明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第3話】突っ込みは冴えるけど

 

事の始まりは穴に落ちたことだった。

 

下町はどこもかしこもガタがきていて、塀が崩れ、街道のレンガが抜けていようが、おかしくはない。

穴に落ちた時も "またお国の連中が手を抜いたのだな" とそれ以上は気にも留めなかった。

腹は立ったけどな。

 

しかし、穴に落ちてからずっと出口を探して歩いてるはずなのに、一向に光は見えてこない。

それどころか、行けば行くほど暗くなるわ、方向感覚はなくなるわ、時間ボケするわ。

闇に力を吸い取られているかのように、腕が、足が、頭が動かなくなって、最後には意識が遠くなり……

 

 

次に目覚めた時は、女の子の腕の中だった。

 

年頃はオレより年下、多分十代半か後半だろう。

女の子は、このオレを自分の家まで運んできて、その細い二の腕でソファーの上で休ませようとしていた。

 

身なりと部屋の内装が少しばかりいいもんだから、貴族かと構えそうになったが。

あいつらがオレを拾うメリットなんてねーし、そもそも自ら接しようとしない。

 

なんせ如月 桜と名乗ったその女の子は、目覚めたオレに「本当はきちんとベットで寝かせたかったけど、二階まで貴方を運ぶとなると、絶対途中で力尽きて、二人仲良く階段ダイビングした後に骨折するだろうから諦めた。ホントにごめんなさい」と謝ってきたんだからな。

何処の誰かとも知らないオレを家に入れて、介抱するだけでも十分なのによ。

彼女の厚意はそれに留まらず、傷の消毒や、腹が減っただろうとカレーまで用意してくれ、親身になって話しかけてきた。

 

あいつと接しているうちに、ここがオレの下町じゃないと知った時は、かえって納得はできたんだが。

魔物もいない、貴族もいない、ザーフィアスがないと言われた時には、正直困ったし、理解すんのに苦しんだ。

 

それは桜だって同じはずなのに、あいつはひたすらオレの力になろうとする。

出て行こうとするオレをひき止めようとし、下種どもに襲われて怪我を負っても、尚関わろうとした。

 

 

桜は下町のヤツでも、貴族でもない。

どこの馬の骨だか知れないオレに警戒心も抱かない。

それどころか、誠心誠意を持って尽くそうとする。

 

困っている人がいると、手を差し伸べてしまうタイプ。

お人好しと片付ければ、それだけなのだろうが。

桜の場合は、最後まで貫き通そうとする部分がある。

 

オレも単にあいつを信用しているだけじゃない。

オレ自身お行儀というのが苦手なだけかもしれないが、距離がとても近いんだ。

嫌じゃない。寧ろ心地よいとさえ思う。

フレンと同じようなものなのかと言われれば、違うんだよな。

近いんだけれども、微妙に……いや、よしとこう。

こういうのを語るのも苦手なんだよ。

 

 

ともかく、オレはあいつのお人好しに乗っかり過ぎた。

穏やかで気持ちのいい時間に酔ってしまって、年甲斐にもなく甘えてしまったんだ。

 

 

そのせいで、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまう。

 

オレを帰す為に一緒に森に入った桜が、目の前で謎の大穴に落ちて消えてしまった。

 

そう、オレの目の前でだ。

 

今さっきまでオレの腕を掴んでいたのに。

 

穴が広がった時、オレが踏ん張っていれば。

あいつを掴んでいれば。

 

――最悪だ。あの時の姿がまだ頭の中に残ってら。

 

あいつの感触の残る腕を痛いほど握り締める。

言い表せないほどの様々な感情が内から溢れ出て、まったく考えがまとまりやしねえ。

 

 

どうする。どうすればいい。どうしたらオレは。

 

 

その中で一番納得の出来ない結末が、コレでもかと思考に終止符をうとうとする。

 

そんなわけはない。

そんなわけあってたまるか。

穴に落ちただけなんだ。

底にぶつかった音も聞こえてこねーし、この目で確認したわけじゃあ――――待て。ちょっと待て!

 

穴に落ちただけ?

深い穴に?

前にも似たような事が俺にも起きなかったか?

裏路地で突然地面が突き抜けて、穴に落ちて闇を潜ったら――

 

 

「まさか、嘘だろ……」

 

 

――オレも穴に落ちてここにきた。

   だったら、桜だって――

 

 

この推測には、矛盾がある。

極端で、楽観的で、確証なんてどこにもない。

あいつが生き残る場合を考えた最たる可能性だ。

 

桜を飲み込んだ穴は、用が済んだとばかりに小さくなり始めていた。

今なら、なんとか大人一人入れる程度だろう。

 

 

「時間はない、か」

 

 

――あいつの元まで、間に合えばいい。

  もう腹はくくったんだ。

 

 

「さて、オレのひらめきが果たして吉と出るか凶とでるか」

 

 

待ってろよ、桜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突っ込みは冴えるけど

 

ボケに通じない、そう通じない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは森に入ったことだった。

 

見掛け倒しの森だと思って油断していたら、イケメン兄さん拾っちゃうわ、拡大する穴が開いてるわ、落っこちて生死を彷徨うわ。

幸い息を吹き返すことができたのだが、即行美形騎士フレンさんによる濃厚人工呼吸をディープで食らって再び逝きかけた。

同時に私の初めての青春も奪われた。

 

穴を抜けて辿りついたのは、私の知らないユーリの世界。

そこは、怒涛のエンカウトの連続でした。

 

魔法や魔物や不思議なアイテムや、会話が一方通行な人達。

フレンの出会いを筆頭に、ツンデレ魔法少女、夢見る気苦労な部下、男前な天然上司に天然暴走お嬢様という面子であります。

会えば会うほど、常識を疑いたくなり、寝不足で脳みそおかしくなったり、いっそ全員集めてボケの無限ループでもやっとけと現実逃避したくもなった。

 

まともなのは、ユーリだけだ。

彼は今どうしているのだろう。

この異世界の異次元の連中にさらされた私は一体どうなるのか。

 

どんな運命が待ち構えているかは知れないが、現在、窃盗を働かされようとしているのはわかる。

 

もう少し詳しく説明すると、昨日からマトモにご飯食べてなくて、朝から城内彷徨っていたら、謎の貴族エステリーゼに掴まり、彼女の善意ある行動の元、何故か食堂に忍び込むことになりました。

 

 

「近い、近いですよ桜。 もうすぐ食堂です。

倒れないように、ちゃんと気を確かに持ってくださいね」

 

「あんたが気を確かに持てエステリーゼさん。

何も忍び込まなくたって、正直に朝御飯下さいってお願いすればいいじゃないですか」

 

「正面突破はいけません。餓死する前にオタマで粉骨砕身されます」

 

「すごい守備力してますね。おたくの食堂」

 

 

真顔で忠告されて、どう突っ込んでいいのか分からなくなってきた。

食堂に案内してくれるのはいい。

心配してくれてありがたいと思う。

しかし、彼女はドレス姿、その隠さない気品から察するに、どう見てもイイご身分の人だろう。

 

 

「エステリーゼさん。ホント道案内してくれるだけでいいですよ。

さっきも、お忍びで本を返しにいくみたいなこと言ってたじゃないですか。

誰かに見られると不味いんでしょ」

 

「平気です。いざと言う時はこの剣で全員峰撃ちします」

 

「両刃で峰撃ちできないと思うよ。サックリ逝っちゃうと思うよ。

峰撃ちの裏側から、"全員皆殺しにします"って幻聴が聞こえたんですけど。

つか何物騒なもん持ち歩いているんですか?!」

 

「わたし、こう見えても剣術を嗜んでいるのです。

あ、ちなみに、これは自慢になります?」

 

「なるなる、なりますよ。意外性抜群でいいんじゃないですか」

 

「抜群です? 本当ですか? ふふっ、あなたにそう言ってもらえると嬉しいです」

 

 

彼女が真剣に尋ねてきたので、素直にそう答えると小さく可憐に微笑んだ。

年上だというのに、その仕草ひとつひとつが可愛い……とか思っている間にも、彼女は剣をブンブンと振り回しながら、不吉なことを言い放った。

 

 

「では、この剣にかけて、桜をお守りしてみせます。

日頃培ってきた知力と剣術と魔術があれば、食堂の鉄壁など、わたしにかかれはちょちょいのちょいです」

 

「ちょちょいのちょい駄目ぇええ!

可愛い顔して、隠密行動から突撃抹殺なんつう物騒な化学変化するな!」

 

「悲しいことですが、貴方を助ける為には、多少の犠牲も必要なのです」

 

「私のせいか?!」

 

「一発玉砕覚悟で行きます!」

 

「逝かないで! 頼むから人の話聞いて!」

 

 

剣を片手に駆け出すエステリーゼと、それを追いかける私。

ああ、お腹空いてんのに何しているんだろう。

内心嘆きながら力を振り絞り、走って、走って、もっともっと走って。

後少し追いつくところで、突然彼女が立ち止まった。

 

 

「よかった。追いついた。

正気に戻ったんですね、エステリーゼさ……」

 

「おはようございます。エステリーゼ様、そして桜」

 

 

硬直するエステリーゼの視線の向こうに、恐ろしく爽やかなスマイルを燦然と放つ金髪の騎士が、ゴゴゴゴゴゴッというBGMがつきそうな勢いで仁王立ちしておりました。

まさかのフレン襲来に、戦慄が走るエステリーゼたんと私。

しかし、彼女は果敢にもパツキン説教魔王に剣の切っ先をを向けた。

 

 

「撃退します!」

 

「撃退すんな!!」

 

「お友達のフレンに刃を向けるのが心苦しいのはわかります。

ですが、ここを突破しなければ、桜の可哀想なお腹が鳴り止みません!」

 

「二人の実力わからないけど、たかが私の空腹ごときで城内乱闘されてたまるか!

腹の虫より先にストレスで胃が裂ける!!」

 

「流血沙汰にするつもりはありません。こういう時こそ皇族の権力発動です!」

 

「いきなり主砲発射か! つか、皇族?!」

 

「はい。知らなかったのですか?」

 

 

小首を傾げるエステリーゼ。

名前さえ知らんかったのに、わかるはずねーでしょ。

貴族貴族と思ってたら、更に上をいって皇族?!

皇族って、天皇陛下とかのことだよね。

どうリアクションをとるべきか迷っていると、フレンが私を庇うように間に入ってきて深く頭を下げた。

 

 

「エステリーゼ様。申し訳ございません。

桜がご迷惑をお掛けしたかと存じますが、全ては私の監督不行き届きによるものです。

この責は全て私にありますので、どうか彼女には寛大なご処置をお願いしたく……」

 

「フレンさん……?」

 

「フレン、頭を上げてください。わたしと貴方の仲ではありませんか。

迷惑だなんて言ったら、桜に失礼ですよ。

短いひと時でしたが、わたしは彼女といられて、とても楽しかったです」

 

「それはよかった」

 

「桜はお腹が空いているようなのです。よろしければ、わたしと朝食をご一緒にしたいのですが」

 

「いいえ、恐れ多くもエステリーゼ様とお食事を共にするなど、我々には身に余る所存です」

 

「わたしが良いと言っているのです」

 

「なりません。それよりエステリーゼ様。

この大切な時期に朝早くから無許可でここまで出歩いて、御身に何かあったらどうするのですか」

 

「それとこれとは関係ありません。今は桜のお話をしているのです」

 

「彼女は私に任せて、早く部屋にお戻り下さい」

 

「もういいです。フレンに聞きません、直接桜に聞きます」

 

「エステリーゼ様……っ!」

 

「桜、貴方はどうなのです? わたしとテーブルを挟むのは嫌です?」

 

「わ、私は……」

 

 

もうここまできたら、食べ物に有りつけさえいいんだけど。

皇族とご飯なんて緊張しそうだし、食事くらいはゆっくりとりたい。

乗り気でないのに、エステリーゼから無垢な顔でズイズイと言い寄られて、その心が揺れてしまう。

 

 

「え、エステリーゼさんがよろしければ」

 

「桜、いけないよ」

 

 

彼女の誘いに乗っかろうとしたところ、フレンが穏やかに牽制をしてきた。

 

 

「フレンさん?」

 

「君はこれから僕の部屋へくるんだ」

 

「でも、エステリーゼさんがいいって……」

 

「――いいね?」

 

「……はい」

 

 

フレンの暖かい日和のような微笑を命一杯受けた私は、胸キュンを超えて心臓ズギョンした。

前にもあったが、何この威圧感。いや拘束感とも言うべきか。

心臓をギューっと鷲掴みにされた様で、それ以上は形容しがたい。

エステリーゼにはわからないのか、不満そうに尚も言い寄ってくる。

 

 

「そんな……っ! 迫る餓死に耐えてまで、そんなにフレンがいいのですか? わたしは駄目なのです?!」

 

「エステリーゼ様。誠に残念ながら、桜は貴方ではなく私を選んだのです。

ええ男である私を」

 

「下心全開で優越感に浸るな、胸を張るな、特に後半!

残念なら、もっと残念らしくしろ!」

 

「わたしが野郎だったら……!」

 

「いや違うよエステリーゼさん。悔しがるポイントが違うよ」

 

「フレンがうらやましいです。わたしも桜と仲良しになりたい。

桜のような同世代の女の子で、一緒にいて楽しい人と親しくなりたいです」

 

 

シュンと両肩をすぼめるエステリーゼ。

皇族ともなれば、交友関係はかなり絞りこまれるだろう。

私のように、砕けて会話できるような人物などいないのかもしれない。

 

 

「あの、エステリーゼさんがよければ、友達なんじゃないんですか?」

 

「桜?」

 

「お互いに仲良くしたいのなら、もう友達でいいんじゃないですか。

私は皇族とか貴族とか平民の隔たりなんて、漠然としていてよくわからないですけど。

相手が何者だろうと、自分を助けようとしてくれた人がいたら、やっぱり仲良くしたいと思いますよ」

 

「桜、安易にエステリーゼ様を誘惑するんじゃない」

 

「フレンさんは、私とエステリーゼさんとお友達になる事が悪いことだと思うの?」

 

「そうじゃないが。君の場合は……」

 

「いつか帰るかも知れないけど、いいじゃないですか。友達」

 

「……」

 

 

いつか自分の世界に帰る時がきても、それまでは仲のよい友人でいいじゃないだろうか。

話を聞いたフレンは渋い顔をしたが、私というお友達ができたエステリーゼは大輪の花が咲いたような笑顔になって、私の両手を掴んできた。

 

 

「嬉しいです! 今日から桜は大親友です!」

 

「いきなりレベルアップした?!」

 

「だめです?」

 

「いくらなんでもそれはちょっと。経験値が必要ですよ。

お互いのこと、何も知らないんですから」

 

「親睦を深めるのです?」

 

「そうそう」

 

「心得ました。

朝食はフレンに挫かれましたが、次は負けません。

今度こそ一撃必殺です」

 

「まだフレンさんと殺る気なのか。

それとも権力行使するつもりなのか、姑息ですよエステリーゼさん」

 

「そうと決まれば、次の戦いに向けて、英気を養わなければなりませんね」

 

「やっぱり、聞いてないし」

 

「ここは一時休戦にして、撤退します。

首を洗って待っていて下さい! 桜!」

 

「私かよ?!」

 

 

余程ご満悦だったのか、エステリーゼはドレスを靡かせ、颯爽と帰っていった。

セリフの後半がかなり不穏なあたり、また激しく間違った方向に暴走しているようである。

 

 

「私を殺しに来るんだろうか。エステリーゼさん」

 

「君が心配する必要はないよ」

 

「そうかなー」

 

「例え相手が皇族だろうと、君を犯す不貞輩は僕が残さず叩き斬る」

 

「ちょ、おまああああああっ?!」

 

「嘘だよ。

エステリーゼ様がそんなことするわけないじゃないか」

 

「目が笑ってないよ。

ていうか、私を襲ったらマジで斬るつもりだったんだな」

 

「怖がらなくても、エステリーゼ様は君を傷つけたりはしないさ。

とても気に入っているようだったからね」

 

「いや、エステリーゼさんのことじゃなくて……」

 

「それよりも、――桜!」

 

「はいっ?!」

 

 

普通に会話していたフレンが突然踵を返し、私の両肩を捕らえ、正面から凄い剣幕で顔を見据えてきた。

 

 

「朝、集会が終わって、急いで君の部屋に行ったらモヌケの空だった」

 

「フ、フレンさん。顔が怖いです」

 

「あの部屋、君が来るまでは空き部屋でね。普段は誰も近寄らないんだ」

 

「そーですか」

 

「どうして一人無断で部屋から出て、城内をうろついていたんだい?」

 

「お、お腹空いてて、つい」

 

 

言葉遣いは丁寧のだが、真っ向から目を見て迫られると、萎縮してしまう。

彼は青い瞳を向けたまま、淡々とし問いかけてくる。

 

 

「僕が来るまで待てなかったのかな」

 

「外出するのに、フレンさんの許可が要るんですか?」

 

「君の存在を知る人間は限られているんだ。

ロクでもないヤツに目をつけられたら、どうするつもりだったんだい」

 

「とは言われても、鍵もあいていたから、出入り自由じゃないですか」

 

「なるほど。じゃあ、部屋に鍵をかけて閉じ込めてしまえば、誰も君に手出しできないし、君もどこへもいかないよね」

 

 

恐ろしい事を平然と言い放つフレンに、私は身震いした。

 

 

「羞恥プレイとロープ縛りプレイの次は監禁?!

あんたどんだけドS?!」

 

「僕は普通だよ」

 

「自分で自分のこと普通と言ってのけるヤツほど、普通じゃないですよ。

嫌です! いくら助けてくれた恩があっても、閉じ込められるのは嫌です!」

 

「僕もね。君に嫌われるのも、黙って居なくなられるのも、目の届かないところで何かされるのも嫌だ」

 

 

フレンから寂しげに告げられて、私は心が痛んだ。

アレクセイさんの命令かもしれないが、どんな形であれ、彼は私の面倒を見る立場にある。

職務中で目を離した隙に、この世界をよく理解していない私にホイホイ出歩かれては、堪ったもんじゃないだろう。

 

 

「勝手をして、ごめんなさい」

 

「突然いなくなるなんて、駄目じゃないか。

僕はてっきり……」

 

「フレンさんに黙って出てったりしませんよ。

ユーリを探しにいこうにも、方法がないですから」

 

「違うんだ、そうではなくて……。いや、そうだね。

僕に断りもなく、出歩いちゃいけないよ」

 

「本当に悪かったとは思います。

けど、今回は多めに見てくれませんか?

丸一日まともに食べ物口にしてなくて、もうフラフラなんです」

 

 

もはや腹の虫も声が枯れたのか、溜息しか出てこない。

フレンは私の情けない声から深刻な状態を理解したのか、叱るのをやめて、素直に頭を下げた。

 

 

「気付いてやれなくて、すまない。

辛いところ悪いけれど、君は他の騎士たちに混じって食事はできないんだ」

 

「いいですよ。人目につくとまずいんでしょう」

 

「男女問わず誘惑する君目掛けて、有象無象が群がったらどうするんだ。

片っ端から息の根止める僕の身になってほしいよ」

 

「誘惑しねーよ! やりたくても不可能なんだよ! 魅力が残念なんだよ! 見たらわかるだろ!

私に悲しい現実を語らせるな!!」

 

「冗談だよ」

 

「目がマジでしたよ」

 

「現実に悲観する事はないと思うよ。

君はまだ発展途上だと思うんだ」

 

「励ましているつもりか知らんが、この上なく怪しい発言を元気一杯にのたまうな!」

 

「とにかく、誤解をうけるような行動は謹んでほしい。

リタだけでも十分なのに、僕がいない間、エステリーゼ様まで手を出して」

 

「出してないよ」

 

「そういえば、ソディアも昨日とは打って変わって、君の話題に好感を示すようになったんだ。

どういうことだい?」

 

「知りませんよ」

 

「君の守備範囲がわからないよ。

お陰で折角減ってきた胃薬の量がまた増えそうなんだ」

 

「フレンさんでも、胃にダメージは来るんですね」

 

 

意外な新事実だ。

苦悶の表情で切々と辛み事を訴えていたフレンだったが、エンドレスは流石に拙いと判断し、すぐに平静を取り戻した。

 

 

「僕の愚痴のせいで、君のお腹を待たせるわけにもいかないな。

よかったら、僕の部屋で一緒に食べないかい? 僕も朝食はまだなんだ」

 

「いいですよ」

 

「じゃあ、食堂に朝食をとってくるから、ここで待っていてくれ」

 

「はい。それと、フレンさん」

 

「なんだい?」

 

「私でよければ、愚痴くらい聞きますよ。

ソディアさんのような上司部下の関係じゃなく、私みたいにかえって何も知らない方が聞き手には良いんじゃないですか」

 

「慣れない土地にやってきてストレスを抱えている君に、僕の不平不満をぶつける訳にはいかないよ」

 

「今の私にできる事が、それくらいしか思いつかないだけです。

胃薬だって、慣れちゃうと危険だって聞きましたよ」

 

「しかし……」

 

「ここにきてから、私のことばかりじゃないですか。

私がフレンさんの立場を省みない行動とったのも、貴方が普段何をしていて、どんな立場なのか、知らなかったせいだし。

そのためにも、フレンさんの話が聞きたいんです」

 

「ありがとう。実は僕も君と二人きりでじっくり話がしたかったんだ」

 

「じゃあ、いいんですね」

 

「ああ、少しだけ君に甘えようかな」

 

 

懸命に訴えて、やっと笑顔で頷くフレン。

神経が図太い彼が、私のことでここまで神経を尖らせていたなんて思いもしなかった。

まあ、かなり行き過ぎた部分はあるが、お世話になっている以上は、彼のことを理解しなくちゃいけないし、何かの役に立ちたいと思う。

やっと借りを返す糸口が見えてきて、やる気が出てきた。

 

――などと、心構える私であったが、そのやる気が今後迷走することなど知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

二階の東側にあるフレンの私室は、私の部屋の左隣に存在した。

近いとは聞いていたが、まさかすぐ横だったとは思わんかったわ。

部屋の内装は私のところと同じで、所々私物が混じってはいるが、整理整頓が隅々まで行き届いている。

中に下町の子供が描いたユーリとフレンの似顔絵を律儀に写真立てに飾っているのを見つけて、彼の誠実さと人望を感じることができた。

 

いやいいんだ。彼が真面目なのは。

部下をまとめる小隊長なのだから、いい加減より几帳面の方がいいだろう。

彼と共にする食事も、パンとスープ、サラダやベーコンエッグなどなど、私の世界のものと大して変わらないから文句はない。

 

ただ現在進行形で語られる、彼のマシンガントークが凄まじかった。

 

 

「騎士の中には、僕のような下町出身の者もいれば、貴族出身の者もいてね。

互いに価値観が違うから、小さな衝突が絶えないだ」

 

 

小さく溜息をついて、フレンはその止まらない口で語り続けていた。

最初は"食堂のご飯は一味足りなくていまいちだ"とか、"騎士の中にカマっぽいのがいる"とか笑って流せる程度のものだったのだが。

 

 

「人間関係の悩みは、世界共通なんですね。

ソディアさんはどうなんですか? フレンさんをすごく尊敬していましたよ」

 

「彼女は確かに貴族の出だよ。僕を慕ってくれて、有能な部下ではあるんだけれど。

僕を自分の理想と見立てている部分があってね。時々それが重みになるんだ」

 

「それだけフレンさんに人を惹きつける力があるってことじゃないですか。

期待され過ぎちゃうと負担になるのはわかりますけど、余り突き詰めない方がいいですよ」

 

「突き詰めるな、か。ユーリによく注意されたよ。

僕はどうにも、気を抜くというのが苦手みたいなんだ」

 

「まっすぐな人なんですね、フレンさん」

 

「頭が固いだけだ。でも、君に言われると気が楽になるよ」

 

 

フッと顔を綻ばせるフレン。

こうやって友達の相談みたいなノリで相打ち打っているうちに、熱々のスープが冷たくなるまでヒートアップしていった。

内容はもっぱら思想・人間関係・城内生活などで、もっと掘り起こせば職務や上との関係などシビアなネタが出てきそうなのだが。それをしないのは、彼が分別のある大人だからだろう。

一通り喋って喉が渇いたのか、彼は話を止めて、水を一口喉に通した。

 

 

「これだけ話したのは、ユーリ以来だよ。

耳にタコが出来たんじゃないのかい」

 

「とは言っても、話をまとめてみたら、フレンさんと部下の簡単な紹介とか、帝都と帝国騎士の役割とか、騎士の生活とか、ほとんど当たり障りのない説明でしたけど」

 

「そうだったかな? 僕は君に話を聞いてもらえてすっきりしたよ」

 

 

話し足りないのではと問う私に、フレンは晴れやかな笑顔を浮かべた。

本人がいいなら、これ以上は聞くのは野暮ってもんだし、騎士にだって機密事項ってのもあるだろう。

 

 

「フレンさんは街の人々を蔑ろにする国を内側から正したくて、騎士になったんですね。

だけど今は王様がいなくて、代理として評議会という機関が法と権利を牛耳っている。ここが曲者だと?」

 

「評議会は貴族で構成されているからね。

平民を省みずに好き勝手できる現状が都合がいいんだろう」

 

「私のところでは考えられません。

国民蔑ろにしたら、デモとかテロとまではいかないけど、支持率が……。

ああ、そもそも統治制度違うから比べるのに無理があるか」

 

「桜のところには、王はいないのかい?」

 

「国の象徴はいますけど、民主主義ですよ」

 

「みんしゅしゅぎ?」

 

「国民一人一人が自由と権利を持っていて、えーと……なんて説明すればいいのやら。

要するに、国民みんなで国を統治しているようなもんです」

 

「平民の皆で……?!

どうやって国を統治しているんだ?」

 

「そりゃあ、まず選挙で代表者を決めて……」

 

「選挙? 大勢の人から、具体的にどんな方法で選出するのかな?

魔物もエアルもないと言っていたけれど、よく生活が出来るよね?」

 

 

あのフレンが子供のように身を乗り出して聞いてきたので、私もつたない知識に加え、現代社会の教科書を引っ張り出して説明する事にした。

「医療制度はどうなんだい?」とか、「ギルドと似ているのかな?」なんて知らないところまで食いついてくるものだから、ニュースで得た眉唾知識を披露したり、まだ習っていないところまで予習するハメに。

――前にもユーリと同じようなことしたよな私。

異世界にきてまで何しているんだろと途方にくれそうになったが、フレンは私の話を目を輝かせて聞き入り、挙句ノートまで取り出してきたので、気を抜くことはできず。

結局、要点だけとはいえ、教科書三分の一程度の情報をフレンの頭に叩き込むことになった。

 

 

「久方ぶりのご飯のはずが、何故か現代社会の授業に」

 

「とっても楽しかったよ。君の世界を知ることが出来て、有意義な時間だった」

 

「そーかなぁ、勉強ってつまらなくないですか?」

 

「いいや。君の話で、女子高校生という職業がやっと理解できた。

民主主義というのも、身分制度がないのも、理想的な国だということもね。

桜にとっては退屈だったかな?」

 

「ううん。フレンさんが喜んでくれたなら、それでいいですよ。

他に知りたいことってないですか?」

 

「そうだね。次は桜のことが知りたいな」

 

「え?」

 

「君のことが知りたいんだ」

 

「えっと……、私が女子高生ってのと、住んでいる国のことは話しましたよね?」

 

「そうじゃない。君が普段をどう過ごしていて、どんな人達や環境に囲まれているのか知りたいんだよ

僕に聞かせてくれないか」

 

 

変わったことに興味を示す男である。

そうやって瞳をキラキラさせて待機されたって、他人に話せるような面白いネタなんてない。

 

 

「フレンさん、私の話なんてつまらないですよ」

 

「なんでもいいよ。君のことなら。

好きな色でも、食べ物でも、なんだって」

 

「う、うーん」

 

 

色とか食べ物くらいなら、答えられなくもないか。

犬に"待て"をしたようにじっと待ち続けるフレンに早速返事をしようとしたところ、ふと違和感を感じた。

厳密に言うなら、視線だろうか。

フレンではない。

もっと離れてて、フレンの後ろの、タンスの横の、何もない白い壁。

 

そう、その白い壁が、ほっこりと人型に盛り上がっていた。

 

 

「フレンさんの背後の壁に何かいるーっ?!」

 

「曲者!」

 

 

フレンが振り向き様に剣を引き抜き、壁のほっこりへ突きつけようとした。

しかし、それより先に壁のほっこりが正体を現す。

 

 

「バレてしまっては仕方がない」

 

「騎士団長?!」

 

「やはりベットの下が好ましかったかもしれません。アレクセイ様」

 

「クローム様まで?!」

 

 

壁と同色のシーツで身を隠していたアレクセイ、ベットの下からポニーテールの美人姉ちゃんが出てきて、フレンと私はパニックに陥った。

いつの間に壁と一体化していたのか、今の今まで全然気付かなかったぞ、このオッサン。

それはフレンも同じだったようで、私と共に唖然としていると、アレクセイはその威厳を維持しつつ、堂々と語りかけてきた。

 

 

「二人の慎ましい愛のひとときを邪魔してはなるまいと、気配を消して潜んでいたが、こうもあっさりバレてしまうとは。

いやはや、如月君の目は侮れないな」

 

「い、いつからフレンさんの部屋に?」

 

「君がフレン小隊長に、仲睦ましく朝食のパンをアーンしていた時だ」

 

「してないわああああ!」

 

「そんな時から?!」

 

「してねえって言っているだろ! 何衝撃受けた顔してんの!

フレンさん、あんたその歳で記憶障害か?!」

 

「わかった。君がそう言うなら、今すぐ実行しよう、そうしよう、即行で。

偶然にもここにパンが残っているから、さあ早く僕の口にっっ!」

 

「しねーよ!」

 

「君は既成事実が必要なんだろう?!」

 

「話の重点がちげえええ! もう遅いだろ既成事実!!」

 

「ここは騎士団長の話に合わせておかないと!

この際パンじゃなくて、スープでもいい」

 

「一緒じゃああ! それで妥協しているつもりか!

アレクセイさんの嘘を事実にするために、何が恥ずかしくて人前で"フレンさん、アーンして下さいっ"なんてしなきゃならんのよ?!」

 

「僕は恥ずかしくないよ、嬉しいよ、寧ろ大歓迎だよ。

血管浮き上がるまで拒否する君もいじらしいが、ここは恥を忍んで挑戦するんだ」

 

「挑戦する意義なんてどこにもないよ。私のメンタルが激しく消耗するだけだよ。

私に食べさせてもらうメリットは何だよ?!

そこまで言うなら、本気でパンまるごとテメエの口にねじ込むぞ!」

 

「君の手にかかるなら本望だ。

さあ、どこからでもかかって来い! 僕は全力で受け止める!」

 

 

バァァーンと両手を広げるフレンたん。

さっきまで楽しくお話していたのに、あの時の彼は一体何処へ行ってしまったのだろうか。

戻って来いお前。

 

 

「フレンさん、何かスイッチ入っちゃったのかな」

 

「まあ、彼が君との関係を急くのも無理もないだろう。

昼にはここを立つのだからな」

 

「……え?」

 

 

アレクセイの発言に、私は自分の耳を疑ってしまう。

彼は反応の鈍い私を察したのか、続けて説明し始めた。

 

 

「彼から聞いていないのか。

騎士の巡礼と言ってね。

騎士団の慣行行事で将来有望な騎士を育てる為に、各地を巡回させて、問題があればそれを解決させる制度があるのだ」

 

「フレンさん、出かけちゃうんですか?」

 

「……」

 

 

問いかけると、フレンが意気消沈した様子で俯き黙ってしまった。

それは肯定だと受け止めるべきなのだろう。

フレンが私を置いて出て行ってしまう。

動揺する私に代わって、アレクセイが話を続けた。

 

 

「やはり、彼女に話せなかった様だな」

 

「申し訳ございません。

折角騎士団長が出発時間を延ばしてまで、機会をくださったのに」

 

「いや、構わんよ。

彼女の立場と君の気持ちを考えれば、仕方のないことだ」

 

「痛み入ります」

 

「しかし、例の一件もある。これ以上は延ばすことは出来ない」

 

「……はい」

 

「暗い顔をするな。桜の話は、先程隠し身の術で聞かせてもらったこともある。

私も夜まで予定が埋まっているので、今すぐ彼女の事情聴取をするには難しいだろう」

 

「騎士団長?」

 

「君がここを立つまでのそれまでの残り少ない時間、君に彼女を預けておくがいいかな。フレン小隊長」

 

「はい……っ、ありがとうございます!」

 

 

アレクセイの粋な計らいで元気を取り戻したフレンは、背筋を正して敬礼をした。

彼の様子に満足したアレクセイは続いて私へと視線を移す。

 

 

「如月君。君もいろいろ不安を抱えているだろうが、どうか彼を笑顔で送り出して欲しい」

 

「笑顔で? 私でいいんですか?」

 

「立場や理由はどうあれ、彼が君に心を砕いているのには変わりない」

 

「心配かけないようにですね。わかりました」

 

「すまないな。如月君。

では私は、君たち二人の貴重なラヴラヴシーンの邪魔にならないよう、ここで退場させてもらう」

 

「威風堂々とラヴラヴはないと思いますよ、アレクセイさん」

 

「らぶらぶしーん? 騎士団長、具体的に私は彼女とどうすればよいのですか?!」

 

「そのノリはもういいよ、フレンさん」

 

 

和やかな朝食のはずが、思わぬ風雲児の登場により、台無しになってしまった。

お陰で、残された私とフレンとの間に気まずい空気が漂い始める。

リミットの昼まで、支度も含めると然程時間は残ってないだろう。

この重たい空気を何とかしないと、私の為にあれこれ手を焼いてくれたフレンに悪い。

 

 

「あ、そうだ。フレンさん、私の話を聞きたがっていましたよね」

 

「ああ。そうだけれど」

 

「面白いかどうかはわかりませんが。……これがあります」

 

 

私は学生カバンの中から、手帳を一冊取り出した。

スケジュール表やら、友達の連絡先やら、メモやら、プリクラやらが収めており、携帯とサイフの次に無くすとまずい持物だ。

手帳を水戸黄門の紋所みたく突き出されたフレンは、よくわからず目をパチクリさせた。

 

 

「日記帳、なのかな?」

 

「そんなもんです。一年分しかないですが、私の日常がリアルに伝わる一品であります」

 

「いいのかい? 個人情報のつまったものを僕に披露しても」

 

「フレンさん、日本語読めないでしょう。だから私が……」

 

「君を知るためなら、ニホン語なんて三日でマスターしてみせる」

 

「ひらがな、カタカナ、漢字にローマ字に英語を三日で覚えられたら、私ら学生の立場がないですよ」

 

「僕はやると決めたら、やる男なんだよ」

 

「知らんよ」

 

「恥ずかしがることはないんだ。

ニホン語を覚えるのは、手帳から君の好きな物から苦手な物、嫌いな物や、好みのタイプ、行動パターンを理解し、より効率的に君の存在を守りたい為だけであって。

旅先の妄想に活用しようなどという下種な目的はないんだからね」

 

「口に出している時点で胡散臭いことこの上ないわああああ!

その精悍な美顔で幾人もの女性を騙してきたかもしれんが、私は騙されないぞ!!」

 

「君を騙すなんて、僕にはできないよ。

もしかして、僕は君の踏み込んではいけないところまで来てしまっていたのかな」

 

 

フレンの見え隠れする下心を突っ込んだら、物凄く落ち込まれてしまい、これ以上言えなくなってしまった。天然なのか。本当に天然なのか、この男。

大人の野郎のクセに青く澄んだ瞳を憂いに伏せる姿を見せられ、母性本能をくすぐられてしまう。

 

 

「ああ、これが甘いフェイスってヤツなのね」

 

「桜?」

 

「なんでもないです。フレンさんの熱意はわかりますが。

辞書も訳もないのに、後2時間弱、いや出発の準備入れると1時間強でどうやって覚えるんですか。

私が読んで聞かせますから、一緒に見てて下さい」

 

 

手帳を読んで聞かせるってなんだ。

自分で言ってみて変な気分になったが、私にできる事といえばこれくらい。

実際読んでやると、趣味や生活に関しては「可愛いね」とか「夜更かしはいけないよ」とか、無難な相槌は打ってくるのだが。

つい最近のテスト勉強や、友達と出かけた話をするとも「勉強は一人でやっているの」とか「男友達はいるのか?」とか「留守番が多いみたいだけれど、女の子が一人で平気なのか」とか、話題を深く掘り下げてこようとする。

ユーリとは違うが、心配性のお兄ちゃんが出来たようで、こそばゆい気分になってしまう。

いらん心労抱えるフレンは私に身を寄せて、もうすぐ肩に手をかけてくるんじゃないかと言うところで、手帳のあるページに目を留めた。

 

 

「これは君じゃないか?」

 

「ああ、プリクラですか」

 

 

彼は手帳に貼られたプリクラを食い入るように見つめた。

 

 

「ここにはカメラはないんですか?」

 

「あるよ。誰でも持っているわけではないから珍しいんだ。

これは君とお友達で撮ったのかな。楽しそうだね」

 

「はい。これは一週間前の学校帰りに撮ったヤツかな」

 

「これは君しか写ってないね」

 

 

フレンは手帳に挟んであった私の一人プリクラを取り出した。

 

 

「ああ、それ最近美容院行った後に撮ったヤツですよ」

 

「そうか……」

 

 

まだ手帳に貼り付けてないプリクラをじっと見つめた。

何か変なのだろうか。でも髪形は今と同じだし。

イケメンにガン見されることを想定してプリクラ撮ったわけではないので、段々恥ずかしくなってきた。

 

 

「フレンさん、あの……」

 

「桜。これを一枚、僕に譲ってもらえないかな」

 

「……は?」

 

「誰にも渡さない。大切にするから」

 

「はあ……。元々プリクラは人に配るものですから、全然構いませんよ。

そんなもんでよければ、二枚でも三枚でも」

 

「ありがとう。じゃあ、僕からも何かお返ししないと」

 

 

彼は満面の笑顔を浮かべて、私のプリクラを懐にしまい、続いて近くの鏡台の引き出しを調べ始めた。

別にお返しなんていいのに。

断ろうとする前に、彼は何かを見つけて、私を呼び寄せた。

 

 

「桜、左手を出してごらん」

 

「はい?」

 

「さあ、これをどうぞ」

 

 

私の左手を取ったフレンは、ひとつの指輪を取り出し、その薬指に丁重にはめ込んだ。

緩やかな曲線の装飾が施されたエメラルドグリーンの美しい指輪だ。

「わー、高そうな指輪ー」と素で眺めていた私は、こちらに向かってニッコリするフレンを目の当りにして、やっとこさ現状に気付いた。

 

 

「ちょ、これ、フレンさん?!」

 

「ホーリィリングだよ。微量だけど、装備者の怪我を治す力がある」

 

「あ、アイテムだったんですか」

 

「君の場合は、治癒術はあまりよくないだろうから。

ホーリィシンボルみたいな、もっと効果的なものがあればいいのだけれど、今の僕にはそれが精一杯なんだ。すまないね」

 

「いいえ、ありがとうございます。大切にしますね」

 

 

いきなり指輪つけられてビックリしたが、アイテムなのなら納得がいく。

身に着けただけで傷が治っちゃうというシステムは、まだ理解不能なのだが。

 

 

「ところでフレンさん」

 

「なんだい?」

 

「コチラの世界で左手の薬指に指輪をつけるのは、何か曰くでもあるんですか?」

 

「君の世界では、左手に指輪は縁起が悪いのかな?」

 

「いいえ。寧ろ逆と言うべきか、なんというか」

 

「君に差支えがなければ、ずっと着けていて欲しいんだ」

 

 

全ての疑問の終止符を打つように、フレンは微笑んだ。

マジでどんな意味があるのか。私の世界と同じじゃなかろうな。

そんな温かい眼差し送られると、ますます怪しいじゃないか。

 

 

「フレンさん。マジでこの指輪、どんな意味が……」

 

「桜。君はシャイコス遺跡で目覚めた時に、一人で何か言っていたよね」

 

「独り言? 言ってましたっけ?

それより、左手に指輪つける意味って……」

 

「覚えていないのかな。

ほら、人工呼吸の話の後だよ」

 

「すみません。覚えてないです。

あの、フレンさん、私の話聞いてない? なら、指輪、右薬指に付け替えていいですよね」

 

「駄目だよ」

 

「即行却下されましたよ。つか、しっかり聞いてやがったな貴様!

だったら、さっさと指輪の意味答えて下さいよフレンさん!」

 

「左薬指でピッタリだからさ」

 

「嘘付け!!」

 

「指輪の話は置いておいて。

ほら、君、僕がいい経験になったと言った後に。

初めてがどうとか――」

 

 

性懲りもなく自分の質問を通そうとするフレンであったが、第三者のドアのノックの音で中断された。

 

 

「フレン小隊長。そろそろ時間が……」

 

「ソディアか。わかった、すぐ行く」

 

 

ドアの向こうから、部下の声がして、フレンの表情から笑顔が消える。

あれこれ掛け合いしている内に、刻限を過ぎていたようだ。

 

 

「時間になっちゃいましたね」

 

「すまない」

 

「そんな湿っぽい顔しないで下さい。

折角だから、下まで見送って……、人目がつくから無理そうですね」

 

「本当にすまない。大きな口を叩いておきながら、君を置いていくようなことをして」

 

「不安といえば不安ですが、フレンさんもお仕事なんですから、仕方がないですよ。

私のことはアレクセイさんたちがなんとかしてくれるだろうから、多分大丈夫です」

 

「ああ。騎士団長は素晴らしいお方だ。きっと君を守って下さる」

 

「今回みたいに忍び込んでこられるのは勘弁してほしいですけど」

 

「そうだね。次はきちんと二人きりで話がしたいが……そうだ。

君は留守番が多くて、よくカレーライスを作っていたよね」

 

「カレーライスに限ったことはないですけど、まあそれなりに」

 

「帰ってきたら、僕と一緒にビーフシチューを作ってみないか」

 

「フレンさん料理できるんですか?」

 

「まあね。昔はほとんどユーリに任せていたし、騎士団に入ってからは機会なんてなかったけれど。

何度か腕を振るったことはあるよ」

 

「へぇーっ。料理のできる男の人ってステキです。

私もビーフシチューみたいな、日持ちするヤツならできますよ」

 

「よかった。楽しみにしているね。

あまり皆を待たせるワケにはいかない。行ってくるよ、桜」

 

「行ってらっしゃい、フレンさん」

 

「うん」

 

 

私が手を振ると、彼も笑って手を振り、静かに部屋を後にした。

 

――笑顔で彼を送ってほしい――

 

アレクセイに言われたことは、私に出来ることは、これで良かったのだろうか。

フレンは心置きなく巡礼に行くことができるだろうか。

行き場のない不安と物足りなさが胸のうちを彷徨う。

 

 

――やれることはやったんだ。

   いつまでもフレンさんの部屋にいても仕方がないか。

 

 

余計なことして他人に迷惑をかけるわけには行かない。

メイドに食器を片付けてもらって、自室に戻る。

何気なく窓の外を覗くと、下の方の街道で空色の騎士が点々と街の外へ向かっていた。

 

 

「フレンさんたちかな?」

 

 

フレンも水色と青の空色の服を着ていた。

騎士の巡礼がどれだけかかるのかはわからない。

今、私に出来ることは、フレンの無事を祈り、彼が帰ってくるまで、誰にも迷惑をかけずに大人しくしていることだろう。

 

 

「……暇だ」

 

 

部屋から出ることは許されず、かといって部屋の中にいてもすることはなく。

異世界にきたのに、それを満喫することもできないなんて、つまらなすぎる。

テスト前なのに、ユーリが待っているかもしれないのに、早く帰りたいのに。

けど、フレンさんと一緒にビーフシチュー作ろうねって約束したし。

 

 

「この場合は前者を諦めるしかないのかな」

 

 

帰る方法が見つからないのだから、残った手段をとるしかない。

 

 

「ユーリ……」

 

 

呼んだところでどうしょうもない。

やらなきゃいけない事が沢山あるのにできない。

アレクセイと話をしなくちゃいけないのだが、スケジュール一杯って話していたからなあ……。

ぼんやりと空にかかる光の帯を見つめていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

「失礼します。桜殿」

 

「はい」

 

「騎士団長がお呼びです。急いで支度を」

 

「あ、はい! 今行きます」

 

 

思っていた傍から、もう呼び出しがかかるなんて。

もしかして、フレンが出発するまで待っていたのだろうか。

なかなかイイ上司のようである。

急いで身支度を整えてドアを開けると、そこにはブラウンに肌色のラインが入った服を着た騎士が立っていた。

――フレンの空色とは違うんだ……。

眺めていると、騎士の鉄仮面が私へと向けられた。

 

 

「どうかなされましたか?」

 

「なんでもありません。アレクセイさんの所へ行くんですよね。

よろしくお願いします」

 

「畏まりました。こちらへついてきて下さい」

 

 

機械的に告げられ、歩みだす騎士の後をついていく。

顔が兜で覆われているせいか、何を考えているのかまったくわからない。

いやいや、アレクセイのところまで案内してもらうだけなんだから、目の前の騎士のことを考えても仕方ないだろう。

 

そうだ。アレクセイとの話のことを考えて、まとめておかないと。

どんな話をするのだろうか。

何を聞いてくるんだろうか。

元の世界に帰るの、協力してくれるのか。

果たして、一介の女子高生が騎士団長とまともに会話できるのか。

 

さまざまな悩みを抱えるうちに、騎士はひとつの扉の前に立ち止まった。

 

 

「あれ? ここ、昨日と違う……」

 

「こちらになります」

 

「は、はあ」

 

 

昨日きた部屋の扉と違うような気がするが、今は昼だし、時間によって部屋を変わるのかもしれない。

考えているうちにも、騎士はドアをノックして、私を中へと誘おうとする。

ここの世界の常識を知らない私がアレコレ考えても意味ない。

思い切って部屋に踏み込むと、そこには一人の男が待ち構えていた。

 

 

「ようこそ、僕の尋問室へ」

 

「……誰?」

 

 

私はその男に見覚えがなかった。

歳は多分フレンと同じか、上かもしれない。

オールバックの長髪で、ビジュアル強調してんのかしれないが、化粧まで施している野郎。

何より鎧と装束がピンクとパープルという配色が激しく痛々しい。

一目見て忘れるはずがない物体が、私の目の前に突っ立っていた。

 

 

「フッ。異界の人間でも、僕の美貌を前には言葉も出ないとみる」

 

「……この世界の美的感覚がわからなくなってきましたよ。

失礼ですけど、貴方は誰ですか?」

 

「僕はアレクサンダー・フォン・キュモール。

キュモール隊の隊長さ」

 

「キュモールさん? 初めまして、私は――」

 

「桜 如月というんだろう」

 

「そうです。アレクセイさんかフレンさんから聞いたのですか?」

 

「誰から聞いたなんて、君には関係ない」

 

「そういうわけには……」

 

「関係ないって言ってるだろう!」

 

 

突然怒鳴られて、驚きたじ引いてしまう。

誰から聞いたか訊ねただけなのに、心が狭いというか、気の短い男である。

ヒステリックに声を荒げる男であったが、私が引いているのに気付き、落ち着きを取り戻した。

 

 

「失礼。騎士団は高貴で勇敢な者たちの集団なんだ。

もっとも、最近は騎士団長のご威光で、下民どもが混じるようになったが。

大人しくしていれば、君に手荒なマネなんかしないさ。僕のようにね」

 

「……」

 

「フレンのヤツに色々吹き込まれたのかな。

僕はね、君と仲良くなりたくてここへ呼んだんだよ」

 

「アレクセイさんに呼ばれたんじゃないんですか?」

 

「あいつは今頃別件で大忙しさ」

 

 

クククッとほくそ笑むキュモールから、私は微かな恐怖を覚えた。

――騙された。

   しかも、私のことを知っている

   フレンが言っていた、ロクでもないヤツなんだ。

自分が置かれた状況を把握して、すぐさま身を翻して部屋のドアノブに手をかけた。

 

 

「あ、あれ? 開かない?!」

 

「僕が獲物を逃がすなんてマネするはずがないだろう」

 

「獲物って、私に何するの……?」

 

「君に興味を持っている人達がいる。

僕もその内の一人なんだけれどね」

 

「私、昨日の夜、ここにきたばかりなのに、どうして?!」

 

「君が知る必要ない」

 

「ムチャクチャな……」

 

「何より、僕はね。あの下民上がりの小隊長の悔しがる顔をみてみたいのさ」

 

「フレンさん……っ」

 

 

彼の名前を口にしたところで、本人は今帝都の外、駆けつけられるはずがない。

私の事情を知っている人間は限られている――誰も助けに来ない。

コイツは私に何をするつもりなんだ。

人間を獲物なんて言ってのけて、部屋に二人きり監禁しちゃう時点で、充分変態の域を超えている。

 

怖い、怖い、怖い、誰か、誰か……っ!

 

呼吸がおかしくなって、身体が竦んでしまう。

ドアに背を押付けようとも、ドアは開かないし、にじり寄るキュモールの歩みは止まらない。

 

 

「怖がることはない。君は只、僕の言うことを聞いていればいいんだ」

 

「……嫌です」

 

「僕の傍にいれば、もっと優雅で楽しい時間が待っているんだよ」

 

「……嫌です」

 

「これは厳しくしつけられたものだね。あの下民上がりが余計なことしやがって……。

僕が改めて調教してやらないと」

 

「……っ」

 

 

キュモールが私の顔に触れようとした瞬間、全力で学生カバンを振りかぶった。

真横に軌跡を描いたカバンは、ヤツの横わき腹にドスンと重い音を立てて命中。

ヤツは少しよろめいて、それだけだった。

 

 

「それが君の精一杯かい」

 

「やっぱり一発だけじゃ無理か。

もう一発渾身のを入れて……」

 

「悪いが、僕にそんな趣味はないんだ。

これ以上暴れて騒ぎ起こされちゃあ、流石に他の騎士団が駆けつけてくるだろうし。

君には少し、痛い目に遭ってもらうよ」

 

「あ、ちょっと……っ?!」

 

 

キュモールは乱暴に私の右腕をひねり上げると、ひとつの腕輪を取り出し、強引にはめ込んだ。

襲い掛かる虚脱感が全身を駆け抜け、抵抗する間もなく、足腰砕けて身体を床に叩きつけてしまう。

 

 

「こ、……これ、魔導……」

 

「そう。君の苦手な魔導器。質が悪いが、君を静かにするには丁度いいだろう」

 

「……っ、んぐ……」

 

「しかし、本当にエアルに弱いんだね。報告どおりだ」

 

――報告? 誰から?

 

「さて、後は夜まで待って、君を運ぶだけ。

騎士の巡礼から帰ってきたフレンが君がいないことに気がついたら、どんな顔をするのか。

想像するだけで、楽しみでしょうがないよ」

 

――悪趣味なヤツめ。

 

「なんだ、まだ苦しそうだね。――楽にしてやろうか」

 

「……!」

 

 

言って、キュモールが右手を振り上げた。

楽にしてやるなんて、不吉極まりない発言なんですが。

悲しきかな、弱った私に抵抗する術はない。

狂喜に口元を歪ませるキュモールの顔を見たのを最後に、私の意識はフツリと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重い。

身体がとんでもなく重い。

いや、手や足や胴の感覚がなくて、思うように動かないのだ。

身体の芯が冷たい。

脆くて冷えている人形の中にぽんと意識を放り込まれたような感じがする。

 

私、どうなったんだっけ。

私。

私――

 

前にも似たような事が起きなかったか?

不気味な森に大穴が開いて、落っこちたら闇に包まれて――死んだ。

 

そう、死んだ。

今度こそ死んだ。

 

フレンはもういないし、アレクセイも忙しくて、誰も助けに来てくれない状況だったんだ。

魔導器つけられて、身体から力が抜けてって、ついでに魂の抜けてったんだ。

 

 

フレンと約束したのに。

エステリーゼと友達になったのに。

ユーリが待っているのに。

 

 

また、あの時みたいに目が覚めたりしないかな。

暗闇の中に光がパーッと出てきて、私を起こしてくれないだろうか。

 

………そんなに都合よくいかないか。

 

どうして私がこんな目に遭うんだろう。

キュモールに私のことを報告したヤツって誰なんだろう。

 

どうして、どうして――……

 

もう、いいや。

 

なんだか、考えるのも疲れた。

ぐっすり眠ってしまえば、何も悩まなくてもいいじゃないのか。

 

 

 

「――桜!」

 

 

……フレンさん?

 

 

「……しっかりし――桜!」

 

 

誰かな。

ぼんやりして頭が回らない。

 

 

「―――ねぇと…桜の……。仕方が――」

 

 

ぼやける視界の中で、黒い闇が私に覆いかぶさった。

温かい。とても温かい。

しっとりとした香りが鼻をくすぐり、程よい弾力と温もりが冷たい私を包み込む。

身体中でそれを感じつつ、「桜、桜……」と絞る出すような男の声と、自分とは違う鼓動が耳打ちして、少しずつ、少しずつ、意識が覚醒していった。

目の焦点が合い、ようやく視界がしっかりしてきた頃、まず目に飛び込んできたのは――

 

 

「――鎖骨?」

 

「桜!」

 

 

聞き覚えのある声に弾かれて顔を上げると、いるはずのない顔があって思考が止った。

歳は二十歳前後。

黒くしなやかな長髪。

街中で歩いていたら、目に留め惹き付けるような眉目秀麗な美男子。

彼は私と目が合うと、破顔一笑した。

 

 

「やっとお嬢さんのお目覚めだ」

 

「ユーリ……?」

 

「死んだように眠ってて、身体も冷たくなってるもんだから。流石の俺も肝が冷えたよ。

具合はどうだ。まだ辛いか?」

 

「ユーリ」

 

「うん?」

 

「ユーリだ……」

 

 

気に掛けていた人との再会に、お腹の底で溜め込んでいたものが込み上げてきた。

それは熱くなって目頭からあふれ出て、次から次へと頬を伝って零れていく。

ユーリはそんなひどい状態の私の顔を全てから隠すように胸で受け止め、優しく頭を撫でてくれた。

 

 

「わりぃ。待たせちまった」

 

「ううん。私がさっさと帰ってこればよかったのに」

 

「相変わらず行動力溢れてるのな」

 

「ユーリ放置したら、夜、家に入るために雨戸叩き斬ってるんじゃないかと思って」

 

「……お前」

 

「冗談だよ。いろいろと心配してたの」

 

「俺もな」

 

 

ユーリは黙って、私が落ち着くのを待ってくれた。

彼の腕の中が心地よい。

ずっとこうしていたいが、そうも言っていられないだろう。

キュモールに襲われてから、何がどうなったのか確認しなければならない。

 

 

「ありがとう、ユーリ」

 

「もういいのか?」

 

「甘えている場合じゃないもの」

 

「オレはいつまでもお前の柔らかい感触を堪能していてもよかったんだけどな」

 

「……あんた」

 

「冗談だ。確かにゆっくりしていられない状況かもな」

 

 

ふざけて両手をヒラヒラさせるユーリから離れて、辺りを見回してみた。

空き部屋を物置代わりにしているのか、ベットやタンスの代わりに椅子や木箱やら、無造作に積み上げられている。

その隙間から垣間見える窓からは、夜空が広がっていた。

 

 

「もう夜? 私半日寝てたの?!」

 

「寝てたというより、瀕死だったぞ」

 

「瀕死? また?」

 

「また? 桜、お前コッチにきて、何があったんだ」

 

「えーっと。実はこっちに来た直後から死に掛けていたみたいで」

 

「死……っ?!」

 

「その時はフレンさんに助けてもらったんだけど」

 

「フレンに会ったのか?」

 

 

私の一言一言に反応するユーリ。

元々彼の世界なんだし、話は通じやすかったのかもしれない。

流石に人工呼吸は説明から省かせてもらったが。

キュモールの登場辺りから、表情は険しくなり始めた。

 

 

「――で、キュモールって人の他に、私のことを知っている人がいるらしいの。

聞き出してやればよかったんだけど、魔導器つけられて、気を失って」

 

「んで、今に至るわけだな。

なるほど。昨日やってきたばかりのお前の情報が、どっかに漏れているわけだ」

 

「私のこと知っているのは、フレンさんとソディアさん、アレクセイさんにクロームさん。

後、皇族のエステリーゼさんくらいなのに」

 

「騎士団の出動要請があって、アレクセイに報告したとなると、評議会の方まで情報いったのか。

ああ、くそっ。……あのおっさんから、もう少し聞き出せばよかったか」

 

「おっさん?」

 

「いいや、こっちの話だ。

それにしても、フレンのヤツ、しばらく見ないうちに性格変わったのか」

 

「私の話、どこかおかしかった?」

 

「んーっ。あいつ、一応女性の相手は慣れてんだよ。

昔からモテてたからな」

 

 

精悍で整った顔立ちに爽やかスマイル常備。

金髪碧眼で白い馬が似合う騎士。

 

 

「ああ、わかる。なんか女受けしそうな顔してるもん。

性格は知らないけど」

 

「性格知れねーって、フレンはどんだけテンパってたんだよ」

 

「あれが普通じゃないの?」

 

「お前の話に忠実なヤツだったら、オレはとっくの昔に勝ってたよ。モテル面で」

 

「ユーリの方がカッコイイよ」

 

「……。お前、そういうこと、サラリと……」

 

「ユーリ?」

 

「人の顔を覗き込むな。人の好みってもんがあるだろう。

通常のフレンに会ったら、お前だってコロリといってしまうだろうよ」

 

「そーかな。ユーリだったら、そのままでも女の子にモテそうだし。

心機一転女装すれば、さらに野郎にもモテモテ間違いないと思うよ」

 

「同性にモテても嬉しかねーよ。

女装ってお前、オレをそんな目で見てたのか」

 

「たまに」

 

「たまにでキモい妄想するな。

忘れろ、忘却しろ、現実を受け止めろ。オレの立派な胸板をきっちり目に焼き付けておけ。

どんなに頑張っても、お兄さんはお姉さんにならねえの」

 

「ええええーっ」

 

「ええええーっ、じゃねーだろっ。オレら談笑している場合じゃないんだ。

今はここから抜け出して、お前が帰る方法と下町の魔核を探さねえとな」

 

「魔核?」

 

「ああ。オレはお前が穴に落っこちた後、すぐに後を追って穴に落ちたんだ。

そしたら、今日の昼過ぎに下町の裏路地に辿り着いてよ」

 

 

私を探して街中を駆け回っていたら、下町の水源をコントロールする魔導器の魔核がなくなっていたらしい。

下町の話では、魔導士に魔核を修理に出したまま返ってこないとか。

早速ユーリは魔核を取り戻すために魔導士の屋敷へ行ったのだが、寸でのところで逃げられてしまい、挙句に敷地内不法侵入で騎士たちに御用され、お城の牢屋にブチこまれてしまったのだ。

 

 

「まあ、お陰でお前と再会できたから、結果オーライだよな」

 

「牢屋にブチこまれたのに。いいのか、それで」

 

「いいの、慣れてっから。

お前が五体満足元気でいれば、俺は満足なんだよ。

外への抜け道もアテがあるしな」

 

「本当に?」

 

「まあね。後はお前を帰す方法と、魔導士のアテなんだが」

 

「私を帰す方法は簡単にはいかないと思うけれど。

魔導士って、どんなヤツだったの?」

 

「小柄で、名前はモルディオって言ってたな」

 

「モルディオ?!」

 

 

モルディオって、まさかあのツンデレ魔法少女のことなのか。

リタ・モルディオ。

確かに研究者って話していたし、魔術が使えるようだったから、魔導士なのだろう。

魔導器にしか興味ないと言うくらいだから、魔導器の魔核とやらを盗んでしまったりするのだろうか。

反応する私を見たユーリは、脈があると察して問いかけてきた。

 

 

「桜、何か知っているのか? なんかわかるんだったら教えてくれ」

 

「ユーリの言う人が本当にモルディオって人なら、私、昨日本人と会ったよ」

 

「どこにいるか説明できるか?」

 

「学術都市アスピオの研究員って、聞いたけれど。

実際行ったことないし、普通の人は出入り出来ないって、フレンさんが話してた。

シャイコス遺跡とハルルの近くだって」

 

「ありがとな。

そこまでわかってりゃあ、すぐにみつかるだろ」

 

「ねえ、ユーリ。本当にモルディオで合っているの?

私、少し話したことがあるけれど、人を騙して盗み働くような女の子に見えなかったよ。

ツンデレだったけど」

 

「人は見かけによらねーの。

んでもって、ツンデレは関係ねーだろ」

 

 

重要だ。ツンデレはステータスだ。

しかし、彼の言うとおり、可愛い女の子のクセして泥棒したかもしれないし、私自身あの短時間でリタの性格を完全に把握できたわけじゃない。

ユーリが見た魔導士がリタだったという可能性は拭えないのだ。

 

 

「ここで考えているより、きちんと会って話をすれば早いよね」

 

「そのためにも、さっさとここから脱出しねーと」

 

「やっぱ城から出なきゃいけないんだ」

 

「フレンのことを気にしているのか?」

 

「お世話になったし。いなくなったら、また迷惑かけそうだから」

 

「アイツはお前に迷惑かけられるより、傷つかれる方が辛いと思うがね。

城の中にいちゃあ、今回のようなことが毎日目白押しでやってくるぞ」

 

「そんなに物騒なのか、この城は」

 

「非情なんだよ、この国の法律は」

 

「……」

 

「フレンが反対しようが、お前がイヤだって言おうが、お国に逆らうことになろうが。

お前をどうこうされるくらいなら、オレはお前を担いででも城から連れ出すぞ」

 

 

飄々としていたユーリから真剣な眼差して告げられて、私の中での考えが一転する。

ここにいたら、私の命が脅かされるかもしれない。

フレンの帰りを待とうにも、死んでしまっては話にならない。

ユーリとこうして楽しく喋るすることもできない。

帰る事だってできない。

――死にたくない。

 

 

「私、ユーリについていく」

 

「よし、その意気だ。

正直お前を担いで城の中移動するのはきついからな」

 

「マジで担いでいく気だったのか」

 

「背中にしょって、ロープで縛り付けるつもりだった。

フレンみたいにお姫様ダッコすると、両手塞がって戦えねーからな」

 

「背中にしょってロープって、想像するとかなりシュールな格好になるよソレ。

それに戦うって……」

 

「オレ、牢屋から脱獄したって言わなかったっけ?」

 

「脱……っ!」

 

 

よくよく耳を澄ましてみれば、呑気にのたまうユーリの背後の扉から、「ユーリ・ローウェル!出て来い!」とか「どこへ行ったのであーる?!」なんて声が聞こえてくる。

そーいやそうだよね。

牢屋にぶち込まれていた人間が城の中を縦横無尽に歩けるはずないよね。

たちまち頭痛が襲い掛かる私の肩をユーリは優しく叩いた。

 

 

「元気出せ。脱出が成功した暁には俺の胸を貸してやるから。

そん時に命一杯悶え苦悩するがいい。

だから、今は元気出して脱出に専念しろ」

 

「親指おったてて、どや顔するな。

私は今おかれている状況を嘆いてんだよ」

 

「なんだ。やっぱり担いで欲しいのかよ。

ったく、しょうがねーな」

 

「いや、自力で頑張ります」

 

 

だから、懐からほかほかのロープ取り出すな。

フレンが出てって、キュモールに襲われて、ユーリとの感動的な再会後まもなくして、騎士が屯するザーフィアス城脱出。

超展開だ。もはやテンションがついていけそうにない。

恐らくこれからも様々なイベントが待ち受けているのだろうが、前ほどの不安はなかった。

 

 

「ほら、お前の気分が乗り次第、この部屋から出るぞ」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■続く■




この話から、フレンとはしばらくお別れになるので、地味にゴチャゴチャしちゃいました。
今後はユーリ側のお話が続くと思います(フレンに関しては、風の噂とか、ユーリとの会話で出てくるかもしれません)。

次はエステルとザギと多分いけたらラピードですね。
ザギは元から電波なので、扱うのが楽しみでなりません。
それよか、言葉を発しないワンコを動かすのが難しそうだ。
なんとか頑張っていきます。



瑛慈 翔
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