ。いいから、黙って見てろ。分かっていても対策のしようがない、それが無敵の所以だ」

 

 心配は善意の裏に隠された蔑みであると信じて疑わない彼女は邪魔者を追い払うように手を振るう。

『頑張れよ』なんて応援も『気をつけろよ』なんて心配も不要だ。

 

 信じているなら、信じたいなら黙って見ていろ。

 

 両者持ち合わせた異能に底は見えない、故にこの戦いに勝利する為の絶対条件は己の自我を最後まで貫き通す事である。

 

「全盛の頃へと舞い戻った肉体と個性を存分に謳歌するとしよう。君は文字通り無敵で、そこに付け入る隙は無いと称されているね。でも物は試しだ、僕からいかせてもらうよ」

 

 実験を楽しむ子供のように笑い、周囲の状況など顧みず数多の個性を併用しレグルスに仕掛ける。

 彼女は周辺に被害が及ぶことを考慮──する訳もなく、ただ先程宙に浮いたオール・フォー・ワンに見下された事を根に持ち、仕返しする為に空高く舞い上がる。

 

「そうだな、先ずは『電磁波』+『音波』+『増幅』+『拡散』」

 

 彼は片手を掲げ、彼女に向かって電磁波と超音波の複合攻撃を放つ。

 青白い電磁波の奔流が空気を切り裂き、超音波の唸りが同時に襲い来る。

 

 それがレグルスを飲み込もうとする瞬間、電磁波の電荷と音波の圧力波が権能によって同時に固定され、その存在を上書きされる。

 

「私の『無敵』に穴があるとでも? 脳が動いているなら電気による攻撃が通る、声が聞こえているなら音による攻撃が通る、そんな安易な思考は残念ながら通用しない。ほら、お返しだよ」

 

 固定された電磁波と音波のエネルギーが爆発的に解放され、増幅された複合波動がそのベクトルを書き換えられ逆方向に襲い返る。

 

「攻撃が命中した瞬間に停止させる事によるカウンターか、賢い使い方をするね。停止する物体の数、範囲に制限は存在しないのかな? 良いねぇ、もっと見せて欲しいな」

 

 当然のように回避し、そのまま始まる空中戦闘。

 オール・フォー・ワンは極低温の冷気を、増強した腕で押し出した空気に乗せてレグルスへと放つ。

 

「ちっ、学ばない男だなぁ! 彼を玩具にするにしたってもう少し賢くなるよう教育出来なかったのかなって思ってはいたけど、教育者が出来損ないじゃどうしようもないな!」

 

 レグルスは動かず、冷気の分子運動を固定。

 そして凝縮された冷気が更に温度を下げた極低温波として逆流していく。

 

「世間は敵連合が雄英の合宿を襲撃した事のみを知っている、実を言うとあれは弔の計画じゃなく僕の提案でね。君が殺した巨人、マキアも僕が用意した配下だ。何故ここまで大掛かりなことをしたのか分かるかい?」

 

 彼女の攻撃に不変が付与されているか、それとも向きを書き換えただけかの判別はとても難しい。

 そもそも『獅子の心臓』の効力はあらゆる物体、事象に対して自由に設定出来る以上セーフティラインが定められない。

 

 故に彼は、常に大きな動作で回避していく。

 

「あぁ? そんなの、君が後先考えられない馬鹿ってだけでしょ。言い方に含みを持たせてあたかも全部計画の内でしたみたいな態度取るの恥ずかしいよ──んぅ?」

 

 次の瞬間、彼の左手から迸る炎が冷気を貫き灼熱の奔流が凍った空間を飲み込む。

 急激な温度の衝突が空気を裂き、膨張する衝撃波が放出され空間そのものが歪むような爆風が全てを薙ぎ払った。

 

「残念だけど不正解だ。まぁ後先をじっくりと考えている時間が無かったのは当たっているけどね。正解はねぇ、君達を誘い出す為さ。弔が僕の陰謀に気づく前から、僕は弔に見切りをつけていてね。簡単に言えば、敵連合をチップに使ったギャンブルさ」

 

 その光が収まった時、彼の瞳に映ったのは不敵な笑みを浮かべながら両手を胸の前で合わせている無傷のレグルス。

 指を絡ませながら、何かを握るように手を合わせている彼女はゆっくりとその手を離れさせ──顕になるのは、極限まで凝縮された膨冷熱波

 

「おっと、少しはしゃぎ過ぎたか──」

 

「その通りだ、そうやって自分の力が最上だと疑わずに他者を虐げようとするからそうなる。これは君の攻撃を絞っただけに過ぎない、その身で受けて自分の個性に溺れて死ぬといい!」

 

 一点に放出された熱波はエンデヴァーの赫灼熱拳を優に超える出力であり、その速度は凡そ人が認識できる許容上限を超えている。

 音すら置き去りにして線上にあるものを捩じ切るように進んでいく様はもはや衝撃波の類に収まるものでは無い。

 

 勿論そんな攻撃を人の身である魔王が回避できるはずもない。

 例えどれだけ優れた動体視力を持とうとも、肉体がその速度に対応できないのだから──。

 

「案外呆気ないものだったな。戦い自体に意味や楽しさを見出したことなんてないけど、私の手を煩わせるんだからせめて私を楽しませようと愉快に素敵に踊って欲しいもんだよ。まぁ、そういう配慮とか出来ないから私の手を煩わせる事になるんだろうけどね。当然の帰結だ」

 

 先程まで居た場所にオール・フォー・ワンの姿は見えない。

 完全に消滅したか──そう思ったのも束の間、土煙がたっている地上から彼の笑い声が響く。

 

「以前の戦闘では、君は個性に使用制限があったにも関わらず一撃で脳無を葬ったと聞く。今回は違う、個性の許容上限は別の個性で補う、その繰り返し」

 

 彼は身体の半分以上が消し飛んだというのに痛みに悶える事も無く、その肉体が瞬く間に再生していく様をくつくつと笑いながら眺めている。

 見た目は人間だが、その様子は脳無なんかより余程化け物と呼べる。

 

「個性を使用する器官すら破壊されても果たして同じ事が言えるのかな? 以前の脳無戦を知っているなら、そういう懸念をするのが普通だと思うのだけれど。それに、どちらにせよ千日手だ。君は私には勝てないんだよ」

 

「言ったろ? 君達を誘い出す事が目的だったと。オールマイトが肉体を治療する前に、緑谷出久が成熟する前に、『巻き戻し』がコントロール出来るようになる前に、僕は動く必要があった。つまりこの状況は僕にとって、何のイレギュラーでもない。想定の範囲内さ」

 

 彼女がここに来る前、転弧に散々言われた事が頭に思い浮かぶ。

 絶対に奪われないように戦え、だったか。

 彼がこの戦闘状況で逃走を選択しないならば自分の個性を奪う事が目的の可能性が高い──。

 

『個性』に直接干渉する個性が『獅子の心臓』にどう作用するのかは未知数だ。

『抹消』や『新秩序』は通用しない……果たして『個性を奪う個性』はどうだろうか? 

 

「ふん、ただの杞憂だな」

 

 絶対不変の核となる部分が『獅子の心臓』である以上、それを強奪する事など絶対にありえないし許さない。

 そうして彼女は思考を放棄する。

 

「君を見ていると若い頃の僕を見ている気分になる。だからなのかな? ここまで君が魅力的に感じてしまうのは」

 

 魔王は無数の個性を解き放ち、彼女の力を試すように縦横無尽に飛び回る。

 

 炎の渦、衝撃波、鋭い刃と化した空気、さらには重力を操る力。

 どれもが一撃で街を消し飛ばすほどの威力だったがレグルスに触れた瞬間その全てが凍りつき、跳ね返る。

 

 肉体を時間の流れから切り離し、あらゆる攻撃を無効化する絶対の防御。炎は彼を焼き、衝撃波は彼を打ち砕こうとしたが超再生により即座に傷を癒し、元の姿を取り戻していく。

 

「──ちっ!」

 

「はははっ!」

 

 戦いは一進一退。いや、千日手のように見えた。

 レグルスの攻撃は単純だが圧倒的である。彼女の手が振るう一撃は、空間そのものを歪め魔王の肉体を抉る。

 

 だが彼の超再生はそれすらも瞬時に修復。

 

 レグルスの拳が魔王の胸を貫き、血と肉片が飛び散るが次の瞬間にはその傷は消えていた。

 それでも彼女の表情に焦りはなかった。ただ冷たく、機械的に攻撃を繰り返すだけ。

 

「やはり今日ここに来たのは正解だった、君は私の人生において無視をするには邪魔すぎる存在だ。君の在り方を見ると、個性を病気と捉える奴が居るのもおかしくないと思ってしまうよ」

 

「漸く手加減を辞めてくれるのかな? つまり僕は君のお眼鏡にかなったわけだ。光栄だね」

 

 戦いが長引くにつれ、レグルスの攻撃の速度と威力が僅かに増していく。彼女の権能は時間と共にその精度を高め、超再生の修復速度を上回り始める。

 

「はぁ、少しまずいな……予想以上だ」

 

 超再生は機能しているが、彼女の連撃に修復が追いつかず徐々に傷が増え始めていく。

 

「ぐぅ……! はぁ、君の敵は僕だけかもしれないが、僕の敵は君だけじゃない。君は足手まとい共を背にどう動く?」

 

 彼の手が指し示した先にいるのはレグルスではなく、倒れているヒーロー達……いや、転弧だ。

 舌打ちをして高速で彼の前まで行き、その攻撃から守り抜く。

 

「ちっ! 突っ立ってないで逃げるとかしろよ間抜けが!」

 

「わ、悪い。助かった……サンキューな」

 

 彼を守る義務はない。だが彼を選び、彼に託された以上は彼を魔王から守り抜くべきだ。

 彼が憎いのに守ろうとする事が矛盾しているとは思わない。

 

 例えこの場にいる全員を守りながら戦おうと、魔王を圧倒する事は可能なんだと、常に自分の余裕を見せつけるため──。

 

「弔、君は言ったね? 自分が無個性だったから、『崩壊』の所有者に選ばれたと。ははっ、不正解だ。何せ僕は、君の個性が発現する前に因子を抜き取ったんだから。そりゃあ五歳になっても発現する訳ないさ!」

 

「ふざけんな、ふざけんなよ……返せ! 返せクソ野郎!」

 

「申し訳ないけどそれは難しいね。何せこの個性はかなり汎用性が高い、『浮遊』の上位互換と言える性能をしてる。あぁ『浮遊』っていうのは志村奈々の個性だよ。あれは攻撃には転用できない、ただ飛ぶだけの没個性だったが君のは違う。例えばこんな風に──」

 

 彼の腕をリング状のエネルギーが覆い、そこから発生する力場を転狐達に向けて放出する。

 先程までの攻撃に比べればただの衝撃波に過ぎないが、それでも人を吹き飛ばす程度は造作もない威力だ。

 

 唯一無事なのは不変であるレグルスと背負われている壊理のみ。

 

「ってぇ……今度は守ってくんねえのかよ……」

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、任せるのと押し付けるのでは訳が違う。自分が片付けるべき責務を託す事に私の意思を尊重する気が無いって事はつまり、表面だけを美談にしようとした責任放棄って事だ」

 

「あいつの身体……超再生か、雄英襲撃の時に脳無が持ってたやつ。おい、あの時みたいに速攻ワンパンすりゃいいだろ。お前強いんだから舐めプすんな」

 

「いやいや前提が違う、強いから手加減してやるんだ。私より実力が下の相手に何で全力を出さないとならない? その時点で私にとっては敗北と同意義だ。『剣聖』も見定めた相手以外には剣を抜かないんだよ」

 

「リスペクトの方向性絶対間違ってんだろそれ」

 

 場違いな雰囲気を纏いお喋りをする彼らに魔王は苛立つ。

 彼女はまだいい、ヒーロー共もどうでもいい。

 

 だが何故、志村 転弧は絶望しない? 

 

「僕を前にお喋りとは随分と甘えているな。腹立たしい……窮地に陥るほどヘラヘラとした笑みを浮かべるその表情、自分の力では何一つ出来ないくせに、力を借りて良い気になるなよ。出涸らしのゴミ屑が!」

 

 続け様に彼の腕から放たれたのは衝撃波──ではなく、即座に目を焼き潰すほどに眩い閃光だった。

 攻撃ではない、ただ敵の視界を潰す為だけの魔王にしては小癪な戦術。

 

 だがそれは、一切の攻撃が通じない彼女にとって唯一有効打を与えられる攻撃である。

 音や電気を衝撃波に乗せては反射されてしまう、だが実体を掴めない光なら反射される事もなく彼女の目を一時的に潰す事が出来るだろうと彼は考えた。

 

「──さて」

 

 そして反撃が来るよりも先に、彼は高速でレグルスへと接近する。

 周りのヒーローはまだ動ける状況ではない、転狐は個性が無く戦える状態にない、雄英生も手負いで戦闘など出来ようもない、『巻き戻し』は使えない……全てが彼にとって好都合な盤面。

 

 そんな中レグルスの背に隠れていた為閃光から逃れていた壊理が肩から顔を出し、その瞳に映ったものを見て思わず声を張り上げてしまう。

 

「──っ、お姉さん!!」

 

「ん──なっ、お前!」

 

 レグルスの首を掴み、『獅子の心臓』を奪わんとする魔王の姿を───、

 

「さぁ、僕に寄越せ! 君の個性を───!?」

 

 刹那、彼の思考が恐怖一色に染め上がる。

 彼は『オール・フォー・ワン』を使用し、その身で直接干渉してしまったのだ───彼女の体内に眠る個性因子、基『強欲の魔女因子』に。

 

 それはまるで意思を持った生き物のように蠢いていた。

 ただ彼女の因子に触れただけで心臓が凍りつき、鼓動すら奪われるような恐怖が全身を貫く。

 

 ただ触れているだけで収まりきらない欲望が内側から膨張し、骨を軋ませ、血を煮えたぎらせ、理性を喰らうかのように。

 

 底無しの渇望が、魂を侵食するかのように。

 

「この因子は───!? こんなものを抱えていたとは、誤算だった……!」

 

 今すぐに手を離さなければ、そんな本能的な危険を感じ取っていた。

 だが思考とは裏腹にその腕は彼女の首から離れない。

 

 未だ彼女の個性は微動だにせず、いつもならスムーズに吸収されるはずの個性がまるで意志を持ったかのように抵抗していた。

 いやそれどころか、オール・フォー・ワンの個性が発生させる赤いエネルギーが逆流し、彼の身体を内側から侵食するような感覚が走った。

 

「ぐぅっ……何だ、これは──!」

 

 彼は必死に首を掴む手を離そうとしているが出来ないのだ、まるでこの場にいる二人以外の誰かがその手を強く掴んでいるかのように。

 

 どんどん深紅のエネルギーが逆流し、その速度が上がっていく。

 その余波で彼女達には誰一人近寄ることは出来ず、当人ですら整理がつかない──。

 

 いや、唯一因子に干渉し続けているオール・フォー・ワンは感じ取っていた。

 彼女の因子に入ったほんの僅かなヒビが割れ、そこからどす黒いものが溢れ、それを埋めようとこちらに手を伸ばしてくるような感覚を。

 

「──こんな、女一人にぃ!!」

 

 こんなモノ、奪えるはずがない。

 これは個性でも異能でもない、彼女だから持ち得ることができる、彼女だから行使する事が出来る──権能だ。

 

 いや、もはやこの際どちらでもいい──! 

 

「────ぐぉおおお!!」

 

「余所見とは頂けないな」

 

 自身の右腕を切り離し、その痛みに悶絶する。

 そして体制を立て直すよりも早く、彼の首に伸びる彼女の右手。

 

 喉元を掴まれ、呻き声を上げる魔王に彼女は薄ら笑いを浮かべる。

 

「いいか、ここまで遊んでやってたのは私の心の広さと余裕のおかげだ。でも、優しい私にだって限度がある。それを理解して──」

 

「ふふふ、ははははっ。レグルス・コルニアス……欲したのは君の方だ。だから言ったんだ、今からでも遅くはないと」

 

 彼は気味の悪い笑みを浮かべ、残った左腕を使い彼女を指差す。

 

「────次は、君だ」

 

 そんな戯言には耳も貸さず、レグルスは彼の喉元を掴んだまま大きく腕を振りかぶり、口角を上げて決別の言葉を言い渡す。

 

「空に落ちる気分を、味わった事はあるかな?」

 

 そして、驚異的な力で空高く投げ飛ばした。

 物理法則から解き放たれた彼の肉体は夜空を切り裂き、星の光に紛れて消えていく。

 

 勝負は敢え無く決着をつけ、そこに残ったのは大規模な被害と犠牲の数々。

 そして勝利と熾烈な戦闘の余韻に佇む少女が一人、星空を見上げて微笑んでいた───。

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