明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第11話】白は無垢の黒は腹の

ボクはカロル・カペル。

こう見えても、あの五大ギルドに匹敵するほどの知名度を誇る"魔狩りの剣"の一員なんだ。

ギルドの生業は魔物を狩ることだから、メンバーは皆それなりの戦闘能力が必要となる。

 

 

そのエースであるボクはハルルの結界魔導器を直すために単独でクオイの森に入った。

そしたら、エッグベアの代わりにユーリたちと出会う。

いろいろと怪しいところがあるけれど、ユーリは頼りになるし、ボクのような戦力が加われば、桜も安心するだろうと思って、しばらく同行することにしたんだ。

 

 

そう。はぐれた魔狩りの剣に合流するまで。

何事も無ければ、トルビキア大陸のダングレストに戻っているはずだから。

この大陸唯一の港、カプワ・ノールから船でトリム港に渡れば、西に進むだけでダングレストにつく。

 

 

ユーリたちもノール港に用があればいいのに。

魔核泥棒や桜の用事でアスピオやシャイコス遺跡に寄り道して、リタっていう我侭な魔導士ついてきちゃうし。

ハルルに戻ったら、フレンという怖い騎士がユーリたちをノール港に呼ぶ置手紙と共にユーリの賞金首の手配書を残していた。

 

 

やっとノール港にいけると思ったらコレだよ。

ユーリや桜が騎士団に追われる理由は簡単に聞いたけど、賞金首で5000ガルドっておかしくない?

おまけに暗殺集団にまで襲われるって、どう考えたって異常だよ!

 

 

じゃあ、ユーリたちについていかなきゃいいじゃないかって?

それはそうなんだけどね。

一人で不安なら、ギルドから護衛雇ってノール港まで送ってもらえば済むんだろうけどね。

 

 

ボクは事情があって、もう他のギルドには頼れないんだ。

うん。ほどんどのギルドに顔向けできない。

 

 

だから、強くて機転の利くユーリや治癒術が使えるエステル、誰かの力を必要としている桜のいるあの場所が居心地がいいんだ。

誰かがボクを助けてくれて、それでいて必要とされているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白は無垢の黒は腹の

 

真の腹黒は誰なのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は如月 桜。

見ての通り、何の変哲も無い女子高生だ。自分の世界に限ってだけど。

ユーリの世界テルカ・リュミレースでは、万物のエネルギーであるエアルが私にとっては毒そのもので、触れるとたちまち体調を崩すし、下手すれば瀕死に陥ってしまう。

リタの説明によると、こちら側の人間はエアルで害が及ぶ前に代謝してしまうのだが、エアルと無関係の世界に生まれ育った私にはその代謝能力がなく、流れ込んできたエアル全てをこの身体でまるっと受けてしまうんだとか。

吸収したエアルが一体どうなったのか未だわからないので、この話も仮説の域を出ていない。

 

付け焼刃にエアル拡散魔導器を身につけた私はリタを仲間に入れて、自分の世界に帰る承諾を得るためにフレンを探すことにした。

しかし、彼が向かったとされるハルルの街へ戻ったら、彼の代わりにデスレターとエンカウント。

 

規則正しく綴られたユーリ殺人予告。画力が残念な手配書。

私宛の不気味なくらい優しい手紙とアイテムの数々。

 

異様な組み合わせを要約するとノール港で待ってるから来いなのだが、エステルと帰る件がなければ、激しくスルーしたい物件です。

てか、フレンが手紙遣してきたなら、私も手紙で帰ること伝えたら良くね?

とか都合のいいこと考えてる私とは裏腹に、カロル先生が魔核泥棒のいるトリム港はノール港を通らなくちゃならないとか、いらない新事実を告白したのです。

 

そうか、フレンと会うのは強制イベントだったのか。

 

しょうがないと腰を上げる私達であったが、そのやる気を削ぐように暇人ルブラン小隊とドMザギが率いる暗殺集団が行く手を妨害する。

騎士団からはエステルと私を返せハレンチユーリだの、ザギからはくんずほぐれつ上り詰めようだの言われて、てんわやんわする私たちであったが、ユーリの活躍により回避。

フレンのいるカプワ・ノールを目指して、西へと足を進めたのであった。

 

 

 

 

 

駄々広い草原を西へ西へ突き進み、やがて小高い丘が見えてきた。

カプワ・ノール港への道を隔てる丘、エフミドの丘――

森林のトンネルに入って坂を上り始めたところで、ユーリが立ち止まり、続く私たちも重たい足を止めた。

 

 

「はあ……。ここまでくれば、あの変態野郎も追ってこねえだろ。

おっさん達が仕事熱心で助かったぜ」

 

「てか、どう考えてもおかしいよね。

ユーリをフレンさんと勘違いしているのはザギだけなのに、城で見た黒装束も一緒に襲ってきた」

 

「わたしのせいかもしれません。

フレンとの接触を妨害する為に、何者かが暗殺者を雇ったのでしょう」

 

「暗い顔しないで。まだエステルのせいだと決まったわけじゃないわ。

キュモールに情報を流したヤツが、私を捕まえる為に遣したのかもしれない」

 

「確かな情報もないのに、アレコレ詮索してもしょうがねえよ。

フレンの手紙に暗殺者に気をつけろってあったから、あいつが何か知ってるだろ」

 

「ノール港で会ったら、張り倒すついでに吐かせてやるわ。

つか、ガキンチョ、さっきから何キョロキョロしてんの。

ビビらなくても、暗殺者が追ってくる気配はないわよ」

 

「あ、うん、それはいいんだけど。おかしいな、結界がなくなってる」

 

 

不安げにあたりを見回していたカロルは、青空を見上げて呟いた。

結界というのは、ザーフィアスやハルルにあるような魔物を退ける結界魔導器のことだろうか。

 

 

「ここって、ただの丘でしょう?

集落でもない、人も住んでなさそうな場所に貴重な魔導器を設置できるものなの?」

 

「オレも初耳だ。そんな余裕があるなら、下町にも分けて欲しいもんだぜ」

 

「何かの間違いじゃない?

結界魔導器の設置場所はあたしも把握してるけど、こんなところにあるなんて、聞いたことが無いわよ」

 

「来る時にはちゃんとあったんだよ。

最近設置されたって、ナンが――魔狩りの剣の仲間が言ってたんだ」

 

「ガキンチョの妄想でしょ」

 

「違うよ! 妄想はリタの方じゃないか。

桜がリタに言い寄るなんておかしいと思って詳しい話聞いてみたら、結局リタが一方的に舞い上がっただけ――げふっ」

 

 

何やら話が彼方に飛んでいくカロルの鳩尾に、リタの膝蹴りが容赦なくめり込んだ。

斜め下から突き上げられた鋭い片足は、まるでゴールデン番組の罰ゲームに出てくるムエタイ選手のようだ。

うごおおおおっと身体を丸めてひれ伏す先生を蔑んだ目で見ていたリタであったが、丘の上を凝視して一目散に走り出した。

 

 

「あっちに魔動機らしき影が?! 桜、ちょっとここで待ってて。あたし見に行ってくる!」

 

「ええ? ちょ、リタさん?!」

 

「ボクも!リタ、ボクの言ったとおりでしょ、あれ絶対結界魔導器だ!」

 

 

私達の返事も待たずに、二人は凄い勢いで坂を駆け上がっていった。

落ち着きの無い連中だ。ユーリの足元でおりこうさんにお座りしているラピードを見習え。

ユーリはその様子を父親のようにほのぼのと眺めて、次に私に声をかけた。

 

 

「お前も行かないのか」

 

「私が行ったら、ユーリもついて来るんでしょう」

 

「当然だ。途中で転んで泣いた時、オレ以外の誰がお前をあやすんだ」

 

「どんだけドジっ子なんだよ、お前の中では私は永遠の幼稚園児か、脳内ロリータも大概にしろ」

 

「だから15,6歳でロリコンはないだろ。

……お前、見た目より実年齢はもっと低いのか?」

 

「16であってるから、怪訝な顔で私をガン見すんな。

それにしても、丘に結界魔導器か。

ハルルは樹と融合していたからわからなかったけど、結界魔導器って、武醒魔導器と形が違うの? 大きさとか」

 

「はい。武醒魔導器は身につけられる程度の小さなものですが、結界ともなるとかなり大きなものになります」

 

「結界が必要な場所ってんなら、ここも洩れなく魔物も出てくるわけだ。

面倒が起こる前にリタたちを回収しねえと」

 

「皆あああああ!」

 

 

気だるそうに追おうとしたユーリであったが、その前に彼女らが戻ってきた。

用が済んだのだろうかと思ったが、どうにもおかしい。

あのチキンハートのカロルが歩く時限爆弾リタの腕を引っつかんで、全力疾走してきたのだ。

 

 

「み、み、皆、大変だよ!」

 

「落ち着け。何が大変なんだ」

 

「竜がぴゅうううって飛んできて、どがああああんって魔導器を壊して」

 

「カロルの説明はいつ聞いても抽象的です」

 

「ガキンチョの話は要領得ないのよ。

いい加減、腕離して、あたしが説明するわ」

 

 

リタは自分の腕にしがみついていたカロルを振り払い、一つ咳を入れて、真顔で私たちを見回すと簡潔に判りやすく無駄を省いて説明した。

 

 

「逃げるわよ」

 

「へ?」

 

 

思わず間抜けな声を出してしまったが、丘の向こうの方から「待てぇええ!」「逃すか!」という怒声と共に、ガシャガシャと鎧を上下に振ったような足音が聞こえてきて、瞬時に把握した。

ブラウンにグリーンのライン、白い甲冑、ご丁寧にも剣を引っさげている。

間違いない、帝国騎士だ。

 

 

「なんでここまで帝国騎士が?!」

 

「考えてる暇はねえ! ひとまず、そこの茂みから奥へ突っ切るぞ!」

 

 

ユーリの指示に従い、私達は身をかがめながら、進行方向より横道にずれた森の中へ飛び込んだ。

背後から聞こえる騎士達の声に心を震わせながら、道なき道を進んで行き、虫の鳴や鳥の鳴き声しか聞こえなくなったところで、一息ついた。

 

 

「なんか、私達。行くトコ行くトコ、面倒ばかり起きてない?」

 

「なんか憑いてんのかもな。で? リタ、お前ら何したんだ」

 

「カロルが話してた結界魔導器が本当にあったのよ。但し、壊されてたけどね」

 

「壊されてた?」

 

「そうだよ! 空から竜がびゅうううって、それで槍でどかあああんって!」

 

「ええっと、カロル。擬音語連発するんじゃなくて、何がどうして、どうなったのか、詳しく教えて欲しいな」

 

「だから、竜だよ、竜がびゅうううって飛んできて、そっから槍がびゅんって、どかあああんと」

 

「カロルの話は具体性に欠けますので、永遠に黙っていてもらえませんか」

 

 

エステルの笑顔の爆弾で、カロルの口は瞬時に閉ざされた。

涙目で震え上がる先生の代わりに、リタがいらだった様子で説明を続ける。

 

 

「あたしたちがここにくる少し前に、竜に乗ったヤツが結界魔導器を槍の一撃で壊しちゃったらしいのよ。

目の前にいたら、打ち落としてやったのに」

 

「……竜がいるんだ。ここ」

 

「みたいだな。竜使いなんて、オレも初めて聞いた」

 

「わたしも本の世界だけだと。カロルはともかく、リタが言うなら本当にいたのでしょう」

 

「酷いよ、エステル! 見た人が沢山いたんだから!」

 

「黙れガキンチョ。あんたが口開くと先に進まないのよ。

で、その竜の話、現場検証してた騎士から聞いたんだけど。

どうしてあの子が壊されなきゃいけないのか、なんで人気のないところに魔導器設置したのか訊ねても、あいつら知らぬ存ぜぬに一点張りで……」

 

「あの子?」

 

「エフミドの丘の結界魔導器。

ハルルに比べて小柄なクセに変な術式で無茶させられて、挙句に槍で一突きにされたのよ。……可哀想だったわ」

 

 

彼方を見上げて、哀愁に浸るリタ嬢。

彼女は魔導器に対して、人と同じ、それ以上の愛情で接しているようだ。

 

 

「その魔導器ラヴのリタさんが、騎士に追われるのとどんな関係があるの?」

 

「知らない。あたしは壊れたあの子を調べようとしただけだから」

 

「だったら、現場を明け渡してくれたんだろ。

なんせ、壊れた魔導器の検証してたら、アスピオに名をとどろかせる大魔導士やってきたんだからな。

やつらにしちゃ、渡りに船じゃねえか」

 

「いくらリタが有名な魔導士でも、帝国が用意した魔導器の術式全否定して、今すぐ責任者突き出して来いって傍にいた騎士の首絞めたら、現行犯だとボクは思うんだ」

 

「そんで、空気を読んだカロル先生は咄嗟の判断で、リタの腕引っつかんで逃げてきたと」

 

「騎士が必死こいて追いかけてくるわけね」

 

「悠長に納得してる場合じゃないよ。

どどどど、どうしようユーリ! リタのせいで、ボクまで賞金首になったらギルドに戻れないよ!」

 

「刺激があっていいと思うぞ、賞金首生活」

 

「いらないよ! そんな寿命が縮まりそうな生活!」

 

「どの道、オレは両手一杯だから、厄介事は他当たってくれ。

何、エースなら、この程度問題片手間でなんとかできるだろ」

 

「ユーリのいじわる! ちょっとくらい助けてくれてもいいじゃないか」

 

「ま、まあ。こちらのことはよくわからないけど。

実害出してないんだから、賞金首になったりしないんじゃないかな」

 

「ガキンチョの今後なんて、どうでもいいわ。

カプワ・ノールに行くんでしょう。正規の道も使えなくなったし、ここからどう行くの?」

 

 

草むらのど真ん中で仁王立ちするリタ。

お前がそれを言うのかと皆がジト目で睨んでも、彼女の態度は変わらない。

ここで彼女に反省を促しても無駄そうなので、ひとまず西の方角へ進めるだけ進むことになった。

先頭にはラピード、後にエステル、リタ、カロル、私で、ユーリがしんがりを務める。

深い森を魔物の気配を気にしながら突き進んでいると、ラピードが顔を歪めて数歩引き下がった。

 

 

「ワフ……」

 

「どうした、ラピード。なんか変なモンでも嗅いだのか」

 

「花の匂いにやられたんじゃない。あのでっかいヤツ」

 

 

青々とした木々の中で、ひまわりとタメが張れるほど大きな赤い花が蕾のまま凛々と生えていた。

見たこともない花に好奇心が沸いて近づこうとしたら、足にモフっと生暖かくて柔らかいものがぶつかる。

視線を下ろしてみると、ラピードが身体を擦り付けて私の進行を阻んでいた。

 

 

「ラピード?」

 

「ワン!」

 

「偉いです、ラピード。

その花はビリバリハと言って、花粉を吸い込むと眩暈と激しい脱力感に襲われてしまうのです」

 

「うっかり触るところだったわ、ありがとう、ラピード」

 

「ワフ」

 

「えー、気にしすぎじゃないかな。

大きな花だけど、少しくらい嗅いだって平気だと思うよ」

 

「実験よ」

 

 

冷徹な声で言い放ったリタは首をかしげるカロルの背後に周り、全力で蹴倒した。

私の前をすり抜け、ビリバリハの大群にダイブする先生。

爆発する花粉、リタの動きを予知したユーリは私を抱えてバックステップ、続くエステル、ラピード。

空気が澄んだ頃、そこには目を回してフラフラするカロルの姿があった。

 

 

「ひ、酷いよ、リタ。何するの……?」

 

「あ、ごめん。足が滑ったわ」

 

「嘘だ……! は、背後で思いっきり実験って、言ってたじゃないか……。

明らかにアレは蹴りだよっ」

 

「もう一度、足が滑るかもしれないわ。今度は口が滑って魔術が出るかもしれない」

 

「ごめんなさい。嘘です、ボクの聞き間違いです。幻聴だったかもです」

 

「いいのかそれで。エステル、貴方の治癒術でカロルを治せない?」

 

「ビリバリハの花粉は感覚器に鋭い刺激を与えるもので、治癒術では治せないようです。

時間が経てば、自然に治るかもしれません」

 

「どんくらい?」

 

「わかりません。見捨てるのも手ですよ」

 

「血も涙もないことを笑顔満面で提案するな」

 

 

エステルも大概アレだが、ことの原因はリタだ。

今回に至っても彼女は反省の欠片もなく、黙って静観するのみ。

何を考えているのか悩む私に代わり、ユーリが半場呆れながら尋ねた。

 

 

「桜だけに飽き足らず、エステルの治癒術にも興味がわいたのか」

 

「別に。あたしが何考えようと、あんたたちに迷惑被らなければ問題ないでしょう」

 

「いや、被ってるよ。カロルが思いっきし」

 

「こんなところでもたもたしてたら、魔物の格好の餌食になるわ。

ガキンチョ担いででも、ここから離れるわよ」

 

「で、担ぐのはオレなんだな」

 

「既にあらゆる点で被害受けてるような気がするね」

 

「桜には迷惑かけてないからいいの」

 

 

いきなり対象範囲が狭くなったよリタ。

しかし、彼女がエステルの治癒術に関心があると聞いたときには少し驚いた。

他に比べて、かなり強力だとは話していたが。やっぱりエアルや魔導器に関係しているからか。

一人思案していると、私に寄り添っていたラピードが身を低くして全身の毛を逆立てた。

 

 

「ウウウウ……っ!」

 

「何? ラピード、魔物――」

 

――ギュオオオオオン!

 

 

私の問いに答えたのは、ラピードではなく、腹に響きそうな獣の雄叫び。

皆が周囲に気を膨らませ、即武器に手をかけるより早く、空から一体の影が降り立つ。

ユーリの小脇に抱えられたカロルは、その影を目にして、声を上げた。

 

 

「こ、こいつだよ…… ハルルの街を襲った魔物、 ガットゥーゾって言うんだ」

 

 

それは大きな狼のような魔物だった。

体長はざっとユーリの2,3倍、全身は漆黒の毛並みに覆われ、筋骨隆々の肢体、四つの足にはそれぞれ鋭い爪がついている。

剥き出しになった牙は、今にも私たちを捕らえそうだ。

 

 

「随分とやる気ね。

ハルルの結界魔導器が復活した腹いせに、あたしたちとやろうっての?」

 

「やるのです? すごく強そうですよ」

 

「この状況を無視して逃げる方が無謀だと思うよ」

 

「ほっとけたとしても、こんなのが最寄の丘で騒いでたら、ハルルの一般市民にとっちゃいい近所迷惑だ」

 

 

余裕綽々で言ってのけるユーリだったが、立ち憚るガットゥーゾの影から現れた2体の魔物を見て、表情が険しくなる。

見た目は狼程度だが、それでもラピードより若干大きい。

 

 

「まずいな。おい、カロル、動けるか?」

 

「うん、なんとか。気をつけて、あいつら手ごわいよ。

すばしっこくって、なかなか攻撃が当たらないんだ」

 

「手ごわくても出てきちゃったんだから、やるしかないでしょ。――くるわよ、皆!」

 

「桜、下がってろ!」

 

 

言われなくても下がってる。但し、ビリバリハのすぐ隣で。

アホかお前とか突っ込まないで欲しい。

魔物から逃れる為に安全なところを探したら、自動的にここに辿り着いたのである。

これ、自然に群生してんだろうか、あちこちに生えまくってて隠れる方の身としては堪ったものではない。

 

私の愚痴はいい、注目すべきはユーリたちの戦いだ。

疾風のように駆け回る魔物相手に攻撃はかすりもせず、右往左往するばかりで、気がつけば皆体中傷だらけになっている。

戦況はこちらが圧倒的に不利だった。

 

 

「このおっ、 臥龍アッパー!……あ、外した! リタ、小さい方が一匹、そっち行ったよ!」

 

「行ったよ、じゃないわよ! 魔導士に接近戦させるな!」

 

「二人ともボロボロなのに、喧嘩しないで下さい。

せめて、治癒術を行使できる隙があれば……。

格なる上はリタに習ってカロルを足蹴にして、魔物が気をとられている内に回復に専念するしかありません。

喧嘩も収まり、皆の怪我も治せて一石二鳥です!」

 

「カロル先生の人権はどこへいった。

いい加減優しくしてやらないと、先生グレちまうぞ」

 

 

カロルを蔑ろにしまくった案を提示するエステルであったが、ユーリに即却下された。

皆のチームワークの無さっぷりに溜息を漏らすユーリだったが、すぐに表情を引き締め、何を思ったのか、一人ガッドゥーゾの懐へ飛び込んだ。

 

 

「要は戦いにゆとりが欲しいんだろう。

――囮と壁役はオレが引き受けた!」

 

「ユーリ、無茶しないで!」

 

「桜、あんま前に出るな。

エステルは回復、リタは遠くから魔術で各個撃破を頼む!」

 

「はい!」「わかった!」

 

「ユーリ、ボクは?!」

 

「ラピードと協力して、小っせえ方を――」

 

 

ユーリの言葉を遮って、魔物が大きく口を開いて襲い掛かる。

辛うじて、刀一本で牙を受け止めたものの、更に食らいつこうとする魔物の鋭利な爪が彼の肩を切り裂いた。

 

 

「ちいっ!」

 

 

ユーリは咄嗟に身体を後ろへ反った。

致命傷こそ避けられたようだが、右肩はさっくり裂けており、鮮血が腕をつたって滴り落ちている。

ユーリが危ない。危険だ、なんとかしなきゃ。でも、武醒魔導器を持たない私に何ができる?

焦燥にかられる私を追い撃つように、事態は最悪へと向かっていた。

 

 

「ユーリ、顔色がおかしいよ!」

 

「もしかして、毒?! 待っていて下さい、今リカバーを!」

 

「構うな! ラピードとカロルを援護に集中しろ! リタ、魔術はまだか?」

 

「相手が素早くて捕らえられない! 少しでも足止めできれば、特大のヤツお見舞いしてやるんだけど」

 

「……」

 

 

そうこうしている間にも、手負いのユーリにガットゥーゾの爪が降りかかる。

ユーリは容赦なく注がれる攻撃をかわしながら、少し黙考すると、突然私の方を見つめた。

続いて、隣に自生しているビリバリハを見て、再びその闇色の瞳で私の目を捕らえる。

彼が私に何を訴えていて、最終的に何をさせたいのか、なんとなくわかった。

 

 

「理解はしたが、納得できん!」

 

「桜、ソーサラーリングいけるか?!」

 

「いけるかも知んないけど、ユーリのリスクがでかすぎる!!

てか、それ、私の納得得てから聞くべきことでしょ!!」

 

「今ので確信した。以心伝心できてるオレとお前にそんなものは必要ない!」

 

「一方的に投げ捨てんな!人類に生まれた以上は、会話による意思疎通は永遠のテーマだ!!

てか、私の同意がない時点で、以心伝心終わっとる!!」

 

「怖がらなくても、お前に傷一つつけさせやしねーよ。

というより、今そっち行くから、少し離れてろ!」

 

「ちょ、おまああああ!」

 

 

青白い顔のユーリが刀引っさげて迫ってくる。

後ろにデカイ魔物を引き連れて迫ってくる。

とてもシュールな光景だ。

今すぐここから脱兎したいくらいに。

もちろん私は逃げた。

一番傍にあるビリバリハが、ソーサラーリングの射程圏内から外れない程度に。

 

 

「桜!」

 

「ああ、もう!!」

 

 

ユーリの呼び声に応えて、ビリバリハの蕾にソーサラーリングの標準をあわせ、光弾を飛ばした。

ビリバリハの蕾は光の弾が被弾すると、クラッカーのように花を開いて、大量の花粉を撒き散らす。

顔面からまともに突っ込んだ魔物は抗う間もなく、目を回してしまった。

 

 

「ざまあみろ……っ」

 

 

悪態ついたユーリは腕で口元を押さえながら、花粉の煙幕を潜り抜けると、一直線に私の元までやってきてボディブレスを放ってきた。

思わぬ不意打ちに、全身で食らう私。

そのまま、押し倒される形でユーリを抱きとめ、尻餅ついてしまった。

 

 

「ったあ……っ。なんのつもりか知らないけど、限度があるでしょう」

 

「わりぃ、つまづいた」

 

 

耳にユーリの気の抜けた声が触れる。

荒い吐息が頬を掠め、それと共に上下する胸が自分の胸に重なった。

自分と違う体温を感じて、正気が吹っ飛びそうになるが、血生臭い匂いが鼻をついて我に帰る。

慌てて起こしたユーリの端正な顔は今や青白く、生気が薄れていた。

 

 

「そうだ、毒! ユーリ、毒を受けてるんでしょ。

早く解毒しないと……アップルグミじゃ間に合わないし、どのアイテム使えば良いの?」

 

「んな暇はねえ。魔物がくたばってるうちに一気に畳掛けるぞ……っ!」

 

「――シャンパーニュ!」

 

 

よろよろと立ち上がるユーリを遮り、リタの魔術の水滴が魔物の身体に触れて弾ける。

なかなかの威力なのだろうが、図体のでかいガットゥーゾは少しよろめいただけで、大きなダメージには至らなかった。

 

 

「く……っ、これじゃダメか」

 

「……特大のをお見舞いするんじゃなかったっけか」

 

「死に底無いが、減らず口叩くんじゃないわよ」

 

 

まるで悪人のような言い草だよ魔法少女。

私が呆れているのに気付いたリタは、罰の悪そうに口を尖らせた。

 

 

「エステルたちの加勢用即席魔術を急遽こっちに回したんだから、仕方ないでしょ。

……も少し早かったら、あんたを押し倒したフェロモン野郎の下半身にブチ込んでやるところだったのに」

 

「リタさん。助けに来たの? それともユーリに止め刺しにきたの?」

 

「ムチ撃つ為に決まってんでしょ。

桜、解毒薬ポイズンボトルは緑の液体が入った小瓶よ。

魔物がまだ動けないうちに、さっさとそこのヘタレの口にブチ込んで。

こいつにはもっと働いてもらうんだから!」

 

「人使いが荒いな……」

 

「それをあんたが言うか。はい、これ、ポイズンボトル」

 

「……オレの口にブチ込んでくれ」

 

「真顔で命がけのボケをはられても」

 

「いや、ボケでもないんだが。……貰うぞ」

 

「ユーリ、それは私の手だって、何ボケて――ああ!」

 

 

ユーリは徐に私の手ごとポイズンボトルを掴むと、栄養ドリンクのようにグイっと飲み干す。

おまけに私が持っていたアップルグミを2、3個奪い取って、強引に口の中へねじ入れた。

ユーリが暴飲暴食している間にも、足元ふらつくガットゥーゾとリタの睨み合いは続いている。

 

 

「ささやかなる大地のざわめき、ストーンブラスト!」

 

 

ガットゥーゾの足元からいくつもの石つぶてが飛び出してきて、目標を下から痛めつけた。

これも梨のつぶてだったが、ガットゥーゾの矛先がリタへと移行する。

頼りない足取りだが、確実に近づいてくる魔物にリタは挑発的な笑みを浮かべた。

 

 

「よし、あんたの相手はあたしよ。

――穢れなき汝の清浄を彼の者に与えん、スプラッシュ!」

 

 

リタの詠唱に呼応して、ガットゥーゾの頭上から大量の水が滝のように流れ落ち、容赦なく対象を叩き潰す。

 

 

「これで……!」

 

――ガアアアアッ!

 

 

構えを解いたリタへ、水の壁を裂いてカッドゥーゾが牙を向いて飛び掛る!

リタは急いで迎撃態勢に入るが、時間も力も間に合わない!

 

 

「蒼破ぁ!」

 

 

私の後ろから、雄叫びと共に放たれた衝撃波がカッドゥーゾの腹を正確に捕らえて弾き飛ばす。

長い黒髪を靡かせ、私を横切ったユーリは再度魔物の懐に入ると、流れるような速さで刀を振り上げる。

 

 

「喰らえ!牙王撃!」

 

 

二度目の蒼破刃を叩き込み、刀で鋭い突きを放つ!

よろめく隙も与えず、強烈な右アッパーが腹を深くえぐった。

魔物はユーリを抱き込むようにその巨体くの字にしたまま、重い音を立てて横倒しになりピクリとも動かなくなる。

ユーリは相手の息の根が止まったのを視認すると、小さく息を吐いて仏頂面のリタへ目をやった。

 

 

「こっちはなんとかなったな。リタが時間稼ぎしてくれて助かった」

 

「遅いわ。

無理矢理桜を巻き込んどいて魔物があたしじゃなくてこの子を狙ってきたら、どうするつもりだったの」

 

「だから、オレが傍に居るんだよ。今回も何とかなっただろ」

 

「死ぬ程痛い目遭っといて、よく言うわ。

あ、でも、安心していいわよ。次無茶したら、あたしがすぐ楽にしてあげるから」

 

「安息の地にあの世を出してくるな魔法少女。

早くエステルたちを助けに行かないと! まだ小さいのが二体も残ってんだよ!」

 

 

エステルたちを指差して、リタとユーリに仲間の援護を促そうしたら、半泣きで二体の魔物に追いかけられるカロル先生の姿が視界に入ってきた。

その二体の魔物の後をラピードが追いかけ、カロルが魔物に噛み付かれる度に、エステルのファーストエイドが炸裂する。

 

 

「あれなんて生き地獄?」

 

「アホくさ。やる気あるの? あの子達」

 

「………、エステルは態とだな」

 

 

ユーリはやりきれない表情で呻いた。

彼女の思考はもはや私達一般人では理解できないところまで到達しているようである。

 

 

「ここでウダウダ言ってもしょうがねえ、ちょっくら助けてやるか。

マジで先生がやさぐれたら大変だ」

 

「私はここまでされて、パーティ離脱しない方が凄いと思うよ」

 

 

実は凄い根性の持ち主ではないだろうかカロル。

ガットゥーゾ亡き後、五体二となったの戦いは、呆気なく終わった。

ついでにエステルにカロル耐久無限地獄について言及したら「ファーストエイドの使用回数を100にしたかったんです」と意味不明な回答が返ってきて、私たちの背筋に悪寒が走りました。

 

エステルは一先ず置いとくとしても、今回の戦いは随分苦戦を強いられてしまった。

クオイの森のエッグエアも相当のものだったが、今回のカッドゥーゾは毒なんて使ってきたのだから。

 

 

「旅を続けていたら、あんな強い魔物と戦うことが増えるのかな」

 

「怖がらなくても大丈夫だよ。

遺跡や森とか、人気のない場所を避けていけば、怖い魔物と出会うことなんてないない。

エッグベアやカッドゥーゾも森の中で遭遇したでしょ」

 

「桜の場合、その遺跡とかに手掛かりがある可能性が高いのよね。シャイコス遺跡みたいに」

 

「そうなの? 桜、大変だね。

例のフレンって騎士に手伝ってもらったら?

他の騎士は知らないけど、あの手紙を読む限りじゃあ、桜には優しそうだったし、凄く強いんでしょ」

 

「その前に、私が外で出歩くことを許してくれるかどうか。

カロルの言うようにフレンさんが協力してくれたら、ユーリにとっても楽なんだろうけど」

 

「別にあいつがいてもいなくても差し支えはねえぞ。

歯ごたえのある魔物と戦えるなら、オレは大歓迎だ。

こんくらい刺激ねーと、強くなった感じがしねーよ」

 

 

先程エライ目に遭ったばかりなのに、悠然と言ってのけるユーリ。

私は肝にばかり嫌な刺激がきて、眩暈がします。

憂鬱な気持ちで、草木を掻き分け獣道を進んでいると進行方向から風に乗って潮の香りが流れてきた。

真夏に感じた、あの懐かしい感覚に誘われ、無心に坂を登っていくと、一面真っ青な世界が私たちの目に飛び込む。

 

 

「わあ、海です! 海ですよ! 桜!」

 

「ホント、真っ青だ」

 

 

エステルの言う通り、崖から向こうには、空と海が地平線まで続いていた。

ノール港と言うのだから、道中で海が見えてもおかしくはない。

青い海なんて、南の国のパンフレットみたいだと下らないこと考えていたら、ユーリが何気なく訊ねてきた。

 

 

「ボケーッとして、海は初めてなのか? 向こうには無いとか」

 

「海は存在するし、何度か行った事はあるけど。ユーリは初めてなの?」

 

「まあな。帝都にいたら、こんな遠くまで足運ぶ機会なんてねえからよ。

話には聞いていたが、潮風が気持ちいいな」

 

「海の水も冷たくて気持ちいいよ。近くにきれいな砂浜があればいいんだけど。

……ああ、ここ、魔物が出るから、海水浴なんて無理だよね」

 

「桜は海に行ったことがあるんですね。羨ましいです」

 

「あれ? エステル、前にザーフィアスは海から近いとかどうとか話してなかった?」

 

「本で読んだことがあるだけで、実物をこんなに近くで見たのは初めてです。

この海はいろんな大陸に繋がっているのですね」

 

「海くらいで、エステルは大げさだな。旅を続けていれば、もっと面白いものが見れるよ。

ジャングルや滝の街とかね」

 

「旅を続けていれば……」

 

 

やれやれと肩を竦めるカロルの言葉を、エステルは深くかみ締めていた。

ここには電車や車といった交通手段はないし、魔物も出るから、人一人行ける場所なんて限られているだろう。

彼方から吹きかけてくる潮風を全身で受けながら、ユーリは息を吐くように呟いた。

 

 

「オレたちの世界は狭かったんだな」

 

「あんたにしては、珍しく素直な感想が出たわね」

 

「リタだって、海に釘付けだったクセに。

研究三昧で太陽の下に出る機会もなく、寂しい人生送ってたんだよね」

 

「あんたに同情されると死にたくなるんだけど。

いや、こいつのせいであたしが死ぬなんて理にかなってないわね。

目の前のでかい水溜りに突き落とすのも手か……」

 

「あの、刺すような眼光でボクを見るのやめてくれない」

 

 

私の後ろに隠れるカロルを見て、リタは小さくした打ちした。

この短期間でカロルはリタに対する適応能力が身につきつつある様だ。激しく迷惑だけど。

この調子で、無事にカプワ・ノールにたどり着けるのだろうか。

 

 

「フレンさんもここを通ったのかな」

 

「フレンは騎士の巡礼で世界各地をまわりますから。

わたしたちよりもずっと前にこの海を見たんでしょうね」

 

「だよね。私たちもフレンさんを追いかけているうちに、大きな樹がある街や洞窟の街も行ったから。

これからの旅先、カロルが話してた所にも行くんでしょうね」

 

「早く追いついて来い、か。簡単に言ってくれるぜ」

 

 

私が何気ない話に、ユーリは溜息混じりに吐き捨てた。

彼の瞳は私よりも遙か遠いところを見ているようで、何気なく捉えたカロルはあっけらかんと答える。

 

 

「ノール港なら、エフミドの丘を越えてすぐだよ」

 

「そういう意味じゃねーよ、カロル。

休憩はこれくらいでいいか。あんまり遅くなると、フレンが飛んでくる」

 

「親友のユーリが言うと真実味がありすぎて怖いんだけど。

エステル、まだ海を見てるの?」

 

「はい。なんだか、もったいなくて」

 

 

海に目を放さぬまま、エステルはこれで見納めのように答えた。

彼女は立場上、外に出るのも、城の中を歩くのも制限されている。

寂しげな彼女に、ユーリはなんでもないとばかりに励ました。

 

 

「その気になりゃあ、海ならいつでも見れる。旅ならいつでもできる。

今こうしているのも、その結果だろう」

 

「そうですね。……はい、そのとおりです。

例えドクサレ騎士団に帰城させられようとも、夜中に城内放火して、見張りを殲滅して桜の元に駆けつけて見ませます」

 

「そんなやる気はださなくていいから」

 

 

彼女は放っておいても、城に帰してもデンジャラスだ。

暴力を持て余す皇族、早く何とかしないと。

私たちは明るい未来のために、フレンのいるノール港へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大陸の北西に位置する唯一の港、カプワ・ノール。

爽やかな海原を見た後だ。さぞや活気のある港町だと期待して踏み入れた場所は、人気が無ければ露店もほとんど閉めており、更に視界をにごらせるように雨がシトシトと降っている。

寂れた街、雰囲気さながらダウンタウンだった。

 

 

「街に近づいた途端暗雲かかって、雨ふってたら、それなりの雰囲気でるね」

 

「雨もやみそうにねえし、宿でも探すか。

桜、お前はエステルと一緒にそこの軒下で待ってろ。

オレたちが宿探してくるよ」

 

「それって、あたしも探せって事? 下らない事に扱使わないでよ」

 

「冷たい事言うな。待ってる間に、桜が風邪で倒れてもいいってのか」

 

「あ、うう……っ。わかったわよ。

ガキンチョ、さっさと宿見つけに行くわよ。エステリーゼもボケっとしてないで、ちゃんと桜を見てるの」

 

「……おかしいです。港町といえば、とてもにぎやかな場所だと思ったのですが」

 

「ああ、それね。ここ、カプワ・ノールは特別なんだ。帝国の圧力が特別強くて――」

 

「――金が無いだあ?!」

 

 

エステルの疑問にカロルが答えようとしたところ、街のど真ん中から知らない男の罵声がそれを遮る。

あまりにも高圧的で不愉快な声の方へ目を向けると、そこには身なりのいい男と傭兵、その足元には身体中に怪我を負った男がうずくまっていた。

 

 

「この何ヶ月間も雨が続いては、港から船が出せません……!

税金が納められるような状況ではないのは、お役人様もご存知でしょう?!」

 

「お前たちの都合なんざ、知ったことじゃあない。

金が用意できない時は、お前たちのガキがどうなるのかわかっているんだろうな」

 

「それだけは……、どうか、息子だけは返してください!」

 

「だったら、リブガロを狩って来い。あれの角を売れば、一生分の金が入る。税金だって払えるだろうよ」

 

 

まるで時代劇の取立屋みたいに言ってのけた役人の男は、土下座する傷だらけの男を嘲笑い、傭兵を引き連れ去っていった。

 

 

「あれって役人なの? 悪代官? 寧ろやくざ?」

 

「視界に入れちゃダメよ、桜。ただの野蛮人だから」

 

「カロル、あれが帝国の圧力ってやつか?」

 

「うん。ここカプワ・ノールは帝国の威光が凄く強いんだ。

特に最近やってきた執政官は帝国でも結構な地位らしくて、やりたい放題って話だよ」

 

「それで役人が横暴なマネしても、誰も止めることができないのね」

 

 

カロルの話を聞いたユーリは黙って拳を握り締めた。

誰が見ても、気持ちのいい光景ではない。

かといって、帝国が絡んでいては一介の旅人がどうこうできる問題でもなく、とても歯痒い。

ふと視線を戻すと、傷だらけの男は制止する女性を振り切りながら、身体を引きずり、私たちのいる街の出入口へ歩き出していた。

 

 

「やめて、ティグル! その身体じゃあ、無理よ。今度こそ死んじゃう……!」

 

「止めるな! 俺が行かなきゃ、誰がうちの子を助け出すんだ。話してくれ、ケラス!」

 

 

傍から見ても泥沼だ。

何か声を掛けるべきか。止めるべきか。 でも、なんて言えばいい? 私に何が出来る?

何度も味わった己のふがいなさに戸惑っていると、ユーリは徐にその長い足を突き出し、こともあろうに傷だらけの男ティグルを転倒させた。

 

 

「ちょ、ユーリ?!」

 

「あ、わりぃ。ひっかかっちまった」

 

「もう、ユーリ! 怪我人になんてことを――足払いなど、生ぬるいです。

やるなら、一思いにピアズクラスターです」

 

「違えよ!」「殺すな!」

 

「醜悪な執政官に飼い殺しにされる前に、息の根止めた方が楽じゃありませんか」

 

 

鬼か貴様は。

のうのうと言ってのけるエステルだったが、ユーリに促されて、怯える夫婦に治癒術を施した。

怪我を癒した後も、夫婦は私たちに目も合わさず、落ち着かない様子だ。

 

 

「あ、あの……怖がらなくても大丈夫ですよ。

私たちは役人じゃありません。危害を加えたりしませんから」

 

「すみません。私たち、払える治療費がありません」

 

「そんなもの。―――ローンを組んで頂ければ結構ですよ。利子は3パーセントです」

 

「エステルさああああああん?!」

 

「お金は大切ですよ」

 

「そのお金をパンと卵購入で湯水のように使ったのは誰だ」

 

「いくら、フレンの収入が安定しているからといって油断はしてはいけません。

今から結婚資金を溜めた方がいいです」

 

「私、エステルが妄想してる未来がまったく見えてこない」

 

「あ、あの……治療費は結局……」

 

「あ、いいの。いいの。エステリーゼの話は放っておいて。

その前に言わなきゃいけないことがあるでしょう。助けられたら、普通、なんていうの?」

 

「ごめんなさい。ありがとうございます」

 

 

リタに言われて、やっと頭を下げるケラスさん。

二人とも死んだような顔していて、精神的にも疲れ果てているようである。

執政官が諸悪の根源なのだろうが、私たちにどうこうできる相手なのだろうか。

身分の高いエステルは騎士団に追われている身だけど、あるいは騎士のフレンが――

 

 

「ユーリ、ここで待ち合わせしてるフレンさんに話を――え、ええ?! ユーリ? ユーリは?」

 

「何? そこに立ってなかった?」

 

 

カロルが目で指した先には誰もいなかった。

と言うより、周りを見渡しても、どこにもユーリの姿は見当たらない。

 

 

「ど、どこ行ったんだろう。まさか、さっきのヤクザ役人殴り倒しに行ったんじゃないでしょうね」

 

「そこまでバカじゃないでしょ。けど、あいつがあんたを置いていくなんて、よっぽどの事かもね」

 

「皆手分けして探そう。ボク、あっち探してくるよ!」

 

「あ、勝手に行くな、バカ! ったく、しょうがないわね。

あいつら待っている間に、あたしたちは宿でも探しましょう」

 

「待って下さい。あそこを曲がったところの路地から、何か聞こえてきます。

硬い音がぶつかるような……」

 

「向こうの? 見に行ってみようか」

 

「わたしが先に行きます。桜たちは後からついてきて下さい」

 

「エステルを先頭にして大丈夫?」

 

「いいんじゃないの。この中で、前衛で尚且つ防御力高いのエステリーゼだから」

 

「はい。任せてください」

 

 

力強く頷くエステルを前にして、女の子三人と犬が薄暗い路地へと慎重に足を運んだ。

あんな理不尽な役人が立ち回るほど治安が最悪なんだ、そこら辺で喧嘩が横行しててもおかしくない。

もしかしたら、あの夫婦以外に無茶苦茶な取立やっているのかも。

いろいろ予測を立てていると、突然ラピードが路地へ突っ込んでいった。

 

 

「待って下さい、ラピード!」

 

「エステル!」

 

「ダメよ。あんたまでついてっちゃ!」

 

 

続いていくエステルを追いかけようとして、リタに止められてしまった。

エステルのことだ、無実無抵抗の一般市民まで斬り倒していなければいいが。

内心怯える私はリタに並んで物陰からこっそり路地の様子を伺って、即行硬直した。

 

 

「ユーリ! 探していたのですよ」

 

「お、エステル。いいところに」

 

「いいところ? 何のこと――?! フレン!」

 

「エステリーゼ様……!」

 

 

エステルはユーリの傍らに立つイケメン騎士と目が合った瞬間、躊躇い無く彼に抱きついた。

眩しい金髪に澄んだ青い瞳、精悍だがどこか幼さの残る端正な顔、白い甲冑が嫌味抜きによく似合う。

ユーリの幼馴染にして、帝国騎士、小隊長フレン・シーフォがそこにいた。

 

 

「よかった。いろんな所へ探しに行ったのになかなか会えなくて、……無事で何よりです。

怪我はないです? 今すぐ治しますよ」

 

「その、怪我はしていませんから。エステリーゼ様、少し……」

 

「ご、ごめんなさい。やっとフレンに会えて、嬉しくてつい」

 

 

戸惑うフレンに気付き、慌てて身を離すエステル。

皇族の少女と金髪の騎士、どっからどう見ても恋人同士だ。

……なんて、呑気に観察している場合じゃない。

 

どうしよう。ホントにフレン居た。マジで居た。

いや、手紙でノール港で待ってるってあったから、居て当然だけど。

私が帝国から出たことをどう思っているのか。

ハルルで貰った手紙には私を気に掛けるような感じだったが、彼は時々思いもしない言動をするので油断ならない。

その上、この場にエステルが同席している以上、話がややこしくなること請け合いだ。

なんとかユーリと合流して、冷静に話が出来る状況を作り出さなければいけない。

ここは一旦退いて適当に皆揃ったところで、フレンが説教し難い環境を作り出し、何気なく私が帰る話を切り出した方が――

 

 

「フレン。喜んでください。桜も着ているのですよ。

桜ーっ! 桜! 恋人のフレンです!」

 

 

ああああああああああああああああああ

 

このお姫さんが、人の気も知らないで、なんつう恐ろしい前フリを!

生真面目でコチラの意見を弾き飛ばしてくれる男に、修正の利き難い嘘を飛ばすなんて!

 

遠退いていく意識、真っ白になる脳内。――私はわき目もふらずに脱兎した。

 

雨降り切る中、今までの人生の中でこれ以上ないかってくらい全速力でひた走った。

 

とにかく逃げよう。何が何でも逃げよう。彼の説教と言う名の恐怖から。

あの心臓を鷲掴みにされるような言動はまっぴらゴメン――と思っていた傍から、その感覚が後ろから覆いかぶさってきた。

 

 

「久しぶりに会えたのに、一散に逃げることは無いだろう。桜」

 

「ひぃっ!」

 

 

後ろからがっしり抱きすくめられ、耳元に穏やかな声が流れ込む。

雨で濡れたせいか、身体の感触とか体温がよりリアルに伝わってくる。

ウサギのようにすくみ上がる私へ、再び彼の吐息が降りかかった。

 

 

「いけないよ、こんな危ないところまで出てきて。

前にも話しただろう。黙って居なくなられるのも、目の届かないところで何かされるのも嫌だって」

 

「あ、……うう」

 

「……僕は今度こそ君を閉じ込めてしまうかもしれない」

 

「――ぅらああああああ!」

 

 

恐怖で反骨精神を逆撫でられた私は恥も外聞も捨て、スカートめくれる勢いでその身を左へ捻り、特大カバンスイングを放った。

フレンからもらったアイテム盛りだくさんの重い学生カバンが、フレンの横面に命中、大きくよろめいた隙に腕の檻から脱出。

ショックで茫然自失に陥るフレン目掛けて止めとばかりにリタのシャンパーニュが炸裂しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗雲晴れない雨の港町カプワ・ノール。

一軒しかない宿屋の一室にて、私、ユーリ、エステル、リタ、カロル、ラピード、んでもってフレンが腰をすえていた。

無論、フレンにエステルや私の話をするためなのだが。

数刻前、私とリタのコンビプレーが利いたのか、フレンはぐったりと壁にもたれかかり、頭を垂れたまま、まともに話を聞ける状態ではなかった。

 

 

「そんなに痛かったのかな、カバン攻撃。もしくはリタさんの術の威力がすごかったとか」

 

「まあ、桜を見つけて追いかける時のあのアホ騎士の喜びようったら、見てるこっちがムカつくくらいだったからね。ちょっと力が入ったのは否定しないわ」

 

「いえ、あれは物理ダメージではなく、主に精神的なものだと思います」

 

「ユーリの親友で、あんな手紙出すくらいだから、どんな強面の騎士かと思ったら。

桜に拒絶されて、全力で落ち込むくらい普通の人だったんだね。ボク少し安心したよ」

 

「そのオレの親友とやらを気楽に観察する暇があったら、とっとと例の話を始めろよ」

 

 

んな事言われても、当のフレンがこの調子では、話をしても理解してもらえるかわからない。

リタとカロルに目を合わせて「不可抗力だもんねーっ」というニュアンスで肩を竦めると、ユーリは溜息をついて、背を向けて今にもすすり泣きしそうなフレンに声を掛けた。

 

 

「おい、フレン。いつまでも感傷に浸ってないで、オレたちの話を聞いてくれ」

 

「……大丈夫。傷ついたわけじゃないんだ。ただ、ちょっと……、久しぶりに桜に会えたのが嬉しくて。

………油断していたとはいえ、………いきなり、ぶたれるなんて、……っ」

 

「言ってる傍から泣き声になってんぞ」

 

「少し気が高ぶっているだけだよ」

 

「あのな、フレン。

はあ……。桜は久しぶりにお前と対面して照れただけだよ」

 

「……雄叫び上げて殴ることは無いだろう」

 

「追っかけられて、後ろから抱きつかれたら、誰だってビックリするさ。

本気でお前を嫌ってたら、同じ部屋で大人しくしてるわけないだろう」

 

「……」

 

「フレンに会うために、ここ数日間すっげえ頑張ったもんな。桜」

 

「あ、うん。ユーリに助けられてばかりだったけど。

いろんなところへ行ったり、魔物と遭遇したり、カロルやリタさんに出会ったりして、やっとフレンさんに会えたんです」

 

「桜」

 

「ぶん殴った件は謝ります。ごめんなさい。あの時は変に緊張してて、気付いたら、カバンで……。

決して、フレンさんに嫌な感情があったわけじゃないんです。……信じてもらえないだろうけど」

 

「信じるよ」

 

 

絶対シゴかれると腹を括る私の気持ちを裏切り、フレンは柔らかな笑顔を湛えつつ答えた。

いいのかそれで。それとも、嵐の前の静けさか。

親友や皇族や少年少女が唖然とする中、彼は呆気に取られる私の両手を取り、握り締めた。

 

 

「君の事はデイドン砦の使者とハルルの長を詰問して聞いたよ。

慣れない世界で、いろんな経験をしてきたんだね」

 

「ええまあ、いろいろと。それよか今、詰問って言いませんでした?

よもや何の罪も無いハルルの年老いた長に、言葉の鞭打ったのフレンさん?!

――てか、顔近いです。少し離れてくれませんか」

 

「大丈夫だよ。許容範囲ないだから、騎士団長に咎められることはない。

ところで僕がプレゼントしたホーリィリング、今もつけていてくれているんだね」

 

「顔との距離が現時点で1メートル切ってる件はスルーですか、そうですか」

 

「何故右手になっているのかな。僕は確か左手の薬指につけたはずだけど」

 

「これはユーリが……」

 

 

フレンの笑顔から、肝が冷えるような気配を感じ取って生返事を飲み込んだ。

しかし、その言葉の端から何かを汲み取ったフレンは、ぐるりと親友の方に首を回す。

男の顔を直視した親友は、何故か身構えた。

 

 

「ふ、フレン?!」

 

「ユーリ、どういうつもりだい?」

 

「……利き手に付けていた方が、失くし難いだろ」

 

「そ、そうですよ、フレンさん! 家でじっとしているならともかく、旅してたんです。

利き手の逆の左手につけていると、失くしてもなかなか気付きませんよ」

 

「……なるほど、そうかもしれない」

 

「でしょ、でしょ! ユーリは悪くないですから。

ところで、今ユーリが珍しく驚いてましたけど、フレンさん、どんな顔したんですか」

 

「見ない方がいいと思うぞ」

 

 

いつも飄々としているあんたが言うと、余計気になるじゃないか。

話を進めるにしたって、フレンは相変わらず会話のほとんどが成立していない。

この状況下、私のように不安になる者もいれば、苛立ち始める者も居た。

 

 

「いい加減、人前でイチャつくの止めてよね。見苦しい。

――桜にそれ以上近づいたら、ぶっとばすわよ。アホ騎士」

 

「イチャついた覚えは無いな。仲がいいだけだよ」

 

「カマトトぶってんじゃないわよ。

公衆の面前で、今にも食いつくほど接近しときながら、羞恥心ってもんがないの?

もう一回魔術叩き込んだ方がいいかしら」

 

「カマトト……?」

 

「この期に及んでシラを切るつもり? エステリーゼが自信満々に言いふらしてたのに」

 

「エステリーゼ様が言っていた……! しかし、僕は……」

 

 

白い頬を赤らめたフレンは歯切れの悪い返事をしながら、目を逸らした。

明らかにあのフレンが動揺している。

 

 

「フレンさん?」

 

「すまない、皆。桜と二人にしてもらえないか」

 

「何言い出すの。危ない目をしてたあんたと桜を二人きりにするなんて、飢えたピラニアに高級肉放り込むような事許すわけないでしょ」

 

「リタ。フレンは数日ぶりに桜と再会できたんです。話したいことが沢山あるのでしょう。

邪魔をしては悪いです」

 

「あたしたちが目を放している隙に、手を出されたらどうするの」

 

「それは好都合です。あわよくば、告白ついでに押し倒して頂けると話が早くて済みますよ」

 

「チャンスじゃないよ、カルマルートだよ、バッドエンドだよ、何卑猥な展開推進してるの?!

エステル、この前手順踏まなきゃフレンさんでも木っ端微塵だって言ってたでしょ?!」

 

「ごめんなさい。照れるフレンと戸惑う桜に萌えました」

 

「おいいいいいい?!」

 

「いいんじゃねーの。少しくらい、大目に見てやっても」

 

 

フレンの願いに寛大にでたのは、フレンの幼馴染のユーリだ。

反対意見のリタは噛み付く勢いで、彼に押し迫った。

 

 

「ユーリ、あんた正気?!

今の今まであんたに何もかんも丸投げしてたヤツに、桜をくれてやってもいいって言うの?」

 

「だから、フレンは好きで丸投げしてたんじゃねーって」

 

「で、でも……」

 

「文句なら、桜の話が済んでからでもいいだろう。

もちろん、オレだって、あいつをくれてやるつもりはない。

騎士団のエリートが間違いなんて起こしたりしないから、安心して預けんだよ」

 

「桜はいいの? こいつに会うの、物凄く嫌がってたじゃない」

 

「僕に会うのが嫌……? そうなのかい?」

 

「ちちち違うますよ! ほら、お城でフレンさんに無断で部屋から出た時、ひどく怒ってたじゃないですか。

帝都に出たら、それ以上に怒られるんじゃないかなって不安になっているうちに、被害妄想しちゃって。

だから、部屋の隅までフェードアウトしないで下さい。フレンさーん!」

 

 

私は必死に誤解を解きつつ、部屋の片隅で打ちひしがれるフレンを呼び戻す。

こいつここまで酷かっただろうか。

カロルに至っては、もはや他人事のように私たちを傍観していた。

 

 

「リアクションの激しい人なんだね。フレンって。

こんなに情緒不安定で、騎士が務まるの?」

 

「オレよかわかりやすい性格だったが、ここまで酷いのは……末期だな」

 

「何が末期なの?」

 

 

カロルが訊ねるが、ユーリは答えない。

くるりと身を翻して、一つしかないドアノブに手をかけた。

 

 

「桜がいいなら、そろそろ二人にさせてやろうぜ」

 

「わたしたちは部屋の外で待っていますので、話が終わりましたら呼んで下さい。

わたしもフレンに大切な話がありますから」

 

「申し訳ございません。エステリーゼ様」

 

「いいのですよ。頑張ってください」

 

「は、はあ……」

 

 

エステルの応援に対し、フレンは眉を潜めてとりあえず頷いた。

両者とも同じ意思疎通が電波でも、通じないところは通じないようである。

和やかに部屋を退室していく仲間たちであったが、やはりというかリタは納得してないようだった。

 

 

「勝手に話し進めないで! あたしは認めないわよ」

 

「リタ。しつこいとお前が桜に嫌われるぞ」

 

「う……。桜」

 

「リタさんが私を心配してくれて、ありがたいと思う。

けど、私としてはエステ……皆と話すより、フレンさんと直に話した方がややこしくなくていいと思うから」

 

「あんたが言うなら、あいつのこと信じてもいいわ。

何かあったら、ソーサラーリング使うのよ。でなけりゃあ、大声で叫びなさい。

30分後にドアをノックした時あんたの返事が無かったら、問答無用で部屋に飛び込んで、そこのアホ騎士絞め殺すからね」

 

「欠片も信用してないのね、リタさん」

 

「あたしの前で呼吸できることを幸せに思うといいわ」

 

「まあ、ボクは桜がちゃんと戻ってくるなら、気にしない。

リタのことはボクたちに任せて、桜はフレンと話をつけてきなよ」

 

「一人でまとめるな!」

 

「った~っ! リタは魔導士のクセに、すぐ暴力で訴える」

 

「部屋の出入口で喧嘩するな。さっさと出るぞ」

 

 

ユーリは抗論を始めるリタとカロルを引きずるように部屋の外まで連れてって、そのままドアを閉めた。

先程まで6人と1匹だった部屋が私とフレンだけになった途端、なんともえいない静寂に包まれる。

居心地の悪さを紛らわす為に、雑談でもしようとしたところ、フレンが先に口を開いた。

 

 

「皆、とてもにぎやかだったね」

 

「え、ああ、はい。いつもあんな調子ですよ。

最近はカロルやリタが増えたから、にぎやか通り越して騒がしいけど」

 

「それはよかった。帝都を出たと聞いた時はどうなることかと心配したが、寂しい想いはしていないようだ」

 

「……」

 

「何故、城を抜け出して来たか。話してくれるよね。

その為に、僕を探していたんだろう?」

 

 

フレンは、ゆっくりと穏やかな口調で私に問いかけてくる。

今日まで説教とか言って怖がっていた自分がバカらしく思えるくらい、彼は優しい目で私を見つめていた。

けれど、私が今から話す事は、彼と同じ騎士団を疑うようなことだ。

話し終えた途端、目の前の騎士が私を城に連れ戻す可能性もある。

私は覚悟を決めて話した。

キュモールに騙されて監禁された事、ユーリが助け出してくれたこと、ザギや暗殺者のこと、デイドン砦、クオイの森、ハルルの街、アスピオやシャイコス遺跡、――ここに至るまで全て。

 

黙って聞いていたフレンは冒頭から青ざめ、深刻な面持ちで眉間を押さえ、呼吸を飲み込み、終盤に差し掛かると硬い表情になっていた。

 

 

「……私がここまで来た経緯はこれで全部です」

 

「すまない。キュモールの件も、君の情報も、暗殺者まで。

最初から危険視していたのに、僕は何もできていなかった」

 

「違いますよ。悪いのは、キュモールって騎士と、そいつに情報を流したヤツです。

フレンさんが帝都を出たのは、アレクセイさんからの命令だから……」

 

「僕の責任だ。いや、それだけじゃない、とても悔しいんだ。

守ると約束したのは自分自身なのに他人任せにして、君を裏切ってしまったんだから。

リタに悪態つかれて、当然だよ。――本当に不甲斐無い」

 

 

平静を保とうとするフレンだったが、徐々に言葉尻が震え始める。

青い瞳は伏せられ、両拳は血が滲み出るんじゃないかってくらいきつく握り締められていた。

 

 

「あまり自分を責めないで下さい。フレンさんは腐敗した帝国を正す為に騎士になったんでしょう」

 

「ありがとう。君だって、慣れない世界でたくさん怖い思いをしてきたんだろう。

君の傍にいなくてはいけない時に、僕は何もしてやれなかった」

 

 

私がいくら慰めようとも、誠実な人が後悔した時の沈みようは凄まじい。

出会って数日程度の私では力不足だ。これはユーリの出番だろうか。

この雰囲気で呼びに行くのも気が引けて一人まごまごしていたが、相手は平民から一気に小隊長まで上り詰めたエリート、すぐさま暗い表情をきつく引き締めた。

 

 

「君を一人になんてさせない。僕は君を何者からも守る。

相手が同じ騎士であろうとも、何人たりとも君を脅かすものは許したりしない」

 

「フレンさん。それって……」

 

「城に置いて行ったりしない。僕の小隊においで、桜」

 

 

そうくるとは思いませんでした。

全てを包み込むようなフレンの温かい微笑の爆弾が、私のハートに被弾する。

 

 

「桜」

 

「え、ええっと、フレンさん。両手広げて、にじり寄られても、その……」

 

「遠慮しなくてもいい。今まで我慢していた分、僕にぶつけていいんだよ。

君にはその権利はあるし、僕にも義務がある」

 

「カバンでボコれって意味ですか? マジでフレンさんMだったんですね」

 

「いや僕は決してアブノーマルな趣味は無いよ。ノーマルだよ?!

ぶつけるというのは、甘えていいという意味なんだ。

桜が僕に怒りを覚えているなら、仕方ない。君の拳全てを受け止めよう」

 

「いいです。私もノーマルですから。

それに権利とか義務とかで言われも、なんだか違うような気がします」

 

「そうだね、僕は建前が欲しいのかもしれない。君から、信頼されたい。力になりたい。

エステリーゼ様が仰った事が……いいや、僕は君と親しくなりたいんだ」

 

「私がシャイコス遺跡の異変の重要参考人だから?」

 

「関係ない。

帝国騎士や異界の人間なんて関係なく、フレン・シーフォと如月 桜として、仲良くしたいんだ。

だから、そんなに気をはらなくてもいい。これからはずっと君の傍にいるからね」

 

 

どこまでも柔和に語りかけてくるフレン。

普通の女の子だったら、その稀に見る端正な容姿と甘言に魅了され、そのまま彼の胸の中に飛び込んだかもしれないが、私には帰宅という最大優先事項があった。

この浮き沈みの激しい彼の申し入れをどう断ればいいのやら。

 

 

「き、気持ちは嬉しいです。ありがたいですよ。

けれども私は他の人に比べてかなりイレギュラーだから、任務背負ったフレンさんに世話をさせるなんて無茶じゃないですか?」

 

「君は僕を信用できないのかい? 力が及ばない?」

 

「ち、違います。フレンさんに迷惑をかけたくないだけですよ。

私もフレンさんと仲良くなりたいけど、時と場合ってもんがあるでしょう」

 

「けれど、君を放っておくことはできない」

 

「私なら心配無用ですよ。なんせ、ユーリの協力がありますから」

 

「ユーリが?」

 

「はい。ユーリが帰る方法が見つかるまで、面倒みてくれるって約束してくれたんですよ」

 

「帰る――?」

 

 

目の前で立つフレンが今、フラッと揺れたような気がした。

項垂れるフレンを見て、一瞬立ちくらみでも起こしたのかと気に掛けたが、周囲の空気ががらりと変わって、それどころではなくなる。

寒気、悪寒、――ぞくぞくする。

雨に打たれて、風邪をひいたかと思ったが、身体的なものではない。

戦闘の素人でもわかる。

正面にいる騎士から、この寒気の根源である言い知れない気配を感じた。

 

 

「フ、フレンさん?」

 

「駄目だ。いけない。――帰るなんて、僕が許さないよ」

 

 

非常にゆるやかな声色で放たれた、底冷えするような彼の言葉が私の心臓を貫く。

恐怖で片付けるには足りない感情が湧き上がり、金縛りのように動けなくなった。

ああ、これはひょっとして、フレンがエステルの朝食の誘いに乗ろうとした私を牽制した時や、部屋に監禁すると脅したやつの強化版ではないだろうか。

 

かつて、ハルルの街でのユーリの言葉を思い出す。

 

――こりゃあ、お前が帰るって話、一筋縄ではいかねーかもよ。

 

迂闊でした。もっと段取り踏んで切り出すべき話題だった。

後悔したところで、もう遅い。

人生最大ともいえる強敵を前に、私は震えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

■続く■




当初はガットゥーゾ編を省く予定でしたが、尺の関係で急遽入れることになりました。
戦闘の描写もいいんですが、やっぱりユーリといちゃつければいいとかなり暴走した結果になりましたが別にいいんです。

それよか、久方ぶりのフレンがかなりムゴいのは、前回の後書きのとおりです。久しぶりにあt(略
いや別に彼のことが嫌いとかじゃないんですよ。エステルとかリタという強烈なキャラに負けないようにした結果であって、決して真面目なキャラを修正不可能なまでに暴走させるのが楽しいとかではないですよ。
……作成中はずっと夜中のテンションでしたからね。いや、結局楽しかったのか。
ユーリとフレンの掛け合いが楽しいので、しばらくこの二人を扱ってみたいです。
それではまた。


瑛慈 翔
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