明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第20話】君はただ、病人で『私のHP0にする気か』って 青筋浮かべて

自分の問題にケリを付けるため、オレと別行動をとる。

 

それが、桜が下した決断だった。

元の世界に帰るために旅をしようとも、必ず評議会やギルド、暗殺者の影が付きまとう。

だから「ヘリオードで騎士団長と話ができる」というフレンの申し出に乗り、今抱えている問題を直接騎士団トップに持ちかけ、解決しようと考えた。

但し、騎士団は評議会と同じ帝国側。

そのトップに会いに行くってことは、敵陣に真正面から乗り込むようなもんだ。

 

バイタリティ溢れるあいつは、もちろん自ら挑みに行った。

問題を先送りにしない。自分の運命の為に。

 

オレは騎士団を辞めて、何をしている。

 

カルボクラムへ向かう途中、桜のことを考えると、自然とその疑問が湧き上がる。

……余計なことを考えてる場合じゃない。下町の魔核を捕り戻すのが先だ。

   何のために、あいつをフレンに預けて、ここにいるんだ。

 

桜を抜いたオレたちは、下町の魔核を盗んだギルド「紅の絆傭兵団」がいるとの情報を頼りに、廃墟カルボクラムまで来ていた。

桜と一時分かれた理由でもあるが、指名手配中のオレがのこのこついてって騎士団とご対面した日には、問答無用で御用だ。

最悪、オレをネタに無理難題おしつけてくるかもしれない。

 

こういう時、法だのなんだのが煩わしい。

指名手配なんてクソくらえだ。

 

内心毒つきながら廃墟に踏み入ると、ギルド「魔狩りの剣」のナンという少女が現れ、オレたちに立ち去れと忠告してきた。

「魔狩りの剣」は、カロルが所属しているギルドのはずだ。

案の定カロルは仲間との再会に喜ぶが、即座に彼女からクビを言い渡され、唖然としていた。

 

カロルにも込み入った事情があるんだろうが、こっちも急を要している。

こっちがモタモタしてる間に、あいつは……。

 

湧き上がる焦燥感を押えつけながら、魔物を蹴散らしていると、くたびれた屋敷にたどり着く。

中でいかにも怪しい螺旋階段みつけ、駆け足で下っている途中、違和感が肌をなでた。

――虚脱感?

気に掛けるほどでもなく、ひたすら階段を降りていたら、急激な疲労が押し寄せてきた。

奥深くの部屋から、高濃度のエアルが充満、外へ漏れ出し、オレたちの体力を蝕んでいたんだ。

 

ここにきて初めて、桜がいないことに安堵した。

あいつにとって、エアルは毒。

オレたちでさえ辛いエアルに飲まれたりでもしたら、一溜りもないだろう。

 

エアルに犯されながら進んでいくと、空まで広がる大きなホールにぶち当たる。

その中央上空で高濃度エアルの元凶「魔物を封じる魔導器」が、鈍い光を放っていた。

どうやら魔狩りの剣は、魔導器が封じている魔物を討伐するために、ここへやってきたらしい。

ヤツらは目的を果たすべく、魔導器に手をかけようとしたが、それよりも早く空高くから竜使いが現れ、魔導器を破壊。

呪縛から解き放たれた強大な魔物が、あろうことかオレたちに襲いかかってきた。

 

騒いでもしょうがない。向かってくる敵は成敗するのみ。

魔導器を壊されたことにより、エアル酔いから脱したオレたちは、暴れ回る魔物に応戦した。

小回りを利かせて何度か斬りかかるが、一軒家ほどの体躯に堅い装甲には、ほとんど歯が立たず、劣勢へ追い込まれてしまう。

おまけにカロルがいないのに気付いて、「逃走」の二文字が脳裏に過ぎった時、魔物はエステルを見るなり、尻尾を巻いて去って行った。

あれほど強い魔物が、エステルに何があるって言うんだ。

 

多少引っかかることがあるんだけど、エステルも心当たりがないようだし、無い知恵絞っても仕方がない。

桜が待っている。

廃墟を出る途中で、カロルを回収できたんだ、急いで迎えにいってやらないと。

 

傷ついた身体のまま、早足で廃墟を出ようとした矢先。

白い甲冑に身を包んだ集団が行く手を阻んでいた。

帝国騎士団。

最悪なことに、あのキュモール隊ときた。

オレたちの引きつる顔が目に入ったのか、野郎の口元がニヤリとつりあがる。

 

騎士団の目的はエステルを連れ戻すことと、指名手配犯であるオレを捕縛……なんだろうが、悪趣味なこいつのことだ、後者はバカ正直に遂行する気はないだろう。

――桜が待っている。

   小物に構ってる暇なんてねえのに。

舌打ちしながら、刀に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君はただ、病人で『私のHP0にする気か』って青筋浮かべて

 

ひたすら、突っ込みを炸裂していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の問題を片付けるために、ユーリと別行動をとる。

 

それが、私が下した決断だった。

女子高生がテルカ・リュミレースで、メンタル耐久サバイバル。

野に魔物が駆け回り政治がクソなファンタジーに、ナルシスト系騎士とか、お使いもまともにできないドジっこ変態暗殺者とか、その他お呼びでない面倒な方々がオブションで憑く難易度ベリーハード、一体誰がクリアできるというのだ。

 

私は、これらの難題を減らすために保護者ユーリと別れて、フレン小隊とヘリオードの街へ向かった。

騎士団長アレクセイにかけ合い、その武力と権力を持ってノータリンどもを駆逐しようという魂胆だ。

 

だが、思い出してほしい。

私が。

毎度毎度トラブルに巻き込まれている、この私が。

平穏無事に、目的地まで行けるはずがない。

 

フレンとのMP減少確定の強制サブイベントは、いつものことだ。覚悟はしていた。

想定外といえば、彼の部下からの仲人とか、不思議なお姉さんと触覚もふもふエンカウントとか、ヘリオード到着後の謎の体調不良とかで、地味に精神と体力が削られたこと。

そして最大級のボディブローをくれたのは、ザーフィアスにお住いで現在騎士の巡礼旅行中のフレンさん(21歳)が最凶傑作「殺人ホワイトシチュー」を病人である私に盛ったことだろう。

 

幼馴染ユーリの「フレンの料理は三角コーナー」という情報を軽んじていた私にとって、デストロイシチューのダイレクトアタックは、心のダイアリーに強烈に捻じりこまれた苦いイベントでした。

 

一般食材から、容易く劇薬を生成してしまう匠仰天のサタンハンド。

口に含むものはばかられる、異物とのインデペンデンス・デイ。

――私の胃腸は犠牲になったのだ。

 

過ぎてしまった私の胃袋の話はいい。

いやよくないけど。

私はアレクセイと大切な話をしなくちゃいけないんだ。

 

 

「遠慮せずに、何でも言ってみたまえ」

 

 

ええ、最悪のコンディションの中、私の横でズゴゴゴと威厳醸すおじ様アレクセイと運命を決めるんだよ。

帝国騎士団騎士団長アレクセイ。歳は30代後半から40代だろうか。銀と紅が合わさった荘厳な鎧とプレッシャーをまとう騎士団の頂点、知的でカッコイイおじ様だ。

以前ザーフィアスで少し話したことはあるが、前回とはまったく状況が違うせいか、空気が重い。

私は竦みそうになる心を紛らわすため、重い上半身を持ち上げて、部屋中に視線を巡らせた。

 

私がいるのは、ヘリオードにある宿屋の一室。

窓から太陽の光を命一杯取り込んだ明るいこの部屋に、騎士団長との場が設けられた。

私はベット、隣にアレクセイ。

その傍らで、少年のあどけなさが残る金髪碧眼美青年騎士フレンが心配そうに私を見守っている。

そして、クールビューティ秘書クロームは、ドアの横で凛と佇んでいた。

 

全員の視線が私に集中している。

だというのに、当の私は病や突発イベントのせいで、まったく準備できていない。ついでに頭も回らない。

とにかく付け焼刃でもと、記憶の整理を試みたが、ガンガン自虐ダメージを食らうだけ。

にっちもさっちもいかず硬直していると、アレクセイは顎に手をかけて、私の調子を鑑みた。

 

 

「台所に立てるくらいならと話を切り出してみたが、まだまだ本調子ではないようだな」

 

「すみません」

 

「こちらもエステリーゼ様やヨーデル殿下の件がある。

君も辛いようなら、続きはまたの機会に」

 

「だ、ダメです! 先延ばしにしたら、ユーリが……!」

 

 

アレクセイが早々話を切り上げようとしたので、私は慌てて引き止めた。

クロームから、ユーリの逮捕を聞かされたのだ。

アレクセイと直談判できるこの機会を逃してはいけない。

彼の罪状の大半が濡れ衣なんだから、手遅れになる前に釈明しなくては。

 

 

「その様子だと、ローウェル君が連行されたことは既に耳に入っているようだな」

 

「ユーリを解放して下さい。

彼は私の為に、城から連れ出してくれたんです。

もちろん脱獄はいけないとは思いますよ。

でも、私とエステルの件に関しては、まったく悪くありません」

 

「如月君」

 

「異世界でこうして五体満足でいられるのも、彼がいてくれたからなんです……っ」

 

「落ち着くんだ、如月君。事情は聞いているよ。

ローウェル君の動機もな」

 

「じゃあ、ユーリは」

 

「君と愛し合っているということがね」

 

「無罪放免て、あいいいいいいい!?」

 

「愛する女性を助け出すために、法を犯して城に忍び込み、大陸を超えて逃避行。

なかなか見上げた男ではないか。

如月君も懸命に彼の無罪を訴えるとは、本当にローウェル君を好いて――」

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 

アレクセイが表情を1ミリも崩すことなく、突拍子もないことを言い放ったもんだから、私は発狂した。

 

 

「奇声上げるほど、うれしかったのか」

 

「ンなワケあるかああああ!

私のとんでも歴史をどう斜め上に脳内変換したら、そんな頭の緩い結論にいきつくんですか!?」

 

「城に幽閉された薄幸の美少女。

危険を顧みず単身で城に乗り込む青年。

帝都脱出後は、騎士団の追っ手から逃れつつ放浪の旅。

以上から容易に推測できる」

 

「幸が薄いのは認めるけど美少女じゃないし、ユーリは不法侵入して牢屋にぶち込まれたところを脱獄しただけだし、何よりエステルの存在はどこへ飛んでった!?」

 

「エステリーゼ様は皇女でらせられる。

ローウェル君も身をわきまえているだろう」

 

「皇女の御前で、堂々イチャつくバカの方がわきまえてねーと思うんですけど」

 

「イチャついていたのかね」

 

「イチャついてません!」

 

「しかし、それではローウェル君の証言と一致しないな」

 

「何を世迷言ほざいたんですか、あのロン毛!?」

 

「ひとつも心当たりはないかね。如月君」

 

「ない!」

 

「なるほど。耳まで顔を赤らませておいて、思うところはないと断言できるのか」

 

 

アレクセイにしみじみ頷かれて、私はハッと自分の両頬を抑えた。

熱い、頬も熱い。動悸までする。

そりゃあそうだ、第三者から「親身にしてくれた男と相思相愛なんだろう」と指摘されたら、誰だってドギマギするだろう。

ユーリは一体何をアレクセイに吹き込んだのか。

私たちは、下町の魔核と元の世界に帰るために旅をしていたのであって、別にイチャついてなど……。

……。

……。

 

 

「とにかく、ユーリの証言だけで、話を進めるのはよくないと思うんです!」

 

「如月君の赤面も気掛かりだ」

 

「ほっとけええええええええ!

あんた、フレンさんからも話聞いたんじゃなかったんですか!?

……ハッ」

 

 

自分で言って悪寒が走った。

ずっとアレクセイとタイマンしていたが、ここには恐怖の説教魔王フレン・シーフォが同席している。

清廉潔白の彼のことだ。

動機がどうあれ、彼のミジンコ並の許容範囲から1ミクロンでも外れたら最後、法廷に立たされるより先に光の速さで私刑される可能性が高い。

ユーリの罪をチャラにするどころか、ユーリのHPがパーにしてしまう。

脱兎したい気持ちを抑え、真顔のアレクセイから、隣のフレンへと視線をずらしてみる。

 

 

「あれ? 怒ってない」

 

「僕の顔を見て、どうしたんだい?」

 

 

問題のフレンは特にキレるでもなく、空色の瞳を丸くして、首を傾げるだけだった。

いつもなら、乙女がときめく美青年騎士から泣く子も絶叫する必殺仕事人にジョブチェンジして、物の数秒で天誅下すのに。

私が難しい面持ちで間合いを取っていると、フレンは穏やかに口を開いた。

 

 

「ユーリと君がここに来るまでの詳細は、トリム港で聞いたからね。もう驚いたりしないよ」

 

「は、はぁ」

 

「それとも、まだ僕に話していないことでもあるのかな?」

 

「な、ないです!」

 

 

フレンが顔を覗き込むように上目使いで訪ねてきたので、私は身を引いて、大きく首を横に振った。

彼の制裁は、既にトリム港で完遂したようだ。

それにしては、心なしか物思わしげにも見えるけど。

 

 

「フレンさん?」

 

「桜。騎士団長の前だよ」

 

「そ、そうなんですけど」

 

「こんな機会は、またとないんだから、伝えるべきことは伝えなきゃ、ね?」

 

「はい」

 

 

私の疑問をはぐらかすように、フレンは話を促してきた。

もう一度、彼の顔色をチラ見してみるものの、いつもの精悍な騎士が静かに私を見つめるだけだ。

気にしすぎだろうか。

 

 

「急に黙って、辛いなら休むか」

 

「ア、アレクセイさん、大丈夫です。

話を割ってしまってすみません。わざわざきてくれたのに」

 

「構わん。私の都合で付き合わせているのだし、君も年頃の女性だ。

フレンがいる前で、他の男の話なんてしたら、痴情のもつれ的なフラグが立つのではないかと、気が気でないのだろう」

 

「ザックザック不吉なフラグ立ててるのは、あんたの方だろ。

小娘いじくって、それでも騎士団最高責任者か!?

取り戻せ、市民の安寧と騎士団の秩序!」

 

「その有り余る団長の権力と人望を使って、君とフレンの恋募事情を収集したのだよ」

 

「ドヤ顔で職権乱用しないで下さい。とってもゲスいよ騎士団長」

 

「乱用ではない。私は騎士団を取り締まる立場にある。

フレンが騎士の領分を超えて、君と接し、任務に支障をきたしてはなるまい。

例えば、彼女の寝室に忍び込んだり、公然の面前でやたら君を抱き上げたり、口説いたり……」

 

「だだだだだ団長!?」

 

 

アレクセイがフレンの所業をつらつら上げていくと、本人が顔を真っ赤にして、さえぎってきた。

 

 

「城で寝室に入ったり、桜を抱き……看病したのは、彼女の体調を気遣ったからですっ!

決して、やましい動機はありません!

どこからそんな話を……っ。

ぼ、私が彼女を口説いただなんて、でたらめです!」

 

「隊内で噂になっていたが」

 

 

アレクセイの即答を聞いて、フレンの顔色が赤から青へと染まる。

顔面蒼白のまま、飛ぶように起立し、前へ45度頭を下げた。

 

 

「も、申し訳ございません。任務中に噂話など、私の指導が行き届かず……!」

 

「責める意味で言ったのではない。彼らは問題なく任務を完遂している。

小隊長との距離も近い、風通しのいい小隊ではないか」

 

「お褒めに頂き、光栄です」

 

「問題なのは、統率力だ。

内部でフレンと如月君の仲を成就させよう派と、生暖かく見守る派、そして引き放つ派と勢力分裂しているのは頂けない」

 

「派閥ぅ!?」

 

「うあああ……っ」

 

 

アレクセイが唸る傍らで、フレンは驚きのあまり声を裏返し、私は心当たりがありまくって呻いた。

まずい、小隊がそんな愉快……もとい、混沌に陥っていたとは。

ここはアレクセイだけでも何とかしなければ、後でソディアが怖い。

 

 

「わ、私が小隊と同行したのは、たった2日ですよ。

短期間で、そんな派閥が出来上がるほど騎士団って暇なんですか!?」

 

「騎士とは、正確迅速であるべきなのだ」

 

「明らかに使いどころ間違ってるだろ、それ」

 

「上司の異性交遊関係。しかも相手が任務保護対象である君だ。

フレンのポテンシャル、しいては隊の士気に関わると同時に、騎士団内を刺激する貴重な情報元となりうる」

 

「アレクセイさんがクソ真面目に言葉取り繕ったところで、それただの雑談」

 

「統計はとってある。クローム」

 

「とるなよ! そしてクロームさんも読まなくていい!」

 

「待ってくれ、桜」

 

「なんですか、フレンさん。

まさかアレクセイさんの与太話にほだされて、事実かどうかわらん不吉な統計聞きたいとかないですよね」

 

「聞くべきだと思うんだ。小隊長として」

 

「えっらい安い肩書きですね、小隊長って!」

 

 

部下の噂話に強いまなざしで興味を示すフレンに、私は全力で突っ込んだ。

彼はいつものことだとしても、アレクセイとの意思疎通にここまで梃子摺るのは、不測の事態だ。

バカ丁寧につっこんでいたせいで、私は急激な疲労に見舞われた。

 

 

「……く、屈するものか。つか、アレクセイさんがマトモに話をする気ないし……っ!」

 

「話をしているではないか」

 

「お偉いさんと恋バナ咲かせるために、何が楽しくて仲間と別れて、奇妙奇天烈摩訶不気味な強制イベント満載の旅路なんて苦行せにゃならんのですか」

 

「しかし……」

 

「私がお願いしたいのは、ユーリの罪状の見直しと私の処遇です」

 

 

アレクセイの言葉を押しのけ、私はキッパリ言い切った。

また流されてはいけない、続けて一気に捲し立てる。

 

 

「アレクセイさんからすれば、評議会、規律諸々大変かもしれませんけど。

ユーリの件を頼めるのは、貴方だけなんです」

 

「ローウェル君については、既にこれまでの罪状は不問としているので、君が2人の色男の間で揺れても問題ない」

 

「問題あるよ。2人の間に挟まれた私は揺れるどころか精神玉砕って、えええええええぇ不問!?」

 

 

アレクセイから思わぬカウンターに、私は大いに面食らった。

不問てことは、ユーリが無罪ってこと?

 

 

「いつ? どこで? 誰が? どーして!?」

 

「今し方、ここヘリオードにて、ローウェル君の罪がエステリーゼ様とヨーデル様のお計らいにより、今回の脱獄と、これまでの犯罪、主に税金滞納や公務執行妨害など不問、無罪放免となったのだよ」

 

 

エステルと天然殿下のお陰で、ユーリが無罪にになった。

私に関わる罪状も全て。

もう私のせいで彼が裁かれることはなくなったんだ、よかった……! と、胸が軽くなるのに替わって、ある疑問がわきあがった。

 

 

「アレクセイさん」

 

「なんだ。彼氏の犯罪歴がクリアになったのに浮かない顔だな」

 

「彼氏違う! ユーリ恋人論は捨てろ! どっか遠くに!

なんでそんな重大なことを、今の今まで黙っていたんですか!?」

 

「君は異世界の人間だ。

先に結論を伝えるより、多くの言葉を交わすことで君のことをより深く知る必要があった」

 

「異世界云々関係無しに、親父と娘の年齢差をぶっ飛ばして、無意味な恋愛観を語らないと、私と言う存在は理解されないのか。

あの不毛な会話で何を理解したのか、小一時間問い詰めたいわ」

 

「男は顔」

 

「流石騎士団長、その目的さえラビリンスだ。一昨日きやがれです」

 

 

目の前のオッサンに真剣にのたまわれ、私は脱力した。

私だって年頃の女の子だし、ユーリもフレンもイケメンだから、自然と顔面贔屓してたのは否定しないけれど。

それを今ここで全力で語り、分析してる場合じゃないだろ。

この調子では「元の世界に帰るための旅を許してほしい」なんてお願い聞いてくれるどころか、切り出すことさえ難しい。

 

こんな時に、ユーリがいてくれれば。

別れてから、何度考えたことか。

我ながら情けない。

 

 

「如月君は心身共に弱っているようだな」

 

「誰のせいだと思ってるんですか」

 

「不定な輩に襲われ心細かっただろうが、私たちが来たからにはもう心配いらない」

 

「それって、キュモールやラゴウにちょっかいかけられないってこと?」

 

「そうだ。君はエステリーゼ様とヨーデル様とともに、私の親衛隊が責任を持って、ザーフィアスまでお送りしよう」

 

 

帝都に戻る……!?

 

 

「待って下さい。私、ザーフィアスに行くわけには……」

 

「君は重要参考人にして、異世界からの客人。

我々はテルカ・リュミレースの代表として、今度こそ誠心誠意もてなさなくてはならい義務がある」

 

「お、お気持ちはありがたいですけど、また放置とかされて、何かあったら怖いですし……」

 

「君から目を放したりはしない。我々が全力で警護すると約束しよう。

朝から晩まで24時間365日、君が寝食入浴隅の隅まで片時も離れず、全てを守る」

 

「既に私のプライバシーが侵害されてるんですが」

 

「身構えなくてもいい。君につける騎士は選りすぐりの美青年たちだ。

君を一国の姫のごとく蝶よ花よと付き従い、ありとあらゆる手段を用いて、メンタルケアに励んでくれるだろう」

 

「それ騎士じゃなくて、ホストです、逆ハーレムです、乙女の腐ったパラダイスです。

どこの世界に、市民の血税で小娘接待する国があるんだよ。

私は安らぐどころか、良心の呵責で精神病むわ……!」

 

「安息を求めているのではないのかね」

 

「適切な理解を求めています」

 

「心得た。騎士たちには、親友以上恋人未満のコミュニケーションを維持、おさわりは一定のカルキュラムをクリアした者のみとする」

 

「一国の騎士団長が部下に、リアル恋愛シュミレーション命令してどうする!?」

 

「如月君は美青年が好きではないのかね」

 

「道徳と常識の範囲と後ろめたくない程度で、大好きです」

 

「帝国騎士団騎士団長である私の命の元、君のいたるところにイケメンを配備するという公式の建前があるから、道徳と常識の範囲で尚且つ、後ろめたくないはずだ」

 

「野郎はべらかすという下種な欲望を満たすために、おっそろしい建前悪用してる時点で、納税者から反感買うわ」

 

「君は気難しい子だな。嫌がっていないで、一度接待を受けてみないか」

 

「団長!」

 

 

アレクセイがしつこく悪徳接待勧めてきたところ、またもフレンが堪り兼ねて声を上げた。

 

 

「恐れながら、城内生活の経験がない彼女にそのような接待はかえって負担にるかと思われます」

 

 

フレンが平身低頭ながら、至極まっとうな意見を述べると、アレクセイは怪訝そうに眉をひそめる。

 

 

「私がシュヴァーン隊と親衛隊数人を護衛につける。問題ないと突っ撥ねたにも関わらず『城内で傷害と監禁。帝都から出ざる負えなくなり、暗殺者やギルドに狙われ、心身共に疲弊している。無事保護した際には、護衛強化と丁重なケアを』と、数回陳情出し続けたのはフレン、他ならぬお前ではないか」

 

「フレンさんが……?」

 

 

小隊長でしかないフレンが私の為、以前から騎士団トップに直談判していたというのか。

驚いて彼の方を向くと、気にしないでとばかりに笑顔をくれた。

 

 

「ノール港で、騎士団長にお願いするって、約束したからね」

 

「ありがとうございます」

 

 

彼の誠意に、私は胸を撫で下ろし、頭を下げて応えた。

普段あんだけ暴走しつつも、蔭では有言実行していたんだ。

しかし、その誠意も、血税でホストなんて暴挙へ曲解されては意味がない。

フレンは懸命に、説得し続けた。

 

 

「桜が精神的に疲弊しているのは間違いありませんが、その……彼女はまだ16です。

顔立ちのいい異性を集めて慰めるというのは、どう考えても心休まらないかと」

 

「美青年が落ち着かないというなら、なぜ今まで君やローウェル君が傍にいて平気だったのかね」

 

「……?」

 

「フレンさん、素で首かしげない。

ええっと、アレクセイさん。

私、別に平気ってわけじゃないんですよ。

ボケとかつっこみとか、トラブル続きで余裕がなかっただけで、普通こんな超絶イケメン隣に配備されたら、瞬きだけで乙女心は昇天しますよ」

 

「僕やユーリといて、桜は正常でいられないのかい? 僕たちではリラックスできない?」

 

「私にしてみれば、そこで驚愕に打ち震えてるあんたにビックリだよ。

平気でハグとか、押し倒すとか、姫さん抱っこしてのけるお前らの辞書には、乙女心とかプライバシーとかデリカシーってもんはないんかい」

 

「私も如月君がここまで頑なに拒絶するとは驚きだ。

エステリーゼ様から『桜も女の子なのですから、護衛は美形騎士が鉄板です。おはようからお休みまで下男よろしく接待してあげれば、きっと誰かとデキ……テルカ・リュミレースを好きになってくれます』と提案、強く推薦されたので、持ちかけたのだが」

 

「エステル!」

「エステリーゼ様!?」

 

 

アレクセイの口から暴走皇女の名前が出てきて、私とフレンはハモらせた。

騎士団トップがホスト接待とはありえんと思ったが、彼女が絡んでいたとは思いも……あり得たわ。

私としたことが完全に盲目していたわ。

 

 

「ていうか、エステルの発言に「誰かとできる」という果てしなく怪しい言語が混じっている時点で、騎士団長的にアウトでしょ!?」

 

「私情を挟んで隊を惑わせるより、当人たちだけで早々ケリをつけてもらった方が助かる。

デキ婚でなければ、皆も納福してくれるだろう。

社内結婚というものはそういうものだ」

 

「大人社会とかこつけて、歪な理論を少年少女に押し付けるな……っ」

 

 

精一杯声を張り上げようとして、息が切れた。

 

 

「はぁはぁ、いつもの調子で会話しただけなのに、体力ごっそり削れてく。

……意識がもうろうとしてきた」

 

「そりゃあ、その身体で大声を出し続けたらね」

 

 

私が息苦しさで身をかがめると、フレンは「失礼します」とアレクセイとの間に割って入ってきて、丹念に私の背を摩り始めた。

 

 

「フ、フレンさん?」

 

「ほら、背筋を伸ばして、ゆっくり深呼吸するんだ」

 

 

言われて、戸惑いながらも深呼吸、少し身体が楽になったところで、彼が私の上半身をしっかり支えながら、ゆっくりと横にした。

まるで看護師のような献身的な対応に身を任せてしまうが、相手は適齢期の男性。

見詰め合いながら、横にされるのが、堪えられなくて、つい彼から目を逸らしていしまう。

そんな初々しい光景を静観していたアレクセイは、なるほどと深く頷いた。

 

 

「下手に慣れない騎士をつけるよりはいいか」

 

「団長、私に何か?」

 

「フレン。騎士の巡礼を一時中断だ」

 

「中断!? ……出発して間もないのに、ですか?」

 

「構わん。ヨーデル殿下は無事救出されたのだ。他の件も宛てがある。

君には今後、彼女の護衛兼世話役として、ザーフィアスに滞在してほしい」

 

「桜の護衛……!?」

 

「フレンさんとザーフィアスに!?」

 

 

アレクセイの今思いついたような提案に、フレンは表情を輝かせ、私は愕然とした。

フレンがついてくれるのは心強いが、帝都に戻るとなれば、話は別だ。

旅ができない。おそらく元の世界に戻ることも。

一方フレンは、自分の手で私を守ることができればいいみたいなスタンスだし、魔物はびこる危険な世界を旅するより、帝都に引きこもってほしいと言っていたから、この騎士団長の提案はこの上ない好条件だろう。

私は今この場で味方を失い、敵が生まれてしまった。

項垂れる私の視界に、フレンの木漏れ日のような微笑が覗き込む。

 

 

「やったね、桜。僕と一緒に帝都に帰れるよ」

 

「フレンさん、私、ザーフィアスに行きたいんじゃなくて」

 

「怖いとは思うけれど、今度は僕が、片時も離れずついているから。

君の体の調子も思わしくないし、戻れるなら戻った方がいい」

 

 

私の心を撫でるように、彼の青い目が笑みで細くなる。

問題はそこじゃないのに。

フレンとアレクセイを再度説得する知恵と体力なんて、今の私にはない。

玉砕覚悟でぶつかったとしても、その結果倒れでもしたら「彼女の身体では、やはり旅は無理」と帝都に強制送還され、軟禁されるかもしれない。

藁をもすがる思いでクロームに視線を投げかけるが、彼女は置物のようにそこに突っ立って、私を眺めているだけだ。

 

(あんだけ心配するそぶりをみせておいて、結局知らんぷりか)

 

薄情な気がするが、彼女はアレクセイの部下だ、希望を見出す方が間違いだろう。

孤立無援。どうしよう、どうすればいい。

彼らと目が合うと、瞬く間に言い包められそうで、自然と避けてしまう。

大きなテーブル、白い壁、窓の向こうの青い空、ぐるぐると目が泳ぐ。

逃げ場を求めるように、次から次へ。そして、視線がクロームから、閉ざされたドアへと移った時、そのドアが前触れもなくボンッと飛んだ。

 

 

「うえええ!?」

 

 

硬直する一同。私の目も飛び出そうになった。

その間、ドアは激しく宙を舞って、アレクセイたちの足元に突き刺さり、寝室全体に戦慄が走る。

全員が目を見張った先、ぽっかりと空いた出入口から、一つの影が大股で部屋に踏み入ってきた。

流水のようにまっすぐ伸びた漆黒の長髪、誰もが目を引くその端麗な顔は不機嫌そうに歪んでいる。

幸い左手にぶら下げている刀は抜かれていないが、そのしなやかな肢体から、いつ拳や蹴りがとんでくるかわかったものではない。

 

 

「ユーリ……!?」

 

「迎えに来たぞ」

 

 

名前を呼ばれた彼は、一直線に私の元までやってくるなり、第一声を投げかけてきた。

私がダイナミック入室にビビって返事を忘れていると、彼は私の鞄を肩にひっかけ、無遠慮に私のベットの中へ両手を潜り込ませる。

何をされるのか。

身を強張らせる私の背中と膝裏に、ユーリはするりと腕をすべり込ませると、軽々持ち上げ抱き寄せた。

人はそれをプリンセスホールドと言う。

私は声にならない悲鳴を上げた。

 

 

「……っ」

 

「大声出すなよ。身体に障るだろ」

 

 

頭の上から彼の柔らかい声がして、緊張が緩む。

いつものユーリだ。私に怒ってるわけじゃない。

彼がいる安心感、自分を支える2本の腕、胸とうなじの温もりが頬に伝わり、我慢していた眠気が押し寄せてくる。

ザーフィアス城の時と同じ。力強くて、温かくて、どこか懐かしい香り。

ユーリは腕の中で私がおとなしくなるのを確認すると、回れ右して、立ち去ろうとした。

……が、もちろんフレンは許してくれない。

 

 

「待つんだ、ユーリ!

ドアを破って侵入してきて、彼女をどこへ連れ去るつもりだ」

 

「連れ去るって、あのな。オレたちの宿屋に帰るだけだよ」

 

「彼女は我々騎士団の管轄下にある。無断で連れ出すことは許可できない」

 

 

と、今度はアレクセイが加勢する。

 

 

「ローウェル君。如月君との面会は、こちらの話が済んでからと伝えたはずだ」

 

「話合いというのは、病で臥せってる女の子に、騎士団長と小隊長がよってたかって自分の都合押し付けることなのか」

 

「押し付けるとは心外だな。

如月君は、城を出てからこの短期間に、不確定要素が増えすぎた。

最低限手を打っておきたいのだよ」

 

 

アレクセイは私を一目し、再びユーリへと視線を移す。

 

 

「そういうわけだ、ローウェル君。

彼女の護衛に関しては礼を言う。指名手配の件も、詫びよう。

だが、彼女を勝手にするのは別だ」

 

「その騎士団の管轄だのなんだのってのも、当人無視して、お前らが勝手に決めたもんだろ」

 

「ユーリ、いい加減にしないか。君の独断と騎士団の意向は別だ。

こちらは飽くまで法に則って、桜を護衛している。

それに騎士団の元なら、評議会やギルドも下手に手出しできない。

彼女のためなんだよ」

 

「桜の為だとかこつけて、こいつをラゴウのような強欲貴族やキュモールがいる帝都へ放り込んだら、世話無いよな」

 

 

ユーリが容赦ない切替しにフレンが押し黙るも、アレクセイは冷静に弁解する。

 

 

「キュモールには、接触禁止を言い渡してある。

当然、彼女に関わる全ての任務から外すつもりだ」

 

「それはさっき詰所で聞いた。

ラゴウは評議会側だから、今すぐどうにかできねえってのもな。

野放しと変わりねえじゃねえか、正直耳を疑ったぜ」

 

「物には順序がある。下手に騎士団が動けば、上げ足取られかねない」

 

「結局テメェらの面子かよ」

 

「団長の言葉の意味をもっと加味しろ。

騎士団の失敗を盾に、他勢力の干渉を許してはいけないんだ」

 

「何かあった後じゃ遅いんだ、フレン。

お前らはこいつが帝都で死にかけたっての知ってて、まだ耐えろって言うのか。

悪いけどな。証拠だの法だのつって、悪人を野放しにする悠長な連中の元に、うちのお嬢さんを預けるほど、オレは心が広くないんだよ」

 

 

ふてぶてしく振舞っていたユーリが一変し、ギロリと騎士団を睨み付ける。

互いの意見が真っ向から対立、こう着状態。

ユーリなんかは、強引にでも私を連れ出す勢いだ。

せっかく釈放されたのに、私のせいでまた牢屋に逆戻りしてしまう。

 

ここは、私が我慢すれば。

私が騎士団の要望を呑んで帝都に戻れば、事は全て収まるんだろうか。

けれど、それでユーリは納得する……?

 

尋ねるように、彼の胸に顔をうずめると、黒い髪がさらりと頬を撫でた。

できない。私が納得できない。

 

 

「桜? なんだ、辛いのか」

 

「……けたい」

 

「ん?」

 

「私、旅を続けたい」

 

 

どうにでもなれと、声と勇気を振り絞って、思いの丈をぶちまけた。

ユーリはその通りだとばかりに、目元を緩ませるも、帝都帰還を拒否されたアレクセイは眉間に深いしわを寄せ、フレンが困惑しながら、やんわり私を諭し始めた。

 

 

「桜。君の帝都への不安や、騎士団への不信感、……帰りたい気持ちはわからないでもないよ。

だけど、テルカ・リュミレースで君が自由になるのには、リスクが大きすぎる。もっと客観的に考えて、自分の身体を労わってくれ」

 

「ごめんなさい、フレンさん。

大変なのはわかってるけど、言われるがまま帝都に戻ったら、簡単に外へ出られなくなるだろうから」

 

 

ユーリや皆と会えなくなるだろうから。

 

 

「後悔したくないから、旅を続けたいんです」

 

「後悔したくないなら、尚更……っ!」

 

「待て、フレン」

 

「団長?」

 

 

アレクセイは、私に食い下がるフレンを片手で制し、一歩私たちに近づいた。

 

 

「如月君。その状態で尚、旅をしたいというのか」

 

「はい」

 

「何かあってからでは困る。それは、こちらとて同じだ。

君が旅を続けたいというからには、それに値する確証が欲しい」

 

「具体的には何をすればいいんですか」

 

「明後日までに、体調不良を完治させてくれ。

明後日ここを立つまでに、元の体力を取り戻すことができたなら、経過観察でローウェル君に君を任せても構わない」

 

「2日後に完治? RPGの勇者の超常現象を私に体現してみせろと!? ムチャクチャですよ……っ!」

 

「旅をする上で体調管理は、基本中の基本。

自分の面倒もみれないなら、大事になる前に我々が君を保護をする」

 

 

アレクセイに断言されて、私は返す言葉を失った。

ただの風邪ならいざ知らず、私の場合は病気もその原因もわからないから回復の目処も立たない。

首を横にも縦にも触れずに当惑する私であったが、ユーリはケロリとしたものだった。

 

 

「いいじゃねえか。騎士団長閣下がチャンスを下さったんだ。乗らない手はないよ」

 

「簡単に言わないでよ。

向こうは「やっぱり騎士団のフォローがなしじゃ、ダメでした」って口実が欲しいだけかもしれないじゃない」

 

「お前には、オレたちがついてるだろ。

どの道、病気は治さなきゃならない。一石二鳥だ」

 

 

前向きなユーリは「一晩寝れば、万事解決」と、私に必殺ウィンクをプレゼントしてくれた。

そりゃあ、病気治って、旅が再開できれば万々歳だけど。

フレンも思うところがあるのか、物言いたげにユーリに声をかけた。

 

 

「彼女が元気になってくれれば、僕としてもありがたい。が、しかし……」

 

「心配すんな。オレがみっちり看病するし、こっちにはエアル専門家のリタもいる」

 

「そのリタの存在を危惧しているんだ。

大胆でデリカシーのない君でさえ心許ないのに、変人と噂名高い彼女が桜の看病なんてしたらそれこそ……!

妙な魔導機や増強剤、果ては寒気を自らの体温で温めるという暴挙により、桜の身も心もをドーピングした挙句、期限に間に合わなければ、ヘリオードを全焼し、逃亡する危険性がある。

……今のうちに手を打っておかないと、非常に危険だ」

 

「オレは用心深い通り越して、被害妄想爆発させるお前の方が、危険でいっぱいなんだけど。

頼むから、余計な手出しするなよ。な? な!?」

 

「うむ。体調管理だけでなく、周囲の協調性にも難ありだな」

 

「気にしすぎですよ、アレクセイさん!

リタさんもいい娘ですよ! ユーリとフレンは幼馴染だし!

これはいつものこと、仲のいい証拠ですから……っ。ね、ユーリ」

 

「そう見えるか?」

 

「そこで疑問符打つなよ!」

 

「大声出すなって言ってんだろ。ますます具合悪くなるぞ」

 

「誰のせいだと……!」

 

「はいはい、オレが悪かった。

上から下まで誠心誠意込めて看病するから、暴れるのだけは勘弁してくれ」

 

「上から下って……!」

 

「叫んでしんどいなら、寝てろよ。おやすみ」

 

 

ユーリは強引に私との会話を打ち切ると、フレンとアレクセイへと向き直った。

 

 

「時間が惜しい。他に言うことないなら、オレたちは退散させてもらうぜ」

 

「如月君を頼む。

それと言い忘れていたが、結界の外への外出は控えてくれ」

 

「釘刺されなくても、逃げたりしねえよ」

 

「その辺りは、君を信用しているつもりだ。

ただここ最近、大陸の西側に向かうほど、魔物が狂暴化していると聞く。

くれぐれもか弱い彼女を連れて、外へ出ようなどとは考えないでくれ」

 

 

西……?

昨日会ったクリティア族のお姉さんが、そんな事を言っていたような。

ふと記憶を辿り始める私だったが、ユーリが廊下へ移動し始めたので中断した。

 

 

「忠告、ありがたく受け取っておくよ。じゃあな」

 

「ユーリ。桜を」

 

「ああ」

 

「……わかってるよね?」

 

「……その嫌に爽やかな笑顔から、安易に首を縦に振ってはいけない、理解の範疇を超えた何かを感じるんだけど」

 

「君が自重してくれれば、良い話だ。桜も十分気をつけるんだよ」

 

「ユーリなら心配ないですよ。……多分、きっと、前向きに考えて」

 

「おいコラ」

 

「僕も、呼んでくれれば、いつだって君の元に駆けつけるから」

 

 

フレンさん……。

彼も彼なりに、私のことを気遣ってくれている。

部屋を出る間、フレンの私を見送る顔が少し寂しげに見えて、胸が痛くなった。

 

 

「なんだ。フレンの胸の方が恋しいのか」

 

「私の表情のどこから胸がでてくるの!?

フレンさんには沢山お世話になったのに、きちんとお礼言えなくて、悪いかな~っと思っただけで、なぜ胸が……ハッ! 他人の胸が気になるとはすなわち、ユーリはやっぱり乙め――あだだだだだ」

 

 

私がユーリ乙女説を持ち出そうとしたら、彼は返事の代わりに、無言で私の顔を自分の胸板に押し付けてきた。

 

 

「堅! ユーリ胸堅っ! ほほほほ頬がもへぇる!」

 

「誰が乙女だって?」

 

「ユー……なんでもありません」

 

 

これ以上言ったら、この男のことである。

女の子を自分の胸板に擦り付ける以上の過激な何かをしかねない。

小さく縮こまっていると、ユーリが短いため息が私の髪の毛を撫でた。

 

 

「悪かったな」

 

「ユーリが女顔負けの色気があるのは、揺るがしようのない大罪だけど。

そこを本人が謝ったら逆に嫌味だと思うの」

 

「なんの話をしてんだ」

 

「その逞しい胸板を顔面から食らっても、ユーリの色香は女……いや、なんでもないです。

ユーリこそ、いきなり何を謝るの?」

 

「アレクセイとの話の真っ最中、オレが横やり入れて台無しにしただろ」

 

「邪魔、だったの?」

 

「お前、自分のケリに付けるために、フレンと一緒にヘリオードまで足運んで、アレクセイと対面したんじゃないのか」

 

「全然進展しなかったけどね」

 

「内容はどうあれ、お前が決めたことだ。オレも最後まで見守るつもりだったんだけどな。

あいつらの言い分聞いてるうちに、だんだん頭に血が上ってきて、我に返った時はドアを蹴破っていた」

 

「あれはちょっとびっくりしたわ」

 

「オレの独りよがりで、お前のやる気をそいじまったな」

 

「ううん。ユーリが来てくれて、本当に助かった。

私だけじゃ、なしくずしに帝都行きだったから」

 

 

と、私は自嘲した。

なんだかんだいきがったところで、結局誰かに助けてもらってばかりだ。自分は何一つできない。

沈んでいく私を見たユーリは、妹を持つお兄ちゃんのように困った笑みを浮かべた。

 

 

「最初は皆そんなもんだ。

何度もぶつかって、失敗して、場数踏んで、やっと一人前になるんだよ」

 

「私だって、今日まで、たくさん無茶したよ。

けど、自分のことなのに、まともに話さえできないなんて……」

 

「相手が騎士団トップと将来有望な小隊長のタッグなんて、分が悪すぎるだろ。

こういう時は、意地張らずにオレを頼ればいいんだよ」

 

「今回は運よく乱入できただけ。いつも、ユーリが近くにいるとは限らないでしょう」

 

「トリム港では、不本意ながら引き下がったけどな。

オレは、お前から離れるつもりはないからな」

 

「……!」

 

「例え離れたとしても、呼んだらフレンみたいに飛んでくるかもよ」

 

 

ユーリに傍を離れないと言われ、私の胸がはねたのもつかの間、すぐに斜めに構えられて、内心げんなりした。

こうも簡単にときめくとは、病気で精神的に弱ってるせいかしらんが、動揺しすぎだ。

このままではユーリに骨抜きにされる。早急にいつもの調子を取り戻さねば。

 

 

「ねえ、ユーリ」

 

「うん?」

 

「そろそろ宿屋出ちゃうね」

 

「そうだな。アレクセイとフレンがまた妙なこと言い出す前に、さっさと脱出するか」

 

「そうなんだけど。私そろそろ自立歩行を試みたいな~なんて。

………いつ降ろしてくれるの?」

 

 

忘れないでほしい。

私は現在進行形で、ユーリに横抱きで運送されているのだ。

私の渾身の申し出に、彼は残酷な決断を寄越した。

 

 

「もちろん、オレたちの宿屋のベットの上までだ」

 

「流石幼馴染、公衆の面前でプリホル横断なんてこっ恥ずかしい行為ものともしない!

下町ってのは、いとも簡単に羞恥P最大値が0の残念なイケメンを量産してしまうのか!?

世の乙女たちの理性が心配だ!」

 

「よくわからないけど、抱けるなら誰でもいいわけじゃないんだぞ」

 

「抱くじゃない! 抱っこ!

所構わず胸元全開してる妖艶な美青年が小娘抱いたまま、すねて「抱く」とか如何わしい発言しないで。

……う、受付の視線が痛い」

 

「何度も抱いてんだから、横抱きくらいで恥ずかしがることはないだろ」

 

「だから、抱くとは言わない……っ!」

 

「はいはい。わかったよ、お嬢さん」

 

 

やれやれと肩をすくめたユーリは、もちろんやっぱり当然わかっていなかった。

受付や宿屋の業務員からの好奇の眼差しを物ともせずに、悠々と宿屋を出るユーリ・ローウェル(21)。

兵士たちが遠巻きで鋭い眼光を飛ばす中、彼は軽やかな足取りで、仲間のいる宿屋へ向かう。

両手で顔を覆う私を抱えたまま。

 

しかし、惨事は私の犠牲だけに留まらなかった。

「あんたたち邪魔なのよ!」と懐かしい女の子の怒声と共に、進行方向の兵士たちが木の葉のように舞い散ったのだ。

鼻をくすぐる焦げた臭いと、兵士たちの悲鳴をかいくぐって、颯爽と現れる14,5歳の小柄な少女。

栗色のショートボブにゴーグル、赤を基調にした冒険者風の装束に身をつつんだ美少女魔導士リタ・モルディオ(15)だった。

私はあまりの惨状から再び顔を覆い、ユーリは嘆息した。

 

 

「十中八九、オレに続いて騎士団の宿屋に来るんだろうなと思ってたら、いの一番に魔術で兵士ぶっ飛ばすって、お前なぁ」

 

「桜!」

 

 

リタは何を慌てているのか、ユーリの非難に耳もかさず、私の元までやってきた。

 

 

「さっき、あんたが身体壊して寝込んでるって聞いて……。

顔見せて! 何よ、真っ白じゃない!」

 

「真っ青の間違いですよ。

今さっき穏便にアレクセイさんとお話済ませてきたのに、魔術で兵士たちをほふるとかありえん!」

 

「何言ってんの。先にコイツがここの見張り張り倒したんだから、気にしてもしょうがないでしょ」

 

 

リタにジト目で睨まれ、ユーリはそっぽを向いた。

 

 

「ゆゆゆゆユーリ!?」

 

「コラコラ。興奮すると、失神するぞ」

 

「………」

 

「お前まで睨むな。

詰所の騎士にお前の居場所を聞き出して、会いに行こうとしたら、デコとボコが通せんぼしてたんだよ。

先に手を出したのは向こうだから、正当防衛だ」

 

「押し切ろうとか、挑発したとか、脅したとかないよね」

 

「大騒ぎになる前に、宿屋に戻るぞ」

 

「……先に何かしたのか」

 

 

白々しく話をすり替えるユーリを肯定と受け取った私は、宿屋に着くまで、病気とは別の頭痛がした。

 

 

 

 

 

ユーリに運送されてたどり着いた宿屋は、私がお世話になっていた宿屋から少し離れた場所にあった。

12畳ほど大部屋で、ベットが2台、他に大きなソファや観葉植物、テーブルと椅子などの家具一式が揃っており、壁一面を占めるベランダの向こうには一面海が広がっていて、そこから陽光が差し込んでくる。

ベットの寝心地も申し分ない。

シーツの肌触りを確かめていると、隣で椅子に腰かけたユーリと目が合う。

彼は得意げに、自身の太ももを叩いた。

 

 

「オレの膝はいつでも空いてるぞ」

 

「いらないよ!」

 

「あんた、これ以上いつものノリで、桜の気を逆撫ですんじゃないわよ!

桜もコイツの言動なんか、右から左に流しちゃないなさい。

付き合うだけ人生の浪費よ」

 

「リタも病人の傍で大声出しちゃいけないのに――痛!」

 

 

ユーリのアホを突っ込むリタに、カロルが更に突っ込んだら、手痛いゲンコが返ってきた。

再会早々にぎやかなメンバーだ。

唯一物静かなのは犬のラピードで、横でずっしり腰をすえて、私を見つめている。

この場にいないエステルは皇族のため、騎士団の元に居るらしい。

カロルは涙目で頭を摩りながら、リタの追撃を逸らすように、私に「そういえば…」と話題をふってきた。

 

 

「エステルがお姫様って聞いてビックリしたけどさ。

桜もなんかの重要参考人で、スゴイ人だったんだね」

 

「何の権限も持たない一般市民が何を間違ったのか、異世……とにかく、私自身は凄くないよ」

 

「騎士団まで動いてるから、十分スゴイと思うけどなぁ。

病気を治せば、旅続けていいって聞いたけど、ホントなの?」

 

「経過観察って、医者臭いこと言われたけどね」

 

「条件クリアしても、騎士団が付きまとうって意味だろ。

何、あいつらが何言ってこようが、オレたちはオレたちのやり方でやってけばいいさ」

 

「そうね。騎士団のやることなんて、あんまり期待できないし。

そのためにも、桜の病気を何とかしなきゃ。

どう? こっちきて、少しはマシになった?」

 

「皆が傍にいるから、気持ち的には楽になったかな」

 

「そ、そう」

 

 

私が空元気を見せると、リタはモジモジしながら、親身になって症状を尋ねてきた。

 

 

「ほ、他になんかない?

あたしは魔導士だけど、ある程度の医療知識はあるわ。力になれるはずよ。

辛かったら、何でも言ってみて」

 

「身体がだるくて熱っぽいかな。

頭痛やめまいもあるから、最初は風邪かと思ったんだけど、くしゃみや咳はないし、喉も痛くないの。

ヘリオードに来るまでは、なんともなかったのに」

 

「虚脱感と熱、それに頭痛ね。

……その症状って、エアル酔いじゃないの」

 

「私もそう思う」

 

「ラゴウの屋敷と同じか」

 

 

ユーリが尋ねると、リタは一つ頷き、否定した。

 

 

「原因はエアルかもしれないわ。だけど、エアルだけとは限らない」

 

「どういうこと?」

 

「必要以上にエアルに触れると、代謝が激しくなって、体調崩すってのは知ってるわよね。

代謝が続けば、体力を消耗して、免疫力が低下する」

 

「あ。免疫がなくなったら、病気になっちゃうね」

 

「そ。端的に言うと、長時間エアルにあてられると、どんどん衰弱して病気にかかりやすくなるってわけ。

今日までハードな生活送ってたら、エアル酔いに風邪かストレス性の発熱が追加されてもおかしくないわ」

 

「医者探した方が手っ取り早いか。

いや、エアルで弱ってるなら、元を断たなきゃ意味ねえな」

 

「……ね、ねえ、桜ってエアルに弱いの?」

 

 

ユーリとリタが神妙な面持ちで相談してる中、カロルが恐る恐る尋ねてきた。

何を今更と思ったが、どうやら騎士団は私について、あまり掘り下げて説明していないようだ。

ここまで話したのだし、障りのない程度にバラしてもいいだろう。

 

 

「私、実は特異体質でエアルに敏感なのよ」

 

「ふーん。だから、フレンは桜のことで、慎重になってたんだ。

エアルがダメなら、ほとんど外に出られない。どおりでアイテムとか知らないわけだよ」

 

「ま、まあ、ね」

 

「箱入り娘かぁ。桜って、良い服着てるし、お上品ってわけじゃないけど教養あるし、元騎士のユーリにお嬢さんって呼ばれてるし。

桜は違うって言うけど、やっぱ良い所のお嬢様なんじゃないの?」

 

「良いトコ……なのかなぁ、うちの家」

 

「ガキンチョ、今大事な話してんだから、横槍入れないでよ」

 

「だ、だって、ボクだけ桜のこと知らないから……。なんでもない」

 

 

果敢にもリタに歯向かうカロルだったが、彼女がゲンコをチラつかせると、あっさり引き下がった。

 

 

「ったく、話を戻すわよ。

桜、ユーリがラゴウの屋敷みたいだって話してたけど、あの時みたいにエアルの元を辿れたりする?」

 

「多分、町の広場にあった乳白色のオブジェだと思う。

あそこから、温い空気が流れてきて、急にだるくなったから」

 

「広場の、結界魔導器ね。確かに妙な音出してて、ひっかかってはいたんだけど」

 

「カロルも、音がするって言ってたな」

 

「うん。なんかグオングオンって、耳の鼓膜に響いて来るんだ」

 

 

言われてみれば、機械の駆動音みたいな振動がしていたのかもしれない。

まともに近くで結界魔導器見たことないから、こんなもんだと思ってたけど。

リタは少し思案した後、意を決したように立ち上がった。

 

 

「ここで考えてても前に進まないわ。あたし、ちょっと見てくる」

 

「ちょ、ちょっと待って!

あれって、帝国が管理してるんだよね。無断で調べたりしたらまずくない?」

 

「あんたの為よ」「お前の為だろ」

 

「私を免罪符に、順序を投げ捨てるな」

 

「目的は2日以内にお前の病気を治すことだ。目的の為に、手順が淘汰されてしまうことはよくある」

 

「あってたまるか。

さっき兵士吹き飛ばしたせいで、向こうはきっと殺気立ってるに違いないよ。

そこへノコノコ魔導器いじくったりしたら、今度こそ皆雁首そろえて豚箱入りだ……!」

 

「相変わらず、心配性だな。お前は」

 

「ユーリが無神経なの。傍若無人なの。トーヘンボクなの!

せめて相手に打診して、OK貰ってからにして」

 

「桜がそういうなら仕方ないわね」

 

 

ユーリが不満げにため息をつくも、リタは素直に承諾した。

 

 

「じゃあ、あたし、騎士団に魔導器調査していいか聞いてくるわ。

どう見てもアレ、壊れてるか、術式間違ってるもの。

あんたは大人しく寝てるのよ」

 

「わかりました。お願いしますね、リタさん」

 

「任せといて。あたしにかかれば、騎士の5人や10人パパッと片付けちゃうんだから」

 

「やめて笑顔で武力行使宣言」

 

 

リタのガッツポーズから一抹の不安が過ぎるも、私は部屋を出て行くのを見送ることしかできなかった。

それに続くように、カロルがふらりと立ち上がる。

 

 

「ボクも出かけてくるね」

 

「何か用事?」

 

「うんと……。栄養剤とか薬とか、桜の身体にいいものがないか、お店を回ってみようと思って。

んじゃ、行ってきます」

 

「それはありがたいけど、――カロル?」

 

 

カロルはボソボソと早口でまくし立てると、逃げるように部屋を出て行ってしまった。

挙動不審なのは今に始まったことじゃないが、いつもに増しておかしい。

 

 

「カロル、元気ないね。何かあったの?」

 

「いろいろな」

 

「いろいろ?」

 

「本人がその気になったら話してくれるだろ。

下町の魔核だって、カルボクラムまで足運んだのに、おっさんの情報がスカっちまって、とんだ無駄足だったしな」

 

 

私と別れたユーリたちは、紅の絆傭兵団から下町の魔核を取り戻すため、レイヴンの情報を頼りに連中が向かったとされるカルボクラムに行ったのだが、結局魔核は取り戻せなかったようだ。

 

彼は面倒くさそうに頭をかくと、この話は終わりとばかりに、ベランダの外を遠望した。

空を眺める闇色の瞳は日差しでキラキラ煌めき、長い黒髪がそよ風を受けてサラリと揺れる。

程よく厚みのある唇を堅く閉ざされ、指でなぞりたくなるような綺麗な横顔はいつもほどの覇気がなく、物思いに老けているようだった。

カロルだけでなく、ユーリも下町の魔核以外で何かあったのだろうか。

 

 

「何かあったといえば、ユーリ」

 

「あ? どうした桜、目が据わってるぞ」

 

「うん、睨んでるから」

 

「おい」

 

「私もいろいろあったのよ。ええ、アレクセイさんと話してて、すんごく恥ずかしい目にあった。

貴方、詰所でアレクセイさんと何を話したの? て言うか、何吹き込んだの?

つか、とんでもない寝言ほざいたよね、絶対」

 

「事情聴取と、溜まりに溜まった罪状の確認させられただけだよ」

 

「たかが事情聴取で、あんな破廉恥な話題がわいてくるわけないでしょ」

 

「破廉恥? どんな?」

 

「どんなって、そりゃあアレクセイさんが言うには、まるでユーリが私のこと、す、好……」

 

「よく聞こえないよ。急に及び腰になって、何があったってんだ」

 

 

ユーリは本当に心当たりがないのか、整った眉を顰め、身を乗り出してきた。

私はただ、彼が私たちの関係を勘違いさせるような説明をアレクセイにしたか、確かめたいだけなのに、何故ここまで羞恥心に苛まれなければならないのか。

待てよ。そもそもユーリの所業は、会って間もない男女がするコミュニケーションではない。

他人から、親密な関係じゃないかと勘違いされて当たり前。

逆に言うなら、そういった行為に抵抗を抱かず、平然とやってのけるコイツの方がおかしくないか。

ここにきて、彼のデリカシーのなさに頭を抱えた。

 

 

「ユーリって、男の人が女性に膝枕とか腕枕とかするのって、変だと思わないの?」

 

「桜は嫌なのか?」

 

「当時の私に拒否権はなかっただろ」

 

「まだ怒ってるのかよ。あのな、オレだって本来はあんなことするタイプじゃないんだよ」

 

「本来はって、どういう意味よ」

 

「……と、忘れるところだった。オレ、ちょっと席外すわ」

 

「ちょっと待って、まだ話の途中」

 

「宿屋にはいるよ。オレがいなくても、ラピードもついてるから、泣くんじゃないぞ」

 

「誰が泣くか!」

 

 

私の激昂しても、ユーリはどこ吹く風で、部屋から出て行ってしまった。

どこまでもフリーダムな男だ。

からかわれて興奮状態だった私も、本人が居なくなってから、少しだけ頭が冷える。

 

――本来のユーリは、腕枕も膝枕もしない。

 

だとしたら、彼はちゃんと一般男性の常識を備えていて、今日までの破廉恥千万は、私が特別だから?

その結論に至った私は、途端に風呂上りのように身体がカーッと熱くなった。

が、すぐさま冷めてしまった。

フレンのように、子供扱いされているかもしれない、そう理性が働いたからだ。

それに、ユーリは年上のお姉さんが好みのはず、5歳年下相手にありえない。

 

ありえない。

そう、ありえないんだ。

 

私はそう言い聞かせて、ベットに沈み、平常心を取り戻した。

 

(私とワンコだけになっちゃった)

 

私と犬一匹、静寂に包まれた寝室。

皆と再会できたと思ったのに、変な課題のせいで、またバラバラになってしまった。

私はもやもやしながら、ラピードの方へ寝返りを打つと、ワンコは「ここには敵がいない。安心して休め」とばかりに、ペタンと床に寝そべり、くつろぎ始めた。

それでも一応注意は払っているらしく、私から一歩も離れず、時々耳をクリクリと動かしている。

 

(ちょっと、カワイイかも)

 

彼の一生懸命な仕草もいいが、犬猫はなんといってもその毛並。

頑張って手を伸ばしたら、ラピードのモフモフお腹に届きそう。

背中もフサフサ、シッポも長くて、触り心地が良さそうだ。

 

触り心地と言えば、ユーリの髪の毛も絹糸のように指通りがよかった。

もう一度チャンスがあるなら、ポニーテール、思い切ってダンゴにしたら、ガラっと雰囲気変わるかも。

フレンの眩い金髪も、思いっきりクシャクシャにしてみたい衝動に駆られてしまう。

リタは伸ばしてみたらどうだろう? もっときれいになるんじゃないか。

カロルのリーゼントを解いたら……などと、どうでもいいことを考えているうちに、うつらうつらし始め、間もなくして瞼を閉じた。

 

 

 

それからしばらくしてからか。

深いまどろみの中、またしても視線を受けて、微かに意識が戻る。

あの時のような恐怖はない。

寧ろ、包み込むような感覚に、私の心は和らいだ。

 

ああ、この感じ、ずっと前にもあったような。

 

いつ、どこでだろうか、記憶を手繰っていると、誰かが私の頭を優しく撫でた。

大きな手。

甘んじて受けていると、その手は私の頭からうなじへ髪を弄び、頬にかかった髪の毛を整え、前髪をたくしあげた。

続いて、露になった額に冷たい手が覆いかぶさる。

ひんやり冷たくて、気持ちがいい。

じっくり手のひらの体温を満喫できたのもつかの間、そろりと手が離れてしまう。

名残を惜しんでいる暇もなく、代わりに冷たい何かが額に被せられた。

 

 

「冷たっ!」

 

「あ、起きた」

 

 

飛び起きた私の視界に、ユーリののほほんとした顔が入った。

あの手、もしかして彼なのだろうか。

ざっと部屋を見回したが、リタとカロルはまだ帰ってきていない。

どれくらい眠っていたんだろう。彼に尋ねようとして、何かが額からこぼれ落ちた。

 

 

「濡れタオル?」

 

「熱があるようだから、用意してみたんだけど。起こしちまったようだな」

 

「ううん、ありがとう」

 

 

タオルを拾い上げるユーリの手は、少し湿っているようだった。

あのひんやりした手は、やはり彼のもので間違いない。

睡眠中ユーリに触られたとわかって、こそばゆい気分になっていると、洗面器の後ろに隠れた何かが視界の端に入った。

 

 

「ユーリ。それ何?」

 

「それ?」

 

「洗面器の隣にあるトレイ。何持ってきたの?」

 

「当ててみろ」

 

「薬」

 

「ハズレ」

 

「じゃあ、ユーリのサンドウィッチ?」

 

「んー、惜しいな」

 

「ま、まさか、フレンさんお手製あの世逝きデストロイシチュー再来襲!?」

 

「遠ざかった、物凄く遠ざかった。オレの気持ちも遠ざかりそうになった。

なんでそこでフレンが出てくんだよ」

 

「ごめん、悪気はないの。つい、今日の昼食がフラッシュバックして……」

 

「お前、フレンの料理を食ったのか。その身体で、よく耐えられたな」

 

「あれは食べ物違う。別の何かよ。身体が受け付けなかったもん」

 

「頑張った、お前はよく頑張った。

オレだったら、口に入れる前に、フレンの顔面に皿を全力投球するところだ」

 

「どうやって、口に入れる前にあのフェイクを見分けろと……!?」

 

「まあ、食べちまったもんはしょうがない。口直しに、これをどうぞ」

 

 

ユーリは労うように私の肩をポンポン叩くと、例のトレイを差し出した。

木製のトレイに運ばれたものは、紅茶ともうひとつの白い皿の上で小さく揺れる物体。

それは固形のカスタードで、カラメルソースのペールをまとい、てっぺんには真っ白なクリーム、チェリーがちょこんと飾られている。

 

 

「プリンだ」

 

「おう。トリム港で甘いものでも食おうって言っただろ。

ひょっとして、プリンは嫌いだったか?」

 

「ううん。好き」

 

「そいつはよかった」

 

 

甘いものより、約束を守ってくれたことが嬉しくて自然に笑みをこぼすと、ユーリも釣られるように顔をほころばせた。

先ほど席をはずしたのは、水だけでなく、プリンを用意するためだったらしい。

 

 

「ありがとう、ユーリ」

 

「どう致しまして。お嬢さんのお眼鏡にかなって光栄だ。

ほら、リタたちが帰ってくる前に、さっさと食っちまえよ」

 

「う、うん」

 

 

久方ぶりのスイーツなんだから、ゆっくり味わって食べたいのに。

とりあえず、スプーンですくい、クリームをつけて一口頬張る。

するとどうだろう、口の中でとろけるカスタード、カラメルとクリームが絡まり、程よい甘味が舌を刺激した。

私の頬が再び緩む。

 

 

「おいしい」

 

「そうだろう、そうだろう」

 

「ねえ。これ、どこで買ったの?」

 

「ん?」

 

「騎士団に捕まってて、それほど時間なかったはずなのに。

こんなおいしいプリンをみつけてくるなんて、すごいよ」

 

「うん……と、それはだな」

 

「もったいぶらないで、お店教えてよ。

リタやエステルたちにも、教えてあげないと、もったいよ、これ」

 

「店なんてないよ。オレが作ったもん」

 

「……え?」

 

「ここに来るまでに、オレが開発したの。そのプリン」

 

「ええええ!?」

 

 

ユーリは自慢げに、親指を胸に当てた。

思い返してみれば、彼が席を立つ際に「宿屋にいる」と言っていた。

とどのつまり、この短時間に、宿屋のキッチン借りて、プリン作っていたと言うのか。

キッチンの一角で、180センチの黒髪美青年がエプロン装備し、せっせとカスタードかき混ぜたり、華麗にカラメルソースでコーティングしたり、丁寧にクリームを乗せたり、可愛らしくチェリーを乗せる様を想像してみて、驚愕に打ち震えた。

 

 

「す、すごい。ユーリって、戦ったり、サンドイッチ作るだけじゃなくて、お菓子も作れちゃうんだ」

 

「やればできるもんだ」

 

「最低限の生活費だけ手渡して家に放り込んだら、一カ月後には立派な主夫になるかも」

 

「止めろ」

 

 

私が羨望の眼差しを送ると、ユーリはガックリ項垂れた。

私の反応は見当違いだったらしい。

彼は気を取り直して、プリンの続きを促してきた。

 

 

「下らない事考えてないで、早くプリン食べちまえよ。

リタたちが帰ってきたたら、面倒だ」

 

「急かなくても、食べるよ。では改めて、頂きます」

 

「よし、オレの愛情たっぷりのプリンを召し上がれ」

 

「あ、愛情て……」

 

 

加えて、ユーリが恭しく言うもんだから、堪ったものではない。

顔が赤くなってないか注意しつつ、再びプリンにスプーンを入れる。

一口、二口、やっぱりおいしい。

その間、ユーリは穏やかな顔で、私がプリンを食べ終わるのを見守っている。

 

 

「ユーリは食べないの?」

 

「オレはいいよ。昼飯遅かったしな」

 

「詰所でお昼? ……カツ丼?」

 

「はっはっは。まあ、そんなところだ」

 

 

私の問いを適当に受け流すユーリ。

おかしい、彼も甘いものに目がないはずだ。

なのに、わざわざ手作りを一人分だけ用意し、しきりに「皆が来る前に」って急かしたってことは――

 

 

「ひょっとして、ヘリオードには、スイーツのお店がないの?」

 

「出来たばっかの街らしいからな」

 

「んでもって、プリン、ひとつしか作れなかったとか」

 

「材料があれば、また作ってやるよ」

 

「そういう問題じゃないでしょう。

私、トリム港で聞いた時、てっきりユーリも食べるもんだと思ってて……」

 

「気にすんな。オレだって、ヘリオードがこんなに騎士むさい街だと予想もしなかったんだ。

食いたくなったら、自分で作るさ」

 

 

そうは言われても、こちらは独り占めしているようで、美味しく食べれたものではない。

私の手元にあるプリンは、まだ半分以上残っている。

そこでふと、フレンがシチューを食べさせてくれた時のことを思い出した。

 

 

「ユーリ。ちょっとこっちきて」

 

「うん?」

 

 

私がこいこいすると、ユーリは何も疑うことなく、身を乗り出してきた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「あ、あの……」

 

「なんだよ、もじもじして、らしくねえな。

ああ、お手洗いなら、外出て突き当りを右に……」

 

「違うわあああ! 乙女が人生最大のサブイベントに挑もうとしているところに、典型的な勘違いを発動させるな!」

 

「何に挑むって?」

 

「ユーリ」

 

「あ?」

 

「アーンして」

 

 

羞恥心に震えながらも、私はユーリの口元へ、一口大のプリンを差し出した。

フレンがシチューを食べさせてくれたから、彼らはこういった行為は日常的と踏んで、勇気を振り絞って、私も挑戦したのだが。

差し出された方のユーリは、ポカンと口を開けて唖然とするだけだった。

 

(ああああああああああああああああ)

 

心の中であらん限り絶叫し、穴があったらルパンダイブしたい衝動に駆られた。

2人の時が止まる。いや、止まるくらいなら、現在から数十秒巻き戻してくれ。

私はかすかに残った理性で、ユーリが微動だする前に、サッとスプーンを引っ込めた。

 

 

「ごめんなさい、すみませんでした、申し訳ないです、忘れてください、今の無し……っ!」

 

「おい、桜」

 

「だって、私一人で食べるより、一緒に食べた方がおいしいと思ったんだもん。

それにフレンさんはアーンとか、間接キスとか、気にも留めなかったから、ユーリも多分きっと普通に対応してくれるんじゃないかなと淡い期待を……」

 

「……」

 

 

早口でまくしたてた私だったが、ユーリの涼しげな美顔が徐々に能面へと変わっていくのが見えて、最後の方の言葉を飲み込んだ。

呆れる原因はわかるが、機嫌が斜め下に転げ落ちていく理由が分からない。

ついでに引っ込めたスプーンをどうしていいのか迷っていると、ユーリがその腕を掴んで引き寄せた。

 

 

「ひぃっ! 折檻はやめ……て?」

 

「はい、頂いた」

 

 

なんと彼は躊躇いもなく、私の手に握られたスプーンの先ごとプリンを頬張った。

甘いものが好きなのか、自身の腕に満足しているのか、じっくり堪能し、機嫌を取り戻すユーリ。

彼は呆ける私からスプーンを取り上げると、プリンを一口大すくい上げて、こちらへ差し出してきた。

 

 

「お前の番だ」

 

「わ、私?」

 

「アーンしろ」

 

「待て、何このカウンター」

 

「オレが食べさせると言ってるんだ」

 

「見れば分かるけど、意図がわかんないよ!」

 

「ほら、口あけろ」

 

「いい、自分で食べるから、スプーン返して」

 

「嫌だ」

 

「嫌の一言で片付けるな、子供かよ! ええ歳したお兄ちゃんが意地悪しない!」

 

「意地悪じゃないよ。一緒に食べた方がおいしいって言ったのは、お前だろ」

 

「い、言ったけど」

 

「オレも甘いものが食べたい」

 

「う。そ、そういう顔されると、……はぁ」

 

 

ユーリから屈託のない無邪気な笑顔を投げかけられ、私は大きくため息をついた。

年上の見目麗しい兄貴に純真な瞳で見つめられたら、関節キスだの何だので恥ずかしがる私の方がバカバカしく思えてくるじゃないか。

……やっぱり、下町連中はこういうのは日常茶飯事なのか。

私に観察されてるとも知れない青年は、待つのに飽きたのか、手にしたスプーンを弄び始めた。

 

 

「睨んでも、スプーンの主導権は渡さないぞ。

プリンがいらないってのなら、ラピードに食わせるけど」

 

「いらなくない。…………………………………………食べる」

 

「よし、口開けろ」

 

 

私がおずおず開けた口の中に、ユーリのスプーンが滑り込む。

慌てて口を閉じると、彼は舌にスプーンを押し付け、抜きざまにプリンを放り込んだ。

舌から伝わるスプーンの堅く生ぬるい感触、カスタードの甘味。

彼の作ったプリンを食べたのは数口目なのに、今口に含んでいる物が同じ物なのか、よくわからなくなってしまう。

 

(の、飲み込めない……)

 

喉へ通そうとするが、胸が早鐘を打ってうまくいかない。

ユーリが見てる前で、いつまでもプリンを舌の上で転ばすのも変な気がしてきて、居た堪れなくなってしまう。

そして、いよいよ身体中の体温が上昇してきたところで、プリンを飲み干し、私は顔を覆った。

 

 

「……わ、私、これでは変態さんだ……っ!」

 

「えらく食うのに時間かかったな」

 

「ユーリがじろじろ見てるからでしょ!

……って、ああっ!」

 

 

私が一人身悶えしている間にも、ユーリはプリンを一口頬張っていた。

 

 

「慌てるなよ。全部食べたりしないって」

 

「……」

 

 

そういう意味じゃない。私は落胆した。

なんというか、意識して一喜一憂している私の方が………うん、さっきもそうだったわ。

ユーリは、どうも思っていないのか。

俯いたまま、チラリと彼を盗み見ると、その挑発的な顔が一瞬だけしたり顔に見えた気がした。

 

 

「ユーリ?」

 

「御代わりか。そら、アーンしろ」

 

 

相変わらずユーリは恥ずかしげもなく、プリンを寄越してくる。

今のは、私の思い過ごしだろうか。いやそれとも……?

彼の様子を見て、疑心暗鬼になるが、すぐさま失せた。

 

プリン残量も残り少ない。

ここまできたら、騒いでも喚いても同じこと。

ユーリが楽しそうなら、それでいいんじゃないか。

 

そう自分に納得させ、気恥ずかしいのを堪えて、プリンにぱくついた。

もうここまでくると、カスタードが甘いんだか、カラメルが苦いんだか、クリームが生暖かいのか、よくわからない。

スプーンを共有している相手が、まったりと私を眺めているもんだから、更に味覚と理性が狂いそうになる。

 

 

「は、早く平らげよう。皆帰ってきちゃう」

 

「これはオレの愛の結晶だ。ゆっくり味わえ」

 

「愛言うな、頼むから。

早く食べろって急かしたのは、あんたでしょう。

……ところで、いつになったらスプーン返してくれるの?」

 

「お前も何かお菓子でも作ったら」

 

 

なん……だと!?

この拷問は、今回で止まらないというのか。

ユーリは長い睫毛を閉じて一人思考してから、私へ期待の眼差しを投げかけてきた。

 

 

「マーボーカレーでもいい」

 

「マーボーとカレー? カレーにマーボー?

カレーに豆板醤つっこんでおいしいの?」

 

「至福の味だ。そうか、桜の世界にはないのか」

 

「私が知らないだけかも。うーん、マーボーとカレーか……」

 

「まあ、気長に待ってるよ」

 

「私が作るの!?」

 

「オレの好物の話もいいが、今はオレお手製のプリンに舌鼓を打つ時間だ。

食べないなら、口こじ開けるからな」

 

「病人相手に強行働く気か貴様」

 

 

彼は何が楽しいのか、にこやかな表情で私がスプーンにかぶりつくのを待ち構えている。

脳裏に雛鳥に餌をやるユーリの図が浮かんで、微妙な気分になったが、……関節キスを連発されている現実は変わらない。

病気熱とは違う火照りをひた隠しながらも、懸命にユーリからのプリン攻撃にかぶりついた結果、リタたちが戻るころには無事完食した。

 

誰にも火の粉が飛ぶことなく、一件落着。

胸を撫で下ろした私だったが、当てた手から伝わる鼓動は未だ高く早く打っていた。

もしかして、と頬に両手をあてるより早く、私の異変を察知したリタが、とぼけるユーリの胸倉掴んで魔術詠唱に突入する。

更にどこから嗅ぎつけたのかエステルが屋根裏から参上し、闇夜から超説教大魔王フレンが「飛翔天駆」と叫びながら剣をかざしてベランダから入場。

静かな夜の寝室が、あっという間に阿鼻叫喚と化した。

 

本来ならば、私が突っ込むなりして、ユーリを加勢するべきなんだろう。

けれど私は病人だし、つっこむ気力も体力もやる気も残ってなかったので、彼には悪いが、カロルとともに一時部屋の隅へ退避した。

それから隙を見てカロルに夕飯を運んできてもらい、平らげ、逃げるようにベットに潜り込む。

 

数十分後、ユーリがなんとか全員を巻いたのを見届け、安心した私もやっと入眠を試みた。

何度か昼寝を挟んだので難しいと思われたが、散々喋って疲れていたのか、すぐさま眠り眼になる。

ゆるゆる意識が遠のく中、少し疲れたユーリの苦笑いがうつった。

 

 

「病人がいるってのに、あいつら少しは静かにできないのかよ、まったく。

――さてと、桜。プリン、楽しかったぜ。おやすみ」

 

 

そっと耳元で囁かれ、ビクリと身を震わせると、彼は頭を撫でて、自分の夕食を取りに行った。

ひと悶着あったのに、当人はあまり応えてないようだ。

私は、もう少し落ち着いた環境で、またユーリのお菓子を食べたいとは思うが。

 

 

「……次はケーキワンホールだな」

 

 

などと、去り際に呟いたのが聞こえて、身震いした。

よもやプリンに引き続き、ケーキワンホールでセカンドインパクト起こす気なのか。

このご時世この状況下で、ケーキワンホール開発しようとする向上心は、スイーツ系美青年を目指してほしい身として喜ばしいことだが、食べる側の体重に重大な問題が発生してしまう。

それ以前にあの男はケーキワンホール携えて、長時間サドンデス・アーンするつもりなのか。

 

 

これでは病気が治っても、ユーリによって心身ともに改造されてしまうのではないか。

主に図太いぽっちゃり系に。

考えて寒気を覚えた私は、ベットの中で体を丸め、しばらく身震いしてしまった。

 

 

 

 

■続く■




久方ぶりのせいか、物凄いグダグダになり、最後は無理やり収めた感がぬぐえないですが、ユーリとイチャイチャできたので、それでいいかなと。
宣告どおり、ユーリの胸に飛び込んで(押し付けて)もみました。
なんという破廉恥ユーリ。
作成していて、いろいろ麻痺していたんだと思います。
これからも麻痺したままで、イケメンお兄さんには、身を粉にして頑張ってもらおうと思います。
それにしても、ますますアレクセイ固まらない。


瑛慈 翔
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