明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第18話】ボケとツッコミがわかる人

 

ヨーデル殿下と桜を無事救出できた僕たちは、カプワ・トリムでユーリたちと別れ、桜と共にヘリオードを目指している。

 

 

任務内容は殿下と桜をヘリオードへ護送すること。

新都市ヘリオードは帝国の力が強く、守備も万全だ。

ある意味、評議会が幅を利かせるザーフィアスより安全かもしれない。

 

 

騎士団が見守るこの街で、騎士団長が、桜の今後について、彼女と話し合う。

今日まで先送りだったこと、不透明だったことが明確になるんだ。

 

 

桜はあまり乗り気ではなかったけれど、いつかは自分で決着をつけなければならない。

本人は不安ながらも、覚悟を決めたようだった。

 

 

大丈夫。どんな結果になっても、僕がずっと傍にいる。

今日まで、失った時間と信頼をこの任務で取り戻してみせるから。

君は、騎士団長との話し合いに、集中して欲しい。

 

 

桜にとって、初めての騎士団同行は緊張したと思う。

特殊な身の上で、知らない騎士に囲まれるなんて、落ち着かないと思うけど。

皆、法の下の平和を実現させようと一丸となっている、堅実で良いヤツばかりなんだ。

きっと、君とも仲良くなれる。

 

 

……そう、信じていたのに。

 

 

野営地で、僕が殿下のテントから桜を抱えて出てくるなり、彼らは仕事そっちのけで、遠巻きに好奇の視線を投げ掛けてきた。

1人の少女が、ハプニングに見舞われて戸惑っているところを追い撃つように。

 

 

頭が真っ白になった。

僕の小隊が、護衛対象である彼女に嫌な思いをさせてしまった。

僕の言動や、日頃の指導に問題があったのかもしれない。

とにかく、守るはずの桜に、無用な負担を与えてしまったんだ。

 

 

あの場は、なんとか取り繕うことが出来たけれど。

次また彼女を困らせるようなことがあれば、僕は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボケとツッコミがわかる人

 

抜けてドツきながら、探し続けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――失笑するんじゃないか。

 

ソディアから異性関係を問われたのに対し、バカ正直に居ないと答えて、深刻な顔されたら、私はもう立ち直れないかもしれない。

トルビキア大陸の森のど真ん中、フレン小隊の野営地の一角で、ソディアにガン突きつけられた私は、そんな下らないことに思考をめぐらせていた。

 

質問の意図がしれないし、何が琴線か判断できないので、憶測立てても意味はないんだけど。

少し捻って「男なんてものは、思春期バリバリの妄想で補うもんです」とか答えたら、血の雨が降るんだろうな、きっと。

 

 

どうしてこうなったんだっけ?

私は今まで、ユーリたちと日本に帰る旅を続けてきたんだけど、カプワ・トリムにて、フレンから、騎士団長が私と話がしたいから、ヘリオードに一緒に来いと言われたのだ。

一方、ユーリは魔核泥棒ギルド「紅の絆傭兵団」と思われる団体が、カルボクラムという廃墟へ向かったという情報を得ていた。

 

ユーリについて行くか、フレンについて行くか。

 

究極の選択であったが、何をするにも自分の問題を片付けてからってことで、私は一時ユーリたちと別れ、単身フレン小隊と一緒にヘリオードを目指すことにした。

 

とはいえ、見ての通り、私が居るのは町ではなく、テントの中。

道中、雨に見舞われ、急遽森のど真ん中に野営地をしいたんだが。

私の日頃の行いに問題があるのか、トラブルがひっきりなしに振ってくる。

手始めに、エステルの親戚筋のヨーデルがいらん情報を仕込まれ若い過ちを犯そうとするし、それを見たフレンが昇天しそうになるし、騎士団の皆に視姦くらうしで、暇にこと欠かない。

 

誰か、私に安息をくれ。

 

いや、まあ、そう嘆かなくても、下手なこと言えば、目の前のソディアが安息をくれるだろう。

永遠という意味で、だが。

 

 

「……そんな安息はイヤだ」

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、私にお付き合い願います」

 

「あ、いいですよ。さっきのは独り言です。気にしないで下さい」

 

 

ソディアから申し訳なさそうにお願いされ、私は苦笑いをしながら、はぐらかした。

帝国騎士団 フレン小隊所属の女騎士ソディア。

年の頃は私より、2,3上だろうか、泣きホクロが印象的なシャープ系の美女である。

ユーリとかならともかく、彼女みたいな真面目気質な人間相手に、中途半端な対処はご法度だ。

永遠の眠りへ叩き込まれないよう、慎重に事を運ばなければ。

 

 

「えっと、もう一度確認させて下さい。

ソディアさんは、私の異性関係を知りたいんですよね」

 

「はい。貴方が現在、どのような男性とお付き合いしたことがあるか、お聞きしたいのです」

 

「とどのつまり、彼氏の有無?」

 

「簡潔にはそうなります」

 

「ああ、やっぱり……。この際、ぶっちゃけますけど、……いないですよ」

 

「いい線までいってるとか、友達以上恋人未満な殿方はいないのですか?」

 

「血反吐吐く思いでむごい現実を告白したってのに、さらに抉ってくるんじゃないですよ」

 

「すみません。貴方を傷つけるつもりはありませんでした。

……あ、騎士にも独り身が多いですよっ。

現に騎士団長やシュヴァーン隊長もまだ独り身ですから、人生充実している人ほど、独身傾向にあるのかもしれません」

 

「そういうソディアさんは、彼氏いるんですか?」

 

「わ、私は……! 私は、フレン小隊長の志に忠誠を誓う身ですから、恋愛に割く時間などありません」

 

「ふーん」

 

 

恋愛しないと言いつつ、狼狽しながら、フレンの部分で、頬を赤らめるのはどうだろう。

彼女のフレン神聖化の中には、異性としての淡い感情が含まれているのか。

……聞いたところで、全力で否定されそうだけど。

 

 

「うーん。真剣に異性関係なんて聞いてくるから、何事かと構えちゃいましたよ。

おかげで、自尊心クリティカルダメージで、メンタルポイントごっそり持ってかれました」

 

「ご期待にそえなくて、申し訳ありません。

けれど、どうしても確認しておきたかったのです」

 

「私の恋慕事情なんて調べて何になるんです?」

 

「前に帝都で、私が貴方に忠告したのをお忘れですか。

先ほどのように、隊内が騒ぐような事態を引き起こされると、小隊長としての尊厳が危うくなるのです」

 

「……げ」

 

 

ソディアから諌められて、私は小さく呻いた。

フレンの出世に関わる言動は慎んでほしい。

私がこの世界に来てから、真っ先に警戒していたのは、彼女だ。

 

 

「す、すみません。決して忘れてたんじゃないですよ。

ここん所、バタバタしてて、余裕が……! だから刺すのは止めて」

 

「何をさすのか、わかりかねますが。私は別に、貴方を責めているのではありません」

 

「へ?」

 

「貴方は狙われている身。生き残るためには、フレン小隊長を頼る他なかったのです」

 

「一応ユーリもいたんだけど」

 

「信用なりません」

 

 

ソディアはぴしゃりとユーリを否定し、冷やかに訴え始めた。

 

 

「あのような犯罪者と同じ空気を吸っていたら、半日もせずに、常識と公序良俗世間一般の基準を大きく乱されてしまいます」

 

「手配書は濡れ衣ですってば」

 

「ユーリ・ローウェル……!

貴方とエステリーゼ様をたぶらかしただけに飽き足らず、公前で平然と破廉恥な胸元チラつかせて、なんの罪もない一般市民の理性を混沌へと引き込む歩くわいせつ物など、タルに詰めてノール港の海に沈めた方が、世のため、帝都のため、フレン小隊長のためなのです」

 

「粗っぽいけど、面倒見がよくて、強くて、いい男ですよ、彼。……破廉恥だけど」

 

「私は、いたずらに秩序を乱す輩に、心を奪われたりしません」

 

「さ、さいですか」

 

「貴方は純粋だから、あのような下らない男の色目に惹かれてしまうのです」

 

「懸命にオブラード包んでますが、要は”私が未経験だから、あんな美男の色目に引っかかるって、言いたいんですよね。ソディアさん。

余計なお世話です。ほっといて下さい」

 

「なりません。

騎士として、いたいけな少女が、悪に染まっていくのを放っては置けません。

万が一貴方が、あのようなマルチ劣情野郎に感化されてしまったら、小隊長の血管が臨界点を突破し…………っ!

こ、この世が終わってしまう」

 

 

世紀末説教使者降臨を想像したのか、ソディアはサッと青ざめた。

ユーリみたいになった私をフレンが直視したら、彼女の理想世界が終わるのか、テリュカ・リュミレースが崩壊するのか知らんが、その前に私の人生が終了しそうだ。

 

 

「ピリピリしなくても、私はユーリ色に染まりませんよ」

 

「染まったら漂白します。精神的に」

 

「まさかの精神粛清?! 何気に恐ろしい事、真顔で言わないで!

は、話を元に戻しましょう! フレンさんの風評なんとかしないとっ」

 

「そうですね。危うくユーリ・ローウェルの暗殺計画に突入するところでした」

 

 

突入するな、永遠に。

 

 

「小隊のリアクション見てると、私との噂、かなり広まってるみたいですね。

ノール港で、フレンさんに誤解とくようにお願いしたけど、本人があの調子じゃ効果ないかも」

 

「無理もありません。貴方が旅に出てからというもの、フレン小隊長は、自らの手で貴方を守らなければならないという使命感に囚われていました。

ノール港で貴方と再会し、ラゴウやギルドの件で、余計に固執しているようです」

 

 

ユーリから幾分状況は聞いていたが、ノール港の一件で、さらに悪化したようだ。

他人任せにした責任かもしれないが、私自身の無茶が引き金になっていたのも否めない。

ソディアは物思わしげに、こう続けた。

 

 

「貴方に対する小隊長の態度は、要人を守る騎士というよりは、まるで1人の女――」

 

「女?」

 

「いいえ、妹におせっかいを焼いているようなのです」

 

「任務以上に、過干渉になってるんですね」

 

「はい。小隊長に少し控えるようお願いしたところで、火に油を注ぐだけ。

貴方に男の影があれば、小隊長も大人しくなるのではないかと踏んだのですが」

 

 

私が他人の女だとわかれば、誠実なフレンは過保護の手を緩めるのではないか。

だから、異性関係など聞いてきたのか。

 

 

「けど、ソディアさんの言い分じゃ、フレンさんは私を子供じゃなく、異性としてみてるのが前提じゃないですか」

 

「いいえ。妹のように接しても、周囲からは女性を愛でているように見えます」

 

「そ、そーかな……」

 

 

ソディアは強い眼差しを受けて、私はいまいち納得いかないながらも、疑問を飲み込んだ。

認識はどうあれ、彼女が危惧するように、フレンは帝国関係なしで私を守りたいと言っていたのに違いないからだ。

 

 

「理由つけて、私がフレンさんと接触しないようにできないんですか?

例えば、男性のフレンさんが女の私の護衛をするのは、世間体に悪いから、同性の貴方が護衛につくとか」

 

「既に進言済みです。小隊長の手が回らないときは、任せていただけますが、基本は……」

 

「フレンさんなんですね。

本来私の面倒見るはずだった親衛隊か、シュヴァーン隊がいれば、片が付くんだけど。

私から、止めてください 遠慮します どうぞ去んで下さいと言ったところで、あの人止めるどころか、加速しそうですよ」

 

「すみませんが、”去んで下さい”は候補から外して頂けませんか。小隊長が凹みます」

 

「凹んで止まればいいじゃないですか」

 

「小隊長が凹んだから、任務に差支えが出てしまいます」

 

「去ねの一言で行動不能なんて、どんだけメンタル貧弱な小隊長なんですか。

ソディアさんは、手段選んでほしいみたいですけど、あの実直で鈍いフレンさん相手にオブラード包んだお断りが通用するとは思えませんよ」

 

「……実直に焦点を置けば、なんとかなるかもしれません」

 

 

私が手詰まりになったところで、ソディアが控え目に、ある作戦を持ち出してきた。

それは、誠実で頼りがいのある人なら、察して身を引いてくれる、態のいい方法なのだが。

一通り説明を聞いてみたところで、あの地雷所在不明の天然騎士に通用するかわからん上に、私の演技力に運命が左右する難解な作戦であることがわかった。

 

 

「ダメです無理です、難易度アンノウンです。

とてもフレンさんハメられそうにない。私のリスクがデカすぎる」

 

「様子を見るだけです。しくじっても大したことはないでしょう」

 

「私の面子が大したことになるよ」

 

「その時は、どうぞ私の名前を出してください」

 

「それはできません。正直にチクったりしたら、ソディアさんがフレンさんに天誅――もとい、叱られるじゃないですか。

やるからには、私も責任持ちますよ。

私だって、フレンさんの邪魔になりたくない。帝国を平和にしたいって夢に集中してほしいもの」

 

「ありがとうございます」

 

 

全責任を負おうとするソディアを慌てて止めると、彼女はホッと胸をおろした。

表情がほころんでいるのは、フレンの制裁を逃れた安心感というより、私が同調してくれて嬉しいといったところか。

 

 

「貴方が素直な人で良かった。

小隊長との関係には懸念が残りますが、貴方個人としてなら、好感がもてそうです」

 

「ただの小心者ですよ」

 

「自制心があるのでしょう。もしも貴方が見境のない底辺ビッチなら、小隊長のいない隙に跡形も物らず闇へ葬っているところでした」

 

「笑顔で物騒なことほざかんでください」

 

「そうですね。騎士が……いいえ、女性同士で血なまぐさい話をするものではありません。

貴方とは、機会があれば、いろいろと語り合いたいものですが」

 

「いろいろ? もっとフランクな話なら、今からでも……」

 

「――失礼。僕だけど、入ってもいいかな」

 

 

私の言葉を遮って、テントの外から若い男の声がした。

 

フレンさんだ!

 

思ったより早い襲来に、私とソディアとの間に緊張が走る。

例の作戦を始めるのか。

互いに目配りをし、力強く頷くと、ソディアがゆるりとテントの入り口を開いた。

 

 

「どうぞ、お入りください」

 

「失礼するよ」

 

 

開いた入り口から、びしょ濡れのフレンが身をかがめて入ってきた。

ふさふさだった金髪はしなって、整った鼻や頬から幾粒もの雨水が滴っている。

服も肌に張り付いてるせいで、爽やかさは半減したが、それ以上にしっとりとした男の魅力が醸し出されていた。

文字通り、水も滴るいい男を体現されて胸が跳ねたが、このままでは彼が風邪をひいてしまう。

すぐさま、自分に渡されたタオルから、置き場所を思い出し、1枚新しいのを取り出すと、フレンへ差し出した。

 

 

「フレンさん、お疲れ様です。これ、そこにあったんですけど」

 

「ありがとう。使わせてもらうよ」

 

 

フレンは私からタオルを受け取ると、制汗スプレーかシャンプーのCMに出てくる男性モデルみたく、頭からうなじへ雨水を豪快にふき取った。

何から何まで様になる男だ。

女性2人に眺められた彼は、ひととおり拭い終わると、大きく一息ついた。

 

 

「遅くなってすまない。ヨーデル殿下を説得するのに、時間がかかってね」

 

「説得?」

 

「あまり勝手をなさらないようにと釘を刺してきた」

 

「勝手?」

 

「こちらのことだから、君は知らなくてもいいよ」

 

 

サラリとはぐらかすフレン。

んなこと言われたら、余計知りたいじゃないか。と、本来は突っかかるところだが、今の私にそんなゆとりはなかった。

既にソディアの作戦は始まっているのだ。

私たちの思惑など知りもしないフレンは、押し黙る私を見て、小首をかしげた。

 

 

「桜、風邪でもひいたのかい? 今すぐ横になる?」

 

「だ、大丈夫です。疲れてるだけで、眠くはないです」

 

「横になると、少し楽になるよ。いつでも寝られるように、寝床の準備だけはしておくね」

 

「小隊長の手を煩わせるまでもありません。私がやります」

 

「いや、私がやっておくよ。ソディアも働き詰めで疲れただろう。休憩をとってくれ。後は私が見よう」

 

「小隊長、お1人で?」

 

「そうだ」

 

 

ソディアが戸惑いながら訊ねると、フレンはキッパリ答えた。

この男、テントで女性と2人きりになるってのに、物おじしない。

天然か鈍いのか知らんが、コレはまずい。私の助けて視線を受けたソディアは、負けじと食い下がった。

 

 

「お言葉ですが、小隊長お1人で、彼女の護衛させるわけにはいきません」

 

「一小隊で、ヨーデル殿下と桜をお守りせねばならない。これ以上、人手は割けられないんだ」

 

「でしたら、私が引き続き桜につきますので、小隊長はヨーデル殿下をお願いします」

 

「悪いが、君では力不足だ」

 

「……っ、恐れながら、私のどこが力及ばないのでしょうか」

 

「君に、桜を心身とも守り通せる自信があるのか」

 

「……は?」

 

「彼女を狙う輩は数多くいる。

得体のしれないギルドや、どこぞの自己陶酔ヒステリック騎士や変質執政官、覗きやストーカーを。

ユーリの胸元を完全スルーしてのける汚れた世界観の中、そこらかしこから際限なく言い寄ってくる有象無象の野郎たちを世間から消し続け、その過程で生まれる彼女との際どいシチュエーションに揺れる自身の本能から、君は桜を守れるのか」

 

「すみません。後半辺りが到底理解できそうにありません」

 

「努力するんだ」

 

 

言葉を通り越して、ゲシュタルト崩壊したものをそんじょそこらの努力で、理解できるとは思えんが。

目が滑るような長文を真顔で言い放つフレンに、ソディアは只ならぬ気迫を感じたが、諦めずに説得を試みる。

 

 

「彼女を狙う輩が多く、我々の警備に不安を感じるのはわかりますが。

小隊長は男性ですよ。異性の護衛をするのは、いささか限界があります」

 

「護衛に性別の壁はない」

 

「あります! ノール港の覗き事件がまさに!

入浴時など、同行が制限される場面では、どう対処するおつもりですか?!」

 

「事前に、彼女の行く手を調査する。

浴場から、寝室、お手洗いまで、死角は片っ端から潰すんだ。

いざとなれば、犯人が近づかないよう、桜が用をたしている間に窓際で待機する」

 

「待機すんなあああ!」

 

 

真剣に覗き宣言する小隊長に、私は堪らず声を上げた。

 

 

「窓際に張り付くって、覗きと大して変わらねーでしょうが!

帝国の根性叩き直すビックイベント引き起こす予定の存在が、覗きなんて小規模なアウトロー真顔で語るんじゃないよ!」

 

「誤解だよ、桜。

直接張り付いたりしない。犯人が忍び込むまないよう、近くで身を潜めるだけだよ」

 

「イケメン騎士が、茂みにナリ潜めて、女子高生が入浴している窓を遠目で張るってのも、かなり異様な光景ですよ」

 

「プライバシーと警護の両立は難しいんだ。

傍にいてやれなくて、心細いかもしれないけど、安心してくれ。

寝室は一緒だから」

 

「早速安心できねえええええ!」

 

「君がぐっすり眠れるように、ちゃんと起きてるよ」

 

「眠ってください。どこか遠くで」

 

「そうはいかない。このテントは対魔物用で、人間には通用しないんだ。

暗殺者や誘拐犯には、騎士が対処しなくちゃならない」

 

「だったらソディアさんの言うとおり、ヨーデル様の方へ行くべきじゃないですか」

 

「殿下はすでに対処済みだよ。狙われる原因に心当たりはあるからね。

反対に、君のは不確定要素が多いんだ。

最悪、ザギという暗殺者が現れたら、生半可な戦力では太刀打ちできないだろう」

 

 

確かに、ユーリでさえ梃子摺る上に、まともな会話が雀の涙以下の人間規格外が降って沸いて出たら、ソディアだけでは敵わないだろう。

彼は私たち、皇帝の親族を預かる身。風評以前に、任務失敗したら、目も当てられない。

ソディアがフレンの世間体を心配しているのに対し、当のフレンは常に隊の最悪を心に留めているんだ。

2人の考え方に納得していると、ソディアがすくっと立ち上がった。

 

 

「畏まりました。私はここで失礼します」

 

「ソディアさん?」

 

「どうやら、私の要らぬ心配だったようですね。

お言葉に甘えて、後は小隊長にお任せします」

 

「任せてくれ。ソディア、ご苦労だった」

 

「あ、あの……」

 

「桜、――よろしくお願いします」

 

 

ソディアはアッサリ身を引くと、困惑する私へ、後の作戦実行お前に任せたと言わんとばかりに一礼し、テントを去っていった。

 

に、逃げられた! 白状もん……!

やはり、彼女はフレン信者だった。もう信じられん。

 

心の中でソディアの裏切りを嘆く私。

そして、彼女が去った途端、眉目を緩めたフレンだけが、さして広くもないテントに残ってしまった。

ノール港以来、小隊長といっしょ。第3弾。

 

2人きりになって早々、フレンはニコニコとシーツを敷き始める。

一方私は、彼の作業の邪魔にならないという名目で、テントの隅っこで体育座りをして我が身を守っていた。

 

どうしてこうなった。いや、過去を恨むより、今を解決しなければ。

 

お堅い彼のことだから、ユーリみたいに吹っ切れて腕枕してくることはないだろう。

イケメンだし、年上なのにかわいいトコあるし、とんでもなく優しいので、逆にこっちから飛びつきたいところだが、フレン・シーフォはいらない可能性も秘めた男である。

時折、思いもしないところでスイッチ入って暴走したりする。

 

しばらく沈黙が流れた後、フレンが口を開いた。

 

 

「さてと、床の準備ができたよ」

 

「ありがとうございます。後で使わせてもらいますね」

 

「うん。ところで、ソディアと話し込んでいたけれど、相談事かい?」

 

「え、いや、まあ……」

 

「よければ、僕も相談に乗るよ。話してごらん」

 

 

フレンから柔らかに促され、私は心を痛めつつ、苦笑いを浮かべた。

ああ、やっぱりこうきた。彼は親切な人なんだ。

ソディアの作戦と言うのが、その善意に乗っかって彼を試すものだから、かなり気が引ける。

止めに、作戦発案者兼進行役が抜けてしまったので、私1人で進めなければならない。

 

 

「や、やりたくないな……。でも、後でソディアさんが怖いし」

 

「怖い? ソディアが?」

 

「い、いえ、違います」

 

「そうか。てっきり、彼女に何かされたのかと思ったよ」

 

「なんかあるんですか、ソディアさん」

 

「うん。彼女がいると、街中の女性たちが、夜行性の肉食動物みたいに遠巻きで様子をうかがってくるんだ。

いつもなら、たくさん相談を持ちかけてくれるのに。あれはなんだろうね」

 

 

ソディアが牽制してんだろ、それ。

フレンに女の影がないのは、天然だけでなく、彼女の涙ぐましいいらん努力のせいかもしれない。

人工女日照りにされてるなど、露も知らぬフレンは、改めて澄んだ青い瞳を傾けてきた。

 

 

「じゃあ、君は一体何に悩んでいるのかな」

 

「もろ女の子の話だから、男のフレンさんじゃわかりっこないですよ」

 

「聞いてみなきゃわからないだろう。

もしかして、ソディアが執拗に君の護衛を申し出ていたのは、それが理由かい?」

 

「当たらずとも遠からずですけど。

話したところで、笑われるか、固まるか、話を180度転換させられるからいいです」

 

「笑わないし、固まらないし、話は徹底的に突っ込むよ」

 

「どこに?! ……まあ、ちょっとだけならいいか。

でも、話す前に、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」

 

「何だい?」

 

「フレンさんって、女性と付き合ったことがありますか?」

 

「つ……っ!」

 

 

私が率直にデリケートな質問をぶつけると、フレンは言葉に詰まり、ぴたりと動きが止まった。

この初々しい反応からするに、答えはノーなんだろうか。

蝋人形と化していた彼は、私に凝視されてると気づくや否や、止まった呼吸を整えながら、努めて冷静に答えた。

 

 

「……な、ないよ。桜は、おかしなことを聞いてくるんだね」

 

「おかしいのは、フレンさんですよ。

貴方くらいの人なら、彼女の1人や2人くらい経験があるでしょうに」

 

「僕は騎士として、法の下の平等への実現に力を注ぎたいから、恋愛沙汰は無縁でいたいんだ」

 

「女性に興味はないんですね」

 

「ないわけじゃない。今がその時期ではないだけだよ。……いつかはしてみたいと思うけどね」

 

 

と、フレンは嬉しそうに、私へ微笑みかけてきた。

恋愛に興味はあるけど、やりたいことがあるから、後回しか。

 

 

「十分自制しているじゃないか。ソディアさんの心配性め……」

 

「よくわからないけれど、君の悩みは、僕の恋愛と関係しているのかい?」

 

「そ、そうですね。……とりあえず、なんとかなりそうなんで、大丈夫ですよ」

 

「煮え切らない答えだな。本当にもう平気?

何度も言うようだけれど、僕に遠慮しなくてもいいんだからね」

 

「遠慮してませんよ。これでもかってくらい、我儘させてもらってます」

 

「いいや、君はまだ自分を抑えつけている。いつまでも、頑なに我慢していると、体を壊してしまうよ」

 

「フレンさんまで、ユーリと同じこと言うんですね」

 

「ユーリもそう言うなら、尚更だ。

しかも彼と違って、君は僕に対して他人行儀で、とても緊張しているように見えるよ」

 

「あー……」

 

 

フレンから冷静に突っ込まれ、私は思わず手をついた。

 

 

「ユーリは、あの砕けたノリに乗っちゃっただけです。目上の人や年上には敬語使いますよ」

 

「エステリーゼ様はどうなんだい?」

 

「彼女が私語使えって言ってきたからです」

 

「では、僕も呼び捨てで構わない。敬語は抜きでいい」

 

「え」

 

「エステリーゼ様にもできたんだ。僕相手でもできるだろう」

 

「む、むむむ無理無理、無理です! フレンさん、私とは5つも年上なんですよ!

騎士団の小隊長だし、皆の憧れの的なのに、馴れ馴れしく私語とかブッ放したら、ソディアさんからタイキック食らう!」

 

「君を傷つける輩は、1人残らず僕が光翔翼・散で連続射撃だよ」

 

「撃つなよ!」

 

 

フレンがだんだん前のめりになってきている。

拙い、スイッチが入ったのか。

背筋に冷たいものが走り、及び腰になる私とは正反対に、フレンの弁は熱くなる。

 

 

「腹を割って付き合うには、まず形から入らないと。

君が遠慮するのは、そうやって他人と一定の距離を取るからだ」

 

「んなことしたら、マジで腹が裂かれそうですよ。物理的に」

 

「どうしてそんな頑なになるんだ」

 

「なんでそんな必死になるんですか」

 

「君の悩みも聞いてやれないようでは、真に守るとは言えないだろう」

 

「全力で守っていらんです。ホドホドでいいんです。無用な追求心燃やさんでください」

 

「君がこんなに嫌がるなんて。……そうか、僕は、桜を守るに値しないのか」

 

 

私が負けじと拒否し続けたら、フレン、今度はしゅんと首を垂れた。

湧き上がる激情に耐えるよう顔を歪め、青い瞳は少し潤んでいるように見える。

 

 

「フ、フレンさん……?」

 

「ごめん。人の相談を無理強いするものではないよね。

こんな当たり前のこと……、君が僕を信頼できないのも無理ないよ」

 

「すごく頼りにしていますよ! 今日だって、森の中、ヘビや虫から守ってもらったし、ヨーデル様の対処に困ってるところを颯爽と助けてくれたし、布団敷いてくれたし!」

 

 

フォローつもりが、口に出してみると、スケールがミニマム化する不思議。

同行時間が短いから仕方ないんだけど、これでは頼れる騎士というより、気が利く男じゃないか。

本人も自覚があるものの、持ち前のアグレッシブ精神で、自分を焚き付けた。

 

 

「このままではダメだ。

桜自ら打ち解けられるようになるには、僕自身が心身ともに精進しないといけない。

もっとフレンドリーに、積極的にコミュニケーションをとらなければ!」

 

「いかんこの人、落ち込んでたんじゃなかったのか?!」

 

「少し時間はかかるかも知れないけど、必ず君の期待に応えられる男になるよ」

 

「すでに私の想定外ですよ。

……これじゃあ、バカ正直に”好きな人がいるんですけど~”なんて典型的な悩み打ち明けたら、どんな熱血尋問されるか……」

 

 

フレンの急展開にうろたえ、つい例の作戦内容を零してしまった。

やばいと口をつぐむんだところで、口にした言葉は戻せない。

恐る恐る視線を戻すと、目前で闘志を燃やしていたフレンが、急速に失速していった。

彼の只ならぬ雰囲気に、ノール港の再会がフラッシュバックする。

 

 

「フ、フフレ、フレ、フレンさん……? ま、まさかキレて」

 

「桜。君には、好きな人がいるのか」

 

「え? ええ、まあ……」

 

 

勢いに飲まれて、肯定してしまった。

ソディア曰く、他の男に恋していると話を持ちかけ、遠まわしにフレンに興味ないと知らしめる作戦らしいのだが。

パンチが弱い。よく考えたら、的が外れているような気がする。しかも、実行してみたら、変なところに入った。

フレンは肩透かしを食らったように、半ば呆けながら「そうか、なるほど」と繰り返す。

 

 

「君くらいの年頃なら、好きな人の1人はいても、おかしくないか」

 

「怒ってないんですか? 呆れてるとか?」

 

「どうして?」

 

「どうしてって、その……」

 

 

フレンから素で問い返されて、正直に”あんたの気持ちを試してました”とは言えない。

なんだ、普通じゃないか。

それもそうだ。私のことで、フレンを翻弄しようなんて、思いあがりもいいところだった。

急に恥しくなって、黙り込む私をフレンは、騙されたとも知らず、温かく支えてくれた。

 

 

「ありがとう。話してくれて、とても勇気が要るだろう」

 

「フレンさん、わ、私、なんてバカなこと……」

 

「バカは野郎の方だよ」

 

「え」

 

「誰かに心を惹かれることを、恥じることはないさ。

ただ箸が落ちただけでも笑う年頃というものがあるように、若さ故にドコの馬とも知れないしょうもない虫に引っかかることもある」

 

「思春期の娘を持つ親父か、あんたは」

 

「心配しているんだよ。

君がどんな男性が好みで、その好きな人がどのくらい当てはまっているのか、というより、この際どこのどいつのことなのか、はっきり把握しておくべきだと思うんだ。騎士として」

 

「騎士は関係ないですよ。とってつけたように言わんで下さい。

私が誰を好きになってもいいじゃないですか。

それより、これは私とフレンさんの噂を晴らす、絶好のチャンスですよ」

 

「だけど……」

 

 

フレンは言葉を探すように、歯切れの悪い返事を返すだけ。

もしかして、疑っている? 私の演技が浅かったのか。

彼は私に言及することもなく、俯いて、青い瞳は地面を泳ぎ、薄紅色の唇はもどかしそうに微動する。

やがて思うような言葉が見つからないと悟ったのか、重い表情で、口を開いた。

 

 

「わかった。すまない。もう聞かないよ」

 

「そ、そうしてくれると、助かります」

 

「君の言うとおり、例の噂を解決しなくちゃいけないしね。

他人の恋沙汰に首を突っ込むなんて、野暮だった」

 

「なんか心なしか暗いですけど、大丈夫ですか」

 

「大丈夫。少し、眠いだけだよ。君も疲れただろう。さあ、お休み」

 

 

フレンに促されるまま、私は寝床へ足を運んだ。

意気消沈した彼の様子が引っかかるが、これ以上藪を突く度胸もない。

後でソディアと相談してからでも、遅くはないだろうと、床へ身を傾けかけたその時だ。

ギシリ、ギシリ、とテントがきしみ始めた。

 

 

「天井に雨水が溜まったのかな」

 

「いや、こんな急には――」

 

 

フレンが外を確かめようと立ち上がった瞬間、彼の背後のテントが内側へ大きく開く!

彼が腰の剣に手をかけるのが早いか、そこから騎士たちが4,5人雪崩れ込んできた。

 

 

「バカ! お前、押すなって言っただろ」

 

「雨が邪魔で、よく聞こえなかったんだよ」

 

「せっかく順番回ってきたのに……」

 

 

フレン小隊のカラーを身にまとった彼らは、呻き声を上げながら、次々に互いを罵りあった。

良く聞こえなかった? 順番? どういう意味だ。

あれこれ騒いでいた騎士たちは、ポカンとしている私たちと目が合うと、一斉に土下座した。

――なぜか、私に向かって。

 

 

「桜さん!」

 

「わ、私?!」

 

「フレン小隊長をお願いします!」

 

「……え?」

 

「他に心寄せる男性がいるのは、重々承知の上で、お願い申し上げます!

どうか、フレン小隊長を見捨てないでください!」

 

「お願いします!」

 

 

彼らは、開口一番にフレンを勧めてきた。

どうやら、先ほどの会話と噂の話をミックスした上で、噂の方を推してきたらしい。

フレンの人望ゆえか知らんが、当人は事態についていけず、硬直したままだ。

上司が黙っているのをいいことに、部下たちは私目掛けて、次から次へ畳み掛けてくる

 

 

「フレン小隊長は、誠実、有能、容姿もバツグン。

同性が見ても、フレン小隊長ほどのイイ男はおりません」

 

「そりゃ、フレンさんは、絵に描いたような色男だけど」

 

「臆病にならなくても、フレン小隊長は、融通が利かない、どこか抜けている、対殺人兵器とも言われる破壊的な味覚をもっているなど、お茶目なところもあります!」

 

「最後のはどう足掻いてもお茶目じゃないよ。異常だ、脅威だ、てか人殺すの?!」

 

「小隊長は、任務にだけ喜びを感じる仕事人間。

そんな中、小隊長が仕事以外で一生懸命になれる人が現れた。

それが貴方なのです!」

 

「貴方なのです! とか、言われても……。

そ、それ、貴方たちが客観的に見て、判断しただけで、フレンさん本人から聞いたわけじゃないでしょう。

噂に踊らされてるだけすよ。ねえ、フレン……さん?」

 

「お前たち、言いたいことはそれだけか」

 

 

部下に言い詰められ、縋るようにフレンの方を向いたら、鬼神がいた。

訂正しよう。

笑顔の仮面をかぶったフレン小隊長が、闇のオーラを放ちつつ、腰に差した剣を握り、部下たちの前で仁王立ちしていた。

ノール港の悪夢再び。

笑顔でキレるエキセントリック小隊長とご対面し、私に詰め寄っていた部下たちは一斉にすくみ上りました。

 

 

「しししっし、しょ、小隊長が、ありえない形相に……!」

 

「君たちがどういうつもりで、私たちの会話を盗聴した挙句、桜のテントに侵入し、あまつさえ戸惑う彼女に無理難題を強いたかは、後程じっくり剣で聞かせてもらう」

 

「殺す気……?!」

 

「私が与えた任務はどうしたんだ」

 

「自分たちの番は先ほど終了し、今は他のグループが……」

 

「休憩時間を使って、盗聴か」

 

「はい。ローテーションで盗み聞き――」

 

 

部下その1がうっかり零した発言に、私は身の毛がよだった。

ローテーションで盗み引きって、まさか、私の小芝居を他の皆も聞いていたってことか。

なんて公開処刑だ。今すぐここから飛び出してしまいたい。

けれども、私以上に、最高責任者フレンが今すぐ抜剣しそうでした。

 

 

「休憩とは、次の任務のために、体力を温存させる大事な業務のひとつだ。

命令の意味さえ理解出来なかった上に、護衛対象を1度ならず、2度までも困らせるなんて……っ」

 

「フレンさん……!」

 

「――いいじゃないの。上司想いの部下たちで」

 

 

怒りに震えるフレンを宥めるように、声が降りかかった。

女性の声、もちろん私はない。

ソディアとは真逆のやおらかな声は、部下たちの背後から現れた1人の女性から発せられたものだ。

 

 

「ごめんなさい。お邪魔だったかしら。

でも、貴方も悪いのよ。貴方のために、一生懸命、その子を説得している人たちを責めるんだもの」

 

「お前は……?」

 

「通りがかりの旅人よ」

 

 

彼女は、神経を尖らせるフレンにのほほんと答えた。

普通、騎士団のテントに堂々踏み込んできて、んなことのたまった日には、即行捕縛されて、締め上げられるのがオチだが、彼女が放つ浮世離れしたカリスマが私たちの動きを支配して叶わない。

いや、一番の要因は、彼女の容姿だ。

年は20歳くらいの妖艶な美女で、優美な肢体に、豊かな胸、見事な腰つきに、はりのある肌。

それを惜しみもせずに露出したビキニ姿で、堅苦しい騎士団の中に飛び込んできたら、皆釘付けになってしまうだろう。

現に、フレンの部下たちは、彼女の目のやり場に困っているようだ。

同性の私でさえ、見事な女体を前に溜息が漏れそうだったが、彼女には違和感があった。

 

 

「耳。耳がとんがってる……。頭から生えたフワフワ、それ何?」

 

「貴方、クリティア族は初めてなのね」

 

「く、くり……? 前にどこかで聞いたことがあるような」

 

「クリティア族。エアルに適応した人種よ。

耳が長くて、触角がある以外は、人間と変わらない」

 

 

言って、彼女はくるりと240度回って見せた。

エルフのような耳と、頭から垂れ下がった2本の尻尾みたいな触覚以外は、ナイスバデ……もとい、人間の女性となんら変わりない。

 

 

「そのフワフワ、触覚なんだ」

 

「ふふ、そんなに目を輝かせて、カワイイ娘ね。 いいわよ。触ってみる?」

 

「触っていいの?」

 

「どうぞ。ほら、遠慮しないで、いらっしゃい」

 

「じゃあ、失礼して――あ」

 

「桜、下がってて」

 

 

彼女が差し出す触覚に、おずおずと手を伸ばそうとして、フレンに阻まれてしまった。

当然だが、彼は彼女に対して、警戒心を解いてはいない。

 

 

「ここは騎士団野営地だ。周囲にも見張りがいたはず。どのような了見で、この場に踏み込んできた」

 

「その娘に伝言があったから、こっそり入ってきちゃったの」

 

「こっそり、だって?」

 

「雨はいろいろと隠してくれるわ。音や影、視界もね」

 

「くっ、……もう少し、人を増やすべきだったか」

 

「せっかくキレイな顔してるのに、怖い顔しないで。私、喧嘩をしにきたんじゃないの」

 

「どういうことだ?」

 

「貴方、彼女のこと、諦めるのは早いわ」

 

「なんのことだ?」

 

 

フレンが眉を潜めるが、彼女は構わず訴えた。

 

 

「人の想いは、固まるまで移ろい易いものよ。

彼女は、恋人、彼氏がいるではなく、好きな人がいると言ったのよね。つまり、両思いではない」

 

「あ、ああ」

 

「彼女がまだ片想いというのなら、一気に攻め込むべきだと思うの」

 

「え? ええ?!」

 

「彼女の相談に乗るように見せかけて、様々な情報を聞き出し、外堀を埋めて、逃げ場を奪う。

大丈夫よ。貴方ほどの良い男なら、押せば押すほど、彼女は応えてくれるはずだから。精神的も、肉体的にも」

 

「応えるかぁああああ!」

 

 

緩やかに襲うことのを勧める彼女に、私は全力で拒絶の意を示した。

 

 

「純朴な青年に、強○勧めんじゃないわよ!

フレンさんなんだよ?! あらゆる事象に規格外なのがフレンさんなんだよ!

よくわからん衝動に駆られて、これはいけると思ったら、本当に実行しかねないでしょ!!」

 

「いや、さすがに君を襲うなんて酷いことはできないよ。

ていうか、君のような女の子が……その、強○なんて乱暴な言葉を口にしちゃいけない」

 

「私はいいんですよ。それより、この人!

貴方、わざわざこんなこと言いに、騎士団の野営地に侵入してきたの?!」

 

「貴方はこんな可愛い男の子に迫られて、嬉しくないの?」

 

「う、嬉しいくないことないけど。フレンさんは迫ってないでしょ!」

 

「あら、ごめんなさい、まだだったのね。

気を悪くしないで。そこの可愛い男の子に、ぼやぼやしていると、他の男に取られるわよって、アドバイスしただけ。

貴方、見たところ、押しに弱そうだから」

 

「見た目で判断すんな。これ以上下らんこと言うなら、はよ帰れ!!」

 

「駄目よ。私、貴方に伝言を預かってきたんだから」

 

 

私が退去通告訴えると、彼女はきっぱりと断り、こう続けた。

 

 

「『西へ向かうなら気をつけろ』ってね」

 

「西? ヘリオードのこと? 何に気をつけるの?」

 

「さあ? 私はこの言葉を貴方に伝えるように頼まれただけ。

意味は、私より、貴方たちの方が心当たりがあるのではなくて?」

 

 

質問したら、逆に彼女から探るように訊ねられた。

彼女が何者かは知れない。本当に伝言を頼まれた一般人なら、下手にあれこれ聞くと、デュークの時みたいに、余計な情報や推測を与えてしまう。

私が沈黙するのを見届けた彼女は、さっと身を翻した。

 

 

「じゃあ、伝えたから。これで失礼するわね」

 

「待て。その伝言は誰から頼まれたんだ」

 

「小隊長さんったら、目ざとい人」

 

「答えてくれ。女性相手に手荒なマネはしたくない」

 

「優しいのね。でも、それでは、その娘は守れない。

……私の姿を確認した時点で、拘束するべきだったわ」

 

「今からでも遅くはないよ」

 

「いいえ、もう遅いの――――じゃあね、桜、また会いましょう。

それまで、小隊長さんに襲われないようにね」

 

 

彼女は私に手を振ると、何の迷いもなく真上へジャンプした。

同時に、私の胸がざわめき始める。

ラゴウの屋敷で感じたのと、同じだ。

それに呼応するように強風が吹き荒れ、テントや木々を揺るがしたが、それも束の間。

すぐに静寂が戻ると、すぐさまフレンが剣を携え、彼女の後を追う。

 

 

「いない……?」

 

 

テントの外は、見張りの騎士たちが忙しそうに走り回っているだけで、彼女の姿はどこにもなかった。

周囲の様子からして、異常があったのは間違いないようだが。

フレンは事態を把握する為に、近くの部下を1人捕まえた。

 

 

「すまない。今、クリティア族の女性を見なかったか」

 

「いいえ。ただ、上空に巨大な影が通り過ぎまして、只今被害を確認しているところです」

 

「魔物か」

 

「恐らくは。一瞬で遠くへ去っていったので、確かめられませんでしたが」

 

「そうか。念のため、周囲の警備をさらに強化したい。

足りない分は、そこで呆けている者を使ってくれ。徹底的に」

 

「小隊長スルーしてなかった!」

 

「容赦ない愛のムチ!」

 

 

出歯亀部下たちはフレンに冷たく指差されて、何故か喜び始めた。

命令された部下も、負い目があるのか、黙々と出歯亀をしょっ引いていく。

これに懲りて、もう盗み聞きなんてしてこなければいいが。

 

 

「てか、さっきのクリティア族の人、探さなくてもいいのかな」

 

「もう逃げただろうから。捜索に人手を割いて、警備を薄くするだけさ」

 

「フレンさん」

 

「ごめんね。こちらが不甲斐ないばかりに、君を混乱させてしまって」

 

「い、いいえ! フレンさんのせいじゃないですよ」

 

 

フレンに頭を下げられて、私は面食らった。

盗み聞きされたのは、部下たちのデリカシーが足りなかったせいだし、侵入者も伝言だけで害はない。

けれども、彼は「いいや」と振りかぶった。

 

 

「部下たちが盗聴し、護衛するはずの君に迷惑をかけ、侵入者を許したのは、僕の指導が足りなかったせいだ」

 

「そんな……、不測の事態だったでしょう。人も足りなかったんだから、仕方ないですよ」

 

「それも含めて僕のミスなんだ」

 

「全部フレンさんのせいなんて、理不尽な。そういうものなんですか」

 

「一小隊を預かる長とは、そういうものなんだよ。

今は僕のことで悩むより、君のことが心配だ」

 

「私?」

 

「クリティア族の女性の伝言」

 

「西へ行くなら気をつけろ、ですか? 具体性欠けてて、どーすりゃいいのかさっぱりですよ」

 

「忠告しているのは確かだよ。西へ行くなとは言っていない。

後、この伝言を頼んできた人物は、君の味方かも知れないよ」

 

「私の味方? なら、名前くらい教えてくれたもいいじゃないですか」

 

「君には良くても、僕たち騎士団に知れると拙いのかもしれない」

 

 

レイヴンか。

騎士団に後ろめたいことがあると言われると、まずこいつの名前が出てくる。

伝言持ってきたクリティア族だって、いかにもおっさんが引っかかりそうな絶世の美女だったし。

1人で納得してると、フレンがそっと手を握ってきた。

 

 

「怖がらないで。僕が傍にいる」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「君が他に心を寄せる人がいても、僕に気を使わなくても構わない。

僕は君を護衛する騎士であり、……一番親しい仲でありたいから」

 

「引っかかる物言いですが、それは親友と言う枠組みに入れるべきなんですか?」

 

「どうだろうね」

 

「どうなんですか」

 

「強いて言うなら、相手によって変わる。9割9分くらい」

 

「たった1パーセントかよ?! 揺るぎまくりだ、フレンさんとの相関図!」

 

「クリティア族の女性に指摘されて、僕は気づいたんだ。

君の片想いには、とてつもない危険性が潜んでいると」

 

「私も気づきました。フレンさんがとてつもない勘違いをしていると。

彼女の発言の一体どこから、んな結論に及んだんですか」

 

「君が押しに弱くて、他の下らない野郎に奪われるというところだ」

 

「あの人、下らん野郎とは言ってないですよ」

 

「君が悪い男に引っかからないようにするのも、僕の役目なんだよ」

 

「詳しく聞かないって約束しましたよね?」

 

「聞かないよ。だけど、任務とは関係なしに、君を大切にすると話しただろう」

 

「そりゃそうですけど」

 

 

フレンの調子が、元に戻ってきている。

何故だ。私がしてきたことは、骨折り損だったのか。

私が首をかしげている間にも、彼は私の肩を抱いて、寝床を勧めてきた。

 

 

「見張りを増やしたから、もう邪魔は入ることはない。今日はもう寝るといい」

 

「は、はい。……えっと、フレンさんは?」

 

「ここで書類の整理をしている。誰も来ないように僕が見ているから、桜は安心してお休み」

 

「ここで?」

 

「ここで」

 

 

彼から有無言わさぬ無垢な笑顔を放たれ、私は具も言えなくなった。

振り出しに戻った。

ソディアがくれた作戦は無駄骨だったようだ。

寧ろ、私に男を近づけさせない、なんて、余計な使命を彼に与えてしまったかもしんない。

 

本格的に、フレンと距離を置く必要があるのかもしれない。

でないと、元々縁がないのに、さらに男日照りにされてしまう。

 

しかし、クリティア族の伝言も、結局謎を残したまま。

ヘリオードへの道のりも定かではない中、彼との旅は中断できない。

 

ユーリの忠告を思い出してみる。

――何があっても、フレンに甘えるな。

 

甘えるつもりはないけど、近いうちに、甘えさせられる環境に陥れられるかもしんない。

 

身近にフレンの気配を感じつつ、私は眠れない夜を過ごしたのであった。

 

 

 

 

■続く■




ジュディスですよ、ジュディスですよ、ボンきゅっボンですよ。
これでTOV主要メンバー全員登場しました。

ホントはデュークの予定でしたが、ノール港の一件から、出会いがしらにフレンが修羅化し、収拾つかなくなるのは目に見えてますので、ジュディスにしました。
ジュディスは声優さんが久野さんで好きなのもありますが、あの独特の雰囲気がまさにボケとして使えそうで、現時点でワクワクしています。
早く色々絡ませてやりたいですよ。
次回はヘリオードやりたいです。
ではまた


瑛慈 翔
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