××年後にBSSする鬱死人 作:純愛派
(追記)時系列ミスがあり、後書きに言い訳を置いてます。
「はいなわ……に、」
一人小さく呟きながら筆を滑らせる。使い古された筆先が、彼女の字を余計に拙く見せていた。けれど彼女は気にした様子もなく、思いついたことを脊髄で反射するように、つらつらと書き連ねていく。
「それよりさじょーさばく……いや、鎖状鎖縛はむずかしいから……」
書いた文字に目を落とすと、筆を走らせて真っ黒に塗り潰していく。その横に新たに文言を書き綴るも、またすぐに塗り潰す。
誤字誤謬を正しているというより、試行錯誤しているという事実が欲しいだけなのかもしれない。どれだけ紙に書き連ねたところで机上の空論に過ぎないことくらい、彼女自身もわかっているはずだ。それでも彼女は、こうして手を動かさずにはいられないらしい。
(……緊張、しているんだろうな)
護廷十三隊の入隊試験も大詰めである。次の三次試験に合格すれば僕たちは護廷の死神内定となる。緊張して当然の時期ではあるが、彼女は輪をかけて落ち着きがない。
いつも通り倒れるくらい鍛錬を続けようとしていたところを僕に引き止められ、自習室に押し込まれた彼女は書いたり消したりを繰り返している。せめて試験の前くらいは体を休めておくべきだ、という言葉に納得したようだった。
思えば、初めて会った時──ただの入寮手続きにさえ処刑宣告でも受けたかのような顔をしていた。緊張しいだという印象は、あの瞬間から変わっていない。もう少し肩の力が抜ければいいのに、とも思う。*1
「間をとって崩輪。うん……うん」
そうして一人頷く彼女を僕は盗み見ていた。書かれた文字のひとつひとつ――ほとんど塗り潰されてはいるが―― が読み取れる位置にいても、彼女は此方など眼中にないといった様子で、インスピレーションを得たと言わんばかりに夢中で筆を動かし続けていた。
「……うん、こんなものかな」
彼女――春夏冬よもぎは、書き終えた紙を手に取り、ふっと息を吹きかけた。墨を乾かそうとしているのだろう。だがぐちゃぐちゃに塗り潰された箇所は墨が厚く、なかなか乾いてくれそうになかった。ただ、あれだけ何度も塗り潰した末に頷けるのだから、最初から出来栄えは重要ではなかったのかもしれない。
「で、吉良くんはなにしてるの」
ぎゅるん、と此方を向いた彼女と目が合った。あまりに突然で、読本を持つ手に力がこもってしまう。なんとなく彼女の瞳から目を逸らせずにいるせいで確認はできなかったが、読本にはきっとシワがついてしまっているだろう。手持ち無沙汰に眺めていたのが私物でよかった。
そんな僕の手元などまるで気にも留めない様子で、無遠慮に見つめてくるくりくりとした猫目の下には、もう見慣れてしまった薄らとした隈があった。
「復習だよ。復習」
「そう」
「考えていないと落ち着かないから」
「君もだろ」と続けた僕に納得したように、こくりと頷いた彼女はまた紙へと向き直り、再び息を吹きかけた。
「そう言えば、」と彼女が顔を上げずに言う。
「あばらいくんの幼馴染の話知ってる?」
明らかに呼び慣れていないつたない発音――よもぎくんが彼の話題を振ってきたのは初めてだ――で呟かれたその苗字に、僕は思わずピクリと反応してしまった。聞き飽きた話題が始まると察して、少しだけげんなりしてしまう。これを振ってきたのがたいして親しくもない相手だったなら、愛想笑いのひとつでも浮かべて、適当に相槌を打って流していたと思う。
「まあ、うん。知らない人はいないだろうね」
そんな僕の内心など知る由もない彼女は紙に視線を落としたまま、乾きかけた墨を指先でちょんちょんと突いていた。子どものように気まぐれで無意味な仕草だ。
どうでもいいことをなんとなく言ってみただけ。そんな風に見える。下世話な興味ではなく、ふと頭に浮かんだことをぽつりと口にするような無邪気さの滲む問いかけといったところだろう。『イヅルくんのつるって
「あの五大貴族の養子にって話だろ?」
「ごだい? ……あー、うん」
「……五大貴族、全部言える?」
彼女の言葉にどうにも拭えない不安を感じた僕は、つい常識中の常識を口にしてしまった。
知っていて当然のはずなのに、どこか危なっかしい雰囲気が拭えなかったからだ。
「朽木、四楓院、」と彼女は指を折って数え始める。「……志波」と五本全て折ったところで、こくりと小さく頷いた。僕は安堵のため息を吐く。『五大貴族』が何かわからないわけではなかったようだ。
指を折ったまま首を傾げる彼女は、『何でそんなこと聞くの?』とでも言いたげだった。僕は「なんでもない」と首を横に振る。
素直なところは変わらない。普通ならこんな初歩的なことを疑われたら気を悪くしそうなものなのに、彼女は特に気にすることもなく「そう?」とだけ言って、また紙へと視線を戻した。
「それで?」
「うん。……うん? 何だっけ?」
自分から話題を振ってきたくせにコロッと忘れてしまったらしく、またしても首を傾げている。一拍置いて、急に文脈が明後日へと飛んだようなことを言い出した。
「戌吊から朽木家って大躍進? だね」
「大躍進……品がないね」
ため息を吐き、半目になる僕に「ないかな?」と首をさらに傾け、今度は体ごとぐにゃりと斜めにしながら机に寄りかかった。
「ないよ。その動きにもね」
「うーん」
(これで護廷の死神が務まる、のか……?)
もちろん、僕には監督責任なんて毛ほどもない。ないけれど、どうしても心配になってしまう。将来隊に入ってからも何かしら悪目立ちしそうな気がしてならないからだ。僕は先ほどよりも深いため息を吐いた。
「品位があるかないか、は置いといて」
「うん」
「……よもぎくんも大躍進したいのかい?」
一介の流魂街の少女が五大貴族の養子になるだなんてシンデレラストーリーもいいところだ。そんな願望があるのだろうかと、純粋な好奇心で尋ねたのだが、彼女は「うーん」と唸っている。
「なりたくてなれるものでもないし」
まっすぐにそう返されて、僕は思わず「それはそうだ」と頷いていた。
「それより高位席官になって大躍進する方がいいよ」
「三次試験も頑張らないと」と意気込むよもぎくんはようやく紙を手放し、伸びをしている。猫のようにみょいん、と体を伸ばしている彼女の様子からして、先程の話題は本当に何となく言っただけらしい。品のない話ではあったが、周りの噂話に耳を傾けられる程度の余裕があるのはいいことかもしれない。
「吉良くんは、大躍進したい?」
「僕は……」
大前提として両親に誇れるような死神になる。隊長格にでもなれれば、周りからとやかく言われないようになるかもしれない。そうしたら、それで。
(きみと、)
そこまで考えたところで、みょいん みょいんと体を伸ばし続けている彼女に現実へと引き戻された。
「いや伸ばし過ぎだろ。ここ、自室じゃあないんだから」
子どもっぽ過ぎる彼女の仕草に、僕は思わずつっこんだ。二人きりとはいえ、異性である僕の前でその思い切りの良過ぎる動きは如何なものかと思う。
「吉良くんしかいないよ」
「そうだけど」
よもぎくんは僕の言葉をどう解釈したのか「ならいいでしょ?」などと呑気に宣った。
「全く、君は本当に……」
(やっぱりよもぎくんは僕が面倒見てあげないといけないな……)
◇◇◇◇◇◇
試験直前まで大人しくしていたよもぎくんであったが、三次試験が終わるや否や、まるで抑えていた反動でもきたかのように何食わぬ顔で控えていた鍛錬に戻っていた。
周囲の者たちは一様に安堵と疲労の表情を浮かべ、束の間の休息を噛みしめているというのに、彼女だけがただ一人、試験の有無など最初からなかったかのように、淡々と体を動かし続けていた。
「よもぎくん。少しくらい休んだらどうだい?」
「ん、でも……試験、終わったから」
あくまで『やめておけと言われていたから控えていた』だけで、終わった今となっては遠慮する理由がない、ということらしい。
「でも、体っていうのは、休んでから急に負荷をかけるより、少しずつ戻していく方が――」
こちらの理屈を聞き終える前に、ぷいっと視線を逸らすや否や、よもぎくんは小さくため息をついた。そして次の瞬間には姿を消していた。
「は、……まさか瞬歩?」
残されたのは空気を切った音と、うっすら舞い上がった砂埃だけだった。どうやら話の続きを聞く気はなかったらしい。
『試験前は大人しくしておけ』と言っておきながら、試験が終わった今も制限させようとするのは筋が通ってなかったかもしれない。滅多に怒らない彼女にしては、随分とわかりやすい抗議だった。
傷付けてしまったかもしれない。そんな後悔が風呂の湯気の中でも、夜中の天井を見上げる時間にも、ふと胸を刺した。
「よもぎくん。……その、」
翌日。悶々とした気持ちのまま謝りに行けば、「もうへりくつ言わない?」と首を傾げられた。どうやら機嫌は直っていたらしい。僕は胸をなで下ろしながら、小さく頷いた。
(よかった。そこまで傷付いたわけじゃなさそうだ)
言いたいことはあるものの、蒸し返してまた空気が悪くなるくらいならば黙っていた方がいい。そう判断するしかなかった。もう一度止めるには、それ相応の道理が要るだろう。尤も、見つかったところで彼女が耳を傾けるとは思えないのだが。
「ならいいよ。わたしも……ごめんね」
そう言った彼女はそれ以上引きずることもなく、またすぐに鬼道の練習へと戻っていった。指先から放たれる
「手伝うよ。的は……これでいいかな」
縛道の障壁で即席の的を作ってやれば、彼女は目を丸くして、それから嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとう、吉良くん」
「別に。僕の練習にもなるから」
久しぶりに見たその顔に胸の奥がじんわりと熱を帯びた。照れくささをごまかすように口調はぶっきらぼうになってしまったけれど、悪い気はしなかった。静かに満ちていた感情は、言葉にはならずそのまま胸の奥へ沈んでいった。
それからも彼女は朝も夕も鍛錬を続けていた。僕自身はというと、試験も終わったこの時期にそこまで張り切るつもりはなかった。けれど放っておく気にはなれず、自分の鍛錬を口実に様子を伺ったり、何かと理由をつけて手を貸したりしていた。
(僕がいない時も、どうせ休まずやってるんだろうな……)
せめて見ている時くらいは無茶をさせないようにと、僕の足は自然と彼女のそばへ向かっていた。
そうして日々は、何事もなかったかのように次の節目へと進んでいく。
配属発表の日が迫るにつれ、院はざわつき始めた。どこに配属されるのか、誰と一緒になるのか。そんな期待と不安が入り混じった声が飛び交い、同期たちはどこか落ち着かない様子だった。僕や雛森くん*2も例外ではない。
一方で、よもぎくんはといえば、そんな空気にも我関せずとばかりに鍛錬を続けていた。数年前の彼女ならば、『まだかな』『まだかな』と落ち着かない様子でその辺をぐるぐると歩き回っては転んでいただろう。それが今では、この空気の中で平然と鬼道の試し撃ちをしている。それを成長と呼ぶには、どこか寂しさが勝ってしまう。あの頃の手の掛かる幼さを僕は案外、好ましく思っていたのかもしれない。
その日すら忘れて励んでいた少女を連れて人の群れへと近付く。この日ばかりは横槍を入れたところで機嫌を損ねることはなかった。
希望に胸を膨らませる者もいれば、行き先に顔を曇らせる者もいる。そんな人々の間を縫って掲示板を見上げた。視線を走らせながら、各々自分の名前を探す。
僕は一番隊から順に確認するのではなく、真っ先に五番隊の欄へと目をやった。平静を装いながらも、名前を探してしまうのはそこだった。
(吉良……吉良……あ、)
自分の名前より先に目に飛び込んできたのは、阿散井くんの名前だった。そのすぐあとに『吉良イヅル』の五文字を見つける。
「あった。五番隊だ」
希望通りの配属に、ほっと息を吐く。少し視線をずらせば、雛森くんの名前も同じところにあった。あの日、あの背中に憧れた三人が三人とも藍染隊長の下で働くことができると思うと、期待に胸が熱くなる。
そんな感慨に耽る僕の横で、「……わたしも、あった」と小さな声が落ちた。そこには、喜びも、驚きも、何もなかった。ただ終わったことを淡々と確認するような声音だった。
僕は思わず隣を見たが、彼女は無感動に掲示板を見つめていた。
(どういう感情、……いや、それ以前に、どこに配属されたんだ?)
言葉で尋ねるのはためらわれて、代わりにそっと彼女の視線の先を辿る。彼女の名字は
しかし、それが記されている隊が問題であった。
「二、番隊?」
二番隊といえば、隠密機動や諜報を担う厳格な隊だ。数年前、将来の話をしていた際には「なんかこわそう……」と眉を下げた彼女の顔を僕ははっきり覚えている。実際、彼女はそのとき、二番隊や十一番隊、十二番隊の名前を挙げては、「行きたくない」と嘆いていた。
「そだね」
「そだねって……君のことだろ」
それがこれである。あんなに嫌がっていたはずなのに、いざ発表されたとなればこんなにもあっさりしている。
――拍子抜けというか、置いていかれたような気分だった。
当事者である筈の彼女は興味なさげに相槌を打ち踵を返す。僕は反射的にその腕を掴んでいた。
「っ、もう帰るのかい?」
「んん? うん。見たからね。じゃまだし帰るよ」
するりと抜け出した彼女は、何事もなかったかのような軽やかな足取りで人波の向こう側へと消えていった。取り残された僕の手は、掴んだままの形で宙に浮いていた。なんとなく、その手を一度ぐっと握ってから、そっと開く。空っぽになった掌がひどく間抜けに思えた。
「……」
希望通りの配属になり、将来は明るい筈だ。それなのに僕の心には暗雲が立ち込めているかのようだった。
前回、次は卒業回とか宣言したのにそんなことはありませんでした。内容がよくわからないので多分試験と同じようにカットします
(以下読まなくていい追記)恋次の回想シーンだと試験→卒業っぽい&七緒ちゃんや雛森が合格した際院生の服を着ていたので勘違いしていたんですが、他の描写だと卒業→試験(檜佐木等除く)ですね。原作エアプか? 前回と今回の間に卒業していたことになります。訂正にあたって、ざっと単行本とカラブリ見返しただけなので、またエアプ晒してる気もしますが、卒業〜その年度末までは院の施設・寮は使用可能ということにします(捏造設定)。流魂街出身者は卒業・試験(数回ある)・合否発表(死覇装受け取りも別日?)・護廷着任 となると居住地からの往復が激しいからという理由で許可されているものの、形骸化しており基本みんないる、みたいな。
あと、どうでもいいんですが、『筋が通ってない』と書いたせいで例のアレが思い浮かんでしまいました。セルフ言葉狩り。