明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第13話】攻め手はヤンとデレ

冷たい雨が降り続く港町カプワ・ノール。

執政官の圧政によって寂れたこの町で、雨音に混じり、鼓膜を突くような剣撃音が響いてくる。

 

 

音源を頼りに奥へ奥へ進んでいった先、人気の無い路地で二つの影が激しく火花を散らしていた。

 

 

「やはり君のような、だらしがなくて節度のない男に彼女を預けるべきではなかった」

 

 

一人は猛々しく剣を振るう、眩しい金髪を持つ碧眼の騎士。

 

 

「あんま自分を責めるなよ。あん時ぁ、他に選択肢がなかったんだ」

 

 

もう一人は漆黒の長髪を靡かせながら、軽やかに刀を操る剣士。

対極の印象をもつ二人の青年は、互いにまったく違う感情を露にしていた。

 

 

「ユーリ。君は今日に至るまでの道中、桜にあるまじき行為をしてきたそうじゃないか」

 

 

騎士は怒気のはらんだ瞳で剣士を捕らえると、容赦なく剣を振り下ろした。

 

 

「おっと。しつこいヤツだな、フレン。

お前に非難されるような事はしてねえって何度も言ってんだろ」

 

 

鋭い一線をひらりとかわした剣士ユーリは、怯れる様子もなく言い放った。

ここにきてから、何度も何度も繰り返してきた言葉の応酬。

攻撃を受け流してばかりのユーリは飄々としたものだったが、フレンはひたすら斬り続けても怒りが収まらず、ついに事の発端を吐き出した。

 

 

「君のそのいい加減なところは昔からだ……っ。

大の男が年頃の女の子に膝枕や腕枕まで強行するのは非常識じゃないのか」

 

「そこはかとなく、羨ましいじゃねえかこの野郎って聞こえんだけど」

 

 

憤慨し始めるフレンを見て、ユーリは面倒くさそうに呟いた。

 

――バレてたか。通りで怒り狂うわけだ。

 

ハルルで手紙を貰った時から、こうなることはわかっていた。

こいつが異界の少女に何かしら好意を抱き、それ故彼女を元の世界へ帰すことに難色を示すだろうと。

ただユーリにとって予想外だったのは、フレンが彼女から嫌悪されること、または自分の傍から離れることに対して、異常なほど拒否反応を示し、更には過保護へ走ったことだ。

 

このままでは互いに良くない。

何かしら手を打つべきだと思うが……。

 

彼はそんなことを考えながら、まずは手前の難敵を片付けようと改善策をあげてみた。

 

 

「お前もやればいいんじゃねえの」

 

「君まで、そんなことを……っ!」

 

 

身も蓋もない提案をつきつけられたフレンは、その端正な顔をみるみると赤らませた。

あれだけ桜に強引な会話を展開しておきながら、こういうところは初心なのか。

幼馴染の初々しい反応を見て察したユーリはなるほどと頷いた。

 

 

「オレまでってことは、エステルからも焚きつけられたのか。

残るは桜本人の了承だけだ。頑張れイケメン」

 

「誰の了承を得たところで、恋仲でもないのに破廉恥な行為が許されるわけないだろ」

 

「男と女の関係が成立したらいいんだな」

 

「いいわけない」

 

「なんだよそれ」

 

「物には順序というものがあるんだよ。

例え恋人同士であったとしても、いきなり床を共にするのはよくない。

まずは会話によるコミュニケーションをはかるべきだ」

 

「そういうお前は、出会って間もない桜にプリンセスホールドお見舞いしたそうじゃねえか」

 

「僕の役目は彼女を心身共に守ること。支障はない」

 

「……。念のために聞いておくが、それ任務なのか」

 

「僕の意志だ」

 

「だよな。そうだよな。騎士団がそんな用途の知れない命令したりしねえよな」

 

「桜は身寄りがないんだよ。君も知っているだろう。

寂しさに付け込まれやすいし、親切を恋愛と錯覚するかもしれないし、若さ故に誤ってとんでもない下衆に捕まったりするかもしれない。

そうなったら、彼女の操は……!

やはり僕が彼女の傍でを守らなければ。この手で身も心も守り抜かないといけないんだ!」

 

「真面目に危ない思考を爆発せるな」

 

 

ユーリは幼馴染の斜め逝く思想に寒気を覚えた。

駄目だ。こいつなんとかしないと。

鳥肌を立てるユーリを見た幼馴染は自身の奇行に自覚すらしなかったが、話が脱線しかけているのには気付いたようで、慌てて結論を述べた。

 

 

「ともかく、彼女にみだらな行為をしてはいけない!」

 

「ちっとばかり大胆だとは思うが、みだらじゃねえだろ」

 

「君がその調子では彼女が必要な知識だけではなく、如何わしい知恵まで身につけてしまうじゃないか」

 

「ガキのしつけかよ。あいつ、もう16だぜ」

 

「年齢云々じゃない。彼女はこちらの知識が浅いんだ」

 

「桜は魔導器や魔物、こっちの地理や政治に馴染みがないだけで、一般的な常識や道徳は並にある」

 

「しかし……」

 

「しっかりしているよ。オレが悪さしねえよう、ざんざ注意してきたくらいだ。

わからねえ事があったら自分から聞いてくるし、理解しようと頑張ってる。行動力だって、なかなかのもんさ」

 

「わかってる。わかってはいるんだ」

 

「お前が心配すんのも無理ねえよ。前例のない人間相手に戸惑う気持ちもな。

けど、実際今日まで旅続けられたんだ。も少し信じてやってもいいんじゃねえの」

 

「信じる……」

 

 

フレンはユーリに諭されて冷静を取り戻したのか、剣を握る手を緩めた。

その青空色の瞳を深く閉じ、思案するように深呼吸する。

彼女を信じるつもりだったが、共に居た時間はごく僅かだ。互いに知らないところが多すぎる。

それに比べて、ユーリは随分と……。

 

 

「彼女を理解しているようだね」

 

「ずっと一緒だったからな」

 

「彼女も君をとても信頼しているようだ」

 

「そうか?」

 

「彼女……桜は楽しそうに君との旅を話してくれたよ。

ユーリに沢山のことを教えてもらった。魔物に襲われた時も困った時も助けてくれたってね」

 

 

彼は目を落とし、寂しげに続けた。

 

 

「僕が彼女にしてあげたかったことを君がしてくれたんだ」

 

「フレン……」

 

「君のお陰で、彼女は孤独を知らずに、ああして明るい顔をしていられる。

この件に関して、僕は君に礼を言うべきなんだろう」

 

「気にすんな。キュモールの件はお前を巡礼に送り出した騎士団の落ち度だろ。

オレだって、桜には向こうで散々世話になった恩があるってのに、仇で返しちまった」

 

「なんとしても、僕たちで彼女を助けないとね」

 

「そういうこったな」

 

 

強い眼差しで見つめ合い、志を固める青年たち。

一件落着と思いきや、フレンは厳しい表情のまま、だが……と言葉を続けた。

 

 

「君に彼女を任せた結果、例の破廉恥行為以外にも、彼女自身が旅の危険性を軽視してしまっているのは捨て置けないな」

 

「まだあんのかよ……。今ので終わりじゃねーの? キレイにまとまってただろ。空気読めよ」

 

「真面目に聞いてくれ、ユーリ。

いくつものリスクを抱えた状態であてのない旅をするなんて無茶だ。

そう訴えても、彼女は君が居るから平気だと聞き入れてはくれないんだよ」

 

「考えすぎだ。オレがいてもいなくても、あいつの意志は変わらない」

 

「いや、彼女は君を信じきっている。

――粗野で乱暴で女心も知らない上に、交友関係に重大な問題が発生すると承知で、うら若き少女と就寝共にするムッツリな君を」

 

「おい」

 

「そんな君たちを見逃した結果、二人の仲が成就してしまったら、僕は……!」

 

「お前、オレをなんだと思ってんだ」

 

「すまないユーリ。僕たちの未来のために、ここは黙って死んでくれないか」

 

「死ねるか」

 

 

ユーリはこめかみを痙攣させながら、フレンの無茶な願いを即刻却下した。

 

 

「男女つがいにしたらデキちまうって、どんだけ潔癖なんだよ。

お前がそんなんじゃあ、男の誰一人あいつに近づけられねえじゃねえか」

 

「当然だ。女性でさえ危ういのに、異性なんて接近させるわけがない」

 

「フレン。そんな人知超えた価値観を真摯に訴えられても、オレ全然理解できねえ」

 

「僕は彼女の貞操を守る手段を考慮しているだけだ」

 

「考えなくても、あいつ、身持ちかてぇから」

 

「無理矢理腕枕してのけた君に説得力はないよ」

 

「そんなに言うなら、お前がついてけばいいだろ。

巡礼と桜を帰すのと平行してやりゃあいい。

あいつの操守れるし、一緒に行動してりゃあ、心を掴むのには十分――」

 

「それは駄目だ」

 

 

楽観を許さないフレンに、これでもかと事案を持ってくるが、即座に突っぱねられた。

理由は聞かなくてもわかる。

わかってはいるが、互いに譲ることが出来ない。

親友と言う難攻不落の鉄壁に、ユーリは大きく嘆息した。

 

 

「真っ二つだな」

 

「彼女の為だ」

 

「違う。騎士団と自分の為だ。そこに桜本人の意思はない」

 

「そうじゃない。僕は見たらから。

シャイコス遺跡で倒れていた、あの時の彼女を見たら、誰だって……」

 

 

薄暗闇の中、自分の腕の中で冷たくなっていく柔らかな肢体、血の気の無い無垢な顔、零れ落ちていく少女の命。

当時はなんとか助けられたが、次また同じ事が起きたら? 自分が傍にいなかったら?

想像するだけでも、恐怖で心が震えて、全身の筋肉が萎縮する。

あんな恐ろしい目に遭わせるくらいなら、こちらで幸せに暮らす方法を模索するべきではないか。

 

 

「――彼女はまだ現実が見えていないだけだ。

僕がきちんと説得してみせる」

 

「"フレンさんなんて大嫌い"で一発撃沈されたら、世話ねえよな」

 

「う゛……。彼女に理解してもらうよう努力する。

こちらに慣れないというなら、暮らしやすいよう出来る限り手は尽くすつもりだ」

 

「知ってるか。それ、懐柔って言うんだぜ」

 

「相変わらず、君はひねくれ者だね」

 

「お前こそ、頭カチコチだよな」

 

 

いくら言葉を交わしても平行線。

昔からそうだった。仲良くするより、喧嘩の数の方が多かった。

大きくなるにつれて、互いに折り合いをつけるようにしてきたが、これだけは、今回だけは――

 

 

「彼女の生死に関わるんだよ」

 

「あいつの一生に関わるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

攻め手はヤンとデレ

 

黒髪は兄属性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨雲の下、大陸北西に寂しく佇む港町カプワ・ノール。

客の少ない宿屋の一室で、私は気だるそうに椅子に腰かけて、窓越しから響く雨音に耳を傾けていた。

 

 

「フレンさん。ユーリと二人で話がしたいって宿屋出てったっきり、まだ帰って来ないね」

 

「随分経つよ。何時に戻るつもりなんだろ。

ユーリなんか指名手配されてるんだから、早く帰らないと悪い役人に見つかっちゃうよ」

 

 

テーブルに頭ぶっ潰して呟くと、ベットで腰をかけていたカロルが物思わし気な表情で窓の外を眺めた。

少し前、執政官宅前にいた私とユーリであったが、宿に戻る途中ゴタゴタがあって、現在青年二人が幼馴染水入らずで話し合いに出て行ってしまい、残された私たちは待ち惚け状態。

カロルと揃って遅いねーっとため息ついていたら、入り口で直立しているソディアが事務的に安堵を促してきた。

 

 

「ユーリ殿には小隊長がついていますから、ご心配には及びません。

及ばずながら小隊長に代わり私が皆様をお守りしますので、どうか今しばらくこちらでお待ち下さい」

 

「ありがとうございます。

騎士って、役人と同じ公務員だもんね。

フレンさんがいれば、性悪役人にちょっかい出されたりしないか」

 

「ついでに善良な一般市民も近寄らないでしょうね。

剣士と騎士がサシでサドンデスバトルやってたら」

 

「サド……ッ」

 

 

ソディアの言葉に安心する間もなく、壁にもたれて本を読んでいたリタに恐るべき可能性をつかれて、私は凍りついた。

 

 

「私があえて言霊にしなかったことを何の躊躇いもなく紡ぎ出すんじゃないですよ。リタさん。

マジで白昼堂々幼馴染限定バトルロワイヤルだったらどうするの」

 

「事実よ」

 

「事実かどうかまだわからんわ」

 

「暢気なものね。ユーリを見るあのアホ騎士の形相忘れたの?

あれは親友をも締め殺す修羅の顔だったわよ」

 

「リタ、違います。とても素敵な笑顔でした」

 

「いや、エステル、あれはとてもキレてましたんだよ。

スマイルというオブラードでなんとか隠していただけだよ。

宿屋にいた時点で七割くらい溶けかかってたけど」

 

「貴方に注がれるフレンの熱い想いに遮られて、まったくもって見えませんでした」

 

「こっ恥ずかしい上に白々しいことを平気で言うな。

元はといえば、エステルが許可無く煽り目的で腕膝枕の件をストレートに喋ったから、フレンさん怒ったんでしょう」

 

「事実です」

 

「事実だろうが何だろうが。

血縁でも恋人でもない男女が半径50センチ以内で就寝共にするなんつう誤解されかねない事実を第三者が当事者がいない状況でオイソレと喋っていいもんじゃないでしょ、しかもプッツン騎士に!」

 

 

ええ、エステルは事もあろうか、私がユーリに膝枕や腕枕された件をフレンにバラしてしまったのだ。

 

発覚したのは、海賊少女とエンカウントした後の帰り道。

ユーリと"変な娘だったね、うふふアハハ"と談笑しながら宿屋に行ったら、入り口で清涼感溢れるナイト様でお馴染みのイケメン小隊長が、灼熱の業火をバックに仏頂面で仁王立ちしていた。

 

たちまち脳裏に蘇るザーフィアス城の食堂の記憶。

 

友の異変を察知したユーリも、迷わず私の手を引き逃げ出した。

フレンがヤヴァイ。猛烈にヤヴァイ。

竦み上がる心を奮い立たせて、その場を離れる私達であったが、鋭い何かが空を切って、ユーリの足元に深々と突き刺さった。

私達の進行を阻むように燦然と輝くのは、一振りのロングソード。

後ほんの少しタイミングがずれていたら、ユーリの足を串刺しにしていただろうその剣からは殺意が顕著に滲み出ていた。

このタイミングで、こんなことするヤツは一人しかいない。

――ま、まさか―――

 

 

「どうして逃げるんだ」

 

「ひいっ」

 

 

突然耳元に男の冷たい声が注ぎ込まれて、心臓が飛び出しそうになる。

仰け反りながら振り返った先には、宿屋の前にいたフレンが眉毛一つ動かさず背後に立っていた。

瞬間移動まで習得しやがりました小隊長。

危険を感じた私がユーリの背後に身を隠すと、彼は無表情の顔に笑顔を張り付かせ手招きしてきた。

 

 

「桜。ユーリの後ろに隠れてないで、こっちにおいで」

 

「い、いいです。ここが落ち着くんで」

 

「今更照れることはないだろう」

 

「照れる通り越して、心臓が止まりそうです。畏怖的な意味で」

 

「鼓動が止まる原理がイマイチ解らないけど、このままでは体が冷えて、風邪をひいてしまうよ。

ほら、タオルを持ってきたから―――、

―――、

―――、

……おいで」

 

「すみません。今の溜めはなんですか?

よもや、フレンさんが拭いて……いや、いいです。聞きたくないです。遠慮します。お断りしますって言ってんのに、周囲にバラを咲き散らす勢いで私を誘うのはやめて下さい。

自前の爽やかさで卑猥な空気を消滅させるミラクル体現されても、根本から恐ろしくて飛び込めません」

 

「どさくさに紛れて君の身体に思う様触れようなどという下衆な考えは欠片もない。

ウサギのように震えていないで、さあ」

 

「あのな、フレン。

お前がどんなに良い男で善意があったとしても、笑顔でキレるなんて不気味な芸披露して背後立ってたらビビるし、あまつさえ手招きしながら迫ってきたら余計怯えるだろうが」

 

「怒ってるのは彼女にではなく、ユーリ、君にだ」

 

 

ユーリが震える私を背でかばいながら代弁すると、フレンは鋭い眼光でこれを返した。

 

 

「エステリーゼ様から、話は聞かせてもらったよ。

君の桜に対する度の過ぎた所業をね」

 

「あ? 所業? うーん……、ちぃっとばかし甘やかしすぎたかな?」

 

「甘やかしたで済むような軽い行為ではない」

 

「無愛想なオレにしては驚くほど優しく丁寧に桜の面倒見てきつもりだ。

例えて言うなら、お姫様につかえる従者みたいな」

 

「何がお姫様の従者だ。デリカシーなんてもの、昔から持ち合わせていなかったじゃないか」

 

「乙女心察知能力が致命的なお前に言われたかねえよ」

 

「騎士として最低限、女性への対応は心得ている」

 

「確かに女振るテクニックはプロ級だよな」

 

「今は僕の話ではなく、君の話をしているんだ。

そうやって誤魔化していないで、話を聞いて……」

 

 

のらりくらりとかわすユーりに詰め寄るフレンであったが、背後に隠れる私と目が合って押し留まった。

肩の力を抜いた彼は、改めて優しい眼差しを私に向ける。

 

 

「ごめん、桜。ユーリと二人で話がしたい。

少し彼を借りて行くけれど、いいかな」

 

「ユーリを? ちゃんとリリースしてくれるなら、構いませんよ」

 

「おいこら、当人飛ばして会話成立させんな」

 

「君に拒否権は無い」

 

「なんだよ、その物言い。嫌な予感しかしねえんだけど」

 

「フレンさん。ユーリに乱暴するつもりなんですか?」

 

「大丈夫。心配しなくてもいいよ。ユーリはちゃんと生きて返すから」

 

 

フレンは私に微笑を傾けつつ、しっかりユーリに向けて拳を鳴らしていた。

こいつ、拳で語る気だ。ユーリのHPが危ない。

 

 

「すみません、前言撤回します。フレンさんの笑顔の裏から殺戮の炎を感じます。

ユーリをご利用の際には道徳、残りHPを守って正しくお使い下さい」

 

「昔からユーリとはよく喧嘩しあった仲なんだ。

胴体を散沙雨で蜂の巣にしたくらいじゃ、くたばったりしないよ」

 

「いや、死ぬぞ普通」

 

「本人死ぬとか言ってますけど」

 

「僕が知るユーリは自分が犯した過ちは必ず報いる男だ。

虎牙破斬で刻もうが、獅子戦吼でブッ飛ばそうが、魔神連牙斬で私刑しようが、サンドバックのように受け止めてくれるはずさ」

 

「オレが知るフレンは幼馴染に対して、そんな生々しい制裁はしないはずなんだけどね」

 

「大抵の事は大目に見てきたが、桜に関しては一切妥協するつもりはない」

 

 

私とニコニコ受け答えしていたフレンであったが、ユーリには一転して厳しく断言。

始終ヘラヘラしていたユーリもとうとう観念したのか、ため息をつきながら落胆した。

 

 

「はあ……。こいつが説教するって決めたら、梃子でも動かねえからな。

桜、悪ぃ。オレ、ちょっとフレンにしょっぴかれてくるわ」

 

「ええ?!」

 

「心配すんな。お前を宿へ送ってからだよ。

それくらいは許してくれるだろ、フレン」

 

「ああ。結界の中とはいえ、ここは治安が悪いからね。

彼女にはソディアたちのいる宿屋で待っていてもらおう」

 

「サンキュ」

 

「ちょっと! 私を無視して話進めないで。

二人の流れ見てたら、話し合いだけで済みそうにないよ。ユーリ、平気なの?」

 

「なんとかなるんじゃねえの」

 

「なんとかって、他人事みたいに言って……」

 

「事実、今までなんとかしてきたからな。

さてと、フレン。宿まで桜を送ってくっから、適当にそこら辺で待っててくれ」

 

 

言って、ユーリは私の左横に寄り添って帰路へ進む。

しかし、私の右横には黙々と足並揃えるフレンの姿が。

 

 

「……なんでついてくるんだ」

 

「説明するまでもないだろ」

 

「魔が差さねえよう、見張ろうってか。

お前の狂気を目の当たりにしたってのに、逃げるなんてバカなマネできるかよ」

 

「君は義理やケジメをないがしろにするような男じゃない」

 

「疑ってねえなら、大人しく待ってろ」

 

「それはできない」

 

「オレじゃあ、桜を守るのに力不足だってのか」

 

「一分一秒でも彼女の傍にいたいだけだ」

 

「あ、そ……」

 

 

真剣に下心をぶちまける幼馴染を見て、ユーリはがっくり項垂れた。

180センチの男二名にサンドバックされてる私の方が項垂れたい。

このピリピリした空気に呑まれて、今にも発狂してしまいそうだ。

 

でも、もう少しの辛抱。皆と合流すれば、少しは空気が和むかもしれない。

 

そう自分に言い聞かせる私であったが、宿についた途端、淡い希望はもろくも崩れ去った。

 

まず初めに出迎えてくれたカロルが失禁し、次に主人を直視したラピードが吼えまくり、リタは飲んでいた紅茶を噴出し、ソディアが危うく抜剣しかけて、ウィチルのメガネが飛んだあたり、二人の醸し出す殺気は私の想像を遥かに超えていたのかもしんない。

 

後になって考えてみれば、普通ドアを開けた向こうに仏頂面の剣士と笑顔で青筋浮かべた騎士が突っ立っていたら、誰だって戦慄を覚えるだろう。

エステルを除いて。

 

ええ。彼女だけは怯えなかった。

二人が去った後、フレンに何があったか言及したところ、彼女は喜び勇んで「ユーリが貴方に膝枕と腕枕をしたとお話しておきました。フレンも負けずにお見舞いしてくれます!」とほざきやがったのです。

 

恐れていた事態が現実となった。

私一人で解決できるかはわからない。かといって放置は出来ない。

遅れてでも追いかけようとしたが、決まってエステルがこう引き止めるのだ。

 

 

「二人は幼馴染なのです。久しぶりの団欒を邪魔してはいけませんよ」

 

「あの殺伐とした空気見て団欒とか言い切る貴方の感性が知れません」

 

「物事を楽観的に捉えることは、精神の衛生上大切だと思います」

 

「現実逃避して事態が解決できたら世話ないわ。

ユーリに何かあったら、私が困るんだよ」

 

「気を落とさなくとも、わたしがついています。フレンだって、絶対貴方を助けてくれますよ」

 

「フレンさんは私が帰るの反対してるんだよ。

帰して下さいって言ったら、きっと笑顔で自室に監禁すると思うよ」

 

「彼の愛情表現です。受け止めてあげて下さい」

 

「愛か親切か知らんが、ヤツの気持ちを真正面から受け止めたりしたら、あまりの重圧に私の胸が突き抜ける」

 

 

一事が万事この調子なのだ。

彼女の制止がなくても、私一人じゃ街中歩けないし、私たちの警護を任されているソディアが許してはくれない。

この窮地を打破する為に一か八かリタに助けて視線を送ると、彼女はやれやれと苦笑した。

 

 

「しょうがない子ね。あたしがなんとかしてあげるわ」

 

「ありがとう、リタさん。

昨今頼れる正義の味方は、やっぱり魔法少女だよね」

 

「いくらアホ騎士が強くても、ファイアーボール連打すれば静かになるでしょ」

 

「フレンさんの息の根止まる前に、ソディアさん以下フレンFANの皆さんに後ろから刺されるよ。

あの人モテるらしいし、下町の希望だし、何より暴力で解決させようとすんな」

 

「フレンを鎮めるのでしたら、桜が彼のファミリーネームを名乗ればいいです」

 

「そして私が刺されるんですね。桜・シーフォか、語呂悪い上にまったくもって脈略ないわ。

仮に融通不通騎士フレンさん相手に冗談でも苗字騙ってみろ。今度こそ何されるかわからんよ」

 

「責任を持って娶ってくれますよ」

 

「そんな責任いらない。

相手が拒絶するとか、嫌悪するとか、キレるなんて後ろ向きな可能性は頭にないのか、エステル。

しつこく話題脱線させてないで。フレンさんと主にユーリの安否について話し合ってるんでしょ」

 

「ボクもユーリがいないと困るよ。その……カプワ・トリムに行く方法一緒に考えなきゃダメだしさ。

喧嘩の原因は桜なんだから、なんとかできない?」

 

 

アグレッシブな女子たちに四苦八苦しているところへ、今度はカロルが藁をすがるような視線を投げ掛けてきた。私だって、さっさと面倒事片付けて、トリムへ行きたいのに。

 

 

「フレンさんがあそこまでキレる原因がわからないんだよ。

的外れな説得したら、それこそ火に油でしょう」

 

「ユーリが桜に腕枕とかしたからって、自分で言ってたじゃないか。

桜が自分は気にしてないとか、平気だって仲裁すれば、収まると思うけど」

 

「私の親兄弟ならともかく、任務で面倒見てる人がキレることは無いでしょ。

しかも、膝枕だけで言えば、私が寝ぼけて離れなかったからやむを得ずやっただけだから、彼は被害者になるんだよ」

 

「だったら、フレンにそう言えば――」

 

「そのままフレン様に進言したところで、無駄だと思いますよ」

 

 

スケールの小さい話を厳粛に展開している中、ウィチルがメガネのフレームを押し上げて律儀に否定した。

 

 

「事情はどうあれ、やったことには変わりありません。

特に親友が自分の恋人に手を出したとなれば尚更です」

 

「フレンさんは任務で付き合ってるだけと説明している傍から、どこをどうして恋人という有得ない化学変化起こしたの、ウィチル少年」

 

「フレン様のリアクションを見れば、僕でなくともわかります。

貴方こそ、やりきれない顔しなくてもいいではありませんか。女性なら、ここは恥らうべきところですよ」

 

「恥らうどころかゾッとする。

貴方が見たリアクションには、優しさから既に病んで歪んでるフレンさんとか、高確率でロープ持ち出す変態なフレンさんとか、会話がスクランブル交差点なフレンさんとか含まれてないんかい」

 

「や、雇われ魔導士でしかない僕が、フレン様のハードコアな一面なんて知るわけないでしょう!

それにしても、あれほどの実直な人がよもや一般女子に歪んでるとまで言わしめるほどの危ない趣向の持ち主だったなんて……。世の中わかりませんね」

 

「自分で言っといてなんだけど。恋愛対象や性癖云々ではなく、彼の異常な言動によって、いかに私が混乱しているかを訴えているのであって。

他人使って卑猥な妄想しないでお願い」

 

「そんな意外性抜群な小隊長もおいしく頂けます」

 

「どうぞお持ち帰り下さい、ソディアさん。ええ、私が帰るまで」

 

 

非公開フレンを突きつけられて、赤面のウィチルが深々と頷き、ソディアは真顔でアブノーマルな上司を受け入れていた。

帝国騎士団小隊長で高スペック持ちで優しくて誠実、非常に魅力的なのは遠くで見てて分かるんだが。

一旦近づくとさまざまな奇行に悩まされる厄介な彼を理解できるのは、彼女ぐらいしかいないんじゃないだろうか。

いや、連中の趣向に付き合っている場合ではない。

 

 

「うじうじ考えるくらいなら、行動起こした方がいい。

私、ささっとユーリたちのところへ行ってくる」

 

「外は役人や傭兵がうろついていて危険ですよ」

 

「ごめん、エステル。気遣ってくれて悪いけど、じっとしてるのも性に合わないんだよ。

ちょっと街中歩いて見つからなかったら諦めて帰る。それでいいでしょう」

 

「桜に何かあったら、わたし、我慢できません」

 

 

繰り返し外出を試みるも、エステルが健気に引き止められてままならない。

今度は私の身を案じてるだけに、押し切るのもばつが悪い。

彼女が身を引いてくれなくて困っていると、再び見かねたリタが私たちの間に入ってきた。

 

 

「要はこの子を一人にしなきゃいいんでしょ。魔導師のあたしが付いていけば問題ないわ」

 

「ならば私もお供しましょう。帝国騎士が同行すれば、執政官の役人も易々と手出しは出来ません」

 

「リタさん、ソディアさんまで、二人ともありがとうございます」

 

「いいのよ。待つのに飽きてきたトコから。

あいつら無視して、さっさと出発したいけど、そうもいかないんでしょう」

 

「私も丁度小隊長を呼びに行こうかと考えていたので。

後の任務もつかえていますし、何より貴方から目を放したら小隊長が壊……ゲフ、ゲフン。

あ、貴方を守るのも、私の任務ですから」

 

「ソディアさんもフレンさんの説教が怖いんですか?」

 

「いいえ。フレン小隊長のご指導は常に適切です。

お怒りになっても怒鳴りはせず、落ち着いて諭して下さいますよ。あの眉間にシワのよった童顔が凛々しくも可愛くて、甘い低音ボイスが萌え……失礼しました。

私のことならば、ご心配無用です。お気になさらないで下さい」

 

 

動揺しながらもソディアの口からするすると如何わしい発言が飛び出してくる。

うん、彼女もなかなか明後日のようだ。期待は裏切らないだろう、変態的な意味で。

恐るべき未来に頭痛が襲い掛かる私など知らずに、彼女はきびきびと私とリタを外へと促した。

 

 

「では、皆さん。お二人を探しに行きましょう。

ウィチル。私たちが留守中、エステリーゼ様を頼む」

 

「任せてください」

 

「いいえ、わたしも一緒に行きます」

 

「申し訳ございませんが、エステリーゼ様をお連れすることは出来ません」

 

「リタだけでなく貴方も一緒だと、桜のライクフラグが立ってしまうかもしれません。

ラブはフレンにくれてやってもいいですが、ライクはわたしが回収しなければいけないのです!」

 

「意味不明な横文字並べて混乱を誘うな。

ラピードが残ってくれるんだから、帰りを待っている間、この子でモフモフして過ごしてればいいじゃないの」

 

 

私が当てつけにラピードを指差すと、休んでいた彼は耳をピクリと動かし、のそりとち上がった。

あ、ユーリじゃなくても応えてくれるんだ。

感心する私とは裏腹に、彼はエステルではなく私の隣までやってきて、ピタリと立ち止まった。

 

 

「違うよラピード。貴方はエステルたちとお留守番するんだよ。あっちでお座りしてなよ」

 

「ワフ!」

 

「ワフって元気よく返事されても困るんだってば。

貴方はあっち、ほら、あっち。GO ラピード! お留守番!」

 

「……フン」

 

「そっぽ向くなワンコロ! ラピード、ラピード! ああ、もう。言うこと聞いてくれない。

ユーリなら、ツーカーで動いてくれるのに!」

 

「聞かないのが普通じゃないかな」

 

「寧ろ分かっててやってんじゃないの犬コロ」

 

 

私たちのやり取り見て、カロルとリタは呆れ返った。

日常のユーリとラピード見てたら、目と目で通じ合うんじゃないかって思うだろ。

私にそう信じ込ませるユーリが宇宙人にみたいじゃないかって思うだろ。いや、異世界人に変わりはないけど。

一人でそんな疑問を巡らせていたが、エステルの涙目を食らって即中断した。

 

 

「酷い。桜だけでなく、ラピードまで、わたしを置いて行くのです?」

 

「な、泣かないで、エステル。ラピードは照れてるの。ほら、ツンデレだよ、ツンデレ」

 

「ラピードはツンばかりで、デレたことはありません」

 

「私もラピードが尻尾振って喜ぶ姿は見たことないけどさ。

……わかった。エステルがそんなにラピードが好きなら、仲良くなれるように協力するよ。

だから、今回はソディアさんの顔を立てて、大人しく待っててくれないかな」

 

「本当です?」

 

「本当、本当」

 

「わかりました。わたし、桜とラピードとイチャイチャできるまでずっと待っています」

 

「イチャイチャって……」

 

「何故だろう。ボク、エステルの心が歪んで見えるよ」

 

 

カロルはウキウキしながら椅子に深く腰掛けるエステルから黒い下心が垣間見えたのか、ガラスのハートが若干摩れたようだ。

一方利用されたラピードはお姫様からの如何わしい視線を受けて、ずるずると後ずさった。

私に背いた報いは受けてもらうぞラピード。これから毎日死ぬほどモフモフされるがいい。

まあ困った時は飼い主ユーリに丸投げだけどね、とか目論見つつ、ソディアとリタ、やたら背後を気にするラピードを引き連れて、宿屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

小雨にさらされながら、ユーリとフレンの姿を求めて、3人と1匹がカプワ・ノールを歩き回る。

時折人を捕まえて訊ねてはみるが色よい返事は無く、雨のせいでラピードの鼻を利かず、少しも探索ははかどらないまま。

元々人通りは少ない街中をうろうろしているうちに、とうとう港まで足を運んでいた。

 

 

「ユーリとフレンさん、どこまで行ったんだろう。街の外なんか行ってないよね」

 

「ありえない。連中があんたやエステリーゼを残して行く理由が無いわ。

黙って置いてったりしないし、……あ、あたしがいるんだから、心細いなんて言わせないわよ」

 

「うん。リタさんがいると心強い。

それにしてもこの港、船は一隻も出てないし、人っ子一人いない。なんか不気味だね」

 

「執政官の命で、現在港は封鎖されていますから。

無視して船を出せば、法令違反で砲撃され、天候まで悪化するそうです。

その為、市民は商売が成り立たず疲弊し、税金を収められない状況に立たされています」

 

 

私が眉を潜めて港を眺めていると、ソディアが丁寧に現状を説明してくれた

道理で街は廃れ、役人と傭兵の取立ダックが横行しているわけだが、どうにも腑に落ちない部分がある。

 

 

「何故、執政官は港を閉鎖したのかな。嵐が来て危ないという理由で港を封鎖したなら、砲撃なんて本末転倒でしょ。

ていうか、それ以前に船を出したら天気が変わるって変だよ」

 

「もともと荒れやすい時期ではありますが、これは意図的に天候を操られているものだと、ウィチルから報告を受けています。

まだ確証は得ていませんが、執政官がそれらしき魔導器を用いたのではないかと推測しています」

 

「いいの? 一介の騎士があたしたちにペラペラ調査情報公開しても」

 

「宜しければ、魔導士リタ殿のご意見をお聞かせ願えればと思いまして」

 

「なるほどね。期待させといて悪いけど、あたしも天候を操る魔導器なんて聞いたことがないわ。

仮に作れたとしても、かなり大掛かりな筐体と魔核が必要に―――あ!」

 

「リタ殿……?」

 

「リタさん、心当たりがあるの?」

 

「――おじさんも心当たりあるわよ」

 

 

リタとは正反対、背後から知らない声が降りかかる。

声の主へ視線を移すと、そこには一人の中年男性がこちらに向かってゆるく手を振っていた。

――誰だ、このオジサン?

リタかソディアの知り合いかと考えたが、両者とも私と同じくオジサンをジッと凝視している。

オジサンは女性3人と犬1匹の探るような視線を物ともせず、ゆっくり話の続きを始めた。

 

 

「ラゴウ。お執政官様の屋敷に大きいな荷物が持ち込まれてから、出航する度にお天気グルグル変わるようになったって、街中噂になってる。

十中八九、魔導器だろうねえ」

 

 

ざんばら黒髪をひとつに括り上げ、渋く緩い顔に無精髭、だらしなく着こなした和風テイストの装束。

元の造りは良さそうなのに、この体たらくな格好のせいで木っ端微塵、非常に残念な事なっている。

何度頭からつま先まで確認しても、こんなオジサン見たことない。

ラピードが大人しいから、敵ではないようなのだが………。

 

 

「なんか飲み屋の裏で潰れてそうなオジサンだよね」

 

「あ、それ酷くない? 折角桜ちゃんに会えたのに、もちょっとフレンドリーな言葉頂戴よ」

 

「……!」

 

 

ゆるゆるしたオジサンの口から私の名前が出てきて、即座にリタが身構え、ソディアが私を背で隠す。

 

 

「貴様、何者だ?!」

 

「ごめん。警戒させちゃった? おっさん、怪しいもんじゃないよ」

 

「中年のオジサンである事以外、怪しさしかないですよ」

 

「桜ちゃんったら辛辣。

俺はこう見えても名の知れたギルドのもんで、名前は……まあ、とりあえず、レイヴンで」

 

「とりあえずって、本名じゃないの?」

 

「ミステリアスなおっさんって萌えるでしょ」

 

「偽名使うってことは、何かやましいことがあるのね。

どこでこの子の名前を知ったの? 場合によっちゃあ、魚のエサだから」

 

「きちんと答えるから、ピリピリしなさんなよ、魔法少女。

おっさん、帝都で一仕事終えてダングレストに帰るところだったんだけど、港はこの有様でしょ。

しょーがなく街中ブラブラしてたら、なんと巷で噂の少女を見つけちゃって、思い切って声かけたわけ」

 

「噂の?」

 

「騎士団の今を輝くフレン・シーフォ様のハートを見事射止めた、肉食系少女」

 

「嘘だ! 空想だ! フィクションだ!!」

 

「というのは、七割方嘘で」

 

「おおおい?!」

 

「騎士団が極秘に保護してるっつう不思議少女なんでしょ」

 

「あ……!」

 

 

初対面のオジサンから想定外な発言が出てきて、私たちに緊張が走る。

私の事は帝国だけだと思っていたのに、何故ギルドの人間が?!

これには当の騎士ソディアも異常事態と判断したのか、警戒の色を濃くして、レイヴンに詰め寄った。

 

 

「どこでそのようなデマを……?

よもや、城に忍び込んだとでも言うのか」

 

「どこって、帝都の貴族街だったかな。

おっさん、その辺りでお仕事してたら、誰かが"シャイコス遺跡で不思議少女見つけちゃった"って話してたのをチラッと聞いたのさ」

 

「貴族街? 馬鹿な……っ、いつの話をしいる?」

 

「一週間くらい前にね。

他にもあるよ。騎士に捕まった時とか、牢屋に篭ってる間とか。

だだね~、又聞きで小耳に挟んだだけだから、詳しい情報はないのよ」

 

 

一週間くらい前となると、私がコチラに来てすぐじゃないか。

貴族街と言うことは、とっくの昔に城外まで私の情報が漏れていたことになる。

 

 

「矛盾してない? 騎士団が街の人にもわかるほど私を厳重に警護してたら、キュモールの犯行に説明付かなくなるよ」

 

「桜、落ち着いてください。

公の場で、その話をするのは控えた方がいいかもしれません。後で小隊長にご相談しましょう」

 

「あたしも賛成。考えるのは後よ。口の軽そうなおっさんに盗み聞きされちゃ面倒だわ」

 

「何その蔑んだ瞳。おっさん、口硬いよ! 信じて!

まだ一人しか喋ってないんだから」

 

「喋ってるじゃないの」

 

「喋らなきゃ、未だ桜ちゃんは城に捕らわれの少女ままだったのよ」

 

「私が城に? 誰に私のことを喋ったの?」

 

「黒髪の美青年が助けにきたでしょ」

 

 

黒髪の美青年……ユーリの事?

じゃあ、この人が――

 

 

「貴方がユーリに私の居場所を教えたって言う胡散臭いオッサン?!」

 

「うさ……!? 青年ってば、桜ちゃんになんて話したのよ、もーっ。

こんなダンディでイカスおじ様捕まえといて、胡散臭いはないわーっ」

 

「で。その胡散臭いおっさんが、桜に何の用なの?」

 

「魔法少女まで!皆寄ってたかって虐めるなんてイケズ! おっさん泣いちゃうわよ!」

 

「泣いとけ! ったく、ウザいったらありゃしない。

桜、もう行こ。こいつ相手にするだけ時間の無駄よ」

 

「そだね。なんか、言葉交わすだけで体力ゴッソリもってかれたわ」

 

「えー、桜ちゃん、おっさん無視しちゃっていいのかな。

ユーリ・ローウェルとフレン・シーフォの居場所、知りたいんじゃなかったの?」

 

 

片っ端からおどけまくるレイヴンを見限り、回れ右しようとしたところ、二人の名前が出てきて足が止まった。

しかもフルネームときた。

無意味にちょっかいを出してきたのではないのか。

 

 

「レイヴンさん、ユーリたちがどこにいるか知っているんですか?」

 

「もちろん。おっさん、美人には嘘つかないよ。将来有望なお嬢ちゃんにもね」

 

「桜、この者の戯言に耳を傾ける必要はありません。

この手の類は大抵相手の弱みに付け込んで、無茶な交換条件を吹っかけてくるに決まっています」

 

「女騎士さんったら、疑り深いんだから。可愛らしいお嬢ちゃんに大それたおねだりしないわよ。

欲を言えば、お近づきになりたいってところかな」

 

「お近づき? 私、人の役に立つようなスキル持ってないよ」

 

「能力が欲しいとか利用しようなんて目論んで無いさ。

純粋に桜ちゃんに興味があって、仲良くしたいだけ」

 

 

胸に一物も二物もありそうなオジサンが、何の取り柄の無い自分のどこに惹かれたのだろうか。

私から好奇の視線を浴びて気を良くしたレイヴンは、私を誘い込むように詳細を語り始めた。

 

 

「桜ちゃんは他の女の子とは何かが違う。

おっさんはそこに魅力を感じるのよ」

 

「私に魅力? 例えば、どんなところに?」

 

「不思議少女と言う前代未聞のニュータイプってところに」

 

「ニュー……ッ」

 

「ツンデレ、ヤンデレ、お姉さん、ミステリアス系とはちょっと違う新境地タイプの女の子って刺激されるじゃない。そそられる、萌える、思う様堪能したい!

これは何が何でも攻略しなきゃと、百戦練磨の色男なら思うわけよ!」

 

「行こう、皆」

 

「そうね。ユーリたちも、先に帰ってるかもしれないわ」

 

「あ、待って! 今のはおっさんのちょっとしたジョーク! 出来心! お茶目だって!」

 

「お待ち下さい、皆さん」

 

 

しつこく追ってくるレイヴンを無視して歩き出したら、なんとソディアが引き止めてきた。

よもや、このユルユルぼけぼけ脳内おピンクなオジサンの肩を持つ気なのか。

彼女の正気を疑う私達。片やレイヴンは尊敬の眼差しを送った。

 

 

「さすが女騎士さん。俺の真実の愛を理解してくれるなんて!

俺様、ストイックでデレな女性にも目覚めそう」

 

「いえ、念のために貴方を拘束すべきだと判断したまでです。

情報漏洩の防止及び、全世界の女性の安寧の為に」

 

「ちょ、逮捕?! まるで全世界の女の敵と言わんばかりの言い草?!

おっさんは女性を食い物にしてると言うより寧ろ食い物にされて――ごふ、ごふごふん!

やめてとめて許して!

せ、青年たちなら、そこの倉庫の裏で見かけた!」

 

「倉庫の裏?」

 

 

ソディアに詰められたレイヴンはうろたえ、情けない声を上げて、街と港の間に並ぶ倉庫を指差した。

私たちは港の全部は探していないから、あそこに二人がいる可能性は高いのだが。

 

 

「それ、本当なの?」

 

「君に嘘は言わないって言ったでしょ」

 

「やめときなさいよ、桜。

どうせ、このおっさん、あたしたちの興味を惹きたいだけだから」

 

「信じる信じないはソッチで任せるよ。

青年たちを見かけた時、只ならぬ雰囲気だったから、見てみぬ振りしてたけどね。

おたくらの知り合いなら、早く止めに行った方がいいじゃないの」

 

 

ユーリとフレンが?

よからぬ気配はしていたが、まさか本当に斬った張ったやってるんじゃ……!

 

 

「ユーリ!」

 

「フレン小隊長!」

 

「ああ! 二人とも、先行くな! ったく、追いかけるわよ、犬コロ!」

 

「ワォン!」

 

 

二人の危険を察し、わき目も振らずに倉庫裏へ駆け出す私とソディア、その後をリタ、ラピードと続く。

レイヴンはその背中を目で追いつつ、ふらりと闇へ姿をくらました。

 

 

 

 

 

 

私は一心不乱に倉庫の裏手を駆け回っていた。

レンガの壁を沿いながら、目に付く場所を隈なく探していくが、一つ、二つ倉庫を通り過ぎても、誰にもぶち当たらない。

この大陸全土の貿易を賄う港だ。倉庫の数が多くて当然か。

それとも、レイヴンが嘘をついたのだろうか。

あの浮ついた態度といい、言葉といい、容姿といい、信用の欠片もない。

私たちに近づいた理由も胡散臭かったし、ユーリたちの居場所を知っているというのも、リタの言うとおり、私達の気を引くためじゃないだろうか。

 

 

「う。私、担がれたのかも……」

 

 

倉庫裏ってのも、逮捕から逃れる為の出任せだったのか。

後ろにはきっちりソディアもついてきているし。

今からでも引き返して、レイヴン締め上げるべきではないかと頭に過った瞬間、目前に影が覆いかぶさった。

 

 

「うぷ?!」

 

「うわ?!」

 

 

上半身に大木に体当たりしたような衝撃が襲い掛かり、弾かれる私の体を誰かが強く抱きとめた。

頭上から注ぐ、聞き覚えのある若者の声。

強張る私の身体を包み込む逞しい二の腕から、温もりと優しさが伝わってきて、安堵して目を開くと、まず飛び込んできたのは空色のライン。

そのままゆっくり視線を上げた先には、鮮やかなブロントを持つ精悍な青年が、憂いを含んだ青い目で私の顔を覗き込んでいた。

 

 

「フレンさん……?」

 

「すまない。僕としたことが、君がきていたのに気づかなかった。

怪我は? 痛いところはないかい? ……桜?」

 

「だ、大丈夫です」

 

 

各部から感じる心地よい体温、慣れない香り、吸い込まれるような澄んだ瞳、物柔らかな声、フレンの存在全てが一斉に自分へ注がれて顔を直視できなくなる。

――ああ、絵に描いたようなイイ男だ。

再確認のつもりはなかったのだが、どういうワケか例の暴走が沈静化している分、本来の魅力が露骨に伝わってきてしまい、落ち着かなくなってしまう。

今の彼が通常モードなのなら、モテまくるというのも頷ける。

私がいつもとは違う反応を見せたためか、フレンにしては珍しくオロオロし始めた。

 

 

「顔を伏せて、どこか具合が悪いの?

もしかして、僕、何か拙いことをしたのかな」

 

「拙いことじゃないですけど……その、いつものフレンさんとは違うから、驚いちゃって。

いや、これが普段のフレンさんなのか」

 

「普段の僕? いつもと変わらないと思うけど。

おかしいところがあったら教えてくれ。更生に努めよう」

 

「いいえ、今の方がいいです。ええ! 断然普通がいいです!」

 

「あ……ええと、桜?」

 

「通常フレンは、桜も漏れずに好感触のようときたか」

 

 

戸惑うフレンの背後から、ユーリがひょっこり出てきて、ジト目で私たちを蹂躙した。

キョトンとしていたフレンは幼馴染が面白くなさそうにしているのを見て、更に困惑するばかりだ。

 

 

「二人して、僕が普通だとか通常だとか、わけがわからないよ」

 

「自覚ないのかよ。

まあ、確かに思春期魔法少女と生真面目な部下と幼馴染と愛犬の視線を憚らず、意中の女の子と二人だけの世界を作ってたら、気付く必要なんてないよな。

――ご馳走様。お腹一杯だ」

 

 

ユーリからぶっきら棒に指摘されて、初めてリタ、ソディア、ラピードの視線が自分たちに集中しているのに気付く。

慌てて身を離したところで、私たちに注がれる痛い視線は変わらないが、フレンは耳を赤くしても尚、一生懸命に否定した。

 

 

「ユーリ?! 彼女と世界だなんて……!

ぼ、僕は決して彼女にいやらしい気持ちはない!」

 

「隠しようがないほど紅潮しといて何言ってんだよ。

喜べよ、桜もまんざらじゃなさそうだぜ。なあ? 桜」

 

「まんざらって、あのね、ユーリ。

カッコイイ男に抱かれたら、普通冷静ではいられないでしょう。煽らないでよ」

 

「男友達として親友のロマンを応援するのは当然だろ」

 

「バカっぽい。二人を応援するなら、口だけでなく顔にも出したら?」

 

「渋い顔してるお前にだけは言われたかねえよ」

 

 

冷めた表情で煽っていたユーリは、リタからキツイ突っ込みを食らい、苦笑した。

ユーリは皮肉屋だから、大体口と態度が合わないはずだが。

間もなく私たちが平静を取り戻したところで、待機していたソディアがフレンに小さく畏まって敬礼した。

 

 

「申し訳ございません。

宿で待機とのご命令でしたが、お二人の帰りが遅いので、希望により彼女と共に駆けつけました」

 

「いや、私の方こそ、皆を待たせてすまなかった。

エステリーゼ様は宿に?」

 

「はい。現在ウィチルをお供につけています。

それと一点、至急ご報告したいことが」

 

「何だ」

 

「桜のことで。

シャイコス遺跡以降の彼女の情報が一部のギルドに漏洩しています」

 

「……!」

 

 

ソディアの恐る恐る報告を口にした途端、ユーリとフレンの表情が強張った。

 

 

「フレン。こりゃあ一体……」

 

「早いな。予想はしていたが、あまりにも早すぎる。

このままでは、余計な火種が出るかもしれない」

 

「待って。それって、レイヴンのことだよね。

ユーリ、あの胡散臭いオジサンだよ」

 

「オジサン?」

 

「帝国の牢屋で怪しいオジサンから、私のこととお城の脱出方法教えてもらったって言ってたでしょう。

そのオジサンのことだよ。ソディアさんの言う一部のギルド」

 

「ああ、あの……! そういや、ギルドがどうとか言ってたな」

 

 

帝都脱出時の記憶を指摘されて思い出したのか、ユーリは指をパチンと鳴らした。

 

 

「知っているのか、ユーリ」

 

「城の牢屋で一方的に世話になったんだ。

あれから会ってねえんだけど、なんでお前らの口から出てくるんだ」

 

「あんたたち探している途中、向こうから接触してきたのよ。

レイヴンとか名乗ってたけど、本名かどうかも怪しいわ。

桜がシャイコス遺跡で発見されたのと、騎士団に守られてるの、他にも色々知ってそうな感じだった」

 

「ふーん……。

牢屋ん時は、出自の知れない女の子が軟禁されてるくらいしか教えてくんなかったのにな」

 

「ギルドの人間で、しかも我々騎士団の動向まで掴まれているとなると非常に厄介だ」

 

 

リタから詳細を聞いた二人は、ますます表情を険しくした。

私も情報が広がる速度は異常だと、疑問に思ってはいたが。

具体的に何が厄介で、どう困るのか、理解していなかった。

 

 

「ソディアさん。ギルドに私のことがバレると何か拙いんですか?」

 

「残念ながら、ギルドの中には帝国を快く思わない者が大勢います。

今まで通り邪険にされる程度なら問題ありませんが……」

 

「君に危害を加える連中が出てくるかもしれない」

 

「私に? でも、親衛隊やシュヴァーン隊が警護してくれるって前に貴方が説明してくれましたよね。フレンさん」

 

「そうだね。けれど、帝国内に限っての話だ。

王族や貴族ならともかく、シャイコス遺跡の件が済んでいない君は重要参考人、騎士団の保護対象でしかない。……表上はね。

そんな君に帝国外の連中が何かしらアクションを起こした場合、騎士団の行動如何によっては周りに余計な刺激を与えることになる」

 

「えっと……すみません。もう一度お願いします」

 

「要するにだ。

世間では出所不明の少女でしかないお前が、帝国以外の誰かに誘拐されたり人質にされた場合。

フレンたち騎士団がおおっぴらに対処しちまうと、周りに"帝国騎士団動かすほどの何かがお前にあるんじゃないか"と勘繰られちまうって事だ」

 

「なるほど。でも、私、ホントになんもないよ」

 

「例え何もないとしても、注意するに越したことはない。

大体はユーリの説明通りだが、帝国の関係有る無しに関わらず、君に何かあったら僕が守るつもりだから」

 

「フレンさん……」

 

「その為にも、旅なんかやめて、僕と一緒に帝都に戻ってくれたら、随分助かるんだけど」

 

「それはちょっと」

 

 

さすがカタブツ、諦めてなかった。

熱い眼差し送りながら守るというから、少しときめいてしまったじゃないか。

当のフレンは私にそれとなく断られて一瞬ショボンとしかけたが、すぐさまキリリとエリート小隊長に戻り、身を翻した。

 

 

「……ここで立ち話も何だ。話の続きは宿でするとしよう。

あまりエステリーゼ様をお待たせするのも悪い」

 

「了解です」

 

「またガキンチョをいじめてなけりゃいいんだけどね。後がウザいから」

 

「リタさんがそれを言うんだ」

 

「あたしはいいのよ。あいつブッ飛ばすのに意味があるもの。

エステリーゼと違って、その……あんたの融通だけは通してるつもりよ」

 

「まあ、リタさんは比較的話は通じやすいけど」

 

 

エステルも聞き分けいい時があるので、一概に悪いとは言い切れないが。

聞き分けと言えば、今のフレンはヤケに落ち着いているようだ。

再会早々バックから抱きしめたり、全力で落ち込んだり、帰ると言った途端プッツンしたり、殺意全開で親友を待ち受けていた時とは、まるで別人。

宿屋へ帰る道中、執政官の魔導器について話しているのか、彼がソディアに加えて、あのリタと並んで歩いているのも驚異的な変化だ。

ますますもって不可解な事態に、思わず傍らを歩く原因の元に答えを求めてみた。

 

 

「ねえ、ユーリ」

 

「ん?」

 

「フレンさんと二人きりで何してたの?」

 

「いかにオレとフレンがお前を愛しているか、身体張ってとことん語り合ってた」

 

「貴方が私に筋肉枕とフェイスロック食らわした件についての説教じゃなくて?」

 

「それもまた愛の形だ」

 

「……要するに、膝枕と腕枕の件を弁解した上で、現在のノーマルフレンさんが存在するわけか。

よくあんだけブチキレてた人を宥められたね」

 

「今でもかなり際どいけどな」

 

「どういう意味?」

 

 

そう訪ねると、彼は前を行くフレンを気にしながら、ソロリソロリと距離をとり、私にしか聞こえない程度の小声で答えた。

 

 

「法律規律最優先のフレンにとって、お前は未知数なんだよ。正直持て余してんだ」

 

「評判の割には行き過ぎた言動が多かったから、薄々気づいてはいたよ。

けど、未知数って、私はごく平凡な女の子なのに」

 

「お前とオレたちじゃあ、生まれ育った環境が根本的に違う。

お前がどんなに普通だと言ったところで、それはお前の世界での普通であって、この世界の住人にとっちゃ充分異質なんだろ」

 

「こちらの知識がないのとエアルに弱いとことか」

 

「フレンはそれが片鱗だと思って、慎重になってるのかもな」

 

 

ああ、言われてみれば、そのとおりだ。

「自分は凡人だ」「ただの女子高生だ」と言い張っても。異世界の人間ってだけで、既に違う。

エアルとこっちの世界の常識がないことを除けば、他の人と変わらないと思い込んでいた。

 

 

「特別か……。ユーリも普通の人に比べて私と付き合うのが難しいと思ってる?」

 

「んー……。……。……。そういや、考えたことねえな」

 

「自分もビックリみたいな顔するな。それはそれでおかしいでしょ」

 

「考えるより慣れろってヤツだ」

 

「わけわかんない。さっきの話はなんだったのよ」

 

「客観的な意見を言っただけだよ。

オレだって、フレンの暴走をこの目で確かめるまで、意識すらしなかったからな」

 

「フレンさんもアレだけど。いいのか、それ……」

 

「オレがいいからいいんだ。

オレとフレンとじゃ何が違うといえば、先入観があるかないか。気にしないヤツはしない」

 

「た、単純な。

でもそうなると、フレンさんは私がいつどんな行動をするか常に気を使ってるって事だよね。

重荷になんじゃないの?」

 

「違うよ。あいつは任務だけで、お前の世話を焼いてるんじゃない。

あいつはあいつなりに、お前を大切にしたいだけなんだ」

 

 

幾度となく自分に投げかけられたフレンの言葉を再度、ユーリが紡ぎ出した。

宿屋での彼は確かに強引ではあったが、私に対して必死で真剣だったのはよく分かる。

 

 

「今のフレンさんならいい。カッコイイし、温厚だし、話が通じるし、人気があるのも頷ける。

私だって、あんな端正な顔でお願いされたり、エスコートしてくれたり、甘えてこられたりたら、拒否できないかも知んないもん」

 

「おいこら」

 

「私の帰省本能を揺るがすとは、恐るべき美形マジック。

でも屈しない、負けたりしない、自分を貫いて見せる」

 

「お前は一体何と戦ってるんだ」

 

「自分と」

 

「あー。ふーん、そうか」

 

「そこはかとなく馬鹿にしたような顔で頷くな。

そこら辺にいる女子ならではの典型的な反応でしょうが」

 

「道理で男のオレが理解に苦しむわけだな。

年頃の女の子が無の境地に立たなくても、少し前のあいつ思い出せば、一気に冷めるだろ」

 

「冷めるどころか、精神ダメージがくるよ」

 

「だったら、迂闊に"帰る"なんて言わねえこった」

 

「何故? さっき言っていた"際どい"のと何か関係が?」

 

「オレの話とフレンの言動を総合して考えろ。

恐らくお前のそれが引き金になって、あいつプッツンしちまうんだ」

 

「……引き金? ハルルでの忠告と同じ、なんだよね。

ユーリ、マジでフレンさんをどう鎮めたの?」

 

「お前への溢れんばかり想いをしこたまぶつけてみた」

 

「ふざけてないで教えてよ。今度同じ目に遭ったら私が――」

 

「二人とも、さっきから何をこそこそしてるんだ」

 

「ふ、フレンさん」

 

「人通りが少ないとはいえ、余所見しながら歩くと危ないよ。

ユーリと何を話していたんだい?」

 

 

ユーリにつっかかったところで、当のフレンに声をかけられてしまった。

拙い、今の話を本人にありのまま説明するわけにはいかない。

すると、純粋な瞳で見つめられて当惑する私に代わり、ユーリがそっけなく答えた。

 

 

「こいつが自分は周りから見て変じゃないかって聞くから、別に変じゃねえよって話してたんだよ」

 

「なるほど。レイヴンという男に声をかけられたことを気にしているんだね。

会ったこともないのに、何故自分だと感づかれたのか」

 

「う、え? あ、はい。まあ、そうなんです。

ええと、折角エステルから服借りて変装したのに、なんでバレたんだろうって。

まだ何か隠しきれてない特徴があるんでしょうかね。あははは」

 

「前の服も新鮮で可愛かったけれど、シルククロークを身にまとった桜も清楚でとてもきれいだと思うよ」

 

「き……っ。あ、ありがとうございます」

 

「君みたいな女の子が変なわけがない。

可憐で愛らしいから、変でキモイ中年がわくんだ。変に意識することは無いんだからね」

 

「凛々しい顔で力説してるところ誠に申し訳ないですが、後半のセリフが若干下衆っぽくて台無しです。

無闇やたらと私を褒めちぎって、何を企んでいるんですか」

 

「企む? よくわからないけど、僕は素直な感想を述べただけだよ」

 

 

フレンは自覚がないのか、目を丸くして首をかしげた。

あんだけ赤面するような発言しといて、分からんことはないだろ。

リタとユーリの蔑んだ視線を全身で感じろ。

 

 

「あたしたちを昂然と無視して、道端で口説き始めたわよ。あんたの幼馴染」

 

「あれでも天然なんだ。多少は大目に見てやってくれ。

マジで口説きにかかったら、あいつのことだ。

"好きだ! 僕と結婚してくれ!"とかなんとか言って、婚姻届片手に突進するだろうよ」

 

「あいつ変じゃないの? てか、頭おかしいでしょ」

 

「小隊長は誠実で純真なのです。

告白だって、熱い眼差しで相手を見つめて、甘美で優雅な愛の詩で軽く百発百中口説き落としてみせるはず!」

 

 

それは自分の願望じゃないのかソディア。

他に人がいなくて本当によかった。道のど真ん中で、これだけ騒ぎ立てても、周りから何の反応も無い。

……いや、実はドン引きして出てこないだけだったりして。

5人と1匹、カオスな空気に飲まれそうになりながらも、私たちはまっすぐ宿屋へ戻った。

 

 

宿屋に残っていたエステルはと言うと。

エフミドの丘の悪夢のようにカロルやウィチルをこき下ろすわけでもなく、まるでしつけの出来た子供のように椅子にしっかり座ったまま、帰ってきた私たちを見るなり、「きちんとお留守番していました!」とばかりに、目を輝かせながらドヤ顔で迎えてくれた。

私との約束を守るために、ひらすた静かに待ち続けていたようだ。

どうしよう、少し可愛いと思ってしまった自分が怖い。

 

一つの部屋に皆が集結したところで、早速カプワ・ノールの港事情の話となった。

ソディアが以前私たちに説明したことを今度はユーリたちへと伝える。

案の定、魔核泥棒を追いかけているユーリは渋い顔をし、カロルは表情を曇らせた。

 

 

「船が出せねえのは話で聞いたが、その執政官様が魔導器で天候を好き勝手してたとはね」

 

「船を出しても沈められちゃあ、トリム港に渡れないよ」

 

「執政官の悪い噂はそれだけではない。

リブガロという魔物を野に放ち、税金の払えない住民と魔物を戦わせて遊んでいるんだ。

捕まえることが出来れば、税金を免除してやると」

 

「そんな、酷い……」

 

 

フレンが執政官の更なる悪事をつげると、エステルは怒りとも悲しみともつかぬ表情で嘆いた。

帝国のご威光がなんだか知らないが、やってることは悪代官より性質が悪いのではないか

 

 

「役人に混ざって傭兵が税金の取立てしてて、国民の船を砲撃しまくって、挙句天候までいじくっちゃう。

やりたい放題しといて、誰も執政官を取締ることはできないの?」

 

「執政官は評議会の人間だからね。やつの後ろや横に大勢の後ろ盾がいる。

ラゴウが法を犯しているという確たる証拠があればいいんだが」

 

「証拠か……。

水戸黄門みたいに犯行現場に偉い人が登場して、悪代官目掛けて"この紋所が目に入らないのかーっ"、とかなんとか出来たらいいんだけど」

 

「みとこうもん? なんだい、それは」

「小隊長。恐らく何かの現象かと……」

 

「現象と言うか、状況というか。水戸黄門っていう、時代劇のテレビ番組があるのよ」

 

「テレビって、あれか? お前んところにあった、あの四角くて黒くて、いろんなもんが映るやつ」

 

「うんそれ。水戸黄門って時代劇、必ず権力のある黄門様が、悪事暴いて悪人懲らしめるの。

まあ、それは劇の話しであって、現実じゃ上手くいきっこないだろうけどね」

 

「権力……そうですね。なら、わたしが行きましょう」

 

「エステリーゼ様?」

 

 

私が英雄じじいの話をしていたら、突如エステリーゼが名乗り出た。

彼女は皇族だ。権力者という共通点はあるが、上手くいくのだろうか。

皆が乗り気でない顔をするも、エステルは懸命に自身をアピールした。

 

 

「桜のお話の通りです。

わたしが名乗り出れば、評議会に属する執政官ラゴウを説得できるかもしれません」

 

「そりゃどうかな。門番は役人でも騎士でもなく傭兵だ。

エステルの顔なんざ知らねえだろうし、知っていたとしても、おいそれと通しちゃくれねえだろうよ」

 

「わたしの名前をラゴウが聞けば、きっと……っ」

 

「お金で雇われたギルドの傭兵たちが、エステルの名前を素直に執政官まで伝えてくれるか怪しいよ」

 

「エステリーゼ様。ユーリや少年もああ言っています。

申し出は大変助かりますが、ここは我々にお任せ下さい」

 

「でも、このままでは街の人たちが、桜との旅だって……」

 

「エステリーゼ様」

 

 

エステルは何か言いたげだったが、フレンに説き伏せられ、ぐっと言葉を飲み込んだ。

放っておけない気持ちは痛いほどわかるが、これだけあくどい事してるヤツがエステルの話を黙って聞くとは思えない。……まあ、彼女が物理的な会話を試みたら別だけど。

黙り込む彼女を横目に、ユーリがフレンに話の続きを促した。

 

 

「んで。フレンたち騎士団に執政官様を締め上げる手立てはあんのか?

ここで立ち往生してんのは、お前らも同じなんだろ」

 

「あ、そうか。フレンさん、騎士の巡礼の最中だったんだ」

 

「巡礼の旅に船が必要なのは変わりないが、騎士団として執政官の悪事を見逃すつもりもない。

船への砲撃、役人の悪質な取立を罪として立証できればいいが。

適当な証拠を突きつけたところで、"命令を無視して出向した方が悪い"、"納税の義務を無視したからだ"、最悪"その証拠はお前たちがでっち上げたのではないか"とかわされるのがオチだ」

 

「やることなすこと汚いわ。

こうしている間にも、執政官のせいで夫婦みたいな怪我人が増えてくのね」

 

「ティグルさんたちの子供は無事なのかな」

 

「子供がどうかしたのかい?」

 

「あ、あの、ボクたちが街に入ってすぐに……」

 

「こっちの話だよ」

 

 

フレンがリタたちに問いかけると、ユーリがカロルの頭をポンと叩きながら、間に入ってきた。

 

 

「執政官をどうにかするには、言い逃れ出来ねえ証拠を掴むか、エステルが直に執政官と顔を合わせて説得するかの二択。

どちらもラゴウの屋敷に入れなきゃならねえわけだ」

 

「ユーリ。また不法侵入する気じゃないでしょうね」

 

「まただって? 帝都だけでなく、他にもどこかに忍び込んだのか、ユーリ」

 

「二人して睨むなよ。今回は正当法だって。献上品でも渡せば、面ぐらい貸してくれんだろ」

 

「こっちには貴族にくれてやるような上物なんて持ち合わせてないわよ」

 

「無いなら用意するまでだ。

執政官様が野にはなったって言うリブガロって魔物を捕まえてくりゃいい」

 

 

眉をひそめるリタの問いに、ユーリは平然ととんでもない答えを返した。

 

 

「魔物を捕まえるの?!」

 

「大声出すほど、ビビるこたないだろ」

 

「エフミドの丘で戦った魔物でさえ倒すのがやっとだったのに、捕らえるなんて言ってきたら、普通ビックリするでしょう」

 

「オレはビビらねえぞ」

 

「言いだしっぺが胸張るな」

 

「ユーリが強いのは認めるけどさ、少しは桜みたいに慎重になった方がいいんじゃない。

リブガロって結構強い魔物だよ」

 

「知ってるのか。カロル先生」

 

「うん。リブガロは黄金色の毛で覆われた馬そっくりの魔物なんだ。

額に生えてる角がとても高価だけど、今日みたいな雨の日にしか姿を見せなくてね。

手強いって噂なんだけど……ホントに捕まえるの?」

 

「当然だ」

 

 

と、不敵に笑うユーリ。考え直す気はないようだ。

不安になる私の気持ちを知ってか知らずか、ユーリの話を黙って聞いていたフレンも名乗り出る。

 

 

「では、僕も付き合おう。

騎士として、住民への被害を食い止めなくてはいけない」

 

「悪いが、お前は留守番だ」

 

「……。僕に何をさせるつもりだい?」

 

「さすがフレン。察しがいいな。

これは飽くまで保険だ。お前は正面から攻めてもらう」

 

「正面から。騎士団のやり方で、だね。わかったよ。

――ソディア、ウィチル。前に話していた通りだ。

帝国の強制調査権限が使えるかどうか調べてきてくれ」

 

「はっ、かしこまりました」「了解です」

 

 

ユーリと意見は一致したフレンは早速部下に指示を出し始める。

その様子を眺めていたユーリも自身の役目を全うする為、意気揚々とリブガロ退治へと身を翻した。

 

 

「さて、オレたちも行くか」

 

「行くかーって、ユーリ知ってるの? リブガロがいる場所」

 

「知らねえ。カロル先生が連れてってくれんだろ」

 

「ボ、ボクが案内するの?!」

 

「イヤなら、場所だけ教えて、ここで待ってればいいでしょ。

あたしは桜の付き合いがあるから行くけど」

 

「わたしもお供します。戦いともなれば、この力が役に立つはずですから」

 

「二人とも、やる気になってるとこ悪いが、今回、桜は留守番だからな」

 

「なんで?!」

「ユーリの言っていることは本当なのですか、桜?」

 

「リタもエステルも、私に詰め寄られたって答えられないよ。

その私も寝耳に水なんだから」

 

 

意表をつかれて驚いているのは、リタやエステルだけじゃない。

私も初耳で気が動転しているのだ。一体全体どういうつもりなのか。

私が戦力外だから? 私を重荷だと感じているのは、フレンではなくユーリ?

狼狽する私を見たユーリは困った笑みを浮かべながら、少し荒っぽく頭を撫でてきた。

 

 

「捨て置いたりしねえよ。ちゃっちゃとリブガロ捕まえて戻ってくっから、それまでおりこうにしてるんだ」

 

「子ども扱いして、私を丸め込もうとするな。

いいよ。理解してる。私が足手まといなのは、自分でもわかってるよ」

 

「卑屈になるな。普通の女の子なお前に戦力期待する方が酷ってもんだろ。

いつもだったら、お前が傷ついたり、拾い食いしたり、知らないオッサンにお持ち帰りされねえよう、オレが肌身はなさず持ち歩くんだけど」

 

「オチの段階で私物扱いになってるよ」

 

「――オレの代わりに、ほら、ここにはフレンがいるだろ」

 

「フ……っ!」

「僕がどうかしたのかい。ユーリ?」

 

 

ユーリの口から彼の名前が出てきた途端、背後に当人の気配が生まれる。

そろり肩に手を添えられて、首を後ろへ回したら、すぐ背中に例の金髪美形騎士が瞬間移動していた。

彼は私と目が合うと、あどけない顔で小首を傾げた。

 

 

「おどおどして、何かあったのかい?」

 

「何かあったというか。これから恐ろしいことが起こりそうだとか。

嫌な予感しかしないというか。悪夢再びと言うか。――どうしよう、未来が見えない」

 

「ユーリ。桜がこんなに心配してるんだ。

また無茶しようとしているんじゃないか?」

 

「オレの心配だけじゃねえと思うぞ」

 

「この子が自分の身の危険を察知してるからでしょ」

 

「身の危険……。リブガロが怖いのかい?」

 

 

いや、キレたお前が怖い。

空気の読めないフレンは勘違いしたまま、刺すような目でユーリを睨んだ。

 

 

「リブガロの捕獲に桜を同行させるつもりなのか」

 

「普段ならそうしてたかもな」

 

「普段なら?」

 

「お前に任せようかと思う」

 

「僕に、桜を?」

 

「猫目とりんご頭が戻ってくるまで、ここにいるんだろ。

桜は城を出てからずっと連れまわしてばかりだったから、帝国騎士お前の傍なら、少しは休めるんじゃねえかと」

 

「休めねーわ!」

「あたしも反対よ!」

 

「魔物退治に連れまわしたり、賞金首で悪評たってるオレといるよりマシだ」

 

「あんたまで、桜を見捨てるつもり?」

 

「見くびるんじゃねえよ」

 

 

リタの挑発に対し、ユーリはうんざりしながら一言返した。

続けて彼は殺気立つ天才魔導士を宥めるように、いつもの調子でこう付け加える。

 

 

「一緒にいる以上はきっちり面倒見てやるさ。今までも、そしてこれからもな。

だけど、避けられる危険にわざわざ付き合わせる必要はねえだろ」

 

「それはそうだけど」

 

「いちいち神経とがらせなくても、フレンなら大丈夫だよ。――桜が刺激しなけりゃな」

 

「さり気なく恐怖を誘うようなこと言うな!」

 

「桜。分かって下さい。

貴方たちがユーリとフレンを探しに行っている間、わたしもお留守番をしていたのですよ。

今度は貴方が我慢する番です」

 

「う」

 

 

エステルに嗜まれて、私は言葉に詰まらせた。

彼女の言い分は理にかなっている。

お留守番。私の安全が確保されていれば、ユーリたちも動き易いだろう。

彼の言うとおり、さっさとリブガロ倒してまっすぐ帰ってこれるだろう。

 

 

「……ウジウジしてても仕方ないわ。

ユーリたちが帰ってくるまで、フレンさんと待ってる」

 

「すまねえな。終わったら、誰よりも先に戻ってきて、お前の寂しさを埋めてやる」

 

「如何わしいんだけど」

 

「ユーリ。君はまた桜に淫猥行為を……」

 

「フレン、常識範囲内だ。公衆の面前でも許される行為だ。

愛でるという意味で下心なんて一切無い。

だから、いちいち剣抜くな」

 

 

腰に刺したロングソードに手をかけるフレンに、ユーリはたじびいた。

しかめっ面をしていたリタも、ソレを見て、大きくため息をつく。

 

 

「何やってんだか。……はあ、でも、桜が残るって言うなら仕方ないわ。

こいつが途中でのたれ死んでも、あたしだけは必ず帰ってくるから、あんたは何が何でも生き残るのよ」

 

「リタ。まるで桜が死地に向かうような言い方しなくてもいいじゃん。不安煽っちゃ駄目だよ」

 

「そうですよ。桜とフレンが安心して留守番できるように、わたしたちも頑張りましょう。

フレン、桜をよろしく頼みます。この機を逃さず、桜を押し倒すのです」

 

「え、エステリーゼ様……?」

 

 

エステルからガッツポーズを送られ、フレンはまたもやあたふたした。

やはりエステルが無理強いしているだけで、フレンには私に対してその気はないのではないか。

彼が未だお姫様の意図が読めずに困っているところへ、ユーリが「悪い」と声をかけた。

 

 

「一方的に進めちまったが、話の通りだ。桜を頼めるか?」

 

「あ……、ああ。桜のことは、僕に任せてくれ。

例のレイヴンという男について、詳しく話がしたい思っていたところから、好都合だよ」

 

「忘れてた。レイヴンさんやギルドについて、フレンさんに相談するんだったけ」

 

「れいぶん? ギルド? なんの話をしてるの?」

 

「後で説明するよ。カロル」

 

 

カロルが首を突っ込んで尋ねると、ユーリは話が長くなると言い退けた。

彼も魔狩りの剣というギルドの一員なのだから、ギルドの情勢に詳しかもしれないが、出発の手前、聞き出すのも気まずい。

多分ユーリがそれとなく聞いてくれると思うけど。

一人でもやもや考えていると、ユーリが朝会社に出勤する夫みたく私に挨拶をしてきた。

 

 

「じゃあ、行って来るよ。できるだけ、早く帰るようにすっから」

 

「いってらっしゃい。皆気をつけてね」

 

「大丈夫ですよ。わたしの治癒術がありますから」

 

 

貴様の暴挙があるから心配なんだ。

エステルを連れてって敵味方全滅したらどうしよう。

私の懸念を他所に、ユーリは皆の目を盗んで、フレンに耳打ちしていた。

 

 

「フレン。また嫌いなんて言われたくなけりゃあ、あんまりこいつを怖がらせるんじゃねえぞ」

 

「怯えさせるつもりは無かったんだけど、僕はあの時、少し余裕が無かったようだから。

これからは冷静に接するよう心がけるよ」

 

「お前の"困った時は体当たり"は、あいつに通じないからな。さっきの約束、忘れるなよ」

 

「わかっている――僕が必ず彼女を幸せにするよ」

 

「え? 何? まるで人の妹を嫁に貰ってくようなセリフ? いや幻聴?

オレ、もしかして、連日のハードスケジュールで疲れてる?

港で話した時、そんな飛んだ約束なんてしてなかったろ」

 

「将来を見据えて考えれば、そう解釈できるような約束だった」

 

「お前の勘違いにかつて無いほどの悪寒が走った。

やめろよ。本当にやめろよ。マジで実力行使はやめろよ。脅しもだ。

こいつ泣かしたら、マジで斬るからな……!」

 

 

柄にも無く必死に念を押すユーリであったが、果たして極上のスマイルを放つフレンに通じたかどうかは分からない。

 

彼らの言う"約束"というのが気になるが、これから巻き起こる波乱の方が気掛かりだ。

 

小隊長といっしょ。第2弾。

ええ、嫌な予感しかしませんとも。

第1弾から半日も経ってないので、記憶も鮮明です。

 

とは言え、意思疎通不可以外は無害だったし、現在はマシになっているから、前ほど酷い目に遭わないとは思う。

うん。"思う"という予測の段階であって、未来は誰にも分からない。

 

キレたりさえしなえれば、世界云々がなければ。

その胸に飛び込んでしまいたいくらいの二枚目騎士なのに。

 

私は一人、ただただ平穏無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

■続く■




今回も漏れなく長文説明文章になりました。
前回「レイヴン登場とリブガロ戦したいな」とか零しときながら、フレンの未練が昇華し切れず、長々していしまいました。
フレン小隊長が好きなんだから仕方がない。
凛々しくてしっかり者の彼も好きだが、生真面目が行き過ぎてキモヤカヤンデレな彼も大好きなんだ。その為に右往左往必死になるユーリも大好きなんですよ。

レイヴン、初めて扱いましたが、やっぱり喋り方が難しい。
ルークやユーリみたいに言葉遣いが乱暴なものや、ジェイドみたいに慇懃無礼、リタのあたし(やや某デモン・スレイヤー調)みたいに極端だとやりやすいんですが、レイヴンの喋りは新境地です。
次回はラゴウ邸まで行きたいな……。
それではまた。


瑛慈 翔
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