××年後にBSSする鬱死人 作:純愛派
「そういえばわたしね、進級できるみたい」と嬉しそうに当たり前のことを曰う彼女に呆れた視線を向け、「そうだね、よかったね」と相槌を打つ。
「五回生になるってことはその次は六回生だね」
「それは……そうだけど」
これは突っ込むべきなのかどうか、と悩みつつも肯定する。彼女がどこかズレているのは毎度のことでキリがないのがわかりきっているからだ。
「そしたら、その後は試験で、卒業で、護廷十三隊入隊! ……できるかなあ」
「このままの調子でいけるなら出来るさ。まあ、君の場合は試験で実力を発揮できるかどうかだろうけどね」
「あ、ひどい」
「本当のことだろう。試験で実力を発揮できないと入隊は難しい」
「それは、うん……」
聞いているのかいないのか、よもぎくんは指に掛かった糸に真剣な眼差しを向けている。僕はそんな彼女を頬杖をついて眺めていた。
いつもの自習室でいつものように二人で勉強をして、その休憩時間でのことである。
(あと二年……。この時間もそれで終わりだと思うと何だか寂しいな)
同じ隊に配属になるとは限らない。しかし同じ隊でなくても、同じ志を共にする仲間として共に歩んでいけるならそれでいい。なんて言えるほど無欲でもいられないのが僕の本音だ。
(……まあ、でも今と大して変わらないか)
今だって平日こそ学級が違ってなかなか会えないが、こんな風に休日は二人で過ごしているのだ。死神になってからもお互いに時間を捻出すれば何の問題もない。それはそれで貴重な時間だと楽しむことができるはずだ。
「あ」とよもぎくんが上げた声で我に返る。「どうかした?」と問うと、彼女は「絡まっちゃった」と言った。見れば彼女の両手の間で糸が絡んでしまっていた。
「ああ、これは……、入れる場所を間違えたのか。……ここを戻して」
人差し指を糸の間に差し込み、一つ前の工程へと戻していく。彼女は「ふんふん」と頷きながら僕の指の動きをじっと見ている。指を動かせば、視線もそれを追う。
「で、こう」
糸を通し直し、よもぎくんの人差し指を動かして正しい穴へと導いていく。
「あ〜、こっちの穴なんだ」
「そうだよ。それで、右手の親指と小指を外して、……そう、合ってる合ってる」
糸が絡まってしまった部分以外の工程は覚えていたらしく指を動かしていき、よもぎくんは、じゃん! と誇らしげに完成形を見せつけてくる。
「でかみみいぬ!」
「そうだね、すごいね」
「うんそうだね。犬が動いたね」
幼児のような言動につい、あしらうような喋り方になってしまう。初めて会った時よりも幼くなっている気がするのだが、気のせいだろうか。彼女は僕にきちんと構ってもらえなかったことに少し不満気な顔をしたが、すぐに「ええと、何の話してた?」と話題を切り替えてきた。
「将来の話だよ。入隊できるかってこと」
「そうだった? ……じゃあ、できたとして、何処に配属されたい? やっぱり、五番隊?」
赤い糸を弄りながら、彼女はそう問いかけてくる。
「そうだね。藍染隊長と市丸副隊長のいらっしゃる五番隊ならやり甲斐があると思う。雛森くんや、」
阿散井くんも、と言おうとしたが彼は幼馴染と同じ隊の方が良いのかもしれないと思い、「雛森くんも同じだと思う」と言い直した。
よもぎくんは何故か手を止め、僕の顔を見つめている。前髪を髪飾りで留めているせいで、彼女の大きな黒目がよく見えた。まつ毛が長いな、と関係ないことを思いながら、「どうかした?」と問いかけた。
「……ううん。何でもない」
彼女は首を振って、「私は……怖いひとが少ないところがいいなあ」と、心配になるようなことを言う。彼女の言う『怖いひと』は、かなり範囲が広い。声が大きいだとか、態度が冷たいだとか、挙げ句の果てには背が高い。そんな些細な理由でも怖いらしい。それを聞く度に死神なんて似合わないな、とさえ思う。
「それじゃあ四番隊かな。君の鬼道や歩法を思えば勿体無いような気もするけれど」
「うーん……治療班ってことは治療を受けに怖いひとが来るかもしれないし……回道の才能がないかもしれないし……」
手の中の糸をぐちゃぐちゃにしながらよもぎくんは唸る。「やっぱり野菜。野菜を育てる」などと言い始めたので、「それは護廷十三隊の仕事じゃあないよ*1」と突っ込みを入れた。せっかく才能があるのだから、それを活かせる職を目指すべきだろう。それと、単純に護廷十三隊の方が圧倒的に給料もいい。
「じゃあ、い……」
「い?」
彼女は自分が言いかけた言葉を途中で止めてしまった。そして、気まずげに視線を逸らし、「やっぱりいい」と言う。「気になるよ」と食い下がってみるが、彼女は「いいの」の一点張りだ。
「休憩おわり。勉強しよ」
よもぎくんは絡まったままの糸を風呂敷の上に置き、読本を開いた。どうやらこの話はここまでにしたいらしい。
「……わかったよ」
僕は納得などできなかったが、渋々勉強道具を広げた。静かな部屋の中で頁を捲る音や、筆が紙の上を滑る音、そして、よもぎくんの「うー」という唸り声だけが聞こえる。梃子摺ってはいるようだが、どうにか自力で学習を進めている。
一方で僕はといえば、『い』から始まる言葉が何なのか考えていた。
(一番隊、は違うか。市丸副隊長? よもぎくんと彼の方は接点どころか……いや、あんなにすごい人なら噂だけで憧れてもおかしくは……)
どうにも気になって勉強どころではない。妙に気不味げな表情と頑なな態度が引っかかるのだ。一度切り上げられた事を蒸し返すのも如何なのか。皺の寄った眉間に筆の尾骨を押し当てて解しながら考える。
折角集中している彼女に話し掛けて勉学の妨げになるのは本意ではない。しかしどうしても気になる、と静まり返った部屋の中で悶々としたまま時間だけが過ぎて行く。
そして、その静寂を破ったのは僕ではなかった。「あ」と彼女の声が上がったのは、僕が漸く予習に取り掛かろうとしていたときだ。
「どうかしたのかい?」
「あのね、ちゅんちゅんがいたから」
「……ちゅんちゅん?」
「うん。あそこ見て」
よもぎくんの指差す先を見れば、窓の外の木の枝に一羽の小鳥がいた。その小鳥はこちらを向いたまま微動だにせず、木に留まっている。頭の辺りが黒と灰色で、そこから下は鮮やかな橙色の鳥だ。
「あれは尉鶲かな」
「ジョービタキ」
「ああ。……よもぎくん何を?」
気付けば彼女は立ち上がり窓へと近付いていた。そして窓枠によじ登り、小鳥のいる木の方へと身を乗り出した。僕は慌てて彼女を追いかけ、その肩を掴んで引き戻した。
「危ないからやめなよ。それに野鳥は人に慣れにくいんだ。不用意に近付いたら逃げてしまうよ」
「逃げないよ、ちゅんちゅんはわたしのこと好きだもん」
むすっとした顔で彼女は言う。そして、「ほら」と腕を伸ばした。その鳥はよもぎくんの方を見て一声鳴くと、伸ばした手に止まった。よもぎくんは嬉しそうに「ほらね」と僕を振り返り、指で小鳥の頭を撫でる。
「……よかったね」
僕はどう反応して良いかわからず、とりあえずそう言った。
「ちゅんちゅんはちゅんちゅんじゃなくてジョービタキってお名前なんだねぇ」
「うん、それは……そうだね」
おそらく『あなたは雀ではなく尉鶲という種族名なんですね』と言いたいのだろう。雌ならまだしも雄の尉鶲は雀には見えないだろうだとか、ちゅんちゅん呼び――そもそも尉鶲はチュンチュンとは鳴かない――が許されるのは幼児までじゃないのかとか言いたいことは……いや、これ、本当に何度目だ? ズレている相手には指摘しても徒労に終わることをわかってはいても、つい突っ込みたくなる。よもぎくんはこの調子で本当に死神としてやっていけるのだろうか。
頭を過ったそれらを思考の隅へ押しやり、僕は彼女の言葉に相槌を打ちながら、「よもぎくん、」と彼女の名を呼んだ。
「なあに?」
「その鳥は野生だから、あまり構いすぎるのは良くないんだ」
「え、でもいつも会いに来てくれるよ?」
「いつも? 今回が初めてではなく?」
「うん。家の杏の木によく来てくれるの。此処まで来てくれるなんて思わなかったな」
にこにこと喜ぶ様は微笑ましいが、よもぎくんが発した言葉に僕は耳を疑った。霊術院近辺で見かけるのならともかく、彼女の家まで来るというのはどういうことだろうか。渡り鳥とはいえど、瀞霊廷と流魂街を行き来し、尚且つよもぎくんのいる所をピンポイントで訪ねてくることなどあるのだろうか。
(……なんて考えすぎか)
よもぎくんは抜けているから、別の個体だと気づいていないだけであると僕は結論付けた。小さな野鳥であるし、秋から冬の間くらいしか見かけないのだから無理もない。ご機嫌に尉鶲に話しかけている彼女に声をかける。
「ここは神聖な学舎だからね。動物を連れてくるのはあまり良くない」
「そっかあ。じゃあ、ちゅんちゅん……ジョービタキ? も帰さないとね」
彼女は「お部屋の中に入ったらだめだからごめんね」と鳥に断りを入れ、そっと窓枠の上に放した。
目の前の少女は物語に出てくるようなやけに動物に好かれる女の子というやつなのではないだろうか。動物はひとの本質を見抜くと言うから、彼女が心根の優しい子であると動物もわかるのかもしれない。それか単に未熟な雛かなにかだと思われているだけか。
よもぎくんは思い出したかのように口を開いた。
「ああ、でも」
「うん?」
「明日から帰省するから、よかったら家に会いに来てね」
彼女はそう言って小鳥に手を振った。そして、僕の方に向き直ると、「邪魔してごめん、続きしよ?」と言った。僕はそれに頷き、筆を手に取った。
(……まあ、害がないならいいか)
よもぎくんを見守るように木に留まっているおかしな鳥を見てそう思う。そもそも悪いものならば瀞霊廷には入れないだろうし、誰かしら死神が気付く筈である。それに、いざとなれば丸焦げの焼き鳥にでもしてしまえばいい*2。
いつものように眉を下げて「吉良くん、ここがわからない……」と聞いてくる彼女に丁寧に教えていく。
彼女の柔らかな髪が窓から吹き込む風に揺れるのを見ながら、僕はその小さな頭に向かって口を開いた。
「……ところで、」
「なあに、吉良くん?」
「猫はにゃんにゃんとか犬はわんわんみたいに呼ぶのかい?」
彼女は一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに言葉の意味を理解したらしくキラキラした目を僕に向けてきた。
「えっイヅルくん猫ちゃんと犬さんのことにゃんにゃんとわんわんって言うの? かわいいねっ」
「ングァーーッ、そっ、違、クソ……!! はあ……」
「! 今虚いなかった?」*3
訂正。なにも理解していなかった。
よもぎくんのクソボケ味とと久しぶりに名前で呼ばれた驚きとその他諸々が合わさり、僕は奇声を上げ、頭を掻き毟った。
「じゃなくて、だめだよ。傷になるよ」
「うん、そうだね。ごめん。ちょっと……いやかなり動揺した」
よもぎくんは僕の手を掴み、そっと髪から引き離すと「どうしたの?」と首を傾げる。僕は「何でもないよ……」と返しながら、彼女の手をやんわりと離した。そして、少し乱れた髪を整える。
「僕は猫は猫って呼ぶし、犬も犬って呼ぶ。君が何て呼ぶのか気になっただけさ」
「え? そうなんだ……。にゃんにゃんとわんわん、吉良くんが言ったらかわいい*4のに」
「……っぐ……そ、そうかい……」
この話題はこれ以上続けない方が良さそうだと僕は判断し、鬼道についての話題に切り替えた。目論見通り、彼女はその話題に食いつき、すぐにそちらへと意識を逸らした。
「またね、吉良くん」
「うん。また十日後」
あの後、予定時間まで真面目に勉強した僕たちは次に会う日の約束をして別れた。帰省を早めに切り上げて、今日のように二人で勉強することにしたのだ。どうせ家に帰っても誰もいないのだから、滞在期間の短縮にはなんら問題はない。
僕は今日の彼女の表情や言葉を思い出しながら帰路につく。自慢げにあやとりをする幼い姿、小鳥を慈しむ優しい眼差し、そして、「イヅルくん」と僕を呼ぶ声。
「……また十日後か」
僕はそう呟いて、空を見上げた。立春はとうに過ぎ、春の気配はすぐそこまで迫っている。次会うときには春らしいお土産でも持っていこうか、と僕は頭の片隅で考えたのだった。
◇◇◇◇◇◇
――けれど十日後、彼女が姿を現すことはなかった。
CVのイメージは丹○桜さんなのですが、『地味で目立たない』設定と明らかに矛盾するな〜と思いますね(他人事)。
山田兄っていつまで四番隊に居たの……? この時点でもう辞めてるってことでいいの……?
(追記)アンケートですが、味方サイドのキャラがそういう酷いことをする訳じゃないので気軽に適当に投票していただければありがたいです。√分岐の2/3でオリ主が曇ります。
ちゅんちゅんは
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焼き鳥になる
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焼き鳥にならない
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そもそも鳥ではない