明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第14話】Nature or evil-mindedness boke and tsukkomi

執政官ラゴウの暴虐を一身に受ける港町カプワ・ノール。

収入源である港を封鎖され、納税が苦しくなると傭兵から暴力紛いの取立がやってくる。

追い詰められるだけ追い詰められた住民に待ちうけていたものは「リブガロという魔物を捕まえてくれば、税金を免除する」なんて無理難題。

 

結界の恩恵の中で生きてきた住民にとって、雲を掴むような条件だ。

それでも街の人々は生活の為に一人、また一人、誰かが魔物の餌食となっていく。

 

悪代官の縮図のような貴族ラゴウ。

その首締め上げようにも、相手は権力を駆使し、法の裏をかい潜って罪から免れようとする。

 

このクズ野郎をとっ捕まえるには皇族であるエステルの説得、もしくは騎士団の強制調査で言い逃れできないような証拠を掴むしかない。

その為には執政官の屋敷に踏み入らなきゃならねえ。

 

 

屋敷に入る方法は2つ。

1つは、騎士団が正式な手続きを踏んで正面から突入。

も1つは、魔物「リブガロ」を手土産に突撃。

 

前者は帝国騎士のフレンに任せ、オレたちは後者のリブガロを捕まえに街の南東の森へ向かうと事となった。

 

――桜を街に残して。

 

リタに薄情者と罵られたが、魔物狩りに女の子を連れて行く方が酷ってもんだろ。

 

 

 

結界を出て、再び広大な無法地帯を歩く。

いつもオレの名を呼び、傍を離れずついてきたヤツが今はいない。

少し落ち着かないのは、オレの驕りだろうか。

 

 

案ずる事はない。桜の傍にはフレンがいる。

 

あいつと久しぶりに刃を合わせてみたが、ちっとも腕は鈍っちゃいなかった。

小隊長まで昇り詰めたのは、頭脳労働だけじゃない。

騎士のあいつがいれば、役人やルブランたちが来ても難なくあしらえる。

 

剣の腕、判断力、騎士という立場。

オレを差し置いて、桜を守れるのはあいつしかいない。

 

……ただし、一昔前のあいつに限ってだが。

 

近頃のフレンついてはハルルの手紙から、ある程度把握していた。

行き過ぎた言動が目につくが、小さい頃から形式にがんじがらめになってたヤツだ。異世界からやってきた桜にどう接していいか当惑したんだろ。

 

「堅物フレンの肩がますます硬くなってら。カプワ・ノールについたら、とことんからかってやる」なんて、内心ほくそ笑んでいたが、あいつと桜の再会を目の当りにして、考えを改めた。

 

吸い寄せらるように桜を見入るフレン。

その頬は上気し、大きく見開いた瞳は涙で潤んでいた。

まるで数年ぶりに帰ってきた主人を見つけて、感激する犬のようだ。

 

あいつの変化はそれだけじゃない。

極度に融通が利かなくなる。

常軌を逸した力を発揮する。

桜の一挙一動に感情を振り乱す。

長年こいつの幼馴染をやってきたが、こんなに自分を見失ったのは初めてだ。

 

唯一の救いは方向性は違えど、オレと同じく桜を守りたいこと。

 

だから、預けることが出来た。

 

……まあ。さっき上げた奇怪な行動以外にも、桜を元の世界に帰すのを猛烈に嫌がり、離れる事さえ耐えられないとか。

もはや病と言ってもいいほど、桜への執着が強いとか。

一想いに告白しない辺り、その執着が一体どんな感情からきているのか、まったくもって見当が付かないとか、不安要素は山ほどあるが。

 

 

……やっぱ桜を連れてくるべきだった。

 

 

いやいや、後悔するのは早いぞ、オレ。

フレンには懇々と説明してきたじゃねえか。

女の子にとって、野郎に迫られることがどんだけ恐ろしいか。

嫌われたくなけりゃ、普通の女の子みたいに接してみろと、しつこいくらいに説き伏せといたから、最初みてぇに暴走したりしない。

……多分。

 

毎日黄色い声を浴びてもスルーしてたし、オレの腕枕膝枕を非難したんだ。

力に物言わせて、桜の身体にがっついたりはしねえだろ。

……と思う。

 

桜も元のフレンと接触して揺れる節はあったものの、勘繰ってたし、一度怖い目に遭ったんだ。

容易く心を奪われたり、物の勢いで押し倒されるなんてヤバイ展開は………

 

 

 

……。

 

 

……。

 

 

……早く帰ろう。

できるだけ早く帰ろう。

 

何を焦ってるって?

オレはいつもどおりだぜ、カロル先生。

 

別にあいつらの仲を気にしてるわけじゃない。

平常時のフレンと警戒時の桜の間にそんな雰囲気が訪れるわけねえはずだが、万が一ってこともありうる。

気持ちよりも先に身体の方が先走ったり、後戻りできない状況に陥ったら、目も当てられねえだろ。

 

 

――なんだよ、お前ら。

何オレの顔見てニヤニヤしてんだ。

余計なこと考えてねえで、さっさと用済ませて街に帰るぞ。

桜がオレたちの帰りを待ってんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Nature or evil-mindedness boke and tsukkomi

 

Reckless rush and love ups and downs

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執政官ラゴウが縦横無尽に暴れつくす、港町カプワ・ノール。

市民がテンプレ悪代官に苦しむ一方で、私は超騎士フレン様の猛攻に振り回されていた。

 

再会早々バックハグかますわ、帰宅に猛反対するわ、私が強情を張ると甘いフェイスと威圧感で丸め込もうとするわ、常人では到底追いつけそうにない奇行の数々を繰り出してくる。

ユーリに一時休戦を言い渡されても、懲りずに彼を私刑に処そうとするエキセントリックぶり。

 

正直縁を切った方が身のためなんだが、彼はユーリの親友にして帝国騎士団エリート小隊長。実力も人望もある。

私に危害を及ぼす評議会への牽制にもなるし、何より命の恩人だからそうもいかない。

説教されたり、話がデットボールしまくったり、爆裂スマイルで突っ込みスルーされても、絶対ヘコたれてはならないのだ。

……あれ? 目からホーリィボトルが。

 

 

フレンは天使の顔した魔王。そう、パツキン説教魔王だ。

幸いユーリによって元の穏やかな彼に戻ったが、これはこれで乙女心がブレまくる。

稀に見ない好青年っぷりにさっさとときめきたい、けれども暴走した過去が尾を引いて叶わない。

この微妙な距離感に悩んでる矢先、ユーリのアホは「オレたちリブガロ捕まえに行く間、お前はフレンとお留守番」なんつう死刑宣告を言い渡してきた。

 

いらん、そんなサプライズ。

私に安息と平和を遣せ。

貴様の頭はお花畑か、フィルターかかってんのか、その魅惑の胸元ごとノール港に沈んで来い。

 

 

私がどんなに不満をぶつけようとも、所詮非戦闘員。

事の全体を考慮すれば、ユーリの判断は正しい。

私一人耐えるだけで、全ては上手く行くのだ。

 

自分にそう言い聞かせ、私はフレンと共に皆を見送った。

これから彼と”ドキドキひやひや心臓に悪い地獄のひと時第2弾”の開幕に怯えながら。

 

 

「――と、なるはずが、なんでこんな事に」

 

 

物思いにふけていた私は、湯船に肩までどっぷり浸かり、溜息混じりで呟いた。

ここは宿屋にある浴場。

大体4,5人で一杯になる広さだが、悪執政官のせいで客足は遠のき、現在私だけの貸しきり状態になっている。

 

 

「旅の間はずっとユーリが傍にいたからね。

もう少しこの解放感を味わっていたいけど、相手がフレンさんじゃあな……」

 

 

解放感と言っても、ほんのひと時だけ。

一定時間ここに留まった場合、私が裸体だろうが救出を名目にこの浴場へ飛び込んでくるだろう。

正義の味方フレンさんが。

 

断っておくが、彼に悪意や下心は一切ない。

その証拠に、瀕死状態の私を発見した時、彼は初対面にも関わらず人工呼吸までしてくれた。

 

私がシャイコス遺跡異変の参考人だからかもしれない。

だが、誰も踏み入れない遺跡の中で素性の知れない女の子が死に掛けているのは何故か、病か、はたまた盗掘者の罠か、さまざまな状況を鑑みれば、簡単に踏み切れる行為じゃない。

 

彼の厚意はこれに留まらず、私が治癒術に苦痛を伴うとわかるとホーリィリングやアイテムを用意し、帝都を出たと聞けば、魔物を蹴散らしてまで駆けつけようとしてくれた。

 

彼は純粋に善意だけで、私の面倒を見てくれる。

純粋でまっすぐ、誠実な人。

 

……だから始末に負えないんだよ。

向こうに非がないと、こちらから手の出しようがない。

 

うだうだ言うな。

裸見られたくないなら、最初から風呂に入らなきゃいいじゃないかとお思いだろうが、私に入浴を勧めたのはそのフレンなのだ。

 

 

 

思い起こせば、皆が街を発った後。

フレンと2人きりになってしまった私は、身が縮れるような思いをしていた。

 

私に至近距離で温かい眼差しを送り続けるこの男、フレン・シーフォ。

精悍な顔立ちの中に少年のようなあどけなさが残る金髪碧眼の美青年で、文武両道、品行方正、将来有望と非の打ち所のない最良物件なのだが、一旦キレると全ての行為が斜め上を逝く。

ユーリは私の"帰る"言動が導火線だと指摘したが、考えてみれば、腕枕膝枕の件も猛烈に怒ってたじゃないか。

 

訊ねたくてもユーリはいないし、暴走フレンを沈静化させたのも彼。

彼無しで歩く地雷をどう扱えばいいのか悩んでいると、その地雷がどこからともなく座布団程度の包みを持ってきて、私へ差し出してきた。

 

 

「これを君にあげるよ」

 

「私に、ですか? 何を唐突に……は?! まさか例の手錠付きロープ! これで私を縛れと?!」

 

「違うよ」

 

「違うのか。じゃあ、なんだろう。軽いし、柔らかい……この質感は布かな」

 

「ふふっ、なんだろうね。

ここであけていいから、自分の目で確かめてご覧」

 

 

入念に荷物を調べる私が面白いのか、彼は目元を弛ませクスリと笑い、開封を勧めた。

お言葉に甘えて、丁寧に包みを開けると、出てきたのは澄んだ青空を思わせるロング丈のトップス。

修道女を彷彿させるデザインだが、見た目よりもずっと軽く、動き易そうだった。

 

 

「わあ……っ! 爽やかなデザインですね」

 

「前から君に服を用意しようと考えてたんだが、肝心の好みの色がわからなくて。

考えた結果、機能性と君に似合いそうな物を選んでみたんだ。

気に入ってもらえたかな」

 

「清涼感があって、落ち着いてて、凄くいいですよ」

 

「よかった……っ。

それはフェザークロークといって、シルククロークより物防魔防共に強く、風属性に耐性があるんだ。

必ず君の身を守ってくれるよ」

 

「耐性? 店頭に並んでるのと違う?」

 

「うん。店には並んでいないかな。

こういった特殊な装備やアイテムは道具屋で合成しないと手に入らないんだ」

 

「合成って、パナシーアボトルみたいに森で木の実拾ったり、魔物を倒したりして材料を集めなきゃいけないアレ?!

凄い……っ。あ、ありがとうございます! 今着てみてもいいですか?」

 

「早速着用してくれるのかい? 嬉しいな。

だったら、着替えるついでにお風呂で汗を流してくるといい」

 

「え?」

 

「何度も雨ざらしにされて、身体が冷えただろう。

他の宿泊客もいないから、ゆっくり出来ると思うよ」

 

「私1人で?」

 

「不安なら、僕がフロントで待機してるけど」

 

「フロントで待てるんだ……」

 

「待てるよ」

 

 

てっきり脱衣所近くまでついてくると警戒してたら、彼は普通にフロントを選んできた。

あれだけ暴走していた彼が、私から目を放すなんて劇的な変化ではないか。

 

フロントで別れる私を「行っておいで」と優しく見送る彼の笑顔を思い出してみる。

何度も頭を捻り、風呂でサッパリしても、疑問は一向に晴れなかった。

 

 

「あれがユーリも一目置いてる、本来のフレンさんなんだよね。

裏表の無い笑顔向けてきて、また暴走する?」

 

 

正直者の彼が猫を被ることはない。

ユーリに私の面倒をお願いされた手前、私に変な気を使わせないように振舞っているのではないか。

そう考えると、疑心暗鬼になっている自分が恥ずかしく思えてきた。

 

 

「ダメだ。神経摩り減らしてないで、私もフレンさんに歩み寄らなくちゃ。真面目に世話してくれる人に失礼だよね」

 

 

親切には親切で応えなくては。

長湯でもしてフレンに無用な心配をかける前に、さっさとフロントへ戻ろう。

いそいそ温まった身体をタオルで隠し、留守番中フレンとどう過ごそうかと考えながら湯船から出ようとした時だった。

 

浴場にひとつしかない窓がガタガタと揺れた。

 

風か?

 

何気なく摩り窓の方を向いて、私は大きく目を見開いた。

ぼやけたガラスの向こうで、ひとつの影がごそごそと蠢いていたからだ。

 

意思がある何かがそこにいる。

 

得体の知れない恐怖に襲われ、震える身体を両腕で庇い、全神経を窓へと注ぐ。

すると、微かに開いた窓の隙間から何者かが覗き込んできて、目が合った。

 

知性の篭った瞳。間違いない、人!

 

決定打を目にした私は、竦み上がると同時に大きく息を吸い込み――

 

 

「っきゃあああああ!」

 

 

空気を裂くような悲鳴を腹の底から絞り出した。

自分でも驚くほどのそれは浴場内で大反響し、窓を隔てた覗き犯をも大いに動揺させる。

とはいえ、こちらは覗き犯初遭遇。

悲鳴を上げたのはいいが、この後どうすればいいのかわからない。

 

ここから逃げるべきか。

というか、覗きの方が逃げようとしている。

どうしよう。街の治安の為にも捕まえておくべきじゃないか。

でもどうやって?

 

そうやって一人まごまごしている内に、脱衣所の方からダダダッとけたたましい足音が近づいてきた。

この忙しい時にやってきたのは誰だ?

立て続くトラブルで滅入る私に容赦なく、何者かがこの浴場へ飛び込んできた。

 

 

「桜、無事か!」

 

「フレンさん!」

 

 

世話役の騎士を確認した私は、藁をも掴む思いで助けを求めた。

一方、フレンは駆け寄ってくる私が無傷なのを見て安堵したのも束の間。耳まで顔を赤くして、目をそらし、可哀想なくらい動揺し始めた。

 

 

「桜、なんて格好を……! だ、駄目だ! 隠して!

あられもない姿で僕に近づいてきちゃいけない!」

 

「何で逃げるんですか!」

 

「違う。違うんだ。

僕は理性を保つ為……じゃなくて、君の操に重大な問題があって……!」

 

「フレンさん?」

 

「さっき君の悲鳴が聞こえたんだが。見たところ怪我は――いや! 断じて見てないよ! 全て見えてない!

君の白い素肌やうなじや谷間とか――って、そうじゃなくて! ああ、何を言ってるんだ、僕は」

 

「意味がわかりませんよ」

 

「何があったんだ?」

 

「覗きです! あそこの窓に覗きがいたんです!」

 

「覗き……?!」

 

 

フレンは私が指差した先で狼狽する人影を見て事態を把握したのか、サッと冷静を取り戻した。

――否。彼を包み込む空気が変わった。

対象に心臓を掴まれるような錯覚を味合わせる、底冷えするような気配。

彼は人影から視線を戻すと、私の両肩に手を添えてゆっくりこう告げた。

 

 

「こんなに震えて。下種には肌を視姦されて、さぞ怖い思いをしたんだね。

二度と君が同じ目に遭わない様、僕がアレを処理をしてくるから、君は部屋で大人しく待っているんだよ」

 

「処理って……」

 

 

私が訪ねるより先に、彼は颯爽と浴場を飛び出していった。

何をする気かわからんが、去り際にドスのきいた声で「殺す」とか呟いていたから、多分流血沙汰は避けられないんじゃなかろうか。

 

 

「まあ、人の入浴を覗いたんだから、成敗されて当然だよね」

 

 

ざまあ見ろと、覗き犯に差し向けられた殺人鬼を放置する私であったが。

1人になって初めて自分がタオル一丁半裸姿でフレンに迫ったことに気付き、枯れた絶叫を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

フレンに言われて部屋に戻ってから、どのくらい経っただろう。

広い客室で1人、真新しいフェザークロークの着心地を堪能する余裕もなく、私は孤独に過ごしていた。

 

 

「あああああああっ! 何してんの私っ。

生まれて初めて遭遇した事態に判断力消滅してた!」

 

 

ベットの中、醜態をさらした過去に悶え苦しみながら。

フレンがあんなにアタフタしてたのに、なんでわからなかったのだろうか。

戻ってきた彼にどんな顔をすればいいのかわからない。

 

 

「痴女だ、変態だ、変質者だ。

このまま結界の外にダイブしたい……っ!」

 

 

今なら死ねる。ネガティブな意味で。

かと言って本当に死ぬ度胸はない。でも消え去りたい。

フレンに合わせる顔がないんだ。

 

 

「逃げたところで、即捕まるのがオチだし。

せめてフレンさんに会う必要が無くなれば……元の世界に帰れたら、全て丸く収まるんじゃないの」

 

 

自分の世界に逃げ込んでしまえば、こんな恥ずかしい思いをしなくて済むんじゃないか。

現実逃避ならぬ、世界逃避。

 

 

「帰ろう。絶対帰ろう。出来るだけ早く帰って、この暗黒の歴史を――へぶうっ?!」

 

 

決意を新たにベットから復活しようとしたところ、誰かに覆いかぶされ阻まれた。

毛布ごと押さえつけられ、相手を確認するどころか、身動き一つ取れやしない。

こんな悪ふざけをするバカはユーリくらいだ。

腕枕に飽き足らず、ベットの上までちょっかい出してくるなんて、いくらお姉さんでも許せん。

頭突き肘鉄金○狙いなんでもして脱出してれる!

 

 

「覚悟なさい! ユーリ――」

 

「また僕に黙って帰る算段か?」

 

 

フレンだった。

冷たい小隊長ボイスを注がれた途端、滾っていた血が波の如く引いていく。

 

 

「フ、フフ、フレンさん?!」

 

「そうだよ。僕だ。今ユーリの名前が出てきたけれど、ひょっとして彼だと思ったのかな?」

 

「こんな悪質なイタズラするのは、ユーリくら……いや、なんでもないです。

只ならぬオーラをひしひしと感じるのですが、何故こんなことするんですか?」

 

「虫を倒す時、逃げないように上から掴んで潰すだろう」

 

「私は害虫か……っ! 潰す?!」

 

「もちろん、桜は女の子だ。この世界でたった1人の女の子だよ。

だけど、あの時みたいに一目散に逃げられたら危ないだろう」

 

「つまりは私が逃げたくなるような事するんですね。この時点で充分危なくないですか」

 

「僕に会う必要が無いとはどういう意味だ?」

 

 

例によって人の話をスルーするフレンさん。こうなるとこちらが質問に答えない限り一方通行だ。

いつもなら正直に返事するところだが、まだあの恥ずかしい過去を口にできるほど心の整理がおいついていない。

言葉に詰まっていると、フレンが先に口を開いた。

 

 

「説明できないほど、辛いことのか」

 

「え?」

 

「この世界が嫌いになってしまったとか。

帰りたいと口にしてしまうほど、ここが苦しい?」

 

「何を言って……」

 

「すまない。僕は君の屈託ない所しか見ていなかったみたいだ。

本当は自分の世界が恋しくて、毎日が辛いはずなのに。

気づいてやれなくて」

 

「違いますよ! フレンさんに会いたくないんじゃないくて、合わせる顔がないんです!」

 

「面目が無い? 僕に?」

 

「ほ、ほら! 私、お風呂で覗きに遭って気が動転したまま、人前に出ちゃったでしょう。

後で一人冷静になってから、恥ずかしくなってきて……っ。だから、違うんです!」

 

 

いきなりフレンが声を詰まらせるもんだから、慌てて説明を試みた。

まったく日本語になってないが、言いたいことは伝わったのか。

圧し掛かる戒めは解かれ、顔を上げた先には苦笑するフレンの顔がすぐ近くにあった。

 

 

「ごめん。僕が早とちりしていたみたいだ」

 

「私もかなりテンパってましたから」

 

「女の子なら普通の反応じゃないかな。

僕も君の肌を見た時は……じ、事情はどうあれ、女性が入浴しているところに無断で踏み込んだんだ。

君に責めれるんじゃないか不安だったんだよ」

 

「う。そこまで頭が回らなかった」

 

「あー……うん。一杯一杯だったんだね。びっくりしてたから、無理は無いよね。

でも、身を守るためにも、見られたら怒るくらいの心構えはあった方がいい」

 

「助けにきた側として、理不尽じゃありません。それ」

 

「僕は怒らないよ」

 

「こ、心広いというかなんというか」

 

 

フレンの逆鱗が解らない。

軽く混乱していると、彼は改めて私の姿を見て安堵した。

 

 

「フェザークローク。ぴったりだね」

 

「はい。最初はきついかなと思ったんですけど、意外にすんなり入りました」

 

「清楚で、君にすごく似合っているよ」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「白やピンクも可愛らしいけど、青も見違えるくらい清々しくていいと思う」

 

「う、あ、ど、どうも……。

ええっと、ところで見たところフレンさん1人のようですが。 問題の覗きはどうなった――」

 

 

照れをハグラカソウと別の話題をふったが、第三者の視線を感じて止めた。

フレンも察したのか、同じく部屋の入り口へ首を回すと、書類封筒片手に硬直するソディアとウィチルの姿が。

任務を終えて帰ってきたんだろうが、まるでメドゥーサと鉢合わせたような表情で凍りつき、部屋一歩踏み込めずにいた。

 

 

「ソディアさん、何かあったんですか」

 

「小隊長。いくら2人きりだからと言って、彼女に迫るなんて……!」

 

「ソディア、何を言ってるんだ?」

 

「すみません。まさか常に公務オン状態のフレン様が任務中にも関わらず、ベットの上で桜さんといちゃつくなんてハレンチ千万な行為をなさるとは、この僕でも想定外のハプニングだったので、恥ずかしながら現在進行形でかなり動揺しています」

 

 

ショックで打ち震えるソディアに代わり、ウィチルが顔面にびっしり汗を流しながら、するすると私たちの有様を述べた。

言われてみれば、仰向けの私に半場覆いかぶさるような形でフレンが四つん這いになってる様は、傍から見たら男女がこれから肌を合わせて何しようとも見えなくもない。

事態を把握した私とフレンは赤面するや否や、電光石火でその場を離れた。

 

 

「ち、ち違う! これは桜と話しているうちに勢いで……! 誤解だ!」

 

「勢いで彼女を押し倒したのですか?!」

 

「違いますよ、ソディアさん。

私がベットで団子になってたところをフレンさんが上から押さえつけてきただけですから」

 

「それでも充分異常です!」

 

 

うん。そうですね。充分変ですよね。

フレンにエッチな気持ちがなくても、寝ている女の子に抱きついた時点で説得力は微塵もない。

ソディアは至極当然な反応をしただけ。女の子に距離無しのユーリやフレンの感覚が逸脱してるのだ。

ただし、彼女はフレン様フィルターと脳内変換機所持者。

案の定、フレンをスルーして、私に鋭い眼光を突きつけた。

 

 

「小隊長に限ってそのような過ちなど、なさるはずがない!

貴方が誘ったのでは?!」

 

「フレンさんが私の色香で落ちる程の底辺スケベだったら、全世界の夢見る婦女子は苦労しないですよ」

 

「自分を卑下するのはよくないよ、桜。

君が望むなら、僕のこの身も心も相応以上の気持ちで応えるつもりだ」

 

「不純な動機さえも、フレンさんが言えば瓦解するミステリー。

天然なのか知りませんが、これ以上話がこじれるような事言わんでください。

誰のせいでこんなややこしいことになってると思ってるんですか」

 

「こんな彼女の誘いでも、きちんと応じるなんて、律儀が過ぎますよ小隊長!」

 

「ソディアさん、そこはかとなく貶してません? てか、"こんな"とか言ってる時点で貶してますよね。

そもそも最初に私を疑ったのはあんただだろ」

 

「すみません。快活で純真ではあるが、大人独特の妖艶な魅力はないと言いたかったのです」

 

「私が純真なのか……」

 

「ソディアは君の感受性が豊かなところを指摘しているんだよ。

純粋無垢で思いやりがあって、元気一杯じゃないか」

 

「フレンさんは現実見た方がいいですよ」

 

「ご覧のとおり、小隊長は人の外見でなく中身で見ているのです。

色情ごときになびくはずがありません」

 

 

ソディアはこの夢見がちのフレンを賢者か聖人かのように崇めているようだ。

女性の色気に興味ないとか、健全な男子としてどうかと思う。

フレンが首をかしげるのを見つめていた彼女は、目を伏せてポソリと何かを呟いた。

 

 

「やはり桜が一緒にいては、小隊長がダメになってしまう。

事態を解決するには、2人の仲を引き裂くしか……!」

 

「ソディア。何恐ろしい事口走っているんだ。

いくら君でも、事と次第によっては息の根止めるよ」

 

「私には……私にはそんな非道な行為はできるはずないっ。

小隊長をションボリさせることなど、私には無理だーっ!!」

 

「おい、ソディア、どこへ行くんだ!?」

 

 

1人で喚いていたソディアは顔を苦渋に歪め、フレンが呼び止めも聞かずに部屋を飛び出していった。

彼女は何に苦悩していたのだろうか。

 

 

「フレンさん見て、一人で激しく葛藤してたけど、大丈夫かな」

 

「わからない。ここ最近何か思いつめていたようだったし、カウセリングの時間でも設けてみようかな」

 

「フレン様。それはやめておいた方がいいですよ。絶対解決しませんから。

それに調査執行関係の書類を持っているのは彼女です。

追いかけなくとも、そのうち帰ってくるんじゃないですか」

 

 

蚊帳の外を甘んじていたウィチル少年が預言したとおり、腰を落ち着かせようと人数分の茶を用意している間に、彼女は何事も無かったかのように戻ってきた。

ホントにあんたは何をしたかったんだ。

 

 

レモンティーの香りが部屋に漂う中、ややピリピリした空気が私たちが囲むテーブルを包み込む。

無論、ラゴウの屋敷調査の手順の確認をするためだ。

ちなみにユーリたちはまだ帰ってきていない。ソディアたちが早すぎるのだ。

アスピオで手続きを済ませてくるには、普通1,2日以上かかるんじゃないか。

騎士の特権で手続きを簡略化してもらったとか、馬使ったとか、1人でもやもや考え込んでいたら、隣に座っていたフレンが軽く前へ身を乗り出した。

 

いけない。わからんことに頭捻るよりも、目前に立ち憚る課題に専念しなくては。

 

 

「ユーリたちが戻ってきてはいないが、時間が惜しい。我々だけで打ち合わせに入るとしよう」

 

「はい」「はっ」「了解です」

 

「まずは本日不埒にも桜の入浴を覗いていた不審者についてだが」

 

「おおおおおおい!!」

 

「ダメだよ、桜。意見がある時は裏拳じゃなくて、挙手」

 

「意見じゃなくてツッコミだ! なんで覗きの話題を今振るの?!

調査の話をするところでしょ!」

 

「大事な話だよ」

 

「優先順位違ええええ! 最大優先事項はラゴウ逮捕でしょうが!

私の覗きなんつう個人的な問題などもっと後でいい!」

 

「僕にとっては市民たちの命を守ることも桜の純潔を守ることも、同じくらい大切なんだ。

解ってくれるよね、桜」

 

「解るわけないわ。

エンジェルスマイルで誤魔化そうとしてるか知らんが、さり気なく大勢の命と女の子の羞恥心を天秤にかけんな。

私はカプワ・ノールの皆さんに激しく申し訳ない」

 

「僕が君に申し訳ない。覗きの犯人を取り逃がしてしまったんだからね」

 

「フレンさんが?」

 

 

あれだけ殺気を放っていたと言うのに、仕留めそこなったらしい。

フレンはきつく拳を握り締め、悔しそうに告白した。

 

 

「ただの覗き犯でも見逃すつもりはなかった。

桜個人を狙ったものなら尚更さ」

 

「ただの覗きじゃないんですか?」

 

「客入りの少ない浴場に、あえて覗きに入ったんだ。

港で君に近づいてきたギルドの男と同類の恐れがある」

 

「レイヴンさんのこと?」

 

「ありえますね。何せ、あの不貞な男のことです。

貴方を調べる為、女性の浴室に忍び込んでもおかしくありません」

 

 

フレンの仮説に正面に座るソディアが頷く。

覗き犯に気が動転してて、異世界の自分が狙われている事など完全に盲目してた。

小隊長ならではの慧眼を発揮するフレンは、険しい表情で更に続ける。

 

 

「犯人は2人。

逃亡の際、牽制し合っていたから、仲間ではないだろう」

 

「2人もいたなら、フレンさん1人で捕まえるなんて難しいですよ」

 

「いえ。小隊長ならば、2人や3人くらい容易いでしょう」

 

「そ、そうなんだ」

 

「方法は色々あるけどね。ただし、相手が並みの人間ならの話だ。

あの覗き犯には通用しない」

 

「小隊長が梃子摺るほどの手だれだったのですか」

 

「片方は逃げるのに手馴れていて、魔人連牙斬で海に叩き落すので精一杯だったよ」

 

 

「引き上げてでも制裁下したかったが、荒波に流されてしまった」と拳を見つめるフレン。

術技でブッ飛ばされて冷たい海に落とされたら、直接手を下さなくともタダではすまないと思うが、その上で鉄槌下したいのかお前。

被害者として複雑な気分になってると、ウィチルがフレンへ質問を投げ掛けてきた。

 

 

「後1人はどのような容姿だったのですか?

情報如何によっては、覗き犯という形で市民への注意喚起になるかもしれません」

 

「後姿だけしか見えなかったが、比較的に目立つ格好をしていた」

 

「目立つって、具体的にどんな格好でした?」

 

「背は高かくて、黒っぽいローブを身にまとっていたな」

 

 

黒いローブ、もしかしてザギの暗殺者たちだろうか。

ハルルから私たちを追いかけてきたと考えれば、辻褄が合う。

ユーリがいない時にやってくるなんて間が悪い。

急に脇の辺りがスースーし始めてそわそわしていると、フレンと目が合い笑顔を返された。

 

 

「趣のある服装だったから、僕たちを狙う暗殺者ではないと思うよ」

 

「よ、よかった」

 

「眩しいくらいの銀の長髪が印象的だったからね。

顔を露にして街中を歩く間抜けなアサシンはいないだろう」

 

「ああ、そうですよね。

背が高くて黒い服だからって、アサシンに典雅で長い銀髪のヤツなんてブううう――っ?!」

 

 

自分で特徴を並べたところで、ある人物が該当し、私は思い切り吹いた。

優雅、銀の長髪、黒っぽい服装、背が高いって事は野郎。

数日前、この容姿に完全合致する残念な美形ストーカーと遭遇しなかったか。

 

 

「桜さん。夏でもないのに汗びっしょりですよ。

過去銀髪の男にストーキングされた経験でもあるんですか」

 

「ウィチル少年って、マジで鋭いよね。魔導師じゃなくて預言者じゃないの?

でなけりゃ、心を読む魔導器があるとか」

 

「桜の心が読めるのか?!」

 

「読めませんよ! フレン様、反応するトコ違うでしょう! 羨望の眼差し送ってこないで下さい!

桜さんは犯人に心当たりがあるのではないかと言ってるんです」

 

「そうだったのか」

 

「ガッカリすんな」

 

「違うよ。そんな夢のような魔導器があるはずないじゃないか。

桜の全てを知る道具があったらいいなとは思うけど、ウィチルはきっと君の表情やクセで感情を読み取ったんだろう。

あわよくば僕もマスターして、君と以心伝心したかったんだ」

 

「真顔で力一杯弁明しても、何から何まで変態ですよ」

 

「小隊長はカッコイイからいいのです。

それより、覗き犯を知っているのでしたら、私たちにも教えて下さい」

 

「カッコイイからって、ソディアさん、あんた……」

 

 

これまた真顔のソディアにフレンの変態発言を肯定された上に、話題を戻されてしまった。

ウィチルもスルーしている辺り、これも日常風景なんだろう。

突っ込む気力もなくなり、ありのままを説明することにした。

 

 

「フレンさんの言う銀髪の人。多分、デイドン砦で会ったデューク、デューク・バンタレイだと思う」

 

「君の素性を知る彼の麗人か。

話を聞いた時から、気にはなっていたんだが。

なるほど、あれから君をつけてきたなら合点がいく」

 

「私のこと調べに、わざわざカプワ・ノールまで?

あんな綺麗な人が何してるんだろ、もったいない」

 

「もったいない? 君は彼が好きなのかい?」

 

 

美形の無駄遣いに溜息を漏らすと、フレンが温和な笑顔で尋ねた。

よく見ると、目が笑ってない。

 

 

「き、客観的にそう感じただけですよ」

 

「君の好みではないんだね」

 

「謎の情報網握ってて、目的も明かさずに延々付回すような申し訳ない美形は対象外です……っ」

 

「怖がらないで、君には僕が付いている。

女性の安寧を脅かす悪漢を退けるのも、騎士の勤めだから」

 

「いや怖いのはあんた……な、なんでもないです。

ありがとうございます。フレンさん」

 

「君を守るのは僕の義務だ。

君に群がる有象無象はこの剣で一薙ぎだよ」

 

「殺すなよ!!」

 

「君の心を惑わす男は1人残らず爆発しろと思わないか」

 

「思って堪るか。共感できねーよ。私の乙女心を滅ぼす気か」

 

 

フレンが真剣に同意を求めてきたので、慌てて制止にかかった。

 

 

「のっけから物騒なこと言わないで下さい。

下町出身のユーリは知らないって言ってたし、物腰に気品があるから、貴族かもしれないでしょ!」

 

「私は貴族の出ですが、バンタレイという家名は聞いたことがありません」

 

「貴族のソディアさんも聞いた事が無い?

レイヴンさんが貴族街で私の噂を聞いたって言ってたから、きっとデュークがその人かと思ったんだけど」

 

「桜さん、気持ちはわかりますが、冷静になって下さい。

噂をしていた人がデュークと同一人物かどうか以前に、貴族かどうかもわかってないんですよ。

レイヴンと同じく、ギルドの者だったかもしれません」

 

「情報が錯綜しているな。下手に話をこじつけない方がいい」

 

 

ウィチルの意見にフレンは表情を曇らせ、私に向き直った。

 

 

「桜、デュークという男について、もう少し詳しく教えてくれないか。

あれだけの実力者が旅人で収まっているはずはない。

騎士団の過去の名簿や報告書に、何か手がかりがあるはずだ」

 

「すみません。私も一回会ったきりで、よく分からなくて。

ただ今思い返してみると、私を知っているというより、確かめるような感じでした」

 

「君に直接? だとしたら、彼自身が集めた情報ではないのか。

誰かが情報を提供している。ギルドの……まさか……うん、わかった。こちらで資料をあたってみよう」

 

 

独り言を呟いていたフレンは大きく頷き、覗き犯兼デュークの話題をここで区切った。

異様に情報漏洩されまくって心がざわめくが、これ以上はフレンたち騎士団に任せる他ないだろう。

重い頭を切り替えて、手早くラゴウの屋敷に乗り込む準備を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しとしとと小雨がぱらつく街の奥で、一際荘厳と佇む豪邸、執政官ラゴウの屋敷。

こうやって正門の前に立つのは、これで二度目だ。

前はユーリとだったが、今回は騎士フレンとソディア、魔導師ウィチルの錚々たるメンバーによる、正式な訪問。

お陰で門番たちは即ラゴウに取り次ぎに行ってくれたが、その間私たちはずっと雨の中だ。

 

 

「ごめんね。せっかくお風呂でさっぱりしたのに」

 

「ううん、構いませんよ。あんな目に遭った後に1人で留守番なんてできません」

 

 

先頭に立つフレンが振り向きざまに謝ってきたので、私は柔らかにこれを返した。

覗き犯が街中でウロウロしていると想像したら、少し濡れるくらいどうってことはない。

 

 

「それより、私が同行しても大丈夫なんですか。

騎士でも役人でもないのに」

 

「直接関わる事はないだろうから、問題はない。

だけど、僕から離れてはいけないよ。なるべく後ろに隠れて。

魔導器を見つけたら、ソディアと一緒にその場を離れるんだ。いいね」

 

「はい。わかりました。ところでラゴウって執政官なんですけど――」

 

 

ラゴウが私のことを知っているかどうか尋ねる前に、屋敷の表口が大きな音を立ててゆっくり開いた。

皆の意識が門の奥へ集中する中、玄関から老人の男が姿を現す。

齢60過ぎたくらいか。官職のローブを纏い、年相応に痩せこけてはいるが、メガネの奥に潜む瞳は全てを見下す野心家のようにぎらついている。

両脇に役人と傭兵を従えた彼はフレンの前までやってくるなり、挨拶飛ばして、つっけんどんに尋ねてきた。

 

 

「巡礼中である貴方がこちらに何用ですかな?」

 

「公務中に失礼致します。本日は貴方のお屋敷へ立入調査の執行に参りました」

 

「私の屋敷を調べる?」

 

「ここカプワ・ノールだけに見られる不可解な天候の原因について調べたところ、魔導器による人為的な犯行の可能性が出てきたのです。

聞くところによると、貴方の屋敷にそれらしい荷物が持ち込まれたとか」

 

「ほほう。私が魔導器で嵐を起こしていると考えたのですか。随分短絡的な発想ですね」

 

「それを調べにやって参りました。執行調査についての書面はここにあります」

 

「どれどれ」

 

 

書類を受け取ったラゴウはパラパラと流し読んで、そのまま返した。

その間たった十数秒。明らかにポーズだけで、内容など熟読していない。

ラゴウの投げやりっぷりにソディアが食って掛かった。

 

 

「アスピオからの正式な証明書です。

隅から隅まで読んで下さらないと、意味が――」

 

「できませんな」

 

「――何?」

 

「私はこうみえても多忙でしてね。

嵐のせいで税の集金が芳しくなく、他で採算がとれないか試行錯誤している最中なのです。

数分ならまだしも、調査協力に避けるほどの時間はございません」

 

「誰のせいだと……!」

 

 

白々しく申し出を却下され、ソディアは全身の毛が逆立つくらい怒りを露にした。

厭味たらしく口元を吊り上げるラゴウ目掛けて、彼女が突っかかろうとしたところ、フレンが片手で止めた。

 

 

「再度申し上げますが、アスピオからの書面は本物です。

立会に1時間もとらせません。僅かな時間でも構いませんので、ご協力願います」

 

「自信があるなら、このような書面など用意せず、正面からおいで下されば良いものを」

 

「……?」

 

「騎士団屈指の逸材である貴方が態々アスピオの魔導器機関で公式書面を用意させ、執政官の屋敷に踏み込めるほど、私が犯人だと確信しているのです。

建前など必要ないでしょう」

 

「……」

 

 

妙に引っかかる言い方をする。

渋い顔をするフレンも不穏な空気を感じたのか、ラゴウの様子を窺ったまま、屋敷に踏み入ろうとはしなかった。

たちまち沈黙する私たちをラゴウはあざ笑い、更に囃し立てる。

 

 

「何を躊躇しているのです。

この私に、あいさつだけしにきたのですか」

 

「今回は書面の確認のみとさせて頂きます」

 

「ほう? 」

 

「お時間をとらせて申し訳ございませんでした。

また後日、こちらに伺った時はよろしくお願いします」

 

 

フレンはラゴウの誘いには乗らず、しずしずと一礼して引き下がった。

書面を見せにきただけって、何だ。

相手に証拠隠滅の猶予を与えただけじゃないか。

 

 

「フレンさん、待って下さい。後にしちゃっていいんですか?」

 

「いいんだ。皆、戻るよ」

 

「お待ちくだされ、フレン殿」

 

「なんでしょうか。執政官殿」

 

「貴方の隣にいるお嬢さん。

年頃や体格から察するに、もしやシャイコス遺跡の少女ではありませんか」

 

 

突然ラゴウがこの私に矛先を向けてきて、一瞬頭が真っ白になった。

この性悪爺、評議会の一員!

身構える私をフレンが背で隠すと、ラゴウは冷笑した。

 

 

「警戒なさらなくても良いでしょう。少女の存在は我々評議会も認知しています」

 

「初対面で、しかも当時と服装が違うのに何故彼女だと思ったのですか?」

 

「情報は新しくなければ意味はありません」

 

「情報……?」

 

「シャイコス遺跡の少女が数日前から行方知れず。

そこへ巡礼中の貴方が条件と一致した少女を連れているとなれば、大体の見当はつきましょう。

しかし、この少女が如月 桜ですか。見れば見るほど、これは、まあ……」

 

「……っ」

 

 

私を捉えるラゴウのにごった眼光が、私の奥まで覗き見ているようで怖い。

彼の舐めるような視線から逃ようとフレンの背中にしがみ付いて拒否反応をみせるが、相手は肩をすくめるだけだった。

 

 

「おや、嫌われましたかな。

一見何の変哲もないお嬢さんとお見受けしますが、何せ前代未聞の異変に関ったです。只者ではありますまい」

 

「めめ滅相もない! 私は微塵の面白みも何もない、ごく普通の女の子ですよ!」

 

「調べてみなくてはわからないでしょう。

貴方自身か、その周りが超常現象に起因しているのに違いありません。

興味深い、つまらん日々にはいい刺激になる。……是非とも仲良くしておきたいのに」

 

「お言葉ですが、彼女は我ら騎士団の管理下にあります。

我々の許可なく、彼女の取り調べはさせません」

 

「シャイコス遺跡の調査については、我々にも権限があるのですよ」

 

「遺跡調査と彼女は別です。彼女に触れることは私が許しません」

 

「淑女のためなら、我が身が傷つくことも厭わない。見上げた騎士精神、と言いたいところですが。

小隊長1人がどうあがいたところで、騎士団の方が持ちこたえるかどうか」

 

「……ラゴウ殿」

 

「失礼。そう怖い顔しないで下さい。年をとると若者をからかいたくなるのですよ。

近頃この街も物騒になりましたので、道中くれぐれも気をつけてお帰り下さい」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 

フレンは厳しい顔を崩さないまま、ラゴウに礼を述べると、私たちを連れて道を引き返した。

 

執政官の怖い視線。

こうして背を向けても、蜘蛛の糸みたいに絡み付いてくる。

あんな気持ち悪い眼をする人、初めてだ。

ザギの狂気に近いが、もっとドス黒い。

 

そんなに私が珍しいのか。他と変わらないはずなのに。

私の噂がデューク、暗殺者、ギルド、評議会、ラゴウみたいな危ないヤツまで呼び寄せてしまう。

 

言い知れない恐怖に蝕まれ、早足になる私の肩をフレンはそっと抱いて庇ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

暗雲漂う街の中をフレンたちと共に、ひたすら進む。

歩いて歩いて、執政官の屋敷が見えなくなったところで、フレンが不意に足を止めた。

 

 

「ソディア、ウィチル。すまないが、先に宿へ戻ってくれないか」

 

「小隊長と桜は?」

 

「少し話してから戻る。

ユーリたちが帰ってきたら、そう伝えておいてくれ」

 

「お話ですか? でしたら、外でなくとも宿で……、いえ。わかりました。

私たちは先に失礼致します」

 

 

フレンの指示にソディアは一瞬眉を潜めたが、私と目が合うと、ウィチルと共に了承して帰路へ戻った。

私の顔に何か付いていたのか。

 

 

「あ、あの……」

 

「桜。悪いが、僕に付き合ってくれ」

 

 

フレンはまごつく私の肩を抱くと、強引に閉まっている店の軒先まで連れてきた。

またトラブルなのか。それとも知らんうちにキレてしまったのか。

仕方無しにされるがまま小さくなっていると、彼が心配そうに顔を覗き込んできた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

「な、何がですか?」

 

「俯いて、思いつめた顔をしたから」

 

「私、暗い顔してました? おかしいな。大した事考えてなかったのに」

 

「本当に?」

 

 

フレンから子供に話しかけるよう柔らかく尋ねられて、私の虚栄心がグラグラゆれた。

 

 

「正直言うと、さっきのお爺さんが怖かったな~なんて」

 

「ラゴウ執政官か」

 

「仲良くなりたいなんて嘘だと分かってても、実際にどこで私を調べて、何を企んでいるのか分からず仕舞いだったでしょう」

 

「彼は権力者にして資産家だ。君を調べる手はいくつかある。

君が騎士団の護衛もなしに帝都から出たなら尚更だ」

 

「それはキュモールに襲われたから……」

 

「そうだね。他に手がなかった。止むを得なかったと思うよ」

 

「はい」

 

「キュモール隊長については、騎士団長と連絡がつき次第、君への接触を禁止させる」

 

「小隊長が隊長の処分なんて出来るんですか?」

 

「貴族、隊長、縦社会といえども、キュモールだって、人の子なんだ。

法に触れない程度の制裁を加えれば、きっと分かってもらえると思うよ」

 

 

それは脅迫ではないのか。

自信満々笑顔炸裂させながら恫喝宣言するな。

 

 

「き、キュモールはいいとして、ラゴウは?

評議会って、騎士団でも強気に出れないはずじゃあ……」

 

「皇帝が不在中は、政治補佐役の評議会が帝国の政全てを賄っている。

武を重んじる騎士団では抑止力として弱いかもしれないが、少なくとも君の人権は保障するよ」

 

「でも、フレンさんは前に、評議会は難癖つけてでも他人を陥れるみたいなこと話してましたよね」

 

「そうは言ったが……」

 

 

痛いところをつかれたフレンは困惑ぎみに顔を歪めるが、私の疑問は堰を切ったように次々あふれ出た。

 

 

「フレンさんは帝国の騎士です。

いざとなったら助けられないかも知れないんでしょう」

 

「それは……」

 

「限界がある。アレクセイさんがOK出したら、逆らえない。違いますか?」

 

「騎士団長が人道を外すような要求を飲むはずがない。

無論、ラゴウ執政官が相手でもだ」

 

「きちんと建前を提示すれば、手放すかもしれないんですね」

 

「君に危害を及ぼすの提示なんて、受け入れたりはしない」

 

「街ひとつを狂わせるようなヤツですよ。

小娘1人、焼くのも煮るもの思うがままじゃないですか」

 

「落ち着いてくれ。騎士団が君を引き渡すなんてことはない」

 

「騎士団も評議会も同じ帝国なんでしょう。だったら――っ」

 

 

「貴方の守るなんて意味がない」と言い掛けて、ハッと口を押さえた。

いくらキモい爺のナンパに面食らったとはいえ、懸命に世話してくれてる人への暴言にならないか。

私の無遠慮な言及に対する、フレンの返事はない。

顔色を確認するのも怖くなって、私はひたすら頭を下げた。

 

 

「すみません! 本当にすみません! 我侭言ってごめんなさい!」

 

「桜」

 

「フレンさんだって貴族とか法とかで手一杯の中、私の面倒見てくれているのに。

私、自分のことばっかりで、全然……!」

 

「桜」

 

「先の失礼な発言たちは陰険爺の嫌らしい視線食らって溜まっていたストレス核爆発したというか、意味不な展開にもはや私の脳みそは瀕死寸前だとか、最大のモテ気が嫌な方向に急上昇したというかっ。

とにもかくにも後生ですから、監禁拘束発禁プレイは止めて下さい。

すんません、ゴメンサイ、申し訳ないです!」

 

「桜……!」

 

 

頭を下げたまま、思いつく限りの謝罪を並べている私に影が覆いかぶさった。

いかん、これもキレるフラグか。

けれども、萎縮する私に降りかかってきたのは、フレンの拘束ではなく、温かい抱擁だった。

予想だにしなかった展開に加え、抱かれた拍子に彼の胸板へ顔面衝突して、思考がモロに吹っ飛んだ。

 

 

「――――っ!」

 

「ああ、ごめん。少し力が入ってしまった」

 

 

頭上から彼の声が聞こえて、身体を包み込む力が緩くなる。

伝わってくる彼の体温、一定のリズムで上下する胸板。引き締まった二の腕が私を支えて守ってくれる。

しかし、飛んでった思考は帰ってこない。

 

 

「……っ?!……!!」

 

「謝るのは僕の方だよ」

 

 

私が声にならない悲鳴を上げているとも知らずに、フレンはしっとりと語りかけてくる。

 

 

「一緒にいたのに、覗き犯や執政官、たくさん怖い思いをさせてしまったんだ。

守るなんて口先だけで、君に何もしてやれなかった」

 

 

フレンは全てから私を隠すんじゃないかってくらい、ギュッと包み込んできた。

豹変したり、剣振り回したりする気配はないようだ。

だが、全身あらゆるところから嫌と言うほど彼の存在を感じてしまって、乙女心が臨界点突破しそうです。

いかん。このままでは堕ちる。

微かに残ったこの理性で、食い止めなければ。

 

 

「あ、あうあうあ……っ!」

 

「桜。僕は君を危険に曝してばかりだったね」

 

 

すみません、もうダメです。

甘い声で私の名前を呼ばないでくれ。吐息とか反則だろ。

相手は180のイケメン屈強ナイト。私がヤケ起こして押し倒す危険性はゼロだが、裏を返せば、私のような非力な女子ではハグ脱出不可能。

絶望的になってまいりました。

 

 

「うえええええ……っ」

 

「ユーリが君にしてきたように、僕も君の傍で。もっと多くの時間を共有したいのに」

 

 

胸が締め付けられるほど、切なく語るフレン。

ここは同調すべきところなんだろうが、パニクってる私の頭にはほとんど入ってこない。

 

 

「桜」

 

 

いよいよ怪しい空気になってきた。

健全な女子高生である私が、これから何が起こるか理解できるはずもない。

寧ろ、頭の片隅で「こんだけ高スペック美青年なら、持ってかれてもいいんじゃないか」なんつう邪な考えさえ生まれつつある。

 

 

「でも、認識が甘かったようだ」

 

 

堕ちていく私とは裏腹に、フレンの声色が低く強くなる。

熱い抱擁が解かれ、一気に視界が広がり、雨のダウンタウン、それをバックに彼の険しい顔が飛び込んできた。

 

 

「君が言ったとおり、騎士団も評議会も本来は国民のための存在なのに、一部の貴族たちは役目を忘れている。

かといって、帝国を離れれば、暗殺者やギルドが君を付け狙うだろう」

 

 

彼の厳しい口調が、私を甘く熱い世界から現実へ引戻していく。

よろよろと見上げると、彼は苦笑いを浮かべていた。

 

 

「いつの間にか、ここは君にとって、居辛い世界になってしまったね」

 

「う、ううん! そんなことありません。

皆が助けてくれたから、私、ここまでこれたんです。

フレンさんがいなかったら、こうして話す事もできなかった」

 

「桜」

 

「世の中を良くしようと頑張ってきた貴方が、世界の不条理背負うことないんですよ。

だから、そんな悲しい顔しないで下さい」

 

「ありがとう。君に言われると、胸がスッと軽くなるよ」

 

「そ、そうですか」

 

「でもね、僕は出来うる限り手を尽くしたい。

法を正し、横暴な役人たちを一掃しなくては、君や帝国の皆に健やかな生活は訪れないんだ」

 

 

言って、彼ははにかむ私の頬にそっと手を添えた。

私のスクリーンのど真ん中に、端正な彼の顔が映る。

傍から見たら、恋愛映画のラストシーンを彷彿させられるだろう。

しかし、当の私は彼ではなく別の方へ気をとられていた。

彼の後方より、土煙を上げながら近づく何かが目に留まったからだ。

 

 

「フレンさん」

 

「一朝一夕で達成できるほど現実は甘くない。

だが、必ず君が安心して暮らせる場所を作ると約束する」

 

 

私の呼びかけを勘違いしたフレンは、熱の帯びた瞳を私へ注ぎ込む。

そうこうしている内にも、何かは急接近し、徐々に姿を露にしていく。

そろそろ逃げないと拙いのではないか。

 

 

「フレンさん。あの……」

 

「だから、君に――」

 

「ζ=δτ(ωρ)!!」

 

 

告白しかけたフレンのドタマに、リタが渾身の力で振り落とした参考書の角が深々と突き刺さった。

脳天に本が刺さったまま固まるフレン。

リタは震え上がる私の腕を掴み、無理矢理引き離した。

 

 

「このアホ騎士! あたしたちの信用を仇で返すなんてバカじゃないの?! 危険だわ。犬の顔した野獣ね。

桜、こっちよ! 近づいちゃダメ!」

 

「リ、リ、リタさん。なんてことを……っ!!」

 

「あーあ。遅かったか」

 

「ユーリ!」

 

 

遅れてやってきたユーリは、固まるフレンと憤慨するリタを見るなり、だるそうに頭をかいた。

 

 

「フレンに手ぇ出すと、面倒なヤツがより面倒になるってのに、リタのやつ、1人突っ走りやがって」

 

「ねえ、前やったみたいに大人しくさせてよ。

フレンさんの様子がおかしい通り越して恐ろしくなってきてる!」

 

「ほっときゃいいだろ。どうせ矛先はリタだ」

 

「魔法少女でも超人フレンさんの相手はきついと思うよ」

 

「その服、フレンからもらったのか」

 

「う、うん」

 

 

ユーリはこの切羽詰った状況で、呑気に私のフェザークロークを流し見た。

 

 

「似合わねえぞ」

 

「ほっといてよ! 私の服装なんてどうでもいい!

今はあんたの親友を静めるのが先!」

 

「ふーん。フレンとお楽しみの続きがしてえってのか。

勘弁してくれよ。じゃれ合うなら、人気の無いところでやってくれ」

 

「いきなり、何言い出すの?」

 

「公衆が行き交う場所で、男と女が抱き合っていりゃあ、誰だってそう思うさ」

 

「あれはフレンさんがしかけてきたのであって、私の同意はない!

てか、これまでの経験からして一目瞭然でしょうが!」

 

「恥ずかしがるなよ。顔赤くして、まんざらでもなかったんだろ」

 

「正常な女の子が野郎に抱かれて、平常心でいられるか!」

 

 

私が懸命に訴えても、ユーリは目も合わしてくれない。

いつもなら、なんだかんだ言って、笑い飛ばしたり、励ましたり、助けてくれるのに。

 

 

「なんで? なんでユーリまでそんなこと言うの……っ?!」

 

「お、おい。桜?」

 

「そりゃあ、ユーリたちも魔物と戦ってて、忙しかったかもしれないけど。

私だって……私だって、皆を待っている間、いろんな事があったんだから」

 

 

私が声を荒げると、傍らでにらみ合っていたリタとフレンが一斉にこちらへ首を回した。

 

 

「ちょっと、あんた。この子に何したの?!」

 

「――この子? 桜に何があった?

ユーリ。また彼女にハレンチな行為をしたんじゃないだろうね」

 

「オレは何も……って、フレン、答える前から剣抜こうとするな。頼むから、話聞け!」

 

「桜。どうしたの? 何か辛いことでもあったのなら、あたしに言ってみなさい。

この仏頂面がアホなマネやらかしたなら、代わりにブッ飛ばしてあげるから」

 

「……違うって言ってるのに」

 

 

俯き肩を震わせる私を見た幼馴染と魔導少女の殺気が、ユーリへ一斉照射される。

重苦しい雰囲気の渦中に立たされた彼は、腹を括ったのか、まっすぐ私を見た。

 

 

「う、ん……。まあ、お前の話を冗談半分で聞いてたのは謝るよ」

 

「ホント?」

 

「けど、オレたちがリブガロと戦っている間、フレンに楽しい思いしてたのは確かだろ」

 

「学生鞄ジャイアントスィング!!」

 

「フォトン!」

 

 

しつこくヘソを曲げるユーリの細腰に私の大振りカバンがクリティカルヒット!

おまけに何故か後からやってきたエステルの光魔術が炸裂。

その後、ラピードと一緒に息を切らして帰ってきたカロルが、足元で力尽きているユーリを目撃して、悲鳴を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

再びカプワ・ノールの宿屋の一室。

ユーリたちは神妙な面持ちで、私たちと向き合っていた。

先の件もあるが、最大の原因はユーリたちも目的を果たせなかったことにある。

彼らは確かにリブガロと交戦し、証拠の金の角を持ち帰ったが、ティグル夫婦にこっそり譲ってしまい、自ら手段を絶ってしまったとか。

傍から見れば愚かな行為だが、道徳的には間違ってはいない。

フレンもこれには苦笑した。

 

 

「まったく、困っている人がいたら放っておけない。

君らしいね」

 

「ほっとけ。オレらより、お前たちは上手くいったのか。

特にこいつのことも」

 

 

フレンに笑われてふてくされるユーリは、何か言いたげに私を見つめた。

喧嘩した手前、どこをどう触れればいいのかわからず、なんだか気まずい。

沈黙する私に代わり、フレンが説明してくれた。

 

 

「君たちが街を出ている間、こちらでは大きな変化があった」

 

「あまりいい方向じゃなさそうだな」

 

「彼女が入浴中、覗きに遭ってね」

 

「覗きだぁ? ああ、だから桜が、ったく。そういうことは先に言えよ」

 

「言える状況じゃなかったでしょ!」

 

「フレンに間男させねえで、オレの有り余る父性愛で命一杯慰めてやったのに」

 

「舌打ちしながら、得体の知れん事を如何わしい言い方で口にすんな」

 

「間男だなんて失礼だな。

僕は泣いて甘える彼女をこの胸で受け止めただけだ」

 

「泣いても甘えても飛び込んでさえねーですよ。

ついに貴方も妄想フィルター所持者ですかフレンさん」

 

 

どこまで明後日思考なんだ貴様らは。

呆気にとられる皆とは別に、エステルは平然とフレンに話を促した。

 

 

「覗かれたのは腹立たしいですが、貴方がついていたのです。覗き犯は成敗したのです?」

 

「申し訳ございません。覗き犯2名とも取り逃がしてしまいました」

 

「お前が犯人逃がしちまうとは珍しいな。

桜が風呂入ってたってことは、ははーん。こいつの裸体に夢中でそれどころじゃなかったとか」

 

「な、何をふざけたことを言ってるんだ……!

覗き犯の1人は君も知っている人物なんだぞ!」

 

「おい、何赤面してんだよ。マジで拝みやがったのか、てめえ」

 

「デューク・バンタレイ。君たちがデイドン砦で遭遇したと言う謎の麗人だ」

 

「あのストーカー野郎!」

 

「誰それ。知ってるの、ユーリ?」

 

 

憤慨するユーリに、唯一事情を知らないカロルが訊ねてきた。

いつまで私たちと同行するつもりか知らないが、説明するべきだろうか。

訊ねられたユーリは簡潔にこう答えた。

 

 

「桜を付け狙うコミュニケーション能力ゼロストーカー」

 

「ユーリ。それなんか違う」

 

「んだよ。元々謎だらけだし、要点掻い摘んだら、こんなもんだろ」

 

「そ、そうだけどさ」

 

「桜って、暗殺者やギルド、騎士団だけでなく、ストーカーにまで追われてるの?

絶対只者じゃないよ」

 

「大半は勘違いだと思うだけどね」

 

「君が狙われているのは事実だ」

 

 

大げさだと流すが、フレンは重い表情で振りかぶった。

そのまま言葉が続かない彼を見て、ユーリは怪訝に眉を潜める。

 

 

「他にまだあんのか? 執政官の屋敷に入れなかったとか」

 

「察しがいいね。ラゴウと面会したが、あっさり拒否された」

 

「アスピオで、調査が出来る書類を用意したんじゃなかったっけ?」

 

「強制調査権限。あんなの効力ないわよ。

帝国が認めた魔導器調査なら、どこでも入れるって言うのだけど、例外とか言われてよく弾かれるの」

 

 

カロルの疑問に、アスピオの魔導師リタがうんざりと答えた。

同じく魔導師ウィチルも溜息交じりで愚痴を吐く。

 

 

「自信があるなら、正面から来いと、安い挑発までくれましたよ」

 

「こっちだって引き下がることなかったんじゃない?

中に魔導器があるのはわかってるんだから」

 

「あれは罠だ。ラゴウは僕ら小隊の失態を演じて、騎士団より優位に立とうとしている」

 

「例え執行調査の許可があっても、評議会が拒否すれば、こちらは強行できません。

挑発に乗れば、そこを突かれてしまうでしょう」

 

「それじゃあ、にっちもさっちもいかないね」

 

 

フレンとソディアから、ラゴウの企みを聞いて頭が痛くなった。

正当法も底を突き、強行突破すれば、揚げ足を取られてしまうんじゃ、他にやりようがない。

フレンは唸る私を傍らで見守りつつ、苦々しく口を開いた。

 

 

「最悪なのはそこじゃない。

評議会、ラゴウが桜を狙っていることだ」

 

「……んだと?」

 

「ラゴウは彼女を一目見て、桜だと気付いた。

過去一度も面会していないのにも関らずだ」

 

「城の中で桜を見かけたかもしれないわよ」

 

「だとしても、あれほどの興味を示すのはおかしい」

 

「で、おいそれとこいつを引き渡すのか」

 

 

ユーリはフレンを見据え、答えを促す。

 

 

「前にも忠告したが、お前が蹴ったところで、貴族様の権力でねじ伏せられるのがオチだぜ」

 

「彼女を危ない目に遭わせるつもりは毛頭ない」

 

「相手は執政官。小隊長でしかないお前に何が出来る」

 

「ユーリ・ローウェル! 貴様」

 

「ユーリ、どっちの味方なのさ」

 

 

ユーリの酷い物言いに、ソディアとカロルの非難が飛ぶ。

フレンは特に傷ついた様子もなく、寧ろ胸を張ってこう宣言した。

 

 

「僕は一介の小隊長でしかないが、だからこそ小回りが利く。

なんだってやってやるさ。

いざと言う時は、君たちもいるしね」

 

「だってよ。桜、涙ぐましい成長だとは思わねえか」

 

「もはや脅威としか言いようがないわ。

ユーリ、フレンさんになんて説得したのよ。少しくらい教えてくれたっていいじゃない」

 

「別に何も。気が済むまで暴れまくって、一緒にお前を守ろうなって約束しただけだよ」

 

「嘘くさい」

 

「残念だがマジだ」

 

「貴様の斜めな態度から信憑性の欠片も感じられんわ」

 

「信じてもらえなくて結構。結果的にお前が無事なら、なんだっていい」

 

「守り守られる立場なんだから、信頼関係築いかなきゃ成り立たないでしょ」

 

「信頼関係? 甘えたいなら、さっさとオレの胸に飛び込んで来りゃいいだろ。

ほら、こいよ。受け止めてやる」

 

「アサルトドライブですね、わかります」

 

「違えよ。身構えんな。フレンみたいにして欲しいんじゃねえの?」

 

「皆がいる前で出来るか、時と場合を考え……! でなくて、あれは一方的だったって言ったでしょうが!

いいよ。ユーリが教えてくれないなら、フレンさんに聞くから」

 

「君が大切だからだよ」

 

「イケメン光線で全ての疑問に終止符打とうとしないで下さい。わけわかりません」

 

「なんでもいいではありませんか。フレンとユーリが一丸となって、貴方を助けてくれるのです。

2人のご好意、素直に受け取っておきましょう」

 

 

エステルに諭されたが、引っかかるもんは引っかかる。

ユーリとフレンの友情パワーで全部丸く収まったりするんだろうかと。

私の疑問とは別に、しかめっ面のリタは別の問題を突いてきた。

 

 

「あんたたちがタッグ組んだところで、実際これからどうするの?」

 

「リタさん」

 

「この子を守る守るって言ったところで、ここで立ち往生してたら、またあの変態暗殺者やヒゲ騎士たち、デュークってストーカーがやってくるわ。

ついでに執政官もちょっかい出してくるでしょうね」

 

「後、レイヴンって言うおじさんも。

どこのギルドか分からないけど、向こうの大陸にあるギルドの巣窟ダングレストに行けば、何か情報が掴めるかも知れないよ」

 

「どの道、カプワ・トリムへ船出してもらわなくちゃいけないのね」

 

「執政官を捕らえなければ、船を出すことも叶いません。

リブガロも執行調査も失敗しました。他に方法はあるのでしょうか」

 

「無い事も無いですが……」

 

 

エステルが誰となく問いかけたところ、ウィチルがおずおずと口を開いた。

 

 

「方法は2つあります。僕は正直オススメしませんけど」

 

「構わない。説明してくれ」

 

「1つは、執政官に桜さんの事情聴取をさせる際、護衛として潜入する」

 

「却下だ」「ダメだな」

 

「ああ、そうですよね。やっぱり却下ですよね」

 

「待ってよ。それ、いいんじゃないの?」

 

「お前正気か? 自分をエサに敵の根城へ乗り込むんだぞ」

 

「今は首の魔導器で鈍くなってるけど。

ノーマルの私なら、天候を操る魔導器の在り処が分かるかもしれないでしょう。

クオイの森やソーサラーリングの時みたいに」

 

 

魔導器の感知。

試したことは無いが、やってみる価値はある。

勇気を振り絞って申し出てみたが、フレンが首を横へ振って拒否された。

 

 

「いや、許可できない。

事情聴取の護衛だって、何人もつけられないんだ。危険すぎる」

 

「じゃあ、 ウィチル少年のもう1つの案は?」

 

「はい。こちらはかなり荒い手ですが、騎士団の有事特権を使えば」

 

「有事特権?」

 

「非常事態が発生した場合にのみ、あらゆる状況への介入を許される権限です」

 

「なるほどね。屋敷に泥棒でも入って小火でも起きればいいんだな」

 

 

エステルの解説を聞いたユーリは1人納得すると身を翻した。

リタやカロルも同意するように後に続く。

その態度から全てを察したフレンは、静かに親友を呼び止めた。

 

 

「ユーリ。しつこいようだけれど……」

 

「無茶しねーよ。だいたい、現状お前1人でこいつの面倒見るにゃキツイだろ」

 

「待って、私も行く!」

 

「お前は後からフレンと来い」

 

「後も先も一緒でしょう。さっき話してたヤツを試してみたいの」

 

「魔導器を探し当てるアレ。お前にとって、リスクが高すぎやしねえか」

 

「フレンさんやユーリたちが運良く魔導器にたどり着けるかわからない。

だったら、一か八かやってみる価値はあると思わない?」

 

 

私の訴えを聞いたユーリはしばらく黙考し、フレンへと眼を配らせる。

 

 

「オレはやらせてみてもいいと思うんだが」

 

「みすみす彼女を危険に曝すつもりか」

 

「桜がやりたいってんなら、尊重する。オレはただ、こいつが満足するまで付き合うまでだ」

 

「フレンさん」

 

「そんな顔しないでくれ。断るのが辛くなるじゃないか」

 

「じゃあ……!」

 

「ただし、絶対無茶はしない。深入りしない。

ユーリの言うことをちゃんと聞く。この3つを守るんだよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「破ったら、どうなるか――わかるよね?」

 

「う。わかってます」

 

 

笑顔のフレンから悪寒を感じて、私は震え上がった。

まさかとは思うが、降ってわいたりしないよな。

私が懸命に頷くと、フレンは真顔に戻り、ユーリへ視線を移した。

 

 

「ユーリ。彼女を頼むよ」

 

「言われるまでもねえよ」

 

「君は守る者のためなら、どこまでもまっすぐだからね」

 

「気持ち悪いこと言うな。おせっかいなだけだよ」

 

「釘を刺しているんだ」

 

「あ?」

 

「傍にいながら桜が傷つけるような後継人はいらないだろう。僕1人で充分。

彼女の隣に立つ男は2人もいらない。言い寄る輩は消し飛ばす。彼女に触れる野郎はルミナンサイス。

――そうは思わないか」

 

「そうやって拳鳴らしながら言われると、"しくじったら殺す"とも解釈できるな」

 

「後半から話が破綻しているのに突っ込みなさいよ。

あんたたちが頼りになんなくても、あたしがついてるから心配には及ばないわ」

 

「わたしもサポートしますよ。

いいじゃないですか。桜のピンチに颯爽と駆けつける騎士フレン。絵になります」

 

「あの、ボクたち、騎士たちが鉢合わせたらまずいんじゃなかった? エステル、作戦把握してる?」

 

 

早くも目的を見失いつつあるエステルに、カロルは控えめに警鐘を鳴らした。

そう。私たちが屋敷に忍び込み、フレンたちはそれを捕まえる名目で有事特権を行使し、魔導器を押さえる。

「天候を操る魔導器をラゴウが使用していた」が立証されるまでは、フレンに捕まるわけにはいかない。

 

 

 

やれアイテムは揃っているのか、やれ装備は大丈夫か、やれ気分はどうかと私を気遣うフレンと宿屋で別れ、ヤツのテリトリーから脱した後。

私たちは屋敷潜入の前に、道具屋で準備することにした。

 

 

「道具屋に用事があったなら、フレンさんの申し出受ければ良かったかも」

 

「これから、追い追われる仲になるってのに仲良く買い物しちゃ拙いだろ」

 

「今更よく言うわ。

意地張ってんのか知らないけど、肩並べるのが嫌なら、アホ騎士パシらせりゃいいじゃない」

 

「帝国騎士団小隊長をパシらせるって、何様だよリ――ったあ?!」

 

 

嘆息するカロルの脳天に、空かさずリタの拳が飛来する。

 

 

「使える野郎は余すトコなく徹底的に扱使えばいいのよ。桜」

 

「まるで悪女だよリタさん」

 

「フレンも貴方から頼りにされて嬉しいと思いますよ」

 

「違うよエステル。パシリだよ。顎で使うと同意語なんだよ。

"おい、お前、ちょっとそこまでアップルグミ買ってこい"みたいなノリなんだよ」

 

 

しかし、フレンなら喜んで引き受けかねない。

複雑な心境の私を差し置いて、皆は道具屋の商品を物色し始める。

遠目でぼんやり眺めていると、不意に横から声をかけられた。

 

 

「引き返すなら今のうちだぜ」

 

「ユーリ」

 

「これから自分を狙ってるヤツの屋敷に忍び込むんだ。

飛んで火にいる夏の虫じゃないのか」

 

「え。ユーリがなんとかしてくれるんじゃないの?」

 

「ははっ! 頼りにされてんのな、オレ」

 

「違う? バカな事言った、私?」

 

「不安そうな顔すんな。オレがお前を見捨てるわきゃねえだろ。

お前に付き合うって決めた以上、最後まで貫き通すさ」

 

「だったら問題ないよ」

 

「怖くないのか」

 

「ユーリがいるから平気」

 

「そうかい」

 

 

彼は肩を落として小さく笑うと、私の頭を荒く撫でてきた。

毎度のことだが、ワシワシされて、髪の毛がくちゃくちゃになってしまう。

 

 

「もう、乱暴しないで。私は小さい子供じゃないんだから、撫でなくてもいい」

 

「いつでもオレに飛び込んできていいんだぞ」

 

「充分甘えてるからいいよ」

 

「いや、まだ遠慮している感がある。お兄さんに気兼ねなんてすんな。

それとも、フレンみたいにオレから抱きしめにいった方がいいのか」

 

「あんたに抱きしめられたら、その魅惑の胸に顔面からダイレクトアタックしてしまう!」

 

「フレンは良くて、オレはダメなのかよ。ザーフィアス城で一回やっただろ」

 

「フレンさんの時もユーリの時も私に選択の余地はなかっただろ。私の心臓破裂させる気か。

恥し気もなく、抱くとか冗談ふってこないでよ」

 

「冗談でいいんだよ」

 

「ええ?」

 

「さてと。エステルたちの買い物が済んだようだし、屋敷に向かうとしますか。

ほら、行くぞ。桜」

 

 

道具屋から戻ってくる皆を見たユーリは、私の肩を叩いて先を促した。

冗談でいいとは何だろう。

ユーリの考えていることはわからない。

ただ戻って来た時よりも機嫌がいいのは、彼が浮かべる不敵な笑みから見て取れた。

 

 

 

 

いろいろあって、またまたやってきましたラゴウ屋敷第3弾。

見慣れた豪邸の前には、案の定柄の悪い傭兵が立ち阻んでいた。

 

 

「のっけからこけそうね。この作戦」

 

「門番をやっつけてはいけないのです?」

 

「騒ぎになんだろ」

 

「わたしの腕なら、この程度のゴロツキ、騒ぐ前に瞬殺ですよ」

 

「あの傭兵。もしかしてどこかのギルドじゃないかな。

剣撃聞きつけて増援がくるかもしれないよ」

 

「有象無象の衆など、取るに足りません。全員滅します」

 

「エステルお願いだから武力行使は止めて」

 

 

とは言うものの、屋敷全体を囲む塀を見る限り、穏便に忍び込む方法なんて見つけられそうにない。

 

 

「少し屋敷の周りを歩いてみて、入り込めそうなところを探すしかないね」

 

「無駄骨だと思うけどね」

 

 

私の提案に、何者かが意を述べた。

ユーリじゃない、聞き覚えのある男の声。

耳にした瞬間、皆の視線が声の主へ向き、私とリタがコチラへ手を振る胡散臭いオッサンを確認して声を上げた。

 

 

「レイヴンさん」「おっさん!」

 

「おっ! 俺様のこと、覚えててくれたんだ。

おっさん感動したよ――ぶえくしょい!」

 

 

ギルド所属の謎のおじさんレイヴンは喜び勇んで私たちの元までやってくると、盛大にくしゃみをした。

初対面のエステルとカロルは唖然とし、リタは顔を引きつられる。

 

 

「きったないわね!」

 

「ちゃんと避けてかんだでしょ。少しはおっさん労わってよ」

 

「風邪? 前は元気だったよね」

 

「あ、うーん。ずーっと雨に打たれ続けたのが、老体に堪えたみたいなのよね。

ねえねえ桜ちゃん、その柔らかな身体でおっさんの冷えた身体を暖めてーっ」

 

「おっと。うちのお嬢さんに近づくんじゃねえよ。おっさん」

 

 

両手を広げて私に迫るレイヴンをユーリが間に入って阻んだ。

 

 

「ザーフィアスの地下牢以来か。こいつを付回してたってのは本当だったんだな」

 

「キレイな顔してキレないでよ、ユーリ・ローウェル君」

 

「名乗った覚えはねえぞ」

 

「おたくの賞金額、10000ガルドにつり上がったそうじゃないの。おめでとさん」

 

「ユーリ、手配書のお陰で有名人だからね」

 

 

レイヴンに拍手を送られ、カロルから皮肉無しに指摘されたユーリはガックリ肩を落とした。

 

 

「気を落としなさんなって。青年たち、屋敷に入りたいんでしょ。

おっさんにいい考えがあるんだけど」

 

「とてつもなく怪しいわ」「インチキ臭い」「気味悪いです」「信用できないよ」

 

「魔法少女から少年まで、きっつう。

不思議少女や青年に一度たりとも嘘ついたことないわよ!」

 

「事実、おっさんには城から抜け出す時、助けてくれたもんな」

 

「私の噂についても話してくれたし、ユーリとフレンさんの居場所も教えてくれたよ」

 

「でしょ、でしょう! 信頼と実績のおっさん。任せてちょーだい!」

 

「で。レイヴンさんの案って? 私たちは何をすればいいの?」

 

「うん。あのね、桜ちゃんの力が必要なの」

 

「私?」

 

「おっさんと手を繋いで」

 

「ふざけるな」

 

 

レイヴンが私へ差し出した右手目掛けて、ユーリの刃が振り落とされた。

僅かの差で避けられたが、タイミングが悪ければ、肘から先がなくなっていただろう。

 

 

「あ、危ないじゃないの! ツッコミするなら素手でしてちょうだい!」

 

「悪ぃ。殺す気だった」

 

「ああ、それなら仕方ないよね。おっさん納得。って、違あああああう!

なんで俺様の親切に、殺気で対応するの?!」

 

「この期に及んで下心出すからだ」

 

「やっぱ港の時に殺っとくべきだったわ。このおっさん」

 

「青年、魔法少女、2人揃って得物構えて迫られると失禁しそう……!

桜ちゃんが居れば、屋敷に侵入できるんだってば! 本当よ!」

 

「2人とも待って!」

 

 

レイヴンの叫びを聞いて、私はにじり寄るユーリとリタを止めに入った。

私の表情から、意図が読めたユーリは顔をしかめる。

 

 

「お前。このおっさんの話に乗る気じゃねえだろな」

 

「うん」

 

「うん。って、出会って間もないオヤジよ!あんたが不思議系だからなんて、 けしからん動機を抱えるヤツなのよ!」

 

「リタさんの言う通り、レイヴンさんは碌でもない中年オヤジだけど」

 

「桜ちゃん?!」

 

「この人が言ってることは頷けるし、私たちが手詰まりなのは本当でしょう。

こうしている間にもフレンさんが追いついてくる。方法があるならそれを使うべきだと思うの」

 

「フレンとの約束、覚えてるよな」

 

「覚えてる。けど、私。皆の役に立ちたい」

 

 

皆が固唾を呑んで見守る中、私は思い切ってブチまけた。

魔導器もなく、エアルに弱い。皆が戦っている時、いつも歯がゆい思いをしてきた。

魔導器感知もそう。戦えない自分が活躍できる場があるのなら、進んで踏み込んで行きたい。

 

 

「絶対、ユーリたちの元に帰るから」

 

「お前、まさかこの状況に至って、思いつめちゃいないか?」

 

「そ、そんなこと……」

 

「まあまあ、本人がやりたいって言ってるんだから」

 

「おっさんが仲裁に入るなよ」

 

「桜ちゃんの身柄はこの俺様が保証する。ギルド「天を射る矢」の名に懸けてね」

 

「天を射る矢だって?!」

 

 

レイヴンが口にしたギルド名に、カロルが声を裏返して驚いた。

 

 

「知ってるのです?」

 

「五大ギルドのひとつだよ! ギルドの元首ドン・ホワイトホースが首領についてる」

 

「なんか凄そうね」

 

「凄過ぎるよ! このおじさん、レイヴンが天を射る矢の一員だなんて、信じられない……!」

 

「まあ、大船に乗った気でいなさいな」

 

「あ、ちょっと、レイウンさん」

 

「待て。オレは許しちゃ……」

 

「――貴様ら、そこで何を騒いでいる!」

 

 

私に近づくレイヴンをユーリが再度止めようとした時、門番の1人が近づいてきた。

拙い。話し過ぎたか。

緊張が走る私達とは別に、レイヴンは飲み仲間を相手にするように飄々と門番に話しかけた。

 

 

「ああ、すみません。お騒がせしちゃって」

 

「喧嘩をするなら、他でしろ。――ん? 待て。そこの娘、さっき騎士と一緒に執政官と会っていなかったか?」

 

「あ……!」

 

 

門番の目に止まって、ギョッと身を竦めた。

即座にユーリが庇うが、門番は止まらない。

 

 

「執政官が大層興味を持っておられたようだったから、自分から会いに着たのか」

 

「あ、あの……」

 

「ええ! 是非とも、執政官様とお話がしたくて連れてきたんですよ~」

 

「レイヴンさん?!」

 

「……チャンス到来よ。上手く合わせて、桜ちゃん」

 

 

レイヴンに乞われ、こっそりユーリの表情を伺う。

一寸の隙もなく、門番とレイヴンを睨んでいる。

だ、大丈夫なんだろうか。迷ったところで、無視するわけにもいかない。ええい、なるようになれ!

 

 

「え、ええ。ラゴウ執政官に会いにきました」

 

「取調は許可できないと、騎士が言ってなかったか?」

 

「あ。で、でも、あれは騎士団が決めたことで……!」

 

「ああ、それなんだけど、プライベートならいいって話なのよ。

ね、桜ちゃん」

 

「は?」

 

 

私が大きく前へ一歩出たところ、レイヴンがごく自然に手を掴んできた。

固まる私。事態に追いつけない皆。

ただ1人、ユーリだけがおっさんから私を引き剥がそうと手を伸ばす!

 

 

「おい!」

 

「ウィンドカッター!」

 

「っちぃ! 桜!!」

 

 

レイヴンの声に応えて、かまいたちがユーリに襲い掛かる。

ユーリは構わず突っ込もうとしたが、風に阻まれ、かすり傷を増やすだけに終わった。

 

 

「ユーリ!」

 

「大丈夫よ。わざと外したから」

 

「レイヴンさん、貴方一体何考えているんですか?!」

 

「一番上手くいく方法を考えてるわよ」

 

 

ユーリへ駆け寄ろうとする私を腕を引いて阻んだ彼は、食い止めようとする皆へ更なる追い討ちをかける。

 

 

「門番の皆さん! 賞金首の方々が、ラゴウ執政官が欲しくて欲しくてたまんないシャイコス遺跡の重要参考人を横取りしにきましたよーっ!」

 

「えええええ?!」

 

「ラゴウ執政官に会いにきたのに邪魔されそうなんです! 助けて下さーい!」

 

 

レイヴンのホラを聞いた門番たちの注意が、いっきにユーリたちへ集中する。

驚愕する皆。血の気が引く私。

レイヴンは抵抗する私を連れて、ユーリたちの討伐に向かう門番の脇をくぐり、敷地内へ。

裏口のエレベーターで上へ昇り、見事屋敷内へ侵入成功したのであった。

 

 

「って、おおおおおおおい!」

 

「上手くいったでしょ」

 

「いってねーよ! キモいスマイル飛ばすな可愛いつもりか知らんが、かえって殺意がわく!

ユーリを傷つけた挙句、皆に門番けしかけといて、何ドヤ顔してんの?!」

 

「あそこで青年が後ろへ避けてくれれば、怪我なんてしなかったわよ。

意地でも桜ちゃんを手放したくなかったんだねぇ」

 

 

やれやれと肩を竦めるレイヴン。

ユーリは自分が傷ついてでも、私を守ろうとしてくれた。

こんなことになるなら、彼の言うことを聞いて、レイヴンの尻馬に乗らなければよかった。

 

 

「私の独りよがりで、皆を酷い目に遭わせちゃった。

このままじゃあ、折角たてた作戦が無駄になっちゃう。……どうしよう」

 

「な、泣かないでよ。桜ちゃん。

おっさん、こうみえてもかなーり腕に自信あるから、傷1つ付けさせやしないよ」

 

「泣いてません」

 

「目に涙一杯浮かべといて、変に意地っ張りよね。

青年たちなら、門番たちなんてちょちょいのちょいとやっつけてくる。心配無用だから、ね」

 

「……」

 

「青年の強さは、一緒にいた桜ちゃんがよく知ってるでしょ」

 

 

事の発端から、もっともらしいことを言われてしまう。

戦いに関してド素人の私だが、ユーリが並より強いのはわかっていた。

いくつもの苦戦を乗り切ってきた彼なら、きっと切り抜けられるはず。

 

 

「少し元気が出たかな。よかった、よかった。

憂う少女も魅力的だけど、桜ちゃんは明るい方が可愛いわよ」

 

「その明かりを消したのは誰だ」

 

「やめて、握りこぶしブルブルさせるの。おっさん、暴力反対よ!

き、君の作戦って、屋敷に忍び込むことなら、しばらくおっさんと行動しない?

おっさん、桜ちゃんと一緒の方が楽しいし!」

 

「ユーリたちが駆けつけてくるまで、ここで待ってる」

 

「それで青年たちよりも先に、見張りの傭兵に捕まるわけね」

 

「……。レイヴンさんの目的はなんなの?」

 

「探し物をね。ついでに君と濃密な会話ができればなっと」

 

「……」

 

「すみません。濃厚は軽いジョークだから、そんな恐ろしい顔で睨まないで。おっさんの心が縮む。

青年たちと合流できるまで、二手に分かれて敵を陽動してもいいんじゃないの?」

 

「陽動?」

 

「桜ちゃん。皆の力になりたいんだよね。

離れてたって、出来ることは一杯あるんじゃない?」

 

 

胡散臭い。

胡散臭いが、的を得ている。

私1人でレイヴンを仕留める事も、引き止める事もできないのなら、いっそ上手く利用してしまえばいいんじゃないか。

 

 

「わかった。一時休戦する」

 

「あんがとね。君の期待に答えられるよう、おっさん身を粉にして頑張るから」

 

「レイヴンさんって、どのくらい強いの?」

 

「小刀で接近戦、弓矢で中長距離戦。おまけに魔術も使えちゃう、万能おっさん。

今なら女の子限定で無料接待サービス。お買い得よん」

 

 

いらない。

心の奥から叫びたかったが、見張りに気づかれると面倒だ。

彼も長居は無用とばかりに、私の手を引く。

 

 

「屋敷の奥へ移動した方がいいかもね。桜ちゃんも離れずついて来て。

勝手に動き回われるとおっさん大変だから」

 

「離れて1人になってるところを発見されたらいけないしね」

 

「若者の体力についていけないから。おっさんのペースにあわせて欲しいんだわ」

 

 

お願いと両手を合わせるレイヴン。

初っ端から雲行きが怪しくなってきた。駄目だ、このおっさん、早く埋めないと。

 

今回だけは例外にフレンさんを召喚したくなった。

いやでもユーリの方がダメージ少ないかも。

なんでもいい。おっさんから私を助けに来て下さい。

 

 

 

 

 

 

 

■続く■




国語力どころか英語もさっぱりなので、今回はタイトル無視しようかと悩みましたが、やるだけやりました。
文章も70KB超えたけど、分割する気力もなかった。

前回の後書きで「ラゴウ邸までやりたい」と宣言したように、ラゴウ邸までいきました。
折角だから、ゲーム中では明らかになってない話をピックアップして、誤魔化そう楽しもうじゃないかと思います。
自然にユーリとの絡みが減ってしまいますが、そこら辺は他のキャラとの会話でフォローできればなと。
しかし、カプワ・ノールの話がこんだけ長くなるとは予想しませんでした。
フレンがいるから仕方ない。
次回はパティ&魔導器発見くらいいけたらいいと思います。


瑛慈 翔
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