明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第15話】オッサンに手を引かれ、私は

港町カプワ・ノールで圧政を如く執政官ラゴウ。

嵐を起こし、船を片っ端から沈めて、市民には重税を推し量る。

 

その脅威は収まるどころか、異世界からやってきた桜にまで及んだ。

 

あいつは表向き"シャイコス遺跡異変の参考人の一人"。

異世界の人間であることは、騎士団の一部しか知れ渡ってはいないはず――だったが。

評議会への抑止力にとつけておいた精鋭が逆に徒となり、ラゴウの興味をひいてしまった。

 

被害はこれに留まらず、桜の風呂を覗く猛者まで現れた。

驚くべきは犯人の1人がデイドン砦で桜にちょっかい出してきたデュークで、フレンが取り逃がしてしまうほどのツワモノだってところ。

元々謎だったのが、ますます不気味を帯びてきた。

 

手っ取り早く、片っ端から殴り倒してやりたいが、執政官や所在不明のストーカーなんて、接触するだけでも難しい。

 

 

とりあえず手近なところで、フレンが桜の裸を拝んだかどうか確認しておくべきだろう。

 

 

オレが冗談半分で「桜の裸に夢中で、犯人逃したんじゃねえの」と聞いたら、赤面ってなんだ。

他人のことをムッツリだとかキレといて、テメェも充分スケベじゃねえかよ。

 

 

フレンは後で〆るからいい。

 

 

一番気掛かりなのは、たった数日で有名人に祭り上げられた桜だ。

ただでさえ、不慣れな生活が続いて浮き足立ってるのに、得体の知れない連中の関心を一身に受ける羽目になった。

 

あのか細い身体にのしかかる負担は相当のもんだろう。

「いつか倒れるんじゃないか」と気を揉むオレの気持ちを他所に、本人はこの切迫した状況下に怯えるどころか、バイタリティに溢れていた。

 

どんくらい?っつーと、執政官の屋敷侵入作戦に、自ら同行を志願してきたくらい。

本人曰く、エアルに弱い体質を逆手にとり、問題の魔導器を見つけ出してみようだと。

 

元々お節介焼きではあったが、自分の立場考えれば、及ばない発言じゃないか。

ただこの案が無いにしろ、執政官の目が光る街中に居る以上、危険度は同じ。

オレやフレンが傍にいた方が守りやすい。

何より「試してみたい」と本人が強く願うなら、気が済むだけやらせればいいんじゃないか。

 

本来は桜を一番知る者として、慰めてやるべき場面だ。

けどフレンに言わせれば、オレは女心が分かってないトーヘンボクらしい。

そんな不器用な保護者ができることと言えば、最後まであいつに付き合うくらい。

 

 

今思えば、バカな選択だった。

 

厄介は、何もラゴウやデュークだけじゃない。

 

オレたちの前にレイヴンが現れ、こともあろうに桜を利用して屋敷に侵入しようと提案してきたんだ。

誰もが一蹴しそうなこの愚策に、桜本人が意も無く賛同しちまう。

 

行動力があるっつっても、これは無謀だ。

フレンとの約束を忘れたのか。

 

 

その問いに返ってきた答えが「皆の役に立ちたい」。

 

 

必死に訴える桜を見て、やっとあいつの心境が読めてきた。

桜はこれまでの旅を経て、自分が迷惑な存在だと考え始めたんじゃないか。

 

以前から兆候はあった。

クオイの森に入る時も、重い身体を押して入ろうとした。

エッグベアに石をぶつけてまで援護してきた。

アスピオでも様子がおかしかったし、カプワ・ノールの街でも負い目をほのめかす発言があった。

 

 

どうして、今頃思い出す? なんで攫れる前に察してやれなかった?

 

 

あいつが奪われてから、無駄な押し問答が頭ン中でグルグル駆け巡る。

 

過去に捕らわれてなんになる。

 

レイヴンから桜を奪い返して、問題の魔導器を探し出す。

かなり予定が狂っちまったが、嘆いたって誰も助かりはしない。

 

 

必ず迎えに行く。

 

だから、これ以上無理を重ねないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オッサンに手を引かれ、私は

 

いつかそのドタマを殴り倒すんだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カプワ・ノール港で私欲を尽くす悪代官ラゴウ。

民間人にヤクザをけしかけ、公僕を嘲笑い、一般女子を視姦するとんでもない公共廃棄物ジジイ。

街の惨状を見た私たちは、このエロジジイを撲殺……もとい、ヤツの罪の証である魔導器を押さようとしたが、まるで歯が立たなかった。

 

それでも性悪ジジイを縛り上げたい。

耳の穴に手を突っ込んでガタガタ言わせたい。

とにかく、ジジイの人生終了させたい私たちは、ある暴挙にでた。

 

ユーリたちが屋敷に忍び込んで騒ぎを起こし、それを止める名目でフレン小隊が屋敷に突撃して、問題の魔導器を押さえる作戦だ。

 

 

限られた時間、広い屋敷内で、見たこともなければ、どこにあるかも知れない魔導器を探し出す。

 

一見頼りない作戦だけど、物は魔導器。

嵐を呼ぶくらい大量のエアルを消費するなら、私の敏感肌が反応するのではないか?

おお、日頃煩わしいと思っていた能力が、ついに功を奏す日がやってきた!

などと、ノリノリで同行を名乗り出たというのに、世の中は容赦なかった。

 

 

「お~い、桜ちゃん。ちゃんとおっさんの後についてきてる? しんどくない?」

 

「大丈夫です」

 

 

前をヒョコヒョコ歩いていたおっさんが、振り向きざまに尋ねてきたので、私はそっけなく返した。

 

ここは執政官の屋敷2階。

クソ長い廊下を私と共に突き進むのは、ユーリでもフレンでもなく、うさんくさい中年レイヴンだった。

 

ボサボサの黒髪をひとつにまとめ上げ、なかなか渋い顔は不精に緩んで、中の下までレベルダウンしている。

中肉中背に和風の装束をダラっと着込んだ、30代半ばの酒屋で野垂れてそうなおっさん。

 

コレでも一応「天を射る矢」という有名なギルドの一員らしいが、証拠ないし、ふざけてるし、カリスマの欠片もないし、出所不明の情報を握っている。

この代名詞が「怪しい」の一言で足りる男を睨んでいると、彼は露骨に寂しそうな顔をした。

 

 

「なんか桜ちゃん、俺に冷たくない? さっきのこと、まだ怒ってんの?」

 

「この期に及んで、もう怒ってないとか思ってたの?」

 

「駄目駄目。人間おおらかでなくちゃ。

桜ちゃんは元がいいんだから、笑った方が断然いいよ。

おっさん、おたくが青年たちと楽しくしてるトコを物陰から覗いててキュンってなった」

 

「貴様もストーキングか、今すぐデストロイしろ。

笑えと言うけど、その青年を傷つけたのはどこのどいつよ」

 

「グサッ。だ、だから、あれは脅しで、青年に怪我させるつもりはなかったの。機嫌直してよ~っ」

 

「手を出したのには変わりないし、私を誘拐したのも事実でしょうが!」

 

 

始終ヘラヘラするこのおっさん。

実はユーリに魔術をけしかけ、私を連れ去り、屋敷に忍び込んだのだ。

そのあまりの身勝手ぶりに声を荒げると、レイヴンはキョロキョロと辺りを見回し、人差し指を口に当てた。

 

 

「シーッ! 大声出したら、誰かに見つかっちゃうでしょ」

 

「……」

 

「黙ってくれたって事はわかってもらえた……ワケないみたいね」

 

「犯罪者が被害者に対して"自分の立場を理解してくれ"って言う方がおかしい」

 

「変は承知でお願いしてるの。信じてちょーだい」

 

「信じてたまるか。私を丸め込んで、情報聞き出す魂胆なんでしょう」

 

「それもあるけどね。実はダングレストに、君に会いたがってる人が居てさ」

 

「貴方を遣わせたってことは、その人もギルド関係者?」

 

「うんうんギルドの人。

本人から出向くのが礼儀なんだけど、何せ見た目も、立場も、目立つクソジジイでね。

代わりにお迎え遣そうか~てところで、たまたま帝都に来てた俺様に白羽の矢がたったの」

 

「要はパシリで私を誘拐したんだね」

 

「人聞き悪い。ちびっと強引だったかもしれないけど、男は草食系より肉食系がモテるのよ」

 

「説得力ないよ」

 

「失礼しちゃうわ! 俺様こうみえても、ダングレストではお嬢さん方に引っ張りダコなんだから!」

 

「えーっ?」

 

「えーっはないでしょ、えーっは。

ま。ジジイのお使いなんてメンドーだけど、君みたいな子猫ちゃんのお供ができるならって、喜んで引き受けたわけ」

 

「いいのかソレ」

 

「いいのよソレで。何事も楽しまなくちゃね。

引き受けた以上は、君を無事ダングレストに連れてかないと――あ、ちょっとたんま」

 

 

レイヴンは話を区切ると、私の手を引き、みずからの硬い胸板へと抱き寄せた。

 

 

「や、やめて……、苦しんだけど……!」

 

「まずいわ、誰かきたみたい。悪いけど、静かにしてて」

 

 

私を抱えたまま、彼はじゅうたんで足音を殺しつつ奥へ奥へと駆け抜ける。

やがて最奥の豪勢な扉の前まで踏み込むと、ぐるりと身を翻して、隣の部屋のドアノブに手をかけ、中に誰もいないのを確認してから、すばやく中へ身を躍らせた。

 

(薄暗い部屋。ペッドやタンスがあるけど、生活観がない。ここって客室?)

 

「って、観察してる場合じゃない。レイヴンさ、ンッ……!」

 

「ごめんね。も少し辛抱」

 

 

私の口を塞いだレイヴンは、ドアに背をすりつけ、廊下へ意識を傾けた。

私も眉を潜めながら、聞き耳を立ててみる。

すると廊下の方から忙しい足音が迫ってきて、部屋の前で止まった。

 

(気づかれた?!)

 

ドキリと身を震わせたが、ドアが開いたのはこことは別、多分、豪勢な扉の方。

一安心して息を潜めると、ドアを挟んだ先から威圧的な男とその部下らしき会話が聞こえてきた。

 

 

『――何事だ。騒々しい』

 

『申し訳ございません。首領。

侵入者が現れました。現在地下に潜んでいるようです』

 

『こんな悪趣味な館に忍び込む命知らずは、どこのどいつだ?』

 

『指名手配中のユーリ・ローウェルとその一行かと』

 

「……!」

 

 

ユーリの名前を聞いて、私は息を呑んだ。

いきなり相手の注目を浴びてしまった。

いやいや、皇族のエステルもいるし、ユーリならきっと切り抜けられるはず。

何度もそう言い聞かせる私を嘲笑うかのように、威圧的な男の哄笑が肝を貫く。

 

 

『相手が騎士団なら面倒だったが、賞金首なら話は別だ。

――とっとと片付けて来い』

 

(そんな……っ、帝国が捕まえようとしてる人を勝手に殺しちゃってもいいの?!)

 

 

そもそもこの偉そうな男は何者なんだ。

執政官にしては声色は重くて腹に響く。傭兵の頭だろうか。

帝国の手配も無視していいのか、このアウトロー。

次から次へと沸いてくる疑問に、もちろん返答はなく。

事態に追いつけない私を放置して、連中の会話はラジオのように流れていく。

 

 

『それから、残った奴らに船を用意させろ。かき集めた魔核をアジトまで運ばなきゃならねえ』

 

『執政官に連絡は?』

 

『放っておけ。騎士団みたく律儀に報告してちゃあ、こっちの取り分が減っちまう。

ヤツとの契約は、盗んだ魔核を少し分けてやるだけだ』

 

(盗んだ魔核? ってことは、こいつが下町の水道魔導器泥棒の親玉、……なんだよね?)

 

 

シャイコス遺跡で捕まえた泥棒の証言では、容姿は大柄で隻眼のはず。

この機に乗じて確認するべきだけど、レイヴンに捕らえられて叶わない。

 

このおっさん、ダボダボの服で隠してたのか、拘束されて初めてわかる、その引き締まった体格。

私が身動きとれんほどの力を発揮する中年ってなんだ。

 

私がおっさんマッスルの謎を探っている間に、連中は打ち合わせを済ませて移動し、まもなく辺りに静寂が戻った。

ほの暗い客室で身を沈めていたレイヴンは、周りに誰もいなくなったのを見計らい、私の戒めを解く。

 

 

「もう大丈夫だよ。やっこさんたち行ったみたいだから」

 

「あ、ありがとう。けど、おしかったな。

親玉の顔見れるチャンスだったのに」

 

「顔? バルボスの顔見てどーすんの。

紅の絆傭兵団の首領に因縁でもあんの?」

 

「ブラッドアラ……? レイヴンさん、魔核泥棒について詳しいの?」

 

「泥棒に詳しいって言うか、連中もうちと同じ五大ギルドのひとつだからね。

おたくは……ああ、青年と一緒に、盗まれた下町の魔核探してるんだっけ。

盗まれた魔核、連中が集めてる魔核……なるほどね。

知ってる知ってる。おっさん、連中のことよ~く知ってるよ」

 

 

レイヴンは私と話を合わせる様にうんうん頷き、にんまりと笑った。

 

 

「だけど、タダとはいかないな」

 

「じゃあ、自分でなんとかする」

 

「あ、あれ~? "お願い! 教えてレイヴンさん〝って、おねだりしてくんないの?」

 

「おっさんがブリッ娘ポーズすんな。嘔吐する。

以前ユーリにも言われたけど、私は両拳を口元にあて、上目遣いで"お願い"なんつう古典的なおねだりなどしない」

 

「男は喜ぶもんよ。青年かフレンちゃんあたりで試してみ」

 

「ユーリとフレンさんに? あの美形コンビに冗談でしょう?

カウンター半端ないし、交友関係に支障が出るだけでなく、私の人格が疑われるわ」

 

「若いうちは何事もチャレンジしなきゃ」

 

「そして私のヒストリーに黒歴史が刻まれるんですね」

 

「絶対効果あるのに。

おっさんの腕の中で小さくなってる桜ちゃん、プルプル震えてすこぶる可愛いかったよ。

柔らかくて温かくて気持ちよくて、俺様の理性がいろいろデンジャラスだった」

 

「どさくさに紛れて邪な感情爆発させんな」

 

「なんで頑なに嫌がるの。

あーっ! もしかして、やったことなくて恥ずかしいだーっ。

初心ねーっ、いじらしいわ~」

 

 

身を捩じらせてニヤけるおっさん。

私が呆れようがお構いなしのレイヴンは、自信たっぷり自分の胸をドンと叩いた。

 

 

「よし! きゃわいい不思議少女のために、おっさんがひと肌脱いでやろうじゃないの!」

 

「魔核泥棒のこと教えてくれるの?」

 

「桜ちゃんをモテる女の子に育ててあげる」

 

「援助交際?」

 

「え、援交なんて俗っぽいこと言わないの。

男をおとす方法は、おっさんのような経験豊富な大人の男性から教わった方がいいって話さ」

 

 

真っ向から突っ込まれて狼狽するレイヴンであったが、めげずに睫毛をキリリと引き締めた。

 

 

「大人の男は初めてかい? 何、怯えることはない。

俺様が手取り足取り、頭から爪先までふんぐほぐれつ丁寧に、君を大人の女性にしてあげるよ。

……って、言ってる傍から、軽蔑の眼差し送るの止めてくんない?」

 

「それセクハラだよね」

 

「セクハラ違う! 愛よ愛! プラトニックな!

自分の気持ちを押さえつけて、気になる女の子の恋を応援する男! 健気だと思わない?!」

 

「下種だと思う」

 

「おっさん一生懸命よ!」

 

「いくら一生懸命とほざいたところで。

怪しく動く指先とか、荒い息とか、口元の涎から漏れる下心は、微塵も隠蔽されとらんわ」

 

「あらん」

 

 

指摘されて、彼は両手でお茶目に口を隠した。

駄目だ。このおっさん、話が進まない。

ユーリたちがくれた、この貴重な時間を無駄にしたくないのに。

 

 

「こうなったら、私1人ででも探し出さなきゃくちゃ、元が取れないわ」

 

「下町の魔核を取り返すなら、行き先は屋敷の裏手にある船着場だね。

連中、集めた魔核を根城に持って帰るって言ったから」

 

「ううん、天候を操る魔導器が先。

元々その為に屋敷に忍び込んだし、ラゴウをなんとかしないと、船が出せない」

 

「え~っ? 執政官なんて、騎士団に任せとけばいいじゃん。

青年たちなら、きっとやってくれるって。あの子できる子だから!」

 

「おっさんはユーリたちの何を見てきたんだ」

 

「青年の噂は帝都で聞いてるし、フレンちゃんの放った魔神連牙斬なんかスゴイでしょ」

 

「まじんれんがざんって、前にフレンさんが話してたような……」

 

「剣をビュンビュンって振り上げて、衝撃破を連発する、剣術の上級技よ」

 

「ユーリの蒼破刃の強化版みたいなの?」

 

「フレンちゃんのヤツは、街中から港までの長距離を一発なりとも外さない命中力、海まで吹き飛ばすほどの威力を誇るからね。

お陰で俺は危うく、荒れた海で溺れそうに……」

 

「何の話?」

 

「な、なんでもない。こっちの話。

俺たちが別行動したって、青年たちに支障ないって。

寧ろ、魔核取り戻すには絶好の機会じゃないの」

 

 

レイヴンは額から一筋の汗を流しつつも、盲目に魔核奪取を勧めてきた。

彼もバルボスに用があるのなら、言えばいいのに。

それをしないのは、またやましいことを企んでるからに違いない。

当人は私に怪しまれている勘いたのか、第三者を使って路線変更してきた。

 

 

「魔核取り返したら、青年大喜びよ」

 

「何よ、急に」

 

「青年は下町を救う為に、今日まで奮闘してきたんでしょ。

そこへ桜ちゃんが、首尾よく魔核を持ってきたら、どうなると思う?」

 

「どうなるの?」

 

「そりゃ、青年、感激のあまり"身の危険を顧みず魔核を取り戻してくるとは、なんて健気なヤツなんだ!"とかなんつって、熱い抱擁してくるよ、絶対」

 

「ユーリがまともに感激するとは思えないけど、抱擁はしてくるかもね。嫌な意味で」

 

「おまけに、濃厚なディープキスをぶちゅ~っとか、してきちゃったりしたりしてーっ!」

 

「ユーリはお姉さんだからキスしないよ」

 

「青年は立派な野郎でしょ。

あの憎らしいほどセクシーな胸とか、腰つきとか何? ジェラシー感じちゃう」

 

「女性を超越したフェロモン放ってるから、ユーリはお姉さんだよ」

 

「桜ちゃんの性別の境界線がわかんない。

お年頃の少女として、美青年相手に欲情しないとか、かなり問題ありよ。おっさん心配」

 

「余計なお世話だ。私を散々子ども扱いしてきた彼が突然迫るわけないよ」

 

「夢がないわね。不思議少女。

野郎ってのは見返りとか、流れとか、チャンスがあれば、やっちゃうもんなの。

魚心あれば水心、女性がいれば襲っちゃう。コレ常識」

 

「治安問題に発展しそうな飢えた男心が世界に通用して堪るか。

それレイヴンさんだけで、ユーリにあてはまらない――」

 

『今の話、うちがしかと聞き届けたぞ!』

 

 

レイヴンの話にいい加減うんざりしてきたところへ、どこからかともなく甲高い少女の声が降りかかってきた。

近い! この部屋からだ。

レイヴンは第三の存在を察知すると、咄嗟に私を背で庇い、やれやれと溜息をつく。

 

 

「誰もいないと思ったのにね。俺、歳を重ねるうちに勘が鈍ったかな」

 

「少しは緊張感持たないと、その老体に鞭打つ事態になるかもよ」

 

「鞭打たれる趣味はないけどね、桜ちゃんにならビシビシされたいかも。

あんまり痛くしないでね。やるなら愛の赤痣が残る程度でお願い」

 

「レイヴンさんって、スケベで無節操でドMなんだ」

 

「ラヴはおっさんを変えるんだぜ」

 

 

かっこつけるな否定しろ。

私に睨まれたレイヴンは合いの手がないと悟ると、一変して真顔になった。

 

 

「さて、楽しい談笑はここまで。

不思議少女のとの憩いの時間を盗み聞きしたヤツは、――そこかな」

 

 

レイヴンは部屋の隅にあるクローゼットを目で射止めると、迷わず全開した。

が、中にはハンガーが数本掛かってるだけで、人影どころか塵ひとつない。

 

 

「いないよ」

 

「あら~っ? どこに行ったの?」

 

「ここじゃ」

 

「あぐっ?!」

 

 

返事と同時に、クローゼット下部の引き出しが勢いよく突出。レイヴンの脛にクリティカルヒットした。

「おごおおお! 弁慶!、弁慶の泣き所が……っ!」と床で転がり悶えるおっさんを尻目に、引き出しから這い出てきたのは、黒ずくめの小柄な少女。

年は私より2,3歳下で、不釣合いの海賊帽子が可愛らしい。

私は少女に見覚えがあった。

 

 

「貴方、屋敷前で煙幕仕掛けてきた海賊少女!」

 

「おう。久方ぶりじゃの」

 

「久方って、数時間前に会ったばかりでしょ。

屋敷に入ろうとしてたのは知ってたけど、実際に乗り込んでたなんて」

 

「うちもおぬしと再会できるとは思いもしなんだぞ。

これは運命かもしれん。

しかし、美青年ではなく女子の方だけか。おぬしが相手となるとちと揺れるの」

 

「揺れなくていいから」

 

「お、おたくら知り合いなの?」

 

 

砕けた会話をしていると、レイヴンが脛をさすりながら訊ねてきた。

知人かと問われた私たちは即答せず、顔を合わせる。

 

 

「そーいや、名前も知らなかったのよね。突然出会って、一方的に別れたから」

 

「そーじゃの。荒波のような出会いじゃった」

 

「そのわりにはえらく親しげね。

敵じゃないなら、改めて自己紹介しようじゃないの。

俺はレイヴン。この子の教育係」

 

「でなくて、セクハラ誘拐犯」

 

「そうそう。色男から少女を横取りして、人気の無いところへ連れ込み、2人きりでアバンギャルドな愛を……て、ちがーう!

心外だわ! おっさんの人格疑われるでしょーっ」

 

「事実でしょうが」

 

「動機が違うもん」

 

「誘拐? 美青年から、ヘタレなおっさんに鞍替えはありえんと思っておったが。それなら辻褄が合うの」

 

「海賊少女もなんて酷いこと言うの?!

2人しておっさんイジメるなんて、最近の若い娘って何なの? 年長者は労わるもんよ」

 

「私は如月 桜。桜でいいよ」

 

「うちはパティ。冒険者じゃ」

 

「シカトしないで、おっさん挫けそう」

 

 

勝手に挫折してろ。

突っ込んでやりたいが、相手にしたらおっさんの思う壺だ。

こいつはひとまず放置して、さっきから私に好奇の瞳を投げかけてくる少女パティの事情を聞き出さなくては。

 

 

「ところで、パティはなんで危険な屋敷に忍び込んだの?」

 

「お宝のニオイがしたからじゃ」

 

「泥棒?」

 

「冒険者を盗人と同列にするでない。

冒険者とはすなわち、波越え渦越え潮を越え、あまたの危険を潜り抜けて、輝く財宝を手にする気高い職業なのじゃ」

 

「それで、これも冒険の一環なわけね」

 

「そうじゃ」

 

 

エッヘンと胸を張るパティをは傍で見ていたレイヴンは、大きく嘆息した。

 

 

「あらら。ちみっこい少女が盗みを働くなんて、世知辛い世の中になったもんね」

 

「うちはまだ何も盗んでおらん」

 

「やっぱり盗みにきたんじゃないの」

 

「うむ。訂正じゃ。盗むのではなく、取り戻すじゃった。

下町の魔核とやらをな」

 

 

言い直したパティは、意味ありげに私へウインクを飛ばした。

盗むのではなく、取り戻す?

彼女も下町出身なら、ユーリが気付くだろうし。

まったく話が見えない私たちに差し置いて、彼女は彼方を見つめて恍惚した。

 

 

「桜の姉御と一緒にいた美青年、ユーリと言ったかの」

 

「うん。彼の名前はユーリ・ローウェル21歳自称下町用心棒だけど、何その姉御ってのは」

 

「おぬしのことじゃ」

 

「自分で言うのもなんだけど、私に姉御の要素なんて微塵もないよ」

 

「ユーリの女1号だから姉御。うちは2号で妹分じゃ」

 

「嫌な基準であだ名つけないでよ」

 

「当初は、お宝を求めて屋敷に忍び込んだのじゃが、どうやらここにはないようでな。

時機を見て、とんづらしようと引き出しに潜んどったら、おぬしらが部屋に入ってきたのじゃ」

 

「あれ?スルーされてる?」

 

「聞けば、ユーリは下町の魔核を探しておるそうではないか。

うちがそれを取ってきたら、あやつ、うちに惚れるかもしれん」

 

「ユーリが? 貴方に?」

 

「あの闇色の瞳を真夏の水面のように輝かせて〝華奢で可愛らしいのに勇ましいお嬢さんだね。オレの好みだ、結婚を前提に付き合ってくれ〝とかなんとか言って、うちを抱きしめ、ノーコーな接吻を……っ、でへへへへ」

 

 

ユーリとのめくるめく妄想を爆発させたパティは、小さい身体をくねらせてジュルリと涎をたらした。

少し会わない間に、彼女の中のユーリが乙女路線へ進化したようだ。

 

 

「寧ろそれでは変態さんだ。

皮肉屋の彼が、そんな甘ったるい言葉を口にするわけないし、20越えた兄ちゃんが会って間もない少女を抱きしめてキスって犯罪だよね」

 

「魔核と引き換えなら、チューしてくれるかもしれんぞ」

 

「彼に脅迫なんぞしたら、チューどころか、ゲンコが飛んでくるよ」

 

「夢がないの。桜の姉御。

ひと時の若さにかまけて、生真面目に現実と付き合っとったら、いっきに老けるぞ。

少しはロマンを持たぬか」

 

「あんたの姑息で卑猥な言動のどこをどう聞いたら、ロマンに飛躍すんの」

 

「桜ちゃん。キスくらい可愛いもんじゃないの。

女の子なら1度や2度、好きな男の子で妄想すんでしょ。

そっから先となると、流石に卑猥だけど」

 

「そうじゃぞ。うちは健全じゃ。決してそっからは口にせんからの」

 

「相手に想像を促してといて何を言う。

欲望のために、脅しを企てている時点で健全もクソもない」

 

 

レイヴンはともかく、パティのような女の子まで、セクハラ発言に調子合わせるのを見て、私は微かに戦慄を覚えた。

親子ほど歳が離れているのに、どうして馬が合うんだコイツら。

 

 

「なんでもいい。そんなに下町の魔核が気になるなら、2人でバルボスのところに行けば?」

 

「姉御は魔核を探しているのではないんか?」

 

「生憎、私は魔導器探しに行かなきゃなんないの。レイヴンさんとの話、聞いてたんでしょ」

 

「うちがユーリを婿にもらってもいいのか?」

 

「なんで今の話でユーリの嫁候補に化学変化するのよ。本人に聞け」

 

「不思議少女。おたく、青年の異性関係とか気になんないの?」

 

「私がユーリの交友関係に口出しできる権利ないよ。

どうせ帰るのに」

 

「帰る? 桜ちゃんの家って帝都から遠い?」

 

「う、うん。かなり遠いかな」

 

「へえーっ。でも、あんくらいの色男なら遠距離恋愛もあるんでない?

見限られるのが怖いなら、思い切って押しかけ女房ってのもありかもよ」

 

「無理に決まってるでしょ。

ユーリは、私をそういう対象で見てないって何度言わせる気なの」

 

「お互い若いんだから、無理なこともないと思うけどね。

青年がこれ聞いたら、どんな顔をするかなあ」

 

「どーもしない。用がないなら、私、もう行くから」

 

「も~っ! 駄目って言ってるのに」

 

 

踵を返すと、レイヴンがブーたれながら止めようとする。

正直1人は心許無いが、協力してくれなさそうだし、また騙されて、ダングレストまで連れてかれたら堪ったものではない。少し早いが潮時だろう。

レイヴンを無視して、ドアノブに手をかけると、パティが私の腕に抱きついてきた。

 

 

「待て、うちもついてくぞ」

 

「下町の魔核は?」

 

「魔核はユーリと探すのじゃ。夫婦の共同作業は愛情表現の鉄板じゃ」

 

「いつからユーリと夫婦になったんだ」

 

「桜の姉御が、ユーリはどーでもいいと言った時点で、うちの旦那になったのじゃ」

 

「ユーリの意思はどこへ行った」

 

「ユーリの意識など、うちの魅力で呼び戻してくれるぞ」

 

「……ユーリにロリコン趣味なんてあったっけ?」

 

「愛に年齢など関係ない。ぐずぐずしとらんで、さっさと行くのじゃ。

おぬしには、うちの援護射撃を頼まねばならんからな」

 

「あ、あのねーっ」

 

「悪いけど、行かせてあげられないな」

 

 

パティに腕をグイグイ引っ張られて困っていると、背後からレイヴンの鋭い声がかかる。

ビックリして振り向いた先には、斜めに構える中年ではなく、私たちに弓を引く男が立っていた。

 

 

「レイヴンさん……っ?」

 

「あんまり聞き分けないと怪我するよ」

 

「おっさん、姉御に弓を引いて、何事じゃ。

仲間ではなかったのか?」

 

「1人勝手されちゃ困る」

 

 

鋭い眼光を向けられ、私たちは言葉を飲み込んだ。

キリキリと弓を引かれる度に、背中がすくみ上がる。

胡散臭くて信用ならないのは百も承知だったが、こちらに牙を向くなんて想定外だ。

―― 一体、なんの心境の変化?!

一方、警戒の色を濃くして、身構えていたパティは弾かれたように顔を上げて、私に飛び掛ってきた。

 

 

「姉御、伏せるのじゃ」

 

「んあ?!」

 

 

もろに不意打ちを食らった私は、受身も取れずに床に腰を強く打ち付けてしまった。

 

 

「痛っ、何すんの、パテ――」

 

「頭下げて!」

 

「ええ?!」

 

「――貴様ら、何者だ!」

 

 

涙目で抗議する寸前、レイヴンに制され、ワケが分からず頭を下ろす。

同時にドアが開いて、1人の傭兵が飛び込んできた。

――まずい、今度こそ見つかった!

凍りつく私を差し置いて、レイヴンの弓弦が鋭く鳴り響く。

 

 

「時雨!」

 

「うっ?!」

 

 

一筋の直線を描いた矢は、傭兵の片足を射抜き、バランスを奪う。

負けずに応戦しようとする傭兵であったが、あっという間にレイヴンに距離をつめられ、峰打ちをくらい昏倒した。

 

 

「ふーっ。危うく騒ぎになるところだったわ」

 

「な、なんなの? 一体何が起こったの?」

 

「おっさんが部屋に入ってきた傭兵をプスッとして、ゴスと眠らせたんじゃ」

 

「いや。見れば分かるけど」

 

「俺様の長年培ってきた勘が、傭兵の気配をビビッと察知したの。

パティちゃんのかくれんぼから名誉挽回よ」

 

 

元気よくバク転したレイヴンは、どうよと親指おったてた。

とどのつまり、レイヴンが傭兵に気付いて迎撃準備をし、パティが察したと。

 

 

「わかんないのは、どーして勘違させるような言動をしたかよ」

 

「何のこと? 俺、おかしなこと言ったっけ?」

 

「聞き分けないと怪我するとか、1人勝手すんなとか、脅してきたじゃない」

 

「敵地のド真ん中で、素人が勝手したら、怪我くらいするでしょ」

 

「武器突きつけることない」

 

「傭兵が入室してから構えてちゃ、おたくがやられちゃう。

俺が気配を感じるほど近くにいたってことは、話を盗み聞きされてるかもしれないでしょ。

下手に注意促すより、仲間割れのフリして誘い込んだ方がいいと思ったのよ」

 

「へ、屁理屈な……」

 

「桜ちゃんだって、疑うことないでしょ。

俺様、おたくに怪我させないって約束したんだから。

パティちゃんだって、すぐ気付いて反応してくれたわけだし」

 

「う。そ、そりゃ、そうだけど」

 

 

いい年したおっさんが口を尖らせて言うもんだから、突っ込んだこっちの方が気まずくなってしまう。

状況を読めなかった自分が悪いのか。

押し黙る私の目を盗んで、レイヴンはチェッと舌打ちした。

 

 

「あわよくば、恋ノ花で不思議少女を俺様にメロメロにしてやろうと思ったのに」

 

「何?」

 

「あ、別に、独り言よ! 気にしないで」

 

「おっさん、姉御をメロメロっちゅーのはどういう意味じゃ」

 

「メロメロつったら、桜ちゃんを魅了して俺様の虜にさせるに決まってんでしょ――……うっ」

 

「学生カバンシャイニング落とし!」

 

「ごほ?!」

 

 

レイヴンから邪な気配を察した私は、彼の片膝に足をかけて上を取ると、そのドタマに学生カバンを叩き落し、昇天させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら急ぐぞ、姉御」

 

「慌てすぎだよパティ」

 

 

屋敷内を無遠慮に突き進むパティと私。

傭兵を締め上げ、魔導器が1階にあるとまで聞き出したのはいいが。

 

 

「ぶっちゃけ逃げ隠れせずに、ばく進してるよね、私たち」

 

「目的のブツの在り処が分かった以上、迷うことはない。

思い切ったら吉日なのじゃ」

 

「わかったのは、1階ってだけ。迷ってんじゃなくて、落ち着けって言ってるの。

事を急いて誰かとエンカウントしたら、執政官以前に私たちの人生が終わる」

 

「そうなる前に後ろのおっさん使えばいいじゃろ」

 

 

パティが振り向いた先には、私の後をしっかりつけてくるレイヴンがいた。

 

 

「結局ついてきたんだ」

 

「あったり前でしょ。女の子2人だけなんて危険極まりない。

パーティに1人ダンディなおっさん。頼りになるよ」

 

「いらない」

 

「あ~ん。桜ちゃんに嫌われたーっ」

 

「コラコラ、レイヴンを泣かしてはいかん。

チャランポランなヤツじゃが、傭兵を倒した実績があるではないか」

 

「パティちゃん……!」

 

「役に立つと豪語するからには、生物シールドにされても文句ないじゃろ。

煮るなり焼くなり何でもござれ、二足歩行のうちは充分役に立つぞ、このおっさん」

 

「せめて人間扱いして!」

 

 

パティから無常に言い放たれ、おっさんは半泣きになった。

 

 

「乙女の盾となるのは、色男の醍醐味だけどさ。

桜ちゃんの言うとおり、もうちょっと効率的に行動しない?

青年たちが敵をひきつけてる間はいいけど、俺達がやっこさんと遭遇したら、矛先全部こっちに集中するよ」

 

「私がいるから?」

 

「プラス戦力的にこっちが断然不利。

ブツに近づけば近づくほど、警備固めてるだろうから、魔導器の正確な位置を把握しとかないと痛い目見るわよ」

 

 

無茶を言ってくれる。

そろそろフレンが突入してくるかもしれないのに、ゆっくり情報を集めている暇なんてない。

かといって、闇雲に突っ切って敵と遭遇したら、タダではすまない。

 

 

「となれば、できることはひとつだけよね」

 

「何かいい案でもあるのかい?」

 

「勘」

 

「自信たっぷり苦肉の策持ってこないで。勘なんて最終手段でしょ。

リアリズムな不思議少女はどこへ行っちゃったの」

 

「いんや。女の勘を舐めたらいかん。

大海で獲物を嗅ぎ付けるサメの鼻ほど、女の勘は鋭いのじゃ。

旦那のヘソクリから浮気まで容赦なくえげつなく暴露してしまうぞ」

 

「野郎関係なんて現状かすりもしないわよ、パティちゃん」

 

 

熱弁するパティに、レイヴンはガックリと項垂れた。

女の勘はともかく、私の言う勘は普通のソレとは違い、エアルに弱い自身の体質を利用する。

私の首にかかるエアル拡散魔導器を外せば、体調の変化で例の魔導器の正確な位置がつかめるんじゃないか。

 

 

「推測の域出てないし。あんまり当てになんないけど、試してみる価値はある」

 

「女の勘に、推測も予測もヘッタクレもないじゃろ。

自信がないなら、うちがユーリの匂いを嗅ぎ分けて見せるぞ」

 

「魔導器探してるって言ってる傍から、なんでユーリなのよ。

事実探し当てたとしても、人間の規格から大きく逸脱しとるあんたの嗅覚を疑うわ」

 

「むむむ、姉御の突っ込みは、的確で深い愛情を感じるのう」

 

「愛の突っ込みか。そう捉えると、桜ちゃんの手厳しい言動に、快感が見出せそうな気がする」

 

「おっさんも年甲斐なく新境地開拓してモジモジすんな。

アホなことしてないで、さっさと行くよ」

 

「おいてかないで! 桜ちゃん1人で行かせないわよ」

 

「そうじゃ、ユーリとラヴラヴになるその日まで、フジツボのようについてくぞ」

 

 

見るに見かねた私が、そそくさと階段を下っていくと、2人が後を追いかける。

私の感知能力も定かではない状況下、一刻の猶予もない。

滑るように長い階段を下り、1階の廊下に足を踏み入れ。

さて、どこのドアから当たろうかと視線を巡らせた時だ。

 

全身に。まるで登山の帰りのような疲労感が、ドッと襲い掛かってきた。

 

 

「早速来た……っ!」

 

「そんな真っ青な顔せんでも、誰もおらんぞ」

 

「ていうか、顔色酷いわよ。持病でもわずらわせたの? 大丈夫?」

 

「大丈夫、だと思う。こんなに身体が重いなんて、魔導器、すごく近い?」

 

「おたく、場所がわかるのかい?」

 

 

レイヴンが探るような目で尋ねてきたので、私は返答に戸惑った。

当初は勘で通すつもりだったが、いざ試してみたら想像以上に負担が大きく、ご覧の通りダメージを隠し切れなかった為だ。

今の今まで元気にカバン振り回していた人間が、瞬時に疲労困憊になるなんて説明がつかない。

どうやって誤魔化すか。

必死に答えを模索していると、レイヴンは黙って私の前までやってきて、背を向け跪いた。

 

 

「場所がわかったなら話は早い。

時間ないんでしょ。おっさんが負ぶってってあげるよ」

 

「?」

 

「それとも、引き返して医者に診せた方がいいのかな。

おたく、立ってるのがやっとって顔してるよ」

 

 

レイヴンの意外な親切に、私はますます困惑した。

彼の言う通り、走るどころか歩くことさえままならない。事を急くなら、素直に背を借りるべきなんだろう。

但しそうなれば、私はまな板の鯉。魔導器近辺にいる以上は、何されても抗う力はないのだ。

 

 

「これはなんという博打」

 

「何その蔑んだ瞳。無抵抗の不思議少女にイタズラなんてしないさ。

おっさんの精一杯の気持ちを無碍にしないでよ」

 

「心配無用なのじゃ、姉御。

うちがついている以上、おっさんに悪事は働かせんぞ。

どさくさに紛れてエロ心を見せたら、うちのピストルが火を噴くのじゃ」

 

 

パティは腰に刺した拳銃を抜き、くるくると華麗に捌いてみせた。

 

 

「ヤだな、パティちゃん。ナイスガイな俺様が、女に餓えてそうなエロ心秘めてるわけないでしょ。

あるのは情熱と愛だけよ」

 

「パティ、試しにレイヴンさんのどこをブチ抜く気なの?」

 

「両足の腱を撃って動けなくしてから、男を終わらせる」

 

「……!!」

 

 

パティが笑顔で言い放つと、レイヴンは即座に内股になった。

この娘、単身で悪代官の屋敷に乗り込んだり、ピストル持ち歩いたり。

実はとてつもなく恐ろしい存在なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

周囲に神経を尖らせながら、レイヴンの堅く温かい背中に揺られて、屋敷を深く深く突き進む。

時折彼がエロ心発動の兆しを見せると、パティの銃口が容赦なくおっさんの尻に突き刺さり、移動速度が上がっていく。

そんな下らん悪循環を続けている間にも、私の体調は悪化。

飛びそうになる意識の中でかけられる、レイヴンやパティの気遣いの言葉を跳ね除け、がむしゃらに進めていくと、やがて大きなホールにたどり着いた。

 

 

「宴会場にしては、やけに暗いの。

太陽の光が届かぬ深海みたいにしみったれた場所じゃ」

 

「明らかに後ろ暗いことやってそうなところね。

見たトコ誰もいないし、桜ちゃんの状態もよろしくないから、どっかで隠れるところ探して腰据えようか」

 

「……待って。傍から、重い空気が。

部屋の真ん中にある柱、上の方で光ってるアレ、なんだろ?」

 

 

のろのろと顔を上げた先、部屋の中心にそびえ立つシンボルのテッペンで、何かが青白く光っている。

駅構内で見かける自殺防止のブルーライトみたいだ。

そこから出てくる見えない何かが、ファンヒーターの熱のように私の体へ降り注ぎ、体力を根こそぎ奪っていく。

弱々しく眺める私に続いて、光の根源を見たレイヴンは目を丸くした。

 

 

「ありゃあ、魔導器じゃないの。結界魔導器とまではいかないけど、かなり大きいよ。

おたくらが探してたブツじゃない?」

 

「おお! 姉御の勘が大当たりしたぞ!

流石ユーリが見込んだ女じゃ!」

 

「見込まれたのか私」

 

「しかし、喜ぶのはまだ早い。姉御はその貧弱な身体がネックじゃ。

これでは、精力有り余る若人どもの相手など到底適わん」

 

「あんたは、ヒーヒー言っとる私が歓喜してるように、見えるのかっ」

 

「病弱の薄幸少女。いいねー。男心がくすぐられるわ」

 

「あんたらに囲まれた私はマジでついてないわ」

 

「そんな暗い顔しないの。安産型なんだから。

もっと自信持っていいんじゃないの」

 

「貴様ら、こぞって私をおちょくってる暇があんなら、魔導器を――って、待て、安産型?」

 

「きちんと触ってないから、断言できないけど。

この腰のフィット感、この肉厚、太ももの触り心地から推測すれば、良い方だと――……あ」

 

 

鼻の下を伸ばすレイヴンであったが、私の顔を見て。顔を引きつらせた。

弱った私に、突っ込みする気力はないと踏んだのろう。

その驕りは、私のゲンコによってドタマから飛んでいってしまった。

 

 

「あたーっ! おたく動けなかったんじゃないの?」

 

「あんたたちのボケを黙って聞き流すほど、私の神経は図太く無いわよ!」

 

 

後頭部のタンコブをさするレイヴンから離れた私は、よろめく身体を支えながら突っ込んだ。

埒が明かないので、拡散魔導器を戻してみたんだが、エアルが濃いのか、はたまた長時間浴びたせいなのか、あまり回復できていない。

 

 

「散々振り回されたけど、根は良い人かなと思ったのに。

変態信じた私が馬鹿だったわ」

 

「変態なのは否定しないけど、褒め言葉に暴力で応えないでよ」

 

「賞賛とエロオヤジトークを一緒にすんな! てか、ホントに変態なのおっさん?!」

 

「男ってのは、オープンになると女の子に対して変態になるのよ」

 

「よしわかった。一生心閉ざしとけ」

 

「うちは、ユーリが変態になってもオールオーケーじゃ」

 

「ユーリは言動と格好が大胆だけど、変態じゃないから。

敵地のど真ん中で、変態か否か議論してないで、魔導器見に行くよ」

 

「そんなおぼつかない足で階段登らせたりできない。俺が魔導器のところまで支えてあげるよ。

……とか申し出てる傍から、なんで2人して睨んでくるの?」

 

「レイヴンは、何をするにも下心が潜んどるからの」

 

「何よ! ついさっき知り合ったばかりのパティちゃんに、俺の何が分かるっつーの?!」

 

「ユーリで姉御を釣ろうとしたり、どさくさに紛れて術技で魅了しようとしたり、おんぶに託けて太もも触りまくったりする、碌でもないおっさんだってのがよくわかったのじゃ」

 

「さすがおっさん。歪み無いわ」

 

「くっ! 桜ちゃんとの貴重なスキンシップに調子こいて、色々やりすぎちゃったようね。

こうなれば、王道のプリンセスホールドで……っ!」

 

「何がこうなればよ! おっさんにまでプリホルされて堪るか!」

 

 

迫るレイヴンを迎え撃つべく身構えたが、当然のごとく身体はヨロヨロだ。

 

 

「わりとヤバイかも……!」

 

「させん! 姉御には、うちがついているのじゃ」

 

「パティちゃんが相手だろうと、容赦は――って、あら~っ?!」

 

 

パティが私の前に躍り出るのに合わせて、レイヴンの身体が大きく横へ傾いた。

フェードアウトしていく間抜けなおっさんの顔、それを押し倒す小さな影。

 

――犬?!

 

影の正体を理解するのと同じくして、私自身にも異変はやってきた。

突如やってきた漆黒の風が私を包み込み、ふわりとレイヴンから引き剥がしたのだ。

強張る私を支える二の腕、開けた白い胸元、サラサラと靡く漆黒の髪。

闇夜の瞳と目が合い、私は感歎の声を上げた。

 

 

「ユーリ!」

 

「よう。オレが居なくて寂しくなかったか」

 

 

名前を呼ばれたユーリは、不敵な笑顔でコレを答えた。

相変わらず元気そうだ。

ええ、何事もなかったように。

おっさんとパティに散々振り回されて大変だった私は、何故か理不尽に思えた。

 

 

「ユーリがいなくても問題なかったよ。

おっさん顎で使って、ここまで辿りつけたから」

 

「そりゃたいしたもんだ。

今頃泣いちゃいねーかと急いできたんだが、要らぬ心配だったかな」

 

「泣かねーわよ」

 

「拗ねるなって、心配してたのはホントだよ」

 

 

不機嫌な私とは裏腹に、ユーリは弛んだ目元を崩さない。

気に掛けていたなら、もっと動揺しててもいいんじゃないか。

ユーリの態度が腑に落ちない私など知ってか知らずか、彼は腰をさすりながら立ち上がるレイヴンを挑発的な眼光で睨んだ。

 

 

「オレを出し抜いたようだが、残念だったな。

こいつを抱き上げたかったら、最低限の礼儀を身につけろ」

 

「ユーリが言うんだ……」

 

「なんだよ。いつも優しくしてやってるだろ」

 

「姉御は毎日ユーリに優しく抱かれとるのか?!」

 

「はいソコ海賊少女、勘違いしない! 涎拭け! 危ない妄想を止めろ!

ユーリも誤解を生みそうな発言軽々しくすんな!」

 

「あ? オレ、変な事言ったっけ?」

 

「おうおう、若人2人が熱いね~。おっさん妬けちゃうわ。

これでも、女性の扱いは慣れてる方なんだけどね」

 

「誘拐しといてよく言うぜ」

 

「男女交際に適度な刺激は必要よ。

しっかし、早すぎ。想定外だわ。いくらおたくの腕が立つって言っても、紅の絆傭兵団の傭兵たちに加えて、ラゴウが飼ってる魔物たちの相手は骨が折れるでしょ」

 

「おっさんの不意打ちに比べりゃ、大した事ねえよ」

 

「下町の用心棒に収まってたあんたが、駆けずり回るほど大事なのかい、その子」

 

「あんまり深入りすっと、返事の代わりに太刀くれてやるぞ」

 

「おお怖い。青年が来たって事は、ここいらが引き際かもね」

 

 

ユーリに凄まれ、レイヴンはじりじりと後退し始めた。

逃げるつもりか。こんな迷惑なおっさん野放しにしたら、またちょっかい出してくるに違いない。

この場でケリをつけるべく、ユーリが刀を振り上げた。

 

 

「おいそれと逃がすかよ! 蒼破刃!」

 

「おおっと! 殺る気満々ね。俺に構ってていいのかな?」

 

「更に蒼破!」

 

「はう! あ、危なーっ! おたくの目的は魔導器でしょ?!

もういいじゃん。いたいけなおっさんを遠距離攻撃でチマチマ突くなんて悪趣味――」

 

「もひとつ!」

 

「ちょ、待って! 人の話聞いて!」

 

「蒼破刃!」

 

「詠唱妨害のつもりか知らないけど、弓矢で応戦すれば――」

 

「蒼破! 蒼破刃! 行けラピード!」

 

「ワンコ?!」

 

 

ユーリがひらすら衝撃破でレイヴンを翻弄したところで、ラピード再来襲。

動転するレイヴンに容赦なく、全長170センチの大型犬が飛び掛る。

このおっさん、とっ捕まえたら、どうしてくれようかと高を括っていたら、第三者の声によって全てが阻まれた。

 

 

「ユーリ!!」

 

「エステル、それに皆!」

 

 

息を切らしてホールに駆けつけたのは、エステル、リタ、カロル、そして見知らぬ少年の面々。

仲間との再会に一瞬だが、全員の気がレイヴンから逸れた。

 

 

「よし! 感動の再会を邪魔したらいけないから、おっさん帰るね」

 

「あ、おっさんが逃げるぞ!」

 

「チッ! 何も無しにとんずらさせるかよ! ラピード!」

 

「ワフ!」

 

 

ユーリの指示にラピードは吼えて応えると、単独でレイヴンの背中を追尾していった。

 

 

「さてと、おっさんはラピードに任せて。

エステルたちも追いついてきたようだし、さっさと魔導器調べるとするか」

 

「皆、無事のようだけど、なんで揃いも揃って血相変えてるの?」

 

「ただの運動不足なんじゃねーの」

 

「んなわけあるか!!」

 

 

のほほんと答えるユーリだが、リタの怒声によって撤回された。

 

 

「人のこと、しつこく釘刺してきたあんたが、舌の根乾かないうちにスタンドプレイ?!

いい度胸してるわ!」

 

「釘刺してもお前、フレンの頭、本で殴っただろ」

 

「あんたの言うこと聞くのと、説得力は別よ」

 

「なるほど。要するに、自分に指図すんなっつーわけだ」

 

「そうよ」

 

 

素で肯定しやがった魔法少女。

彼女はさっと私に向き直ると、身体中に目を滑らせた。

 

 

「桜、怪我はない? おっさんに変な事されなかった?」

 

「特にこれと言って何も」

 

「でも、顔色が悪いですよ。外傷は見当たりませんが、まさかエアル酔いです?」

 

 

隣で見ていたエステルがその観察眼で、私の体調不良を見抜いた。

すぐに頷きかけたが、カロルの顔が視界に入り踏み留まる。

 

 

「桜がエアル酔い? この屋敷に、エアルが濃いところなんてあった?」

 

「私のこととか、レイヴンさんの事は後回しにしよう。

早く魔導器調べてしまわないと、誰かに見つかっちゃう」

 

「そうだな。おっさんのせいで道草食った分、取り戻さねえと」

 

 

私に話を合わせてくれたユーリは、何事もなかったかのように魔導器の方へと足を運んだ。

カロルはそれを目で追いつつ、ポソリと苦言する。

 

 

「ユーリ、もう単独行動は止めてよね」

 

「1人じゃない。ラピードも一緒だった」

 

「アホくさ。屁理屈こいてんじゃないわよ。

ラゴウが屋敷で魔物を飼ってるって解った途端、顔色変えたくせに」

 

「ポリーみつけて即”悪ぃ、後は任せた”だもん。追いかけるのが大変だったよ」

 

「いっそ追うのをやめて、フレンを呼びに行こうかと考えました」

 

 

やめろエステル、大惨事になる。

下手すれば、狂気の小隊長召喚の恐れがあったというのに、当人はケロリとしたものだ。

 

 

「ま。こうして桜も救出できたし、魔導器見つかったんだからいいじゃねえか」

 

「3人に窘められても反省しないのね。ユーリ」

 

 

大体想像はつくと思うが、この男、かなり独走していたらしい。

粗野で乱暴だと常々思っていたが、ここまでとは。

 

 

「そーいえば、後ろの男の子は誰?

来る前にはいなかったし、屋敷の使用人でもないでしょう」

 

「ポリーです。ティグル夫妻の息子さんですよ」

 

 

皆に寄り添うように大人しくしている男の子について尋ねると、エステルが簡潔に説明してくれた。

ヤクザに取り立て食らってる時、息子がどうのこうの話してたヤツか。

私がポリーの紹介を受ける一方、他の皆の視線は、ユーリの右腕に抱きつき頬擦りしているパティに集中していた。

 

 

「そちらの女の子はユーリの知り合いです?」

 

「うちはユーリの妻パティじゃ」

 

「ユーリは既婚者だったのですか?!」

「しかもロリコン?!」

 

「んなわけねーだろ」

 

 

驚愕するエステルとカロルとは裏腹に、当人ユーリは動じず、冷淡に否定した。

そうか、ユーリはロリコンではないのか。

へぇーと頷く私を、ユーリはジロリと睨んだ。

 

 

「お前と散歩に出かけた時に、この屋敷の前で会っただけなんだけど。

いつからオレはこいつの旦那になったんだ?」

 

「知らないよ。この娘が勝手に私にくっついてきただけなんだから」

 

「桜の姉御とうちの仲ではないか。寂しいことを言うな。

うちとユーリの仲を取り持ってくれる約束だったじゃろ」

 

「とか言ってるけど」

 

「わ、私、そんな約束してない。この子が1人で言ってるだけ!」

 

「……ふーん」

 

 

ジト目で私を睨んで、すいっと顔をそらすユーリ。イマイチ納得していないようだ。

3人の間に微妙な空気が流れ始めるが、魔法少女リタは魔導器へ意識まっしぐら。

周りがどうだろうが、知ったことではない。

 

 

「こいつらなんて置いときゃいいでしょ。

魔導器見に行くわよ。桜、いける?」

 

「うん。首のヤツが効いてるから平気」

 

「じゃあ、一緒に行こ。天候操る魔導器にも興味あるけど、あんたのこともこまめに調べとかないとね」

 

「では、わたしも行きます」

 

「エステリーゼとガキんちょは、そこのロリコン朴念仁と周囲を見張ってて」

 

「ロリコン朴念仁って、まさかオレのことじゃねえだろうな」

 

「あんた以外に誰がいるの」

 

「うちがロリとは失礼な。

これでもおおよそ14歳じゃから、ユーリは遠慮せずに押し倒してもいいぞ」

 

「安心しろ。誘われても断じて押し倒さねえよ」

 

「ユーリ、胸張ってパティに対抗ないで、およそってところも突っ込みなよ」

 

 

泥棒の上に、拳銃所持で年齢詐称か。

小さな少女の歪んだ設定に危機感を覚えるが、ユーリがなんとかしてくれるだろう。多分。

不服そうな本人を差し置いて、私はリタと共に問題の魔導器の調査に乗り出た。

 

 

 

 

静寂と薄闇の中、淡々と光を放つ魔導器。

近くで見てみるとかなりの大きさで、私の3倍はあるだろう。

リタは魔導器の前までやってくると、再度私の顔を伺ってきた。

 

 

「近くまで来たけど、身体の調子はどう?」

 

「生ぬるい空気が身体中にまとわりついて、少し気持ち悪い」

 

「ソーサラーリングの時と同じか……。

辛かったら教えてね。アイツ呼んで、安全な場所まで運んでもらうから」

 

「アイツって、ユーリ?」

 

 

言われてチラリと下を覗くと、そこにはパティに片腕掴まれ、気だるそうにしているユーリの姿が。

視線を感じたのか、彼は仏頂面でこちらを見上げた。

 

 

「桜、またブッ倒れる前に下りて来い」

 

「魔導器が気になるから、リタさんが終わるまで待ってる」

 

「自覚ないみてえだが、来る前より血色悪いぞ。身体に負担かかってんじゃねえか?」

 

「リタさんがいるから心配ないよ」

 

「心配大有りだ。リタの細腕で何が出来る。お前を介抱できるのは、オレだけだ」

 

「その自信はどっから沸いてくんの」

 

「クオイの森で、一生懸命誠心誠意、看病した実績がある」

 

「おんぶして膝枕しただけでしょうが。

忘却の彼方に埋めといた、あんたのイカツイ太ももの記憶を今になって掘り返させるな」

 

「なんだよ、もっと親切丁寧に身を挺してほしいってか。桜は構ってサンなんだな」

 

「邪な介抱はいらない」

 

「ならば、姉御の代わりに、うちがユーリの愛を受け止めてみせるのじゃ。さあ遠慮せずに!」

 

「いや、お前じゃなくてな。……リタ、お前も調べるのは後しろ。

魔導器なんて、用事済んでからフレンにまわしてもらえばいい」

 

「ストリムにレイトス、ロクラーにフレック……」

 

「聞いてないよ」

 

「だと思った。代わりにお前が説得してくれ」

 

「無理だと思うけどな……」

 

「複数の魔導器をツギハギにして組み合わせている。

これなら大気に干渉して、天候を操れるけど……こんな無茶な使い方して!

あたしよりすすんでるクセに、魔導器に愛情の欠片もない!」

 

 

案の定、リタは人目憚らず、魔導器に食らいついて1人憤慨し始めた。

よくわからんが、この魔導器は非常識らしい。

下にいるユーリも彼女の雄叫びが耳に入ったのか、げんなりと肩を落とした。

 

 

「わかった。オレがそっち行くから、じっとしてろ」

 

「来なくていいのに」

 

「よくない。今回の件で、気を抜くとお前がどんだけヤバイ目に遭うか痛感したからな。

お前が嫌だと言っても、駄目なもんは駄目。ついてくんなつってもついてくぞ」

 

「や、やめてよユーリ。フレンさんみたいに目が若干イッてて怖い」

 

「あいつと違って正気保ってる分、マシだと思え」

 

「うちも行くのじゃ」

 

「お前はエステルたちと待ってろ。

ここで有事を起こすって大事な用事も残ってるんだ。これ以上、問題を増やさないでくれ」

 

「そうです。リタが魔導器を調べている間に、わたしたちは頑張って暴れましょう。

早くフレンを召喚するのです」

 

「エステル。何度も言うけど、ボクたちがフレンたちに見つかったら拙いんだって。理解してる?」

 

 

カロルもやる気満々のエステルから何か察したらしく、怪訝そう再確認。

彼女は彼の不安など吹き飛ばすように、ガッツポーズで応えた。

 

 

「もちろんです。適当に辺りのものを壊してしまえばいいのですね」

 

「うん、まあ、そうなんだけど。ホントにわかってるのかな?

魔導器や人に攻撃しちゃいけないんだからね」

 

「心得てます。こうですね、――フォトン!」

 

「うお?!」

 

 

エステルが張り切って術を放った先は、ユーリの真横に立つ柱。

ユーリが後数秒避けるのが遅ければ、その頭上に瓦礫の雨が降り注いでいただろう。

 

 

「くっ、避けられてしまいました」

 

「お、お前……!」

 

 

お姫様の有り余る殺意に、ユーリはこめかみを引くつかせた。

殺意の元は皆が盛大に引こうが、お構いなしに剣を引き抜く。

 

 

「大丈夫です。次は確実にしとめ……じゃなくて、破壊活動に励みます!」

 

「オレが大丈夫じゃねえ」

 

「ユーリ、分かって下さい。

これはフレンと桜の輝かしい未来の為には、必要な行為なのです。わたしは直接手を下しません。

間接的に死んでください!」

 

「意味わかんねーよ!」

 

「どさくさに紛れて、邪魔者を消すつもりじゃないかな」

 

「結論はわかってるから、わざわざ冷静に分析しなくていいよ。カロル先生」

 

「なんか知らんが、そこの女! うちの旦那に手出しはさせんぞ!」

 

「オレたち、今日出会ったばかりだよな。桜をオレの女だって認定してたよな。

止めに、煙幕でオレを振り切って脱兎したのに、なんで、オレがお前の旦那なんだよ」

 

「恋に時間は無意味なのじゃ。

桜の姉御も、ユーリの女事情などミジンコも気にかからんと言っとったぞ」

 

「……ほぉう」

 

 

なんだろう。ユーリの視線が痛い。

後ろめたいことなんてないのに、彼と目が合わせられない。

そうでなくても、下は阿鼻叫喚図と化していて、視界に入れたくも無いというのに。

リタのように、自分の世界へ飛んでってしまいたいが、エステルとパティの明後日な会話は、聞いてるこっちの脳みそまで侵食する。

 

 

「パティ、そこをどいて下さい! ユーリが殺れません!」

 

「できぬ相談じゃ。ユーリの命が欲しくば、うちを乗り越えてゆけ!」

 

「他人を巻き込みたくはありませんでしたが、致し方ありません」

 

「亭主にうちの愛情を示す絶好の機会じゃ」

 

 

屋敷内で暴動を起こすはずが、どこをどうしてか、ユーリを賭けた白熱バトルと化している。

エステルの放った衝撃破が床を削り、パティの弾丸が負けじと壁にめり込む。

問題のユーリはと言うと、2人からじりじりと間合いをとりつつ、私に熱い視線を送りながら距離をつめていた。

 

 

――いいか。そこを動くなよ? 絶対動くな?

 

――来るな。来ないで。お引取り下さい。私圏外でいたいんです。

  こっちにまで、余計な火の粉を持ってくるな!

 

――ビビらなくても、お前がいればエステルは手出しできないよ。

 

 

男と女の目と目の語らいは、ユーリのガッツスマイルで締めくくられた。

大丈夫って、お前、私を人質か盾にするつもりなのか。

互いにエステルとパティを刺激しないよう無言の攻防戦を繰り広げていると、彼女たちを遮って、カロルが申し訳なさそうに手を上げた。

 

 

「ねえ、取り込み中、悪いけどさ。

エステルは桜とフレンを仲良くさせる為に、ユーリを何とかしたいんだよね」

 

「そうです」

 

「パティはそのユーリが好きなんだ」

 

「一目見たときからゾッコンじゃ」

 

「だったら、争わなくても、桜とフレン、パティとユーリが仲良くすれば丸く収まらない?」

 

「あ」「おお!」

 

「余計な事言うなよ……っ」

 

 

カロルの指摘に、ポンと手を叩く女性陣2名、片やユーリは頭を抱えた。

早速目を輝かせたエステルが、たじ退く私の姿を捕らえる。

 

 

「パティがユーリと仲良しになれば、自動的に桜はフレンと結ばれます!」

 

「結ばれねーわよ! 何その強引な消去法?!

私とフレンさんの気持ちは無視かい!」

 

「フレンなら、わたしの力でなんとかします」

 

「権力でなんとかするな」

 

「ユーリ、ユーリ、皆うちとの婚約を望んでおるぞ。

そんな離れとらんで、もっとちこう寄らんかい」

 

「離れてんじゃなくて、桜についてなきゃならねえの。

やっと取り戻したってのに、また攫われたりしたら目も当てられねえ。フレンに殺される」

 

「そのフレンとやらに姉御を譲れば、話は早かろう」

 

「あのな、パティ。オレがあいつをくれてやるわけ――」

 

「あーもーっ! うっさい!!」

 

「リタさん!」

 

「調査の邪魔しないで、あんたたちは黙って破壊活動に励んでなさいよ!」

「お前たち、私の屋敷でなんたる暴挙です?!」

 

 

リタの怒鳴り声と共に、執政官ラゴウと傭兵たちがホール内になだれ込んできた。

時間を食いすぎた! 計画内とはいえ、これは拙い。

 

 

「ラゴウ来ちゃった! 逃げた方がいいんじゃない?!」

 

「だな。オレたちの用は、エステルとパティがひと暴れして済ませてくれた。

面倒になる前に、とっとと退くぞ」

 

「逃がしはしませんよ! お前たち、報酬の分はキッチリ働いてもらいます!

但し、そこの女剣士と黒髪の少女は殺してはいけません。いいですね」

 

 

ラゴウの命に従い、傭兵たちが私たちに迫る。

 

 

「うわあっ! かかってきた! リタ、魔導器なんてほっといて逃げようよ!」

 

「黙れガキンチョ! 後もう少し……!」

 

 

カロルが悲鳴を上げようとも、リタは魔導器から離れない。

苛立ってる彼女に触れるのは怖いが、戸惑っている猶予はない。

私は勇気を振り絞って腕を引いた。

 

 

「リ、リタさん。ここは一旦逃げよう!」

 

「そうね。あんたが捕まったら元も子もないし、ここは退きましょう」

 

「ひとつ返事?!」

 

「何このボクとの態度の違い!」

 

「カロル先生。気持ちは分かるが、落ち込むのは後だ。

パティもまた腕にしがみついてくんなよ。動き難い」

 

「イヤじゃ。ユーリから誓いのキッスをもらっとらん」

 

 

ユーリは、腕に抱きつき唇を突き出す少女に脱力した。

それだけならまだしも、エステルまでもが彼女側について援護する。

 

 

「ユーリ。時間がありません。認知だけでもして下さい。

キスなら、後でいくらでもしてあげたらいいでしょう」

 

「首を縦に振ったら最後、一生付きまとわれそうなんだけど。

てか、オレ、キスなんてしねえよ」

 

「ナメコのようにネチネチとケチくさい事言うでない。

野郎のキスのひとつやふたつが何じゃ!」

 

「野郎でも重大事だと思うんだが」

 

「皆、話なら後にして! このままじゃ傭兵たちに囲まれちゃう」

 

「いいや! この機に乗じて、ユーリの言質とるのじゃ!

OKもらえれば、こっちのもんじゃからの!」

 

「私利私欲に混乱を利用すんな!」

 

「まったくだ。こっちとら遊んでる場合じゃねえってのに。

いいか、パティ。お前がいくらオレを旦那だの婿だの言おうともな――」

 

 

ユーリは言って、無造作に私を抱き寄せた。

 

 

「オレはこいつと付き合ってるんだ。他の女にかまけてる時間なんてねえんだよ」

 

「いきなりなんつうことを……!」

 

 

渦中で放たれたユーリの告白に、パティたちだけでなく、ラゴウ及び傭兵の皆さんまで固まってしまう。

しかし、見た目は美人、中身は漢、下町の姉御ユーリ・ローウェルは胸を張ったまま物怖じしない。

 

(……もしかして、私を帰すのに付き合ってると言いたかったのか)

 

彼のことだ。誤解されようが、勘違いされようが、スルーしそうだけど。

 

恋慕の意味はないと察した私だけ、一足早く熱を冷ます。

 

――それも、ほんのつかの間。

 

時の止まったこの空間で、私は新たな存在を感知、直視して、逆に氷点下を迎えた。

私のもう一人の世話役の登場を目の当りにして。

 

 

「僕がいない間に、何抜け駆けしているだい。ユーリ」

 

 

現れるなり、氷の瞳で、名前の主を射抜く一人の男。

 

 

「2人で守ると約束したじゃないか。

そこには、純潔や貞操は含まれていないのか」

 

 

端正な顔に能面を張り付かせた彼は、抑揚のない声で言葉をつづり、ゆっくり近づいてくる。

 

 

「いくら君でも、事と次第によっては斬って海に沈めるよ」

 

 

近づくに連れて鮮明になる眩い黄金色の髪。

凛々しい帝国騎士団の甲冑。

風がないのになびく赤いマント。

お前、それは闘気か殺気か怪奇現象なのか。

 

皆様、おっかなびっくりフレン・シーフォさんが、抜剣状態でのおどろおどろと入場です。

 

すくみ上がる私とユーリ、ついでに殺意の波動に当てられて。恐怖に慄くその他大勢。

よくわからんが、多分きっと大方ユーリの生命が危ない。

私は弁明を試みた。

 

 

「フ、フレンさん! 誤解です!

気を静めて、冷静に、私の話を聞いて下さい」

 

「桜、具合はどうだい?」

 

「え? あ、えっと……いろいろありましたけど。なんとか」

 

「……」

 

「フレンさん?」

 

「いや、君が無事でよかった」

 

 

フレンは一瞬、私の顔を探るように見て押し黙ったが、すぐに聖人のような笑顔を浮かべた。

美青年の微笑みを送られ、不覚にも乙女心が跳ねるが、油断してはいけない。

 

暴君ラゴウでさえ、小隊長の挙動が読めなくて、身動きが取れずにいるのだ。

独壇場になっていることなど本人は露知らず、私に向かって小首をかしげた。

 

 

「ところで話とは何かな? この場でよければ話してごらん」

 

「ああ、そうだった。

フレンさんは、何故ユーリが私に付き合うって聞いて怒ったんですか」

 

「ふしだらな気持ちを抱える男に、君を任せられない」

 

「付き合うだけでふしだらって、どんだけ堅物なんですか」

 

「君はもっと慎重になるべきだ。間違いが起こってからでは遅いんだよ」

 

「ユーリと間違いって一体……」

 

「そこで首を傾げるなよ」

 

「ふふっ、相手にされてないようだね、ユーリ。

君は何かと手が早いから、ずっと彼女の身を案じていたんだ」

 

「まるでオレが節操なしのような物言いだな」

 

 

悪意のないフレンの失礼な言葉に、ユーリはムッと顔をしかめた。

フレンは親友の不機嫌など目もくれずに、私へ問いかける。

 

 

「桜、指名手配犯の彼は、どんな経緯であんな発言をしたんだ。

屋敷に不法侵入及び器物破損諸々の罪状に加えて、詳しく事情聴取したい」

 

「おいこら。律儀にオレの罪状増やすなよ」

 

「ええっと、ユーリはこの娘パティの婿旦那攻撃を退ける為に、仕方なく言っちゃったんだと思います」

 

「痴情のもつれか」

 

「んなわけねーだろ」

 

「いや、桜のこともある。君の好みが、年上から少女へ移行したのかもしれない」

 

「オレ好みのタイプを真剣に分析すんな」

 

 

まじめに訴えるフレンへ、ユーリの鋭い突っ込みが矢次に刺さる。

やたら私を子ども扱いすると思ったら、そうか、ユーリはお姉さんが好きなのか。

 

 

「って、関心してる場合じゃない。

ユーリの付き合うってのは、恋愛とかじゃないんです」

 

「少女の告白を回避する為とはいえ。

君の肩を抱いて、あのような言葉が出てきたのに、他の理由があると?」

 

「そー指摘されると、かなり難があるんですけど。

あ、あれはきっと、私が無事に帰れるように協力してくれるって意味で……」

 

「バカ! んな事言ったら……!」

 

「帰る、だって?」

 

 

ユーリの制止もむなしく、フレンを包み込む空気ががらりと変わった。

彼は渋面の私から一切目を逸らさず、後ろで硬直しているソディアとウィチルに指示を下す。

 

 

「ソディア、ウィチル。これより我々小隊が事態を鎮圧する。

君たちは傭兵たちに助力を仰いで、ラゴウ執政官をお守りしろ。

私はエステリーゼ様と少女の救出に向かう」

 

「は!」「は、はい」

 

「執政官。何事かは存じませんが、事態の対処に協力します」

 

「え、ええ。頼みますよ」

 

 

フレンは、及び腰になる執政官に断りを入れると、まっすぐこちらに駆けてきた。

 

 

「うああ! フレンさん来た!」

 

「目が本気だよ! ユーリ、あの人作戦わかってるの?!」

 

「さてね。茶番とはいえ、こんな場所で斬った張ったはゴメンだ。皆、全力で逃げるぞ!」

 

「させないよ! 彼女を返してもらう!」

 

「まずは上がった血を下げろフレン! ……ここは適当にあしらって逃がすもんだろ」

 

「君たちは見逃すが、彼女は渡さない」

 

「芝居か? 芝居だよな、フレン?」

 

「本気だ」

 

 

必死に逃げる私たちの後を、フレンが猛スピードで追いかける。

ソディアたちが傭兵たちを制しているうちに、裏口へ退避できれば万々歳なんだが、シナリオがこじれているようだ。

 

 

「やっぱり私、残った方がいいのかな」

 

「はあ?」

 

「ユーリはともかく、私やエステルは逮捕じゃなくて保護なんでしょう?

私が残ってフレンさん引き止めている間に、皆逃げられるよ」

 

「バカ言うな。できるわけねえだろ」

 

「全部上手くいくのに」

 

「そういう問題じゃねえよ」

 

 

ユーリは吐き捨てると、踵を返してフレンと対峙した。

 

 

「真に迫ってるなフレン。ここまでしねえと、執政官に勘繰られるってか」

 

「彼らの揚げ足取りは慣れてるさ。

それより、君も変な意地を張っていないで、大人しく僕に彼女を引き渡すんだ」

 

「桜は誰にも任せられない。自分じゃなくちゃ駄目だ。

あんだけ根詰めて話し合ったってのに、堂々巡りだな。

……もう一度、刃交えなきゃわかんねえか」

 

「2人とも!」

 

 

――ガチで喧嘩すんな! と突っ込む前に、突然天井の大窓が弾けた。

リタが魔術を放ったのではない。何かが、外から突入してきたのだ。

この場の全員が目を見張る中、ガラスの雨を纏いながら燦然と現れたのは、私の数倍ありそうな大きな影。

 

 

「竜?!」

 

「人が乗ってる、あれが竜使い?!」

 

 

カロルの驚嘆の声のとおり、硬そうな鱗に覆われた竜の背に、全身白装束の人が乗っている。

竜使い。確か、エフミドの丘に現れたって聞いたけれど。

皆が唖然と見上げるのいいことに、優雅に魔物を天井を泳がせていたそれは、魔導器までやってくると、無遠慮に片手の槍でひと薙ぎした。

即、リタの絶叫がホールに響き渡る。

 

 

「あああああああーっ! 何してくれんのよ! あたしの魔導器を壊すなんて!!」

 

「リタさんのじゃないでしょ」

 

「この世の魔導器は皆わたしのもんのよ! クソ、ボケ、死ね、バカドラ!!」

 

 

リタはメチャクチャ言いながら、竜使い目掛けて火球を数発放つが、全て華麗にかわされてしまう。

竜はぐるりと旋回し、リタに狙いを定めた。

 

 

「やる気ね! 返り討ちにしてくれるわ!」

 

「あんたも殺る気になってどーすんの?!

相手は竜だよ? ドラゴンなのよ? 一昔前はRPGのラスボスを飾ってたんだよ?!」

 

「知るか! あたしに刃向かうヤツは、片っ端から沈めてやるのよ!」

 

 

私が腕を引っ張ろうとも、彼女の闘志は消えそうにない。

他の皆が驚愕のあまり、硬直するこの均衡状態に、ユーリとフレンが私たちの前に周りこむ。

 

 

「おっさんの次は竜使いかよ。帝国騎士団は、こういう時でもオレらを追っかけたりすんの?」

 

「緊急事態だ。君たちは後回しだよ」

 

 

2人が目配りし、襲い掛かる竜を迎え撃とうとした時だ。

寸でのところで、竜の動きがピタリと止まった。

まるで吸い寄せられるかのように、ただ一点を、私の姿を、双眼で捉えたまま。

 

 

「何? ……胸がざわざわする」

 

「桜!」「桜、こっちへ!」

 

 

謎のざわめきに揺れる私へ、空かさずユーリとフレンの手が伸びる。

ほぼ同時に見えたが、一歩フレンが早く、私を引き寄せ、その胸にしまい込んだ。

そして、ユーリたちと大きな距離が開いたのを見計らったように、竜の口から燃え盛る炎が放たれ、私たちの間を遮断してしまう。

 

 

「く! これじゃあ、あいつに近づけねえ!」

 

「ユーリ、逃げようよ! 桜にはフレンがついてるから、きっと平気だよ」

 

「……っ!」

 

「彼女のことは僕に任せて、ここは……」

 

 

カロル、フレンに諭され、ユーリはぐっと歯を食いしばる。

当の私はというと、2人と竜を交互に見比べて当惑していた。

炎の向こうにいるユーリたちが気掛かりなのに、胸の奥からわいてくる動揺が思考をかき乱そうとする。

 

 

(エアル酔いじゃないよね。デイドン砦の時とも違う。――あ)

 

 

宙に佇んでいた竜は私に一瞥すると、ふわりと入ってきた窓から去って行った。

私の胸のざわめきを連れて。

一体何だったのだろうか。

 

不可解な事態に戸惑う私達を他所に、執政官ラゴウはしっかり動いていた。

 

 

「騎士団め、私の邪魔ばかりしおって……! 挙句、この醜態!

誰か、船の用意を!」

 

「あ! ラゴウが逃げてしまいます!」

 

「チッ、――フレン!」

 

「ああ。桜の安全を確保してから、必ず追いかける!」

 

「こいつになんかあったら、ブン殴るからな」

 

 

ユーリはフレンに忠告すると、私へ目を配らせた。

 

 

「オレが居なくても泣くなよ」

 

「泣かねーって言ってるでしょ!」

 

「そうこなくちゃな。ご褒美にヨシヨシしてやるから、お利口にしてるんだぞ」

 

「いらねーよ!てか、頭ゴシゴシはいつもやってるじゃないの!」

 

「はははは! じゃあ、行ってくるわ」

 

 

炎の境界線を隔てた先で、ユーリは笑ってのけると、皆と共に裏口へ駆けていった。

疑問と不安にかられる私を残して、見慣れた彼の背中が遠退いていく。

大口叩いた手前、呼び止めるこもできず、心細くて身を小さく固めていると、フレンが肩をギュッと抱いて、柔らかな笑顔をくれた。

 

 

「怖がらないで。竜使いが戻ってくる気配はない」

 

「フレンさん」

 

「傭兵たちは、ソディアたちが押さえている。ラゴウの拘束も、時間の問題だろう」

 

「粘着されないかな」

 

「されたところで、僕がいる限り、君を脅かすものは何人たりとも近づけさせやしない。

だから、何も怯えることはないんだよ」

 

 

穏やかな声で放たれた彼の心強い言葉に、揺らいでいた心が自然と和らぐ。

ひたむきで、時々暴走したりするけど、とても親切にしてくれる誠実な人。

謎の恐怖に襲われていた私にとって、強くて優しい彼の存在が救いだ。

 

 

「ありがとうございます。フレンさんだって、執政官とか巡礼とかで忙しいのに」

 

「僕のことはいい。問題は君だ。少し離れている間に、随分無理をしていたようだね」

 

「そそそんな事ないです! 無理しないって約束したでしょう! 全然余裕でした!」

 

「やせ我慢をしてはいけない。疲れた顔をしているよ。頬も少し青白い」

 

「あ? う……」

 

 

フレンは悲しそうな眼で私を見つめ、指先で白い頬をなでてきた。

 

 

「こんなになるまで、身体を張って」

 

「見た目ほど大した事ないですよ」

 

「そうまでして、皆の力になりたかったのかい?」

 

 

彼から困ったように問われて、私は乾いた笑いがとまった。

 

 

「…… どうして、それを?」

 

「君はいかなる時でも、献身的に他人を世話する性質のようだから。……当たっていたかな?」

 

「献身的なんて、そんな聞こえのいいもんじゃないです。

皆が頑張ってるのに、私だけぼーっと突っ立ってるだけなんて、肩身が狭くて嫌なだけですよ」

 

「君が思うほど、皆は意識していないよ」

 

「ええ、まあ。ユーリも気にするなって、笑い飛ばしてしましたけど。

お姫様のエステル、年の変わらないリタ、犬のラピードや年下のカロル、皆が戦ってるのに。

私だけ、なんだか、いつも悪いなって……」

 

「じゃあ、彼らではなく、騎士である僕のところへ来ないか?」

 

 

フレンに誘われて、私ははっと頭を上げた。

 

 

「で、できません。

帝都に帰ったら、目に優しくないナルシストヒステリーなんちゃってカマ男とエンカウントしてしまう!」

 

「な、なるしす……?」

 

「ああ、キュモールです。キュモール。

化粧までは許せますけど、あのナヨナヨした感じとか、股間の部分とか、自意識過剰な口調とか、大気圏突き抜けるほど猛烈にキモくありませんか?」

 

「よくわからないけど、なんの準備もなしに、帰還したりしないよ。

僕とともに巡礼をしながら、自身のことを調べ、身の保障を立ててからになる」

 

「フレンさんと一緒に?」

 

「桜は元々騎士団の管理下にあるのだから、僕が君を保護するのは、公務上、当然の義務だ。

負い目を感じなくて済む」

 

「負担になりません? 私は非戦闘員で、常識浅くて、エアルにすこぶる弱いお荷物ですよ」

 

「尚更、近くにいてくれた方が守りやすい。

それに僕は、護衛にかまけて他の任務を疎かにするほど、やわじゃないよ」

 

「仕事熱心ですね」

 

「仕事だからじゃないさ。僕個人としても、君が隣にいてくれると、その……凄く、嬉しい」

 

 

彼は頬に朱をさし、言葉を選びながら、私を促して、最後は照れを隠すように微笑んだ。

その破壊力は、コイツまじでユーリと同い年なのか、カワイイよ、カワイイよ、フレンさん!

――と心の中で叫ぶほどだった。

 

私の理性とフレンの地雷と、何より元の世界に帰る同意を得ていない点に問題があるが。

周りへの迷惑を最小限にする一番の手段かもしれない。

少しの間だけなら、事態が治まるまでなら――

 

 

「フレンさんが許してくれるなら、是非……」

 

「フレン小隊長!」

 

 

私が頷きかけたその時、ソディアが切羽詰った様子で駆けてきた。

フレンは、部下の姿を確認すると、そのほころんだ表情をすぐさま引き締める。

 

 

「傭兵たちは静まったようだが、何か問題が起きたのか?」

 

「その傭兵たちの大元、紅の絆傭兵団の首領が、先ほどまで屋敷に滞在していたようです。

今回の一件で取り締まろうにも、姿は既に無く……」

 

「何……?」

 

 

ギルドの名前を聞いたフレンは、空色の瞳を見開いた。

この騒ぎですっかり忘れていたが、屋敷には紅の絆傭兵団の首領バルボスがいたんだっけか。

少し前レイヴンと盗み聞きした時、盗んだ魔核を持って帰るから、船を出せと指示を―――

 

 

「て、あああああー――っ!」

 

「なんだい、桜。いきなり大声を出して」

 

「そうよ、下町の魔核! ラゴウが逃げる時、船を出せとか言ってましたよね!」

 

「え、ああ、命令していたね」

 

「屋敷の裏、船、何隻ぐらいありました?」

 

「ソディア」

 

「あ、はい。突入前に確認した時は、一隻停泊していましたが……」

 

 

てことは、バルボスとラゴウが同じ船に?

泥棒の主犯が下町の魔核抱えて、どっかにとんづらしてしまう!

 

 

「それはダメ。ユーリたちが行ってから、かなり経ってる。時間無い……!」

 

「桜。落ち着いて、何があったのか、僕に説明してくれないか」

 

「ごめんなさい、フレンさん。急いでるから、説明は後で。

私、ちょっとユーリたちに知らせてきます!」

 

「待つんだ! 僕は君を――――」

 

 

私は光の速さで頭を下げると、フレンに口を挟む暇も与えず、船着場目指して爆走した。

ラゴウとバルボスを取り逃がすなんて以ての外だが、下町の魔核を取り返す前に成敗されても面倒だ。

 

 

「手遅れになる前に、ユーリたちに知らせないと……!」

 

 

しかし、私はまだ知らなかった。

己にかせられた使命より、己の背後から迫り狂う恐怖の説教大魔王の存在に。

 

 

フレンさんの全身全霊をこめたアタックに、一般女子高生が悪戦苦闘するのは、この十数秒後。

あれ? 私、ただの保護対象だよね? と、立場を疑い始めるのは、更に数十秒後の話である。

 

 

 

 

■続く■




お疲れ様です。管理人です。
年明け、私生活でいろいろありすぎて、UPが遅れました。
マイソロ3が発売されたら、絶対UPが遠退くと思って、頑張ってUPしましたよ。

レイヴンとパティは扱うのは面白いのですが、読む方としてはダラダラしがちで、下書き時点で、たくさんあった掛け合いも、テンポと容量の関係でかなり省きました。
書きたい=読みたいは違いますモンね。
自分の場合は「考えはあっても、文章にできない」という欠点もあるのですが。
……ボキャブラリー少ないって、致命的です。

ともあれ、おっさんもそうですが、パティのセリフも悪戦苦闘しました。
彼女の例え発言がどうにも掴みにくくて、そのまま爺婆口調だけで通そうかとも。
キャラが増えると、セリフに折り合いつけなきゃならんので、出来るだけやるようにしたいです。

次回は船の上でキチ○イ暗殺者とランデブーです。
自分はフレンさんとランデブーやりたいのですが、尺の関係で難しいかもです。
それでは。


瑛慈 翔
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