明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第24話】漫才に見えていた異世界は

ヘリオードの結界魔導器の問題が片付かないまま、帝国騎士団長アレクセイから、ケーブ・モック大森林の調査を押しつけられた。

 

 

森の調査なんてやりたくないけど、帝国の管理下にあるアスピオ、その魔導士である以上、ある程度命令はきいとかないといけない。

フレンならまだしも、騎士団長とくれば尚更。

 

 

とりあえずクロームの勧めで、最寄りの街ダングレストまで足を運んでみた。

帝国管轄外だけあって、ガラの悪いし、治安悪いし、桜やエステルにとっては居心地はあまりよくなさげ。

 

 

さっさと用事済ませて出て行きたかったのに、カロルの元ギルド仲間その1とその2とエンカウント。

付き合うだけ損、街の秩序と市民の平和、あたしたちの精神衛生上良くないし、何よりウザイしキモイから武力的行使による解決を試みようとしたの。

そしたら、結界魔導器の結界が消えて、魔物が街に侵入してきた。

 

 

あたしたちやギルドの連中が魔物倒しても倒しても、勢いが尋常じゃない。

調査依頼にあった魔物の大量発生って、コレのこと?

 

 

ギルド「天を射る矢」の加勢を機に、あたしたちは騒動の元凶を絶つため、結界魔導器を見に行った。

桜がエアルの異常に気づいてながらも、身体に目立った影響がでてなかったのが気掛かりだけど、とにかく街の結界を元通りにするのが先決。

 

 

街の結界を復活させて、魔物を追い払えば問題解決。

今にして思えば、考えが足りてなかったのかもしれない。

ううん、桜の事情を知ってから、今日まで気づきもしなかった。

 

 

あたしの頭の中は目前の問題、結界魔導器、術式、エアル、魔導器のことで、頭がいっぱいで。

桜のことも、エアルを片付ければ、何とかなると思ってた。

 

 

あいつが異世界の人間だと理解しているつもりで、わかってなかった。

 

 

違う世界、違う生活をしていたんだから、あたしたちの一般常識、価値観とは異なる部分もある。

あたしたちにとって当然で、覚悟していることも、あいつにとって異常で、受け入れられない現実であることを失念していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漫才に見えていた異世界は

 

ホラー!このギャグの中シビアがあるから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大都市ダングレストより西に位置する大森林ケーブ・モック。

大森林と名がつくだけあって緑豊かなのは良いことなんが、いくつもの木が絡み合い、巨木となって高く聳え立ち、青空まで伸びた枝や葉っぱは酷く歪んでいる。

日光は木々に奪われ、昼前なのに薄暗く、雰囲気さながらRPGに出てくる呪いの樹海のようだ。

私たちがこの不自然一杯の森に足を踏み入れてから数分、魔法少女リタは足を止めて、すぐそばの歪んだ大きな木を見上げた。

 

 

「植物の専門家じゃなくても、これだけ不健康な植物見せつけられたら嫌でもわかるわ。

植物のキャパシティを超えてる。多分この下も、根っこでいっぱいでしょうね」

 

「原因はエアルなのでしょうか」

 

「さあね。流石のあたしでも、きちんと調べてみないと分からないわ。

どの道、ドンって言うゴツイお爺さんに用があるなら、奥へ進むべきね」

 

 

エステルの問いに、リタは首を横に振り、今回の目的を促してきた。

私たちがこの森にやってきた理由は、帝国騎士団長アレクセイの魔物と植物の異常の調査依頼と、魔物討伐のため一足先に森に入った「天を射る矢」の首領ドンと話をするため。

彼女の話からエアルの言葉が出たため、例のごとく私の保護者が敏感に反応した。

 

 

「桜、成り行きでここまで入っちまったが、具合はどうだ。なんか変な感じはしないか?」

 

「エアルが濃くなってきている感じはするけど、平気だよ。ユーリ」

 

 

隣を歩くユーリが訊ねてきたので、私は素直にエアルの状態を伝えた上で、なんともないと返した。

自他ともに認める保護者だけあって、保護対象の体調管理も忘れない。

顔も良ければ腕も立つ、料理の腕も色気も抜群、包容力の持ち主だ。

恐るべきことに、これだけのスペックがありながら、性別は男。

更に、粗野で乱暴で皮肉屋で、愛情表現というデリカシーを顧みない過度なコミニュケーションを押しつけてくる欠点がある。

蓋を開ければ残念なイケメンの彼は、私の顔を観察するなり、ふむと頷いた。

 

 

「まあ、顔色は良いみたいなんだけどな」

 

「疑うような目で見なくてもいいじゃない。辛くなったら、ちゃんと言うよ」

 

「ユーリが怪訝な顔するのも無理はないよ。桜はなんでも我慢してしまうからね」

 

「フレンさんまで。私は我慢なんてしてません」

 

「遠慮と受け取るよ。今からでも遅くない。僕と一緒にダングレストに戻ろうか」

 

 

少し前を歩くフレンが、いきなり無難な提案をしてきた。

この金髪碧眼の爽やか系美青年の彼は、下町から叩き上げられた帝国騎士団エリート小隊長。

顔良し、性格良し、稼ぎよしの最良物件トリプルコンボなんだが、帝国の保護対象である私を守る為、時折過剰な言動や桁外れの武力を発揮する。

こうして私の無茶を止めてくるのもその一環なんだが、大体が至極真っ当なご意見ご指摘なだけに無碍にもできない。

 

 

「フレンさんも、ドンさんに用事があるんですよね。

私のせいでお仕事が遅れちゃったりしたら、街に残ってくれたソディアさんたちに申し訳ないです」

 

「僕の用事は後でも支障はないよ」

 

「後でもいいなら、お前も猫目の姉ちゃんと一緒に、魔物討伐に残っても良かったんじゃないか」

 

「桜を放っては置けない」

 

「オレたちがいるだろ」

 

 

私の処遇について話しているうちに、いつものユーリとフレンの水掛け論が再発する。

私のために美形男子2人が言い争う様を見てると、女冥利に尽きてる感じがするが、事実は違う。

 

私は異世界の人間でエアルにも弱く、身寄りも、この世界の知識も、もちろん戦う力もない。

親切な彼らにとって私は、望まずして不運な境遇に陥り、帝国の私利私欲のために振り回される薄幸の少女だからこそ、見捨てては置けないんだろう。

 

(自覚している。彼らの厚意がなければ、私は生きてはいけない)

 

ダングレストであんな惨劇に遭遇して精神的にきつくても、我儘を言って迷惑をかけるわけにはいかない。

なのに、フレンは柔らかい声と微笑を傾けて、私の決意を崩そうとする。

 

 

「君を助け、世話をすることは、帝国騎士団の、僕の都合なんだ。

困った時や辛い時は、気軽に僕を使っていいんだからね」

 

「貴族や皇族でもない私が、フレンさんを使うだなんて大それた事できません」

 

「身分なんて関係ない。桜は大切な人だ」

 

 

フレンから真剣に告白されて、思わず全身が沸騰しそうになる。

当人は騎士の使命感のつもりで他意はないんだろう。

彼を良く知るユーリとエステル以外の皆に動揺が走るも、構わず熱弁をふるった。

 

 

「この世界に唯一無二の存在なんだ。

君が不安だと言うなら、望みどおり傍にいることだって」

 

「いやいやいや、それこそ大袈裟ですよ!」

 

「大袈裟なじゃない、必要だから言っているんだ」

 

「え」

 

「君の心を満たすために、僕が下男のごとく酷使されても、全ては帝国の意向、僕の意思。

だから、君が心を痛めることはない!」

 

「私の良心に激痛は走るわ! 小娘が騎士こき使うとか、メンタルケアどころかメンタルロストするだろ!

そして幼馴染でありながら、お上の腐敗を激烈に嫌うユーリの前で、私利私欲で税金消費を推奨するとか死ぬ気か、貴様!?」

 

 

……いや、死ぬのはユーリかもしれない。

 

 

「そ、そもそも!

アレクセイさんが私にホスト騎士集団押し付けようとした時、きちんと断ったの、間近で見てたでしょ!

てか、一緒に断ってましたよね!?」

 

「桜の傍に、得体の知れない男性騎士を置くのが許せなかっただけだよ。

ユーリだって、それくらいわかるだろう」

 

「得体の知れないっつーか、キュモールみたいな外道騎士がついたら拙いしな。

そうでなくても、年頃の女の子に男騎士をけしかけるってのは、ちょっと刺激が強いだろ」

 

「ちょっとどころの話じゃないわ!」

 

「お前、なんでそんなおいしい話を断ったんだ?」

 

「良心の呵責だ!

市民の税金で逆ハーレムとか、素直に喜べるわけない!」

 

「ふーん」

 

 

この男、澄ました顔をしているが、いまいち納得してないようである。

きちんと断ったのに、ユーリは何に疑念を抱いているのか。

私とフレンとの攻防に皆が呆ける中、エステルは何か察したらしく、フレンの前に出た。

 

 

「フレン。桜は税金で賄われている騎士を利用したくないと言っているんです。

納税者に、皆さんに迷惑をかけたくないのです」

 

「お。おお! 流石皇族、わかっていらっしゃる!」

 

「要は税金を使わなければいい話!

フレン。無償で、桜にご奉仕するのです!」

 

「フレンさんへの迷惑はどこへいった!?」

 

「もちろん心得ております、エステリーゼ様!」

 

「フレンさぁぁん!? 小娘ごときに貢ぐな! 媚びるな! 省みろ!

仕事しろよ、下町の希望」

 

「君に尽くすことが、如いては騎士団の任務につながるんだ。

無償奉仕、望むところだよ」

 

「フレンさんが望んでても、おっさん引っ張ったままじゃ、尽くせるものも尽くせないでしょ」

 

 

私の指摘に、フレンの視線がおっさんこと、レイヴンへと移る。

年の頃は30代半ば、造形はいいはずなのに緩い表情、ボサボサの黒髪に和服も着崩して、だらしなさが全面的に際立っているが、これでもドンが率いる「天を射る矢」の一員……らしい。

らしいと言うのは、本人が自称しているだけで他者の証言も証拠もなく、幾度となく私たちを騙してきた過去から、もはや信憑性の欠片もないから。

その証として、おっさんの首には施錠付ベルトが硬く絞められ、その手綱は帝国騎士団小隊長フレンが握っているわけだが、フレンはおっさんのウザさなど物ともせずにキリリとこう答えた。

 

 

「レイヴンさんには、いざという時君の盾になって頂くので問題ない」

 

「問題大有りよ! 俺様の人権はどこへ行ったの!?」

 

「あるわけないでしょ」

 

「即答しないで、リタっち」

 

 

リタに冷たくあしらわれ、ガックリ項垂れるレイヴン。

しかし、繋がれた鎖は疎ましいのか、しつこく食い下がる。

 

 

「ねえ、そろそろこれ外してもいいんじゃない?

首輪のせいで、不思議少女をいじれ……でない、守れないよ」

 

「そうだな。おっさんを盾にしようにも、草木が邪魔でできないしな。

いっそのこと、そこの巨木にくくりつけて、大地の肥やしするのはどうだ。

桜の貞操守れて、世界のエアルと酸素の消費も減少、良いことづくめで大万歳だ」

 

「なんで、そこにおっさんの尊い生命を入れないの?」

 

「ねえねえ、皆、待ってよ。レイヴンって、弓矢使えるなら、囮に使えないかな。

虫とか、魔物が襲ってきた時、上手いこと引きつけてさ」

 

 

ユーリとフレンが非道徳的なレイヴンの用途を提案してたら、思い出したようにカロルが挙手した。

ラピード同様、今の今まで黙っていたのでわからなかったが、なんだかまたダングレスト到着時のように、身を小さくしてそわそわしている。

 

 

「カロル、ここにもあまりいい思い出ないの?」

 

「ここにもって、まるでボクに居場所がないみたいじゃないか」

 

「ガキんちょが誰が見ても分かるくらい、ビクビクしてるからでしょ」

 

「べべべ、別に、ボクは普通だよ……っ、え? あ、うぎゃあああ!?」

 

 

声を上ずらせて否定していたカロルだが、私たちの上を影が過ぎり、悲鳴を上げて身を伏せた。

影の主は、大きなカブト虫だ。

虫は私たちなどアウトオブ眼中で、優雅に天高く飛び、やがて見えなくなった。

 

 

「おっきな虫です」

 

「こんな大森林ともなれば、植物だけでなく虫も景気良いんだね」

 

「ありゃ魔物だろ。

しっかし、こんだけ鬱蒼としてると、どっから魔物が襲ってくるかわかったもんじゃないな」

 

「ダングレストを襲ったのと言い、魔物たち、いつも以上に狂暴になってるからね。

桜ちゃんも魔物に襲われないように、俺様の傍にいた方が良いよ」

 

「おっさん、刺すぞ」

 

「ひどいわ青年。俺様が健気にもこの身を張って、桜ちゃん守ろうとしてるのに」

 

「あんたはすべてが胡散臭いのよ。けどまあ、魔物には気を付けないとね。

カロルにとっては、虫なんだろうけど」

 

 

リタにジト目で睨まれたカロルは、ピクリと身を震わせた。

 

 

「やだなぁ、リタ。むむむ、虫なんて、怖くなんかないよ」

 

「目が泳ぎまくって、膝ガクガクしてる状態で、まだ強がる気?」

 

「試しに虫の大群へ突き飛ばしてみるか。

カロル大先生の根性の見せ所だぞ」

 

「ややや、やめてよ、ユーリ!

そうだよ、怖いよ! ボクは、虫が苦手なんだ!

あの節足動物独特の動きや、無表情なとことか、気持ち悪くて嫌なんだよ」

 

 

ユーリがからかってみたところ、ついにカロルが自ら吐露した。

続いて彼は私に共感を誘うつもりか、情けない視線を送ってくる。

 

 

「ほら、桜だって、女の子だし、虫なんて触ったこともないでしょ? 気持ち悪いよね!?」

 

「蚊なら素手で倒すよ」

 

「素手……!?」

 

「私の場合は留守番が多かったから、特に。

ゴキ○リ出てきた時は、1人で新聞片手に撃退しなきゃなんないし」

 

「お前、逞しいのな」

 

「虫を素手……!? 衛生面から考えて、非常に良くない。今後は避けるべきだ。

僕に言ってくれれば、君そんなことはさせないのに」

 

「個人の家庭事情のことで、そんなに悔しがられても……」

 

 

家庭に1人、虫退治フレン・シーフォ。これほど非効率的なフレン使用法があるだろうか。

彼に加えて、レイヴンもなんだか悔しそうだった。

 

 

「虫が平気だったとは、ちょっと誤算だったわ。

……虫をネタに、桜ちゃんとボディタッチのスキンシップ作戦は無理か。チッ」

 

「おっさん死ね。

カロルも虫が苦手なら苦手って、ちゃんと言いなさいよ」

 

「だ、だって……」

 

「リタの言う通りだ。オレたちは団体行動してんだよ。

いざ戦闘って時に、頭切替て戦えるなら話は別だが、そうじゃないんだろ。

皆に迷惑かけてまで、張らなきゃいけない意地なのか」

 

「……ごめん」

 

 

ユーリに淡々と諭され、カロルはしゅんと肩を落とした。

皆に迷惑をかけてまで。

自分に言わたワケではないのに、なんだか居た堪れなくなる。

大人しくなるカロルを見たリタはいじる気も失せたのか、ため息をつくと、鞄の中から1本のスプレーを取り出した。

 

 

「このアスピオ製撃虫水溶薬あげるから、これでなんとかしなさい」

 

「もらっていいの?」

 

「ユーリも言ってたでしょ、団体行動。戦闘になったら、あんたの面倒まで見てらんないの」

 

「あ、ありがとう」

 

 

思わぬ相手から厚意を受けたカロルは、感極まったのか目を潤ませる。

リタが「これでカロルは放置でOKね」と言う呟きが聞こえたような気がするが、折角の友情演出に水を差すのもいけないと思い、あえて聞かなかったことにした。

一方エステルは、カロルが殺虫剤を後生大事に抱える姿を見て、ふと疑問を口にする。

 

 

「あの、そのアスピオ製虫水溶薬、恐らく殺虫剤なのでしょうが、魔物の虫に通用するのです?」

 

「どうなの、リタ」

 

「多少は効くんじゃない? 道中や野宿の時にわいてくる虫がうざいと思って、持ってきたやつだし」

 

「ええっと、リタさん。野宿とかにわく虫って、たかが知れてると思うんですが」

 

「ど、どうなの?」

 

「うっさい! すがる様な目で見るな、ガキんちょ!

文句あるなら、スプレー使わずにコンジョー入れて戦えばいいでしょ」

 

「それが出来れば苦労しないよ……」

 

「意気地なし。アスピオ製虫水溶薬が実用的かどうか立証できれば、文句ないでしょう。

試しに、そこら辺の虫で試してやるわ」

 

「ほ、ホント? 助かるよ、リタ」

 

「アスピオ製虫水溶薬が使えるってわかったら、カロル、あんたを前線に立たせるからね」

 

「え、ええ~!?」

 

 

リタは震えるカロルからスプレーをひったくると、近くを通り過ぎるカブト虫目掛けて、容赦なく吹き付けた。

スプレーを受けたカブト虫は、まるで熱湯を被ったかのようにのた打ち回り、彼方へと逃げていく。

 

 

「ほ~ら、見なさい。効果テキメンでしょ」

 

「これでカロルを盾――、前線に立たせることができます!」

 

「ガッツポーズ取らないでよ、エステル!

それより今、盾って言ったよね、盾って!」

 

「安心して下さい、カロル。

貴方の屍を超えて、わたしたちは明日へ進んでいくのです」

 

「ボクが安心できる要素がどこにもないよ!」

 

「骨は拾ってあげるから、喚くんじゃない」

 

「待って、リタさん。前線って重要なポジションなんでしょう?

それをカロルにスプレー1本でってのは、物理的に無理があるんじゃ……」

 

「ていうか、さっきのは倒したんじゃなくて、追っ払っただけでしょ。

少年に前線託す前に、もうチビっと検証する必要があるんでない?」

 

「桜とレイヴンの言う通りだよ!

万が一ボク前線に立っても、倒れたら皆だってただじゃ済まないんだから」

 

 

私とレイヴンの冷静なフォローに、カロルは激しく頷いた。

特にレイヴンが珍しく助け船を出したことにより、カロルの尊敬の眼差しが彼へと注がれる。

レイヴンも気を良くして鼻高々になったが、フレンの背中にぶつかって、その鼻が潰れた。

 

 

「ったああ~っ! フレンちゃん、いきなり止まらないでよ。俺様の均衡性のとれた美しい鼻が」

 

「皆、静かに。……何か、聞こえないか?

 

「羽音か?」

 

 

ユーリの質問に答えたのは、微かに聞こえてくる耳障りな羽音だった。

鳥の声や木々のざわめきに交じって、徐々に大きくなる。

1匹2匹ではきかない、全身の肌に障るような騒音がまっすぐこちらへやってくる。

 

 

「桜、伏せろ!」

 

「あう!?」

 

 

ユーリは言うが早いか、私を引き寄せ、頭を押さえつけた。

間もなくして、頭上にけたたましい羽音と大量の影が通り過ぎる。

ドカドカと着地する音がして、顔を上げてみると、虫の大群が次々とご光臨されておりました。

人間サイズの節足動物大量発生に私は全身に鳥肌が立ち、カロルは石のように硬直してしまう。

 

 

「……ぅぁ…」

 

「しっかりしろ、カロル!」

 

 

ユーリがカロルの元へ駆けつけようとするが、大きなカマキリの魔物が間に立ち阻まれて叶わない。

虫はすぐさま無防備なカロルを見定め、鋭い鎌を振り上げたが、リタの放った火球が被弾し、弾き飛ばされた

 

 

「いきなり腰抜かしてないでんじゃないわよ、カロル!

戦えないなら、さっさと逃げなさい!」

 

「うわあわわっ。む、虫かいっぱい……!」

 

「ダメだ、こいつ! ユーリ、癪だけど、ガキんちょはあたしに任せて、あんたは桜を!」

 

「言われなくとも、そうする!……しかなさそうだな」

 

 

ユーリは傍らに私を置きながら、ざっと周囲を見回した。

空からの大量急襲によって、私とユーリ、リタとカロルとラピード、フレンとエステルとレイヴンで分断されたようだ。

頭数、いや戦力的に私とユーリが不利。

虫もそれくらいの判別はつくのか、大半がこちらにジリジリと押し寄せてくる。

 

 

「オレら大人気だな」

 

「いらない、そんなモテ期。

巨大節足動物に大群で迫られたら、カロルでなくても気絶する! いや寧ろしたい! させて!」

 

「桜……っ! 待っていてくれ、今そちらに行く!」

 

 

皇族エステルを守っていたフレンだったが、私とユーリが虫たちに追い詰められているのを目の当たりにして、一気に殺気を膨らませる。

日頃皆を恐怖のドン底まで叩き落としていた正義の狂気が、今ここに皆を救う希望の光となるか!?

フレンは剣の切っ先を虫たちへ定め、身を低く構えると、弾丸のように駆け出した。

――レイヴンを引っ張ったまま。

 

 

「瞬迅剣!」

 

「あだだだだ、ぐげへええ!?」

 

 

フレンの瞬きの剣が虫たちを次々に弾き飛ばし、彼に引き摺られるレイヴンが掘削機のように地面へ顔面から叩きつけられる。

その常軌を逸した現象を「人間の顔面って結構弾むんだな」などと呑気に眺めていたら、ユーリが素早く私の腰に腕を回した。

勢いよく抱き上げた弾みで、私の胸がユーリのそれにぶつかる。

 

 

「ちょ、ユーリ!?」

 

 

私の非難の声にユーリの眉端が跳ねたが、構わず横へ飛んだ。

私たちが立っていた場所へ視線を滑らせると、植物系の魔物が地面を割って、2体も出現。

図体は私の3倍くらいか、ひょうたんのようなフォルムの魔物で、体から生えた蔦の先にはハエ取り草のようなハサミがある。

しばらくユラユラしていた蔦は、間近の私たちを見定めると、一斉に掴みかかってきた。

 

 

「問答無用ってか。桜、後ろから離れるなよ」

 

「安心して、動けないから」

 

 

ユーリは私を下ろして刀を引き抜き、迫り狂う蔦を迎え撃つ。

私も動けないとは言ったものの魔物が襲ってくることに変わりはないので、ソーサラーリングでけん制。

しかし、ソーサラーリングは1回につき、1発。複数、広範囲発射は不可能。

連射して1,2体の動きを一時的に封じるだけで手一杯、ユーリも運よく蔦を切り落とせれば御の字で、魔物自体の数は減らない。

1体でも多く動きを止めようと頑張ってたら、ユーリが背中越しに私をチラ見した。

 

 

「それ、エアルを使うんだろ。……なんともないのか?」

 

「言われてみれば」

 

 

ユーリから問われて、初めて違和感がないことに気づいた。

リングに流れ込むエアル感じるが、何度撃っても不快感がない。

どうして? 前と何か変わった?

ほんの一瞬、右人差し指で輝くリングに目がいってしまった瞬間、肩にかけた学生鞄が宙に浮いた。

 

 

「ひゃっ!?」

 

「桜!」

 

 

独りでに浮いたんじゃない。

ユーリの攻撃範囲外から伸ばしてきた魔物の蔦の1本が、私の学生鞄を掴んで引っ張り上げたのだ。

鞄をかけた身体ごと、魔物に持っていかれそうになる私を、ユーリが腕を掴んで防ぐ。

 

私が攻撃の手を緩めてしまったせいで、ユーリの攻撃まで止まってしまった。

このままでは、2人とも蜂の巣だ。早く学生鞄を手放さないと、

でもこの中には、フレンがくれた回復アイテムや元の世界の手帳、携帯電話、学生証が

 

 

「ええい、ままよ!」

 

「おい、鞄!」

 

 

私が学生鞄を手放すの見て、ユーリが目を見開いた。

学生鞄だけ勢いよく釣り上げた魔物は、一瞬勢いが衰えたものの、しつこく私たちを追いかける。

ユーリは鞄ぶら下げた魔物を睨むと、意を決したように構えた。

 

 

「しゃあねぇ、片付けるか」

 

「やるの!?」

 

「このままじゃ、ジリ貧だからな。

2体同時は難しいけど、一発でかいの叩き込んで、怯んだ隙に逃げるくらいはできるだろ」

 

「どこへ? 下手したら、皆散り散りになって迷子になるよ」

 

「ラピードが見つけてくれるだろ。それに、フレンなら、お前がどこに居ようと飛んでくるさ」

 

「恐ろしいこと言わないでよ」

 

 

ユーリに言われて、ついフレンの方を見してしまった。

エステルに加勢しながらも、着々と私たちに群がる虫を切り払いながら、合流を図ろうとしている。

彼の一薙ぎで数匹を払うという常人離れの破壊力に、私はおろかユーリさえも顔を引きつらせるが、流石の説教魔人も数の暴力に梃子摺っているようだ。

 

 

「フレンには、あのまま雑魚掃除してもらおうかな」

 

「他の皆も周りの魔物を倒すので手一杯みたい。

……カロルは、まだ動けないのかな」

 

「生きてるだけでも万々歳だ。早めに切り上げねぇと、――伏せろ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

ユーリに再び頭を押さえられ、すぐ上を魔物の横薙ぎが空を切る。

睨みを外した途端、これだ。植物の魔物は隙あらば、長い蔦を振るってくる。

リーチ差を前に、私を抱えたユーリがどうやって一撃必殺を放つんだろうか

機会を伺うユーリが刀を強く握り直した時、思わぬ天の声がかかった。

 

 

「ユーリ!」

 

「フレンっ!?」

 

 

私たちの窮地に一筋の光を射したのは、またしてもフレンだ。

但し、援護を図ろうにも、障害になる魔物は未だ衰えてはいない。

いつものように空から突っ込もうにも、飛距離が足りない。

一体どうするつもりか、私の不安を他所に、フレンは予想を遥か斜め上を行く行動に出た。

 

 

「加勢を送る!」

 

「加勢を、送る? おい、お前、まさか――」

 

「レイヴンさん、お願いします」

 

「え? …―でえええええええ!?」

 

 

フレンは一寸の迷いもなく、レイヴンを投げた。

右手でレイヴンの胸倉を掴み、利き足を上げ、身体全身のバネを使って、渾身の力で投げ飛ばす様は、正にプロ野球の投手だ。

帝国騎士団小隊長の手によって、おっさんはおよそ時速160キロで空飛ぶ。

彼の風を切る音は、私の耳にまで届いたかもしんない。

 

 

「へぶし!?」

 

 

おっさんは2体の植物の魔物の内、私たちに近い1体の顔面に頭から突き刺さった。

その物理を超越した威力に魔物は耐えきれず、もう1体を巻き込んでひっくり返った。

 

 

「アデューレイヴンさん、貴方の命は無駄にはしない」

 

「いや、これはまずい……っ!」

 

 

レイヴンに敬礼を送る私とは正反対に、ユーリは焦燥を露わにした。

彼は一目散に踵を返して魔物に背を向けると、私を抱きしめ、大きく前へ飛ぶ。

 

 

「ぐ……っ」

 

「ユーリ!? うぅっ」

 

 

ユーリのうめき声が聞こえて、驚き顔を上げようとしたが、彼の胸でふさがれてままならない。

何かが彼を襲った!?

元いた場所へ視線を走らせると、将棋倒しになって混乱した魔物たちが、ありったけの蔦を四方八方にぶん回し、手当たり次第に木々を倒したり、引っこ抜いたりしていた。

 

 

「何このカオス」

 

「パニくって見境なくなった分、状況が悪化したな。

おっさん投げて寄越すフレンもあれだが、おっさんもおっさんで何しに来たんだ」

 

「レイヴンさんの犠牲は無駄に終わったのだ。

それより、ユーリ、背中に怪我したんじゃ」

 

「心配すんな、かすり傷だ。

おっさんには悪いが、助けに行く余裕はない。

早くこっから離れて……待て、なんかおかしいぞ」

 

「足場が波打ってる。……地割れ?」

 

 

揺れる足元に目を落とすと、一筋二筋の地割れが走っていた。

まさかと思い、亀裂の元を辿っていくと、未だレイヴン突っ込んだまま、大森林砂漠化運動に勤しむ2体の魔物の姿が。

その異様な光景に、ユーリは眉を潜めた。

 

 

「木を抜いた程度で、足元波打つほど地割れが走ったりするもんか?」

 

「アレクセイさんの言ってた植物の異常が道中の巨木みたいな急成長だったら、当然大きくなるための栄養が必要になるよね。

光合成にしたって通常より沢山の水を吸収しなきゃいけないから、地面の下では広範囲に根を張り巡らせている」

 

「リタも森に入った時に、んなこと話してたな」

 

「そう、それそれ。そんな木を抜いちゃったら、地面が空洞だらけのスポンジになっちゃうでしょう、

スッカスカの土台じゃ、土の負荷に耐えきれずにがペシャンコになったり、亀裂が走っちゃうんじゃない」

 

「冷静な分析能力。大したもんだ」

 

「冷静じゃない。微々たる基礎知識から、あらゆる可能性を搾り取ってるだけだ……!」

 

「実はわりと混乱してんのな」

 

 

私の仮説が正しかったとしても、地面の揺れは説明できていない。

血眼になって、原因を探していると、木々の間から青空と緑のコントラストなんつう眺めの良い景色……もとい、崖が見えた。

 

 

「なんだか、ヤバくない?」

 

「ああ、ヤバイな。走るぞ!」

 

 

ユーリが私の手を引いて駆け出そうとしたが、その前にガクリと一段地面が下がる。

地面が耐え切れず、どんどん下がっていき、崖の方に流れていく!

 

 

「っとと!?」

 

「ほらよ、と。しっかりしろ」

 

 

よろめく私をユーリが胸で受け止めるが、足場崩壊は止まらない。

みるみるうちに平地が坂になり、坂が彼方へ続く斜面へ。

ユーリが私を支え、手近にあった巨木の枝を掴んだころには、皆の立ち位置より低く、かなり引き離されてしまっていた。

 

 

「――い! 2人が!」

「誰か――けて!」

 

 

上の方で皆の声が聞こえるが、魔物の声と混ざって、よく聞こえない。

私は私で、ユーリの首にしがみついてるせいで、彼の息遣いが耳元に触れてそれどころではない。

逃げるように首を回したら、すぐ数センチ先に神妙な顔で上を見上げるユーリの顔と触れそうになって、更に心拍数が上がる。

私が1人勝手に右往左往している間に、ユーリは一変して表情を険しくした。

 

 

「な、何かあったの?」

 

「降りる」

 

「え」

 

 

ユーリはキッパリ答えると、枝を手放し、固まる私を両手で抱えて、斜面を下りた。

いや、落ちた。

斜面45度を超えようかと言う下り坂を文字通り滑り落ちる。

例えて言うなら、ジェットコースターの一番最初の下りだろうが、ベルトなどの固定装置がない上に、ユーリが足への過度な摩擦や木々などの障害物を避ける為に、ジャンプするもんだから、下手な絶叫マシンよりスリル満点だ。

死ぬほどに。

 

 

「うえええあああ!? お、落ちる! いや落ちてる!? なななんで!?」

 

「物は地面に落ちるもんだ。リンゴだって、木から落ちるだろ」

 

「この状況下で、ニュートンの万有引力語ってんじゃないよ!

自ら落ちる必要性を問ているのであって――あ。

うん、なるほど、説明してもらうまでもなかったわ!」

 

 

私は理解した。

遥か後ろ、坂の上の方から激しくバウンドしながら転げ落ちてくる植物の魔物2体を見て。

 

 

「魔物の大群襲ってくるわ、鞄盗られるわ、挙句この仕打ち。

絶対何か憑いてる……――ひっ!? ちょ、ユーリ!

こんな時に、変なところ触らないでよっ」

 

「悪い。もう少し持ち上げるかしないと、お前の胸が」

 

「私の?」

 

「……なんでもない。桜、横に跳ぶから、しっかりオレに掴まってろよ」

 

「う、うん」

 

 

私がユーリの後ろへ更に手を回すと、彼は大きく弾みをつけて、真横へ飛んだ。

背後を転がっていた魔物たちは、私たちの真横をかすめて、木をなぎ倒しながら彼方へ行ってしまった。

 

 

「行っちゃった、レイヴンさん」

 

「おっさんより、お前の鞄だ。後で回収しに行かないと」

 

 

ユーリは徐々に緩やかになっていく坂を小走りで下りながら、転がる魔物を目で追う。

だんだん木々が視界を遮り始め、彼が足を止めた頃は、静かな森林が私たちを包み込んでいた。

 

 

「ここまでくれば大丈夫だ。ほら、降りろ」

 

「あ、ありが……うああ、何これ、血!?」

 

 

ユーリから降りた際、自分の片腕に染みついた血を見て声を上ずらせてしまった。

 

 

「ユーリ、背中の怪我……!」

 

「袖に付いちまったか。まあ、水洗いで落ちるだろ」

 

「ちげえええええっ! 怪我、直さないと! あ、しまった! グミは鞄の中だった……っ!

そ、そうだ!これ、ハンカチあてたらマシになるかな」

 

「いいよ。ほら、自分の袖をよく見てみろ。あんまり血はついてないだろ、平気だ。

傷を治すにしたって、アイテムは鞄の中だ。さっさと拾いに行くぞ」

 

 

言うと、ユーリは回れ右して、魔物が転がった方へスタスタと歩き始めた。

慌てて追いかけた時に背中の傷を確かめたが、本人の言う通り、左程大きな怪我ではないようだ。

一応彼の目論見通り魔物も撒けたのに、他に思うところがあるのか、どうも様子がおかしい。

 

 

「ユーリ、待って。早い」

 

「ああ、悪ぃ」

 

「……ユーリ、怒ってる?」

 

「いんや。至って普通だよ。

愛想がないってんなら、お門違いだ。オレがそういうキャラじゃないって、よく知ってるだろ」

 

「そう? 愛想というか、皮肉振りまいてるキャラだってのは知ってるけど。

なんだか、いつもと違うっていうか」

 

 

私はフレンではないし、幼馴染ではないが、ユーリがいつもよりそっけないことくらいわかる。

さっきみたいに、魔物に襲われた後だというのに、さっさと私を降ろして先に行ってしまうところとか、彼らしくない。

そのまま指摘すればいいんだが、思い違いだったら恥ずかしい。

私が言いよどんでいると、ユーリはふと思い出したように口を開いた。

 

 

「お前、リタと同い年なんだよな」

 

「うん。私が16だから、リタもそれぐらいなのかな」

 

「やっぱり、発育部分が違うよな……」

 

「私をじろじろ見て、何をシミジミ納得してるのよ」

 

「気にするな。オレも落ち着……、いろいろ考えることがあったんだ。

別にお前が嫌で距離を置いてたんじゃないよ」

 

「やっぱり避けてたんだ」

 

「自覚がないなら、これ以上弁明するつもりはないぞ」

 

 

ユーリは珍しくムッとして、そっぽを向いてしまった。

男心はわからない。

結局怒っているのではないかと思いきや、彼の視線は私たちが降りてきた崖の方に向けられていた。

 

 

「バラバラになるのは覚悟してたが、かなり遠くまで来ちまったな。

桜、具合悪くないか。……大丈夫なのか」

 

「なんともない。ソーサラーリング使ってる時も、前ほど気にならなかった。

もしかして、いろんな経験を積んだお蔭で、だんだんエアルに耐性がついてきたのかも。

これが俗にいうレベルアップ!」

 

「不安を煽るようで悪いが、油断はするなよ」

 

「だよね。素人判断はダメだよね。リタさんに診てもらわないと」

 

「エアルのことは、リタに任せるとしてだ。

お前、また性懲りもなく、我慢してないか」

 

「いや、いたって元気だよ」

 

「オレが聞きたいのは、ダングレストの件だ」

 

 

苦笑いする私の胸に、ユーリの質問が鋭く食い込む。

やはりバレていたのか、彼は私をよく観察し、既に把握しているようだ。

ここで下手に「何のこと?」と問い返したら最後、彼は私の虚栄心の殻を引きはがしにかかるだろう。

だったら、とっとと話題を切り替えるに限る。

 

 

「大丈夫だよ。それより、鞄を――」

 

「皆に迷惑をかけるわけにはいかない」

 

 

私が道中頭の中で反復していた言葉を、彼は容易く音読した。

思考を読まれているのではないか、いや私がそれだけ浅はかなのか。

言葉に詰まる私の返事を待たずに、ユーリはうんざりしながら続けた。

 

 

「オレはそんなに頼りないか」

 

「そ、そんなことない。ユーリにはいつも頼りっぱなしで……っ!

て言うか、ユーリへの信頼と、私が皆に迷惑かけるのとは、何の関係もないでしょ」

 

「関係あるよ。お前は迷惑かけているつもりでも、こっちは頼られてると受け取ってんだ」

 

「よくわからない」

 

「オレはお前に迷惑かけられると嬉しい」

 

 

理解に苦しむ私に、ユーリは意味不明な発言で簡潔化を試みた。

結果、私は余計に混乱した。

 

 

「ユーリって、マゾ?」

 

「お前の判断基準は、そっちか!?」

 

「だって、誰だって、面倒や迷惑は避けるものでしょう。

そこを甘んじて受けて、あまつさえ嬉しいとか言うから、そーいう趣向なんだって考えちゃうじゃない」

 

「いや、お前だけだと思うぞ」

 

「私だけじゃないよ。誰だって、ユーリのそういうとこ、おかしいって思うよ」

 

「おかしい、オレがか?」

 

「私は何も持ってないのに、助けてもメリットがない、デメリットだけだもん。

……見返りもないのに、苦労して、怪我まで、なんで助けるんだって思うよ」

 

 

半場やけくそになって、私はスカートの端を握りしめた。

こっちが我慢しているのに、人の気も知らずにしつこく詮索して、意地悪しないでほしいとユーリにあたっているのかもしれない。

彼にそんなつもりはないのに、一度開いた口は堰を切ったように止まらなくなる。

 

 

「本当は私だって、分かってる。助けてもらってばかりじゃ、ダメだって。

甘えてばかりじゃ、いつか見捨てられるって」

 

「見捨てたりしない。カプワ・ノールでも話しただろう。オレは腹くくったんだ」

 

「そうだけど、私は違う。

役に立とうとしても空回りばっかりで、そのくせ簡単に死にそうになって、反って皆を振り回してばっかり。

そんなの迷惑……嫌になるに決まってるでしょ、自分が」

 

「……」

 

「せめて、泣き言言わないようにできることからしようって、決めて。

そしたら、ダングレストで人が……」

 

 

私はそこで呼吸が荒くなり、視界が歪んだ。

ああ、駄目なのに。

頭でわかっていても、目から幾筋もの涙が溢れ出てきてしまい、慌てて手で覆う。

 

 

「……ごめん。もういい。忘れて」

 

「忘れない」

 

「これ以上話したくない。話すことない。

……酷い顔になってるから、戻るまで向こう行ってる」

 

「そんなに顔を見られたくないなら、こうすりゃあいい」

 

 

ユーリはザーフィアス城の時のように私を両腕で包み込み、躊躇いなく胸にしまい込んだ、

私のの涙で濡れた頬が彼の暖かい胸板にぴったりと引っ付き、心臓の鼓動が自然と心を落ち着かせる。

私の顔も体も思考も全部、彼に支配されてしまう。

 

 

「これなら誰にも見られないぞ」

 

「こ、これって、まずいんじゃ」

 

「大丈夫。魔物もしばらくは出てこないさ」

 

 

そうじゃない。

男性が女性を真正面から抱きしめるって、傍から見たら、恋人同士に見えたりしないか。

この男、わかってやってるのか、素なのか。こちらからでは、彼の顔を確認できない。

彼の抱擁で落ち着いた体温と心拍数が、一気に上昇する。

ひそかに動揺する私の背中を彼は軽く叩いた。

 

 

「さあ吐き出せ。

オレで良けりゃ、泣き言だろうが、愚痴だろうが、悪口だろうが、何だって聞いてやる」

 

「ううん、いい。もういいから、放して」

 

「放さない」

 

「……テメェの胸板に涙擦り付けるぞ」

 

「既に染みついてるだろ。桜は相変わらず、無駄に頑張り屋だな。

頑固なフレンが、お前の気持ちを解きほぐすのに苦労するわけだ」

 

「フレンさんは解きほぐすどころか、ブレイク狙ってそうなんだけど」

 

「まあ暴走してはいるが、オレもフレンと同意見だよ」

 

「ええ?」

 

「怖いことも辛いことも、1人で抱え込むな。

感情のコントロールができるならいいが、できないから、こうして爆発したんだろ」

 

「う……っ」

 

 

実際、ユーリに突かれて簡単に泣いてしまった手前、何も言えなくなる。

黙っていると、ユーリがさらに強く抱きしめた。

 

 

「お前が悪いんじゃない。当たり前のことなんだ」

 

「当たり、前?」

 

「魔物とかエアルとか、術技なんて無縁の生活送ってたんだからな。

こっちに来て、平然としてる方がおかしいんだよ」

 

「……でも」

 

「ダングレストの結界魔導器の前でな。

実はオレも遠目で気づいたんだが、あそこで止めるのが限界だった。

嫌なもん、見せちまったな」

 

「ユーリ」

 

「甘いのは、オレの方だ」

 

 

ユーリは息を飲み、大きくため息をついた。

 

 

「旅を続けていれば、いつかは見ちまう。

この世界じゃ、間近で人が死ぬのは珍しいことじゃないってこと、お前にきちんと説明しなかった」

 

「私もわかってたつもりなのに、わかってなくて……」

 

「怖かっただろ、悪かったな」

 

 

ユーリの深くて優しい声と頭をなでる大きな手が、再び私の心を揺さぶって、涙が零れる。

次から次へと、止めどなく。

けれど、今度は隠さず流した。

 

 

「今もよくわからない。どこか遠い感じ。

でも、いつか私もああなるんじゃないかって考えると、急に体が冷たくなって……怖いんだって」

 

「お前はああはならないよ。言っただろ、オレや皆がついてる」

 

「うん。言ってた」

 

 

ユーリがとても近く、暖かく感じる。

彼が見守る中で、私は小さな子供のように、すんすん泣いた。

恥ずかしいとか、こんな森の中でとか、何もかも忘れて、中にあるものを全部吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。

鳥の甲高い鳴き声で、私は我に返った。

ここはケーブ・モック大森林で、皆と逸れた上に、魔物に鞄を持ってかれたんだ。

 

 

「……いけない。鞄、取りにいかないと」

 

「まだ大して時間は経ってないぞ」

 

「皆と逸れたままだもの。ダラダラしてはいられないよ」

 

「気は済んだのか」

 

「うん。お蔭さまで。……ありがとう、ユーリ」

 

 

私はお礼を言って、涙を拭いながらユーリの胸から離れた。

勢いに任せて、甘え倒してしまった。

こんな情けない私を見て、彼はどんな顔をしてるだろうか、恐る恐る顔を上げてみる。

 

 

「ん? どうした」

 

「えっと……」

 

 

見下ろす顔は、いつもと変わらぬケロっとした顔をしたユーリだった、

私の考えてることを隈なく読み取り、ヒステリーも嫌な顔せずに受け止めてくれる。

今更ながら、彼の観察力と包容力には、頭が下がってしまう。

 

 

「やっぱり、ユーリは大人だなぁって」

 

「いきなりなんだ」

 

「ううん。私はまだまだ子供だなって、思っただけ」

 

「……」

 

「何故そこで黙って、私をガン見するの?」

 

「いや、なんでも」

 

「露骨に目を反らされると、ものすごく怪しいんだけど」

 

「自分が子供だと自覚できたのはいいことだ。

大人の階段上れたな、お兄さんは嬉しいぞ」

 

「ユーリ」

 

「これからも我慢しないで、オレのことはお兄さんと思って、全力でこの胸に飛び込んで来い」

 

「生憎、私には兄などいない」

 

「じゃあ、親父かな」

 

 

ユーリに事もなげに言われて、私の中の甘い感覚が木端微塵に吹き飛び、苦い勘違いに代わる。

そうだ。常日頃、ユーリは父性本能とか何とか色気のないこと言ってたじゃないか。

私は何を期待していたんだ。

 

 

「急に黙り込んで。まだ吐き出し足りないのか。無理すんなよ」

 

 

複雑な心境でいる私を知ってか知らずが、ユーリは笑みを浮かべた。

ええ、実に、まさしく、まごうことなき意地悪そうな笑みだ。

この男ときたら、私の考えてることなど、お見通しだったのだ。

 

 

「ユーリの変態!」

 

「たあっ!?」

 

 

私は怒りに任せて、ユーリの露わになった胸に平手打ちをした。

そこそこ痛かったんだろう。かなり景気の良い音が森中に響く。

ユーリは赤くなった胸元をさすりながら、性懲りもなく私に尋ねてきた。

 

 

「ってぇな。 何怒ってんだ」

 

「ユーリがセクハラするからに決まってるでしょ!」

 

「おっさんじゃあるまいし、セクハラなんてするかよ。

……あのな、お前。怒るにしたって、セクハラとか、変態はないだろ」

 

「私に何を求めてるんだ。男心が分からんわ」

 

「そうだな。そうだよな。

お前が簡単に理解できたら、フレンだって苦悩しないよな」

 

「人がせっかく素直になってみたら、結局は私をおちょくって楽しんで。意地悪なんだから」

 

「そうそう、それだ!――て、うおおお!?」

 

 

私の発言がツボに入ったユーリがポンと手を打った時、銃声と共に彼の頬を何がかすった。

魔物!? ……いや、銃声がしたなら、ユーリを襲ったのは銃弾、相手は人か?

私たちに戦慄が走る中、すぐ近くの木の影から、一人の少女が姿を現した。

 

 

「見損なったぞ、ユーリ! 桜の姉御をいじめて泣かすとは!

それこそ、海の底深く見損なったわ!」

 

「パティ!?」

 

 

出てきて早々ユーリに銃口を向けてきたのは、海賊少女パティだ。

年は私より2,3歳下の金髪碧眼少女で、海賊ハットに制服と一見不釣合いで可愛らしいが、銃の腕前と容赦のなさは目を見張るものがある。

 

 

「あれ? でも、パティってユーリラヴだったよね」

 

「おいやめろ」

 

「照れるでない、ユーリ。うちとおぬしは、桜公認のカップルではないか」

 

「いつ認めた」

 

「知らない」

 

 

ユーリに物言いたげな目で睨まれ、私は大きく首を横へ振った。

パティとはカプワ・ノールで分かれたきりだが、マイペースな暴走っぷりは健在のようである。

ユーリと私が軽く混乱していようが、彼女の妄想は止まらない。

 

 

「うちが怒ったのは、ユーリが桜の姉御をいじめたからじゃ」

 

「いじめてねえよ」

 

「嘘をついても無駄じゃ。姉御の目がサンゴのように赤いぞ。あれは絶対泣かした後じゃ!」

 

「だから、オレが泣かしたんじゃねえって」

 

「いくらうちの旦那であろうとも、いいや! 妻帯者だからこそ、余所の娘さんを泣かすなど言語道断!」

 

「いつから、オレはお前の……はぁ。

桜、パスだ。適当に説得してくれ」

 

 

ヒートアップしてくパティの相手に疲れたのか、ユーリは早速匙を投げた。

彼には泣き言に付き合ってくれた恩もあるし、このままでは先に進まないので、あまり自信はないが彼の弁護を試みることに。

 

 

「パティ、勘違いさせてゴメン。

ちょっと辛いことがあって、愚痴の相手をユーリにお願いしてただけだから」

 

「愚痴? 桜の姉御、困ったことがあるなら、うちが力になるぞ」

 

「 え、ええと、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくわ」

 

「うちと姉御の仲ではないか。遠慮するでない」

 

「遠慮ってか、もう解決……――あ! 鞄!

私の鞄だよ。ほら、私がいつも肩にかけてた学生鞄があったでしょ。

それを魔物に持ってかれちゃって」

 

「ああ。あの姉御のデカイ鞄なら、さっき向こうで拾ってきたぞ」

 

 

「見つからなくて困っている」と続けようとしたら、パティが事もなげに問題の終止符を打った。

魔物が落としたであろう鞄をたまたまパティが拾ってきてくれたのか。

偶然はあるものだと感心する私を差し置いて、パティは木の裏から、ゴソゴソと何かを引っ張って、私たちの前に寄越した。

 

 

「おっさんと一緒に」

 

「レイヴンさん!?」

 

 

鞄と一緒に前に差し出されたのは、ぐったり疲弊したレイヴンだった。

フレンに投げ飛ばされ魔物に突き刺さった時はダメかと思ったが、目立った外傷がない所を見ると生きてはいるようである。

案の定、彼は私の声に気づくなり、バッと顔を上げた。

 

 

「桜ちゃん! 怖かったよ~っ!」

 

「おさわり厳禁」

 

「げぶし!?」

 

 

私に迫るレイヴンだったが、ユーリの鞘が頬に突き刺さり、阻まれてしまう。

そのユーリの険悪な態度たるや、流石のパティも空気を読んだ。

 

 

「リリースした方が良かったかの」

 

「しないで、美味しく召し上がって!」

 

 

パティに拳銃を向けられ、レイヴンは必至で懇願した。

「おっさんはいらん」と一蹴されると、今度はユーリに恨み節を向ける。

 

 

「酷いよ、青年。俺様、死ぬ気で桜ちゃんの学生鞄取り返したのに」

 

「おっさんがあの植物2体を倒したってのか」

 

「あったり前よ! すごいでしょ、俺様!」

 

「桜、中身を確認しろ。おっさんに、いくつかパクられてるかもしれないぞ」

 

「わかった」

 

「どこまで疑れば気が済むの。不思議少女の所有物を盗ったりしないって」

 

「私を攫ったことはあるよね」

 

「あ、うん。あるだけど! あるけどね! まだ引きずるの?って話!

調べればわかるけど、パクってないよ、ホントに」

 

「ふーん」

 

「信じてないのね。おっさん、悲しい。

まあ、魔物の方は誇張したよ。あんだけ弱ってたら、止めも簡単だったわ」

 

 

レイヴンの話が事実であれば、一応こっちの片はついたことになるのか。

私は鞄の中身を確認しながら、アップルグミを取り出すと、ユーリに差し出した。

 

 

「ユーリ。ほら、背中の傷に」

 

「食べさせてくんねえの」

 

「えぇ……」

 

 

ユーリにさも当前のように言われて、私は脱力した。

そういえば、エフミドの丘やカプワ・ノールのザギ戦いでも、彼は私に食べさせようとしてたっけ。

何か、意図があるんだろうが。

 

 

「冗談と受け取るわ。ほら、食べて。

放っておいたら、化膿しちゃうし、早く皆と合流しないといけないんだから」

 

「オレの口に放り込むだけの簡単な作業だ」

 

「あ、あのね……」

 

「桜の姉御がやりたくないなら、うちがするのじゃ! ユーリ、あーん」

 

「お、おい」

 

「おっさんもやったげる。青年、あーん」

 

「キモイぞ、おっさん斬るぞ」

 

 

少女と中年に迫られるユーリ氏、大人気である。

なんだか私、珍しく蚊帳の外に置かれているような気もするが、気分は晴れやかだ。

少し前の私だったら、余裕なんてこれっぽっちもなくて、皆の急き立てていただろう。

死ぬのが怖いのに変わりないし、そのことを考えて辛く感じる事もあるが、疲れた時にもたれかかれる場所があると改めて分かったからこそ、少しゆとりができたのかもしれない。

 

……とはいえ、真顔のユーリが本気でレイヴンを斬って捨てる前に、やはり皆との合流を急き立てる必要があるかもしんない。

刀に手をかけるユーリを私はやんわり止める作業に入った、

 

 

 

 

■続く■




24話です。
まず、後半が感傷的というかギャグではないですが、生暖かい目で見守って頂けるとありがたいです。
我慢する主人公とそれを揺さぶるユーリをやりたかったのですが、思いのほか長くなりました。グダグダしたくないけど、短過ぎると感情移入できないだろうし、あ、そうだ!長くした後にギャグを入れよう!……なんてした結果、わりと比較的長い物体になったのです。

やっぱり大森林収まりらなかった。
キャラが多いのと、描きたいことがいっぱいあって、うまくまとまらないです。
1話50KBで収めようとしても、軽く70KB近くいきます。
ユーリとのやり取りが楽しいので、尚更です。

次回は引き続き、大森林です。
中二病MAXになるかもしれない。
いいんだ。
技叫びながら放つテイルズぼ仕様自体が中二病なんだし、酔ったもん勝ちです。
それでは。


瑛慈 翔
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