明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第2話】幾千のボケを突っ込んだ

変化は少しずつ始まっていた。

僕の知らないところで、少しずつ、少しずつ。

 

それはいつもの朝から始まった。

日課の訓練を終えて、職務に取り掛かり、時折街に出てはユーリの噂を耳にする。

下町の皆は相変わらず彼のことを慕っていたけど、貴族や他の騎士たちからの評判はいまいちだ。

いくら皆を守りたいからといって、していいことと悪いことがある。

 

君はこんなところで燻っていていいような人間ではない。

騎士団に戻ってくれば、もっとできることがあるだろう、ユーリ。

 

本人を見つけては、それを真っ向から突きつけていた。

聞き入れて貰えないけれど、彼だって馬鹿じゃない。

いつかはきっと考え直してくれるはずだ。

 

もちろん、会えない日もある。

一日、二日はいつものことだ。

三日になると、次は何をしでかすのかと不安が過ぎる。

四日は静かなもので、五日も何事も無く終わると思っていたら、変化はその夜にやってきた。

ユーリが世話になっている宿屋の息子テッドがラピードを連れて、態々僕の元へやってきたんだ。

 

ここ数日ユーリが家に帰ってきていない。

しかも、下町の誰一人、姿を見ていないという。

 

正確には五日前。

シュヴァーン隊のアデコールとボッコスに追われているところを最後に行方知れずとなったらしい。

 

大の大人が数日間家を空けていたっておかしくはないが、誰も彼を見ていないのは妙だ。

今すぐ探しに行きたいが、騎士団長から任務を頂いたばかりで手が回らない。

 

いや、帝都にいないとなれば、外はどうだろうか。

 

任務内容は、学術都市アスピオの近くにあるシャイコス遺跡の探索。

本日夕刻に遺跡上空で、今までの記録の無い天体観測があったと急報があったからだ。

この機会に外でユーリを探してみるものいい。

 

早速馬にまたがり、帝都を出発。

途中デイドン砦で情報を集め、彼を探しながらシャイコス遺跡へ向かう。

 

けれども、彼の痕跡はどこにもなかった。

西の方まで探しにいきたかったが、まずは自分に課せられた命を遂行しなければならない。

 

アスピオより東にあるシャイコス遺跡。

調べるのは、最近になって発見されてたばかりの地下になる。

 

静寂と闇の中を光明魔導器の灯りを片手に隈なく進んでいく。

けれども先日発掘隊が踏み込んだ形跡以外、特に変化が見られないまま、残された最奥の部屋へと辿り着いた。

 

シャイコス遺跡の最奥、他の部屋に比べて大きな空間。

大小さまざまな建物、その中で天に差し出すかのよう一際上に伸びた小さな塔が目に付いた。

何かの祭壇だろうか。

天井の裂け目から漏れる月と星の明かりが、スポットライトのようにそこだけを照らしている。

導かれるように一段一段登っていくと、何もないと思っていた祭壇の上にひとつの陰が見えてきた。

 

――誰かが倒れている?

 

急いで駆け上がると、祭壇の最上に一人の少女が横たわっていた。

みたところ、年頃は十代半ばといったところだろう。

 

一体何者なのか、身なりから推測してみた。

白いブラウスの胸元には可愛らしい赤いリボンをつけ、背広型のジャケットを羽織っている。

同じ色のスカートの下からは白い太ももがのぞいており、以降ソックス、運動靴と続いている。

おまけに大きなカバンを持っているが、この時点で貴族か平民か魔術師かギルドの者なのか、まったく見当もつかない。

 

月光とその格好から、神秘的な雰囲気を持つ彼女は、ただあどけない顔で静かに眠り続けていた。

 

――ユーリと同じ黒髪だ。

 

好奇心が働いて、ついそっと触れてみる。

 

――細くてやわらかい。

 

長髪を手ですくって、肌理の細かい頬を滑るようにつたい、幼くも艶かしい唇に触れて、ハッと我に帰った。

信じがたい違和感を感じたからだ。

 

――息をしていない?!

 

目の前の少女から生命の息吹が感じられないことに気付き、緊張と恐怖が背筋に走る。

脈を取ってみたが、ほぼ無いに等しかった。

 

何故こんな場所で少女が?

どうして息絶えようとしている?

わからない。

わからないが、――彼女を死なせてはいけない!

 

僕は初めて目にする少女に迷うことなく、一か八かの救命処置に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾千のボケを突っ込んだ

 

常人を探して、非常識を避けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変化は突然やってきた。

私の知らないところで、いきなり。

 

それは金曜日の学校からの帰り道のこと。

番組の録画時間に間に合わなくて、近道をしようと工場の裏の森を通ることにした。

多分、ここから間違っていたんだと思う。

 

鬱蒼とした森の中で、木々に囲まれるように、一人の兄ちゃん ユーリ・ローウェルが倒れていたのだ。

暢気な私は、この得体の知れない彼を家へテイクアウト。

カレーご馳走して、傷の手当して、ボロボロの服を繕い、一晩世話をした。

今にして思えば、彼が悪漢から守ってくれたり、傷の手当をしてくれる良い人だったからできたことなんだろう。

皮肉屋で砕けていて、刀携えて、不思議な腕輪をしていて、胸元悩殺チラリズムがデフォルトのファッションをしていて。

でも強くて、私のことを気遣ってくれて。ちょっと意地悪だけど、優しくて。

まあ、ルックスと胸にも惹かれたかも知れんが、そこは腐った乙女心というやつで脳内フィルターかけてほしい。

 

しかし、彼自身がどんなに善人でも、常識から外れていることに変わりはない。

非常識を放置しておいて、何事も起きないとは限らない。

 

案の定、ユーリの出所を調べに森へ行ったら、地球の裏側まで貫通してんじゃないかってくらいの大穴がパックリ出来てて、即行転落。

 

穴を抜けた先には、スーパースルースキルとカウンター爆撃スマイルを常備する超騎士様フレン・シーフォ氏が殺人キスと共に待ち構えておりました。

 

いろいろ突っ込みたいところがあるんだろうけど、残念ながら事実だ。

ポックリ死に掛けたのも、ユーリの世界にきちゃったのも、ファーストキスが初対面の男フレンに奪われたのも、全部現実である。

 

その証拠に今私がいるのは、洞窟の中にある西洋式の遺跡。日本にこんな場所があるわけない。

んでもって、現在進行形で私をプリンセスホールドしたまま正座をするという休憩規格外な姿勢をとっている金髪碧眼美形騎士が私を軽く拘束しているのも事実であった。

 

 

「あの……いい加減、降ろして頂けませんか。フレンさん」

 

「君を手放したりしたら、僕をおいてどこかへ行こうとするだろう」

 

「姫さんダッコ確定か。これなんて拷問。この兄ちゃん実はSなのか。

それよか、ずっと正座したままで足痺れてきません?

というか、なんで正座?」

 

「この方が気が引締まるんだ」

 

「なんで引締める必要があるんだ……」

 

「心配しなくても、足が痺れた程度で君を手放したりはしないよ。

隙を突いて逃げるなんてマネをしたって、すぐに追いついて抱き締めるから」

 

「抱きしめるんじゃねええええ!

更に締めるってベアハッグの事か?! 今度は圧迫死?!

あんた小隊長なんでしょ! 私を捕まえるんだろう!護送するんだろう!

ザーフィアスってとこに連れて行くんだろう?!

それを根こそぎ放棄して、抱きしめて何するつもりだ?!」

 

「女の子に乱暴は出来ない」

 

「現時点で精神的な暴挙にでてるよ。

つかマジで抱いた後何するつもり……いや、聞きたくないです」

 

「いろいろと不安だろうけど、僕がついているから、どうか落ち着いてほしい」

 

 

貴様の存在が不安だ。

フレンという男は常にボケフィーバー状態だった。

幼馴染ユーリの紹介によると、真面目で融通が利かない優等生らしいのだが。

融通利かないというより、一直線にかっ飛ばしてコッチの意見など弾き飛ばしているイメージがある。

彼なりに私を気遣おうとしているところが、唯一の救いか。

 

フレンは黙考する私を穏やかに見つめていたが、意を決したようにゆっくり口を開いた。

 

 

「さっきユーリを知っているような口ぶりをしていたけれど、桜はユーリの知り合いなのかな?」

 

「はい。ユーリのことだったら、幼馴染のフレンさんの方が詳しいんじゃないですか?」

 

「いやそうじゃない。

そのユーリが、ここ数日行方不明なんだ。

何か知っていれば、教えてほしい」

 

「ここ最近行方知れず?

まさか、私、さっきまでユーリと……」

 

 

と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

恐らくユーリが私の世界に居る間、この世界に居ないことになっているのだ。

そして今も。

問題は、これをどうやってフレンに理解してもらうかだ。

ただでさえ意思疎通が困難だというのに、世界から世界へ移動するなんてファンタジー信じてもらえるはずが無い。

そうとも知らないフレンは、唯一の手がかりであろう私を容赦なく言及していく。

 

 

「ユーリと一緒にいたのか、しかもさっきまで?

じゃあ、彼もこの遺跡に来ているんだね」

 

「わ、わかりません」

 

「どこかではぐれたか。

シャイコス遺跡の近くで人が行きそうなところは、アスピオ?

いや、あそこは一般人が出入りできるところじゃない。

他にあるとしたらハルル、あるいは……」

 

「……」

 

「桜、ユーリが行きそうなところに心当たりは無いかな?」

 

「……」

 

「桜?」

 

「ごめんなさい。わからないんです」

 

 

どう説明していいのかわからなくて、声を詰まらせてしまう。

フレンの話を聞けば聞くほど、違う世界に来たと実感させられたのもあるが。

だからといって、泣いてどうこうなる問題ではない。

 

口を閉ざして思考を巡らせていると、突如フレンが悲しそうにシュンと頭を下げた。

 

 

「フレンさん?」

 

「すまない。僕は君の事情を聞いていなかったね。

瀕死に陥るような怖い思いをした直後なのに、一方的に質問攻めにして悪かった」

 

 

フレンのその悲哀っぷりは、まるで打ちひしがれた子犬のようだった。

彼に犬耳と尻尾があったら、しょぼんと垂れてそう。

くそ、こいつ年上のクセに可愛いぞ。

 

 

「構いませんよ。ユーリを心配する気持ちはわかりますから」

 

「ありがとう。

よかったら、君の事を話してくれないか」

 

「私の、ですか?」

 

「僕でよければ、桜の力になるよ。

だから、独りで悲しむことなんて無いからね」

 

 

何故いきなり態度変えたとおもったら、フレン、私が俯いているのを泣いていると勘違いした模様。

激しく不名誉だ。

 

 

「フレンさん。誤解しているようですが、私泣いてませんから」

 

「恥かしがることはないじゃないか。

君の涙はきっとキレイなんだろう。僕も見てみたいよ」

 

「変態発言なのに、フレンさんがのたまうとキモさが消滅する不思議。

いやでも失せろ変態。

そんなに号泣するキモい私を見たいのか、マジでSなのか貴様。

女の子に乱暴しないんじゃなかったんかい」

 

「君にひどいことなんてできないよ。

僕が君を泣かせるとしたら、同意があった時か、嬉し涙かな」

 

「同意とか嬉し涙とかに至るまでの経緯がまったく想像できないんですけど。

悪意無しでどうやって私を泣かせるつもり……いや、言わなくてもいい、知りたくない、聞きたくないって言ってる傍から、にこやかに説明しようとしないで下さい。

美形相手なのに悪寒が走ります」

 

「君に容姿を褒めてもらえるなんて光栄だ」

 

「よりにもよって要点掴んで聞いたところがソコかよ!

つか、全然話が着地しないですよフレンさん」

 

「僕は君と話している時がとても楽しいよ。

気が済むまで、たくさん喋るといい。

僕は君が本当の事を話すまで、ずっと待っているから」

 

 

そう言って、暖かく私を見守るフレンさん。

貴様まさかワザとボケてんじゃなかろうか。

この調子でいちいち突っ込んでいたらキリがない。

向こうがその気なら、こっちだって主張すべきだろう。

 

 

「私は今おかれた状況に不安はありますが、泣くほどじゃないですってば」

 

「僕の前で意地をはることは無いんだ」

 

「意地張っているんじゃなくて、身の危険を……て、考えてみれば、フレンさんは任務で私をアレクセイって人のところに連れてかなきゃならないんでしょ。

私が何されるかわからないのに、力になるも何もあったもんじゃないですか」

 

「騎士団長は理に適っていれば、酷いことをなさる方じゃないよ。

騎士団の頂点に立っているお方だからね。

君にだって、優しく接してくださるさ」

 

「アレクセイという人物が、フレンさんの上司で実直なのはわかった。

だけど、私の事情ってのが、ちょっと複雑で……」

 

「何かの事件に僕を巻き込むかもしれないと考えているなら、要らない心配だよ」

 

「事件……じゃないと思いますけど。

あの、フレンさん?」

 

「君を脅かす輩がいるのなら、言ってごらん。

僕が絶対にさせないから」

 

 

穏やかに告げたフレンはその熱い眼差しを惜しみなく私へ注いだ。

イケメン光線くらった私は乙女のトキメキを通り越して、何か重いものを感じ、五寸釘のような痛みがドスドスと胸に突き刺さる。

 

その何かとは何か、よくわからない。

騎士が姫に忠誠を誓うものとは確実に違う。

とてつもなく敬遠すべきものだと本能で察し、私は全力でかわす方向へ会話を試みた。

 

 

「フレンさんの気持ちは非常にありがたいんですけど。

私が何者か知らないのに、大切な事を約束するのは危ないと思いますよ。

――つか、そろそろフレンさんの手と足が痺れてる頃だと思うので、私を解放してくれませんか?」

 

「君が何者だろうと構わない。ユーリの仲間なら、尚更ね。

危険が伴うのは、僕にとってはいつものことだから、君が気にする必要は無いよ。

――君が自分のことを話してくれたら、ダッコをやめてもいい」

 

「あるぇええ? よかったら話してくれって流れじゃありませんでしたっけ?!」

 

「一応話さないという選択肢はあるんだよ。帝都に着くまでこのままというだけで」

 

「二人きりに留まらず、公衆の面前で本格的に羞恥プレイをかます気か?!

顔に似合わずマニアックな! あんた実は見られることに興奮するタイプ?!

でなくて、勘違いされますよフレンさん。折角の美形なのに、相手選んでくださいよ」

 

「僕は構わない」

 

「え、ええええ?! 」

 

「どちらにせよ、帝都についたら、君の意思に関わらず、騎士団長や評議会に全部話さなくちゃいけなくなる」

 

「あ……」

 

「何もしていない君に法の裁きが下ることはないだろう。

騎士団長も、きっと君を受け入れて下さるはずだ。

けれど、評議会の連中には、無理矢理理由をつけて君を陥れようとする者がいるかもしれない」

 

「そんな無茶苦茶な」

 

「連中にしてみれば、身内以外は全て摂取と虐げの対象なんだよ。悔しいけどね」

 

 

事実を目の当たりにしてきたであろうフレンは、苦虫を噛んだような顔をして俯いた。

 

 

「君が僕に話す話さないかは。

僕が事情を知って騎士団長に直談判し、身の保障にご助力を願うか、何も知らないまま引き渡すのかの違いなんだ」

 

「……」

 

「僕は君を守りたい。話してくれるね、桜」

 

 

フレンから真摯な顔で訊ねられて、私は大人しく首を縦に振った。

考えてみれば、彼は遺跡で起こったおかしな現象の原因を調べにきたんだ。

私を帝都につれていくのは、そういう意味なのだろう。

 

だったら、笑われようとも、事実を伝えるしかない。

 

私は勇気を振り絞って、昨日からの記憶を紐解いた。

学校の帰りに森でユーリを見つけて世話をしたこと。

彼が悪漢から私を助けてくれたこと、お礼に一晩家に泊めたこと。

ユーリの帰る手立てを探すために森に入ったら、私がこっちにきちゃったこと。

 

自分で話してても奇妙な内容だ。

聞く耳捨てられるんじゃないかと、時折フレンの様子を伺ってみるが、彼は眉を潜めることもなく真剣な表情で受け止めていた。

 

 

「――という経緯で、私がここにいるんだけれど。

フレンさん、わかってもらえました?」

 

「ガッコウ……森で、穴?」

 

「やっぱり、おかしいですよね。それなんてファンタジーですよね。怪しさ大爆発ですよね」

 

「桜。魔導器をつけて具合が悪くなったと言ったけれど、具体的にどんな病状がでたんだ?」

 

「ユーリの腕輪の? 全身が冷たくなって、頭痛くなって、貧血起こしましたよ。

なんですかあのブラスなんとかってのは。

ユーリは専門家に見てもらわないとわからないって言ってましたけど」

 

「なるほど。わかった。

左肩を怪我しているんだよね。僕に見せてくれないか?」

 

「あ、いえ、その……わかりました」

 

 

全力で拒否したかったが、残念ながら空気がそうさせてくれない。

姫さんダッコから解放してもらい、平静を保ちつつ左肩を見せると、彼はシップをゆっくり剥がして打撲の痕を見つめた。

 

 

「まだ青い。色白だから、凄く目立つよ」

 

「あんまし、ジロジロ観察しないで下さい。

フレンさん、ユーリと同じこと言うんですね」

 

「……。そういえば、ユーリに手当てしてもらったんだったね。

今から少し試したいことがある。気持ちが悪くなったら、すぐに言うんだ」

 

「試したいこと?」

 

 

彼はそう言うと、私の左肩に右手をかざして何やら詠唱し始めた。

 

 

「ファーストエイド!」

 

「……っ?!」

 

 

フレンの言葉に応えて、左肩に淡い光が包み込み、痛みを消し去ってくれる。

――魔法?!

しかし、未知の現象に感動している暇はなかった。

かつての腕輪と同じ現象が我が身に降りかかったのだ。

頭痛を初め、虚脱感と悪寒が全身を駆け抜け、軽いめまいを引き起こす。

 

 

「……これ、前と同じ?」

 

「桜?!」

 

 

ふらついた私の肩をフレンが慌てて抱きかかえた。

 

 

「すまない。想像以上に君の身体に負担をかけてしまったようだ」

 

「大丈夫です。今はしんどくないですから」

 

「本当に? 無理をしていないか?」

 

「見てのとおり元気ですよ。

それより今の魔法?! 凄い! 違う世界だと魔法も使えちゃうんですね!」

 

「今のは魔術の中の治癒術で、エアルと魔導器と詠唱があって初めて使えるようになるんだよ。

ごめん、一瞬顔色が悪くなっていたけれど、なんともないのか?

僕は君の話を試す為に、想定外とはいえ、ひどいことを……」

 

「なんともありませんよ。

あんな支離滅裂した話なんか、あれくらいしないと信じてもらえないだろうし。

ちょっとビックリしたけれど、怪我まで治してくれて一石二鳥です」

 

「ありがとう。君にそういってもらえると助かるよ。

でも、僕は初めから君の話を信じていたんだ」

 

「え、爽やか全開な顔して何言ってるのこの人。

自分で言っといてなんですが、あの常識が冒頭から破滅している話のどこに信じる要素が?!」

 

「君の話だからに決まってるだろう」

 

「決まるかああ! 背後に星撒き散らす勢いでのたまうんじゃないですよ! 誤魔化すな!!

説得力は何処へ行った?! あんたの常識と非常識の境界線はどの辺に?!

ユーリだって、私の世界との相違点わかんなかったんだよ?

私のこと信用しているにしたって、今会ったばかりでしょ! 限界があるわ!!」

 

「僕がユーリよりも、君への理解力があるということだ」

 

「ないと思うよ。

つか、あれ? ユーリ、フレンさんのこと、融通利かないカタブツだって言わなかったっけ?」

 

「ユーリがいい加減なだけだよ。

しかし、彼は、よりにもよって君に僕のことをそういう風に紹介していたのか、まったく……」

 

 

呆れて頭をかくフレン。

確かに想像とはかけ離れたヤツだった。激しく斜めの方向に。

一緒になって頭を抱えていた二人であったが、先にフレンが気を取り直して話題を戻した。

 

 

「ともかくだ。君に治癒術を使ったのは、決して悪意があったわけじゃない。信じて欲しい」

 

「なんか試すとか言ってましたけど、何かわかったんですか?」

 

「ああ。君がエアルへの耐性が著しく低いことがね」

 

「エアルに弱い……? 強い弱いがあるんですか?

ああ。花粉の季節になったら、鼻水だけの人と鼻水と涙と睡魔の大洪水起きて鼻が裂ける人がいるのと同じ原理ですね」

 

「は、はなみ……。まあ、そのとおりだ。

だけど、桜は女の子なんだから、もう少しソフトな表現をしようね」

 

 

ほっとけ。

私の言葉使いなんて、使い分ければどうでもいいことなのだが。

フレンにとっては忌々しき事態のようだ。

 

 

「女の子が例え話に鼻が裂けるなんて……ユーリの影響なのかな。僕が矯正しないと」

 

「いや、地ですから。フレンさんの手を煩わせる必要ないですから」

 

「いいや。無自覚なのが一番危険なんだよ。

僕は平民出身だけど、騎士になる為に一通りの礼儀作法は勉強した身だ。

君に役立てるはずさ」

 

「なんかまた要らない使命感に燃えてるところ、誠に悪いですけど。マジでいりませんから」

 

「エアルとは、大気に含まれている親和性の高いエネルギー物質なんだ」

 

「あ、聞いてないし」

 

「全てはこのエアルの昇華、還元、構築、分解で成り立っているんだけれど。

過度なエアルは人体に悪い影響を与えてしまう」

 

「私みたいに頭痛くなったり、めまいがしたり?

空気にもエアルが混ざってるなら、今もそうなっていておかしくないですよね」

 

「濃度が違うからだと思う。

魔導器をつけたり、直接魔術などで干渉すると酷くなるということは、何か条件があるんだろう。

やはり、専門家に診せるべきか。

ちょうど、アスピオから同行をお願いした研究者がいるから、今すぐよんできて……」

 

 

なかなか深刻な事態なのか、フレンは重い表情で思案し始めた。

私としては、研究者とか以前に帰りたい。

ユーリに心配かけたくはないし、そもそもエアルなんてこの世界だけの話なんだから、診て貰っても仕方が無いだろう。

 

その旨を伝えようとしたところ、唐突に私たちの居る大部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

フレン以外にも、誰かいる?

弾かれたように視線を向けると、扉の向こうからひとつの陰がスタスタと迫ってきていた。

近づくにつれて、小柄な体格、動きやすそうな服装、首やら胸ポケットやら、所狭しにモノクルやメモ帳やペンが装備されている様が徐々に露になっていく。

 

 

「騎士団の連中がこのあたしを差し置いて、何抜け駆けしてんの?」

 

 

その陰は私たちの元までやって来るなり、頭から怒りをぶつけてきた。

陰の正体は、私と歳の変わらない少女。

背丈も若干私より低い程度で、一言で例えるなら、旅する研究者といったところだろうか。

栗色のショートにゴーグルをヘアーバンドのようにつけていて、なかなか可愛い部類に入るのであろうその顔は不機嫌に歪んでいた。

 

 

「何かあったら、絶対に報告するって言うから、一人で行くのを我慢してお供してやったのに。

約束が違うわよ、公僕」

 

「違うんだ。リタ。

彼女の様子を伺ってから、君の意見を聞こうと考えていたんだ」

 

「彼女?」

 

「ど、どうも。桜です。如月 桜」

 

「ふーん。変な名前、変な格好。あんた何者よ」

 

 

こちらが名乗ったというのに、自己紹介するまでもなく、私を値踏みするように睨んでくる少女リタ。

私がムッとしたのに気付いたフレンは、宥めるように互いを間を取り持とうした。

 

 

「桜、紹介するよ。彼女はリタ・モルディオ。

帝国直属魔導器研究所の中でも有名な研究者なんだ。

今回の遺跡探索を手伝ってもらっている」

 

「あの不思議な腕輪とかの研究者?!

こんな若いのに?」

 

「他が魔導器への関心が薄いだけなんでしょ。

それで、この桜って子は何? あんたの彼女?」

 

「フレンさんの彼女だなんて、あんた……」

 

「実はそうなんだ」

 

「ちげええええ! 何真顔で肯定してんの?!」

 

「いざという時に、この路線で誤魔化した方がいいだろう。

兄弟にしたって、外見がほとんど違うしね!」

 

「恐ろしいことをどや顔でのたまうな。

妄想力が貧相ですねフレンさん。

誤魔化すにしたって、友達とか仲間とかせめて遠い親戚とか選択肢あるだろうに」

 

「誤魔化すって、何のことよ」

 

「リ、リタさん」

 

「さっきから、二人してワケのわからない事をゴチャゴチャと。

あんたたち、あたしに説明する気あるの?

まあ、なくても魔術に物言わせて、無理矢理吐かせるけど」

 

「あります! ありますから!

これ以上その可愛い顔を怒りに歪ませないで下さい、無駄に恐ろしいです」

 

「かわ……っ?!」

 

 

フレンを突っ込んでいるうちに、リタにまで突き詰められ、堪らず本音をポロリとこぼしたところ、顔を真っ赤にしてたじ退かれてしまった。

 

 

「あ、すみません。ついうっかり口が滑っちゃいました。

つか、そんなに驚くことないでしょう」

 

「つ、つつついうっかりで、女の子が女の子を口説いてるんじゃないわよ!」

 

「口説いてないよ」

 

「口説いてた!」

 

「よくよく考えてみれば、華奢で愛らしい女の子が、実は天才学者でしたーっていう意外性抜群の設定は魅力的だと思うけれど」

 

「めちゃくちゃ言い寄ってるじゃない!」

 

「えーっ。じゃあ他になんて言えばいいの?」

 

「知るか! 変な事次から次へと口走って、ビックリさせんな!」

 

「気持ち悪いとかじゃないんだ」

 

「う?!」

 

 

図星だったのか、彼女は露骨に言葉を詰まらせた。

とどのつまりは、照れているだけなのか。

顔を赤らめて挙動不審になっている少女の姿は、実に初々しい。

 

 

「何だ。愛想の悪い人だと思ったけど、単なる照れ屋さんか。

リタさんって可愛い人ですね、フレンさん。

……フレンさん?」

 

「桜、君は、君という人は……」

 

 

話を振ろうとしたら、フレンは私を凝視し、何が衝撃を受けたように打ち震えていた。

 

 

「私が、なんですって?」

 

「まさか君がレズだったなんて……っ」

 

「違うわああああっ!」

 

「偏見はいけないと思うけれど。

よりにもよって君が同性愛などという不健全な趣向をもっているなんてあんまりだ……っ。

僕は許せないよ!」

 

「知らねーよ! 仮に私がレズだとしても、あんたに許しを請う必要はない!」

 

「異性を愛せないなんて、心が荒んでいる証拠だ」

 

「言った傍から、凄い偏見ですよフレンさん」

 

「妙だと思ったんだ。

ユーリを易々と家に入れて、一夜を共にしたのに平然としている君の神経に。

普通の女の子だったら、恥らって庭に放り出すはずだよ」

 

「それは否定しないけど、外はあんまりですよ」

 

「ユーリなら平気さ。君の為なら、寒さぐらい耐えてみせるだろう」

 

 

お前はホントにユーリの幼馴染なのか。

そんな私の疑問を他所に、フレンは在らぬ方向に暴走していた。

 

 

「やはり君を放っておくのは危険だ。

この世界に来て他に身寄りがない以上、僕が後見人になって、君を更正させる義務がある!」

 

「いやじゃあああ! そんな末恐ろしい義務は無い!

あんたのその使命感は一体どこからやってくるんだ! 捨てろ! どっか遠くへ!

んでもって、騎士団長への報告はどこへとんでいった?!」

 

「それは置いておいて!」

 

「置いとくな! もってこい!!」

 

「いいんだ。君が僕のことを気に入らないのはわかっている」

 

「え? あ、それは違いますよ、フレンさん!」

 

「けれども、偏った性癖は正しておかないと、困るのは君なんだよ」

 

「うおおおおおおい?!」

 

 

始終真顔でボケまくったフレンは、私の突っ込み裏拳を華麗にスルーして、頬を紅潮させて呆けているリタへと向き直った。

 

 

「リタ」

 

「な、何よ?!」

 

「そういうことだから、桜のことは綺麗スッパリ忘れてくれないか」

 

「はあ?! ……べ、別に! あたしが興味あるのは、魔導器だけだから。

あたしは構わないわよ。あたしは!」

 

 

大見得を切るリタであったが、物凄く名残惜しそうに私へアイコンタクト送ってるのは、私の自惚れか錯覚なのか。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……えっと、……」

 

「何黙ってんの?! あんたもなんか言いなさいよ!」

 

「あ、やっぱり、今のは"なんか言え視線"だったんだ」

 

「そうよ! あたしにちょっかい出した以上は、ちゃんと責任持ちなさい」

 

「責任? 何の?

フレンさんの身勝手なお願いなら、リタさん本人が了承してるでしょ」

 

「あれは……っ。あれはいいの、放っておいて!

それよりも、あんたはどうなのよ。

あたしのこと魅力的だのなんだの持ち上げておいて……えと、全部台無しになっていいの?!」

 

「ああ、そういうことか。

私はリタさんと仲良くなりたいよ。自分と同世代で、有名な研究者っていう高スペックなんだもの」

 

「ま、まあね」

 

「なんかフレンさんうるさいけど、お友達ならセーフでしょう。

リタさんがよければの話だけど」

 

「と、友達……から?」

 

「"から"ってことは、そこからレベルアップさせてもいいの?」

 

 

リタの意図が読めずに素で問い返すと、彼女は身体中が沸騰したのではないかと思うほど真っ赤になり、プルプルと肩を震わせた。

 

 

「……っ! ……っ! こ、この……っ!」

 

「リタさん?」

 

「そんなこと、あたしに言わせんな! 桜のバカーっ!!」

 

 

リタはアニメにでてくるツンデレ少女みたいに私を罵ると、両手で顔を覆いながら、光の速さで来た道を逆走して行った。

何がお前を乙女にさせたんだ。

彼女の言動が理解できなくて、残された私たちはしばらくの間、その場で立ちすくんでしまった。

 

 

「フレンさん」

 

「なんだい?」

 

「友達の進化系は、親友ですよね」

 

「僕もそう思って、途中からなりゆきを見守っていたんだが……。

貞操の危険を感じるような友達は選んじゃいけないよ、桜」

 

「なんだそれは……。

進化キャンセルしたくなる様な友達は選びませんよ」

 

「やはり君は危機感がない――」

 

「説教はもういいです。ところでリタさんはどうしますか?

私のこと診てもらわなきゃいけないのに、行っちゃいましたけど。追いかけます?」

 

「いや、今君に必要なのは研究者でなく医者だろう。

当初の予定通り、ザーフィアスへ送り届ける」

 

「あー。やっぱ、そうなるか……」

 

「落ち込まないで。僕がついているからには、悪いようにはさせないから。

ただここは魔物が出る。

闇の中で病み上がりの君を連れて戦うのは、少しリスクが高いだろうね」

 

 

少し悩んだフレンは、道具袋から白い小瓶を取り出した。

見たところ香水でも入っていそうな瓶なのだが、魔法が使える世界だ。ただものじゃないだろう。

興味深く小瓶を見ている私がおかしいのか、フレンは破顔した。

 

 

「ホーリィボトルがそんなに珍しいのかな?」

 

「笑わないでくださいよ。私のところにはそんなものないんですから」

 

「ごめんごめん。ホーリィボトルはね、邪悪なものを寄せ付けない効果があるんだ。

身体にふりかけておけば、魔物が寄って来なくなる」

 

「聖水みたいなものか……」

 

「桜の世界では、魔物が出てきたら、その聖水とやらで対処するのかい」

 

「しないですよ、そもそも魔物がいませんから」

 

「魔物がいない?」

 

 

私の話にニコニコと受け答えしていたフレンだったが、この一言には虚をつかれたようだ。

信じられないとばかりに目を丸くしていたが、直にその考えを振り払うように首を振った。

 

 

「いやいや。違う世界なんだ。魔物がいなくたって、おかしくはないだろう」

 

「フレンさんにとって、私の世界って変?」

 

「まさか、その逆だよ。

ここでは、世界中に魔物が蔓延っていて、結界無しでは生活ができないから。君の世界は正に理想郷じゃないか」

 

「そういうものですか? 魔物がいなくても、稀に強盗とかでてくるし」

 

「魔物がいるのといないのとでは随分違うんだよ」

 

「なんとなくわかりますけど。リアリティないですねー」

 

「そうかい。

残念だが、君に魔物の恐ろしさを体現させるつもりはない。

ホーリィボトルをかけるから、少しの間じっとしていてくれ」

 

 

言って、彼は私に向かって、小瓶の中身をふりかけた。

清らかな水滴が身体中に染みこんでいき、辺りを取り巻く空気が徐々に澄んでいく。

フレンも我が身にホーリーボトルを施すと、私に手を差し出してきた。

 

 

「さ、いこうか」

 

「なんですかこれ?」

 

「遺跡の中は暗くて危ないから、手を繋いでいくんだよ」

 

「リタさんはそれに加えて顔を覆って、爆走していきましたよ」

 

「彼女は魔術とマフラーがあるから平気だよ」

 

「魔術はともかくマフラーって何だ?! あれで魔物を絞殺するのか?

リタさんツンデレ魔法少女にして必殺仕事人?! なんつうバイオレンスな設定!!

……いやそーじゃなくて。ヤマトナデシコみたく、フレンさんの三歩後ろに下がって歩いちゃ駄目ですか」

 

「駄目だよ。君が淑やかになってくれるのは嬉しいけれど、離れていて何かあったらどうするんだ。

自分の命が関わるかもしれないのに、我侭を言っている余裕はないだろう」

 

「……はい」

 

 

今更恥らったら厳しく諭されてしまい、渋々彼の手のひらに自ら手を添えた。

 

出口への道のりは星も月の光も閉ざされていた。

一寸先が見えないほど暗かったが、灯りを持つフレンの背中と手のぬくもりを頼りに辛抱強く突き進む。

やっとの思いで出口を潜った先は、満点の星空の下で風化した遺跡が寂然と広がっていた。

――やっぱり、違う世界なんだ。

自分の知る世界とかけ離れたその風景に唖然としていると、近くで馬のいななきが聞こえてきた。

 

 

「フレン小隊長!」

 

「ソディア。遺跡周辺は変わりないようだね」

 

「はい。小隊長もご無事で何よりです」

 

 

馬にまたがり颯爽と現れた女性は名を呼ばれると右腕を胸にあてて、礼儀正しく敬礼した。

歳は私より二、三上だろうか。

高潔で勇敢なイメージがある美人で、右ミモアゲの三つ編みと左目の下にある泣きホクロが印象的だ。

フレンの部下なのだろうか、よく似た服装をしている。

 

 

「仰るとおり、遺跡周辺に異常は見られませんでした。

ただ途中、リタ・モルディオが一目散にアスピオへ戻っていきましたが。中で何が?」

 

「特に何かというわけでは……コミュニケーションにやや行き違いがあっただけだ。

放っておいてもいい」

 

 

複雑な表情で私に目を配るフレン。

確かに不可解な行動だったと思う。

事情を知らないソディアは眉を潜めて、次にフレンの視線の先にいる私を目に留めた。

 

 

「フレン小隊長。隣にいる少女は?」

 

「彼女は桜 如月。遺跡の最奥部で瀕死状態だったところを保護した」

 

「盗掘者……ではありませんね」

 

「ああ。外部から入った痕跡がなかったことも合わせると無理があるだろう。

それに桜は私の友人の恩人だ。悪人ではない」

 

「わかりました」

 

「今後、彼女の世話をする機会があるかもしれない。

私がいない時は、ソディア、君が彼女によくしてくれ」

 

「了解です」

 

「桜、紹介が遅れてすまない。

彼女は僕の部下のソディアだ」

 

「初めまして、フレン小隊所属のソディアです。

小隊長に比べ、至らない点もございますが以後、よろしくお願いします」

 

「あ、初めまして、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

ソディアに丁寧に挨拶をされて、どぎまぎしながらこれを返した。

リタとは正反対だ。

彼女は私に一瞥して、再びフレンへと向き直った。

 

 

「彼女の体調は万全なのでしょうか。

少し、顔色が優れないようにみえます。

治癒術を施してみてはいかがでしょうか」

 

「いや、桜に魔術を使うのはよしてやってくれ」

 

「……?」

 

「彼女の処遇については、騎士団長に報告してからになるだろう。

それまでは、地道に静養してもらうしかない」

 

「はい」

 

「デイドン砦は通れるのか?」

 

「後二時間以内にこちらが命令すれば、開門する手はずになっています」

 

「よし、私はこれから彼女をザーフィアスまで護送する。ソディアはその護衛を」

 

「了解です」

 

「その前に、アイテムの確認をしておきたいんだが――」

 

 

簡潔に説明し終えたフレンは、ソディアに指示を出しながら、手際よく帰還準備をし始めた。

そこには、先ほどまで要らんボケを炸裂させていた姿はどこにもない。

元から精悍で二枚目の顔立ちをしていたが、私の警戒心を解くためなのか、会った当初はもっと物腰が柔らかかった。

小隊長の彼はより凛々しく、胸と肩を張って命令を下すその様一挙一動全てがリーダーとしての風格を感じさせる。

 

―― 一人称まで変わってるし。

 

なんだか遠くの人になったみたいで一人ポツンと突っ立っていたら、「桜ーっ」とフレンが自分を呼ぶ声がした。

準備が整ったのだろうか。

返事をしようと彼の姿を確認したところ、私は硬直してしまった。

 

 

「やあ、待たせたね。夜が深くなる前に、急いで帝都に戻るよ」

 

 

いつものように爽やかな微笑を送ってくるフレン。

 

皆、小さい頃、一度は白雪姫という絵本かアニメを目にしたことはあるだろう。

そこに終盤で登場する救世主、白馬に乗った王子様というキャラがいるのだが。

それがそのまま目の前にいた。

 

 

「白馬に乗った王子様がまさか三次元に……っ?!」

 

「え?」

 

 

白馬に乗ったフレン小隊長。

この理想の男性像とエンカウントした私は、思いっきりおののいた。

正確には白馬に乗った騎士様なのだが、型にはまり過ぎているのには違いない。

本人は気付いていないのか、少し不安そうに首をかしげた。

 

 

「白い馬と僕って、そんなに変かな?

ソディアは似合うと言ってくれたんだけど、桜が嫌だと言うなら……」

 

「いいえ! よくお似合いですフレン小隊長!」

 

「ソディア?」

 

「誠実で純真なフレン小隊長には、誰よりも白馬がピッタリですよ。

そのお姿は闇夜の中大陸の端まで、太陽の如くに映えわたっております!」

 

 

外野にいたはずのソディアが突如会話に乱入し、フレンの魅力を力説を始めした。

最初は小隊長のフォローに入ったのかと感心したが、なんだか目の色がおかしい。

夢見る少女と言えば聞こえがいいが、かなり妄想フィルターが入っているようだ。

しかし残念な事に、憧れの的であるフレンはそれがわからないようである。

 

 

「そういえば、君は何かと私に白を勧めたがるな。

ところで、桜、君は何色が好きなんだい?」

 

「え? 私は……」

 

「小隊長は何色でも似合いますよ。

なかでも、純白が一番かと思います。

ええ、是非服も下着も心身全部脱色して、真っ白でお願いします!」

 

「悪いが、全身白だと隊として配色が良くないんだ」

 

「素で返すなフレンさん。せめて下着なんつー変態発言は突っ込め」

 

「フレン小隊長が仰るなら仕方がありません。

例え白くなくても、貴方の輝きはホーリィボトル以上ですから」

 

「私は発光したりしない」

 

「発光して堪るか」

 

 

素で返すなと何度も思ったが、真面目なフレンには不可能なのか、

理解できなかったが、二人の掛け合いを客観的に鑑みたら、両者ともボケだと判明した。

 

 

「ひょっとして、私が来るまで、こんな会話をエンドレスでやってんのかあんたらは」

 

「僕は君との着地しない会話が好きだよ」

 

「私は苦痛ですよ。……もう止しましょう、不毛なコミュニケーション。

ところで、フレンさんたちは、遺跡まで馬に乗って来たんですか?」

 

「そうだよ」

 

 

フレンは私の問いにひとつ頷くと、馬を私の傍まで寄せてきて手を伸ばしてきた。

 

 

「帰りも馬で一気に帝都まで戻る。桜は僕とこの馬に乗ってくれ」

 

「た、高い……」

 

「ははは、馬は初めてかい? 怖がらないで。僕も手伝うから、さあ」

 

「は、はい。でも、どうやって?」

 

「左手で僕の手前にある鞍の突起を掴んだら、次に僕の左足が掛かっていたココ、鐙に左足をかけて。

そうしたら僕が君の右腕を掴んで持ち上げるから。

ああ、荷物は邪魔になるだろうから、僕が持つよ」

 

「わかった。やってみる」

 

 

フレンの指示通りに左手で鞍の突起を掴み、鐙に左足をかけて、右腕を思い切り引き上げてもらう。

そのまま鞍に跨ってみたら、あまりの視界の高さに身体が竦んでしまった。

 

 

「やっぱ高い……っ! 動く、これ動くんでしょう?! 更に揺れる!!」

 

「大丈夫。僕が後ろで支えているから、振り落とされはしないさ」

 

 

フレンのまわたのような声が耳元へ流れて込んできて、ピクリと身を震わせてしまう。

意外と顔が近い。というか、狭い。

鞍がそういう作りなのか、二人座るにはゆとりがあまりなくて、フレンの胴体と私の背中がべったりくっついている状態だ。

フレンの体温、果ては胸や太ももなどのビビたる筋肉の動きまで背中に伝わってくる。

この密着度は女の子として耐え難いものがあった。

 

 

「フレンさん……その、前見難くないですか?

座るところキツいとか」

 

「丁度いいくらいだよ。このくらいくっついている方が君を支え易いしね」

 

 

羞恥心はないのか貴様。

いや。そこに至るまでの魅力が私に無いって事か。

思い返してみれば、彼の数々の狼藉……でなくて、恥ずかしい行為は、私自身の女性としての色香がないからと考えると合点がいく。

寧ろ子供扱いに近い。

 

 

「ショックだ……。安心したけど、なんか私の中で大切なものが消失したような……はあ……」

 

「溜息なんてついて、何か嫌な事でも思い出したのかい?」

 

「悟っただけです」

 

「……?

どうやら、君が思っている以上に、精神も体力も限界に近いのかもね」

 

「そうですか? ……ああ、言われてみれば、そうかもしれませんね」

 

 

死の淵から蘇生されてからずっと気を張っていた為なのか、今頃になって身体がだるくなってきた。

恥ずかしくて堪らなかったはずのフレンの身体も、意識しなくなったせいか、今では暖かい座椅子のように心地よい。

この思考もだんだん鈍くなってきて、気を抜いたら落っこちてしまいそう。

 

 

「ごめんなさい。少し……眠いです」

 

「夜空の下で眠ったりしたら、風邪をひいてしまうよ」

 

「睡魔には勝てません」

 

「お疲れのようだね。

目覚めてすぐの君に随分無理をさせてしまったから。

急いで帝都に戻って、きちんとした場所で身体を休めよう。

それまで、なんとか頑張ってくれ――行くよ!」

 

 

フレンは柔らかく微笑むと、勢いよく手綱をとった。

 

平原を駆け出す白馬。

リズム良く響く地を蹴る蹄の音。

瞬く間に移り行く、辺りの景色。

フレンの規則正しい呼吸、がっしりとした身体と温もりに抱かれ、うつらうつら夢の世界に飲み込まれていく――ところだったが。

 

馬の乗り心地を甘く見ていました。

あまりのケツの痛みに目が覚めた。

 

お尻だけじゃない、尾てい骨か? ともかく腰も痛い。

少しでも負担を減らすために空気椅子を試みようとしたところ、フレンに「落ちたらどうするんだ!」叱咤された。

さらに彼は「本当に君って人は!」とプンプンしながら、取り出したロープで自分と私の腰を密着固定するという止め以外なんでもない非道な拷問を強行。

ますますフレンと激痛から逃れられなくなった私は帝都まで悶絶したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

遺跡を離れて、大きな砦をくぐり、フレンと嫌な意味でひとつになって、激痛に耐えられなくなった私が「もういっそ殺せ」と諦め始めた頃。

前方に闇の中で輝く光の帯が見えてきた。

近づくにつれて、光の帯の中にそびえ立つ大きな建物、ふもとに広がる街並が浮かび上がってくる。

 

 

「見えてきたよ。あそこが帝都ザーフィアスだ」

 

「い、痛い。腰痛い、お尻も痛い……っ。

もう許して、フレンさん」

 

「……」

 

「フレンさん?」

 

「……いや、なんでもない。

ここまでくれば、もう安全だ。ロープを外してもいいだろう。

僕が馬の手綱引いて歩くから、君はしっかり鞍に掴まってじっとしているんだよ」

 

「降りちゃうんですか?」

 

「フレン小隊長?」

 

「ソディアは先に戻って、騎士団長に帰還の報告をしてきてくれ」

 

「はっ! ではお先に失礼します」

 

 

フレンは手早く私を解放して馬から下りると、私と一緒にハテナマークを浮かべていたソディアを城へと向かわせた。

それから、人通りの少ないひっそりとした街の中を黙々と進んでいく。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

ええ、一言も会話もなくだ。

疲れているから、余計な会話は無い方がいいのだが、どうにも居た堪れない空気である。

 

 

「フレンさん」

 

「なんだい?」

 

「怒ってるんですか?」

 

「怒ってる? どうして、そう思うんだ」

 

「どうしてって……。

いきなり馬から降りるなり、ずーっと前向いてだんまりですから」

 

「あ、ああ。僕としたことが、君の気分を害してしまったね。悪かった、謝るよ」

 

「……何かまずいことでもあったんですか?」

 

「なんでもない、気にしないでくれ。

その……腰はどうかな。やはりまだ痛むのかい?」

 

「痛いですけど、ここまできたら我慢です。

今降りたところで、体力的にも足腰的にも、多分まともに立てないだろうし」

 

「ごめん。ファーストエイドをかけたいところだけれど、君の場合は一瞬とはいえ、具合が悪くなってしまうだろう。

馬から降りたら、アップルグミを用意するからね」

 

「なんで糖分なんだ……」

 

「ほら、そういっている間にもうすぐ城に着くよ」

 

 

何故か気まずそうにしていたフレンは、城門が見えてくると足早に馬を先導した。

門をくぐって、フレンに支えられながら馬におり、早速問題のアップルグミを手渡された。

赤くて小さくて丸いグミ。コンビニや食品売り場のお菓子コーナで普通に売ってそうなんだが。

不思議な事に、ひとつ食べただけでと尻と腰の痛みがなくなったのだ。

原料と生成方法は一切不明だが、味は名前通りのりんご味だった。

 

私が歩けるようになってから、フレンに連れられ、夜の城内を移動した。

壁や床はキレイに磨かれた大理石で出来ており、眩いシャンデリアが点々と廊下を照らしている。

高級ホテルみたいだ。

 

時折、見張りの兵士とすれ違うことがあって、軽く会釈を交わしたり、好奇の目を私に向ける者もいたが、職務中のためか、はたまたフレンが背で庇った為か、直接話しかけるようなことは無かった。

 

フレンの背中を追って、ひたすら歩いていくと、ひとつの扉の前に立つソディアがこちらに気付いて頭を下げた。

 

 

「お待ちしておりました。中で騎士団長がお待ちです」

 

「ありがとう、ソディア。

では、中に入るよ、桜。

くたびれたかもしれないけれど、もう少しの辛抱だから」

 

「喋る体力なくなっても、立ったまま気絶する自信がありますよ」

 

「桜……?」

 

「睡魔の一戦超えたテンションのせいか、スタミナゼロでひたすらウォーキングと乗馬で心身共にしごいたせいか、判断力がえらいことになっていますよ。

どんなくらいかというと。喋ると電波送信できそうな勢いであります。

――ええ今なら、何かができる気がする!!」

 

「おかしなことを口にして不信がられるよりかは、素直に僕の胸まで倒れてくれた方がいいのだけれど」

 

「間違って頭突きかショルダーアタック放つかもしれません」

 

「……フレン小隊長」

 

「大丈夫だソディア。

かなり疲労が溜まっているみたいだけれど、空気の読めない人じゃないから。

それ以前に存在自体が……。

とにかく、待たせてはいけない。桜、一緒に入るよ」

 

 

フレンは今にもどこかへ逝きそうな私の腕を掴んで、ドアをノックする。

すると中から男の声で「入りたまえ」と返事がして、彼はドアを大きく開いた。

 

 

「失礼します」

 

「シャイコス遺跡の探索、ごくろうだった。フレン小隊長」

 

 

フレンに労いの言葉をかけたのは、正面の机に腰を掛けた白髪の男。

とはいっても、年齢は三十代後半なのだろう。

貫禄のある風体のハンサムなおじ様で、鉄灰色の鎧に紅色を基調にした金の縁取りの装束を身にまとっている。

その傍らには、二十代前半くらいの長いポニーテールの美人なお姉さんが立っているが、秘書か何かだろうか。

なんか私をチラチラ見ているが、意識のしすぎだろうか。

ぼーっとその二人を眺めていたら、おじ様が私に向かって話しかけてきたではないか。

 

 

「君がソディアが話していた、如月君か」

 

「は、はいっ。初めまして……ええと」

 

「私はアレクセイ。帝国騎士団団長を務めている。

フレン小隊長から聞いているかと思うが、シャイコス遺跡を調べるように指示したのは私だ」

 

「……はい」

 

 

そうだった。ここに来る前に、フレンが散々アレクセイ様だとか騎士団長だとか言っていたのに。

夜中のテンションで甘く見ていたようだ。思考があまり働かない。

 

 

「シャイコス遺跡では、危険な状態だったらしいが」

 

「……フレンさんがたすけてくれました」

 

「まだ気分が優れないのかな」

 

「いえ……」

 

「ひどく憔悴しているようだね」

 

「い、いや! 大丈夫れす!」

 

 

言った傍から、噛んだあああああああっ!

やばい! 偉い人の前で! 恥ずかしぃいいい!

 

フレンは顔を耳まで真っ赤にして、今にも噴出しそうだし。

秘書のお姉さんは、固まっちゃったし。

アレクセイに至っては、満面の笑みで――

 

 

「お城までよく頑張ったね。百点満点だ、如月君」

 

「褒めるところですか、ここ?!」

 

「頑張ってないのかね」

 

「いや死ぬほど頑張りましたけど」

 

「死にかけたところを押し切って、セリフを噛むほど疲弊してまで、ただ私に会う為に帝都にやってきた。

今時の若い女子が健気じゃないか」

 

「そーゆーものですか?」

 

「そういうものなのだ」

 

 

力強く頷くアレクセイ。

隣のフレンも満足げだ。

 

 

「おめでとう。満点だって」

 

「……うん、よかった」

 

 

もはや突っ込む気力も失せたわ。

げんなりする私を見たアレクセイは少し思案した後、フレンへと向き直った。

 

 

「彼女の事情聴取は済んだのか?」

 

「はい。ただ内容がかなり特殊なので、より詳しい説明をするには本人の方がよろしいかと」

 

「なるほど」

 

「恐れながら、続きは明日にして、今夜は桜を休ませて頂けないでしょうか。

彼女の疲労もそうとうのもの。さらに特殊な体質のため、その身に魔術を施したくはないのです」

 

「ほう。その辺りも、説明できるのだな?」

 

「原因はわかりませんが。彼女が遺跡にいた理由などでしたら、私が代わりにお話します」

 

「わかった。後は君から聞くとしよう。

――如月君」

 

「……はいっ」

 

「ふふふ、なんとか起きているようだね。ありがとう。

部屋を用意させるから、今日はここで休むと良い」

 

「いいんですか? お城に?!」

 

「後々君から色々聞かなければならないことを考えれば、その方が私も都合が良い」

 

「……」

 

 

そーいや、そーだった。

向こうは私の情報を知りたがっているんだ。善意とかじゃないんだよね。

お仕事なんだから、仕方ないんだろうけれど。

 

 

「そう怯えないでくれたまえ。

牢屋ではなく、客室を与えるつもりだ」

 

「ありがとうございます」

 

「明日からが楽しみだよ。お休み、如月君」

 

 

アレクセイから就寝の挨拶を受けて、フレンと部屋を後にした。

明日何聞かれるんだろう。

憂鬱な気持ちで、フレンに付き添われ廊下に出ると、ドアの傍でソディアが待機していた。

 

 

「ご報告は済みましたか?」

 

「いや、これからだ。彼女だけ先に休ませる。

君は彼女を私の部屋の近くの、あの部屋へ案内してくれ」

 

「フレン小隊長の部屋の近く、ですか?」

 

「わからないか。二階の東側にある……」

 

「存じています。そこで桜を休ませればいいのですね」

 

「よろしく頼む」

 

 

フレンはソディアに案内をお願いし、次に私の眠気眼を覗き込んだ。

 

 

「今日は色々無理をさせてすまなかった。

後はソディアの案内について行くだけでいい」

 

「りょーかいです」

 

「報告が済んだら、君の元を伺うからね」

 

「……ごめんなさい。先に力尽きるかも」

 

「構わないよ」

 

 

柔和な笑みで承諾したフレンは踵を返して、アレクセイのいる部屋へと戻っていった。

人生の集大成かってくらい沢山のことが起きたが、後は部屋行って寝るだけだ。

うん、頑張れ私。

 

 

「では、お願いできますか、ソディアさん」

 

「わかりました。私の後についてきて下さい」

 

 

言われて、先を歩くソディアの後をノタノタとついていく。

広い廊下を突き抜けて、階段を上り、小さくなっていく彼女の背中を必死こいてついていく。

 

 

「ソディアさん、ちょっと早いです」

 

「……。ここです」

 

 

そろそろ声が届かなくなるんじゃないかってところで、彼女は扉の手前で立ち止まった。

ここがフレンの言っていた部屋なのか。

他の部屋のドアと大して変わらないが、客室ではないのか。

とりあえず、先にソディアへ案内をしてくれたお礼を言わなければ。

 

 

「ソディアさん。案内して下さって、ありがとうございました」

 

「……」

 

「ソディアさん?」

 

「桜、貴方に聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「い、いいですけれど」

 

 

元から真顔のソディアから、只ならぬ気迫を感じて思わず頷いてしまう。

彼女は引く私に構わず、端然に質問を投げ掛けてきた。

 

 

「フレン小隊長のご友人の恩人だとお聞きしましたが」

 

「ユーリを拾って、一晩世話しただけですよ」

 

「それは良いのです。

私がお聞きしたいのは、貴方とフレン小隊長自身とのご関係です」

 

「あれ? フレンさん、今日私を拾ったばかりだって、説明しませんでした?」

 

「確かに。ですが、小隊長の貴方へのご対応が度を越えていましたので」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「私も業務以外で小隊長とご一緒したことがあまりないので、確証はありませんが。

……実際は、どうなんですか?」

 

「どうなんですかって言われても……」

 

 

私だって、今日会ったばかりなのに、フレンがどう違うのかわかるはずがない。

唯一心当たりがあるとすれば、私が他の世界からやってきた孤独の身だということくらい。

本人、後見人になる!とか張り切ってたから、多分それじゃないだろうか。

 

 

「保護者かなんかだと思いますよ。

私、ここじゃあ身寄りないですから」

 

「貴方ぐらいの年頃の孤児なら他にもいるのに……何故?」

 

「何故って。そうなると、アレクセイさんにする説明を貴方にしなきゃいけませんよ。

フレンさんから特に口止めされてないし、話してもいいですか?」

 

「いいえ、フレン小隊長からお聞きしますので、遠慮します。

最後にひとつだけ、よろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

「貴方はフレン小隊長をどのように想っていますか」

 

「天然ぼけイケメンツッコミクラッシャー」

 

 

彼への思い即答すると、ソディアは面食らった顔をした。

 

 

「なんですかそれは?」

 

「ややそこにSが入る」

 

「あの……、すみません。よくわかりませんでした。

この際だから聞いてしまいますが、好意があるかどうかだけ返事を頂けますか?」

 

「好意?」

 

「あの方はいずれ騎士団の上にたつ存在です。

大変失礼かとは存じますが、異性関係などでふしだらな……出世に関わるような噂が流れてしまってはいけません」

 

「会社の上下関係とかよくわからないけど、セクハラとかして余計な荒波立てたくないって事ですか?」

 

「小隊長はセクシャルハラスメントなんてしません!」

 

 

フレンを貶されたと思ったのか、ソディアは柄にもなく声を荒げた。

プリンセスホールドとか変態発言とか身体同士をロープで縛り付けるとかは、騎士団としてOKなんだろうか。

 

 

「まあ、なんでもいいですけれど。

好意はあるといえばありますね」

 

「っ!」

 

「私にとって、フレンさんは命の恩人です。

親切にしてくれましたし、良いお兄さんだな程度の好感はありますよ」

 

「お兄さん、ですか。他意はありませんね?」

 

「他にって。 私はどうせ帰る身ですから、特にこれといって何も……」

 

「そうですか」

 

 

ソディアは憑物がおちた様に胸を撫で下ろした。

彼女にとって、フレンはただの憧れだと思っていたが、どうやらそれ以上の存在らしい。

平静に戻った彼女は小さく礼をして、私を解放するように部屋のドアを開けた。

 

 

「お疲れのところ、長々と拘束してしまって、すみませんでした。

どうぞ、こちらでお休み下さい」

 

「いいえ、ソディアさんもフレンさんの事でいろいろと気を使って大変なのがわかりました。

上司を支える部下の気苦労というやつですか?」

 

「あ、いえ、そんなつもりでは……」

 

「頑張ってくださいね」

 

「――はい。では、ごゆっくり、お休みなさいませ」

 

 

苦笑するソディアは私とお休みを交わし、静かにドアを閉めて去っていった。

残った私は小さなランプの灯りから部屋全体を軽く観察する。

七畳くらいのスペースの中で、鏡台、タンス、花瓶台などが並び、目当てのベットを見つけると、ヨロヨロと足を運んだ。

そして、脱いだ上着をカバンと共にベットの上に放り投げ、それに続いて自分も倒れるようにダイブする。

 

 

「ふかふかー、気持ち良いーっ」

 

 

ベットの寝心地を確かめて、押し寄せる眠気に身を委ねる。

やっと長かった一日が終わる。

とにかく疲れた。

足がパンパンで力が入らなくて気持ち悪い。

最後の方はほとんど気力で立ち回っていた。

明日になったら、アレクセイさんと話して、ユーリを帰す方法を探さなくては。

私が帰るだけじゃあ、意味がないし。

 

ユーリ、何してるかな。

野宿しているのかな。

なんせ、家は戸締りしてきたからな。

 

……雨戸ぶっ壊して不法侵入してないだろうか。

 

一抹の不安が過ったが、迫る睡魔には逆らえなかった。

 

 

 

 

 

****************

 

 

 

 

トントン……トントン……

 

少女が寝静まった一室に、控えめなノックが響く。

部屋に一人しかいない少女は熟睡しているのか、起きる様子もない。

結局、返事がないまま、十を数えないうちにドアが静かに開かれ、一人の男が部屋に入ってきた。

 

 

「もう眠ってしまったんだね」

 

 

部屋に入ってきた男、金髪の騎士はベットに横たわる少女を見て、青い瞳を緩ませた。

ベットの中で、猫のように小さく丸くなって眠っている。

そんな無防備な少女をしばらく眺めていた騎士は、ベットの上で散乱している上着とカバンが目に入り、落胆した。

 

 

「まったく。だらしがないな……」

 

 

溜息をついた騎士は上着をハンガーに通し、わかりやすいようにそれをタンスの取っ手にかけて。

カバンは手が届きやすいようにベットの横にある小タンスの上に乗せた。

さらに少女の胸元についているリボンと左腕の腕輪が寝るには苦しいだろうと思い、慎重に外して横においておいた。

 

 

「これでよし」

 

 

騎士は一通り済ませて気が済んだのか、満ち足りた顔をして頷いた。

本当は寝巻きに着替えて欲しかったが、すやすやと眠る少女を叩き起こすのは忍びない。

 

 

「今度はちゃんと眠っている」

 

 

呼吸に合わせて上下する少女の胸元を見て、騎士は安堵の息を零した。

発見して早々死にかけていたときは恐怖すら感じたが、今はその様子はない。

彼女はアイテムも知らない。エアルも知らない。魔物も知らない。世界を知らない。

エアルの干渉を受けると、一時ではあるが、たちまち弱ってしまう。

騎士にとって、少女は真っ白ではかない存在だった。

 

 

「桜、僕は君を……」

 

 

出会ってからの今日一日を思い返し、騎士は割れ物を扱うように少女の額に手をのせて、何か言いたげに名前を囁いた。

無論、眠っている人間に聞こえるはずもない。

言った本人も自己満足だとわかっていたのか、小さく首を振って、乱れたベットの毛布を整えた。

 

 

「お休み、桜」

 

 

 

 

 

****************

 

 

 

 

 

目覚めたら、全部夢でした。

 

 

 

 

 

……だったら、どんなによかっただろうか。

自分の腹の虫で目が覚めたら、私は馴染みのない部屋の中にいた。

 

 

「あ……そか。城の中だった」

 

 

覚醒していない脳みそで、なんとか自分が置かれた事態を思い出した私は、重たい身体を起こして、窓の外を覗いた。

空はまだ白くにじんでおり、目下の街にはせわしく動く人影が点々と見える。

起きるのはまだ早かったか。今何時だろう?

時間を確認するために左手首を見てみたが、そこにつけていたはずの腕時計がいつの間にかなくなっていた。

 

 

「ここに来る前に落とした?」

 

 

しかし、焦る間もなく、腕時計はリボンと並んで枕元に置いてあった。

私、外した覚えはないんだけど。

よく周りを見回してみれば、上着はハンガーにかけてあるし、カバンは小タンスの上に移動している。

 

 

「ポルターガイスト……っ?!」

 

 

な、ワケはないが。

メイドさんがやってくれたのだろうか。

リボンや腕時計まで外すのは、やりすぎだと思う。

 

 

「なんでもいい。お腹減った……、眠れない」

 

 

昨日の朝からアップルグミ以外、何も食べていないのだ。

このままでは飢え死にしてしまうと言っても過言ではない。

 

 

「誰か捕まえて、ご飯お願いしてみよう」

 

 

フラフラの身体で身なりを整え、力を振り絞って部屋ドアを開く。

朝日が差し込む廊下は、人影もなく静まり返っていた。

皆まだ寝ているのだろうか。用事があって出払っているとか。

そんな考えをめぐらせながら、誰もいない沈黙の廊下を一人歩いていく。

 

 

「見張りの兵士とかいないのかな。

流石に空腹という理由で、他人の部屋に殴りこむのは悪い気がするし」

 

 

と謙虚な判断しようとも、お腹の音は鳴り止まない。

フレンがいれば話は早いのだが、問題の部屋がわからない。

昨日ソディアに聞いておけばよかった。

 

 

「もう駄目。ちょっと休憩」

 

 

東の廊下から西の廊下をめぐって、一階へ降りたところで耐え切れなくなり、腰を下ろした。

ここまで人がいないとは予想外だ。

一国の城の中だというのに、私が空腹で死にそうなのに、人っ子一人いないなんておかしいだろ。

自分勝手な怒りを溜め込んでいると、不意に影が覆いかぶさってきた。

 

 

「こんなところでうずくまって、どこか具合が悪いのです?」

 

 

顔を上げると、若い女性が私の顔を覗き込んでいた。

齢は私に近い、十八か十九か。淡い桃色の髪を後ろで留めて、翡翠色の瞳で私の顔色を伺っている。

それだけでも十分奇抜なのだが、もっとも注目すべきは、彼女が美しいドレスをきていることだ。

一目で把握した。

お姫様だ。

 

 

「あ、あの私……!」

 

「動かないで下さい。

傷はどこですか? 何か病気にでも?」

 

 

お姫様はビビッて直立する私に構わず、頭からつま先まで目を滑らせた。

 

 

「特に怪我はしていませんね」

 

「ええ、まあ。お腹空いただけですから」

 

「それは大変です。何か用意させましょう」

 

「……そんな、すんなりしちゃっていいんですか?」

 

「困っている人がいるのに、放っておけません。

貴方が不思議な格好をしていたって、関係ありませんよ」

 

 

力いっぱい語るお姫様。

本人がよくても、私は恐れ多くてたまらんわ。

 

 

「いいですよ。フレンさんが戻ってくるまで待っていますから」

 

「フレンのお友達ですか? では、わたしと同じです」

 

「お姫様と?」

 

「お姫様? ああ、申し遅れましたね、わたしはエステリーゼと申します。

この本を返しに行く途中で、貴方を見つけたのですよ」

 

 

言われてみれば、彼女は分厚い本を大事そうに抱えている。

お姫様か本当にどうかは知らないが、気品に溢れた空気をまとっていた。

貴族なのだろうか。わからないが、名乗られたからには私も名乗らないと。

 

 

「私は桜、如月 桜です。

昨日フレンさんに助けてもらって、ここでお世話になっているんです。

というか、ここ帝都の中心ですよね。

見張り一人もいないなんて、危なくありません?」

 

「一人もいないわけではありません。

今日は朝礼がありますから、巡回している人が少ないだけです」

 

「充分危なくないかソレ」

 

「外を守っているので、平気です。

そのお陰で、こうしてこっそり出歩けますから、丁度いいですよ」

 

 

言って、ニッコリと笑うエステリーゼ。

花のように可愛らしいその仕草にちょっぴりトキメキそうになったが、場違いな腹の音で台無しになってしまった。

 

 

「ごめん。私に構わないで、本返しに行って下さい」

 

「いけません、いけません。桜を置いていけるはずがありません!

早く何か口にしないと、貴方が死んでしまいます」

 

「いやあの……」

 

「わたしに任せてください。食堂まで連れて行ってあげます!」

 

「ちょおおおお!」

 

 

彼女は信じられない力で私の腕を掴むと、食堂に向かって全力爆走した。

振り払いたくても、ガッチリ固定されてかなわない。

 

 

「エ、エス、エステリィィゼさあああん?!」

 

「悲観しないで下さい。こう見えてもわたし、食堂までの道は把握済みです!」

 

「自慢するところなのかソコは」

 

「丁度、朝食に取り掛かる時間ですし、侵入さえすれば、何かありつけるはずです!」

 

「つまみ食いする気か貴様……っ」

 

「しっかりして下さい。その口に食べ物ねじ込んででも、必ず助けてあげますからね!」

 

「殺す気かあああああ!

いいですよ! 私、自分で食べれますから」

 

「え……っ?! それが駄目でしたら、口移しですか?

そのような……わたし、初めてなんですよ」

 

「人の話を聞けえええ!」

 

「わかりました。桜を復活させる為なら、仕方がありません!

わたし、最善をつくします!」

 

 

わかってない。

恥らうエステリーゼさんに萌えるのを我慢して、力いっぱい突っ込んだが、彼女は馬の耳に念仏だった。

そうか、お前もフレンと同類なのか。

理解すると抵抗する力も失って、ただひたすら、エステリーゼのなすがままになった。

 

 

なんか、遠くの方から「桜――っ! 僕を置いて何処へ消えたんだあああ!」というフレンの絶叫が聞こえたような気がしたが。

現状どうすることもできないので、誠に残念ながら無かったことにした。

 

 

ユーリ。

あんたの言うとおり、ユーリが一番マトモだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■続く■




夜中のテンションって凄いですね。
ブログで大体半分って言った後に、3分の1いっきに作成できるんですから。
お陰で頭が物凄く痛い。

今回はフレンと他のキャラとの出会いが中心でした。
なんか全体的に百合っぽくなってしまったが、面白ければ多分いいのだと思う。
リタは元からそんな感じでしたし。
ソディアはユーリに噛み付いてたイメージ強かったので、どう動かしていいものやら悩みました。
アレクセイなんか、マイタケ聖剣のイメージ強すぎて、どんな口調だったか忘れそうになったよ。
エステルはままで。

次回はやっぱりフレンとエステルとマイタケの話になると思います。
それではまた。

瑛慈 翔
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