とある教師の青春記録   作:全智一皆

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第八章 息を潜める深淵 Where_there_is_light_there_is_shadow

 

■  ■

1

 

 はっきり言って、その戦力差は圧倒的だった。

 アビドスの生徒がサポーターを含めて5人であるのに対して、便利屋68は雇ったバイトを含めて数十へと至る。つまりマンパワーで言えば、便利屋68はアビドスに対して優位に立っていた。

 ―――にも、関わらず。

 

「ん、バッテリーが切れた。ついでにミサイルも残弾無し」

「ノノミは前衛に出て掃射。セリカとホシノはノノミの援護だ。アヤネはスキルの発動準備をしておいて。盾役はホシノだけだ、全部防げるならそれに越した事はないが、万が一がある」

『了解しました!』

 

 戦況は悪化の一途を辿るばかりだった。

 圧倒的なマンパワーを有している筈の便利屋陣営は、しかし膠着のままで決してアビドスへは攻め込む事が出来ずにいた。

 最初のドローンによる奇襲で陣形は総崩れ。一気に攻めようにも、ノノミによるガトリングの掃射でそれすらも儘ならない。

 アルが狙撃をしようにも、やけに戦い慣れた熟練の動きを見せる盾役によってそれすら悉く防がれ、その隙に小型ドローンのミサイルが再装填される。

 そして何より気掛かりなのは―――彼女達の指揮を取る■■■■■が右手に持った、このキヴォトスにはどうにも見合わない()()だった。

 

『あのー、先生?』

「ん?」

『その、ずっと気になっていたのですが……その大きな鎌は、いったい…?』

 

 右手に握られているのは、外を漆黒で染め、陽の光に照らされて輝く白金の刃を持った、紛うことなき死神の鎌―――デスサイズだった。

 だが、■■■■■は違う違うと首を横に振ってそれを、紛うことなき凶器を、そうではないと否定した。

 

「あぁ、これ? こんな形してるけど武器じゃないよ。粒子観測デバイス」

『り、粒子観測デバイス…?』

「そ。正式名称を粒子観測モジュールを搭載した鎌型のデバイス―――鎌型粒子観測モジュール式デバイス『スコープ』。私が『学園都市』にお邪魔してる時に造り上げた『科学の目』だよ。『シッテムの箱』だと盤面の俯瞰までは難しいからね、取り出したんだ」

 

 『学園都市』は科学の街。外部よりも科学技術が数十年も先を行っていると言われる、最新にして最先端の科学に満ち溢れた、未来の如き世界だ。

 あの学園都市では現代では必要不可欠と言っても過言ではないスマートフォンすら古いもの扱いで、原点回帰の様に市民達の間ではガラケーが使われている。

 だが、こと武装面においては話が別だ。あらゆる武装が、あらゆる兵器が、外の世界とは隔絶していると言っていい程の段差を、格差を作り上げている。

 その学園都市で、アレイスターと同じく『魔術師』でありながら同時に『科学者』でもある■■■■■が自ら造り上げた科学の目―――それが、この大鎌なのだ。

 鎌型粒子観測モジュール式デバイス『スコープ』。その刃を通じて半径13kmの粒子情報を認識・解析し、3次元的にあらゆる現象を観測する事が出来る代物だ。

 

「私を『魔術(オカルト)』だけだと侮ってもらっちゃ困るね。これでも『科学(サイエンス)』にも通じてる、リアルもファンタジーも双方こよなく愛するロマンチストなのだよ私は!」

「でもそれ鎌にする必要なくない?」

「何を言うんだいホシノ! 鎌は男の浪漫だろっ!? 格好良いじゃないかデスサイズ! しかも明らか武器の形してるのに武器じゃなくて圧倒的な科学技術の塊っていうのもめちゃくちゃ味わい深いでしょ!? あのゴールデンレトリバー教授にもお褒め頂いたんだぞこれ!」

 

 優雅に葉巻を咥えるゴールデンレトリバーは言った―――『良い発想だ。実に浪漫溢れている』と。

 

「ゴールデンレトリバー教授って何よ!? もしかして名前とかじゃなくて本当にゴールデンレトリバーなんじゃないでしょうね!?」

「え、なんで分かったの?」

「ウソでしょ当たったッ!? どうなってんのよ外の世界は!?」

 

 優雅に葉巻を咥えては浪漫を語る、至って健全なゴールデンレトリバーである。

 だが、ただのダンディな犬だと侮るなかれ。彼はゴールデンレトリバーである同時に、学園都市に存在する『科学者』でもある。

 

「というか柴犬が平気でラーメン屋開いてるキヴォトスに言われたくないよ、セリカ。言っちゃあなんだけど私からすれば普通におかしいんだよ、此処」

「いや、物騒な奴しか居ない外の世界に比べたらだいぶマシでしょ。先生の話を聞く限り、外の世界って、ヤバい奴しか居ないわよ。大悪魔とか変態とか天使とか聖人とか……」

「やべぇ全然否定出来ねぇ……あ、ついでに言うと何億回か世界ぶっ壊されてるよ。物理的な意味で」

「ちょっと何言ってるか分からないし分かりたくないっ! 何よついでって!? 世界がぶっ壊されてるのをついでで言うな!? やっぱり人外魔境よ! 魑魅魍魎が跋扈してる百鬼夜行の世界よ外!」

 

 キヴォトスに生まれて良かったー! と、銃撃戦を繰り広げながら故郷の素晴らしさを実感するセリカ。実に言い得て妙である。

 

キヴォトス(こっち)の方が断然魔境だと思うがねぇ…)

 

 ■■■■■としては、このキヴォトスの方が圧倒的に魔境だと断言出来る。■■■■■でなくとも、魔術師であれば誰だって同じ事を思う筈だ。

 この学園都市に溢れる神秘はどれも外より色濃く、まるで神代を思わせる。

 世界というのは思っている以上に頑丈ではなく、たかだか一人の人間が神になったぐらいで呆気なく容量(メモリー)が圧迫されるぐらいには脆い。

 宗教観というフィルターが存在しない、純粋な神秘。何に囚われる事もない、ただ在るだけで意味を宿らせた神秘の群体が千を超えるなど、あの世界なら既にぶっ壊れているだろう。

 

「まぁ、それは後々調べるとして。便利屋の皆が行動に出始めたね。これは…投擲物か? あぁ、ムツキか。バッグを投擲したのか。うわっ、しかも中身爆発物かよ。中々エグい事するねぇ」

「なんでそんな余裕なんですか!? 皆さん、早く退避を「それこそ余裕がない」え?」

「投擲と同時にハルカを突っ込ませてきた。あの子、強いとか弱いとかじゃなくて厄介なタイプだ。日本で言うならサムライってやつだね。一人の主が為に、己が命を鉄砲玉の如くに投げ捨てて特攻とか、何を仕出かすのか分かったもんじゃない」

 

 過剰なまでに低い自己肯定感、アルへのただひたすら真っ直ぐな尊敬―――もはや信仰とすら言えるその感情を垣間見れば、すぐ理解が追いつく。

 伊草ハルカ。彼女は暴走列車であり暴れ馬だ。一度命令を下されれば確実にそれを実行し、例え命令されずとも勝手に解釈してアルの為に動こうとする。

 単に強い弱いの基準では判断する事が出来ない危険因子。何を仕出かすのか分からない不確定要素だ。作戦を遂行している上で、これ以上に恐ろしいものはない。

 認識を改める必要があるな。■■■■■は愉快に笑ってそう思った。

 

「司令塔はカヨコか、中々の切れ者だね。戦術をよく分かってる。ムツキの爆発物もそういう事か。……いいね、乗ろう。ホシノはスキルを使って前に出てくれ、三人はホシノの後方に隠れて。頭を出したらアルの狙撃が待ってるよ。ムツキの爆発物はこっちで対処する」

「りょーかい。けど、いいの先生? 相手に手の内晒す事になっちゃうけど」

「マジックは沢山あるから面白いものだろ? たかが一つ二つ見られてネタが尽きる程度なら、私は隠秘学の祖(オカルトファザー)なんて呼ばれてないね。それに―――私の武器は、何も魔術(オカルト)だけじゃないんだぜ?」

 

 がこんっ! と、機械的な音が戦場に鳴り響いた直後、■■■■■の隣で空間がへし折られた。

 

 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっっっっっっっ……………………

 

 まるで古ぼけた扉が開かれるかの様な、恐怖を煽る気味悪い音が連続すれば、何度も何度も空間がへし折られ、ひしゃげ、歪曲し―――手のひらに収まる程度の、小さな黒い箱状の何かがが顔を出した。

 

「コード:/Fu_a_AX_OL。眼前の爆発性飛翔体の対処が終了するまでの間のみ、制御負荷機構(セーフティアンドリミット)の第一段階の限定解除を承認。《あらゆるを内包せし極黒の箱庭(ブラック・ボックス)》起動」

 

 ■■■■■の言葉を皮切りに、黒い箱がぐにゃりと歪んだ。液体の様に、気体の様に、流体の様に、それはあまりにも現実的ではない動きで、躍動するかの如くに浮かび上がった。

 ―――それは、一瞬の変化だった。

 鼓動した箱状のそれは、一秒にも満たない刹那にその形状を大きく変化、いや、変貌させていた。掌に収まる程度だった筈の何かは、その一瞬で理解も及ばない得体の知れないものへと成り代わっていた。

 何処か見た事がある様なのに、全く知らない形状。物体である筈なのに生き物の様で、事象の様に思えてしまう錯覚が、その場に居る全員に起きていた。

 

 ヒュー、ヒュー、と、掠れた呼吸がした直後、空に投げ捨てられた黒いバッグは、

 

          ―――――――――――――――。

 

 人間には決して拾う事の出来ない音と共に、世界から失われた。

 

「まーた『神浄(ドラゴン)』に影響受けちゃって。アイツはここまで不定形じゃなかった筈なんだけどね。グロテスクな三角形の連結体の方がまだマシじゃないかね?」

『                    』

「そうかい? まぁ、君がそう言うのなら良いがね。思うままの形を取れって言ったのは私だし。じゃ、お疲れ様」

『             』

「そうだねぇ。そんな相手が居れば考えてあげるよ」

 

 声ではない。だが、音でもない。形容し難い、もはや空間の揺れと思ってしまう様なそれ「」と■■■■■は言葉を交わしていた。

 ぐぐぐぐぐっっっ――――――と、空間に押し戻される様に、それは元の箱状へと形状を変貌させ、虚空の中へと入り込んだ。

 《あらゆるを内包せし極黒の箱庭(ブラック・ボックス)》。■■■■■が所有する科学の一つにして最奥。アレイスターの『対魔術式駆動鎧』と同じく、()()()()()()()()()()()()である。

 

「さて、そろそろ時間かな? まだまだ詰めが甘いね、カヨコ―――得体の知れない相手が居るなら、形振り構わず全部ぶち壊せ。そうでもしないと、何が起こるか分かったもんじゃないぜ?」

 

 ―――キーンコーン、カーンコーン。キーンコーン、カーンコーン。

 聞き慣れた学校のチャイムが鳴り渡った。連続していた銃声が鳴り止み、作業服にヘルメットを被ったバイト達は、

 

「お、もう時間か」

「いやー疲れたー。そんじゃお疲れ様でしたー」

「帰り蕎麦屋寄ってく?」

「行く行くー」

 

 先程までの銃撃戦なんて最初からやっていなかったかの如くに帰宅していった。いっそ清々しいまでに帰って行った。

 おいおいマジかよ予想はしてたけどそんなあっさりと帰れんの? ■■■■■は事前に自分で予測し切っていたにも関わらず、いざ目の前でそれを見るとつい呆気に取られてしまった。

 

「えぇ…やっぱキヴォトスおかしいって。さっきまでばかすか銃撃戦繰り広げてたのに時間になったら即帰宅出来るのマジやべぇよ倫理観が欠如してるどころの話じゃねぇぞおい」

 

 かなり今更である。そもそも銃の所持が当たり前の様に成されている世界だ、倫理観がマトモに機能している方が寧ろ珍しいまである。

 彼女達からすれば、銃撃戦など殺し合いでも何でもなく、言うなればただの喧嘩でしかない訳なのだろう。

 人間で言うところの些細な口喧嘩が、彼女達にとっては銃撃戦。後腐れなんてする筈がない。なんとも物騒な事この上ない。

 

「あちゃー、時間来ちゃったねぇ。どうするー、アルちゃん?」

「くぅ…! でも、敵に背を向けて逃げる訳には…」

「こっちとしては、逃げてくれるとありがたいんだけどね。なに、心配しなくとも追撃なんてしないさ。女の子を後ろから撃つとか有り得ない、そんな事する奴はこの私が直々にアブラカタブる(祟り殺す)

「アブラカタブるってなによ!?」

 

 ABRAHADABRA――――あらゆる呪文の中で、最も世界に知れ渡っている呪文と言っても差し支えのない呪文。アブラ・クアタブラとも呼ばれるもの。

 かつてアレイスターが開発した術式は、金字塔として知られているものがいくつもあるが、これはその中で最も有名であるとされた。

 呪いを逸らし、或いは送り返す呪詛返しの術式。世界に蔓延る、指向性を持たない妬みや恨みといった呪詛。それを掴み、軽く捻り、特定の対象に向け直す、言わば受け流しの術式だ。

 女、しかも幼気な子供に手を出す輩は絶対に許さない。この■■■■■=■■■の目が黒い内は、絶対に。

 

「まぁまぁ。ほら、お逃げなさい。追撃はしないから」

「この恩知らず! 最低! バカー!」

「うん、まぁ……セリカの怒りは尤もだから何も言えねぇや。こればっかりは擁護出来ないね、うん。強いて言うなら、仕事だから仕方ない所だけど…それで納得出来たら苦労しないか。取り敢えず、これくらいの罵倒は甘んじて受け入れなさい」

 

 それは本当にごめんなさい! と、心の中で陸八魔アルは綺麗に頭を下げる。決して表には出さずに。

 見逃される、なんてアウトローらしくも何ともない。寧ろ小悪党のそれだ。けれど、今このままやりあったとしても、こちら側に勝ち目なんて欠片もないのは確かだ。

 アビドスの面々の実力は然る事乍ら――――――この()()は、底が知れない。

 

「くっ…! 今日のところは撤退するわ! お、憶えておきなさい!」

「あははっ、それ小悪党の台詞じゃーん!」

「またいらっしゃい。いつでもに相手になるよ」

 

 実に三流らしい台詞を吐き捨てて、便利屋68は一先ず撤退していったのだ。

 

「―――さぁて。こっからは、大人の時間と洒落込もうかね?」

 

 『大人』は含んだ様に笑い、死神の大鎌(デスサイズ)を担いで踵を返す。

 やられっぱなしは性に合わない。それ相応のやり方で、アビドスを陥れようとした報いを機械仕掛けの大人に受けてもわらねば。

 

 

2

 

 

 得体の知れない傑物。それが、鬼方カヨコから見た■■■■■=■■■という男への第一印象だったのは、言うまでもないだろう。

 連邦捜査機関シャーレの先生。キヴォトスの間で既に『魔術師(ラフター)』という名前で噂が広がりつつある、外の世界からやって来た人間。

 正直に言ってしまえば、規格外。キヴォトスに存在する全生徒(元生徒も含む)の名前・プロフィールを把握しているという時点で、既に彼が普通ではない事は容易に察する事が出来た。

 だが、それは第一印象を色濃く決定付ける理由にはならなかった。カヨコが■■■■■を得体の知れない傑物だと評価した最たる理由は、今回の襲撃だ。

 

(対応……いや、先読みされていた。私達がアビドスを襲撃する事を、読み切っていた)

 

 プロフィールで何でも屋である事を把握していた事を加味しても、何十人ものアルバイトを雇った襲撃への対応があまりにも早過ぎる。

 つまり、そうなれば導き出される答えなんて一つ―――あの男は、あの魔術師は、柴関ラーメンで別れたあの時から、便利屋68がアビドスを襲撃しに来ることを読み切っていた。

 加えて、あの科学力だ。鎌型粒子観測モジュール式デバイス『スコープ』。アレはチートだ。あれがあるだけて、半径13km以内であれば3次元的にあらゆる現象を観測する事が出来る―――つまりは、その範囲内ではどんな行動も言動も意味をなさず、全てが認識されてしまう。

 そして、ムツキの爆弾を対処したあの黒い物体……理解が全く追い付かない、否、この世界の既存の現象、科学では理解が出来ない代物だと、カヨコは感じた。

 断言出来る―――この依頼は、絶対に達成する事が出来ない。あの男が居る限り、あの男がアビドスの味方である限り、絶対に。

 それどころか、きっとこちら側のクライアントすらもが握り潰される。アレはそういう類の存在だ。ゲヘナで何度も目にしてきた。

 それが―――

 

「やぁ、さっきぶり」

 

 今、目の前に居る。

 

「な、なな―――!?」

「やっほー、先生♪」

「……」

「ど、どうして……だ、だって、さっきまでアビドスに…」

 

 此処はアビドス高等学校から既に数キロも離れた市街地。逃亡している最中も周囲への警戒を欠かす事のなかった便利屋は―――ムツキを除いて―――、それ故に今目の前に■■■■■が居るという現実を受け止め切れずにいた。

 だが、タネを明かしてしまえば、別にそう大した芸でもない。身体能力の向上など魔術師にしてみれば然程難しい事でもない。加えて、このキヴォトスにはありふれた神秘がそのまま野放しにされっぱなしだ。

 ただ彼女達には認識、認知が出来ていないというだけ。それを掻き集めれば、聖人の真似事をするくらいは造作もない。ましてそれが■■■■■程の魔術師であれば、まさしく赤子の手を握るより楽な作業と言う他にない。

 神秘(オカルト)を以てして脳筋(フィジカル)へ繋ぐ。そう―――魔術師の行き着く先は脳筋ゴリ押し野郎である。

 その最果てが魔神だ。敵と戦う戦わない以前に世界をぶち壊すのを脳筋の究極系と言わないなら何と言う!

 

「なんだろう、今すっごい誤解が生み出された気がする……具体的に言うなら魔術師が揃いも揃って銀髪のクソ髭老骨と同じ身体能力を持ってる上に最終的に行き着くのが金髪隻眼の人形系神様だと言われた気がする」

「随分と具体的だね〜。もしかして経験があったりするの?」

「うーん、実際に言われた事がある訳ではないからねぇ。まぁ、銀髪のクソ髭老骨野郎がバカみたいな身体能力してるのと神様が最終的に人形サイズの妖精になったのは事実なんだけれども」

「話を聞いても訳が分からないわよっ!? というか、なんで居るの!? 追撃しないって言ったじゃない!?」

「私は()()()()()と言っただけで、別に君たちを()()()()()とは言ってないよ?」

「なっ…」

 

 そんなの屁理屈だ、と言うのは簡単だ。だが、かと言って嘘つきだと責められるかは別だった。

 ■■■■■は後を追って来ただけで、別に攻撃はしていない。

 今こうして余裕綽々で目の前に立っている彼の全体には、武器なんて何一つ握られていないのも確か。

 女の子を後ろから撃つなんて有り得ない―――そんなほざきを信じるとするならば、彼に此方を攻撃する意図は無いとするならば。

 ならば、彼は何を理由にコンタクトを取ってきた…? カヨコはハンドガンに手を添えながら、考察する脳を回転させる。

 

「話し合いで荒事は厳禁だぜ、カヨコっち?」

 

 ぱちんっ、と乾いた音が鳴った直後の事だった。

 がちっ、と何かが詰まった音がして間もなく、カヨコが手を添えていたハンドガンが突如としてバラバラに分解された。

 愕然とするカヨコ。対して、ハルカの行動はあまりにも突拍子がなく、しかしそれでいてスマートだった。

 

「やっぱり敵です…!」

 

 ドォンドォンッッ!!!! と、翳された銃口から炸裂する連なったのは銃声と散弾。常人であれば顔面が穴だらけになるその銃撃に対して、■■■■■は棒立ちを貫いた。

 シッテムの箱が起動していない今、■■■■■には生徒の銃身を捻じ曲げる謎の力も、銃弾をガードするシールドも付与されていない。つまり、今の彼は生身そのものだ。

 にも関わらず、棒立ちを貫いたのは―――それが、その攻撃自体が、■■■■■にしてみればあまりにも取るに足らない動作(モーション)であったからに他ならない。

 

「荒事は厳禁だって言ったでしょ? 私にその意図は無いよ、神に誓ったって良い」

 

 ざざざざざざざざざっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と、ミキサーで擦り刻まれる様に、散弾が瞬く間に粉々となって地に散乱した。

 秒にも満たない刹那、瞬きをする暇もなく攻撃が無効化されたその現実に、またもや、愕然がその場を支配した。

 

「『オジギソウ』―――特定の周波数に応じて、特定の反応を返す反射合金の粒だよ。中々に便利な代物なのでね、こっちで勝手に造って使わせてもらってる。あぁ、目には見えないよ? ナノサイズの粒子なんだ、電子顕微鏡でも使わないと視認出来ない」

「……銃弾を一瞬で粉々にする科学兵器を持ってるのに、攻撃する意図は無いって?」

「無い。皆無と言っていい。君達が言うなら、今すぐにでも引っ込めるさ。それを証明する為に四肢の一つを犠牲にしたって構わない。私は女性に手を上げるなんて野蛮で愚劣な事はしたくないんだ」

 

 まぁ、相手が女の皮を被った救いようのないゴミクズなら話は別だがね―――なんて付け足して、■■■■■は続ける。

 

「言わば商談だよ。便利屋68の社長である陸八魔アルに、提案をしに来たというだけさ」

「……何かしら」

「単刀直入に言うなら、そうだね―――君達を雇っているであろうカイザー・コーポレーション……いや、より正確に言うならカイザーPMCか。それを裏切って、こちら側に付いて欲しいんだ」

「無理よ」

「ありゃ?」

 

 あまりの即答に、間抜けな顔を晒す■■■■■。そりゃそんな簡単に了承を得られるなんて考えちゃいなかったけど、まさかの即答ですか?

 

「いやいや、ちょっと待ちなさいな。まだ話を全部し終えてないんだから、それからでも遅くはないよ?」

「どんなにお金を積まれても無理なものは無理よ」

「ウソだろ先読みっ!? マジかぁ……えっとー、一応理由を聞かせてもらっても?」

「理由も何も―――そんなの、アウトローとして許せる訳ないじゃない。私達は既に()()()()()なのよ。たかがお金を積まれたぐらいで会社の()()()()()訳にはいかないのよ」

 

 え、何この子めちゃくちゃカッコイイ……!!!

 ズキューンなんて効果音が付け足されそうな程に、■■■■■はときめいてしまった。ご存知の通りこの男、中々に惚れっぽい野郎である。

 何でも屋という職業柄、ある意味では傭兵の様なものだ。そういった職業は大抵、金を出す方に付くものだという考えが一般的だろう。

 だが、現実はそんなに単純という訳じゃない。裏切りなんてすれば、それは自分の信用を落とす。つまりは自殺行為だ。

 あの傭兵は金を出されれば簡単に裏切るなんてレッテルが貼られてしまえば、誰も雇いはしないし、寧ろ粛清される可能性だって有り得る。

 便利屋もまたそうだ。だか、それを除いたとしても―――アルには、アルなりのプライドがあった。

 

「受けた依頼は必ずこなすわ。便利屋68という会社として、そして一人のアウトローとして。私達をあまり見くびらないで、先生」

「――――――」

 

 これは、困ったな。先生として……いや、■■■■■=■■■という一人の人間として、あまりにも大きな失態だ。死すべき恥と言ってもいい。

 無意識の内に、彼女の信念を見くびって見下して舐めていたなど、笑い話にもなりはしない。心の底から軽蔑されても何ら不思議はない愚行だ。

 陸八魔アル―――なんてカッコイイ女の子だ。世が世ならそのままプロポーズしていたかもしれない。

 

「それは……失礼を働いてしまったね。一人の大人として、情けない姿を見せてしまった様だ。()もいい歳して、まだまだ人を理解し切れないガキという訳か」

「分かってくれたなら良いのよ!」

「ちょっと自分があまりにも惨めに思えて来たから土下座しても良い?」

「えぇっ!? いやっ、別にそこまでしなくてもいいのよ!? 分かってくれたならそれで良いのよ! 態々そんな事する必要ないじゃない!?」

「いいや良くない! 無意識とは言え君の信念を見下してしまうだなんて教師としても大人としても有り得ない大失態だ! 大丈夫だよ土下座なんてし慣れてるから何の心配も要らないッ! 誠心誠意真心を込めた大人の土下座を魅せてやる―――!!!!!」

「ちょっと本当に土下座しないでよっ!? ちょ、止めてー!!! 皆も先生を止めてー!?」

「あははっ、せんせー面白ーい! そのままでも別に良いんじゃなーい♪?」

「ムツキー!?」

 

 その後、数十分くらいの説得を経て、■■■■■は土下座を辞めるに至ったのであった。

 ちなみにこれは余談だが、無礼を働いた(主に彼の主観だが)代わりとして、彼女達の夕食は■■■■■が金を支払って奢りました。

 

 

3

 

 

「候補が一つ消えたのは痛いねぇ……」

『仕方があり〼×(ません)わ。(彼女)達ガ真っ直ぐに向き合っているノですから、我々ニ(それ)ヲ口出す権利ハ()〼×(ません)もの』

「それはそうなんだけども……とは言え、どうしたものかな…」

 

 便利屋に夕食を奢ってから翌日、■■■■■はタブレット系女子のアンナさんと共に、アビドスの校門で悩んでいた。

 便利屋から情報を諸々聞き出す算段でいたのに、それはあまりにも呆気なく瓦解してしまったのが結果だ。

 もうぶっちゃけゴリ押しぐらいしか策が無いんですけどロジカルな戦法なんて無いんですけど大人としてこれどうなの? ■■■■■は実にくだらない事で思い悩んでいた。

 

「ぶっちゃけ、アレだよ。シロコの銀行強盗は決して悪い案じゃなかったんだよ」

「ん、呼ばれた気がした」

「ぅひぇっ!?」

 

 なんか大人が発してはいけない様な気色悪い声をあげながら、ガタッと椅子から崩れ落ちた魔術師。完全に油断し切っていたらしい。

 

『おはようござい(ます)、シロコさん』

「おはよう、アンナ先生。先生は……大丈夫?」

「だ、大丈夫…でもシロコ、瞬間移動したみたいにいきなり現れて声掛けるのはやめてもらえるかね? ■■■■■さん心臓が飛び出しそうだったから」

「ご、ごめん……。それで、何を話してたの?」

「いや、シロコの銀行強盗の案はわりと間違いではなかったなって思ってね」

「…! 先生ならそう思ってくれるって信じてた。じゃあ早速皆に説明を」

「行動が早過ぎないですかねシロコさん? 即断即決にも程があるよ? 私がドヤされちゃうから止めてくださいお願いします」

 

 もうアヤネを怒らせたくないんだよ私は! と、■■■■■はアヤネを怒らせたくない一心だった。一人の生徒に対してわりとガチでビビっている、何とも情けない大人だ。これが本当に近代西洋魔術復興の象徴なのか疑いたくなってくる。

 だが、とは言えども。■■■■■にとって、『銀行強盗』という圧倒的な犯罪行為が正しい判断であるというそれは、どうにも覆せそうにはなかった。

 勿論それは、金を奪い取って借金を返す事が近道である、という意味ではない。あくまでも、黒幕に近付くのに丁度良いという意味で、だ。

 

「手掛かりを得る方法としては、銀行強盗(こっち)の方がわりと手っ取り早いんだよね、正直な話。どれだけ面の皮を被って、平凡を装っていたとしても、その直接的な繋がりまでも隠し切れる訳じゃない―――そもそもが会社なんだ、『カイザー』なんて名前が付いてれば嫌でも怪しむってもんだろ」

 

 心底から呆れた様に溜息を吐き捨てれば、ブロロロロ――――――と、大きなエンジン音が近付いてきた。

 黒塗りの現金輸送車。その横にはデカデカと、筆記体で『カイザーローン』と書かれていた。

 

「はぁ…これを見る度にストレスが溜まる……って、先生にシロコ先輩?」

「おはようございます、先生、シロコちゃん」

「おはよー。みんな早いねぇ」

「おはようございます、先生、シロコ先輩」

 

 うんざりとした黒猫ツンツン娘ことセリカ、おっとり巨乳のノノミ、ホルスの神秘を持つホシノ、怒らせたくない系眼鏡っ娘アヤネ。

 アビドス廃校対策委員会、全員集合だ。今日は利息を返済する日だし、こうして朝から集まるのは当然か。

 

「ん、おはよう」

「おはよう、皆。いやー、これが借金の現金手続きかー。某闇金漫画で知識としてはあったけど、実際に見るのは初めてだね」

「私達はもう何度も目にしてるわよ……はぁ、うんざりする。ストレスで胃に穴が開きそう…」

「花の女子高生が社畜のおっさんみたいな事を……胃薬要るかい?」

「一応貰っとく……ありがと、先生」

「私も何かと使う事が多かったからねぇ。学園都市で働かされてる時とかよく胃を痛めたものだよ。あの『後輩』、少年を活躍させる為とは言えどもやり過ぎにも程があるんだから。限度ってもんを知らないのは達人の嫌な所だよ」

(それ)を貴方ガ言い(ます)?』

 

 後輩の先輩であり自分の後輩からの手痛い指摘が飛んできたが、無視だ。無視を決め込むんだ■■■■■=■■■。

 

『コロンゾンを×()力化する為ニ、セフィロトそのものヲ破壊し掛けた()ガ言うと説得力ガ×()(ます)わね?』

「おいちょ、はぁっ!? なんでそこまでバラすんだよっ!? 私の所業の一部をバラすのは全然構わないけれども世界の基準そのものをぶち壊そうとした事まで言わなくていいだろっっっ!?」

「いや自分から暴露しまくってるけど!? 先生そんなことやってたのっ!?」

「しまった藪蛇!?」

 

 魔術の知識なんて欠片もない彼女達なのだから、下手に何も喋らなければバレもしなかったのに堂々と自分から暴露しやがった。

 魔術師であれば、『生命の樹(セフィロト)』という概念は誰だって通る道だ。それだけ世界に共通した知識であり、概念であり、それでいて世界の基準となる智慧そのものでもある。

 男性原理を象徴とするコクマー(知恵)、女性原理を象徴とする理解(ビナー)、その間に隠されたダアト(知識)に漂う高次元存在―――それが大悪魔コロンゾンの正体だった。

 そのコロンゾンを無力化する為に■■■■■が取った手段が、『生命の樹(セフィロト)』という概念の完全破壊である。

 生命の樹が破壊されれば邪悪の帰(クリフォト)も生まれない。逆さにする事で対極を完成させる樹なのだ、そもそも逆さする樹が無いのならば何をしようと無意味だ。

 感染魔術を応用し、セフィロトを破壊する事でコロンゾンの無力化を図ったというそれは、魔術の世界を根本から激変させる、ある種の反逆ですらあった。

 

「普段は見かけない方ですね。もしかして新しい教師ですか?」

「あ、あはは……まぁ、そんなところです」

「大変そうですね…」

「悪い人ではないんですが……」

 

 頼れる大人であるのには間違いない。そこは確かだ。

 如何せん、突拍子もなく性癖に忠実になったり生徒の為に暴走したりするのが玉に瑕といった感じだ。

 まぁ、それはともかく。

 キッチリとしたスーツに身を包んだロボット姿の銀行員は、笑顔で支払いの終了を宣言した。

 

「と、お待たせしました。変動金利等を諸々適用し、利息は788万3250円ですね。全て現金でお支払いいただきました、以上となります」

(ん? 全て現金なのか?)

「カイザーローンとお取引いただき、毎度ありがとうございます。来月もよろしくお願いいたします」

(来月も……つまり、これまでの借金は全て現金輸送? だいたいの生徒がカード決済なんてほぼ当たり前のキヴォトスで?)

 

 ブロロロロ――――――と、彼女達が必死になって集めた現金全てを詰め込んだ輸送車が走っていく様を見詰めつつ、■■■■■は訝しんだ。

 カイザーコーポレーションが黒なのは確実だ、それは揺るがない。その傘下であるカイザーローンもまた、何やら怪しげな活動をしている事も既に調査済み。

 だからこそカイザーは多忙の筈で、それならわざわざ現金輸送車なんて送らせるより、電子マネーでやり取りをする方が向こうにとっても楽な筈だ。

 それなのに、わざわざ現金でやり取りをする? 非効率的な事を、悪名高いカイザーが?

 

「……あぁ、そういう事か」

「先生?」

「とことん巫山戯た連中だ。人が汗水垂らして稼いだ金を悪用して利益を得るか、反吐が出る」

「…なんか分かったのー、先生?」

「まぁね。前々から薄々勘づいていた事が確信に変わった。皆、準備したらすぐに出ようか。事情は行く道で説明するよ」

 

「―――お楽しみの銀行強盗だ。派手に掻っ攫ってやろうじゃないか!」

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