強欲少女のヒーローアカデミア 作:pastel
「──帰ろうか、壊理」
「えっ、あ……待って、あの人は……?」
やるべき事を終え、その責任など微塵も背負う気がない彼女は壊理を連れてこの場を去ろうとしていた。
立て続けの戦闘ですっかり忘れていたが、治崎廻をエンデヴァーに託したままだった事を壊理に言われ思い出す。
彼だけは二人の今後にとってとても重要な人物である為、まあどうでもいいだろうと突っぱねることは出来ない。
そんな彼女は傷だらけのエンデヴァーとホークスの元へ歩を進める。
「やぁホークス、久しぶりだね。あんな真似をしておいて、よく何食わぬ顔でここに来れたものだよ。まぁその話はよそう、もう過ぎた事だ。過ぎた事を一々掘り返すのって、自分の器が小さいって事を大っぴらに宣言してるようなものだからね。声をかけたのは別に雑談をしたいわけじゃない、あぁ戦いに来た訳でもないよ? 君達に固執する理由は今の所薄い。で、治崎廻はどこへやった?」
「病院だよ。両腕欠損の重傷者を戦場に放っておく訳にもいかない」
「責務は果たしてくれたみたいだね。そういえばあの男から直接聞いたんだけど、瀕死の彼を全回復させた名医がいるらしいじゃない。そんな素晴らしい技術の持ち主を二度も煩わせるあの愚男をどうか許してやって欲しい。病院の資源を無駄に使って、本当に助けが必要な人が迷惑を被ってしまうなんて不条理まで許せって言ってる訳じゃないよ? そりゃあ医者は誰に対しても平等に治療する義務があるし、患者には治療を受ける権利があるのは事実だ。治癒個性ありきの名医ならどんな状態でも治せるって信頼するのはわかるけど、それを理由に好き勝手やって医療の場を乱すのはダメだからね。他者の権利を侵害してまで生に執着するような輩は殺した方がいいと思うしさ」
「彼は俺達が責任を持って生かすよ。それに彼が病院に居てくれるなら、色々手間が省けるんだ。だから心配しなくても大丈夫。君達は、これからどうするのかな」
その問いに彼女は悩む素振りを見せながらも、特に何かを言う訳ではなくその場から離れる。
少なくともそちら側に行くつもりは無い、それを言外に示すかのように壊理と手を繋ぎホークス達に背を向けて。
「……エンデヴァーさん」
「タラレバ話なぞ無意味だ、慰めもな。お前はあの時、巻き戻しの少女を殺さなかった。その判断によってどれだけの犠牲が出ようとも、お前は正しい事をした。それを悔やむな、お前は何も奪っていない」
「ははっ……慰めじゃないっすか。ただ臆病だっただけですよ。幼い頃から不条理に見舞われて、やっと信頼できる人を見つけて幸せになれそうだったところで大衆の為に犠牲になるなんて……少なくとも、俺には選べませんでした」
あの夜、『巻き戻し』を暴走させた壊理を殺す事など容易かった。
それをしなかったのは壊理の過去、そして報われない未来と彼女達の影響で失われる命の数……それらを天秤にかけた時、果たしてどちらの方が不条理と言えるのだろうか──。
もしレグルスが悪意と憎悪のみを心に宿して人々の未来を奪う悪人だったとしたら、別だったかもしれない。
しかし彼女はただ、力と恐怖で押さえ付ける以外の手段を知らないだけの子供なのだ。
「誰かに見て欲しい、認めて欲しい、誰もが持つ欲求が他の人より強くて、それに伴う強個性が備わった結果自尊心を一度も砕かれる事無く生きてきたせいでそれが間違いだと気づけなかったんだ」
最初は、彼女も正当なやり方でその欲を満たそうとしていた。
だが敵連合と敵対し、弱みに漬け込まれた事で彼女もまた知ってしまったのだ。
──与えるよりも、奪う事の方が何倍も楽だということに。
「これから、どうなるんですかね」
「少なくとも明日には日本が沈んでる、なんて事にはならんだろう。それに俺達は彼女の事以外にも解決すべき問題が山積みだ。国の明日より自分の明日を優先しろ、ホークス」
「……そうですね、俺達は彼女に助けられ生かされた。焦凍君のところ、行ってあげてくださいよ」
疲労困憊、その身は既にズダボロだが心は次を見据えていた。
治崎廻の今後、戦場に乱入した雄英生の処遇、連合の残党についての問題も未だ解決していない。
一個ずつ、出来る事をやっていこう。
この長い夜も、漸く終わりを迎えたのだから───。
***
そして彼、志村 転弧は戦場の余韻に浸りながら残り少ない時間をレグルス達と過ごしていた。
辛うじて生き残る事が出来たが、自分の処遇など過去を鑑みても重い罰が下るだろう。
そこを急ぐ必要はない、今は彼女と話をして──それで一個ずつ清算していこう。
「お前が彼奴に触られた時、もう終わったって思っちまったよ。でもそんなピンチもぶっ壊してくれた……ありがとな、レグルス」
「たかが男一人殺した程度で救われた気になれるなんておめでたいね。それで、この期に及んで何の用なのかな? 最低限の責務は果たした、もう君との手繋ぎもお終いだよ」
「言ったろ? 認めてやる、って。空で戦ってるの眺めてた時はまだ、あ〜彼奴やっぱ化け物みたいな強さしてるなって漠然と思っただけだった。でもお前、俺の事助けてくれただろ? 自分が情けないと同時に、お前の背中がすげぇカッコいいって心の底から思っちまった……お前は、俺を一番最初に助けてくれたヒーローだ」
例え肉体が傷つかなくとも誰かを守る為に前へ出る事は、立派なヒーローのやり方だと転狐は語る。
彼は『剣聖』を知らない。それでも彼の中で、レグルスはとうにその男を超えていると断言できた。
そして彼は続け様に言い放つ、誰も彼女に言えなかった叱りの言葉を。
「お前はさ、俺みたいなやつですら認めちまうくらいには凄い奴だよ。でも、やり方が勿体ないんだ。お前の権利を主張するために他人を傷つけたり話を聞かずに進めたりするのは、お前自身の価値を下げてるだけだ」
「────は?」
「別に相手を無視して自分を押し付けなくたって、お前は人に認めさせる事が出来るよ。虚勢はって取り繕ってる時よりも、余裕持って周りを守りながら戦ってる時のお前の方がカッコいいと俺は思ったしさ」
彼は瓦礫に腰かけ、清々しい笑みで彼女の在り方を否定し、そして思ったままに言葉を紡いでいく。
レグルスは予想外の言葉に唖然としている、無理もない。
「別に、変われって言ってる訳じゃない。お前がどう生きようがお前の勝手だし、俺にはどうでもいい。今の言葉は、お前に救われた一ヴィランの独り言だ。でもな、レグルス───」
彼は『剣聖』を知らない。だが『英雄』は知っている。
我慢できないほどの憎しみと嫌悪、無視できない因縁を抱えていた自分達が初めて手を取り合った時──何の力にもなれないのに自分を選んでくれた彼女は転狐にとって、初めて出会った英雄だった。
何もかもが仕組まれ、人生そのものが魔王の玩具だったとしても、あの時の気持ちだけは転狐自身が作り上げ、繋いだものだ。
「自分の信念を貫きつつ、他人と繋がるのが強さじゃないのか? 人の声を聞いて、気持ちを理解して、時には妥協する。俺はそれを、弱さだとは思わない。だからお前が俺の手を取ってくれた時、お前は強いなって思ったよ」
「それは君が、それ以外の手段を知らぬからだ。他者がいないとろくに立ち上がる事すら出来ないほど惨めで弱いから求める、受け入れる。満ち足りていない事に不満を覚えてるだけの欲深のくせに、大義名分を引っ提げて自信満々に語るんじゃない」
「そうかもな、俺だって俺以外の視野で語る事は出来ない。俺が俺だけの力で成してきた経験なんてクソ少ないだろうし、何言っても説得力に欠ける事ばっかだと思う。そのくせやらかした過去だけは無くならない、ほんとクソだよな」
二人は隣り合いながら、そっと間を置き静かな距離を織りなす。
夜風がそよぐ隙間に、互いの心が囁き合う余白を残して。
貶しているのか褒めているのか、それともただ整理のつかない感情を言葉に乗せて吐き出すように喋っているのか彼女には分からなかった。
他者が自分の事を分かったように語ってくる度に、その言葉に乗せられた感情までは理解できないのが、気持ち悪くて仕方がない。
何が言いたいのか分からない、でもそれを追求したくなるほど何かを求めている訳でもない。
それも当然だ。彼女には、他人の声に惑わされる程の余裕など無いのだから。
「人生を玩具にされ、その役割すら失った君に一欠片の同情も湧かないけれど……例え許されない罪を犯したとして、許される為にやり直す権利は誰であろうと持ち得るものだと思う。それに誰よりも弱っちくて泣き虫の英雄曰く、『やりたい、変わりたいと思った時がスタートライン』らしい。だから──」
壊理が、必死になって治崎廻の殺害を止めようとしてきた一幕を思い浮かべる。
被害者も加害者も、それらが何を思うかなど知った事ではない。
取って付けたような一般常識を語る時と変わらず、少数派しか叶えられない綺麗事を並べ、そこに僅かな気持ちを乗せる。
彼女は壊理の手を優しく握り、数歩進んで振り向きざまに転狐へ笑いかける。
善意からの笑顔ではなく、これから彼に待ち受ける受難を想像して煽るかのように嘲笑い──、
「──精々頑張れ」
その言葉を最後に、彼女は姿を消した。
大嫌いな相手に激励を送るほど優しくなどないだろう、だが彼女の笑顔を求めていた転狐からすればそれは──、
「ほんっと……ムカつくぜ」
どこまでも不遜に振舞って、その結果出る周りへの影響など微塵も考慮しない彼女はやはりどこまでも『絶対不変』の完成された個なのだろう。
その殻を破ることはせず、されど他者を求めている彼女の人らしさが彼女を孤独にしていると思うと──また会いたい、そう思ってしまった。
そして一人瓦礫に腰かけながら、呆然としている転狐によそよそしく近寄る一人の男──オールマイトがいた。
彼はわざとらしく咳払いをして、転狐の横に立つ。
「……志村、少年でいいんだよね?」
「少年って歳でもない。転狐でいいよ、この名前は俺がオール・フォー・ワン以外から貰った数少ないものだから」
「そっか……隣失礼するよ」
間を空けず、隣同士で座るオールマイトは気まずい雰囲気の中どう話を切り出そうか悩んでいたところ、転狐がぽつぽつと言葉を漏らしていく。
隣に座っているオールマイトは痩せ細った喋る骸骨のようだが、彼は平和の象徴が弱体化していることを知っている為追求はしない。
「俺の家さ、父が決めたルールでヒーローの話だけは禁止されてたんだ。でも俺と、姉はヒーローを諦めきれなくてさ。ある日父の書斎で見つけたんだ、ヒーローのお婆ちゃんと子供の頃のお父さんが写ってる写真を」
「────あぁ」
「それがバレて、父に手酷く叱られた。誰も俺の事を助けてくれなくて、ずっと優しく否定され続けて……その夜『崩壊』が発現して、俺は家族を殺した」
今更隠す事でもない自らの悲惨な過去を物語る。
『崩壊』は転狐の個性では無いし、転狐自身も被害者でしかない。
それでも、個性が暴走した上で彼がとった行動は──、
「自分でも何が起きてるか分からなくて、ただ泣き叫びながら家族が崩れてく様を眺めてた。凄く悪いヴィランが自分を狙ってるんじゃないかって、ただ怖かった覚えがある。それが全部自分のせいだと気づいたのは、父に拒絶され殴られた時だった」
その時明確な殺意を持って、俺は父を崩した──そう告白する転狐にオールマイトは二の句が継げなかった。
奪われた者の悲しみが憎悪に変換されてしまう負の螺旋を止めたいと願った彼にとって、転狐の過去は──彼の信念を根底から揺さぶる刃だった。
幼い頃から家族を自らの手によって失って孤独と絶望の中で彷徨い泣いていた彼を救えなかった自分が、どの面を下げて彼の話を聞いているのだろうかと。
志村 奈々が信じた平和、彼女が守ろうとした未来──その全てが、彼女の血を引く少年の苦しみによって嘲笑われているかのようで──。
「俺は誰にも助けて貰えなかった。だから今度は、必死に手を伸ばして俺を助けてくれって叫んだんだ。そしたら、レグルスはその手を取ってくれた。彼奴も、トガ達も……単なる悪い奴じゃないんだよオールマイト」
それとは別でムカつくしイカれた奴らだけどな、そう付け足しつつ清々しい表情で彼は語る。
皆何かしらの事情や、社会へのどうしようも無い思いを抱えた結果だったのだと。
「君は、そんな事があっても他者を想える……優しい人間なんだね。私は彼女を殺そうとした。例えどんな事情があろうと、それが無実の人間を傷つけていい理由にはならないからだ。秩序に生きる我々は、彼女のような……君の仲間のような人達を救う事が出来ない。少なくとも、その心までは」
何かが歪んでしまう前に手を差し伸べられれば遅くは無いかもしれない。
だが相手が助けを求めている、もしくは求めていたと気づくのはいつだって敵として現れた時なのだ。
「まぁ、ヒーローとは分かり合えないからヴィランになっちまった奴らばっかりだからな。なぁ、オールマイト……俺は彼奴らを助けてやれるかな」
ヴィランではなくなった自分が手を差し伸べたとして、彼らはその手を取ってくれるのか。
そう語る転狐を見て、オールマイトは理解する。
ヒーローへの憧憬が与えられた物だったとしても、それでも転狐は誰よりも優しい少年なのだと。
そんな彼に言ってやれる言葉なんて──。
「あぁ、出来るさ。君はヒーローになれる」
彼女から貰った借り物の勇気と、平和の象徴から貰った許し。
彼の人生はここから始まるというのに、俯いてはいられない。
「俺、レグルスと会うまではオールマイトが憎くて仕方なかった。なんで俺の事は助けてくれなかったのに、あたかも全員救いましたみたいな顔でヘラヘラ笑ってんだろうってさ」
「それは、謝って済む話ではない。全ては私の──」
「辞めてくれ、責めてるんじゃない。俺が言いたいのは、結局ずっと心のどこかで助けを求めてたのかもって話でさ。個性無くす前は痒みが酷くてそんな事考えもしなかったろうけど。色々吹っ切れた結果ってやつ?」
自責の念に囚われていたオールマイトは唖然とする。
この期に及んで自分が、転狐を抱きしめてやる事が許されるのかと。
志村奈々の代から続く負の螺旋、それを止められなかったのは全て自分の犯した罪だ。
それを今更帳消しには出来ない、だが罪悪感に苛まれてすべき事を見失う事こそ罪である。
彼の呪縛から解き放たれた迷子の少年を導いてやらねばならない、ヒーローとして──、
「──もう、大丈夫だ。私が……来た」
彼は優しく、それでいて力強く告げる。
その言葉と共に彼はそっと転狐を抱きしめ、かつての憎しみと敵対心を和解の温もりに変えていく。
「────」
転狐にとって、誰も助けてくれなかった絶望の記憶は救いと希望の言葉に塗り替えられる。
その一言は、過去の傷を癒し、新たな絆を紡ぐ希望の象徴となるだろう。
ここから始めよう、誰の物でもない志村 転弧の人生を。
***
神野の事件から丸一日が経過して、僕──緑谷出久──は病室でクラスの皆から貰った差し入れを味わいつつ轟君と事件について話していた。
「それにしても、僕達本当にとんでもない事しちゃったね……」
「親父達が相当頑張ってくれたみたいで、世間にはバレてないらしいな。マスコミも戦闘の余波が凄くて近づけなかったってよ。後半殆ど意識無かったから覚えてねえんだけど、レグルス……来てくれたんだよな」
「あぁ、うん……死柄木を連れてね。そのままオール・フォー・ワンを倒して、それ以上何かをする訳でもなく居なくなっちゃったんだ。死柄木も、オール・フォー・ワンの被害者だったみたいで……その辺はまだ詳しく聞けてないかな」
「……そうか。ニュース見る限り、神野区以外でも相当な被害が出てるらしい。それを目撃した人は居ないらしいけど、痕跡から見るにレグルスだろうって」
雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。
結局彼女を止める事も、助ける事も出来ず……プロの戦いに首を突っ込んだ結果身体をボロボロにしただけ。
あの夜、色んな事が立て続けに起こったけれど一番印象に残っているのは──、
「壊理ちゃんは、彼女とどこで会ったんだろう」
「レグルスが背負ってた女の子か?」
「うん。あの子に触れた時、僕は何も感じなかったんだ。あぁ気持ちの話とかじゃなくて、体温の話ね! 温かくも冷たくもなくて、身体が凍ってるみたいだった。多分だけど、彼女がずっと個性であの子を守ってたんだと思う」
そもそもあんなに小さい子を戦場に連れて来る事自体おかしい話な訳だけど、彼女の個性を人に適用できることを考えたらそれも理解出来る。
彼女が職場体験の時に消えてから、今まで約三ヶ月。
どんな出会い方をすればあれ程の信頼関係を彼女と築けるのか、そこが疑問だった。
「まぁ、少なくとも親父達は知ってそうだったし聞けば分かるだろ。あの子とレグルスの間には信頼があるように見えた、どれだけ人を殺して街を壊しても、そういう優しさが垣間見えるから……俺は彼奴を諦めきれないんだろうな」
「オール・フォー・ワンは彼女の事、怪物って言ってたけど……彼女は誰よりも人間らしいと思う。どれだけ理解できなくたって……根底には人らしい欲求を抱えてる、だけ……の──」
話を途切れさせ、呆然と正面を見つめる緑谷を見て轟は不思議そうに首を傾げる。
まぁあんな事件の渦中に居たのだから、たまにトリップするようになったとておかしくは……いやおかしいか。
「緑谷? 大丈夫か……?」
「──あっ、ごめん! なんか急に……頭に人の声が響いたっていうかなんて言うか……いや別に何ともないよ! うん、大丈夫……なはず」
「先生呼んだ方がいいんじゃねえか?」
「いや、本当に何ともないから!」
頭の中に、自分以外の誰かの声が響く感覚──誰の声なのか、何を言っているのかすら不明瞭なそれが妄想の類では無いという確信だけはあった。
何せ一人の声だけじゃないのだから──、
「緑谷君、轟君、君達にお客さんが来てますよ」
病室の扉を開いて現れたのは彼らを診てくれた医師。
来客を伝えてくれているが彼以外に人は見当たらない。
「えっと……どこに誰が?」
「屋上で待っていると伝言を預かっています。それ以上は、何も」
どこか医師の様子に違和感を覚える二人だが、医師は要件だけ伝えてそそくさと退室していく。
今の自分達に会いに来る人物など、全く検討が付かない。
「……どうする?」
「誰だか知らねえが、待ってるなら行くべきだろ」
緑谷はその言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がって病室を後にし、轟も緑谷の後を追った。
──屋上に上がると、風が涼しく吹き抜ける。
扉を開けた先で彼らの瞳に映った光景は──壊理が屋上の柵にもたれて街を眺め、その横で不遜に此方を見つめるレグルスだった。
彼女の長い白髪が風に揺れ、柔らかな笑みが彼女の顔を飾っている。
二人が驚きの声を漏らすよりも先に、彼女は話を切り出す。
「女性を待たせるのが男である君達にとっての礼儀って事ね。まぁいいや、自分の力に自惚れて戦場に割り込んだその愚かさに免じて今回は不問にしてあげよう。ねぇ、君達知ってるかい? 昨夜の事件から『強欲の魔女』を支持する人間が現れ始めたんだ。自分一人じゃ何も成せない弱者っていうのは、常に自分の解釈に収まりきらない強者に縋ってしまう生き物なんだ。自分の目で確かめた訳でもないのに、ほんとおめでたいよな」
彼女の雰囲気は静かで、それでいて何処か以前とは違う得体の知れなさを覚えてしまう。
『強欲の魔女』を支持する人間──世間に撒かれた小さな火種が昨夜の戦いで僅かに、それでいて確かに開花したのだ。
ギガントマキアの討伐と、街一つを容易に壊滅させた彼女の恐ろしさは……それを求めていた日陰者にとって確かな救いとなってしまった。
「弱者にとって強者は自分の理解を超えた圧倒的な存在だけど、一定の水準を超えれば強者同士は均一に見えるはず。でも実際はそうじゃない。強者としての水準、その全ては頂点に立つ者に設定される。つまり最も新しい強者として支持されるのは、他の強者を凌駕する輝きを示し、最高水準をこの身で体現していることの証明だ。そう考えたら、別におかしな話でもないなって思ってさ」
表面上は落ち着いているが、その声色は彼女が上機嫌である事を示していた。
彼女の言う事も一理ある、もしオールマイトがもう戦える身体では無いと世間が知ってしまえば彼女の信者はより増えるだろう。
このヒーロー社会は、オールマイトという最上に支えられ過ぎたのだ──、
「君に言われた、『超えたいと思った英雄』は物語で見た人物なんだ。自分は自分以上を目指せない、だから変に他者の所有物を求めず今に満足する事が至上の幸福だと思う反面、彼の姿は今でも色褪せないんだ。どうやったら越えられるだろうって悩み続けて来た。彼のように立ち振る舞い、彼のように人々に手を差し伸べて、彼のように英雄を名乗る。一歩ずつ近づこうと自分を曲げてやってるのに、彼はこっちを見てくれない」
物語の登場人物なのだから当たり前だろう、そんな返答は出来なかった。
今の言葉は、彼女が自分達に吐き出してくれた初めての本音だと思ったから。
どうにか彼女の本音と向き合い、寄り添おうと口を開こうとした緑谷達の思惑は次の一言で瓦解する。
「だから在り方を変えようと思った。渋谷の夜、頭部が崩れ落ちていくさなかで気づいたんだ。私は英雄ではなく、王だと。この小さな世界の王として生きれば彼らよりも上に立ち、彼らは私に跪いてその身その心を私に捧げるんだ。彼らが英雄として人々の支えとなるのなら、私はそんな彼らの存在意義になる──私は呪われたんじゃない、恵まれたんだ」
──まただ、また頭に声が響くような感覚が襲ってくる。
「『ONE FOR ALL』『ALL FOR ONE』良い言葉だよね」
──不明瞭、その声が何を語っているか理解しようとしても肝心な部分には靄がかかっている歯がゆさ。
今は彼女の一言一句を注視しなければならないというのに──、
「英雄は他者を軸に動く、だから民衆は英雄を軽視してるんだ。でも王は皆に恐れられ、或いは尊敬され、全てを差し出されるんだ。ただあるがままの私を中心に世界が回って、皆が私を見ている世界。その世界に、私を笑う人間は誰一人居ない。英雄も、英雄気取りの馬鹿も、個性的な病人共も、全員が私の下で生きる事を望む世界。君達がヒーローとして在るように、皆が私の為だけに存在する世界──」
彼女の原点は『剣聖』を自身よりも上の存在だと認めた事。
そこから始まった物語は、王として終わりを迎えるべきだとあの夜気づいたのだ。
そして、その考えは間違いではなかったと証明された。
全ては彼らを超える為──『小さな王』はその意志を示さんとする。
彼女は咲き誇ったような笑顔を彼らに向けて、薄く開いた瞳から琥珀を覗かせる。
まるで彼女以外の誰かが笑っているかのように思えてしまう程の純粋な笑みは、緑谷の頭に響く声をより強くさせて。
「──
まるで何か巨大なものが、すぐそこまで迫ってきてるような──でも、それが何なのかがどうしても分からない。
確かなのは、原因不明の胸騒ぎだけがまるで心臓を締め付ける鎖みたいに締め上げてくる感覚だけだ。