とある教師の青春記録   作:全智一皆

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対策委員会の奇妙な一日
第一章 連邦捜査部シャーレ The_one_who_wields_miracles


 

■  ■

1

 

「クソッ! いったい何なんだよアイツはァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」

 

 不良生徒の怨嗟籠る怒号と共に、バババババッッッッッッ!!!!!! と、小銃が一斉に火を吹いた。

 突如として現れた大人。今だって銃の一つも携帯していない貧弱な大人。彼女達はそうとしか認識していなかったが、今となってはそれが大きな間違いであったのだと悔いるばかりだ。

 彼女達は不良だ。少しばかり先入観が入るものではあるが、事実として不良と言うからには決して頭が良いという訳ではない。

 だが、そんな彼女達にも理解出来る事はあった。それこそ、目の前で余裕のままに歩み寄るこの男には―――どうやったって攻撃なんか通じないという現実。

 

「ふーむ…551か556って所かな?」

 

 武器種がアサルトライフルなのは確実。使われている口径と見た目から推測するに、おそらくはSIG系。SIGのアサルトライフルで、あの形状なら551か、その改良品である556のどちらかだろう。

 男は自らに飛び交うそれら全てを『魔術(マジック)』で弾きながら、正確かつ的確に敵の武器を導き出していた。

 このキヴォトスとは全く異なる、まさしく科学の街と言って差し支えないレベルの科学技術を有する『学園都市』、その統括理事長を後輩呼ばわりするこの男だ。勿論の事、科学に対する知識も豊富だった。

 

「あ、スズミは牽制ね。スタングレネードお願い」

「は、はい!」

「じゃ、この間に攻めようか。ユウカは()()()使って出来る限り前に出て、ハスミはユウカを意識する形で援護射撃」

「分かりました!」

「了解です」

「チナツはスキルの準備しといて。ユウカのシールドが減ったら合図する」

「了解」

 

 既に状況開始から数十分が経過していた。男の指示は短く、それでいて的確であり、彼女達に合った戦い方が出来る状況が既に完成しつつあった。

 バンッッ!! と、勢いよく投擲されたスタングレネードが閃光と共に爆発した。

 突如として強烈な光に襲われた不良生徒達が小さな呻きをあげながら、少しでも光を防ごうと手で顔を覆った。

 だが、それこそ致命的な失敗(ミス)だ。顔を手で覆った時には、既に遅かった。前衛を任せられたユウカの間合いに、彼女達は入り込んでいた。

 

「喰らいなさい!」

 

 ババババッッッッ!!!! と、マズルフラッシュと共に解き放たれた鉛玉が、容赦なく不良生徒達に叩き込まれた。

 銃であれば何であれ恐ろしいものだが、至近距離のSMGはより恐ろしい。あの小さな体から一瞬にして人も獣も容易く殺せる弾が、一気に数十発も放たれるのだ。どうやっても回避のしようがない。

 流石に至近距離でアレを喰らうのは怖いなー、と、他人事扱いで男はケラケラと笑っていた。相変わらず自分に降り掛かる火の粉(鉄の塊)に弾かれながら。

 

「よし、状況終了。いやー、皆が優秀で助かるね。私が居なくても何とか出来たんじゃないか?」

「いえ、そんな事はありませんよ。先生が居なければ、かなりの苦戦が予想されたと思います。先生の指揮のお陰で、普段よりずっと戦いやすかったです」

「えぇ。なんか、いつもより戦いやすかったし…」

「これも先生の指揮があったから、でしょうか?」

 

 おぉう何これめちゃ嬉しい。生徒一同に褒められて悪い気など欠片もしなかった。寧ろめちゃくちゃ嬉しくてテンション爆上がりである。

 可愛い女子生徒に先生凄い! と言われて喜ばない教師が果たして居るだろうか? いや居ない。居ないったら居ない。居たら其奴をアッパーカットでぶん殴ると男は心の中で断言した。

 

「あんまり指揮と言える様な指揮執ってなかったと思うがね、私は。なんなら自分の身を守るので精一杯だったし」

「あんまり精一杯だった様には思えませんが……どちらかと言えば余裕満々と言った具合だった様な……」

「はっはっは、細かい事は気にしちゃダメだぜチナっちゃん☆」

「ち、チナっちゃん……」

「そ、そうだ! 先生のソレって何なんですか!?」

『私も気になりますね。先生』

 

 ユウカが思い出した様に尋ねようとした瞬間、青いホログラムで投影されたリンもまた、眼鏡をクイッとする仕草をして目を光らせる。

 警戒。リンは明らかに、男の事を警戒していた。いや、そもそも出会った当初からわりと半信半疑だったのだろう。生徒会長が呼び出したから絶対に信頼出来る、なんて自信は欠片も無かったのだ。

 妥当な判断だ。子供と言うには無理がある。男は感心する様に頷いた。

 

「さっきも言った通りだよ、単なる『魔術(マジック)』さ。君達(生徒)に分かる様に言うなら『神秘』かね?」

 

 しかし、だからと言って全てを語る事はしなかった。未知の世界に対して既知の技術を広める事程、予測不可能なものはない。何処か誤魔化す様に、しかし教えられる所は正直に。男はハッキリと淀みなく答えた。

 ―――魔術(まじゅつ)。それは元を辿れば、凡人の天才への羨望からくるものだった。

 生まれた時から才能を有した天才。生まれた時から奇跡を起こせる超人。そんな存在に対して、凡人は憧憬と羨望を抱き、必死になってそれに追いつこうとした結果だ。

 真の奇跡に、人の手で追い付かんとする意思。才能が無い人間が、それでも才能ある人間と対等になる為の技術。それこそが『魔術』だ。

 

「外の世界にある技術の方が納得出来るかな。私はそれを行使する事が出来る人間だ」

『魔術……』

「では、先程の戦闘で銃弾を弾いたのも?」

「魔術だね。まぁ、今回は例外だよ。使う事はあんまり無いだろうね。自衛の為とは言え、女の子に手を出すなんて酷い事はしたくないのでね。あの少年から殴られるかもだし、なんなら後輩からは絶対にぶち殺される」

 

『そりゃいきなり訳の分からない場所に呼び出されて訳分からない使命負わされるなんて嫌にもなるよ。だけど、だからって教師が女の子に手を出して良い訳ねぇだろうが! その幻想をぶち殺す!』

『呆れてモノも言え〼×(ません)わね。女権運動会や女性崇拝の知り合いヲ数多く持ち、マリア崇拝の伝説集や女性崇拝の思想展開ノ著作ヲ出した貴方らしから×()蛮行です。取り敢えず一発グーでイってみます?』

 

 とか言われる未来が見える見える。……あれヤバいな、なんか寒気がしてきた。幾らなんでもあの二人を相手にするとか結構キツイ。そもそもアンナ女史が出る時点でアレイスター(後輩)も出張ってくるじゃんクソゲーにも程がある。 

 

「前者はともかく後者は命の危機じゃない!?」

「腕が立つと手加減して貰えないのは世の常なのかねぇ。容赦が欠片も無くなるのってわりと辛いんだけども」

「本当に何者なんですか、先生って……」

「先生は先生だよ。そこは変わらないし、今更変えるつもりもない。顔も名前も知らないけど、女の子にお願いされちゃったからには、しっかり先生として働くさ」

 

「ただ、あくまで本職が『魔術師(ラフター)』ってだけの立派な副業教師だよ。皆、是非とも仲良くしてね☆」

 

 

2

 

 

 不良生徒達をあらかた片付けてから少し進んだくらいか。

 どこもかしこも黒煙に黒煙と、一酸化炭素中毒の恐れがある危険地帯が景色として続いてしまうと、どうにも(あつ)苦しいと言うか、呼吸のしにくさを感じるものがあった。

 だが、目的地であるシャーレの部室も、もう目と鼻の先だ。

 

「ねぇねぇリンちゃん」

『……』

「あれ、聴こえてない? もしもーし、リンちゃーん?」

『………』

「ふむ、無視されちゃ仕方ない。こんな状況だ、きっと電波が悪いんだろう。よし、なら占術の応用でリンちゃんの下着の色でもこっそり……」

『分かりましたなんですか何の御用ですかしっかり答えますのでそれは止めて下さいッッッ!!!』

 

 この男、やっぱりクソ教師である。生徒に対して魔術は使わないみたいな事言いながら、白昼堂々と下世話な事に使おうとしやがった。

 そもそもさっき自分で彼女の警戒心に感心していたというのに、なんで自分から馴れ馴れしくしてくるのか訳分からん。

 魔術が使えますよーとか言ってるヤベー奴がリンちゃんとかいきなり馴れ馴れしく距離感詰めてきたらそりゃ怪しむだろ。至極当然全く以て当たり前の事だ。

 だが、そんな彼女の警戒とは裏腹に、この男は別段そういう事なんてこれっぽっちも考えてはいない。ただ彼女に聞きたい事があったから声を掛けたという、それだけでしかないのだ。

 

「今回の騒動ってのは、本当に()()()()()()()()()()()()()? って事を聞きたくてね。不審に思える点が幾つかある」

『……ど、どの様な所が不審に思われたのですか?』

 

 切り替えの速さと話題の温度差に、つい表情を崩してマジかコイツみたいな顔をしてしまうが、今はそんな事を気にしている暇はない。

 すぐに表情を元に戻して、冷静さを取り繕って(結構マジで焦っていた)リンは問い掛けた。

 

「まずは行動理由。連邦生徒会長が行方不明で、連邦生徒会の行政権が喪失したから、これに乗じて一暴れしようぜ―――ってのはチンピラにありがちなものだけど、言動とかを観察した限りどうにも野心がある様には見えなかった。かと言って、ただ暴れたいだけって訳でもない。どちらかと言えば甘言に惑わされた、或いは誰かに扇動されたって感じかな」

『先生は心理学にも精通しておられるのですか? あの交戦の中、敵の言動だけでそこまで……』

「嗜む程度だよ。というか、その言い方から察するに私の予想は的を射ている感じかな」

『はい。ついさっき、今回の騒動を巻き起こした生徒が判明しました。―――生徒の名はワカモ。《百鬼夜行連合学院》で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です』

「ワカモ…か。容姿と特徴は?」

『黒髪に白い狐の面を被っています。耳は獣耳で、尻尾もあります。お面の通り、所謂フォックス()です』

「最高かよ」

『先 生 ?』

「おっと失礼」

 

 ドスの効いた声で呼ばれては黙る他ない。とは言え、是非ともその耳と尻尾をモフらせて頂きたい所ではある。捕まえたら好きに出来ないかななんて思考はどうしても止めずにはいられなかった。

 まぁ、閑話休題。

 しかし何とも、またぞろ知らない学校の名前が出てきた。だが、そんな名前から色々と察しがつく程度には特徴的だ。

 

(まぁ、生徒達を見れば何となくの考察は出来る。結構特徴的だし)

 

 キヴォトスにある学園の全てを把握した訳ではないが、今の所判明している学園の特徴を男はかなり理解しつつあった。

 ユウカが所属するミレニアムサイエンススクールは、その名前が指し示す様に機械的な面が特徴だろう。千年紀(ミレニアム)自然科学(サイエンス)だ、技術的な面の凄さを隠すつもりが欠片もない。そして、それこそがミレニアムの象徴なのだろう。

 次にハスミとスズミが所属するトリニティ総合学園。トリニティ(三位一体)ともなれば、おそらくは宗教的な面があるのだろう。かの世界最大規模の一神教の教えと同じなのだ、そうでない可能性の方が怪しい。

 次にチナツが所属するゲヘナ学園。もうこれは言わずもがなだろう。だって地獄(ゲヘナ)だし。絶対に治安が悪い。断言出来る。

 そして、先程リンから伝えられたワカモが所属する(停学している)学園である百鬼夜行連合学院。名前から分かる様に完全に日本だ。より正確に言うならば『和風』だ。

 おそらく其々の学園に所属する生徒には、その学園の名前が示す様な特徴がある。ワカモなら耳や尻尾だ、獣人的な要素がある。

 ユウカはパッと見は人間のそれで、人外的な要素は欠片もない。だが、他の生徒達とは違いヘイローが機械的だ。

 ハスミは尾骨当たりから翼が生えている。スズミは髪型の一部が翼みたいになっている。トリニティの特徴はおそらく翼だろう。

 あとついでに言えば、ハスミは正義実行委員会、スズミは自警団に所属している。同じ学校なのに制服が違うのは、それが自らの所属している部活や委員会の特徴を示すものだからか。

 最後にチナツだが……ゲヘナ学園の生徒にしては、悪魔っぽさが感じられない。強いて言うならばリンの様にエルフみたいに耳が長いという事ぐらいだ。

 

(いい線は行ってるけど正解じゃない、って所か。一応これでも神秘(オカルト)には一家言ある身なんだけど……まぁ、いっか。まだまだ色んな生徒と関わる訳だし、それで理解を深めれば良い)

 

 『先生』としての生活はまだまだこれから。シャーレを奪還してからは、いよいよ本格的にこのキヴォトスで教師生活をする事となる。

 これでも弟子を取って育てていた身だ。教鞭を執るぐらいの事は見様見真似で何とかなる。そこに関しては何ら問題ないだろう。

 そんな事を考えていると、

 ドドドドドドッッッッッッ!!!!!! と、数十分ぶりに銃声が連続した。

 

「水平線に一筋」

 

 ひゅ、と人差し指を立てて水平線をなぞっただけだった。ただそれだけの動作は、もはや無意識による行動だった。そこには、これを使おうとかそんな意思なんて全く宿っていなかった。

 それは線を引く動作ではなく、線を逸らす動作。

 現実世界(こちら)物理法則(あちら)の境界線、つまりは目に見えるものと目に見えない筈の二つの世界を、部分的に逸らす事で歪める手法だった。

 ごばっ、と。まるで海が割れるかの様に空間に歪みが走った。飛翔するものの悉くがそれに吸い込まれ、そこからはまさしく奇怪と言う他なかった。

 まるで意思を持ったかの様に銃弾は捻れ、丸まり、そして消失した。地面はまるで入刀されたケーキの様に綺麗な断面を見せ、ずるりと前からシーソーの様に押し上げられた。

 

「ちょ、先生っ!?」

「うわやべミスったていうかいきなり攻撃してくるんじゃないよ危ないでしょうが! びっくりして部分的に物理法則ぐちゃぐちゃの摩訶不思議亜空間作り出しちまったでしょ!?」

 

「「「そんな災害じみた事が起きるの分かってたら攻撃してねぇよっっっっっっ!?!?!?!?!?!?」」」

 

 不良達もまさか人差し指を動かすだけで、こんな天変地異が起こるなんて想像していなかった。

 不意打ちを諌めるつもりはないけどやるなら思考してない時にやりなさい! と訳の分からないお叱りをしながら、男が掌でぐっと虚空を握り締める様な仕草をすれば、

 ぎぎぎぎぎ―――と、空間の歪みが徐々に収まって修復されていき、切断された地面もまるで時間が戻ったかの様に、綺麗に定位置に戻った。

 

「危ない危ない……結構本気で危なかった。下手すりゃとんでもない怪物が顔出してキヴォトスが滅亡する所だった」

「本当に危ない文字通りのギリギリセーフ!? もうちょっと、いや本当にちゃんと扱ってくださいよ貴方の魔術でしょ!?」

「こればっかりはマジで大変申し訳ございませんでした。ちょっとこれ前線居たらまた下手こきそうだから先生指揮に専念するね?」

「そうしてくださいっ!」

 

 再び、状況開始。

 ドドドドドドッッッッッッ!!!!!! バババババババッッッッッッッ!!!!!!! と、幾つもの銃声が連鎖し、戦場が幕を開けた。

 相対する不良生徒達はスケバン。これまた随分と派手な格好だ今時サラシ巻いてその上に長裾の服羽織るだけとか珍しいにも程がある最高かよ。

 

「ていうか気になったんだけども。いや気にしない様にしてたけど遂にしっかりこの眼に焼き付けてしまったんだけどもちょっと言いたい事があるんだよね喋っても良いかなリンちゃん」

『そのリンちゃん呼びを止めて頂ければ一応耳をすますくらいはしてあげますが』

「あのスケバン生徒達ぶっ倒れる時完全にスカートの中身が丸見えで白『その如何にも魔術師ぽさそうなコートひん剥いて縄で縛り上げてから逆さ吊りにして差し上げましょうか?』おっけいもう余計な事言わないんでどっかの白笛みたいな罰は止めてくださーいっ!」

 

 美少女にやられるなら良いかもなんて思いが過ぎりはしたが、どうやら理性が勝ったらしい。あのド変態野郎(アレイスター)ではあるまいし、男も流石に尊厳まで失いたくはなかった。

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 おふざけを繰り広げながらも、しかし男は決して指揮の手を止めてはいなかった。

 的確かつ正確に、そして計算された指示とアドリブ。戦術も戦略も未経験だが、魔術師として手に取れるもの全てを手に取って、文字通り死に物狂いで全てを研究した頭は伊達ではない。

 詰め込んだ知識とそれを回す頭。リスクヘッジとそれで導き出される事態の予測の計算と決断。

 

(伊達に一生の殆どを()()()()()()()()()()()()()()。これくらいやらなきゃ、アレはいつ何処でどんな被害を出すか分からん)

 

「っ、騒動の中心となる生徒を発見しました。対処します」

「―――あらあら、連邦生徒会長の子犬がやって来ましたか。可愛らしいこと」

 

「っと。アレがワカモちゃんね。お面で顔が見れないのが残念だ……。―――リン、確認だ。あの子の対処は必要かね? 確保するか否かについてもだ」

 

 空気をがらりと変える。

 通信越しであるというのに、男の雰囲気が先程までのちゃらけたものから、得体の知れないものに変わった事をリンの身体が理解した。

 この人は本当に、何者なのだろうか……?

 そんな疑問が浮かび上がり、それを振り払う。それは後から考える事だ、今は必要なものじゃない。

 

『……対処は必要でしょう。ですが、目的はあくまでシャーレの奪還です。逃亡するのなら深追いは必要ありません』

「了解。それを聞けて良かった。女の子を追撃するとか御免だからね」

『…先生はやけに女の子というものに拘りますね』

「そりゃあ――――――()にとって、とっても大事だからね。誰一人として見捨てられないし、見捨てたくもないんだよ」

 

 もうあの日みたいに、何も出来ないまま取りこぼすなんてクソみたいな思いはしたくないんだ。

 

 

3

 

 

「うーん……これが何なのか、全く分かりませんわね。これでは壊せそうにも……」

 

 交戦したユウカ達を不良生徒達に任せて(押し付けとも言う)シャーレの地下にやってきたワカモは、その中心にある謎の装置に四苦八苦していた。

 何らかの力によって宙に浮く謎の石版。文字は読めないし仕様も分からない、何ならこれに機能があるのかどうかすらも不明だ。

 ワカモは18歳という年齢ながら、戦術と策略によって数多のものを壊してきた立派な犯罪者である。だからこそ、ただ壊すというのは些か詰まらないという犯罪者なりのポリシーの様なものを持っていた。

 故に四苦八苦。諸々が分からないから壊そうにも壊せないし、壊した後に何が起こるのかの予測もつかない。完全に困り果てていた。

 そんな時。

 

「あら?」

「や。ようやくちゃんと顔を合わせられたね」

 

 一人の大人が現れた。

 上はくすんだ灰を思わせる白色だが、下の方に向かう事に黒くなっている特徴的なグラデーションの髪。まるで晴天の空を思わせる綺麗な碧眼を隠す様に掛けたサングラス。削られた結晶が綺麗なピアスを右耳に付けた青年だ。

 この青年は見覚えがある。丁度さっき、不良生徒達の襲撃を摩訶不思議な力でねじ伏せた青年だ。あの時は空間の歪みの所為でよく見えなかったが、こんな顔をしていたのか。

 

「あら、あららら……」

 

 見て、見詰めて、見蕩れて―――見惚れた。

 

「……、あ、あぁ……」

 

 な、なに? なんですのこの感情? こう、胸の底から熱い何かが込み上げてくる様な感情は!? ただ見ているだけだというのに目の前の御方が素敵で最高でなんかとてもカッコよく見えてくるこの現象はいったい何なんですの誰か説明してくださいましっっっ!!!!

 

「あれ? なんか固まっちゃった。大丈夫? もしかして私怖い?」

「あ、いや、その……。え、と……」

「やっぱサングラスがダメか…っと。これでどうかな、ちょっとは怖さ減った?」

「はぅ…!!!」

「……また対応ミスったかね?」

 

 ある意味ミスではある。

 怖さなんて元から感じていなくて寧ろそれとは全く別の感情が湧いてた所にグラサンを外した事によるさらけ出された素顔で追撃という彼女の胸と顔と体がさらに熱くする様な事をしてしまった点を鑑みれば。十分にミスである。

 

「し、し……」

「……なんだろう猛烈に嫌な予感がする今の状況で頭文字が『し』で始まる言葉なんてどれをとってもヤバい感じしかしないんですけど巫山戯んなよでも可愛い女の子に撃たれるならそれもそれで良いじゃないかと先生思ってみたりっっっっっっ!!!!!!」

「失礼いたしましたァァァァっっっ!!!!!!!」

「嘘だろまさかの逃亡っ!? つか犯罪者呼ばわりされてるのに本人の言葉遣い丁寧ってギャップが凄いな惚れちまうだろ!?」

 

 この男、何をされても一向にブレねぇ。いやまぁ、流石に何もしてないのに女の子に逃げられたのは一人の人間としてショックではあるが、それはそれとして女の子の可愛さには抜け目がなかった。

 ばびゅーんと、何ともテンプレな音が出そうな勢いで逃亡したワカモにまたねーと手を振りながら、男はソレへと視線を移した。

 

「石版か。今時に石版の研究なんて随分とレトロな……ん? んんん???………………え、何これ。うわっ、ちょ、おいおいスゲェなこれ! 独立した触媒とかそう多くないぞ! 基盤になったのは『等価交換』か? 魔術師とか錬金術師とか居ないキヴォトスでよくここまでの神秘発掘出来たなおい! 代価さえ支払えば神秘の欠片も物質も何でもござれとか錬金術も商売上がったりだぞ!」

「先生、お待たせしました……。何してるんですか?」

 

 シャーレを奪還し、ようやく生徒会長が残したものを先生に預けられる。これで事態も収集がつくだろうと思ってやってきたリンは、その先生が謎の石版に、興奮しているという何ともシュールな場面に出くわしてしまった。

 やっぱりこの人に預けるの間違いかもしれないなんて思いが過ぎったりもした。

 

「リンちゃん!」

「ですからその呼び方は止めてくださいって何度も言ってますよねそろそろ本気で撃ちますよ?」

「うっす。すんませんでした」

 

 女の子が本気で怒った時程に怖いもんはない。男はそれを身をもって知っている。主に後輩とか後輩とか後輩とか。

 途中からは男だった筈の後輩がTSして女子高生になったりアークビショップになったりしたので、ぶっちゃけ色々と観点というものが狂っているのは内緒だ。

 

「はぁ……生徒会長の残したものには触れていませんね?」

「どれか分からないからね。人のものを勝手に触る趣味は持ち合わせてないよ。後輩は例外だけど」

「その後輩さんへのヘイトの高さはなんなんですか…?」

「うーん……原因がバカみたいに多いから一つに絞るのが難しいんだよね。最近のを挙げるとするならTSして男子高校生をラブホに連れ込んで性魔術で問題解決を図ろうとしたとかネカフェのパソコン使って官能小説を執筆しようとしたとかそんくらい?」

「最低ですね」

「ですよねぇ」

 

 やはり何処に行ってもかの『人間』の所業はどうにも受け入れられないらしい。

 そう考えると、呼び出されたのが自分が良かったなと心の中で酷く安堵した。あの歴史上最悪の魔術師がキヴォトスに来たとか想像するだけで寒気が走る。他の生徒ならばいざ知らず、多分不良生徒とか捕まえてヤるぞアイツ。

 しかも今の体が女だからとか関係無い。だって両方行ける人だもの。アレ程恐ろしい存在も中々ない。

 

「アレが自分の生まれ変わりを自称してたとか反吐が出るね」

「……先生はそこまで名の知れた御方なのですか?」

「ほう。お目が高いね。ちなみになんでそう思う?」

「いえ、話を聞く限りその後輩さんはただのヤバい奴なのですが、そんな人が生まれ変わりを自称する程という事は、先生は名の知れた御方なのかと」

「良い着眼点だね。一応これでも神秘(オカルト)って区分に大きな貢献をした男だよ、私。後輩もあんなんだが、魔術の歴史を大きく塗り替えた男だ。まぁ、最近じゃ私よりも後輩の方が有名なんだけどね」

「なるほど……人は見かけに寄りませんね」

「流石に酷くない?」

 

 妥当、或いは残当である。今までの発言を鑑みてからものを言ってほしいものだ。今の所、生徒達に信頼される様な発言は全くしていないぞ。

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「……幸い、傷一つなく無事な様ですね。―――これが、生徒会長が残したものです。受け取ってください」

「……タブレット端末?」

 

 差し出されたのは、よくある様なタブレット端末だった。黒い液晶画面に白いボディを持った、ごくごく普通のタブレット端末だ。

 

「はい。これが、連邦生徒会長が先生に残した物―――『シッテムの箱』です」

「…………わぉ」

 

 キヴォトスは何度自分を驚愕させれば気が済むのか。男は差し出されたタブレットを手に取って、信じられないものを見る様な目を向けた。

 『シッテム』。それは旧約聖書における都市の名前。十戒のモーセの死地。或いはアカシアとされる場所。

 なるほど、キヴォトスという名前にも納得がいく。天の食物、災いの杖、十戒の刻まれた石版が収納された『契約の箱(キヴォトス)』の名を冠するのは、ひとえに数多の神秘が此処にあるが故か。

 つくづく、此処は確かに学園都市なのだと思い知らされる。兵器も武装も極めて凡庸だが、此処は確かに神秘の理想郷だ。アレイスターの『学園都市』とは、ある意味で対極している。

 

「まったく……なんでこうも、とんでもないものばかりが残されるのかね。生徒会長ちゃん、絶対に俺の事全部知ってるだろ……」

「先生?」

「いや、なんでもないよ。このタブレット……『シッテムの箱』があれば、サンクトゥムタワーの制御権を回復させられるんだね?」

「……えぇ。生徒会長からは、その様に。私達は起動させる事すら出来ませんでした」

「なるほど。製造会社もOSも何もかもが不明と。お手製なら本当に凄いもんだ。……じゃ、始めようかな。万が一があるから、リンは離れておきなさい」

「……分かりました」

 

「魔術師が皆揃って現代機器を使えないと思ったら大間違いだ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ―――魔術とは、理性に基づいた合理的科学である。

 

 ……我々は望む、七つの嘆きを。

 ……我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 ……。

 接続パスワード承認。

 現在の接続者は■■■■■=■■■、確認出来ました。

 「シッテムの箱」へようこそ、■■■■■先生。

 生体認証及び証明書作成の為、オペレートシステムA.R.O.N.A並びに――――――

 A.N.N.Aに変換します。

 

「………………………………………………は?」

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