明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第26話】前までの私は

ヘリオードの結界魔導器の暴走。

起きるべくして起きてしまった。

 

 

あの子には、一応忠告をしておいたけれど、元気にしてるかしら。

エアルにやられて、倒れていなければいいけれど。

 

 

気になって用事ついでに様子を見に行ったら、仲間たちと夜道で歩く姿を見かけた。

夜空で遠目じゃ、容態までわからないけれど、自力で歩けるくらいなら、それほどでもなかったのかしら。

バウルに聞いたら、問題ないと言っていたし、大丈夫なのよね、きっと。

 

 

ただ、あの子の近くにいた女性、例の魔導器と似た力を放っていた。

あの子の仲間かしら。

身なりからして、貴族のようだけれど、性質はあの子にとってあまりよくないかもしれない。

 

 

何か手を打つべき。

しかし、相手はどう見ても人間。

他の魔導器みたいに、手を下してもいいの?

 

 

私が手をこまねいても、あの子たちが旅を続けていけば、いずれ他の始祖の隸長に勘付かれる。

過激派の目に留まれば、女性の方は殺されてしまうかもしれない。

そうなれば、あの子や仲間たちが黙ってはいないでしょう。

 

 

では、あの子の方はどうかしら。

始祖の隸長に近い性質を持っていると言うだけで、始祖の隸長と確定していない。

比較的穏健派である始祖の隸長、例えばベリウスなら、もう少し様子を見よう、見守っていようと答えるでしょう。

 

 

けど、過激派が出てきたら、何をするかわからない。

ただの人間と捨て置くならまだいい方。

 

 

自分の仲間だと決めたら、強引に自分側へ引き込むかもしれない。

魔導器と同じ力を持つ女性と一緒なら、尚更。

多分、他の人間たちにも、被害が及ぶでしょうね。

 

 

あの子はまだ知らない。

今はまだ、人間と人間との間で揺れているだけで済んでいる。

けれども、そう遠くないうちに、人間と始祖の隸長の間で苛むことになることなんて、きっとまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前までの私は

 

何をしてたんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デュークとの再会。

この世界における変人のエンカウント率はチートレベルで、彼ともそのうち再会するだろうと予想していたが、まさかレイドアタックしてくるとは思いもしなかった。

 

その意表をついた登場に、ひょっとしたら、テルカ・リュミレースの知的生命体の8割は変人で構成されていて、隙あらばレイド、バック、最悪地面から湧いてくるのではないかと戦慄が走ったほどだ。

世界の変人比率はいい、いや良くないけど。

 

問題は、私がユーリに泣きつく貴重なシーンをデュークが目撃したこと。

彼とは2度しか面識ないのに、この羞恥千万イベントのお陰で、プライバシーとかデリカシーというATフィールド溶解して、距離感が急激に縮まりました。多分私だけ嫌な方向に。

 

彼はこれだけに飽き足らず、私を攫い、しつこく人外だ、社会不適合者だ、もういっそ人間を止めようぜ!と意味不明な発言を連発。

私の中のデューク像が残念なミステリアス美青年から、超えてはいけない電波へと進化しかけたりした。

だがしかし、彼は真剣で、私にエアルやエアルクレーネのことを教えてくれたり、エアルや魔物から守ってくれたのだ。

――彼は彼なりに私のことを大切にしてくれた。

その誠実さを理解してから、少しからず心が動いてしまったわけだが……。

 

 

(困った時に、この笛で自分を呼べとか言われても)

 

 

青々と生い茂るケーブ・モック大森林の中を皆と歩みながら、私はデュークが譲ってくれた朱色の笛をこっそり覗き見た。

吹けば彼が飛んできてくれる便利アイテムらしいが、皆にはその仕様どころか笛の存在さえ知らせてはいない。

理由はユーリがデュークのことを良く思っていないことと、フレンに警戒されて笛を没収されてしまうかもしれないから。

当時一緒にいたカロルには、私から話すから黙ってくれとお願いしたものの、この難題を波風立てずにどう伝えるべきか。

 

 

(あれからデュークの話題には触れてないけど、ユーリの機嫌、悪くないよね……?)

 

 

先陣を行く保護者の広い背中から、様子を伺い見る。

綺麗な闇色の長髪を肩から流し、しなやかな肢体を使いながら、黙々と荒い獣道を力強く切り開いていく。ええ黙々と。

 

 

「は、話しかけ辛い……」

 

「何か困り事かい?」

 

 

ユーリに話しかける隙を探っていたら、背後からフレンが声をかけてきた。

後ろからでも、私が手をこまねいている様が見て取れたんだろう。

彼はなんでも話してごらんとばかりに、爽やかな笑みを傾けてくるが、その手にはお岩さんになったレイヴンを拘束した鎖が握られており、さながら地獄に舞い降りた世紀末騎士のよう。

心構えなく直視したら、悲鳴を上げるところだった。

 

 

「うん、と……。このまま、ダングレストに帰っちゃってもいいのかなって。

ほら、ドンさん見つかってないでしょう」

 

「魔物が大人しくなったんだ。ドンのじいさんも、引き上げてるんじゃねえか」

 

 

私が適当に他の話題を持ち出したら、ユーリが振り向いて話の輪に入ってきた。

 

 

「魔物の暴走もそうだが、街の結界魔導器も捨て置けねえしな」

 

「そっか、ドンさんは結界が消えた原因知らないんだ」

 

「こっちはこっちで、大森林でエアルの調査や何やらで、2連戦だ。

大森林のどこにいるのかわからねえじいさん探すより、一旦引き上げた方が良いよ」

 

「私は全然構わないけど、フレンさんは大丈夫なんですか?」

 

「騎士団としても、きちんと場を設けたい。

焦らなくても、彼らの本拠地ダングレストで待っていれば、いずれ会えるだろう」

 

「カロルはどうなの? ドンさんに会いたいんでしょう」

 

「会いたいけど、皆の意見を無視して強引会いに行ったりしたら、ギルドとして失格だよ。

ギルドは協調性が大事だし……疲れたし」

 

「あんた泣き叫んで、泡食ってひっくり返っただけじゃないの」

 

「さ、最後の方はきちんと戦ってば!」

 

 

リタが呆れて突っ込むと、カロルはムキになって地団太を踏んだ。

よかった。皆、デュークについて言及する気はなさそうだ。

私がホッと胸を撫でていると、先頭を進んでいたユーリがおもむろに足を止めた。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「今、何か聞こえなかったか?」

 

「ワウ!」

 

 

ユーリが耳を澄ましていると、ラピードが何かを嗅ぎ付けたのか、先頭へ飛び出し私たちをどこかへ誘おうとしてきた。

魔物ならば立ち止まって威嚇するか、耳を立てて警戒するはず。

私たちは顔を見合わせると、ラピードの後を追って、森の入り口方向へと足を進めた。

 

 

 

 

 

ラピードの後をつけて間もなく、私たちの息遣いとは別の、人の声が聞こえてきた。

それが呻き声だと気付いて足早に駆けつけると、道の端々に怪我人がゴロゴロと横たわっているではないか。

ダングレストの件が脳裏を過り、身を強張らせてしまう私。

それに気づいたユーリは真っ先に手近の男の手を取り、周囲を見渡して、肩を落とした。

 

 

「息はあるようだ。傷も大したことはねえな」

 

「よ、よかった……」

 

「得物を持ってるってことは、どこかのギルドなんだろうが。

ドンと一緒にやってきた連中か?」

 

「事情を聞くにも、まずは傷を治さないと。私、グミ渡してくるよ」

 

「待て、桜。1人で行くな」

 

「では、わたしもお手伝いします」

 

 

ユーリが止めに入ったところ、エステルが加勢に名乗りを上げた。

彼女はハルルで大勢の怪我人を手当てした実績がある。正直心強い。

 

 

「ありがとう、エステル。グミだけじゃ心細かったんだ」

 

「いいえ。わたしも困っている人は放っておけませんから」

 

「じゃあ、エステル中心で手当をお願いできないかな」

 

「任せて下さい。わたしにかかれば、治癒術、桜の身の安全なんでもござれです。

尚、貴方に破廉恥な行為を要求する下種が現れた場合は、もれなくフォトンで各個撃破、皆殺しです」

 

「やっぱり任せられるかあああ!

ケガ人に止め刺すとか殺意の塊だろ! 私が助けた傍から殺して片すとか嫌がらせか!?

そもそも救援活動と破廉恥のどこに関連性が有るの!?」

 

「グミを他人に食べさせるなんて、ユーリみたいな破廉恥行為を許すわけにはいきません」

 

「ユーリ。桜にグミを食べさせるって、どういうことだい?」

 

「オレをみるな」

 

 

エステルとフレンに睨まれたユーリは、思い切り顔を逸らした。

そういえば、この男、事あるごとに回復アイテムを食べさせろって言ってたような。

 

 

「ユーリの怠惰はともかく」

 

「おいコラ」

 

「相手はケガ人なんだから、動くと傷に障るでしょう。食べさせてあげないと」

 

「貴方の尊い善意に対して、"グミをお口にアーン"なんて邪な行為を要求する連中に慈愛精神なんて要りません。

その辺でくたばるのが、ケーブ・モック大森林でCO2削減に貢献している有機物の皆様の養分になって、世界の為、自然の為、桜の為になると思います」

 

「そんな無慈悲でエゲツない世界認めてたまるか。

お嬢様が親指突き下して、ゴートゥヘルするんじゃありません。

ていうか、どこで覚えたゲスサイン!

フレンさん、あんた帝国騎士団だろ、そこのお姫様どーにかしてよ!」

 

「桜はマネしちゃいけないよ」

 

「私のことはいーんですよ!」

 

「桜ちゃん。桜ちゃん。

おっさん、お口にアーンの代わりに、桜ちゃんの膝枕からのレモングミ投入を希望しまーっす!」

 

「フォトン」

 

「ほぐぉ!?」

 

 

元気よく挙手するレイヴンに、有言実行とばかりに、エステルの光の魔術が景気よく炸裂した。

 

 

 

殺戮の衝動に駆られたエステルに危険性を感じた私はフレンにも協力を仰いで、怪我人の手当てに徹すること十数分後。

見張りをしていたユーリが森の奥を睨み、ゆっくりと身構えた。

魔物だろうか。

これだけ人が集まっていたら、どこからか嗅ぎつけてくるだろうと警戒はしていたけれども。

皆に緊張が走り、彼の視線の先を睨んでいると、熊……もとい、大きな体躯の老人がのっそりと姿を現した。

 

 

「よう。やっぱり、あんたか。ドン」

 

「うん? てめえは、ああ、街でお嬢ちゃんしょって戦ってたナイト気取りか」

 

 

ユーリが陽気に声をかけた相手は、私たちが探していたドン・ホワイトホースその人だった。

ユーリを眺めながら顎を掻くその強面顔には、いくつもの皺が走っており、真っ白な髪は年相応の老人だ。しかし、老人とは言い難いゴツイ体格と、大剣を片手で軽々構える様、その貫禄は5大ギルドの一角「天を射る矢」の首領に恥じないもの。

近くで魔物と戦っていたのか、彼に続いて数人の戦士たちが得物を片手にぞろぞろと姿を現す。

私たちがその様子を黙って見ている一方で、ドンはぐるりと私たちや怪我人を見渡した。

 

 

「てめえらが部下たちの手当をしてくれたのか?

手間かけさせて、すまねぇな」

 

「もちろん! ドンの為なら、部下の手当くらい――」

 

「こっちが勝手にやったことだ。気にすんな」

 

 

ドンの御礼に我先にとカロルが名乗り出たが、ユーリにさり気なく遮られた。

憧れの人物を前にして舞い上がる気持ちはわかるけど、私たちには紅の絆傭兵団やエアルクレーネの件など、ドンに話したいことが山ほどある。

先にこれらを片付けないと先には進めない……と懸念してたら、ドンは私たち、いや私たちの中のある人物を睨んだ。

それは皇女エステルでも、騎士団フレンでもない、フレンに鎖で繋がれつつも必死に草陰に隠れようとしている1人のおっさんだった。

 

 

「そこにいんのは、レイヴンじゃねえか。

今まで連絡ひとつも寄越さねえで、どの面下げて戻ってきたんだ、ええ!?」

 

「げっ、見つかった……っ!」

 

「頭隠して尻隠さずを体現しときながら、げっはないでしょ。おっさん」

 

「ね、ねえ、今ドンがレイヴンって呼んでたよね。ホントに部下だったの?」

 

「やだ、カロルったら、おっさん最初っからそー言ってるじゃない!」

 

「その部下であるてめえが、なんで騎士に鎖でしょっ引かれてんだ」

 

 

レイヴンがそれ見たことかと胸を張ったが、ドンの蔑んだ目がその胸を射抜いた。

帝国の対抗組織とも言えるギルド、その首領として、自分の部下が帝国に連れ回される様を見たら、不愉快になって当然だろう。

ドンはレイヴンを見据えたまま、しゃがれた声で淡々と問い詰め始めた。

 

 

「随分前に、俺はザーフィアスにいるてめえに頼みごとをしたはずなんだがな。

その首輪はなんだ。文字通り、帝国騎士団の犬に成り下がったってか?」

 

「ご、誤解ですって。ドンのお願いを応えようと頑張ってたら、騎士団に見つかっちゃって……テヘッ」

 

「要するに、ヘマした挙句、俺らの面を汚しにノコノコ帰ってきたわけだ。

わかった。てめえは、一生犬っころよろしく鎖につながれてろ」

 

「ええ? そんなこと言わないで、この騎士マジで魔人なんですって!

何のためらいもなく、俺のような何の罪もない一般市民を投げる・引き摺る・ボコるの無慈悲コンボかますんですよ!

この上ワンコプレイしろと!?」

 

「レイヴンさん、貴方は何の罪もない一般市民ではありません。

女性の入浴を覗いた軽犯罪法違反、立派な犯罪者です」

 

「レイヴン。てめえ、風呂覗くなんて低俗なマネを……」

 

「だから、覗いた先が例の娘なんですって、そこの女の子、桜ちゃん。偵察、仕事の一環だったの!

あんたのカワイイ参謀が悲惨な目に遭ってるのに助けもしないって、それでも天を射る矢の首領なの!?

なんて薄情な! 俺様辞表書いちゃうよ!」

 

「そんだけ元気に喚いてりゃ、しばらく放っといても平気か」

 

「……おねがいです。たすけてください」

 

「それで、この犬が言う桜ってのは、お嬢ちゃん、てめえか」

 

 

ドンはレイヴンの懇願を華麗に無視して、私の元までやってきた。

当然、その間にユーリが立ち阻む。

 

 

「うちのお嬢さんに用があるなら、まずオレを通してからだよ。

例え相手がお前でもだ、ドン・ホワイトホース」

 

「随分熱の入った護衛……いや、保護者かな。

お嬢ちゃんは帝国騎士団に守られてるって話だが、あそこの金髪の坊主がそうじゃねえのか」

 

「一応、あいつもオレと同じようなもんだ。

但し、下手にこいつに触れたら、いきなりガブりだからな」

 

「はっはっは。わかりやすくて逆に助かるぜ。

で、てめえは? まさかその風体で自分も騎士だと抜かすんじゃねえだろうな」

 

「安心しろ、ただの下町の用心棒だよ。

事情があってね。こいつの面倒見ながら旅をしている」

 

「事情ねえ。てめえらはその事情のために、こんな辺ぴな森まで首突っ込んでたってのか。

魔物が急に大人しくなったのも、てめえの……そこの娘の事情ってやつか」

 

「違うよ。ボクたちがエアルを抑えたんだ!」

 

 

ドンが目で私を差したところで意を唱えたのは、ユーリではなくカロルだ。

ドンに話しかけるきっかけを探っていたんだろう、まるで新一年生が授業で挙手する様に見える。

 

 

「この森の奥にあるエアルクレーネを止めるために、魔物たちをバッタバッタと倒したんだよ!」

 

「エアルクレーネってなあ、坊主」

 

「虫とか植物とか、おっきな魔物がわんさか襲ってきて大変だったんだけど――」

 

「坊主。そういうことはそっと胸にしまっておくもんだ」

 

「ド、ドン……」

 

「バカっぽい。あたしたちは魔物退治を手伝っただけで、エアルを抑えたんじゃないわ。

そもそも素人相手に、エアルクレーネなんて専門用語持ってきても分かるわけないでしょうが」

 

 

ドンに窘められて意気消沈するカロルに代わり、リタが改めてドンに説明し始めた。

 

 

「こいつが言ってたエアルクレーネっていうのは、地中を流れるエアルの噴出口よ。

それが今回一定量を超える高濃度エアルを吐きだしたせいで、森の植物の巨大化や魔物の狂暴化を誘発していたの」

 

「エアルの噴出……エアルクレーネが原因。ベリウスが言ってたのは本当だったのか」

 

「ベリウス? 誰それ? あいつ以外にもエアルクレーネこと知ってるヤツがいるの?」

 

「リタ、ベリウスはノードポリカの首領だよ。

けど、ドンが知り合いって、本当だったんだ」

 

 

ドンからベリウスの名前が出てきて、リタが眉を顰め、カロルが目を丸くした。

首領と言うからには、ドンと同じような存在なんだろうが、ノードポリカとはギルド名なのか、それとも地名なのか?

ギルド業界はよくわからないが、とにかくドンはもともとエアルクレーネの知識はあったようだ。

リタの説明を受けたドンは低く唸りながら、なぜか私へ矛先を戻してきた。

 

 

「大体状況は呑み込めたが。エアルを御したのは、本当にお嬢ちゃんじゃねえのか」

 

「わわ、私にそんな力はありません。ただの女子……小娘ですよ。ははは」

 

「そう怯えさんな。孫ほど離れた娘相手に、とって食おうなんざ考えてねえよ。

そういや、俺の孫紹介する約束だったな」

 

「どこにあったそんな約束」

 

「まだまだ青二才だが、一皮剥けさえすれば、かなりの男前になる見込みだ。

どうだ。話してくれりゃ、茶の機会を設けてやってもいいんだぜ」

 

「遠慮します勘弁して下さい新手の嫌がらせですか!

御高名なドン・ホワイトホースのお孫さんとか、また面倒なフラグ目白押しですよ!」

 

「ただ正直に話すだけで良いんだ。……な?」

 

「こいつは本当に何もしてないよ」

 

「ユーリ」

 

「デュークって銀髪の男が現れて、剣で一発。あっという間にエアルを消して去ってった」

 

 

正直に答えるべきか戸惑っていると、ユーリが簡潔に答えた。

寧ろ、省略し過ぎて意味不明だ。

細かいことはこの場にいないデュークに丸投げしたようなもんだが、その回答にドンの眉尻がピクリと動く。

 

 

「デュークに会ったんだな」

 

「会いました。けど、ドンさんの言うデュークかどうかは知りません」

 

「お嬢ちゃんに何かしてきたんだろ?

おまけにエアルをいじる剣まで持ってるとなりゃあ、十中八九、俺の知っているデューク。人魔戦争の英雄だ」

 

「じんま戦争?」

 

「桜。人魔戦争は、10年前に起きた帝国と魔物の戦争だよ。

ほら、カプワ・ノールの宿屋で、シュヴァーン隊長が生き延びたって話をしただろう」

 

 

フレンに言われて、カプワ・ノールでの話を思い出した。

人魔戦争で英雄視されてるのはシュヴァーンであって、そこにデュークなんて、一言も出てこなかった気がするが。

これにはフレンも首を傾げる。

 

 

「おかしいな。現存している公文書が少ないとはいえ、ギルドの首領が知るほどの人物なら、噂になってもいいはず……」

 

「そりゃあ、帝国にとって都合の悪いことは一文字も漏らさねぇさ」

 

「ドン・ホワイトホース。それは一体どういう――」

 

「てめえの組織だろ、自分で調べな。

こっちとら、そこのお嬢ちゃんに用があるんだ」

 

「何度も言うが、うちのお嬢さんに用があるなら、オレを通してからだよ」

 

「しつこいな、小僧。

やはり俺らは信用はならねぇか。特にうちのレイヴンが迷惑かけたからにはよ」

 

「ああ、迷惑だった」「大変だった」「面倒でした」「胡散臭かった」「ウザかたった」

「そもそも彼は犯罪者です」

 

「皆しておっさんに冷たい視線を向けなくてもいいじゃん。

おっさんだって生きてるんだよ、笑ったり怒ったり悲しんだり、繊細な心だってあるんだよ!?」

 

 

皆に睨まれたレイヴンは、自分が被害者と言わんばかりに訴えた。

彼のせんさいなココロはともかく、レイヴンの今日までの行動は、ドンの思惑とは違ったらしい。

けれども、部下の不手際は上司の責任、ユーリは遠慮なしにドンに詰め寄った。

 

 

「あんたが知らぬ存ぜぬ通そうとも、あんたの部下のせいでオレたちが迷惑被ったのに違いないんだ。

迷惑料として、情報を提供してもらう」

 

「情報だぁ?」

 

「紅の絆傭兵団だよ」

 

「ユーリ、その件については騎士団が――」

 

「黙ってろよ、フレン。

こいつらが何故桜を狙っているのかも、聞き出さなきゃならねぇ」

 

「……!」

 

「お前ら騎士団に任せたりしたら、やれ法だ順序だのでチンタラ無駄に時間かけて、魔核も桜も手遅れになっちまう。

本当に守りたいものがあんなら、自分でやるしかないだろ」

 

 

フレンは執政官ラゴウ絡みで口を挟むが、ユーリが許さない。

カプワ・ノールやトリムでの惨状を鑑みれば、ユーリの反応はある意味正しいだろう。

ドンはそれを見て、ニヤリと笑った。

 

 

「いいねぇ、その心意気。威勢の良い小僧だと思ってはいたが、その気概。気に入った」

 

「気に入ったついでに情報寄越せよ」

 

「それとこれとは別だ」

 

「おいおい……」

 

「まあ焦んな。これで決めようじゃねえか」

 

 

ドンは言うなり、ユーリの前で大剣を構えて見せた。

よもや自分と戦って勝てたら、要求を呑んでやろうなんて、脳筋の常套句でも言うのか。

どうやら正解らしく、ドンのギルドメンバーはざわめき、レイヴンは頭を抱えた。

 

 

「あらら、じいさんの悪い癖がでたわ」

 

「悪い癖? あの、レイヴンさん、ドンさん戦う気満々なんですけど。

確かあの人、一振りで魔物を吹き飛ばしてた気が……」

 

「青年1人相手にやられるようじゃあ、5大一角の頭なんてやってられないよ」

 

「そうだよ! ドンはすっごく強いんだから! いくらユーリが強くたって」

 

「カロル。それ以上はいけない」

 

 

ハイテンションのカロルが続いて「ユーリなんてイチコロさ」なんて恐ろしいコンボ決めてきそうになったので、慌てて止めた。

ドンが強いのはわかった。常識的考えて、負ける勝負を吹っかけてくるワケがない。

 

 

「ユーリ、止めときなよ。

こっちにはレイヴンさんの迷惑料って名目あるから、多少は聞きだせると思うよ。

戦う理由がないよ」

 

「けど、じいさんはやる気だ」

 

「ユーリもまんざらじゃないって顔してるから言ってるの」

 

「幻覚だ。お前、疲れてんじゃないのか」

 

「うん、今のでどっと疲れたわ。

それに比べて、お前はナチュラルにハイ決めたようだけどな!

さっき自分でさっさと帰ろうとか言ってたんじゃないの?」

 

「夢の無いやつだな」

 

「今の会話のドコに夢の要素があったんだ。

あのね、多分しなくとも、ドンさんはユーリと勝負で勝って、レイヴンさんの件を水に流そうって魂胆だよ」

 

「ふーん、なるほどね」

 

 

私の説得を聞くなり、ユーリは冷めたようにそっぽを向くと、私の意に反してドンと対峙した。

売った喧嘩を買われたドンは、何がおかしいのか大声で笑いだす。

 

 

「がっはっは! こりゃいい。娘さん、えぐい発破してくれるな」

 

「発破? いつ、どこで?」

 

「お前は関係ねえよ。オレはもともとドンとはサシでやってみたかったんだ」

 

「強がんな、小僧。

面倒見てる女が、やってもみねぇで"お前はあいつに負けるかも"なんて遠回しに言われたら、プライドが傷ついたんだろ」

 

「……」

 

 

ドンに同情半分で指摘され、ユーリの平然を装う顔が心なしかヒクついたように見えた。

 

 

「ご、ゴメン! ユーリ、そんなつもりじゃなかったの!」

 

「気にすんな」

 

「相手は、魔物を一発でブッ飛ばす巨大ギルドのボスだよ。

ユーリだって見てたでしょう」

 

「だから気にすんなって」

 

「ユーリがケガしなければ、……いや、戦うからケガは避けられないか。

わ、私としては、生きていれば全然OKであって」

 

「桜、それ以上はいけない」

 

 

私が必死に弁明を図るも、生傷に荒塩で塗って揉む結果だったらしく、幼馴染のフレンが堪らず止めに入った。

ユーリさんの背中が気のせいか少し狭い、いろいろ手遅れだったらしい。

彼は全てを振り切るように、勢いよく刀を抜くと、ドンに対峙する。

 

 

「さっさと始めようぜ、ドン」

 

「ああ。わかってると思うが、邪魔者無しのサシで勝負だからな」

 

「もちろんだ。皆、特にフレン、手出しすんなよ」

 

「わかった。桜のことは、僕に任せてくれ」

 

「わかってねえだろ。どさくさに紛れて桜連れてトンズラする気だな、お前」

 

「ええ、そうです。桜はフレンに任せて、ユーリは思う存分やってください。

――屍はわたしが拾ってあげます」

 

「エステルは論外な!」

 

 

好き勝手言いまくる騎士と皇族に、ユーリはヤケクソになりながらも、ドンとの一騎打ちに臨んだ。

先制はもちろんユーリ。手数の多さを利用して連続攻撃しかけるのに対し、ドンは反撃は少ないものの、大きな図体とそれ比例するような大剣で大きく斬りかかる。

 

 

(あんなのを一撃でも食らったりしたら……)

 

 

目を背けたくなるのを堪えて、2人の切迫した戦いを見守る。

互いの刃が肌を掠め、空を切り、ぶつかって火花を散らす。

その体格差から、熊と狼のようにも見える2人の戦いは、さほど長くは続かなかった。

 

 

「どうした、じいさん。動きが鈍いぜ」

 

「最近の若造にしちゃ技の踏切が良い、切れも悪くねぇ。おまけに度胸も据わってる」

 

 

ユーリとドンの刃がぶつかり、金きり音が私たちの耳を劈く。

互いに一歩も引かず、力と力、眼光と眼光、ギリギリと押し合い、均衡状態に入る。

 

 

「良い面構えだ。そこら辺に転がしとくにゃもったいねえ。うちのギルドに1人欲しい人材だ」

 

「天を射る矢の首領直々の勧誘とは光栄だが、生憎先約がいるんでね」

 

「残念だな。お前と一緒なら、お嬢ちゃんもやりやすいと思ったが」

 

「……何企んでやがる」

 

「さぁな。だが、どれだけお嬢ちゃんにご執心でも、ここから先は難しいぜ。

俺すら倒せねぇようじゃ――な」

 

「っと!?」

 

「ユーリ!」

 

 

ドンは大剣により一層押す力を加えて、ユーリに強烈なフルスイングをかます。

ユーリの身体は刀ごと打ち上げられ、地面に2、3回転しながらバウンド。

すぐに受け身を取ったが、顔を上げた先にはドンの大剣の切っ先が突きつけられていた。

 

 

「終わりだ。なかなか楽しませてもらったぜ」

 

「まだまだ、これからだ」

 

「いいや、ここまでだ。てめえや、そこの騎士にもやらなきゃいけねえもんがあんだろ」

 

「……」

 

「俺の酔狂に付き合ってくれて、ありがとな。

礼と言っちゃなんだが、小僧の欲しがってる情報とやらを提供してやるよ」

 

「あれ? 勝たなきゃ教えてくれないんじゃないの?」

 

 

2人の戦いを息をのんで観ていた私は、それを聞いて思わず声を上げた。

よほど私が間抜けな顔をしていたのか、ドンは笑いをかみ殺しながら、大剣を地に刺した。

 

 

「ふっくっく……。お嬢ちゃん、俺はこれで決めようと言っただけで、喋らねえとは言ってねえよ」

 

「う。まあ、言ってないけど、そう捉えちゃうじゃないですか」

 

「勘違いする方が悪い。ってのは、冗談だが。

てめえらの肝っ玉を確かめたくてな。態とああいう言い回しをしたんだ」

 

「意地の悪いじいさんだ。手加減が透けて見えたぜ」

 

「感謝しろよ、小僧。

俺と真剣勝負なんざ、腕か足の1本や2本覚悟してかからねぇと、怯んだ瞬間に首が胴からおさらばだ。

お嬢ちゃん泣かせたいなら、もっとマシの方法を探しな」

 

「……本当に意地が悪いな」

 

「老いぼれからの忠告さ」

 

 

ユーリがしまりの悪い顔をすると、ドンは満足げに大剣を背に収め、私にしわくちゃの笑顔を向けた。

 

 

「一生懸命見守った甲斐があったなお嬢ちゃん。

欲しい情報が手に入って、大事な王子様が大けがせずに済んだぜ」

 

「王子様? え、もしかして、ユーリが!?」

 

「いつも傍にいて、いざって時に守ってくれる頼りがいのある男ってのは、オトメの理想じゃねえのか」

 

「確かに頼りがいのある男性はカッコイイし、オトメの理想の代名詞に白馬の王子様ってのがあるけど……」

 

「オレ、お前の王子様だよな」

 

「当人が胸張って言うな」

 

 

ドンに負けた後なのに、ユーリは悔しがるどころか、私にドヤ顔で王子様の同意を求めてきた。

戦って吹っ切れたのか、今はご機嫌のようだ。

しかし、入れ替わるように不機嫌になる人物がいた。そう、例のバイオレンス皇女である。

 

 

「な、なんということでしょう……っ!

桜とのフラグを消滅させるどころか、乱立させるなんて、ユーリ、恐ろしい男です!

これはフレンがドンを往なして、株を上げる時!」

 

「エステリーゼ様、大変誠に申し訳ございませんが、私ごとき一介の小隊に不吉な命令を振ってこないで下さい。

相手はギルドの首領、事と次第によっては、要らぬ諍いが生まれます」

 

「事と次第によっては、わたしが抹殺します」

 

「誰を!?」

 

「エステル、あんた、折角丸く収まろうとしてるのに引っ掻き回すんじゃないわよ」

 

「所詮ユーリ推しのリタには、わたしの揺れる気持ちはわからないのです。

桜がユーリと2人でパーティ離脱したことにより、傍目で見ても親密度に変化があったことが見受けます。

ここは一発確変を入れ」

 

「バカ騎士はダングレストに場を設けたいとか言ってたけど、桜のことや紅の絆傭兵団の話はここでしちゃうの?」

 

 

リタはエステルが何か熱く語り出すのをスルーして、さっさと本題へと軌道修正した。

皇女の暴走を始動の段階で切って捨てるとは、流石は我らの破壊神である。

フレンはリタの質問に答えず、ドンへ黙って目くばせをし、ドンも彼の意をくみ取ったのか頷いた。

 

 

「場所を街に移すか。

魔物が大人しくなったと言え、ここは安全とは言えねぇ」

 

「助かります」

 

「頭下げるなよ、坊主。俺らの根城で腰据えて話し合うんだ。騎士のてめえに逃げ場はねぇぜ」

 

「戦争をしに来たわけではありませんので」

 

「だといいがな。いくぞ野郎ども」

 

「じいさん、逃げるなよ」

 

「そりゃこっちの台詞だ。こっちもお嬢ちゃんに用があるんだからな。

俺のところまで、ちゃんとリードするんだぞ」

 

 

ドンはユーリの売り言葉に売り言葉で返すと、部下を引き連れて引き返していった。

私に何の用があるんだろうか、ダングレストできちんと聞き出せればいいんだけど。

ドンが見えなくなったのを確認し、自然と安堵の息をこぼしてしまうと、エステルが心配そうに小首をかしげた。

 

 

「桜。疲れたのです?」

 

「なんか肩に力が入ってたみたい」

 

「ドンのオーラだよ! 間近で見るとホントすごい迫力だよね。

ボクもドッキドキで緊張しててさ~」

 

「大変だったね。桜が警戒するのも無理ないよ。

あれだけ探りを入れてきたら、誰だって身構えるさ」

 

 

カロルがハイテンションで絡んでくるのを差し置き、フレンが丁寧に気遣ってくれた。

傍から見ても、今までのやりとりは、ドンが私を探っているように見えたようだ。

 

 

「ドンは私で何をしたいのかな」

 

「敵意は感じられなかったな。だからって、無害では済まねぇんだろうが」

 

「なんだよ、ユーリ。ドンが悪いことするわけないじゃないか」

 

「ムキになるなよ、カロル先生。ドンは5大ギルドの一角を背負う偉大なる首領なんだろ。

その大物がわざわざ参謀を差し向けてまで、帝国騎士団の管轄下にあるシャイコス遺跡の重要参考人でしかない桜に用があるって言うんだ。

普通、首捻るところだ」

 

「ドンには、何かすごい考えがるんだよ。そうだよね、レイヴン!」

 

「んー、じいさんのことだから、何か企んでるだろうね」

 

「あんた参謀なのに知らないの? ……呆れた」

 

「ていうか、レイヴンさん、なんで残ってるんですか?」

 

「寂しいこと言わないでよ、桜ちゃん。

一分一秒でも君と同じ空気すいたいからに決まってゲフッ」

 

「レイヴンさん、その息の根止めますよ」

 

 

性懲りもなく私に近づこうとするレイヴンであったが、フレンに鎖を引っ張られて阻まれた。

レイヴンが残ったのは、ドンから私への保険なんだろうが……いや、ホントに置いて行かれたのか、フレンから逃れられなかったのもしれない。

ここでアレコレ考えあぐねても、結局のところドンの元へ行かなきゃいけないのに違いない。

レイヴンの鎖を引っ張り、やたら血の気を滾らせる皇女をリタの辛辣な言動フックで落ち着かせつつ、私たちはダングレストのユニオン本拠地へと急いだ。

 

 

 

 

 

再びやってきたダングレスト。

夕焼け空には当然のように結界が展開し、魔物に荒らされた街並みもなんとか復帰し始め、初日のような活気を取り戻しつつあった。

バイタリティ溢れた街並みを突き進んで行った先、街の中心部に存在するのは、ギルドの秩序を司るユニオン本拠地。

ザーフィアス城のような巨大で絢爛豪華ではないが、第2の大都市の核にはふさわしい規模を誇り、照明用の炎に照らされた強固な石壁は城と言うより神殿と闘技場を足しで2で割ったような感じだった。

 

 

「わざわざここまで足運ばせて悪いな」

 

 

ユニオン本拠地の最奥でどっかり腰を据えたドンは、やってきた私たちに労いの言葉を投げかけた。

ドラク○で言ったら、完全にラスボスの位置にいる。

彼は、部屋の両端にこれでもかと部下を侍らかせており、異様な威圧感を放っていた。

 

 

「た、たくさんのお仲間がいらっしゃるんですね……」

 

「お嬢ちゃんには、こいつらみてぇなゴツイ男は刺激が強すぎたか。

何、皆見てくれはこうだが、良いヤツばかりだ。お前さんに危害を加えようなんてヤツはいねぇ」

 

「は、はぁ……」

 

 

ドンに話を振られたゴツイ部下の皆さんは、私と目が合うと陽気に手を振ったり、脂ぎった笑顔を送ってきたりした。

顔面差別はよくないが、この人口密度のせいか、ガチムチ密度が高いせいか、彼らの好奇の視線集中業火をうけたら、それも仕方ないとさえ思ってしまう。

ユーリも見世物にされているようで気に入らないのか、露骨にうんざりしながら身を翻した。

 

 

「うちのお嬢さんからかう為に、オレたちをここまで呼び出したってんなら帰るぞ」

 

「すねるな。上がってちゃ腹割って話せねえだろう。少しほぐしてやろうとしただけだ」

 

「すみません。腹割る前に、精神が割れそうなんですが」

 

「大勢の人に見られて緊張しちゃうなんて、桜は繊細です。

――ハッ! これはもしかしてドンによる高度な精神攻撃なのでは!? 桜のメンタルがヤバイです!」

 

「単にムサくて耐えられないだけでしょ。

なんであたしや桜が参ってるのに、エステルは平気なのよ」

 

「いや、当人前にして堂々とムサイって言えるリタもどうかと思うよ」

 

「……ほぐす必要あるか?」

 

「そっちは常に気がほぐれてるようだが、騎士の坊主はガッチガチだぞ」

 

 

ドンに言われてみてみれば、ゆるい私たちとは正反対に、フレン1人だけ背筋を伸ばして立っていた。

彼は帝国騎士団の使者としてドンに会いに来たんだ。襟を正すのは当然だが相手の信用を得る為、警戒心をそぐ為とはいえ、ソディアたちも連れずに単身で飛び込むのは、流石に度胸がいるか。

フレンはドンと目が合うと、私たちより一歩前に出て跪いた。

 

 

「本日はご多忙にも関わらず、面会の機会を頂きまして、誠にありがとうございます」

 

「前置きはいい。さっさと用件を頼む」

 

「この度は、ユニオンと紅の絆傭兵団の盟約破棄のお願いに参りました」

 

「ほう」

 

 

フレンの申し出に、ドンは興味をそそられたように口角を吊り上げた。

ユニオンとの盟約の破棄。ギルドを仕切る核ユニオンと縁を切る、多分ダングレストからの追放を意味するだろう。

ケーブ・モック大森林で、フレンがドンに詰め寄るユーリを止めた理由はこれか。

 

 

「バルボス以下、かのギルドは、各地で魔導器を悪用し、社会を混乱させています。

ご助力頂けるなら、共に紅の絆傭兵団の打倒を果たしたいと思っております」

 

「最近、連中の行動は目に余ってたからな。けじめはつけなきゃならねえ」

 

「貴方の行使力のお蔭で、昨今帝国とギルドの武力抗争は収まってきています。

しかし、紅の絆傭兵団を野放しにすれば、両者の関係に亀裂が走るでしょう」

 

「これを機に仲を取り持とうってか。

そういや、小僧も紅の絆傭兵団の情報を聞きたがっていたが、てめえ場合は帝国ではなく、お嬢ちゃん絡みか」

 

「オレは盗まれた魔核を取り返すためにバルボスを追っている」

 

「バルボスがお嬢ちゃんを狙っている線はねえと?」

 

「さあな。紅の絆傭兵団の首領ともあろう小太り眼帯親父が年頃の女の子の尻追い掛け回すなんざ、気色悪くて想像したくもねえよ」

 

「そうかい」

 

 

ユーリが肩を竦めると、ドンは変わらぬ表情で頷いた。

余裕顔のユーリ、ニンマリ顔のドン、しばし互いに睨み合う。

腹の探り合いか、しかししばらくして、ユーリはげんなりして再び口をいた。

 

 

「……気色悪くて、想像したくもないが。一度会ったきりじゃあ、興味あり気だった。

あんた、ここを仕切ってんだ。何か知らねえのか」

 

「傭兵稼業の裏で、きな臭いことをやっているとは聞いたがな。

バカが野心燃やしてんだろう。大方、お嬢ちゃんはそのとばっちりだな」

 

「何よ、桜は巻き込まれただけなの?」

 

「てめえらが、お嬢ちゃんのことを詳しく教えてくれたら、もっと詳しい説明ができるかもな」

 

「バカっぽい。そんな安い挑発乗るわけないじゃない。

情報欲しけりゃ、あんたから喋りなさいよ」

 

 

ドンの言葉に眉尻をはねたリタであったが、逆に探りを入れてこられて鼻を鳴らして突っ撥ねた。

知らないうちに、部下のレイヴンにいくつかの情報を奪われたんだ。不用意に情報は漏らさない方が良い。

ドンは私たちが口を割らないとわかると、フムと顎を掻いて、悟ったように虚空を睨んだ。

 

 

「なるほど。―――バルボスもついにロリに目覚めたか」

 

「なんでだあああああ!? 渋い顔でものっくそ溜めてこんで、やっとこさ紡ぎ出した言葉が卑猥用語かよ!?」

 

「少ない情報ではじき出した答えがコレしかねぇんだ」

 

「仕方ないじゃんと言いたげに、物事を遠くへ投げ飛ばすな!

あんた5大ギルドの一翼担ってるんじゃないのか、もっと頭ひねれよ!

脳みそ腐るよ、ボケるよ、徘徊すっぞ!」

 

「桜。僕がいる限り、ギルドの首領だろうが、ロリータ・コンプレックスであろうが、必滅するよ」

 

「フレンさん、論点そこじゃない」

 

「そこ突っ込む前にドンがお前の実年齢外見省みず、ロリコンの範疇にはめ込んだことに反応しろよ。

それよか、じいさん、今"バルボスも"って言ったよな、"も"って!?」

 

「騎士の坊主。紅の絆傭兵団の件は、共同戦線でいいんだな」

 

「話逸らすなよ」

 

「――なあ、小僧。

孫か娘ほど離れた女子のことを一番マイルドに表現したら、ロリだと思わねえか」

 

「大真面目に意味不明な理論展開するなよ」

 

「ドンさん。そもそもロリって対象の年齢であって、年齢差ではないよ。正しい表記は援助交際だよ」

 

「桜。卑猥な言葉を使っちゃいけないよ。道徳的によろしくないからね」

 

「フレンやアレクセイはありかと思いますが、……流石にドンはありませんね」

 

 

何がだ。

エステルが意味深に呟いたのが耳に入って、悪寒が走る。

ドンには聞こえなかったのか、ただフレンの道徳と言う言葉に眉をひそめた。

 

 

「道徳にはずれてるとは心外だな、孫のように可愛がりたいだけだ。

まあ、お嬢ちゃんのことは置いといて、おい騎士の坊主、紅の絆傭兵団の話だが」

 

「ご協力お願いできます」

 

「俺たちは対等で扱ってくれるんだよな」

 

「もちろんです。今回の件は、ドン如いてはギルドの協力なしに進めることはできません」

 

「ここは手を組んでこと運んでおいた方がいいな。

――おい、そこの。ベリウスに連絡を入れておけ」

 

 

ドンが部屋を取り囲む部下のうちの一人に言いつけると、足早に部屋を出て行った。

騎士団の小隊がやってきたと思ったら、帝国ギルド共同戦線まで事が発展したためか、先程まで騒がしかった部屋が緊張と戦慄でひしめき合う。

そんな中、フレンは懐から一通の手紙を取り出し、目の前に構える天を射る矢の首領に差し出した。

 

 

「失礼します、ドン・ホワイトホース。こちらが今回に関するヨーデル殿下の書状です」

 

「次期皇帝候補からの密書か。なかなか手が込んでるな」

 

 

ドンはフレンが恭しく差し出した書状を受け取り、無遠慮にその場で開いて目を通した。

天を射る矢と帝国騎士団が協力すれば、紅の絆傭兵団なんて一網打尽、ラゴウも悪さできなくなるだろうし、下町の魔核だって取り戻せる。全てが万々歳だ。

ここまで話を持ってきたヨーデルとフレンは凄いと感心していたら、突然ドンが場違いな哄笑を上げた。

 

 

「うあっはっはっ! こりゃあいい!」

 

「ドン・ホワイトホース……?」

 

「おい、レイヴン。皆に読んで聞かせてやれ」

 

 

眉を顰めるフレンを差し置いて、ドンは放り投げるように後ろに控えていたレイヴンに書状をよこした。

明らかに様子のおかしいドンに顔を見合わせる私たち。

レイヴンは書状を広げ、一瞬眉を潜めたものの淡々と音読し始めた。

 

 

「"帝国管理下にあるシャイコス遺跡の重要参考人の身柄とドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす"」

 

「だとよ」

 

 

そら聞いたかとばかりに顎でフレンを指すドン、そしてこの場にいる全員が凍り付いた。

上から目線で「泥棒バルボスの件は、ギルドの象徴ドンをやっちゃえば許す」とケンカ売られたら、ギルドの面々でなくとも耳を疑うだろう。

それにシャイコス遺跡の重要参考人って、私のことだよね。帝国騎士団騎士団長の外出許可はどうなってる。

あのゆるゆるヨーデルがこんなメチャクチャな書状を出すんだろうかと、書状を持ってきた張本人の方へ疑問の目をやれば、皆と同じく驚愕に震えていた。

 

 

「なんだって……!? 違う、ヨーデル殿下はそのようなことは」

 

「でも、ホントにそー書いてるよ。疑うなら、その目で確かめてみなよ、フレンちゃん」

 

 

フレンはレイヴンから受け取った書状を食い入るように見て、何度も首を横に振った。

 

 

「……なんだこれは、こんなことがあってたまるか!」

 

「こんなことがあるんだよ。現にてめえが寄越した書状にしっかり書いてあんだろ」

 

「これは何かの間違いです! ヨーデル殿下がこのような……!」

 

「俺らにお嬢ちゃん攫わせて、俺の首と一緒に献上しろってか。

次期皇帝候補はえげつないことを仰られる」

 

「違います! 帝国は、貴方の命を望んでいません!

騎士団長も桜を今すぐ引き止めようとは」

 

「違う違うね。騎士殿と帝国と考えは天と地ほどの差があるらしいな。

……したって、お嬢ちゃんを餌にしているのは、帝国側じゃねぇのか」

 

「翔を餌に?」

 

「お喋りはここまでだ。野郎共、客人を特別室へご案内しろ」

 

 

ドンが手を叩くと、そこら中に控えていたゴロツキ風の男たちが、無遠慮にフレンを拘束した。

 

 

「お待ちください、ドン・ホワイトホース! これは罠です!

これは恐らく評議会の――」

 

「重要なのは、次期皇帝候補が俺らに喧嘩を打ったと言う事実だけだ」

 

「だから、それは」

 

「とっとと連れてけ」

 

 

フレンが必死に訴えるもむなしく、強面の男たちにずるずると奥の部屋へと連れて行かれてしまった。

何てことだ。あんな書状を鵜呑みされて、フレンがギルドに捕まるなんて。

このまま放っておいたら、本当に帝国とギルドの間に亀裂が入ってしまう。

私だって重要参考人として十分巻き込まれてるし、ここは何でもいいから、ドンの気を変えるような一言を――

 

 

「待て、様子を見よう」

 

「ユーリ?」

 

 

身を乗り出して「ちょっと待った」と声を上げようとしたら、ユーリに片手で制止をくらった。

親友のフレンが連れていかれたと言うのに、この落着きよう。

一体何を考えているんだと言おうとしたら、今度は彼の人差し指で口に蓋までされてしまった。

 

 

「良い子は黙ってじっとしてるもんだ」

 

「……!」

 

「ここであれこれ騒いだところで、油に水だよ。

書状には、名前こそ伏せてあったが、お前のことも書いていた。

下手に突いたら、お前にまで火の粉がかかる」

 

「で、でも、このまま放っておいたら――」

 

「――野郎共、帝国と全面戦争だ!てめえら総力を挙げて叩き潰すぞ!

客人は連中の前で八つ裂きにしてくれる! 二度と舐めた口をきかせるな!」

 

「おおおおおおおおお!」

 

 

私たちがこそこそしている間に、ドンが盛大に皆を煽り始めた。

元は書状からだが、さながらドンのカリスマに充てられて、ざわめきを雄々しい歓声へとまとまる。

それよか、客人って、フレンを八つ裂きって!

 

 

「余計悪化したじゃないの!」

 

「不可抗力だ。お前に矛先行かなかっただけマシだと思えよ」

 

「そ、そうですよ、桜。フレンのことは、もちろん心配ですが。

貴方まで監禁なんてことになったら、面倒で八つ裂きにしてしまいそうです」

 

「そしてエステルがヨーデル殿下にドンの首を差し出すフラグですか。

面倒で殺人とか止めて止して泣くよ私」

 

「いやホント、桜があそこに巻き込まれたら、もっと面倒になってたからよかったけどさ。

なんだかすごいことになっちゃったね」

 

「ったく、あのアホ騎士とボケ殿下の書状のせいで、あたしたちの話聞いてもらえなくなったじゃない」

 

 

私たちが呆けている間にも、皆意気揚々と武器を取り、戦争への支度に勤しんでた。

当のドンもいつの間にか消えているし、紅の絆傭兵団は結局どうするのか、私を呼んだ理由諸々、聞けそうな状況ではない。

この場にいつまでも突っ立っていても進展しないので、私たちは一旦ユニオン本拠地を離れることにした――んだが。

 

 

「わりぃ、サイフ落とした」

 

「え? ホントなのユーリ?」

 

 

本拠地入り口を出たあたりで、ユーリが突然立ち止まったかと思うととんでもないことを抜かしてきた。

しっかりもののユーリが落し物なんて珍しい。

彼は身体を隈なく手探っているが、目当ての財布が出てくることはなかった。

 

 

「どこで落としたか覚えない?」

 

「多分、さっきドンと話していた時だと思う」

 

「あんなところで?」

 

「誰かに拾われる前に、取りに行ってくるよ。

桜、お前はおとなしく皆と一緒にいるんだぞ」

 

「え? ちょ、1人で行くの!?」

 

 

ユーリは一方的にそう告げると、回れ右して本拠地へと足早に戻って行った。

――おかしい。

ドジなんて滅多に踏まない彼がサイフ落とすのもそうだが、こういう時は大体「自分が戻ってくるまで泣くんじゃないぞ」なんて、おちょくってくるのに。

 

 

「なんだかんだ言って、ユーリもフレンさんのこと心配で余裕がないのかな」

 

「助けに行きましょう」

 

「え」

 

「フレンを助けに行きましょう。桜!」

 

 

私がユーリを気にかけている傍から、エステルが瞳に炎を宿して訴えてきた。

大抵こういう時はロクなことがない。

 

 

「いや止めとく」

 

「何を言っているのです?

恋人が、婚約者が、未来の夫が有りもしない罪で投獄されたのですよ。

これを救わず何を救うと言うのです!?」

 

「異性三段活用もってこられても、私とフレンさんとはミジンコも掠ってないわ。

仮に救うとして、ユニオン本拠地に監禁された小隊長の元まで、どうやって駆けつけて、どうやって脱走して、その後どう取り繕うつもりなの?」

 

「そこは権力で」

 

「却下ああああ!

今帝国とギルドの戦争が始まろうとしているところへ、更に権力ゴリ押ししてどーする!?」

 

「では愛の力で」

 

「それはない」

 

「ないのですか!?」

 

「今知ったバリに驚くことないでしょ! 前から叫んでるわ!」

 

「いけません。今からでも育みましょう! 大きくしましょう! 肥大化しましょう!

ちょっと立場が逆になってしまいましたが、少女桜が捕われの騎士フレンを助けに行くのです!

そして生まれる愛!」

 

「そして私の息の音が止まる!」

 

「人工呼吸コンボですね!」

 

「嫌な思い出掘り起こさないで!」

 

「もう2人とも、アホ騎士なんて放っておきなさいよ。

確かにフレンと書状の食い違いは気になるけど、帝国の次期皇帝候補と天を射る矢の首領、帝国とギルド。

とてもじゃないけど、あたしたちが今首突っ込めるような案件じゃないわ」

 

 

暴走し始めるエステルに、ほとほと呆れたリタが腰に手を当てて、制しに加わってきた。

が、彼女自身も思う所があるらしく、顎に手を添え考え込む。

 

 

「とはいえ、今、帝国は皇帝が不在で不安定なのよね。

いつ足元掬われてもおかしくない状況にほんわか殿下が、あんな物騒な書状寄越してくるとは思えない」

 

「何言ってるんだよ、リタ。フレンはヨーデル殿下の書状って言ってたじゃないか」

 

「どうせ誰かに差替えられたんじゃないの。

アホ騎士、暗殺者に何度か襲われたことあるから、その隙にね」

 

「そこまでわかっているのなら、尚更フレンに知らせに向かわなければなりません。

フレンへの道なら大丈夫です。わたしが片っ端からなぎ倒して見せます。愛の使者として!」

 

「地獄の使者の間違いだろ、お願い止めて! ここで戦争起きちゃう!

エステルがいくら頑張っても、ユーリいないんだし、いつもみたいな行き当たりばったりは危険だってば」

 

「――んじゃあ、行き当たりばったりじゃなければいいわけね」

 

 

私たちが本拠地の前であーだこーだ言っているその時、第三者の声が輪の中に入った。

振り向いた先には、ざんばら黒髪を一つにまとめ上げ、和服を着崩した30代半ばのおっさんが。

 

 

「お引き取り願います」

 

「いきなり酷いよ不思議少女!」

 

 

私の肩にそっと手を差し伸べてきたのは、天を射る矢の参謀にして、ドンの部下レイヴンだった。

てっきり、先の盛り上がりの中に混ざってるもんだと踏んだんだが、どうやら彼自身はあまり乗り気ではないらしい。

他のギルドメンバーみたく得物を磨くわけでもなく、いつも通りのんべんくらりと私たちの輪の中に入ってきた。

 

 

「ねぇねぇなんの相談? おっさんも仲間に入れてよ~っ」

 

「シッシッ! 胡散臭い中年はどっかいきなさい。

今度こそ墨屑にするわよ」

 

「待って下さい、リタ。レイヴンは天を射る矢の参謀です。

フレンの居場所が分かるかもしれません」

 

「フレンちゃんのいる牢獄? そりゃ、わかるけどさ」

 

「だそうですよ!」

 

「いや、喜び勇まれても」

 

「桜はフレンに会いたくないのです?」

 

 

エステルに問われて、私は返答に困った。

もちろんイエスだ。八つ裂きなんて穏やかな話じゃないし、あんな扱いを受けて落ち込んでいないか気になる。

リタの推測が当たっているかどうかも確かめたいが。

 

 

「レイヴンさんのことだもの。絶対交換条件出してくるに決まってる」

 

「疑るなんて酷いね、不思議少女。

おっさん、美少女への未来投資はかかさないのよ。ノール港でも言ったでしょ」

 

「じゃあ、何の見返りもなくフレンさんのところへ連れてってくれるの?」

 

「もちのろん。君が望むなら、おっさん喜んで連れてってあげる。

但し、桜ちゃん1名様限定だけど」

 

「やっぱ殺すわ、このおっさん」

 

「火の玉は止めて、リタっち、おっさんこれ以上焼けたらモテなくなっちゃう!」

 

「ではフォトンで浄化路線で」

 

「おっさん邪悪なの? 浄化されて昇天しちゃうオチ?

ってちがーう! 別に下心あって、桜ちゃん1人を指名してるんじゃないってば~」

 

 

鬼の剣幕のリタ、黒い笑顔エステルに挟まれ右往左往していたレイヴンは、ウサギのように素早く私の後ろへと逃げ込んだ。

 

 

「君らもあの場にいたならわかるでしょ。

今本拠地は、戦争前でピリピリしてるのよ。そんな中大所帯で歩き回れるわけないじゃない」

 

「レイブンはドンの参謀じゃないか。なんとかならないの?」

 

「俺その参謀だから、戦争しようってこの時、作戦やら武器や人の調達や忙しいんだよ、本来は。

そこを抜けて、こっそり桜ちゃんに協力しようってのに、これ以上何かしろって横暴だわ。

まあ、君らが俺達の陣営について戦争に参加するってのなら、胸張って本拠に動き回ってもいいんだけど」

 

「戦争!? し、しない、しないよ!」

 

「でしょ~。穏便に慎重に内密に動くのなら、必要最小限にする。これ常識」

 

「またこの子攫ったりしないでしょうね」

 

「ホント俺を信用してないのね、魔法少女。

以前ならともかく、ここは天を射る矢の本拠地、俺のゴールよ。

今更桜ちゃん攫って何になるの」

 

「レイヴンさんのメリットは?」

 

 

と、これは私。

彼自ら忙しい身と言った手前で、フレンの居場所まで案内してくれると言うんだ。

裏がない方がおかしい。

彼は私の問いかけに、少し彼方を見やった後、緩い笑みを傾けてきた。

 

 

「ついでだよ、ついで。おっさんも今回の件には、ちょっと思う所があるからね。

それに未来ある少年少女の芽を潰すなんて、忍びないじゃない」

 

「レイヴンさんも、あの書状がおかしいって思うんだ」

 

「まぁね」

 

 

若者を助けるのは大人として当前とばかりに、レイヴンはウィンクしてみせた。

彼もフレンのことを気にかけていたなんて意外だが、フレンだけではなく帝国とギルドがと考えれば合点行く。

ドンだってその場勢いで戦争と啖呵切ったものの、頭の片隅では、疑念を抱いているのかもしれない。

 

 

「皆、私、レイヴンさんと一緒にフレンさんのところへ行ってみる」

 

「ちょっと、桜、本気!?」

 

「お願いリタさん、行かせて。あの書状を読む限り、私もあながち無関係じゃないよ。

このまま放っておいたら、もっと良くない事が起こるかもしれない」

 

「ユーリはどうするのさ」

 

「適当に誤魔化しておいて」

 

「誤魔化しといてって、桜が第一のユーリだよ?

桜の為なら、不法侵入、屈強な魔物の撃退、海の底まで潜るのも厭わない鋼の精神と肉や意持ったユーリだよ!?

適当なんて通用するわけないじゃないか~っ」

 

「カロル、折角桜がやる気になっているのです。

心置きなくフレンの元へ送り出すのも、仲間である私たちの役目です」

 

「エ、エステル。まさかとは思うけど、腰に携えた剣でユーリをサックリ殺っちゃうんじゃ」

 

「幸いダングレストには海へと続く大河が流れています」

 

「如何にも死体隠ぺいに困りません的な返事しないで頂けます!?」

 

 

明後日を見やりながらニコニコ微笑むエステルから、変わらぬ狂気が伝わってきて頭を抱えた。

フレンに会いに行きたいんだが、彼女が嫌に協力的なのが、逆に怖い。

本当にユーリを殺りかねない上に、おそらく私以外それを止める要員がいない。

 

 

「と、とにかく、ユーリには"止めても無駄だった"とか、"レイヴンにしょっ引かれた"とかって言っといて。

そしたら、エステルとガチバトルになる前に、追いかけてくるでしょう」

 

「代わりにおっさんが青年に斬られるじゃない」

 

「レイヴンは犠牲になったのだ」

 

「もっと丁重に扱って! おっさん1人でも尊い命!」

 

「死ぬ気になれば、ユーリの刃だってなんとかなる!」

 

「ホントに臨終しちゃう!

ったく、もう桜ちゃんったら、いい歳したおっさん捕まえていじめないの。

フレンちゃんならともかく、青年は話通じるから良いけどね。

あまりここでもたもたしていると、ホントにフレンちゃんと話する時間なくなるよ」

 

「どういうこと?」

 

「うちもいろいろとあんのよ。

で、桜ちゃんついてくる気あるの?」

 

「行くわ。フレンさんのところまで、連れてって」

 

「OK。そんなに緊張することはないよ。

おっさんが桜ちゃんを手取り足取りリードしてあげるからね」

 

「桜。危なくなったら、おっさんの股間にソーサラーリングぶち当てて逃げなさい。

当分動けなくなるはずだから」

 

「近くにフレンがいれば、止めを刺してくれそうですし、しばらくの辛抱ですよ、桜」

 

「嬢ちゃん2人が、嫌なことに意気投合しないで!」

 

 

リタとエステルが私の両肩を抱いて熱心に注意を促す傍で、レイヴンは内股になって抗議した。

いくら照射だけとはいえ、おっさんの股間狙うのはちょっと嫌だな。

指にはめられたソーサラーリングを睨みつつ、エステル、リタ、カロルに見送られ、私たちはフレンのいる本拠地の牢屋へとおもむくこととなった。

 

 

 

2度目の本拠地入り口を通り、廊下を縫って、狭く薄暗い地下への階段に足を踏み入れる。

前を行くレイブンの背を頼りに、ヒタリヒタリと階段を下りていると、後ろをついてくるラピードが私の右手を嗅いできた。

 

 

「ありがとう、ラピード。何も言わずについてきてくれて、心強いよ」

 

「ワウ」

 

 

私が御礼を言うと、彼はなんてことはないとばかりに一声上げた。

彼は全長170センチの成犬で、隻眼、なぜかいつもキセルを咥えているユーリの相棒だ。

フレンのいる牢屋へ向かうため、皆と別れた時、ユーリの代わりとばかりに勝手についてきてしまったのである。

それを見たレイヴンは、少し困った顔で頬を掻いたけど。

 

 

「ま。犬一匹くらい、皆大目に見てくれるでしょ。

青年だって、その方が安心度増すだろうしね」

 

「そだね。とはいえ、皆と一緒にいる約束破ってきたからな。

ユーリ、怒ってないと良いけど」

 

「多少は覚悟しといた方が良いかもよ。

"心配させやがって、オレの愛を試しているのか!?"て涙ながらにハグチューとか」

 

「ハグじゃなくて、ベアハッグじゃないかな」

 

「えらく前衛的な愛情表現するのね。青年」

 

 

なんて、冗談を交わしながら、狭い歓談を下りて、少し開けた廊下に出た。

鼻先を掠めるカビ臭い匂いを我慢して、石畳をレイブン、ラピートと並んで突き進んで行く。

その傍ら並んだ牢屋の中を覗き見てみるが、フレンらしき影は見当たらない。

 

 

「フレンさんの牢屋は遠いんですか?」

 

「何分、帝国騎士だかんね。もうちょっと先じゃないかな」

 

「ワン!」

 

 

私がレイヴンに訊ねている間に、ラピードが私の脇をすり抜け駆け出した。

何事かと目で追ってくと、彼は一番奥の牢屋、鉄格子の合間に頭を突っ込んで、尻尾を大きく振り始めた。

間違いない。あの牢屋にフレンさんが!

 

 

「フレンさん。大丈夫ですかぅあああうええええ!?」

 

「よぅ。なんでうちのお嬢さんがこんな湿っぽい所にいるのかな」

 

「それはこっちの台詞よ! なんで、なんでユーリが!?」

 

 

そう。静寂に包まれた牢屋の森の中には、騎士フレンではなく、私の保護者ことユーリがちょこんと投獄されておりました。

彼は特に取り乱した様子もなく、怪我もなく、ベットに腰を下ろして寛いでいる。

レイヴンはそんな彼を見て、あーあと項垂れた。

 

 

「あら~っ。フレンちゃんが青年になってる」

 

「なってるじゃないですよ、レイヴンさん。これ一体どういう事ですか!?

ユーリもユーリだよ。落とした財布取りに行ってたんじゃないの? なんで牢屋でのんびりしてるの!?」

 

「ありゃ口実だ。おっさんが読み上げた書状はやっぱ偽物らしくてな。

フレンは今、本物の書状を取り返しに行ってる。オレはその保険みたいなもんだよ」

 

「保険って?」

 

「もしもフレンちゃんが書状ほっぽって逃げた場合、身代りに死ぬつもりなんでしょ」

 

「ユーリ、ここから出るよ!」

 

「落ち着け」

 

 

ユーリが死ぬと聞いて、居ても立ってもいなった私が鉄格子の扉を開けようとすると、優しく頭を撫でられた。

驚いて見上げると、そこには穏やかな彼の笑顔が。

 

 

「大丈夫だよ。フレンなら必ず戻ってくるさ」

 

「でも、ユーリがこんなことしなくったって」

 

「あのじいさんのことだ。牢屋すっからかんにするワケにはいかねえだろ」

 

「ドンなら、けじめをつけろって言うだろうね」

 

「けじめ……、置手紙じゃだめかな」

 

「ダメダメ。桜ちゃん、何事も筋ってもんがあるんだよ」

 

「でも、ユーリをこのままにするなんて出来ないよ。

ねえ、ここから出よう」

 

「心配かけてわりぃな、桜。フレンが戻ってくるまでの辛抱だ。ここは堪えてくれ」

 

「堪えろなんて……」

 

「冷たい鉄格子に阻まれても離れない、涙ぐましい2人の愛。見せつけちゃって、おっさん妬けるわ。

あ、でもそれなら、代わりに桜ちゃん置いてった方がドン大喜びするかも。

可憐な少女がくたびれた牢獄に監禁……! 何これ結構萌えるシチュエーション!」

 

「おっさん殺すぞ」

 

「止めて青年。君の刺すような殺気でおっさんの鼓動が止まりそう」

 

 

塀の向こうのユーリから鋭い視線を食らったレイヴンは、身を固めてブルブルすくみ上った。

このおっさんは何しに来たんだろう。

私の蔑んだ瞳に気づいたのか、レイヴンはコホンと咳払いをして背筋を伸ばした。

 

 

「監禁プレイはともかく、桜ちゃんなら大丈夫だよ。君を傷つけたりしないって」

 

「ホントかな。結局のところ、書状の件で、私たちの話は有耶無耶になっちゃったから、ドンさんが何を考えているのか分からずじまいだもの」

 

「そんじゃ、本人に聞いてみる?」

 

「――ああ、ここなら水入らずで話がしやすいか」

 

 

レイヴンの言葉につられるように、しゃがれた声が闇の通路からこちらへ響く。

驚いて振り返ると、私たちが通ってきた通路から、大きな影が近づいて来た。

熊のような体躯に、白髪、老齢に似合わないずっしりとした貫禄。

天を射る矢の首領ドンが、私たちの元までやってきた。

 

 

「友の代わりに牢に入るヤツがいるとはね。とんだ酔狂だな、小僧」

 

「あんだけ騒いだわりに、見張りひとつもつけねぇ大間抜けなじいさんに言われたくないね」

 

「こっちにも事情があんだよ。しかし、お嬢ちゃんもここにいるたぁ、レイヴン。

てめえにしちゃ、随分手際が良いじゃねえか」

 

「伊達にあんたの参謀任されてはいませんからね。ま、こうなったのは、半分偶然だけど」

 

「どういうことだ、おっさん」

 

「書状のせいで、ゆっくり腰据えてお話する機会なかったって、桜ちゃんも言ってたでしょ。

本拠地ウロウロしてれば、運よくドンと話の場が設けられるんじゃないかってね」

 

「まあ、ンなこと言ったって、こんな鉄臭い場所で腰降ろしたくないわな。

俺の膝の上にでも乗るかい、お嬢ちゃん」

 

「え、遠慮しときます」

 

「ふふっ、 意地らしいねぇ」

 

 

その場でどんと腰を下ろしてここへ座れとばかりに太もも開けてきたので、丁重にお断りすると、ドンはニンマリと口角を吊り上げた。

相変わらずユーリ並にセクハラな爺さんだ。

思わずユーリをジト目で睨むと、彼はなんだよと睨み返してきた。

 

 

「あのな。オレはあんなことしねぇからな」

 

「うそつき」

 

「ふーん。うちのお嬢さんたっての願いなら、やっても構わねえぜ。

オレ、じいさんほどガタイでかくねぇから、横抱きになるけどな」

 

「やっぱりやる気じゃないの!」

 

「若いもんは、お熱いねぇ」

 

「ドンさん」

 

 

いつもの調子で掛け合いしていると、ドンがニヤニヤと眺めているのに気付いて我に返った。

ユーリも冷めたのか、ジト目でドンを睨んだ。

 

 

「ちゃかすなよ、じいさん。ここでなら、桜の話をしてくれるんだろう」

 

「大きな声でする話じゃねえからな。人気のねぇここがもってこいだろうよ」

 

「なら聞くが。なぜ、あんたほどの大物が桜を狙う。何を知ってるって言うんだ」

 

「なかなかの剣幕だが、まあ落ち着いて聞けよ。

まず最初に、俺らはお蝶ちゃんを狙ってなんざいねぇ。

ちょいと匿ってやるだけさ」

 

「匿う?」

 

「ずっと傍にいたなら、もうわかってんだろう。

お嬢ちゃんは帝国騎士団、評議会といった帝国勢、暗殺者にギルド諸々に狙われている。

シャイコス遺跡の重要参考人では収まり様がねぇほどに目立ち過ぎてんだ。

ここは沈静化するまで、いや、原因が掴めるまで、オレのギルドの元で大人しく身を隠しといた方が良い」

 

 

ドンの淡々とした説明に、ユーリと私は黙って聞き入っていた。

気味が悪いくらい自分が注目されていると思ってはいたが、ドンも同じくそれを危惧していたようだ。

だからといって、天を射る矢に身を顰めるというのは、かなり無理があるのではないか。

 

 

「私をかくまうってことは、私を狙う連中と敵対するってことだよね。

すごく面倒……大変じゃないですか」

 

「実際、そこの小僧がやってきただろ。

小僧の場合、匿うなんて温い手じゃなかったが」

 

「これからもそうすりゃいい話だ」

 

「それができればな」

 

 

いつもの不適の笑みを浮かべるユーリであったが、ドンが即座に振り被った。

ユーリは眉尻をはねて訝しげに睨んだが、相手は巨大ギルドの首領。

しばしの沈黙の後、ユーリは努めて冷静に訊ねた。

 

 

「……、どういう意味だ」

 

「このまま注目集め続けると、小僧じゃ手に負えなくなる」

 

「手に負えなく……?

回りくどい説明は無しにしようぜ。単刀直入で頼むわ」

 

「いかんせん、こっから先は推測の域が出てねえからな」

 

「桜に関わることなら、例え予測でも知る必要がある」

 

「ドンさん。私からもお願いします」

 

「……ここまでくれば、話しちまっても同じか」

 

 

ドンは顎を掻きながら、表情を硬め、少し俯いた。

しばし黙考した後、彼は押し殺した声で、こう付け加える。

 

 

「帝国でもない、ギルドでもない第3派の連中が出張ってくるかもしれん」

 

「ギルドや帝国以外にも、首突っ込んでくるやつがいるってのか。

そいつらは一体何もんなんだ。じいさん」

 

「お嬢ちゃんはもうわかってんじゃないか」

 

「……えっと、デュークですか?」

 

 

ドンに問われたので、私は適当な人物を上げてみた。

帝国にも、ギルドにも、人間社会にも属してない存在と言われて、パッと浮かぶのはつい最近接触した彼だ。

合っているだろうか、ドンの様子を伺ってみるが、何か納得したようにフムと唸るだけだった。

 

 

「なるほどね。ギリギリ安全圏ってところか」

 

「どういう意味ですか?」

 

「お嬢ちゃんの噂が、そこまでで済んで良かったなってことだ」

 

「良かったなって。これ以上広がったら、もっと悪いことが起きるとか」

 

「人魔戦争規模の戦争が起こるかもな」

 

「人魔戦争だと……!?」

 

「……」

 

 

人魔戦争という単語に、ユーリは驚愕し、レイヴンは表情を険しくした。

フレンから人間と魔物の戦争とは聞いたが、具体的にどんな戦争だかは聞いてなかった気がする。

たった1人だけきょとんとしている私に気づいたのか、ドンは少し表情を緩めた。

 

 

「お嬢ちゃんは、人魔戦争を詳しく知らねえようだな」

 

「すみません」

 

「謝るこたぁねぇ。元々公文書が少ない。いや、態と残してねえのかな?」

 

「ドんさん?」

 

「ドン。そんな意味深なこと言っても、桜ちゃん混乱させるだけですよ」

 

「レイヴンさん。残ってないって、どういうことですか?」

 

「あー、うんとね。

人魔戦争は、とても激しい争いだったのよ。

戦争記録を残そうにも、戦場はテムザ山なんて辺鄙な所だし、戦相手は魔物。

そうなると残りは口伝になるわけだけど、生存者が少ないのはもちろん、仲間や身近な人が亡くなって精神的な傷も大きい。

結果、記録も少なくなるってことよ」

 

「へー」

 

「上手いこと言いやがる」

 

「ドンさん?」

 

「レイヴンの説明にちっとばかり補足を入れると。

帝国総出で争って、生き残りが英雄視されるほどの規模っつたら、どれほど酷い有様かわかりやすいか」

 

「……、わかります。それで、また大きな戦争がまた起こりそうなんですか?

あの、ええっと、私みたいなフツーで、ちんけな女の子が原因で?」

 

「フツーじゃねえだろ」

 

 

たかだか私みたいな女子高生がと言ったところで、即ドンに覆された。

それもそうだ。「普通」は私の世界での話。

ここテルカ・リュミレースでは、異世界からやってきたこと自体異常。

エアルに弱く、吸収したエアルが行方不明と謎が多すぎる少女、それが「ここでの私」だ。

意図が読めて言葉を失う私に、ドンは慰めるように小さい笑顔を傾けた。

 

 

「いいや、何もお嬢ちゃんのせいで戦争が起きるんじゃない。ただいかんせん顔ぶれが悪いってだけだ」

 

「何も悩むことじゃねえ。全部叩斬ればいい話だろ」

 

「小僧。お嬢ちゃんを慰めてるつもりで大口叩いてんだろうが、そんな横暴まかり通るほど、話は簡単じゃねぇんだよ。

顔ぶれも問題だが、連中がお嬢ちゃんに群がるのは、恐らく誰かが仕組んだもんだ」

 

「黒幕がいるのか」

 

「やっこさんは、お嬢ちゃんで何かをおびき出しているのかもな」

 

「その黒幕に心当たりは?」

 

「さて、ありまくって的がしぼれねぇよ」

 

「なるほど。それで、あんたらはその黒幕をおびき出すために、桜を軟禁すると」

 

 

面倒そうに頭をかくドンに、ユーリの鋭い指摘が突き刺さる。

匿うとは聞こえがいいが、要は黒幕が尻尾出すまで私を隠すと言う意味ではないか。

慌てて警戒する私を見て、ドンは肩を揺らして笑って見せた。

 

 

「そう身構えなさんな、お嬢ちゃん。保護だ、保護」

 

「そうそう、青年も怖い顔しないの。何も自由を奪うわけじゃないんだからさ。

薄幸の少女を助け、お守りしちゃおうじゃないのって言ってるの」

 

「騎士団と言ってること変わらねぇな」

 

「ていうか、私を助けて、ドンさんたちに良いことあるんですか?

厄介ごと抱え込むようなもんですよ」

 

「厄介も承知よ。こっちの事情も兼ねてるからな」

 

「ドンさんの事情? どんな?」

 

「もっと仲良くなったら教えてやるよ。お嬢ちゃん」

 

「じいさん、うちのお嬢さんに似合わねえ色目なんて使うなよ」

 

「がっはっはっ! ナイト様の目が厳しいねえ。それじゃあこうしよう」

 

 

ユーリに凄まれたドンは豪快に笑ってみせると、その大きな腕を私の肩へと回した。

 

 

「小僧。お嬢ちゃんが大人しく俺の元に来てくれるってなら、てめえを自由にしてやる」

 

「ええ!?」

 

「もちろん、こっちにいる間は小僧との面会自由だ。

ケチな帝国騎士団とは違うだろう」

 

「で、でも」

 

「守る男が変わるだけだ。小僧1人と5大ギルドの1つ天を射る矢が総出とじゃ、比べるまでもねぇ。

こっちにいる方が、格段お嬢ちゃんの安全度が上がる」

 

「おい、じいさん、勝手なこと言ってんじゃねえよ」

 

「勝手なのはどいつだ。下町の用心棒だか知らねえが、てめえ1人で何ができる。

お嬢ちゃんの様子や、てめえの腕を見る限りじゃ、今日まで何度も危険な目に合わせて来たんじゃねぇか?」

 

「……っ」

 

「てめえで守りたいものがあるなら、方法は3つだ。

帝国の脛かじって、気に入らねぇルールに縛られるか。

騎士の坊主のように、全力で内側から変えていくか。

帝国飛び出して、てめえのルールをてめえで作り上げるかだ」

 

「あんたは自分の作ったルール――ギルドで、自分の守りたいもの守ってきたって言うのか」

 

「それが俺のやり方よ」

 

 

ユーリの凄むような問いかけに、ドンは迷いなく胸を張って答えた。

切迫する空気、他の口を挟ませない雰囲気が2人の間でひしめき合う。

永遠に思える沈黙は、ユーリの吐き捨てるような言葉で解かれた。

 

 

「……てやる」

 

「あん?」

 

「譲ってやる。桜を預けるって言ってんだ」

 

「ユーリ!?」

 

「ッハ! 我が強い小僧だとは思ってたが、なかなかお利口さんじゃねぇか」

 

 

鉄格子を握りしめ、しぶしぶ告げるユーリをドンは腰を折り、顔を覗き込んで、ほくそ笑んだ。

そんな。ユーリが私をドンへ引き渡す……?

いつもいつも何があっても、私のことは譲らなかったユーリがこうも簡単に引き下がるなんて。

 

 

「そんなのって……」

 

「ま。ショックだろうが、仕方ねぇよ。

お嬢ちゃんの立場を考えれば、懸命な判断だな。小僧だって、苦肉の決断だろうさ」

 

「勘違いするなよ」

 

「ん?」

 

「5大ギルドの一つ天を射る矢が総出で守るから安心だ?

そんなもん通用しねぇってこと、証明してやるって言ってんだ」

 

「なんだと、小僧?」

 

「桜にはオレ1人じゃねぇ。そこのラピード、エステルやリタ、カロル先生だっている。

フレンだって、黙っちゃいない。

お前らのガードをかいくぐって、桜を取り返せば、どちらが守るのに値するか証明できるだろ」

 

「……」

 

「ド、ドン?」

 

「――くっ、うあっはっはっは! こりゃあいい! 堪らねえなぁ小僧!」

 

 

先とは一変して、胸を張って挑発するユーリに、ドンは文字通り腹を抱えて大笑いした。

これって、わざわざ私を預けて、取り戻して、守るに値するか示してやると言っているのか。

意味不明なユーリの回答が、ドンは面白くて仕方ないようで、今も尚笑いを押し殺そうと膝を握りしめた。

 

 

「ますます気に入った。いいだろう。お嬢ちゃんはてめえに預けておいてやるよ」

 

「まるで桜を自分の所有物見たく扱うな。あいつは最初からうちのお嬢さんだ」

 

「いや私は誰のもんでもないよ。ナチュラルに所有権争わないで」

 

「ああ、わりぃわりぃ。お嬢ちゃんの意志を無視する所だった。

詫びと言っちゃなんだが、今度うちの孫を――」

 

「どんだけ孫リスペクトなんだよ!? もーいいよ! しつけーよ! 孫可愛がりすぎだろ」

 

「万物爺婆にとって、孫は至上の存在なんだよ」

 

「いやわけのわからんこと眼力込めて語られても」

 

「まあいい、小僧。てめえもギルドに所属してるなら、自分の言葉はてめえで貫けよ。

それが帝国から独立した、一人前のギルドってもんだ」

 

「ギルド、ね……」

 

「言わなくてもわかってるだろうが。

小僧がダメだとわかったら、俺はいつでもお嬢ちゃんを連れてくからな」

 

「あまり無理すんなよ、御老体。

桜のことは俺に任せて、さっさと隠居しねぇと即ポックリ逝くぜ」

 

 

ユーリとドン、互いの挑発的な笑みが激となって、鉄格子を挟んでぶつかる。

よかった。ユーリは私のことを見捨てたんじゃなかったんだ。

ユーリの不敵な笑みを見て胸をなでおろしたのもつかの間、私はある問題を思い出した。

 

 

「あの、それで、ユーリはどうなるんです。

見ての通り、フレンさんと入れ替わって牢屋に入っちゃってるんですが」

 

「お嬢ちゃんたちに会ったのは、偶然でな。

俺がここへきた本当の理由は、騎士の坊主に頼みごとがあったからだ」

 

「フレンに頼み事だ?」

 

「あのくそったれた書状の大元を締め上げなきゃならねえ」

 

 

ユーリが訝しげに問うと、ドンは反吐を吐くように答えた。

書状、フレンが持ってきたあのメチャクチャなヨーデルの手紙か!

戦争とか言ってたのに、裏で騎士フレンを使ってヨーデルをどうこうするつもりだったのか。

 

 

「だ、ダメです! ドンさん!落ち着いて下さい!

あれは偽物で、今フレンさんが本物を取りに……!

だから、ヨーデル殿下は何も悪くないんです!」

 

「お嬢ちゃんが落ち着け。

あれが偽物だってことくらい、最初からお見通しよ」

 

「なんだ……。やっぱり気づいていたんですね。

だったら、なんで八つ裂きだとか、戦争だーとか言って、皆をか煽ったんですか」

 

「そうでもしなきゃいけねえ事情があったからよ。

騎士の坊主には、この茶番を仕切っている黒幕を探させるつもりだったんだが」

 

「ニセ書状の犯人捜しね。けど、フレンは今、本物の書状を取りに行っているぜ」

 

「なら、小僧にやらせるまでだ」

 

 

ドンが言うと、さあ行って来いとばかりに、牢扉を開けた。

ユーリは迷うでもなく牢屋を出ると、まっすく私の隣の定位置で足を止める。

ラピードが反対側の脇に止まり、私の両サイドは完璧に固められた。

 

 

「何この守護方陣」

 

「お前が迷子になって泣かないようにするための防止策だ!」

 

「過保護が過ぎるぞ、ユーリ・ローウェル21歳!」

 

「お嬢ちゃんからかって誤魔化そうとしてるようだが。

その様子だと、まだ俺らを信用できねぇか」

 

「信用しているよ。油断ならねぇだけでな。

で、オレにフレンの代わりをさせようって?」

 

「ああ、ニセ書状の黒幕を捜し出してもらう。

もちろん、逃がしたり、騎士の坊主が書状を持って来なりゃ、覚悟してもらうことになるがな」

 

「その辺、抜かりはねぇよ。

で、黒幕ってのは、やっぱりバルボスとラゴウか」

 

「知っているなら話が早い。

ヤツらはもうこの街にいて、この戦争を高みの見物でもしようって魂胆だろう。

俺が直々手を下したいところだが、一芝居うたなきゃならねぇ」

 

「一芝居って、もしかして、帝国との戦争ですか?」

 

「まんまと騙されたふりでもしなけりゃ、やっこさんが逃げちまう。

それにギルドの荒くれ共も、あの書状で血が上っちまって、収まりそうになかったからな」

 

「ドンや俺と違って、皆血の気多いヤツらばかりだからね。

こうやって発散させないと、簡単に爆発しちゃうのよ」

 

 

ドンは嘆息漏らす隣で、レイヴンも同じくやれやれと肩を竦めた。

当時は帝国とギルドの戦争なんて、とんでもない流れだと思ったが、全てはドンの演技だったわけだ。

ユーリは腕を組んで一考した後、軽く胸を叩いた。

 

 

「いいぜ。引き受けてやる、連中には借りがあるし、牢屋でじっとしているのも性に合わないしな」

 

「交渉成立だな。連中の別宅へは、レイヴン、てめえが案内してやれ」

 

「扱き使うなぁ」

 

「んじゃ、俺と一緒に戦争の真似事でもするかい?」

 

「俺としちゃ、桜ちゃんとイチャイチャできればOKなんだけどね」

 

「おい、ドン。そこの参謀殴ってもいいか」

 

 

性懲りもなく私に艶かしい視線を送るレイヴンに、ユーリは拳を鳴らして警告してきた。

ダングレストに来る前ならともかく、もうドンからの命令も済ませたのにしつこいおっさんである。

レイヴンはおお怖いとばかりに1歩引きながらも、負けずに人差し指を突き立ててきた。

 

 

「また桜ちゃんをバルボスやラゴウに会わせる気?

彼女の安全を考えれば、青年たちと一旦別れて天を射る矢で保護した方が良いにきまってるでしょ」

 

「その天を射る矢は、今回の茶番で大勢駆り立てられる中、桜のために避ける人材がいるのかよ」

 

「俺がいるじゃない」

 

「却下だ。信用が微塵も感じられねぇ」

 

「しどい……っ」

 

「諦めな、レイヴン。こいつはお嬢ちゃん手放すくらいなら、障害となるものを躊躇なく消す魂だ」

 

「そこを奪いたくなるのが男心ってもんでしょ。

しっかし、ドンはかなりユーリ・ローウェルを買ってるんですね」

 

「まあ、面構えと心意気はな。実力は到底俺には届かねぇが」

 

「言ってろ。次は仕留めて見せるぜ」

 

 

ドンが鼻で笑うと、ユーリも負けじと左手に下げた刀をちらつかせた。

2人とも息が合ってると言うか、どことなく似ているような気がする。

ユーリも年を食ったら、ドンみたいになるんだろうか。

 

 

「い、いやだなぁ」

 

「なんだよ。オレの顔見て顔しかめんな」

 

「いや、ユーリはお姉さん属性だから、こんなゴツくはならないよね。うん、大丈夫」

 

「あ?」

 

「何を言ってんだ、お嬢ちゃん。未来は誰にもわからねぇぞ」

 

「渋みのある顔で、意味深なこと言わないでドンさん!

てか、私の考えてること分かるんですか!?」

 

「オトメ心を理解してこそ、良い男ってもんだろ」

 

「あ、なるほど」

 

「だから、なんでオレの顔見て納得するんだよ」

 

 

私が手を打つと、ユーリは露骨に顔をしかめた。

彼は永遠に分らないだろう。

 

 

「それで、バルボスとラゴウの居場所へは、レイヴンさんが案内してくれるんですよね」

 

「俺と留守番って路線もありだけどね。桜ちゃん、今からでも考え直す気ない?」

 

「ない」

 

「おじさまとイチャラブデートできるよ」

 

「どんな罰ゲームですか」

 

「罰とか言っちゃうの? しどい、おっさん泣いちゃうよ?

これでもおっさん、うさぎ並のメンタルなんだから、もっと愛をもって接して!」

 

「おっさん、しつこいぞ。

バルボスたちのアジトに案内してから、好きなだけ泣き喚け。但し愛はない」

 

 

半泣きで私に訴えるレイヴンであったが、いつものようにユーリの鞘に頬を抉られ妨げられた。

ああは言ったが、足手まといにならないよう、ユーリから離れるのもありだろう。

だけど、彼が傍にいろと言うのならば、その方が良い。

そう自分に言い聞かせていると、上の方が騒がしくなってきた。

 

 

「どうやら、茶番の時間が迫ってきているようだな。

小僧。そっちの方は頼んだぜ」

 

「任せな、じいさん。桜。絶対にオレから離れるなよ」

 

「うん、わかってる」

 

「やっぱりこうなるわけね。しゃーない。俺様が全力で不思議少女を守ってあげようじゃないの」

 

「当たり前だ。おっさんには、生物シールドを担ってもらうからな」

 

「バカじゃない! いたいけな中年になんて無茶振りするの、あんまりよ!

俺どっちかってーと後衛よ? 最後方の桜ちゃんの隣で寄り添いながら、矢と魔術でチクチク決めるインテリジェンスなおじさまなのよ!」

 

「この前、魔物目掛けて全力捨身の頭突きして、見事突き刺さってただろ」

 

「あれフレンちゃんの魔球で不可抗力だったの。怖い思い出発掘しないで!」

 

 

ユーリに大森林での戦闘の件を突っ込まれると、レイヴンは余程恐ろしかったのかさめざめ泣き始めた。

5大ギルドの一角「天を射る矢」の参謀にして、中年のおっさんを泣かすとは、恐るべし帝国騎士団小隊長。

フレンの本性を知らないが、部下の性格把握しているのか、ドンは深いため息をついて、レイヴンの頭を軽く小突いた。

 

 

「おら、ふざけてねぇでさっさと行け」

 

「誰も俺のこと労わってくれないのね」

 

「労わって欲しいんですか」

 

「青年みたいな、イチャコララヴ希望」

 

「〆るぞおっさん」

 

 

キャッと照れながら希望するレイヴンに、険悪な表情のユーリが釘を刺してきた。

 

 

「堅実で誠実な道案内頼むぜ、おっさん」

 

「そんな怖い顔しなくても、ちゃんとするからさ。

もちろん、不思議少女には、青年の様に蝶よ花よ桜ちゃんよで扱うから」

 

「……桜。おっさんが変な気起こしそうになったら、ソーサラーリングで股間ぶち抜けよ」

 

「ユーリ、あんたもか」

 

 

どんと来いと胸を叩くレイブンを尻目に、ユーリが私にそう耳打ちしてきて、案内役が一番信用できないなんてと複雑な気分になった。

とはいえ、ここで断れば、ユーリがフレンの代わりに八つ裂きにされるし、因縁のバルボスやラゴウを見逃してしまうことになる。

私は先が思いやられながらも、ユーリに寄り添い、レイヴンの背を追って本拠地の牢屋を後にした。

 

 

 

 

■続く■




ブランクあり過ぎて、きちんと前のテンポ通りできているか、ちょっぴり不安が残りつつも、あらを何度も修正しつつ勇気を出してUPしました。
一応、今まで掲載してきた話は読み返してみたものの当時のテンションわかんないままノリで作成し……、いつものユーリらしくなっていれば幸いです。
レイヴンもいつまでもピエロやってないで活躍の場を設けたいのですが、するとしたら次回の地下水道でしょうか。
PS3版で追加になったものですが、あそこからどうやって話広げるか、考えてはいるけれど、オチはまったく思いついておりません。
自分の場合は、やりこむと地下水道だけで1話使っちゃうかもですから、できればバルボスとラゴウと対面して、ガスファロスト突入までもっていきたいところです。
それではまた


瑛慈 翔
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