「819階層00A地点より報告。目標は階層主。これより攻略を開始する」
819階層は天井の高い岩盤の層で、通路が広く見通しもいいので800番台の中では歩きやすい部類に入る。
《今日は819階層か》
《昨日のも見てました》
《#20おめでとうございます》
「コメントありがとう。次の階層は10thだから今日中に攻略できるよう気合入れてやっていこう」
たまにコメント欄を読みながら淡々と進んでいく。メイスとの配信以降視聴者は増えコメント欄が少し荒れた時期もあったが、最近は再び落ち着いてきた。
「04C地点、分岐を確認。クリア。02方向へと進行」
黙々と進んでいると【探知】スキルに反応があった。ただ、モンスターの気配ではない。
「07E地点、【探知】スキルに反応。数4。モンスターの気配は無し。攻略者と思われる」
《え》
《人いるの?》
《800番台で遭遇って珍しいな》
曲がり角の向こうから足音が近づいてくる。4人。歩幅が綺麗に揃っている。
やがて現れたのは装備の揃った男4人組だった。先頭の男性が私を見て足を止め両手を軽く開いて見せる。武器を持っていないという合図だ。
「どうも、すみません。驚かせたみたいで」
私も手を開いて返した。ここで警戒を続けても余計な摩擦になるだけだ。
「こんにちは。アキラといいます。個人で配信をしながら攻略している者です」
「あー!マジでアキラさんじゃん!うおー、本物だ!」
後ろにいた大柄な男が声を上げた。背中には大剣が2本、柄を上にして交差させてある。
私は4人を観察する。
先頭の男は武器を持っていない。腕と足に小手を着けているだけだ。派手さはないがその周辺だけ大気が揺らいでいる。あれは相当な装備だ。大剣の男は所々を金属の鎧で固めている。2本の大剣は刃の形も長さも違っていて、同じ物を2本背負っているわけではない。3人目は和風の鎧に身を包み、腰に刀を差している。4人目だけが全体的に軽装で、背丈ほどの杖を持っていた。
「周回ですね。今日は何周目ですか」
「あ、分かりました?3周目です」
「ええ。800番台なのにずいぶん余裕がありましたから。この階層を知り尽くしていないとあの歩き方にはなりません」
《炎々だ!》
《リン君?!》
《こんなことあるんだ》
炎々といえばSDSのプロハンター部門のパーティで、日本のプロハンターでは一線級に数えられる4人だ。そのなかでもリンはストリーマーとしても輝かしい成績を残している。
後方にいた軽装の男が前に出てきて頭を下げた。
「SDSプロハンター部門のカナメといいます」
「霧島ハヤトっす!」
大剣を二本持つ男が元気よく自己紹介をした。
「……一文字時雨です」
刀の男が短く会釈をする。
「リンです。避けタンしてます」
先頭にいた男が丁寧に名乗った。なるほど、この人がリンか。
「配信中ですよね。もし邪魔でしたら道を空けますけど」
「いえ。こっちが後から入った形なので」
「ならよかった。それで、もしご迷惑でなければなんですけど」
カナメが一歩踏み出す。
「このまま一緒に攻略させてもらえませんか」
「一緒にですか……むしろそちらの迷惑になってしまうのでは」
「そんなことありませんよ。むしろ現役シーカーの攻略を間近で見てみたいっていうのが本音です。それにうちは周回勢なので一周の価値が全然違いますし。階層主は1時間もすればまた湧きますしね」
なるほど。
悪い話ではない。彼らはこの国のトップ層の配信者で、その4人が私の配信に映り込むのは本来なら会社を通して伺いを書けるような案件だ。
問題があるとしたら視聴者とドロップの分配だ。ソロ攻略と銘打った配信に急に4人増えるのは見ている側からすれば混乱でしかない。そしてドロップ品に関しては分配のルールを決めていないと面倒なことになるかもしれない。偶々倒したモンスターが希少なアイテムや素材をドロップした際確実にもめるからだ。
「条件を出していいですか」
「勿論。こちらがお願いしていることですから」
「道中の戦闘は全部そちらにお任せします。私は一切手を出しません。だからドロップ品も全部そちらで持っていって構いません。その代わり階層主は私が一人で倒させてください。ドロップも分配はしません」
「構いません。全部飲みます」
話が早い。相手も同じことを考えていたのだろう。
「ありがとうございます。じゃあ改めて城ケ崎晶です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
私は3人称カメラを手元まで呼び寄せた。
「819階層07E地点、報告。SDS所属のハンター4名と接触。同行を開始する。道中の交戦権及びドロップ品の一切は4名に帰属。階層主の討伐権及びドロップ品は私に帰属。以上の内容で合意」
「SDSのカナメです。今の内容で合意します」
《やったー!コラボだ!》
《突発コラボキターーーー!!》
《しっかりしてるなあ》
《お互いプロだからそこらへんなあなあにしないのは分かってるな》
《タイトルにソロって書いてあるんですがどうしますか?》
「分かりにくいし変えておきますか」
私はタイトルを[現役女性プロシーカーによる819階層 現在突発コラボ攻略中#20#炎々]へ書き換える。
4人は隊列を組んだ瞬間に空気が変わった。先頭がリン、その斜め後ろにハヤトとカナメ、最後尾に時雨だ。
私は邪魔にならないようカナメとハヤトの少し横を歩く。
「11B地点、丁字路を確認。クリア」
「アキラさん、報告ずっとしてるんですね」
先頭を歩くリンが、振り返らないまま聞いてきた。
「癖っていうのもありますけど、現場感の演出でもありますよ。視聴者も何をしてるか分かりやすいですしね」
「……いいなぁ、それ。俺もやろうかな」
「やめとけ。お前がやっても様にならないからな」
ハヤトの言葉にカナメが即答する。当のハヤトは笑っていて、怒った様子はない。
「アキラさん、背中のそれって大剣っすよね。特注っすか?」
「特注ですね。刃に魔力を込めると風の魔法により急加速させられます。あとは単純に本来の重さより軽くなるのでかなりトリッキーな動きができます」
「いいっすねー。大剣はよく使うんすか」
「使いますよ。リーチと重さのバランスがいいですし、咄嗟のガードもしやすいですから。でもまぁ、正直に言うと格好いいからって言うのが本音ですね」
「っしゃ!ですよね!俺もそうなんですよ!見てくださいこれ、大剣2本!誰にも理解されないんすけど!」
「
「いいって言ってくれる人初めてなんすけど!」
「好きとは言っただけで良いとは言ってないからな、大剣馬鹿」
カナメが横から短く刺した。
「効率で言えば大剣は1本を両手で持つべきですし、こいつの実力的には実際そっちの方が強くなるんですけどね。一向に言うことを聞いてくれません。アキラさん説得してくれませんか」
「私は割とロマンを追い求めるタイプだからむしろ彼の味方ですよ」
悪くない空気だ。
「01C地点、広間を確認。クリア。右手に下り勾配」
報告を挟みながら歩いていく。
「あの、アキラさん」
リンが振り返り、ずいぶん言いにくそうに切り出してくる。
「今更なんですけど僕たちが映っていて本当に迷惑じゃないですか。配信って、コメントの人たちが見たいものがあるじゃないですか。それが崩れたら、その……」
「コメント欄見ます?」
私は配信魔法のカメラからコメントの様子を見せる。
《リン君だ!》
《大丈夫だから安心して!》
《今日の配信当たりすぎだろ》
《むしろ推し二人が見えて最高です》
「リンさんの方が人気なんですから当然ですよ。むしろこっちが迷惑していないか心配なくらいです」
「……よかった。こっちも大丈夫です。割と僕たちは緩く攻略配信していますから」
本気で安心している声だった。
この人は歩きながらずっと後ろを気にしている。私が段差に足をかけるたび一瞬だけ速度を落とすし、天井にひびが入っている時も落ちないか真っ先に上を見上げていた。
〇
「メイスちゃんとは面識会ったりするんですか?」
「プロハンターとストリーマーじゃ部署が違うので会うことはほとんどないですね。ただし去年のSDS大運動会で少し戦ったかな。話す機会は無かったですけど」
「メイスちゃん、生意気だけど可愛くていいよなー。ああいう子に罵倒されたい」
「ロリコン……」
「時雨、ちげーよ!一般的な男性意見として言ってるだけでだな」
「メスガキキャラは一般的なのかな?」
「メイスさんって高校生でしたっけ。ハヤト、流石に節操がないぞ」
「リンまで、違うって!そういう意味じゃなくてなんか妹的な感じで言ったんだよ」
「ハヤト、視聴者に手を出すなって言ったけど、後輩はもっと駄目だぞ」
談笑しながら攻略を続ける。
次の瞬間、魔力探知が引っ掛かり私は足を止めた。
「12H地点」
続けて彼らの足も止まる。
カナメの指が動き、それだけでハヤトと時雨が無言のまま両脇に散った。
「前方、数1。人型」
時雨の声が低く通る。さっきまでとは別人みたいに言葉が出ていた。
「上背2m強。鎌状の前肢。マンティスジェネラルだと予想」
通路の奥からモンスターの脚が岩を叩く音が近づいてくる。現れたのは鎌を持った人型の虫だった。背筋が真っ直ぐに伸びていて2本の足で立ち、腕の先は大きく鋭く曲がった刃物となっている。
《うわきも》
《かなりでかいな》
《人型は早くて厄介な奴が多いことをアキラさんの枠で学んだ》
《手が刃物になってるタイプは初めて見るけど》
私は数歩下がった。手は出さないと言った以上、彼らの邪魔をしてはいけない。
しかし彼らの様子は意外にも穏やかなものへと変わっていく。
「なんだ。マンティスジェネラルか。なら楽勝だな」
「警戒するに越したことはありませんが、今のところ一体だけですし問題ないですね」
「リン、任せた……」
3人が警戒を解く。そして前方に立っていたリンがモンスターの元へ歩いて行った。
「じゃ、倒してきます」
「いってらー」
「え、一人で行かせるんですか」
思わず聞いてしまった。ソロ攻略する私が言うのもあれだが、819階層の人型を単騎で戦うのはきついだろう。
「大丈夫ですよ。見てれば分かります」
カナメの声に力みはない。ハヤトも時雨も武器を納めたままだ。
リンはマンティスジェネラルの正面で足を止める。武器を持たず、両腕を胸の前で軽く丸め、足を肩幅に開いただけの格好だ。
虫が鎌を振り下ろす。
リンは避けなかった。
刃はリンの肩へ吸い込まれ、そのまま水に入るように体を通り抜けていった。肉を裂く音も、鎧に当たる音もしない。通り抜けた刃の内側でリンの左手が前肢の根元を払い、右の前腕が遮り、開いた胴へ拳が突き立つ。
甲殻の割れる音がして、思わず声が出た。
「は?」
《え》
《今なんで当たってないの》
《すり抜けた?》
二撃目も同じで、振り下ろされた鎌がリンの腕を通り抜け、その先でリンの掌だけが確実に当たっている。
この光景を私は知っている。611階層でメイスさんの攻撃をことごとくすり抜けさせた、あのコボルトと同じだ。
「【認識攻撃無効】か」
「正解っす」
「アキラさんはメイスの時に戦ってたので分かるのではないですか。あのスキルの厄介さが」
ハヤトが笑う。
リンは振り上げられた鎌の下へ自分から潜り込み、踏み込んだ足が岩盤を叩く。硬い地面が割れる音が通路に響いた。
普通なら顔面から貰う入り方だ。あの人はそれを一切気にしていない。
下から伸びた掌が顎を突き上げ、体重の乗った拳が胴へ沈む。引き戻した腕が入れ替わり、同じ場所をもう一度抉った。返す動作で肘が跳ね上がり、甲殻の継ぎ目に食い込む。
どの一撃も体ごと前に出ている。人が叩くとき必要な守りのための予備動作が一つもない。
仰け反った虫へ、リンは肩から突っ込んでいった。
鈍い音とともに胸の甲殻が陥没して巨体が後ろへ倒れる。
《つっよ》
《武器持ってないのに順当に強い》
《リン君やべええええ》
「お待たせしました」
リンが笑顔で戻ってくる。息は上がっていない。
「リンは子供の頃から拳法を学んでいて相当の功夫の使い手です。そんな彼が【認識攻撃無効】スキルを持っているんですから、人型モンスター相手だったら彼は無敵ですよ」
これが日本のトッププロの実力か。
階層主
各階層には階層主と呼ばれるモンスターが存在している。階層主はその階層より強く下の層へと続く階段や転移石を守るよう生まれるとされる。
階層主は強さのレベルがあり5の倍数の階層、10の倍数の階層、50の倍数の階層、100の倍数の階層の順に強くなる傾向がある。また階層主は倒されたときのリポップにかかる時間も1時間、1日、千日と強くなればなるほど時間が伸びる傾向にある。
100の倍数の階層主は一度倒されるとリポップしなくなるが、討伐したチームの誰かにダンジョンに関する特殊な権限が与えられる。ほとんどの権限は執行されているが、900階層討伐時のモンスター創造権はいまだに執行されていない。権限を所有する城ヶ崎晶氏は、DFTに所属する際の契約によって権限を実質的に会社に譲渡している。DFTのさらなる利益のためにどのようなモンスターにすべきかは討伐から3年たった今でも議論されている。
また例外があり750階層のボスは50の倍数でありながら、討伐後8年近くたった今でもリポップしていない。階層主の並外れた強さから250の倍数でも傾向があるのではと言われている。