明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第16話】電波は突っ込みの突っ込みはボケの

 

港町カプワ・ノールを私物化する執政官ラゴウ。

その罪を問うべく、ラゴウの前に調査執行書をつきつけるも、あっけなく拒否され、ユーリたちのリブガロ献上作戦も失敗してしまう。

法的手段を断たれた僕たちは、ついに侵入作戦という強行手段に踏み切ることとなった。

 

荒事に抵抗はあったが、秩序を乱す存在を許すわけにはいかない。

何より、僕が動かなくても、ユーリが黙ってはいなかっただろう。

 

作戦を実行するにあたって、異論はなかった。

……彼女が名乗りでるまでは。

 

 

彼女は、桜 如月。

たった一人、ここテルカ・リュミレースにやってきてしまった少女だ。

 

身寄りも無く、平和な世界で生まれ育った為に、魔物さえ知らず。

エアルへの免疫力が低いせいで、魔導器さえ扱えない。

 

そんな少女が、自ら作戦に志願した理由は、ただ一つ。

”エアルに弱い体質”を利用し、魔導器を探し当てるため。

 

一見効率的に見える作戦だが、彼女はファーストエイドひとつで真っ青になるほどエアルに弱い。

 

天候魔導器なんて前代未聞も魔導器に近づき、万が一高濃度エアルを浴びてしまったら、死んで――。

今度こそ。僕の手の届かないところへいってしまう。

 

桜をこんなところで失うわけにはいかない。

彼女は帝国騎士団の管理下にあり、僕は帝国騎士団小隊長だ。

僕が彼女を守るのは、騎士としての義務。

 

――いいや、違う。そうじゃない。

肩書きや任務ではなく、僕が嫌なんだ。

 

どんな事情であれ、彼女が苦しむ姿なんて見たくない。

本人に覚悟があったとしても、僕が我慢できない。

何が起ころうとも、この手で守り通さなければ、気がすまない。

 

自分善がりな、一方的な衝動。

 

ノール港でユーリに指摘されなかったら、留まるところを失い、暴走していただろう。

 

今回の突入作戦も他でもない、彼に桜の全てを任せることで、自身を思い留めることができたんだ。

 

……――なのに。

 

数刻後、僕は屋敷で桜を抱くユーリを見て、頭をかなづちで殴られたような衝撃を受ける。

 

 

ユーリと桜が付き合っている。

彼の口からそのセリフを聞いた時、僕は怒りのあまり「光桜戦滅陣・獅炎で親友をこの世から焼却処理」という合理的な対処が脳裏を過ぎったが、問題は彼ではなく彼女の容態だった。

 

 

健康的だった頬は青白く、表情は憔悴しきったように重い。

大丈夫かと尋ねる僕に、弱々しく微笑む彼女の姿が逆に痛々しくて、愚かな選択を下した自分を苛んでしまう。

 

間違いだった。

やはり離れるべきではなかった。

 

後悔に揺れる僕の胸へ、止めとばかりに彼女の「帰る」という言葉が突き刺さる。

 

 

待ってくれ、話を聞いてくれ――っ。

 

 

胸中で荒れる激情に抑えながら、懸命に桜を求める。

だが、焦ってはいけない、宿屋と同じ轍を踏んではいけない。

 

冷静に訴えたのが功を奏したのか、彼女は耳を傾け、ひとつの悩みを打ち明けてきた。

自身が仲間の足かせになっていると。

 

尚更、一緒に来るべきだ。

騎士団の元ならば、仲間に迷惑はかからない。

僕も安心して任務に専念できる。

 

後は桜が頷いてさえくれれば、と淡い気持ちが生まれた矢先、ソディアの報告によって現実へ引戻された。

 

 

さきほどまで、紅の絆傭兵団の首領がここに滞在していたらしい。

ラゴウが雇っている傭兵の大元だ。

即刻捕らえて、事情聴取しなければ。

 

だが、報告を聞いて先に動いたのは僕ではなく、桜。

 

彼女は迷わず僕から離れていった。

腕を振りほどき、呼び止めにも耳を貸さず、一目散にユーリの元へ向かってしまった。

 

彼女が離れていく。

やっと手が届いたのに。

やっと僕自身の力で、彼女を助けられるのに。

あと少しで――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電波は突っ込みの突っ込みはボケの

 

果てまで憑いていくのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、君は僕から離れていくんだ?」

 

「当初は逃げる予定なんて微塵もなかったんですけど、後ろから前のめりで追いかけてくるハイパーつんつんナイトを目撃したので、急遽逃げることにしたんです!」

 

 

青空の下、屋敷の裏庭で、私は後を追いかけてくる騎士に、切羽詰りながら答えた。

これで雨でも降ってたら、足場の悪さがたたって、即行テイクアウトされてただろうが、現在は澄み切った空が広がっている。

 

 

「ラゴウたちが船を出す為に、天候魔導器止めたんだ。

早くユーリたちに、泥棒のこと教えないと!」

 

「ことづけなら、ソディアたちでもできる。

わざわざ君が伝えに行くことはないよ」

 

「私が行った方が手っ取り早いんです!」

 

「だからって、女の子がスカートで茂み飛び越えたり、塀に登ったりしちゃいけない」

 

 

私が障害物使ってひき離そうとしても、彼は粘り強く諭しながら、ついて来る。

こうなる前に船着場へ行けばよかったんだが、彼もまっすぐついてきたので、慌てて別の道を探す羽目になったのだ。

ええい。しつこい。

 

 

「言われるほど、私はドジっ子じゃないです」

 

「知らない男を自宅に泊めたり、団長相手に話噛んだり、普段着のまま就寝したり、僕に断りもなく一人で城中さまよってエステリーゼ様と遭遇したりするのは、ドジというよりだらしが無くて危機感がないと言べきかな」

 

「それはうっかりです。問題ありません!」

 

「大有りだよ! ドジもうっかりも、危機管理の欠如じゃないか。

なりふり構わず走っている君を見てると、こっちがハラハラする」

 

「なら、見なきゃいいです」

 

「ユーリみたいな屁理屈いわない。

まったく、君の自覚の無さは致命的だ。

頼むから、僕のいないところで、そんなことしないでくれ」

 

 

私の数メートル後ろで、おろおろし始めるこの好青年の名は、フレン・シーフォ。

何度も説明している通り、ユーリの幼馴染にして帝国騎士団小隊長。清く正しく美しい、収入も社会的地位も将来も申し分ない。

 

女性がこんな最良物件とリアル鬼ごっこしたら、捕まえられるより先に180度Uターンして、真っ先にその胸へ飛び込んでいただろうが、いかんせんこの物件は説教大魔王にして地雷持ち。

 

私たちの絵図らが想像しにくい良い子のために、分かりやすく例えると。

白い砂浜を楽しそうに駆ける少女とそれを追いかける美青年というより、逃げ惑うウサギとそれを追撃するシベリアンハスキーみたいなもんです。

 

ときめくより先に心臓が止まる。

 

いや、マジで止まることはないけど、いらんスリルが満点です。

 

 

「ユーリに魔核泥棒の情報を伝えるだけなのに、どうしてこんな目に」

 

 

過去を振り返ってみたものの。

爺絞めるために屋敷へ忍び込もうとして、オッサンに誘拐されたり、海賊少女がユーリを婿認定して、微妙な三角関係が誕生したりしたが、全部フレンとなんの因果もない。

 

ええ、彼を除外しても、問題が盛りだくさんです。

多すぎて、未来がかすむくらいに。

 

 

「なぜだろう。目から食塩水が出てきた」

 

「桜、もしかして、泣いてるの?」

 

「恐怖の元凶が、憂いの眼差し送ってこないで下さい。

良心の呵責がフルぼっこで、瀕死寸前です」

 

「辛いことがあったなら、一人で抱え込まないで、僕に話してくれ。

きっと君の力になるよ」

 

「それこそ大惨事に……っ。

私に構ってないで、心置きなく自分の持ち場に戻って下さい。

お願いです頼みますからこの通りです!」

 

「遠慮しないで。

僕の使命は君を守ることだから、甘えてもいいんだよ」

 

「追い回されて、心臓縮れそうな思いしてるってのに、遠慮できる余裕なんてねーですよ!」

 

「桜が逃げるから、追いかけているんだ。

僕が足を止めれば、君も止まってくれるのかい」

 

「いえ、余裕でユーリたちを追いかけます」

 

「そうか。ならば、僕も君を捕らえるまでだ」

 

「往生際悪いですよ!」

 

「君に背は代えられないよ」

 

「市民の平和はどうした?!」

 

「カプワ・ノールの治安は他の騎士で対応できるけど、君には僕しかいないだろう」

 

「ユーリの存在はまるっとムシかよ?!」

 

「彼に任せた結果が今の君なら、そうなるね」

 

「……っ」

 

 

フレンに真顔で言われて、ハッと自分の頬に手を当てた。

エアル食らって顔色悪いと言われたが、そんなに酷いのだろうか。

 

 

「こんだけ走り回れるなら、問題ないと思うけど」

 

「気が高ぶっている内はわからないさ」

 

「う。でも、フレンさん怒ってるし。

戻ったら、前みたいにサドンデス説教地獄展開するんでしょ……?」

 

「しないよ。僕は怒ってないし、怒るつもりもない」

 

「ホントに?」

 

「本当に。僕はさっき、桜が無事ならいいって話したよね。

君やユーリを叱っていたのは、君に関るから。

脅かすなんて、可哀相なことするもんか」

 

「じゃあ、ハルルの置き手紙でユーリ脅したり、ユーリ目掛けて剣ブン投げたり、ユーリとガチバトルするのも、私に関係したりすんの?」

 

「……。……。……。そうだね」

 

「すみません。薄荷スマイルで、質問の消滅図らないで下さい。

そして目をそらすな」

 

「君の方こそ、僕を振り切ろうとしても無駄だからね」

 

 

フレンにやんわりと痛いところを突かれ、私は口をつぐいだ。

彼は決して挑発しているのではない、事実を述べただけ。

成人男性と女子高生とじゃあ足の尺が違うし、相手は現役帝国騎士小隊長だ。

彼に敵わないことは、火を見るより明らかだった。

 

 

「かといって、話してわかるヤツなら、ここまで執拗に追ってこないよね」

 

「執拗で結構。君がきれいなままでいられるなら、僕はいくらでも執念深くなれる」

 

「きれ……っ?!」

 

「傷つく君を見たくない」

 

「……あ、ああ、そういう意味ね。

いくら仕事熱心だとしても、ここまで思いつめなくてもいいじゃないですか」

 

「仕事だからじゃないよ」

 

「優しいから?」

 

「そう見えるなら、安心してもいいのかな。

僕はユーリに負けないくらい、君を大切にしたいんだ。

彼だって、君の無茶を望んではいない」

 

「私は、単に伝えたいことがあるだけで……」

 

「君に乱暴はしたくない。

大事になる前に、僕と一緒に宿屋へ戻ろう。

――さあ、おいで」

 

「うう」

 

 

逃げ続けていた私へ、フレンが微笑みかけてきた途端、心の中に迷いが生じてしまった。

 

ユーリに無用な手を貸すより、誘われるまま、彼に身を委ねた方がよっぽど利口じゃないか。

 

そうすれば、私はずっと足手まといのまま。

 

……嫌だ。何もしないのはダメだ。

ユーリたちに魔核泥棒のことを伝えることで、私の立ち居地が変わるかもしれない。

 

行くか戻るか。

決心に揺らぎながら、ひた走っていると、前方に見慣れた男の後姿を捉える。

 

 

「ユーリ!」

 

「桜……っ?!」

 

 

男は私に名前を呼ばれるなり、目をひん剥いて驚いた。

ユーリ・ローウェル。自称私の兄貴兼保護者。

空と海をバックに一際映える漆黒のロングヘア、無駄のない優美な肢体、挑発的な美貌をもつ20歳前後の美青年だ。

容姿説明だけで、兄貴じゃなくてお姉様の領域へ優に一億ヘクトパスカル余裕で達しているが、やることなすこと粗野で乱暴、おまけにデリカシー欠如なんつう残念っぷり。

ヤツの存在は神様のイタズラか、もしくは下町の奇跡か、私へのイヤガラセだと思う。

彼は、船着場に横付けされた大きな船を目指していた。

 

 

「よし! まだ行ってない!」

 

「よし! じゃない。お前、なんでついてきた?」

 

「ユーリ。桜は関係ない。君は引き続きラゴウを追ってくれ!」

 

 

私の登場にユーリが眉を跳ねるが、追ってきたフレンが先へと促す。

ユーリは親友の血相から何かを察したのか、怪訝な表情で私を庇った。

 

 

「フレン。こいつのことは、お前に任せたはずだよな」

 

「すまない。僕のミスだ」

 

「待って、フレンさんは悪くない。私が飛び出してきただけ」

 

「だったら、これ以上、フレンを困らせるな。

オレがお利口にしてろって言ったの、忘れたのか?」

 

「お利口にした結果がコレなの。

魔核泥棒について、分かったことがあるのよ」

 

「何?」

 

「ユーリたち、話してる暇なんてないよ!

先に乗ったエステルたちが、船が行っちゃってもいいの?!」

 

 

カロルが訴えるように、船は着々と船着場を離れようとしていた。

沖に出られたら、探し出すのが困難となる。

時間を迫られたユーリは目で船を追い、次に私を見て、げんなり肩を落とした。

 

 

「後にできる話なら、フレン無視してまで、知らせにこねえよな」

 

「溜息ついてどーすんのさ。

もしかして、船に乗るのやめるの? ユーリが残るなら、ぼ、ボクも……」

 

「オレは後から行く。カロルはさきに行っててくれ」

 

「後から? ユーリはどうする……ユーリ、どこ掴んでるの?

ボクを持ち上げて……うえ? 揺らないでよ、落ち……ウソ、そんな、――あ、うあああああああ?!」

 

 

ユーリはカロルを持ち上げると、荷袋のように弾みをつけて、思いっきり船へ放り投げた。

宙を踊るエースの小さな身体。響く叫び声。舞い散る涙と鼻水。

少年はミジンコハートはち切れんばかりに悲鳴を上げつつ、船に吊るされたロープにしがみついた。

 

 

「し、死ぬ……!」

 

「頑張れ、カロル先生! お前ならできる」

 

「親指突っ立てて、無責任なこというな!

ロープに手が届かなかったら、未来のエースは今頃海に浸してドザエモンだったのよ!」

 

「魔狩りの剣のエースなら、これくらい屁でもない!」

 

「人工廃棄ガスをかるく凌ぐモンだったでしょ!」

 

「人のこと構ってる場合か。次はお前なんだぞ」

 

「わ、私?!」「ユーリ!」

 

 

ユーリが私の腕をガッチリ掴むと、間髪いれずにフレンが声を上げた。

 

 

「まさか少年にやった暴挙を桜に? 正気か?!」

 

「む、無理! 無理無理無理! 自分でこんなこと言いたくないけど、私とカロルじゃ、圧倒的に私の方が重いでしょ!

船に触れるどころか、母なる大海原にボディプレスで全身打撲だよ!」

 

「お前泳げねえの?」

 

「泳げるよ。……自主的に飛び込む分は」

 

「要は落とさなきゃいいわけだ」

 

「落ちる要因がしこたまあるんですけど」

 

「怖がんなくても、オレがついてるから平気だよ」

 

「ユーリが?」

 

「おうよ」

 

 

おずおず訪ねる私に、ユーリはとびきりのウインクで応えた。

彼の屈託のない笑顔が、魔法のように恐怖を消し去ってくれる。

 

女に生まれて、野郎のウインクでトキめくとは思わなんだ。

 

この男はこんな切羽詰った状況の中、なぜ笑っていられるんだろうか。

わからない。――でも。

 

 

「ユーリが一緒なら」

 

「させないよ。行くなら、彼一人でだ」

 

「フレンさん」

 

 

ユーリの手を取ろうとしたら、フレンが唸るような声でで牽制してきた。

ただならぬ彼の気迫に、私はそのまま固まってしまう。

反対に、ユーリはかるい調子でパチンと指を鳴らした。

 

 

「そーいや、フレンに聞きたいことがあったんだよ」

 

「質問なら後だ。今すぐ桜を返してくれ」

 

「こいつが風呂場で覗きに遭った時。お前、すぐに駆けつけたんだよな。

てことは、犯行直後の現場に間に合ったわけだ」

 

「ユーリ! ふざけていないで、話を聞いて――」

 

「当時のこいつの様子はどうだった?」

 

「――なぃいいいっ!」

 

 

怒り頂点だったフレンは、ユーリにニヤリと問われた途端、茹で上がったタコみたく顔を真っ赤にさせた。

私の様子ってなんだ。あの事件にまだ裏があるのか。

 

 

「フレンさん、奇声まで上げて、何か知っているんですか?」

 

「知らない、み見てない。僕は決して……っ!」

 

「180センチの凛々しい兄ちゃんがオロオロする様は、さぞかし巷の女子の母性本能くすぐって大喜びされたでしょうが。

ネタ元の私からすれば恐怖核爆発で、フレンさんの可愛らしさが心に届く前に沈殿します」

 

「お前まで与太話に乗っかって混乱するなよ。

こいつがパニくってるうちに、オレたちは船へ行くぞ! 全力で突っ走れ!」

 

「う、うん!」

 

 

見てられないほどアワアワしてるフレンがひっかかるが、船は待ってくれない。

私はユーリにエスコートされながら、懸命に船へと駆け出した。

 

 

「ハッ、ハ……ッ! ずっと走りっぱなしで、息が……っ!」

 

「しんどいなら、オレが連れてってやろうか?」

 

「ど、どうやって?!」

 

「脇に抱えて」

 

「いらん! それよか、走り跳びだけで、乗り移れるの?」

 

「人間なせばなる」

 

「ならん! 適当なこと言うな!」

 

 

ユーリの投げやりをイチイチへし折っていると、後ろの方から再び気配が生まれた。

 

 

「ユゥーリィーっ!」

 

「フレンさん復活した!」

 

「意外と早かったな」

 

「感心してる場合か! あんたの幼馴染が血管浮き出るほどおかんむりだよ!」

 

「君というヤツは、僕の気を逸らす為に桜を使うなんて……っ!

外道め、そこに直れ! 成敗してやる!」

 

「ほら案の定、パツ金説教魔王が殺る気におなりに!」

 

「血気盛んだな」

 

「殺気の間違いでしょ!」

 

「アレでキレるってことは、やっぱ拝んでやがったか」

 

「何を?!」

 

「なんでもない。飛ぶぞ!」

 

「きゃ……っ!」

 

「桜! 待――」

 

 

フレンが掴みかかろうとした先で、ユーリは私を抱えて跳躍した。

容赦なく離される地面、全身にかかる慣性、のちに浮遊感。

まもなくユーリが船のロープを掴むが、私は叶わず、――手近にあった、彼の胸にしがみつた。

 

 

「なななな、何、この劣化コアラ……!」

 

「熱烈なアプローチだな」

 

「違う! 慌ててて、とっさに……っ!

てか、あんまり喋らないで、頭に息がふりかかる!」

 

「オレは大歓迎なんだけど」

 

「ああああ、ユーリの胸がほっぺた当たって生暖かいぃ……て、何が?!」

 

「さて、なんだろうな。

そんなキツくしがみつかなくても、オレがちゃんと支えてるから落ちないよ」

 

 

言われて初めて、ユーリが片腕で私を抱えいるのに気付く。

 

 

「ご、ごめん。重かったよね。ロープに移るよ」

 

「プルプルした手でロープ掴めるのか?」

 

「ユーリだって、私抱えてちゃ、登れないでしょう。

後、抱きついたままってのも、ちょっと……まずいし」

 

「これで登れないなら、背負ってやる。

いざって時は、上のエステルたちに引き上げてもらえばいい」

 

「あ、あの、まずいってのは、そーじゃなくて……」

 

「エアルで疲弊してる上に、フレンとかけっこしてたんだ。

一人で登って力尽きる方がまずいだろ」

 

「いや、今の状態も非常に気まずいのよ」

 

「あ?」

 

「あ? じゃないよ。あ?じゃ。

わ、私がユーリをがっちり抱きしめてるの。なんともないの?」

 

「互いの存在確かめ合えていいんじゃねえの?

あったかいし」

 

「よくねえわよ。

女の子にくっつかれてんのに済ました顔して、保温機能ってなんだよ。

こっちとら、ときめきが不完全燃焼だよ! 貴方に平然とされると反って傷つくんだよ、察しろ!」

 

「へえ、オレの反応が気に食わないんだ」

 

「当たり前でしょ。何ニヤニヤしてるの?

お姉さんは抱きつかれたまま突っ込まれて、にやけるなんつう不気味な現象は起こさないんだよ」

 

「お姉さんって、お前……。

前にオレは感情が顔に出ないって言ったが、裏を返せば、オレはお前を――」

 

「あんたたち、いつまでそこでぶら下がってんの。早く上がってきなさい」

 

「リタさん」

 

 

ユーリに意地悪く笑われて、ムカついていると、上からひょっこりとリタが顔を出した。

が、私たちと目が合った瞬間、彼女の眉間に急激なしわが走る。

魔法少女の形相にうろたえる私たちに、彼女は構わず手を差し出してきた。

 

 

「桜。そいつとバカやってないで、あたしの手に捕まって。あんたぐらいなら、引き上げられるわ」

 

「ありがとう」

 

「んじゃ、オレも――」

 

「ヂゴクに堕ちろ。∠=(x,y,z)」

 

 

リタは私を引き上げるなり、ユーリに向かって参考書を全開する。

彼女の不可解な行動に首を捻る暇もなく、本の中から、間延びした鳴声とともに、巨大な獣の腕が飛び出した。

 

 

「猫?」

 

「ぬお?!」

 

 

ユーリはとっさに上体を逸らして、迫る謎の肉球をやり過ごす。

しかし、「避けられたか」と影で舌打ちする彼女の有り余る殺意に、大変顔を引きつらせました。

 

 

「殺す気か……っ!」

 

「女みたいな顔してるくせに、女の子抱いてニヤニヤするような隠さないスケベは、さっさと海の藻屑になった方が生産性があっていいのよ。

人類のゴミがあたしの術技一発で海の生物の肥やしになって、とってもエコでしょ」

 

「その為にユーリの尊い犠牲を払われても……」

 

「ていうか、オレの顔は関係ねえだろ」

 

「あ、ユーリ。自分がお姉さんだって、認めるんだ」

 

「認めてない。さり気なく、お姉さんをつなげるな。

リタも構えなくたって、オレはそういう意味で笑ったんじゃねえよ」

 

「では、ユーリは桜を女性としてみていないのです?」

 

「エステルはいつも話が極端だな」

 

「フレンがいない間は、このわたしが桜にあった出来事を把握しなければいけません。

後で、彼に要領よくかいつまんで報告する為に!」

 

「つまり、都合のいいことだけ告げ口するってことでしょ。

やめて下さい、フレンさんたきつけるの」

 

 

フレンがエステルの妄想でフル装備された話を聞いたら、スーパー説教タイム入って、ユーリの耳が右から左へ開通してしまう。

私より彼をよく知る幼馴染は、頭を抱えた。

 

 

「わ、悪かった」

 

「いや、私も大げさだった。

……そういえば、パティは? 先に乗ってたんじゃないの?」

 

 

やたらユーリを絡ませ、腕や細腰に食いついていた海賊少女がどこにもいない。

エステルとタイマン張れるほどの腕なら、かなりの戦力になるだが。

私に問われたユーリは頭をかきつつ、うんざり答えた。

 

 

「あいつなら、ポリーと港に置いてきたよ。

これから正念場って時に、女の子連れたまま戦えるか?」

 

「ユーリも見たでしょ。あの子結構強いよ」

 

「戦闘能力あるのと、オレたちの戦力になるとのは別だよ。

屋敷で逃げようって時も、最後までオレの腕にぶら下がってただろ」

 

「パティはユーリのことが大好きだから、絶対力になってくれるって。

左手に刀、右腕に愛のリーサルウェポンで並居る傭兵たちを蹂躙」

 

「リーサルウェポンって、ユーリ。あの子、一体なんなの?」

 

「オレが知るかよ。

いざって時は、桜を背負って戦う自信はあるけど。

片手にあいつ装備して戦う気力はねえぞ」

 

「私装備する必要性ないし、幼女装備するのに気力使うってワケわからんよ」

 

「様にならない」

 

「私背負いながら、ロン毛振り乱して刀振り回すのも相当カッコ悪いよ」

 

「ユーリがダメでも、フレンなら――」

 

「エステル。誰がやっても不気味だから」

 

「み、皆! いつまでも変な話してないで、これ見て!

すごいのがるよ!」

 

 

リタから「あたしも一緒くたにすんな」とゲンコを食らうカロルが指差した先にあったのは、宝石がギュウギュウ詰まった宝箱。

普段なかなか見ないものを目の当りにして、呆けていると、いの一番にリタが口を開いた。

 

 

「信じらんない。これ全部、魔導器の魔核よ!」

 

「このキレイな石が、全部?!」

 

「ボクもこんなにたくさんの魔核、初めて見たよ」

 

 

皆の反応はごもっとも、魔核は貴重品だ。

これだけ集めるのには、それなりのリスクが伴ったはず。

 

 

「なんのために、これだけ集めたんだろう」

 

「わかんない。うちの研究所だって、これだけの数揃えられないってのに。

ラゴウって執政官、ノール港の市民虐げてただけじゃなかったのね」

 

「魔核と言えば、下町の水道魔導器も、魔核だけ盗られてしまったのですよね」

 

「だけど、黒幕は隻眼の大男だ。ラゴウのような陰険爺じゃない」

 

「黒幕は、そのラゴウに雇われてるのよ」

 

「桜?」

 

 

私は、ユーリの否定を静かに振りかぶった。

 

 

「私、レイヴンさんと屋敷を探索してる時に偶然、その会話を耳にしたの。

魔核を盗んだとか、かき集めたとか、ラゴウとの契約とか。

ソディアさんの話じゃ、ラゴウの傭兵たちは、そいつら泥棒ギルドのメンバーだって」

 

「姿は見たのか?」

 

「ごめん。ドア越しで、姿までは……。

せっかく、ユーリたちに泥棒のこと伝えようと思ったのに、肝心なところが抜けてた」

 

 

やはり姿を確認できなかったのは痛かった。

これでは、ラゴウの泥棒集団=下町の魔核泥棒にはならない。

詰めの甘さを悔いていると、ユーリが優しく頭をなでてきた。

 

 

「桜のお陰で、魔核泥棒がラゴウと繋がりがあるかもしれないってのがわかった。

あの状況で、よくやったよ」

 

「もう、また子供扱い」

 

「感謝してんだ。甘受しろ。

そんで、リタ。魔核の山に下町のっぽいのはあるか?」

 

「残念だけど。水道魔導器くらいの大きな魔核はないわね」

 

「桜の推理に間違いないはずですが……。

ここになければ、下町の魔核はどこへいったのでしょう」

 

「うーん。もうアジトに運ばれたとか?」

 

「アジトです? ラゴウの屋敷ではないのですか?」

 

「あいつら、アジトの場所までは話してなかったし。

他に聞いたことと言えば……そう、首領がバルボスって言うの。

泥棒集団のくせに、五大ギルドの一つ。

そのギルド名がやたら粋がってて……フラット、違う、ブラッド」

 

「ひょっとして、紅の絆傭兵団?」

 

「そうそう。カロル、よく知ってたね。

中年オヤジに似つかわしくない厨二病な名前だった」

 

「やっぱり。屋敷にいた人たち、どこかで見たことあるって思ったら……」

 

「カロル?」

 

 

私の感心とは別に、カロルは重い表情でブツブツと呟いた。

彼はギルドの人間だ。ことこの件については、私たちより詳しいのかもしれない。

改めて、カロルに訊ねようとしたら、ユーリが隣にやってきて、私に背を擦り付けた。

 

 

「ユーリ。ちょ、近」

 

「悪いが、話一旦区切らせてもらうぜ。

ラゴウ締め上げる前に、ひとあばれしなきゃなんねえみたいだ」

 

 

ユーリが刀を引き抜いて、睨んだ先から、ぞろぞろ傭兵たちが出てきて、私たちを取り囲んできた。

四方八方から刃を向けられ、カロルはひぃ!っと小さく震え上がる。

 

 

「こいつら紅の絆傭兵団だ! 傭兵専門の戦闘ギルドだよ」

 

「囲まれてしまっては、致し方ありません。殺ります」

 

「殺るの?! 相手は巨大ギルドなんだよ、わかってるのエステル?!」

 

「こうなることは、最初からわかってたわ。

いくら出てこようとも、片っ端から魔術で墨クズよ」

 

「リタさん。この大人数を一掃するような魔術かっ飛ばしたら、傭兵もろとも船も木っ端微塵になったりしない?」

 

「……」

 

「リタさん?」

 

「……桜。あんた泳げたっけ?」

 

「泳げるけど。……自主的に飛び込む分は」

 

「火力を調整すれば問題ないわね?」

 

「それ以前の問題がしこたまあるんですけど。

……て、私、最近これと同じ掛け合いしたような」

 

「リタも桜も漫才はもういいってば! 早く構えないと、相手が攻めてくるよ!」

 

「――ほう、この娘か」

 

 

カロルがせっつくのを裂いて、野太い声が背後から伸びてきた。

この声、屋敷で聞いたことがある。

 

 

「桜、下がってろ」

 

「ちょっと、ユーリ?!」

 

 

姿を確認するより早く、ユーリに手を引かれ、位置が逆転する。

私のいた場所にユーリが立っていて、彼の刀の切っ先が一人の大男を指していた。

ユーリよりも背は高く、大柄で、右目と左手が金具に封じられた白髪交じりの大男。

注目すべきは、カロルぐらいある大剣を軽々片手で支えている点だ。

大男は左目でユーリを捕らえ、ニヤリと口を歪ませた。

 

 

「勘のいい男だ。それとも、その娘に神経尖らせてんのか?」

 

「テメェがうちのお嬢さん見て、舌なめずりしてっからだよ。

あと少し遅かったら、一太刀くれてやったんだがね」

 

「渦中の娘だ。この世を動かしてぇヤツにとっちゃ、こんなガキでも魅力的にみえる」

 

「どういうこと?」

 

「こいつまで、桜を狙っての……!」

 

「そうはいきません!」

 

 

大男の意味ありげなセリフに、皆が衝撃を受ける中、ただ一人エステルはキッと相手を睨んだ。

 

 

「桜がどんなに魅力的に見えようとも、彼女にはフレンという婚約者がいるんです!」

 

「いねーよ!」

 

「照れることはありません。

フレンだって喜びますよ。――クビをちらつかせれば」

 

「職権乱用すんな! 暴君かよ、エステルさん?!」

 

「はっ! 何を言い出すかと思えば……婚約者だと?

こんな小娘に男がいようがいまいが、ワシが知ったことではないわ」

 

「恋敵をものともしない……っ?!

桜、どうしましょう! この人強敵です!」

 

「知らんよ」

 

 

大男に鼻で笑われ、エステルは恐れおののいた。

相変わらず話脱線させたがるお嬢さんだが、こっちは付き合うつもりはない。

何せ相手は、探しに探した男だからだ。

 

 

「ユーリ、この人よ!

屋敷で魔核泥棒の話してたの! 証言どおり、隻眼の中年メタボ男!」

 

「ワシに向かって、中年メタボとはいい度胸だな」

 

「隻眼の大男バルボスね。あんたか。人使って魔核盗ませてたのは?」

 

「そうかもしれねえな……っ」

 

 

バルボスの嘲笑するや否や、ユーリの刀が一筋輝いた。

言葉を切る大男の胴に、滑るような横薙ぎが触れる寸前、ユーリが跳躍する。

ほぼ同じくして、彼がいた場所にバルボスの大振りが空を斬った。

 

 

「いい動きだ。肝っ玉もいい。

腕が疼くねえ……うちのギルドに欲しいところだ」

 

「そりゃ光栄だ。あんたが泥棒ギルドの親玉でなけりゃな」

 

「だが、その目が頂けねえな。

野心の強いやつは、ギルドの調和を乱す。

娘がテメェの傍にあるってのも、いけ好かねえ」

 

 

バルボスは舌打ちすると、ユーリから私へ視線を移し、口元をつりあげた。

 

 

「厄介者の世話するなんざ、仕事か、情かは知らんが。

娘に入れ込んで身を滅ぼす前に、とっとと手放すべきだ」

 

「厄介? 私が……?」

 

「身に覚えがねえってワケじゃあねえだろ」

 

 

バルボスに記憶を促されるまでもない。

私は今日まで、騎士団のキュモール、暗殺者のザギ、旅に出てからは、残念なストーカーデューク、評議会のラゴウ、ギルドのレイヴンにちょっかいを出されてきた。

どいつもこいつも、腹の内で何を企んでいるのかわからない。これじゃあ足手まといどころか疫病神だろう。

 

 

「だけど、私……」

 

 

何もしてない。好きでなったんじゃない。私じゃどうしょうもない。

言いたい事はたくさんあるのに、ぶつけるところがなくて、声にできない。

行き場のない気持ちでスカートの端を握り締めると、ユーリはやれやれと肩を竦めた。

 

 

「厄介なんて、オレにとっちゃ日常茶飯事だよ。

その証拠に、オレ自身が報酬額1万ガルドの尋ね者だしな」

 

「ユーリ」

 

「毒を食らわば皿まで、だったか。

最後まで付き合うって約束だろ」

 

「あたしも、犠牲を出さずに何かを得ようなんて心が贅沢だって言った口だからね。面倒は承知の上よ。

……ほ、他に任せてらんないし」

 

「そうです。これくらいのこけおどしで、わたしと桜の友情は揺らいだりしません」

 

「リタさん、エステル」

 

「ええ揺らぎませんとも! これはフレンと桜の愛の試練なのですから!」

 

「邪なフラグ立てんな! 私の感激返せ!」

 

「自らの危機を希望にかえるのは、とても大切なことです」

 

「自らの危機に追い討ちかけてどうする」

 

 

この期に及んでフレン絡めるとは、ブレない、流石はブレない。

私たちの漫才を他所に、想定外の反応を受けたバルボスは不機嫌に鼻を鳴らした。

 

 

「ふん。物好きなヤツらだ。ますます気に入らねえ」

 

「元より、気に入られようとは思っちゃいねえよ。

盗んだ魔核を返してもらうぜ」

 

「バルボス! ぐずぐずしていないで、さっさとこいつらを始末しなさい!」

 

 

私たちとバルボスの間に剣呑な空気が漂い始めたところへ、どっからか沸いてきたラゴウが命令を飛ばした。

やはり仲間だったのか。

しかし、バルボスは命に反して、私たちに背を向ける。

 

 

「金の分は働いた」

 

「私に逆らうのですか?!」

 

「テメェこそ、状況読め。

騎士どもが、テメェと例の娘が乗ったこの船を捨て置かねえだろ。

ワシらは引き上げさせてもらうぞ」

 

「クッ! 待ちなさい! 中にまだ――」

 

 

ラゴウは渋りつつも、やはり我が身がかわいいのか、バルボス率いるギルド集団の小船へ乗り込んだ。

あるひとつの船室をチラチラと気にしながら。

 

 

「あそこに何かあるのかな?」

 

「興味あるなら、本人捕まえて吐かせりゃいい。追いかけるぞ」

 

「あたしに任せて。船ごと火だるまにしてやるわ!」

 

「火だるまとは、どこまでも野蛮や人たちですね!

――ザギ! お前の出番です!」

 

 

リタが魔術をけしかけようとした時、ラゴウがアイツの名前を出してきた。

聞き間違いか。聞き間違いだよね。同名の人だよね。

私たちがスルーに撤しようとして数秒後、残酷な現実が船室の影から現れた。

 

 

「――ははははははっ! 誰だ? 誰を殺らせてくれるんだ……っ!」

 

 

存在を誇示するようなヤツの哄笑に、私たちの脳みそが拒否反応を起こす。

ヤツは私たちの前までやってくると、血走った目でこちらを睨みつけた。

 

 

「お前はフレン! 異界の女も一緒か! 会いたかったぜ!」

 

「あ、会いたくなかった」

 

「オレもだ」

 

 

私とユーリは、自然消滅願いたい相手の再襲来に顔を引きつらせた。

ヤツの名は、ザギ。フレンの命を狙っている暗殺者。

……なんだけど。

こいつ、どういうわけかユーリをフレンと勘違いし、私に構いまくる、おっちょこちょいの困ったちゃん。

 

聞いただけなら間抜けな暗殺者で片付きそうだが、実際は出会いからのプロセスを100万歩くらい飛ばして襲いかかるほどの戦闘狂だったり、言動が逝っちゃってたり、SMプレイ要求したりする、突き抜けた変態だったりする。

私が嫌悪の眼差しを送ると、ザギは肩を揺らして笑った。

 

 

「くっくっく……っ、照れるな!」

 

「照れないよ!」

 

「桜。突っ込んでないで、逃げなくちゃ!

あいつ話が通じないんだよ?!」

 

「船の上に逃げ場なんてないよ」

 

 

海に飛び込むという手もあるが、ザギのことだ。海中にまでついてくるに違いない。

この窮地に私は下唇を噛み、エステルはもどかしそうにノール港の方角を見つめた。

 

 

「まともに相手をしていは、ラゴウたちが逃げられてしまいます。

せめて、フレンが駆けつけてくれれば……」

 

「そのアホ騎士の暗殺請け負ってんのは、このイカレ野郎なのよ。余計話がややこしくならない?」

 

「雇い主がラゴウってんなら、フレン消したがってるのもあのジジイだろうが。完全に人選ミスだな」

 

「うぉおおい! 貴様、フレン・シーフォおおお!」

 

 

皆でラゴウの思惑をかんぐっていると、ザギが吼えて飛び掛ってきた。

もちろん標的はユーリ。

ヤツは彼目掛けて、弾丸のような突進をしかける。

 

 

「オレを無視しておしゃべりするな! 疎外感感じるだろうが!」

 

 

実は寂しがり屋さんか。

ユーリは「だったら」とうだるように、ザギのタックルをひらりとかわした。

 

 

「大人しく帰れよ! んでもって、依頼主に、もう一度殺す相手確認してこい!」

 

「そんな煩わしいことできるかああ!」

 

「それが仕事ってもんだろうが」

 

「仕事は楽しければいい!」

 

 

言い切ったよ、この人。

ユーリは大きな子供と対峙して、心底呆れた。

 

 

「いい年して、満足にお使いもできねえのか」

 

「ふははっ! できないだと? 馬鹿が!……答えは簡単じゃねえかよ。

くっくっく……、オレはなあ、一戦交えるうち、どんどん、どんどん……いろいろ忘れるだけだ」

 

「鳥かよ!」

 

「ここまで狂ってると、何か深刻な病気なんじゃないかとさえ思うわ。躁鬱とか」

 

「……い、異界の女。オレを心配してr」

 

「違うから」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「ふ、フレン・シーフォォォオオ! オレと刃で語り合おう! そして死ね!」

 

「切り替え遅ぇな、お前!」

 

 

私に斬って捨てられたザギが、ユーリに矛先戻した。

ユーリは焦らず騒がず、くるりと身をひるがえして、回し蹴り放つ。

長く突き出した蹴りを腹の飲み込んだザギは、後ろへ大きく吹き飛んだ。

 

 

「う……っ、ぐああ。まだだ、まだまだ……っ」

 

「しぶといな……。

おい、お前ら! オレがこいつの相手をしてるうちに、桜をつれて、どっか離れてろ」

 

「わかりました! 桜、わたしと行きましょう」

 

「私が退くのはいいけど、誰かが残らないと。ユーリ一人じゃキツそうよ」

 

「甲板なんて、限られたスペースで突撃バカの足止めとなると、前衛のガキンチョが適任か」

 

「ぼ、ぼぼぼボクぅ?!」

 

「ビビんなくても、期待してないわよ。

しゃーない。ここはいっちょ、あたしが小回り利く魔術で牽制してやるわ」

 

「ありがとう。リタさん」

 

「お、お礼なんていいの……!」

 

「では、わたしたちは船室の裏へ非難しましょう」

 

「わかった。急ぎましょ――」

 

「異界の女あああ!」

 

「――ぎゃあああああああ!」

 

 

リタを残して、移動する私の元へ、ザギが突っ込んできた。

ヤツは、固まるカロル、身構えるエステルとリタの間をぬって、私へと手を伸ばす。

凍りつく私、ザギが顔を狂喜に歪ませたところで、いきなり真横に飛んだ。

ユーリがザギに横からタックルを叩き込み、私から引き離したのだ。

 

 

「余所見すんな! 相手はオレだって言ってんだろ!」

 

 

ユーリはザギに反撃の間も与えず、刀で一閃の軌跡を描く。

次の瞬間、さっくり裂けるザギの左肩、割れ目から噴水のような真っ赤な血飛沫をあげた。

 

人って、刀で斬られたら、こんなに血が出るんだ。

 

衝撃的な光景に遭遇したためか、至極当たり前の原理が頭の中でなんども往復する。

視界に、鮮血を流しながら、のろのろと後退するザギの身体が映る。

 

あれではきっと助からない。

 

ザギは死ぬのか? と思考が止まった時、ザギの眼球がぐるりと動いて、ユーリの姿をつかまえた。

 

 

「まだだああああ!」

 

「ぐっ?!」

 

 

突然体を起こしたザギが、ダガーを突き出し、ユーリの肩を薙いだ。

 

 

「ユーリ!」

 

「こんくらいなんともねえ……よっ!」

 

「うご?!」

 

 

彼は肩の傷をかばいながら、ザギに渾身の頭突きを叩き込む。

うめき声を上げて、天を仰いだザギ。

私はヤツが倒れて動かなくなるのを見計らって、一目散に彼にかけ寄った。

 

 

「ユーリ、ユーリ!」

 

「んな顔しなくても、なんともないよ。浅く斬られただけだ」

 

「なんともないわけない。ちゃんと見せて。アイテムで回復しなきゃ」

 

 

と言いながら、強引に彼の肩傷を確かめる。

ザギほど深刻ではないが、肩に一筋の傷ができていて、そこからダラダラと血が溢れていた。

 

 

「ひどい」

 

「お前の顔も相当ひどくなってんぞ」

 

「誤魔化さないでよ。ちゃんとエステルに治してもらおう。エステル、お願いできる?」

 

「はい! もちろんです」

 

 

意気揚々とやってきたエステルの右手には、なぜか剣が輝いていた。

 

 

「なんで抜剣してんの?」

 

「気合です」

 

「剣と気合から連想されるものって、殺意しかないんだけど。

治癒術と見せかけて、フォトンとかピアズクラスターとかないよね」

 

「大丈夫です。確実にしとめます!」

 

「しとめんな! 私の話聞いてなかっただろ?!

……いや、あんたのことだから、聞いてても関係ないか」

 

「いいよ、アイテムで」

 

「ユーリ。あんまり、エステルの暴走スルーしないで。

それにそれ、アップルグミで治る程度のキズなの?」

 

「アップルグミ5,6個でなんとかなるだろ。

ほら、食わせてくれ」

 

「食べさせろって、お口アーンされても」

 

「……――ふははははははははっ!」

 

 

口をあけてアップルグミ投下を待つ21歳児の対処に困っていると、発狂に近い高笑いが周囲を震動させた。

――ザギ?!

ビクッと身を強張らせ、振り返った先で、ヤツは船縁にもたれながら、よろよろと立っていた。

 

 

「オレが退いた……。貴様、強いな!

お前の名、ユーリ……ユーリ! 覚えたぞ!」

 

「やっと勘違いが解けたようね。あんた」

 

「雲行きが怪しいけどな」

 

 

リタもそうだが、ユーリも私も警戒は解けない。

いっそう声を上げるザギは、一呼吸おいて、こう断言した。

 

 

「お前を殺して、桜を頂く!」

 

「やること変わってねえ!」

 

「ていうか、私の名前まで覚えた!」

 

「さあ殺ろう! さあ殺そう! 楽しい殺し合いを再開しようじゃないか、ユーリィっ!」

 

「あんな身体で、まだやろうっての?!」

 

「決まりきったことを聞くなあああ!…… 桜!」

 

「何よ?!」

 

「貴様に頭を踏まれるまで、オレは死なん!」

 

 

ザギは興奮したのか、私を指差したまま、再び肩傷から出血した。

ほっといても死ぬんじゃないのか、コイツ。

皆ドン引きする中、カロルが私を見て、恐る恐る口を開いた。

 

 

「ふ、踏んだら死ぬって……」

 

「嫌よ。絶対嫌だから」

 

「そんなこと言わずに、思い切って、ねえ?」

 

「誰がやるか。素足でGを踏み潰すような苦行」

 

 

私が首をぶんぶん横へふっていると、ザギはポッと頬を赤らめた。

 

 

「……桜、貴様、オレを死なせたくないんだな」

 

「違う。恍惚するな。虫唾が走る!」

 

「虫唾……っ、甘美な響きだ。……もっと言え」

 

「う」

 

「もっと言ってくれ」

 

「ああ、この流れって……」

 

「さっさとオレをののしってくれ――!」

 

「またキタこれ!!」

 

「次は桜か。移り気激しいヤツだ!」

 

 

絶叫するザギから、私を守るべくユーリが立ちはばかった。

交錯するユーリとザギの刃、弾かれ、火花を散らして、大きく間合いを取る。

 

ザギと戦ってる場合じゃないのに。

こんなことしている内にも、ラゴウたちが逃げてしまう。

 

このキリのない戦いに終止符を打ったのは、私でもユーリでもエステルでもなく、船全体を揺るがすほどの轟音だった。

 

 

「ば、爆発?!」

 

「なんかやべぇぞ!」

 

「かまうかああ! ユーリぃ――!」

 

「あ」

 

「伏せろ!」

 

 

ぐらりと船が傾いて、私が倒れそうになったところをユーリが受け止める。

声を上げる間もなく、彼は私を火の粉から守るために抱きすくめた。

2度目、3度目の轟音が断続的に鼓膜を貫き、火が上がって、木片が宙へと舞い踊る。

一つの影とともに。

 

 

「――っユゥィリィィー!」

 

「ザギが……っ!」

 

 

爆風に煽られ、ザギの身体がつぶてのように吹っ飛び、海の彼方へ放り出された。

呆気にとられている間にも、船はあらゆるところから爆煙を吹き、傾き始める。

カロルにいたっては、半場パニックになっていた。

 

 

「まずいよ、これ……! 一体全体何がどうなってるの?!」

 

「あたしに聞くまでもないでしょ! 沈み始めてんのよ、この船!」

 

「皆、海へ飛び込んで、逃げろ! 桜、立てるか?」

 

「う、うん」

 

 

ユーリに腕を引き上げられて、笑う膝を支えながら、なんとか立ち上がった。

ラゴウとバルボスは逃げるわ、ザギが出てくるわ、船は沈むわ。

その最中、私と来たら、力になるはずが、おんぶに抱っこなんて。

私何しにきたんだろ。

もう頭ン中がメチャクチャだ。

 

皆が次々に海へ飛び込んでいき、自分も加わろうと駆け出しす中、一枚の扉が視界を過った。

 

 

「あ、あの船室、ラゴウが気にしてた……」

 

「調べてる暇はない。早くこい!」

 

 

しんがりのユーリが、残った私を急かす。

余計なことをして、また迷惑をかけてはいけない。

 

 

「ごめん、今いく!」

 

「……ゴホッ、ゲホッ、……だれか、いるんですか?」

 

 

気を取り直して、船縁へ目指したその時、船室から声がした。

中にまだ人が?!

 

 

「ユーリ! まだ中に誰かいる! 助けないと!」

 

「オレが行く! お前は先に――って、聞いちゃいねえ」

 

 

引き返す私を見たユーリは溜息をつきながらも、ついてきてくれた。

彼を背中に感じつつ、爆発に足元をすくわれそうになりながら、一直線に船室に飛び込む。

 

船室の中には、1人、私と同い年くらいの少年がイスに縛られいた。

柔らかい黄金色の髪に白い肌。中世ヨーロッパの貴族のような服装。

優しそうな顔は、煙にまかれて苦しそうに歪んでいた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ケフ、ケフッ、……はい。ですが、このままでは、煙が部屋中に……」

 

「あ、ロープ巻かれて、煙から逃げられないんだ。すみません。すぐ外します」

 

 

とは言うものの。縄はガッチガチに結ばれていて、なかなか解けない。

ユーリの刀で断ち切れないだろうか。

 

 

「ねえ、ユーリ。これを刀で斬って……あれ? ユーリ?!」

 

 

振り返った先には、ユーリではなく、瓦礫でみっちり塞がれた元扉があった。

いつの間に?! 爆音と揺れで、全然気づかなかった。

まさか、ユーリは、この下敷きになったんじゃ……?!

 

 

「ユーリ……! ユーリ!」

 

『桜! ケガはないか?!』

 

「ユーリ! よかったぁ。私は無いよ。ユーリは――」

 

『いいか。落ち着いて、オレの言うことを聞け! オレは外から出口を探す!』

 

「え、あ、でも……」

 

『お前は中のヤツと協力して、適当な窓から外へ出るんだ!』

 

 

協力してと言われても、そのヤツはロープに拘束されているんだが。

とりあえず、カッターで頑張ってみようと、カバンに手をかけて、右手のソーサラーリングが目に付いた。

試しに一発撃ってみると、すんなり切断成功。

少年は手首をさすりながら、丁寧なお礼をくれた。

 

 

「どこのどなたかは存じませんが、助けてくださって、ありがとうございました」

 

「いえ、まあ、どうも。えっと、聞いての通り、ゆっくりしてる時間はありません。

煙にまかれる前に窓から脱出します……よ?」

 

 

自分で言ってから、奇妙なことに気づく。

先程まで勢いよく立ち込めていた煙が、収まり始めている。

煙が立たないってことは、火が消えた? でも、どうやって?

 

そうやって思考をめぐらす私を覚ますように、足元に冷たいものが一気に流れ込んできた。

 

 

「水!?」

 

「海水です! 瓦礫の隙間から流れてきたんでしょう」

 

「げ。こっから出ないと、船もろとも海中に引きずり込まれちゃう!」

 

「心を静めてください」

 

 

這い上がる恐怖に竦みあがっていると、少年が手を握ってきた。

 

 

「焦っていては、大切なものまで見過ごしてしまいます」

 

「そ、そっか」

 

「男性と女性が密室で2人きりなんて、おいしい状況に」

 

「……え?」

 

「外の彼が言っていた適当な窓ですが。ひとつだけありますよ」

 

 

何かを過らせた少年は、涼しい表情のまま、部屋の上を指差した。

壁に沿って、天井近くに丸い窓がある。

 

 

「位置が高すぎるし、サイズも私1人通り抜けられるかどうか、微妙ね。

しかも、これ、開かないタイプだ」

 

「壊せないでしょうか」

 

「やってみる」

 

 

言われて、ソーサラーリングをあててみたり、イスをぶつけてみたが、すべて梨のつぶてだった。

海水は腰元まで迫ってきていて、私たちを少しずつ追い詰めていく。

 

 

「ユーリ! ユーリ! いるなら、返事して!」

 

 

外から窓を壊してもらうおうと、彼の名前を叫んだが、ひとつも返事はなかった。

 

「ユーリ!……ユーリ!」

 

 

いくら叫んでも、彼の声は返ってこない。

 

――うそ。私たち、ここに取り残された? 見捨てられた?

 

残酷な現実を突きつけられ、愕然と膝を折った。

 

――どうして、ユーリ。

 

 

「彼がいなったと決め付けるのは、まだ早いですよ」

 

 

私を正気に戻したのは、またしても少年だ。

彼は慌てず騒がず、静かに語りかけてくる。

 

 

「よく周囲を確認してみて下さい。ここからでは、外が見えません」

 

「あ、確かに」

 

「いなかったら、貴方を押し倒してますから」

 

「……え? それどういう……」

 

「妙に静かだとは思いませんか」

 

 

私の質問を遮って、少年が不思議そうに指摘してきた。

言われてみれば、先程まで耳がおかしくなるほど鳴り響いていた爆発音が今は無い。

代わりに、そこらかしこから、ピシリ、ピシリと、きしむ音がする。

嫌な予感がした。

 

 

「てか、嫌な予感しかしない……!」

 

 

事態を把握した私は、とっさに少年を抱き寄せた。

少年は払いのけもせず、小さくなって、ポッと赤らんだ。

 

 

「大胆ですね」

 

「ちげーよ!」

 

 

私はやっと少年の意図を飲み込み、少年の脳天に手刀を放つ。

何この人、エステルと同じ匂いがする。

少年に悪寒を感じると同時に、扉の瓦礫が弾けて、大量の海水が雪崩れ込んできた。

 

 

(船が海に浸かったんだ……!)

 

「息――止めてっ!」

 

 

船室の中でうねる海水にもまれながら、少年に言って、自分も命一杯息を吸い込む。

私は少年が従ったのを確認すると、勢いよく海水へ浸かった。

海の中はさらにうねりが激しくて、体勢を整えようとするが、敵わず、洗濯機のようにもみくちゃにされる。

 

 

(頭がグラグラする、腕や足や、身体がもっていかれそう。

けど、耐えなきゃ。せめて、この人だけでも守らなきゃ)

 

 

根拠のない使命感にかられて、少年を庇い、身を固める。

船室はどんどん、どんどん、海水飲み込んでいき、すべて埋め尽くされると、容赦なく私たちを船の外へ吐き出した。

たちまち広がる蒼、身体を包み込む無重力。

 

 

一瞬どこが上で、どこか下なのか、どこに向かって泳げばいいのか、わからなくなる。

そのくらい深い場所まで、船は堕ちていた。

 

 

(少年は?)

 

 

腕の中の少年は、両目を閉じて、くったりしていいる。

揺らしてみても、ピクリとも動かない。

 

 

(気絶した? いけない、急いで上がらないと!)

 

 

頭上に輝く水面が見えて、余った片手と両足を動かした。

でも、光があんなに遠い。

どのくらいで、上がれるのだろう。

少年が異常に重く感じた。

 

息ができない。

だんだん苦しくなってきた。

 

前にも何度か味わった、死の感覚が胸のうちにじわりと広がっていく。

 

私は光に向かって、必死にもがいた。

どんなに一生懸命泳いでも、一向に距離は縮まらない。

それどころか、もがけばもがくほど、体力を持っていかれて、辛くなる。

 

 

(どうしろっての……?!)

 

 

力んだ拍子で口が開いて、含んでいた空気があふれ出た。

同じくして、全身の力が、ふつりと切れてしまう。

 

 

(あれ? なんで?)

 

――気が高ぶっている内はわからないだろうね。

 

 

私の疑問に、かつてのフレンの言葉が脳裏に過った。

私はここまで気力で立ち回っていたんだ。

私が考えている以上に、限界だったんだ。

 

 

意識が遠退いていく。

感覚がなくなっていく。

もうダメだ。

 

 

そして、この思考さえなくなろうとしたところへ、影が近づいてきた。

視界がぼやけてよく見えない。

影はすぐそばまでやってくると、私の手を掴んで、強引に引き寄せた。

 

痛いくらいの強い抱擁が、少しだけ私の意識を呼び戻す。

見慣れた黒い装束。しなやかな黒い髪が海流に靡いていていた。

顔を上げると、悲しむような困ったような彼の顔。

もう大丈夫。

 

よく馴染んだ感覚に包まれて、安心したせいか、私の記憶はそこまでで途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に私が目を覚ましたのは、木目の天井の下だった。

焦点のあわないまま、小奇麗なテーブル、白いベットと視線をめぐらせる。

ここはどこだろう。

内心戸惑いながら周囲を探っていると、2人の見知った背中を捉えた。

 

 

「……ユーリ、フレンさん?」

 

「やっと、お嬢さんのお目覚めだ」

 

「桜!」

 

 

彼らは私が意識を取り戻すと、それぞれ私が寝ているベットの両脇へやってきた。

 

ユーリもフレンもきてくれたんだ。

 

2人の前と変わらぬ姿に、自然と安堵がもれる。

他の皆はどこへいったのか。

私が身を起こそうとすると、柔らかな眼差しで見守っていたフレンが「無理しないで」と背を支え起こしてくれた。

 

 

「顔色はいいみたいだ。ぐっすり眠れたからかな」

 

「ここ宿屋ですよね。

ノール港? ううん、部屋の模様が違うし……」

 

「トリム港の宿屋だよ。あれから一夜明けたんだ」

 

 

私の問いに、ユーリが答えた。

彼にしては珍しく、厳しい表情で。

 

 

「昨日、お前は海ン中で人抱えたまま、おぼれてたんだよ。

オレとフレンでお前を拾い上げた後、小隊とラピードが乗ってきた船で、ここカプワ・トリムまで運んでもらった」

 

「ラピード? レイヴンさんは?」

 

「逃げられちまったらしい。しかし、問題はそこじゃない」

 

「え?」

 

「お前。もう少しで、死ぬところだったんだぞ」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 

ユーリから凄むように諌められた私は、適切な言葉がみつからず、頭を下げた。

フレンならともかく、何事も飄々と流してたユーリがこんなに怒るなんて。

ビックリして、しどろもどろしていると、フレンが「皆、心配したんだよ」と助け舟を出してくれた。

 

 

「君とユーリだけ、いつまでたっても上がってこないから。

居ても立ってもいられなくなって、海に飛び込んだんだ。

そしたら、沈んでいく船に、ユーリがしがみついているじゃないか」

 

「しがみついてた?」

 

「しがみついてたんだじゃない。扉んところの瓦礫をどかしてたんだ」

 

 

私がオウム返しすると、ユーリがややむくれて訂正した。

どうりで、船の中で呼んでも、返事がなかったわけだ。

水の中じゃあ、私の呼びかけに答えるどころか、耳に止まるはずもない。

 

 

「ユーリも残ってたんだ……」

 

「当たり前だ。お前を置いていけるわけねえだろ」

 

 

ユーリに小さく笑いかけられ、私は胸がじんわり熱くなった。

よかった。あの時、ずっと傍にいてくれたんだ。

私の様子を黙ってみていたフレンは、悲しそうに目を伏せた。

 

 

「狭い船室で心細いおもいをさせて、すまなかった。

僕も手伝ったのに、かなり手間取ってしまって」

 

「謝らないで下さい。2人が諦めないでくれたから、私、助かったんですよ」

 

「本当に助けられてよかったよ。

海底に落ちていく船の瓦礫撤去は、時間と体力の勝負だったからね」

 

「フレンと交代で作業してて、丁度オレの番になったところで、お前らが船からすんげえ勢いで出てきたんだよ。

拾いに行こうとしたら、お前が急に動かなくなって、マジで肝が冷えた。ついでに心臓も凍るところだった」

 

「よく見えなかったけど、私を抱き上げてくれた人って、やっぱりユーリだったんだ」

 

「やっぱりって、見えなくても、わかるもんなのか?

ああ、毎度毎度抱いてりゃ、嫌でもオレの温もり覚えちまうか」

 

「ユーリ」

 

「フレン。冗談だ。笑顔で殺気なんて常人離れした技披露するな」

 

 

ユーリは、笑顔を崩さず抜剣しようとする親友を真剣に止めた。

彼の意図はどうあれ、抱かれる回数が多いのに間違いはない。

あながち冗談とは言い切れない真実を知ってか知らずか、フレンはひとつ溜息をついて柄から手を離した。

 

 

「桜。今回は運が良かったんだ。次も上手くいくとは限らないよ」

 

「今回って、ラゴウの船に乗り込んだことですか?」

 

「全部だよ。屋敷に乗り込むところから、全部」

 

 

全部と言われて、なんとなくフレンの言いたいことがわかった。

指摘されなくても、昨日みたいな、中間テストと期末テストと実力テストが一気にやってきたかのような1日を経験すれば、嫌でも痛感してしまう。

押し黙る私を、彼は淡々と諭した。

 

 

「僕や、君を連れ出したユーリもいけなかったが、君にも反省する点はある。わかるよね」

 

「私、役に立ちたくて、暴走していました」

 

「君の気持ちは理解していた。

でも、独断で実力以上の問題に立ち向かい、万一解決できたとしてもだ。

皆、君を心配はしても、認めてはくれないよ」

 

「……はい」

 

「ここは自分の世界とは違うんだ。よく考えて、慎重に行動しないと」

 

「そんくらいでいいだろ」

 

 

説教に拍車のかかるフレンを、ユーリがさらりと止めた。

 

 

「無茶やったって本人が自覚したなら。これ以上は無しだ」

 

「君はまたそうやって相手を甘やかすんだね」

 

「反省してるヤツに、しつこく畳み掛けることはないって言ってんの。

傍で見て気付いてただろ。オレも怒ってたよ。いろんな事にな」

 

「……」

 

「あれこれ説教たれる前に、お前は騎士として、桜にお礼を言うべきじゃないのか。

こいつが船の中でふんばってたお陰で、あいつも助かったんだし」

 

「あいつじゃない、ヨーデル様だ。口を慎まないか」

 

「ヨーデル……様?」

 

「君がラゴウの船で助けだしたお方だよ」

 

 

フレンから解説を聞いて、あの清純そうに見えて、実は若干変態に片脚つっこんでる金髪少年のことを思い出す。

フレンが様付けするとは、エステルみたいな皇族か、貴族かもしれない。

 

 

「あの子、海に放り出されて、失神してたけど。

助かったって言うからには、今元気にしてるんだよね?」

 

「ああ。少し海水を飲んだだけで、おケガはなった。

君が身を挺して守ってくれたからだよ。ありがとう」

 

「いえ、こちらこそ。ヨーデル様がいなかったら、パニックになってたと思います。

海中で動かなくなった時はヒヤッとしたけど、無事なら…………。

……。

……そーいや、素で忘れてたけどと、私はどうだったの?」

 

「まだどこか痛むのか?」

 

「大変だ! 今すぐ医者を!」

 

「よ、呼ばなくていいです! なんともありませんから!」

 

 

ユーリが私の肩をつかみ、フレンが医者を呼ぼうとしたので、身を乗り出して引き止めた。

 

 

「た、大したことじゃないんだけど。

私、陸に引き上げてもらった後、どんな救命されたかなって」

 

 

だって、気になるじゃないか。

溺れた人の応急処置と言ったら、鉄板のアレをされたかもしれんだろ。

喉まで出てきそうな本音を隠しつつ、言葉を選んで訊ねてみる。

天然なフレンはきょとんとしたまま、辛うじてユーリが訝しげに答えた。

 

 

「特にこれといったことはしなかったぞ」

 

「私、海の中で、意識吹っ飛んだのに?」

 

「あれはひどい顔だったな」

 

「ひど……っ?!」

 

「そりゃあもう、口や鼻から……まあ、息できなかったんだから、しょーがねえよ。気にすんな」

 

「気にするよ! 鼻からとか、私、美形相手にどんな醜態さらしたの?

しみじみのたまいながら、はぐらかしてないで教えてよ!」

 

「教えろって、そんなに意識するもんなのかね」

 

「ユーリ。余計なことだよ」

 

 

フレンは首をかしげる親友をヤレヤレと嗜めた。

 

 

「桜。ユーリは大げさに煽っているだけだから、くよくよすることなんてないからね」

 

「ひどくなかったんですか? 私」

 

「なかったよ。僕の許容範囲内だ」

 

「フレンさんの許容範囲って、人によっては十分キモかったってことですよね。

息できなかったってことは、ばっちり海水飲んでただろうし」

 

「多少はね。幸い引き上げたのが早かったから、自力で呼吸の確保はできたよ」

 

「そ、そうですか。人工呼吸じゃかったんだ……っ」

 

 

フレンから何もなかったと言われて、安堵した拍子にポロっと本音が出てしまった。

ゲッと口を押えて、両脇に目をやると、美形2名が目を丸して、私をガン見していた。

うん、時は十分遅かった。

 

ああああああああ!

絶対「このアマ、期待してたのか?!」とか、思われてる!

違うんだ! よくあるシチュエーションだから、念のために確認しとくべきだと考えたんだよ!

後から知って、反応するタイミング逃しちゃったら、お互い気まずいし!

いいや、下手な御託並べても解決しない! なんて弁解しよう!

 

このピンチをどう乗り切ろうか、脳内で四苦八苦していると、こともあろうに生真面目フレンが先に口を開いた。

 

 

「桜」

 

「はう?!」

 

「怯えなくても、人工呼吸に及ぶほど、深刻な容態ではなかったよ」

 

「……え?」

 

「君を診てくれたトリムの医者から、もう大丈夫だって、お墨付きをもらったからね」

 

 

なんか、うまく勘違いしてくれたようだ。

彼は間違った解釈をしたまま、胸を撫で下ろす私を見つめた。

 

 

「どう? 少しは安心できた?」

 

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

「それはよかった。

今後、同じような事態が君の身に振りかかろうとも、僕がいる限り平気だよ」

 

「平気、なんですか?」

 

「君も体験しただろう。シャイコス遺跡で、危篤状態だった君を、僕が人工こ――」

 

「ぅらああああああああああ!」

 

 

フレンが朗らかに禁忌に触れかけた刹那、私は片手で彼の口を塞いだ。

なんか塞いだ拍子に景気のいい音がしたが、ご愛嬌。

私は大きく見開いた彼の青い瞳を目で射抜いた。

 

 

「フレンさん。これ以上はアウトです」

 

「……?」

 

「これ以上言ったら、絶交です」

 

 

勢いでアホなこと言ってしまったのにも関らず、フレンはすごい速さで首を縦に振った。

よかった、彼はわかってくれた。

ホッとしたのも、つかの間。

女の子がイケメン騎士の口に平手食らわせて脅しているのを目の当りにしたユーリは、その異様な光景を軽視しなかった。

 

 

「お前ら、2人揃って、何コソコソしてんだ。

オレにやましいことでも……」

 

「……おや、お取り込み中でしたかな?」

 

 

ユーリが眉をひそめ、声をかけてきたところへ、別の声が割り込んできた。

絶妙なタイミングだったが、私は声の主に好感をもてなかった。

こんなイヤミったらしい言い方するヤツは、この世界に一人しかいない。

 

 

「ラゴウ!」

 

「はて? どこかでお会いしましたかな?」

 

「よくもまあ、能天気な面して、オレの前に出てきたもんだぜ」

 

 

ユーリが凄むが、ラゴウはどこ吹く風。

バルボスと小船でいずこかに逃げたはす爺が、なぜこの場に姿を現したのか。

疑問と緊張が押し寄せてくる中、カロルとリタ、ラピードが咳を切らしながら、部屋にやってきた。

 

 

「ユーリ! ラゴウがこの宿に入って……て、ここにいた!」

 

「こいつ、また性懲りもなく、桜のとこに!」

 

「貴方たち揃いも揃って、おかしなことを仰る」

 

「しらばっくれてるよ。この人。どういう流れなの、コレ?」

 

「さてね。オレもあれから初めて面合わせたんだよ。

どっか頭ぶつけて記憶喪失にでもなったのかね」

 

 

それはありえない。このすべてを冷笑する爺は、執政官ラゴウそのものだ。

現に、皆に詰め寄られても、コイツは一向に態度を改めない。

リタがぶちきれて、魔術詠唱に入ったあたりで、フレンが前へ出た。

 

 

「ラゴウ執政官。貴方の罪は明白です。

彼らがその一部始終を見ているのですから」

 

「何度も申しあげたとおりですよ。

私を陥れようとする何者かが名を語り、騒動を起こしたのでしょう」

 

「んなアホな……」

 

 

ウソにも程がある。

けれども、フレンは真っ向からラゴウに立ちむかった。

 

 

「これだけの証人がいます。

貴方が雇った傭兵ギルドを突き止めれば、いずれ、貴方の罪が事細かに証明されるでしょう」

 

「いやはや、迷惑な話ですな」

 

「迷惑?」

 

「貴公は、評議会の私よりも、ギルドやこのならず者たちの言うことを信じるのですか?」

 

「……!」

 

 

ラゴウのこの一言に、フレンの口が止まった。

何か言いたげに言葉を飲み込み、唇を固く閉ざす。

今の彼に、ラゴウを捕らえていた真摯な眼光はもうない。

 

 

「フレンさん……?」

 

「……」

 

「決まりですな」

 

 

ラゴウは、項垂れる彼に満足そうに一瞥し、早々立ち去ってしまう。

誰も納得しないまま、誰も引き止められないまま。

リタは当然の如く激昂した。

 

 

「なんなのアイツ! ちょっと、あんたも黙ってないで、なんか言いなさいよ!」

 

「リタ、少し落ち着け」

 

「けど……」

 

「あまりフレンを責めてやらないで下さい」

 

 

リタがユーリに注意されても尚、食い下がろうとしたところで、また新に後ろから声がした。

1人はエステル。もう1人は船室でイスに縛られていた金髪の少年。

 

 

「エステル……と、ヨーデル様?」

 

「はい。桜さん」

 

 

畏まる私へ、ヨーデルはニッコリと応えた。

気品があると言うより、物腰が柔らかいと言うべきか。

ついつい緊張が解けてしまいそうになる私へ、彼は物思わしげにこう訊ねてきた。

 

 

「船では、貴方に随分無茶をさせてしまいましたね。

かなり体力を消耗していたと聞きましたが、あれから、ゆっくり休めましたか?」

 

「もうばっちりです。あ。ヨーデル様は? もう出歩いても平気なんですか?」

 

「はい。貴方が守ってくれたお陰で」

 

「それを聞いて安心しました」

 

「私もです。貴方に抱かれ、頭にキツイ一発を食らった時、私の中で何か熱いものが込み上げてきました」

 

「……」

 

 

熱を帯びた瞳を向けられ、私は首ごと目をそらした。

何に目覚めたんだ。

いやでも、聞きたくない。

たとえ、ユーリにジト目で睨まれたり、フレンが顔面蒼白で「桜……まさか君、ヨーデル様まで?!」と震え始めたり、エステルに至っては「ヨーデルもありですね!」と目を輝かせていようとも、これら全部、現時点でスルーすべき事態だ。

ヨーデルも私から色よい反応が得られないとわかると、さっさと相手をフレンに替えた。

 

 

「今、ラゴウとすれ違いましたが。その様子では、やはり……」

 

「申し訳ございません。このような事態に陥りながら、手も足もでませんでした」

 

「いいえ。貴方はよくやってくれました。

そもそも、この一件は最初から、一小隊の手に終えるものではありません」

 

「最初からって、わかった口利いて! こいつ何者なのよ! ラゴウに捕まってたクセに」

 

「リタ! 大人しくしてくれ。この方は……」

 

 

フレンが顔色変えてリタを宥めるが、彼女の怒りは治まらない。

怒りの原因はラゴウなのに、ヨーデルにとってはとんだとばっちりだ。

そんな災難な彼をエステルが紹介してくれた。

 

 

「紹介が遅れてすみません。

この方は、次期皇帝候補のヨーデル殿下です」

 

「こ、皇帝? エステルったら、つまんないウソついて。

………。

………。

……へ? なんで皆黙ってるの?」

 

「あくまで候補のひとりですよ」

 

 

キョロキョロしていたカロルは、ヨーデル本人に告白され沈黙した。

フレンの態度や服装から、大体想像はついていたが、次の皇帝かもしんない人だったなんて。

 

 

「殿下って、王子様みたいなの?」

 

「ヨーデル様は、先代皇帝の甥御にあたられる」

 

「は、はあ」

 

 

私は先代皇帝の甥っ子にチョップ食らわしたのか。

口ではああいってたけど、根に持ってたらどうしよう。

内心ヒヤヒヤしながら、ニコニコ微笑みかけてくるヨーデル見てたら、今度はユーリが質問をなげかけてきた。

 

 

「次期皇帝候補ね。

その殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情を聞きてえよ」

 

 

皆も同じなのか、ヨーデルとエステルに視線が集中する。

期待を受けたエステルがフレンへ「この一件はやはり」と確かめるが、彼はひとコンマおいて、首を横に振だけ。

そのやりとりで大体を察したユーリは、皮肉交じりにこう吐き捨てた。

 

 

「市民には聞かせられない事情ってわけか。

エステルがここまできたのも、関係してんだろ」

 

「あ、その……」

 

「ま、好きにすればいいさ」

 

 

ユーリはエステルに答える隙もあたえず、背を向けた。

 

 

「目の前で困ってる連中をほっとく帝国のごたごたに興味ない」

 

「ねえ、エステルの話だけでも、聞いてあげなよ。

私たちもここまで付き合ったんだし、ね?」

 

「聞きたきゃ、お前だけ聞けばいいさ。

帝都のお偉いさんみたいに、はぐらかされるだけだろうがな」

 

「ゆ、ユーリ」

 

「そうやって、帝国に背を向けて、何か変わったのか?」

 

 

去ろうとするユーリを呼び止めたのは、私ではなくフレンだ。

彼は背を向ける親友に、やや厳しい口調で訴え始めた。

 

 

「人々が安定した生活を送るには、帝国の定めた正しい法が必要だ」

 

「けど、その法が、今ラゴウを許してんだろ」

 

「だから、それを変えるために僕たちは騎士になった。

下から吠えるだけでは、何も変わらないから。

手柄をたて、信頼を勝ち取り、帝国を内部から正していく。そうだったろう、ユーリ」

 

「……だから、出世のために、ガキが魔物のエサにされんの黙って見てろってか?

下町の連中が厳しい取立てにあってんのを見過ごすのかよ!

それができねえから、オレは騎士団を辞めたんだよ」

 

 

冷静に諭すフレンの話を、ユーリは溢れる怒りを抑え付けながら突っ返した。

ユーリが騎士を辞めたのは、アスピオで本人が言ってたとおり「規則だの法だのって、回りくどいもんに縛られるのがイヤだから」だと思ってたけど、そんな裏があったなんて。

皆が固唾を呑んで見守る中、手痛い返しをくらったフレンはしっかりとこう答えた。

 

 

「知っているよ」

 

「お前……!」

 

「けど、辞めて何か変わったのか」

 

「……」

 

「騎士団に入る前と、何か変わったのか」

 

 

ユーリは答えない。

ひとつも言葉を発しない。

黙ったまま、わき目も振らず、当初どおり、彼は部屋を出て行ってしまった。

 

静かではあったが、逆に怖い。

 

親友のリアクションに、フレンが小さく首を振り溜息をついた。

 

 

「またやってしまった。僕はただ、ユーリにくすぶってないで、前に進んで欲しいだけなのに」

 

「あの、フレン」

 

「すみません。恥しいところをお見せしてしました」

 

 

声をかけてきたエステルに、フレンは苦笑いを浮かべた。

 

彼が今のユーリにもどかしさを感じていたのは、実は私も知っていた。

私たちがザーフィアスから旅立つ時、ハンクスさんがユーリに小言を言っていたのを覚えていたから。

反面、悪者や困っている人々をほっておけない、ユーリの言い分もわかる。

私は2人の話に考えをめぐらせてみて、煮え切らない、モヤモヤしたものを感じた。

 

 

「……私、ちょっと行ってくる」

 

「どこに行くんだい?」

 

「ゆ、ユーリのとこ。少し話がしたいから」

 

「今の彼は機嫌が悪いよ」

 

 

私がベットから降りると、フレンが一言忠告してきた。

私の知るユーリは、あまり負の感情を露にしない。クールで思慮深い兄貴分だ。

時折、不機嫌になることもあったが、先みたいに声を掛けることすら阻まれるくらいってのは、初めてかもしれない。

 

 

「キレさせないよう慎重に掛け合えば、なんとかなるかな」

 

「あたしもついてこうか?」

 

「ありがとう、リタさん。でも、ケンカしに行くわけじゃないから。

フレンさん、行っていいですか?」

 

「いいよ」

 

 

すんなりOKをだす堅物フレンに、私はもろ肩透かしをくらった。

 

 

「……止めないの?」

 

「止めて欲しいの? なら、止めるよ?」

 

「いらん期待に応えようとしないで下さい。

フレンさん、昨日、私がユーリに泥棒のこと伝えに行くのを止めてきたじゃないですか」

 

「ああ、そのことか。あれは君の体調が万全じゃなかったからだよ。しかも執政官の敷地内。船ともなれば、逃げ場もない。

体力が回復して、半径50メートル1時間以内なら、妥協範囲かな」

 

「50メートル、1時間以内……?」

 

「何より、ユーリはそれほど遠くにいってないだろうから」

 

「わかるんですか?」

 

「わかるよ。彼は君の傍から離れないはずだ」

 

「どこからそんな自信が。ひょっとして、下町シンパシー?」

 

「付き合いが長いだけさ。ほら、ユーリと話がしたいんだろう。

行っておいで。ただし、あまり遅くなるようだったら、僕自ら迎えに行くからね」

 

「う。行ってきます」

 

 

私はフレンのニッコリ時限ホーミング宣言に、冷や汗を流しながら、早足で宿屋を飛び出した。

1時間とは言わず、10分でタイムリミットくるんじゃないか。この男。

 

 

 

 

 

 

 

「わあ……! すぐ近くに海がある」

 

 

宿屋の扉を開くと、街道を挟んだ向こう一面に、青い海原が広がっていた。

太陽の光で海面はキラキラ輝き、彼方から吹く潮風が肌をなでて、とっても心地よい。

 

 

「と、港町堪能しにきたんじゃなかった。ユーリ探さないと」

 

 

私がユーリを探すのは、彼が今日までたくさんの人を助けてきたことを伝えるためだ。

フレンの言い方じゃあ、まるで何もしてなかったように聞こえたから。

 

 

「まあ、励ましてどーこーなる問題じゃないし、話するなら、建設的な話題がいいよね」

 

 

とはいえ、一方的にユーリの肩を持つわけではない。

脱獄したり、不法侵入したり、公務執行妨害したり。

大なり小なりあるが、建前あっても手順を踏まずに物事進めちゃったら、それこそ混乱を招くことになる。

 

 

「フレンさんみたく、元から正すってのが無難なんだろうけど。

話し聞いてたら、手段のために目的ないがしろにしてるみたいで、なんだかな」

 

 

私みたいなしがない女子高生が、1人いくら考えたところで、答えが見つかるはずがない。

ユーリもフレンも悩みがハイレベルだ。

 

 

「それに比べて私は……ダメだ。下手の考え休むに似たる。変な小細工きかせないで、予定通り、直球で励ましてみよう」

 

「うら若き少女が、海にたそがれて悩み事かい?」

 

 

ユーリにどんなエールを送ろうか知恵を絞っていたら、誰かが声をかけてきた。

このユルユルあほんだらな男の声、聞き間違えるはずもない。

あるギルドの一員で、皆を騙して私を攫った過去をもつ、胡散臭い中年オヤジ。

 

 

「レイヴンさん……!」

 

「よ! 不思議少女。元気にしてた?」

 

 

案の定、30代半ばの隠れマッチョなオッサンがのほほんと手を振ってきた。

とは言え、昨日の今日だけに、驚きは大きい。

 

 

「な、なんでここに?」

 

「桜ちゃんに会うために決まってんでしょ。

桜ちゃんが溺れたって聞いた時は、おっさん肝が粉砕するかと思ったよ。とってもおっかなかったろ。

俺様が抱いて慰めてあげるから、こっちへ……えぐほ?!」

 

 

レイヴンが私の肩に手を回そうとしたところへ、長い棒が私の頬を掠めて、おっさんの頬に直撃した。

私を守るように、おっさんの接近を阻む棒。いや、これは鞘だ。

その鞘の元を遡っていくと、仏頂面のユーリが私を挟んで、おっさんの頬をグリグリしていた。

 

 

「どの面下げて、こいつの前に現れやがったんだ。おっさん」

 

「せ、青年? いたの?! ……いててててててて!

やめ、止めて! 地味に痛い。頬がぐねぐねすんの。たるんじゃう!」

 

「刀抜かれなかっただけありがたく思え。

ラゴウの屋敷で、うちのお嬢さんにちょっかい出したら、斬るっつっただろ」

 

「深入りしちゃダメ、じゃなかったっけ?」

 

「おっさん。ラピードから逃げ切ったから、誘拐犯から要危険人物にグレードアップしたんだよ。

特典は、おさわり厳禁な」

 

「何そのペナルティ?! おっさんだって、桜ちゃんと仲良くなりたいのよ。

独り占めしないの。青年のケチ~」

 

 

しつこく私に手を伸ばすレイヴンを、ユーリが「さっさと離れろ」とばかりに鞘でぐいぐい押しのけた。

おっさんが私につきまとう理由くらい、大体検討がつくが。

 

 

「言っとくけど。私、ダングレストに行く予定なんてないからね」

 

「つれないわ~っ。でもそういうトコ、キュンキュンしちゃう」

 

「おっさん、桜をダングレストにつれてく気だったのか。

首領の命令か?」

 

「そ。俺様1人でご招待しろってさ。人使い荒いでしょーっ?

まあ、俺がやんなくても、おたくらが追々立ち寄ることになるだろうから、適当にやらせてもらってるけどね」

 

「どういうこと?」

 

「紅の絆傭兵団を追いかけてんでしょ。

あれ、五大ギルドの一角だから、ギルドの街ダングレストは切っても切れないの」

 

 

レイヴンの説明を受けて、私とユーリは顔を見合わせた。

 

 

「ダングレストに行けば、バルボス捕まえれるのかな?」

 

「どうだか。おっさんは、ダングレストが紅の絆傭兵団に関係してるっつっただけだ。

そこに下町の魔核や連中のアジトがあるとは限らないよ」

 

「青年ってば、疑りぶかいのね。……ホントのことだけど」

 

「ホントなのかよ」

 

「他に宛がないなら、行けばいいんじゃないって話。

この期に及んで、おたくら騙くらかそうなんて企んじゃいないよ」

 

「どーだか。レイヴンさん、前科あるもの」

 

「ぐぐっ。桜ちゃんの中のおっさんの株が下がっていく。

こうなれば、誠意の印にもうひとつおまけしちゃおうじゃないの」

 

 

安心しろ。私の中にレイヴンの株など微塵もない。

そして、誕生する兆さえないのに、おっさんは構わず情報を押し付けてきた。

 

 

「ここカプワ・トリムから北西に行ったところに、街があるんだけどね。

その街にギルドが大所帯抱えて向かってったんだって」

 

「そのギルドが紅の絆傭兵団なのね?」

 

「さあ?」

 

「随分いい加減な誠意だな」

 

「まあまあ、話は最後まで聞くもんよ。

街の人が言うには、連中揃って得物ぶら下げてて、すんごい物々しかったらしいよ。

なんかヤバめじゃない?」

 

 

武装したギルド、となれば、傭兵ギルドもそうだから、可能性がないわけじゃないが。

おっさんの言うヤバめというのが、どうにも怪しい。

大人数で街に押しかけて、何をしようと言うんだ。

そもそも紅の絆傭兵団が魔核盗んで、何企んでいるのかも、私たちはわかっていない。

 

 

「ねえ、ユーリ」

 

「うん?」

 

「私たち、魔核泥棒のことばかり追ってきたけど。

盗まれた魔核が何に使われるかまでは、調べなかったよね」

 

「当初、リタが犯人だと踏んでたからな。

研究目的じゃないとなると、どっかの金持ちに売っぱらって金にかえようって魂胆か」

 

「魔核って貴重品なんでしょう。足がついたりしない?」

 

「ラゴウ見ただろ。権力振りかざして、初めから自分のモンだってことにしちまうさ。

桜は他に心当たりでもあるのか?」

 

「心当たりって言うか。自分たちで使ったりしないのかなって」

 

「魔核は、素人じゃ使えねえ代物なんだが。……まさか」

 

 

ユーリが尋ねるようにレイヴンを睨むが、おっさんは慌てて首を横にふった。

 

 

「おっさんが聞いた情報はここまで!

詳しく知りたかったら、自分の目で確かめに行ったら?」

 

「ユーリ。やっぱやめとく? 情報少ないよ」

 

「確証のねえ話だが、お前の推理が当たってるなら、捨て置けないな」

 

「じゃあ……」

 

「一丁、調べに行ってみるか」

 

 

ユーリは私の背を押すように、快く応えてくれた。

正直、自分からバルボスと関りに行くなんて、ゴメン被りたい。

私がついてったところで、棒の役にも立たないかもしれない。

フレン小隊に同行する方が利口なんだと思う。

 

でも、皆と一緒に行きたいと思う自分がいる、

実際行きたいと言えば、ユーリは今みたいに嫌な顔もせず応えてくれるだろう。

 

 

彼についていくべきか。フレンについていくべきか。

 

私はまだ決断を下せずにいた。

 

 

 

 

■続く■




マラソンでの「あそこの電柱まで頑張ろう」というノリで作成していたら、優に70KB超えた筆者です。
まったく学習能力がないです。
誤字脱字、違和感探すために、何度も読み返して涙目です。

ただカプワ・ノールとトリムの話をあまり長引かせたくなかったので、一生懸命〆ようとしました。……結局、オチつかずだけど。
こんだけ長くなるくらいだったら、フレンとランデブーでさっぱり35KBに収めるべきだったか。

なんでもいいですけど、ヨーデル様っていくつなんでしょう。
15、6歳にみえるのですが、もっと下?
ユーリの砕けた態度にも物怖じしないところを見ると、結構気さくで心が広い人物なのはわかるのですが。

次回はユーリかフレンどちらかに転びます。
それでは。


瑛慈 翔
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