明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第25話】止まっていた私の世界は

「帝国が娘1人を保護してるそうだ。

シャイコス遺跡の異変の第一目撃者か何だか知らねえが、参考人にしちゃ騎士団の動きがきな臭い。

肝心の最新情報も、噂が独り歩きした程度の眉唾もん。照合もつきやしねえ。

何よりおかしいのは、肝心の遺跡調査について何の話も入ってこねえのに、娘さんの存在感が異常にでかいってことだ。

ここは手っ取り早く、渦中の娘に接触したいところだが、帝国が釣り針垂らしてるって憶測も拭えない。

そこで、小回りの利くお前に白屋の矢を立てた。

件の娘さんを天を射る矢の元へ、丁重に持て成してくれねえか。いいな丁重にだ」

 

 

ザーフィアスの牢屋から釈放されて、間もない頃かな。

ダングレストの首領から、すご~く難題な命令が下った。

 

 

重要参考人の娘さんってのは、この前シャイコス遺跡から連れてこられてた女の子。

名前は確か、桜 如月という15、6歳の少女だ。

騎士団内のごく一部の管轄下にあるらしく、他は極秘、議会への報告は、飽くまでも「シャイコス遺跡の異変」がメイン。

 

 

 

って、話なんだけどね。

ドンのお察しの通り、娘さんがザーフィアスに来て早々、その存在は騎士団中に広まったそうだ。

無理もない。息苦しい城内に、外部の、それも年頃の女の子が下町の期待の星フレン・シーフォに親切丁寧に連れてこられちゃ、噂に箔がつくもんさ。

ほら、有名人のスキャンダルって、皆好きでしょ。

ギルド側の俺が知ってたのも、貴族街の騎士や牢屋で見張りがその話で盛り上がってたから。

 

 

 

これが笑い話で済ませればいい。

現実は厳しいもんで、この注目度上昇中の娘さんを使って、良くないこと考えるヤツが出てくるもんなの。

例を挙げれば、騎士団キュモールに、執政官ラゴウ。

 

 

 

私利私欲か、ただの好奇心のためか。

キュモールは例の娘さんに手を出して、ザーフィアス脱出の口実を作っちゃった。

ラゴウは法と騎士団の意向を無視してまで、娘さんを狙っていた。

 

 

 

何も帝国だけに、限った話じゃない。

紅の絆傭兵団だって、例の娘さんに興味があるって噂だ。

ラゴウが喋ったのか、騎士団の噂から引っ張ってきたのか、定かではないけどね。

あのデュークでさえも、裏で動き出してる。

 

 

 

例の娘さんの存在を追えば追うほど、芋づる式で帝国が、ギルドが、周りが渦巻いていく。

誰だって、その娘はどんな絶世の美少女なのか、はた又、とんでもない実力を秘めてるんじゃないかって期待すんじゃない?

 

 

 

でも、いざ会ってみりゃあ、普通の女の子。

 

 

一般常識があるかと思えば、ギルドや帝国、魔物やエアル、諸々知識に偏りがある。

危機的状況に陥ると、青年の背中に隠れることもあれば、非力ながらも小さな身体を張って果敢に挑むこともある。

エアルに弱い体質らしくて、少しでも濃いエアルに触れたら倒れてしまう。

 

 

 

……あ、うん、思い返してみれば、普通の女の子ではないね。

不思議少女って呼んでるわりに、一緒に行動してると、ついつい忘れてしまう。

だって、他の娘のように笑ったり、怒ったり、照れたりするんだよ。

 

 

 

「何度も死にそうになった女の子だよ」って言われても、ピンとこない。

そんな元気で一生懸命な女の子だからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

止まっていた私の世界は

 

迷走した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が真上に差し掛かった頃、私たちは未だ森の迷宮で立ち往生していた。

事の起こりは、ドンを追い、また大森林調査の為、ケーブ・モック大森林にやってきたことから始まる。

私、ユーリ、フレン、エステル、ラピード、カロル、リタ、レイヴンの6名と1匹、不審者1体は、森の探索途中、大量発生した魔物たちの襲撃に遭い、私とユーリだけ強制離脱してしまう。

 

久しぶりの2人きり。

当然、男女の間に何かあったわけだが、残念ながら恋愛的な発展はなかった。

なかったと思う。多分なかった。……なかったんじゃないかな。

 

リア充とは無縁の女子高生にとって、美青年ユーリは高嶺の花。

ときめくことはあれど、ラヴとか想像できない。

アイドル相手にキャ-キャー言ったり、妄想で恋人にすることはあれど、現実で恋人や夫婦として隣に置くなど別次元過ぎて、現実味がない言えば、伝わるだろうか。

 

男女の発展はともかくとして。

ユーリがあれこれ励まし、胸板を犠牲にしてくれたお陰で、私の中に凝り固まっていたストレスは見事発散された。

このまま清々しい気持ちでパーティ合流に臨む私たちであったが、ある人物と意外な再会、更に合流を果たすことになる。

 

 

1人目は、現在進行中でユーリの腕に抱きついて頬擦りしている海賊少女パティ。

淡いブロンドを三つ編みにした、海賊コスプレの女の子だが、幼い顔に似合わぬ老けた言動とピストル銃を操る。

見ての通り、ユーリLOVEのバイオレンス少女だ。

そして、もう1人。

「5大ギルドの天を射る矢の一員だよ」って、紹介されてもピンとこない。

そんな貧相で胡散臭いおっさんが、地面にぶっ潰していた。

 

 

「ユーリ。いくらレイヴンさんがしつこいからって、地面に頭ぶッ刺すくらい全力で殴ることないじゃない。

息の根止まるよ」

 

「いっそ止まってくれた方が良くないか」

 

「顔が怖いよ。ユーリ」

 

「お前もやり過ぎってんなら、オレにアップルグミけしかけてくるおっさん止めろよ」

 

「矛先が私の方に行くかもしれないもん」

 

「そん時はオレがぶん殴って止めてやるよ」

 

「……私が止めても、結末変わらなくない?」

 

 

ユーリが得意げに鞘を振り落とす様を見て、私は怒る気も失せた。

漆黒の艶やかな長髪を肩に流す美青年ユーリ・ローウェルはその度胸と腕っぷし、ずば抜けたその行動力で、幾度となく私を救ってきた。

逆に強引で、手荒、手早いとも言える難点は、こういった形で私を悩ませる事もある。

パティの方は、彼のそんなところにも惹かれたようだけど。

 

 

「ユーリは相変わらず男らしいの。強い男は大好きじゃ。うち、亭主関白もいけるぞ」

 

「未来ある少女が、オレみたいな男に熱くなんなよ。

せめて大人になってから出直しな」

 

「大人になるまで悠長に待ってたら、ユーリが他のオナゴに盗られてしまうではないか」

 

「あのな……」

 

 

皮肉屋なユーリも、少女相手に手厳しく振るわけにはいかず、やや参っているようだ。

これは、助け船を出した方がいいだろうか。

 

 

「パティ、あんまりユーリを困らせちゃダメだよ」

 

「お気遣い無用なのじゃ。ユーリは照れているだけなのじゃ」

 

「言っちゃ悪いけど、それストーカーの常套句だから」

 

「そんなことないぞ。ほれ、ユーリの美顔をよく見ろ。表情が緩んどるじゃろ」

 

「呆れてるね」

 

「ツンデレなのじゃ」

 

「デレが見当たらないんだけど」

 

「ユーリはクールだから、顔に出ないのじゃ。サメ肌のようにクールなのじゃ。

しかし、そこが良い!」

 

「はあ……」

 

 

私が遠回しに止めろと言っても、パティには伝わらない。

これで言ってわかるような娘なら、ラゴウの屋敷で手こずりはしなかっただろう。

さて、どうやって黙らせるか。

 

 

「あ、いくらパティがユーリのことを好いても、攻略は難しいよ。

ユーリ、年上が好みなんでしょう」

 

「誰がンなこと、お前に話したんだ」

 

「フレンさんが、ラゴウの屋敷に突入した時に。

ユーリもパティもその場にいたよね、忘れたの?」

 

「ああ、あん時の。ったく、フレンの野郎……」

 

「言われてみれば、ブチ切れたパツ金騎士が言ってたの。

あれがフレン、……姉御の旦那か」

 

「ちげえよ!」「恐ろしいこと言わないで」

 

「うむ。そいつの言う通り、ユーリが年上が好きなら、もちろん桜の姉御も対象外なんじゃな。ユーリ?」

 

「んー……」

 

 

パティが真っ当な切り返しをすると、ユーリは唸りながら目をそらした。

好みのタイプに年齢を持ち出せば、パティも引っ込むだろうと踏んだんだけど、この男は何を躊躇っているんだろうか。

ユーリにご熱心なパティも、彼の煮え切らない態度に疑念を抱いたようだ。

 

 

「なんじゃ。桜の姉御は、ユーリより年下なんじゃろ」

 

「オレが言いたいのは、年齢じゃなくてだな」

 

「ま、まさか! 桜の姉御はそのなりで、すっごい若作りしとるのか!?

普段は若いオナゴのフリして、夜はオトナの魅力でユーリを誘惑してるのか!?」

 

「な、なんだってーっ!?」

 

 

パティの妄想爆発に誘発されたレイヴンが、光の速さで復活して、私に詰め寄った。

 

 

「ホントなの、桜ちゃん?

キャラを使い分けて、青年の好感度を爆上げしてるの!?」

 

「んなワケあるかあああああ!

私のどこをどうひねり出せば、ユーリを落とせる魅力を絞りだせるんだよ、逆に聞きたいわ!」

 

「俺は騙されないよ。青年は桜ちゃんから大人の愛情を受けたからこそ、毎日身を粉にしてまで尽くしてるんだ。

昼は健気な少女、夜は艶かしい果実。う、羨ましい! 青年、おっさんと代わって!」

 

「誰が代わるか、おっさん、も一度地面に埋めるぞ。

桜は正真正銘16歳の乙女。どこをどう見たら、若作りにみえんだ。眼科逝って来い」

 

 

ユーリは暴走し始める2人にげんなりしつつも、改めて私の紹介をした。

ここまできて改めて年齢公表しなきゃならないほど、私は老けて見えるのか。

複雑な心境の私を見て、パティは?マークを飛ばすものの、レイヴンは冷静になったらしく、すぐに納得したようだ。

 

 

「だと思った。青年より年上にしちゃ、まだまだ熟してないもんね。

けど、乙女かぁ。それはそれで萌えるよ、おっさん」

 

「リタで燃えてろ」

 

「恋愛に情熱注ぐ気はあるけど、魔術で焼死する気はないよ。

リタっちも可愛いけどさ、俺に対して攻撃的じゃん、魔術的に。

桜ちゃんと同い年だし、身長や体格的はほとんど変わりないけどね、変わりはない、変わり………あ、変わりあったわ」

 

「変なとこガン見すんな」

 

 

突然真顔になるレイヴンに、ユーリの鋭い眼光が突き刺った。

私も嫌な予感がして、身を引かせると、パティが悟った顔で肩をポンポンと叩く。

 

 

「残念ながら、ユーリもおっさんも所詮は男と言うことじゃよ。

情けないとは思わんか、なあ、桜の姉御」

 

「いや何の話だか」

 

「おっさんはともかく、ユーリ! おぬしのような超絶美形が、小手先の誘惑に惑わされてはいかん!」

 

「ああ?」

 

「女の魅力は愛嬌じゃ! 見せかけの顔や安産尻、ましては豊満なむごっ!?」

 

「さて、雑談はおしまいだ」

 

 

何かを熱く語りだすパティであったが、ユーリが光の速さでその口を塞いだ。

パティを見つめる彼の平然とした表情から、有無言わさぬ威圧感が放たれている。

 

 

「パティ。わざわざオレたちとおしゃべりするためだけに、大森林に乗り込んだのか」

 

「むごご」

 

「何か重大な目的があるんだろ? あるんだよな? あるに決まってんだろ」

 

「むふう」

 

 

ユーリが言葉尻きつめに尋ねると、パティは首を大きく縦に振った。

露骨に話をそらされてしまったが、せっかくパティがユーリに口を塞れて恍惚……もとい大人しくなっているのに、こじらせることはないだろう

ユーリから解放された彼女は、ちょっと名残惜しそうな顔をするも、変わらぬ調子でこう答えた。

 

 

「宝を探しじゃ。うちは宝を求めて大森林に突入したのじゃ」

 

「ラゴウの屋敷の時も、宝探ししてたよね。その続き?」

 

「そうじゃ。アイフリードの宝を探しておる」

 

「あいふりー……? ユーリ、知ってる?」

 

「いいや。聞いたことねえな」

 

「アイフリード。テルカ・リュミレースの海を縦横無尽に暴れ回ってた大海賊だよ、桜ちゃん」

 

 

首を横に振るユーリに代わり、レイヴンが穏やかに答えた。

 

 

「正確には、ギルド"海精の牙"の首領なんだけどね。ドンに並んで、ある意味有名だった人物さ」

 

「"有名だった"ってことは、かなり昔の人なの?」

 

「かなりってほどじゃないけど、数年前にいたみたいよ。

最近見かけないから、もう亡くなったんじゃないかって噂になってる」

 

「……ま、そう言われとるの」

 

 

レイヴンの説明を聞いたパティは、表情を曇らせた。

彼女はアイフリードの関係者なのか。

海賊の格好をしているし、単身でおっかない執政官の屋敷や森に乗り込むし、ただの宝探しにしてはおかしいと思っていたが、そう考えると納得がいく。

 

 

「パティ、前は冒険とかどうとか言ってたけど、本当に宝探しが目的なの?

他に事情があるんじゃない?」

 

「桜の姉御は鋭いの。そうじゃ、うちの冒険は、ただの冒険ではない」

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「アイフリードの宝で一発当てて、大富豪になることじゃ! うちは海賊王になる!」

 

「どっかで耳にした名台詞吐いたぞ、この海賊娘!」

 

「巨万の富と栄誉を手に入れれば、ユーリを養うことなど、ボラを釣り上げるより容易いのじゃ!

ユーリ。うちの旦那になった暁には、一生左団扇の生活が待っとるぞ!」

 

「いや、いらねえわ」

 

 

ユーリは何のためらいもなく、パティの申し出を断った。

いいのか、ユーリ。

彼は一応カロルとのギルド結成でニート脱出予定とはいえ、収入の目途立ってないし。

 

 

「良い話だと思うんだけど」

 

「どこがだ。お前しつこくオレを無職扱いしてるが、魔物退治でもやりゃあ生活できる。

お前1人養うくらいどうってことねえんだよ」

 

「その割には、困った時はカロルの財布だって、聞いたんだけど」

 

「宵越しの金は持たない主義なんだよ。ていうか、誰だ、お前に余計な事吹き込んだ奴は」

 

「ホントだったんだ……」

 

「かま掛けたのか、お前。おいおい、マジで引くなよ。

アイテム買う時に手持ちがなくて、1回借りたくらいだって」

 

「やっちゃったなぁ、青年。女の子って、わりと現実的なんだよ。

金払いの良い男は持てるけど、金遣いの荒い男はねぇ?

さしずめ青年は、彼氏に良いけど、旦那はダメなタイプかな」

 

「おっさん……っ」

 

「うちは大歓迎じゃ! 今すぐ入籍してやる! ばっち来いユーリ!」

 

「お断りだ。パティ、お前は宝探しにここへ来たんだろ。

こちとら立て込んでで、お前に付き合ってる暇ねえんだよ」

 

「うむ。残念だか、いつまでも引き止めては悪いしな。

うちもそろそろ冒険を再開するのじゃ」

 

 

ご機嫌斜めなユーリが別れを告げると、パティはあっさり頷いた。

打って変わって物わかりのいい彼女に、肩透かしを食らってしまう。

回れ右して歩み出すパティは、ふと思い出したように、私たちの方に顔を向けた。

 

 

「寂しがらんでも、近いうちに必ず会える。

うちとユーリは運命の赤い糸で結ばれてるからの」

 

「そんな不吉な糸見たことねえよ」

 

「桜の姉御」

 

「ん?」

 

「次に会った時こそ、ユーリはうちのものじゃ」

 

 

パティは捨て台詞を吐くと、返事も待たずに森の奥深くに消えていった。

なんだこの安い少女漫画は……。

かき乱すだけかき乱して去って行った風雲少女に、私たちはしばし唖然としていたが、辛うじてレイヴンがポツリと口を開く。

 

 

「最近の女子って、すんごい積極的ね。ついていけそうにないわ」

 

「桜も、あれくらい積極的ならいいんだけどな」

 

「何に対して積極的になってほしいの」

 

「オレはいつでも大歓迎だぞ」

 

 

私の問いに対して、ユーリはどんと来いと胸を叩いて答えた。

ああ、この男、また性懲りもなくからかってんだな。

 

 

「あのさあ、ユーリ……」

 

「さあ、道草食っちまった分、巻き返さねえと。

――フレンがヤバイことになる前に」

 

「悪ふざけは止してよ。フレンさんだよ? あの世紀末説教魔神フレンさんなんだよ!?

話題にあげたら、本当に空から降ってきそうじゃないっ!」

 

「そうよ、青年! 気軽に怖い冗談吐かないで! フレンちゃんマジ魔神なんだから!」

 

「おっさんまで、脅かすつもりはなかったんだけどな」

 

 

私とレイヴンが一緒に怯えたら、ユーリが冷めてしまった。

こうして呑気に立ち話してても皆が駆けつけてくる様子はないとなると、まだ魔物と戦っているのか、私たちを待っているのかもしれない。

気を取り直して、私たちは皆と合流すべく森の中を突き進んでいった。

 

 

 

 

 

鬱蒼とした木々の間を縫い、草木をかき分け、時折足場の悪い傾斜や高低の段差に出くわした時は、ユーリやレイヴンに助けてもらいながら、険しい森の中を進む。

ザーフィアスから旅を続けてから、多少の体力と経験が身についたものの、まだまだ獣道には慣れない。

舗装されていないデコボコ道を歩き続けて、早くも足が痛くなってきた。

顔に出てしまったのか、前を歩いていたユーリが足を止める。

 

 

「少し休むか」

 

「まだ頑張れるよ」

 

「いいから休めよ。オレたちと違って、お前はエアルも考慮しなくちゃならねえんだ。

様子見ながら進まないと、あっという間に倒れちまうぞ」

 

「あ、そうだった」

 

「油断は禁物だよ、桜ちゃん。けれど、心配ご無用。

倒れそうになったら、遠慮なく俺様の胸に飛び込んでおいで! さあ今すぐ!」

 

「おっさんの胸に飛び込むのは、桜じゃなくて、オレの鉄拳だ」

 

「壁ドンならぬ、胸ドン!? おっさん、ときめく前に昇天しちゃう!

いいじゃん、少しくらい桜ちゃんとイチャイチャさせてよ。青年のケチ」

 

 

レイヴンはユーリに幾度も釘を刺されて不満いっぱいなのか、年甲斐もなくブーブー非難した。

フレンに引き摺られ、ぶん投げられて、魔物に振り回され、ユーリに撲殺されかけたってのに、このおっさん元気が有り余っているようだ。

私はというと、不思議なことにまだまだ余力は残っている。

 

 

「ねえ、ユーリ。私たちって、皆のいる方向へ進んでるんだよね」

 

「あいつらの居場所はわかんねえけど、目的地は森に入る前に、リタと打ち合わせしたからな。

とりあえず、そっちの方向へ進んでるよ。

通れる道を選んでるから、少し遠回りになってるかもしんねえが」

 

「奥に向かってるんだよね? 道、間違ってないよね?」

 

「大丈夫だって、疑り深いヤツだな。桜、何か気になることでもあんのか?」

 

「……なんていうか、エアルが全然感じられないの」

 

 

私がおずおずと答えると、ユーリも眉を潜めた。

レイヴンも私の情報は下調べ済みなのか、この一言を察し、キョトンとしてユーリへ視線を移す。

 

 

「青年、道間違えたんでないの」

 

「んなはずねえよ。崖から落ちる時に確認したからな。

けど、桜がエアルを感じないとなると、アレクセイが言ってた原因は別にあんのか?」

 

「それを調べに、ここへ来たんでそ。

リタっちがいないから理論的な分析は難しいけど、幸いこっちには桜ちゃんがいる」

 

「わ、私?」

 

「思い出してよ、ラゴウの屋敷でやってたヤツさ。あれって、エアルの流れを辿ってたんだよね。

皆の役に立ちたいんでしょ、やってみなよ」

 

「おい、おっさん。こいつを煽るな」

 

「そんな怖い顔するこたぁないでしょ、青年。

何もエアルの中に突っ込めって言ってるんじゃないしさ」

 

「どうだか。桜も、真に受けるなよ」

 

「どの道、俺たちは森を探索しなきゃならない。

なら、身を守る意味でもやって見るべきじゃない?」

 

「自分の身を守る?」

 

「蝶よ花よと大事にするのはいいけどさ。

俺たちが見守ってられるうちに、自分の身は自分で守る方法を覚えさせるべきだと思うよ」

 

「……」

 

「危ないと感じたら近づかない。

具合悪くなったら、俺たちが桜ちゃん担いで避難すればいい。……ね?」

 

 

調子よく話すレイヴン、しかしその目は真剣にユーリを捉えていた。

言うことは理に適っているが、相手はあの胡散臭い中年レイヴン、すんなりウンと言って良いものか。

しばしの沈黙の後、ユーリの大きなため息をついた。

 

 

「やるなら、オレが桜を担ぐよ」

 

「やってみてもいいの?」

 

「前回と違って、今回はオレがついてるからな。

だからって、無茶は――」

 

「やったね、桜ちゃん! 保護者からOKもらえたよ。

善は急げだ、早速行ってみよーっ」

 

 

ユーリ毎度の忠告を遮って、早速レイヴンが私に手を伸ばす。

やはりそうきたか。

私はとっさに後ろへ下がり、入れ替わるようにユーリがレイヴンを遮った。

 

 

「同じ手は食わねえよ」

 

「や、やだなぁ、青年。おっさん何かしたっけ?」

 

「その年で若年性健忘症か。なら尚更、うちのお嬢さんは預けられねえな。

桜もだ。やるなら、やるで構わねえが、本当にエアルは感じないんだな?」

 

「うん、何も。今なら、首の魔導器を外しても倒れはしないと思う」

 

 

ユーリが念入りに訪ねてきたので、改めて問題ないと告げた上、「試してみる」と首の魔導器に手をかけた時だ。

レイヴンとユーリが揃って顔を強張らせた。

即座にユーリがこちらに駆け寄ろうとしたが、それより早く、誰かが後ろから私の腕を掴み上げる。

 

 

「魔導器を外さない方が良い。

お前がエアルを察知できないのは、私が傍いるからだ。如月」

 

「お前、確か……デュークか!」

 

 

私の腕を掴んだのは、謎の男デューク・バンタレイだった。

長く緩やかなウェーブの銀髪に、職人が丹精込めて掘ったような美しい顔、スラリとした体躯を赤と黒の装束で包み込む、クールで優雅、そしてどこか浮世離れしたミステリアス風の美青年だ。

しかし、その中身は一度会っただけで分かる極度のコミュ障害、加えて目的も不明なため、言葉のキャッチボールが他より逸脱して痛い。

デイドン砦で私のことを詮索してきて以後、まともに会ったことがないため、ユーリも思い出すのに少々かかってしまう。

デュークが私の傍に現れるまで気付けなかったことに、苛立っているようだ。

 

 

「なんでもいい。うちのお嬢さんを返してもらおうか」

 

「できない」

 

「だと思ったよ。桜、少し手荒くなるが、しばらくの辛抱だ。おっさんも邪魔すんなよ」

 

「水臭いこと言わないで、俺も手伝うよ。こっちだって桜ちゃんに用があるんだ。

それになんつったって、お姫様救出なんて萌える展開、俺的に大歓迎だかんね!

……てことで、どうする、デューク?」

 

「構えるな。私はお前たちとやりあう気はない」

 

「うちのお嬢さん捕えた時点で、お前はオレにケンカ売ったんだよ」

 

「お前たちには、わからないだろう。

この大森林、特にこの辺りは濃いエアルが充満している」

 

「え……っ!?」

 

 

デュークがユーリたちへ冷淡に放った言葉に、私は耳を疑った。

今現在エアルを感じないのは事実だ。いや、待てよ。

彼は、先に"エアルを察知できないのは、自分が傍いるから"と言っていた。

 

 

「私が元気なのは、貴方が近くにいてくれたから?

貴方から離れたりしたら、たちまちエアルの餌食になるって事?」

 

「最初から、そう言っている」

 

「てことは、私が元気な時は常にデューク近くに潜んでたってことだよね。

………いつから、私をストーキングしてたの?」

 

「お前たちが崖から降りた時からだ」

 

「が、崖、降り…っ!」

 

 

見られた。

ユーリとのあのやり取りを、私が泣いているところ、私よユーリが抱き合ってるところをよりにもよって他人に見られた!

 

声にならない悲鳴を上げながらも、恐る恐るデュークの顔色を窺った。

デュークには、あの光景がどう映っていたのか?

彼は未だ澄ました顔で私を見つめている。

それが、まるで嘲るような、呆れて見下されてるように見えて、全身が沸騰するくらい熱くなった。

唯一事情を知らないレイヴンは、私の変化に疑問符を打つ。

 

 

「どしたの桜ちゃん、顔真っ赤にして?」

 

「べ、べべべ別に……っ、何も!」

 

「あ、あーっ! デュークにお尻触られたとか!?

こいつ、俺たちの前で白昼堂々痴漢とか、なんてアブノーマルなの!

まずいわ青年、このムッツリ変態エロから桜ちゃんの純潔守らないと!」

 

「いや……。多分、違うんじゃねえか」

 

「え? 何その反応。崖から降りた時、2人の間に何があったの?」

 

「こんな時に、持ち上げる話題じゃねえだろ」

 

「そして、私は如月の尻は触っていない」

 

「さりげなくオレの突込みに乗っかるなよ。

まあいい。てめぇは桜がエアルに侵されないよう、親切にストーキングしてたって言うが、こちとら意味不明なんだよ。

なんでてめぇの傍なんだ。

自分はエアルを退ける力があるなんて、バカなこと抜かすんじゃねえだろうな」

 

「自在に操る」

 

「は?」

 

 

デュークの答えに、ユーリが間抜けな声を上げた。

当然だ。エアルを退ける術があれば、魔導器専門家のリタがとっくの昔に私に施していただろう。

それを大きく通り越して、エアルを操るなんて。

 

 

「できるの?」

 

「できる」

 

「できるわけねえだろ、んな離れ業。

魔導器の知識がからきしのオレでも、それくらいの分別はつくぞ」

 

「元より、お前たちに理解を求めてはいない。

如月の安全が確保できれば、それでいい」

 

「まるで自分の方が上手く桜を守れると言いたげだな」

 

「お前はこれまで何度、如月を危険に晒した」

 

「何……っ」

 

 

デュークの不可解な切り返しにうんざりしていたユーリだが、これには眼元が吊り上がる。

私も彼に迷惑をかけている手前、黙ってはいられない。

 

 

「違う。私が危ない目に遭ったのは、私が無茶ばかりするからよ。

ユーリはいっつも助けてくれたんだから」

 

「違う。お前が危険な目に遭うのは、その男がお前を人間として扱うからだ」

 

「またそれ? デイドン砦の時も同じようなこと言ってたよね。私は正真正銘人間だってば」

 

「人間ならあるはずのエアルへの耐性が、お前にはない。

性質で言えば、人間より、始祖の隸長に近いだろう」

 

 

始祖の隸長。クロームが教えてくれた、テルカ・リュミレースの祖のことか。

彼女も同じような理由で、私が始祖の隸長に似てるとか言ってたっけ。

帝国騎士団の特別諮問官なのに、部外者のデュークのことを推していたのも、引っかかる。

何も知らないユーリは思案する私に代わって、デュークに食って掛かった。

 

 

「エアルに弱いからって、安易に人外扱いか。

こいつの素性や事情を知らねぇで、始祖の隸長だの何だの適当なこと決めつけるんじゃねえよ」

 

「事象はお前より把握している。如月は、人間社会に相容れない存在だ」

 

「え……? ちょっと待って、私、デュークの中では、社会不適合者扱いされんの!?

会話が出合い頭から殴り合いのあんたにだけは、言われたくないよ。

いろいろ苦労はしてるけど、私は平均的な社交性はあると自認してる!」

 

「私は、人間社会を捨てた」

 

「ひきこもり生活も悪くないよ的なリアクションすんなよ!」

 

「ひきこもってはいない」

 

「外に出るだけじゃ釈明にもならんわ!

コミュニケーション! 人との正しい言葉のキャッチボール! 叩けば響く社交性!」

 

「お前としている」

 

「できてねーだろ!」

 

「桜ちゃん。デュークの乏しい言動から意思疎通しちゃうなんて凄いね。

傍で聞いてても、三分の一も理解できないわ」

 

「単にあいつがオレらに対して消極的なだけだろ。

そんなにそいつとお喋りしたけりゃ、まずオレを説得してからにしろよ――っと!」

 

 

ユーリは右手で頭をかく振りをして、デュークの顔面目掛けて土を蹴りあげた。

会話がダメなら実力行使。彼らしいと言えるが、これは単にしびれを切らしただけか。

デュークが片手で土を防ぐと、ユーリは続けざまに鞘による突きを繰り出す。

狙いはデュークの腹部。デュークも見抜いて私もろとも後ろへ下がろうとするが、このリーチでは避けようがない。

彼には悪いが、これで解放される。

……と、胸を下ろしたのもつかの間、彼の詠唱が私の耳を掠めて、背筋に冷たいものが走った。

 

 

「ユーリ! 下がっ――」

 

「テンペスト」

 

「うおお!?」

 

「ユーリ!」

 

 

デユークが吠えると、ユーリとの間に竜巻が発生し、近くのあらゆるものを引き込もうと手を伸ばす。

デュークが後ろへ下がったのは、ユーリの攻撃を避けるためではなく、自身の魔術に私を巻き込ませない為だったのか。

彼はそのまま私の手を引いて、森の奥へと連れて行こうとする。

 

 

「ユーリになんてことするの!? いや、私行きたくない!」

 

「如月、お前は常に魔導器によってエアルに苛まれ、人間の都合で振り回されてきた。

人の生に合わない、すでに破綻している。……違うか」

 

「う……」

 

「んなもん勝手に決めつけんなって言ってんだろ!」

 

 

言葉に詰まる私に代わって、啖呵を切ったのはユーリだ。

立ち阻む竜巻に飲み込まれまいと、踏ん張っている。

 

 

「桜には、オレたちがいる。こっちの社会がどうこうとか関係ねえよ!

当人の気持ち蔑ろにして、引っ張り回してるテメェが正に桜を振り回してんじゃねえか!

てか、この風邪魔だ、進めねえ!」

 

「加勢するよ、青年!」

 

 

レイヴンは素早く弓矢を構えると、竜巻の中心根本付近に光の矢を放った。

矢が地面に突き刺さると、大きく弾け、竜巻が消滅する。

 

 

「おっさん、サンキュー!」

 

「フッ、俺様にかかれば、この程度の魔術……――あれれ? ちょ、青年、置いてかないで!」

 

 

そんなユーリとレイヴンの掛け合いが、背後から聞こえてくる。

デュークは既に私の手を引いて、既に森の奥へと駆け出していた。

銀色に輝く髪をなびかせ、風のように、彼はまっすぐ駆け抜ける。

彼の視線の向こうに何があるというのか、ユーリの声が遠くなるにつれて、不安が湧き上がってきた。

 

 

「ど、どこへ行くの?」

 

「私の話が事実であることをお前に証明する」

 

「いやな予感しかしない……」

 

「怯える必要はない。私はお前の味方。

他の始祖の隸長のような末路をお前に辿ってほしくないだけだ」

 

「だから、私はそんなんじゃないって!

問答無用で攫っといて、味方もクソもないでしょ……っ!」

 

「どうすれば、私の言葉にお前は耳を傾けてくれる。私を信用してくれる。

……あの男のようにすればいいのか?」

 

 

デュークが赤い瞳を伏せ、思案するように零したその一言に、私の心が跳ねる。

この不思議系美人がユーリのように? 何をバカなことを妄想しているんだ、私は。

1人邪な思いを懸命に振り払っていると、進行方向から淡い光が差し込んできて、我に返る。

デュークは私を連れて、その不思議な光を手繰るように進んでいき、やがて開けた場所に辿り着いた。

 

 

「これを見ろ」

 

「これって、エアル?」

 

 

デュークに促されて見たものは、先ほどの不思議な光の根源、エアルだった。

巨木の割れ目から光を放つエアルは、粒子となって根元から外へと放出している。

とても神秘的で綺麗な光景なんだが、どことなくヘリオードの結界魔導器をほうふつさせられた。

デュークはしばらく静かに私を眺めた後、ゆっくりと口を開く。

 

 

「本来、エアルは目視できない」

 

「しっかり見えてるよ、これ」

 

「エアルは高濃度になると、目視できる」

 

「え、ええ!?」

 

「動じるな。件のヘリオードほど濃いエアルは拡散していない」

 

「あの時、酷いエアル酔いしたけど、肝心のエアルは見えなかったよ」

 

「お前が、エアルの収束点の近くにいたからだ。

雨の中、コップを持っているだけでは雨水はなかなか溜まらないが、雨どいの排水先にコップを立てれば、勝手に雨水が溜まっていく。

つまりそういう理屈だ」

 

「よ、よくわからん」

 

「これは世界に点在するエアルの泉、エアルクレーネ。

水脈のように、地中を巡るエアルが地上に噴出したものだ」

 

 

となると、こんなに近くにいてはマズくないか。

思わず身を引く私の背中に、デュークはそっと手を添えた。

 

 

「私の傍に居れば、エアルに侵されない。

事実、高濃度エアルの近くに居ても、お前はエアルを感知できないだろう。

私はお前に嘘偽りは教えない」

 

「ホントに何も感じないけれども……」

 

「私と共に来い、如月。お前はもっと知る必要がある。

世界のこと、始祖の隸長やエアルのことを」

 

「やっとおいついたぜ、誘拐犯」

 

 

デュークが私に改めて手を差し出してきたところへ、遅れてユーリとレイヴンが駆けつけた。

デュークは即座に私を背に庇い、一振りの大剣を片手で引き抜く。

本来、これはユーリの役目なんだが、そのユーリはデュークと対峙、立場が逆転している。

残りのレイヴンの方はと言うと、私の後ろを見て、目をひん剥いていた。

 

 

「あれ、桜ちゃんの後ろに立ち上がってるのって、エアルじゃないの!」

 

「なのに、桜は至って元気。なるほどね、あいつの話はマジだったって事か」

 

「得心したか」

 

「ふざけるな。種明かしもしねえで魔術ぶっ放ち、桜を連れ去っといて、ドヤ顔するような奴を誰が信用するかよ」

 

「お前が先に仕掛けてきたから、術で脅したまで」

 

「あれが脅し?」

 

「テンペストって、風の上位魔術だよ。本来の出力で放てば、かすり傷じゃ済まないって、青年」

 

「ああ……、手加減してくれたってことね」

 

 

レイヴンの説明を受けたユーリは、溜息をつきつつ改めてデュークを睨んだ。

 

 

「なら、現在進行形で剣差し向けるのは、どういう了見だ。

コミュ障害に加えて、パワハラの素質兼ね備えてんのか。

そんな暴力亭主予備軍に、嫁入り前の大切なうちのお嬢さんをくれてやるわけにはいかねえな」

 

「剣を抜いたのは、お前たちと戦うためじゃない」

 

「青年、何かくる!」

 

「チッ! こんな時に……っ」

 

 

ユーリは舌打ちすると、レイヴンと共にデュークの視線の先を追った。

4人が注視する先、薄暗い森の中から、ガシガシと粗々しく地面をけり上げる音が近づいてくる。

 

 

「な、何!?」

 

「如月、私から離れるな。私の傍にいる限りは、誰にも触れさせはしない」

 

「言ってくれるぜ、ストーカー野郎」

 

「青年ってば、青筋立ててる場合じゃないでしょ。相手、多分1体じゃないよ」

 

 

レイヴンの指摘通り、例の足音に紛れて、地を這う音や羽音まで聞こえてくる。

悪夢再来か。

緊張が走る私たちの前に、木々や葉をまき散らして、複数の虫の魔物が湧いて出た。

カブト虫やカマキリ、蝙蝠や植物の魔物が十数体。

その中で際立って大きな虫が1体。それは巨大なサソリ型の魔物で、長い尻尾の先には鋭い針があり、私たちを見定めるようにユラユラ動かしている。

 

 

「いかにもボスってのが出てきたな」

 

「あれ倒したら、魔物たち引いてくれないかな」

 

「如月、それは難しいだろう。

魔物の暴走は、エアルクレーネから噴出される高濃度エアルが原因だ。

その上彼らは、お前たちが森で暴れたせいでひどく興奮している。

あれを叩いたところで、大人しくはならない」

 

「デュークはエアルをコントロールできるんでしょう。

エアルクレーネのエアルを押さえてみたら?」

 

「元々、私はその目的を果たすためにやってきた。だが――」

 

 

デュークが律儀に説明している最中に、魔物数体が襲い掛かってきた。

殺意の刃がデュークまであと少しと言うところで、ユーリの刀とレイヴンの矢が魔物ごと葬り去る。

 

 

「だがってことは、何か問題でもあんのか?」

 

「こうなれば、止む得まい。……魔物の数を減らせ。

この数の攻撃を避け、如月を守りながら、エアルクレーネを制御するのは難しい」

 

「この期に及んで、桜を守る一点は譲らねえのかよ」

 

「妬まないの、青年。ここは賢く共同戦線よ。

こっちの目的も同じようなもんでしょ。仲良くしようじゃないの」

 

「しゃーねえな、ったく。

どさくさに紛れて桜を連れ去る様なマネしたら、地の果てまで追いかけて叩き斬るからな」

 

「私の話を信じるのか」

 

「こいつを死なせたくないって点は、同じだろ」

 

「……わかった」

 

 

デュークはユーリの言葉を飲み込むように頷くと、先と同じく詠唱に入った。

 

 

「ハヴォックゲイル」

 

「んな!?」

 

 

デュークの声に応えて、魔物の群れ中に複数の竜巻が発生し、触れるものを切り裂き、押しつぶした。

リタの魔術は何度か見たが、先に見せたテンペスト、更には今の広範囲の魔術は初めてだ。

ユーリも思わず動きが止まるほどのようで、レイヴンに至っては口笛を吹いた。

 

 

「流石デューク。頼りになるわ」

 

「お前の道化に付き合うつもりはない」

 

「はいはい、さっさと働けってことね。わかりましたよーっ」

 

 

レイヴンはやれやれと肩を竦めながら、弓矢を構えた。

矢の切っ先は、未だ増援の続く虫たち、ではなく、上に向けられる。

 

 

「流れ星!」

 

 

レイヴンが放った矢は、その名の通り、流れ星のように輝いて、しかし緩やかに天高く舞い上がり。

……皆が見守る中、落ちてくることはなかった。

 

 

「レイヴンさん……?」

 

「ついでに、土竜なり!」

 

 

レイヴンの奇怪な行動に周囲が呆気にとられているのにも関わらず、おっさんは魔物たちの一歩手前に数本の矢を突き立てた。

……えっと。

 

 

「おっさん?」

 

「ごめんね。おっさん、乱戦苦手でさ。なるべく動かずに戦いたいの」

 

「あのな、おっさん……っ」

 

「大丈夫よ。青年接近戦好きでしょ。デュークと一緒に魔術で援護するし、仕込みも済んだから」

 

「仕込み?」

 

 

語尾に星飛ばす勢いでアホな事のたまうレイヴンに、ユーリが拳をプルプルさせていたところ、襲い掛かろうとしてきた魔物たちが軒並み爆破し、粉々に吹き飛んだ。

 

 

「……何あれ。地雷?」

 

「如月。あれは地面に魔術のこもった矢を放ち、敵が近づくと爆発する術式を展開したものだ」

 

「あーっ! それ、俺が桜ちゃんに説明しようと思ったのに!」

 

「エグい技持ってんな、おっさん」

 

「止めて、印象操作! イジメ、よくない!」

 

「レイヴンさん、アホな掛け合いしてる場合じゃないでしょ! 魔物、どんどん来てるよ!

早く応戦しなきゃ……っ!」

 

「大丈夫、大丈夫。

頑張って耐えてれば、そのうち流れ星みたいにキラッと光明が飛んでくるかもしんないよ」

 

 

ここまできても尚、レイヴンは気楽にこつこつと地面に矢を放ち続ける。

ユーリもストレスMAXかと思いきや、迫る魔物を捌きながら、苦笑を浮かべていた。

 

 

「流れ星ね。とんでもねえ賭けに出たわけだ。

森ん中で真昼間。流石のあいつも気付いてくれるか怪しいぜ」

 

「俺の土竜なりや、デュークの魔術でけん制している間は耐えられるでしょ。

できるだけ数減らして、数減らなかったら逃げればいいし。

上手くいけば一石二鳥、儲けもんってこと。とっとと気付いてくれないかな~っ、愛の力」

 

「あ、愛?」

 

「お前たち、何を話し……待て、何かがこちらへ近づいてくる」

 

 

私が首を傾げていると、デュークが弾かれたように魔物の群れへと視線を走らせた。

違う、もっと先、薄暗い森の中の奥深く。

彼は徐々に私たちとの距離を縮めてくる、一つの影を捉えていた。

私が目を見張った先で、影は魔物の前に躍り出るなり、天高く跳躍する。

 

 

「紅蓮剣!」

 

 

影の正体、フレン・シーフォは帝国騎士団のマントをはためかせながら跳躍すると、剣から大きな火炎球を放った。

火炎球が進行方向上の魔物を焼き払うと、彼は剣の切っ先を群れに定めて、低く構える。

 

 

「瞬迅剣!――獅子戦吼!」

 

 

突進して魔物を弾き、続けざまにタックルで目前の数体浮かせて、獅子の闘気で遠くへ吹き飛ばす。

正確かつ豪快、迅速な動きで魔物を屠ったフレンは、障害がなくなるや否や、まっすぐ私の元まで駆け出した。

その様は、魔物たちがビビるほどの殺戮を見せた鬼神とは打って変わって、帰宅した主人を出迎え飛びつくワンコそのままだ。

 

 

「桜、無事だったかい? 怪我は? エアル酔いは? 具合は悪くないかい?」

 

「あ、ちょ、ペタペタ入念に調べなくても、私は大丈夫です。

フレンさんが無事ってことは、他の皆も?

よく私たちの居場所がわかりましたね」

 

「皆無事だよ。僕の後を追ってきているはずだ

不思議な流れ星を目印に行ってみたら、君の姿が見えてビックリしたよ」

 

 

なるほど、レイヴンの一発目の矢が功を奏したわけだ。

昼間で光がかき消される上に、木々に遮られて空もよく見えない状況で、よく見つけたものである。

 

 

「愛だわ。俺様の愛が届いたんだわ、フレンちゃんに」

 

「レイヴンさん、刺しますよ」

 

「にこやかに青年みたいな事言わないで!

おっさんのお茶目なジョークは、笑って流すもんよ!」

 

「わかりました。次から、笑って斬り捨てます。

ところで、桜。君の隣にいる人は誰かな?」

 

「ああ、この人は……」

 

 

フレンにデュークの存在を促され、私は返事に詰まった。

実はデューク、帝国騎士団、というかフレンに、カプワ・ノールで私の入浴をのぞき見した容疑をかけられているのだ。

但し、現行犯ではなく、物証もない。

デュークがのぞき容疑をかけられた要因は、遠目から見えた犯人の後姿が彼の容姿に合致しただけ。

確証としては弱いとはいえ、一応容疑は容疑。更にこのコミュ障害である。

この混乱時、下手にデッドボールかまして、正義の狂人とスーパーミステリー男とでドンパチされてはたまったものではない。

 

 

「味方です。実は彼もエアルの異常の為に、森へやってきたんですが――」

 

「フレン! さっさと手伝え」

 

「フレンちゃん、ヘルプ!」

 

「…――というわけで、詳しい話をしている時間はありません。今は魔物をなんとかするのが先です!」

 

「そのようだね。

すみません、そこの貴方。どこの何方かは存じませんが、魔物殲滅と彼女の護衛にご協力お願いします」

 

「お前は……まあいい、元よりそのつもりだ」

 

 

デュークはフレンに何か言いかけたが止めて、要望に応えるべく再び魔術を解き放つ。

フレンの加勢もあってか、ユーリの火力と立ち回り、レイヴンの状況に応じた援護射撃に加えて、デュークの広範囲魔術が次々と魔物を退けていく。

これでリタたちが駆けつけてくれれば、一気に畳みかけることができるだろう。

 

 

「皆、気を付けろ、来るぞ!」

 

 

私の気持ちが前に出かけたところへ、ユーリが冷水を浴びせてきた。

気付いた時には、あのサソリの魔物が大きく跳躍し、地響きを上げて私たちの目前へとダイナミック着地を披露。

近くに居たユーリたちが仰け反るのを尻目に、サソリの魔物は尻尾をあらん限り上へ伸ばして、よりにもよって一番弱い私の頭上へ振り下ろしてきた。

 

 

「桜、避けろ!」

 

「……!」

 

 

動けない。

あまりにも唐突過ぎて、自分に降りかかる魔物の尻尾を見てからの、その次の行動に移れない。

逃げる隙、今から足を動かしても、もう間に合わない。

死を前にして、立ちすくむ私の視界をデュークの背中が遮った。

次に鉄を打ちつけるような硬い音が、頭上に響く。

 

 

「避ける必要はない」

 

「デューク……っ」

 

 

顔を上げると、デュークが剣で、私の腰回りほどある巨大な尻尾を受け止めていた

寸でのところで、デュークが剣を盾にして私を庇ってくれたのか。

このファインプレーに、剣呑だったユーリも思わず歓声を上げる。

 

 

「ナイス! 大したもんだ!」

 

「……」

 

「あ、ありがとう」

 

「礼はいい。が、しかし……」

 

 

デュークは言葉区切って、圧し掛かる尻尾、次に魔物へと視線を滑らせた。

魔物は攻撃を防がれたのにも関わらず、デュークごと押しつぶそうと、執拗に尻尾で圧力を加え続ける。

当人は至って涼しい顔をしているが、剣を払えず、動けずに均衡しているようだ。

 

 

「意外とデュークピンチ? あの人の魔術なしでこの数は、かなり大変よ」

 

「なら、おっさんかフレンが魔術応戦に切り替えろよ」

 

「ユーリ。悪いけど、詠唱時間と対象個数を考えると、それは効率的ではないよ。

僕は彼ほどの広範囲型の攻撃魔術は持ち合わせていないし、レイヴンさんもそうでしょう」

 

「仰る通り、大した持ち合わせはないね。

ったくもう、フレンちゃんは颯爽と駆けつけてくれたのに、爆裂少女リタっちはどーしちゃったの。

こういう時こそ、日頃皆の肝を蹂躙し、暴虐の限りを尽くしてきた狂暴性の成果が問われる時だってのにさ、まったく」

 

「……――ゥフレイムドライブ!!」

 

「ぎゃああああああ!」

 

 

甲高い雄たけびと共に、森の奥から真横に立ち上った火柱が、レイヴンのの鼻先を掠めて、魔物たちを薙ぎ払った。

レイヴンが咄嗟に仰け反らなければ、魔物と一緒に火だるまだっただろう。

続けて、一人の少女が茂みから飛び出し、鬼の形相でレイヴンの胸倉を掴みあげた。

 

 

「なんで避けるのよ、おっさん。

日頃あんたの肝を蹂躙し、暴虐の限りを尽くしてきたあたしの狂暴性をあんたが身をもって証明するんじゃなかったの?」

 

「し、死ぬかと思った……っ!

善良な一般おっさん〆てる時点で、十分リタっちの粗暴さが証明され……ぐぎぎ、苦しいって、ギブギブ!」

 

「リターっ! わたしを置いていかないで下さい!」

 

「フレンもリタも、先々行かないでよぉ!

……――て、ギャーッ! 虫の山ぁあ! げふ!」

 

「いい加減慣れなさい、ガキんちょ!」

 

 

リタに続いて、エステル、ラピード、カロルがワラワラと集結し始める。

カロルは虫の大群を直視して再び昇天しかけたが、リタのゲンコが正気へと引きずりだした。

 

 

「もう! 殴ることないじゃないか!

フレンを追いかけてたら、また魔物の大群とか……っ! ユーリたちはどこにいるのさ」

 

「フレンの行った先に、必ず桜がいるはずです。

桜はどこにいるのです!?」

 

「皆ーっ! こっち!」

 

 

私が手を振って答えると、やっと気づいたのか、エステルは指を指して皆に知らせる。

 

 

「いました。あそこ、魔物たちに囲まれています!」

 

「ホントに桜いた。……よかった、元気そうで…――てええええっ!

あんた! あんたの後ろにあるの、エアルの塊じゃないの! 早くそこから離れなさい!」

 

「リタさん、落ち着いて。事情があって、大丈夫なんです」

 

「そんなはず、……あるわね。あんたの顔色見たらわかるわ。

しっかし、あのアホ騎士、ホントに桜の居所突き止めるなんて、犬っコロ顔負けの嗅覚してわね」

 

「愛ですよ。愛! 桜とフレンの愛が引き合ったのです!」

 

 

エステル、悪いがそれはおっさんの愛だ。

彼女たちが総じて気付かなかったところを見ると、やはり、レイヴンの呼びかけの矢は、高難易度且つ低確率の賭けで、気付いて飛んできたフレンが奇跡……もとい異常だった。

ユーリは迫る魔物を片っ端から捌きながら、加勢に激を飛ばす。

 

 

「お前ら、ボサっとしてないで手伝ってくれ!

見りゃわかるが、デカイののせいで、桜がヤバイ」

 

「わかってる。あたしが雑魚掃除してる間に、あんたたちはそのデカイの片付けて!

んでもって、そこの初対面の銀髪男! ユーリたちがそいつ倒すまで踏ん張るのよ!」

 

「造作もない。早くやれ」

 

 

リタの命令に、デュークは無愛想に承諾し、均衡状態を保つ。

この男、たった1人で魔物の攻撃を耐え続けても顔色一つ変えないなんて、もしかして、動けないのは魔物の方で、デュークは1人でこいつをひき付けているのではないか。

そんな考えが過るも確かめる術も時間もなく、戦況は好転し、ユーリたちの総攻撃でサソリの魔物は仕留められた。

自由になったデュークは、数の減った魔物たちを見、次にエアルクレーネを見定める。

 

 

「そろそろか」

 

「……何かするの?」

 

「如月、その眼でよく見ていろ。

これから、森に円満しているエアルと、エアルクレーネを抑制してみせる」

 

 

デュークは言うと、片手に握られた剣を高く振りかざした。

するとどうだろう、デュークを中心にして波紋を描くように、空気が澄んでいく。

エアルクレーネから放たれる粒子が徐々に減っていき、不思議な光も小さくなっていった。

目に見えてエアルが引いていく様子に、魔導器専門家リタは驚愕に打ち震えてしまう。

 

 

「嘘……っ! エアルを抑えてる。

ううん、これだけ広範囲となるとコントロールしてるの?」

 

「虫たちも皆帰ってくよ。エアルが引いたからかな」

 

 

カロルの言う通り、エアルが薄くなるにつれて、私たちを取り囲んでいた虫たちは蜘蛛の子を散らすように森へと消えていく。

デュークは魔物たちの背中を見送り、森が静まり返ったところで剣を降ろした。

 

 

「一定量までエアル濃度は下がった。これで如月も自由に動けるはずだ」

 

「そうなの? えっと……うん、全然平気」

 

 

デュークに言われて、彼からそろりそろりと離れてみたが、なんともない。

頭も痛くならない、だるくもない、寧ろ森に入った当初よりも清々しく、木々のさざめきや肌をなでる風が気持ちいい。

きょろきょろする私を見守っていたデュークだが、不意に視線が私から逸れる。

赤い瞳が捉えた先には、いつの間にか私の隣にやってきた男ユーリの姿があった。

 

 

「うちのお嬢さんは、返してもらうぜ」

 

「お前のものではない。……が、いいだろう。連れていくがいい」

 

「あらら、やけにすんなりね。

てっきり、俺たちを魔術で蹴散らして、強引に掻っ攫うと思ったのに」

 

「如月が望まない」

 

 

デュークの思わぬ回答に、私たちは顔を見合わせた。

 

 

「ま、まあ、一方的に誘拐されるのは嫌だけど」

 

「さっきと打って変わって、随分譲歩してきたじゃねえか。

魔術や剣の腕前といい、エアルを操るって言う――」

 

「エアルを操るって、その剣よね? あたしに見せてよ!」

 

 

ユーリの話を遮って、リタが目を輝かせてデュークに詰め寄った。

彼女がこういう反応をする時は、大体魔導器絡みなんだが、エアル抑制時に掲げられたデュークの剣は魔導器なんだろうか。

低身長美少女にがっつかれたデュークは、動じることもなくシレっとこう返した。

 

 

「断る」

 

「それを調べれば、ヘリオードの結界魔導器の暴走や、エアルの乱れを止められるかもしれないのよ。

そこに湧き出てるエアルを抑えたみたいに!」

 

「ヘリオードの結界魔導器。あれはひずみ、当然の現象だ」

 

「結界魔導器が暴走するのは、当たり前ってこと……?」

 

「私にはこの剣で果たさなければならない約束がある。

お前たちの勝手な理由で、預けられない」

 

「勝手って……!」

 

「では、私たちにご同行願えませんか」

 

 

と、今度はフレンが、唐突にパーティ勧誘をしてきた。

リタの希望を汲んで、本人諸共の引き入れるつもりか。

戦闘の腕は確かだから、仲間にして申し分ないかも……などという、私の淡い期待は、次のフレンの冷たい発言で砕かれてしまう。

 

 

「デューク・バンタレイ。

軽犯罪法違反の容疑がかけられています。取り調べのため、私とご同行願います」

 

「軽犯罪法違反……?」

 

 

フレンが事務的に言い渡した半強制的な申し出に、デュークは眉をはねた。

カプワ・ノールの風呂のぞきの件か? いつの間に、フレンにバレたんだ!?

デュークの目立つ容姿で推測したのか、ユーリ辺りが話したのか、レイヴンはわからないが、他の皆はデュークと初対面のはず。

……あ、私、気づかないうちに、デュークの名前を呼んでたかもしんない。

後悔しても後の祭りだ。フレンの訊問は止まらない。

 

 

「数日前、カプワ・ノールの宿屋ポルックス・Nで、彼女、桜の入浴をのぞいた疑いをかけられています。

犯人は2名、うち1人は海に……見失ってしまったが、もう1人は貴方の姿に合致しています。

心当たりはありませんか」

 

「カプワ・ノール、宿屋……やはり、お前はあの時の騎士か。

確かに、お前の言う1人は私で間違いない」

 

「何!?」「やっぱりお前かよっ!」

 

 

真っ向から肯定しやがったわ、このパツ銀。

変なヤツだが、真剣でクールなこの美丈夫に限って、下心はないと思うけど……。

妙に冷静になってしまう私とは正反対に、皆、特に保護者2名とリタから強烈な殺意が放たれる。

デュークは3名から命一杯の殺る気を受けても眉ひとつ動かさず、私に1つ問いかけてきた。

 

 

「如月。お前が直接見たのぞきは2人いたか?」

 

「直接? うーん。のぞかれて気が動転していたし、遠目で顔はよく見えなかったけど。

摩り窓に映ったのは……ひとつ、1人分の影しかなかった」

 

「そう。お前の入浴をのぞいた男は1人しかいない。

私はたまたまその現場に居合わせ、逃走に巻き込まれただけだ」

 

「証拠は?」

 

「所用があって、東の船着き場にいた。当時宿屋の前で暇をしていた漁師か、船番に聞けばわかる」

 

「フレン。この人、デュークの話は事実なのです?」

 

「当時はラゴウの件や桜の護衛がありましたから、満足に聞き込みや現場検証はできませんでした。

ただ言われてみれば、私は逃げる背中を追っただけで、彼がのぞいている現場を確認してはいません」

 

「んじゃ、こいつ犯人どころか、貴重な目撃者じゃないの。

犯人の顔見たんでしょ。一体誰よ、その早死にしたいバカは」

 

 

殺気みなぎるリタに再度詰め寄られたデュークは、黙って視線を逸らした。

いや、逸らしたのではなく、誰かを見つめている。

慎重に彼の視線を追っていくと、忍び足で逃走を図るレイヴンの背中に行き当たった。

 

 

「おい、おっさん」

 

「やだ、青年ったら。怖い顔して、幼気なおっさん睨み殺さないで」

 

「あんたみたいな下種な中年が、可愛いわけないでしょう、キモイわ!

逃げるってことは、自分が真犯人だって認めるわけね?」

 

「ご、誤解だってば、リタっち! ちょっとドンのことが気になっただけだよ。

デュークも人違いじゃないの? 俺、その時はラゴウの屋敷に忍び込むために情報収集してたって」

 

「……」

 

 

レイヴンがすがる様な視線を送るも、デュークは黙って見つめ返すだけ。

一寸もブレない冷たい眼差しを受けたレイヴンは、こめかみに一筋汗を垂らしつつも、弁明を試みた。

 

 

「何よ、皆よってたかって、おっさん疑うなんてヒドイわ。

ラゴウの屋敷や魔導器の情報提供してあげたのに……っ!」

 

「ラゴウの屋敷については、おっさんの方が詳しかったし、事前調査くらいしてて当然か」

 

「そうそ。頑張ったんだから~っ。青年、物わかり早くて助かるわ」

 

「教えてもらった割には、結局正面突破になったんだよな。おっさんが桜を攫って」

 

「あん時は悪かったと思うよ。でも、結果的に屋敷に入れたでしょ。

翔ちゃんも五体満足で戻ってきたんだから、いいでないの」

 

「エアル受けて疲弊してたじゃねえか」

 

「んもーっ、過ぎたことをグジグジと。

青年ってば、顔は良くても、そんなんじゃモテないよ。

おっさんがイイ男ってのをレクチャーしようか」

 

「ところで、桜のバストはどんくらいだった?」

 

「見えるわけないじゃん、腕とタオルで隠……」

 

 

ユーリとトントン拍子で会話していたレイヴンが、壊れた時計のように止まった。

そして時も止まった。

皆の視線が、石のように固まるレイヴンへと集中する。

耳が痛くなる様な静寂の後、正義の執行者が一歩前に出ると、レイヴンは電撃を受けたように身を震わせた。

 

 

「レイヴンさん。……よろしいですか?」

 

「フレンちゃん、笑顔が怖い。桜ちゃんに嫌われるわよ……っ」

 

「お気遣い無用です。こうして彼女を背にして、見せないようにしていますから」

 

「ちょ、ちょっとした好奇心だったの!

一目見てみたかったのよ。噂の不思議少女がどんな娘なのかな~って!」

 

「それで見に行った先が、風呂の窓だってか?

えらく辺ぴな場所をチョイスしたもんだな。下心が透けて見えるぜ」

 

「ちょっと、捻りを入れてみたの。

ところで、青年、拳鳴らしながらにじり寄るの止めてくれる? 心臓に悪いから。

信じてよ。下心なんてない、ホンットーに、純粋に、好奇心で桜ちゃんを見たかったの」

 

「バカっぽい。動機はどうあれ、のぞきでしょうが」

 

「見えなかったから未遂だって……リタっち? 何で構えてるの?

まさか痛くて熱いやつなの? 魔術でファイアーなの? 灼熱の業火でおっさんバーベキューなの!?

私刑はよくないよ! 暴力反対! 帝国騎士がすぐ隣にいるでしょ!」

 

「お構いなく。わたしもご一緒しますので、皆でやってしまっても問題ありません。

黙殺しますので、心置きなく逝って下さい」

 

 

エステルのお上品なスマイルを合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。

修羅と化した4名が、おっさんに無慈悲な物理攻撃と徹底的な魔術を降り注ぐ。

被害者である私はと言うと、怒りどころを見失い、おっさんが集団リンチに遭うと言う教育上よろしくない光景をカロルとラピードと並んで傍観していた。

 

 

「止めた方が良いのか。いや、私で止められるのか」

 

「放っといて良いんじゃない。桜がわざわざ止めに入っても、レイヴンが調子乗るだけだよ」

 

「カロルって、割と神経図太いかったのね」

 

「桜の言う通りボクが神経図太かったら、黙ってないで、あそこに混ざってるさ」

 

「……実は結構、怒ってくれてるんだ」

 

「如月。少しいいか」

 

 

カロルの意外な反応に驚いていると、デュークに声をかけられた。

折角リリースしてくれたのに、まだ私に用があるのだろうか。

恐る恐る振り返ると、彼は白い羽のついた小さな万年筆サイズの緋色の棒を私に差し出してきた。

 

 

「何これ? ペンじゃないよね」

 

「笛だ。私に用がある時に吹くといい」

 

「笛一発で馳せ参じるとか、お手軽になったもんですね。近頃のイケメンって」

 

「お前の言っている意味が分からない」

 

「この笛吹くと貴方が来てくれる、とかじゃないの?」

 

「時と場合、場所にもよるが、最終的にお前の元に駆けつける。

……なるほど、お前が今話したのはそういう意味だったのか。向学のために、覚えておく」

 

「覚えなくていいから」

 

「この人、話には聞いてたけど、コミュニケーション能力が本当にやばいね」

 

 

デュークの異質さは、カロルにも十分伝わったようだ。

ただ、今回の騒動を経て、本当に悪い人ではないと、私は思う。

 

 

「ありがとう、デューク。

連れ去られた時はビックリしたけど、ユーリたちと一緒に魔物と戦ってくれて、エアルも収めてくれて、すごく助かった」

 

「うん。ボクからもお礼を言うよ。

これでボクたちの仲間になってくれれば――あれ? どこ行くの?」

 

 

私たちがそれぞれお礼を言うと、デュークはサッと背を向けた。

 

 

「私には使命がある。お前たちとは共に行けない」

 

「えーっ!? そ、そんなぁ。あんなに強いんだもん。

良ければ、ボクのギルドに……」

 

「人間の組織など、興味はない」

 

「仕方ないよ、カロル。

彼、約束とかどうこう言ってたもの」

 

「如月。お前も来るか」

 

「ダメだよ。桜はボクたちと旅を続けるって決めたんだから。

仲間の引き抜きは許さないよ」

 

 

デュークの誘いに、カロルがムッと返した。

あっさり私を返してくれたと思ったら、この男、まだ諦めていなかったのか。

 

 

「私が嫌がったから、引き下がってくれたんじゃなかったの?」

 

「お前の気が変われば、別だ。その時は、渡した笛で私を呼べばいい」

 

「そ、そういう意味でこの笛寄越してきたの? 吹くの、気が引けるなぁ」

 

「今はまだ、そう考えるだろう。

だが、お前が人の中で暮らしていれば、いずれ、必ず吹くことになる」

 

「人の中で? また私のこと社会不適合者とか言い出すんじゃないでしょうね」

 

「そうなる前に、私と共に歩む道を選んでくれるといいんだが……」

 

 

デュークは意味深げな言葉を残して、さっさと森へと姿を消してしまった。

デイドン砦での出会い同様、相変わらず不思議で難解な物言いをしてきたが、彼はユーリ、いやリタ以上に豊富な知識を持っていた。

短い間であったが、彼は彼なりに私のことを考えていて、エアルのことを教えてくれた。

 

――如月は、人間社会に相容れない存在だ

――私と共に来い、如月。お前はもっと知る必要がある。

  世界のこと、始祖の隸長やエアルのことを

 

デュークの言葉が、頭の中で何度も反復する。

ひょっとしたら、彼の言っていることは、正しいのかもしれない。

けど、ユーリたちと別れるなんて、考えられない。

 

背後で繰り広げられるレイヴンの悲鳴と4名の罵詈雑言いう阿鼻叫喚BGMに、私の気持ちは揺るぎ始めていた。

 

 

 

 

■続く■




100KB超えるかもと思いましたが、そんなことはなかったです。
多分、大森林の話を終わらせるために、ドンのところまで持って行ったら、容易に超えていたかもしれません。
長くなっても、語彙は使いまわしばかり。それでも気にしない!
しかし、キャラが多くなると台詞が偏ってしまうのが難点です。

そしてこの話を経て、レイヴンとデュークに心揺れ始めております。
二次創作って不思議ですよね。作成していると、そのキャラが好きになることがあるのです。おっさんラブではなかったのに、どうしよう、作成してると楽しい。

次回は、大森林でエキセントリック爺とエンカウントからのダングレストの話ができればと思います。
それでは。


瑛慈 翔
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