明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第27話】変人と蔓延る世界から

広大な大地、どこまでも広がる大海原。

今日も今日とて財宝を探して東西南北健気に旅するパティちゃんは、只今絶賛迷子中なのじゃ。

地図はあるが、規模が大海原の様にデカすぎて細かなところまでよくわからないまま、クラゲみたく適当に進んでいたら、あら不思議、現在地が分からなくなってしまってな。

 

 

悲観することはないぞ。

海原の波のようにゆったりまったり進んでおれば、そのうち道が見えてくるじゃろう。

 

 

ユーリと姉御と出会ったあの大森林が懐かしいの。

当時流されるまま、ユーリとゴールインしてもよかったのじゃが、うちにはアイフリードのお宝を手に入れる重大な使命があったので、涙を呑んでアデューしたのじゃ。

 

 

しかし、アイフリードのお宝というだけあって、なかなか見つかりにくいもの。

名の知れた探索ギルドの情報を頼りに、駆けずり回っておるが、これがまた掠りもしない。

 

 

それどころか「アイフリード」という名を出すだけで、皆表情を曇らせる始末じゃ。

最初はよくわからなかったが、周囲がうちを遠巻きにするのを見て、大体察しはついてきた。

追い求めれば追い求めるほど、自然と情報も入ってくる。

 

 

――史上最悪の虐殺「ブラックホープ号事件」

 

 

信じられなかった。

そんなはずがないと。

うちの知っているアイフリードがそんなことをするはずがない――

 

 

だから、うちは自分の信じるアイフリードの為に、お宝を探している。

いつか本人に会って確かめるために。

 

 

うちが求めるアイフリードのお宝「麗しの星」が全ての鍵となるはずじゃ。

 

 

長い旅路になるだろうが、悲しむ出ないぞ、ユーリ、姉御。

全てが終われば、うちは必ずおぬしたちの元に帰ってくるからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変人と蔓延る世界から

 

突っ込むと決めたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。夕日が浮かぶダングレストに佇んでいると、時間感覚がおかしくなりそうな女子高生です。

家に帰りたくなるようなこの夕焼けの下で、「帝国と戦争して、フレンを見せしめに八つ裂きにしてくれる」と脳汁フルスロットルさせるギルドの皆さんは、ネジ一本か二本くらいナチュラルにぶっ飛んでいるのではないかと思う今日この頃。

まあ、「シャイコス遺跡の重要参考人とドンの首を差し出せばバルボスの所業は大目に見てやろう」なんて挑発的なニセ書状と、それをネタに「全面戦争だ!」って煽ったせいドンのせいでもあるけど。

 

まるで道化のようなドンの言動だが、これらは全て、ニセ書状の犯人をおびき出すための演技に過ぎなかった。

フレンを問答無用で牢に入れたのだって、彼に蔭で犯人を捜させるつもりだったとか。

しかし、そのフレンはユーリの手により牢を出て、本物の書状を取りに出発しましたため、計画に狂いが出てしまう。

 

結局、犯人捜しの役を私たちが請け負うことになったわけだが……。

 

赤く染まるギルドの都市ダングレスト。

町人、商人や旅人と様々な人間が往来するこの街は今、帝国との戦争に備えて獅子奮迅するギルドの者たちでひしめきあっていた。

「シャイコス遺跡の重要参考人とドンの首を差し出せ――」

先述通り、この挑発的なニセの書状は、血の気の多いギルドの者たちを容易に怒髪天へ導いたのだった。

 

一触即発。そんな波乱渦巻く一角にて、緊張な面持ち数名と1匹、それを軽快な足取りで引率するおっさんがいた。

年頃は30歳半ば、和服を着崩し、元は良いのに気の抜けきった表情が全てを駄目にしている。

名はレイヴン。天を射る矢の参謀で、首領ドンの命の元、ニセ書状の黒幕の居場所に私たちを案内してくれるそうなんだが。

ユニオンを出て中央広場を通り過ぎ、右手に進んだところで、彼はおもむろに足を止めた。

 

 

「ようこそ、諸君! 天を射る重星へ!」

 

「ただの酒場じゃねえか」

 

 

大通りに構える酒場の背にしてドヤ顔するレイヴンの胸に、ユーリの裏拳が入った。

彼の言う通り、私たちの前にそびえたってるのは酒場だ。しかもダングレストの中でも指折りのお店なんだろう。

中を覗けば、広いホールに時間帯も気にせず酒を煽る者、酔って潰れる者や大笑いする者などでごったがえしている。

しかし、未成年、果ては犬までいる私たちが訪れるような場所ではないし、そこに目的のニセ書状の黒幕バルボスやラゴウが酒をカッ食らっているわけでもない。

なぜここをチョイスした。

 

 

「レイヴンさん、私たち、確かニセ書状の黒幕を捜しに来たんですよね。

ここ、どうみても普通の酒場なんですが、ひょっとして仲間をトレードしに来たんですか。

レイヴンさんとかレイブンさんとかそこで斜めに突っ立ってるおっさんとか」

 

「俺、パーティチェンジなんてしないよ。

君を愛するステキな参謀は、いつだって君の心の固定メンバーさ」

 

「スポット参戦じゃないんだ」

 

「"なんでまだいるの?"と言いたげに蔑んだ視線を送るの止めて。おっさん胸が痛い」

 

 

私が据わった眼で睨むと、レイヴンは胸を押さえて項垂れた。

このおっさんがいると、毎回ふざけてばかりで話が進まない。

彼は私たちの冷ややかな視線をスルーし、目にも止まらぬ速さで私の隣に移動してきた。

 

 

「桜ちゃん、焦る気持ちはわかるけどさ。

まずは落ち着いて、奥でゆっくり飲もうじゃないか」

 

「私未成年ですよ」

 

「何事も経験だって。皆こうして、大人の階段登ってくんだよ」

 

「未成年飲酒なんて痛い階段登りたくないです」

 

「未知の世界に怯えているのかい、子猫ちゃん。

俺様が大人の世界を教えてあげようじゃないか――ゲフ!?」

 

「何うちのお嬢さんをかどわかそうとしてんだよ、おっさん」

 

「あん、しどい」

 

 

会話のドッチボールの果てに、しびれを切らしたレイヴンが私の肩へ手を伸ばしたところへ、ユーリの鞘がその頬にのめり込み阻んだ。

ユーリ・ローウェル21歳。

漆黒の美しい長髪と端正な顔、スラリとしなやかな肢体に黒装束を身に纏った下町の美青年である。

私の保護者でもある彼は、私を如何わしい世界へ引き込もうとしたレイヴンを睨みつけ、さらに鞘先をグリグリねじ込んだ。

 

 

「桜を酔わせて、今度は何しようって魂胆だ。

事と次第によっては、その頬貫通させるぞ」

 

「目が怖いよ青年。可愛い子には旅をさせろっていうじゃない」

 

「オプションに怪しいおっさんついてくるような歪んだ旅なんざ、願い下げだ」

 

「えーっ」

 

「未成年に手を出す中年オヤジは、即刻制裁すべでしょ。

社会の治安と桜の平和とあたしの心の平穏の為に」

 

「リタっちまで、腕鳴らさないで。

街中なんだし平和的な解決を……!」

 

「2人とも待って下さい」

 

「嬢ちゃん!」

 

 

レイヴンに詰め寄る2人を止めたのは、なんとエステルであった。

桃色のショートヘア、白いドレス調の旅人の服が良く似合う清楚な美少女で、気品ある振る舞いの通り、彼女はザーフィアスの皇女である。

いろいろあって私たちと行動しているんだが、この百害あって一利あるかどうかのおっさんを助けて、彼女に何の利があると言うのか。

私たちが眉を顰めて見守る中、彼女は眩い笑みを浮かべて、眼を潤ませるレイヴンの手を取った。

 

 

「今ここで皇族のわたしが天を射る矢の参謀を仕留めれば、戦争を回避できるのではありませんか。

牽制と威圧的な意味で」

 

「まさかの殺る気!? やめて! おっさんの尊い命ささげたところで戦争に拍車欠けるだけだって!」

 

「少なくとも桜の安全は保証されるな」

 

「ひどいよ、青年。なんで助長すんの」

 

「怪しいからに決まってるだろ。わざわざ言わせんな」

 

「べ、別に桜ちゃん酔わせていけないことしようとか邪な事、おっさん微塵も考えてないんだから。

これでも純真な中年なの」

 

「んじゃどうする気だったんだ」

 

「いやフツーにお茶でもしようと思って」

 

「お花畑も大概にしろよ」

 

 

ポッと頬を赤らめるレイヴンのこめかみに、保護者ユーリの二度目の鞘が突き刺さる。

たんこぶこさえてもがくレイヴンは、負けじと涙目で保護者を睨みつけた。

 

 

「お茶だけでマジ切れするとか、どんだけ沸点低いの。どっからどこまでセーフだってのよ!?」

 

「オレの目の届くところで、尚且つ日常会話までなら許してやらないでもねえが、そこからはみ出たら問答無用で天誅な」

 

「驚くほど狭いよ青年の許容範囲。

俺だけハードル下限全力で振り切ってるってひどくない!?」

 

「おっさんがそんだけ胡散臭いんだよ。

あんたの用は、桜とドンに会わせたことで完遂しただろ」

 

 

嘆くレイブンに対して、ユーリはジト目で塩対応した。

彼の言う通り、レイヴンが私たちに接触したのは目的は遂げられ、今はただの道案内人でしかない。

もう用はないのでは、と私とユーリで片づけようとすると、レイヴンはドヤ顔で人差し指を突き出してきた。

 

 

「地下牢での話を忘れたの?

青年に譲ったとはいえ、天を射る矢は桜ちゃんを保護する路線変えてないからね」

 

「てことは、天を射る矢の参謀であるレイヴンさんも私を守ってくれるんですか?」

 

「そうそ、言わば、この俺様も桜ちゃんの保護者ってわけ。

俺様の愛をたんとおあがり」

 

「いらないです」

 

「即答!? え、遠慮しなくてもいいんだよ。

ドンの意向でもあるけど、俺個人として桜ちゃんをお守りしたいって言うか、プライベートに仲を深めたいと言うか、ぶっちゃけて青年みたいにイチャラブしたいっていうか~」

 

「天誅!」

 

「ギャーッ!」

 

 

私の腰に手を回すレイヴンであったが、ユーリの垂直な一太刀がそれを阻んだ。

引くのが今一歩遅ければ、肘から先が無くなってただろう。

過ぎ去った恐怖を目の当たりにして、顔を真っ青にしていたレイブンはズコズコとユーリに詰め寄った。

 

 

「いきなり何すんの!?

危うくお手々スッパリナイナイするところだったじゃない!」

 

「悪い。頭から真っ二つにするつもりだった」

 

「あ、そう。ならしょうがないよね――なわけないでしょ!

街のど真ん中でスプラッタとか狂気沙汰だよ! 正気なの青年!?

俺達仲間でしょ。同じ保護者でしょ。仲良くしよーよ」

 

「横から掠め取られるのわかってて仲良くするバカがいるかよ。オレは認めねえぞ」

 

「そう構えないで、青年。

ドンが青年に桜ちゃん預けるって言った以上は、盗んだりはしないってば。

――心は奪っちゃうかもしれないけどね」

 

「おっさん。減らず口って知ってるか」

 

「いやいやほんのジョークに抜刀で対応しないで。

……青年ったら、桜ちゃんとはよくからかったりするのに、おっさんに冷たくない?」

 

「うちのお嬢さんとおっさん同列にするなよ。

足りないものとか要らないものがたくさんあり過ぎて説明すると日が暮れるから単刀直入で言うが、まず信用がねえだろ」

 

「えーっ、おっさんがんばってるじゃん」

 

「まったく頑張ってるように見えないから、皆警戒してんでしょうが。

信用されたかったら、あたしたちのために馬馬車のように働きなさいよ」

 

「リタっちまで、人使い荒いんだから。

もーいいよ、行動で示せばいいんでしょ。こっち、ついておいで」

 

 

リタに上から目線で物言われたレイヴンは項垂れながら、酒場の扉を潜って私たちに手招きした。

誘われるまま彼に続くと、奥にある広いカウンターに行くでもなく、即右へと曲がって、小綺麗な扉のノブに手を掛ける。

扉を潜った先には、酒場とはガラッと雰囲気が変わった厳格な接客室が私たちを迎えてくれた。

 

 

「酒場と違っていろいろ整ってて、ドラマで見る社長室みたいね」

 

「ここはドンがお偉いさんを招く時に使う部屋だよ」

 

「うわ、うわーっ、ここがドンの……!」

 

「で、お見せしたいのはこっちの方」

 

 

ドンの接見室ではしゃぎだすカロルを差し置いて、レイヴンは部屋の奥の席、おそらくドンが座るであろう椅子の後ろの壁に手を添える。

よくよく見てみれば、壁ではなく、取っ手がついた扉だ。

私たちが注目する中、レイヴンは更にそのドアのを開くと、その先は全くの黒。

ユーリと私が一緒に覗き込んでも、その向こうには光はなく、闇と静寂がどこまでも広がっていた。

 

 

「隠し扉に隠し通路ね。凝ったもんだ」

 

「中真っ暗。しかも湿っぽい」

 

「そりゃ、地下水道だからね」

 

「地下水道……。ザーフィアスのものと同じなのでしょうか」

 

「ただの地下水道じゃないよ。

中は複雑に入り乱れてて、その昔、街が帝国に占領された時、ギルドは反撃の機会をうかがうために活用してたんだ」

 

 

訝しげな顔で闇を覗くエステルに、レイヴンはチッチと人差し指を振りながら解説してくれた。

ただの酒場と思ったら、ドンの謁見室が完備されて、その奥に隠し通路とかちょっとロマン感じるかも。

特にカロルは沸き立つ気持ちを隠しもせず、レイヴンに食い下がった。

 

 

「帝国との戦いで使ったってことは、ドンも? ドンもここ通ったの!?」

 

「通ったんじゃない」

 

「へぇ、 帝国に占領された時かぁ……、ドンがまだ若いの頃だよね。

ドンがこんな暗闇の中で、機会を伺うながら息を潜めて――、くーっ! かっこいいなぁ!」

 

「私たちも通らなきゃいけない雰囲気だけど」

 

「えーあーうん……」

 

 

私が厳しい現実を突きつけると、カロルは延々と続く闇に気圧されたのか、顔をひきつらせた。

由来や隠し扉や隠し通路は面白そうだと思うが、実際視界ゼロの真っ暗闇を前にするとちょっぴり気が退けてしまう。

口数少なくなる私たちを見たユーリは、やれやれと肩を竦めて、レイヴンに向き直った。

 

 

「このまま突っ立ってるだけじゃ始まらねえな。

おっさん、他に道はないのか」

 

「後は正面突破くらいかね。間違いなく逃げられるけど」

 

「だそうだ。さっさと行くぞ」

 

「い、行くの~っ!?」

 

「情けない声出すんじゃないの。

嫌なら、ガキんちょだけ、ここで待ってればいいでしょ」

 

「嫌だよ! あのドンも通ったんだ。ボ、ボクだって」

 

「水道に落ちてドザエモンですね」

 

「朗らかに何言いだすのエステル! 酷いよ! エグいよ! 容赦ないよ!」

 

 

ミジンコハートを奮い立たせるカロルであったが、エステルからあらゆる過酷な現実の一つを突き付けられ無残に駆逐された。

水道、地下、暗闇、いろいろと不安要素が多いが、他の道がないなら、怖くてもここを使うしかない。

憂鬱な気持ちで立ち憚る暗闇を眺めていると、おもむろにユーリが手を差し伸べてきた。

 

 

「ほら、桜、お前はこっちだ。

お嬢さんは迷子にならないように、手をつながなくちゃな」

 

「私は大丈夫。代わりにカロルの手を引いてあげなよ」

 

「ユゥリィ~」

 

「コラコラ、カロル先生はギルド立ち上げんだろ。しっかりしろよ。

桜も桜だ。やせ我慢すんな」

 

「してないよ。私にはこれがあるから」

 

 

腰に手を当てるユーリの言葉を覆して、私は学生鞄から携帯電話を取り出した。

テルカ・リュミレースでは電波が届かないので、今の今まで持ち腐れていたが、こんな時に役立とうとは。

私が自信満々で掲げるハイテク機器を前に、ユーリは眉を顰めた。

 

 

「なんだそりゃ。あっちの物か」

 

「携帯電話って言うんだよ。

本当は遠くの人と話をしたり、情報交換したり、集めたりする機械なんだけど。こうすれば」

 

 

私は簡潔に説明し、携帯電話の電源を入れて、懐中電灯のアプリを立ち上げた。

するとカメラのフラッシュ部分が光源となり、懐中電灯の様に黒塗りの闇を明々と照らす。

それを目の当たりにするなり、皆一斉に目を丸くした。

 

 

「こんな小さなものから、光が出るなんて不思議です!」

 

「へぇ~っ、変わった魔導器だね。って、桜は魔導器駄目じゃなかったっけ?」

 

「魔導器じゃなさそうね。エアルを使ってないのに、どうやって光ってるのかしら」

 

「原理も気になるけど、それ、遠くの人と連絡を取ったり、情報を集められるんだよね。

他にはどんなことができるんだい。不思議少女」

 

「カメラとか動画撮ったり、音楽流したり、時計やタイマー、タイムウォッチ、電卓、メモとか?

後は、うんと……」

 

「そいつにどんな機能があろうと、お前はオレとお手て繋ぐの」

 

 

レイヴンに問われて私がウンウン唸っている間に、ユーリに手を掴まれてしまった。

反射的に逃れようとするが、彼の大きな手は力強く私の手を握って離さない。

 

 

「おら、大人しく繋がれてろ」

 

「私はいいのに」

 

「よくない」

 

「私と手をつないでちゃ、ユーリが動きにくいでしょう」

 

「どうにでもなるさ。お前をほったらかして、見失う方が怖いよ」

 

「……」

 

「それにこうして暗闇の中、手をつないで歩いてると、肝試しみたいでワクワクするだろ」

 

「お化けの代わりに魔物が来そうで、ガチで怖いよ」

 

「そん時は、オレの背中にしがみついてりゃいいさ」

 

 

私が身を強張らせると、ユーリは親指を立ててウィンクしてみせた。

マジで魔物が出てきたらタックル食らわせるぞ、この男。

一方、フレン推しのエステルはこの状況を芳しく思ってはいなかった。

 

 

「く、暗闇の中を男女2人が手をつないで歩く……! これは何かのフラグですか!?

リタ。貴方の魔術で何とかならないです?」

 

「待って、エステル、光源の話だよね」

 

「こんな暗闇じゃあ、ユーリだけ射程絞れないわね」

 

「リタさんもナチュラルにユーリ殺しにかからない!」

 

 

どうしてあんたらは四六時中殺気に満ち溢れているんだ。

それでも平然としているユーリもユーリだけれど。

片やレイヴンは、私の手に握られた携帯電話をしげしげ見つめて唸った。

 

 

「けど、マジメな話、桜ちゃんのケータイデンワ1つだけじゃ心許ないよね。

他の光源作れないの? リタっち」

 

「あたしを松明代わりにする気? いい度胸ね」

 

「どうにかなりませんか。リタ」

 

「炎の魔術を言ってるなら無理よ。

火の性質は攻撃、しかも何かに燃えて光を放ってるわけだから、持続性ないのよね」

 

「燃える者があればいいのですね」

 

「嬢ちゃん、なんでそこでおっさんの腕を掴むの?」

 

「燃える者です」

 

「燃えないよ! いや女の子に腕掴まれたら萌えるけど、おっさん燃えないからね!

俺より寧ろ、桜ちゃんとイチャつている青年の方が燃える――」

 

「バカやってないで、さっさと行くぞ」

 

 

レイヴンが矛先を変えるより早く、ユーリが私の手を引いてスタスタと地下水道へと足を踏み入れた。

湿った空気が肌を撫でる暗闇の地下水道をユーリの手を確かめながら、携帯電話を掲げて突き進む。

大所帯に対して一筋の光では視界確保として心細いのか、皆の足取りはやや重い。

 

 

「ねえ、桜。その明かり、まっすぐじゃなくてさ、こう周り一帯を照らしたり出来ないの?」

 

「これ以上、照らす範囲を広げたりとかは出来ないかな。

……にしても、なんだろう。肩がこってきた」

 

「青年の手が嫌なら、おっさんと代わろうか」

 

「刺すぞおっさん」

 

「早まらないで青年、おっさんでも命は尊い。

俺はただ青年との身長差で、桜ちゃんに負担かかってんじゃないかって言いたかったの」

 

「ユーリと手をつなぐのは苦じゃないよ。

しっかり握ってくれて、とても楽」

 

「なんなら、これから毎日繋ぐか」

 

「え?」

 

 

何気なくユーリに問われて、私は胸が跳ねた。

旅の間、ユーリと手をつないで行動する。ちょっとドキドキするけど、効率的ではあるし。

返答に戸惑う私であったが、彼がにんまり顔で目が覚めた。

 

 

「桜は行動力が無駄にあるからな。ほっとくとどっか行っちまいそうだ」

 

「あのね、ユーリ。私、女子高生だよ? 自分で言うのもなんだけど、16の乙女なんだよ?

白昼堂々手を繋ぐなんてハイレベルな挙動告られたら混乱するし、周囲が勘違いするでしょ」

 

「オレは気にしないぞ」

 

「私が気にするんだよ」

 

「ははーん、さてはお前、……ん? ちょっと待て。桜、お前少し変だぞ。疲れているのか?」

 

「え、あ……、実はちょっとだけ。大したことはないよ」

 

「さっき肩がこってるって言ってたし。

もしかして、エアル酔いじゃないでしょうね」

 

「うーん」

 

 

リタに問われて、私は周囲に気を張り巡らせてみた。

ヘリオードのような辛い感じはしない。どちらかと言うと、デイドン砦の時と似ている。

 

 

「エアル酔いと言うほどでもないかな。

緊張、気分が高まる感じが、奥のそこらかしこからする」

 

「なるほど。多分、この地下水道。

通常よりもエアル濃度が高いかもしれないわ」

 

「引き返すか」

 

「ちょ、ユーリ、私は平気だから。クオイの森みたいに重くないから。

それにこのルートしかないんでしょう。このまま進もう」

 

 

エアルと聞いて即曲がれ右するユーリを私は慌てて引きとめた。

バルボスとラゴウを捕まえるチャンスを逃す手はない。……とはいえ、これはどうしたものか。

現時点のエアル濃度は少し気になる程度だが、これより更に奥に進んで、いきなりドきついエアルとエンカウントしたら、本当に倒れてしまうかもしれない。

せめて、危険かどうか目視できればと、携帯電話の明かりを先へ先へ照らしたところ、進行方向で何かが反射した。

 

 

「何アレ?」

 

「ワフ!」

 

「ラピード?」

 

 

私が目を見開いて確かめるより先に、ラピードが駆けて行き、口に咥えて持ってきてくれた。

それはバトンのような棒で、片方の先端には拳台の箱のようなものがついている。

何だろうと首を捻っていると、リタがそれだ!と指を鳴らした。

 

 

「それ、光照魔導器よ。やっぱりあるところにはあるじゃない」

 

「魔導器だ? ――桜。それを早く手放せ」

 

「あ、平気平気。桜が触ってもなんともないヤツだから。

それちょっと貸して」

 

「はい、リタさん」

 

「うーむ……。相当ガタが来てるけど、まだ使えそう」

 

「リタ。それは何に使う魔導器なんです?」

 

「まあ、見てて。桜、さっきエアルを感じるって言ってたわね。

ここよりエアルの濃い場所って特定できる? なんとなくでいいから」

 

「わからないけど、やるだけやってみる」

 

 

リタに言われて、私は更に意識を集中してみた。

私の手を握るユーリの手の温かみと感触に気が紛れそうになりながら、うろうろしているうちに一か所、微かだがエアルが他より濃い場所をぼんやりと捉える。

恐る恐る携帯電話の光を向けてみると、そこには淡い緑色のガスを吐く台が設置されていた。

 

 

「あれ、目視できるけど、エアルかな?」

 

「アレだわ。ちょっと待ってて」

 

 

リタはそこまで駆けていくと、棒の魔導器の先端を掲げた。

棒の魔導器は吐き出るエアルを吸い込むと、徐々光を発し、私たちとその周りを明るく照らし始める。

 

 

「これが光照魔導器よ。

こうして、エアル充填器から出るエアルを充填して、周囲を照らしてくれるの」

 

「これなら正面だけじゃなく、周りも見えるね」

 

「だけど、これ相当年期入ってるから、すぐ切れちゃうかもね。

ちょくちょく充填しないと」

 

「で、誰が持つのです?」

 

 

エステルに問われて、皆顔を合わせたが、間もなくしてカロルが私の方を向いた。

 

 

「桜が持ったら? この中で唯一の戦えないしさ」

 

「ダメだ。エアル充填器からはエアルが出てんだぞ。

充填する度にダメージ食らっちまう」

 

「少しくらいなら平気だよ」

 

「油断は禁物。ダメったら駄目だ」

 

 

ユーリにぴしゃりと言われて、私は口を紡ぐんだ。

ちょっとくらいと思ったけど、そのちょっとで何度もユーリやフレンに迷惑をかけたからなぁ。

じゃあ誰が持つのか、試しにユーリへ視線を送るが、首を横に振られた。

 

 

「オレは無理だな。得物と桜で両手塞がってる」

 

「桜ちゃんを誰かに預けるって手もあるよ」

 

「ないな」

 

「あ、そう。じゃ、おっさんが持とうか」

 

「誰が胡散臭いおっさんに、大事な光源渡すもんですか」

 

「とはいえ、リタは魔術を使う時に邪魔になってしまいますし。

わたしは剣と盾、カロルは両手武器で、ラピードは武器を咥えて戦いますから……」

 

「やっぱり私?」

 

「ダメだっつっただろ」

 

「でも、これじゃあ堂々巡りだよ」

 

「あーっ、んじゃこうしましょう。光照魔導器が使える間は、桜が持ってて。

それで光照魔導器の光が弱まってきたら、そのケータイデンワに光源差替えて、その間にユーリが充填する。

これなら、光源保てるし、桜がエアルに直接触れなくて済むでしょ」

 

 

以上、リタの苦肉の提案により、充填役はユーリ、持つ役は私と分担することになった。

力強く私たちを照らしてくれる光照魔導器を片手に、ユーリに手を引かれながら地下水道を再び突き進んで行く。

長年使われていなかったのか、カビ臭い匂いが鼻をくすぐり、水の流れる音に耳を傾けながら淡々と歩いていくうちに、私はふとある疑問が浮かんだ。

 

 

「ねえ、気になったんだけどさ」

 

「俺様が気になるって?」

 

「失せろおっさん話が進まない。

えーっと、光照魔導器を誰が持つかって話をした時、自然と戦う時の話になったでしょう。

……ここって出るの?」

 

「お、おばけ!?」

 

「で、でるのです!?」

 

「違う違う。魔物、モンスター。ザーフィアスの地下でも出たから。

ここでも出るんじゃないかって」

 

 

私が首を横に振ると、カロルはくったり両肩を落とした。

 

 

「なんだ。桜ったら、驚かせないでよ」

 

「ごめん、ビックリさせるつもりはなかった。

ひょっとして、エステルもカロルもお化け怖いの?」

 

「ううっ、実はあまり得意ではありません」

 

「エステルはいかにも苦手そうだよね」

 

「斬殺か撲殺か術殺できれば、そうでもありませんが」

 

 

前言撤回。

身を縮めて震える皇女にときめきそうになったが、腰の剣に手を伸ばすのを目の当たりにして、考えを改めた。

一瞬にして冷めた私など知ってか知らずか、エステルは身を強張らせたまま、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

 

「クオイの森でもそうでしたが、桜はこういうのは得意なのですね。羨ましいです」

 

「得意ってわけじゃ……。

私はおばけより魔物が怖いかな。生死がかかってるもの」

 

「まあ、桜の場合はそうなるわな」

 

「ボ、ボクだって、おばけなんて怖くないよ! 警戒するに越したことはないってだけ!」

 

「声が震えてるぞ、カロル先生」

 

「む。武者震いだよ!」

 

「――あれ? カロル少年、後ろに白い何かが!」

 

「ぎゃああああああ!」

 

 

レイヴンが咄嗟に虚空を指さすと、カロルは即座に身を屈めて悲鳴を上げた。

もちろん、そこに何かあるはずもなく、おっさんはニタニタととぼけるだけだ。

 

 

「気のせいだったかな?」

 

「も、もう、やめてよ。レイヴン~」

 

「強がりはよくないよ、少年。若い時の恥くらい何さ。

今のうちにワーキャー言っといた方が、逆に肝が据わってくるよ」

 

「ほ、ホントかな」

 

「そういうことなら、どんどんビビらせてみましょう」

 

「なんで剣携えてるのさ、エステル!?」

 

「これもすべてはカロルの為なんです」

 

「違う意味で怖いよ!」

 

「一応言っとくけど、怖がらせるのと、脅すのとでは誓うからね。嬢ちゃん」

 

「カロルは魔物もおばけも虫もダメなんだ。

それに比べて、リタさんは肝が据わってます――ね?」

 

 

薄暗闇で剣を構えるエステルに怯えるカロルを温かい目で眺め、次にリタの姿を捜していた所で、背中に柔らかく温かい感触が触れた。

振り向けば、私の肩に顔をうずめたリタの姿が。

 

 

「リタさん?」

 

「進みなさい」

 

「背中から抱きつれたら、進むに進めませんよ」

 

「いいから黙って――いいえ、何か喋りながら進みなさい!

沈黙はタブーよ! こういう人気のない真っ暗闇だからこそ、明るく賑やかに突き進むべきなのよ!」

 

「リタさん。ひょっとして――」

 

「あらら~っ。もしかして、リタっち、お化けが怖いの?」

 

「フンッ!」

 

「ガフ!?」

 

 

私にしがみつくリタを指でツンツンするレイヴンだったが、その脇腹にカウンターの蹴りがめり込んだ。

いつも上から目線で勝気で強気の彼女が、お化けが苦手だったなんて。

可愛らしい所もあるんだなとほんわかするものの、現実問題後ろから抱きつかれると歩行できない。

 

 

「すみません、リタさん。1,2歩離れてくれません?」

 

「ほら、リタ。桜が困ってるだろ。放してやれよ」

 

「だ、だって~っ」

 

「リタだけ桜にくっついてずるいです。

私は前から行きますので、よろしくお願いします」

 

「何がよろしくお願いしますだよ。前から突っ込むとか、関取か貴様!?」

 

「でも、女の子に後ろから抱きつかれるって、萌えるシチュエーションだよね。

こう背中にほんのり触れる柔らかいふくらみとか……ふくらみとか……、あ、リタっちにはないか」

 

「てい!」

 

「がは!?」

 

 

私の背中に張り付くまな板を丹念に見つめるレイヴンの顔面に、リタの蹴りがのめり込んだ。

目視できないだろうが、背中からの感触からするに、まったくないことはないんだけど。

いや、今はそんなことどうでもいい。

 

 

「大丈夫ですよ、リタさん。光照魔導器があるから。おばけなんて出ませんって」

 

「光照魔導器は辺りを照らすのであって、除霊効果なんてないわよ!」

 

「明るいだけマシだろ」

 

「バカね、ユーリ。

影や闇のそこらかしこから何か出てきたらどーすんの!?」

 

「お前なぁ……」

 

「そ、そもそも、桜がおばけなんて非現実的な想像の産物を不用意に口にしたのが原因なんだから!」

 

「言ったのはカロルなんだけど」

 

「ボクのせいなの!?」

 

「ガキんちょは後で〆るからいい」

 

「確約された!」

 

「連想させる方も悪い!

故に桜には責任をもってあたしを誘導する義務が発生したのよ!」

 

「いやでも、早くここから移動しないと」

 

「離れるなんて絶対許さないからね!」

 

「光照魔導器の明かりが心なしか弱くなってるから」

 

「――っ!」

 

 

私が片手の消えゆく灯を指摘すると、リタは顔面蒼白で硬直した。

自然と私を拘束する彼女の腕が、収縮し、私の内臓を圧迫する。

 

 

「マジですみません、リタさん。綺麗にホールド入ってます」

 

「おい、リタ。しゃきっとしろ。桜を締上げてどうすんだ」

 

「う る さ い……っ!」

 

「ったく、まあいい。桜、次のエアル充填器の場所分かるか。

オレがちょっと行ってくるわ」

 

「わ、わかった。今集中してみ……ぐ、苦しいっ。

リタさん、ベアハッグが、腹にもろ入ってる」

 

「何だって? リタ、お前の桜が苦しんでるぞ。

いい加減離れろって! この、なんて馬鹿力だ」

 

 

ユーリが力づくで私からリタを引き離そうとするが、しっかり引っ付いていて叶わない。

そうこうしている間にも、光照魔導器の光は小さくなっていく。

 

 

「桜、早くしないと光照魔導器が消えちゃうよ!」

 

「こうなれば、わたしとユーリの2人係で桜を抱えて進撃するしかありません!」

 

「落ち着けエステル。この先真っ暗闇のどこに突撃すんだよ」

 

「ならば、ここはリタに一発フォトンで撃破するしか……!」

 

「桜にもあたるだろ!」

 

「それはまずいので、桜から引き離してからぶっ放します!」

 

「それができれば、とっくにやってるっての。

その前にエステル、リタに当てる分にはいいのか?」

 

「ユーリが後で謝っておいて下さい!」

 

「意味わかんねえよ!」

 

 

あまりの怖さに暴走するエステルを宥めていたユーリだったが、ふとその動きを止めた。

 

 

「いや、待てよ。意識があるから桜を離さねえんだよな」

 

「あのユーリさん、眼が据わって怖いんですけど」

 

「つまりリタが意識を失えば、お前は解放されるわけだ」

 

「おもむろに手刀構えて、まさか……!

リタさん、リタさん! 離れて下さい! このままでは意識の強制離脱が!

ユーリも実力行使とか、後で地獄を見るわよ、冷静になってよ!」

 

「お前を助けるためだ。俺を信じろ!」

 

「意味わかんないよ!」

 

「とか言ってる間に、光照魔導器消えちゃうわよ」

 

「あ」「ひっ」「ひゃああああ!」

 

 

ユーリとエステルで私とリタをやいのやいのしているところへ、レイヴンの宣告通り、光照魔導器の明かりが消えてしまった。

闇に視界を奪われ、私たちの間の抜けた声、カロルの短い、リタの大きな悲鳴が地下水道に響き渡る。

そして更に私を戒めるリタのホールドが強くなった。

 

 

「し、死ぬ……!」

 

「やっぱり手刀か!」

 

「やっぱ死ねない!」

 

「桜、早くあのケータイデンワで明かりともしてーっ!」

 

「泣かないでよ、カロル。そうしたいんだけど、暗くて手元がよく見えないの」

 

「桜、桜、早くしなさいよ~っ」

 

「揺らさないでリタさんんんん!」

 

「――ウウウウウッ!」

 

「どうしたラピード!?」

 

 

私がカロルやリタに振り回されていると、突然ラピードが唸り声を上げた。

混乱を退け、緊張が走ると共に、水道の流れる音に異変が起こる。

流水が乱れ始め、穏やかだった水面を裂いて何者かが水上へと飛び出した。

 

 

「桜、こっちだ!」

 

「うわわ」

 

 

微かに生臭い匂いがしたと思ったら、ユーリにリタごと腕を引っ張られてしまう。

すると今までいた所に、何かが通り過ぎた。

 

 

「な、何!?」

 

「魔物だ。まだ襲ってくるぞ!」

 

「見えるの?」

 

「はっきりとはまではいかないが――と、危ねえ!」

 

 

話が終わる前に、ユーリが私に覆いかぶさった。

何事かと声をかける前に、彼の身体が大きく揺れる。

 

 

「ユーリ!?」

 

「心配すんな。ただのかすり傷だ」

 

「シッ! 下手に物音立てない方が良いよ」

 

「てったって、この真っ暗闇の中、どうやって戦うのさ~っ!?」

 

 

レイヴンの忠告にカロルの泣き言が覆いかぶさる。

カロルの言う通り、この暗闇で何も見えない私たちとは正反対に、魔物は私たちを捉えることができるようだ。

このままでは、なぶり殺しにされてしまう。

ゾッと背筋を凍らせていると、ヒタリ、ヒタリと湿った何かが地を這う音がこちらに近付いてきた。

 

 

(ひょっとして、こっち来てる!? 早く携帯電話携帯電話……!)

 

「静かにしてろ。これくらいなんとかしてやるさ」

 

 

焦る私を胸に納めるユーリは、おもむろに刀を抜きながら静止した。

もしかして、音だけで間合いを測る気か。

 

 

ヒタリ、ヒタリ、ヒタリ、……ヒタヒタヒタヒタ――!

 

 

近づいてくる足音に、私を抱くユーリの腕の力がこもる。

もう少し、もうすぐ、もうそこで――のところで、ユーリは後ろへ身を翻した。

硬い物が噛み合い、鼓膜を突くような音が周囲に響き渡る。

私ははやる気持ちを抑えて、やっと手にした携帯電話をユーリのいる方へ向けた。

 

 

「ユーリ!」

 

「――! こりゃ、紙一重だったな」

 

 

携帯電話の懐中電灯をあてた先には、ユーリの背中と、彼の刀に食らいつく白いサメの魚人の姿が明るみになった。

優に2メートルはあろうか。ユーリを掴みかからんとする白い鱗に覆われた腕、刀に食らいつくギザギザの歯。

携帯電話の光が魔物の姿を下から上へ舐めるように照らしていき、最後に顔面にきたところで、魚人は真っ赤な目を塞いで狼狽した。

 

 

「今だ青年、助太刀するよ!」

 

「おうよ!」

 

 

魚人が怯むのを見たレイヴンが素早く弓矢でその鼻先を貫き、よろけたところでユーリの大きな一太刀が入る。

斜めにスッパリ裂かれた魚人は仰向けに倒れ、しばらくもがいた後息絶えた。

危機一髪、一難去ったと私は胸をなでおろしたが、リタを除いた皆は構えを解かない。

 

 

「油断すんな。まだいるぞ」

 

「桜ちゃん。そのケータイデンワで周囲を照らしくんない」

 

「う、うん」

 

 

動揺する間もなくレイヴンに言われて、私は携帯電話の明かりを隈なく周囲に滑らせた。

すると一抱えくらいの大型蝙蝠や、同じく大型の白いオタマジャクシやらが何匹が照らされる。

それらは光を浴びると、まるで煮えた熱湯をかけられたようにもがき苦しみ始めた。

 

 

「携帯電話かざしただけなのに、ダメージ食らうみたい」

 

「どうやら、こいつら全員光に弱いらしいな」

 

「海底や洞窟といった暗いところに棲息する生物は闇に慣れて、目が退化すると聞きます。

光は強い刺激として避けているのかもしれません」

 

「なら話が早い。桜ちゃん、その調子でバンバン照らしちゃって」

 

「わかった。順番にやってくね」

 

 

近くを飛ぶ蝙蝠を射抜いてウインク飛ばしてくるレイブンに、若干引きつつも、私は携帯のライトで魔物たちを蹂躙し始めた。

別におっさんのウインクがキモかったわけではないが、ごく最近ユーリがしたもんだから。

なんてもんダブらせやがる。

 

お茶目で余計なおっさんのことは捨て置き、私は魔物に集中した。

ヌメヌメ魚人に光を充てれば、ユーリがぶった斬り、白いオタマジャクシに当てれば、カロルが殴り倒す。

蝙蝠に当てれば、エステルが光の魔術で討ったり、レイヴンが矢を射る等々。

私たちの戦いは一方的な害獣駆除によって、綺麗に片付けられた。

 

 

「リタさん。リタさん。終わったよ」

 

「……」

 

「ここにいるのは、おばけじゃなくてただの魔物だったから。

それも皆倒してくれたから、もう平気だよ」

 

「……ホント?」

 

「そうそう、リタが桜にしがみついて泣いている間に、ボクがカッコよく――ゴハ!?」

 

「泣いてないわよ」

 

 

胸張るカロルの頭部に仏頂面のリタのゲンゴツが叩き込まれ、自慢のリーゼントが真っ二つに割れた。

のた打ち回るカロルを背筋を伸ばして見下すリタを見て、ユーリは短くため息をつく。

 

 

「それだけ元気があれば、もう平気だな」

 

「うっさいわね。科学では説明し難い未知の存在に警戒してただけであって、決してビビってたわけじゃないだから」

 

「リタさん。辛くない? きちんと歩ける?」

 

「大丈夫よ、桜。危ない所だったのに、いろいろゴメンね」

 

 

私がおずおず尋ねると、リタは打って変わって済まなそうに謝ってきた。

その豹変ぶりに、流石のユーリも呆れた顔だ。

 

 

「なんだこの扱いの差は」

 

「少しはおっさんの気持ちがわかったろ、青年」

 

「おっさんは身から出た錆だろ」

 

「青年って、冷たい」

 

「こんなところでモタモタしてらんねえ。

桜、今度こそ、エアル充填器の場所を特定してくれないか」

 

「それはいいけれど、さっきの怪我は大丈夫?」

 

 

レイヴンの哀愁をスルーするユーリは至って元気そうだが、先に魔物にやられた件が気になって声をかけてみた。

 

 

「見たところ、本当にかすり傷のようだけれど、一応アップルグミだそうか?」

 

「食わしてくれんの?」

 

「ごめん私、ユーリと携帯電話で両手塞がってるから、レイヴンさんが代役で」

 

「青年、アーンして」

 

「その特権はうちのお嬢さんにあるのであって、おっさんがやるとキモイだけだからやめてくんねえかな」

 

 

私にGOされて喜び勇んでアップルグミを構えるレイヴンに、ユーリは青筋立てて拒んだ。

結局自分で食べたユーリを引き連れながら、改めてエアルを辿ってみる。

真っ暗闇で雑念に囚われにくいせいか、1度コツを掴んでしまえば、二度三度とスムーズにエアル充填器に辿りつく。

着々と堅実に地下水道を進んでいくうちに、私たちは不自然に大きい壁にぶち当たった。

 

 

「これなんだろう。何か刻まれているね」

 

「あーこれ、誓いの壁だわ」

 

「誓いの……? レイヴンさん知ってるの?」

 

「知ってる知ってる。ギルドの間じゃ有名だからね」

 

「へぇ、そうなんだ。……。……。……えーと、なんて書いてあるんだろう、なんて」

 

 

壁に刻まれた文字、リタの家の貼紙のものと似ているような気がするが。

日本語でも英語でもない、わけのわからん文字の羅列を前に固まっていると、カロルが眉尻をはねた。

 

 

「え? 何変なこと言ってるんだよ、桜。普通の文字だよ」

 

「薄暗くてよく見えないし、上の方なんて桜じゃ届かないだろ。

オレが代わりに呼んでやるか。何々、"かつて我らの――」

 

「待った青年。ここは保護者2号の俺様の出番。

不思議少女のお願いとあれば、戦闘家事ヒモなんでもござれ! 朗読だってお任せよ!」

 

 

首を傾げる私を見かねたユーリが壁の文字に目を通そうとしたが、それを遮ってレイヴンが意気揚々と名乗り出た。

おっさんは私の隣に立つと、壁に羅列する文字を淡々と音読し始める。

 

 

「――"かつて我らの父祖は民を護る務めを忘れし国を捨て、自ら真の自由の護り手となった。

  これ即ちギルドの起こりである。しかし今や圧政者の鉄の鎖は再び我らの首に届くに至った。

  我らが父祖の誓いを忘れ、利を巡り互いの争いに明け暮れたからである。

  ゆえにわれらは今一度ギルドの本義に立ち戻り持てる力をひとつにせん。

  我らの剣は自由のため。我らの盾は友のため。

  我らの命は皆のため。ここに古き誓いを新たにす"――てね」

 

「どういう意味?」

 

「んーとね。自分たちのことは帝国に頼らずに自分たちで守る。

その為にはしっかり結束し、お互いのために命をかけよう、みたいな意味」

 

「お互いのために、命を……か。

これ、ドンがユニオンを結成した時に作られたものだね」

 

「カロルも知ってるの?」

 

「これはユニオンの標語みたいなものだから。

でも、こんなところにあったなんて」

 

 

カロルが首を傾げるのも無理はない。

標語と言うからには、もっと表立った所にあるべきなのに。

私も揃って不思議な顔をしていたのか、レイヴンは続けて解説してくれた。

 

 

「ユニオンってのは、帝国がここを占領した時に抵抗したギルドの集まりが元になってんのよ。

ここに入る前に話したでしょ。地下水道に潜って、機会を伺ってたって、この壁はそん時のものさ」

 

「ユニオンができるまで、ギルドはそれぞれ適当にやってたんですか」

 

「そそ。好き勝手行動してて、ピンチになった時だけ協力して、問題解決したらまたい散り散り。

でも帝国に襲われた時、これじゃだめだってことで、きちんと団結して掟を作ったの」

 

 

流石は天を射る矢の参謀と言うべきか、詰まることなく丁寧に説明してくれる。

ドンがここを通ったなら、これを刻んだのも彼なのだろうか。帝国にダングレストを占領された時に。

どこか遠い世界にいるような気分になっていると、壁画の隅の方にポツンと何かが刻まれているのに気付く。

 

 

「隅の方に何か書いてあるけれど、署名? 名前、だよね?」

 

「"アイフリード"って書いてあるな」

 

「アイフリードって、パティが探している宝の人だよね。

海精の牙の首領やってたから、帝国との戦いに参加していたのかな」

 

「アイフリード……。

移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として、騎士団に追われている。

――と、わたしは聞きましたが」

 

「殺害!?」

 

「ブラックホープ号事件だっけ。あれ相当ひどかったんだって」

 

 

エステルとカロルからまったく想定外の話をされて、私はぎょっとしてしまった。

どっかの海賊王みたいに、数多の海を冒険した豪傑かと思っていたら、まさかの人殺しだったとは。

ユーリはさして興味がないのか、ふーんと一応聞くだけ聞いて、レイヴンの方に向き直った。

 

 

「とんだ悪人がいたもんだ。けど、あんた、前に亡くなったって話してなかったか」

 

「噂だってば。少なくともドンは生きてると信じてるみたいだけどね。

なんつったって、盟友だから」

 

「あの極悪人がドンと!?」

 

「頭の回転の早いわ、喰えないわで、ドンも苦労したらしいよ」

 

 

目をひん剥いて驚くカロルに、レイヴンはドンに愚痴でも聞かされたのか、うんざり肩を落として答えた。

大量殺人犯でドンの盟友で財宝でも有名……、ワケがわからん。

 

 

「ここに著名してるってことは、少なくともユニオンに所属してるんでしょうけど」

 

「行方知れずだけどねー」

 

「ドンさんは探したりしないんですか。盟友なんでしょう?」

 

「信じてるんじゃない。奴なら必ず生きて戻ってくる――!

っくーっ、ロマンを感じるね。そう思わない、桜ちゃん」

 

「バカっぽい。ここカビ臭くて堪んないんだから、この上ムサい言動は止してよね。

用がないなら、さっさと行くわよ」

 

 

カッコつけるレイヴンにリタは冷めた目を送ると、回れ右して先を促してきた。

カビ臭いムサいはともかく、地上では帝国とギルドの戦争が今か今かというところ。

私たちは誓いの壁を後にして、先を急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

延々と続く地下水道を進みながら、定期的にエアル充填器で充填するルーチン作業を続けていくうちに、一つの階段にぶち当たる。

ソロリソロリと階段を登り、物置部屋を通り過ぎて、ひとつの扉を潜った先は、こじんまりした酒場だった。

天を射る重星のように賑わってるどころか、どのテーブルにも、カウンターにも、人っ子一人いない。

 

 

「ここは東にある酒場だね。何度か来たことあるよ」

 

「酒場? がらんどうじゃないの」

 

「客どころか店員もいないとなると、ますますきな臭くなってきたな」

 

「待って下さい。上の方から、話し声が聞こえてきます」

 

 

エステルに言われて耳を澄ましてみると、上の方から聞き覚えのある声が交錯している。

老いた男と、低いドスの利いた男の声、これは――

 

 

「変態じじいとメタボリックおっさん……っ」

 

「ラゴウとバルボスだよ!」

 

「声が大きいよ、カロル。

ストレート名前叫んだら、気づかれるかもしれないわ」

 

「いや、驚愕の表情で妙なあだ名吐かれても、ボクらには通じないでしょ」

 

「安心しろ。いちいち名前出されなくても、あんな不愉快な声、忘れもしねえよ」

 

「何でもいいわ。相手が分かったのなら、ちゃちゃっとやっつけに行きましょうか。

天候を操る魔導器についても、聞きたいしね」

 

「ちょっと待った」

 

 

拳を鳴らすリタを止めたのは、神妙な面持ちのレイヴンだ。

彼はじっと階段の先を見つめた後、私たちの方を向いて、人差し指で上へ指した。

 

 

「ラゴウとバルボスが何話しているか、気にならない?」

 

「んなもん、さっさととっ捕まえて吐かせればいいだろ。

こちとら下町の魔核で急いでるんだ」

 

「大型傭兵ギルドを束ねるバルボスが、そう簡単に口割るとは思えないな。

それに評議会と紅の絆傭兵団が裏で手を組んでたんだよ。

連中の間柄、取組み、裏に誰がいるのかも知っといた方がいいんじゃない?」

 

「今回のニセ書状とか、盗んだ魔核とか、いろいろ絡んでるしね」

 

「……わかったよ。けど、いざって時は勝手にやらせてもらうからな」

 

「大丈夫です。お帰りの際は、この階段を下るでしょうから。

前から順に片付ければ、効率的にゴミを排除できます」

 

 

2階へ続く階段の下で、怪しく輝く剣を片手に中腰で待機するエステル皇女。

下から刺し殺していく気なのか。刺し返されることは想定していないのか。

いや、この皇女のことだ。刺される前に魔術で粉砕だろう。

 

 

(それよか、んなことしたら、2階に残った連中にバレると思うけど)

 

 

そしたら、この皇女のことである。

酒場ごと滅ぼしかねない。

一抹の不安に冷や汗を垂れ流しつつ、私たちは2階で言い争う2人の話に、耳を傾けてみた。

 

 

……

 

……

 

――何故私に報告しないのです!? バルボス!」

 

 

先程から声を荒げているのは、ラゴウのようだ。

一方的に捲し立てているようで、相手のバルボスは適当に返しているだけのようにうかがえる。

 

 

「集めた魔核を要塞まがいの塔に利用するなんて聞いていませんよ!

武器や自律系魔導器まで作った挙句、海凶の爪まで勝手に使って!」

 

「そりゃ、話す義理もねえからさ」

 

「私は雇い主ですよ!」

 

「ワシは飼い犬になった覚えはない。

這いつくばって拝んでほしけりゃ、他あたりな」

 

 

バルボスはフンと鼻で笑うと、一息ついて次のように凄んだ。

 

 

「"互いに干渉しない"。それが協力する条件だったがな。

これまで、ワシが貴様のやることに口出しをしたか?」

 

「く……っ」

 

「お前の要望通り、集めてやったお蔭で、天候を操る魔導器を作れたんだ。

残りをどう扱おうと、ワシの勝手だろう」

 

「私をぞんざいに扱うとどうなるか。必ず後悔しますよ!」

 

「まあ、そんなカッカすんな。

どうやら、例の娘がドンと接触したらしい」

 

「シャイコス遺跡の重要参考人ですか」

 

 

私のことか。

突然話題に上って、身を強張らせると、そっとユーリが肩を叩いてくれた。

 

 

(大事なところだ。オレがついてるから、落ち着いて聞いとけ)

 

(うん)

 

 

彼に励まされて、少しだけ緊張が和らいだ。

私のことなんだ、一言たりとも聞き逃すものかと気を引き締めて、再度耳を澄ませる。

また流れ込んできたのは、バルボスの含み笑いだ。

 

 

「やっぱり、あの爺も狙ってやがった。これは面白くなってきたぜ。

ユニオンのついでに、掻っ攫ってもいいかもな」

 

「お待ちなさい。あれは私の玩具ですよ」

 

「奪った者のもんだ。その後、何しようが貴様には関係ねえ」

 

「小娘の価値を知らぬあなたたちがわざわざ攫ったところで、何の利になるのです」

 

 

ラゴウが何やら必死に説得している。

カプワ・ノールでのあれはただの好奇心か何かだと思っていたが、違うのだろうか。

私の価値と言われても、異世界から来たことと、エアルに弱い程度で役に立つスキルも何もあったもんじゃない。

妙に慎重なラゴウに、バルボスは短いため息をついた。

 

 

「俺の勘ってのもあるが、とある協力者に変わり者がいてな。そいつがご執心なんだよ。

嘘かホントか、娘はエアル感受性が強いって理由でな」

 

「どこでそのような話を……、その協力者とは一体誰ですか?」

 

「おいおい忘れたのか?

"互いに干渉しない"。つまり貴様に教える義理はない」

 

「ふざけないで下さい。あれは騎士団との取引に有効な存在で、あなたが考えている以上に――」

 

「貴様の都合なんざ、どうでもいいんだよ。おい! 執政官様のお帰りだ」

 

「バルボス! まだ話は終わってはいませんよ!」

 

 

バルボスが手を叩いて、ラゴウを追い出そうとし始めた。

――まずい、片方を逃してしまう。

慌てて階段を駆け上る私たちの横をすり抜け、真っ先にユーリが2階へと躍り出た。

 

 

「悪いが、帰すわけにはいかねえな」

 

「あなた達は……!」

 

「ほほう、船で出会った小僧たちか。相変わらず娘のお守にかまけているようだな」

 

 

ユーリに続いて私たちが上がってくると、隻眼の中年男バルボスは私に見やって口角を吊り上げた。

ざっと2階を見回すと、切った張ったするのはちょうどいいスペースではあるが、イスやテーブルと言った障害物も多く、そこに非戦闘員ラゴウ、中央にバルボス、傭兵が2人構えている。

人数的にはこちらが有利か、だがこちらに向けられるバルボスの笑みは絶えない。

 

 

「てっきりドンのところにいるものと思えば、自分からのこのこやってきてくれて助かるぜ」

 

「汚ねえ目でうちのお嬢さん眺めるのは止してくれ。

黒幕が雁首揃えて、魔核泥棒の次は人攫いの商談か?」

 

「そこの娘には、多少の期待はあるからな。

まあ、これから起こるイベントに比べれば、圧倒的に劣るが」

 

「い、イベント?」

 

 

バルボスに品定めするように見据えられ、私は悪寒を感じつつも、その言葉に眉を潜めた。

これから起こるイベント、もしや帝国とギルドの戦争か。

エステルも気づいてか、キッとバルボスを鋭い視線を向けた。

 

 

「やはりこの一連の騒動は、貴方たちが原因なのですね」

 

「それがどうした。所詮貴様らではワシを捕えることはできまい」

 

「さっきから気になってたんだけど、なんであの人あんなに自信満々なの?」

 

「さてね。悪人は自分が負けた時のことを考えてねえのかもしれねえな」

 

「じゃあ、ユーリも悪人だね」

 

「ああ、とんもない極悪人さ」

 

「えばってどうするの」

 

 

カロルが冗談交じりに吹っかけると、ユーリは余裕でこれを返した。

一部誤解があったとはいえ、指名手配されてただろ、あんた。

一方、レイヴンは今にも舌打ちしそうな苦い顔で頭をかいた。

 

 

「やれやれ、造反確定か。面倒なことしてくれちゃって」

 

「レイヴン、なぜ貴様がここに?」

 

「お使いだよ。あんたが余計なこと企てたりしなけりゃ、久しぶりにお休み貰えたかもしれないってのに」

 

「天を射る矢か……? しかし、ドンは表でギルドを率いているはずだ」

 

「桜ちゃんとの楽しいひと時を過ごせたと思えば、ラッキーだったかな。

というわけで、これ以上ややこしくなる前に観念してくれる? バルボス」

 

「ふざけるな。まとめてとっとと始末してくれる。やれ野郎ども!」

 

 

バルボスの命令に従い、傭兵たちが私たちの前に太刀憚った。

ユーリが迎え撃つように刀を抜いたその時、外から耳を劈くような砲弾の音が鳴り響く。

続いて大勢の雄叫びにも似た声援が空気を震わせた。

 

 

「くっくっく。バカどもが、始まったぜ。帝国とギルド――天を射る矢の戦争がな」

 

「ええっ? もうドンが動き出しちゃったの!?」

 

「このままでは、騎士団とギルドがぶつかってしまいます!」

 

「評議会のラゴウ、天を射る矢、戦争――やっぱりか」

 

 

慌てるカロルとエステルを尻目に、レイブンは顎を掻いてフムと頷いた。

その鋭い視線は、横柄に構えたバルボスを捕える。

 

 

「おたくらは、帝国の騎士団と天を射る矢をぶつけて潰し合いをさせたいわけだ。

両者潰れて空席になったところに、自身が君臨すると」

 

「苦労せずに、評議会は帝国を紅の絆傭兵団はユニオンを支配できるわけね」

 

「そういうことね、リタっち」

 

「今頃気付いたところで、もう遅い。ドンは動き出した。もう止まらねえぞ」

 

「そうはいかねえよ。必ず止めて見せる」

 

 

ユーリの勝気な笑顔を待っていたかのように、馬の嘶く声と共に駆ける足音が聞こえてきた。

犇めくざわめき声を裂いて、聞き覚えのある若い青年の声が天高く届く。

 

 

『――止まれ―っ! 双方刃を引かないか!

私は 帝国騎士団小隊長フレン・シーフォ!』

 

「フレンさん!」

 

「やっと主役のおでましだ」

 

『ヨーデル殿下の書状をここに預かり参上した!

帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである! 即刻軍を引け!』

 

 

窓から外を確認しなくてもわかる。

フレンの凛とした言葉がギルドの闘争心を沈めていくのが。

 

 

「本当に書状持ってきてくれたんだ」

 

「一時はどうなることかと思ったが、ちゃんとやってきてくれてホッとしたぜ」

 

「ユーリ、フレンさんのこと信じてなかったの?」

 

「信じてたさ。あいつはやればできるやつだ。

……裏を返せば、やらなきゃしないやつだからな」

 

「え」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

何か物言いたげに私に見やるユーリだったが、沈痛な面持ちで目を逸らした。

彼らの間に一体何があったんだろうか。

一方、形勢逆転されたバルボスは外を食い入るように見て、怒りに顔を歪ませた。

 

 

「ラゴウ、根回しをしくじりやがったな」

 

「ひっ!」

 

「クソッ! デカイ口叩く割には、ちっとも役に立たねぇ!」

 

 

震え上がるラゴウをバルボスは憎々しげに睨みつける。

戦争はフレンが書状をもってきたおかげで食い止めた。

後は障害になりうる傭兵をなんとかして、バルボスとラゴウを捕まえるだけだと思ったら、窓外へクロスボウを構える傭兵の姿が。

 

 

「ちょっと、あれ!」

 

「させるか!」

 

 

私が指差すと同時に、それ気づいたカロルが、鞄から金槌を取り出し思い切り投げた。

一振りの金槌は弧を描いて、クロスボウの傭兵の頭に命中し、転倒させる。

近くにいた残りの傭兵も、素早くユーリが斬り捨てた。

 

 

「ナイスだ、カロル先生!」

 

「えへへっ! 任せて!」

 

「後はラゴウとバルボスだけです。大人しくお縄について下さい」

 

「うう……、バルボス、なんとかなさい!」

 

「小娘が古臭い言葉を使いやがって、こっちも伊達に首領についてんじゃねえんだ。

大人しくさせたけりゃ、力づくで来な」

 

「どうしてもというなら、私の手で亀甲縛りにして市中引きまわしてくれます」

 

「エステルさん、どこで覚えたゲスな羞恥プレイ!」

 

 

必死に訴えながら縄をちらつかせる皇女。

彼女なら本気でやりかねない。嘔吐不可避のメタボと爺の亀甲縛り。

想像して思わず催しそうになる私であったが、当のバルボスは苛立った様子で私を目で捉えた。

 

 

「興が削がれた。この上、手ぶらじゃ帰れねえ」

 

「この期に及んで、まだ桜を狙うってのか。

てっきり泣いて謝る算段でもしてるのかと思ったぜ

 

「バルボス、あんたはもう少し賢いヤツだと思ってたんだがね」

 

「ドンの腰巾着が。これでもまだ吠え面かくか」

 

 

そういってバルボスが私たちの方に差し向けたのは、黒いライフルのようなものの銃口だった。

長さはざっと1メートル強あろうか、微弱ながらエアルを感じる。

もしも、首につけた「エアルの影響を抑える魔導器」がなかったら、多少の脱力感が襲うほどに。

 

 

「皆、気を付けて! あれ、ラゴウの屋敷にあった天候を操る魔導器と同じ感じがする!」

 

「なんだって!?」

 

「いけない、臥せて!」

 

 

ユーリの問いを遮ってリタが警告すると、私たちは反射的にその場で屈んだ。

するとバルボスのライフルから青い光弾が放たれ、ユーリの頭上を通過し、壁に被弾し爆発する。

避けるのが一歩遅れたら、身体か、最悪頭を吹き飛ばされていただろう。

 

 

「なんつーもん隠し持ってやがる!」

 

「まずは1階へ逃げた方が良いんじゃない。

まともにやりあうには、障害物多過ぎでしょ」

 

「大丈夫。あれ、充填時間かかるから、今のうちに叩き壊せば――て、嘘!?」

 

 

逃げ腰になるレイヴンに反して、リタが説明している間にも、光弾が彼女の横を掠める。

 

 

「景気よく連射してきてるよ、魔法少女!」

 

「知らないわよ! 桜が天候を操ってた魔導器と同じっぽいって言ってたから、あの子もひょっとして……」

 

「考えるのは後だ! 皆、頭を低くして、1階まで走れ!」

 

 

ユーリが吠える先から、光弾が彼の足元に被弾する。

命中率はあまり高くないようだが、殺傷能力は抜群だ。

ゆっくり観察してるまもなく、バルボスは私を連れたユーリに狙いを定めた。

 

 

「逃がすか! そこの娘は置いてってもらう」

 

「良い歳したオヤジが危ないもん振り回してんじゃねえよ。

そんなんじゃ、女の子が逃げちまうぜ」

 

「一度頭ブッ飛ばさなきゃわからねえようだな」

 

「その割には、流れ弾さえ当たらねえようだが。

酒っ腹が邪魔で、狙いが定まらないか」

 

「よくわかった。まずは貴様から片付けてやる!」

 

「いい感じに血が上ったかな……?

――桜! ここはオレが引きつける! お前は皆と先に行け!」

 

「ちょ、待って、ユーリは?」

 

「すぐに追いついてみせるさ」

 

 

バルボスの猛攻の中で戸惑う私に、笑顔で後押しするユーリ。

せっかくニセ書状の犯人捜してここまできたのに、せめてラゴウだけでもと思うものの、遠くの方で縮こまって捕まえやしない。

ここは四の五の言わずに逃げる方がいいだろう。

 

 

「わ、わかった。ユーリも早く――」

 

 

その時だ。

突然、内側から何か別の違和感がして、胸がざわめき、私の動きと思考を止めた。

 

 

――これは、あの時の。

 

 

以前と同じ。そう、ラゴウの屋敷とヘリオードで感じたものだ。

私は私なのに、私ではないような。私でない何かが、何かに呼ばれ、応えようとしている。

―― 一体誰が、誰に?

 

 

「桜、危ねえ!」

 

 

ユーリの声で我に返る。

気付いた時には、彼に突き飛ばされていた。

嫌な予感がして振り向くと、彼を捉えるバルボスのライフルの銃口が視界に入る。

 

 

(ユーリにあたっちゃう!)

 

 

全てかスローモーションに見えた。

全身全霊をもって、バルボスのライフルへと意識を集中させる。

闇が覗く銃口、バルボスの人差し指が引き金がゆっくり動いて、微かなエアルの波が急激な勢いで凝縮されていく。

 

 

(無くなれ! 無くなれ! 消えて無くなれ!)

 

 

バルボスが引き金を引ききり、ライフルの銃口から一つの光弾が放たれる。

それは空を裂き、彼の右腕を掠め、進行方向の壁を軽く焦がした。

 

 

「っ痛てぇ!?」

 

「ユーリ――くぅっ!?」

 

 

右腕を抑えるユーリの元へ急いで駆け寄ろうとしたところ、異常な虚脱感と頭痛が襲い掛かった。

この世界に来て何度も味わった苦痛――こんな時にエアル酔い!?

圧し掛かる疲労感に立っていられず、その場に倒れ呻く私に、ユーリが血相を変えた。

 

 

「桜! まさかさっきのに当たったのか、大丈夫なのか!?」

 

「当たってはいないんだけど、身体が……っ。

それより、腕! ユーリ、腕は!?」

 

「見ての通り、軽いやけどだ。それより、お前の方が――」

 

「かすり傷だと? 馬鹿な、生身の腕なら火傷じゃ済まねぇぞ!?」

 

 

ユーリが傷ついた右腕を見せたところ、バルボスが明らかに動揺し始めた。

最初に被弾して穴の開いた壁や焦げて転がる椅子を見れば、彼が驚くのは一目瞭然だが、ユーリの腕は一体どういうことだ。訳が分からない。

皆が事態についていけない中、ただ一人だけ、目の前で起きた事実に打ち震える者がいた。

 

 

「嘘でしょ? エアルを吸収したって言うの!?」

 

「リタ、さん……?」

 

「この娘が、エアルを吸収だと? くっくっく、面白い。

ただの余興くらい思っていたが、ようやく娘の利用価値が見出せそうだ」

 

「何勝手な妄想してやがる。

おい! 皆何ボーっと突っ立ってんだ! 早く逃げろ!」

 

「は、はい! でも、桜が!」

 

「オレが連れていく!」

 

「させるか!」

 

 

ユーリが私に駆け寄ろうとするも、バルボスのライフルが行く手を阻み、近づく事さえ叶わない。

その中、バルボスは相変わらず激しく炸裂する光弾に、眉を顰めた。

 

 

「威力は弱まってねえな。……さっきのは偶然か?

まあいい。連れ帰って、魔核の様に連中に調べさせれば、何か掴めるだろうよ」

 

「さっきから好き勝手なこと言ってんじゃねえよ。

――桜、立てるか!?」

 

「さっき、から……っ、がん、ばってるけど……!」

 

 

腕を立てても震えるだけ、膝をついても腰が上がらない、生まれたての小鹿状態だ。

しかも頭は痛いわ、焦点は定まらないわ、立ってから進むまでどれだけかかるか。

ユーリもそれが分かったのか、一目散にこちらへ駆けだした。

 

 

「じっとしてろ。今そっちに行く!」

 

「だから、させねえって言っただろ!」

 

「ユーリ、危ない!」

 

「当たらねえよ!」

 

 

バルボスがライフルを放つが、ユーリは軽々身を屈めて回避した。

バルボスは一つ舌打ちすると、チェンソーのような刀身をした機械仕掛けの剣を取り出し、後ろに向ける。

すると、刀身を中心に凄まじい竜巻が発生し、バルボスはそれに身を乗せてこちらへ突っ込んできた。

 

 

「なら、これでどうだ!」

 

「ぐあ!?」

 

「ユーリ!?」

 

 

竜巻の威力が加わったバルボスの強烈なタックルを食らい、ユーリの身体が木の葉のように吹っ飛ぶ。

床にバウンドしくったりする彼の元に皆が駆け寄り、私も様子を見ようとなんとか頭を上げたところ、こつんと硬い何かに当たった。

見上げれば、ライフルの銃口が私の頭に向けられているではないか。

 

 

「え? え? えええええ!?」

 

「妙なマネをするなよ。

先の様にエアルをどうこうしようが、この距離でぶっ放されたら、ただじゃ済まねえぜ」

 

「……っ」

 

「よしよし。大人しくしてりゃあ、何もしねえからな」

 

「ちょっと、あんた! 桜をつれてこうとしてたんじゃないの!?」

 

「我が身と天秤にかけりゃあ、こいつの使い道は明白だろうが。そうだろう小娘」

 

「この……っ!」

 

 

リタが悔しそうに顔を歪める前で、バルボスは私を小脇に抱えた。

一瞬、ライフルの標準が私たちから逸れる。

その隙をついて、ユーリが咄嗟に立ち上がり、刀に手を掛けた。

 

 

「うちのお嬢さんを離してもらうぜ!」

 

「おっと、動くなよ」

 

 

刀を抜いて一歩出たところで、ライフルの銃口が再び私に向けられた。

瞬時に動きを止めて、額に脂汗をにじませるユーリ。

皆が動けないのを見ると、バルボスはハッと嘲笑った。

 

 

「貴様らの選択肢は2つ。

この娘見捨ててワシに刃を向けるか、娘を連れてかれるのを指咥えて眺めるかだ」

 

「そうは言うけど、あんた状況見えてないの。退路はとっくの昔に立たれているんだよ」

 

 

レイヴンの言う通り、唯一の退路である階段は皆が立ち塞いでいた。

追い詰められたバルボスは、じりじりと窓際まで移動する。

またライフルでも乱射するかもと身構えていると、エステルはこの状況をどう解釈したのか、稲妻に打たれたかのように身を震わせた。

 

 

「い、いけません! バルボスが、バルボスが桜と心中するつもりです!」

 

「え? そっち!? い、嫌! オヤジと心中なんて!」

 

「ワシが娘と心中だぁ!? 貴様何を――」

 

「わたしとて、親友を失うわけにはいきません。やられる前にやらねば!

刃を向ければ、桜を傷つけるとなれば、方法は3つ!」

 

「3つも!?」

 

「ユーリをブン投げるか、レイヴンをブン投げるか、カロルを蹴倒すかです!」

 

「一緒ぢゃねーかよ!?」

 

「安心して下さい。絶対外しません! メタボのおっさんは的がデカいのです!」

 

「誰がメタボだ!」

 

「今だ! 蒼破!」

 

 

キレたバルボスがライフルの銃口を逸らしたほんのその隙に、ユーリが衝撃波を放つ!

鋭い真空波はまっすく延長線上のバルボスまで急接近し――、スレスレのところで、バルボスは窓から身を投げた。

私を抱えたままで。

 

 

「ぎゃあああああ! ホントに飛び降りたっ!」

 

「桜!」

 

 

私の悲鳴、ユーリの呼ぶ声、仰いだ先に広がる広がる夕焼け。

 

――ああ、私の短い人生が、こんなメタボオヤジと共に終わるなんて。

 

己の短命を嘆き、走馬灯が走りかけたその時、風を切る音がして、落下が止まる。

頭を上げると、窓の向こうで括目するユーリたち、そしてカロルがあんぐり口を開けてこちらを指さしていた。

 

 

「飛んでる! バルボスが桜を抱えて飛んでるよ!」

 

 

恐る恐るバルボスの方へ視線を移すと、機械仕掛けの剣を掲げて竜巻を起こし、宙に浮いていた。

 

 

「マジで太鼓腹のオヤジが空飛んでる」

 

「あん? 何か言ったか?」

 

「う、動かないで……! 落ちる!」

 

 

バルボスが微動だする度に身体が揺れて、思わず身がすくんでしまう。

私が固まるのを見て、バルボスはニタリと笑った。

 

 

「暴れるとここから真っ逆さまだからな」

 

「ひっ」

 

「桜! じっとしてろ!」

 

 

身を震わせる私をユーリが必死に宥めようとしてくるが、私の感情は色々パニックになっていた。

冷静になって想像してほしい。

メタボなおっさんが奇怪な剣を掲げて、小脇に脱力した女子高生を抱えている構図を。

 

 

「何このカオス。もういっそ殺せ……っ!」

 

「なんか桜に自殺願望が芽生えてるよ!」

 

「早まるな! 必ずオレが助けに行くから、大人しく待ってろ」

 

「とは言っても、青年。相手は空飛んでるんだよ」

 

「おっさんの弓矢で射落とせねえか?」

 

「腕に自信がないことはないけど、あの剣の風で弾かれるかも」

 

「わたしに任せて下さい!」

 

 

ユーリとレイヴンが相談している間に、エステルが何やら詠唱に入った。

魔術を放つ気か!? 下手をすれば、私まで巻き添えを食らう。

とはいえ、バルボスに囚われている上に、エアル酔いで体力を消耗していては身動き一つとれやしない。

にっちもさっちもいかない状況で身を強張らせている間に、ついに彼女の魔術が完成してしまう。

 

 

「ピコハン!」

 

「うおっ!?」

 

 

彼女は叫ぶと、カロルの鞄から金槌を取り出し、迷いもなくバルボスの顔面目掛けて投擲した。

一寸の狂いもない剛速球の金槌をバルボスは咄嗟に頭をひっこめて回避。

金槌は彼の毛髪を数本掠って通り過ぎ、背後の建物の壁に深々と突き刺さった。

 

 

「避けられました。流石は1ギルドを束ねる首領です……っ!」

 

「魔術じゃねえのか、小娘!」

 

「いいえ、ピコハンです!」

 

「ピコハンは、召喚したピコピコハンマーを相手にぶつけて気絶させる魔術でしょ!

あれどう見てもただの金槌じゃないの!」

 

「ピコハンです! あれなら、風に弾かれません!」

 

 

尚もピコハンだと豪語するエステル。

実際の魔術「ピコハン」はどんなものか知れないが、少なくとも金槌を投擲して魔術はないだろう。

あんなもん直撃したら顔面陥没は免れない。私に当たったらどーすんのか。

よくあんなもん壁に突き刺す勢いで投げられたわ、エステルの肩はどうなってんだ。

様々な思惑が脳裏に浮かぶ中、不意に身体が上へ引っ張られた。

 

 

「な、何!?」

 

「これ以上、貴様らに付き合ってる暇はない」

 

 

バルボスが私を抱えて、更に上昇したのだ。

窓から身を乗り出すユーリがあんなに遠くに見える。

 

 

「ちょ、中年、降ろして! ゆ、ユーリ!」

 

「バルボスの野郎、逃がすか!」

 

「逃がすか、だと? ワシはもうここに用がないだけだ」

 

「お前に無くとも、こっちにはあんだよ!

とっとと降りてこい。桜を返せ! 決着つけてやる!」

 

「用があるなら、ワシの居城まで来るがいい。

ワシの邪魔をしたこと。そこで必ず後悔させてやる!」

 

「桜――」

 

 

バルボスはそう言い捨てると、言葉を交わす時間を与えないまま、くるりと身を身を翻し、夕日を背にして飛び立った。

 

ユーリ! ユーリ! 皆――!

 

叫ぼうにも、風にかき消されて届かない。

夕焼け空を突き進むにつれ、ユーリたちが、ダングレストの街がどんどん遠のいていく。

ふわりと上空に辿りついた先、進行方向に広がるのは、茜色と闇色のグラデーションと緑の地平線。

 

 

(とっても綺麗……なんだけど)

 

 

こんな状況でなければ、さぞかしロマンティックな風景なんだが、メタボ腹の中年オヤジに抱えられてたら様にならない。

何か言ってやりたところだが、力を入れる傍から抜ける。

エアル酔いも多少良くなったとはいえ、未だ抜け出せていないようだ。

 

 

(もしかしたら、機械仕掛けの剣もライフルみたいな変な魔導器で、そのせいでしんどいのかも……)

 

 

魔導器というより、術式というのか。

多分、嵐を起こしたり、飛んだりできるのも、魔導器のお陰だろう。

リタが調べてくれたら一発なんだろうが、この場にいない人のことを考えても仕方ない。

 

 

(リタさん、皆、――ユーリ、大丈夫かな)

 

 

ユーリは軽傷を負ったようだが、命に別状はなかった。

帝国とギルドの戦争は食い止められたのだし、今頃フレンと合流していると思うが。

私が攫われたと知ったら、彼はどうするのだろうか。

それとも、ユーリは――?

 

 

(助けに来てくれるのかな。こんなところまで――て、そもそもバルボスはどこに向かっているんだろう)

 

 

少なくとも町から離れているのはず。

気だるげに頭を上げると、延長上に細長い影が見えた。

 

 

「塔……?」

 

「見えたぜ。あれがワシの居城 歯車の楼閣ガスファロスト」

 

 

闇夜に浮かぶ塔を目にした私に、バルボスは哄笑しながら答えた。

我が陣に入ってしまえば、もうこちらの物。

覚悟しろと言いたげに。

 

 

 

 

■続く■




訂正の段階で追加もありましたが、丁度いいボリュームになったと思います。
ゲームでは、誓いの地下水道から東の酒場までのお話です。
プレイしたのはもう何年も前なので、パーフェクトブックとシナリオブックとにらめっこしながらの作成でした。
主人公がナチュラルに人間離れして来てますが、まあそこら辺はお察しと言うか、今後不自然じゃない程度に解説する機会があればなと思います。
正直、主人公なんもなしでもいいんじゃないかと思いもしましたが、せっかくエアル関連の特徴があるんだから、活かす手はないというか、しないと主人公の立ち位置がダラダラになってしまいそうだったので。
次回はガスファロストです。また攻略本とシナリオブックで思い出しながら作成しようと思います。
それでは。


瑛慈 翔
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