とある教師の青春記録   作:全智一皆

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第六章 奪還 If_you_get_hit,_hit_back

 

■  ■

1

 

「はぁ……散々な一日だった……」

 

 お疲れ様でしたー! と、元気な挨拶と共に閉まった柴関ラーメン。

 もう日も落ちつつあり、夜を迎え始める時間帯だ。もはやゴーストタウンになりつつあるアビドスだが、街灯は勿論の事、建物にも明かりが付いている。

 誰も居ないなんて事もなく、少なくはあるが人が帰路を辿ってはいる。少なくともアビドスにはまだ人が残っているという証拠だ。

 アルバイトを終え、柴関ラーメンのユニフォームから制服へと着替え終えたセリカは、疲労感を漂わせながら帰路を辿っていた。

 

「本当に疲れた……多分過去一で疲れた……」

 

 黒見セリカ、過去一の疲労困憊状態であった。これには彼女の可愛らしい猫耳も垂れざるを得ない。

 だがそれもその筈だ。何せ自分のアルバイト先に同じ学校で同じ委員会所属の先輩と同級生が来ただけでなく、ストーカー呼ばわりしている(実際にストーカー行為をしたので間違いではない)先生+αまでやってきたのだから。

 これだけで精神的ストレスが限界値スレスレまで到達しそうだというのに、そんな事知った事じゃねぇよと言わんばかりの勢いで畳み掛けるのはストーカー(先生)の訳分からんボケと無礼、先輩からのからかいである。

 

『セリカちゃんのユニフォーム姿、可愛いですね☆』

『いやー、セリカちゃんって形から入る系なんだねー。ユニフォーム着てやる気出すタイプ?』

『くっそマジで原理が分かんねぇアレイスターの奴めどうやって自分のIFを実体化させてんだよっ!? 本当に天才だな腹が立つ! もっと頑張るんだよ■■■■■=■■■目の前にラブコメあるある展開のテンプレ的理想郷が待ってんだよォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

『セリカちゃんのユニフォーム姿を写真で売ったらかなり売れそうだねー。という訳で先生どう?』

『言い値で買おう』

『ホシノ先輩、変な商売をしようとしないでくださいっ! 先生も乗らなくて良いですから!』

『何を言うんだアヤネ! 私は至って真面目だともさ! 何なら制服姿でも全然構わん! というかもうアビドス対策委員会全員分くれ!』

 

 限界値が完全にオーバーして爆発してもおかしくはない状態の中、バイトとは言え店員としてしっかり働いた彼女には拍手喝采が送られても何ら不思議はない。それくらいの事を彼女はやり遂げたのだから。

 途中から本気で銃の引き金に指を掛けそうになったが、それでも抑え込んで働いた彼女はもはや英雄と言っても差し支えない。

 

「まったく……皆で来るなんて騒がしいったらありゃしない。人が働いてるのに、先生先生って、チヤホヤしちゃって。ホント迷惑、何なのアレ」

 

 矛先が順当に■■■■■へと向かって行ったが、まぁ残当である。普通にやらかしが度を越してるのだ、これくらいは甘んじて受け入れて然るべきだろう。

 働いてる側としては、先輩と同級生がぽっと出の大人をチヤホヤしてるのを見るのは、決して良い気分ではなかった。迷惑であるというのも的を射ている。

 そして当然、セリカは何故■■■■■を同行させたのかもお見通しであった。

 

「ホシノ先輩、昨日のことがあったからってわざと先生を連れて来たに違いないわ!」

 

 交友を深める為というのもあるのだろうが、本来の目的はつまり警戒心を弱める事だったのだろう。

 つまる所、この大人は信頼出来るのだと思わせる為の交友だった訳だ。騙され易い等と言われるセリカではあるが、しかし決して馬鹿ではない。それくらいの事は容易に察する事は出来た。

 

「……ふざけないで。私がそう簡単に折れると思ったら、大間違いなんだから」

 

 決意は硬い。だが、それは結局のところ痩せ我慢の様なもでしかない事なんて、彼女も内心では分かり切っている事だった。

 彼女だって分かっている。あの男がこれまでの大人の様な人間ではないと(やっている事はろくでなしのそれだけど)。このアビドスを復興させる為に、心から向き合ってくれていると。分かってはいるが、それだけで心の整理が出来る程に彼女はまだ大人ではなかった。

 要するに心の問題であり、彼女自身のプライドの問題だ。これまでずっと大人に頼らずにやってきたのに、今更大人がやって来て向き合おうなんて虫が良すぎる話でしかない。

 皆も皆だ、なんであんな簡単に信じられるんだ。アレが演技だって思ったりしないのか。騙そうとしてるんじゃないかって疑問に思わないのか。

 心中では愚痴も不満も渦巻くが、それを口に出した所で解決なんてしない。単なる自己満足でしかないのだと、心の何処かでそれが分かっているのだから。

 

「……そういえば、この辺も結構人が居なくなったなぁ。前はここまでじゃなかったのに」

 

 静けさに覆われる街を見れば、やはり寂しさが湧き上がってくる。まだ機能しているから良いものの、きっと時間が経てば此処からも人が消えていくのだろう。

 アビドスを歩いて回れば、機能している場所を見付ける事の方が難しい。基本は殆どゴーストタウン同然で、住宅街に人が住んでいる事なんて滅多にない。

 唯一の学校であるアビドスに居るのは対策委員会の5人だけ。かつては生徒会長も居たらしいが、その生徒会長は訳あって亡くなってしまったとの事だ。

 だからこそ、この現状を見過ごしてはいけない。諦めてはいけない。そう決意が漲ってくる。

 

「……このままじゃダメだ。私達が学校を立て直さないと。取り敢えずバイト代が入ったら、利息の返済に充てて―――」

 

 キィィィッッ!!!!! と、何かが劈く音がした直後の事だった。

 それは車のブレーキ音だった。何十人でも乗れてしまいそうな黒いバンの扉が勢いよく開かれ、そこから流れ出る様に武装した生徒達が飛び出した。

 

「……!? 何よ、あんた達」

「黒見セリカ……だな?」

「……カタカタヘルメット団? あんた達、まだこの辺を彷徨いてんの?」

 

 つい先日、前哨基地を破壊し尽くしたカタカタヘルメット団。その残党だと理解するまでに大した時間は要らなかった。

 咄嗟の出来事に驚きはしたものの、セリカは警戒心を限界まで高め、殺気立ちながら、バックから取り出したアサルトライフルを構えて照準を定める。

 

「丁度良かった。虫の居所が悪かったの。二度とこの辺りに足を踏み入れないようにしてやるわっ…!」

 

 ダダダダダッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、鋭い銃声が炸裂した。

 だが、それは決してセリカのものではなかった。セリカのアサルトライフルから散ったものではなく、それは後方―――つまり、セリカの背後から彼女の不意を打って放たれた奇襲だった。

 

(背後にも敵!?……こいつら、最初から私を……)

 

 前方と後方を挟まれてしまえば、嫌でも理解させられる。つまりコイツらは嫌がらせでも意趣返しのつもりで現れたのではなく、最初から自分を攫う為に姿を現したのだと。

 アサルトライフルにサブマシンガン、ショットガンの攻撃を背後から諸に喰らえば、例え頑丈なキヴォトスの生徒であろうと容易く体勢を崩す。人の姿形をしている以上、その他の構造だって同じだ。

 人間は意識外からの攻撃、行動を受けると簡単に崩れ落ちるものだ。

 

「捕らえろ」

 

 指揮を執っているのだろう生徒の声の後、

 

 ドドドドーーーーンッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 と、天から鉄火が振り下ろされた。

 轟音と共に生み出される爆炎と衝撃が、セリカの小さな体を宙に打ち上げて容赦なく地面へと叩き落とした。

 

(対空砲……? 違う、この爆発音は、Flak41改……?)

 

 『Flak41改』。

 正式名称を8.8cm高射砲。名誉も悪名も双方共に世界へ轟かせた第二次世界大戦期のドイツ軍が運用した、ドイツ陸上戦力が展開したあらゆる戦域における防空を担い、またその高威力により対戦車・陣地攻撃にも活躍した兵器だ。

 『アハト・アハト』―――そう呼べば、分かりやすいだろう。戦争を愛し、手段の為ならば目的を選ばないあの少佐が大好きだと死に際に公言した、あの兵器が一人の少女に牙を剥いたのだ。

 

(火力支援なんて、何処から……? ち、違う、これは……まさか……コイツら、ハンパじゃない…!)

(もう、意識が……)

 

 肌を焼く様な黒煙に晒されながら、連続して止まない攻撃に耐え兼ねた肉体は遂ぞ意識を落とす事を選択し、セリカは呆気なく崩れた。

 黒煙が晴れ、黒煙によって肌も服も煤けた彼女を見下ろしながら、ヘルメット団の一人が続けますか? と確認を取れば、

 

「いや、生かさなければ意味がない。この程度で良いだろう。車に乗せろ、ランデブーポイントまで向かう」

「了解」

 

 攻撃を中止させ、意識を失ったセリカを乱雑にバンへと投げ入れ、その場から逃亡した。

 発進した車は闇夜に紛れ、数分も経たずにその姿を消し去った。

 

 

2

 

 

 セリカがヘルメット団に連れ去られてから暫くが経った頃。

 対策委員会の皆と一緒にアビドス高等学校まで帰った■■■■■は、寝る間も惜しんで学校建て直しの問題について対策を立てていた。

 

「アレでもなけりゃこうでもないしソレじゃないし……あー、キツイ。本当にキツイ。本当によくやるよ、対策委員会の皆は。よっぽどアビドスの事が好きじゃないとこうは出来ない。本当に心から尊敬する」

 

 正気の沙汰じゃない。■■■■■はそう断言しながらも、このアビドスの為に今日まで、そしてこれからも頑張っていく覚悟を固めている対策委員会の面々に敬意を払わずにはいられなかった。

 電気代を少しでも減らす為、『大人のカード』で補給した簡易的ライトを明かり代わりとしてパソコンと睨めっこして廃校の問題解決に勤しむが、どれもが無に帰すばかりだ。

 正攻法にこだわれば、もうどうにもならない。馬鹿でも簡単に辿り着ける答えで、そして本来ならばそこから闇にどっぷり浸かってもおかしくはない。それくらい絶望的な状況に、この学校は立たされている。

 にも関わらず、闇に浸からず正攻法で対策委員会の面々は今日まで凌いできたのだ。その点に関しては純粋に凄いと、■■■■■ははっきりと口にした。

 それを聞いて、一緒に対策を考えていた(という名目で、■■■■■の監視をする為だろうが)ホシノは照れくさそうにした。

 

「うへー、そりゃ嬉しいねー。けど先生? 本音はどうなのさ?」

「……ぶっちゃけてしまうと、本当に絶望的だ。このまま正攻法でこの学校を立て直すとかマジで無理難題にも程がある」

「あー、やっぱり?」

 

 先生でも無理かー。ホシノは笑いながらにそう言うが、そんな事は彼女もとっくに分かり切っている事だった。

 彼女は―――何処か諦めている。表面をどれだけ取り繕っても、しかし■■■■■は的確にそれを見抜いていた。

 

「正直、これは返済を達成するんじゃなくて根っこを絞った方が早いね。利息の返済やら何やらを計算しても、全く割りに合わない」

「と言うと?」

「確実に裏がある。『カイザー・コーポレーション』だっけ? 調べれば調べる程に黒い噂が出るわ出るわで、よく潰れず済んでるもんだと逆に感心したよ。これは利息も真っ当な使われ方はしてないね」

「そっか。まぁ、碌な奴じゃないのは確かだね。まさしく『大人』って感じ。あ、先生は違うよ?」

「お世辞でもそう言ってくれると嬉しいよ」

「あはは、お世辞じゃないよー」

「んー……そうだね、この際だから少し踏み込もうか」

 

 パソコンを閉じ、■■■■■は椅子をくるりと回転させてホシノと向き合う様にして、

 

「――――――利用価値はある。皆の為に動いてくれてるけど、嘘の可能性もあるから油断は出来ない。戦力としての信頼はあるけど人間としては信用も信頼もない。警戒は必要。いざとなったら殺す。そんな所かな?」

 

 堂々と、彼女を解析して見せた。

 

「……」

 

 がらりと、雰囲気が変わった。まるで凍てつくかの様に空気が固まった。

 気の抜けた笑みは消え失せ、無表情と鋭い目が■■■■■を捉えた。

 

「……それも先生お得意の魔術?」

「いや? 単なる心理学的な解析だとも。それに、こんな事をしなくとも私は女性には大変敏感だからね。嘘をついているかどうかくらいならすぐ分かるよ」

「ふーん…それで? 私の心の内を読んでどうするつもりなのかな?」

「いや別に何もしないけど。というか、ホシノがそう思っていてくれて安心したくらいだよ、私」

「……はい?」

 

 何言ってんだこの大人は。ホシノは無表情を崩して面食らった様な間抜け(つら)を晒した。

 今の流れ的になんか踏み込んだ話やら質問をされるものかと警戒したのに、何もしてこない? それどころか安心した? 本当に何を言ってるんだこの変態教師は? ホシノはわりと本気で困惑していた。

 

「いやだって、他の子達が信頼も信用もするの早すぎるんだもん……特にシロコとノノミ。あの二人は本当にヤバい。シロコならまだ分かるけどなんでノノミがあそこまで私に気を許してるのか本当に分かんない。最近の若い子って皆あれくらいの距離感なの? いや離されるよりは全然良いんだけどさ。正直もうちょっと警戒した方が良いと思うのよね、私」

「う、うん。そうだね。おじさんもちょっとどうかなーって思う」

「セリカの場合、信用してないってよりは自分のプライドと言うか、これまで放っておいたのに今更なんだよっていう気持ちからの反発心が強いだけだし。年頃の女の子だからね、あれくらいは当然だよ」

 

 ぶっ殺すぞって言われるのはちょっと心にくるけどねぇ……とは言うものの、■■■■■はそれをさして気にしている様でもなかった。

 現代社会よりも無法が多かった時代に生まれた彼だ。信用や信頼を得る事の苦労は勿論、それらが呆気なく瓦解する事も知り尽くしている。そもそも、魔術師となる切っ掛けに出会ってから、彼の人生は本来あるべきものから完全に逸脱し、瓦解している。

 ぽっと出の人間をいきなり信じるなんて出来る事じゃない。いや、寧ろしてはいけない。そんな事をすれば忽ち騙されて、良いようにこき下ろされて、ボロ雑巾の様に使い捨てられる事が確定だ。 

 

「その点で言えば、ホシノの警戒は本当に正しいよ。大事な後輩を守る為に、正体不明な私を警戒するのは何もおかしな事じゃない。普通の人間ならそれだけで言いけど、私の場合は魔術師だからね。殺す事を想定するのも悪くない判断だと思うよ」

「それ、自分で言っちゃうの…?」

「間違ってない事を間違ってるなんて言うつもりは、私にはないよ。だって出会って数日だよ? 今まで大人に見放されてきたのにそれを信頼し切るとか無理でしょ。私ってそんなに身の程弁えてない様に見える?」

「まぁ……うん」

 

 若干濁しながらホシノは普通に頷いた。だってその通りだから。

 偉ぶっているとかそういう訳じゃないけど、信頼される為にやる様な事はぶっちゃけヘルメット団の前哨基地を破壊した時のあれくらいでそれ以外は完全に変態不審者の所業だもん。

 あれ? やっぱりこの先生って信用も信頼もしていい要素ゼロじゃない? 私間違ってないよねユメ先輩?

 3年生としても百点満点の対応をしているホシノの疑問は決して間違いではない。

 だが当の本人はそんなつもりは微塵もなかったのだろう、某海賊漫画じみた驚愕の表情を浮かべてやがった。

 

「ウッソだろおいマジかよっ!? 俺そんな偉そうだった!? くっそ生徒を前にして偉ぶるとは教師としてなんたる失態だッ!!! 俺はアレイスターとかCRCなんかとは一緒になりたくないってのによォ!? ごめんなさいマジですんませんでしたどうかお許しを何をすれば良いかな土下座かな土下座すれば良いかなッッッ!?!?!?」

「もうしちゃってるよ!? ちょちょ、顔上げてよ先生! 皆に見られたら誤解されちゃうでしょー!?」

「先生、ホシノ先輩! セリカちゃんがって何してるんですかっ!?」

 

 言った傍から来訪者の参上である。場が悪いというのはまさしく

 息を荒らげながら扉を開いて現れるのは、真面目系眼鏡っ娘のアヤネだった。何やら慌ただしい雰囲気を纏った彼女が発した言葉を聞いて、■■■■■は下げた頭を上げた。

 

「セリカがどうかしたのかい?」

「そのまま続けるんですかっ!? って、それどころじゃなくて! セリカちゃんが家に帰ってないんです!」

「―――何だって?」

 

 目を見開いて、■■■■■は動揺を露わにする。

 セリカと別れてから既に数時間が経過している。あの店で昼食を食べてから長らく経ち、もう夜中だ。喋った時間は僅かだが、それでも彼女が真面目でしっかりとした子だと■■■■■でも分かる。

 そんな彼女が、家に帰っていない。これが普通の都市ならコンビニに出掛けたやらと理由は幾らでも思い付くが、此処はゴーストタウン寸前のアビドスだ。機能しているコンビニだって然程多くはない。

 何より―――アヤネの慌ただしさを見れば、それが異常な事だという事を理解するのは大して難しい事でなかった。

 

「数時間前からスマホの電源も入ってないみたいで……こんな時間になっても帰って来ないなんて事、今までなかったんです!」

「バイトを遅くまでやっている可能性は?」

「シロコ先輩にバイト先に確認してもらったら、定時には店を出たと……もしかしたら、誘拐されたんじゃないかって…!」

「……有り得るな」

 

 思考を巡らせてみれば、呆気なく答えに辿り着く。■■■■■だけでなく、ホシノもまた同じ答えに辿り着いたのだろう。■■■■■がホシノに視線を送れば、こくりと首肯を返された。

 セリカが誘拐される。これは決して妄想などではない。何故なら彼女がそうされるだけの理由が、昨日の時点で既に幾つも発生しているのだから。

 

「夜中に散歩している可能性だってあります。けど、こんな事は本当に一度もなかったんです! だから私、心配で…!」

「分かった。こっちでも調べるよ。アヤネはシロコ達と委員会の部室で準備をしておいて。ホシノ、悪いけど手伝ってくれるかい?」

「おっけー。可愛い後輩に何かあるかもだし、やらない訳にはいかないねぇ」

「ありがとうございます、先生っ…!」

「気にしないで良いよ。生徒にもしもの事があるんだ、黙って見過ごせない」

 

 そこからの行動には、もはや迷いなどなかった。

 ■■■■■はシャーレの顧問。言うなればあらゆる学園にも法にも左右される事のない超法規機関の長であり、シャーレとはつまり連邦生徒会直属の組織でありながら、連邦生徒会にすら影響を及ぼしかねない特異点だ。

 

「アロナ、アンナ女史。仕事の時間だ。アロナは連邦生徒会のセントラルネットワークから、セリカの端末を探知してくれ。アンナ女史は万が一の為にデータ干渉の証拠を抹消だ」

『了解です!』

『うふふ、如何ニもハッカーという感じですわね。ですが、若者ヲ助ける為と成れば手ハ抜け〼×(ません)ね』

 

 連邦生徒会のアクセス権にすら干渉する事が出来る、文字通りのスーパーAIが搭載されたタブレット端末『シッテムの箱』。

 彼が持つ権限は、もはや連邦生徒会はおろか、キヴォトスという学園都市全体にまで手が届く…!

 

「うへー、先生これ大丈夫? バレたら始末書じゃない?」

「何を言ってるんだ、ホシノ―――可愛い生徒の為だ。たかが始末書くらいでやらない理由にはならないよ」

「……本気なんだ。凄いね、先生」

「これが私だよ。■■■■■=■■■という男の正体だ。お、さっそく出てきた。流石はアロナ、仕事が早い。ホシノ、電源が落ちる前のセリカの端末の反応があった場所が確認出来た。この辺りだけど、分かる?」

「どれどれー……砂漠化が進んでる都市だね。しかもその端っこだ。確か前にアヤネちゃんが危険要素の分析をした時に、ヘルメット団の主力が集まってる場所って言ってた所だ」

「ビンゴって訳だ。居場所は割れたね、皆に知らせよう。そしてセリカを助けに行こう」

 

 過ぎた悪行をする生徒には―――指導が必要だ。

 教師として、大人として、彼女を助ける為に、魔術師は立ち上がる。

 

 

3

 

 

 ガタンガタンッッ、ガタンッッ!!!! という強い揺れに何度も何度も体を動かされ、それでようやくセリカは意識を取り戻しつつあった。

 

「う…うぅ……ここ、は……」

 

 目を覚ましたばかりでぼやけた視界には、何も映らない。見渡しても黒一辺倒で、何も見えはしない。

 まるで自分が深い底の中に落ちてしまっているかの様にすら思える程の深い闇が、そこには広がっていた。

 

「あ、う……頭が……」

 

 無理もない。

 前後から全方位攻撃(フルアタック)に加え、8.8cm高射砲という火力支援を諸にその体に喰らったのだ。起き上がるだけでも体に無理を強いる。

 ズキズキと痛む頭を抑えながら、どうにかして頭の中から何故自分がこんな暗闇に居るのかを探ろうと思考を巡らせる。

 

「そうだ、私……アイツらに不意打ちされて、それで……」

 

 徹底的に練られた作戦を前に、セリカは呆気なく惨敗した。所詮はチンピラ、作戦を考える脳もなくて前から突っ込むだけだと油断していた結果がこれだ。

 最初から自分を捕らえる為だけに、作戦を練って襲撃してきた。それも火力支援まで用意して。

 情けない。恥ずかしくて死んでしまいそうになる。そんな彼女を嘲笑うかの様に、トラックはガタンガタンッッと揺れ続けた。

 

「トラックの荷台か…。ヘルメット団め……私を何処かに連れて行くつもりなの……。暗い……けど、光が漏れてる……」

 

 視覚が暗闇に順応してきたのか、先程よりも視界が鮮明になってくる。そのお陰で、隙間から溢れる光を見付けられた。

 揺れで体が倒れない様に、膝をつきながら体を前へ前へと前進させて隙間へと目を向ければ、

 

「……砂漠……線路!? 線路がある場所って……ま、まさか此処、アビドス郊外の砂漠っ!?」

 

 砂漠化が進んだ都市、もう誰も使わないし訪れない廃墟となった世界が直撃した。

 

「……そ、そんな……ここからじゃ、何処にも連絡が取れない! もし脱出が出来たとしても、対策委員会の皆にどう連絡を取れば……」

 

 彼女の心を折るには十分な程に、状況は絶望的だった。

 前の様な火力支援がある可能性はないだろうが、それでも自分だけであの人数を相手取る事がそもそも不可能だ。仮に隙を見て脱出出来たとしても、捨てられた街にネット環境が整っている訳もなく、救助の連絡なんか取れる訳がない。

 文字通り、詰みの盤面にセリカは差し掛かっていた。そして、それだけでいつもの彼女の前向きな心は折れかけていた。

 

「どうしよう、皆心配してるだろうな……このまま何処かに埋められちゃうのかな。誰にも気付かれないように……」

 

 暗い考えが頭の中を支配する。心折れた彼女には、もう希望的な思考なんて出来る訳もなかった。

 

「連絡も途絶えて……私も他の子達みたいに、街を去ったって思われるんだろうな……裏切ったって、思われるかな……」

 

 ホシノ先輩も。

 シロコ先輩も。

 ノノミ先輩も。

 アヤネちゃんも。

 皆に、そう思われるのかな……

 

「このまま皆にお別れも言えないまま、なんて……嫌だよぉ…!」

 

 募りに募った不安が爆発し、涙が溢れ始めた直後、

 

『――――――寒にして乾、続けて寒にして湿、繋げて温にして乾』

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 と、鼓膜が突き破られてしまいそうな爆発音と共に、灼熱と衝撃がトラックの足を粉々に破壊した。

 ―――『属性魔術』。

 それは魔術における基本にして真髄。四つの属性を象徴とした四つの道具『象徴武器(シンボリックウェポン)』を用いる事で、様々な魔術を行使する。

 だが、あの■■■■■ともなれば話は別だ。魔術師のタロットだけで、その他全てのアルカナを照応させるあの男は―――その言葉だけで、魔術を発動させる。

 武器も道具も必要ない。この詠唱(ことば)こそが、それを示す最たる象徴だ。

 寒にした乾()寒にして湿()温にして乾()。合わせて発生するのは、火山の噴火の如き爆発だった。

 

「ば、爆発っ!? なにが、」

 

『天にして光、即ちエーテル。科学によって否定されし第五の元素で以て、一空間へと衝撃を伝播させ眼前の扉を破壊せよ』

 

 ドゴンバギバギバギッッッ!!!! と、荷台の頑丈な扉がぐるりと捻れる様にひしゃげて曲がった。

 本来ならば無い筈の五つの属性―――『エーテル』。自然科学が発祥する前から広く信じられ、火水土風に並ぶ五大元素として数えられながら、科学によって否定されたもの。

 だが、エーテルという概念は完全に否定されて消えた訳でなく、それは神秘(オカルト)として確かに世界に存命している。

 空間を伝播した衝撃が扉を捻じ曲げ、暗闇が広がるばかりだった深淵に強い光が差し込んだ。

 

「まぶっ……」

 

 腕で光を遮り、差し込まれた光に徐々に順応し始めた目を開いてみれば、

 

「やぁ、セリカ。やっと会えたねって泣いてるじゃねぇか!?」

「ん、半泣きのセリカ発見!」

「なんだとー! セリカちゃん、そんなに寂しかったのかー!」

 

 血反吐を吐いてる大人と、二人の先輩が其処に居た。

 いやどういう事? 助けに来てくれた事は分かるけど先生の方はなんで血反吐吐いてるの? 大丈夫?

 

「な、泣いてない! 泣いてないわよっ! ていうか、私より先生の心配しなさいよ!?」

「セリカから心配してもらえただと!? よっしゃ遂にセリカが私にもデレたぞー! 血反吐を吐きながら頑張った甲斐があっ、ごぶふっ!? ごばっ、げぶっっっっ!?!?!?」

「ちょっ!?」

 

 ボタボタと鉄臭い赤が溢れる様に吐き出され、■■■■■は情けなく膝をついて崩れ落ちた。

 相変わらず『飛沫』を自分に向けている所為で、彼の内臓は既にズタボロだ。内部で炸裂した火花によって、前と同様に幾つかの臓器は機能を停止してしまっている。

 本来ならこうして喋れているだけでもおかしいのだ。彼程の魔術師であっても、そう長くは持たないだろう。

 

「あぁ、迎えに来てくれたのか…」

「誰も迎えになんか来てないわよっ!? 起きなさいって! まだありがとうも言ってないのに、勝手に死ないでよ!」

「なんだとっ!? セリカからありがとうの言葉が聞けるなら死ぬ訳にはいかないなぁ!」

「ッッッッ……!!!! ほんっっっとに何なのよコイツぅぅぅぅ!!!!!!」

 

 訂正、結構長く持ちそうだった。

 魔術師は揃って死に損なうのが得意らしい。

 

「でもこのままはちょっとキツイからアヤネさん回復お願いしますぅぅぅぅッッッッッッッッ!!!!!!!!」

『もう送ってます! 本気を出してくれるのは大変ありがたいですけど、先生はもう少し自分の事を大切にしてください!』

「お説教は生徒指導を済ませてから聞くとするよ。さぁ、セリカ。思う存分、閉じ込められた鬱憤を晴らしてきなさい。全力で援護するよ」

「言われなくともやるわよ! けど……良いの? 私、先生にずっとキツく当たったのに…」

「そりゃ私の自業自得だしねぇ…」

 

 逃げ出した少女を追い掛けて並走し、さらにはバイト先まで聞き出そうした上、バイト先に学友と一緒に来た挙句に訳の分からん実験をしようとした大人は他でもないコイツだ。

 キツく当たって然るべきと言うか、寧ろそうしない方がおかしいとすら言える。やってる事が普通に害悪のそれなのだから残当だと、■■■■■本人も自覚はしていた。

 

「まぁ、それ抜きにしても全然気にしてないよ。あれくらい普通だからね。それに、前にも言ったでしょ? この■■■■■=■■■は、女の子が困っているのなら例え手を振り払われても問答無用で掴み返すタイプの男なんだ」

「ほ、本気だったんだそれ……」

「本気と書いてマジだとも。……悲しいのは、救えた子が少ないという所だがね。だから―――君を救う事が出来て本当に良かった。心からそう思うよ」

「先生……」

 

 それはセリカが、いや、この場に居る誰もが初めて見た、■■■■■の心底からの歓喜だった。

 心から幸せを噛み締める様な表情。これまでの笑みや焦り顔、間抜け面も、それら全てとは全く異なる感情が、確かに現れていた。

 

(へぇ……そんな顔するんだ)

 

 ホシノは素直に驚いていた。

 愛する母を救えなかった。愛する彼女を救えなかった。それでも、まだ確かに救える人が居る。助けられる人が居る。そう信じて、手を伸ばし続けた。それが彼だ。

 挫折はした。悔やみもした。けれど、それでもまた立ち上がり、勝利と絶望を踏み越えて、彼は此処に立っている。

 一人の女の子を救う事が出来る―――それが彼にとってどれだけ嬉しく、重たい事であるのか。それをほんの僅かだが、彼女達は知ったのだ。

 

「―――さて。そろそろ反撃しようか!」

「そ、そうね! 誘拐された恨み、しっかり晴らさせてもらうわ!」

「今度こそ殲滅する」

「あー……先生、ちょっと良い?」

「ん? なんだい、ホシノ?」

 

 我先にと先陣を駆け抜けた二人を置いて、ホシノは■■■■■の方へと向き直った。

 

「その、さ。ありがとね、セリカちゃんの事」

「どういたしまして。と言っても、私は当たり前の事をしただけだけどね」

「あと……ごめんね。先生の事、疑いっぱなしで。正直、誘拐の事は先生を最初に疑ってたんだ」

 

 何もいきなりやってきた大人だからというだけの理由で、■■■■■を警戒していた訳じゃない。

 ホシノは一目見たその瞬間から、彼が只者ではない事を見抜いていた。魔術師という噂は耳にはしていたが、そんな事は大した問題ではない。

 シャーレの『先生』としてではなく、『大人』としての■■■■■=■■■の能力が、分析出来ない危険要素であったからこそ、小鳥遊ホシノは彼を警戒し続けた。

 

「わぉマジかよ……あー、でもまぁ、うん。出来ない事はないね。信頼を得る為の作戦って所かな?」

「まぁ、そんな所。だから謝っとこうって思って」

「別に良いのに。来る前にも言ったけど、別に間違ってないからね。私にそう言ってくれるって事は、ちょっとは信頼してくれたって事で良いのかな?」

「そうだねぇ、50%くらいかな?」

「半分かー。まぁ、君からそれだけ信頼してもらえるなら上々かな。とは言え、出来ればこういう事で絆は上げたくないけどねぇ。セリカを利用してるみたいで嫌だし」

 

 事件なんてものが切っ掛けであるなんて物騒だ。誰かを利用して深まる絆に良い印象なんて抱かない。

 どうせ仲良くなれるなら、平和ぼけした出来事の上の方がよっぽど良いに決まってる。

 

「あ、けどねホシノ。私を疑うのは正しいとは言ったけど、勘違いはしてほしくないんだ」

「んん? どういう事?」

「俺、自分が疑われたままなのを良しとはしないからね。ちゃんと君から信頼を得る為に猛アタックしていくから、そこはよろしく!」

「うへー、おじさん相手にそこまでしなくても良いよー」

「いいや、絶対にするね! 私は皆と仲良くなりたいんだ!」

 

 誰かを一人ぼっちにするつもりなんて、毛頭無い。

 皆に受け入れられて、皆で一緒に笑える様な関係が出来るまで、それを諦めるつもりはない。それが、それこそが、■■■■■にとっての教師なのだから。

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