明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第23話】君とエンカウントしたことで、私は萎えた

 

ボクは1人が嫌で、今までいろんなギルドに入ってきた。

調査ギルド、研究ギルド、商人ギルド。

それこそ、片っ端から挑戦したのに全然続かなかった。

 

今までのは自分に合わなかっただけ、次のギルドならきっと――。

 

そんなことを繰り返していくうちに、ギルドから避けられるようになった。

 

――どうせあいつはすぐ逃げるから。言い訳するから。辞めるから。

   何をしても、何をさせても、何もできない。

 

そうやって皆から爪弾きに会うボクを見かねたのが、幼馴染のナンだ。

ナンは自分が所属している戦闘系ギルド「魔狩りの剣」に誘ってくれた。

戦うのは得意じゃないけど、せっかく紹介してくれたんだ。

ギルドの一員として、立派に成功してみせなくちゃ。

 

 

 

入団してしばらくしてからかな。

例年のハルルの魔物退治に行った時、ちょっとトラブルが遭って、ボクは1人でクオイの森に行ったんだ。

魔物が怖くて逃げたんじゃないよ。

頃合いをみて戻ってみたら、ギルドの皆がどこかへ行ってしまった。

 

どうして、ボクだけ置いてっちゃうの?

 

事情は分からないけど、急いでギルドに戻らなくちゃ。

でも、1人は不安だったから、ユーリたちに無理矢理ついてったんだ。

沢山ひどい目にあったけど、トルビキア大陸まで渡り、廃墟カルボクラムでやっとナンと再会できた。

 

やっと合流できた! と、安心したのもつかの間、ナンはいきなりクビだって言ってきた。

 

違う、違うよ! 逃げるつもりはなかったんだ。

ハルルを襲った魔物ガットゥーゾが怖くて逃げたんじゃないんだ。

カルボクラムで巨大な魔物が襲ってきた時も、崩れる瓦礫から避難しただけで、ユーリたちを見捨てたんじゃない。

ヘリオードの結界魔導器が暴走した時だって、桜とユーリが心配だったから一緒についてったんだ。

高濃度エアルが怖いから、逃げたんじゃない。

 

 

……ううん、違うよね。

ホントはわかってた。

 

魔物は怖いし、失敗して恥をかくのも嫌だから、すぐに逃げるようになった。

逃げ癖だけがついて、結果的に言葉と行動が伴わない、言い訳ばかりのどうしょうもないヤツになっちゃった。

意気地なしだから、ギルドにも、ナンにも見限られて、居場所がなくなった。

 

 

良くしてるユーリたちだって、心の奥底ではボクを邪魔者だと思ってるかもしれない。

どうしたら許してくれるだろう、何をしたら受け入れてくれるだろう。

 

 

ひょっとしたら、もう何もかもが遅いかもしれない。

だって、今まで何をやってもダメだったじゃないか。

つい愚痴をこぼしたら、ユーリからこんな言葉が返ってきた。

 

 

"悩む暇があるなら、さっさと次のこと考えろ"

 

 

たったその一言で、今日までくすぶっていた夢が一気に膨らんだ。

ボクの夢、それは自分のギルドを作ること。

 

ボクだけじゃ無理だって思いとどまっていたけど、ユーリが一緒ならきっとなんとかなるはず。

……なんとか、なるよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君とエンカウントしたことで、私は萎えた

 

刺激的な毎日が続き過ぎて麻痺って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元の世界へ帰る旅。

帝国騎士団からその許可を得る為に、私たちは数々の苦難を乗り越えてきた。

魔物を退ける結界魔導器で私の人生が退けられそうになったり、ユーリに膝枕というセカンドインパクト食らってこの世からヘブンしそうになったり、フレンのサブ職にアサシンが付与したり、竜使いがダイナミック冷やかしに来たり。

挙句の果てには、仲間の前でアレクセイの爆裂恋バナを披露され、羞恥心が完全燃焼しかけるという、主に私のストレスを犠牲の上で、旅続行の許可をもぎ取ったのだ。

 

ただし、私専用監視護衛役の騎士という首輪付きで。

 

帝国騎士団長のお墨付きの騎士らしく、姿を見せず、声も出さず、陰ながら私を守る。

その勇ましい騎士像を覆す奥ゆかしい存在に、激しいストーキング臭さえ漂うが、相手が市民の平和を守る公僕であるため、私のプライバシー侵害による拒否権は容易に淘汰されてしまった。

 

謎の隠密騎士の動向が引っかかるが、カロルのギルド結成のため、リタの調査準備のためにやってきました、ギルドの総本山「ダングレスト」。

トルビキア大陸、新都市ヘリオードより西にある街で、互助組織「ギルド」が集結して作り上げられた、別名「ギルドの巣窟」。

その規模は、帝国に次ぐと言われている。

空は大気の揺らぎにより、夜以外ずっと夕方のように黄金色で活気に満ち溢れた街並みの裏では、殺しや盗みが多発しているが、ギルド統括するユニオンの本部が取り締まり、街の秩序を担っているらしい。

 

 

「――と、本で読みました。

帝国から独立しているとはいえ、ユニオンという組織が街を管理しているので、無法地帯と言うわけではないようです」

 

「エステルが本好きなのは知ってたけど、よくそこまで覚えてたね」

 

「その土地のことを思い描きながら、本を読んでいると自然に頭に入ってくるんです。

わたしの趣味が桜のお役に立てれば、幸いです」

 

 

美人観光ガイドを演じてみせたエステルは、夕暮れに沈む街を背景ににっこりはにかんだ。

その気品漂う仕草はまさに皇女そのものなんだが、生憎バックは酒場や武器屋、防具屋、いかにも俗っぽい店だらけ。

まともな店があったとしても、そこに行き交う大半がゴロツキ、冒険者、探検者とくれば、彼女はさながら荒野に咲く一輪の花、いつ摘まれてもおかしくない。

 

 

「見るからに格好の獲物だよね。エステル、あんまり離れちゃだめだよ」

 

「はい。ずっと桜の傍にいます。わたしがいる限り、桜は安全です」

 

「私のことはいいから。そこら辺のゴロツキが、貴方に手を出したらどーすんの」

 

「自分を差し置いてまで、わたしを気遣うなんて、う、嬉しいです……っ。

流石私の親友です!」

 

「エステルのことだから、カウンターにゴロツキを蜂の巣にするだけでは飽きたらず。

”管理責任です”とか言って首領をスプラッタにして、”汚物は消毒です”とギルドもろとも跡形もなく木端微塵にするに違いない……!

ついでと言わんばかりに”ギルドはやはり世界の汚点でしかありません”とか言って、ダングレストを中心に帝国とユニオンとの血を血で洗うエゲツない全面戦争引き起こすでしょ」

 

「わたしだけではなく、帝国とユニオンのことまで心を砕くとは、桜は聖人君子ですか」

 

「聖戦を引き起こす可能性を声高に訴えてるのに流して捨てるとは、エステルはニートの進化系ですか」

 

「自分のことを差し置いてるのに違いないだろうが。ほら、桜、こっち来い」

 

 

歩く地雷に四苦八苦してると、ユーリが私の腕掴んで引き寄せた。

すると間に合わせたかのように、私の肩をかすめて、隣を大柄の男がわき目も振らず通り過ぎて行く。

ユーリが引っ張ってくれなかったら、後ろから勢いよくぶつかっていたかもしれない。

 

 

「あ、危な……っ」

 

「ほら見ろ。エステルよか、お前が危ないよ」

 

「あ、ありがとう。けど、危ないで言ったら、私より……」

 

「ここは今までの街に比べて、脇道や日陰、人目を盗む場所が多いんだ。

お前のような武闘魔導器のない世間知らずの女の子が出歩くなんざ、肉食獣の前に霜降り肉ぶら下げるようなもんだよ」

 

「うう、ごめん」

 

「なんなら、知らないオジサンに攫われないように、お兄さんが手をつないでやろうか」

 

 

一通り忠告し終えたユーリはからかうように、私へ手を差し伸べた。

柔和で挑発的な闇色の瞳、眉目秀麗なくっきり顔、艶やかな黒髪のロングストレートは私へ屈んだ拍子で肩から肌蹴た胸元に零れ落ちる。

これで流し目なんぞやろうものなら、十中八九落として、その大半は押し倒しにかかってしまいそうな粗野で魅惑的な美男子は、私の視線に気づいてキョトンとしたのもつかの間、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「なんだ。じっと人の顔見て。さては、オレにホレ直したな」

 

「ユーリの色気を再確認してた」

 

「……まだ言ってんの、お前」

 

「だって、ユーリが美人なんだもん」

 

「それを言うなら男前だと何度言えばわかる」

 

「欲情を誘ってるから美人」

 

「……ほほう、欲情ねぇ」

 

 

頭を抱えていたユーリは半場やけくそ気味に目をギラリと光らせた。

 

 

「ってことは、お前はオレに欲情してると捉えていいんだな」

 

「え? いや、私は客観的な感想を述べただけで……」

 

「いいぜ、こいよ、お前なら大歓迎だ。やれられる前にやってやる」

 

 

私の安い挑発に、ユーリはあえて乗ってきてしまった。

彼はやると言ったらやる男だ。今日までの暗黒の歴史が、これでもかと物語っている。

こいつはフレンやエステルより、別の次元で危ない奴だった。

 

 

「ウソウソ!冗談! ユーリの魅力はひとまず、どこか遠くに置いといて……」

 

「わかった、今は置いておこう」

 

「よ、良かった。……て、今は?」

 

「今晩、楽しみに待ってろよ」

 

「すみません、ごめんなさい、大変誠に申し訳ございませんでした!

私が悪かったので、夜這い宣言しないで下さい」

 

「バカっぽい。あんたたち、雑踏に紛れて如何わしい会話してんじゃないわよ」

 

 

私とユーリが白昼堂々怪しい会話をしていると、ボーイッシュ系美少女魔導士リタが呆れて横やりを入れてきた。

人間三大欲望よりも、魔導器が上位に降臨する変わり者だが、彼女は私よりやや背が低く、小柄で可愛らしい少女だ。

 

 

「リタさんも何気に狙われやすい容姿してるよね。

暗い夜道とか、1人で歩いてると知らないオッサンとかに襲われそう」

 

「ご心配無用。あたしに触れるクソ虫は一瞬で消し炭よ」

 

 

彼女はなんてことないと鼻で笑って見せた。

一見、片手で軽くひねれそうな少女だが、彼女には文字通り存在そのものを抹消しかねない狂暴性を兼ね備えている。

身震いする私に気づいていないのか、彼女は私をチラ見して、得意げに続けた。

 

 

「もちろん、桜に触れる輩も墨屑だからね」

 

「ユーリ、墨屑だって」

 

「オレはいいんだ。いくらでもお前に触れられる、撫でられる、ハグできる。

桜への多彩な愛情表現は、オレだけに許された特権だ」

 

「そんな卑猥な特権あって堪るか」

 

「照れるな。素直にオレのあふれる愛情を甘受しろ」

 

 

胸を張るユーリのドヤ顔から、「照れるな」ではなく「諦めろ」と幻聴が聞こえたような気がした。

彼の真意は知れないが、飼い犬のラピードは欠伸をしているあたり、多分スルーしていい物件なんだろう。

近くに例の騎士が潜んでいるかもしれないのに、相変わらず私たちに緊張感はない。

否、唯一カロルだけが、そわそわと周囲に注意を払っていた。

 

 

「カロル、落ち着かないようだけど、何かあったの?」

 

「え!? あ、ほら、ドンに面と向かって会えると思うと、緊張しちゃって……っ」

 

「にしては、人目を気にしてるようね」

 

「き、気にしてないよ!」

 

 

リタが鋭い洞察眼を働かせると、カロルは大きく首を横に振った。

ダングレストに行く話になった時、カロルはドンの話題が出るまで渋っていたが。

 

 

「もしかして、ダングレストに来たくない理由とかあったとか」

 

「な、無い無い。ここダングレストはギルドの故郷のようなものだよ。

後ろめたさなんて、あるわけないじゃないか」

 

「言ってることと、やってることが伴ってないから、突っ込まれてるんでしょ、ガキんちょ。

優しく聞いてるうちに、吐いちゃいなさいよ」

 

「優しいのは桜で、リタは恐喝」

 

「へーっ、望み通り、恐喝しあ上げてもいいのよ。物凄く痛ーい方向で」

 

「ホントに何もないんだから! 早くドンに会いに行って、ギルドを作ろうよ!」

 

「――はぁ!? カロルがギルドを作る、だってさ」

 

「ひ……っ」

 

 

どこからか小ばかにしたような声が降りかかり、必死に話をそらしていたカロルはピクリと身を震わせた。

声の主は剣を背負った大柄の男で、小剣を携えた中肉中背の男と揃って意地悪な笑みを浮かべ、こちらに近づいてづいてくる。

敵意はないようだが、ユーリは彼らの足並みに合わせて私の前に出た。

 

 

「カロル先生の知り合いか?」

 

「え、ええと」

 

「昔、カロルせんせいにお世話になったギルドメンバーさ」

 

 

言葉に詰まるカロルを見て、小剣の男がせせら笑う。

この2人の教養が高いとは言えない荒れた風貌、且つカロルが入っていたギルドと言えば……

 

 

「魔狩りの剣の人?」

 

「いいや、違うね、お嬢ちゃん。

しかしまぁ、そのギルド名が出きて、ナンがいないってことは、カロルくん、さてはまたクビになったのかな」

 

「……」

 

「黙ってるってことは、図星かよ」

 

「これでいくつ目のギルドかなぁ?

あーなるほど、それで自分でギルド作っちゃえ、か」

 

 

押し黙るカロルに、容赦なく男たちの下品な嘲笑が浴びせられる。

向こうにも事情があるかもしれないが、大の男が男の子に寄ってたかっていじめるなんて、嫌な感じだ。

私たちの怪訝な顔が目に入ったのか、男たちは一通り笑った後、こちらに矛先を移した。

 

 

「おたくらこいつとつるんで日が浅いようだから、忠告しといてやる。

こいつとギルドを作るなんざ止めとけ」

 

「な、なんで、貴方たちに……」

 

「今のを聞いてりゃ、大体察しはつくがな」

 

「ユーリ?」

 

「あんたまで、何言いだすの?」

 

 

私が否定した傍で、ユーリがあっさり同意するもんだから、今の今までカロルをいじっていたリタまで眉をひそめた。

あんたカロルにギルド誘われてOK出したんじゃないのか。

彼の兄貴分らしくない言葉に私たちは戸惑う一方で、男たちは気を良くしてユーリに絡んできた。

 

 

「へっへっへ、話の分かる兄ちゃんだ」

 

「それほどでも」

 

「ギルドの加入先を探してるなら、良いギルド紹介してやろうか。

腕に自信があんなら、ウチなんかどうだ?」

 

「いや、止めとくよ」

 

「遠慮するな」

 

「遠慮も何も、お前らのギルドに入ったりしたら、こうやって元メンバーを貶して笑わないと自尊心保てなくなっちまうんだろ。

頭下げられても、そんな悪趣味なギルド、入りたくねぇよ」

 

「んだと!?」

 

「程度も低けりゃ耳も悪いのか。ああ、頭が悪いんだな。

イイ年した大人が悩める少年相手捕まえて、過ぎたことグダグダいじくり回すなよ」

 

「事実を言ったまでだろ、頭悪いのはテメぇだ!

調子こぎやがって、連れの女の前で、いい男気取りのつもりか」

 

「あんまりうちのお嬢さんに汚い面近づけるな、傷つくだろ。

内面と外面キレイに洗浄して出直して来い」

 

 

最初の悪態を皮切りに、ユーリの達者な口が堰を切ったように出るわ出るわ。

思わぬしっぺ返しか、顔面差別を食らったせいか、男たちはみるみる顔を真っ赤にさせた。

 

 

「人が折角親切にしてやったのに……!」

 

「頼んでもないのに、下らねぇ話垂れ流してくる方が迷惑だ」

 

「待って、ユーリ。こいつらが言ってること、本当なんだ。

ボク、たくさんギルドを辞めて……」

 

「ギルド離れた後もしつこくなじってくる方にも、大いに問題があると思うがな。

で、お前らはいつまでオレたちに構うつもりなんだ。

うちのお嬢さんを見つめていたいってんなら、精神苦痛食らった分慰謝料取るぞ」

 

「減らず口を!」

 

「わたしもユーリに同意です」

 

 

怒り狂う男たちの前に、エステルが胸を張って躍り出た。

彼女もカロルをコケにされてご立腹なのか、その片腕には燦然と輝く一振りの剣が。

 

 

「殺りにいくなあああああ!」

 

「しかし、この人たちは桜を視姦する魂胆なんですよ!

邪で卑劣な行為、万死に値します!」

 

「値して堪るか! 私の姿を見ただけで必滅とか、どこのホラーゲームだよ!?

私は視界を無断横断する黒猫か、ドッペルゲンガーか、スレン○ーマンか!?」

 

「猫な桜か」

 

「猫の桜ね」

 

「変なところに反応しないでくれます? そこのロン毛と魔法少女」

 

 

よくわからんが、猫と言う単語が彼らの琴線に触れたようだ。

ユーリは一考して、改めて私を見つめた。

 

 

「桜、猫耳なんてどうだ」

 

「なんでこの状況下、唐突に真顔で獣耳提案してくるんだ、21歳」

 

「頭部の防御力アップになるんじゃないかと」

 

「壊れた破片で頭怪我するかもしれない危険性を盛大にぶっとばしてまで、推奨するもんなの? コスプレって」

 

「お前が猫耳をつけることで、何かが掴めそうな気がするんだ」

 

「何も掴むな。

年頃の女の子に猫耳押し付けるとか、成人男性としての神経を疑うわ」

 

「リボンを防具としてカウントしてんだから、猫耳だってアリだろ。なぁ、お前ら」

 

「確かに、女の子はゴツイ兜より可愛く着飾った方が……って、いい加減にしろおお!」

 

 

私たちの漫才を呆然と見ていた男たちは、ユーリから突然話を振られて、思い出したように憤慨した。

 

 

「無視するな! 一度痛い目見なきゃわからねぇようだな」

 

「おーおー血の気が多いね」

 

「あんたが散々煽ったせいでしょ。ま、あたしもこいつらウザイって思ってたからね。

桜、ちょっと派手になるかもしれなから下がってて」

 

「リタさんが殺る気におなりに!?

ここ交差点だよ? 無関係の人が巻き込まれてもいいの!?」

 

「ダングレストの皆なら大丈夫じゃないかな。こーいうの慣れてるし」

 

 

カロルが気楽に言うので見回してみれば、物々しい雰囲気に誘われてやってきた人々が遠巻きにギャラリーを作っているではないか。

誰も彼も好奇の目をこちらに差し向け、中には「いいぞ!」とか「派手にやっちまいな!」、煽ってくる始末。

火事と喧嘩は江戸の華とは言ったもんで悪い大騒ぎにはなってないようだが、私たちが目立っていることに代わりはない。

 

 

「ユーリ。この場で本っ当ーに喧嘩する気?

アレクセイさんがつけた隠密騎士が監視してるかもしれないのよ」

 

「こんくらいの荒事を問題視するようなら、どの道この先やっていけないよ」

 

 

端からトラブルを避ける気ないユーリは、リタ、エステルとともに臨戦態勢をとった。

街の治安を守るユニオンとやらは、一体何をしているんだ。

今まさに戦いのゴングが……と言う時に、遥か彼方からけたたましい警鐘が鳴り響いた。

 

 

「な、何? 火事!?」

 

「地震、いや何かが近づいてきてんのか?」

 

 

異変に気付いたユーリは即座に私の腕を掴み、ラピードは唸り声をあげ、エステルやリタは周囲を警戒した。

ギャラリーは蜘蛛の子を散らすように去っていき、なぜか武器を持った兵たちが街の入口へと駆け出していく。

先程までユーリたちと対峙していた男も、私たちなど見向きもせずにそれに続いた。

街の外で何かが起こっているのか。

唯一ダングレストの住人カロルは、厳しい表情で戦士たちの背を睨んでいた。

 

 

「また魔物が街を襲ってきたんだね」

 

「魔物? 街には必ず魔物を退ける結界魔導器が設置されているはずですが」

 

「エステル、上見なさい。結界魔導器は作動してるわ」

 

 

リタに促されて空を見上げてみれば、ザーフィアス同様の白い帯が街を覆っている。

私たちが確認したのを見計らったように、カロルは彼女の言葉に頷いた。

 

 

「結界魔導器はあるよ。ただ、ここ周辺は魔物が多くて、時々こうして結界近くまでやってくるんだ。

この地響きは、魔物が結界に体当たりしてる音だよ」

 

「物騒な街だとは思ってたが、ここまでとはね。

これは桜に猫耳させて、抱っこにおんぶで街脱出!もありえるぞ」

 

「すみません、ローウェルさん。

何の脈略もない話題に、己の趣向をねじ込むの止めてくれます」

 

 

ユーリの謎の猫への執着心は置いとくとしても、現状この街がスリル満点なのは事実だ。

不安のせいか、胸のあたりがそわそわし出して身を強張らせていると、カロルが胸を叩いた。

 

 

「怯える必要はないよ、桜。

最近魔物が増えてきてるけど、結界は一度たりとも破れたことがないし、外の魔物はギルドが退治しているから」

 

「心配してくれて、ありがとう、カロル。

心配ついでに変なこと聞くけど、ここの結界魔導器ってヘリオードのとは違うよね?」

 

「あっちは帝国が設置したものだから、わかんないなぁ。

実際触ったリタの方が詳しいんじゃない」

 

「ヘリオードの子が通常の術式じゃないのは、間違いないわ。

ダングレストのは、触ってみないとなんとも。

ただ、さっきも言ったように、結界が働いてるからまったく問題は……ない!?」

 

「結界がなくなってる!」

 

 

リタが説明がてら再度空を見上げたら、先程まで上空を覆っていた結界が綺麗サッパリなくなっていた。

エステルと一緒に見上げた時はあったはず、いつの間に消えたのだろうか。

動揺する私たちへ追い打つように、地響きが近づいてきた。

 

 

「ななな、なんで!? 結界魔導器が壊れちゃった?

今までこんなことなかったのに!」

 

「原因はわからないが、ダングレストの安全神話が崩れたのは確かだ。

桜、オレから離れるな。団体客がなだれ込んでくるぞ」

 

「これを聞くとフラグになるから躊躇ってたけど。

私たちが行くとこ行くとこで、トラブル起こってない?」

 

「そこの男に何か憑いてるかもしれないわね」

 

「憑いてるのは、こいつだけで満足なんだけど」

 

「女子高生捕まえて憑くとか言うな」

 

「皆さん、話は後です。向こうの方から何かが……っ!」

 

 

エステルが指をさした先、街の入り口から何かが土煙を上げながら近づいてくる。

耳をすませば、動物の嘶き声や物が壊れる音まで聞こえてくるではないか。

 

 

「前に、これと同じ状況に遭遇した記憶があるわ」

 

「そーいや、デイドン砦で似たようなのがあったな。

残念ながら、今回はシェルター無しだ」

 

「帝国のデイドン砦は知らないけど、ダングレストにはギルドがいるよ!」

 

 

迫り狂う死の足音に戦戦兢兢としていると、カロルが街の奥を見て表情を明るくした。

彼が期待のまなざしを送ったのは、騎士団ではなく、ガチムチのギルドの戦士たち。

時と場所と描写いかんによっては、世紀末的でモヒカンで「ひでぶ」と散りそうな紳士登場に、思わず緊張が走る。

……まあ、ビジュアルは中の下くらいで、あそこまで悪くはないんだが、とにかく彼らは魔物たちを迎え撃つように私たちの前へ出ると、内の1人、厳つい青年がこちらを見向きもせずに口を開いた。

 

 

「ここは俺たちがやる。おたくらはさっさと奥へ避難しな」

 

「あの大群、あんたらでどうにかなるのか」

 

「ここは俺たちの街だ。俺たちの力で守る。

あんたら、外の者だろ。手遅れになる前に――」

 

 

青年の言葉が終わる前に、巨大な虫の魔物が空から襲い掛かかってきた。

青年は無造作にそれを真っ二つにすると、「適当に退け」と言い残し、躊躇いもなく魔物の群れへ飛び込む。

残りの戦士たちも雄々しく続く様子を見て、ユーリは感嘆を漏らした。

 

 

「デイドン砦の腰抜けどもとはエライ違いだな」

 

「何、他人事みたいにニヤニヤしてんの。

あたしたちは魔物退治にきたんじゃないのよ。さっさとここから……て、言っている傍から、この!」

 

 

リタはユーリを注意しながらも、近づく魔物を炎球で撃ち落とした。

ちらほらではあるが、先行したギルドを突破してきた魔物が手近にいる私たちに襲い掛かってくる。

ユーリも向かってくるイノシシの魔物を刀で往なした。

 

 

「言われなくても、わかってるさ。

オレだって、桜の猫耳逃して、魔物とチャンバラなんざしたくねぇよ」

 

「私だって猫耳なんざしたかねーわ! なぜ私が猫耳着用することを前提に話を進めるんだ!?

自慢のロン毛、エレガントロールにすっぞ!」

 

「やつらの言葉に甘えて、適当に切り上げて避難する……つもりだったんだが」

 

「数が多すぎるよ! 叩いても叩いてもやってくる!」

 

 

カロルが大剣ぶん回しながら喚いた。

ユーリが近づく魔物を薙ぎ払い、リタたちが殲滅していくが、徐々に増えていく相手に戦況は芳しくないようだ。

現にユーリの涼しげな表情には、微かだが焦燥の色が浮かんでいる。

私みたいなお荷物がいなければ、随分楽になると思うのだが。

 

 

「せめて、どこかに隠れる場所があれば……」

 

「何、キョロキョロしてんだ。……さては、猫耳から逃げる算段してんじゃないだろうな」

 

「逃げるかあああ! いや、やらねーよ! 猫耳なんて!

いつまで引きずるの? 猫耳言わないと死んじゃう病気なの? 未知の世界を発病しちゃったの!?」

 

「お前の些細な変化も見逃さない。保護者の鏡だろ」

 

「自称保護者が保護対象に対して、己の欲望むき出してる時点でアウトだろ!

算段は算段でも、邪魔にならないように隠れる算段してたのよ!」

 

「目の届かない場所や他人に任せるより、この手で守る方がいい。

変な気を遣わなくても、約束は必ず守る」

 

 

ユーリが言い切ると、迫り狂う魔物目掛けて刀を構えた。

間合いに入ったところで、十八番の衝撃波を放とうとしたその瞬間、目前の魔物が宙を舞う。

ユーリでもカロルでもない、巨大な大剣の一撃によって。

 

 

「見上げた男気だ。巷女子が放っちゃおかねーだろうが、俺に比べたらまだまだだな」

 

 

魔物を吹っ飛ばした大剣を軽々と操る男は、熊のような体躯の老人だった。

そのパワフルな体格と風貌に「老人」と表現していいのか怪しいが、しゃがれた声と白髪、顔の皺から、50代後半は優にいっていると思う。

彼は私を見、次にユーリを見ると、年季の入ったゴツイ顔をにんまり緩ませた。

 

 

「色男がナイト気取り、嫌いじゃねぇぜ」

 

「そりゃどうも。一振りで魔物をブッ飛ばすたぁ、あんたもとんでもねぇが。

じいさん、あんた誰だ?」

 

「ドンだ! ドン・ホワイトホースだよ! ユーリ」

 

 

老人が口を開くより先に、カロルが目を輝かせて歓喜の声を上げた。

テレビ番組で有名人に遭遇した小学生みたいだが、何もカロルだけに限ったことではない。

 

 

「ドンだ! ドンが来てくれたぞ!」

「今こそドンの前で、俺たちギルドの強さを見せつける時だ!」

 

 

ドンを中心に周囲のギルドたちが活気づいていき、劣勢だった戦況が徐々にひっくり返されていく。

このゴツイ老人がカロルが尊敬していて、レイヴンの上司で、5大ギルドの一角を仕切る男。

こんな大物が私に何の用なのか、胡散臭いレイヴンからの情報だしなぁ、などと、マジマジ見ていたら、目が合ってしまった。

 

 

「あん? 俺に何か用か」

 

「あ、あの、私、実は――」

 

「俺に熱い視線を送るたぁ、さては惚れたんじゃねぇだろうな」

 

「な・ん・でだぁああああ!

私の視線ごときで求愛行動成立するなら、人類生まれた瞬間全員両想いだ!

どんなモラルハザードだよ!?

しかも、つい最近同じような言動聞いたぞ、隣のニートから」

 

「手の早いニートも居たもんだな」

 

「お前だよ!」

 

「悪りぃな、嬢ちゃん。好意は嬉しいが、俺は一生涯妻しか愛さねぇって決めててな」

 

「いや十分だと思いますよ。1人の異性を愛し続けるのって、素晴らしいと思います。

ただし凄まじい勘違いによって、現在進行形でドンさんへの好感度がゼロ突き抜けてマイナスになっていますが」

 

「孫でよけりゃ紹介するが」

 

「いらねーよ!」

 

 

ドンのレーザートークを食らった私のHPは、早くも赤く点滅し始めていた。

こいつ、ユーリの図々しさと、フレンの会話ドッチボールの両方を兼ね備えてやがる。恐るべき天を射る矢のドン……!

このままアホな展開に大突入する前に、ドンときちんとまっすぐストレートに私の件とバルボスの件を相談しなければ。

そのためには、まず魔物を片さなくてはいけないんだが。

 

 

「さっきに比べて、かなり魔物の勢いが弱まってる?」

 

「じいさんたちが来たお陰かな」

 

「多分ね。ガキんちょの憧れって言うから期待していなかったのに、年の割には大したもんだわ」

 

「では、わたしたちは奥へ避難しませんか。

魔物が減ったとはいえ、ここはあまり安全とは言えません」

 

「わかった。ちょっと探してみる」

 

 

皆が魔物の相手をしている間、唯一非戦闘員である私が突破口を探す役割を引き受けた。、

魔物とギルドたちがごった返し、激しい衝突で土煙が上がってるせいで、視界はあまりよくない。

挫けず街中に目を凝らしていると、街の奥の方からこちらに近づいてくる集団の影を捉えた。

 

(ギルドの増援かな。それにしてはやけに統率がとれているような)

 

それもそのはず。

規則正しい足音、夕影に浮かび上がる綺麗な甲冑、間違いない、あれは騎士団だ。

姿形がはっきりしていくにつれて、その先頭の人物が露わになる。

年の頃は20歳前後の金髪碧眼、端麗な顔は精悍に引き締まっていて、夕焼けに輝く白い軽甲冑にマッチしている。

 

――何故、ここにフレンがいる!?

 

人類の調教騎士の遭遇に、私は声にならない悲鳴を上げた。

別任務でどっかに消えたんじゃなかったのか、サプライズのつもりか知らんが凄まじい嫌がらせがきたぞ!

 

(アレクセイ、貴様の差し金かぁあああ!)

 

この絶賛魔物大入り中、ユーリやドンに加えて、フレンのボケで止め刺しに来られたら、私のHPとMPが底を尽きてしまう。

幸い皆は気づいていないようだ。

こうなったら一か八か、この混乱に紛れて、避難を名目に逃げ押せるしかない。

ユーリの硬い背中にしがみつき、絡まる長い後ろ髪と体温に耐えながら機会を伺っていると、彼はからかい半分で微笑んだ。

 

 

「やっと素直になったか。お兄さんは嬉しいぞ」

 

「私はいないものとして振る舞って……っ」

 

「んん? 声を潜めて、何がどうしたんだ?」

 

「嬢ちゃんには、血なまぐさい戦場は辛いんだろうよ。

どれ、俺の胸を貸してやろうか」

 

「老体鞭打ってまで無理すんな、じいさん。

うちのお嬢さんには、オレ一人で充分だ」

 

「舐めるな小僧、俺はまだまだ現役よ。女の1人や2人や10人、慰めてやらぁ。

テメェのような若造こそ、女経験の浅いのにいきがりさんな」

 

「人の器量を年齢で悟るなよ。こう見えても、こいつの相手は慣れてんだ。

見てみろ、背中から熱い愛を感じるぜ」

 

「それは、私の羞恥心と殺意の業火だ!

人が黙ってるの良いことに、野郎2人が寄ってたかって、変なセクハラ発動するなよ!」

 

「――僕のいない隙に、桜にセクハラとは頂けないな」

 

「ほぎゃああああああ!?」

 

 

すぐ近くで声がすると思い振り返ってみたら、誠実潔癖正義の下僕フレン・シーフォが私のすぐ隣まで、瞬間移動してた。

砲丸選手がボーリングの全ピンを弾くがごとく、魔物を吹き飛ばしてきた彼は、息ひとつ切らさず、私目掛けて太陽の笑みを傾ける。

魔物の血糊つきで。

 

 

「顔色が良くなったね。君の元気な姿を見れて安心したよ」

 

「お陰様で。けれども、事と次第によっては、割と簡単に真っ青になりそうですよ」

 

「せっかく旅が再会できたのに、いきなり魔物の襲撃に遭遇するとは災難だ。

ここは僕に任せて、君はこの先にあるユニオン本部まで避難するんだ」

 

「あ、はい」

 

 

フレンからすんなり避難指示が出て、私は肩透かしを食らった。

てっきりユーリとドンの掛け合いに参加するもんだ構えていたんだが、彼は治安を守る騎士なんだから、当然と言えば当然か。

フレンは表情を改めると、今度はドンへと向き直る。

 

 

「天を射る矢の首領ドン・ホワイトホース。

及ばずながら、我ら帝国騎士団フレン小隊が加勢致します」

 

「手を出すな。騎士に助けられたとあっては、俺らの面子がたたねぇ」

 

「プライドの話ではありません。既に街中に魔物が侵入し、被害が出始めています!」

 

「どいつもこいつも、てめえの意思で帝国を抜け出してギルドやってんだ。

今更やべぇからって帝国の力を借りようなんて恥知らず、この街にはいねぇよ」

 

「しかし、それでは街が……!」

 

「そいつがテメェで決めたルールだ。テメェで守らねえで誰が守る。

――行くぞ、野郎ども!」

 

 

ドンはフレンの申し出を断ると、仲間を連れて、未だ魔物の多い街入り口へと進んで行った。

意地かプライドか知らないが、守るもの守れなかったら元も子もないような気がするが。

ユーリの考えは違うのか、私とは違う視線でドンの背中を追っていた。

 

 

「何があっても筋は曲げねえってか……。なるほど、こいつが本物のギルドか」

 

「ギルドっていいでしょ! ドンってすごいでしょ! ね、ユーリ!」

 

「単純。男2人が夢見過ぎよ。

オレサマルールでなんでも解決できれば、世の中苦労しないわ」

 

「そうです。意地だけでなんとかできれば、騎士団は必要ありません」

 

 

どうやら、男性陣と女性陣の意見は真っ二つに分かれたようだ。

他人事のように眺めていたら、エステルはキッと私を睨んだ。

 

 

「桜、あんな脳筋おじいさんに心許してはいけませんよ」

 

「いやいや、年の差にもほどがあるでしょ……」

 

「君はドン・ホワイトホースのような老人まで心を動かすのかい?」

 

「動かんわ。フレンさん、驚愕に打ち震えなくていいですから」

 

「老若男女、立場で言えばギルドの長から皇族まで。

君のストライクゾーンの広さは、僕の理解の範疇を超えるよ。

純真で好奇心旺盛なのはいいけれど、このままでは胃薬と仕事が増える一方だ」

 

「ドンさんは射程範囲外だと言ってるのに、1人勝手に胃酸フィーバーとか、どんだけドMなんですか。

仕事が増えるとは、ぶっちゃけ抹殺じゃないですよね。

エステルに続いて、デストロイ醸すとか、私の胃酸の方が大変になりそうなんですけど」

 

「皆さん、ここで話し合うより、結界魔導器を見に行った方が良くないですか」

 

 

私たちが漫才していると、魔導士ウィチル少年が沈痛な面持ちでメガネを押し上げた。

魔物たちがわんさか入ってきたのは、結界魔導器の結界が消えたせいだから、彼の言うとおり見に行って再起動すれば解決するだろう

ただ私は、未だ消えない胸のざわつきが引っかかる。

結界が消える少し前から、体力をほんの少しずつ削られる微妙な感覚。

ヘリオードの魔導器みたいにきつくもなく、他のことに集中していると忘れる程度だが……。

 

 

「その結界魔導器って、ひょっとして、あっちの方にあるんじゃないの?」

 

「うん、街の中心にあるから、そっちで合ってるよ。

桜って、ダングレスト初めてなんだよね。なんで知ってるの?」

 

「なんとなく、かな」

 

「エアルに敏感だからでしょ」

 

 

はぐらかそうとする私に、リタの鋭い突っ込みが入る。

彼女は固まる私に構わず、真剣な表情で詰め寄ってきた。

 

 

「結界魔導器の話になった時、ヘリオードの件を持ってきたわよね。

何かに気付いたんじゃないの?」

 

「気づいたって言うか、本当になんとなく、なんだけど。

ほんのちょっとだけ、ヘリオードみたいなエアルがあっちへ流れ込んでるなーって」

 

「なんでそういうこと早く言わないの!」

 

「ご、ごごごめんなさい! あの時ほど強くないし、気のせいかと思ったから。

後で聞けばいいやーって考えてたら、この騒ぎで……」

 

「魔物騒ぎで皆手が回らないって時に、また倒れでもしたらどーするの!?」

 

「落ち着けリタ」

 

 

ユーリはヒートアップし始めるリタを宥め、私に苦笑して見せた。

 

 

「別にリタは怒ってるわけじゃないよ。お前を心配しているだけだ」

 

「うん、気づいてた」

 

「んああああああんですって!?

ばばばばばばか! べ、別に心配なんか! ……してない、わけじゃないけどっ!」

 

「桜、無理はしていませんか? 辛くはないです?」

 

「平気だよ、エステル。あんな目に遭った後だもん。

同じ轍を踏むつもりないから、マジでダメならユーリに体当たりしてるよ」

 

「大歓迎だ。どーんと来い」

 

「大丈夫。万が一ユーリが一瞬でも下心出したら、僕が成敗するからね」

 

 

幼馴染のほんの冗談に、笑顔で抹殺を醸すの止めてフレンさん。

釘を刺されたユーリは身を震わせたものの、気を取り直して、街の中心を睨んだ。

 

 

「兎にも角にも、結界魔導器だ。幸いこっちには、専門家がいるからな」

 

「任せて。桜の言う通りヘリオードと同じタイプの術式なら、余計見逃すわけにはいかないわ」

 

「んじゃ、とっとと急ぎましょう」

 

「待つんだ、桜。君は僕たちと一緒に残るんだ」

 

 

案の定、フレンの待ったが入る。

轍を踏まないと言った手前、大人しく従った方が良いだろう。

仕方なく踵を返す私の腕をユーリが掴んで、引き寄せた。

 

 

「こいつは連れいていくぞ」

 

「ユーリ、君は数日前の出来事も忘れたのか?」

 

「お前こそ、現状を良く鑑みろ。

騎士団はここではよそ者だ。おまけに魔物がゴロゴロいやがる。

桜に何かあった時、いち早く俺たちで対応できるよう傍にいた方がいい」

 

「……わかった。では、僕たちも君たちについて行くとしよう。

首領に手を出すなと言われた以上、桜だけでも、僕たちの手で守る」

 

「と言うわけだ、桜。何かあったら、すぐにオレにタックルするんだぞ。受け止めてやる」

 

「ホントにタックルしていいんだ」

 

「その時はわたしが間にフレンを突っ込みますので、安心して全力投身して下さい!」

 

「安心できるか!

許容範囲狭くて不埒を許さないこの人なら、何が有ろうとユーリを成敗するに決まってる!

飛び込んだ先でバトルロワイアルとか、私の方が永眠するわ!」

 

「あのーっ、お話し中に大変申し訳ございませんが、そろそろ結界魔導器を行きませんか。

我々が部外者なら、尚更ここで立ち往生するのも悪いですし……」

 

 

私たちが戦場のど真ん中で漫才のセカンドだかサードステージに入りかけたところ、ソディアが沈黙を破って控えめに進行を促してきた。

駄目だ、人数が増えたら、掛け合いに収拾がつかなくなってしまう。

ひとまず私たちは一刻も早く結界を復活させるため、道案内をカロルに頼み、一斉に駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔物と人の波をかき分け、橙色に染まった路地でマラソンしているうちに、行き止まりにぶち当たった。

一段と身体がだるい。結界魔導器に近づいているはずなんだが。

全神経を肌に集中して頭を上げると、行き止まりかと思われた壁はちょっとした高台になっていた。

その最上階から、青白い光がチラチラと漏れている。

 

 

「あ! あそこに魔導器が――」

 

「待て、動くな」

 

「ひ、人が……っ!」

 

 

ユーリに片手で行く手を阻まれ、訳が分からなかったが、エステルの悲鳴を聞いて気づいた。

高台のそこらかしこに、戦士たちが倒れているではないか。

遠目でわからないが、この騒動にピクリとも動かない。

眠っているのか、気を失っているのか。もしかしたら、大怪我を負って動けないのかもしれない。

ユーリの後ろで様子を観察していると、エステルが一番に駆け出した。

 

 

「わたし、診てきます」

 

「エステリーゼ様、私もお供します」

 

「あ、私も……」

 

「お前はオレとここで待ってろ」

 

 

フレン一行に続こうとしたら、またしてもユーリに阻まれた。

治癒術は無理でも、回復アイテムがあるし、お手伝いくらいできるのに、怖い顔してまで止めなくていいじゃないか。

意味が分からぬまま、遠くからエステルたちの救護活動を見守ってみる。

彼女は戦士の腕をとり、胸に耳をあててしばらくしてから、大きく体を震わせ、両手を口元に抑えた。

 

 

「手遅れです。なんてひどい」

 

「手遅れって、何? どういうこと……?」

 

「深く考えなくていいよ。結界魔導器が優先だ。

早くしねぇと、街がやばい」

 

「……そうね。あたしがさっさと結界復活させて来るから、あんたはユーリとここで待ってなさい」

 

 

リタが珍しく笑顔を作って、高台の結界魔導器を目指す。

気をかけられた私は、いきなり遭遇した現実に戸惑うばかりだ。

ドラマや漫画で、倒れている人間相手に「手遅れ」なんて表現する時は大抵決まっている。

 

 

「……死んでる? あそこに倒れている人たちって、殺されたの?」

 

「心配すんな。ここにはオレや皆がいる、ああはならないよ」

 

 

遠のきそうになる意識を、ユーリが痛いほど強く肩を抱いて引き留めようとする。

けれども、初めて「死」を突きつけられた私は彼の腕を振り払い、叫び声を上げたいくらい混乱していた。

先ほどまで私と同じように脈があり、体温があり、呼吸をしていたであろうそれは、目の前で全く別のものになって転がっている。

幾度か死に掛けた私自身も、エアル貰いすぎたり、魔物に襲われたら、いつかああなってしまうのか。

自分の首筋に手を当てて、ぬくもりと異常に高まる脈、荒くなる呼吸を確かめる。

 

(死ぬって、どんな感じなのかな。死ぬ時って、痛いのかな? 苦しいのかな?

この意識は? 消えて、なくなっちゃうの?)

 

考えたって仕方ないのに、考えたくないのに震えが止まらない。

あの弱虫カロルさえも私の異常に気付いて、心配そうに顔を覗いてきた。

 

 

「ビックリしたようだけど、怖がらないで。

桜にはボクたちや騎士団もいるから、魔物くらいへっちゃらだよ。だから、ね?」

 

「う、うん」

 

「ほら、カロル先生も太鼓判押してんだ。

それでも怖いなら、オレが四六時中傍にいてやろうか」

 

「……ううん、と」

 

「お前が本気でそうして欲しいなら、本当にするぞ」

 

「ユーリさんの真剣な表情から、本気で添い寝する気なのは理解した。

しかし、私の中で生命の危機とプライバシーとの大いなる葛藤があってですね」

 

「では、僕がやろう」

 

「ではってなんだ、ではって。

明らかに帝国騎士団の職務範囲超えてますよね、フレンさん!?――て、あっ!

ちょっ、リタさんの近くに何かが!」

 

 

いつもの愉快な流れが戻ってきた時、結界魔導器を操作するリタの傍に怪しげな影がうごめいてた。

私が大声を出したというのに、リタは結界魔導器に集中していて気づいていない!

 

 

「リタさん!」

 

「――ぐあ!?」

 

 

再び声をかけたところで、影が呻き声を上げて倒れた。

この距離でもわかる。それは魔物ではない、全身黒づくめの人間だ。

 

 

「見たことあります。ザーフィアス城やハルルの森で、ザギと一緒にいた暗殺者たちです!」

 

「カプワ・ノールでも出くわしたが、やはり、これも彼らの仕業か」

 

 

暗殺者の姿を見て、エステルが驚き、フレンが渋い顔をするが、驚くべき点はそこだけではない。

倒れた暗殺者の左肩に、深々と刺さった1本の矢。

私たちの中に、弓矢を操る仲間はいない、心当たりはまったく――いや、居たわ。

一度だけ行動を共にしたことがったわ。

しかも私、セクハラや痴漢までされたではないか。

背筋に悪寒とも嫌悪が走るのが早いか、暗殺者とは反対側の影から、1人の中年オヤジがスラリと姿を現した。

 

 

「不思議少女のピンチに、やってきましたレイ――

 

「ソーサラービィィム!」

 

「ボオオオオオッ!?」

 

 

かっこよく登場しかけたおっさんことレイヴンの顔面目掛けて、私がソーサラーリングを照射したら、おっさんの前髪に着弾した。

燃え上がる豊富な前髪、その場でのた打ち回るおっさん。

昔年の恨みを持つユーリとリタは、その場で親指をおったてた。

 

 

「よくやった、桜」

「グッジョブ」

 

「よくやってない! 出会いがしらに毛髪炎上させるって、どこの世界のあいさつよ!?

ほら、これ見てよ! おっさんの前髪アフロだよ!?」

 

「似合ってるよ。ドリフ臭がして」

 

「あ、そう? その割には、物凄くバカにされた気がするんだけど。

あーあ、ほら見てよ。おでこだって、ちょっとレアになっちゃってるし!

俺様がせっかく魔法少女のピンチを華麗に救ったのに、なんてひどい仕打ち!

何か恨みでもあるってーの!?」

 

「あるに決まってるでしょーが!

数々の所業、よもや忘れたとは言わせないわよ!」

 

「忘れた!」

 

「燃えろ」

 

「ぎゃーっ! やめて! 燃える愛は大歓迎だけど、物理的に燃えるのは勘弁っ!

俺の相手してる場合じゃないでしょ! 暗殺者、まだ何人か物陰に隠れてるよ」

 

 

レイヴンの指摘を合図に、そこらかしこから暗殺者が出現。

数はざっと10人いるかいないか。

彼らの両腕には、鈍く輝く爪やナイフがあった。

あれで戦士たちを殺したのか。人を殺したのか。

 

 

「桜、俺の背中に隠れてろ」

 

「……」

 

「辛いなら、目を背けたっていい。

お前が目を閉じて、耳を塞いでも、オレが傍にいるからにはああはさせない。オレを信用しろ」

 

 

私は無言で頷いて、目を瞑り耳を塞ぐと、顔にふわりとユーリの髪が触れた。

見えなくても分かる。すぐ前に彼の背中があること。

不思議な安心感と死の競り合いの中、この場で戦いの火花が弾けた。

 

 

 

 

 

それから、どのくらい経っただろうか。

現実逃避して少ししてから、急に身体が軽くなる。

周囲のエアル濃度が抑えられたのか、首を傾げていると誰かに肩を叩かれた。

多分、片付いたと言いたいんだろう。

恐る恐る目を見開くと、真っ先にユーリのニヤニヤ顔が飛び込んできた。

 

 

「何その顔」

 

「オレって信頼されてんのな、と思って。

おっと、怒るなよ。悪い意味じゃない」

 

「終わった?」

 

「暗殺者は退かせたよ。……っと、まだ高台の方は見ない方がいい。ちょっと移動するか」

 

 

ユーリは高台を背で隠しながら、ここから離れるように促してきた。

道すがら辺りを見回したが既に魔物の姿はなく、戦士たちもどこかへ行って、閑散としている。

 

 

「リタさん、結界魔導器を直せたんだね」

 

「当然よ、感謝しなさい」

 

「あの短時間で、リタはやはりすごいです」

 

「術式いじって、止めてあっただけだからね。

ラゴウの屋敷とヘリオード、エフミドの丘に似た術式に、今回は増幅器なんてあったわ。

多分、これのせいで桜がエアルに敏感になってたのよ」

 

「桜のエアル感知能力は絶大です」

 

エステルは大喜びで私の両手をブンブン振り回したが、こっちは複雑だった。

死体やら殺人やらあったのに、なぜエステルもリタも普段通りでいられるのか。

――違う。

皆も内心は平気じゃないはずだ。

彼らの神経を疑い、怯えて動けなかった私の方がバカなんだ。

エステルは押し黙る私を不審に思ったのか、憂いの表情を浮かべた。

 

 

「ごめんなさい、桜。 こんな時に場違いでしたね、わたし」

 

「ううん、こっちこそ、気を使わせちゃって、ごめん。

まだちょっと混乱しているけど、今はそれどころじゃないよね。なんとか頑張ってみる」

 

「強がることはありません。怖いなら、わたしが毎晩添い寝します」

 

「エステル、貴様もか」

 

「女の子同士問題ありません!」

 

「その割に、興奮しているのはなぜだ!?

同性を免罪符に出すな! 踏み入れてはいけない世界が広がりそうだよ!」

 

「エステリーゼ様。お願いですから、節度を守ってください……っ!」

 

 

流石のフレンも皇族相手に鬼畜説教モードを発動できずに、困っているようだ。

そこへ助け船を出してきたのは、ユーリでも部下のソディアでもなく、いつの間にか私たちの輪に入ってきたレイヴンだった。

 

 

「まぁまぁ、フレンちゃん。女同士で仲良しこよし、暖かく見守ってやろうじゃないの。

結界復活して、魔物騒動も収まったことだし、のんびりと、ね?」

 

「貴方は確か、レイヴンさん、ですよね?

ザーフィアスで桜の情報を収集し、カプワ・ノールで接触してきたと言う」

 

「そうそ、自己紹介が省けて助かるわ~っ」

 

「ユーリから伺いました。ラゴウの屋敷で桜を攫い、連れ回したそうで」

 

「うっ」

 

「貴方にいろいろお伺いしたいことが山ほどありましたから、こうしてお会いできて嬉しいです。

貴方の仰る通り、結界が復活して街もひと段落しましたので、のんびりじっくりたっぷりと私が納得するまで、白状して頂きますよ。ええ泣いて辞めて下さいと仰っても、容赦なく物理的説得を行使してでも吐かせます。

尚私の独断と偏見で考えた結果必要とあれば、罰する場合ももちろんあります。

市民と安寧と桜の貞操を守る帝国騎士団として当然の義務です。

彼女をかどわかす不逞な輩は、法に触れなくても私直々鉄槌を下します」

 

「フレンちゃん営業スマイルで物凄く不条理な事言ってきてるんだけど、これって要約すると私刑するよって言ってるんだよね!?

助けて桜ちゃん! おっさん必滅しちゃう!」

 

「これからどうしようか、ユーリ」

 

「スルー!?」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

 

ユーリに真っ向から問われた途端、私の心拍数が上がり、目頭が熱くなる。

コップいっぱいに注がれた水が零れるように、抑え込んでいた激情が今にもあふれ出そうだ。

ダメだ、堪えなくちゃ。

私のせいで、皆を足止めするわけにはいかない。

 

 

「……今はそれどころじゃない、と思う」

 

「わかった。辛かったら、辛いって言えよ」

 

「うん」

 

「オレの胸はお前に為に、いつでも空けとくからな」

 

「君の胸に飛び込むのは、桜ではなく僕の剣だ」

 

「桜を労わってるだけだろ。いちいち水差してくるなよ、フレン」

 

「君の励まし方は、いろいろ卑猥なんだ」

 

「悪いな、オレはお前と違って、この手は不器用なんでね。

ところでフレン、今回の騒ぎの件、実は何か知ってんじゃないか」

 

「それを確かめるために、君たちについてきた。

まだ確信を得ていないから、詳しくは言えないが」

 

「詳しくなければ、喋れんだろ」

 

「君の察しの通りとだけ」

 

「相変わらずの秘密主義か。うんざりするぜ」

 

「バカっぽい。あんたや騎士団の都合なんて知らないわ」

 

 

ユーリとフレンの間に不穏な空気が流れ始めたところで、リタが苛立った様子で話題を切り捨てた。

 

 

「あのね。あたしたちの目的は何?

あたしや桜を我慢させて、ここでグダグダ罵り合いすること?」

 

「そうだよ。ボクたちはドンに会いに来たんだよ。

街も落ち着いた頃だろうし、ややこしい話は後にして、早くドンの元へ行こう」

 

「ドンは街にいないよ」

 

 

浮足出すカロルを止めたのは、レイヴンだ。

怪しい中年だが、一応ドン率いる天を射る矢の一員だけあって、嫌がおうにも視線が集中する。

私たちの疑念など当人は意に介さず、ケロリとこう続けた。

 

 

「町周辺の魔物が最近妙に活気づいちゃってて困ってたところに、今回の騒動でしょ。

こりゃダメだ、また襲ってこないように、元を絶ちに行くって話してたからね。

部下引き連れて、ケーブ・モック大森林まで行ったはずよ」

 

「大森林って、リタさんがアレクセイさんから依頼されてた件じゃない?」

 

「街を襲った魔物の根城が大森林ってのなら、一応筋は通ってるわ。筋はね」

 

「睨まなくても、本当だって!

首領だって不思議少女と話したがってたし、こんなとこで嘘ついてもしゃーないでしょ」

 

「……ボク、ノール港からずっと思ってたんだけど。

レイヴンって、本当にドンの部下なの?」

 

「ホントーだってば! 皆して疑いの眼差し向けるなんて、おっさん傷つくわ!

そこまで言うなら、俺様がドンのとこまでついてって、正真正銘天を射る矢の一員だって証明してやろーじゃないの」

 

「ついてくるんだ………」

 

「嫌そうな目をしたって、おっさんついてくからね。

ドンの前で、俺が部下だって証明された暁には、俺様、桜ちゃんとハルルの木の下でランデブーするんだ」

 

「レイヴンさん、悪いですが、そこへ直って頂けませんか。僕の剣の錆にしたいので」

 

「介錯はオレに任せろ」

 

「若人2人が揃いも揃っておっさんいじめないでよ!

いいじゃない、夢くらい見たって!

一緒に連れてっても損はさせないよ。

遠近距離物理魔法なんでもござれ、オッサンって役にたつんだから、いいでしょ!」

 

「仕方ありませんね」

 

「流石お姫様、話わっかるーっ」

 

 

エステルが仕方ないと苦笑しながら、はしゃぐレイヴンの首に両手を伸ばした。

よもや絞殺か!? と生暖かく見守ってたら、ジャラリと鉄の擦れる音がまず耳に入る。

彼女が手を放して、次に目にしたのは、鉄の鎖付の首ベルトを装着しているオッサンの姿が。

 

 

「何、これ、なんていうプレイ?」

 

「施錠付首輪です」

 

「お姫様が何時どこで、こんな如何わしいモン手に入れたの?

オッサンの年齢でSMは、いささかハードでコアな趣向だと思うよ。

自分で言うのもなんだけど、おっさんの喘ぎ姿なんて誰も見たかないでしょ。

そこの若人2名の方が断然似合うよ。美青年の悩ましい姿って、世のお嬢様からの需要絶大だろうから、……外してくんない?」

 

「また逃げられてはいけませんので」

 

「心配しなくても、不思議少女がいる限り、おっさん逃げないよ」

 

「言葉の端から信用なりません。桜、こっちへ来て、手を出して下さい」

 

「何?」

 

「はいこれ」

 

 

私が手を差し出すと、エステルは無造作に鉄の鎖の端を掴ませてきた。

鉄の鎖を辿っていくと、当たり前のようにレイヴンの首に行きつく。

今この場で、女子高生にSMプレイされている中年の図が形成された。

 

 

「私が持つんかい!?」

 

「この人は桜にだけ、危害を加えないようですし」

 

「不思議少女に愛の鎖で繋がれる俺様。……あ、これはありかも!」

 

「本人もまんざらではないようですから」

 

「恍惚するオッサンを鎖に繋いで街中練り歩く鋼の度胸なんて、私にはないわ。

そもそもノール港で攫われた実績を持つのに、1人でおっさん管理するとかハイリスク過ぎるだろ」

 

「それはいけませんね。では、ユーリにお願いします」

 

「そこら辺の適当な柱にでも繋いどきゃいいだろ」

 

「犬扱い!? 嫌よ! おっさんも不思議少女と一緒に行きたい!」

 

「では、僕が連れて行こう」

 

 

放置された鎖の先を取ったのは、満面の笑みを浮かべる帝国騎士団エリート小隊長であった。

途端、レイヴンの顔が赤から白へと変色する。

 

 

「フ、フレンちゃん!?」

 

「レイヴンさん、私も帝国と桜のことで、ドン・ホワイトホースに用があります。

貴方の上司ならば、私は一般市民の平穏を守る帝国騎士団として、貴方の不届き千万について言及しなければいけません。

その時、当事者であるレイヴンさんにも同席して頂かないといけないでしょう。

彼女に手を出して、タダでは済まないということを身をもって覚えて頂くために」

 

「ドンの前でおっさん拷問する気!? 秩序を重んじる帝国騎士団が独断で制裁下していいの!?

って、そー言えば、さっき桜ちゃんのために、独断と偏見で鉄槌下すとか言ってたね、この子」

 

「首を洗って待ってて下さい」

 

「首を洗いたくても、ベルトが邪魔でできない。

ねえ、フレンちゃん、鎖引っ張らないで、おっさん窒息する」

 

「動かなくてもいいですよ。引き摺ってでも連れていきますから」

 

 

笑顔のフレンから、「動かなくてもいい」ではなく、「動かなくなってもいい」と聞こえたような気がする。

よく考えたら、騎士が天を射る矢の一員を鎖でつないでダングレストを歩くこと自体、問題になるのではないだろうか。

けれども、私はレイヴンに助け船を出さない。

彼に苦汁を飲まされたのもあるが、説教トランスしているフレンに触れたくないというのが本音だ。

 

ケーブ・モック大森林では、何かが待っているだろう。

植物や魔物の異常の原因やら、ドン・ホワイトホースやら、フレンとレイヴンとかの想定外の強制イベントやら。

これ以上、ボケの人数が増えることはないだろう、ないだろうな、ないよね!?

などと、内心平静を保てないまま、私たちは大森林を目指したのであった。

 

 

 

 

■続く■




こんにちは、自家発電で勢いままにUPしました。
大森林まで行きたかったのですが、弄っているうちにダングレスト止まりになりました。
自分で招いた結果とはいえ、人数が増えると掛け合いの言い回しが大変です。
次回は軽量化を図りたいが……、ゲームだと増えますよね。
パティとかパティとか、パティとか。
恋愛のこじれ的な話ができればまぁ、と思いつつ、自分のことだから、大森林の話で1話収められるかどうか。
それでは。


瑛慈 翔
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