明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第19話】天然は猛スピードで、斜め上をいくから

シャイコス遺跡超常現象の証人。

帝国騎士団が内密に護衛する謎の要人。

脱獄犯に誘拐された薄幸の少女。

 

 

大陸や港で、彼女のことを調べてみたけれど、客観的な事情を当てはめただけで、真実を示すものはなかった。

 

世情なんて興味ない。あるのは、ノール港の魔導器の傍にいた彼女の正体なのだから。

彼女からの違和感。

バウル曰く、「彼女は、始祖の隸長に近い存在かもしれない」と。

彼女のエアル代謝能力が、人間のものではなく、始祖の隸長に類似しているらしい。

 

 

始祖の隸長とは、大昔から、このテルカ・リュミレースに生きる、知恵ある魔物のこと。

彼らは、過剰に排出されたエアルを体内に吸収することで、世界のエアル量を調整してきた。

姿も様々で、バウルのように竜の形に進化した者もいれば、鳥や獣の者もいる。

彼女のように、人間の姿をした始祖の隸長がいてもおかしくはない。

 

 

始祖の隸長と人間は、過去の争いから、ずっと相容れぬもの。

もしも、彼女が始祖の隸長だとしたら、フェローに相談して、人間社会から引き離すべきじゃないかしら。

 

 

その為には、彼女について、詳しく調べなければ。

ノール港から後をつけて、トリム港へ渡り、トルビキア大陸の森の奥へ。

 

 

どうやら、彼女は、帝国騎士団と一緒にヘリオードへ向かっているようね。少し厄介だわ。

手配書の彼とともにカルボクラムへ向かい、グシオスに会えば、彼女のことがわかるきっかけになったのに。

 

そうでなくても、彼女を放ってはおけない。

バウルが、西の方から、強いエアルを感じる、知らせるべきだ、と訴えるから。

知らせるべきなら、私にはなく、直接彼女に伝えればいいのだけれど、彼が人前に姿を現したら、きっと流血沙汰になってしまう。

 

だから、彼の代わりに、私が彼女に接触することにしたの。

騎士たちが彼女のテントで騒いでいたから、近づくのは簡単だった。

 

 

騎士たちから、桜と呼ばれていた彼女。

ノール港で見たときは、エアルに冒されていたせいか病弱な少女のイメージが強かったけれど、改めて対面すると快活で騒がしい女の子だったわ。

 

彼女にとって、クリティア族は初めてみたいで、私を見るなり、目を輝かせていたわ。

始祖の隸長なら、クリティア族くらい知っていてもいいのに。

もしかして、別の生き物? それとも、箱入り娘だったのかしら。

 

 

桜に触れれば触れるほど、私の中で、新鮮な感情が溢れてくる。

少しくすぐったくて、心地よくて、胸が跳ねるような不思議な気持ち。

彼女ともっと話したい。もっと知りたい。もっと確かめてみたい。

 

 

あれから騎士に邪魔されて、あまり話はできなかったけれど、貴方が西へ進むなら、必ずまた会える。

その時は、もう少しゆっくり話ができるといいわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天然は猛スピードで、斜め上をいくから

 

私はひとりスルーしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下町からやってきた期待の新星。

比類なき有能な若き小隊長。

文武両道、誠実、美形の三拍子そろった理想の男性。

 

巷で耳にするフレンの異名はだいたいこんなもんだが、どれも客観的な事情を当てはめただけで、真実を示すものではなかった。

 

実際は、ノーミソ超合金製で、あらゆる融通を通さない難攻不落の要塞のクセに、時折放たれる奇抜な言動は、もれなく周囲の思考を玉砕する。

加えて、人間の規格を超えたミラクルは、〆ようとしても締らんくらい摩訶不思議な領域に達しており、幼馴染のユーリでさえ理解の範疇を遥か彼方に超えていた。

 

要約すると、憧れから一線超えてはいけない、触れると壊れる孤高の存在なのだ。

 

されど、帝都の希望を背負うハイスペック小隊長。

部下の人望は厚かった。

小隊長の風評を気にするあまり、女たちの露払いに奮闘する女騎士。

加えて、噂を鵜呑みにして仲を取り持とうと暴走する部下が周囲に蔓延る。

小隊での彼のありようは、上下関係突き抜けて、もはや崇敬に近いかもしんない。

 

フレン・シーフォ。

国の内側から法を正すつもりが、早くも小隊の内側からカオスが広がっております。

 

本格的に騎士団の未来が怪しくなってきたが、いかんせん私は彼らの代表と対談しなくてはならない身。

連中に、構ってる余力なんてないのだ。

 

……うん、そしたら、フレンから構ってきたけどね。

約束の「朝も夜もずっと守る」を就寝時にまで実行された時は、度肝抜かれたわ。

 

目がくらむような黄金色の髪に、爽やかな青い瞳をもつ優美な青年騎士が温かく見守る中で、就寝。

 

羨ましいとか、いいから自分と代われとか言う人は、口を開く前に想像してみてほしい。

長旅で心身ともに疲れ果てて、さあこれから爆睡しようって時に、色男から熱烈視線受けてみろ。

副交感神経から、いっきに交感神経爆発して、睡魔が吹き飛ぶわ。

 

もちろん、貫徹で睡眠妨害されたら、疲労は取れるどころか溜まっていき。

目的地についたころ、私は軽い眩暈と倦怠感でくたくただった。

 

 

(うぐ……、今すぐ横になりたいのに、この後、騎士団長と対談なんて、拷問過ぎる)

 

 

今なら、アレクセイとご対面して数秒後爆睡できる自信がある。

人ごみ外れた道端で、1人ぽつんと立っていた私は、あくびをかみ殺して、堅固な街並みを眺めていた。

会談場所に選定された地ヘリオードは、上下の層に分かれた街で、上には宿屋や詰所、お店などが立ち並び、下には住宅が並ぶ都市になる予定らしい。

……予定らしいと言うのは、まともに動いているのはここ上だけで、下はまだ開発途中だから。

 

 

(どこ見ても騎士ばっかり。なんだか、デイドン砦を思い出すな)

 

 

皇位継承候補と騎士団トップが雁首揃えるんだから、警備が多いのに越したことないけど。

 

 

(理解できないのは、不眠不休で私とヨーデルを護衛してたフレンが、元気ハツラツで騎士たちをまとめてるっつー現実よ)

 

 

私以上に疲れているはずのフレンは、朝からあくびひとつ漏らさず、1人騎士団を切り盛りしていた。

こいつは24時間働くサラリーマンをリアルでいく人なのか。

本気だすと、スーパーテルカ・リュミレース人とかなっちゃうんだろうか。

魔法が実在する手前、あながち嘘とは言いきれないこの仮説に、うすら寒いものを感じた私は、気分を変えようと空を仰いだ。

 

 

(雲1つない、澄んだ青空。

お姉さんが言っていた「西に行くなら気をつけろ」って、やっぱりウソだったのかな)

 

 

何の変哲もない辺りの風景を眺めて、昨晩のクリティア族を思い出す。

彼女は、ユーリに負けないほどの色香を放つ美女で、私にこれを告げるためだけに、単身、騎士団の野営地に乗り込んできたのだ。

初対面で名も名乗らず、遣してきた忠告も具体性に欠けていたが、わざわざ注意してくれたワケだし、事実、私が狙われている身だったから、かなり真に受けたわけで。

一応警戒しつつ、西にあるヘリオードへ辿り着いたものの、フレンのスタミナが底抜け以外は、何事もなかった。

 

 

(何を注意すればいいの? もっと西へ行くとヤバイのかな?)

 

 

目処の立たない不安や謎が、際限なく胸の内で渦巻いて、どうにも落ち着かない。

体の不調も相まって、コンディションは最悪だ。

 

 

(しかも止めとばかりに、広場の変なオブジェから、生温かい空気が流れてきてるし。何この虚脱感。真夏、昼寝から起きた後みたい。

ひょっとして、あれも魔導器なの? どーにかなんないかな……)

 

 

街の中心にある広場に、乳白色のネジれた塔が立っているんだが、そこから微弱な力を感じるのだ。

近くにいると、力が吸い取られていくようで、不快でならない。

 

 

(意識したら、余計気分が悪くなってきた。

とにかく、ここから離れて、落ち着かないと)

 

 

辛抱できず、この場から立ち去ろうとしたら、ふわりと頭が軽くなった。

 

 

(目が、回る……!めまい?)

 

 

ふんばって、体制を整えようとするが、焦点が定まらない。

肝が浮くような感覚。まるで、雲の上を歩いているようだ。

堪えきれずに、その場で崩れ落ちそうになったところ、誰かが背に手を回した。

 

 

「桜、しっかりするんだ」

 

「フレンさん」

 

 

視界が定まった先に、青い眼を大きく見開いた好青年の顔が映った。

帝国騎士団小隊長フレン・シーフォ。

先ほどまで、脳内会議の話題を占めていた人物だ。

彼は、私の顔を覗き込むと、その端正な顔を険しく歪めた。

 

 

「顔が白いよ。すぐ宿で横になった方がいい」

 

「で、でも」

 

「でも、じゃない」

 

「う……っ」

 

 

フレンにやんわりと叱られた私は、彼の親身な態度に心打たれ、密かに甘えたい衝動に駆られた。

心の赴くまま、彼のその広い胸に飛び込んでやりたいが、一時の感情に任せた結果、この男がどのように暴走するか予測できない。

なんとか理性を保ちつつ、彼の胸を押しのけた。

 

 

「いつアレクセイさんが来るかわからないのに、宿屋行ってる暇ないですよ。

ここで休んでいれば、じきによくなります」

 

「休めばいいとは言うけれど。街についてから、顔色は悪くなる一方じゃないか」

 

「ただの睡眠不足です。

フレンさんこそ、激務で私どころじゃなかったのに、どうしてそう言い切れるんですか」

 

「ちゃんと遠くから見守っていたよ。君が1人でいても、心細くならないようにね」

 

 

私の心は今にも千切れそうだ。

この男、絶えずのべつ私を視姦してたらしい。

更に始末に負えないのは、巷の野郎が言ったら「何ソレきもい」と一蹴しそうなネタを、この男は笑顔で言ってのけたこと。無意識の顔面差別ってのは、こうも恐ろしいもんなのか。

彼の天然過保護に戦慄が走るものの、私が現在進行形でしんどいのも事実だ。

無理をした結果、クオイの森みたいに倒れでもしたら、また皆に迷惑がかかってしまう。

 

 

「わ、わかりました。大人しく宿屋で寝てます」

 

「僕が宿まで案内しよう」

 

「仕事があるでしょう。1人でいけますよ」

 

「大丈夫。すべてソディアに引き継ぎを済ませておいた」

 

「ソレ大丈夫違う! よりによって、ソディアさんに仕事よこして参上かよ?!」

 

「彼女は優秀な騎士だ。これくらい、問題なくこなせるよ」

 

「問題大有りですよ。寧ろ増えてる気がするよ。てか、問題はそこじゃねーんですよ。

ちゃっかり漏れずに、不吉なフラグ立ててきやがった、この人」

 

「遠慮しなくてもいいんだよ」

 

「顔面蒼白で嘆いてる私のどこから、自制なんて答えを導き出すんですか。

妄想フィルター発揮させてないで、今すぐソディアさんとチャンジしてください!」

 

「……僕じゃ駄目なのか」

 

「20超えた色男が、捨てられた子犬のような顔で見つめてこないで下さい。

私の決心がバイブしまくりです。主に腐乙女的な方向へ。

フレンさんは悪くないんです。いろいろと込み入った事情があるんですよ」

 

「ソディアと事情が?……まさか!」

 

 

難しい顔で唸っていたフレンは、私に驚愕の瞳を向けた。

 

 

「ソッチの気が?!」

 

「ちげえええええッ!」

 

「シャイコス遺跡でも忠告したはずだよ。同性愛は認めないって!」

 

「違うっつっとろーが! なしてソディアさん指名しただけで、性癖疑われなきゃならんのよ!

てか、あん時、テメェの許可なんざ、知ったことじゃないって言ったよね?!

あんたの歪んだ価値観とか、偏見なんて、どーでもいいんですよ!」

 

「歪んでない。僕は、至って正常だ。

君が若さ故の過ち犯すのではないか、危ぶんでいるんだよ」

 

「フレンさんの思考が既に過ってると思うよ」

 

「その場の勢いや激情で、同性に想いを寄せたところで、子供もできないし、世間からは白眼視されるし、将来性ないし、発展性もない、寧ろ人類後退の第一歩だ!

万が一君と誰かが結ばれるような天変地異が起これば、僕は死力を尽くして、帝国の内部から同性愛禁止の法令なんか発動するかもしれないくらい、君の同性愛は不穏で不吉で不幸なんだよ」

 

「後半激しく私情入ってる上に、フレンさんの騎士に対する動機目掛けて、疑問符連打したくなりますが。

とりあえず、私はユーリのフェロモンで理性ブッ飛ぶくらい異性に興味があるので、性癖に問題はないですよ」

 

「なぜユーリの名前が出てくるんだ」

 

「お天道様の下で、恥かしげもなく、胸元オープンしたまま闊歩する色男なんて、ヤツ以外思い当たらんからですよ。

あんな大層なモン拝んだら、お年頃の女性は漏れなくドキリとします」

 

「露出か。なるほど」

 

「あのすいません、何深々と頷いてるんですか?

フレンさんまで、ユーリの後を追って、露出狂開花とか勘弁ですよ。

帝都の未来を背負う青年が、騎士団の風紀を内部玉砕するなんて、ありえないですから」

 

「僕はユーリと違って節度を守っている。ただ彼の猥褻物陳列罪が捨て置けないだけだ」

 

「何をする気だ貴様」

 

「構えなくてもいいよ。正義の剣に物言わせて、法の鉄槌を下すだけだから」

 

「もはや建前にもならんよ、フレンさん」

 

「こんなところで長話している場合じゃない。

急いで君を宿屋へ連れて行かないと。足元もおぼつかないようだし、やはり僕が付き添うよ」

 

「まさかの話題帰還ですか?!

い、いいです。私1人で行けますから!―――あ」

 

 

フレンが性懲りもなく話を戻してきたので、回避を図ったら、狙ったかのように眩暈が私の進行を阻む。

すぐさまフレンは、その場で私の両肩を抱きかかえ、真っ向から真摯な眼差しを向けてきた。

 

 

「こんなフラフラしている君を放っては置けない」

 

「すみません。できるだけ、自分のことは、自分でしたくて。

それに、あまりフレンさんを独り占めしてると、ツンケン姑騎士に後ろからバックドロップ決められ……ゲフゲフッ!」

 

「病をおしてまで、周りを気にしなくてもいい。

桜は思う存分、好きなだけ、僕を独占してもいいんだよ。まったく気にしてないからね」

 

「いや、気にしてください」

 

「ほら、また倒れる前に、僕に掴まって」

 

「ありがとうございます。フレンさ…… うぉあああ?!」

 

 

肩を差し出されたので、手をかけたら、彼は滑るように私の懐へ潜り込み、さっと抱き上げた。

私の身体を強く抱え込む二の腕、目前には、フレンの勇ましい横顔が。

プリンセスホールドの悪夢再び。

世の女子ならば、ここで嬉し恥ずかしキャッキャッするところだろうが、四方八方から騎士たちの好奇の瞳が押し寄せてきて、私の意識は遥か遠くへ旅立とうとしておりました。

 

 

「……私、死ぬかも……っ」

 

「死ぬほど、辛いのか?!」

 

「大衆の面前で、是よ見がしにプリホル公開されたら、辛くないわけねーでしょ……っ!

後のこと考えると、胃酸が絶賛フィーバーして倒れそうです」

 

「倒れるだって? 大変だ……っ! 誰か! 誰か、今すぐ医者を!」

 

「いいいい、いいです! 頼むから、人呼ばないで! 下ろして!」

 

 

顔面蒼白の私を虫の息と勘違いしたフレンが、血相変えて騒ぐ騒ぐ。

お陰で人だかりはますます数を増し、もはや「すみません。ただの病人なんです。散ってください、この通りです去ね」などと正直に申し出ても、収拾のつかないところまで達していた。

今世紀最大の視線集中豪雨に、私はなりふり構わず、結界の外へ投身自殺を試みるも、フレンの拘束が瞬間接着剤のごとく強力で、結局宿屋までテイクアウトされたのでした。

 

 

 

 

 

 

「……もう、表歩けない」

 

 

宿屋の一室にて、ベットに篭った私は、蚊の鳴くような声を上げた。

私に宛がわれた部屋は、スイートルームを思わせるほどなかなか豪勢な一室で、ベットの弾力も悪くないし、シーツの質感も良い。

 

 

「……引きこもるのに、もっとも適した設備だよね」

 

「君が引きこもっても、僕1人で十分養えるから、心配には及ばないよ」

 

「心配に及んでるんだよ! 発展性のない事態を受け入れてどーすんのよ!

私がヒモになってもいいんかい?!

てか、ニートも何も、私は帰……と、とにかく、塞ぎこんで良い分けないです」

 

「すまない。不謹慎だった」

 

 

傍らで椅子に腰かけていたフレンは、しょぼんと肩を落として謝ってきた。

青い瞳を伏せて、長身をこれ以上ないくらい縮こまる美青年の姿に、母性本能をくすぐられたが、やらかしたことを考えたら素直にトキめけるもんじゃない。

 

 

「私が本調子じゃないのに無茶をして、フレンさんに迷惑かけしたのは謝ります。

騎士団で預かっている異世界の人間が倒れでもしたら、アレクセイさんから大目玉食らうし」

 

「預かっているだなんて、言わないでくれ。桜が何者だろうと、関係ない。

僕は君だから、傍にいるんだ」

 

「フレンさん……」

 

「君が平穏無事にいられる為なら、何人たりとも近づけたりしない。全力で善処するよ」

 

「全力出してるところ悪いですが、徐に抜剣準備しないで下さい。血生臭い空気が醸し出されて、私の安寧が今にも蒸発しそうです。

私が言いたいのは、私の運送方法が何故お姫様抱っこなんだってことです」

 

「君の身長が足りないからだよ」

 

「笑顔でストレートに毒吐くのやめてもらいますか。私これでも、繊細な年頃なんです」

 

「君の背丈が可愛らしかったから、すんなり抱き上げたんだよ」

 

「苦しいオブラートがきましたよ。

物理的に難があったのは、ムカつくけど認めます。

だけど、もっと他に無難な手段はなかったんですか? おんぶとか」

 

「騎士が淑女に対して、おんぶはいけないと思うんだ。

きちんと顔が見えるように、前で抱いた方がいい」

 

 

私の素朴な疑問に対し、フレンはまじめによくわからん理論を展開してきた。

絵図らが悪いのか、彼なりの信念があるのか。

尚も訝しげに睨んでいると、彼は頬を赤らめながら「それに……」と目を逸らした。

 

 

「女性を背負うのは拙いじゃないか」

 

「どこが?  急にしおらしくなって、変ですよ。はっきり言って下さい」

 

「態とじゃなくても、あたるんだ」

 

「あたる? イイ男がもじもじして、まるで私がフレンさん相手に、新手の羞恥プレイしてるみたいじゃないですよ」

 

「事実、僕は羞恥心で一杯一杯なんだけど……」

 

「安心して下さい。フレンさんが何を恥しがっているのか、まったくもってわかりませんから、私!」

 

「力一杯告白してるけど、そのわからないことを今正に聞きだそうとしているよね、君」

 

「はい。姫さんダッコよりも、おんぶの方が、私の精神ダメージ浅いから。

姫さんダッコ回避するためなら、手段は選びません」

 

「う、君が他の誰かに……それは駄目だ。わかった。説明しよう」

 

 

私がしつこく食い下がると、フレンは首を大きく横に振り、観念したように大きな溜息をついた。

 

 

「背負うとあたるんだ。君の……や、柔らかいところとか」

 

「柔らかい?」

 

「ふ、太ももとか……!」

 

 

赤面フレンの早口で捲くし立てた一言に、私はラゴウ邸でレイヴンとの忌まわしいイベントを思い出した。

彼がエアルに充てられて動けない私を背負い、屋敷中を駆け回ってくれたのだが。

その善意の裏で、尻や太もも触るなどというセクハラ三昧を働いたのだ。

 

 

「あのド腐れスケベなおっさんならともかく、フレンさんはやましい考えなんて微塵もないんだから、おんぶの1回や2回くらい、いいじゃないですか」

 

「君は女性で、僕は男なんだよ」

 

「男の人が女の人をおんぶするなんて、よくある話だと思うけど」

 

「よくある?」

 

「あります。実際に、この前――」

 

 

「クオイの森でユーリにおんぶされ、レイヴンに至ってはセクハラされた」と言い掛けたが、フレンの瞳孔が開くのを見た私はさっと口を塞いだ。

例の件をそのまま口に出せば、フレンのことだ。

レイヴンが世界の裏側にいようとも、超遠距離から魔神剣放って八つ裂きなんつう、ガン○ムの衛星兵器もビックリな人間離れ技を強行しかねない。

 

 

「……いえ、なんでもありません。今後控えるようにします」

 

「うん。桜は女の子なのだから、身持ちは堅くしておかないとね。

でないと、四六時中、僕がついてないといけなくなるよ」

 

「めめめめ滅相もない! これ以上、フレンさんに面倒かけられませんよ!」

 

「面倒なものか。そうなってくれた方が、僕は嬉しい」

 

 

青ざめる私に対し、フレンはとびきりの笑顔で返した。

女子高生の監視に、なんでそんな可愛く純粋なスマイル遣してくるんだ21歳。

危うく「喜んで」とか、返事しそうになったじゃないか。

それよか、フレンのプリホル止めるつもりが、どーいうワケか、私がおんぶ禁止にされちゃったし。

……いや、だから、どーしたってことだけど。

 

 

「問題はソディアさんだよね……」

 

「頭を抱えてたりして、彼女と何かあったのかい?」

 

「何かあるというか、これから何かが起こると言うか、何かしないと面合わせた瞬間、強烈なボディブロー放ってきそうというか」

 

「困っているのなら、力になるよ」

 

「ソディアさんを説得してくれるんですか?」

 

「桜に危害を加えるような下種は、部下であろうが1人残らず峰うち虎牙破斬連打だ」

 

「漏れずにまた武力行使か。

峰撃ちで妥協しているつもりか知らんが、腰に差してる両刃でやるってんなら、漏れずにスプラッタだと思いますよ。

行き過ぎたパワハラですよ。旬遅れのバトルロワイヤルですよ」

 

「多少の体罰も必要だと思うんだ」

 

 

軽やかに殺人予告をするな。

バーサーカーフレンに頼らず、私のみで解決できれば話は早いが、寝不足のせいか、頭が回らない。

「こういう時に、ユーリがいてくれたら」などと内心嘆きつつ、大きな溜息をついていたら、フレンが私の額に手を伸ばした。

 

 

「え、え? なんですか?」

 

「ん。大丈夫、何もしないから、少しじっとしていて」

 

「じっとって……、ひゃっ?! フレンさんの手、冷っ」

 

「熱い。のぼせているようだとは思っていたけれど。

昨日、雨に打たれたせいで熱が出たみたいだね」

 

「どーりで、だるいわけだ。どんくさ過ぎるよ、私」

 

「いや、熱があるのを察することも出来ず、無理をさせてしまった僕に非がある。

ごめん。傍についていながら……」

 

「いいえ。実際街に来るまでは、平気でしたから、フレンさんも気づかなくて当然です。

熱が出たのは……多分、緊張の糸でも、切れたせいかもしれません」

 

「熱が上がってきたのかな。辛そうだね。一度医者に診てもらおうか」

 

「医者? け、結構です! 私、昔っから、病気は寝て乗り越えてきましたから!」

 

「向こうの世界では、それで良かったかもしれないけれど、こちらでは油断できないよ。

なぜ嫌がるんだい? もしかして、医者が怖いのかな?」

 

「ケガを魔法で治してしまう世界なら、医者も後衛的かなって。

ええ、呪詛とか呪術とかわら人形的な何とか」

 

 

魔方陣の中心で手足拘束されて、ステレオで怪しい呪文聴かされている自分の姿を想像し、小さく震えていると、フレンは苦笑し、軽く首を横に振った。

 

 

「触診と問診をして、薬を処方されるだけさ。

時には魔術を使用するが、君には施術させない。

納得がいかないなら、せめて、滋養がつく食べ物を……」

 

「一睡すれば、治ります。それより、アレクセイさんは、いつ到着するんですか?

ヨーデル様がいるから、いきなり私と話し合いはないだろうし」

 

「僕がとりなしておくよ。桜は何も心配しなくてもいい」

 

「私も挨拶に顔出します。一時とは言え、お世話になったんだから」

 

「きちんとした挨拶は、君が回復してからでいいんじゃないかな。

話し合いの準備が万全じゃないなら、僕が事前に今日までの経緯を報告しておく。

そうしておけば、桜も話を進め易いだろう」

 

「すみません。私がこんなだから、フレンさんばかり手間取らせて」

 

「謝るのはこっちさ。君を振り回しているのは、騎士団なんだから」

 

「でも……」

 

「何度も言うけれど、桜は1人で何でもしようとするクセを直した方がいい。

もっと我儘言っていいんだからね」

 

 

フレンの気遣いひとつひとつが、心の重荷を解いてくれる。

彼が優しい言葉をかける度、私の額を撫でてくれる。

子供の頃、親にされて以来のスキンシップに、懐かしさを覚え、心が安らいでしまう。

 

 

「フレンさんの手、気持ちいいです」

 

「そう?」

 

「ごつごつしてるけど、大きくて。なんだか、眠くなっちゃいます」

 

「嬉しいな。剣を握るこの手が、君の入眠に役立てるなんて光栄だよ」

 

「大げさな。まあ、私も男の人に看病してもらうなんて初めてだから、人のこと言えませんけど」

 

「え?」

 

 

私が零した言葉に対し、フレンは「何言ってるのこの人?」と言わんばかりに、目を丸くした。

年齢イコール彼氏いない歴の私は、マントル突っ切るほど、深く傷ついた。

 

 

「リアル充実している人にはわからないんです。

私の高校人生なんざ、友情と堕落が大半なんです。

思い寄せる野郎が実在しても、ひっかける余裕も、気力も、魅力もねーんです。

寧ろ彼氏がいる方が珍しいんですよ。世間一般では、2次元に走るか、妄想で終わる人が圧倒的に多いんです。

いまどきの人類は、繁殖活動を必要としないんですよ」

 

「話が長い上に、後半超展開過ぎて、よくわからないけど。

僕の発言で、桜が傷ついたのなら、謝るよ。

ちょっと驚いただけなんだ。悪い意味じゃない」

 

「あからさまなキョドりっぷりに、明確な悪意を感じるわ。

私の発言のどこに驚く要素があるです?」

 

「いや、わからなければいい」

 

 

首を捻る私を見て、フレンはホッと様子で肩を降ろすと、華麗にスルーした。

 

 

「長話もいいけれど、君は病人だ。休息は取れるときにとっておいた方がいい」

 

「誤魔化さねーで下さい」

 

「桜。僕も時間が許す限り、君と話がしたい。

だが、君は病人で、近く騎士団長との対談を控えている。違うかい?」

 

「ほう。私が元気で、時間さえあれば、話してくれるんですね」

 

「もちろん。これら全ての用事を済ませてから、とことん僕を言及してもいい。

趣味の話から、好きな食べ物、動物まで、朝から晩まで語りつくそう。

なんなら、スリーサイズまで、僕の全て、洗いざらい君が満足するまで暴露しても構わない。

それでいいかな」

 

「よくねーよ。野郎のスリーサイズなんて、用途が知れんわ」

 

「そうなのか。皆、よく聞いてくるから、てっきり桜も興味があるのかと思った」

 

 

誰だ。こいつのスリーサイズ聞く腐った輩は。

 

 

「いいですよ、もう。私と談話する時間あったら、少しは休憩してください。

騎士団の平――責務を果たすのもいいですが、ずっと働きづめなんですから」

 

「気遣ってくれて、ありがとう。

僕が倒れてしまったら、君を守れないからね。これからは、ゆとりを持つようにするよ」

 

 

頭の堅いフレンが、珍しく素直にうなずいた。

一寸先が未知数の彼がホントに休むかどうか怪しいが、これ以上説得なんてしたら、力尽きてしまう。

何をするにも元気になるのが先決だ。

 

 

「てか、疲れた。戦闘不能になる前に、休ませてもらいます」

 

「そうするといい。眠れば、すっきりするよ」

 

「帝国とかギルドとかの問題も、スッキリすればいいんですけど」

 

「あははっ。こればかりは、君次第だ」

 

「う。厳しいな」

 

「悩まないで。僕も手伝うよ」

 

「本当ですか?」

 

「本当だよ。桜1人で、騎士団長の相手は難しいだろうから。

僕も確かめたいことがあるし、何より、君の役に立ちたいしね」

 

「ありがとうございます。フレンさん」

 

「礼には及ばないよ。僕の力で、少しでも桜の不安要素が取り除ければ、それでいい。

できるだけフォローするから、今は安心してお休み」

 

 

私が驚いて訊ねると、フレンは快く頷いた。

騎士団長とガチで対談なんて心細かったけど、彼がついてくれるなら、多少光明が見えてくるかもしれない。

ホッとしたのか、控えていた睡魔がここぞとばかりに襲ってくる。

 

眠い。とんでもなく眠たい。

気を抜いたら、寝息をたててしまいそうだ。

とうとうフレンの目の前で、美形にガン見されても、眠れる神経になってしまった。

……この世界に来てから、私、女として、終焉の一途を辿っているのかもしれない。

 

そんな葛藤に苛まれながら、私はうつらうつら瞼を閉じた。

遠退く思考、心地よいまどろみに身を任せる。

 

――が、病魔が許してはくれなった。

 

入眠しようとした傍から、熱が横槍を入れてくる。

フレンがこまめに汗を拭い、額を冷やしてくれなかったら、気が狂っていただろう。

覚醒と睡眠の繰り返しで、意識がもうろうとする中、ざわりと背筋に何かが走った。

 

 

誰かに見られている。

 

 

不意に、なんて生ぬるいもんじゃない。

美形に見つめられるとか、甘いもんでもない。

突然、得体の知れない何かが、嫌味なくらいに強い視線を突き刺してきたのだ。

 

――フレンさん!

 

すぐさま、この異常事態を彼に知らせようとしたが、声が出ない。

目配りしようとしても、瞼が開かない、体が動かない。

 

この状況下で金縛りか? じゃあ、おばけの仕業? まさかの怪奇現象?

我が身に降りかかった異常事態に、発熱とは違う、嫌な汗が身体中から滲み出る。

 

こちらからアクションをとれないどころか、周囲の状況さえ把握できない。

 

あるのは「見られている」感覚だけ。

 

一刻も早く逃げたくて、傍にいるフレンへと意識を傾ける。

彼は、異変に気づいてくれるだろうか。

彼には、私が眠っているように見えるのか。

そもそも、彼は傍にいるのだろうか。

 

確認したくても、叶わない。

不安で胸の奥が疼く。

その胸の奥底さえ、観察されているような気分だ。

 

 

いつまで見てるんだろう。

いつまで、この恐怖が続くんだろう。

早く終われ、過ぎ去って、私を解放して――!

 

 

 

「――桜。桜」

 

「……う」

 

「桜! しっかりして下さい!」

 

「あ……、あれ? 私……」

 

「やっと目を覚ましましたか」

 

「ソディアさん?」

 

 

視界が開くと、1人の女性の顔が飛び込んできた。

泣きボクロと猫のように吊り上った目、女騎士ソディアだ。

徐々に視界が広がっていく。

そうだ。ここは、ヘリオードの宿屋で、私はベットで眠っていたんだ。

 

 

「……嫌な夢。まったく寝た気がしないや」

 

「熱のせいでしょう。発熱は水分を失い易く、脱水症状に陥ると、動悸が激しくなります。

さ、水を飲んで、気持ちを落ち着かせてください」

 

「ありがとうございます」

 

 

手渡されたコップの表面から冷えた水温が伝わってきて、気持ちと体温を落ち着かせてくれる。

ひとまずそれで喉を潤し、大きく深呼吸したところで、ソディアが物思わしげに声をかけてきた。

 

 

「ひどくうなされていましたね。先ほど、嫌な夢とこぼしていましたが、どのような夢を?」

 

「誰かにストーキングされる夢」

 

「潜在願望ですね」

 

「なんの躊躇もなく、投げやりな指摘しないで下さい。

得体の知れない存在に視姦されて、よろこぶ異常者どこにいるんだよ。

……いや、この世界、残念なイケメンとか、電波マゾとか、セクハラおっさんとか、普通に現存するから、ちょっと毛色が違うドMいてもおかしくないけど。

―――そーいえば、フレンさんはどこへ?」

 

「今の斜めな発言の一体どこから、小隊長の名前がでてくるのですか。

あの人は、先程お見えになられた騎士団長と打ち合わせに入っています」

 

「アレクセイさん、来たの?!」

 

「そう慌てないで、横になってください。団長から、貴方の体調に合わせると、仰せつかっています」

 

「は、はあ……」

 

 

フレンが上手くやると言ってたから、こちらは待つしかないだろう。

一眠りしたとはいえ、目覚めの悪い夢のせいで、身体はまだまだ本調子じゃない。

 

 

「やっぱり、医者に診てもらった方がいいのかな」

 

「私もそうした方がいいと思います。皆が心配していましたから」

 

「皆?」

 

「小隊の仲間たちです。小隊長との騒ぎで、貴方が病床についたことが、小隊中に知れ渡りましたから」

 

「ああああああああああああああああ」

 

 

恐れていた現実を突き付けられ、私はベットの中へ2度目の逃避行へ突入した。

プリホルオープン★ザ★スカイ。

 

 

「自分のスペックからありえんほど、目立ってる……っ!」

 

「致し方ありません。

貴族でも、皇族でもない貴方が騎士団に守られ、おまけに帝都注目度ナンバー1のフレン小隊長が常にお傍で世話してますから、イヤでもダメでもクソでも目立ちますよ」

 

「やっぱ、あいつか……っ!

いや、それだけじゃない、昨日、フレンさんと私の仲を取り持とうとした騎士たちだって!

なんなんですか、あの人たち? ソディアさんと考えが真逆じゃないですか」

 

「小隊全員が、私の考えに賛同しているワケではありません。

各々の価値観の元、フレン小隊長をお慕いしているのです。

昨日のアレも、その一環。私1人では、対処のしようがありません」

 

「しょーがないと?」

 

「下手に衝突すれば、小隊長にまで迷惑が及びます。

多少のことは、目を瞑るしかありません」

 

「ひとつの組織に、2つの勢力がある方が不味いと思うけど」

 

「解決方法が見出せない限り、下手に動くべきではありません。

貴方が彼らの馬尻に乗って、小隊長と付き合うとなれば、話は別ですが」

 

「つ、付き合う?!」

 

 

ソディアから探るような目で問われて、私は声を裏返させた。

元の世界に帰るのが、私の目的なんだから、答えは「NO」だ。

反面、必ず帰れる保障はない現状、お付き合いはともかく、多方面で甘えたいな、なんて、邪な浅知恵もちょっぴりあったりする。

もちろん、んなアホなこと、フレン命の彼女に告白できるはずもない。

 

 

「中途半端な気持ちで、あんな大物と付き合えないですよ。

周り振り回すくらいなら、できるだけ、大人しくしてた方がいい」

 

「助かります。貴方の意思が一貫していれば、周りがどうしようと、関係ありませんから」

 

「そーかなーっ」

 

 

私たちがどんなに手を尽くそうとも、当のフレンが覆してしまいそうだが。

やっぱり、面倒避けるためには、なるべく彼の力は借りない方がいいかもしれない。

大見得切ったところで、現在進行形で頼りにしてちゃ説得力ないけど。

うーんと、腕を組んで唸っていたら、ソディアはすくっと立ち上がり、身をひるがえした。

 

 

「話はここまでにして、食事をお持ちしましょう。

頭を使うにも、騎士団長にお会いするにも、体力をつけないといけませんからね」

 

「あ。もうお昼なんだ。眠れなかった分、食べて補わないと……」

 

「――それは丁度よかった」

 

 

ガチャリと部屋のドアが開いた向こうから、フレンがトレーを抱えて現れた。

笑顔満面の彼を目の当たりにして、何故か凍りつくソディア。

事態が呑み込めない私は、まずフレンへ疑問を投げかける。

 

 

「アレクセイさんとの用は済んだんですか?」

 

「もう昼だしね。途中で切り上げてきたんだ」

 

「なるほど」

 

「君も食事をとらないと。

医者が嫌みたいだったから、せめて栄養をとってもらいたくて、食べやすいものをチョイスしてみたんだ」

 

 

ニコニコと彼が差し出してきたのは、ほっかほかのホワイトシチュー。

食欲をそそる甘い香りに、思わず腹の虫がうずく。

早速「いただきます」と、スプーンに手を伸ばそうとした時、目の前のシチューが消えた。

――もとい、ソディアが、目にもとまらぬ速さで、取り上げた。

 

 

「た、食べてはダメです!!」

 

「ソディアさん?」

 

「いきなり、どうしたんだソディア。急がなくても、君の分なら、下の食堂に用意してある」

 

「ありがとうございます。て、私の分ではなくて!

これを作ったのは、もしや……」

 

「もちろん、私だ」

 

 

にべもなくフレンが肯定し、今度は私も氷結した。

かつて、ヤツの幼馴染が「フレンの作る料理は、三角コーナーとお友達」なんて、青ざめた顔で告白したのを思い出したからだ。

 

 

「で、でも、おいしそうですよ。それに、どんな味でも、スープやシチューなら、飲み込んで終了だし」

 

「大概でない可能性もあります……っ!」

 

「ザックリいいますね。ソディアさん」

 

「2人とも、何ワケのわからないことを言っているんだ。

食材からきちんと調べて料理したから、毒や食中毒の恐れはないよ」

 

 

きょとんとしながらも、フレンは安全だと豪語する。

改めてシチューをまじまじと確認してみた。

白く、とろみのあるホワイトソース。

一口サイズのジャガイモとニンジン、狐色かかった玉ねぎ。

彼の言うとおり、なんの変哲もないホワイトシチューだ。

 

 

「あのーっ、ソディアさん。

ユーリだって、レシビ通り作ってれば問題ないって言ってましたよ。一口ぐらい、いいじゃないですか」

 

「迂闊に手を出したら、悶絶しますよ! デストロイしますよ! 危篤しますよ!」

 

「無毒なのに、どんなミラクルだよ」

 

「と、ともかく、貴方に、もしものことがあってはいけません。

ここはまず、私が毒見を――て、小隊長?!」

 

 

ソディアがシチューに手を出す前に、フレンが奪い取り、続けてスプーンでひとさじ掬い取る。

 

 

「桜。あーん、して」

 

「はい?」

 

 

そして、すかさず、私に一口放り込んだ。

途端、口の中で広がる優しい香り。

 

………

………

……痛みが走った。

 

舌が焼けつくような痛みが、口内で爆破した。

シチューが熱かったのかと思ったが、違う。

 

――これは、辛いのだ。

生まれてこの方、味わったことない辛さが、痛みとなって味覚を攻撃している。

香りから想像を絶する強烈な辛味が、野菜の甘味や、ホワイトソースのまろやかさを跡形もなく破壊しつくしている。

 

「不味い」なんて、生易しいものではない。

「これ、口に入れるもんじゃねーだろ?!」と、胸倉つかんで罵倒するほどの物体だ。

 

 

「う……ぐ……んっ?!」

 

 

即座に飲み込んで回避を狙うが、食道がソレを食べ物として受け付けてくれない。

仕方なく、慣れるまで、舌以外のところへ放り込もうとするが、どこへやっても痛みが走る。

味覚を通り越して、刺激物になってやがる。

混乱や苦痛がまんべんなく口の中で暴れまわって、生まれて初めて、食べ物で涙がこぼれ出た。

 

 

「ふぐぐ……ぐっ!!」

 

「そんなに慌てなくても、まだまだたくさんあるよ」

 

「フレン小隊長、その劇物――もとい、シチューは、もういいです! 桜! 水、水を飲んで!」

 

 

あのソディアだけが私の異変に気づき、フレンを押しのけ、水を差しだしてくれた。

そうだ。どんな異物も水で流し込めば、万事解決!

我も忘れて水を奪い取った私は、異物もろとも、水を飲み干した。

 

 

「はあっ、はぁ……っ! 一時は、どーなるかと……っ!

口の中が、まだ、ヒリヒリ、する。お、お腹がおかしい」

 

「口内程度で済んで、良かった方ですよ。

勢いで、2,3口入れていたら、意識不明の重体の恐れがありました」

 

「毒も腐ってもないのに、何この破壊力」

 

 

ソディアが安堵し、私が脱力する様を見ていたフレンは困惑した様子で、私へ問いかけてきた。

 

 

「桜。もしかして、僕のシチューが口に合わなかったのかい」

 

「合うとか、合わんとかの次元じゃないですよ! 劇物? 塩酸?! つーか石灰か?!

人類未到達の刺激物食わせるんじゃねーですよ! 」

 

「おかしいな。僕が味見した時は、おいしかったのに」

 

 

私にクレームくらったフレンは、眉を顰めながら、スプーンで混沌シチューを口にした。

イケメンと関節キス……!

いやいやいや、あんなもん食べたら、私の二の舞に!

光の速さで、水を用意するも、彼は予想に反して、ケロリとしたもんだった。

 

 

「うん。美味しくできてる」

 

「え、え? フレンさんって、脳みそだけでなく、舌まで超合金なの?」

 

「はははっ、桜ったら、超合金って、僕は至って普通だよ。

けど、君が受付けないとなると、うーん……。異世界の味覚は、こっちと異なるんじゃないかな」

 

「その理論で行くと、私、今頃のたれ死んでると思いますよ」

 

 

これがユーリの言う味覚崩壊なのか。

味だけでは計り知れない威力を発揮しているに、今日まで誰も指摘してやらなかったんだろうか。

誰もが、一口すれば、地獄に堕ちるような味なのに――あ、待てよ。

 

 

「――フレンさん」

 

「なんだい。桜」

 

「さっき、ソディアさんに「君の分は食堂に用意してある」って、言ってましたよね」

 

「うん。言ったね」

 

「まさかとは思いますけど、騎士団皆の分も用意したとか」

 

「したよ。皆、今回の任務のために、尽力してくれたから、感謝の気持ちにね。

後40分ほどで昼休憩だから、そろそろ準備しに行かないと」

 

 

後40分後に、騎士団が阿鼻叫喚図と化す……!

恐るべき未来を突き付けられた私は、衝撃に打ち震えながらも、ソディアへ目を配らせた。

彼女の真赤に血走った瞳がまっすぐ私を捉えている。

間違いない、緊急事態だ。私はベットから降りて、部屋を飛び出した。

 

 

「フレンさん、失礼します!」

 

「待つんだ! 病人の身で、どこへ?!」

 

 

どこへだなんて、決まっている。

殺人シチューの犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない!

私はフレンの制止を振り切り、一目散に1階のキッチンへ直行した。

 

 

 

 

混沌は、宿屋のキッチンにて異様な瘴気を放っていた。

見た目良し、香り良し、食材良しにも関わらず、誰も手をつけた様子はない。

 

 

「皆、本能で食べ物じゃないって、わかるのかな」

 

「どういう意味だい?」

 

 

1人事態を推測していると、後ろからフレンに両肩を捕らえられて、心臓が飛び出そうになった。

 

 

「いきなり背後に立たないで下さい!」

 

「支えないと、危ないだろう。

さあ、具合が悪化する前に、部屋に戻るんだ」

 

「で、でも、シチューが……」

 

 

殺人シチュー対処のために、いざキッチンへきたものの、作った本人に「クソ不味いので、作り直させてくれ」なんて、お願いできない。

考えてみたら、自覚ない人間に、説得するのは困難じゃないか。

どうする? どうやって、フレンを説得する?

 

 

「フレン小隊長。桜の手料理に興味はありませんか?」

 

「そ、ソディアさん?」

 

「桜は、家の料理が恋しくて、自ら腕を振るおうとしているのです。

私たちは、彼女の世話を任されている以上、彼女の料理を目に焼き付けておくべきではないでしょうか」

 

「彼女は病人だ。調理だけでも、体力を消耗する」

 

「私が手伝います」

 

「私が作ったシチューがあるのだから、次の機会でいいじゃないか」

 

「では、小隊長のシチューを元に、桜が新たな料理を作るのは如何でしょうか」

 

 

なんという無茶振り。

フレンの了承を得る為とは言え、あの一撃必殺バオレンスフードを神改変なんて、ミラクル以前に、不可能の領域だろう。

当惑する私に反し、フレンはうんうん頷くほど、乗り気だった。

 

 

「僕と桜のコラボレーションか。元があれば、手間も、桜の負担も軽減されるな」

 

「私たちも料理の勉強になりますし、お2人の味を騎士団の皆に味わってもらえます。

皆のためですよ。やりましょう! ね! 桜!」

 

「え、でも、そんな神業できっこな………。……、……、や、やります」

 

 

私は否定をグッと飲み込み、ゆっくりと頷いた。

ソディアの目がマジだ。

「できない」なんて、選択肢は、瞬殺された。

 

 

(一から作り直した方が、手っ取り早いのに)

 

 

フレンとソディアの熱い眼差しが、私の両肩に圧し掛かかってくる。

貴様ら、一般女子高生にどんな希望を見出そうとしているんだ。特にソディア。

愚痴ったところで、私が小隊の全滅回避しなきゃならないのに変わりない。

 

 

(実際問題どーしたもんか。単純に辛味を下げるなら、牛乳足せばいい。

しかし、痛み感じるほどの物体相手となれば、それこそ牛乳パック10本とか……いや、待てよ。

逆に、殺人シチューを少量取って、牛乳で伸ばしたら―――)

 

 

四苦八苦する中で、奇跡的に一品ひらめいた。

コラボと言いがたい、苦肉の策だが、私には、技量も時間もない。

殺人シチュー少々、牛乳へ放り込み、味見と言う死闘を繰り返しながら、かき混ぜる。

とろみが付き始めたら、チーズと共にごはんにまぶして、調味料を投入。

オーブンでグツグツ焼いたら出来上がり。

 

 

「即席ホワイトシチュードリア完成!」

 

「お、おおおおお! 小隊長のアレから、いかにもまともそうな料理が……っ!」

 

「すごいよ、桜。見事なアレンジだね」

 

 

私の全力投球に、ソディアは打ち震え、フレンはにこやかに褒めてくれた。

――が、問題は味だ。

 

 

「すみません。誰か味見してもらえませんか?」

 

「自分でしなかったのですか?」

 

「しましたけど……」

 

 

できうる限り、殺人ベースを消したつもりだが、何度も味見しているうちに、舌がマヒし、精神と気力を削がれて、正直どのくらいマシになったか、わからなくなってしまったのだ。

すいません、後半ヤケクソでした。

 

 

「だ、大丈夫ですよ! 私が口にしても、平気なくらい調整しましたし!

……やや胸のあたりがくそムカムカして、舌の感覚を失いつつありますけど」

 

「それ平気じゃありません!」

 

「わかった。僕が味見をしよう」

 

「「それは止めて!」」

 

「怖がらないで、桜。どんな味でも、僕はありのままの君を受け入れる」

 

「目力込めて告白されても、それ味見じゃないですよ!」

 

「君の料理は、誰でもない、僕が先に味わいたいんだ」

 

「思わぬ本音が出ましたよ」

 

「当然、味がおかしければ、僕が食べる以外、全て調整させてもらうよ。それでいいよね」

 

「よくないよ!」

 

「――では、私が引き受けよう」

 

 

ミステリードリアに手を伸ばすフレンを食い止めてると、新たな声が降りかかった。

聞き覚えのある、この低く渋い男の声は……っ!

驚いて振り向くと、銀鼠色と瑪瑙色が織り交ざった完美な甲冑をまとう、カッコイイおじ様騎士が仁王立ちしていた。

 

 

「アレクセイさん?!」「騎士団長?!」

 

「如月君。久しぶりだね」

 

 

彼は愕然とする私に、にこやかな笑顔を遣してきた。

私の運命を握る対談相手にして、帝国騎士団の頂点にいる男 アレクセイだ。

彼は、厳格な面構えとは裏腹に、朗らかなマシンガントークを放ってきた。

 

 

「再び会える日を楽しみにしていたが、病に伏せたと聞いて、ずっと気懸りだったのだよ。

私たちが不甲斐ないせいで、君ばかり苦労を掛けたせいかな。誠に申し訳ない。

顔色がよろしくないが、辛くないかね。

君さえよければ、私がフレンのように、部屋のベットまで抱えて運んで見せよう」

 

「いりません!」

 

「照れなくても良い」

 

 

照れてねーよ。

私の緊張を解そうと、親しく語りかけてるんだろうが、お偉いさんがフルアーマーでキッチンの一部を陣取り、いらん威厳を放っているお蔭で、フレンやソディア、宿屋のスタッフまで近寄りすらしない。

故に、自然と流れは、私とアレクセイのタイマンになっていた。

 

 

「す、すごく居た堪れない」

 

「リラックスしたまえ」

 

「無茶言わんでください。貴方ほど偉い人が、何故このキッチンに?」

 

「宿屋で休んでいたら、壁の向こうから、君の元気な声を聴いてね。

再会を楽しみにしていた私は、堪らず、馳せ参じたわけだ」

 

「……いつから?」

 

「君がシチューを食べて、”人類未到達の刺激物”と罵倒した辺りからだ」

 

「見てたの? どこで?!」

 

「感心したよ。

騎士団の危機を回避するため、病をおして、未知の劇物に挑むとは、君は非常に献身的、見上げた精神力だ。

騎士団の長として、礼を言わせてもらう。ありがとう」

 

「礼はいいですから、まずは、そこに立ってる善意の殺人兵器をどーにかして下さい。

てか、私の質問はスルーかよ?!」

 

「最後の〆は、騎士団の最高責任者である私が引き受けよう。一口頂くよ」

 

「人の話聞けって、ああ、待って! アレクセイさんが味見するくらいなら、私が――」

 

「うむ。上出来だ」

 

 

私が止めるより早く、一口頬張ったアレクセイから、予想外の言葉が出てきた。

 

 

「ほのかにピリ辛いが、ミルクで緩和されているな。

チーズの香ばしさが後押しをして、食欲が増してくる。

とても、おいしいよ。如月君」

 

「よ、よかった……!」

 

「ええ、本当によかった……っ。これで皆は救われます」

 

「ソディアさんが、上手い事フレンさんを丸め込んでくれたお陰ですよ」

 

「いいえ、貴方が身を削って腕を振るったからです。本当にありがとうございます」

 

「僕との共作料理なのに、何故、ソディアの友情が育まれるんだ。理解できない」

 

 

死線を乗り越え、私とソディアが絆を深めてる傍で、フレンは不思議そうに首をかしげていた。

今回の件で、味覚が致命的だと、どんな色男補正も敵わないという、厳しい現実を体現できたような気がする。

……こんな経験いらないけど。

彼の料理は、もう2度とゴメンだと決意を固めるものの、流石に蚊帳の外に置かれたフレンが可哀そうに見えたので、一声かけようとしたところ、代わりにアレクセイがフォローを入れた。

 

 

「気落ちするな。たまには女性同士、親交を深めさせるのもいいだろう」

 

「そうですね。桜は、1人の女の子ですから」

 

「堅苦しい騎士団よりも、こうして年の近い女性と行動を共にする方が、彼女もリラックスできるだろう」

 

「ですが、彼女は素性のわからぬ連中に、目的もわからぬまま狙われ続けております。

警備を怠らず、常に細心の注意を払うべきでしょう」

 

「慎重になるのは構わないが、如月君のストレスにならないか」

 

「私が善処します」

 

「力が入るな。君は確かに秀でた騎士だが、身体1つしかない。

少しは、他の騎士を信頼し、肩の力を抜くべきだ」

 

「その結果、彼女は帝都を出るはめになり、幾度となく危険に身を晒すこととなりました。

やはり、桜には、私にしか……」

 

「フレン」

 

「申し訳ございません。出過ぎた考えでした」

 

「いや、我々の甘い判断で、如月君の身が危ぶまれたにも事実だ。返す言葉もない」

 

「いえ」

 

「ただ、騎士2人がキッチンで場違いな討論して、彼女たちに凝視されるのは堪らんな」

 

「あ」

 

 

険相な面持ちのフレンは、アレクセイに指摘されて、初めて私たちの視線に気づき、あたふたし始めた。

 

 

「ご、ごめん。何か用かな」

 

「用って、フレンさん。そろそろ人数分のドリア仕掛らないと、間に合いませんよ」

 

「君が身を粉にして作らなくても、僕のシチューを温めなおせばいいじゃないか」

 

「こ、粉にしてないよ! 超余裕です!

作れます! 作りたいです! お願いです、後生ですから、作らせて下さい!」

 

「できないよ。僕の気持ちも、少しは理解してくれ、桜。

こっちは君がいつ倒れやしないか、気が気じゃないんだ」

 

「倒れてたまるか。

私は、史上最悪の劇物でどれだけの犠牲者が生まれるか、気が気じゃないわ」

 

「桜……、君にもしものことがあったら、僕は……っ!」

 

「切ない顔で、訴えても無駄ですよ」

 

「――いい加減にしないと、担いででも部屋に連れ戻すよ」

 

「まさかのプリホル?!」

 

「小隊長。私がついておりますので、どうかこの場は桜に任せては頂けませんか」

 

「しかしだ……!」

 

「フレン。ここは彼女らに任せて、我々は退くべきだ」

 

「騎士団長まで、何をおっしゃるのですか?!」

 

「女性の調理場に、男は不要だろう。彼女の身を案じているなら、後からクロームを向かわせる」

 

「え、あの、クローム様は特別諮問官、貴方の秘書ですよね?」

 

「彼女の傍におくには、十分に足る女性ではないか」

 

「それはそうですが」

 

「では、我々は彼女たちの邪魔ならないように退散するぞ。フレン」

 

「ちょ、団長?!」

 

 

フレンは私たちを目で追いながらも、アレクセイにしょっ引かれて行った。

騎士団長、グッジョブ!

残された私とソディアは、チャンスを逃さず、ドリア調理に取り掛かった。

 

宿屋のキッチンだけあって、大人数分の料理器具と設備は万端。

ソディアの協力もあり、思いのほか早い時間に、オープンまで持ち込めたが、体調不良だった私は、この時点でダウン。

マジで倒れて、説教大魔神をダイナミック召喚してはいけないので、盛り付けはソディアに任せて、私は早々部屋で休むことにした。

 

 

「うう……、身体がだるい。倦怠感半端ない。

ちょっとくらいって、張り切ったのが拙かったかな」

 

 

でも、まあ、世話になった小隊の胃腸が守られた考えれば、安いものだ。

 

 

(後は、ユーリたちになんて説明するかよね)

 

 

彼らとは、ここで落ち合う予定だが、私が寝込んでるって知ったら、どんなリアクションとってくるか、少し気がかりだ。

カロルは、……まあ、普通に心配してくれるだろう。

問題は、リタだ。フレンを快く思ってない彼女のことである。

今度こそ、フレンを丸焦げにしかねない。

……いや、返り討ちに合うかもしれないけど、とにかく、トラブルだけは避けなくては。

それよか、エステルがどんな破壊行動に打って出るかも予測がつかない。

 

 

(ユーリは、どうなんだろう)

 

 

皮肉屋で、飄々としてて、私がいくら突っ込んでもノラリクラリかわす彼は、どんな反応をするだろう。

不真面目ってワケじゃないけど、大抵ゆうゆうと物事片してて、切羽詰まったところなんて、あんまり見たことない。

 

 

(心配、してくれるかな)

 

 

病のせいか、急に心細くなってしまった。

留守番中に、風邪をひいた時は、何するのも面倒くさくて、心細いと言うより「私の代わりに、家事をしてくれる人」が欲しかったことはあったけど。

こんなに心が乱れたのは、幼い頃以来だ。

眠ってしまえば、こんな想いしなくても済むのに、視線の悪夢を思い出して、なかなか寝付けない。

 

 

(いつも、得意顔で、甘えてこいとか言うくせに、甘えたい時に限って、傍にいないんだから)

 

 

内心愚痴る私の脳裏に、漆黒の髪をなびかせ、不敵に笑う彼の顔が過った。

寂しいような、イライラするような、色んなもどかしさが胸の内でざわめく。

――ええい、情けない。

ユーリと別れて、フレンについていくと決めたのは、私じゃないか。

 

 

(高校生にもなって、自分の言葉覆した上に、他人に甘えるなんて、情けない)

 

 

悩むのも憂鬱になって、ベットに潜り込むと、トントンとドアをノックする音が聞こえた。

 

 

「失礼します。昼食をお持ちしました」

 

「あ、はい。……えっと、どちら様ですか?」

 

 

ドアの向こうから、ソディア以外の女性の声がして、身構えてしまう。

この悠々と澄んだ声、どこかで聞いたことはあるんだが。

 

 

「帝国騎士団特別諮問官 クロームです。

団長から、面会まで貴方の世話を仰せつかりました」

 

「あ、ああ! フレンの部屋で、ベットの下に忍んでた、ポニテのお姉さん!」

 

「覚えていて下さったのですね」

 

 

私が「あの人か」と手を打つのが聞こえたのか、1人の美女がトレーを抱えて入室してきた。

年は20歳前後、グラマラスな肢体と健康的な小麦色の肌を持ちながら、高い知性の篭った瞳で相手を指すクールビューティ。

同性の私でさえ、思わずドキリとしてしまいそうな美人秘書だが、どことなく昨日のクリティア族のお姉さんに雰囲気が似ていた。

 

 

「その尖った耳とか、もしやクロームさんって、クリティア族ですか?」

 

「よくわかりましたね。旅の途中で、同胞とお会いになったのですか?」

 

「昨日会いましたよ」

 

 

騎士団の野営地に侵入してきた、あんたの同胞に。

ぶっちゃけて伝えるべきか悩んでいるうちに、彼女はベットの隣までやってきて、出来立てホヤホヤのドリアを差し出してくれた。

 

 

「如月。ドリアをお持ちしましたが、食欲はありますか?」

 

「あります。あります。しんどいけど、食欲はあるんですよ」

 

「よかった。貴方が騎士団を守るために、殺人シチューに挑んだと、団長からお聞きした時はもう……。

貴方の胃が物理的に消滅したのではと、気が気ではありませんでした。

見た目によらず、勇敢で、丈夫な胃をお持ちなのですね」

 

「挑む方向性がアクロバディックに間違ってますよ。アレクセイさんが言ってたの? マジで? 無理なフィクション入れまくってない?

肥沃な大地に蒔こうもんなら、一瞬にして焦土とかす天然毒物を1食でも腹に放り込んだら、胃が消滅しますよ。

私は、シチューを元に、そのドリアを作っただけです」

 

「そうでしたか」

 

 

何故ガッカリする。

彼女の意図がわからず、黙々とドリアを突いていると、再びクロームが神妙な面持ちで口を開いた。

 

 

「食べながらで構いませんので、少しお話を聞いて頂けませんか?」

 

「い、いいですけど」

 

「貴方の身体のことで。エアルに触れると具合を悪くするとお聞きしましたが、現在もそうなのでしょうか」

 

「……かもしれません」

 

 

胸のうちで、密かに引っかかっていたことを突かれて、私はうやむやに返事をした。

最初は寝不足とストレスで免疫低下し、風邪をひいたもんだと思ったが。

 

 

「広場にあった、白いオブジェ。あれって、魔導器じゃないですか?」

 

「はい。ヘリオードの結界魔導器です」

 

「あれも? ハルルでも同じの見たけど、まったく苦痛はなかったし。

どちらかというと、ラゴウの屋敷にあった天候を操る魔導器の方がしっくり……」

 

 

記憶を紐解いてみて、ハッとする。

ヘリオードの魔導器とラゴウの魔導器は、同じ系統のものじゃないか。

 

 

「……て、結界作るのと天候操るのって、違いますよね」

 

「いいえ。作用は違っていても、魔核に刻まれた術式に、類似する部分があるのかもしれません。

飽くまで、私の憶測ですが」

 

「リタさんがいれば、わかるかもしれないのに。

私の不調の原因が魔導器なら、エアルとの関係がリアルでわかるチャンスかも。

……物凄く前向きに考えたら」

 

 

専門的な話を振られもよくわからんかったので、適当に誤魔化した。

ユーリたちと合流できたら、ヘリオードの魔導器を調べてもらうのもいいかもしれない。

帝都の所有物に対して勝手なこと考えている私を眺めていた彼女は、意を決したように、こう問いかけてきた。

 

 

「如月は、始祖の隸長という存在をご存知ですか?」

 

「エンテレケア……? 何それコスメ臭のする名称。急になんですか?」

 

「テルカ・リュミレースの祖。エアルに適応し進化した知的種族です。

一説によると、彼らは、エアルに敏感で、過剰に放出されたエアルを吸収し、調整しているとあります」

 

「へ、へー……」

 

「如月と似ていますね」

 

 

突拍子もないことを言われて、私は一瞬思考が止まった。

 

 

「……ど、どの辺が?」

 

「エアルに敏感なところ。そして、体内で消化されずに、内包されていることです」

 

「エアルを身体に溜めてるって、どうやってわかるんですか?」

 

「私たちクリティア族は、ナギークという物に込められた情報を読み取る能力があります。

貴方の首の魔導器から、今日までのエアルの流れを読み取らせて頂きました」

 

「へ、へえ~っ」

 

 

人間とは違うとわかってはいたが、そんな特殊能力があるとは。

昨日のお姉さんも私の魔導器にナギークを使い、ヘリオードでエアル酔いするのを察知してたんだろうか。

 

 

「でも、私は始祖の隸長じゃない、人間ですよ。……異世界人だけど。

意図的に吸収なんて出来ないし、吸収したところでこの調子じゃ、調整なんて離れ業、逆立ちしてもできっこないですよ」

 

「そうですね。そうでした。

貴方の身体について、私の知識が少しでも役立てばとお話しましたが。

すみません。今の話は忘れて下さい」

 

「い、いいえ。こちらこそ、いろいろ教えて下さって、ありがとうございました」

 

「恐縮しなくてもいいですよ。当てずっぽうでしたから」

 

「澄ました顔して、当てずっぽうって……」

 

「お互い情報交換できて、有意義だったではありませんか。

ドリア、冷めないうちにお召し上がり下さい。

食事が済み次第、団長がこちらにお見えになる予定です」

 

「こ、ここに?!」

 

 

クロームが淡々と言い放った爆弾発言に、私はサッと血の気が引いた。

 

 

「体調不良や殺人シチューに追われてて、アレクセイさんをどう説得するか考えてなかった……!」

 

「如月。狼狽しないで、私が呼びに行くまで団長は着ませんから」

 

「なんだ、焦ったぁ……。まだ考える猶予はあるわけね」

 

「胸を撫で下ろしているところ申し訳ありませんが。

騎士団長との対談について、貴方にご報告があります」

 

 

意味が解らず呆ける私へ、クロームは表情ひとつ変えずに、こう言い放った。

 

 

「貴方がキッチンを離れてから、ユーリ・ローウェル一行の捕縛報告がありました」

 

「………は?」

 

「カルボクラムにて、指名手配されていたユーリ・ローウェルとその一行が、ルブラン小隊に拘束されたのです」

 

「ユーリたちが……っ」

 

 

騎士団に捕まった?!

ただでさえ頭がいっぱいいっぱいのところへ、かなづちで打たれたような衝撃を受けて、思考が全部吹っ飛んでしまう。

賞金首のユーリが騎士団に捕まらないよう、わざわざ別行動とって、ヘリオードまでやってきたのに!

背筋が凍りつきながらも、手汗のにじむ拳を握りしめ、私はなんとか声を出した。

 

 

「つつつ捕まったって、ユーリは? 今、ユーリはどこにいるんですか?

罰とか、処刑されちゃったりするんですか?!」

 

「彼は、ヘリオードの兵舎にて、尋問を受けています。

処罰に関しては、私では判断致しかねません」

 

「そ、そんな……! 全部人助けのためじゃないですか。

私だって……。なんとかできなんですか?」

 

「恐らく、この後の対談で、団長から話を持ちかけてくるでしょう。

フレン小隊長も同席するので、貴方の妥協如何によっては、軽罰で済むかもしれません」

 

「なるほど、私とフレンさんの采配にかかってくるんだ」

 

 

フレンも弁護すると約束してくれたが、騎士団長相手にどこまで通じるか。

十中八九、強請られるだろうけど。

差しあたって、ユーリたちの解放を中心に議案を練らなければなるまい。

 

 

「ありがとうございます。クロームさん。

会談の場でいきなり告白されたら、パニックになってたかも。

あ、でも、アレクセイさんの秘書なのに、ペラペラ喋ってもいいんですか?」

 

「拙いかもしれません」

 

「素でとんでもない事実吐かんでください」

 

「御心配なさらずとも、弁解の余地はいくらでもあります。

私は貴方が傷つくのを避けたいだけ」

 

 

淡白に受け答えしていたクロームが、珍しく憂いに目を伏せた。

 

 

「身よりもなく、何も知らない貴方が辛い目に遭うと考えると、痛々しくて。

多分、貴方が私の知り合いによく似ているから、放っては置けないんだと思います」

 

「初めてお城で会った時、私の顔をチラチラみていたのは、そのせいか。

……そんなに似てます? どんな人?」

 

「機密事項です」

 

 

なんだそれは。

急にビジネスモードへ戻った彼女は、眉をひそめる私をまっすぐ見据え、突拍子もないことを口にした。

 

 

「できることならば、貴方は騎士団やギルド、評議会が競い合う、過酷な世の中から、離れるべきだと思います」

 

「右も左も解らん世界で、女子高生がニート生活なんて、どんなウルトラCですか。

……私だって、誰にも頼らず、自分の力でどーにかできるなら、したいですよ」

 

「魔物が蔓延るテルカ・リュミレースでは、人は身を寄せ合い助け合いながら、命を繋いでいます。

貴方の言うように、外から来たという者が、誰かの助力なしに、生き延びるには困難でしょう。

逆に言えば、貴方を助けられる者ならば、誰でもいい」

 

「誰でも? ユーリやフレンさんでなく?」

 

「下町の方や騎士団、人間社会の全て」

 

 

クロームから不可解な提案をもってこられ、私は人間社会から除外される生き物「ユーリのわんこラピード」を思い浮かべた。

 

 

「3日しないうちに、私の胃袋は犬メシMAXですね。

その前に、飼い主のユーリにどの面下げていいのか、私には到底考え付きませんわ」

 

「真剣に何を悩んでいるのか理解不能ですが。

私は、人間社会から脱却した者を頼れないか、と言っているのであって、人間を頼るなとは言っていません」

 

「いるんですか? そんなアウトローだか、ハイパーひきこもりみたいな希少生物が」

 

「心当たりがあります。……とはいえ、随分前から、行方知らずとなってはいますが」

 

 

信憑性が格段下がった。

騎士団長の秘書の助言に興味が惹かれたので聞いてみたんだが、やれエンテレなんとかとか、ユーリたちに頼っちゃいけないとか、他にあてはあるが居場所がわからんとか、要領を得ないものばかり。

唯一成果と言えば、ユーリたちが捕まってしまったことぐらいか。

 

 

「その人のこと、他にわかることはないんですか? せめて名前くらいは」

 

「―― デューク・バンタレイ」

 

 

変態麗人!

クロームの口から、ヤツの名前が出てきて、私は即座に脳内で叫んだ。

デイドン砦で脈略なく遭遇したお兄様で、ユーリとは別の色をもつ美形野郎なんだが、神出鬼没コミュ力爆発なためにミステリアス通り越して不気味この上なく、私の風呂覗きの罪で、変態へと昇格しつつある人物が、なんで私の救世主に?!

予想外の展開に口をパクパクする私から、彼女は何を勘違いしたのか、宥めるようにこう付け加えた。

 

 

「彼は聡明で、腕も確かだと聞き及んでいます。

あの人なら、きっと貴方を理解し、慈しんでくれるますよ」

 

 

慈しむ? 寵愛されるの私? どんな理屈で?!

彼女の言葉は、ますます私を混乱させるだけだった。

ていうか、どーして騎士団長秘書がアブノーマル銀髪知ってんだよ。

 

怒涛の新事実連発を受けた私は、疑問ばかりあふれ出て、もはや答えを弾きだせなくなっていた。

 

やばい。

これはやばい。

 

アレクセイを説得して、ユーリを救い、元の世界に帰る旅を続けようと目論む難易度ハードでスタートのつもりが、実はアンノウンでしたのパターンだ。

混乱しているものの、頭の片隅で「デュークがのこのこ現れたら、まずはドロップキックとショルダータックルで動けなくしてから、尋問だよな」と、しっかり風呂覗きの鉄槌を考えているあたり、なんだかんだ言って、この世界に適応してきているのかもしれない。

 

 

 

 

■続く■




ストーリーと原本は、結構早めに仕上がったんですが、見直していくうちに、何度も訂正加えていって、段々収拾つかなくなり、結果的に本日まで時間が掛かりました。
毎度のように長くなって、ユーリたち出せなかったけどいいんだ。
フレンとキャハハうふふできればいいんだ。
……反面、ユーリが恋しくなってきたけどね!
次回、思う存分、ユーリおねえさまの胸に飛び込むんだ。

なんて、気持ち悪い発言は置いといて。
アレクセイとクロームの性格がだんだんカオスになってきました。面白いので、このまま突っ切ろうと思います。
ユーリにしこたま豆腐レアチーズケーキぶち込んでみたい。
変なテンションのまま、ではまた。


瑛慈 翔
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