明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第31話】ボケは続くけど

本物の書状を入手し、アレクセイ騎士団長に根回しを染ませた僕は、早馬に乗って戦火が飛び散るダングレストを目指していた。

既に武力衝突が始まってしまったか。あそこには桜もいるのに。

もしも、彼女の身に何か起こりでもしたら……っ。

嫌な予感を振り切りって、草原を駆け抜け、喧騒と殺気が交じり合う街へと到着するなり、僕は書状を掲げて声高らかに、周囲へ終戦を言い渡す。

 

 

「ヨーデル殿下の書状をここに預かり参上した!

帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである! 即刻軍を引け!」

 

 

どよめきだつ帝国軍とユニオンだったが、やがて帝国軍は引き上げ、それを見たユニオンの軍勢は各々振り上げた武器を下ろし始めた。

どうにか沈静化することには、成功したようだ。

これで桜の安全を確保できる。

一件落着したと胸をなでおろしていると、ユニオンの軍勢が道を作った先、そこから一人の大柄な老人が姿を現し、馬から降りる僕を皮肉な笑みで迎えた。

 

 

「戻ってこねえかと思ったぜ」

 

「あいつを見捨てるつもりは、端からありませんでしたので。

……それで、彼女は、桜は無事なのでしょうか」

 

「戻ってきて早々、女の心配たぁな。

あの小僧といい、お嬢ちゃんも大変だ」

 

「ドン・ホワイトホース」

 

「そう怖い顔すんな。お嬢ちゃんは今頃、小僧と一緒に黒幕を追い詰めている頃だろうよ」

 

 

クツクツと笑うドンはとんでもないことを告白してきた。

黒幕、ラゴウとバルボスのところに、桜が!?

ユーリ、君はなんて危険なところに、彼女を連れて行ったんだ。

 

 

「この場で申し訳ございませんが、ヨーデル殿下の書状をここに。

私には、取り急ぎ向かわなくてはならない件ができました」

 

「お嬢ちゃんの元へかい。若者はお熱いねぇ」

 

「彼女はユーリとともに守ると約束しましたので」

 

「友情か、はたまた恋敵か。どっちがお嬢さんに相応しいかってか。面白くなって来たじゃねぇか」

 

「ドン……っ」

 

「あんまりやり過ぎて、お嬢ちゃん困らせるんじゃねぇぞ。

……あそこを西に行った酒場に奴らはいる」

 

「ありがとうございます! では、これにて……!」

 

「フレン小隊長!?」

 

 

僕はドンに頭を下げると、後からやってきたソディアに馬を預け、一目散に桜たちがいる酒場へ向かった。ユーリたちがついているから、大丈夫だとは思うが。

街の西部へ石畳の路地を突き進んでいると、慌てふためくエステリーゼ様と地団駄を踏むリタ、それを宥めようとする少年、レイヴン、ラピードがそこにいた。

 

 

「エステリーゼ様。ご無事で何よりです。

ユーリと桜が見えないのですが、どこへ……」

 

「フレン! 桜が……桜が」

 

「彼女が? どうか落ち着いてご説明頂けませんか」

 

「バルボスに攫われてしましました!」

 

 

今にも泣きそうなエステリーゼ様に告げられて、僕は頭の中が真っ白になった。

桜が攫われた? しかも、ラゴウではなく、バルボスに?

……目的はなんだ? 無事なのか? 今すぐ助けにいかなくては!

僕がこうしている間にも、彼女は――

脳裏で数々の疑問や不安が過り、いてもたってもいられなくなった僕は、縋りつくエステリーゼ様を引き離し、踵を返した。

 

 

「桜を助けに行ってきます」

 

「行き先はわかっているのです?」

 

「それは……っ」

 

「後先考えないのは、フレンちゃんも一緒ってことね」

 

 

皆の輪の外で、僕たちを眺めていたレイヴンがやれやれと肩を竦めた。

 

 

「騎士団としては、ラゴウのやつを捕えるのが先じゃないの?

俺たちが軽くのして酒場に閉じ込めてるから、今のうちにちゃちゃっと逮捕しなよ」

 

「真に彼女を守れるのは、僕とユーリしかいません」

 

「きっぱり言っちゃうんだ……」

 

「少年。ラゴウ執政官より、桜の身の安全が優先だ。ユーリが追いかけているんだろう?」

 

「あのバカ! いっくら桜が危ないからって、バカドラと組むとかないわ!!」

 

「バカドラ?」

 

「ほら、ノール港のラゴウの屋敷を襲ってきた竜使いのことです」

 

 

エステリーゼ様に促されて、ノール港町での出来事を思い出す。

ラゴウの屋敷に突入した時、突然僕たちの元へ襲来し、天候魔導器を破壊、次はヘリオードの宿屋にも現れた。

あの正体不明の竜使いと協力してまで、桜を助けに行ったと。

 

 

「彼女を助けるためなら、手段を選ばない、か」

 

「選びなさいよ手段! バカドラなんか信用できるか、普通!

あいつがくたばったら、あたしはどーもしないけど、桜が悲しむでしょ!?」

 

「……竜使いに殺って頂くのもアリですね」

 

「ないよ! 何怖いこと企んでるのさ、エステル!?」

 

「あんたたちに付き合ってる暇はないわ。あたし、ひとっ走り行ってくる!」

 

「リタ、いけません!」

 

 

リタは、余程ユーリと桜が気がかりなのだろう。

エステルの制止を振り切って、西の方へ駆け出して行ってしまった。

いけない、僕は帝国騎士だ。リタのように先走ってはいけない。

桜の危機には違いないが、だからこそ、冷静に行動しなくてはいけないんだ。

 

 

「話は分かりました。騎士団を手配してラゴウを捕えましょう。

その間に、皆さんは桜をお願いします。私も必ず駆け付けますので。

……エステリーゼ様は、何卒安全な場所へお隠れに」

 

「フレン、貴方も迷っている暇などありません。

このままユーリが桜を助け出してしまったら、吊り橋の理論で、2人はゴールインです!」

 

「……は?」

 

「桜はバルボスに囚われてピンチのはず。そこへ彗星のように現れ、バルボスを挫くユーリ。

バルボスの恐怖から救ったユーリに、桜は恋愛感情を抱いてしまうでしょう……と、心理学の本を読んだことがあります!!」

 

「あの……エステリーゼ様?」

 

「とどのつまりは、桜とユーリは愛し合ってしまうということです!!」

 

 

必死にユーリと桜の展開を訴えたエステリーゼ様はビシィッと、僕に指をさした。

もしかして、この期に及んで、ユーリが間違いを犯すと仰っているのだろうか。

確かに、旅先で桜の護衛という名目で無理やり腕枕したり、膝枕をしたりしただろう。

いくら彼でも、桜と愛し合うなんてことは……そんなことは……。

 

 

「行ってきます」

 

「え」

 

「少年、僕は彼女を一刻も早く迅速に彼女を助けに行ってくる」

 

「ラゴウは?」

 

「エステリーゼ様。騎士団へラゴウ捕縛の手配をお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「その意気です、 フレン!

あ、念のために一筆書いていただけます? わたしだけでは騎士団は動いてくれないので」

 

「畏まりました。お手数をお掛け致します」

 

「帝国騎士団小隊長が、皇女のエステルを使いっぱしりにていいの!?」

 

「エステリーゼ様もお引き受けして下さったことだ」

 

「だから、それがおかしいんだって!

ああ、もう! こういう時に、桜がいてくれたら……っ!」

 

「少年。その彼女が今、貞操の危機なんだよ」

 

「帝国の危機だよ!」

 

「それはひとまず置いておいて」

 

「おいてこないでよぉ! ユゥリーっ! 早く桜を取り返してきて~」

 

「ツッコミがいないと、ホント大変だねぇ」

 

 

何故か少年は泣き出してしまい、レイヴンに呆れられてしまったが、全ては彼女のためだ。

僕はエステリーゼ様の応援を背に、リタの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

バルボスの拠点 ガスファロストはその手下と魔物の巣窟だった。

多勢に無勢だったが、魔導士リタと協力して内部まで進行する。

桜はきっとここのどこかにいる。僕が来るまで、大事にならなければいいんだが。

襲い掛かる魔物の群れを斬っては捨て、手下どもを倒して進んでいると、やがて広い吹き抜けのフロアに辿り着く。

先頭を行っているリタが上に向かって、何か叫んでいたので、つられて上を向くと、ユーリに並んでリタを見下ろす彼女の姿があった。

僕は彼女を見るなり、飛び上がる気持ちになったが、次のユーリの一言で怒りの沸点に至った。

 

 

「――ユーリ。いくら桜が死ぬほど心配だからって、バカドラと手を組むとかないわ!

あんたに何かあったら、桜がどうなるかわかってるの!?」

 

「オレ、愛されてんだな」

 

 

次の瞬間、僕は壁や障害物を足場に天を駆け、ユーリ目掛けて、飛天桜駆を放っていた。

純情な彼女をからかうとは、いい度胸だ、ユーリ。いつも君はそうだ。

 

 

そんな彼でも、僕との約束通り桜を守ってくれた。

彼女が何事もなくてよかったと思っていたが、どうにも様子がおかしい。

僕たちについてくれるのは良い、控えめなのはいつものことだけど、どこか余所余所しくなった気がする。

現に僕が率先して手を差し伸べても、躊躇し、素通りする始末だ。

僕は今日までに、彼女を不快になるようなことをしてしまっただろうか。

 

 

バルボスを倒し、ラゴウを捕えても、気持ちは晴れずにいた僕であったが、この度帝国騎士団隊長に就任することになった。

自分の大隊を持つことになったんだ。この爛れた世を正すため、一歩前進できたんだよ。

彼女は僕の昇進を喜んでくれるだろうか。機嫌も直っていればいいが。

 

 

ところが事態は少しも変わらなかった。

ラゴウ執政官は評議会の立場を利用して、やや地位が下がるくらいの処分で罪を免れた。

ノール港の私物化。バルボスと結託しての反逆行為。加えて街の人々からの掠奪。気に入らないという理由だけで部下でさえ、手にかけた。

人々は魔物のエサか、商品にして、死体を欲しがる人々に売り飛ばして金にした。

……これだけのことをしておいて、罪に問われないなんて。評議会の権力は想像以上だった。

 

 

目標近づいたと思ったのに、ラゴウひとりもどうにもできないなんて。

このままでは、人々が……桜の身も脅かされてしまう。

もっと上を目指さなくては、ユーリに先を行けと活を入れられたんだ。

 

 

そう誓った翌朝、エステリーゼ様を帝都ザーフィアスへお送りすることになった。

問題のラゴウ執政官が行方不明なのが気がかりだが、だからこそ、護衛の任に専念してはならない。

新たな部隊を編成し、出発の手はずを整える。

 

 

桜に会えなくて残念だけど、彼女はシャイコス遺跡の重要参考人だ。いつかは再会する日が来るだろう。

その間に手紙でもと考えたが、そもそも彼女は文字の読み書きができなかった。機会があれば、教えてあげたいな。

などと考えながら、エステリーゼ様と隊とともに大橋を渡ろうとしたその時だった。

 

 

彼方から大きな鳥の魔物が現れ、街の大橋にいる僕たちを攻撃してきたんだ。

見たこともない強大な魔物を相手に、剣や魔術で応戦するが、全く歯が立たず、こちらが消耗するのみになってしまう。

騎士の精鋭たちでも、太刀打ちできないか。エステリーゼ様だけでもお守りしなくては、加えて彼女のいる街には近づけてはいけない。

 

 

そんな思いの僕とは裏腹に、街の向こうから、桜はやってきてしまった。

 

 

「桜。なぜここに!?」

 

 

遠くからでも、この魔物の姿は見えていたはずだ。誰しもここが危険だとわかる。

なのに、彼女の隣には、ユーリどころか、リタ、少年、ラピードの姿さえない。

 

 

「君1人で、ユーリたちはどうしたんだ」

 

 

僕が尋ねても、彼女は答えるどころか表情すら微々と変えず、僕の脇を通り過ぎて行ってしまった。

僕など眼中にないかのように進む彼女の姿は、僕の知っているものとは違った。

桜が遠くなってしまう。

彼女が彼女でなくなったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボケは続くけど

 

ツッコめない ツッコミがおいつけない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドの街 ダングレストの南東、トルメキア大陸に位置する振興都市ヘリオード。

上層には、騎士団本部と幸福の市場といった錚々たる建物が立ち並び、下層には貴族たちの住宅が建つ予定である。

 

かつて、私はフレンとその小隊とともにここへやってきて、結界魔導器のエアルに当てられ疲労困憊になった経緯があった。

 

めまいと疲労でふらふらの私に、労りの言う名のフレンのプレンセスホールドがお見舞いされ、デスシチューが炸裂し、デスシチュー魔改造なんつう容赦ないトリプルコンボが襲い掛かる。

そんなピンチの中、ついに目的であるアレクセイとの話し合いが始まったんだが。

帝国騎士団長と小隊長の囲い込みにあって、この旅もここまでかと思った矢先、突如現れたユーリにプリンセスホールドでお持ち帰りされ、プリンで羞恥プレイを強いられて、止めの膝枕撃沈とか三段連撃食らった私は、下町の美青年たちによって死に……。

もとい、いろいろあって、元気を取り戻すことができたのであった。

 

頑張った、私! すごいぞ、私! 私は下町美青年コンビの魅力に屈し……。

でなくて、アレクセイの逆ハーレムの誘惑に打ち勝ったのだ! !

 

……まあ、体調戻って旅が再開できても経過観察だし、アレクセイが私専用監視護衛役の騎士を忍ばせているらしいんだが、それはおいておいて。

 

これでも十分濃厚な日々だったが、ダングレストに来てからは、まさに怒涛の連続だった。

結界魔導器が襲われ、じいさん探して大森林を探索し、バルボスに攫われたかと思ったら、デュークに人外扱いされ、吐きそうになりながらもウッソだーと思いながら頑張ってるうちに、ユーリの殺人事件が起こり、私が私でなくなったと思えば、私の中から魔核が発掘されて、まあ大変。

……既に、女子高校生の容量超えてないか、これ……。

街の道すがら、頭を抱えていると、隣を歩く黒髪の美青年ユーリが顔を覗き込んできた。

 

 

「体調、まだ戻ってなかったのか?」

 

「なんでも……いや、ちょっと歩き疲れただけ」

 

「仕方ねぇな。お兄さんが抱っこしてやろう」

 

「止めて止して止めろ。私が悶え死ぬわ」

 

「人の親切は素直に受け取けとれよ」

 

「羞恥心はあの夜に落としてきたのか。拾ってこい。今なら間に合う」

 

 

ユーリの気がしれない私と、私のことなど知らない彼の言葉の応酬を見ていたリタは、小さくため息をついた。

 

 

「またやってる。ホント飽きないわね、あんたたち」

 

「だって、ユーリが……」

 

「はいはい。野宿から歩きっぱなしだったからね。あたしも疲れたわ」

 

「じゃあ、宿屋で一泊する? 日も暮れて来たし」

 

 

根を上げる私とリタに、カロルは以前泊ったことのある宿屋を指さした。

言われてみれば、空は夕暮れ時で茜色に染まっており、心なしか街も人通りも少ない。

以前は皇族の護衛だかで騎士がところどころにいて緊迫した雰囲気であったが、その騎士さえ少ないようだが。

この違和感に、エステルも首を傾げた。

 

 

「おかしいですね。もう騎士団の大半が帝都に戻ったはずなのに、閑散としています」

 

「確かに、あんま人は見かけねぇな」

 

「もしかしてあれかな……」

 

「あら? 何か知っているの、カロル?」

 

「うん、ちょっとね。ダングレストできいたんだけど、ヘリオードの建設がきつくて、逃げ出す人が増えたって聞いたことがあるんだ。

……嘘か本当かわからないけど」

 

 

ジュディスの問いに、カロルは言葉尻を濁しながらも答えてくれた。

上層の方は完璧に出来上がってると言っていい。となれば、まだ足を踏み入れていない下層の居住区だろうか。

高校でキャリア教育を受けたことはあるが、ブルーカラーはきつい、汚い、危険の3Kが多いのは知っている。

 

 

「カロルの言う通りなら、とっくの昔に事業が頓挫しててもおかしくないね」

 

「うーん。でも、噂になるくらいだしな」

 

「働き手も絶えないってこと?

一儲け出来るにしたって、仕事ほっぽって逃げ出したら元も子もないのに、おかしくない?」

 

「……」

 

 

私とカロルがあれこれ話し合っている間にも、エステルの表情がどんどん険しくなってきた。

これはもしかすると、と考えていると、ユーリ、ジュディスと目が合う。

 

 

「ほっとけない」

 

「って、顔をしているわね」

 

「え? 皆、どうしたのです?」

 

「エステルはわかりやすいもんね……たまにぶっ飛ぶけど」

 

 

ユーリやジュディス、私に囲まれて、あわあわしだすエステルだったが、両手をきゅっと握りしめて反論に出た。

 

 

「な、なんです? わたしはいつもどおりです。

如何にしてフレンで桜を押し倒せるか、頑張って考えていました!!」

 

「その頑張って昇進したフレンさんを犯罪へと引き摺り落とす気か、貴様」

 

「桜はフレンのことが嫌いなのです?」

 

「嫌いとか、そんな問題じゃなくて」

 

「では、好きなのですね。フレンに伝えておきます」

 

「何その極悪な二択……っ! 止めて、フレンさんにチクるの。私が殺られる」

 

「食べられるの間違いだろ、マジでヤバいから、止めろエステル。

お前は、ヘリオードの街で労働強いられている人たちがほっとけないんだよな」

 

「……、だって、放ってはおけないじゃないですか。

目の前に、苦しんでいる人々がいるんでよ」

 

 

ユーリに突っ込まれたエステルは観念したのか、不満気に眉間にしわを寄せた。

ノール港など、人々が困っているのを見過ごすことができなかったからこそ始めた彼女の旅である。

素通り出来ないエステルに、仕方ないと皆は頷き、カロルが改めて宿屋へ指をさした。

 

 

「だったら、宿屋に行って作戦会議だね。リタの結界魔導器もあるし、出発!」

 

「仕切るんじゃないわよ、ガキんちょ!」

 

 

私たちを置いてけぼりに、宿屋へ直行するカロルと追いかけるリタ。

その微笑ましい光景に、ジュディスはクスリと笑った。

 

 

「張り切ってるわね、あの子」

 

「ユーリたちとギルドが作れたのが、ホントに嬉しいんですね」

 

「別にカロルのために作ったわけでもないんだがな」

 

「そう。じゃあ、誰のため?」

 

 

ジュディスから好奇の眼差しを受けたユーリは、素知らぬ顔で私たちに宿屋へ促した。

 

 

「さぁてな。ほら、オレたちも宿屋にいこうぜ。桜、今晩のメシはなんだ?」

 

「宿屋に行くのに、わざわざ私の手で皆の胃袋を穢せと言うのか……っ」

 

「わたしも桜の手料理を食べたいです!」

 

「それじゃあ、私もご相伴にあずかりましょうかしら」

 

「2人まで何言いだすの。宿屋なら定食でもレストランでもあるでしょう。

なんで厨房間借りしてまで私のミステリーフード生成せにゃならんのよ」

 

「愛があれば何でもできる」

 

「そんなものはない」

 

「しゃあねぇな。オレの愛で埋めてやるか」

 

「埋めるなよ。お前の愛で私のお乙女心が深淵へと陥没する。

て、言ってる傍から、にじり寄ら撫で、何をする気だ貴様っ! エ、エステル……!」

 

 

ユーリが意地わるそうにニヤニヤしながら私に詰め寄るのに堪らず、エステルへと助けて視線を送ると、彼女は自身の両手を握りしめた。

 

 

「フレンとの新婚生活のためです。ここは花嫁修業として頑張ってください」

 

「薄情もん……!」

 

「男は皆、胃袋を掴めばイチコロなのよ」

 

「その前に、私がイチコロにされそうなんですが」

 

「諦めろ。愛情があれば、飯は旨くなるって、下宿先のおばさんもいってたぞ」

 

「だから、私にない愛を要求すんなとあれほど……!

私の両手掴まないで、どこいくの、ねぇ!?」

 

 

かくして、全力で嫌がる私はユーリに宿屋の厨房まで連行されたのであった。

宿屋は夕刻にさしかかって繁忙期だと言うのに、シェフたちはユーリに連れられた私を見るなり、何を察したのか、快く厨房の一角を明け渡してくれる。いらない。

私たち2人を何故か温かく迎える宿屋のシェフたち、「楽しみしてるぜ、マーボーカレー」とリクエストを捨て台詞に去っていくユーリ・ローウェル21歳児。

取り残された私は、マーボーカレーという未知の料理に挑戦する羽目になってしまった。

 

 

「名前のままなら、マーボーとカレーなんだよね。

ルーがあるけど。山椒、一味唐辛子、豆板醤に……あ、肉はひき肉がいいのかな」

 

「マーボーカレーを作ってあげるの?」

 

「ジュディス。いつの間に」

 

 

キッチンに食材を並べていると、ジュディスが覗き込んできた。

このお姉さん、私をからかってくるから苦手なんだよな。

しかし、彼女なら、マーボーカレーなるものを知っているのかもしれない。

 

 

「あの、ジュディスはマーボーカレーを作ったことあるんですか?」

 

「ないわ」

 

「……レシピは?」

 

「知らないわね」

 

「いきなり挫折……っ!」

 

「でも、帝都から辺境まで伝わっている料理だから、結構手軽に作れるんじゃないかしら。

……奥が深いらしいけれど」

 

「そこらへんのシェフ捕まえて、代行してもらうのもありか」

 

「駄目よ。ユーリたちやシェフの皆さんだって、頑張る女の子に期待しているんだから」

 

「ユーリたちのクッソ重たいプレッシャーは、どこか遠くへぶっ飛ばしておくにしてですよ。

こんな大きな宿屋のシェフたちが、一般女子の私に何を期待してるんですか」

 

「好いた男の為に、手料理を振舞う女の子と言えばわかりやすいでしょ。ファイトよ、桜」

 

 

ニッコリ笑顔のジュディスは拳を握りしめてガッツポーズを決めた。

私の絶望がここで決まったわ。

 

 

「要は誰の知恵も借りずに、私の思うがまま、マーボー豆腐とカレーをミックスすりゃいいんだな?

トロピカルミックスで皆をデストロイすればいいんだな!?」

 

「食の革命を起こすのね」

 

「私の真心が消滅しそうだよ」

 

「真面目さんなのね」

 

 

ジュディスと喋っていても切りがないので、ひとまず放置し、私はマーボーカレーなるものに取り掛かった。

まずは鶏がらスープをとり、玉ねぎを微塵切りにし、フライパンにおろしにんにくと生姜を熱して玉ねぎを投入。

玉ねぎがしんなりし始めたら、ひき肉とマーボーの調味料をぶち込み炒めて、鶏がらスープとカレーのルーを流し込むなど試行錯誤しているうちに、なんとか食べ物らしい香りがしてきた。

いや、まだまだ油断できない。

気を引き締める私の隣で、黙って見ていたジュディスがスンスンと匂いを嗅いできた。

 

 

「あら、いい香り。初めて作ったにしては、手際がいいのね」

 

「カレーとマーボー豆腐は作ったことがありますから。合体したことはないですけど」

 

「彼と合体するの?」

 

「しねーよ!!」

 

「そう。それは残念ね」

 

 

ほんのちょっぴり肩を落とすジュディス。

一体私と誰がどうしたいんだ、このお姉さんは。

いや、今はジュディスの思惑より、マーボーカレーだ。一通り調整はしたので、味に問題はないと思いたいんだが。

 

 

「……大丈夫か、大丈夫なのか。勢いで作っては見たものの、この物体X食べられるのか?

やっぱり意地張らずに、ここの人に聞けばよかった」

 

「大丈夫よ。きっと彼氏も大喜びするに違いないわ」

 

「そういうなら、ジュディスが味見してくれます? この得体の知れない物体X」

 

「彼を差し置いて、私が一番を頂いてもいいのかしら?」

 

「ユーリが言い出しっぺなんだから、後で嘔吐させてでも食らわす」

 

「その彼が貴方の後ろにいるのだけれど」

 

「そんな幽霊みたいに」

 

「よう。また美味そうなのができてるじゃねぇか」

 

「ユ、ユーリ!?」

 

 

いきなり背後から声がして振り向くと、そこにはユーリが軽快に手を振っていた。

もしかしなくとも、私の料理の進捗状況が気になって戻ってきたのだろうか。

あの思い付きの手捌きを見られてはいないか、私は思わず料理の手を止めた。

 

 

「いたの、そにに? ど、どの辺りから?」

 

「ジュディが合体とか言ってる辺りからだな。

あれって、どういう意味なんだ?」

 

「知らん! ジュディスパス」

 

「仲良くするということよ」

 

「なるほど。で、桜と誰が仲良くするんだって?」

 

「さあ、誰とでしょうね」

 

「誰だ、桜?」

 

「私に聞かないで」

 

 

ユーリにジト目で問い詰められ、私はわけも分からず目を逸らした。

私が悪いわけではないのに、何だこの罪悪感は。

私が大量に脂汗をにじませている間にも、物体Xがグツグツと煮え立っている。

 

 

「あ、マーボーカレーが焦げちゃう。

ユーリもジュディスも私弄ってないで、大人しく待っててよ」

 

「どれどれ。一口頂き」

 

「あ、ユーリ」

 

 

私が慌ててお玉を取ろうとしたところ、ユーリに先を越されて、一口その喉を通してしまう。

あわや彼がマーライオンになるかと思いきや、黙々ともう一口、二口、また三口と口へと運ぶだけ。

私とジュディスなど眼中にないようで、一心不乱に物体Xを掻き込むユーリの姿が私にとって異様に見えた。

 

 

「ゆ、ユーリ? ユーリ・ローウェルさん?」

 

「……」

 

「まあ、箸が止まらない、というやつね」

 

「ちょっと待って、味は? 味はどうなってるの!?」

 

「美味いぞ、これ。ちっとカレーが強いが、これはこれでいけるぜ」

 

 

ジュディスの言葉に慌てて私が再度声をかけ、ユーリはやっと笑顔で答えを返してくれた。

良かった……、味はそこそこのようだ。

しかし、カレーが濃いのか。確かに、香辛料の香りが勝っているのかも。

 

 

「豆板醤か甜麺醤足した方がいいのかな……」

 

「この味を変えるのか? もったいねぇ気がするが、これより美味くなるなら賛成だ」

 

「難易度がハードからアンノウンになったよコンチクショーめが」

 

「これも花嫁修業の一環だろ」

 

「問題の貰い手がいねーわよ」

 

「そう? 桜なら、選択肢は沢山あると思うのだけれど」

 

「どこにそんな奇特な連中がいるんだ」

 

「既に何度も会っているとはずよ」

 

「ん?」

 

 

ジュディスは意味深にユーリを一瞥し、明後日の方向を見てやってから、私に向き直った。

 

 

「ほら。沢山いるでしょう」

 

「よもやジュディスもフレンさん推しなのかよ。

そろそろソディアさんに刺されそうなんですが、私」

 

「別に誰とは言っていないのだけれど」

 

「私の純情を弄ぶな」

 

「その気がないなら、私がもらってもいいのよ」

 

「冗談は止して下さいよ。ジュディス」

 

「私、冗談が苦手なの」

 

 

困るわと真顔で答えるジュディスに、私とユーリは固まった。

よもや、レイヴンの言っていたことが現実になろうとは。

活気ある厨房の中、私とユーリとジュディスは沈黙が支配される。どれだけ時間がたったのか、結論として、私とユーリは聞かなかったことにした。

 

 

「私はもう少し味の調整してるから、ユーリは皆と待っててー」

 

「ああー。楽しみに待ってるぜー」

 

「どうして2人とも、言葉が棒読みになるの?」

 

 

再びマーボーカレーをかき混ぜる私、速やかに厨房を出ていくユーリに、ジュディスは小首を傾げるのであった。

このお姉さん、天然なのか、人工なのか、分からなくなってきたわ。

不思議系のお姉さんが暖かく見守る中で、私のマーボーカレーもどきが完成したのであった。多分。

 

 

 

 

そして迎えた皆へのお披露目の時。不安が募る私とは正反対に、マーボーカレーもどきは盛況となった。

ユーリはガンガンお代わりを要求し、カロルはそれに追いつこうと掻き込み、エステルは相変わらずフレン推しをする。リタは黙々と味を確かめながら食べ、ジュディスに至っては「もう卒業してもいいんじゃないかしら」と謎の言葉を残していった。

ラピードにも食べさせてあげたかったが、流石に調味料たっぷりのご飯を上げるわけにはいかない。

お腹も膨れたところで、各々休むことになった。

 

 

(今日も何とかしのげてよかった。味付けはアレでよかったのかな。

本物のマーボーカレーって、どんな味なんだろう)

 

 

この世界の料理に思いをはせながら、私はベットの上で寝返りをうち、枕に顔を埋めた。

こんな楽しい日がいつまでも続けばいいのに、私の正体がわかったら、皆離れてしまうだろう。

それだけじゃない、ユーリのことだって、いろいろあり過ぎて、考えると頭がパンクしそうだ。

早く寝てしまおうと、また寝返りをしたところ、そっと誰かの影が私を覆った。

 

 

「桜。まだ起きてる?」

 

「ジュディス?」

 

「丁度よかったわ。眠れないのなら、少し私に付き合ってほしいの」

 

「……。いいですけど」

 

 

ジュディスに誘われた私は、熟睡しているエステルとリタを見やって、控えめに頷いた。

断ってもいいんだが、彼女の情報は少ないし、2人きりになれば、例のお友達のことを聞き出せるかもしれない。

私は彼女に誘われるがまま、部屋を後にして、階段を降り、フロントを抜けて、宿を出たところで、足を止めた。

 

 

「どこまで行くんですか?」

 

「ここでいいわ。あまり桜を遠くへ連れて行ってしまうと、貴方の彼氏に怒られてしまうから」

 

「彼氏って、私にそんな尊い存在は……。まさか、ユーリのこと?

だったら、大いなる誤解ですから、間違いですから、この世が滅んでもありえませんから」

 

「違うの?」

 

「違います」

 

「そう。報われないわね、彼」

 

 

満天の星空の下で、ジュディスは彼方へ目をやり、ため息をついた。

その綺麗な横顔、赤い瞳で物思いにふける様が、まるで絵に描いた美女のようだ。

思わず見とれていると、彼女はおいでおいでと私に手招きをしてきた。

 

 

「私の隣に来て、桜。もっと近くであなたの顔を見たいの」

 

「え」

 

「怯えなくていいのよ。……私、隠し事は得意じゃないの」

 

 

一瞬、道を踏み外しそうになるも、暗に内緒話をしたいと言われたような気がして、私は恐る恐る彼女の隣へ足を運んでみた。

いろいろと未知数なお姉さんではあるが、私に危害を加えるようなことはしないはず。

そう信じてすぐ傍までやってきてみると、彼女は静かに微笑んだ。

 

 

「察しのいい子は好き」

 

「ええっと、それで、私に何か用なんですか?」

 

「貴方のことよ」

 

「私のこと?」

 

「貴方、自分が何者か、気がついているんじゃないかしら」

 

「何者って、私はただの」

 

「始祖の隷長じゃないかってね」

 

 

ジュディスに指摘されて、私は続きの言葉をのんだ。

彼女は知っているのか。私が始祖の隷長なんつう、わけの分からんものになりかけていることを。

だったら、彼女から始祖の隷長について詳しく聞けるかもしれない。

 

 

「ジュディス。教えてほしいの。私、始祖の隷長のことを――」

 

「待って、桜」

 

 

身を乗り出す私の口を、ジュディスは人差し指で止めた。

彼女の視線は、その先、宿屋からゆっくりとやってくる一つの影を捕えている。

近づくにつれて、そのシルエット、闇色の髪の青年の姿が露わになった。

 

 

「ユーリ」

 

「2人きりで夜の散歩か?」

 

「ええ。ここの景色が故郷に似ているから、彼女を誘ってみたの」

 

「本当なんだろうな」

 

「貴方も大変ね。でも、嘘は言ってないわ。得意じゃないもの」

 

 

星々が賑やかに夜空を照らし、夜風がそよぐ中、髪をなびかせながら見つめ合う美男と美女。

雰囲気さながらロマンティックを想像させるが、実際は剣呑なものであった。

今にも火花が散りそうになる彼らの間に、私は堪らず間に入る。

 

 

「なんでもないの、ユーリ。ジュディスは眠れない私を誘ってくれただけだから」

 

「なんでもない、ね」

 

「う」

 

 

思わず口癖をしてしまい、ハッと口を抑えたものの、事すでに遅し。

ユーリのあついしせんが私の柔なハートを射抜く。

昨晩の無理やり聞き出さないってのは嘘だったのか、と身構える私をジュディスが背で庇った。

 

 

「駄目ね、ユーリ。女性に詮索すると嫌われるって、私、忠告したはずよ」

 

「事と次第によっちゃあ、嫌われてでも聞き出すぞ」

 

「女性の花園に、男の人が踏み込むのはいけないと思うの」

 

「ちげえええええええっ! あえてスルーしてたのに、マジで百合か貴様!!」

 

「女の子同士が仲良くなることは、そういうのではないのかしら?」

 

「ジュディスの仲良しレベルが測り知れないんですけど」

 

「一緒に就寝するまで、仲を深めたのに?」

 

「それならエステルとリタさんもカウントするでしょ、何故私なんだ!?」

 

「貴方といると、飽きないからよ」

 

 

弄られているのか結局。

ふてくされる私を穏やかに見つめていたジュディスであったが、ユーリを見て、再び空を仰いだ。

 

 

「桜といて楽しいのは本当。ここが故郷に似ているのは、同じで高い場所にあるところね」

 

「高いところが好きってことなのか」

 

「嫌いじゃないわ。いつもお友達、バウルの背に乗って旅をしていたから」

 

「ばうる? 背に乗って?」

 

 

ユーリと話していたジュディスから、件のお友達の話が出てきて、私は空気を読まずに割って入った。

しかし、高いところで背に乗るなんて、サーカスでもしていたのか、このお姉さん。

どんな回答が返ってくるのか、はたまた毎度の如く誤魔化されるのか、内心穏やかではない私に、ジュディスは小さく笑って爆弾発言をしてきた。

 

 

「私、貴方たちの言うところの竜使いなの」

 

「……は?」

 

「魔導器を壊して回ってる、あの竜使いよ」

 

「冗談ですよね?」

 

「冗談は苦手って、私、話したわよね」

 

 

ジュディスから、のほほんととんでもない告白をされて、私は大いに混乱した。

ラゴウの屋敷やヘリオードで遭遇した、あの竜に乗っていた人がジュディスだと言うのか。

得物は同じ槍だったが、形状が違うような。けど、竜使いなんて毎回遠目だったから、確認しようがない。

唐突な新事実に当惑する私を差し置いて、ユーリはにべもなくジュディスに尋ねた。

 

 

「いいのか? こいつに話しちまって」

 

「いいの。お友達……バウルからもお墨付きがあるから。

きっと桜ともいいお友達になれると思うわ」

 

「あの魔物と桜がか」

 

「彼は魔物ではないわ。私が彼と組むようになったのも、戦争から私を救ってくれたから」

 

「戦争? 帝国とギルドのか?」

 

「いつもこの世は戦争だらけよ」

 

「……それもそうだ。前にこの街でエステルを襲ったの、ジュディだよな」

 

「ジュディスがエステルを?」

 

 

彼女の狙いがエステルなのは初耳だ。

確かに、エステルとリタが泊っている宿屋を竜使いが襲ったことはあるが、何が目的か特定されないままうやむやになっていた。

ユーリの鋭い質問に、彼女は動揺すらせず、ただいつもの微笑みをたたえるだけだ。

 

 

「目ざといのね。狙いが誰かわかるなんて」

 

「性分なんでな。フェローってのも、エステルを狙ってた。

桜にも何か吹き込んだようだが、バウルもこいつと何か関係があるのか?」

 

「上手く説明できないわ。ただエステルには、もう手出ししない。約束する」

 

「だけど、桜には何かするってわけだ」

 

「私やバウルが何かするわけではない。おそらくフェローも……。

そうね、桜を守ると言う点では、貴方と同じなのかもしれないわ」

 

「なんでこいつにそこまでするんだ。

お前、桜と会ってそんなに経ってないんだろ。

フェローもダングレストの一件が初対面じゃなかったか」

 

「私も分らないことが多いのよ」

 

「憶測で話してるってか? 随分適当なこと言うのな」

 

「私、隠し事も得意じゃないの」

 

「……まあ、言ってねえ事があるのは、オレも同じだしな……」

 

 

のらりくらりと往なすジュディスに、ユーリは少し気まずそうにして、それ以上は追及しなかった。

彼が言っていないこと、ラゴウの暗殺のことだろうか。あの時を思い出して、私も気まずくなり、口を閉ざしてしまう。

正直、欲を言えば、ジュディスはフェローや私のことも何か知っていそうだし、これを機に何か情報を聞き出せればと期待していたんだが。

私の思惑とは裏腹に、ユーリはいつものように私の手を引いた。

 

 

「いつまでもこんなところにいちゃあ風邪ひいちまう。宿屋に戻るぞ」

 

「ちょっ、毎度の如く私の腕掴んで引っ張っていかないで。私はおもちゃ屋で駄々こねる子供か!」

 

「放っておいたら、いつまたいなくなるとも知れないからな。お兄さんが部屋まで連れてってやるよ」

 

「強制送還の間違いだろ」

 

「エスコートしてくれるのね」

 

「腕掴まれて引き摺られている様が儀礼的に見えるかコレ」

 

「エスコートだろ」

 

「元騎士なら、もっとフレンさんの紳士的なところを見習え。

いや、あの爆裂暴走したところは除外してだぞ!

プリホルで拘束とか、身体同士をロープで縛るとか、後ろから抱きしめるとか!!」

 

「あの可愛い騎士さん。意外とアクティブなのね」

 

 

……いや、アクティブで片付けられても困るんだが。

 

 

「待って、ユーリ。私、まだジュディスと2人で話したいことが……」

 

「2人きりで?」

 

「できればなーっ、なんて」

 

 

ユーリに凄まれて、私はお願いを言い淀んでしまった。

女の子が2人きりで、キャッキャウフフしても問題ないと思うんだけど、建前としては。

それさえも許さないと言うのか、この男。

 

 

「ユーリの許容範囲が分からない」

 

「焼きもちね」

 

「ありえん」

 

「お前が否定すんのかよ……。いやなんでもいい。

人気のない夜道で、なんとなくでお前を守ろうってヤツと2人きりにさせるかよ」

 

「私の情熱が伝わらなかったのかしら」

 

「今までの話のどこをどうしたら、情熱的に見えるんだ」

 

「私、あまり顔に出ない方なの」

 

「誰かさんと同じだね」

 

「これでも胸ン中はいつでも熱いぜ。

って、冗談はさておき、エステルやリタが起きて飛んでくる前に、とっとと部屋に戻って寝るぞ」

 

「わかってる。わかったから、引っ張らないで。私自分で歩けるから。ユーリ」

 

「疑り深い人」

 

 

ジュディスが見守る中、私はユーリによって宿屋の寝室までドナドナされた。

せっかく始祖の隷長について聞けるチャンスだったのに。

寝室の入り口で、ユーリに「おやすみ」と解放された私は、戻ってきたジュディスにモヤモヤを頂きながら、床に就いた。

 

 

 

 

 

翌朝も続いて快晴の朝を迎えた私たち一行は、人通りがまばらな中央通りを歩いていた。

目的はもちろん、エステルの依頼の元、ヘリオードの労働問題と街の様子を探るためだ。

とは意気込んだものの、宿屋からここに来るまで、騎士以外、人っ子一人見かけないまま、結界魔導器までやってきてしまった。

 

 

「なんともないね。結界魔導器」

 

「桜がなんともない。エアルの放出がないってことは、あたしが操作した時ままなのね」

 

「多分。あの時みたいな暴走はしてないと思う」

 

「ひとまず、桜のエアルに関しちゃ、これで安心ってわけか」

 

「ヘタに触らなきゃね。

騎士の目がなきゃ、今すぐにでも調べてあげられるんだけど」

 

「待って下さい。あそこに人がいます」

 

 

皆で結界魔導器を遠目で観察していると、エステルがその向こうからやってくる親子に目をやった。

母親とその子供のようだが、どこかで見たような気がする。

よく確かめようとしているうちに、子供の方が私たちに気付いて、真っ直ぐこちら、正確にはエステルのもとへやってきた。

 

 

「あの時のばくはつお姉ちゃん!」

 

「ばくはつ……?」

 

「ノール港のラゴウの屋敷で助けたポリーですよ。桜も会ったはずです」

 

「いや、ばくはつて……エステル」

 

「あれだよ。ラゴウの屋敷の前で、桜がレイヴンに攫われたじゃん。

ユーリとラピードがボクたちをおいてった時、エステルが何したかわかる?」

 

「カロル少年、それ以上言わなくてもいい。なんとなくその枯れ果てた表情から容易に想像できる」

 

「あれはあたしたちを置いて、一人で立ちまわってたユーリが全部悪いのよ。

あたしとエステルは悪くないわ。ええちっとも」

 

「そうです。襲い掛かる魔物たちを蹴散らす際に、ちょっとだけ前線のカロルを巻き込んだだけです」

 

「ちょっとじゃないよ!

思いっきりおとりにしてたじゃないか!!」

 

 

反省の欠片も見せないエステルとリタに、カロルは泣き出さんばかりに抗議した。

それでばくはつお姉ちゃんなのか。幼気な少年ごとぶっ飛ばす少女たちを目にして、よくドン引きしなかったなこの子。

自分の常識をやや疑い始める私を余所に、ポリーの母親ケラスが駆け寄ってきて、私たちに深々と頭を下げてきた。

 

 

「あの時は、本当にありがとうございました」

 

「いいえ。大したことはしていません。

皆さん、お元気そうで……ティグルさんは一緒ではないのです?」

 

「それが、ティグルの……、夫の行方は、3日前からわからなくて」

 

「え?」

 

「……あの噂、ホントっぽいよ」

 

「ああ」

 

 

カロルが目配せすると、ユーリは怪訝そうに頷いた。

あの噂、ここヘリオードから労働者が逃げ出している件が、こんな身近で見つかるとは。皆がそれぞれ顔を見合わせる中、ユーリはケラスに近づいた。

 

 

「旦那さんがいなくなったこと、なんか心当たりはないか?」

 

「はい……。いなくなる前の晩も、貴族になるために頑張ろうと……」

 

「は? 貴族だ?」

 

「この街が完成すれば、私たち、貴族としてここに住めるんです」

 

「え? それ、ちょっとおかしいです」

 

「エステル。貴族って、頑張ればなれるものなの?

フレンさんが努力して、騎士団隊長になったみたいに」

 

「いいえ。貴族の制度は、騎士団のものと少し異なります。

"貴族の位は、帝国に対する功績を挙げ、皇帝陛下の信認を得ることの出来た者である"です」

 

「で、ですが、帝国騎士団隊長のキュモール様が、約束して下さいました!

貴族として迎えると!」

 

 

ケラスが発した男の名を耳にして、私はあの忌々しい記憶が蘇った。

私がこのテルカ・リュミレースに来て間もない頃。

フレンが騎士の巡礼の旅に出て、私が独りぼっちになったところをエアル酔いで瀕死に至らしめ、監禁してきた騎士だ。

ユーリが助けてくれなかったら、今頃私はどうなっていたことか。想像するだけでも、悍ましい。

 

 

「すみません。キュモールがここにいるんですか?」

 

「はい。キュモール様なら、下層部の労働キャンプで、現執行官代行として現場を管理しております」

 

「……」

 

「桜。辛いなら、無理して付き合う必要はないんだぞ」

 

「ううん。大丈夫」

 

「本当か?」

 

「平気だから」

 

「はぁ……とんだ堪え性だ。もっと、オレに甘えてくれると助かるんだけどな」

 

「あら、甘えるなら、お姉さんでも受け付けているわよ」

 

「どっちもお姉さんに見え」

 

「なんだと」

 

「なんでもないですっ」

 

 

ジュディスと並ぶユーリをお姉さん再認定しかけたら、半目で睨まれてしまった。

彼がお姉さんがどうかはさておき、私を殺しかけたキュモールの存在は、軽いトラウマになっている。

この流れ的にあいつとの遭遇は免れないかと懸念していると、ユーリとリタが揃ってドヤ顔をした。

 

 

「あんま気負いするなよ」

 

「バカのために、滅入る必要はないわ」

 

「2人とも……」

 

「オレがついてんだ。お前がキュモールの視界に入る前にぶん殴ればいい」

 

「その後で、あたしがこの世から焼却すれば、二度と桜の視界にも入らないわよね」

 

「キュモールを物理的に消すんだ……」

 

「お待ちください。皆さん、キュモール様に何を……っ!?」

 

「ケラスさん。わかって下さい。これも桜の心の衛生の為なのです!」

 

「わかるかあああっ! なんもかんも私のせいにすんなよ、いい加減しないと胃酸ぶっ放すぞ!!」

 

「けどさ、エステルの説明じゃ、そのキュモールって騎士ってウソついてるかもしれないんでしょ。

今皇帝の椅子はからっぽなんだし」

 

 

またも懲りずに私に責任転嫁するエステルへ裏拳かましていると、カロルが核心をついてきた。

貴族の位を与える皇帝がいなければ、貴族は生まれない。

ケラスはその場で膝が崩れ落ち、ポリーは理解できていないのか、キョトンとするばかりだ。

 

 

「そんな……じゃあ、私たちの努力は一体。それにティグルは……」

 

「お父さん、帰ってこないの……?」

 

「あの、ユーリ……」

 

「ギルドで引き受けられないかって話だろ、エステル」

 

「キュモールをなかったことにはできないでしょうか」

 

「暗殺かよ……」

 

「ボク、それは流石に引き受けられないかな……」

 

「このままでは、桜もティグルさんも危うい状況なのです。

報酬は払いますから……フレンが」

 

「フレンさんの財布がやばいことになるよ」

 

「貴方の為なら、喜んで払ってくれるんじゃないかしら」

 

 

私がピンチの度に、エステルの権力が発動して、フレンの懐が悲鳴上げるのか。

い、いやな構図だな。

 

 

「私はともかくとしてよ」

 

「お前をともかくで置いておけるか」

 

「私が良いって言ってるから、いいの」

 

「よくない。桜、お前はな……」

 

「それで。ティグルさん探し、引き受けるの? カロル」

 

 

私はユーリの言葉を遮って、カロルにことこの件について尋ねた。

心配してくれているユーリには悪いが、今私を慰めたところで話は進まない。

私の問いに対して、カロルは少し考えたのちに、一つ頷いた。

 

 

「えと……、人探しならいいよ。ね、ユーリ、ジュディス」

 

「ま。キュモールがまたバカやってんなら、一回懲らしめねぇとな」

 

「人探しに、彼女を害する悪を懲らしめに行く。楽しそうね」

 

「2人とも、何殺る気になってるのさ……っ。

こ、行動は慎重にね。騎士団に睨まれたら、ボクらみたいな小さなギルド、簡単に潰されちゃうよ」

 

 

我が精鋭2名が拳を鳴らし始めたので、首領カロルは震えながらも忠告した。

なんだか私の言葉がどっか遠くへ飛んでったような気がするが。ホントに人探ししてくれるんだろうか。

不安にする私に気付いたのか、ユーリは親子をチラ見してわかったわかったと手を振った。

 

 

「了解。人探し、引き受けたよ」

 

「え? ですが……、私には払うお金が」

 

「そんなものいりません。わたしたちがティグルさん……ポリーのお父さんを見つけます。待っててね」

 

「うん!」

 

「ありがとう、ありがとうございます!」

 

 

エステルが安心させるように笑顔を送ると、ポリーも揃って笑い、ケラスは私たちへ何度も頭を下げた。

その後、私たちを信じて去っていく親子を見送って、さて、問題のティグルの居場所となったのだが。

下層に行くための昇降機は、結界魔導器の広場、つまり私たちが今いる場所から然程遠くない場所にあり。当然のごとく、見張りがついていた。

 

 

「騎士がいるね。1人だけだけど」

 

「立ち入り禁止で部外者は入れないってのがいかにもだな」

 

「なんとか入れないでしょうか……物理的に」

 

「なんとかしてみる?……魔術的に」

 

「構えないでよエステル、リタも。し、慎重に、を忘れないでってば」

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

「ユ、ユーリ」

 

 

私たちを差し置いて、ユーリは一人スタスタと昇降機の前で突っ立っている騎士の元へ向かっていった。

何事も暴力で解決したお兄さんである。今回も暴力で片づけてしまうのかもしんない。

しかし、私の予感を裏切って、ユーリは率直に騎士へ訊ねた。

 

 

「ちょっと、その先へ行きたいんだけど」

 

「ダメだダメだ。この先にある労働者キャンプは危険だからな」

 

「ふーん……」

 

 

Uターンして戻ってくるユーリ。

 

 

「駄目だった」

 

「いや普通は駄目でしょう」

 

「でも良かった……。ユーリのことだから、強行突破しちゃうと思ったよ」

 

「慎重に、が首領の命令だったからな」

 

 

意外に素直なんだな、ユーリ。

正直に感心していると、リタがイライラした様子で両手を腰に当てた。

 

 

「バカか、あんたは。いちいちガキんちょの意見聞いてたら、日が暮れるわよ」

 

「やはり強行突破が単純で効果が高いと思うのだけれど」

 

「それは禁止だよ! とにかく見張りの騎士を連れだせばいいんだ」

 

「具体的に、どうやって?」

 

「具体的にって、桜、それは、えっと。……色仕掛け、とか?」

 

 

私に何か案はないか尋ねられたカロルは、迷いに迷って古典的な作戦を持ってきた。

色仕掛け。ある目的を達成するために、色情を利用して異性をだましたり、誘惑したりすること。

幸いと言っていいのか、私を除いて、ここには美少女と美女が3人もいる。

 

 

「やるの? 色仕掛け」

 

「やれるだろ、色仕掛け。こっちには4人もいる」

 

「エステルとリタさんとジュディスにユーリね!」

 

「オレの聞き間違いか。エステルとリタとジュディに桜じゃなくて、オレって聞こえたんだけど」

 

「うん。きっぱりユーリって言った」

 

「幻聴じゃなかった。オレの色香で野郎たらしこめるわけねぇだろ……っ」

 

「ファイト! ユーリ! 貴方ならおとせる!!」

 

「おとして堪るかっ。……なんかこの流れ、前にもあったよな」

 

「その時、貴方は桜のために、男をたらしこめたのかしら」

 

「オレがんなことするわけねぇだろ。やらねぇよ! ……んでもって、逃げるな、桜」

 

 

ジュディスが絡んでいるうちに、私がそろりそろりと皆の輪から離れようとしたところ、ユーリに見つかってしまった。

ぎこちなく振り向いた先には、悪魔の笑みを浮かべるユーリおにいさんの姿が。

身の危険を感じて、私は震え上がった。

 

 

「いやあ、宿屋に忘れ物しちゃてええええ」

 

「まさか自分はカウントされてないとか甘い考えしてたんじゃねぇだろうな」

 

「なななんのことだかっ! ただそこらへんに生えている女子高生の私に何か」

 

「何かもへったくれもないだろ。桜、お前もちゃんと数に入れてるんだからな」

 

「なんでよりにもよって私を数に入れたんだ!?

私に色香なんてあるわけない。ユーリだって、そう言ってたクセに!」

 

「んなこと言ってないだろ。オレはただ蕾のようなもんだと……」

 

「貴方、そんなことを桜に言ったの? どおりで彼女が振り向いてくれないわけだわ」

 

「ユーリはデリカシーがないです」

 

「無神経だね」

 

「バカっぽい」

 

「ワフッ」

 

 

皆から総攻撃を受け、最後に相棒のラピードに止めを刺されたユーリは、ついに押し黙った。

よぉぉし! これでユーリかエステル、リタにジュディスへと的が絞られたぞ!!

胸の内でガッツポーズ取っていると、ユーリを除く皆の視線が何故か私へ集中していた。たじのく私。

 

 

「どうしたの、皆?

なんか夜行性の肉食動物のような眼をして怖いんですけど……っ」

 

「桜。貴方、ユーリを見返してみようと思わない?」

 

「べべべ別にいいい」

 

「桜は十分魅力的です!」

 

「私の魅力は底辺です!」

 

「自信持ちなさい! あんたはやればできる娘なんだから」

 

「元からない自信など持てるか! なんだ皆して、私は思った以上にできない娘ですから!!」

 

「じゃあ、桜が色仕掛け担当で決まりだね」

 

「なんでだあああああああああっ!!」

 

 

皆から理不尽な役を押し付けられた私は思わず絶叫した。

 

 

「あんたら、正気か!?

顔も胸も腰も何もかも並なんだよ、どこにでもある大平原の中の一本の草なんだよ!!

私に悲しい現実をつきつけるな!!」

 

「それを言うなら、荒野に咲く一凛の花でしょ。よく見れば、顔も胸も腰もなかなかじゃないの」

 

「どこ見ていってるんですか。ナイスボティのジュディスに言われても、全然説得力がない!

こういうのは、貴方の役割でしょ!!」

 

「可憐な美少女も適任だと思うの」

 

「どこにそんな美少女がいる!?」

 

「実際、ユーリやアホ騎士が、喜び勇んであんたを守る守る言ってんじゃない」

 

「うおあああっ! それがあったか……っ!

いやでも美少女じゃないし、可愛いもクソもないだろ私」

 

「桜は清純派です。表情もころころ変わって、愛らしいですよ。

フレンもそう言っていましたし、その路線で行ってみましょう」

 

「私は平凡派です。リアクションでかいだけで愛らしいもクソもねーわよ。

フレンさん、フィルターかかってるんじゃないか。その路線ってなんだよ、理解し難いわ」

 

「ジュディスもいいけど、桜だってやればできるさ。ね、ユーリ」

 

「まあ……、……、……、そうだな」

 

「なんだよその間は!?

やっぱ色気ねーんだなって思ったんだろ!?

考え直せ、皆!!」

 

「んなこと考えてないよ。

……ただどこの馬の骨とも知れねぇ野郎に、お前が色目使わせるってのも……」

 

「なんだよ!?」

 

「いいや、皆も賛成してるんだし、やってみろよ。何事も経験だ」

 

「そんな新開拓いらない」

 

 

皆からゴリゴリ押されて、私のMPがガリガリ削られてしまう。

ここで踏ん張らなければ、チンケな女の子が爆死必至の色仕掛け作戦が実行されてしまう。

必死に抵抗する私であったが、私の両脇をジュディスとエステルに拘束されてしまった。

 

 

「そうと決まれば。何か素敵なお召し物を探しに行きましょうね」

 

「素敵に着飾りましょう、桜」

 

「待て、この上私に何をしろと……っ!!」

 

「自信をもって、桜。女は気合で服を着るのよ。

そして、必ずユーリをおとすの」

 

「私の色香でユーリおとせるわけねーですよ。ジュディスの目は節穴か」

 

「おとすのはフレンです。フレンにも桜の晴れ姿をみせてあげたいのですが。……あ。

確か、桜のケータイには、カメラがあります!

それを使って、今度フレンに見せてあげましょう!」

 

「黑歴史に新たな1ページを刻み込むな……っ!

やめてフレンさんに劇物見せるの。胃が貫通して、嘔吐するよ」

 

「諦めなさいよ。桜。ここまで来たら、意地でも可愛く着飾れなさい」

 

「可愛いと言うなら、リタさんの方で」

 

「あたしが男に媚びると思う?」

 

「ないですよねー」

 

「ほらほら、服を用意する時間も必要もあるし、早く着替えに行こう」

 

「カロル仕切らないで! ……ああ、ちょっと、待って、心の準備が!」

 

 

私の拒絶も虚しく、皆に引きずられて宿屋へと連れ込まれた。

なんだ皆の一体感は。私VS皆では、どう考えても太刀打ちできない。

半場諦めながら、皆と一緒に宿屋内の幸福の市場ヘリオード店へ連れていかれると、ジュディスはカウンター越しに私を突き出し、こうのたまった。

 

 

「この娘で、男を悩殺できる服を探しているのだけれど」

 

「悩殺て……」

 

「そこの娘さん、デートでもするのかい?

なら、こんなのはどうだ?」

 

 

店員さんが出してくれたのは、清楚な白いドレスであった。

私が似合うかはさておき、なかなか清涼感があっていいじゃないか。

けれども、ジュディスは納得できなかったのか、あっさり首を横に振った。

 

 

「ダメダメね。地味だわ」

 

「そうです? 桜にピッタリだと思うのですが」

 

「露出が少ないのよ。もっとこう際どい感じがいいわ」

 

「露出で際どいって、私にソッチ方面求めてるのか、止めろ私の尊厳が爆死する!!」

 

「いいじゃない。出すものは出しておかないと」

 

「出るものが出てないから言ってるんだよ!

なんなら、確かめてみ……いやいいです」

 

 

ジュディスなら、本気で私の胸を揉みかねないと思い、私は言葉を濁した。

そうこうしている間にも、私たち女性陣による服の精査に突入。

ジュディスがマイクロビキニ並みの要求をしたり、エステルがそれを止めながら自分の希望をしっかり盛ろうとする。辛うじてリタがTPOを指摘しているあたりが救いか。

私は私で、寄越してくる如何わしいドレスに、片っ端からNOで逃げていたんだが、ついにしびれを切らしたジュディスがある一着を寄越してきた。

 

 

「これで行くわよ」

 

「……何その布切れ」

 

「ドレスよ。これで世界中の男たちはメロメロね」

 

「嘔吐でドロドロの間違いじゃないのか。

明らかに生地の部分が少ないじゃねーかよ! 痴女か私は!? 無理だ無茶だ横暴だ!!」

 

「真っ黒でシックなイメージがあります。

逆の発想ですね。桜に似合いそうですよ」

 

「皮肉かエステル。器用になったもんだな」

 

「服も決まったんだし、着替えなさいよ」

 

「リタさん、勘弁」

 

「着替えるのよ」

 

「でも」

 

「着替えさせるわね」

 

「え?」

 

 

リタが言うなり、再びエステルとジュディスが私の両脇を担いで、ズルズルと部屋の一室へ配送しようとした。

私、きせかえ人形にされる?

これからまき起こる羞恥プレイを予期し、私はドアの縁を足で引っ掛け、全力で入室を拒否した。

 

 

「いいやああっ! 止めて止して自重しろ貴様ら! おめおめおもちゃになって堪るか!」

 

「観念して下さい、桜。

ちょっとボディタッチするだけです」

 

「優しくしてあげるわよ」

 

「同性なのに如何わしい不思議。

痛かろうが優しいだろうが、んな卑猥な服着たかないいい!!」

 

「えい」

 

「あ」

 

 

私が両足を踏ん張って入室を拒んでいると、リタがその両足を叩いて縁から外した。

途端、エステルとジュディスによって部屋へと放り込まれる私。

裏切りもん……!

リタは、残った男性陣に「覗いたら殺す」とドスの効いた声で釘を刺すと、ドアを締めて鍵をかけてしまった。

何の変哲もないシングルルームにて、不気味な笑みを讃える女性陣に囲まれる私。

 

 

「な、何する気……?」

 

「まずは脱ぎましょう」

 

「いやあの」

 

「脱ぐのよ」

 

「でも」

 

「剥ぐわよ」

 

「皆何言って……」

 

 

にじり寄るエステルとリタ、そしてジュディスの宣言通り、私は3人によって身ぐるみを剥がされた。

わーきゃー喚きながら暴れて回る私から、ジュディスがローブを脱がし、エステルが器用にブラウスとシャツ引っ剥がして、リタがスカートや靴下、靴をずり落とす。

見事なトリプルプレーにより、私は見事下着姿になったのだった。泣きたい。

 

 

「追い剥ぎか、あんたら……っ!」

 

「さあ、最後の砦よ」

 

「最後? ま、まさか」

 

「ブラジャー、外しますね」

 

「エステルに看護師さんみたく優しく言われてもヤだ!!」

 

「ここまで来て駄々こねないの。

エステル、あたしが桜を抑えている間にやっちゃって!」

 

「はい! 任せて下さい!」

 

 

リタがたじ退く私を羽交い締めにしたその隙に、エステルが躊躇なく私の背中に手を回し、ブラジャーのフックを外して引っ張った。

私は、胸の開放感ととともに羞恥心に襲われ、渇いた悲鳴を上げる。

一方でエステルは、私を見るなりポカンとしのも束の間、自身のそれと私のを見比べて唸った。

 

 

「……複雑です」

 

「まあ、桜。貴方、着痩せするタイプなのね」

 

「くっ、殺せ。もういっそ殺してくれ」

 

「せっかくの美乳なのだから、もっと胸を張ればいいのに」

 

「これ以上、猥談するなら、舌噛んで死ぬ……っ。

とか嘆いてる傍から、胸触ろうとするな!!」

 

「女の子同士なのに?」

 

「私は駄目だ」

 

「彼氏なら」

 

「私が駄目だ」

 

「フレンなら」

 

「私が死ぬわ」

 

「随分お硬いのね。男の人は苦労しそうだわ」

 

 

知らんわ。

エステルとジュディスの見世物と化した私は、恥ずかしさのあまり身体中が蒸発しそうになった。

リタから解放されても、抵抗も忘れて、自分を抱いたまま地べたに座り込んでしまうくらいである。

今までいろんな経験をしてきたが、仲間にショーツ一丁にされるとは思わなんだ。

 

 

「なんで私がこんな目に……っ」

 

「裸の付き合いは良いものよ」

 

「時と場所と人を選べよ!

人畜無害な女子高生ひん剥いといて、よくもほざいたな!

何なら、今ここで皆すっ裸になるか!?」

 

「あたしはイヤよ」

 

「桜がそう言うなら」

 

「貴方が見たいなら、私は構わないわ」

 

「後者の2名は自重しろ。

もう充分私で遊んだんだから、もういいでしょう!? 服返してよ!」

 

「はいこれ」

 

「ありがとう、リタさ……」

 

 

リタから渡されたのは、大きく胸の開いて際どいスリットの入ったドレスであった。

凍り付く私。笑顔で私を囲む女性陣たち、パート2。

思わずドレスを放り投げようとしたが、ジュディスに両手を掴まれて叶わない。

 

 

「逃げようとしたって、無駄よ」

 

「桜の服は、わたしが確保しました」

 

「その格好じゃ、外も出られないでしょ。覚悟を決めなさい」

 

「その服でも外を歩けんわ……!

ジュディスとエステルはわからんでもないにしても、リタさんまで乗り気とかありえん……!」

 

「あんたで、ユーリのバカの鼻を明かしてやりたいだけよ」

 

「私はもういいのに!」

 

「あたしの腹の虫が収まらないの。

とっととドレス着て、さっさとユーリに突っ込んで! ばばっとヤツのノーミソ爆破させてやんなさい!」

 

 

リタの意味不明な理論を合図に、ジュディスたちの魔の手が私に襲い掛かった。

竦み上がる私に、ジュディスがドレスを頭から着付けて、エステルが髪の毛を一つに整え、リタが足にヒールを履かせる。

間もなくして、エステルに「出来ました」と大鏡を向けられた時、そこに映ったのは、痴女な自分の姿であった。

 

 

「死ぬ……っ」

 

「このくらいで死んでどうするの」

 

「白魚のような肌と体のラインが強調されていて、とっても魅力的でしょう」

 

「とってもクールで綺麗ですよ、桜。フレンも大喜びです」

 

「フレンさんも大惨事の間違いだろ。

胸元開いてて辛い、手足や脇やら背中がスースーするっ。服着た心地がしない」

 

「解放感があっていいんじゃない」

 

「布の面積が致命的な時点で良くないですよ。もはや半裸だよ、リタさん」

 

「桜、こっち向いてください」

 

「なんなの、エステル」

 

「はい、チーズです」

 

 

エステルに呼ばれて振り向いてみると、彼女の手には私の携帯が掲げられ、パシャリとシャッター音がした。……おいこら待て。

 

 

「なんでエステルが携帯操作してるの!?」

 

「以前、ダングレストの地下水道で、桜がこれを光源に使っていたのを見ましたので。

試しにカメラの絵をいじくってみたのですが、本当に撮れたのです?」

 

「返せ! 直ちに消去する!!」

 

「いけません。フレンに見せるまでは没収です」

 

「フレンさんに目つぶしで嘔吐させる気か!?

止めて、これ以上私にソディアさんけしかけるの!!

……くそっ、ヒールでまともに歩けん!」

 

「桜が磨きがかかったことだし。

彼女が動けない間に、私とエステルも着替えましょうか」

 

「そうですね。わざわざお店の方が用意して下さったので」

 

 

2人は言うなり、いそいそと視線に困りそうな服へ着替え始めた。

それを見守る私とリタ。更に待て。

 

 

「エステルとジュディスも作戦に参加するの?」

 

「いいえ。色仕掛けは桜だけです」

 

「なんで2人とも着替えるの……?」

 

「それはその……」

 

「ついでだから、用意してもらったの」

 

「エステルの太もも危うい服装はおいとくとしても。

ジュディスの谷間サックリのうさ耳ビキニエプロンは何? 目的が迷路だよ」

 

「桜だけ露出の強い格好をさせるのは、悪い気がしまして」

 

「趣味よ」

 

 

如何にも変態さんが好みそうな格好したジュディスは、恥じることなく胸を張ってのまたった。

エステルも罪悪感があるなら、最初から止めてほしいんだが。死ねば諸共じゃないだろ。

この2人を見て、ふと、私は横で突っ立っている魔法少女に目が行った。

 

 

「リタさんは着替えないんだ……」

 

「あたしがあんな恥ずかしい格好するわけないでしょ」

 

「そうですね。恥ずかしいですよね、とてもお天道様の下歩けませんよね。

この長い旅路と、テルカ・リュミレースの風紀と、私の精神の安寧の為にも、元の制服に着替えさせてくれませんか」

 

「駄目よ。ユーリを倒すまで、頑張りなさい。今のあんたなら、瞬殺できるわ」

 

「リタさん、目的変わってません?」

 

「いいじゃない。作戦ついでに、彼をダウンさせても問題ないわよ」

 

「何度も言うけど、私でユーリをどーにかできるわけないですってば。

それ以前に、ヘリオード市民と騎士たちの視線が気になると言うか……」

 

「安心して下さい。貴方に群がる不埒な輩は、皆まとめてエンジェルリングで締め上げます」

 

「今まさにこの私の姿そのものが不埒なんですけど」

 

「御託はそこまでにして、そろそろ出陣しましょ」

 

「え、ええ!? ヤだ!!」

 

「胸を張りなさい、桜。彼が待っているわよ」

 

「待って、止めて……!!」

 

 

ジュディスは嫌がる私の背をぐいぐい押しながら、部屋の外へと押しやった。

ドアをくぐって見えたのは、広いフロントのタイル。私たちを凝視するホテルスタッフたち。

おずおずと進行方向へ視線を向けると、お座りしているラピードと、何故か背中を向けているユーリとカロルの姿があった。

 

 

「お待たせ。準備ができたわよ。あら、2人とも、桜の晴れ姿を見てくれないの?」

 

「全部聞こえてたんだよ。……知っててやってるな、ジュディ」

 

「ユーリ、見てもいいの? 桜の晴れ姿」

 

「オレに聞くなよ」

 

「じゃあ、ボクは見よっと」

 

「見なくていいから! 今の私を視界に入れないで! 頼む! 後生だから!!」

 

「でも、桜を守るのは、ボクたちなんだよ」

 

「女性陣でなんとかすればいいでしょ! 見ろ! いや見ないで!

今お前たちの後ろにいるのは、露出狂の変態集団だ!!」

 

「言ってることが無茶苦茶だな……。あんだけ振り回されてちゃ、無理ねぇか」

 

 

とりあえずユーリは、私の大混乱に理解を示してくれたようである。

このまま、私たちだけで、カロルの言う色仕掛け作戦を遂行してしまおう。

いやそもそも私で成立するのか、など考えていたら、ジュディスがむっとするなり、とんでもない行動に出た。

 

 

「いつまでも男の人に背中を向けられては、女が廃るわ。――桜、アタックよ!」

 

「ええ? ととととっ!?」

 

「おい!?」

 

 

なんとジュディスは私の背中を思い切り押し倒してきたのだ。

前のめりによろめく私は、慣れないヒールに躓きつつ、あわや床にダイブしそうなところへ、ユーリが片手で受け止められた。

彼の腕や長い髪が地肌に触れて、くすぐったいやら、温かいやら、妙な気分になってしまう。

慌てて離れようとしたが、ヒールでバランスを崩して、その身そのまま彼の胸へとダイブした。

瞬間、頬に当たる彼の胸、私の胸が彼の腹部に触れる。

 

 

「わあああああああああああああっ!」

 

「っとぉ! 勢いよく離れんな、頭からひっくり返るぞ」

 

「だってええええええええっ!! とか言ってる傍から、素手で腰触らないで!!」

 

「放したら、倒れるだろ。まずは落ち着け。……そう、落ち着くんだ」

 

「誰に向かって言っているのかしら」

 

「桜に決まってるだろ。あんまうちのお嬢さんを弄るなよ」

 

「それでユーリ。一体どこを見ているのです?」

 

「マジで言ってるのか、エステル……」

 

「目のやり場に困ってるんでしょ。ざまぁ見なさい! 桜、一気にごり押しすんのよ!」

 

 

無茶を言ってくれるなリタ。私にそんな余裕などない。

ユーリに腰を抱かれて、否が応でも、肌で彼の存在を感じてしまい、心拍数がグンと上がる。

私を支える彼の手の微々たる動きや、腕、温かい胸、その息遣いに至るまでが新鮮で、女の子の私にとっては耐え難いものであった。

 

 

「これはなんて拷問なの……っ!?」

 

「そりゃあ、こっちの台詞だ」

 

「あら、嫌なの? 女の子が気合を入れて迫ってるのに」

 

「この千鳥足でしがみついている様が、迫ってるように見えるのか、ジュディス!

離れたくても足が、ヒールが、歩くだけでもカクカクする!!」

 

「大人しくオレに掴まってろ。その足じゃあ……、少し離れてくれるとありがたいんだが」

 

「どっちだよ!?」

 

「オレを見上げるなよ」

 

「どーしろと!?」

 

「付かず離れず、視界に入れない方向でだな」

 

「どんなだよ!?」

 

「……ジュディ」

 

「あら、怖い顔」

 

 

ユーリに睨まれでもしたのだろうか、ジュディスはちっとも怖がる様子もなくニッコリ笑って返した。

もしかして、私たち遊ばれてるのか。

カロルはなんだかじっと私たちを眺めているし、リタは「もっとやれ」という勢いで拳握ってるし、エステルに至っては祈るように自身の両手を握って目を輝かせていた。

 

 

「桜、女性を磨くチャンスですよ!」

 

「女が堕ちるピンチだよ!」

 

「まずは手始めにユーリを実験台にしてください。目標はフレンです」

 

「手始めに自分捨ててたまるかあああっ!!」

 

「犠牲になるのはユーリですよ」

 

「オレの何が……。いや、聞きたかねぇよ。そして、桜、お前はオレを見上げるのは止せ」

 

「なんでだよ」

 

「なんでもだよ」

 

「なんでもじゃないよ」

 

「なんでもって……。いつもはあれこれ細かいクセに、こういう時に限って自覚なしかよ。

それとも余裕もねぇのか?」

 

 

頑なに顔を見せてくれないユーリは、意味の分からないことを言ってくる。

とにかく、この状況を打破しなくては、作戦どころの話ではない。

とはわかっているものの、ユーリの腕の中では、頭も心もまとまらない。

大混乱におちいる私を余所に、先ほどからずっと私たちの様子を見ていたカロルがポンと手を打った。

 

 

「よし! 桜の色仕掛けでゴーだね!」

 

「ゴーじゃないよ!

見ればわかるだろ、ユーリにタックルして、一歩も動けない私のあられもない姿を!!」

 

「ユーリには効いてるみたいだよ」

 

「は?」

 

「冗談は止してくれよ、首領。オレは見ての通り平常運転だぜ」

 

「ビックリするほど動かないじゃん」

 

「バカ言え。動いたら、桜がすっ転んじまうだろ」

 

「目を逸らすのは?」

 

「……言うようになったじゃねぇか」

 

「ユーリ?」

 

「ギャラリーが気になるだけだよ。

お前やジュディ、エステルまで、そんな格好で騒いでたら、注目を浴びちまうだろ」

 

「あー……」

 

 

ユーリに言われて、辺りを見回してみれば、フロントだけではなく、元々少なかった宿泊客たちまでが奇異の目で集まってきていた。

沸騰していた体温が急激に冷めていくのが、自分でもわかる。

私はユーリの中からゆっくり離れ、懸命に自分の足で自身を支えた。

 

 

「なんか、ごめん」

 

「お前が謝ることはないよ。発案者の問題だ」

 

「ボ、ボクぅ!? 桜をけしかけたのは、ジュディスじゃないか」

 

「私のせいなの? ユーリを喜ばせてあげようとしただけなのに」

 

「オレを喜ばせるためだけに、桜を使うなよ」

 

「ハッ! 実のところは喜んでいたのね。……勝ったわ!!」

 

「おい、リタ。勘違いもほどほどに、って、桜、ふらついてんぞ。大丈夫か?」

 

「あんまり大丈夫じゃないかも。立つのはなんとか、歩くのはちょっと」

 

 

ユーリから一歩距離を取ってみたものの、ヒールの踵部分が安定しなくって、歩くことさえ叶わない。

また彼の胸へと戻ってしまうのか。またしても高鳴る胸を押さえていると、ジュディスが私の腰に手を回した。

 

 

「ジュディス? あ、そんな押さないで……!」

 

「桜。背筋をまっすぐに、しゃんとしてみて。

歩くときはリズミカルに、踵とつま先を同時に着ける感じでね」

 

「う、うん。こう……かな?」

 

「うわぁ……。様になっています。腕を振るともっと良い感じになりますよ」

 

 

ジュディスとエステルのアドバイス通りに、一歩、また一歩と徐々に歩けるようになった。

考えてみれば、ジュディスもヒールのブーツを履いていたし、エステルは皇族で普段からヒールを履く機会もあっただろう。

まだまだヒールは慣れないけれど、これなら色仕掛け作戦も

 

 

「って、ちがああああう!!」

 

「何か間違いでもあったのです?」

 

「今まさにこの私の状態が間違ってるよ! 根本的にミスっているのに気づけ、皆!

際っきわのドレスに着替えたところで、私の色気がマイナスからゼロになっただけだ!!」

 

「ユーリは堪能していたみたいよ」

 

「堪能とか言うな。オレは桜を支えていただけだろ」

 

「認めなさいよ。あんなにぴったりくっついて、たじたじだったんじゃないの?」

 

「リタには、そんな風にみえたのか?」

 

「ユーリは、相変わらず素直ではありませんね」

 

「エステル、その剣はなんだ。なんか素直にするって聞こえんだけど」

 

「あのユーリが認めたことだし、早速桜の色仕掛け作戦に行ってみよう!!」

 

「嫌だああああああああっ!!」

 

 

カロルが元気いっぱいに拳を突き上げ、私はその場で頭を抱えて絶叫した。

どうしてこいつら私の黒歴史を増やしたがるんだ。

当のユーリだって、知らん顔してるじゃないか。

 

 

「いつオレが認めたことになってんだ」

 

「認めたようなものでしょう」

 

「どうだか。オレは普段通りだったぜ」

 

「彼女とあんなことになったのに、なんともない方が不健全だと思うの」

 

「……」

 

「今のうちに、彼女の姿を目に焼き付けておかないと。

そんな風じゃあ、あの可愛い騎士さんに横取りされて、ここで見納めになっちゃうわよ」

 

「あのな、ジュディ。フレンを引き合いにだしてまで、オレをからかうのはやめろ」

 

「闘争心に火が付いたのかしら」

 

 

なんかユーリとジュディスが私のことを話しているようだが、今の私にはそんなことを気にする余裕なんぞ微塵もなかった。

恋愛のレの字も知らない私が、赤の他人相手に元からない色気を簀子の如く酷使する。

無謀で稚拙な作戦に私が頭を抱えるのを余所に、作戦に向かって皆と宿屋を出発した。

 

 

 

 

 

青空の下、太陽が真上に差し掛かる頃、私たちはまたも中央広場にあるヘリオードの結界魔導器の物陰にいた。

ここまでの道中、いくら人口密度が著しく減っているとはいえ、騎士や旅の行商人などがいるわけで、私たちが通り過ぎる度に皆が足を止め、目で追ってくるその様は私にとって著しくMPを消費するものだった。

今すぐ結界魔導器の外へ飛び出して死にたい。いや、この格好で最期を迎えるのは女としてどうだろう。

一応、前にはユーリとカロル、両サイドに普段着に着替えたエステルとジュディス、背後にリタとラピードという壁ができているんだが、遠目から覗き込もうとする輩もいたので、堪ったものではない。

そんな公開処刑を受けた私は、現在進行形で精神的に参っていた。

 

 

「もう帰ろう。私頑張ったと思うんだ……」

 

「何言ってるんだよ。作戦はこれからじゃないか」

 

「自信持ってください、桜。貴方の美貌に、道行く方々が見とれていたではありませんか」

 

「あれは痴女を見る奇異の目だよ。なんつう羞恥プレイかましてくれるんだ……っ!!」

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花ね」

 

「私にそんな要素は1ミクロンもない」

 

「間違っていたかしら。立てば腰つき、座れば太もも、歩く胸は揺れて弾む、ね!」

 

「なんだその卑猥な三大活用語は。

ユーリもそっぽ向いてないで、何か言ってやってよ」

 

 

結局、あれから私に顔も合わせてくれないユーリは、落ち着かない様子で何度も腕を組み直して目を泳がせていた。

やはり抱き着いた時に、どさくさに紛れて足を踏んだこととか怒ってるんだろうか。

普段のクールな彼らしからぬ素振りが気になって、そっと顔を覗こうとしたが、やはり音速で逃げられてしまった。

 

 

「……だから、上目遣いで胸の谷間見せるとか反則だろ……っ」

 

「ユーリ。怒ってるの」

 

「怒ったりしてないよ。オレは平常だ。ちっとばかし、周囲の様子が気になるだけだよ」

 

「バカっぽい。そろそろ慣れなさいよ。これから作戦実行って時に、この子見てやれなくてどーすんの」

 

「慣れるもんなら……て、やけにやる気なのな、リタ」

 

「とーぜん! ここまで来たら、意地でもあの騎士を落としてもらわないと、面白くないでしょ」

 

 

リタが目で刺した先には、昇降機の前で律儀に突っ立っている1人の騎士であった。

あれが色仕掛けのターゲットになるわけなんだが。

 

 

「あの人を私のマイナスゼロな魅力をこき下ろしてまで、物陰に連れ込まなきゃいけないのか……」

 

「未来の旦那様へのご奉仕の為にも、これは修行だと思って。頑張るのよ、桜!」

 

「そして私の黒歴史が更新されるんだな。……死ぬ」

 

「桜なら、絶対落とせますよ。ええ、押し倒されてしまう威力です」

 

「桜が押し倒されたらまずいだろ。……やっぱり止めるか、この作戦」

 

「あら、彼女を守る自信がなくなったのかしら」

 

「危険とわかってるなら、事前に避けておくもんだろ」

 

「自分を差し置いて、他の男に言い寄る彼女に我慢できないとかね」

 

「そういうんじゃなくてだな。ジュディ」

 

「じゃあ、強行突破にする?」

 

「だ、ダメだよ! 慎重にするって約束してくれたじゃん。きちんと約束も桜も守ってよね」

 

「……。わーったよ」

 

 

色仕掛け作戦に異を唱えたユーリであったが、ジュディスとカロルによって、丸め込まれてしまった。

もっと頑張ってほしかったんだが。味方が一人でもいたら、状況は変わっていたかもしれないのに。

孤立無援と化した私に、リタは容赦なく背中を押した。

 

 

「いつまでもここでグズグズしてないで、さっさと行ってくる」

 

「うわっ! 押さないで、無茶だ無謀だ大っ恥だ!!」

 

「勇気を出して、桜! 私が保証するわ!」

 

「ファイトです! 桜!」

 

「ほら、いってらっしゃい!」

 

「おっとっと……!!」

 

 

リタに突き飛ばされて、私は広場の端、昇降口近くまで、出て来てしまう。

見張りの騎士のテリトリー内だ、逃げ場はない。逃げたところで、背後で沈黙のエールを送ってくる皆に取り押さえられるだろう。

ええい、ままよ……!!

 

 

「あの……、すみません。そちらの騎士の方」

 

「うん……? ちょっ、貴方、街中でそのようないやらしい……いやなんて格好を……」

 

「はははっ……そーですよね、じゃなくてっ。その……ご、ご相談したいことがありまして……」

 

「……あれ? ……まさか……失礼ですが、どこかでお会いしたことはございませんか」

 

「き、騎士の人でも、そんなご冗談を言うんですね」

 

「以前……そう、フレン隊長が城へ連れてきた少女に似ているような……。

とても親密な関係だとかで……」

 

 

あああああああああああああっ!

騎士団の情報網を完全に侮っていたわ! しかも恋人の件から更新されていない!!

心の内では絶叫と冷や汗で狂気乱舞している私を余所に、騎士はじろじろと顔を観察してきた。

 

 

「その顔立ち、髪の色……やはり……」

 

「き、きっと、人違いですよ……っ!

あの将来有望、容姿端麗、文武両道のフレン隊長にこんなチンケな女の子が釣り合うわけないじゃないですか!!」

 

「謙遜ならなくても……、とてもお美しくていらっしゃる」

 

「そーですか……お世辞でも、嬉しいです」

 

「フレン隊長が羨ましいですね」

 

「おいいいいいいいっ!!」

 

 

バレた。うん、これはバレている。

どーしよう。思考がまとまらない。

羞恥千万なこの格好が騎士団内で噂になるのも怖いが、フレンに知られるのも恐ろしい。

 

 

「後生です、頼みます、何でもしますから! フレンさんには言わないで……っ!!」

 

「あの人のための勝負服ではでしょう。……ああ、その時まで内緒という意味でしょうか」

 

「ちげえええええっ!

こんな姿でフレンさんに勝負挑んだら最後、哀れな瞳と距離感ゼロの折檻が待っている!!

なんでもやるから黙ってて言ってるんですよ……!!」

 

「な、なんでも……?

……いいえ、見ていません。貴方の胸……いいえ、決して覗いてはいませんよ……!」

 

「う、嘘だ……っ!

こんな胸も背中も脇も足も丸出し半裸の私を見て、どーにも感じないとかおかしいだろ……っ!」

 

「……胸も……腰つきも、生足も……」

 

「こんな姿、フレンさんに知られたら、私、今度こそ監禁されてしまう……!」

 

「か、監禁……」

 

 

私のどの言葉が、騎士の琴線に触れたのだろうか。

明らかに騎士の様子がおかしくなる。

じわりじわりと私ににじり寄り、兜から漏れる息が少々荒くなっているような気がした。

 

 

「騎士さん……? 私に……ついてくる気になった……とか?」

 

「なんでも……してくださる……と仰いましたね」

 

「い、言いました……ね?」

 

「幸い……ここには……私たち以外……誰もいません」

 

「うははは……」

 

「ははは……」

 

「いやでも、念のため……もっと人気のないところに」

 

「申し訳ないフレン隊長! 帝都に置いてきた婚約者!……もう我慢の限界です!!」

 

「うあっ!!」

 

 

何をとち狂ったのか、興奮した騎士の両腕が私に迫る!

驚いて己の身を抱きしめていると、ユーリが飛び出してきて、騎士の顔面目掛けて強烈なパンチをお見舞いした。

その拳は鉄仮面をいともたやすく抉りぬくも、その威力は留まらず、騎士は吹っ飛び、2、3回バウンドして、そのまま動かなくなる。

その驚異的な殺人パンチに、私は震え上がった。

 

 

「なんつう威力だ。今の鉄拳……」

 

「こうしないと、お前がヤバかっただろ」

 

「何もぶっ飛ばさなくても」

 

「いろんな意味で、お前が危険だと思ったからだ」

 

「どんな意味よ」

 

「さぁな。……その格好、フレン相手には止めとけよ」

 

「しないよ!!」

 

 

いやでも、エステルが携帯のカメラで激写されてるんだ。なんとかして取り返さないと。

未だ動かない騎士に目をやるユーリと私の元へ、カロルたちが駆け寄ってきた。

 

 

「ユーリーっ! いきなり乱入するなんて、作戦台無しじゃないか!」

 

「バカ言うなよ。あのまま指くわえて待ったら、手遅れになってたとこだぞ」

 

「そうですね。桜の正体がバレていましたし」

 

「いや、そうじゃなくてな……」

 

「ずっと、気が気じゃなかったのよね。貴方」

 

「作戦の目的忘れたのか。ただの色仕掛けだぞ。最後までやらせて堪るかよ」

 

「最後までって、フレンさんにチクられて監禁さえるまで?」

 

「間が大きく抜けてっぞ。……いや、想像しなくていいから」

 

「この子の危機が去ったんならいいじゃないの。

あんたにしては、ナイスプレーだったわ」

 

「そりゃあ、どうも」

 

 

珍しくリタが褒めたというのに、ユーリはどっと疲れた様子であった。

私が言うのもなんだが、色仕掛け作戦では、然程働いていないはずだが。

試しに彼の表情を窺おうにも、また避けられてしまう。

 

 

「なんなの、ユーリ。私が変態だと言うなら、正直に言って。自覚ある分傷心後の修復は早い」

 

「自分で変態って認めるのかよ……」

 

「公衆の面前で半裸で歩く女の子が普通だと思う……?

あ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた」

 

「なら言うんじゃない。作戦も成功したことだし、さっさと元の服に着替えて、次の作戦に移るぞ」

 

「良いの? 着替えさせてしまって。きちんと眼福に預かっていないように見えたけれど」

 

「いつまでも桜にこんな格好で出歩かせるわけにはいかねぇだろうが」

 

「これ以上、自分以外の誰かに、彼女の晴れ姿を見せたくないの?

特にあの可愛い騎士さんとか」

 

「あんなヒール履いて、旅続けられるかよ」

 

「騎士さんがあんなに興奮していたもの。今の貴方も限界じゃないのかしら」

 

「……それ、どんだけ続ける気だ」

 

「貴方が素直になるまでよ」

 

 

ユーリが大きくため息をつくと、ジュディスは意味深に微笑んだ。

よくわからんが、人間、他人を変えることは非常に難しい気がするが。

何にしても、ようやくこの恥ずかしい格好から解放される。

 

 

「エステル。私の服と鞄返して」

 

「もったいない気がするのですが」

 

「私にこのクソ恥ずかしい姿で旅を続けろと?

どんな罰ゲームだ。日光の下に出た瞬間、塵と化すわ」

 

「そうですね。とっておきは最後まで隠しておくのがいいです。

フレンにビックリサプライズです」

 

「フレンさんに心臓どっきり殺人事件だろ。服返して」

 

「はい、どうぞ」

 

「携帯は?」

 

「内緒です」

 

「リタさん」

 

「秘密兵器は多いほどいいわよ」

 

「劇物ですね。わかります。でなくて、私の写真……っ!」

 

 

縋り寄る私に、エステルは「秘密です」とふふふっ笑いながら逃げ回った。

ただでさえ多大な問題を抱えている私に、新たな問題が追加され、黒歴史が更新される。

この目まぐるしい日々に、果たして私は生き残れるだろうか。

後悔と不安に苛まれながらも、私はエステルから携帯を取り戻すために、手を伸ばしていた。

 

 

 

 

■続く■




きたぞ色仕掛けイベント……!!
当初はユーリにさせようと思いましたが、フラグ立てたかったのと、夢小説というのもあり、主人公を選択いたしました。
すんごい楽しみながら作成させていただいた結果、通常の1.2倍の容量になったという。
本当は分割する予定でしたが、勢いのまま致しました。
如何にしてユーリを動かすか考えていたんですが、原作のユーリは顔に出ないクールな美青年なので、あえて顔を見せない路線で行ってみました。
まあ、他の皆に観察されてるんですから、意味ないんですけどね……。

次回は騎士団本部とヘリオード下層部です。
この勢いに負けず劣らないものができれば……できればいいな!
それではまた。



瑛慈 翔
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