××年後にBSSする鬱死人   作:純愛派

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この辺からなんとなく暗い感じが吉良パート終盤まで続く予定です。続けば。


「大丈夫、だって――」

「よもぎ? ……ああ、春夏冬さん? いや知らないけど」

 

「春夏冬? うちのクラスの? さあ? 仲良くないから」

 

「影薄いし……まあ、新年度にはいるんじゃない?」

 

 

 

 手当たり次第、彼女と同じ組の院生に尋ねてみるも結果は芳しくない。誰も彼も休みの日の予定を話すような仲ではないらしい。中には「流魂街出身でしょ? もしかしたら……」なんて縁起でもないことを口にする者もいた。よもぎくんは比較的数字の若い区域出身なので治安はそこまで悪くはないはずである。逃げ足も速いし、滅多なことはないと思いたい。

 しかし、約束の日を過ぎるどころか、もう新年度が始まってしまうというのに。彼女は抜けているし、ズレた感性の持ち主ではあるが義理を欠くような性格ではない。それは僕が一番知っている。

 

「……そうだ」

 

 僕は、そこで漸く院生よりは先生に尋ねるべきだと思い至った。先生方にまで迷惑をかけるなんて、と頭に過ったが、謝れば済む話だ。僕が騒いでいるだけなら別にそれでいい。杞憂ならそれでいい。焦りを抑えて廊下を早足で進む。

 詰所を訪ねてみれば、長期休暇中とはいえど先生方は新年度の準備をしているらしくある程度の人数が揃っていた。目が合った教員へと投げかけたそれは、己の発したものとは思えぬほど陰鬱でか細い声だった。

 

「すみません。先生、――組の春夏冬よもぎさんという生徒は……」

「春夏冬さん? 彼女は……、」

 

 先生は、そこで言葉を切ってから少し考え込んだ。その声色に、嫌な予感がする。

 

「吉良くんは彼女と仲が良かったの?」

「え、……あ、はい」

 

 急に話題が変わったことに動揺してしまい、曖昧な返答をしてしまったことを恥じながら「大切な友人です」と付け加えると、先生は納得がいったように頷いて書類を一枚取り出して僕の目の前に差し出した。

 

「春夏冬さんは帰省中に虚に襲われて……」

 

 血の気が引き、目の前が真っ暗になりそうな感覚に陥る。そのくせ心臓が打つ早鐘は周囲にまで聞こえそうなほどに鳴り響いていた。いつの日か『イヅルくん脈すごいね! 変!』と僕の手首に指を当ててへらへら笑う彼女を思い出す。あの平和ボケした顔はもう二度と見られないのだろうか。

 

「な、そん、まさか死ん、……」

 

 どうにか絞り出した言葉に先生は慌てた声を上げた。

 

「あっ、違う違う。無事よ。でも、」

 

 先生は差し出していた書類を「ほら、」と僕に押し付けるように手渡した。*1されるがままに受け取ったそれに目を落とす。どうやらそれは診療録(カルテ)の写しのようだ。患者名の欄には彼女の名前があり、綜合救護詰所にて療養しているとの記載もあった。

 緊張の糸が解けた事で安堵と共に疲労感に苛まれた。先生は珍しいものを見たと言わんばかりの顔をしたまま、言葉を継ぐ。

 

「何でも死神の方が発見して、そのまま四番隊に運んだらしいの」

「そう、ですか」

 

 虚の爪で切り裂かれた裂傷から始まり、投げ飛ばされ転倒した際の軽度の擦り傷まで様々な怪我を負っているとのことだ。そこに載っている写真には額から頬に掛けての痛々しいすり傷がある。眼には至っていないようで視力等には問題がないと記されている。

 

「将来にも響かないような怪我ではあるらしいから、すぐこちらに帰ってくるそうよ。安心しなさい。顔の傷も残らないらしいわ。死神になるとはいえまだ若い女の子だものね」

「……はい。ありがとうございました」

 

 先生の言葉には含みがあるようにも感じたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。僕は頭を下げてからその場を後にして、すぐに踵を返した。普通の町医者ならともかく、護廷十三隊の救護詰所となると家族でも何でもない僕では見舞いにすら行くことはできないだろう。

 

(泣いてはいないだろうか……)

 

 体についた傷が『将来には響かないもの』だとしても、『残らないもの』だとしても、心についた傷はそうはいかない。臆病で繊細な彼女はひとり涙しているのかもしれない。友人が少ないくせに寂しがりやで甘えたで、その上人見知りが激しいものだから、見知った顔が一人もいない病室で心細いだろうに。僕が慰めてやれればよかったのに。

 無意識のうちに手に力が入り、クシャッと音が鳴った。

 

「……あ」

 

 ついそのまま書類を持ってきてしまっていたようだ。手に持っているものにすら意識が向いていないなんてよっぽど参っているらしい。つけてしまった皺を伸ばそうと試みるも徒労に終わりそうだ。先程は流し見ただけだったその紙に改めて目を落とす。

 書かれた日付は()()()()()()()。院へ戻る際に寄り道をしてそこで運悪く襲われたとある。相手は特殊な虚だったのか、それとも単に精神状態によるものなのか、霊力の乱れがあり万全とは言えないため経過観察を兼ねて入院とのことだ。真央霊術院所属の院生とはいえ死神ではないため町医者への移送も考えられたが、容態を診た副隊長*2の強い勧めもあって四番隊預かりとなったようだ。

 特殊な虚、という記述にあの日の演習を思い出す。あのような特異な虚が相手だとすれば、得意の逃げ足も発揮できなかったのかもしれない。

 発見し救助した隊長による処置は適切だったとある。とはいえ、回道ではなくあくまで応急処置であり、現場が任務先でも何でもないただの流魂街のはずれであったため、搬送が遅れたとも備考欄に書いてあった。

 回道は根本的に向き不向きがあり、生まれ持った才がなければ実用的なレベルでの使用は困難であると学んだことがある。隊長格であろうとその例に漏れないということなのだろう。

 

「僕に護るだけじゃなく癒せる力があれば……」

 

(でも、 吉良家(うち)にはそんなのないだろうな。聞いたこともない)

 

 無い物ねだりはよくないか、と首を振る。そもそもその場にすらいなかったのだから意味のない仮定である。

 来た道を戻り書類を返却してから、何かに追われるが如く急ぎ足で鍛錬場へと向かった。気力の限り体を動かしてこの遣る瀬無い感情の捌け口にしなければ、なんの落ち度もない彼女にぶつけてしまうようなそんな気がしたのだ。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 始業式から数日後、長期休暇が明けてからの最初の休日のことだ。僕は真央霊術院の門の前で読本を手に立ち通していた。頁を捲り、熟読しているような素振りではあるものの、実際のところ一文字も頭に入ってはいない。ため息を吐いて文字を追うことをやめた。ぱたん、と本を閉じる音がやけに大きく響いた気がした。

 塀に背中を押し付けるように座り、本を抱える。

 

「袴が……まあいいか……」

 

 自主鍛錬用のものなど汚れても良い服ではなく私服で地面に座り込んでしまったことに気が付いたが、地面は乾いているし今更立ち上がったところで変わりはない。再びため息を吐いて天を仰ぐ。

 

「良い天気だな……フフ」

 

 独り言と共に乾いた笑いが漏れる。人通りは多くないけれど、誰かが前を通る度に奇異の目を向けられてしまうため、居心地が悪くて仕方ない。

 もちろん、なんの意味もなくこんなところに居座っている訳ではない。今日はよもぎくんが霊術院へと戻って来る日だ。先日彼女の容態を教えてくださった先生が気を利かせてだろうか、予定日を知らせてくださったのだ。

 居ても立っても居られず、門の前まで迎えにきたけれどいつ頃帰ってくるのかまでは知らなかったため、こうやって暇を持て余している。彼女は逃げる訳でもなく帰ってくるのだから手持ち無沙汰だというのなら自室で勉強でもしていればいいというのは僕だってわかってはいる。しかし、どうにも落ち着かず変な動悸すらしてくる次第だ。大人しく別のことをしてなんていられない。

 

「……?」

 

 鶯の鳴き声に混じって、音程の外れた鼻歌のようなものが微かに聞こえてくる。そちらに顔を向ければ思い浮かべていた人物がこちらへ歩いてきていた。

 僕は即座に立ち上がり、彼女の目前へと駆け出していく。

 

「よもぎくん……!!」

「ん? んん、あれ、吉良くん? 何でこんな所に?」

 

 彼女は僕の気も知らずにきょとんとした顔で首を傾げた。何もありませんでしたと言わんばかりの表情が恨めしい。平静を装う僕が馬鹿みたいだ。

 

「君を待ってたんだ。心配だったから」

「そうなの? ごめんね。……吉良くんってこんな顔だったっけ……むむ、そっかあ

「何か言ったかい?」

 

 首を横に振った彼女はにこ! と笑った。僕はすぐに雑に誤魔化す時の仕草であるとわかったが、今のよもぎくんを問いただす程のことでもないだろう。彼女は視線を彷徨わせて申し訳なさげに小さな声で話し始めた。

 

「えと、折角お迎えに来てくれたのにあれなんだけど、手続きとか行かなきゃだから……」

「僕もついて行っても構わないかな?」

「? いいよ。つまらないと思うけど」

 

 やはりどこかズレている彼女に胸を撫で下ろす。平時ならば呆れるそれも今は嬉しく思える。頬を緩めた僕を見て彼女はよくわかっていない様子で眉を下げてへら、と笑う。

 

 いくつかの手続きを終え――入院先が四番隊であったためか想像よりも早く終わった――、場所を移すことにした。本人は心配ないと言ってはいるが、生癒えの体に立ち話は辛かろうといつもの中庭の石に腰を下ろす。今日は風もなく暖かいから多少の長話も問題なさそうだ。

 「よいしょ」と座ったよもぎくんの着物はやや丈が短く、微々たる差ではあろうがいつもよりも脚が見えている。普段のものと同じくそこそこ年季の行った古着であることはわかるが初めて見るものだ。注視していなかったから気付かなかったが、袖も少し短い。彼女は僕の視線に気が付いたのか裾を引っ張り伸ばすような仕草をした。

 

「へへ、着物が駄目になっちゃったからね、家にあった古いの着てきたの」

 

 恥ずかしそうに「つんつるてんでしょ?」と微笑む彼女に相槌を打つ。そういえばほぼ全ての所有物を寮に置いているのだと以前聞いたことがあったような覚えがある。長居はしないから課題すら持ち帰らないため、風呂敷一つで事足りるとの言葉に呆れ返ったことが印象的だった。

 つまりは家に普段着一つ置いていないということだ。その何もない所へ帰省中に搬送された訳だから寮に荷物を取りに来る間なんてなかったのだろう。

 

(……あれ?)

 

「よもぎくん、」

「うん?」

 

 僕の声に反応して、よもぎくんが小首を傾げる。顔にかかる前髪を見て彼女が髪飾りを付けていないことに気付いたが、それよりもこちらの疑問が先だ。

 

「どうして家に帰ったんだい?」

「……帰省だから?」

「ああ、いや、そうじゃなくてさ」

 

 彼女は更に傾き、全身で疑問を表している。そしてそのままどんどんと傾いていき、ついには傾き過ぎてころんと倒れてしまった。

 

「あっ! 馬鹿なことするから。ほら、本調子じゃないんだからそういうのやめときなよ」

「えへ、ごめんね」

 

 すぐに抱き起こしてやり、服についた草なんかを払ってやる。されるがままのよもぎくんは転んだ拍子に何処かを痛めた、なんてこともなさそうだ。

 

「ああ、もう。本当によもぎくんはさあ。はあ……」

「むふ、でっかいため息」

「笑い事じゃあないからね」

 

 草を払ってやった右手に彼女の手が重ねられる。生暖かい白くて小さな手、細い指、柔らかな掌、それらの感触を妙に生々しく感じてしまい、思わず手を引っ込めてしまった。

 

「あっ、ごめん……」

 

 僕の態度に驚いたのか彼女は小さく声を上げる。そして視線を彷徨かせた後、手を胸の辺りで握った。元の場所に腰を下ろした。僕も同じように謝罪をし、先程より少し距離を空けて座る。落ち着かない右手を彼女に見えないように握ったり開いたりを繰り返す。よもぎくんの手を取ったことなど数え切れないほどあるというのに、だ。

 気不味い雰囲気の中、彼女が遠慮がちに口を開く。

 

「あの、吉良くんごめんね。約束破って」

「約束……、ああ鍛錬のか。構わないさ。君は……、その。大変だったんだろう」

 

 律儀に謝る彼女の顔をじっと見つめる。あの写真にあった傷はすっかりと消えていて、虚に襲われたという事実を知らなければ最後に会ったあの日と何も変わらないように思ってしまうかもしれない。しかし、よく見れば目元に隈がある――彼女は早寝遅起きが常である――し、いくらか痩せたようだった。

 

「聞いたの?」

「うん、先生に聞いたら教えてくださったよ」

 

 「そっかあ」と特に含みもなく頷く彼女の顔色を伺う。『大丈夫?』なんて曖昧な聞き方をすれば『大丈夫』と返ってくるだろう。大抵の人はそうだ。かといって『トラウマになっていないのか』だとか『この先もっと酷い目に合うかもしれないのに死神になれるのか』だとか心の軟いところを踏み荒らすようなことを聞く訳にもいかない。悩む僕を見た彼女は平然とした様子で口を開いた。

 

「あのね、吉良くん。本当に心配しなくていいんだよ」

 

 

――そうして君は笑ったのだ。いつものような幼く愛らしいそれではなく、どこか切なげな、それでいてここではない何処かを見ているような顔で。

 

 

 

 

「大丈夫、だって

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 何もおかしなことはない。その筈なのにどうしてだろうか。なにか取り返しのつかないようなことが起きているような、頭の奥で警鐘が鳴り響いているような気がした。

*1
あまりにも大胆な情報漏洩

*2
この世界線ではまだ山田兄が副隊長です(大捏造)




やっぱり藍染隊長は素晴らしいお方なんですよね。アフターケアまでバッチリ。
次回くらい卒業なのですが、卒業→入隊の辺りの流れがよくわからない……。流れというかそもそも何もわからないし……。
都合上アニオリは入れないのですが、一部アニオリキャラは出そうかと悩んでいます。アンケートはそれ関連です。

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