明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第21話】頭ん中は怪しいPINK

 

魔核泥棒ギルドを追っていたわたしたちは、桜をフレン小隊に預け、カルボクラムへ向かいました。

一時とはいえ、桜と離れ離れになるのは寂しいけれど、一小隊に皇族2人と要人1人の護衛を任せるのは、荷が重いです。

 

 

何より、ここは友達として快く彼女たちを送り出すべきです。

フレンと桜が共にいられるチャンスなんて、そうそうないのですから。

 

それにわたしだって、リタとも仲良くなりたい。

このチャンスを活かして、リタと一杯コミュニケーションとりまくり、合流する頃には「エステル」と呼ばれるくらい仲良くなって見せます。

桜をビックリさせます!

3人で仲良しになるのです!

 

……と、意気込んではみたものの、現実は違いました。

 

カルボクラムについてからというもの、リタはずーっと桜のことばかり。

「堅物キチガイ騎士のどこがいいのよ! また痛い目に遭いたいの!?」と、魔物に当たりちらしてて、声をかけ辛かったです。

一通り魔物を狩りつくしてしまうと、今度はユーリに掴みかかり「あんたも保護者気取るなら引き止めなさいよ! あたし以外あの子任せられるヤツは、比較的マシなあんただけなんだから」と怒り狂っていました。

 

リタがユーリ贔屓だったなんて初耳です。

困りました。

桜には、あのような社会の不燃物ではなく、将来有望なフレンと仲良くなってほしいのに。

 

確かにユーリは器用で頼り甲斐があるかもしれませんが、脱獄や不法侵入などの秩序を顧みない行動が目に余ります。

いつか、桜が巻き込まれやしないか不安で不安で、いつこの手であの黒い下町を血祭りにあげてしまうかわかったものでありません。

これでも、わたしは日々我慢しているのです。

リタに「犯罪者はありえん」と協力を仰ごうにも、あの調子では納得するとは思えません。

やはり世に習って、物理的に消えてもらうしかないのでしょうか。

 

 

いかにしてリタと仲良くなり、ユーリを除外するか。

思い悩みながら、皆と奥へ進んでいくと、廃墟の深層、地下で大きな魔物と遭遇しました。

それはわたしの何十倍もあるドラゴンか亀に似た、四足の魔物。

いかにも魔物狩猟専門ギルド「魔狩りの剣」の絶好獲物に見えたのに、当人たちは竜使いに夢中で、こちらは放置のようです。

無用な戦いは避けたかったのですが、魔物はわたしたちをスルーしてはくれません。

 

……リタと親睦を深められる、いい機会だと思ったのに。

 

 

仕方がないので、わたしの思考を邪魔する不逞者は、封印魔導器で〆た後鱗剥いでトリム港に潮漬けにしますと平和的にガンを飛ばしたら、快く引き下がってくれました。

言葉は通じなくとも、わたしからにじみ出る人徳が物を言ったようです。

日頃の行いは偉大です。

それに比べて、自分たちの後片付けもできない魔狩りの剣の皆さんには、後日物理的に制裁を行う必要があるようです。

 

 

さて、程度の低いギルドの調教は置いておいて、桜と合流するのが先決。

フレンはうまくやっているでしょうか。

ほのかな期待を抱いて、カルボクラムを出ようとしたところ、キュモール隊が行く手を阻んんでいました。

 

 

そうです。桜を襲い、監禁したあの世界の汚物です。

わたし直々この手で屠れる日がやってくるなんて、なんて素敵なサプライズ。

アレクセイの差し金でしょうか。

毎晩寝る前に虐殺シュミレーションした甲斐がありました。

アレクセイには後でお礼を言っておかなければなりませんね、拳で。

 

 

汚物を片付けるべく、ユーリに続いてわたしも臨戦態勢をとったら、キュモールが慌てて「お姫様を迎えに来た」なんてほざき始めましたが、そんな世迷言は聞きません。

わたしに殺されに来たの間違いだと思います。

ユーリたちを獲物呼ばわりしていましたが、貴方はその獲物に捕食されるエサですね。

 

 

……あ、でも、待ってください。

今ここでわたしたちがキュモールを抹殺するより、フレンに成敗させた方が〆が良くありませんか。

うう、でもでも、今回はわたしも頑張って、親友への階段を上りたいです。

 

 

悩んでいるうちに、今度はルブラン小隊がやってきてしまいました。

彼らはシュヴァーンの一隊で、歩く粗大ごみキュモールとは違い、騎士団では紳士の部類に入ります。

ルブランはキュモールが任務を私欲混同したことを諌め、血を流すことなくユーリたちを連行していきました。

 

 

そうです。そうです。これなのです。

騎士はこのように、誠実で実直、紳士でなければなりません。

 

 

女の子なら、そんな騎士という存在に憧れを抱いても不思議ではないのに。

桜はどうして、外見も実力も性格も完璧なフレンに興味を示さないのでしょうか。

 

 

……もしかして、フレンは好みではないのです?

異世界の人だから、男性のタイプも異なるのでしょうか。

 

 

わたし、桜の好みを知りたいです。

直接聞いてもいいのですが、とりあえずイケメンの騎士をかき集めて、桜の反応を見てみた方が手っ取り早いですね。

桜もカッコイイ騎士に囲まれて、嬉しくないはずありません。

さっそくアレクセイに持ちかけてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭ん中は怪しいPINK

 

リアルの絆が縛りの恋愛シュミレーション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜の好みのタイプを教えて下さい」

 

 

麗らかな青空の下、人通りが少ない新都市ヘリオードの広場で、エステルは瞳を輝かせながら私に尋ねてきた。

年齢は私より1,2上、柔らかなショートカットにくっきり瞳は、美人と言うより、可愛らしいに分類する。

ドレスのような旅人の服で身を包み、気品を兼ね備えたお姉さんは、見た目そのまま皇族の1人だ。

ずーっとお城の生活を続けていたせいか外の世界を知らず、こうして事が起こるたびに無邪気な発言をしたり、一変して狂気じみた行動をとる。

純真爛漫ムードメーカーならぬ、狂気度未知数トラブルメーカーな彼女は、私との再会を喜んだのもつかの間、唐突にそんな質問を投げかけてきたんだけど。

 

 

「なんでそんなこと聞くの?」

 

「桜のお友達として、知る義務があります」

 

「ないよ」

 

「つ、冷たいです。浮気しますよ」

 

「質問を変えるわ。なんで今ここでそんなこと聞くの?」

 

 

相変わらず一方通行な彼女に、私は「今」の部分を強調して、問い返した。

ここヘリオードには、騎士団長アレクセイに旅の続行ををお願いをしに来たのだ。

いらん恋愛話やらユーリの乱入を交えた結果、出された条件が「明後日までに、私の体調不良を改善する」ことだった。

それが昨日のことで、期日は明日にまで迫っている。

 

 

「エステルにも、事情は説明したでしょ。

今日中に私は全快、元気にならなきゃいけないの」

 

「知っています。だからこそ、桜の健康を脅かす、あの結界魔導器を調べているのです。

――リタ1人で」

 

「そうよ。

あの暴君リタさんが独断ではなく、回りくどい正規ルートを辿って、たった1人で調査してくれてるの。

そこを私たちが呑気におしゃべりしてたら、リタさんに悪いでしょう。

道徳的にも、リタさんの血管の耐久度的にも、私たちの生命的にも」

 

「わたしの許容範囲です」

 

「己の尺度で考えるな! サイコパスか貴様!?」

 

「男性の好みくらい簡潔にお答えできるはずです」

 

「……ここでする話じゃないでしょ」

 

 

私は一段と声を抑えて、好奇心いっぱいのエステルを黙らせようとした。

年頃の女の子が恋愛話に興味を持つのはわかるし、私自身好きなタイプを明かすことに抵抗があるわけではない。

ただ、ただね。

公の場でこういう話題を持ち出すことで、昨日繰り広げられた「帝国騎士団長エターナル恋バナ」ばりの人類史上どーでもいいカオスが予兆されて、恐れを覚えたのだ。

健全な王道ファンタジーが、強烈につまらん桃色の怪奇現象に浸食されてしまう。

 

何より、ギャラリーが増えたり、掛け合いが長引くほど解決難易度が上がるという不吉な法則を有するこの世界で、んな展開迎えたら、雰囲気が桃色から血の色に濃く染まりかねない。

 

私が1人、平穏なテルカ・リュミレースの危機に憂いても、ここまでの押し問答は保護者2名に丸聞こえだった。

1人は漆黒のロングヘアと、挑発的な闇色の瞳を持つ、粗野で妖艶な美青年。

しなやかに引き締まった身体を黒装束で包み込み、腕を組んで気だるげにしているが、視線はちゃっかり私をとらえている。

もう1人は彼とは対照的に、眩い金髪と力強い空色の瞳を持つ、精悍な美青年騎士。

彼は黒い青年とは容姿だけでなくリアクションも真逆で、エステルの積極的な質問を傍で聞いて、ハラハラと見ていられないようだった。

 

 

「エステリーゼ様。ご友人とはいえ、彼女は年頃の女性です。

人目がある場所で、そのような繊細な質問は控えてほしいのではありませんか」

 

「そうなのです?」

 

「そうだよ。少なくとも、同性オンリーで雑談交えつつ他愛なくするもんなのよ」

 

「わかりました。では、好きな人を教えて下さい」

 

「わかってないだろ、率直すぎるわ! 私直々名指ししろとかどんな罰ゲームだよ!?

頼むから、考えることを放棄しないで!

フレンさんが珍しく察してるんだから、エステルも見習いなさいよ」

 

「オレはてっきりフレンも一緒になって問い詰めると思った」

 

「抜かりはないよ、ユーリ。桜と2人きりになったら、必ず聞き出すつもりだ」

 

 

悪いなフレン。他人のプライバシーに対してサシで尋問企てる時点で、私のタイプ射程圏外だ。

一方朴念仁のユーリはそういう浮いた話に興味ないのか、「フーン」と聞き流すだけ。

カロルは、そんな彼の腰をニヤニヤと肘でつついた。

 

 

「澄ました顔して、ホントはユーリも興味あるんでしょ」

 

「あんなもん聞いて、どうするんだよ」

 

「好きな子のために、自分のダメなところを直そうとか、変えようとか思わないの?」

 

「なんで他人の好みのために、自分を捻じ曲げなきゃならねえんだ」

 

 

ユーリは下らないとばかりに、カロルのいじりを切り捨てた。

このリア充実、世の老若男女が日々異性の気を引くために、下は情報誌から上は整形美容まで切磋琢磨してる中、堂々とモテる発言するとは、世知辛い顔面競争社会に喧嘩を売ろうというのか。

 

 

「今、ユーリと私の間にATフィールドが展開された。

永遠に相容れない、難攻不落の巨大要塞がおっ立ったわ」

 

「なんで急に不機嫌になるんだよ。何事も型に嵌めるより、自然体の方が断然いいだろう」

 

「自然体……だと!?

くっ、生易しい幻想を口におって、この男!

喪男と喪女の厳しい現実を、その美顔にねじりつきつけたい」

 

「乙女心のわからないユーリに、何を言っても無駄無駄です」

 

 

エステルは、憤慨する私に毅然と加勢し、力いっぱい訴えた。

 

 

「乙女心は繊細です。

それを理解しようとせず、自然のままになんて悠長なことを言ってのけるなんて、もっての他です」

 

「女の子に不自由しないからって、なんもかんも気にしなくていい理屈じゃないもんね!」

 

「そうです! 男性は強いばかりではいけません!

人として、最低限の気配りが必要です」

 

「デリカシーがほしい! プライバシーに配慮を!」

 

「そして優しくて、献身的で、――そう! フレンがまさに理想的です!」

 

「やっぱし、フレンさん押しか!? ノリノリだった自分がバカのようだよ!」

 

「桜はバカではありません!

わたしが態とのっかっただけです!」

 

「おいいいいいい!?」

 

「というわけで、そんな繊細でノリの良い貴方には、フレンです。さあフレン!」

 

「え、エステリーゼ様!?」

 

 

いきなり話を振られてフレンが及び腰になるも、エステルはぐいぐい背中を押し続けた。

 

 

「フレンがしっかり攻めないから、桜はフラフラしてしまうのです。

生まれ持ったその端正な顔を活用しない手はありません。

彼女の心をガッシリ掴んで、余すことなく召し上がるのです!」

 

「申し訳ございませんが、言っている意味が分かりません!

いえ、説明は結構です! 何か卑猥な予感がしますので!」

 

「桜、フレンは帝国騎士です。しかも小隊長、国の役職についています。

この不況なご時世でも、収入は安定していますよ」

 

「誠に残念ですが、味覚が不安定です」

 

「味付けの違いなんて、些細なものです」

 

「あの劇物が些細であってたまるか」

 

「怖がらなくても、そのうち慣れます」

 

「慣れる前に、私の胃袋がストレスと化学反応で大惨事だよ!

試しに、あんた食べてみるか? あの異物!」

 

「ならば、逆の発想ではどうでしょう。

桜がフレンを餌付けすればいいのです」

 

「家庭料理程度の知識しかない小娘が、どうやって人類史上規格外の味覚に太刀打ちするんだよ。

……そういえば、フレンさんは、私の作ったドリア食べたんだっけ?」

 

「うん。とてもおいしかったよ。ごちそう様」

 

 

昨日彼のデストロイシチューからドリア錬成のを思い出して尋ねたところ、フレンは今食べてきたように柔和な笑顔で応えた。

あの絶望的な味覚を持つフレンが、私のドリアを美味いだと……!?

私はおろか、彼をよく知るユーリまで驚愕に打ち震えた。

 

 

「お前、一体どんなゲテモノ作ったんだよ」

 

「血と汗と胃酸の結晶をゲテモノの一言で片付けないで。

幼馴染の貴方はもう慣れたかもしれないけど、新参者の私は舌と胃腸を酷使しすぎて、思わず臓物投げ出してヘブンしたい気分だったんだよ」

 

「あれは慣れるもんじゃねぇ、蓄積されるもんだ。変化があるとすれば退化だけだ」

 

「なんで真剣にワケわからんこと力説してんのよ」

 

「そりゃこっちのセリフだ。

なんで辛いのわかってて、また無茶するかね」

 

「小隊の明日と未来の為に、私の胃袋は犠牲になったのだ」

 

「護衛対象が小隊の胃袋守るためにブッ倒れたら、元も子もねえと思うだけど」

 

 

ユーリこそ、何を言うんだ。

皇族2名を護衛なんて重大な任務受けてる小隊が、上司の手料理で全滅なんつう未曾有の一大事勃発したら、下町の希望の首が飛びかねないんだぞ。

好意の殺人兵器「フレンの手料理」。

その彼が、果たして普通の料理に満足できただろうか。

 

 

「フレンさん。ほんっとーにドリア美味しかったんですか?

私に気を遣ってるなら止めて、正直に教えて下さい。

肯定されると、かえって私の自尊心が木端微塵になります」

 

「すごくおいしかったよ。その証拠に2杯もおかわりしたんだから」

 

「ば、バカな、おかわりだと!?

知らないうちに、私の味覚は汚染されていたというのか!?」

 

「桜。これは愛ですよ、愛は味覚を変えるのです!」

 

「魔界級の味覚と胃腸を愛ごときで下方修正できたら、世の中胃薬なんて必要ないですよ」

 

「2人の料理には、何かつながるものがあるのですよ」

 

「つ、つながりたくない」

 

「桜が食べ物のことで、こんなに悩んでいたなんて。

やはり僕のシチューは、口に合わないのかな」

 

「少なくとも、人類向きではなかったわ」

 

 

首をひねるフレンに、私は率直な意見を述べてみたが、梨のつぶてだった。

エステルもここまでフレンの味覚を否定するのは想定外のようで、腕を組んで唸り始める。

 

 

「フレンの料理はそこまでひどいのです?

好きな人の手料理なら、例えおう吐を催す物体でも「おいしい」と言って食べるものだと本にありました。

桜はフレンとの愛をもってしても食べれないくらい、不味かったです?」

 

「私とフレンさんのどこら辺に愛があるか聞きたいんだけど」

 

「愛の行方はともかく、お前みたいに舌の肥えた人間からすれば、フレンの料理はまさに異世界じゃないのか」

 

「やはり、僕らとは味覚が違うんだね」

 

「オレたちを一括りにすんな」

 

 

フレンが深刻に頷く傍らで、ユーリがしっかり突っ込んだ。

彼の味覚が絶望的なのは、もういい、よくわかった。

ひっかかるのは、ユーリの言う私の味覚だ。

 

 

「私の舌が肥えてるとか、何かの間違いでしょ。

ユーリの手料理おいしいもん」

 

「はははっ、そりゃどうも。

オレの下町料理で、お前を満足させられるたぁ光栄だ。

うまくすれば、桜を餌付けできるかもしれねえな」

 

「ユーリ」

 

「睨むなよ」

 

 

調子よく笑うユーリであったが、フレンから鋭い眼光をくらって、その額から汗をにじませた。

どうやら世のTPOを守る帝国騎士小隊長として、女の子に対し「餌付け」という表現を使ったのが拙かったらしい。

睨まれた本人は小さくため息をついて、私に向き直った。

 

 

「オレの料理はともかくとしてだ。

お前の生活水準や手作りカレーからして、普段から良いもん食ってるってわかるよ」

 

「うちなんて、どこにでもある一般家庭よ」

 

「延々と湧き出るきれいな水、ふかふかのベット、美味い飯に菓子、オレにとっちゃ夢の世界だ」

 

 

なるほど。飲み水さえ苦労する下町と私たちの生活を比べられたら、そうだとしか言いようがない。

ユーリは「あーあ」と空を仰いだ。

 

 

「向こうのこと思い出したら、またカレー食いたくなった。

なあ、桜。元気になったら、また作ってくれよ」

 

「ユーリは作れないの?」

 

「あのな、そこは年頃の女の子として「頑張って美味しいのを作るね」って、快諾するところだろ」

 

「私に女子力求められても……」

 

「今まさに女子真っ盛りであるお前が困惑してどうする。

まあいいか。そっちの反応は期待しないよ」

 

「なんか釈然としないけど、ご飯くらいなら何とかできるかな。

いつもお世話になってるし」

 

「お、作ってくれんの? サンキューな。回復したらカレー、忘れんなよ」

 

 

私がすんなり承諾すると、ユーリは子供のように無邪気に喜んだ。

その穢れのない笑顔に、こっちはいらんプレッシャーかかってしまう。

 

(昨日台所に立ったとはいえ、こっちの調理の仕方ってまだ把握してないんだよね。

ちょっと調子に乗りすぎたかな。……でも)

 

でも、調理って、非戦闘員の私にだってできる希少な役割ではないか。

やっと空白だった自分の立ち位置が見えてきて、俄然やる気が出てきた。

 

 

「カレーもいいけど。昨日、マーボーカレーが食べたいとか言ってなかったけ?」

 

「ちゃんと覚えてたんだな。日頃から渾身込めて可愛がった甲斐があった。

お兄さんは嬉しいぞ。後でしこたま撫でてやる」

 

「ユーリ」

 

「ジョークだ、フレン、冗談の度に目じりつり上げるな。

そのうち顔変わって桜に逃けられるぞ」

 

「君が悪質な戯言を吐かなければ済む話だよ。

桜、そんな顔しなくても、君を怖がらせるようなことはしないさ」

 

 

嘘を付け……!

私に向けられたフレンの天使スマイルがいつかの冷徹スマイルとダブり、別の意味で昇天しかけた。

強張る私から悟ったユーリは、サラリと話題を戻した。

 

 

「まあ、桜がやる気になってるんだし、お言葉に甘えてみようかな。

カレーの次は、マーボーカレーでよろしく」

 

「カレーばかりじゃないか。

しかも、そんな手の込んだもの、彼女の負担になってしまうよ」

 

「大丈夫だ。桜なら、必ずやり遂げる」

 

 

フレンの懸念をモノともせず、ユーリは親指おったてて断言した。

同じ系統の料理って、作る側は楽なんだが、食べる方は飽きたりしないか。

私の懸念を他所に、今度はエステルが遅れてなるものかと全力で挙手してきた。

 

 

「ユーリばかりずるいです、わ、わたしだって……!

桜、鍋焼きうどんです! 鍋焼きうどんは作れますか!?」

 

「作れるんじゃないかな、多分」

 

「エステルは、お城で好きなもの食べれるからいいじゃん。

ボクはうどんより、ハンバーグが食べたいよ」

 

「僕もハンバーグが良いかな」

 

 

と、フレンもカロルに便乗すると、ユーリが露骨に顔をしかめた。

 

 

「負担だの言っときながら、お前までリクエストかよ」

 

「注文するだけで何もしない君と違って、僕は責任を持って手伝うよ」

 

「責任もろとも引き下がってください、フレンさん」

 

「心配すんな。コイツ、やばいのは味付けだから、食材の切り分けぐらいはできるだろ。

と言うわけで、オレ、ちゃんちゃん焼き追加で」

 

「と言うわけとかない!」

 

「追加OKなんだ。じゃあ、ボクもオムライスもお願いしようっと」

 

「ちょっと、カロルまで……!」

 

 

私がOKしたのを皮切り、皆ファミレスばりに注文をぶつけてくる。

留守番時の最低限、趣味程度に自炊していた一般女子高生としては身に余る状況だ。

 

 

「皆、待って。料理人じゃないんだから、たくさん言われても、応えきれないよ」

 

「では、追加はデザートで構いません」

 

「構うわ!」

 

「オレは構わん! デザートスイーツ糖分ならなんでも来い!」

 

「来ねーよ! 見逃せロン毛、甘味ぐらい!!

あ、あのねぇ、元は私の安請け合いとはいえ、少しは遠慮してもらえないかな。

量が多くて物理的に無理だよ」

 

「桜は普段料理はしないのです?」

 

「必要最低限ならね。……皆が喜ぶなら、作るけど……」

 

「お前が飯食わせてくれるなら、オレは幸せだ」

 

「僕もすごくうれしいよ。できれば毎日作ってほしいくらいに」

 

「だそうです」

 

「取っ手付けたように言うな。

皆の希望をいちいち聞いてたら、それこそひと月分の献立が出来ちゃうよ」

 

「いいね、献立!」

 

 

私が愚痴を吐き捨てると、カロルはそれだ、と指を鳴らした。

 

 

「リタの調査待ってる間暇だし、ボクたちで献立作っちゃおうよ」

 

「暇って言っちゃったよ、この人!」

 

「実際暇だろ」

 

 

天才爆裂魔法少女が全神経傾けて調査している傍らで、暇とか言ったら火の玉飛んでくるだろ。

私がリタを気にかけて冷や汗かこうが、食欲にかられた皆の勢いは止まらない。

 

 

「皆の希望をまとめると、ボクがハンバーグとオムライスで、ユーリがカレーとマーボーカレー、ちゃんちゃん焼きでしょ。

フレンがビーフシチューで、エステルが鍋焼きうどん。

あ、デザートあるんだっけ。何にする?」

 

「もちろん、クレープだ!」

 

「いい加減自重しろ、そこの甘党ロン毛!」

 

「今ここが勝負時だってのに、なりふり構っていられるか」

 

「今正になりふり構うところだろうが! プライドを投げ捨てるな! 拾ってこい!

そもそもデザートなんて、女子供のカデゴリでしょ」

 

「野郎もデザートを食う権利はある」

 

 

うん、まあ、権利はあるだろうが、面子はなくなったな。

ユーリ、下町育ちの食事情、加えて甘味に目がないのか、「無愛想でクールな二枚目」たるその風貌ををものともせず、大真面目に食い意地を披露した。

無論、彼にメインの大半取られたその他3名も、黙ってはいない。

 

 

「ユーリ、もう3つもお願いしてるんだから少しは遠慮してよ。

あ、ボクはプリンね!」

 

「……プリンなら、ユーリの方が上手に作れるんじゃないかな」

 

「わたしはシャーベットが食べたいです」

 

「……冷凍食品って、野外で作れるの?」

 

「僕は豚の角煮で」

 

「フレンさん、それデザートじゃないです。モロおかずです」

 

「僕にとって、たんぱく質はデザートのようなものだよ。

前菜は肉から始まって、デザートも肉で〆る。

一貫性があっていいじゃないか」

 

「もはや肉しかねーですよ」

 

「豚と鳥と牛でコーディネートしてみてはどうだろう」

 

「どんだけ肉食いたいんですか、あんた」

 

 

この男、こんな偏った食生活送ってるから、味覚が消滅していくんじゃなかろうか。

誰かこいつにあさりを、亜鉛食わせろ。

彼に限らず、皆、好きな献立ばかり。ここは料理を任された身として、忠告すべきか。

なんだかんだ言って、自然と献立作成を受け入れている自分に嫌気を感じていると、背後から全て吹き飛ばすような怒声が飛んできた。

 

 

「却下ぁああああ!あんたらの口に入るのは飯じゃない、怒りの業火よ!!」

 

 

声の主は、一人蚊帳の外で、結界魔導器とにらみ合いを繰り広げていた魔法少女だった。

私たちの雑談は筒抜けだったのだろう。可愛い顔立ちが、今は本当に火の玉を飛ばしてきそうな般若の形相で、私たちを睨みつけている。

 

 

「人が血のにじむ思いで魔導器調べてる傍で、アホのように雑談するようなクソ野郎どもは、桜のご飯はおろか、あたしの前で呼吸することも許されないわ!

全員そこへなおれ! 墨屑にしてヘリオードの地に埋めてくれる!」

 

「怒るなよ。オレたちは魔導器の専門知識なんざからきしなんだ。

ただ待つのもなんだから、建設的に献立の話をしていたんだよ」

 

「そんな陳腐な理由で、あたしの制裁から逃れられると思ってるなら大間違いよ」

 

「裁くの!?」

 

「殺るわ」

 

 

彼女目に揺らぎはない、というか座っている。

リタは本気だ。全力で阻止せねば。

 

 

「ごめんなさい。決して、リタさんをないがしろにしてないの。

忙しそうだったから、声かけ辛かっただけで……」

 

「忙しいわよ、大変なのよ、この子術式おかしいから手がかかってしょーがないのよ!

それを一人神経すり減らして解析しようって傍ら、のどかに献立作成とか、普通殺意がわくでしょ!」

 

「わきますね、殺る気」

 

「お前が説得されてどうする」

 

 

リタのごもっともな意見に私が頷くと、ユーリがすかさず突っ込んだ。

あんだけ煽らえたら常人でも怒るし、沸点の低いリタなら暴れて近隣が焦土と化すだろう。

ここはひたすら謝り倒すしかないか。

頭が重くなる私の前に、影がよぎる。

私に代わって、エステルが前に躍り出たのだ。

 

 

「落ち着いて下さい、リタ。

暴れたところで、何も解決はしませんよ」

 

「これが落ち着いていられるか!」

 

「貴方はただ、話の輪に入りたかった。

仲間に入りたかっただけですよね」

 

「ちが……っ! んなワケないでしょ!」

 

 

即座に否定するリタだが、真っ赤な顔が本音を物語っている。

 

 

「バ、バカじゃないの!?

献立とか銘打って、単に皆の下らない食い意地披露しているだけじゃない。

誰が好き好んで、そんなアホらしいことに加わらなくちゃいけないのよ」

 

「リタは好きなものはないのです?」

 

「食事なんて、口に入れば皆一緒。必要最低限の栄養が吸収できればいいの」

 

「ユーリが言うには、桜の料理の腕は確かのようです。

何を作っても、きっとおいしいですよ」

 

「エステル、頼むからハードル上げないで」

 

「自信を持つんだ、桜。目標は高ければ高いほど、人間は成長できるんだよ」

 

「生憎私はフレンさんみたいな超人ではなく、そこらへんに生えているような一般庶民なのです。

熱血主人公みたいに難易度上がると高揚するマゾでもなく、別に望んでもいないので、ひたすら謙虚に卑屈に自分の評価を下げる努力をして、失敗した時の精神ダメージを緩和しようとするんです」

 

 

私がむなしい事実を語っている間に、リタに異変が起きていた。

先程までの物々しい気配はどこへ行ったのか、煮え切らない表情で、もどかしそうにスカートの裾を握りしめている。

 

 

「で、作ってくれるの?」

 

「ええ?」

 

「エステリーゼの言うとおり、何か作ってくるかって聞いてるのよ」

 

「大したものは作れないけど」

 

 

大人しくなるリタから、ただならぬ気配を感じた私は、直ちにハードルを下げる作業に入った。

 

 

「私、ただの女子高生よ。ごく平均的な料理を、食べても問題ない程度だから、腕前は期待しないでね」

 

「何を謙虚になっているのですか。もっと自信を持って下さい!

あのおいしいサンドウィッチを作れるユーリが太鼓判を打つくらいなんですよ」

 

「いやでも、ユーリが私の手料理食べたのって、カレーとか朝食くらいで……」

 

「問題ありません!

リタだって、あの荒れた生活環境と今の発言から鑑みて、普段の食生活もロクでもないことくらい容易に推測できます!」

 

「あ、確かに」

 

「おいコラ、そこのロン毛! リタさんのマジマジ見て、納得するな」

 

「勘違いしているようだね、桜。

僕たちは仲間として、リタの食生活を心配しているんだ」

 

「フレンさん……」

 

「同年齢の君に比べて、未発達な部分が目に余る。

身長や特にむ……体格からして、日頃偏った食生活を送っているのが顕著に出ているじゃないか」

 

「フレンさんが、リタに喧嘩売ってるのが顕著に受け取れました」

 

「食べ物くらいで、おっきくならいよ。背も胸も」

 

「言っちゃったああ! 言っちゃったよ、このミジンコ!

その年にして、この世に未練はないのか? 殺されたいの!?」

 

「ブッ殺す!!」

 

 

遅かった。

殺意の炎に燃えるリタはそう吠えると、ダンッ!と大きく地団太踏んで、低く構えた。

彼女の手の内から、一抱えのエネルギー光弾が生まれる。

 

 

「おいおい、街中で魔術ブッ放つ気か。

相変わらず短気なお嬢さんだな」

 

「あんたらがよってたかって、リタさんをからかうからだ!

ちょっと突いたら火の玉飛ばす娘だってくらい、ユーリでもわかるでしょ!」

 

「甘やかしは良くない」

 

「私たちに非がある時点で、甘やかしの範疇超えてるでしょうが。

上から目線で言うからには、ユーリがリタの再教育してくれるんでしょうね」

 

「お前を教育する方が、断然やりがいあるんだけど」

 

「いらないよ!」

 

「2人とも喧嘩は後だ。早くリタを止めに行くんだ」

 

「止めるって、言うけどさ。

重度魔導器オタクのリタが、結界魔導器の近くで魔術なんて使うかな?」

 

「僕が懸念しているのはそれだけはないよ、少年。ここで君たちが騒ぎを起こすことだ」

 

「う、ううーん?」

 

「ユーリ、カロル、リタ。君たちは昨日エステリーゼ様とヨーデル様の計らいで、釈放された身だ。

騎士団や皇族が滞在しているこの街で、これ以上騒ぎを起こすと、ますます立場が危うくなるんじゃないか」

 

 

下手しなくとも、ユーリたちが再逮捕されてしまう。

頭まで血が上ったリタが、そこまで考えて至ってるか怪しい。

何とか彼女をなだめられないだろうか。

リタの元へ一歩踏み出そうとしたら、ユーリに片手で制止をかけられてた。

 

 

「お前はここで待ってろ。オレが黙らせてくる」

 

「貴方が行くと、爆発しそうなんだけど」

 

「では、わたしが行きます」

 

「エステルもっとダメ!」

 

「わたしとリタは同世代の女の子同士。きっと話が通じるはずです」

 

「同世代だろうが、同性だろうが、分身だろうが、意思疎通にも限界があるから。

世間知らずで世間体を気にしないエステルさんだと、更に難易度上がりますから!」

 

「当たって砕けろです!」

 

 

砕けるのは、この街と私のメンタルだ。

私の不安をものともせず、エステルはリタの元へ駆け出そうとした。

まずい、彼女が動けば、事態が悪化するに違いない、食い止めなければ―――――

 

 

「っとお!?」

 

 

地を蹴ったはず足が、前触れもなくガクリと崩れた。

慌てて踏ん張ろうとしたが、膝、腰、両肩、全身に力が入らない。

ワケも分からいうちに膝が笑い始めて、ユーリの腕に縋り付いてしまう。

この要領を超えた疲労感、締め付けるような頭痛、間違いない。

 

 

「おい、どうした!?」

 

「結界魔導器から、エアルが……」

 

 

血相を変えたユーリに尋ねられ、私はなんとか答えた。

どういうワケか、結界魔導器目掛けて辺りのエアルが大量に収束し、そのエアルの波が私の体力を根こそぎ押し流そうとしているのだ。

 

首のエアル拡散魔導器は働いていないのか。

他の皆は無事なのか。

 

確かめようにも、動揺と体の不調でユーリにしがみつくので手一杯。

魔導器の異音は耳の鼓膜を叩くまで肥大化、広場全体にひしめき、道行く人々が足を止めるほどにまでなっている。

突如飛来した異変を目の前にし、リタは戸惑いに満ちた驚愕の声を上げた。

 

 

「嘘……っ! エアルの出力抑えたはずなのに、なんで上昇するの!?」

 

「御託はどうでもいい! そいつをなんとかしろ!」

 

「今やってる! 桜、ごめん、もう少し頑張って!」

 

 

リタが魔導器に食らいつき、すぐ隣でエステルが祈るようにその様子を見つめている。

私の身体に叩きつけるエアルの勢いは、未だ収まらない。

時間がかかりそうなのか。

 

――いや、今まさにエアル食らっている私でわかることはないのか。

 

海原の潮風を感じるように、結界魔導器から放たれるエアルに意識を集中してみる。

実際は潮風なんて軟なもんじゃなく、砂嵐のようだけど。

大きく、強く収束しているように感じるが、勢いに大小波がある。

 

(例えて言うなら、洗濯機の給水ホースを踏んづけられて、うまく給水できないような)

 

私が魔導器の不可解な動きに首を傾げている間にも、周囲は動いていた。

私たちがこ町の人々が異常を察知し、静寂から悲鳴へと変わり始めた頃、すかさずフレンが現場を取り仕切り始める。

 

 

「ひとまず、魔導器はリタに任せよう。

ユーリ、君は桜を連れて、一刻も早くここから離れてくれ。

僕は他の騎士たちと共に、エステリーゼ様と民間人を避難させる」

 

「オレに任せていいのか」

 

「彼女を抱えたまま、現場指示はできない。

……わかるかい? 彼女の為に血と涙と感情を飲んで下した、僕の苦肉の決断が。

その気持ちを踏みにじり、弱った彼女にいらぬ破廉恥行為に及んだ時は、有無言わさず僕の術技新技開発のサンドバックでボロ雑巾にした後、鉛括り付けて、海の中心に投げ捨てる」

 

「んな余裕あるわけねぇだろ。ラピード、カロル、いくぞ!」

 

「ワウ!」「う、うん」

 

 

ユーリはラピードとカロルを引き連れ、私を軽々横抱きにした。

身体の位置が変わっただけで、頭がグラグラ揺れる。

もう何度目となる公開プリホルに、恥ずかしがっている余裕さえ与えてくれない。

駆け出した彼は呻く私に向かって、励ますよう少し微笑んだ。

 

 

「も少し辛抱してくれ。オレがマシなところまで連れてってやるからな」

 

「待って、やっぱりリタとエステルも連れて行こう。このままじゃ、きっと危ない」

 

「不味くなったら、フレンが連れてきてくれるよ。

とはいえ、リタには魔導器なんとかしてもらわねぇとな。

放っておいたら、高濃度のエアルが街中に充満しちまって、大災害だ。

旅どころじゃなくなっちまう」

 

 

「リタさん、今も魔導器をみてるんだよね」

 

 

エアル頭痛に襲われながらも、私は神経をとがらせた。

リタが魔導器のエアルを抑えているのに、私の症状は少しずつではあるが重くなっている。

そんな際どい均衡状態で、リタの抑止力が結界魔導器の出力、エアルの吸収力に押し負けたら、溜まりに溜まったエアルが爆発してしまう。

魔導器の傍にいるリタやエステルが危ない。

憶測でしかないが、エアルの流れと胸のざわめきが、そう警笛を鳴らしてやまない。

 

 

「2人を早く、あそこから、離れさせて」

 

「引き返せねえよ」

 

「ユーリ……!」

 

「リタたちに危害が及ぶくらいの高濃度エアルなら、一刻も早くお前を遠ざけなきゃならねぇだろうが。

オレは多少食らっても平気だが、抱えているお前はどうなる?」

 

「……」

 

「もう、冷たくなったお前を抱えるのはごめんだ」

 

 

ユーリは一人で呟くような小さな声で、吐き捨てた。

冷たくなった私……そう、ザーフィアス城で監禁されて死にかけたところ、彼に助けてもらったんだ。

目を覚まして、顔を上げたら、安堵の息を漏らすユーリの微笑が飛び込んできたのは、今でも鮮明に覚えている。

彼にしてみれば、どうだろう。

助けるはずの私が瀕死状態。息を吹き返すまで、気が気ではなかったはずだ。

ユーリは当時をかみしめるように硬い表情をしてたが、私の顔を見るなり、苦笑した。

 

 

「心配しなくても、専門家のリタがいるんだ。

騎士団もいい加減、魔導器のあのでっかい音に気づいて飛んでくるだろ」

 

「リタさん、すごく動揺してたよ」

 

「ボクも魔導器のことはよくわからないけど。

身体の弱い桜が行ったところで、あのリタのことだよ。

なんで戻ってきたんだ、バッカじゃないの!とか怒って、火の玉か拳が飛んでくるのがオチだよ。

流れ弾で魔導器破壊なんかしたら、逆切れしてヘリオードが崩壊するかもしれない」

 

 

カロルはフォローのつもりだったんだろうが、最後はぶるっと身を震わせた。

リタなら助けに来た人間を返り討ちなんて大いにあり得るが、魔法少女一人の手で落とされるほどの柔い新都市ってのは、開発側の帝国からしてどうかと思う。

ユーリは「な、カロル」と同意し、私に向き直った。

 

 

「リタだってバカじゃない。

マジでヤバくなったら、言われなくても逃げるだろ。

フレンだって、そこらへんの判断はつく」

 

「大丈夫……?」

 

「専門家を信じろ。オレたちのような一般人は、さっさと安全圏まで逃げ切って、高みの見物――」

 

 

 

いつものように、ユーリが皮肉を口にしようとした時だ。

カメラのフラッシュを何倍もたいたような光が視界を焼き、凄まじい爆音が私たちの耳を劈いた。

ユーリは前のめりによろめき、私に至っては意識が飛びそうになる。

 

(うええ、目の焦点が定まらない、気持ち悪い……っ!)

 

頭痛、めまい、倦怠感、耳鳴りなどなど、ありとあらゆる不調が襲い掛かってくる。

まるで絶賛インフルエンザ中に、ジェットコースターを乗り回したような不快感に、もういっそ一思いに殺してくれとさえ思う。

症状は表にも出ていたのか、私を見つめるユーリの目が大きく見開いた。

 

 

「桜、おいっ、桜! しっかりしろ!」

 

「桜、顔が真っ青だよ! まずいよ! 早くここから離れないと!」

 

 

2人の不安を拭おうにも、声が出ない。おぼつかない呼吸をするので手いっぱいだ。

全身の力が落ちていくのはもちろん、五感さえ急速に衰えていく。

視界はぼやけ、自分を呼ぶ声や周りの喧騒が遠のき、胸の鼓動が妙に体内で響く。

察したユーリは、更に足を速めた。

 

 

「……っ。カロル、詮索は後だ。結界の外に急ぐぞ!」

 

「外ぉ!? ユーリは桜を抱えてるんだよ。魔物はどうするのさ!?」

 

「カロル先生とラピードがいれば、なんてことはないだろ」

 

「ワウ!」

 

「ええええええええ!?」

 

「てワケだ。桜、無理言ってわりぃが、耐えてくれよ。

町の外にさえ出れば、また元通りになるからな」

 

 

ユーリは私を励ましながら、ひたすら駆けた。

彼には悪いが、期待に添えられそうにない。

私の底なしだと思ってた根性は、今や陥没しかけていた。

なすすべもなく、ユーリの顔も、彼のぬくもりも、私を抱えて走る振動も、周囲の喧騒も、痛みまでもが、どんどん遠くなっていく。

まるで深い眠りへ落ちるように。

 

(ダメだ。寝ちゃダメだ)

 

意識を取留めていた苦痛がマヒしたせいか、全てがシャットダウンしようとしている。

 

(何かしないと、眠ったら今度こそ死ぬ)

 

掌に汗が滲むも、握りしめる力が残っていない。

 

閉じた瞼は開かず、現実と夢の反復横跳びの混濁状態で、もはや意識があるのかどうかさえ危うい。

 

(頭がふわふわ。……これもエアルのせい? 体力だけじゃないの?)

 

あー……、脳みそが働くには、糖分が必要で……。

などと、いつ観たか覚えていないテレビ番組の記憶が脳裏をよぎる。

 

テレビ……、最近観てないな。

ざっと何日観てないんだっけ。

 

そもそもこの世界にはテレビなんてない。

情報の供給源が違うのだから、指折り数えても意味がない。

この世界の情報網は、超アナログだ。

 

電話でもあれば便利なのに。

いや、電話みたいな連絡手段があるかもしれない。

なんせ、魔法が実在するんだから。

 

(思考がまとまらない)

 

関連性のない知識が、自分の意思に関わらず、次々飛び出してくる。

まるで、誰かが頭の引き出しを片っ端から開けまくっているようだ。

 

(何でもいい、目を覚まさなくちゃ……)

 

ぼんやりしている間にも、私の中にエアルが染み込んでいく。

水面に落ちた綿のように、みるみる水を吸い込んで、意識と身体が重くなっていく。

全てはエアルのせい、生理現象なのだから、頑張っても仕方ないじゃないか。

 

(そう、仕方ないんだ。……仕方ない?)

 

エアルの乱れは、こっちがどのように注意しても、影響を受けてしまう。

息を止めても、肌が呼吸しているのと同じ。

仕方がない。

仕方がないんだよ。

 

(仕方……ないのかな)

 

抗えば抗うだけ、神経と体力を擦り減らすだけだ。

心を安らかに、なるがまま。

もうお眠り。

 

(眠ってしまったら、私、もう)

 

心配しないで、今はまだ。

 

(今は?)

 

ゆっくり、ぐっすり、お休み。

大丈夫、大丈夫だから。

 

(大丈夫)

 

誰かに頭を撫でられたような気がした。

小さい頃、親が自分を寝かしつけてくれたように優しく、愛でる様に。

 

(誰だろう?)

 

自分とは違うような何か。

不思議と不快感はなく、先程までの焦燥感が嘘のように消えていく。

その名状しがたい存在に触れ、温かさに包まれた私はそれに身を任せて意識を手放した。

 

 

 

 

■続く■




長い時空を超えて、お久しぶりです。
勢い余って2話UPしましたが、いつも通り原作から進んでないです。
何分久方ぶりなので、ほとんど感覚で作成しましたが、大丈夫だろう、大丈夫なはず、大丈夫ですよね?

話はヘリオードの結界魔導器暴走のお話なのですが・
主要イベントをまんま書いたら夢小説じゃないし、折角主人公にほんのり設定付けたので、おや? 主人公の様子が……ってな部分も付け加えた

中二病でも構わん。
自分の夢小説は、過剰な中二病がスパイスだ。
後で読んで、もだえ苦しむほどに。

読み返すのが怖いです。それではまた。



瑛慈 翔
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