××年後にBSSする鬱死人 作:純愛派
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ 破道の三十一 赤火砲!!」
小柄な少女の掌から放たれた赤い火球が的に当たり弾ける様を眺める。普段見慣れているものより威力は劣るものの、同年代の中では優秀な部類に入るのではないだろうか。
「君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ ――――」
間髪をいれず次の詠唱に入るその表情はいつもの困ったような頼りないそれとは違い、凛々しさすら感じられる。黄色い炎、続けて蒼い炎が放たれ、的を焼き付くさんばかりに燃え盛る。少女の頬にはその熱気からかたらりと汗が垂れている。
少女――春夏冬よもぎ――は息を吐き、浮かぶ汗を袖で拭った。そうしてこちらを向き、僕の反応を伺った。
「どうかな……?」
「良いと思うよ。速度も威力も悪くない」
「やった。へへ、進級できるかなあ」
「進級は余裕で出来るだろうね。……特進には移籍できないと思うけど」
ぽつりと溢した言葉に「それはそうだよ。わたしなんかが、ね?」とよもぎくんはしっとりと湿った前髪を弄りながら眉を下げた。彼女はそういうけれど、斬*1拳走鬼の内、走と鬼は学年でも上位の実力があるため、努力すればギリギリ特進学級に入れる筈だ。鬼道はこの通りであるし、歩法は……。
「わっ!?」
どてっ! と派手に転んだよもぎくんを見てしまえば信じられないだろうが、歩法は得意分野なのだ。
霊子の扱いが得意なようで、打ち合いの最中僕が構える木刀の鋒の上に立っていたこともあった。ぴょんぴょんと自在に跳ね回る姿は兎のようである。その技術の何処が役に立つのかとか、そんな能力があるなら普段から活用して転ばないようにするべきだとか言いたいことはたくさんある。
「転んじゃった」
しかし、このお間抜けな言動を目の当たりにするとどうにも気が抜けて厳しいことを言えなくなってしまう。
最近はきちんと受け身を取っているので、以前ほど怪我をしなくなっていた。微々たることではあるがこれもまた成長なのだろう。もう五回生になるというのに本当に蝸牛の歩みといった具合だ。
僕の手を取り起き上がった彼女は誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべている。
「まったく、君は本当にしょうがないね」
「ごめんね」
「稽古中は転ばないんだから普段から転ばないようにしなよ」
結局してしまった指摘に、彼女は「稽古とかのときは気を張ってるから……」とモゴモゴと言葉尻を小さくした。
学級が離れているため、合同授業などもないから実際に見たことはないのだが、実技の授業では気を張っているものの、緊張してそれはそれで駄目らしい。
指をいじいじと動かしている様子を眺め、ため息を吐く。
「いつも気を張れば良いだろう?」
「それは疲れちゃうから無理だよ」
「それじゃあ……もうどうしようもないじゃないか」
僕の下した結論にうなだれてしまったよもぎくんのつむじを眺める。
院生である今は稽古や試験のときだけ気を張れば差し支えないだろうが、死神になると話は変わってくる筈だ。任務が長引けばその間はずっと気を張っていなければならないだろうし、任務外でもドテドテ転びまくる注意散漫な様子を晒せば死神として不相応だと言われ減給、最悪除籍処分、なんてこともあるかもしれない。
「お、大人になれば大丈夫になるかもしれないし」
「そうだね。1000歳くらいになれば、なれるかもね」
「その歳だともう違う理由で転ぶんじゃないかなあ……」
「それはそう」
「もう! イヅルくんひどいよ!」
よもぎくんはぷりぷり怒りながら、僕の腕をぽかぽかと叩くが、その威力は弱いし全く痛くないので、されるがままになっていた。引っ込み思案な彼女がこんな反応をするのが珍しいから、という理由でもある。多分僕以外にはしていないと思う。
なかなか機嫌が治らないようなので、「ごめんね」と口先だけの謝罪をした。
「そ、そんなので誤魔化されないんだからね」
「じゃあこれでどうかな」
僕は風呂敷から包みを取り出して不貞腐れている彼女に渡す。脈絡のない僕の行動に目を丸くし、よもぎくんは思わずといった様子で包みを受け取った。「開けてみて」と促すと彼女は素直に包みを解いた。
「……髪飾り?」
僕は何でもない顔で「そうだよ」なんて言ってみたが内心は物凄く緊張している。よもぎくんはというと、手の中にある髪飾りに目線を落としたまま固まっている。
(やっぱりいきなり過ぎるかな。頃合いを見て渡そうと思っていたけど絶対今じゃなかったな……)
数ヶ月程荷物の中に埋まっていたそれを漸く差し出すことができたものの、既にそれを後悔している。数十秒前の過去に戻りたい。そういう鬼道とかないんだろうか。あったとしても、今の僕程度には使えないだろうが。
胃がキリキリと痛み出したところで彼女は漸く口を開いた。
「お花、かわいいね」
「あ、ああ。うん」
よもぎくんは髪飾りをじっと見つめている。彼女の好きな杏の花の意匠で、控えめな色彩が彼女によく似合うだろう。家でそれをみつけたとき、まさにこれだ、と思ったのだ。
杏の花言葉*2は『臆病な愛』『乙女のはにかみ』『慎み深さ』など、彼女に似合うのではないだろうか。まあ、花言葉なんて占いと同じで明らかな外れ値でなければ大抵の人に合うだろうが。
ちなみに蓬の花言葉は『幸福』『平和』『平穏』など。死神という職を目指している以上、平穏かどうかはともかく、よもぎくんは小さなことに幸福を感じるたちだし、ぴったりだ。流石に蓬モチーフの装飾品なんてうちにはなかったし、名前がそうなだけで蓬が好きかどうかはわからない*3ので、あったところでなんだという話なのだが。
「これ、わたしにくれるの?」
「うん。…… まあ、家にあったのを持ってきただけだけど」
「家って……。いいの?」
「あっても誰も着けないし、よもぎくんが貰ってくれた方がそれも喜ぶよ」
実際、貰ってもらわないと困る。『同学年の女の子にあげたいので』と墓前に報告までしたのに、断られました、なんて言えるわけがない。我ながら勝手に渡しておいて、僕の事情を汲んでくれなどと酷いな。いや、そんなこと言ったりはしないんだけども。
「ううん、でも、これ……」
何やら難しい顔をしているよもぎくん。やはり付き合ってもいない男から装飾品を貰っても嬉しくないのだろうか。
(いや、よもぎくんは僕のこと好きだろうし……)
普段の様子から彼女の好意はわかってはいるのだが、その反応に不安が募り、焦燥の念に駆られて何か言わねばと口を開く。
「ふ、深い意味はないんだ。よもぎくんの前髪が邪魔そうだから、それで留めるものがあればいいかなと思って……、家にあったから」
「あ、そ、そうだよね。うん。ありがとう」
予防線を張るようにつらつらと言い訳を並べれば、よもぎくんはたどたどしく礼を言って、髪飾りを小さな掌で包むように握った。その頬はほんのりと染まっていたが、視線は髪飾りに落としたままだった。その様子をほっと息を吐く。気持ち悪がられてはいないようだ。
「やっぱり返して欲しいとか思ったらすぐに言ってね」
「え? いや、一度送ったものを取り上げたりはしないさ。高いものでもないし、気にしなくていいよ」
彼女は何やら居た堪れない、といった様子でおかしなことを言う。喜んでくれている筈なのになにか噛み合わないような、しっくりこないような。しかし、ここで深追いして返品されたりしたら立ち直れないので、僕はその違和感に蓋をして話を切り上げた。
その後は何となく気恥ずかしさもあり、明日も休みなので、自主稽古の続きはまた明日、ということで解散となった。
「じゃあ、また明日」
「うん。またね」
夜も更け、僕は布団の中で1人反省会をしていた。よもぎくんは髪飾りを喜んで、喜……喜んでいたよな? 喜んでくれてよかった。
実はあれにはよもぎくんの幼馴染――死神らしい――に対する牽制、といった意味もあったりする。彼女の口ぶりではお互いに異性として意識はしていないようだし、よもぎくん自身は苦手意識を持っているらしく、帰省しても会いたくないと言っている。しかし、彼女が成長して大人っぽくなれば向こうの心境も変わる可能性だってあるし、やって損はない筈だ。
うんうん、と頷く。問題は、今まで長い前髪で見えなかったよもぎくんの愛らしい顔*4にときめく男が出てくるかもしれないということだが、
僕は穏やかな気持ちで眠りについた。その日はなかなかに良い夢を見た。夢の内容は、まあお察しといったところである。
◇◇◇◇◇◇
爽やかな目覚めから始まり、朝食には好物が出た。それに茶柱が立つ、蜘蛛を見掛けるなど縁起の良いことが盛り沢山だ。今日はより良い一日となるだろう。
軽い足取りで待ち合わせ場所へと向かう。昨日僕があげた髪飾りをつけたよもぎくんがこちらを振り返り、ぺかぺかの笑顔で挨拶をした。
「おはよう。吉良くん、あのね」
「へあ……!?!? キ、キラァ……!?」
「今虚いなかった?」
まさか今朝の幸運は運の前借りだったとでもいうのだろうか? 仔犬のように僕に懐いているはずの彼女の口から『吉良くん』なんて呼称が飛び出てきたような……幻聴だとは思うが。
「えへへ、なんとねー、斬ぱ」
「待って、待ってくれ。ちょっと待ってくれないか」
「……なあに、吉良くん?」
「やっぱり吉良くんって呼んだ……」
いやに機嫌の良い彼女の言葉を遮り、確認してみるものの、やはり名字で呼ばれている。
もしかして、今までのことこそが僕の妄想だったんだろうか? 確かに『イヅルくんのためなら何でもするから』なんてそんな冴えない男子の夢みたいな台詞を言う女の子なんている筈がなかったのだ、常識的に考えて。
「はぁ〜〜〜〜」
「すっごく長いため息だね」
呑気にそう曰う様に、どの口が? と問いただしたくなる。よもぎくんは胸に抱いた斬魄刀に何やらボソボソと話し掛けている。僕なんて所詮返事すらしない刀以下のお喋り出来るだけの霊子の塊なんだ……と更に落ち込み俯いていると、彼女はしゃがみ込んで下から覗き込みながら話しかけてきた。
「あのね。もう高学年だからね、男の子の名前呼ばない方がいいのかもって、ね?」
彼女は僕に説明しつつ、斬魄刀に同意を求めるように言葉尻を上げた。いつもの一方的に斬魄刀に話し掛けているときとは違う明らかに会話が成立しているように思える。
「……もしかして、斬魄刀の声が聞こえるようになったのかい?」
「そうだよ。さっき言おうとしたのにイヅ、吉良くんが遮ったから。一番に教えようって決めてたのに」
しんねりとした視線を向ける彼女に言葉が詰まる。どうやら僕に報告するのを余程楽しみにしていたらしい。確かに輝かんばかりの笑顔をしていた。しかし、今では瞳にうっすら水の膜が張っている。
「ごめん、驚きが大きくてつい」
「いいけど……」
明らかに『いい』とは見えない表情で言うよもぎくん。前髪を上げているせいで以前よりも感情の起伏がわかりやすい。目元を袖で拭い、「よいしょ」と立ち上がった彼女はころっと表情を変えて嬉しそうに当初予定していたのであろう話を始めた。
「斬魄刀さんの名前はまだ聞けてないんだけどね、わたしと仲良くしたいって言ってくれたんだ」
「そう、よかったね。君と同じように大人しくて優しい斬魄刀なんだろうね」
斬魄刀とはその所持者の魂を映すものだ。きっとよもぎくんのようにドジで臆病で人見知りで優しい性格を……それって武器としてどうなんだと思うが、変に不仲であるよりはいいだろう。
「ううん、そうかなあ……そうかも?」
首どころか上半身を六十度程傾げながら、全身で腑に落ちないという気持ちを示している。そこまで問題のある性格をしているということだろうか。と、疑問を浮かべたところで、先程の『吉良くん』問題を思う出した。
「……斬魄刀が僕のこと名字で呼べって言ったのかい?」
「そうだよ。吉良くんには……あ、うん、そうだね。とにかく名字で呼ぶように言われたよ」
「そう、よもぎくんと違って口煩くて意地の悪い斬魄刀なんだろうね」
「あの、さっきと言ってること違うよ?」
まさか、あの斬魄刀は僕の気持ちに気付いていて邪魔立てしているというのだろうか。一度そう思ってしまうと、態々僕の前でよもぎくんと会話しているのもその一部のように見えてくる。このままでは更に余所余所しい態度をとられてしまうと思い、口八丁でよもぎくんを丸め込むことにした。
「阿散井くんも雛森くんも異性の幼馴染を名前で呼んでいるようだし問題ないよ。だから僕のことは、」
「雛森さんが異性の幼馴染を名前で!?」
「うわ、」
えらく大きな声を上げ、詰め寄ってきた彼女に思わず半歩下がる。困り眉をさらに困らせてよもぎくんは僕を見上げた。
「ひ、ひな、雛森さんが……」
「え? ああ、うん。そうだよ」
「そっか……雛森さんそうなんだあ……」
斬魄刀を抱き寄せ、何やら考え込んでいる彼女に何と声を掛ければ良いのか迷ってしまう。雛森くんとよもぎくんは面識がなかったと思うのだが、何がそこまで衝撃的だったのだろう。
「うあー」だの「うむむー」など謎の唸り声を上げている彼女を生暖かい目で見守っていたのだが、よもぎくんは急に背筋をぴんと伸ばして、僕の方を向いた。
「吉良くん」
「な、なんだい?」
未だに名字呼びである。よもぎくんは真面目な顔で僕の名前を呼んだが、その続きは中々出てこない。彼女は何か決意したように口を開いた。
「わたしね、頑張って援護するからね!」
あまりにも真剣な様子に『何を?』とは聞けなかったし、結局呼び方はそのままになってしまった。
察しの悪い吉良イヅル(思春期)vs察しの悪い春夏冬よもぎ(オリ主)vsダークライ
オリ主の幼馴染についてはフレーバーテキストみたいなものなので気にしなくて大丈夫です。