明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第32話】君に背を向けてツッコむ

私は始祖の隷長バウルと共に、ヘルメス式魔導器を破壊して回っていた。

世界をめぐり、魔導器を見つけては壊す。その繰り返し。

ダングレストでもそれを確認し、降り立とうとして、バウルの動きが止まった。

 

 

彼が言うには、桜が自分の存在に気を取られて、窮地に陥ているのだと。

彼の目を追ってやれば、丁度桜が大男によって、連れ攫われているところだった。

 

 

いけない。彼女は始祖の隷長の可能性がある。

人間の、それも悪人手に渡ってしまったら、殺されるかもしれない。

魔導器を壊す竜使いと通っている以上、私の出番はない方がいいのだけれど。

相手が空を飛んでいて、仲間は手も足も出ないようだから仕方ないわよね。

魔導器を壊して、桜を助けなくちゃ。

なんてバウルと話していたら、黒髪の男が自分も連れて行けと言い出したの。

 

 

断る理由もないし、目的が一緒なのだから、貴方の背に乗せても良いわよね、バウル。

 

 

桜と魔導器を追っている途中、いろいろあって、私の正体が黒髪の男ユーリ・ローウェルに知られてしまった。

いつまでもボロボロの兜を被ってはいられなかったし、桜を助けること、お互い干渉しない点は共有できているのだから、別に構いはしないわ。

 

 

それより、ユーリの様子が気掛かりだった。

彼は、並み居る魔物や傭兵たちなんて物ともせずに、一心不乱に彼女を探し続けている。

彼女がよほど大切なのかしら。人間の間では、帝国騎士団の管理下にあるシャイコス遺跡の重要参考人でしかないと言う認識だったのだけれど。

彼は私のことも忘れたのか、どんどん先へ進んでいってしまう。

 

 

やっとユーリに追いついたところへ、彼とある男が対峙している場面に遭遇した。

相手はデューク・バンタレイ。その背には、怯える桜の姿があった。

 

 

ああ、なるほど、一人の女の子を賭けた男同士の戦いというやつね。

ユーリと桜は、そういう関係にあっただなんて、可愛い騎士さんもさることながら、隅に置けない子。

 

 

3人のためにも、ここは大人しく見守ってあげるべきかしら。

けれど、彼女の様子がおかしくなった。もしかして、始祖の隷長の件?

 

 

彼女がその兆候をみせているなら、放ってはおけない。

どんな人間であれ、彼女のそれを知られてはいけないわ。

デュークに私の存在が気づかれたようだし、ここは大人しく表に出るべきね。

 

 

「ユーリ。あまり女性を追い詰めてはいけないと思うの」

 

 

物陰から出てきた私を見るなり、彼女は目を丸くした。

こんなところで再会するとは思いもしなかったでしょうね。

でも、状況が状況よ。嘘は苦手だけれど、彼女を知られるわけにはいかなかったわ。

 

 

「女の子の日って、辛いものよね」

 

 

私がぽっと出で放った嘘に、慌てふためく彼女たち。

あら、本当にそうだったの? 偶然ってあるものね。

 

 

そうしているうちにも、彼女たちの仲間たちがやってきた。

とても賑やかな人たちで、バウルには申し訳ないくらい、楽しませてもらったわ。

 

 

彼女の人間関係もおおよそ把握できたし、ユーリの傍にいれば、大丈夫よね。

ええ、彼女が始祖の隷長である確率が高いが今、その力の断片を見せなければ。

 

 

そんな私の思惑を知らない桜は、バルボスが持つ嵐を起こす魔導器の前へ躍り出た。

魔導器のエアルが吹き荒れる中、デュークと私だけは気づいてしまう。

ここで、始祖の隷長の能力を行使しようと言うの?

 

 

皆に気付かれてしまったら厄介なことになる。

彼女の意図をいち早く察知したデュークによって、幸い回避できたけれど。

始祖の隷長の疑いがある中で、自覚のないまま、桜を1人にしてしまったら、彼女の身が危うい。

 

 

これはバウルだけじゃない、他の始祖の隷長たちにも相談する必要があるわね。

フェローあたりは、ちょっと気が引けるけれど、これは彼女と始祖の隷長のため。

私は一時桜たちの元から離れて、まずはバウルに彼女のことを話して聞かせた。

 

 

彼は桜について行くことに、快く賛成してくれたわ。

傍にいて、彼女を観察し、守ってやるべきだと。いざという時、味方になってあげられるように。

バウルもついているから、彼女には安心してと伝えて欲しいって。

なんだか、嬉しそうねバウル。桜をお友達になるつもりかしら。

 

 

バウルの許可も出たところだし、早速桜の元へ行こうとしたら、フェローがダングレストに現れた。

目的は、エステルとおそらくは桜。

 

 

バウルが桜の力が濃くなったと警笛を鳴らす。

私は取り急ぎ、フェローと話をつけた。2人のことは、ひとまず私に任せて欲しいと。

 

 

フェローは少し思案した後、エステルには猶予を与えてくれること。

そして、桜には近く迎えに行くと。人間たちに彼女は任せてはおけないと言われたわ。

ちょっと融通が利くと思ったのに、相変わらず人間を信用していないのね。

 

 

そして、流れというか、桜のこともあって、私はギルド「凛々の明星」の一員になった。

これで名目上、ギルドのメンバーとして、彼女を守り、陰ながら導くことができるわね。

 

 

早速、ヘリオードの宿屋にて、彼女に今どんな状況にあって、どうしたいのか相談しようとしたの。

けれど、ユーリに見つかって叶わないまま、翌日を迎えてしまった。

……本当に、彼女に関しては鋭い人。

 

 

ヘリオードの様子を探っているうちに、人探しが始まって、下層部へ向かうことになった。

唯一の道である昇降機に見張りの騎士がついているとわかって、無難に強行突破を申し出たのだけれど、カロルの色仕掛け作戦に乗ることにしたわ。

やるのは私ではなく桜。私がやってもいいのだけれど、それじゃあ、面白くないわよね。

 

 

桜を服を脱がせる時に、一通り身体を調べたのだけれど、彼女の玉のような肌には、なんらおかしなところはなかった。

やっぱり、彼女の中にある魔核、正確には聖核が形成されていることこそが、始祖の隷長でる証拠なのかもしれない。

本来は、途方もない時間をかけて、"始祖の隷長が命を落とした時"に形をとるもの。

 

 

聖核はとても貴重で、なかなか手が入らないものよ。

それ故に、金か研究心の為か、聖核を狙う輩は確かにいる。

そんな連中に目を付けられ、聖核を奪われてしまったら、彼女は……駄目ね、ネガティブな考えはよしましょ。

 

 

短い間ではあるけれど、彼女には好意が芽生えてきたところだもの。

そう、からかったり、弄ったりして、照れたり、恥ずかしがったりする様が、とても新鮮で心地よい。

現にこうして、ドレスを着飾った彼女の恥ずかしがる姿が、どんなに可愛らしいことだと思う?

 

 

あのクールに構えていたユーリが持て余すくらいと言えば、わかりやすいかしら。

そんなに桜の姿が嬉しいのなら、私たちも理性も何もかも突破らって、お持ち帰りしてしまえばいいのに。

私、応援しているわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君に背を向けてツッコむ

 

最大のボケが虚しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国とギルドの境目にあるとも言える振興都市 ヘリオード。

この街は2層で構成されており、上層は騎士団本部や商店、宿屋が立ち並び、下層には住宅街ができる予定である。

 

私たちは、ティグルを探し出すため、"頑張ってヘリオードで建築業を営んで、行く行くはヘリオードで貴族エンジョイライフ!"などと嘘広告謳っている帝国騎士団隊長キュモールの企てを突き止めるため、下層部を目指していたのだが。

そこに経ち憚るのは、一人の見張りの騎士。

 

当然のごとく、強行突破を提案するリタやジュディス。

しかし、全てを穏便に済ませたいカロルの提案によって、騎士相手に色仕掛け作戦を決行することになったのだ。

 

何を隠そうこの私で。

 

おお! 常日頃子供扱いされてきた私も、ついに性別が認識される時がやってきた!

ミジンコ並みの魅力が発揮される時がきたのだ!!

 

……どうしてこうなった。

私はなんの変哲もない……こともないけど、表向きはフツーの女子である。

何を期待しているんだ貴様らは。

こーいう時こそ、ユーリの無駄に放たれてる色香を活用すべきだろう、そうだろう!?

その露骨に色気を漂わせる鎖骨と胸元は、何のためにある!?

 

私の意に反して、やる気満々の女性陣により、私は胸も脇も足もサックリ割れた布面積が致命的な黒いドレスの痴女に変身させられ、公衆の面前に晒さしてしまう。

終始逃げようとしたものの、乗り気の女性陣によってことごとく阻止され、発案者のカロルはゴーサイン出し、ユーリに至っては知らんぷりで、全然目も合わせてくれないし、酷いありさまだった。

 

問題の作戦も、私のプラマイゼロの色香が発揮しないどころか、フレンに連れてこられたシャイコス遺跡の重要参考人だとバレてしまって、さあ大変。

品行方正、容姿端麗、文武両道の三拍子そろった完璧帝国騎士団隊長フレンにでも知られたりしたら、今度こそこの旅は強制終了して、帝都ザーフィアスへ監禁されてしまう。

 

最終的にユーリが見張りの騎士を殴り飛ばしたので事なきを得たんだが、……この見張りの騎士、喋ったりしないよな。騎士団の情報網は侮れない。

そもそも、初めっからこうしてユーリが騎士をぶっ飛ばしていれば、私がこんな生恥晒さなくても良かったのではないか。

 

 

「ただ半裸になって恥をさらしただけじゃないか。……死ぬ」

 

「いいじゃないの。いい経験させてもらって」

 

 

いつものローブに着替えても、過去は消えないと嘆いていると、クリティア族の美女ジュディスが気休めにもならんことをのたまってきた。

ヘリオードの中央、結界魔導器が静かに起動している中、人通りのない広場にて、気絶している騎士を傍らに今後について話し合う私たち。

そんな中で、未だ先刻の名残で視線を気にする私には、この不思議お姉さんの思考は計り知れないでいた。

 

 

「どこが良いんですか。ジュディス」

 

「ユーリと体を重ねることができたことかしら」

 

「からだ? 重ねる?」

 

「重ねてねぇよ」

 

 

ジュディスの言葉の意味も分からないでいると、傍で聞いていたユーリが眉をひそめて否定した。

私がユーリにタックルして、ボディタッチしてしまったことはあるが、あれが重ねたになるのだろうか。

ジュディスにとっては私はおろか、ユーリのリアクションは、予想外だったのか、首を傾げた。

 

 

「あそこまで確かめ合ったのだから、勢いで最後までいってもよかったのに」

 

「確かめ合ったって、あれのどこをどうみてそう思えんだよ」

 

「まだ収まらないんでしょう。だって、まだまともに桜のこと、目も合わせてないじゃない」

 

 

ジュディスの言う通り、普段着に切り替えても、ユーリは私になかなか目を合わせてくれない。

自分の姿を見回してみたものの、どこにもおかしなところはないのだが。

私は彼に不機嫌にするような言動でもしたのだろうか。

 

 

「ごめん、ユーリ。私、何か癪に障ることしたかな」

 

「オレのことは、気にしなくてもいいよ。それより、フレンの件はどうするんだ」

 

「そ、そうだった。この騎士が変な噂広めちゃうかも……っ」

 

「殺ってしまいます?」

 

「安易に殺すな」

 

「でも、これを放置して、困るのは桜です」

 

「その私を現在進行形で、しこたま困らせているのは誰だエステル。人を指さしてこれとか言うな。

それ以前に、私の携帯であの醜態を納めて広めようとしているのは、あんただろ……っ」

 

「見せるのはフレンだけなので、大丈夫です」

 

「十分大丈夫じゃなくなった! 削除するから、今すぐ返却しろ!」

 

「いけません。これはフレンが心行くまま楽しむまで、お預けだとお話したではありませんか」

 

「尚悪いわ!!」

 

 

エステルに携帯を取り上げられてからというもの、ずっとこの調子なのだ。

彼女のことである。本当にフレンに私のエロ写真という劇物で、目つぶしテロを起こしかねない。

必死にエステルに返すよう訴えていると、リタが私の肩をがっしり掴んだ。

 

 

「仕方ないわ」

 

「帝国騎士団全滅の危機を仕方ないで片付けないで!」

 

「あんたの写真を拝もうものなら、アホ騎士諸共粉塵にしてやるから」

 

「どんな地獄絵図だよ!?」

 

 

親指おっ立てて、これで大丈夫でしょとのたまうリタに、私は戦律を覚えた。

エステルがグロ画像を拡散し、騎士団をぶっ潰す傍から、リタが加熱処理するとか、なんつうえげつない拷問なんだ。

どうしよう。フレン隊の明日が見えない。

新隊長の未来を憂いていると、ユーリは大きなため息をついた。

 

 

「頼むから、その写真は永遠に封印しとけよ。

フレンのヤツが変な気を起こしかねないからな」

 

「嘔吐で気絶ですね。わかります」

 

「わかってないだろ。あんなもん、フレンが拝んだ日には……。

まあ、あいつに会う日なんざ、早々ないだろうが」

 

「フラグ立てないで……!」

 

「オレがついてるから、フレンには手を出させないよ。

でだ。色仕掛け作戦の次は、昇降機で下層への侵入なんだけど」

 

「乱暴は禁止! 慎重に、だよ!」

 

「わーってるよ、首領」

 

 

見張りの騎士をぶっ飛ばした前科のあるユーリが下層への侵入を試みたところ、カロルが慌てて止めに入った。

ここまできたら、もう下手な小芝居うたずに強行突破で良いと思うんだが。

その辺りは、従順なのか、ユーリは自分がのした騎士の襟首掴んで、ある提案を持ち出してきた。

 

 

「桜も頑張ったし、オレも一肌脱ぐか」

 

「脱ぐの?」

 

「ああ」

 

「マジか……。今度はユーリの色仕掛けなのか」

 

「あら、そうなの? 素晴らしい見世物ね」

 

「ちげーよ! ちょいとこいつの鎧を拝借してだな……」

 

 

ユーリはそういうなり、私たちが見守る中、気絶している騎士を引きずって、建物の裏路地に行ってしまった。

物陰に隠れて何をしているのか。そろそろ怪しくなってきた頃、一人の騎士が現れた。

深緑と茶色のラインに、銀金色に輝く肩甲とブーツを履いた、闇夜のロングヘアーが靡かせる美青年騎士。

 

 

「似合わない」

 

「直球のご感想、ありがとうよ。

オレもこんなの着たかねぇんだけど、一人くらい変装が必要だろ」

 

「ユーリなら、もっとカッコイイ騎士の衣装があっても良いのに」

 

「ホントは褒めてたのかよ」

 

「貴方もこのくらい素直になればいいのに」

 

「バカ言え。桜はこう見えて、相当の頑固者だぜ」

 

「少なくとも、着飾った異性に賛辞を送るくらいの礼儀はあるわよ」

 

「礼儀がなくて悪かったな。生憎、オレは下町育ちなんでね」

 

「同じ下町育ちの可愛い騎士さんなら、桜のあの姿を見ても、きちんと感想を述べてくれると思うの」

 

「あいつの場合は、言葉より行動に」

 

「――おい! こんな時にそこで何油を売っている!?」

 

 

ジュディスとユーリが睨み合っていると、一人の騎士が酷く慌てた様子で駆けつけてきた。

もしかして、見張りの騎士を倒したのがバレたのだろうか。

私たちが顔を見合わせていると、ユーリがごく自然に騎士に返事をした。

 

 

「お? そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

「詰め所が大変なことになっているんだぞ!」

 

「なんだ。大変なことって?」

 

「……ここでは、話すことができないだろう。ほら、ついてこい!」

 

「なるほどね。了解! ちょっくら行ってくるわ」

 

 

何か含みを見せる騎士から何かを察したのか、ユーリは私たちが止める間もなく、騎士と共に騎士団本部の方へ向かっていった。

置いてけぼりを食らった私たちは、しばし呆然としていたが、ふと私だけ異変を感じる。

ユーリが向かった方角から、ファンヒーターを浴びたような生温い感覚がしたかと思うと、微かな疲労が全身を這った。

 

 

「この感覚は、結界魔導器と同じ……?」

 

「エアルって言うの、桜? 結界魔導器のエアルは抑えているはずよ」

 

「ううん。結界魔導器じゃない。あっちの方から」

 

 

私が指さした先、騎士団本部へと意識を集中させると、確かにエアルの収束を感じた。

段々と大きくなるエアルの波が、私に危険だと急き立てる。――ユーリが危ない。

 

 

「ユーリ!」

 

「あ! 待ちなさい、桜!」

 

 

リタの制止を振り切り、私は一目散にユーリが向かったであろう騎士団本部へ駆け出した。

近づくにつれて、エアルが少しづつ強くなるのが分かる。

人通りが少ない路地を突っ切り、騎士団本部の前までやってくると、案の定入り口の見張りの騎士に止められた。

 

 

「待ちなさい! ここは危険だ。今すぐ安全な場所へ避難しなさい」

 

「すみません! ここにユーリが……っ!」

 

「ゆーり? 当施設に知り合いでも在籍しているのですか」

 

「う。ええっと、……中で魔導器が暴走したりしてませんか?」

 

「魔導器? 貴方はもしや魔導士でしょうか」

 

「そうなんです! キュモール……様に頼まれて」

 

 

中にいるかもしれないユーリが心配で、咄嗟に嘘をついてしまった。

首に拡散魔導器つけてるし、ホーリィリングにソーサラーリングにシルククロークとくれば、魔導士にみえなくもないかも。

しばらく顔を合わせていた騎士であったが、すぐさま道を空けて、騎士団本部の中へと誘ってくれた。

 

 

「失礼致しました。キュモール様が手配して下さった、魔導士とは知らず……、早く中へ」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「では、こちらにどうぞ」

 

 

騎士に誘われるまま、騎士団本部に入ると、まず飛び込んできたのは、世話しなく応接間と倉庫の間を駆けずり回る騎士たちだった。

よくよく神経をとがらしてみたら、倉庫の中からエアルの終着点が感じ取れる。

まるで爆発寸前のポップコーンみたいな感覚がして、私は迷わず倉庫に飛び込んだ。

 

 

「ユーリ!」

 

「桜! なんで着いてきた?」

 

 

木箱やタルが囲う倉庫の中心で、拳大の丸い魔導器が警告色のように真っ赤になっており、すぐ傍でユーリが人払いをしていた。

溜まりに溜まったエアルが放出しそうだ。結界魔導器ほどではないが、近くにいて無事でいられるような規模ではない。

 

 

「ユーリ! 今すぐ魔導器から、ここから離れて。もうすぐ大きなエアルの波が来る!」

 

「エアル? 波だって?……なんかヤベェことになってると思ったら、そういうことか!」

 

「早く!」

 

「お前も来るんだよ!」

 

「うあっ」

 

 

私の警告を聞いたユーリは、すぐさま私の腕を引っ張って倉庫から飛び出した。

このまま騎士団本部へ脱出できれば助かる、と思っている矢先、私たちと誰かがすれ違う。

栗色のショートカットに、ヘアバンド替わりのゴーグルをつけた小柄な少女、リタ・モルディオだ。

 

 

「リタさん!?」

 

「あった! 桜がエアルというからには、あると思ったのよ!

こんなことになっちゃって、可哀そうに……っ!」

 

 

彼女は今にも暴発しそうな魔導器へ躊躇することなく近づくと、ヘリオードの結界魔導器の時と同じように、操作盤のようなものを展開した。

リタが制御してくれるんだろうが、爆発まで時間がない。

 

 

「リタさん。魔導器が持たない! 早く外へ!」

 

「待って! もう少し、もう少しなの」

 

「リタ! 前にもここで同じ目に遭っただろ! また大怪我するつもりか?」

 

「大丈夫……大丈夫だから、同じ術式?

なら、きっと結界魔導器の時のように大人しくできるはずよ」

 

 

魔導器を一心不乱に操作するリタには、私たちの言葉は届かないようだ。

オーバーヒート寸前の魔導器の停止なんて、到底間に合わない。……いいや、間に合わせることはできないか。

魔導器への流れ込むエアルを食い止めさえすれば、少しは時間を稼げるかもしれない。

 

 

(やってみないと。迷っている暇はない!)

 

 

私は身を固めて、一心に思い、願った。

 

――思い出せ、あの時のことを。

ここにはユーリやリタがいる。

危険な目に遭わせるわけにはいかない。

こんな私でも、彼らにできることがあるんだ。

 

周囲のエアルが淀み、留まり始める。

もうちょっと、もう少しだ。

頑張れ、私!

 

 

「桜。ここは、リタに任せて……桜!?」

 

「……とぉっ!?」

 

 

私の声に応えるように、周囲のエアルが我が身に振りかかり、私はその場で腰から下が崩れ落ちてしまった。

ユーリが両肩を支えてくれるが、急激なエアル酔いが容赦なく私を蝕みむ。

回る世界、遠のく床、ふらつく上半身を両手で這いつくばって耐えていると、間もなくして、身体が軽くなった。

 

 

「できたわ! これでもう安心よ」

 

 

リタの歓喜の声を聴いて、顔を上げると、そこには私と同じくへたり込んだリタと静かになった魔導器があった。

どうにか、暴走を免れたようである。人間なんでもやってみるもんだ。

……いや、人間やめかけているんだっけ、私。

ホッと胸をなでおろしたのもつかの間、心配そうな表情のユーリが私の顔を覗き込んできた。

 

 

「無事か、桜?」

 

「なんとか、平気」

 

「ひどく辛そうだったが……」

 

「ただのエアル酔いだってば」

 

「ただの、ね」

 

 

思わず口癖がでそうになって言葉を選んだはずなのに、ユーリの黒い瞳が私の目を捕えて離さない。

彼はいろいろと勘が鋭いところがある。もしかしなくとも、私は怪しまれてるのか。

私が始祖の隷長になりかけているなんて知れたら、非常にまずい。

尚も目で探ってくる彼に困っていると、リタが魔導器を回収しながら、私たちを睨んだ。

 

 

「2人とも、何見つめ合ってるの? イチャつくなら、他でやんなさいよ」

 

「い、イチャついてない!」

 

「おっと、照れるなよ」

 

「照れてもないよ!! ていうか、リタさん、さりげなく魔導器回収しない!

それ騎士団のものでしょう?」

 

「これ、兵装魔導器よ。こんな怪しい使い方されるなんて、放っておけないでしょ」

 

 

ホブローブラスティア? 聞いたこともない単語を突き付けられて、私は返す言葉を選んでしまう。

そうこうしているうちにも、外へ避難していた騎士たちが戻り始めていた。

ユーリも気づいたのか、私の腕を引っ張り上げて立たせると、踵を返して私たちを外へと促す。

 

 

「よし、もう立てるな。詳しい話は騎士団本部の外で、皆と合流してからにしようぜ。

どうせ、お前らのことだ。1人で突っ走ってきたんだろ」

 

「いやあ、私はキュモールの魔導士ってウソついてみたら、あっさりと」

 

「あたしは正々堂々と真っ向からぶっ飛ばしてやったわ」

 

「……それは早く逃げた方が良いのでは」

 

「……こいつは本当に反省の欠片もないんだな」

 

 

帝国騎士団の皆さんをご丁寧に武力行使してドヤ顔するリタを私とユーリで引き摺って騎士団本部を飛び出し、外でまごついている皆と合流したのであった。

特にエステルは皇女であり、無断で旅をしている身だ。駆け付けたくとも、場所が場所なだけにできなかったのだろう。

私たちが皆の輪に戻るや否や、彼女は安堵の笑みを浮かべた。

 

 

「3人とも、無事でよかったです」

 

「ああ。なんとか、な」

 

「うん、なんとか」

 

 

エステルに生返事をするも、ユーリの目は私をしっかりばっちり捕らえていた。

ユーリの視線が痛い。

なんだこのお兄さん、一時は目も合わせてくれなかったくせに、私が臥せった途端、あついしせんを寄越すようになって。

大量の冷や汗を流す私に気付いたのか、ジュディスはユーリへと微笑みかけた。

 

 

「大好きな女の子に、熱い視線を送るようになるなんて、随分と進展があったのね」

 

「あったのか怪しいもんだ。

うちのお嬢さんの堪え性にも参ったもんだよ」

 

「女は秘密が多い方がモテるのよ。前にも言ったけれど……」

 

「詮索するな、だろ。けど、オレは嫌われてでも聞き出すって言ったよな」

 

「なになに? 2人して内緒話してるの?」

 

「大人の話だよ、カロル」

 

「えーっ? どうせ桜の話なんでしょ。……ひょっとして、ユーリ、桜に嫌われてるの?

仕方ないなぁ、首領であるボクが聞いてあげるよ」

 

「おい、カロル」

 

「それで、桜はユーリのどこが嫌なの?

ユーリのことだから、正直に話しても、大丈夫だよ」

 

「デリカシーがないところ」

 

「だってさ、ユーリ」

 

「……」

 

「自分で言っておいて、いざ直面してみると、思った以上にダメージがあるものよね」

 

 

私が率直な意見を述べると、ユーリはバツが悪そうに私からそっと目を逸らした。

カロルが仲裁に入ったところで、根本的に解決は望めないので、状況はあまり変わってないんだが。

そんな私たちを差し置いて、ジュディスはリタに先の件を問いかけてきた。

 

 

「それで。飛び出して行ったからには、何か収穫はあったのよね」

 

「ええ。騎士団本部から、兵装魔導器をいくつか見つけたわ。

持ってこれたのは、暴走しかけていたこの子だけだけどね」

 

「リタさん。そのホブローブラスティアって何?」

 

 

いい加減ユーリとの空気が辛くなってきたので、無理矢理話題に入ってみた。

私の気持ちなど知ってか知らずか、リタは理路整然と魔導器の説明をしてくれる。

 

 

「攻撃用魔導器。大型重火器や複雑な機構を搭載した魔導器で、ケタ違いの威力があるんだけど、その分エアルの消費が激しいの。この子はその一部よ」

 

「攻撃って、そんな危ないものなの? 武醒魔導器とは違う?」

 

「全く別物。こんな物騒なもの集めてるなんて、キュモールってヤツ、ますます怪しくなって来たわね」

 

「危険なものなんだ。……核みたいなものかな」

 

「桜。よくわかってないようだけど。

兵装魔導器はギルドと帝国の微妙なつながりを壊しかねない兵器なんだよ」

 

 

リタの説明に加えて、カロルの解説が入り、私は何とか騎士団の状況が理解できた。

騎士団はギルドと友好を謳っておきながら、周囲を脅かしかねない兵器 兵装魔導器を目下ヘリオードで保有していることが。

私に講釈をしてくれたカロルも、やっと事態を把握できたのか、顔を真っ青にした。

 

 

「え? もしかして、友好協定はウソっぱち?

ダングレストに攻め込むつもりじゃ……」

 

「そんなことはないはず、はずです。

友好協定は、ヨーデルとアレクセイが賛同しているのですから……」

 

「どうせキュモールのバカがやっているんだろ。

ギルドとの約束なんて、屁でも思ってないんだろうぜ」

 

「キュモールって騎士。ホントにダングレストを襲う気なのかな。

ここに集められた人たちは、一体何させられてるんだろ」

 

「桜を監禁したクソ野郎だ。リタの話を聞いてっと、またロクでもねぇこと企んでやがるな」

 

「きっと今も魔導器たちをかき集めているに違いないわ。早く止めないと!」

 

「皆、それぞれ目的を掲げるのはいいのだけれど。私たち、何か忘れていないかしら」

 

 

リタが今にも昇降機の方へ向かおうとした時、ジュディスが注目とばかりに小さく人差し指を掲げた。

私たちは、ケラスとポリーの依頼でティグルを探していたんだ。

山積みの問題に完全に気を捕らわれていた。

 

 

「ティグルさん、探し出さないと。下層にいるんだよね」

 

「キュモールの件も気になるが、まずはそっちだな。昇降機へ向かうぞ」

 

「ユーリ。くれぐれも慎重に、だからね」

 

「了解っと。……向こうの出方次第だがな」

 

 

カロルが念を押すも、ユーリはすでに戦闘は避けられないと言った風であった。

相手はキュモール、話が通じる相手だとは思えない。

かくして、私たちは結界魔導器の広場にある昇降機へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

街の中央に位置する結界魔導器の広場は、相変わらず閑散としていた。

いつもの黒服に着替えたユーリと皆で早速下層へ向かおうとしたのだが、先頭を歩いていたリタが私たちの行く先を片手で制した。

何事かと、昇降機の方へ目をやると、そこにはパープルとピンクの配色が大変目によろしくない服装をしたド派手な騎士と、つい最近ガスファストロで遭遇した前髪のわかめが気になる貴族風体の男が昇降口の傍にいた。

 

 

「キュモールと……イエガー?」

 

「桜、隠れろ」

 

 

呆然とする私をユーリはその腕を引っ張って、皆と共に結界魔導器の影へと引きずり込んだ。

イエガーはバルボスの所にいたはずだ。

もしかして今回のキュモールの件には、彼のギルド 海凶の爪が絡んでいるのか。

私たちが警戒して、耳をひそめる中、騎士と男の会話はラジオのように進んでいく。

 

 

「おお、マイロード。コゴール砂漠へゴーしなくても本当にダイジョウブですか?」

 

「ふん、アレクセイの命令なんて耳を貸す必要はないね。

僕はこの金と武器を使って、全てを手に入れるのだから」

 

「その時が、ミーが率いる海凶の爪の仕事、褒めて欲しいですよ」

 

「ああ、わかってるよ、イエガー。

君もわかっているんだろうね。シャイコス遺跡の娘の件だけれど」

 

「イエス、イエース! バルボスのところでは、思わぬハプニングで取り逃がしてしまいましたが、次こそはゲットして見せまーす」

 

「あの男、ユーリ・ローウェルが邪魔しなければ、今頃は僕の手中にあったのに。

桜の探索と確保、くれぐれも抜からないでね」

 

 

私の確保……? まだ私のことを狙っているのか。

ラゴウといい、バルボスといい、私を使って何を企んでいるのだろう。

ユーリが握る私の腕が少し強くなって、驚きながら彼の横顔を覗き見ると、険しい面持ちで連中を睨みつけていた。

 

 

(ユーリ?)

 

(なんでもないよ。まだあいつらの話が続いてる)

 

「ミス桜をゲットのネクストは! ミーが売ったウェポンで、ユニオンにアタックね!」

 

「ふん、ユニオンなんて僕の眼中にはないかな」

 

「ドンを侮ってはノンノン、彼はワンダホーなナイスガイ。それをリメンバーですヨ~」

 

「おや、ドンを尊敬しているような口ぶりだね」

 

「尊敬はしていマース。バット、海凶の爪の仕事は別なのですよ」

 

「ふふっ……僕はそんなキミのそういうところが気に入っているのさ。

でも心配ない。僕は騎士団長になる男だよ?

ユニオン監視しろってアレクセイもバカだよね。そのクセ、友好協定だって?」

 

「イエー! オフコース!」

 

「僕ならユニオンなんてさっさと潰しちゃうよ。君たちから貰った武器で!

そう、こんなところでつまづく僕じゃないんだ! 桜を手に入れれば、全てが上手くいく」

 

「フフフ……。イエス、イエース」

 

 

2人は悪代官とその商人のような会話を中央広場で披露すると、昇降機で下層へ降りて行ってしまった。

私を手に入れたら、全ては上手く……? 妙な言いがかりだ。

去り際、イエガーがこちらを見て笑っていたような気がしたが。

キュモールとイエガーの姿が完全に見えなくなってから、私たちはぞろぞろと結界魔導器から出てきて各々表情を硬くする中、リタが憤慨しながら地団太を踏んだ。

 

 

「あのトロロヘアー、あたしたちに気付いて笑ってやがったわ! あの前髪ぶっちぎる!!」

 

「トロロヘアー?……も、気になりますが、キュモールが未だに桜を狙うのは何故でしょう。

最初はフレンへの嫌がらせと思っていましたが、どうにも様子が変です」

 

「私を手に入れれば、全てが上手くいく……って。

しがない一般女子捕まえてどうするつもりなんだろう」

 

「桜って、エアルに弱かったり、身体の中に魔核があるし、やっぱり普通じゃないんじゃ……」

 

「カロル」

 

「ご、ごめん。けど、キュモールの狙いが分からないよ」

 

 

ユーリに窘められて、カロルは申し訳なさそう私に謝ってきた。

私でも十分異常だと思っているので謝られることはない、とはいえ、カロルの言う通り、キュモールが私を狙う理由に心当たりが全くない。

まさか、私が始祖の隷長に変わりつつあるのが関係しているのだろうか。

どこでそんな情報を手に入れたのか。そもそも始祖の隷長なんて捕まえて、何の利益があるのだろうか。

連中の企みを探るには、あまりにも私の情報が少なすぎる。

 

 

「分かることと言えば、キュモールの隣りにいたのは、イエガーってことかな」

 

「奇っ怪な喋り方してたヤツだな。

確か、バルボスの時にも、そんな名前を聞いたか」

 

「ラゴウに雇われ、バルボスと組んでいた海凶の爪とか言うギルドの首領で。

……私にエアルの実験をしようとしたヤツね」

 

 

私が告白するなり、皆の表情が凍りついた。

私がバルボスに監禁された部屋に訪れ、逃げる私を容易く捕まえてきた挙句、ひとまずエアルを照射しようなんて言ってきた、あのイエガーだ。

彼のバックがバルボスではなく、キュモールだったなんて想定外。いいや、ただの鞍替えか、とか唸っていたら、ユーリが拳を握りしめて静かに呟いた。

 

 

「……なんで桜なんだ」

 

「ユーリ?」

 

「いや、大したことじゃないよ。

しっかし、これでイエガーの野郎も叩く必要が出てきたな」

 

「ラゴウ、バルボスが過ぎたと思ったら、次はキュモールにイエガー。とんだモテ期ね」

 

「う、嬉しくない」

 

「桜にはフレンがいますので、這い寄る有象無象の方々には、丁重にこっ酷くめった刺しにして、あの世へお引き取り願うべきです」

 

「フレンさんはもういい」

 

「将来有望、眉目秀麗、文武両道の3セットで今がお買い得ですよ」

 

「完全無欠の彼に、私が支払える代償はない」

 

「安心してください。桜のお色気写真があります!」

 

「安心できるか。嘔吐不可避だ! 直ちに削除しろ!!」

 

「嫌です」

 

 

頑なに拒絶している傍から、エステルが水戸黄門の印籠の如く例の携帯写真を繰り出してきたので、速攻取り返そうとしたら、避けられてしまった。

初めて確認したが、ばっちり撮られている。なんつうスキルを発揮するお姫様なんだ。

ここで永遠彼女と鬼ごっこしていても切りがないし、私のことを議論したところで、こうも情報が少なければ進展は望めない。

 

 

「ここでウダウダ考えていても仕方ないし、まずはティグルさんを探し出しましょう」

 

「そうだな。キュモールのバカは、後から絞め上げて聞き出すっとするか」

 

「ダメだって、ユーリ。騒ぎを大きくしないでって言ってるじゃん」

 

「とりあえず、労働を強いられている人を見つけたら、助けるようにしましょ」

 

 

ジュディスは一つ提案すると、一同が頷くのを見てから、エステルの方を流し見た。

 

 

「ここには放っておけない病の子がいるもの」

 

「桜が恋の病です!?」

 

「あんたのほっとけないクセだよ! どこから恋なんてとんでもねーもんぽっと出したんだ!」

 

「桜がフレンを想う気持ちからです!!」

 

「そんなもんねーわよ! 妄想も大概にしろよ! これ以上フレンさん困らせないで!!」

 

「困らせてるのはフレンの方だろ……」

 

「フレンだけなのかな……」

 

「フレンだけなのかしら」

 

「寧ろ、あんたがどーかしてるわ」

 

「なんだよ、お前ら。揃いも揃って。

桜、エステルと遊んでないで、さっさと人探しに行くぞ」

 

「あ、ちょっと……っ。また腕引っ張らないで、自分で歩けるから」

 

 

ジュディスとカロル、リタの謎のトリプルコンボを受けたユーリは、居たたまれなくなったのか、私を連れて、昇降機の方へ歩き始めた。

なんだか、毎回彼に振り回されていないか、私。

ユーリに連れて行かれる私を仲間たちは生暖かい目で見ていた。

 

 

「また桜を引っ張りまわして。困らせてるのはユーリの方じゃん」

 

「一緒になるには、やっぱりお互いどこまで許せるかよね」

 

「大丈夫です。フレンは心が広いですから」

 

「エステル。本気で言ってるなら、今すぐ戻って本人に桜の写真見せてみたら?

――絶対桜を攫いに来るわよ」

 

 

だからそれは止めろと言ってるだろうに……っ。

フレンとの再会を心より拒否る私とその一行は、様々な問題を抱えながら、昇降機で下層の労働キャンプへと向かった。

 

 

 

 

 

長い昇降機を降りていくと、点々と張られたテントといくつも積み重なった荷袋やタル、木材、騎士が労働者たちを虐げる姿が見えてきた。

労働者はここで生活を強いられているようで、大人から、小さな子供までいる。

日本のそれとは段違いの醜悪さに、私は見間違いかと思わず目をこすった。

 

 

「何これ。私より、小さな女の子が働かされてるの?」

 

「聞きしに勝るってヤツだな。相変わらず趣味が悪いぜ」

 

「見ていられません。助けに行きましょう!」

 

「待ってよ、エステル! ああもう! 慎重にって言ってるのに」

 

「こんな状況で大人しくしている娘じゃないって知ってるでしょ。あたしたちも行くわよ!」

 

 

突然駆け出したエステルをリタ、カロルを初め、皆で追いかけていると、騎士と散らばった洗濯物、うずくまる幼い少女が見えてきた。年の頃は、カロルより少し下か。

必死に衣類を拾い集める少女に、騎士の罵倒が容赦なく振りかかる。

 

 

「何を休んでいる! キュモール様の言いつけで工期が一か月以内となったのだ。

貴族になりたくば、グズグズせずに働け!」

 

「止めてください」

 

「何だ貴様」

 

「マーシーワルツ」

 

「ごふぉっ!?」

 

 

少女を罵っていた騎士の頭からみぞおちに至るまで、エステルの優雅なスマッシュコンボが深々とのめり込んだ。その威力たるや、騎士の鎧が歪み、へこみ、悲鳴さえ許さないほどである。

皇女に文字通りボッコボコにされてひれ伏す騎士。それを足元で確認した皇女は、声高々にこうのたまった。

 

 

「成敗です!」

 

「問答無用かよ! いや、女の子放置できないのはわかるけど」

 

「桜に汚い世界を見せたくありませんので」

 

「えらいみみっちい動機だな!」

 

「まあ、見てて気持ちいいもんじゃないよな」

 

「私の心ひとつで、この世全てがエステルの術技の猛威にさらされて堪るか」

 

「ねえ、大丈夫? 騎士に酷い目に遭わされたみたいだけど」

 

「あ、ありがとう。お兄ちゃんたち」

 

 

カロルが気遣って手を差し出すと、少女はかなり委縮しているようで、自分の足でよろよろと立ち上がった。怪我は見当たらないようだが、憔悴しているように見える。

ジュディスも見て取れたのか、もっともな提案をしてきた。

 

 

「騎士1人倒したところで、状況は変わらないわよ。

まずはこの子を安全なところへ避難させるべきじゃない?」

 

「となると、上層ってことになるが。ホントにこいつ1人か?

……親はいないのか」

 

「そうだね。確認しないと。

――ボクはカロル。君の名前は? お父さんか、お母さんはどこ?」

 

「わたしはリリィ。……お母さんは、別のところで働いているの。

お父さんは、騎士様たちに見張られて、たくさん殴られて……っ」

 

「ごめん、ごめん。大丈夫だから」

 

 

両親の行方を問われ、小さな肩を震わせる少女リリィが見ていられなくて、私の胸に仕舞い込んでしまった。

よっぽど辛い目に遭ってきたのだろう。リリィは私の腕の中で、すんすんと泣き始めてしまう。

少女の話からするに、母親は無事だろうが、父親の方が危ないかもしれない。

 

 

「ユーリ」

 

「わかってるよ。ギルドはひとりのために、だろ。首領もいいよな?」

 

「もちろんだよ! 慎重解禁」

 

「何よ。その変な造語」

 

「つまりは、桜の視界に入る前に、全てを殲滅しろということですね」

 

「まあ、過激」

 

「過激の一言で片づけないで、ジュディス」

 

 

このお姉さんに、それを望むのは無駄のようだ。

ツッコミ要員は私とカロルだけかと絶望しながらも、私たちはリリィの父親を助け出すために動き始めた。

尚、こちらは私とリリィというお荷物がある。

無駄な戦いは避けてつつ、リリィの案内で、テントや荷物の森を掻い潜っているうちに、ひとつの作業場に辿り着いた。

そこでは、男たちが荷物の運搬や建物の骨組みなど、力仕事全般を担っているようで、力尽きて倒れる人が現れようなら、リリィのように騎士の折檻が始まる。

リリィは、そのうちの1人の男に気付くと、私の腕の中から飛び出そうとした。

 

 

「お父さん!」

 

「駄目。貴方が見つかったら、お父さんが困るんだよ」

 

「でも、お父さんが……っ」

 

「オレたちがちゃっちゃと終わらせてくるから、お前たちは大人しくなってるんだぞ」

 

「期待していて待っていてください。

泣いて止めてくださいと命乞いをしたところで、さっくさくと悪党の息の根を止めてきます」

 

「止めて、幼い子供にスプラッタ披露するの」

 

「じゃあ、私は桜たちと一緒に物陰から貴方たちの雄姿を拝んでいようかしら」

 

「ああ。桜たちの護衛は頼む。いくぞ、ラピード!」

 

「ワウ!!」

 

 

騎士たちの人数はざっと3人、数ならこちらの方が上手だ。

ユーリたちが迫ってきていることも知らない騎士は、尚も労働者、リリィの父親を虐げ続けていた。

 

 

「労働中の逃走はむち打ち100回、一晩水漬けの刑だ。

さぼったら、わかってるだろうな」

 

「ひっ! お助けを……っ」

 

「労働を放棄しておいて、許しを乞うとはけしからん奴だ」

 

「し、しかし、殴られて、もう腕が上がらず……」

 

「言い訳は聞かん。キリキリ働け!」

 

「……そんくらいにしとけよ」

 

 

騎士がまさにリリィの父親へ拳を振りかざした時、ユーリがそれを掴んで止めた。

真打ち登場に、騎士は一瞬戸惑うものの、すぐに腰の剣を抜く。

 

 

「なんだ貴様は!? 我らキュモール隊に楯突くとは言語道断! 成敗してくれる!」

 

「へっ! 望むところだ! やるぜ、お前ら」

 

「言われなくとも、振りかかる火の粉は、一人残らず粉みじんよ!」

 

「火の粉を作ったのは、ユーリなんだけどなぁ」

 

「細かいことはいいのです。桜がこの世界を好いてくれなくてはいけないというこの重大な時に、こんな酷い場面を見せつける失態をおかすなんて……っ!

彼女の目も心も汚れる前に、キュモール隊は潔く大地の肥やしになってもらいます」

 

 

私が世界を好きになる件、まだ諦めてなかったのな、エステル。

そこからはユーリたちの独壇場であった。もともとキュモール隊が弱かったのか、数的にも不利だったにもあり、ユーリたちが瞬く間に蹴散らしていく。

カロルが最後の騎士を吹っ飛ばしたところで、安全を確認すると、私は少女を解放した。

 

 

「ほら、もう大丈夫。お父さんのところへ行ってあげて」

 

「うん、ありがとう! お姉ちゃんたち!……お父さん!」

 

「ああ、リリィ! リリィ! 無事でよかった……っ」

 

 

父親は娘リリィを見つけると、その腕で深く抱きしめた。

しばらく親子の再会を見守っていた私たちであったが、こう騒ぎを起こしていては、他の騎士たちにも見つかってしまう。

エステルは間に入って、父親の怪我に治癒術を施し始めた。

 

 

「応急処置になりますが、これで動けるようになるはずです」

 

「助かりました……。娘まで助けて頂き、怪我まで直して頂けるなんて」

 

「いえ。それにしても、貴方たちはこんなところで何の仕事を?」

 

「ダングレスト侵攻のための軍事基地の建設です」

 

 

その言葉に、私たちは顔を見合わせた。

昇降機でのキュモールとイエガーたちの話は、本当だったのか。

カロルは信じられないとばかりに、再度リリィの父親に尋ねた。

 

 

「そんな、ホントに帝国がダングレストに……?

この街は貴族のために作られてるって触れ込みじゃなかったっけ?」

 

「それは表向きの話です。本当はここに巨大な施設をつくろうとしているのです」

 

「兵装魔導器をかき集めてる件、ダングレストの侵攻。真実味が帯びて来たわ」

 

「ティグルさんやこの人たちみたいに、貴族になれるなんて触れ込みで人を集めて、軍事施設建設に無理矢理働かせてるってことよね」

 

「こんな状態じゃあ、逃げ出したくもなるわけだ。これもキュモールの指示でやらされてるんだよな」

 

「はい」

 

 

ユーリの問いに父親は深く頷いた。

おかしい。ダングレストのユニオンとは友好協定が結ばれるはずなのに、賛同者であるアレクセイがキュモールに監視しろとか命令しているし。

その上、人々を騙して、ダングレスト侵攻用の軍事施設建設とか、キュモール単独にしては、やることが大きすぎやしないか。

 

 

「アレクセイさんは、キュモールのこと、どこまで把握しているんだろう。

ユニオンを警戒しているようだし」

 

「どうやら友好協定も一筋縄ではいかねぇようだな」

 

「立ち話は後にでもできるわ。騒ぎになる前に、ここの人たちを逃がしてしまいましょ」

 

「そうですね。キュモールは桜にこの世界の醜態を見せた罪は重いので、サンドバックにした後、簀巻きにして滝つぼに落とす刑に処しますが」

 

「お姫様自ら帝国騎士を私刑にしてどーする……」

 

 

エステルの殺る気はともかく、リリィ親子とティグルを含めた労働者たちの解放が先だ。

私は元気を取り戻したリリィの父親に、空かさず駆け寄った。

 

 

「すみません。リリィの母親……奥さんの居場所はどこですか?」

 

「ここのどこかのテントで働かされているはずですが」

 

「家族をバラバラにして、逃げ出さないようにしてるってわけか。悪知恵だけは働きやがる」

 

「解放した人たちを優先しましょ。流石に皆を抱えて、満足に戦えるとは思えないわ」

 

「そうだね。リリィ。お母さんは私たちが絶対助け出すから、お父さんと一緒に上層へ逃げてくれる?」

 

「本当?」

 

「本当。見てたでしょう。このお兄ちゃんたち、すごく強いから。キュモール隊なんて、へっちゃらよ」

 

「わかった。なら、上でお姉ちゃんたちとお母さんを待ってる」

 

「偉いね。リリィ」

 

「ありがとうございます……! ありがとうございます!」

 

 

私がリリィの頭を安心させるように撫でていると、父親が深々と頭を下げた。

自由になった労働者たちを昇降機へと案内した後、私たちは再び労働キャンプの奥へと突き進んでいく。

テントの数が多くなってきたところで、あの耳障りな喋り声が聞こえてきた。

 

 

「働け! 働けって言っているだろ!!」

 

「も、申し訳ございませんっ」

 

 

一際大きなテントの前、ヒステリーな罵声を浴びせるキュモールと、その足元で倒れている男性、ティグルがそこにいた。

反射的にテントの陰に身を隠す私たちは、相手の状況を確認するため、周囲に目を凝らす。

そこには、ティグル1人相手に、キュモール、そしてイエガーと赤いゴーグルをつけた暗殺者たちが数人とまた壮観な悪役ムーヴが展開されていた。

 

 

「あら? さっきの人たちよ」

 

「赤眼の一団がいます。無抵抗のティグルさんを痛めつけるなんて世紀末を桜に見せつけるなんて、絶対キュモール許せません。わたしの手で公開処刑です」

 

「私はもういいって言ってるだろうが。

汚れた世界を嘆いてる傍から、公開処刑の時点で私がアウトだ。

ていうか、赤眼の一団って、海凶の爪のことだったんだ……」

 

「キュモールが赤眼の連中。……海凶の爪の新しい依頼主って事みたいだな」

 

 

ユーリがキュモールを睨んでいる間にも、キュモールはティグルに罵声を浴びせていた。

 

 

「サボってないで働け! この下民が! どうしてこうも鈍間なんだ」

 

「う、うう……」

 

「お金ならいくらでもあげる。ほら働け、働けよっ!」

 

「……胸糞悪ぃぜ」

 

「ユーリ。ま、待って」

 

 

キュモールがティグルの頭を蹴ろうとしたその時、ユーリはカロルが止めるのも虚しく、傍にあった石をキュモールの額に投げてぶつけた。

キュモールたちの視線が、いっきにユーリへの集中する。

エステルも堪えかねないのか、彼に続いて表へ出た。

 

 

「ユーリ・ローウェル! どうしてここに!? ……姫様まで」

 

「相変わらず、趣味のわりぃことしてやがるな。桜の監禁の次は、一般市民の虐待かよ」

 

「あなたのような人に、騎士を名乗る資格はありません!

……桜を監禁し、彼女をこのような視姦に貶めるとは言語道断です!!」

 

「視姦言うな! 労働者の皆さんに謝れ!」

 

「力で帝国の威信を示すようなやり方は間違っています!

その武器を今すぐ捨てなさい。騙して連れてきた人々もすぐに解放するのです!

そして、桜の安寧と輝かしい未来のために、大人しくここで大地の栄養になって下さい!」

 

「そこは帝国だろ! 私を代名詞に置くなよ!! 

優先順位が著しく欠如してんぞ正気に戻れ!!」

 

「忙しい子ね」

 

 

エステルの変速球に、いちいちツッコんでいたら、ジュディスが小さく嘆息した。

なら、お前が止めろ。

一方で、皇女から引導を渡されたキュモールは、少し怯むものの、エステルと私を見やり、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

「現実を知らないで、理想ばかりを語るヤツは胸糞が悪いんだよ!

世間知らずのお姫様には、ここで消えて貰おうかな」

 

「騎士団長になるって夢見てるヤツがよく言うぜ」

 

「言っていればいいさ。ここには、あの忌々しいフレン隊もシュヴァーン隊もいない。

その娘を生け捕りにするには、丁度いい」

 

「オレらは眼中にねぇってか。舐められたもんだ」

 

「わかってないね! 僕のテリトリーで暴れた以上は、死体も残らず消し去ってやるよ!

やってしまえ、イエガー!」

 

「イエス! マイロード!」

 

 

キュモールが吠えると、イエガーと赤眼の暗殺者たちが武器を構えて、私たちを取り囲んだ。

ガスファロストの時は、デュークの登場でイエガーの実力はわからず終いだったが、これでも暗殺集団の首領だ。実力は計り知れない。

イエガーは片手に握られた大鎌を鋭い眼光とともに、ユーリへと向けた。

 

 

「ユーたちに恨みはありません。バット、これもビジネスでーす!

ボーイにはバッドですが、そちらのガールはゲットさせてプリーズよ!」

 

「商売のために女の子1人を力づくで奪い取るってか?

暗殺集団が、正気の沙汰じゃねぇぞ」

 

「フフフ……。ユーは何も知らないままデッドした方がハッピーです」

 

「知ろうがなかろうが、桜を奪われなけりゃ良いだけだ」

 

「リアルにハッピー者デスね。無知は罪です。

そのボディをもって、メモリーに刻むがいいですよ!」

 

「ユーリ、暗殺者たちが来ます!」

 

「お前ら、桜を囲え! 死守すっぞ!」

 

 

エステルの悲鳴に近い警告に、ユーリが素早く指示を出すと、私を中心に皆が武器を構えた。

迫りくるイエガーと暗殺者たち、ざっと見たところ、数は互角か。

今回も例によって、私という足手まといを抱えている上、前回のようにレイヴンや超人デュークもいないときた。

 

 

「どっかに避難する? にしたって、こんな乱闘状態でどこへ? せめてソーサラーリングで援護を……」

 

「あんたは動かないで、じっとしてる!」

 

「リタさん。皆、守ってばかりじゃ」

 

「均衡が取れてるだけマシなものよ」

 

 

ジュディスは言うなり、接近してきた暗殺者に槍で人薙ぎ入れようとするが、大きく後ろへ跳躍されて届かない。

リタやエステルが魔術でけん制しているが、決定打にはならず、カロルだけでなく、ラピードまでも、暗殺者たちの動きに惑わされているようだ。

私の一番近くにいるユーリは、イエガーの大鎌でリーチを取られてしまい、防御で手一杯にみえた。

 

 

「ガールフレンドをガードするのではなかったのですか? エンドレスミーターンですよ!」

 

「好き勝手言えるのもそのうちだぜ!」

 

「ガッツもそこまでにして、デッドしなさい!」

 

「そうはいくかよ、ふっ飛べ!」

 

 

イエガーが大鎌を振り上げたその瞬間、ユーリが狼のようなオーラを放ち、大きく吹き飛ばした。

これだけ、私から距離を引き離したんだ。ユーリも攻撃に専念できると思った矢先。

イエガーは空中で身を翻し、大鎌を銃器に変えると、ユーリ目掛けて連射した。

 

 

「デッドプリーズ!」

 

「くっ! 中遠距離ならなんでもござれか。器用な武器持ってやがる! この!!」

 

「ベリーシット! タフネスですね!」

 

 

弾を掠りながらもユーリは、衝撃波をいくつも放ち、イエガーへ反撃を開始した。

イエガーも銃で応戦すればいいものの、撃ったのは空中からの初撃だけで、ユーリの遠距離攻撃を避けてばかりでいる。

もしや、後ろの私に当たるとまずいのか。キュモールも私を生け捕りにすると言っていたし、殺す気はないようだ。

これは逆転の機会があるかも、と考えを巡らせていると、キュモールが苛立った様子でイエガーを急き立てた。

 

 

「いつまで僕を待たせるんだい!? そこの娘以外はどうなってもいい! 早く片付けてよ!」

 

「ライトに言ってくれますが、ボーイがなかなかストロングです!」

 

「言い訳は聞かないよ!」

 

「キュモール様! 大変です!」

 

 

更に憤るキュモールのもとに、一人の騎士が駆け込んできた。

この乱闘騒ぎの中、更にいく大事がやってきたと言うのか。

怒り狂うキュモールは、やってきた騎士の胸目掛けて拳を殴りつけた。

 

 

「邪魔するんじゃないよ! せっかくやってきたチャンスなんだ。娘を逃して堪るか!」

 

「……フレン・シーフォです! フレン隊が下層に降りてきました!」

 

「フレンさんが!?」

 

 

ダングレストで別れたばかりのフレンとその隊が、こちらに向かっているのか。

渡りに船とはこのことだろう。この奇襲に、私たちは勢いを増し、キュモールの焦燥が露わになる。

 

 

「さっさと追い返しなさい!」

 

「ダメです、下調べをさせろと押し切られそうです!」

 

「下町育ちの恥知らずが……っ!」

 

「――誰が恥知らずだ」

 

 

途端、キュモールの顔を引きつった。

彼が目を見張った先、私が恐る恐る振り返ると、そこには震え上がるリリィを小脇に抱えて仁王立ちする金髪碧眼史上最強説教魔人がそこにいた。

止まる世界、固まる私たちと暗殺者、凍り付くキュモール。

狂気か冷気か、どこから吹きすさんでるのか知れない風にマントをなびかせながら、彼はゆっくり私の元までやってくるなり、この上なく柔和な微笑みをぶっ混んできた。

 

 

「桜。無事だったんだね、良かった」

 

「フ、フ、フレンさんんんんっ!?」

 

「少女から聞いたよ。優しくしてくれたんだってね。

……変わらない君で良かった。僕は嬉しいよ」

 

「私は、恐怖から笑顔なんて化学変化起こしたフレンさんの形相が怖いんですけど……っ!」

 

「キュモールに襲われて、怯えているんだね。僕が来たからには、もう大丈夫だから」

 

「私の心臓が大丈夫でない!」

 

 

微かに残った勇気を絞り出してツッコミするも、フレンはそよ風の如く流し、震える私の肩を空いた方の手で掴んだ。私が更にガクガクするのに気づいていないのか、彼は私に笑顔を傾けると、キュモールの方へぐるりと首を回した。

どんな表情だったかは、キュモールが腰を抜かすほどだと察して欲しい。

 

 

「な、なんだ!? 君は!!」

 

「キュモール。覚悟して頂きたい」

 

「わかっているのか? 僕は貴族……アレクサンダー・フォン・キュモールだぞ!?」

 

「彼女を害した罪は重い」

 

「私かよ!? 虐げられてた労働者の皆さんはどうした? 幼気な少女は!?

いい加減リリィちゃん降ろしてあげて!!」

 

「はい、桜」

 

「あ、うん」

 

 

ニッコリとリリィを私に託したフレンは、再び、いてつくおーらでキュモールに向き直った。

 

 

「お覚悟」

 

「ひ、ひぃぃっ!」

 

 

迫るフレンを前に、恐怖で動けないでいるキュモール。

本当に私刑にする気なのか、この隊長。

鬼神と化した騎士を止めるものなど誰もいないと思われたその時、イエガーがパチンと指を鳴らした。

 

 

「デビルなナイトですね。致し方ありません。

――ゴーシュ、ドロワット」

 

「はい、イエガー様」

 

「やっと出番ですよ~」

 

 

どこからともなく2人の少女が現れ、イエガーの傍へ駆け寄った。

私と同い年だろうか、両者ともツインテールが似合う可愛らしい女の子で、双子のような……いや胸のサイズが違うか。

とにかく、フレンの強烈な存在感に囚われていた私たちにとって、彼女たちの登場は完全に不意打ちだった。

 

 

「マイロード。ここはエスケープするのがベター、オーケー?」

 

「くっ! やっと騎士団長への道が見えてきたのに」

 

「――逃がしはしない」

 

「ひぃああ!?」

 

「グッバイです! ガールアンドボーイ!!」

 

 

イエガーはフレンに怯えるキュモールの襟首をひっつかむと、2人の少女に目配せをした。

途端、耳をつんざく音とともに、目を覆うような白い煙幕が辺りを覆い始める。

キュモールもろとも逃げる気か!?

 

 

「何これ? 前が全然見えない……っ。リリィ、私の傍にいる?」

 

「う、うん!」

 

「桜!」

 

 

私にしがみつくリリィを片手で抱きしめながら、煙幕をかき分けていると、誰かが私の腕を掴んだ。

慌てて引き下がろうとするも、力づくで引き寄せられてしまう。

怯えながら、頭を上げると見慣れた男が目元を緩めて私を見下ろしていた。

 

 

「安心しろ。オレだよ」

 

「ユーリ!」

 

「あんま動くな。連中がすんなり去ったとは思えねえ」

 

「ユーリ! 桜は無事か!?」

 

「……そういや、フレンのヤツもいたな……」

 

 

ユーリは私とリリィを引き寄せながらも、幼馴染の呼び声を聞いてげんなりした。

ここでフレンに見つかってしまえば、私はともかくエステルは帝都ザーフィアスに引き戻されてしまう。

まずは一刻も早くリリィとティグルの安全を確保し、私たちも退散すべき。

なのだか、それほど遠くないところから、尚も私を呼び続ける金髪碧眼の騎士の声がする。

 

 

「桜! 返事をしてくれ! 今すぐそちらへ行く!」

 

「来なくていいです……っ」

 

「桜! フレンが呼んでいます!」

 

「お前も呼ばれるんだよ、エステル。 何大声出してるの……っ」

 

「早くしないと、フレンに桜の写真を見せに行きます!!」

 

「止めんかあああああああああっ!!」

 

「おいっ、大声出すな」

 

「そこか!」

 

 

フレンに気付かれたようである。いや、落ち着いて把握している場合ではない。

私がフレンに掴まると言うことは、芋づる式でエステルも捕まってしまうかもしんないのだ。

鎧が重なる音と足音がこちらに迫り、徐々にフレンの姿が見えたかと思うと、その間を遮るように一つの影が私たちの前に現れた。

淡い桃色の髪に、白とピンクのドレスのような旅人の服をまとった女性が1人。

 

 

「エステリーゼ様!?」

 

「フレン! これです!!」

 

 

エステルは私たちとフレンの間に割って入ると、一寸の迷いもなく、フレンの真ん前目掛けて私の携帯を押し付けた。

再びこの場の時が止まる。フレンも止まった。ユーリも止まった。エステルは頭向いててわかんないが、リリィが不安げに見上げた先の私は絶叫した。

 

 

「お姉ちゃ――」

 

「見ないでええええええっ!!」

 

「な、なん、……これは……桜?」

 

「そうです! 桜の晴れ姿です! はい、どうぞ!!」

 

「晴れ……なんてっ、これは……っ」

 

「うわあああああああああああっ!!」

 

 

フレンはエステルから携帯を受け取ると、その画面を確認して、次に発狂している私を見てから、再び画面を食い入るように見つめた。

見る見るうちに顔を真っ赤にさせるフレン騎士団隊長。

お怒りか、お怒りなのか。幼馴染だから察したのか、ユーリは私の手を引いて駆け出そうとした。

 

 

「フレンが釘付けになってるうちに、とっととティグル見つけて、逃げるぞ!!」

 

「いぃやあああああああああああっ!

弁明させてくれ! あれは事故だ! これは皇女の策略だ! 私は被害者なんだよ!」

 

「わかったよ。わかったから、少しは落ち着けって、な。桜」

 

「お姉ちゃんも騎士のお兄さんにびっくりしたの? どうしたの?」

 

「だってええええっ! フレンさんがああああっ!!」

 

 

煙幕が薄まるにつれて、少しずつ彼の姿が露わになる。

顔は耳まで真っ赤になり、肩をわなわなを震わせながら、携帯画面をガン見するフレンの姿が。

 

 

「……ユーリ。君が付いていながら、これは一体……。

いや、君がついていたから、彼女はこんな魅惑……でなくて、こうになったのか」

 

「誤解だ、フレン。これはその場の勢いというやつだよ。……オレは無実だ」

 

「その場の勢いで、彼女をこう至らしめたのか」

 

「至らしめたのはジュディスたちだ。……オレはなんもしてねぇよ」

 

「言い逃れも大概にしてくれ。これを目の前にして、平然としていられるわけがないだろう」

 

「桜の写真見て興奮するのはわかるが、ちったぁ落ち着け」

 

「か、彼女の写真で、興奮なんかは……っ!」

 

「やっぱりグロ画像だったか!」

 

 

フレンが否定するのを聞くなり、私は頭を抱えた。

予想はしていたが、現場を目の当たりにすると、結構傷つくもんである。

そんな私を気遣ってか、フレンは必死に言葉を取り繕ってきた。

 

 

「違うんだ、桜! 僕は決して、君の身体で欲情したとかではなく……っ!」

 

「嘔吐を我慢しなくてもいいですよ、フレンさん。私もう心得ていますから、はい嘔吐用袋」

 

「どこから用意してきたんだい、その袋。ではなくて、僕は君の……その、晴れ姿が……」

 

「目を逸らしてまで頑張らなくてもいいですよ。倒れるなら、どうぞお引き取りになってからで」

 

「せっかくまた出会えたのに、遠回しに帰れとか言わないでくれるかい。

君を怒らせてしまったのなら、すまない。……とても、綺麗だと――」

 

「ユーリ! 桜もリリィも無事だったんだね」

 

 

急にもじもじし始めるフレンを遮って、カロルが元気に駆け寄ってきた。

彼の後ろを見やれば、ジュディスにリタ、ラピードも怪我も少なく大事に至らなかったようだ。

但し、交戦していた暗殺者やイエガー、キュモールの姿が見えない。

 

 

「皆、逃げられちゃったのかな」

 

「キュモールを殺るのでしたね。忘れるところでした」

 

「忘れるなよ。いや忘れといて、できれば永遠に」

 

「どっちなの。トロロヘアーたちを追うなら今のうちよ」

 

「待って! ボクたちの仕事はティグルさんを助け出すことなんだよ!」

 

 

リタがヘリオードの外へ足を運ぼうとすると、カロルがダメだと首を横に振った。

何を企んでいるのか知れないキュモールやイエガーを放置することはできないし、かといってティグルやリリィを置いてはいけない。

この究極の選択に対して、ジュディスはごく平然とある提案をしてきた。

 

 

「なら、そこでたじたじになっている可愛い騎士さんに任せたらどうかしら」

 

「たじたじ……。な、なんのことでしょうか」

 

「あら。貴方、桜の身体を見て、感じない方なの」

 

「か、感じ!?」

 

「もうすぐ貴方の隊が、ここの人たちを助けに駆けつけてくるのでしょう」

 

 

ジュディスの言う通り、昇降機の方角から、騒がしい音が聞こえてきた。

フレンの部下たちか。フレンの独走について、そろそろソディアの堪忍袋の緒がきれるかもしんない。

内心穏やかでない私に気付かないのか、ユーリは近づく騎士たちの足音を確認し、ジュディスの意図を察すると、カロルへ向き直った。

 

 

「リリィもティグルも全部にフレン隊に片付けさせる、ね。それでいいか、カロル」

 

「いいよ。エステルが今にもいっちゃいそうだもん」

 

「すみません」

 

「追うなら急ぐわよ! あいつの前髪ぶち抜いてやる!!」

 

「僕に片付けさせる? ユーリ。まさか君たちは、キュモールを追うつもりか」

 

「悪いな。後を任せる形になっちまって」

 

「わかった。但し、エステリーゼ様、貴方はどうかお城へお戻りくださ――、エステリーゼ様?」

 

「桜のケータイは返してもらいますね。

これからたくさん桜の思い出をフレンに届けますので許してください!」

 

「止めて止して止めろ。これ以上私の醜態を携帯に刻むな……っ!

あ、リリィちゃん。元気でね!」

 

「うん! お姉ちゃんもいってらっしゃい!」

 

 

エステルはフレンから掠め取った携帯を片手に颯爽と街の外へ駆け出し、私はリリィに挨拶を交わして、即座に彼女を追いかけた。

ユーリもフレンに片手でゴメンしながら、私たちの後を追う。

 

 

「というわけで、フレン。後は頼んだわ」

 

「待て、ユーリ! 彼女とは――」

 

 

後ろでフレンが何か叫んでいるが、私たちが街の外に出て、平原を走っていくうちに、それも徐々に遠退いていく。青空の下、木々の間を縫って、かつてないほど走った私は、途中ユーリに手を引かれながらも、エステルを追いかけた。

どれだけ走ったであろうか、ユーリに引きずられる形にまでなったところで、やっと彼女の足が止まる。

 

 

「……見当たりません」

 

「あんだけもたもたしてたんだもの。完全に逃がしちゃったわ、あんのトロロヘアー!」

 

「結局、ボクたちどこまで来ちゃったんだろう」

 

「トルビキアの中央部の森ね。トリム港はここから東になると思うわ」

 

「ヘリオードには、フレンがいるからな。

戻るより、このままトリム港へいた方がよさそうだ。桜は平気か?」

 

「なんとか……」

 

 

ユーリに尋ねられた私は、息を整えながら、なんとか答えた。

武醒魔導器のお陰か、元々彼らの身体能力が高いのか、息切れ一つしていない。

エステルの方は、未だ元気いっぱいで、ユーリに異を唱えた。

 

 

「キュモールをどうするんです!? 放っておけば、また人々に危害を加えます!

桜がこの世界を好きにさせる計画が粉微塵に……っ。殺ります」

 

「殺るなよ」

 

「世界の肥やしにします」

 

「一緒だろ」

 

「エステル。貴方、フェローに会うのが目的だと思ったのだけれど」

 

「ジュディス……、そ、それは」

 

「貴方のだだっ子に付き合うギルドだったかしら? 凛々の明星は」

 

「そんなことありません……、でも」

 

 

ジュディスに諭されて、言葉を選び始めるエステル。

放っておけない病がここまできて暴走しているようだ。

とはいえ、問題が増えて、本来の目的が霞んでしまうのも無理はない。

戸惑うエステルに、ユーリが助け舟を出してくれた。

 

 

「ま。落ち着けってことさ。

キュモールたちの件は、フレンに任せときゃ、間違いないだろ」

 

「そーいえば、フレンさんに私のグロ画像を見られたんだった!!

どどどどうしよう!?」

 

「落ち着くのは、お前の方だったか、桜」

 

 

これが落ち着いていられるか。

私はあの赤面のフレンを思い出し、羞恥心やら劣等感に襲われて、再び頭を抱えた。

あん時は、キュモールやらリリィやらいろいろあって、うやむやになってしまったが、次会った時、彼がどんな行動に出るかわかったもんではない。

私の逃避行はまだ続きそうだ。

 

 

「また変な噂が猛烈な速度で広がるに違いない!

フレンさんの耳にまで入ったら! なんて恐ろしい騎士団ネットワーク……っ!」

 

「やったもんは仕方ないよ。こうなったら、事の顛末は成り行き次第だな」

 

「他人事のように言わないで……っ!

一応これ凛々の明星の作戦なんだからね!

騎士団が私という劇物で全滅したら私たちのせいだ! 連帯責任だ!!」

 

「だ、そうだぞ。首領」

 

「全然平気だと思うけどな。……桜とフレンはともかく」

 

「ともかくで置いとかないで!!」

 

「いいじゃないの。情報共有できたことなのだし。可愛い騎士さんも大喜びだったでしょう」

 

「大激怒の間違いだろ」

 

「まあ、独り占めしたかったユーリとしては、不本意だったかもしれないわね」

 

「別に桜は誰のもんでもねぇだろ」

 

「貴方、桜の写真を永遠に封印しろって言ってたじゃないの」

 

「そりゃあ、アレ見たフレンがどんな暴走するかわかったもんじゃねぇからな。

……色仕掛けの下りを知ったら、どんな目に遭うか……」

 

「――色仕掛け? おっさんにももっと詳しく!!」

 

 

ジュディスの話を聞いてユーリが唸っていると、何故かその隣で胡散臭いおっさんことレイヴンが聞き耳を立てていた。ざんばら髪を一つに纏め上げ、異国風の衣装をだらし気に着こなした、齢30代半ばの代名詞が「怪しい」で片付く一人の男。

突然の彼の登場に、皆がおののく中、ユーリとジュディスだけは、平然と立ち振る舞っていた。

 

 

「おっさんはどこからでも湧いてくるんだな」

 

「色仕掛けって何よ。もしかして、ジュディスちゃんがあんなことや、こんなことをしたってーの?

いつどこでだれにどんな風に!?」

 

「期待されて嬉しいわ。でも、色仕掛けをしたのは、桜なのよ」

 

「不思議少女が!?」

 

「私を見るな!」

 

「ついにあれやったの?

両拳を口元に当てて"お願い"とかしちゃったりしたの? 青年相手に?」

 

「そんな可愛いもんじゃなかっただろ……」

 

「それとも何? 胸の谷間を作って、上目使いで"ユーリ"とか迫られちゃったりしたりして」

 

「……あのな、おっさん」

 

「当たってたの? 不思議少女がその胸を……っ!

しかも上目遣いで!? おっさんにもやってプリーズ!」

 

「やらねぇよ! そんな世紀末羞恥プレイやってたまるか!

私の自尊心が瞬時に蒸発するわ! てか、ユーリにもやってないよ!」

 

「自覚ないんだな……」

 

「青年も苦労してるのね」

 

「おっさんのせいで、これから更に苦労させられそうなんだけど。一体何しに来たんだよ」

 

 

私にお色気を求めるレイヴンに、ユーリは大きなため息をついた。

こう見えても、このおっさんは大手ギルド 天を射る矢の参謀である。ただ私で遊びに来たわけではないだろう。

問われたレイヴンはユーリと同じく、ため息をついた。

 

 

「お前さんたちが元気過ぎるから、おっさん、こんなとこまで来るはめになっちまったのよ」

 

「どういうこと? ボクたち、ヘリオードの労働者を解放したばかりだよね。他に何かしたっけ?」

 

「ま、トリム港の宿へ行って、ひとまず落ち着こうや。

そこでちゃんと説明するから。おっさん腹減っちまって……」

 

「オレも賛成だ。桜も連続で野宿は辛いだろ」

 

「そうね。そろそろベットで休みたいかも」

 

「そんじゃあ、鍋焼きうどんで」

 

「野宿でいいです……」

 

 

ユーリからさも当然のように晩御飯をリクエストされて、私は改めて星空の下でお休みをお願いした。

料理って、結構労力使うんだぞ、わかってるのかお前……っ!

しかし、食には目がない皆にとっては、聞き捨てならないようで、特にエステルとジュディスが目を輝かせた。

 

 

「桜が鍋焼きうどんです? 是非ご馳走になりたいです」

 

「良いわね。私も疲れたし、体が温まるものを食べたいわ」

 

「何? 不思議少女、料理作れるの? なら、おっさんも頂こうっと。あ、味は薄目でね」

 

「作らないよ! トリムは漁港の街でもあるんでしょ! 地元の料理を堪能しなさいよ!!」

 

「わたしは魚介類より、麺類を頂きたいです」

 

「私は桜の愛のこもった手料理を食べたいわ」

 

「俺様も桜の愛情一杯の手料理が食べたい」

 

「愛などないわ。あるのは料理名から拙い経験則で生成されるえげつない創作料理だ」

 

 

いつものようにノリノリになる皆に、私は悲しい現実を突きつけた。

まあ、鍋焼きうどんくらいならとも考えたが、私の手料理が定着したら最後、マーボーカレーのような創作料理を突き付けられるかもしれない。

もうミステリーフードなんてまっぴらごめんだと言っていたら、ユーリはふと思い出したように、私に尋ねてきた。

 

 

「考えてみたら、お前、レシピ無しで作ってるんだよな……」

 

「料理かどうかは別として、大抵の食べ物は適当に味付けして、具材を適切な大きさに切って、火加減とタイミングで決まるもんでしょ。カレーなんかレシピなんて必要ないし。

……いや、こっちの料理は別だから。料理名前で妄想して作ってるから。レシピの原型止めてるか怪しいですから」

 

「要は、ある程度は自分の舌で作れると。舌が肥えてるのか。……才能だな」

 

「でしょ! ボクの目に狂いはなかったんだよ」

 

「しがない女子高生捕まえといてそれはない!

致命的に狂ってる! 常軌を逸してる! 皆の胃袋がカオスってる未来が見える!」

 

 

胸を張るカロルに、私はまたしても自身のハードルを下げ始めた。

才能だか知らないが、フレンの料理はミルク類で魔改造しただけだし、マーボーカレーもカレーとマーボー豆腐を混ぜただけ。

これまでやってきたことが奇跡なのだ。

私の不安など構わず、レイヴンは両手を組んで、私に近づいてきた。

 

 

「桜ちゃんの新たな一面が知れて、俺様超感激。で、色仕掛けなんだけど……」

 

「しないよ! ニヤニヤしながら近づくな!!」

 

「桜。このおっさんぶっ飛ばしてもいいわよね? 構わないわよね? ――殺るわ」

 

「いいじゃん。おっさんだけ、除け者にしないでよ」

 

「ここで張り倒しておいて、何もなかったことにするものいいわな」

 

「んだよ。怖い、青年。俺を出し抜こうとしたって無駄だよ。

俺がここにいるのも、首領の命令だからね」

 

 

レイヴンはユーリの鞘攻撃を軽々避けると、私とエステルをチラ見した。

まさか、私を天の射る矢の元で匿う件でやってきたのか。それにしては、エステルまで巻き込むのはおかしい。

私と同じく疑問を抱いたのか、ユーリは攻撃の手を止めて、怪訝な表情でレイヴンを睨んだ。

 

 

「桜の件は、前に断ったはずだが。まだ裏に何かありそうだな」

 

「話はトリムの宿屋でってば。おっさん、走りっぱなしで疲れたから」

 

「それじゃあ、皆、トリム港でいいわね」

 

「うん!ドンの話が気になるし! トリム港へ出発、ったぁぁい!?」

 

「仕切るなガキんちょ! おっさんが何企んでるのか、まずは疑ってかかるべきでしょ」

 

 

ドンが関わってると知って張り切るカロルの脳天に、リタの鉄拳が降りかかる。

私もレイヴンの話は気になるんだけど。

エステルは先の件で気後れしているのか、深々と私たちに頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、わがまま言って。まずはトリム港で、情報をまとめましょう」

 

「わかってくれればいいのよ」

 

「エステルの気持ちもわからなくもないからね」

 

「じゃあ、行くか、桜」

 

「そうだね……」

 

 

ユーリに促されて、私は重い足を運んだ。

レイヴンやドンが、私やエステルで何を考えているのかわからない。

けれど、今は当初の目的通り、トリム港で船を手配し、デズエール大陸のコゴール砂漠にいるフェローに会いに行かなければいけない。

フェローに会いさえすれば、私のことや始祖の隷長について詳らかになるかもしれないんだ。

その時、私は、ユーリや皆はどうするのだろうか。

何度も頭の中でめぐる懸念を胸に、私は皆とともに、トリム港へ向かった。

 

 

 

 

■続く■




色仕掛けのお話からのプレッシャーで胃が潰れそうになりながらも、描きたいものを綴りました。短時間で勢い殺さないように、頑張りました。頑張ったはず。
いろいろフラグ回収しつつ、新たにフラグをぶち立てていく自殺行為をしておりますが、気にしない!!
唯一気にしているのは、スマホとパソコンで同時作成していたら、イエガーの奇怪な台詞によって、予測変換がカオスになったことです!!
いつ事故るかわからない怖い。

TOVプレイ中は、全然気にしなかったイエガーの喋り方、いざ文章に起こそうとすると本当に大変です。
でも、描きたいことがたくさんあるので、頑張らせて頂きます!

次回はトリム港から、できれば幽霊船手前までいけたらなぁ……と思っています。
それではまた。



瑛慈 翔
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