明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第28話】光と闇が共にが目指す!

 

フレンが投獄された時から、オレの役目は決まっていた。

あいつの身代わりは、自分しかいない。

桜には済まないとは思うが、こればっかりはオレ以外に務まりはしないだろう。

あいつ、フレンが本物の書状を持ってくるまで、大人しく皆と一緒にいてくれればいいんだが。

 

 

そんなオレの願いを裏切り、あいつはやってきた。

相変わらずの行動力と言うべきか、呆れるを通り越して感心させしてしまう。

 

 

けどまあ、桜を心配する立場のオレが、逆に心配させちゃあ世話無いな。

 

 

そんな健気な少女を天を射る矢のボスであるドンは、とある黒幕を誘き出すために利用するつもりらしい。

その為に、桜を匿うとまで言いだした。

オレ1人だけじゃあ、行き詰るだろうと。

 

 

勝手なことを言いやがる。

何と言われようとも、あいつは必ず守り通す。

桜を元の世界に帰すと約束した以上、どんなことがあっても。

あんたらが、自分の作ったルールで守りたいものを守ると言うなら、オレのルールで桜を守るだけだ。

 

 

そこでドンは引いてくれたんだが、代わりとばかりにレイヴンのおっさんがついてきた。

まさか隙を見て、また桜をつれていくつもりじゃねえだろうな。

 

 

そんな不安を抱えながら、ニセ書状の犯人バルボスとラゴウを追いかける。

その為には、真っ暗な地下水路を、光源魔導器の光源を頼りに突っ切らなきゃならなかったんだが。

 

 

――桜、お前いつからエアルの流れを読むなんて芸当を自在にこなせるようになったんだ。

 

 

何の躊躇いもなく、光源魔導器の充電元であるエアルを見つけ出す桜の姿に、違和感を覚える。

確か、ラゴウの屋敷で天候を操る魔導器を探し当てると言いだした時からか。それともヘリオードの一件からか。

自分はエアルに弱い。だからこそ、エアルに敏感だと言えるだろう。

旅を始めて間もない頃、そう、デイドン砦から考えてみりゃあ、"慣れてきた"と考えるべきか。

 

当時はそう軽く受け流していたが、間もなくして、その浅はかな考えは一転される。

バルボスと交戦中、ヤツが放った光弾がオレの腕を掠めた。

あの時は、腕ごと吹き飛んだと覚悟を決めたが、その腕はただのやけどで程度に済んだ。

そして、間に合わせたように、桜が倒れてしまう。

 

 

一体どうなっている。

リタのエアルを吸収したとの言葉とどんな関係があるっていうんだ。

 

 

――戸惑っている暇はない。今はとにかく桜の身が優先だ。

 

 

しかし。オレらの奮闘も叶わず、桜はバルボスに連れ去られてしまった。

ドンのじいさんに大口叩いた傍から、これかよ。

 

 

いいや、誰がなんと言おうとも、必ず桜を無事に取り戻す。

ーーどんな手を使ってでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光と闇が共にが目指す!

 

ぶれることはない変人のコンパス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。いや、今はこんばんはの方がいいのか。

ダングレスト周辺が、夕焼けか夜なので時間間隔狂いまくり、健康被害うけている女子高生です。

体内時計を整えるの為に、せめて太陽の光を浴びたいと思っても、私に宛がわれた6畳ほどの部屋には質素なベットと通気口があるくらいで、窓ひとつない。

ならドアから外へ出てみればいいじゃないかと言われても、唯一の出入口である鉄の扉は固く閉ざされ、押しても引いても開きやしない。

有るのは、扉の向こうから聞こえる歯車がかみ合う音、部屋を包み込む重い空気と孤独だけだ。

 

なぜ私一人こんなところにいるのか。

事はニセ書状の犯人バルボスとラゴウを追ったところから始まる。

私たちが犯人に突中している間に、フレンが本物の書状を持ってきて戦争を食い止めたまではよかった。

こちらも負けじと犯人を追い詰めはしたが、荒れ狂うバルボスのライフルと機械仕掛けの剣を前になんというか、えーっと、なんやかんやあって、……まあ、簡潔に言うと私だけ攫わたのでした。

 

 

「なんでこうも簡単に捕まるんだ。私は悲劇のヒロインか」

 

 

私はパイプがむき出しの無骨な天井を見上げながら、誰に言うでもなくひとり嘆いた。

あの時、私がしっかりしていれば、今頃フレンと合流し、バルボスとラゴウを捕えることができたのに。

 

 

(今頃、ユーリたちはどうしてるだろ。また迷惑をかけちゃった)

 

 

元はと言えば、ここぞという時に、謎の胸のざわめきが襲いかかったせいだ。

この症状は大抵竜が近くにいる時にでてくるんだが。

あいつ、どこか見えないところにでも潜んでいたのだろうか。

それにあの追い打つようなエアル酔いなんだったんだろう。

リタのエアルを吸収したという言葉は、どんな意味を指すのか。

黙々と考えていたら、いろんな後悔や疑問が渦巻いてきた。

 

 

「ダメだ。1人で考えても何もわからないし、始まらない。

私が今しなきゃいけないことは、脱出だよ、脱出」

 

 

とにもかくにも、私の当面の目標はここから出ることだ。

バルボスが私を攫った理由は、私のエアル感受性の高さに興味を持つ人がいるから。

「ユーリ達が助けに来る」なんて呑気に胡坐かいてたら、エアルの実験とか研究とかで、きっとロクでもない目に遭うに決まってる。

 

 

「正面突破しようにも、ドアには鍵がかかってるしな。

窓の代わりに通気口はあるけど、あんな高い所じゃ手が届かないし、サイズ的に私1人入るかどうか」

 

 

幸い私の手元にはソーサラーリング、ホーリィリング、首の魔導器、学生鞄諸々残っている。

私が非戦闘員であることから、見逃されたのだろう。だからって、脱出の手数があるわけではないんだが。

 

 

「まずはソーサラーリングを試してみよう」

 

 

右手人差し指にはめ込まれたソーサラーリングをドアノブに向けて、いつものように光弾を放とうとした。

ーーその時だ。

以前とは違うエアルの収縮を感じ、慌てて解き放ったそれは、ギチンと金具がぶつかり、大きく弾けた。

 

 

「ば、バワーアップしてる?」

 

 

何がどういうわけか、ソーサラーリングの威力が一段と上がっていた。

と、捉えてみたものの、着弾したドアノブは相変わらず健在している。

今の状態のソーサラーリングならば、後数発で壊せる可能性があるが、流石に音のデカさで外部に気づかれてしまうだろう。

 

 

「残る手段は、誰かがこのドアを開けた隙をついて脱出かな」

 

 

これは一発勝負だ。

ユーリや他の皆なら、最終的に武力行使でどうにでもなるが、非力な私では失敗すればそれまで。

それどころか最悪すべての道具を取り上げられ、更にきつい監視下に放り込まれるだろう。

 

 

(やるなら1度きり。慎重に作戦を立てないとね)

 

 

床に並べた道具一式を睨み、私は腕を組んだ。

ソーサラーリングは相手の動きを一時的に止めたり、打撃を与えたりできるが、連射は利かない。複数相手には不利だ。

携帯電話はせいぜいカメラのフラッシュか、懐中電灯アプリで目くらまし。複数相手にできるが、持続性ないし、避けられる可能性がある。

カッターなんて振り回したところですぐ捕まりそうだが、ヘアースプレーは火さえあれば殺傷能力はともかく脅しに十分使えそうだ。

……なんて首を捻っていると、ドアの向こうからカツンカツンとこちらに近付く足音が聞こえた。

 

 

(誰か来た!)

 

 

悠長に考えている暇もなかった。

全身の毛がよだちながらも大慌てで道具を鞄にしまい込み、携帯電話を構えて、ドアのすぐ横の壁に背をぴったり張り付ける。

こうも早く脱出の機会がやってくるとは。

 

 

(失敗しても、フォローしてくれる人はいない。……ここは一度やり過ごすか?)

 

 

最悪の事態が脳裏をかすめて怖気づきそうになったが、これを逃したら、もうチャンスはないかもしれない。

早鐘を打つ胸を押さえていると、ドアからガチャリと鍵が外れる音がした。

ノブがゆっくりと回って、ラッチが引っ込んだ後、ドアが重い音を立てて開き――

 

 

(今だ!)

 

 

ドアの合間から人影が見えた瞬間、私は相手目掛けて携帯電話の懐中電灯アプリの光源を全開にした。

 

 

「ホワァッツ!?」

 

 

目に直接光を浴びた男の悲鳴を耳にすると、わき目も振らずに部屋を飛び出した。

 

 

(やった! うまくいった!)

 

 

心の中でガッツポーズをとりながら、私は一目散に駆けだした。

張り巡らされた太いパイプの蔦を潜り、柵を飛び越え、鉄網の廊下を蹴って無我夢中でひた走る。

目指すは、下りの階段だ。

 

 

(ここがどこかわからないけど、外観は塔だった。1階まで下りれば、脱出は確実――)

 

 

そうやって辺りを見回しながら、ほんの一瞬スピードを緩めたところ、突然何者かに左腕を掴まれた。

ぐんと身体が後ろに傾き、よろめいたところで、誰かに背後から抱きすくめられてしまう。

口から心臓が飛び出すのを堪えながら恐る恐る振り向くと、そこには見知らぬ30代くらいのスーツ男が私を見下していた。

 

 

「なんとも、エキセントリックなガールですね。

ライトを使ったトリッキーなアクション、流石のミーもドッキドキデース」

 

「ど、どなた?」

 

 

世にも軽薄な英語交じりのセリフに、私は恐怖や恐れを通り越して、大いに戸惑った。

てっきりいかつい男が頭から激昂するもんだと構えていたら、なかなかのイケメンがスマイルでこんにちはときたら拍子抜けするだろう。

剃られた眉毛と払い退けたくなる長い前髪が気になるが、始終笑顔を浮かべる背後の紳士からは好意は感じれど、敵意は感じられない。

私の腰と左腕を真綿を抱くように優しく捕える彼は、今にもお辞儀をしそうな勢いでこう名乗った。

 

 

「失礼いたしました。ミーは、イエガーと申します。以後お見知りおきを」

 

「イエガー、さん?」

 

「イエース。海凶の爪のボスのポストについてマース」

 

「海凶の爪? どこかで聞いたような……」

 

「ラゴウ執政官に雇われている、しがないアサシンチームデース」

 

「アディオス!」

 

 

イエガーからラゴウの暗殺者と聞いて、私は即座にその場から離れようとした。

がしかし、弾丸のように地を蹴ろうが、彼の拘束はビクともしない。

腕の中でもがく私に、イエガーは首を横に振りながら、チッチと否定した。

 

 

「ノンノンノン。落ち着いて下さい、ミス桜。

ミーはユーに危害を加えるつもりはありません」

 

「嘘をつけ! 今思いっきりラゴウの暗殺者集団とか言ったじゃないの!

今すぐ私を解放しなさい! でないと、その垂れ下がったワカメヘアー根元から引っこ抜くわよ!」

 

「ァゥチ! 前髪と言いながら弁慶の泣き所にキックとは、フェイントがお上手ななガールですね。

サムタイムス! サムタイムスアサシンなのであって、普段はアーム マーチャントなのデス」

 

「奇怪な英語並べられて、もはや何言ってるのかサッパリだよ! まったく頭に入ってこんわ!」

 

「オウッ、シィット! 脇腹にエルボーとは、いささかエキサイティングです。

………腹にクラッシュしました。INしたものが出そうに」

 

「ホントに逃がして!」

 

「プリーズカムダウン。とにかく、ミーはユーの敵ではありません。

ミーがその気になれば、ユーを強引に軟禁ルームへ連れ戻すこともできました」

 

 

イエガーから逃れようと殴る蹴るを繰り出していた私であったが、甘んじて受ける彼を見て少し冷静になった。

疾走する私をこうも簡単に捕まえ拘束できたんだ。武力的に黙らせるなど容易、それをしないのは平和的な解決を望んでいるから。

案にそう言われた気がして大人しくなる私を見るなり、イエガーは満足そうに頷いた。

 

 

「イエス、イエース。パワフルなレディもいいですが、リトル淑やかにあるべきデース」

 

「で、えーっと……。結局イエガーさんは、私で何したいんですか?」

 

「ユーとエアルの関係に興味ありまして、ミスターバルボスにお願いしました」

 

「バルボスの言ってた協力者はあんたか!? やっぱ離せ!」

 

「プリーズビーリリーヴッ! 手荒なマネはしませんよ」

 

「ホ、ホントに?」

 

「時々エアルを照射するくらいです」

 

「死ぬわボケ!」

 

 

イエガーに「ちょっとチクッとするくらいです」みたいなノリで言われて、私は絶叫した。

微かなエアルでさえ体調崩してしまうってのに、コイツ私のこと微塵も知らないのではないのか。

必死に逃げようとする私を、彼は尚も宥めようとした。

 

 

「プリーズディザイド痛くしません。優しくします」

 

「痛いとか優しいの次元じゃねーんですよ! 生き死にの問題なんだよ!

エアル照射の時点で十分死ぬ!」

 

「足りないのですか? ミーのラヴが足りないのですか!?」

 

「どこ掻っ捌いて持ってきたら、愛なんて奇天烈摩訶不思議な言葉がでてくるんだ!?

欠片も求めてねーもん押し付けようとすんなよキモイよワカメ!」

 

「ラブアンドピース! 愛は大概何でも解決してくれマース!」

 

「愛ごときで解決できたら人生苦労しねーよ! 今このときこの瞬間のようにな!

そしていい加減その奇怪な英語は止めろ、ゲシュタルト崩壊起こしてもはや話す先から異次元だ!」

 

「ミーからミステリアスなワードを取ったら、何が残ると言うのデース!?」

 

「難解な英語を操る変人から、ただの変人になるだけでしょ! 大差ない!」

 

 

果ての見えないイエガーとの言葉の攻防に、私は早くも投げやりになっていた。

このままではエンドレスで不気味な英語を聞かされ……いや、どのみちエアルで殺される。

危険を感じた私は、一か八か右手のソーサラーリングをイエガー目掛けて撃ってみた。

 

 

「放してったら、この!」

 

「オオウ!?」

 

 

私は暴れるふりをして、イエガーの脇腹にゼロ射撃を行ったところ、効果覿面だったのか、彼はその場で膝を折った。

緩くなった拘束を振り払い、私は再び迷路のような通路を縫って、死に物狂いでひた走る。

道なりに進んでいけば、いずれ活路は見えてくると思って懸命に駆けていたら、文字通り進行方向の通路がスッパリ途切れていた。

 

 

「う、嘘!? 行き止まり!」

 

 

どこかで道を間違えたのか。いや、分かれ道なんてどこにもなかったはずだ。

よくよく周りを見回してみると、絶壁を超えた向こうに、下りの階段があらぬ方向に向いていた。

 

 

(どうみても不自然だよね、あれ。もしかして、仕掛けでこっちに向くようになっているのかな)

 

 

これだけ歯車やら何やら入り組んだ塔である。

侵入者防止のために、階段や通路に何かしら仕掛けがあってもおかしくはない。

あの階段をこちらへ向ける方法もどこかにあるはずと、周囲に目を滑らせていたら、後ろから気配が生まれた。

 

 

「ジャストモーメント!」

 

「追いついてきた!?」

 

 

イエガーの耳障りな英語に、私は背筋を凍らせた。捕まったら、次はないと本能が告げている。

携帯電話も使った。ソーサラーリングも使ってしまった。残っているもので、何か彼を退かせる物はないだろうか。

肝を冷やしながらドラ○もんの四次元ポケットの様に、鞄の中を漁っていると、指先に硬いものがぶつかった。

 

 

「これ、デュークからもらった笛」

 

 

取り出したのは、かつてケーブ・モック大森林でデュークから渡された朱色の笛だった。

これを吹いたらデュークが私の元にやってくる。――いいや、厳密には私を迎えに来ると言った方が正しいか。

彼は私が人間社会にいることを好ましく思っておらず、私が今まで危険な目に遭ってきたのは、人間の社会に合わないからだと警告してきた。

これで彼を呼んだが最後、私を人間社会から引き離されて――

 

 

「ユーリたちと離ればなれになってしまう」

 

 

それだけは嫌だ。

傍で支え守ってきてくれたユーリや私のことを想ってくれるエステル、黙って寄り添ってくれるラピード、なんだかんだで優しいリタ、頑張り屋のカロル、皆と一緒に旅を続けたい。

どんなことがあっても。

 

 

「ミス桜! マイラヴァイズフォーユー!」

 

「ごめんなさい私には無理でした!」

 

 

私は迷わず笛を吹いた。すまない皆。視界に揺れる前髪が見えた瞬間決意が激震したんだ。勘弁してくれ。

しかし、良心裂ける思いで吹いたそれは音もなく、ただスコスコと息が抜けるだけ。

いくら吹けども吹けども、音は出ない。

 

 

「不良品かよ!?」

 

「フッフッフ! 追いつきましたよ、ミス桜。観念するのデース!」

 

 

1人朱色の笛と格闘しているうちに、とうとうイエガーに追いつかれてしまった。

背には絶壁、前にはイエガー、逃げ場はない絶体絶命のピンチだ。

この状況にすくみ上る私を見て何を想ったのか、イエガーは命一杯腕を広げた。

 

 

「さあ、鬼ごっこはここまでです。

このタワーには、バルボスの手下の他にゴーレムやモンスターがスタンバイしてデンジャラスです。

ユーの身の安全のためにも、ミーの胸にダイブしましょう!」

 

「ダイブしたら、あんたエアルブッ混んで私が死ぬだろうが!」

 

「ちょっとお花畑が見える程度デース!」

 

「あの世が覗くダイブなんて誰がするかよ!

あんたも一回死ぬほどエアル食らってみるか、ええ!?」

 

「聞き分けがありませんね。こうなれば、仕方ありません」

 

 

私が嫌だ嫌だ言ってると、イエガーは苦虫を噛んだような顔をして身構えた。

ま、まさか実力行使か!?

固まる私の目の前で、イエガーは両腕を深呼吸するように大きく広げて、片足を上げるとーー

左胸に両手でハートマークを作った。

 

 

「ラヴ注入デース!」

 

「げっふぅう!?」

 

 

イエガーがキメェポーズの止めとばかりにウインク飛ばしてきて、私は危うく嘔吐しそうになった。

 

 

「いくらイケメンでも許せる部類と許容範囲外の物があるっつの!

なんて汚物見せつけやがるのよ!」

 

「ミス桜は、ミスターバルボスによってハートが荒んでマース。

ミーのラブでユーのハートを広大にもつべきです!」

 

「目つぶしかよ、荒むわ!」

 

「胸キュンしないのですか!?」

 

「何を根拠におぞましいスタンディングポーズをトキメクと言い切れる!?」

 

「ゴーシュとドロワットには大ウケでした」

 

 

既に病んでるんじゃないか、その2人。

どーでもいいからこの変態を黙らせたいとか考えている間に、場の空気がサッと冷たくなる。

気付くと、目前のイエガーの笑顔が消えていた。

 

 

「ミーのラヴが通じないとなれば、致し方ありません。

この手だけは使いたくありませんでしたが、実力行使です」

 

「や、やめ……っ!」

 

「御覚悟ぶごふぉおお!?」

 

 

イエガーが前髪をかき上げて、サッと身を低く構えたその時だ。

天井が轟音と共にぽっかり口を開き、そこから弾丸のごとく何かがすっ飛んでくると、一直線にイエガーのドタマを踏み抜き、地へ這い蹲らせた。

天井から昇る土煙をかき分けて、痙攣するイエガーの頭を華麗に踏み抜き、私の前に現れたのは銀髪のコミュ障美青年。

 

 

「デューク!?」

 

「迎えに来た」

 

 

私に手を差し伸べてきたのは、流水のごとく艶やかな銀髪に、冷たい印象を受ける端整な顔立ちの謎の美青年デューク・バンタレイであった。

謎と言うより、何を考えているのかわからないコミュニケーション能力が迷路の男で、わかってることと言えば、エアルを操る剣を持ってて、そこそこ強くて、私が人間社会いることを好ましく思っていない事。

朱色の笛を吹いたら来るとは言っていたが……

 

 

「"迎えに来た"って、やっぱり……」

 

「その笛を渡した時に伝えたはず」

 

「あー、そうでしたね。実はその件なんだけれども」

 

「そちらにも込み入った事情があるようだが、説明は後できく。今はここから離れるのが先決だ」

 

 

私はどう言いつくろうか迷っている間に、彼は足元に転がる目を回したイエガーをチラ見して、周囲を注視し始めた。

確かに敵陣の、しかもイエガーがいつ目を覚ますかわからない状況で、呑気に立ち話できる状況でもない。

一刻もここから離れるべきだが、ここは行き止まりだし、どうしたものかと立ち往生していたところ、デュークがある一点を指さした。

 

 

「如月。あそこの柱の影にレバーがある」

 

「あ、本当だ。さっきは逃げるのに必死で全然気が付かなかった」

 

「あれにソーサラーリングをあててみろ」

 

「レバーに? ……壊れたりしないかな」

 

 

デュークに言われて、私はレバーが圧し折れたりしないか不安になりながらもソーサラーリングの光弾を放った。

左程距離はなかったお陰か、一発命中すると、レバーはあっさり逆の方向へ降りる。

すると、先ほど見かけた下り階段が180度ぐるり度回り、私の前でピタリと止まった。

 

 

「これで下の階に進めるはずだ。急ぐぞ」

 

「え、あ、ちょっと……!」

 

 

デュークは言うなり、私の手を引いて階段を下り始めた。

口を挟む暇も与えられず、階段を滑り降り、時折魔物やゴロツキの目を盗んで右へ左へ突き進む。

やっと足を止めたところは、人目につかない柱の影であった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、なんとか。デュークが来てくれなかったら、今頃私はバルボスたちのおもちゃだった」

 

「それは災難だった。やはり、如月に人間の世界はーー」

 

「というワケで、さようなら!」

 

「待て」

 

 

言葉を遮って回れ右する私の腕をデュークは再び掴んで阻む。

彼の真摯な赤い瞳が、私の胸に突き刺さった。

 

 

 

「いやあ、もんの凄く良心が痛いんですけど」

 

「今回の件で、お前が如何に人間社会に馴染めないか理解しただろう」

 

「理解できるか。いい加減私を社会不適合者認定するのやめてよ。

毎日言葉のデッドボールの応酬で、自分がおかしいのではと錯覚起こしかけてるんだよ、こっちは……!」

 

「お前は人間ではない」

 

「なワケあるかあああ! あんた大森林での思い出を華麗に忘却すんなよ!?

ひょっとして実は脳にスライム詰まった残念なイケメンさんが貴様!?」

 

「私はスライムではない」

 

「真顔で返すんですね。うん、知ってた」

 

「お前は、始祖の隷長のそれに近い。いいや、近づいている」

 

 

またコレか。

私は再三聞かされたであろう彼のセリフに、大きなため息をついた。

以前、アレクセイの秘書クロームから、始祖の隷長について聞いたことがあるんだが。

私は前と同じく、ないないと手を振った。

 

 

「私にエアルの調整なんてできるわけないでしょ。

わざわざ来てもらって申し訳ないけど、貴方についていく件はなしで」

 

「あの男の元へ行くというのか?」

 

「当然。ユーリたちに、これ以上迷惑は掛けられないもの」

 

「私では、お前の傍にはふさわしくないと?」

 

「イケメン面で乙女回路狂わすようなこと言わないでよ」

 

「私に何が足りないというのだ。………胸元か!?」

 

「命一杯苦悩に満ちた表情を浮かべて出した答えが、わいせつ物陳列罪かよ!?

驚愕の事実だよ!? ユーリの魅力を胸元で見いだすな! いやあながち間違ってはいないけれども」

 

「では早速脱いで」

 

「脱ぐな」

 

「しかし、それではお前が」

 

「切ない顔しないで。私に何を求めてるんだ。

乙女の前で脱衣とは、実は変態さんか貴様は」

 

「私は変態ではない」

 

「いや真顔で否定されても」

 

 

胸元開けた状態で真摯に告白されたところで、微塵も説得力ないわ。

まあ、プラチナブロンドの美青年が赤い瞳で流し目なんてされたら、こちらが変態さんになりそうなんだが。

揺らぐ乙女心に困惑しながらも、私は拳を握りしめて説得を試みた。

 

 

「ともかく! ユーリは私がピンチの時に、何度も助けてくれたの! 恩人なのよ!」

 

「顔が赤いぞ」

 

「ほっとけええ!!」

 

「放ってはおけん。

現に、その男を助けるため、お前は身を削る羽目になったのではないか」

 

 

デュークに淡々と突拍子の無いことを言われて、私の握った拳が緩む。

ーー私がユーリを助けるために、何かやった?

いつもおんぶに抱っこで、彼を振り回していたのは、いつも私だったと思うが。

何のことだと、目で問いかける私を察してか、彼は変わらぬ調子で続けた。

 

 

「如月。お前は、あの時、大男があの男に銃口を向けた瞬間、何をした」

 

「いや何も」

 

「銃口から放たれるエアルを消そうとしたのではないのか」

 

 

私が首を横に振ると、デュークはよく思い出してみろと、険しい面持ちで告げてきた。

彼の態度、言葉からして只ならぬ雰囲気を感じて、しぶしぶ記憶を辿ってみる。

 

バルボスのライフルがユーリに向けられた時、彼が殺されるかもしれない。

そう予感した私は、ただ一心に願った。

 

エアルを消し去れ。

 

次に目を開いた時には、傍らに腕に軽いやけどを負ったユーリがいた。

壁を破壊するほどのライフルを受けて、怪我ひとつで済んで大万歳であったが。

 

 

「……私、あの時、動けなくなったんだっけ?」

 

「お前が欠けた証拠だ」

 

「欠けた? どこが? エアル酔いじゃないの?」

 

 

眉間を寄せるデュークに、やや怯みながらも私は自分の身体を見回した。

特に変わった様子もなく、試しに軽く体操なんぞしてみるが、さっきまで駆け回っていた体力は、いまだ健在である。

 

 

「なんともないけど」

 

「あれはきっかけに過ぎない。これまでに兆候はあったはず」

 

「具体的にどんな?

あ、エアルに弱いとか今更無しで」

 

「その逆だ。デイドン砦で出会ってから、大森林で再会するまで。

ーーエアルの耐性がついたのではないか」

 

 

更に険しい顔をする彼に、私は三度驚き、右手にはめられたソーサラーリングを確かめた。

言われてみれば、森でソーサラーリング連発しても違和感なかった。

そのソーサラーリングが、ここに来てからパワーアップしてるんだが。

 

 

「もしかして、ソーサラーリングが強力になったのも、……私が?」

 

「お前は己を犠牲に、エアルを吸収する能力を獲得してしまった」

 

「かくとく?」

 

「始祖の隷長の能力、周囲のエアルを意図的に吸収できるようになった」

 

「そんな」

 

 

馬鹿な。

デュークに真っ向から断言されて、私はたじひいた。

リタの言葉が気になっていたが、まさか本当にエアルを吸収していたなんて。

いやいやいや、普通の女子高生やってた私がんなことできるわけがない。

大きく首を横に振る私に、デュークは目を見据え、きっぱり言い放った。

 

 

「如月。エアルを感知し、吸収する。もはや人智を超えた存在。自覚をしろ」

 

「で、でも、私、人間だよ?

ここに来る前までは、普通の両親がいて、普通に生活してたんだから」

 

「どこの世界の話をしている」

 

「?。ど、どこだっていいじゃない。

それより、私のエアルの感知は、……ほら! 元々エアルに弱くて敏感な体質を利用しただけだし!

吸収とか、勘違いじゃないかな?」

 

「勘違いであるものか。ソーサラーリングは強いエアルの影響を受けると、中の形状が変化し、機能を高めていく。

つまり、お前が男を庇って受けたエアルが起因しているのだ」

 

「なら、吸収したのは、私じゃなくて、ソーサラーリングじゃないの?」

 

「それはエアルの影響を受けただけ。

人間に、エアルを操るーー吸収する能力はない。

お前は、元は人間だったかもしれないが、今は違う。

始祖の隷長へ近づきつつある」

 

 

あれこれ答えを繕っていた私であったが。

デュークから次々打って返され、最後の言葉によって打ちのめされる。

 

私が人間じゃない……?

 

異世界から来てるだけでも異常なのは認めるが、とんでもない、日本の生活は本物だった。

ごくごく平凡な暮らしを送ってきたのだ。

それがここに来てから、いくつもの死線をくぐり抜けるうちに、人間とは別の物。

始祖の隷長なんて、ワケのわからないものになろというのか。

 

許容範囲を超えた現実に、思考がかき乱される。

視界が、頭が、グラグラと揺れた。

 

 

しっかりしろ、私は、私は

 

 

激しく鼓動する胸を必死に抑えた。

 

エアルを吸収するなんて、そんなことした覚えはない。

そんな人間離れした技なんて。

 

必死に否定するが、デュークの答えが脳裏をよぎる。

全身の血液を異常に脈打ち、おまけに手のひらから脂汗がにじみ出でた。

恐る恐るその両手を見下ろす。

 

ーー気持ち悪い

 

見慣れたはずのそれが、異物に見えたような気がして、急に胸に熱いものがこみ上げてきた。

 

 

「……ウッ、ゲホッ! ケフン!」

 

「しっかりしろ。気を確かに持て」

 

 

咽びよろめく私を、デュークはその胸で優しく抱き留めてくれた。

ユーリとは違う人の匂い。私と違う体温。耳うつ彼の鼓動が、私の精神を鎮めようと響く。

お陰で意識は保たれたが、動悸が止まらない。

呼吸が乱れ、喉がヒューヒューとなく。

 

落ち着け、落ち着くんだ

 

揺らぐ思考を止めようと、私は頭を抱えた。

 

 

「私……私は、違う」

 

「お前はお前だ」

 

「デューク。違う、私、違うの……っ」

 

「お前がなんであろうと、私がいる」

 

 

彼はそういうと、そっと私の肩を抱いた。

よろよろと見上げた先には、彼が私を安心させるように目元を緩めていた。

いつも涼しい顔をしていた彼の、見たこともない綺麗な微笑。

混乱する私は、縋るように、助けを求めるように、彼に縋りつこうとした。

こんなの嫌だ。私はどうすればいい? 私が手を伸ばそうとした時だ。

デュークからサッと笑みが消える。

何事かと、声に出そうとした瞬間、彼が私の腕を掴み、背中へ追いやった。

 

 

「な、何?」

 

「だあああああああっ!」

 

 

目を見開くと、そこにはデュークが腕でガードする傍から、鉄拳をぶつける黒い影、ある美青年の姿があった。

ーーユーリ!

私は迷うことなく、いつものように声を上げそうになって、反射的にその口を紡ぐ。

闇色の艶やかな髪をなびかせる彼の姿、整った顔は怒りに歪み、鋭い眼光は、しっかりデュークを見つめていた。

 

 

「てめぇ、桜に何をした!?」

 

「何もしていない」

 

「だったら、そいつの状況を今すぐ説明しろ。

例の如く、知らぬ存ぜぬではすまさねぇぞ……っ!」

 

 

今にも、目前のデュークを斬りかかる勢いで怒鳴りつけるユーリ。

その見たこともない形相の彼に、私は震え上がった。

いつものユーリじゃない。

あの斜めに構えたクールな彼は、どこへいってしまったのか。

彼から手痛い一撃を片腕で受け止めたデュークは、顔色一つ変えずに率直にこう答えた。

 

 

「真実を伝えたまでだ。お前たちには、関係ない」

 

「……また、こいつを人外扱いしたってのか。

いい加減しつこいぞ。桜はただの人間だっつってんだろ。その口ごと叩き斬らなきゃわからねえってか」

 

「目を覆い、耳をふさいでも、現実はやってくる」

 

「もういい。無駄な言葉のやり取りなんざ、うんざりだ」

 

 

ユーリは短いため息をつくと、刀を抜いてデュークと対峙した。

いつになく殺る気だ。こちらまでピリピリと緊張が伝わってくる。

デュークとの戦闘。大森林でレイヴンと共闘したことがあるが、果たしてまともにやりあえる相手なのか。

当のデュークは自信からの裏打ちか、はたまた戦いは避けたいのか、ただ剣も抜かず、私を背で庇った。

 

 

「彼女を巻き込む気か」

 

「てめぇが巻き込んでるんだろうが。

どういうつもりか知らないが、そいつに気安くベタベタ触ってるんじゃねぇよ」

 

「それはできない。お前も理解しているはずだ。

ここにある魔導器は、全て改悪されたもの。

彼女にとって、瘴気の森と言っても過言ではない。

私が傍にいなければ、たちまちエアルに侵されてしまう」

 

「チッ」

 

 

デュークの説明を聞いて、ユーリは苦虫をかんだような顔をした。

私としては、大いなる問題が出てきたわけだが。

微かに残る理性で踏ん張りつつ、私はデュークの背中から恐る恐る小さな挙手をした。

 

 

「あのーっ、すみません」

 

「桜。わりぃが、後にしてくれ。先にこいつを片付ける」

 

「今まさに聞き出したい人を倒されちゃうと、困るんだけど」

 

「私に?」

 

「今の話だと。この塔って、ラゴウの屋敷にあった天候を操る魔導器みたいなのが、わんさかあるってことよね」

 

「この剣で操作しなければ、お前は疲弊し、やがて力尽きていただろう」

 

「私、デュークが来るまでピンピンしてたんだけど」

 

 

部屋に閉じ込められていた時も、イエガーと格闘していた時も、私は暴れるほどに元気はつらつだったんだが。

私がこの緊迫した空気の中、勇気を振り絞って出した回答に、全ての時が止まった。

ただならぬ空気に固まる私。

そして立ち込めるユーリの殺気。

彼はわなわなと肩を震わせ、その狂気の目をくーるびゅーてぃな美青年にむけた。

わあああ怖い。

 

 

「てめぇ、嘘を吐くにも大概にしろよっ」

 

「嘘ではない。その為に、私はずっと彼女の傍にいたのだから」

 

「え」

 

「この塔についた時から、彼女の傍に潜んでいた」

 

 

待て。もしかしなくとも、私が塔にブチ込まれた時から、ずっと付いて回っていたのか。

私は脊髄反射で、彼の背中に裏拳を放った。

 

 

「この陰険ストーキング野郎めがあああああ!!」

 

「痛いぞ、如月」

 

「痛いようにしたんだよ、何が潜んでた、だ!

変態行為を平然と告白するなよ、正気を疑うよ怖いわ貴様!

もしかして何か!? 私がイエガーに襲われている時も、ずっと傍にいたと? 放置していたってことか!?」

 

「見守っていた」

 

「そ・れ・が、放置って言うんだよ! 広辞苑持ってこい、その脳タリンに叩きつけてやる、角で!!

……ひょっとしなくとも、私が呼ぶ口実を待ってたんじゃあないでしょうね!?」

 

「あれほど密着されていては、手出しができなかった」

 

「私を追いかけているところを狙えばよかったでしょうが!」

 

「ああ」

 

「それもそうだとばかりに、手を打つな!」

 

「あれはお前に危害を加える様子がなかったからだ」

 

「あの、私、イエガーに捕まったら、エアルの実験で絶賛死亡確定だったんですが」

 

「その前に、あれを斬ればいいだろう」

 

 

この男、透かした顔して何平然と言ってのけやがる。

とにもかくにも、私がこのエアルが蔓延する塔にいて元気なのは、彼が始終傍にいていくれたからのようだ。

ユーリも私たちの言葉の応酬から、大方察したのか、こめかみを引くつかせながら、拳をぷるぷるを震わせた。

 

 

「桜を助ける気があるのか。まさか、弄んでいるんじゃねぇだろうな」

 

「幾度と危険に晒したお前とは違う」

 

「てめぇ……!」

 

「私はお前たちとやり合うつもりはない。

……如月、お前がこの塔を進むというのなら、私が同行しよう」

 

「デュークが?」

 

 

デュークの突然の申し出に、私は声を上ずらせた。

こいつ、私を連れて行くつもりではなかったのか。

いやまあ、大森林みたく味方になってくれるなら心強いし、連れ去ったらなったで、ユーリが何しでかすか恐ろしくて堪らんので、やめて欲しいんだが。

私の思惑とは裏腹に、ユーリは警戒を緩める気配はない。

デュークは尚も睨み見つけてくる彼を察してか、向き直って続けた。

 

 

「お前たちは、大男を追ってきたのだろう」

 

「間違えちゃいねえが、桜が先だ」

 

「構えるな。説明はしたはずだ。

私から彼女を引き離せば、たちまちエアルに侵される」

 

「てめぇのメリットはなんだ?」

 

「……」

 

 

詰め寄るユーリに対して、デュークは私を流し見た。

 

 

「彼女が納得しないだろう」

 

「あくまで、こいつ優先なんだな?」

 

「信頼を得るには、それなりの行動で示す必要がある」

 

「下心はあるのか。

ま、下手に隠されるよりはマシってもんだ」

 

「……」

 

「わかってると思うが。

こいつに何かあったら、その時は覚悟しておけよ」

 

 

デュークに敵意が無いと悟ったのか、ユーリはゆっくりと刀を収めた。

私の安全が保証されたおかげか、先程までの緊迫した空気が和らぐ。

元のユーリに戻ったのかな。

デュークの背中から、こっそり彼の様子を伺おうとしたところ、フラリと前の隔たりがなくなった。

 

 

「行くなら、行くがいい」

 

「デューク……。えーっと」

 

 

デュークからあっさり解放された私は、微かに躊躇した。

いつもの私なら、迷わずユーリの元へ駆け寄っていただろう。

 

たが、忘れないで欲しい。

私はもう、以前の私ではない。

人間とは、違うものなんだと。

 

果たして、それを知ったユーリは、どうするのだろうか。

幸いと言って良いのか、私とデュークの会話を聞いていたようには見えない。

踏み止まている私を、不思議に思ったのだろう。

腕を組んで一考したユーリは、思い切り腕を広げ、ドヤ顔でのたまってきた。

 

 

「お前の帰る場所はここだ!

思いのありったけを込めて、オレの胸に飛び込んでこい!」

 

「行くかああ! いきなり何言いだすんだよお前!!

公衆の面前で、ダイブとか悶絶死するわ!

羞恥心もろとも理性が消滅する!!」

 

「オレの残った理性で、何とかしてやる!」

 

「実はヤバかったのかよ! 尚悪いわ!」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「問題大有りだ。理性拾ってこい。って、あ、待って」

 

「お前はこっちに来る」

 

 

肩をすくめたユーリは、まごつく私の元に真っ直ぐやって来ると、強引に腕を掴んで、デュークの傍から引き離した。

私は私で、あの後ろめたさを感じて、彼の手を振り払おうとしたが、びくともしない。

それが気に入らなかったのか、ユーリは眉を潜めた。

 

 

「何だよ。やっぱり、あいつと何かあったのか?」

 

「な、ないない! あるわけない!

だから、刺すような目でデュークを睨まないで!」

 

「余計怪しいんだけど」

 

「気のせいだってば。

何にもなかったよね! デューク」

 

「ああ。そうだな」

 

 

ユーリにジト目で睨まれ、堪らず私が助けて視線を送ると、デュークは一つ返事で頷いた。

勢いだったんだが、まさか合わせてくれるとは。

てっきり、私のことを全部暴露して、空気ぶっ壊してしまうのではないかと思ったのに。

内心感心している私を余所に、ユーリは怪訝に闇色の瞳を傾けてきた。

 

 

「そんで。桜。今はなんともないのか」

 

「エアル酔いのこと?」

 

「ちげーよ。さっき酷く咳き込んでただろ。

……具合悪いのか?」

 

 

ユーリから真剣な表情で問われて、私は返答に困った。

デュークが黙ってるからって、根本的な問題は解決していない。

いつもいつも私を気にかけてくれる彼に、実は人間辞めて、始祖の隷長に進化しつつあるなんて、直球でぶっ放したら、きっととんでもないことになる。

……話せる訳ない。

しかし、黙っていることも辛い。

じゃあ、なんて説明すればいいんだ。

自問自答をしているうちにも、胸の内が急かすように高鳴った。

再び襲いかかる激しい鼓動を片手で抑える。

その明らかな私の動揺を、彼は見逃さなかった。

 

 

「何かあったのか? バルボスの野郎に何かされたのか、おい!?」

 

「違う。わ、私……」

 

「落ち着け、ゆっくりでいいから。話してみろ」

 

 

震える私の両肩をユーリは、優しく捕まえ、真っ直ぐ見据えた。

逃げられない。

迷いに迷って、再度デュークへ助けて視線を送ろうとしたら、目を逸らされた。

こ、この……っ。元はと言えば、こんな時にあんな事を告白してきたお前のせいではないか。

にっちもさっちもいかない状況に腹を立てていると、ふと違和感がした。

デュークの視線の先に、人の気配が生まれたからだ。

 

 

「ユーリ。あまり女性を追い詰めてはいけないと思うの」

 

「ジュディ」

 

 

ユーリに呼ばれて、物陰からゆったりと現れたのは、一人のクリティア族だった。

その名の通り、とがった耳にふわふわの触覚、かなりの美人でビキニ姿に負けて劣らぬ良いスタイルをしている。

私は彼女に見覚えがあった。

 

 

「貴方、トルビキアの森で私に忠告してきた」

 

「忠告してくれたのは、私のお友達。

まあ、いいわ。こんな状況だもの。混乱していても仕方ないでしょ」

 

「この状況って、まさかさっきからいたんですか?

だったら、ユーリを止めてくれてもいいのに」

 

「一人の女の子のため、火花を散らす男同士の戦いに、外野が口を挟めると思う?」

 

「とんでもなく勘違いしてるようですが」

 

「間違ってはいないのと思うのだけれど」

 

 

彼女に言われて、私は頭を抱えた。

傍から見たら、そーいう風に見えるのか。

デュークは相変わらず私を見てるだけだし、ユーリはずっと私の両肩を拘束して、見つめてくるし。

このなんとも言えない雰囲気の中、彼女は構わず私に構ってきた。

 

 

「あの森以来ね、桜。身体の具合はどう?」

 

「まあ、平気ですよ」

 

「無理することはないのよ。彼だって、こんなに心配してくれているのに」

 

「無理なんてしていません! わ、私はーー」

 

「女の子の日って、辛いものよね」

 

 

取り繕う私を遮って、「困ったわ」とばかりに首をかしげる彼女。

お、女の子の日って。

意味を理解するが早いか、野郎二人の視線が私に集中する。

私は、心身の底から沸騰した。

 

 

「ちがーー」

 

「毎月来るものなのに。男の人には、なかなか理解してもらえないものね。

でも大丈夫よ。私がついているから」

 

「大丈夫じゃねーわよ、よよよよりにもよって……!

ユーリも露骨に視線すらすな、こっちが恥ずかしくなるでしょ!!」

 

「いや、だって、なあ?」

 

「"だって"で理解を求めるんじゃないわよ! きょどるんじゃないわよ! こっちが蒸発しそうだ!

私が辛いんだよ! 現在進行形で! 察しろお前!!」

 

「やっぱり、辛いものなのか……」

 

「しみじみのたまうな。ホント違うんだってば!」

 

「察しろとか、違うとか、一体オレにどうしろってんだよ」

 

 

目を泳がせていたユーリだったが、私が地団太を踏むと、やれやれとあきれ返った。

泣きたい。タックル的な意味で、今すぐユーリの胸に飛び込みたい。

チラッとデュークの方へ目を向けたら、速攻目をそらされた。

お、お前……、お前まで、真に受けたのか!?

そもそもなんなんだ、このクリティア族のお姉ちゃんは。

私の恨み辛みの視線を受けた彼女は、悪びれることもなく、魅惑的な笑みを投げかけてきた。

 

 

「きちんと自己紹介をしたことがなかったわね。

私の名は、ジュディス。そうね、ユーリのようにジュディと呼んで」

 

「ジュディスさん?」

 

「ニックネームで呼んでくれないのね。お姉さん、寂しい」

 

「なんというか、呼び辛くて」

 

 

エステルみたいな可愛らしい女の子ならともかく、大人の魅力あふれる女性に対して、略称で呼ぶのも気が引けた。

そんな艶めかしい瞳で見つめられたりしたら、同性だっていうのに、ドキドキしてしまうではないか。

出会った時からそうなんだが、これが彼女の自然なのだろうか。

彼女は、スカートの端を握りしめてしどろもどろする私が面白いのか、クスリと笑った。

 

 

「照れているのね。カワイイわ、この子。攫って行ってしまいたい」

 

「オレの前で、連れ去る算段立てるなよ」

 

「まあ、怖い。本当にこの子が大切なのね。あんなに必死だったもの」

 

「何のこと? ユーリ達、ここで何かあったの?」

 

「なんでもねえよ。ジュディ、こいつに余計なの事吹き込むな」

 

「そういう貴方も、あまり女の子に詰め寄ってはダメ。嫌われちゃうわよ」

 

 

ユーリに窘められたジュディスはどこ吹く風で、逆に飄々と戒めてきた。

仲がいいのかな。元々ユーリは砕けた性格だから、人によっては親しみやすい方なんだけど。

薄暗みに映える美男美女。

疎外感がして、ちょっと複雑な気分になっていると、ジュディスは自身の胸に手を当てて、私に向き直った。

 

 

「呼ぶのが難しいなら、私のことは、呼び捨てでかまわないわ。私も貴方を桜と呼びたいから」

 

「じゃあ、ジュディス。なんでユーリと一緒にいるんですか?」

 

「焼きもち?」

 

「違います」

 

「ああ、あのテントに一緒にいた、可愛い騎士さんの方がお好み?」

 

「小っ恥ずかしい記憶を呼び起こさせないで下さい」

 

「恥ずかしがり屋さん。私、純情な娘は大好きよ」

 

「私の黒歴史なんです。発掘しないで下さい」

 

「真顔で拒むなんて。……この娘、興味がないのかしら」

 

「なんでコッチ見るんだよ」

 

 

ジュディに尋ねられたユーリは、不機嫌そうにそっぽを向いた。

悉く空気を荒らすお姉さんである。

さっきまでの緊張感はどこへやら、今にもフラフラどっかへ行きそうな彼女を引き留めるように、改めてユーリが口を開いた。

 

 

「ジュディは、たまたまオレと一緒に捕まってただけだよ。

お前を助け出すのに、協力してくれたんだ」

 

「そうだったんだ。って、捕まってた? 大丈夫だったの!?

よく見たら、顔に痣ができてるじゃない。待ってて、今アップルグミ出すから」

 

「大丈夫だよ、これくらい。

お前が食べさせてくれるなら、話は別だけど」

 

「まだ言うか! いい年した大人が食べさせてとかない!」

 

「いい大人だからなんだが」

 

「なんなの?」

 

「お前に食べさせてもらえなくて残念だ。それより、ジュディにお礼は?」

 

「そうだった。ありがとうございます。ジュディス」

 

「気にしないで。貴方が捕まったのも、お友達のせいかもしれないし」

 

「その、お友達って一体」

 

「今は離れ離れになってるの。紹介できなくて、ごめんなさいね」

 

 

謎のお友達について問いかけたところ、ニコニコとはぐらかされてしまった。

このお姉さんのことである。詮索したところで無駄だろう。

それどころか、私のことまでうやむやになってしまったし。

私を隣で見守るユーリを確かめてみる。

彼は私と目が合うと、見慣れた余裕満面の笑みでこれを返した。

 

 

「なんだ。オレに惚れ直したのか」

 

「いや、キレイなお姉さんが二人揃うと壮観だなと」

 

「お前、まだそれ引き摺ってるのか。

いい加減しねぇと、実力行使で思い知らしめるって言ったよな、オレ」

 

「笑顔で拳鳴らすとか怖いんですけど。

何をする気か知らないけど、一歩間違えたら、フレンさんが飛んでくるよ。秒で死ぬよユーリ」

 

「死ぬのかよ。まあ、あいつならやりかねないか」

 

「納得するんだ。

そういえば、皆は? ラゴウやバルボスを捕まえに行っているの?」

 

「さあ? 皆まとめてダングレストに置いてきたからな」

 

 

なんてことしてくれた。

あの放っていたら彼方へ暴走するお姫様と、地雷魔法少女と、それを止めることすらできないミジンコ少年、我が道をいくワンコ。……レイヴンは置いとくとして。

私の心身共に守ろうと明後日な方向にぶっ飛んでいる騎士団小隊長を野に放ったというのか。

私は恐怖で身を震わせ、とぼけるユーリの両肩を鷲掴みにした。

 

 

「あんな爆裂劇物集団を放置してるんじゃないわよ!!」

 

「落ち着けよ。大丈夫だって、あいつらなら、うまいことやってるだろうさ」

 

「これが落ち着いていられるか!!

手放したら最後、この世が世紀末になるんだよ!? ダングレストが滅ぶんだよ! テルカ・リュミレースの危機なんだよ!」

 

「世界の危機だと?」

 

「あの構えなくていいですからデュークさん。これは話のあやというか、なんというか」

 

 

私の鬼気迫る勢いに触発されたのか、デュークが一歩前に出た時だ。

塔内に爆音が響いてきた。

驚いて辺りを警戒しているうちにも、数回炸裂音がここまで届く。

下の階のようだが。間もなくして、火煙がこちらまで上がってきた。

 

 

「はい、これで最後!」

 

 

階段の下から、聞き覚えのある少女の声が響いた。

喜びのあまり私は柵から乗り出し、下を見下ろす。

そこには、私と栗色のショートカットで同じくらいの年頃の少女が鉄に囲まれた下階フロアを駆けていた。

 

 

「リタさん!」

 

「桜! 無事だったのね!」

 

 

少女リタは私を見つけると表情を緩ませ、ホッと胸を撫で下ろした。

良かった。ひとまず彼女は大丈夫そうだ。

しかし、私の隣に立つユーリを確認するなり、彼女は安堵から怒りの形相に変わった。

 

 

「あんた! また性懲りもなくスタンドプレイしたわね!」

 

「ジュディと一緒だったぞ」

 

「初めまして、ジュディスよ」

 

「誰よ、あんた! こちとら万年脳天お花畑のクリティア族と付き合ってる暇はないの」

 

「冷たいのね。見た目は可愛いのに、残念」

 

「ほっとけ! ユーリ。いくら桜が死ぬほど心配だからって、バカドラと手を組むとかないわ!

あんたに何かあったら、桜がどうなるかわかってるの!?」

 

「オレ、愛されてんだな」

 

「殺す」

 

 

のうのうと人の心配を流すこの男に、リタは怒りに肩を震わせながら、階段を駆け上がって来た。

まずい、ここは敵地。

彼女のことだ、所構わずユーリを成敗しかねない。少なくとも、皆が揃うまで我慢してもらわなければ。

脳をフル回転して、急ぎリタを静止をしかけた時、上空から気配が生まれた。

光のカーテンを掻い潜り、宙を舞う、一つの影。

それは私の視線を縫って、一直線に突っ込んできたーーユーリ目掛けて。

 

 

「飛天翔駆!」

 

「うおおおっ!?」

 

 

雄叫びとともに、影が空を斬る!

ユーリが仰け反り、その鼻先を掠めた先には、ロングソードの切っ先を鉄床に突き刺し、マントをはためかせた金髪碧眼の美青年騎士かの背中があった。

後ほんの少し避けるのが遅かったら、ユーリの頭を串刺しにしていただろう。

これには、流石の幼馴染もドン引きした。

 

 

「殺す気か、フレン!」

 

「彼女を冒涜したからだ」

 

 

空から滑空してきたフレンは、友の抗議を諫めるように一蹴した。

私、冒涜されていたのか。私を馬鹿にした傍から、飛んで斬って捨ててくのか、この男。

悪寒に襲われ、すぐさまユーリの背中に隠れようとしたが、それより先にフレンに腕を掴まれ阻まれてしまった。

 

 

「こ、殺される……」

 

「こんなに怯えて。怖い目に遭ったんだね。

僕が来たからには、君に指一本触れさせない。

だから、安心して」

 

「怖い目に遭わされたのは、オレの方なんだけど。

怯えてんのは、お前のせいだろ。

さり気なく、女の子を独占するな」

 

「ユーリは黙っているんだ。話がややこしくなるだろう」

 

「困ったことになったわね」

 

 

片やフレンに拘束され、片やユーリに挟まれ、頭上で口論展開されて項垂れていると、例のクリティア族が乱入してきた。

口元を緩める彼女から、この状況を面白がってるのか、気遣ってくれているのかわからない。

ただ話が更にややこしくなることだけは、十二分に予測できた。

頭が重くなる私を追い打つように、フレンの表情が警戒色に染まる。

 

 

「貴方は以前お会いしたことがありますね」

 

「口説き文句? とても嬉しいけれど、そういうのは彼女にするべきじゃないかしら」

 

「ご、誤魔化さないで下さい! あの雨の森で、私たちの野営地に侵入してきたのは、貴方ではありませんか」

 

「そんなこともあったわね」

 

「また彼女に近づいて、何が狙いなのですか」

 

「貴方一人なの? あの賑やかな騎士団の人たちは、一緒に来てはくれなかったのね」

 

「……」

 

「こいつ一人よ」

 

 

ジュディスの問いの答えたのは、駆けつけてきたリタだった。

ずんずんと私たちに元へやってくるなり、彼女は嫌味たらしくフレンとユーリを睨んだ。

 

 

「騎士団からは、このアホ騎士だけ。単独行動ってヤツよ。誰かさんと同じだわ」

 

「誰だろうな。そんな献身的な男は」

 

「あんたってヤツは。一発くれてやらないとわからないようね」

 

「待つんだ、リタ」

 

「何よ。幼馴染のよしみで、こいつの肩を持つつもり? ぶっ飛ばされたいの」

 

「ユーリの処遇はともかく」

 

「おいこら」

 

「彼女の不安を煽るようなことは言わないでくれ。

戦争は回避した矢先の緊急事態だったんだ。すまない、桜」

 

「フレンさんは悪くないですよ。性懲りもなく攫われた私が悪いんだし」

 

「いいや。僕がラゴウの罠にかかった時点で、落ち度がある。

君が責任を感じることはない。守られて当然なんだよ」

 

「守られてばかりじゃ、皆に申し訳ないです」

 

「はいはい。悪いのは、桜を攫ったバルボスとラゴウな」

 

 

フレンと私で謝罪の応酬をしていたら、見かねたユーリが割って入ってきた。

そうだ。バルボスとラゴウを成敗するのが、私たちの目的じゃないか。

ハッとする私を見て彼はうんうんと頷くと、次におかんむりの魔法少女へと視線を移す。

 

 

「リタ。お前一人で、フレンと競争してたわけじゃないよな」

 

「あんたと一緒にしないで」

 

「リタさん。皆は無事なの?」

 

「後から駆けつけてくれるから、安心して。

それより、桜。何度も攫わて、怖かったでしょ。なんともない? また無理してないでしょうね?」

 

「へ、平気だから。デュークにも、助けてもらったし」

 

 

リタに心配そうに駈け寄られて、私は慌てて話題を変えた。

彼女は私がエアルを吸収したと言っていたんだ。説明も覚悟も決めてない心境で問い詰められたら、堪ったものではない。

案の定、魔導器命のリタは壁にもたれかかって静観を決め込んでいたデュークを見つけると、戸惑うことなく急接近した。

 

 

「エアルを操る剣! 今度こそ逃さないわよ」

 

「断ると言っている」

 

「あんた、前にエアルの暴走は当たり前だって言ってたわよね。

それを調べれば、暴走の原理だって。桜のことだって、わかるかもしれないの!」

 

 

尚も食い下がるリタに、デュークの眉尻が微かにはねた。

私のことが分かると言うことは、私が人外になろうとしているのがバレてしまう。

彼女は私の為にも頑張ってくれているんだろうが、ことこの件に関しては、デュークに踏ん張ってもらいたい。

私の心の中のエールが届いたのか、元よりそのつもりだったのか、彼はリタの懇願を冷たくあしらった。

 

 

「今は如月のために、一時的に同行しているに過ぎない。剣を差し出すつもりはない」

 

「その桜のために、剣を貸してって言ってるの! しつこいわね!」

 

「執拗なのは、お前の方だが」

 

「さっさと剣寄越したら済む話でしょ!

この世全ての魔導器と桜とあたしのために!」

 

「人の世界に興味はない」

 

「あーもーっ! 桜、あんたも何か言ってやってよ」

 

「リタさん。私がこのエアルの中で元気にしてられるのは、デュークが傍についているからであって。

彼から剣を取り上げちゃうと、私、あっと言う間にエアル酔いで潰れるんですけど」

 

「そうなの? まあ、エアルをコントロールしちゃう常識逸脱した剣だから、それを使うのにも技術が必要なのかもしれないわね」

 

 

言われてみればと、腕を組んで考え込むリタ。何とか、私の説得が効いようである。

デュークの剣について詳しくは知らないが、私のことについては決意が固まるまで、何とか先延ばししたい。

束の間の平穏に一息つこうとしたが、私は完全に忘却していた。

エステルと言う地雷を。

跳ねるような華麗な足音、謳うような詠唱、次に放たれる光の爆弾が、ユーリに襲いかかった。

 

 

「フォトン」

 

「うわっとお!?」

 

 

ユーリが横へ飛ぶや否や、先程まで立っていた場所に光の塊が発生し、大きく弾けた。

戦慄が走る私達。

術者である皇女エステルは、その赤みがかった頬を膨らませる勢いで、ユーリにこうのたまった。

 

 

「避けるなんて、ひどいです!」

 

「避けるだろ、普通!」

 

「死ぬよユーリ!」

 

「これも貴方のためなんです。わかって下さい」

 

「わかって堪るか!」

 

「フレンとの輝かしい未来のためです」

 

「またそれかよ! ブレないなエステル!

今バルボスの本拠地ド真ん中なんだよ! いつものノリで殺る気だすんじゃないよ!

お陰で、私の胃はスプラッタ寸前だ! 少しは自重しろよ!」

 

「その本拠地で、盛大なツッコミ入れてる方が危ないと、ボクは思うんだ」

 

「なにをいまさらいってるのかな、カロル」

 

 

狂気に走るエステルをツッコんでいたら、後からやってきたカロル少年にジト目でツッコまれてしまった。

バツが悪くて目をそらそうとすると、彼の後ろに立つおっさんが映る。

ゆるゆるの衣装を身にまとい、ざんばら髪を一つにまとめ上げたせいか、見た目中の下のおっさんは、目が合うなり私とカロルの間に入るなり両手を叩いた。

 

 

「まあまあ。ツッコミは合いの手。立派なコミュニケーションよ」

 

「レイヴンさん。生きてたの?」

 

「勝手に殺さないで!

俺様、桜ちゃんから愛の手を頂くまでは死ねないな」

 

「オレの手で死ね」

 

「あだっ!? 青年ったら、しどい!!

いいじゃん、感動の再会よ。傷心の桜ちゃんを慰めるためにも、おっさんの熱いハグをいだだだ」

 

 

バッチリ決めようとしたレイヴンの頬に、例の如くユーリの鞘が突き刺さる。

それでも尚、私に手を伸ばすおっさんに、ユーリは大きなため息をついた。

 

 

「カロル先生。なんでこいつまで連れて来たんだよ」

 

「ボクに言わないでよ。一応これでも天を射る矢の参謀だし、ドンの命令なんでしょ。仕方ないじゃん」

 

「そーいや、そうだった」

 

「そうよ! おっさん、攫われた桜ちゃんのことを想うと居ても立ってもいられなくて、年甲斐もなく王子様の如く馳せ参じたんだから!

もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?

あんなこととか、こんなこととか!」

 

「彼女を如何わしい目で見るのは止めて頂きたい」

 

「あらん。フレンちゃん怖い……っ」

 

 

私目掛けて嫌らしい挙動をするレイヴンであったが、フレンが抜刀するのを見て、震えて高速後退した。

いつの間にかやってきたであろう犬のラピードの方が、よっぽど利口だ。

彼は私たちの騒動など見慣れたのか、大きな欠伸までしている。

次から次へと集まってくる騒々しい仲間たちに、ジュディスは小さく微笑んだ。

 

 

「ウフフ……。愉快な人たち。これじゃあ、何も進展しないわね」

 

「どういう意味ですか、ジュディス?」

 

「どういう意味だと思う?」

 

「俺様に脈ありってこと!?……だ、誰だ。そこのクリティアッ娘は?」

 

「復活早いよレイヴンさん。

話進まないから、しばらくフレンさんのサンドバックになってくれませんか。

この世の安寧と治安と乙女たちの為に」

 

「冷たいこと言わないで! 俺にも美人紹介してよ~。

妖艶なお姉さんと桜ちゃんとの関係は――ハッ!?

よもやお姉様とかお姉様とか、そういう仲なの!? 百合。いい……」

 

「ああいう関係にされちゃったけれど」

 

「いや、否定してよ。ジュディス」

 

 

恍惚するレイヴンに困るわけでもなく、素で尋ねてくるジュディスに、私は脱力してしまった。

この人、結局何しに来たんだろう。以前は私に忠告を伝えに来たんだが、今回も私に用があるのか。

本当に百合とかないよな。

レイヴンの怪しい挙動で、皆から好奇の視線を受けるハメになったジュディスは、気を悪くした様子もなくニッコリと笑顔を振りまいた。

 

 

「改めて、私はジュディス。魔導器を見に来たの」

 

「わざわざこんなところで? 魔導器なら、他にもあるでしょ。

もしかして、桜になんかしようってんじゃないでしょうね」 

 

「そう殺気立つなよ。リタ。

ふらふら研究の旅をしていたら、捕まったんだと」

 

「ふ~ん……。研究熱心なクリティア人らしいわ」

 

 

ジュディスを凝視するリタであったが、見兼ねたユーリが事情を話すと、つまらないとばかりに踵を返した。

実は殺る気だったのか。

一人凍りつく私を差し置いて、エステルは待ち切れないとばかりにジュディスの前に出て、柔らかな笑みを注いだ。

 

 

「では、こちらも自己紹介です。

わたしは、エステリーゼ。エステルと呼んで下さい」

 

「リタ・モルディオ」

 

「ボク、カロル!」

 

「そして、この俺様が……」

 

「世界の女性の貞操を脅かす下心が色彩なおっさん」

 

「ちがーう! レイヴン! レ・イ・ヴ・ン!

酷いよ、不思議少女! ホントに捉えちゃったらどーすんの?

人間第一印象が大事なんだから」

 

「その大事な第一印象を偏りまくった恍惚で台無しにしたのは、レイヴンさん自身だと思うんだけど」

 

「もしかして、焼いてるの? 可愛いな桜ちゃん。

俺様、例え日の中水の中美女の中、どんな時だって君を愛してるんだぜ」

 

「魔物の群れの中に放り込んでやろうか」

「魔術の海の中に放り込んで差し上げますよ」

 

「止めて! 物騒な森の中山の中、殺意のド真ん中!

青年たちの目が据わってんですけど!

なんでよ。 おっさんだって恋愛したって良いじゃない!

トキメキなら若者にだって負けてないよ」

 

「その対象が悪いんだってば。レイヴンも懲りないなぁ」

 

 

怒れる美青年に抗議するレイヴンを眺めて、カロルは嘆息した。

どうせ、あれこれ私を構うのは、ドンの保護が名目なんだろうけど。

胡散臭いおっさんを睨んでいると、ユーリが皆に背を向けた。

 

 

「紹介も終わったことだし、話がまとまったなら、先に進むぞ。ついでにおっさんも」

 

「ついでなの。何この扱い」

 

「バルボスやっつけるんだっけ?」

 

「あいつには、いろいろ因縁があるからな。

お前を連れてった機械仕掛けの剣、ありゃあ水道魔導器の魔核だ」

 

「ああ、あれね。元々水道魔導器のもののようだけど、だいぶ弄られているわ。

かなりのエアルを消費しているみたい」

 

「リタさんがそう言うなら」

 

 

エアルの気配を追えば、バルボスの元へ辿りつけるのではないか。と言いかけて辞めた。

地下水道の光源魔導器の原理で探し出すことは可能かもしれないが、あまりエアル関連の能力を行使したら、私自身のことを探られるかもしれない。

言いどもる私に、リタは眉を潜めた。

 

 

「桜、どうしたの? やっぱりしんどいの?

――ごめん。ここに来る前に、光源魔導器のエアル探索で、無理させたせいかもね」

 

「全然平気だから、元気いっぱいだから!」

 

「ホント?」

 

「ホント、ホント! だから、落ち込まないで。

な、なんなら、バルボスが持ってる水道魔導器の魔核だって、追ってみせるよ!」

 

 

あああああああああああああああああ!

珍しく目を伏せ、しおらしくなるリタを励ますため、勢い任せでとんでもないことを宣言してしまった。

自分で注意しなきゃと肝締めた傍から、これかよ!

胸を張ったまま固まる私に、今度はフレンが憂わし気に手を差しのべてきた。

 

 

「また無理をしているようだね。僕とダングレストまで戻るかい?」

 

「い、いいいえ! 良いんです! 私も皆と行きます!」

 

「しかし、気を悪くしたらすまないが、少し様子がおかしいよ。

君は攫われた後なんだ。僕も傍についている。だから……」

 

「ダメよ、騎士さん。

女性に強引になるのはいいけれど、程ほどにね」

 

「貴方は、前にお会いした時、押せばいいとか、よくわからないことを話していましたが」

 

「彼女、今日は女の子の日なの」

 

 

ジュディスの二度にわたる告白に、周囲の視線が私へ一心に集中した。

再び、私は身も心も昇天しかける。

 

 

「ちげええええええ! まだそのネタ健在してたのかよ!!

公の場で、乙女の羞恥心を爆破させるようなこと告白するなって、さっきの流れで空気読まなかったのかこのクリッ娘!」

 

「我慢することはないと思うの」

 

「我慢してない!」

 

「桜。その、ええと……僕は理解しているから!

そうだ。何か温かいものをお腹あててみるとか!」

 

「赤面しながら、変な気遣いしないで下さい。

私の尊厳と羞恥心が今まさに瓦解しようとしている……!」

 

「安心してください、桜。フレンが理解のある男性でよかったではありませんか」

 

「安心できるか。乙女の花園に片足ぶち抜いてる男の人なんて」

 

「しょーがねーな。背負ってってやるよ」

 

「いらないよ!」

 

「……あの日って、腰が痛いんじゃなかったか」

 

「自分で戸惑うくらいなら、あの日とか言わないで!」

 

 

私の前で背を向けて屈むユーリに、私は絶叫した。

ジュディスのせいで、皆から女の子の日認定されたじゃないか。

皆から攫われたこととは違う、労りの眼差しを受けて、私は居た堪れなくなってしまった。

 

 

「と、とにかく! さっさとバルボス倒しに行くよ!」

 

「おんぶはいいのか?」

 

「その話題はもういい。捨ててしまえ、忘却の彼方に」

 

「一応、気にかけてんだけど」

 

「皆の前でリュックよろしく背負わされろと。私に憤死しろとというの……っ」

 

「真っ赤にならなくても良いだろ。

何度も抱いてんだから、今更おんぶで恥ずかしがることはないだろうが」

 

「抱くじゃなくて、抱っこ!

ヘリオードで、それは止めてって言ったよね? きちんと説明したよね!?

態とか? 態と言ってんのか、貴様!!」

 

 

誤解を生みかねないセリフをおくびにも出さずに言ってのけるユーリ。

もちろん私は全力で訂正しようとしたが、ときすでに遅かった。

更なる皆から集まる奇異の視線、縮まる心、乾いた私の悲鳴。

それが嗚咽に変わろうとしたところで、ユーリの背後から冷気が生まれる。

静かな闘志を燃やす我らの騎士小隊長フレンさんが、凍り付くユーリの後ろで冷たい殺意の波動を放っておりました。

 

 

「ユーリ。桜を抱いたとは、どういう意味なんだ」

 

「思い違いだ、フレン。まずはその煮え滾った怒りを鎮めろ」

 

「彼女が頬を赤らめるほどの何かをされたのは違いないだろう。

君の大量の脂汗が何よりの証拠だ」

 

「それはお前が殺気爛々で背後に立ってるからだろうが。

お前だって、こいつにしたんじゃないのか」

 

「す、するわけないだろう! そんな下種なこと……っ!」

 

「フレンさん。下種な事って……」

 

「下種だわ」

 

「下種だね」

 

「下種なのかしら」

 

 

頬を赤く染めるフレンは、私、リタ、カロル、ジュディスのカルテットを食らい、可哀そうなくらい動揺し始めた。

私とフレンの想像することに、齟齬があったようだ。

一体、私で何を想像していたんだろうか。

皆の痛い視線が私から、フレンへと移った時、誰かが私の手を取り、駆け出した。

 

 

「ゆ、ユーリ!?」

 

「何だか知らない流れだが、今のうちに逃げるぞ」

 

「どこへ!?」

 

「上に決まってるだろ。バカと煙は高いところが好きってな。

とっととバルボス倒して、下町の魔核を取り戻したら、今度こそお前の番だからな」

 

「う、うん」

 

 

颯爽と私を連れて、安心しろとばかりに快活な笑みを送るユーリに、私は何とか頷き返した。

バルボスを倒して、下町の水道魔道器が元に戻ったら、私の正体を明かすことになるのか。

 

 

……本当に、私は人間でなくなったのだろうか。

 

 

今更ながら、胸に手を当てて、規則正しい鼓動を確かめる。

実感がない。

ただ、ユーリに手を引かれ、駆け抜けるのが心地よくて、少しだけ泡沫の夢に身を委ねそうになる。

風になびく漆黒の黒髪、広い背中、しっかり握られた私より大きな手のひら。

 

 

(もう少し。もう少しだけ)

 

 

そんな私を目覚めさせるように、背後から追いかけてくるデュークの姿が視界を掠めた。

逃れようのない現実。

本当はもっと冷静に彼と話し合ってから、ユーリに、皆に説明した方がいいとは思う。思うんだが。

デュークの後ろに続いて、怒り狂うフレンとリタ、なぜか剣を携えるエステルの後ろを、カロルが震えながらも追い、彼を励ますようにラピードが続く。

レイヴンとジュディスなんかは、最後尾で私たちの様子を楽しんでいるようだった。

 

 

(ですよねー)

 

 

私のことを説明する余裕も暇もないですよね。

あいも変わらぬ仲間たちに、私は心の中で苦笑いした。

いつか終わるかもしれない旅に、ただ今だけ、夢にうずめていたい。

私は改めてユーリの背中を見つめて、彼と共に空を切って駆け抜けた。

 

 

 

 

■続く■




ガスファロストにて、仲間と再会する回です。ええ、例の如く原作からまったく進んでいませんとも……!
もちろん、前回同様パーフェクトブックとシナリオブックとにらめっこしながらの作成でした。
ええ、ニンテンドースイッチ購入して、TOV再プレイしましたとも。
更新が止まっていた原因は、夢主人公の設定云々をどういう風に表現すればいいのか、行き詰っていたのもあります。
小説作成していると、臨場感出すのに神経使い過ぎて、マジでめまいするんですよ勘弁してください。
とにもかくにも、夢主人公の正体というか、変化が発覚したわけですが、今のところはこういうことで、ついて来ていただけると幸いです。
まだまだ出し足りないところはございますが、いつもの文字数でご容赦いただけると幸いです。。

次回はバルボス戦です。……い、いけたらいいな。
またシナリオブックと攻略本片手に頑張ろうと思います。
それでは。


瑛慈 翔
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