明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第17話】君が全力でドン引きしたのなら

 

桜を帰すため、そして下町の魔核を取り戻す為、ザーフィアスから長い旅路を歩むオレたちは、ノール港を越えて、予定通りカプワ・トリムへ渡たることができた。

 

ただし、魔核泥棒ギルド紅の絆傭兵団を逃し、ノール港を荒らす執政官ラゴウを野放しのままで。

 

 

紅の絆傭兵団の首領バルボスは、ラゴウやレイヴンのギルド「天を射る矢」とは別に、自身の野心のためか、桜を狙っているようだった。

 

真相は何一つわからない。

ラゴウ辺りを締め上げれば、光明が見えると踏んでたら、あいつ、持ち前の権力で、騎士団小隊長フレンの言及を事実ごとねじ伏せやがった。

 

 

ことこの件を問い詰めても、帝国側のやつらはだんまりだ。

テメェの飼い犬が町ひとつを食い物したってのに、お家騒動に夢中で、被害を被ってる一般市民は、蚊帳の外。

 

オレたちが外から泣いて、喚いて、叫ぼうが、やつらはそ知らぬ顔で税金搾取のルーチンワーク。

人の血税使って何やってるのか、説明なんてありゃしねえ。

 

こんな搾取するだけの無能に構って何になる。

さっさと気持ちを切り替える為に、その場を立ち去ろうとすると、フレンがあの言葉を突きつけてきた。

 

――騎士団を辞めて、何か変わったか?

 

ああ、変わっちゃいない。

帝都の中どころか、結界の外まで、帝国の理不尽がまかり通ってやがる。

 

気に入らないなら、騎士団に戻ってこいとでも言いたいんだろうが、冗談じゃない。

あそこにいたら、守りたいものも守れなくなっちまう。

 

 

桜が守れない。

 

 

皆と協力して、今日まで旅を続けてこれたが、実際に苦労しているのは桜本人だ。

魔物だけでなく人間にまで襲われ、エアルにまで侵される。

甘えりゃいいのに、なまじシビアなあいつは、持ち前の行動力で必死に立ち回っていた。

 

 

自分が、オレたちと居て良い意味を示す為に。

 

 

桜を狙うギルドとの接触で、余計焦っていたのかもしれない。

フレンは桜の意思を折ってでも守ることに撤したが、オレは本人が納得しなけりゃ解決しないからと、好きにさせることにした。

大丈夫。いざって時はオレが助けてやれば良い。

 

 

だけど、現実はそうさせてくれない。

レイヴンの妨害やラゴウの暴虐、バルボスとの会合、ザギの襲来。

いくら自由にさせようとしても、影から守ろうとしても、すべてがあいつを追い詰めてしまう。

そして、ついに今回の騒動へと発展してしまった。

 

忘れもしない。

 

爆音に揺れる船体。閉ざされた船室の扉。

桜を抱えた船が、ずるずると大海原の牢獄へと沈んでいく。

救出作業に途中からフレンも加わったが、海中では思うように身体が動かねえ。

 

じりじりと体力をすり減らしながら潜っていると、船体からひとつの影が飛び出してきた。

潮に揉まれながらも、少年を抱えて懸命にもがく一人の少女。

 

 

桜だ!

 

 

あいつの姿を確認し、一刻も早く傍へ駆けつけようと力いっぱい海を裂いた。

海に落ちてから、かなりの時間が経過している。早く地上につれてってやんねえと。

行く手を阻む、わずらわしい海水を掻いで掻いで、あらん限り手を伸ばす。

 

後もう少しで届く。頼む、オレに気づいてくれ。

 

オレの想いをよそに、突然桜の肢体が糸が切れたように動かなくなった。

口から気泡が溢れ、二つの目がゆっくり閉ざされる。

 

桜の身に何が起こったのか。

 

考えるよりも先に身体が動いて、無理矢理桜を奪い取った。

小さくもろい身体を落とさないように、強く、力強く、抱きしめる。

 

 

 

その時、微かに開いた桜の瞳がオレをとらえて、フッとほころんだ。

 

 

不甲斐ないオレを見て、屈託のない笑顔を向けないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君が全力でドン引きしたのなら

 

実力行使で、思い知らせよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨、だんだん激しくなってきたな」

 

 

テントを叩きつける雨音に耳を傾けながら、私は「あーあ」と溜息をついた。

ここはカプワ・トリムの西に位置する大森林。

この未開の土地に、私たちがキャンプを敷いてから、かれこれ30分は経過しただろうか。

 

トルビキア大陸の大半を占めているこの森は、言わば自然の迷路だった。

視界を遮る緑は旅人のテンションを片っ端から盛り下げ、木の根も負けじと獣道をバイオレンスに舗装しくさり、得体の知れない虫や蛇が呼んでもないのに顔を出す。

なんとなしに、茂みや物陰に眼をやれば、元気いっぱいの魔物たちが私たちのホーリィボトルが切れるのを今か今かと待ち受けていた。

 

緑の息吹をこれ以上ないほど堪能した私は、突入1時間にして、本能的にUターンしかけたよ。

 

何このアマゾン。

オブションに魔物がついている分、富士の樹海より性質が悪いわ。

 

文句はいても、森の向こうにある目的地が移動するわけでもないし、帰ったところで鬼畜執政官とヒステリー騎士と変態暗殺者とエンカウントだ。

リサイクル不能の不良廃棄物など、片っ端からソーサラーリングぶっぱなして、物理的に成敗できれば、新たなルートが開拓されるかもしれないが、SMフィーバー☆M爆発したザギが大喜びするだけなので押しとどまった。

何より、ジジイともやし騎士相手にチマチマ光線当てても全然楽しくない。

 

 

我慢だ、私。暑さ寒さも彼岸まで、明けない夜はないんだ。

自分に活を入れて、ひたむきに西へ西へ進んでったら、狙ったようにこの雨がドッサリ降ってきやがったのです。

 

 

「大森林横断で萎えてるってのに、天候までも私の行く手を阻んでくるなんて。

これはもしかしなくとも、運命が”テメェの選択肢が間違ってんだよバカ”と意思表示してんのか」

 

「気に病んでも致し方ありません。雨の中、森を進むのは危険ですよ」

 

「ヨーデル様」

 

 

一人ブツブツつぶやいていると、向かいに座る少年 ヨーデルがやんわり窘めてきた。

――まずい、この人がいたんだ。

ゲッと、顔をこわばらせる私を彼は緊張ととらえたのか、目を細めて、穏やかに続けた。

 

 

「こうして休息をとるのも、大切なことですよ。

特に、桜さんのような、可憐な少女には、獣道は過酷でしょう」

 

「山や森を歩くのは林間学校でやったことあるし、ムカデとかヘビとか魔物とかはフレンさんや他の騎士さんたちが、率先して助けてくれたから平気です。

ただ、皆さんが外で頑張っているのに、じっとしているのがもどかしくて」

 

「彼ら騎士団の任務は、私と貴方の護衛です。

彼らが速やかに任務がこなせるよう、行動を自重するのも気遣いの在り方ですよ」

 

「そーいうものでしょうか」

 

「人には、それぞれ役割があるだけ。

さしずめ私たちにできることと言えば、フレンたちを信じて待つことですね」

 

「は、はい」

 

 

遠まわしに「大人しくしろ」と言われ、私は返す言葉も見つからず、愛想笑いを浮かべた。

彼がいては、愚痴さえ許されない。

 

 

(ていうか、なんでこんな雅な人が、わざわざ魔物がたむろする辺鄙な森の中通ってんだろ)

 

 

もう一度、少年ヨーデルの姿を確認してみる。

やわらかな金髪を持つキレイな容姿、中世欧州の御伽噺に出てくる御曹司みたいな格好が実にハマっている。

様付けどころか尊敬語で対応しても遜色ないくらいなんだが、残念なことに、質素なテントにはマッチしていない。

どの程度かと問われると、夏の祭典でもないのに、路上や公園で、バリバリのコスプレして、白い目で見られるくらいだ。

 

他人事ではない。

ただ今、違和感全開な彼とツーショット強いられてるんだよ、私は。

圧倒的な存在感に萎縮していると、彼は困ったように眉を潜めた。

 

 

「桜さん。そう畏まらないで、リラックスして下さい。

貴女は私たち帝国の要人なのですから、私に気兼ねなく接してもよいのですよ」

 

「要人って、偶然シャイコス遺跡に放り込まれたチンケな小娘ですよ。

委縮しまくってるのは一般市民のよくある自然現象なので、私のことは、どうぞお構いなく」

 

「淑女を捨てはおけせん」

 

「淑女じゃないので、捨て置けます」

 

「いいですか、よく聞いてください。私たちは、狭いテントで2人きりなのです。

定番のシチュエーションを迫られているのですよ」

 

「誰が迫るか。この歪な情景で。

男女の関係を斜め上に展開させた俗っぽい空気を読めと言われて、読むバカいねーですよ」

 

「しっかり読んでいるではありませんか。私たちは相性がいいようですね」

 

「お言葉ですが、とんでもねー勘違いですよ」

 

「後はイベント起こして、フラグ立てるだけです」

 

「立てて堪るか、んな如何わしいフラグ」

 

「漢として、この状況下で何かしらアクション起こさないと、女性に失礼だと思うのです」

 

「安心して下さい、起こす方が不埒です。

てか、漢云々以前に、人の話を全てスルーって、次期皇帝候補ありえねーでしょ」

 

 

そう。彼の正式な名前は、ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン。

見た通りの皇族で、貫禄ないけど、前皇帝の甥っ子にして、次期皇帝候補。

慎重親切丁寧に扱わなくてはならない高貴な人物なのだ。

 

何度フレンから、この長たらしい名前と忠告を叩き込まれたことか。

おかげで、せっかくのキャンプもくつろげるところか、気も休まらない。

 

ていうか、なんで、一般女子高生が世界の頂点(予定)と同じ空間にいるんだって、話だけど。

何もヨーデルに用があったわけじゃない。

すべては、自分の問題にケリをつけるため、私はフレン小隊と共に、ヘリオードへ向かっているのだ。

 

 

 

事の起こりは、交易で賑わうカプワ・トリムでの一角。

宿屋を出て行ったユーリを追いかけてたら、ギルド「天を射る矢」の一員レイヴンと遭遇し、新たな情報を得たところまで遡る。

 

 

「レイヴンさん。その話、確かなの?」

 

「武装ギルドが団体で、なんて目立つからね。

北西のカルボクラムってところに向かったのは、事実みたいよ。

おたくらが捜している魔核泥棒じゃない?」

 

「なんかあやふやね」

 

「ごめんね。おっさんも、これ以上はわかんないのよ。

情報の代わりに、この俺様直々、桜ちゃんの護衛をしてあげようじゃないか」

 

 

レイヴンは優雅に会釈し、私に手を差し伸べてきた。

これが礼服の似合う中年紳士なら、心揺れたかもしれないが、酔いつぶれてごみの山に頭突きしたまま明朝まで爆睡してそうなオヤジがやったら、ギャップ激しすぎて、気持ちが空の彼方まで飛んでってしまう。

元は良さそうなのに、ボサボサの黒髪に剃り残した顎鬚、ゆるみきった顔がものの見事に魅力を破壊しつくしている。

致命的なのは、本人にその自覚がないことだ。

 

 

「緊張しなくたっていいんだよ。俺様、女性の扱いは丁寧だから。

ラゴウの屋敷でも、おっさんのおかげで、いろいろと助かったでしょう」

 

「うん。セクハラしなければ――」

 

「い、いいってことよ! おっさんも楽しかったしね!

桜ちゃんがしてほしいなら、いつでもどこでもおっさん馳せ参じて背負っちゃ――げふぉっ?! 」

 

 

おっさんが私に手を回そうとしたところへ、ユーリの鞘が横槍入れてきた。

 

 

「またはねぇよ。おっさん」

 

「せ、青年ったら、怖い顔で鞘でほっぺたグリグリしないで!」

 

 

涙目のレイヴンの頬に、鞘がどんどんめり込んでいく。

おっさんの発言がよほど気に入らないのか、見目美しい青年は不機嫌顔だ。

 

 

「ねえ、ユーリ。ちょっと……」

 

「言っとくけど、おっさん連れてくなら、両手首縛り上げるか、半殺しにしてからじゃねーと許さねえぞ」

 

「言われなくても、考えなしに、レイヴンさんつれてかないよ。

だからこそ聞くけど、こいつの情報を確かめるて正気?……私もついてっても大丈夫?」

 

「お前が行きたいなら、オレがつれてってやるよ」

 

 

案の定、ユーリは私の申し出をこともなげに承諾した。

女性顔負けの艶やかな黒髪を持つ彼は、その麗しい外見だけでなく、内面も豊かだった。

……うん、まあ、強引で、乱暴で、デリカシー足んなくて、胸元が卑猥な上に、自覚がまったくないところはあるけど、そこは美形フィルターでなんとかするとして。

彼の有り余る包容力は、いつも私の面倒やわがままを包み込み、辛いことも悩みも笑い飛ばしてくれた。

 

彼は私に対して、少しも不満はないんだろうか。

急に黙り込む私から、彼は昨日の一件を思い出したのか、小さくため息をついた。

 

 

「1度や2度失敗したくらいで、何柄にもなく、しおらしくなってんだ」

 

「しょげてなんかないわ。ちょっと考え事してただけで……」

 

「小さい身体が、更に縮むぞ」

 

「縮むかあああ! 人が真剣に悩んでる傍から、縮むって、私はナメクジか?!

何よ。元から小さいみたいに言うけど、あんたがデカすぎんだよ!

少なくともリタさんより、背は高いんだから……多分、目測で」

 

「じゃあ、今度比べてみるか」

 

「比べてたまるか。身の毛のよだつ禁忌勧めないでよ、ユリ坊。

チ……身長が残念なリタさん相手に、んな要望突き出したら、私、墨くずにされる……っ!」

 

「なんだかんだ言って、喜ぶと思うけど」

 

「あんたどんだけトーヘンボクなの」

 

「オレのことはいいんだよ。昨日だってそうだ。

前にも増して遠慮してるみたいだけど、あれくらいのトラブルは日常茶飯事なの」

 

「本当に?」

 

「バルボスにも同じこと言ってやっただろ。

あれこれ悩んで、お前が心身ともに縮む前に、さっさと皆連れて出発するぞ」

 

「縮まねーって言ってんでしょーが! 私はアメーバか、スライムか、日○通販の万能枝バサミかよ?!

いいよ、もう。さっさと宿に戻って、リタさんたちと打ち合わせしましょう」

 

「そうはさせないよ」

 

 

闊歩しながら宿へ向かう私に立ち憚ったのは、1人の騎士だった。

黄金色の髪が潮風に靡く、端正な顔立ちの美青年。

騎士という役柄。表情は引き締まってはいるが、どことなく少年のような幼さが残っている。

魅惑系のユーリとは対の、爽快系の性質を持つ、帝国騎士団の若きエース。

難点と言えば、基盤言動が整然し過ぎてゆとりのないのと、会話が時々異世界に突入するところと、時折放つ威圧感。

加えて、現在進行形で、幼馴染さえ唖然とさせる程のミラクルを時々発動するところか。

 

 

「フレン、いつどっから沸いて来たんだ」

 

「宿屋から直進すれば、10秒とかからない」

 

「10分の間違いだろ。宿からここまで、大まかに見積もっても、15分はあるぞ。

にしても、前置きなしに却下かよ。ノール港で考える猶予やるっつたんだから、もう少しネタひねってこい」

 

「物事はまず結論から伝えるべきじゃないか」

 

「フレンさん。事情も知らないのに、結論もへったくれもないじゃないですか」

 

「僕にはわかるんだよ。君がまたユーリたちとともに、危険な場所へ赴むこうとしていると」

 

「う」

 

「……妙に鋭いのな」

 

 

一寸の迷いもなく言い放つフレンに、私は呻き、ユーリは若干退いた。

予定よりも早いお迎えだと思ったら、どうやら、彼のシックスセンスが発動したらしい。

逃れられない局面に立たされ、なんとか言い訳を考えようとしたところ、ユーリは、明後日の方に目を逸らした。

 

 

「あーあ、またかよ」

 

「溜息ついてないで、ユーリもフレンさんに何か言ってよ。

十八番のマシンガン説教トークで、私たちの心に風穴開けるつもりだよ。この人」

 

「そりゃあ、精神的に効きそうな罰ゲームだな」

 

「精神的に効くかどうか、君で試してみるかい。ユーリ?」

 

「生憎、誰かさんのお陰で、説教は右耳から左耳に突き抜けるようになってんの。

フレンがいきりださなくても、さっきの”また”ってのは、おっさんの方だよ」

 

「おっさん……? 君は誰のことを言っているんだ?」

 

「私が前に話してた、レイヴンさんのことですよ。ほら、そこで突っ立てる中年おやじが……あれ?」

 

 

フレンに紹介しようと道端に目をやれば、先程までダラダラしていたレイヴンがいない。

急に静かになったと思ったら、フレンの気配に感づき、どこかへ姿をくらましたようだ。

唯一状況が飲めないフレンは、レイヴンという名前を聞いて、怪訝な表情で再度訊ねてきた。

 

 

「レイヴンって、 ノール港で君に声をかけてきた男のことだよね。

また君の前に現れたのかい?」

 

「フレンさんが来るまで、ここにいたんですけど」

 

「目を放した隙に、居なくなっていたと。

彼は、僕、というより、騎士にみつかると都合が悪いのかな」

 

 

唸るフレンの口から、もっともらしい意見が出てきた。

何せ、おっさんの経歴は、傷害、誘拐、セクハラとやましいことだらけ。

誠意と言った傍から逃走なんて、どう見ても裏があるとしか思えない。

 

 

「この調子だと、バカ正直に北西の街行ったら、武装したギルド集団連れて”これがオレ様の誠意”とか抜かしそうね」

 

「オレは大歓迎だ。わかりやすくていい」

 

「歓迎できるか。

プレゼント交換で、悪意示すために、デスソース入りのチョコレート混ぜるノリとは格が違うのよ。

……て、ああ、ユーリって、追い詰められると感じるタイプなんだっけ?」

 

「感じる言うな。楽しむって言え。オレは、何事も前向きに取り組む主義なんだよ」

 

「進んで危機に臨んで喜ぶ人を、世間はポジティブとは言わずに、マゾっていうんだよ」

 

「そうだよね。僕たちは健全だから、理解できないよね」

 

 

フレンはにこやかに私の肩を抱くと、おもむろにユーリから引き離した。

見えない境界線を引かれ、一人取り残されたユーリは、こめかみを痙攣させる。

 

 

「おいこら、フレン。”ユーリと違って”と言いたげに、距離とるな」

 

「いつも無用な騒ぎを起こして喜ぶ君が、ノーマルなわけないだろう」

 

「喜んでねえよ。……いや、喧嘩っ早いのは認めるが。

せめて好戦的とか、血の気が多いとか、粗暴だとか、無難な言い方あるだろ」

 

「皮肉屋のユーリが、珍しく自虐的に」

 

「桜。ユーリのリアクションなんて、君がいちいち気に留めなくてもいいんだよ」

 

「笑顔でそいつに酷いこと教えんな」

 

「それより、君たちが言う北西の街なんだが」

 

「挙句にスルーかよ、お前」

 

「カルボクラムのことを言っているのなら、もうないよ」

 

「ない?」

 

 

フレンの指摘され、一瞬理解できなかった私たちは、思わず顔を合わせた。

情報にあった街がないって、ことは――

 

 

「やっぱり、レイヴンさん、嘘ついてたんだ!」

 

「いや待て。”もうない”ってなら、昔はあったんだよな?」

 

「ああ。交易で栄えた街だったが、10年前の大地震で滅んでしまった。

珍しい洋式の建物が廃墟として残っているけど、魔物の住処になっていて、とても一般人が立ち寄れるような場所じゃない」

 

「フレンさん、詳しいですね。行ったことあるんですか?」

 

「ないよ。ただ騎士の巡礼で、世界中を旅するからね。各地の下調べはかかせないんだ」

 

 

私の感歎に、フレンはニッコリと答えたのも束の間、すぐに表情を厳しくした。

 

 

「だから、あの廃墟がどれほど危険な場所なのかもわかる」

 

「魔物の住処ってくらいだから、シャイコス遺跡みたいなもの?」

 

「加えて、他と比べ物にならないほどの強い魔物が住み着いている。

現に、数日前、あるギルドが魔物の討伐に向かったと聞いたよ」

 

 

入念な捜査をしたのか、フレンは質問以上に即なく説明してくれた。

魔物云々は初耳だけど、ギルドが街に向かった部分は、レイヴンの話とつじつまが合う。

私が目を配らせると、ユーリは応えるように大きくうなずいた。

 

 

「これはもしかするかもな」

 

「じゃあ、早速皆に話して準備を……」

 

「桜は残るんだ。あんなことがあった後なのに、また物騒なところへ赴くなんて、とても合意できない」

 

「無謀ですよね。さすがに」

 

 

フレンのOKは下りない。

当然だ。懲りない自分がいけないんだ。

私がガックリ肩を落とすと、彼は一変して言葉を緩めた。

 

 

「そんな顔しないで。焦るから、空回りするんだ」

 

「何事にも、慎重になれって事ですね」

 

「そして縮むんだな」

 

「縮むはもういい! 今の会話のどこから伸縮に退化すんのよ?!」

 

「縮む……のは、よくわからないけど、自分の魅力のすべてを否定してはいけないよ」

 

 

ユーリのチャチャにカッとなっていると、フレンがそっとフォローをしてきた。

しかし、肝心の部分が的を得ていない。

 

 

「考え無しの猪突猛進のどこが魅力的なんですか?」

 

「失敗の原因は、経験不足もあるんじゃないかな。行動力は長所だよ」

 

「色々と初めてなのは、認めますけど……」

 

「何事にも真剣に打ち込もうとする君の姿勢は、とても素晴らしいと思う。

無下にして欲しくないんだ。僕は、君のそういうところも好きだから」

 

「す……っ?!」

 

 

フレンが木洩れ日のような笑顔で放った爆弾発言に、この場の空気が止まった。

 

――今、こいつの口から”好き”って、言ったよな。

   しかも「そういうところ”も”」って。

 

意図を捉えようにも、当人は純真無垢な瞳を返すだけ、幼馴染のユーリは難しそう顔をしかめたままだ。

ただ気まずい雰囲気なのは、フレンも察したらしい。

一人ウンウン思考をめぐらせ、街の喧騒をBGMに数十秒後、ハッと羞恥にはらんだ顔を上げた。

 

 

「ち、違う! 僕は、桜の前向きなところを褒めているのであって、異性としてどうとは言ってないんだ。

あ……! で、でも、君に興味がないとか、無心だとかじゃないんだよ。

寧ろなんでも知りたいんだ。もちろん、やましことなんてない!道徳的な理由で!」

 

「意味がわかりませんよ」

 

「とりあえず、落ち着けよ」

 

「とにもかく、桜をつれていくのは反対だ!」

 

「強引に話を戻してきましたよ、この人」

 

「せめて、前後の会話くらい成り立たせろよ」

 

「僕たち小隊は、西にある街で、騎士団長と落ち合う予定だ」

 

「物凄い話題の変換ですね」

 

「これ以上突っ込むなってことだろ」

 

「――桜。君も、僕たちと一緒に着てもらう」

 

 

ユーリと2人して、赤面のフレンをからかっていたら、思いもしない発言をしてきた。

私が? フレンと一緒に? 唐突過ぎてついていけない。

が、私はにべもなく返事をした。

 

 

「嫌ですよ」

 

「即答した上、嫌なんて断定的且つ感情的な返事するなんて、ひどいよ、桜」

 

「結論から伝えるべきじゃなかったんですか?」

 

「……」

 

「なんで、オレを睨むんだ」

 

「自分の胸に手をあてて、よく考えてみるんだ。

……今更、誰かさんの減らない口を注意してもしかたないけど」

 

「きっちり、指摘してんじゃねーかよ」

 

「桜、嫌とか言わずに、君のことなんだから。まずは僕の話を聞いてくれないか」

 

「……わかりました」

 

 

フレンから真剣に請われ、私は素直に従った。

カッコイイ兄ちゃんが真っ向から見据えてきたら、年頃の乙女はノーと言えない。

私がまともに聞くことを態度で示すと、彼はゆっくりと事を紐解いた。

 

 

「昨日、ザーフィアスの帝国騎士団に、殿下と君の身柄の確保を報告してね。

すぐに返事があって、2人をヘリオードまでお連れしろとの命令があったんだ」

 

「ヘリオード?」

 

「ここから西の森を抜けた場所に位置する、新都市だ。

騎士団長はそこで、改めて君と話の場を設けるらしい」

 

「話って……。

ユーリを誘拐犯扱いして、ラゴウ放置するような人が、まともに私の話なんて聞いてくれるかどうか」

 

「手配書やラゴウの件は、騎士団長の一存かどうか、まだわからないよ。

何もしないうちから、後ろ向きになってはいけない」

 

「私には、ユーリやフレンさんみたいに身を守る方法がありません。

なるだけ、接触しない方法とるしかないんです」

 

「そうやって、問題を先送りにしても、ことは解決しない。

剣を持って戦うことはできなくても、話し合いはできるだろう」

 

 

フレンが穏やかな口調で、痛いところをついてきた。

先送りしているつもりはなかったが、心のどこかで、大変、面倒だと、嵐が過ぎ去るのを待っていたのかもしれない。

だが、事が風化するまで、帝国の影に怯えながら、ユーリたちに迷惑をかけながら、私はのうのうと旅を続けられるのか。

 

 

「深刻に思いつめさんなよ」

 

 

ユーリは、言葉を詰まらせる私の肩を強く抱いてくれた。

 

 

「ちょっとキツいが、フレンだって、お前のために言ってくれたんだ。間違っちゃいない」

 

「うん。わかってる」

 

「僕の言葉で、君を傷つけてしまったのなら、ごめん。

でも、僕1人で片付く問題じゃないし、当人を差し置いて進めるのもよくないだろう」

 

「あ……」

 

「君は誰かの力になりたいんだよね。

だったら、まず自分の分から、片付けてみないか。

何もかも、いっぺんに片付けようとしては、身が持たないよ」

 

 

フレンから、温かい眼差しを受けて、私はときめく暇もなく頭を抱えた。

不慮の事故とはいえ、自分のことを他人に丸投げしといて、身の丈考えず、誰かの力になりたいなんぞ、どこの世界のヒーローだ。

せっかく私の身の振りを相談する場が設けられたのに、本人が行かないなんておかしな話。

至極当然の理屈を、私は完全に見失っていた。

 

 

「わ、私は、なんつうバカなんだ……」

 

「違うよ。とても純粋でまっすぐなだけだよ」

 

「フレンさんは、一体誰のことを力説しているんですか」

 

「君のことだよ」

 

「別人ですよ、それ」

 

 

自分の言葉に微塵の疑問もないのか、フレンは愛くるしい笑顔を私に投げかけてきた。

ソディアもフレンもフィルター機能精度が半端ないようだ。

もしかして、フレン小隊はこの世知辛い世の中で理性を保つために、各自で緊急現実逃避能力を常備してんじゃないだろうか。

帝国騎士団の未来が見えない。

 

 

「まあいいや。私が帝国と決着をつけなきゃいけないのはよくわかった」

 

「割り切るの早ええな、お前」

 

「あーだこーだ言ったところで、シュヴァーン隊追っかけてくるし、ラゴウは何企んでるのかわからないし、キュモール放置したままでしょ。

騎士団と話しつけることで、進展……とまではいかないけど、何かしら情報がつかめるなら、挑むべきだと思うの。

それで、ユーリは? ……やっぱり、カルボクラムに行くの?」

 

「まあな。もともと魔核泥棒は、下町の問題だしね」

 

 

おずおず尋ねてみると、ユーリはさもありなんとばかりの返事がきた。

名残惜しいとか、怖くないかとか、いろんなプロセスを差っ引いた彼の味気ない別れの言葉に、ずんと胸が重くなる。

ユーリのことだから、フレンがいるから安心と踏んだんだろう。彼にだって、都合がある。

悟られまいと努めて平静にふるまうが、ユーリは既に私の微々たる変化に気づいた。

 

 

「なんだ。いまいち納得いかない顔して。オレがいないと辛いか」

 

「アレクセイさんとご対面するのが憂鬱なだけよ。あの人、平気で部下の寝室に隠密するから」

 

「……あの仰々しいおっさんが隠密って。後ろめたいことでもあんのか、あの閣下様」

 

「ユーリ。退団した身とはいえ、騎士団長に向かって、おっさんとはなんだ。

桜、怖がることはないよ。騎士団長には、何かお考えがあったんだ」

 

「何か企んでたのは確かですね。とてつもなくやましい何かを」

 

 

自室に無断で侵入、盗聴されたのに、それでいいのかフレンさん。

元騎士団のユーリでさえ、騎士団長の異常性に顔をしかめたというのに。

 

 

「1、2回しか会ったことないのに、あれこれ憶測立てるものアレだけどね。

対ザギやギルドには、フレンさんがいるから平気でしょう」

 

「任せてくれ。必ず君を守り通してみせるよ。朝も夜も君のそばで、ずっと」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「へ~っ。昨日はあんだけビビってたクセに。おあついことで」

 

「ゆ、ユーリだって、あんだけ帝国を嫌ってたクセに。

私がアレクセイさんに会いに行くのはOKしたじゃない」

 

 

からかわれた手前、バカ正直に「なぜ一緒に来てくれないのか」と尋ねるのもバツが悪くて、別の疑問を投げかけてみる。

ユーリにとって、私のツンケンな態度は期待外れだったらしく、つまらなそうにそっぽを向いた。

 

 

「お前が決めたことだし、オレもそうすべきだと思っただけだよ」

 

「同意するのに、当人はカルボクラムに行くんだ」

 

「すっかり忘れてるようだが、オレは世間じゃ賞金首なの。

のこのこ騎士団長様の前に面出したら、即お縄。ついてくだけ、面倒が増えるだけだ」

 

 

斜めに構えていたユーリだが、どうやら、私との別行動は不本意らしい。

罪と言っても不法侵入と脱獄だけで、エステルと私の誘拐は誤解、手配書は大げさだ。

ただ彼の言うように、事が晴れるまで、安易に騎士団に近づかない方がいいだろう。

逆に私にしてみれば、騎士団の頂点と会談なんて、滅多にないんだから、ことこの件について、掛け合ってみてもいいんじゃないか。

 

 

「ユーリの冤罪か……。

私ひとりじゃ説得は難しいけど、エステルに協力仰いだら解決できるかもしれないね」

 

「いや、エステリーゼ様は、しばらくユーリたちとご同行する。

僕の小隊では、ヨーデル様と君の護衛で手いっぱいだからね」

 

「いいのか。皇族より、得体の知れない一般人を優先して」

 

「桜は得体が知れないことないよ。この世界でたった一人しかいない清らかな女の子だよ」

 

「確かに私は唯一の異世界人ですけど、清らかではないですよ」

 

「清純潔癖かどうかは自己判断ではなく、他人が冷静に見定めた上で決めるものだよ。

だから、桜は真っ白だよ」

 

「自分で潔癖とかほざくものほど、不愉快で怪しいもんはないですが、私が白って……えええええええ?」

 

「混乱するのも無理はないが、僕に君の護衛を任せたのは、エステリーゼ様ご本人だ」

 

「エステルが旅に出たのは、フレンさんに伝えることがあったからですよね。

目的を果たしたのに、なんで?」

 

「それが僕にも……。ただ、エステリーゼ様は僕に何かさせたいようだった。

あんな血走った目で、”さっさと桜をおとして下さい。へリオードまでに間に合わなければ、力づくで物にするのです!”と仰っていたが、具体的に何をどうさせたいのか、いくら聞いても意味不明で……」

 

「言及すんな」

 

 

眉間にしわを寄せて、深刻に悩むフレンに、ユーリは沈痛な面持ちで「忘れろ」と訴えた。

 

 

「ったく、エステルのヤツ、油断も隙もねえな。

フレンのそっち方面が頓珍漢だからよかったものの」

 

「そっちの方面? ユーリは、エステリーゼ様のお考えがわかるのか?」

 

「いや、ちっとも、わからん。

それよか、桜、オレたちが迎えに行くまで、くれぐれも無茶すんなよ」

 

「迎えに来てくれるんだ」

 

「お前が別行動すんのは、騎士団と話つけるためだろ。それ以外何があるんだ。

用が済んだら、さっさと旅を再開するぞ」

 

 

私が少し驚いたように返すと、ユーリが腰に手を当てて窘めてきた。

彼が迎えに来てくれる。

それだけで、胸につっかえていたものが、スーッと抜けていった。

 

 

「うん。早く済ませて、また旅を続けようね」

 

「フレンや小隊の連中がついてる分、魔物や暗殺者の心配はねえだろうが、いつもと勝手が違うからな」

 

「大人しくしてるよ」

 

「再会したら、全力で可愛がってやるから、それまでの辛抱するんだぞ」

 

「今すぐその頬つねらせろ。歪んだ父性愛から現実へ引き戻してくれる」

 

「痛い愛はイヤだって言っただろ」

 

「愛じゃないよ、キレてんだよ」

 

「わかった。オプションで姫さんダッコしてやるから、まずはその怒りを鎮めろ」

 

「わかってないだろ。サブミッションでホールドかましてやるから、まずはそこで屈んでろ」

 

「なんだ、肉体的な愛情表現じゃ満足できねーのかよ」

 

「卑猥な表現試みるな! あんた一体何するつもりだったのよ?!」

 

「――ユーリ。公衆の面前でわいせつ行為か」

 

「フレン。公衆の面前で抜剣はアウトだ。軽いジョークに決まってんだろ……!

それよか、あそこ、港に、お前んとこの猫目の姉ちゃん……ソディアだっけ?

お前に手を振って呼んでるようだが、行かなくてもいいのか」

 

「あ、ああ。そのようだ。桜、少し外すよ。すぐ戻ってくるから」

 

 

フレンは港でソディアの姿を見つけると、私に一瞥して、颯爽と駆け出して行った。

彼の殺気から逃れられたユーリは、やれやれと肩を落とす。

 

 

「お前のこととなると、マジでやばいな。あいつ」

 

「ユーリが悪い。私を励ましてるつもりかしんないけど、発言が如何わしかった」

 

「とか言われても、オレ、フレンと違って、女の喜ばせ方ってのが、よくわかんなくてよ」

 

「気持ちだけで十分だから」

 

「あのな、お前……。かっ飛ばすときは飛ばすのに、甘えていいときには、甘えねえのな。

遠慮ばっかしてると、いい加減、オレも……あ、甘い。そうだ、甘いもん!

合流したら、何か甘いもんでも食うか?」

 

「甘いもの……」

 

 

ユーリが投げかけてきた質問に、私はつい喉を鳴らしてしまった。

こちらに来てから、必要最低限の食事のみで、お菓子なんて食べたことがない。

甘い誘惑に揺れる私の姿は、まさに期待通りだったのか、彼はにんまり微笑んだ。

 

 

「なるほどね。桜は花より団子ってところだな」

 

「ほっといてよ。糖分は脳みそに必要なエネルギーなんだよ。残念なイケメンから思考逸脱した変人たちまで隈なく群がるストレス世界に打ち勝つためには、糖分が欠かせないんだよ」

 

「ムキになるな。オレも甘いものが好きだから」

 

「知ってる。家に泊めたとき、私の分も含めて、板チョコ2枚平らげたもんね」

 

「あれは美味かった。

まあ、探せば、ヘリオード近辺にも美味いもんのひとつやふたつあるだろ。

だからな。オレたちが迎えに来るまで、辛くても、手近のフレンで心の溝を埋めようとすんなよ」

 

「フレンさん? 迷惑かけるなってこと? 大人しくしてるって言ったでしょう」

 

「それもあるんだけどな」

 

 

ユーリは周囲に注意を払いつつ、私に小さく耳打ちした。

 

 

「お前に負けず劣らず一直線なアイツのことだ。

下手に近づいたら、何しでかすかわかったもんじゃねえぞ」

 

「またノール港みたいに、暴走するの?」

 

「あんなの、かわいいもんだ。

全力でお前を励まそうとして誤って押し倒したり、言動を曲解したり、些細な勘違いで過保護が迷走するかもしれねえ。

最悪なのは、その結果、責任取るとかほざいて、お前抱えて、教会に突撃――」

 

「――ユーリ。手配書が解かれる前に、無駄口ごとその首を斬り落とされたいようだね」

 

 

真摯に訴えていたユーリの首筋に、見覚えのあるロングソードが鈍く輝いた。

頭から大量に冷や汗を流すユーリの背後で、皆大好きフレンさんが殺意の波動を振りまきながら再登場です。

彼の顔に張り付いた温厚な仮面とは裏腹に、有り余る殺気が辺りの空気を絶対零度まで突き落す。

幼馴染の揺ぎない殺る気に、ユーリは降参とばかりに両手を挙げて、引きつった笑みを浮かべた。

 

 

「ははははは。ものの例えだ」

 

「君と違って、僕は理性にのっとって行動しているんだ」

 

「オレさっき、公衆の面前で抜剣は拙いっつったよな」

 

「罪人に向けても問題ないだろう。

勘ぐらなくても、任務中、護衛対象である彼女に対して、不埒なマネはしない」

 

「頼もしいこった。その言葉、忘れんなよ」

 

「君こそ。これを機に僕に桜を任せて、自分の道を探せばいい」

 

「ふざけんな。頭の固いテメェに、はねっ返りなお嬢さんの面倒見れるかよ。

桜、絶対迎えに行くから、ちゃんとヘリオードで待ってるんだぞ」

 

「桜。ユーリの言うことなんて聞くことないからね」

 

 

親友に剣を向けたまま微笑むフレンと、脅されても構わず兄貴風を吹かせるユーリ。

2人の強烈な視線を一身に受けた私は、ヘリオードではなく夢の世界へ旅立ちたかった。

その後、私の別行動を聞きつけたリタが暴れまわったり、説得するのにかなりの時間と犠牲を要したり、最終的にカロルが大惨事になって少々ごたついたが、なんとか私とフレン小隊はカプワ・トリムを発って……

 

――現在の、雨の大森林の中につながるのである。

 

 

「……もっとマシな別れ方はなかったんか」

 

「桜さん、頭を抱えて、具合が悪いのですか?」

 

「ちょっと過去を振り返ってただけです。どこも悪くないですよ」

 

 

ヨーデルが気遣うように、私の顔を覗き込んできたので、作り笑いをして答えた。

これで引き下がればいいんだが、さすがエステルと同じ皇族の子、おせっかいは止まらない。

 

 

「貴方の身体は他の人と比べて、とてもデリケートだと聞きました。

この雨に打たれて、身体を冷やしたかもしれません。

私が着用していたもので申し訳ありませんが、この上着で暖をとってください」

 

「い、いけませんよ! ヨーデル様が寒くなっちゃうじゃありませんか」

 

「桜さんは、優しいひとですね」

 

「普通に恐れ多いだけです。なんかあったら、もれなく頭上にフレンさんの雷が落ちます」

 

「フレンなど知りません。上着がダメなら、私がじきじき温めてあげます」

 

「もっといりません」

 

「遠慮しないでください」

 

「遠慮してたまるか」

 

「貴方の優しさが、私の厚意を妨げるのですね。

親睦を深めるには、冷えた体を人肌で温め合うのが一番だと、エステリーゼが考えてくれたのに」

 

「あの人、つくづく余計なことを……っ!」

 

 

どこへ行っても、エステルの影がつきまとう。

ただヨーデル自身は、彼女ほどアグレッシブでないようで、私が拒絶反応を示すと、寂しそうに引き下がった。

 

 

「すみません。流石に会って二日では、心の準備諸々間に合いませんね。

しかし、貴方が冷えたままだ。せめて、上着でもかけてください」

 

「い、いいですよ。ホントに! ヨーデル様も、濡れているじゃないですか」

 

「上着は乾きましたので、充分温まりますよ」

 

「そーじゃないです。貴方に風邪でもひかれたら、皆が困るんです。

――って、言ってる傍から、迫ってこないでくださいよ!」

 

 

キレイな男の子が上着を脱ぎながら、ニコニコとにじりよってくる。

乙女の理想をまっすぐ18禁に突っ込んだ超常現象だが、相手が皇族で、護衛たちが外で完全包囲網張っている状況では、萌えたくても萌えない。

 

ここはなんとかして、彼を押し止めなければ。

穏便に済ませるため、急きょ「着替えを借りに行きましょう」と提案しかけたところ、入り口から、新たな人物がしずしずと現れた。

眩い金髪を持つ、20歳そこそこの美形騎士。

 

 

「失礼します。お召し替えをご用意しました。

どうぞ、こちらにお着替えください、ヨーデ……―――ルゥでんかああああ?!」

 

 

テントに入って間もなく、帝国騎士フレンは「女子高生を襲う皇帝候補に見えなくもないの現場」を目撃し、真っ青で絶叫した。

 

この「皇帝候補」の部分が、「ユーリ」だったら、間違いなく、魔神連破斬だっただろう。

 

その点冷静な彼は、整った顔を青から赤に変えながらも、光の速さで「申し訳ございません」とヨーデルから私をかばい、「お借りします」と私を抱きあげ、「失礼致しました」と弾丸のように外へ飛び出した。

 

 

「あ、あの、フレンさん……!」

 

「君は悪くない。殿下とはいえ、異性とテントを一緒にした僕が悪いんだ」

 

 

私を抱きかかえる彼の胸から、心臓がバックンバックンしているのが伝わってくる。

皇帝候補が女の子を襲っていると勘違いしたなら、混乱してしょうがないと思うが。

部下たちが警備するど真ん中で、女の子を抱えたまま赤面しているのも十分まずくないか。

 

 

「……殿下のテントから、小隊長が例の少女を抱えて出てきたぞ」

 

「……恋人を他の男と共にさせたのが、やはり耐えられなかったらしい」

 

「……なんか、殿下の方も、まんざらじゃなかったしな。小隊長にしてみれば、気が気じゃないよ」

 

「……皇族相手に大声あげてまで、彼女を取り戻してくるとは。漢だ」

 

「……ホントに。堅すぎてとっつきにくい人だと思ってたんだけどね」

 

「……オレ、小隊長のこと、改めて見直したよ」

 

 

雨音に紛れて、ヒラ騎士たちの一方的な推測が飛び交う。

好奇の眼差しを受けた上司フレンは、ますます火照り、可哀想に、直立不動になってしまった。

しかし、下町から叩き上げの騎士は伊達ではない。この窮地に彼は負けじと、機転と神経をフル回転させた。

 

 

「ソディア!」

 

「ここにおります!」

 

「すまないが、彼女を別のテントへ移してくれないか。私の代わりに、しばらく見ていてほしい」

 

「了解しました」

 

 

フレンはソディアにそう指示し、私をおろすと、力強い表情でどよめく部下の面々を仰いだ。

 

 

「皆! 雨が激しくなってきたが、体が冷えた者や体調が優れない者はいないか?」

 

「は、はい!」「平気です!」

 

「そうか。悪いが、そこの君たち2人は、荷物の整理を。ここで一夜過ごすことになるだろうから、いつでも夕食の支度に取り掛かれるよう、道具をそろえておいてくれ。

それが済んだら、テントを後ひとつくらい増設を頼む。

残った皆は、周辺の見回り、テントの警護、残りはテントで休憩と3グループで、ローテーションを組むんだ。定時報告はその際に、私かソディアに頼む」

 

 

小隊長モードに入ったフレンは、部下たちにそつなく命令を飛ばした。

「雑談すんなボケ」と注意するのではなく、きちんと業務を与えることで、場の空気を切り替え、おしゃべりの隙を奪い取る。

あっという間に風紀を整えた敏腕騎士フレンだったが、その表情はいつもより増して堅い。

いや、目を吊り上げ、口をきつく結んでいる様は、ツンツンしてると言った方が、しっくりくるだろう。

不真面目な部下に苛立っているのか、それとも、動揺している自分が情けないからなのか。

彼の珍しい一面を眺めていると、ソディアが尻すぼみしながら彼に声をかけた。

 

 

「た、隊長。よろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「桜のお召替えは、ノール港で洗濯しておいたものでよろしいでしょうか」

 

「……あ、ああ。そうしてくれ」

 

 

引き気味の部下に問われて、フレンはハッと我に返ると、私へすまなそうに頭を下げた。

 

 

「部下たちのせいで、不快な思いをさせて、すまない」

 

「ビックリしたけど、嫌じゃないですよ」

 

「よかった……。皆、国を思う、使命感溢れた優秀な騎士なんだよ。

今回はあんなに気持ちが浮ついてしまったのは、君のような女の子の護衛なんて騎士日和に尽きる任務だからかな」

 

「浮ついているのは、フレンさんの頭だと思いますよ。主に洞察力辺りが」

 

 

部下たちはどう見ても、私ではなく、フレンに注目していたと思うんだが。

本人がこの調子では、騎士団の斜め上な噂は止まるどころか、拡大しそうだ。

頭が重くなる私の肩をフレンの手がそっと触れた。

 

 

「ここで立ち話は、君の身体に障ってしまう。

ソディアと、そこのテントで休んでおいで」

 

「フレンさんは、お仕事ですか?」

 

「ヨーデル殿下のね。他に騎士の皆も見なくてはいけない。

用事がひと段落したら、君の元へ向かうから、それまでソディアの指示に従うんだよ」

 

「わかりました。フレンさんも、風邪をひかないようにしてくださいね」

 

「うん。気を付けるよ。君も身体を冷えないうちに、テントへ」

 

 

フレンに優しく見送られ、私はソディアの案内に従い、近くのテントで休むこととなった。

テントのサイズは前と同じで、先客はおらず、天井に吊るされたランプが寂しげに中を照らしている。

私はソディアに与えられるまま、タオルで雨水をふき取り、替えの服にそでを通したところで、あることに気づいた。

 

 

「これって、私が前に着てたシルククロークですよね」

 

「トリム港で洗濯しておきました。あそこには、いい防具がありませんので」

 

「ぼ、防具? ……ありがとうございます。

騎士なのに、洗濯なんてさせちゃって、すみません」

 

「貴方の身辺の世話も我々の仕事ですから」

 

 

私が頭を下げると、彼女は礼には及ばないとばかりに、折り目正しく応えた。

相変わらず、堅いお姉さんだ。ヨーデルとは別の意味で息が詰まる。

共通の話題を振れば、多少場が和むだろうけど。

 

 

「話題つっても、フレンさんしかない……」

 

「小隊長がどうかなされましたか?」

 

「い、いや、何も……あ、フレンさんって、皆から好かれているんですね。

私抱えてテント飛び出したときも、なんだかんだで好印象だったし」

 

「小隊長は、常日頃から、部下への配慮は怠らず、騎士の鏡になるべく励んできましたから。

皆、彼の姿勢と人格に惹かれているのでしょう」

 

「さすがエリート。真面目で気配り上手。きっとミスなんて、ひとつもないんですね」

 

「……多忙すぎて、ときどき配置した部下の撤収忘れちゃったり、オリジナルレシピを徹夜明けの部下にふるまって丸1日寝込ませたり、ファンの好意を斜め上に解釈して騎士団へ入団させたりと天然炸裂してますが、それはそれでギャップ萌……」

 

「何ニヤけてるんですか?」

 

「な、何でもありません。

ところで、桜。貴方に聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

 

あたふたしていたソディアだが、思い出したように、話題の矛先を私へ突き付けてきた。

有無言わさぬ彼女の剣幕に押されて、私は少し身を引きながらも、なんとか頷く。

前にもあったな、こんなこと。

 

 

「いいですよ。私に聞きたいことって、なんですか?」

 

「貴方の異性関係です」

 

「……は?」

 

 

一瞬ソディアが何を口走ったのが、わからなかった。

異性って言ったら、男だよね。

関係っつうと、友達?

私がポカンとしていると、彼女はさらに付け加えた。

 

 

「貴方がどれほどの男性と交友関係をもっているのか知りたいのです」

 

 

聞き間違いではなかった。

フレンに負けないほど、頭の堅いソディアが、大真面目な顔して、異性関係聞いてきた。

私と親交を深めたいのか、護衛の身として、私の相関図を把握しておきたいのか。

思惑はよくわからないが、女子高生が修学旅行の就寝時間に恋話咲かせる雰囲気から程遠い。

 

寧ろその真逆、私がイエス・ノーいかんで、刃物が登場する可能性が極めて高いと推測させられるほど、彼女の気迫はすごかった。

 

私はただ騎士団長と話をつけるために、フレン小隊に同行したはずが、どうしてこうなった。

ていうか、たかが異性の話で、ここまで苦悩しなきゃならんのだ。

 

ソディアから鋭い眼差しを受けながら、私はたった1つの「今彼氏いるの?」なんつう、スケールの小さい難関に頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

■続く■




毎日こつこつ作成していたら、収拾つかなくなって、また分割しました。
元々1話だったものを2話に分けるには、まず分ける部分に辺りをつけて、前半の終わり部分を無理矢理占めて、後半、新たに冒頭作らなきゃならんのです。

まあ、愚痴はさておき。
前回16話UPした時に「次回はユーリかフレン」と言ってまして、ブログで「大体決まってるけど、少し無茶をしたい」とありましたが、結局無茶をする方を選びました。

ええ、無茶とはフレン編、つまり、一部オリジナルストーリーやることです。

大まかな構想はあったのですが、文章に出来なくて四苦八苦しました。
頭でわかっていても、まとまらない。頭が悪いから、言葉が見つからない。
もはや、感覚で作成しているようなもんです。

でもいいんだ。フレンさんでキャハハうふふしながら、ソディアに後ろから突かれれつつ、複雑怪奇な関係を展開できれば。
それではまた。



瑛慈 翔
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