明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第33話】私は影の彼女は光の

ヘリオードに初めてついた時から、ずっと悩んでいたけれど、ついに、ボクは自分のギルドを立ち上げることができた。その名も「凛々の明星」。

エステルがつけてくれた、夜空にあって、一番強い光を放つ星なんだって、カッコいい名前!

 

 

ギルドメンバーは、一緒にギルドを作ってくれたユーリ、桜とジュディスの4人だ。

ユーリはなんてったって強いし、頼りになるし、ジュディスだって負けないくらい腕も立つ。

桜は戦えはしないけれど、ユーリと一緒の方が良いし、すっごく料理ができるもんね。

 

 

誰が見ても恥ずかしくないギルドメンバーなのに、首領がボクでつとまるのかな。

どこのギルドでも馴染めなかったボクで、ホントに上手くいくのかな。

ユーリはボクのこと首領って呼んでくれるんだけど、いまいちピンとこないというか、実感がなくて。

 

 

けど、ユーリたちとギルドを興すことができてよかった。

これから、頑張ってギルドを大きくして、ドン・ホワイトホースに恩返しするんだ。

 

 

一番初めの依頼は、エステルと桜からの「フェローに会いたい」だった。

ダングレストを襲った喋る魔物に会いにくなんて、初めからとんでもないことになっちゃったよ。

まずはヘリオードを通って、トリム港で船を手配して、デズエール大陸のノードポリカの港に着いたら、近くの街で砂漠へ入る準備をして……。

 

 

いろいろ考えていたら、ヘリオードでまた依頼を受けることになった。

ノール港で助けたティグルさんが下層で働きに出ったっきり行方不明なんだって。

しかも、キュモールっていうカルボクラムでボクたちを捕まえようとしてきた、気持ち悪い騎士が絡んでる。

その騎士は、頑張って働けば貴族になれる。ヘリオードで暮らせるなんて嘘をついて、労働者を集めていたんだ。

 

 

早速ボクたちは、色仕掛け作戦で昇降機の見張りをメロメロにして、下層へ侵入しようとしたんだけど。

あんなに桜が嫌がるとは思わなかったな。なんでそんなに自分のこと、下げちゃうんだろ。料理もそうだったしね。……まあ、自信がもてない気持ちは、ボクもわかるけど。

 

 

それに宿屋で着替えてた時、ドア越しから聞こえてくる騒ぎ声から、どんなに桜が酷い目にあってるのか、大体想像はついたしね。女の人って怖いや。

ただ着やせするとか、美乳って……。

ユーリ、クールな顔をしているのに、耳はしっかり桜たちの部屋の方へいってるよ……。

 

 

桜の晴れ姿は、想像以上に凄かった。大人が喜びそうな、際どいドレスが大胆で、いつもの桜じゃないみたい。リタと同じくらいの年齢なのに全然……ううん、なんでもない。なんでもないよ、リタ!

あのユーリだって、一生懸命我慢していたくらいだから、色仕掛け作戦は成功間違いなしだよね!

 

 

けれど、実際に見張りの騎士に桜を行かせたら、正体がバレちゃって、襲われそうになっちゃった。

ユーリが騎士を殴って、桜は助かったんだけど。……結局、強行突破になるんだね。桜には申し訳ないことしちゃったよ。

 

 

途中で騎士団本部にユーリが行ってしまうトラブルがあったけど、その時に騎士団が兵装魔導器を集めていることを知った。

昇降機で下層に向かうキュモールと海凶の爪の首領イエガーの話を聞いていると、ダングレストに攻め込むとか言ってたし、友好協定はどうなっちゃうの?

しかも、「桜を手に入れれば、全てが上手くいく」って一体なんのことだろう。

 

 

ラゴウもバルボスも桜のこと狙っていたし、そもそも桜って何者なのかな。

シャイコス遺跡の重要参考人で、騎士団の管轄下にあって、良いところのお嬢さんらしいけれど、エアルに弱いし、身体の中には魔核があるし、どう考えても普通じゃない。

ギルドメンバーとして、いっぱい知りたいことがある。いつも傍にいるユーリがそれを知るために旅をしているって言ってたから、ボクも協力するしかないよね。

 

 

そんなことを考えながら、下層へ向かい、リリィとそのお父さんを助けて、次はティグルさんになった。

一番大きなテントの前で、ティグルさんを見つけたんだけど、キュモールやイエガー、その部下たちまで揃ってて、とても助けられる状況じゃない。

なのに、ユーリのわからず屋が、キュモールに石をぶつけてしまって、結局戦いになっちゃった。

 

 

キュモールは、ボクたちはどーでもいい感じて、桜だけを狙っているようだった。

桜には悪いけど、向こうが手出しできないうちに、ババッと反撃しないと、ボクたちがやられちゃう。

そんな際っきわの状況で、真打がやってきたんだ。

 

 

フレン・シーフォ。

帝国騎士団隊長で、下町出身、ユーリの幼馴染だ。

フレンはリリィを脇に抱えて、ボクたちの前に現れた。

……多分、上層でリリィから事情を聴いたところ、おそらく、桜の話題が出て、きっと、文字通り飛んできたんだろうな。

 

 

実際、戦っていたボクたちを素通りして、まっすぐ桜の元まで行くと、嬉しそうな笑顔を浮かべたんだもん。

桜を狙っていたキュモールにだって、すっごい怖い顔で睨んで、ボクも思わず腰を抜かすところだった。

 

 

イエガーたちが煙幕を使って逃げる時もそうだった。

しばらくパニックになったのも少しの間だけ。白い煙が引いて、皆の姿が見えてきだした頃、桜が大声出して顔を隠してて、フレンが桜のケータイを食い入るように見つめて、プルプルと肩を振るわせていたんだ。

うん、もうわかるよね。フレン、桜の写真見ちゃったんだ。

 

 

なんだか気まずい雰囲気だったけど、この騒ぎに流されちゃいけない。ボクたちはティグルさんを助けて依頼を達成しなきゃいけないんだ。

ボクは慌てて、桜たちの元へ駆けつけた。

早速、ティグルさん助けるように言ったんだけど、エステルが今にもキュモールたちを追いかけそうにしてたから、後のことはフレン隊に任せて、ボクたちはあいつらの後を追ったんだ。

 

 

でも、トルビキアの中央部の森までやってきたのに、キュモールたちを見つけることはできなかった。

トリム港が近いから、初めの予定通り、そっちへ向かおうとしたんだけど。

どこからともなく天を射る矢のレイヴンが出てきて、ドンの命令だって言ってきたんだ。

 

 

あのドン・ホワイトホースがわざわざボクたちみたいなギルドに何の用だろう。

とっても気になる。ひょっとしたら、ボクたちギルドを売り出すチャンスかもしれない。

ボクで役に立てることなら、なんだって頑張るよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は影の彼女は光の

 

果てまで憑いていくのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドの勢力が強いトリビキア大陸の東に位置する港町 カプワ・トリム。

港町さながらの賑やかな街並みと心地よい潮風、星々に照らされる水面が、夜の宿屋の窓から臨むことができる。

カモメの鳴き声とさざ波の音が良い雰囲気を醸し出していて、状況が状況でなければ、最高のリゾート気分を味わっていただろう。

 

 

「なのに、なんで皆揃いも揃って、熱々のうどんすすってるの」

 

 

カプワ・トリムの宿屋の一室にて、凛々の明星メンバーであるユーリ、カロル、ジュディスにアスピオの天才魔導士リタ、皇族のエステル、天を射る矢の参謀レイヴンが雁首揃えてテーブルを囲い、黙々と私が作った鍋焼きうどんの麺をすするシュールな光景は、さながら黙食必至の頑固飯屋そのものであった。

更に、ユーリの足元でラピードがうどんの具材を細かく刻んだ犬飯をガツガツと食いついている音が止めを刺している。

私が思わず箸を置いて異を唱えると、黒髪の美青年剣士ユーリは麺をすすって、じっくり咀嚼し、少し汁を口にしてから言い切った。

 

 

「美味いからいいだろ」

 

「よくねーわよ。何の我慢大会だよ。サラリーマンの孤独なグルメかよ。

ここは地元の海鮮料理で舌鼓を打つところでしょう」

 

「美味しいからいいのよ」

 

「美味しいからいいんだよね」

 

「美味しいですよ。桜」

 

「冷めないうちに食べないとね」

 

「おっさんの疲れた身体に、桜ちゃんの愛が染みるわ」

 

「残念それは幻覚だ」

 

 

レイヴンが麺を飲み込んで、しみじみのたまったので、私は空かさず否定した。

私たち、正確には凛々の明星のメンバーとリタは、エステルの依頼でフェローに会いに行くため、彼がいると言うコゴール砂漠を目指いしていた。

その経緯で、トリム港へ向かう途中、私たちについてきたのがこの怪しさ大爆発のレイヴンである。

 

 

「レイヴンさん。この空気で紛らわそうとしても無駄だから」

 

「桜ちゃん。そんな怖い顔しないの。可愛い顔が台無しよ」

 

「ドンさんの命令だか何だか知らないけど。また私を攫いに来たんじゃないでしょうね」

 

 

以前、ノール港のラゴウの屋敷に侵入する際、このおっさんは私を攫った前歴がある。

理由はドンの命令で私を天を射る矢で匿うためであったのは、後から知ったんだが、それはとっくにユーリが断ったはず。

なのに、こうしてのこのこと顔をだしてきたのは、どう考えても怪しい。

私がじっと睨んでいると、レイヴンはとぼけた顔で目を逸らしていたものつかの間、観念して、こっちへ向き直った。

 

 

「そんな熱い視線を送ってくるなんて。さては俺様に惚れたのかい」

 

「死ね、おっさん」

 

「ぎゃーっ! 七味攻撃とか止めてリタっち!!」

 

「ふざけてないで、さっさとじいさんの命令とやらを聞かせろよ。その為の場だろ」

 

「あーっ。せっかくの桜ちゃんの料理が危うく七味付けになるとこだった」

 

「おっさんまとめて水で薄めてやろうか」

 

「やめて、青年。ケトル一杯の水ぶっかけようとするの」

 

 

両手でケトルを構えるユーリに、レイヴンは後生大事に鍋焼きうどんを抱えて防御した。

駄目だこのおっさん、話が進まない。トリム港の宿屋で話そうと言ったのはレイヴン自身じゃないか。

尚も私が睨んでいると、彼はうどんをテーブルに置いて、麺を一口すすって、箸で鍋を突き始めた。

 

 

「せっかく不思議少女のうんまーいうどん堪能してるんだから、そういう固っ苦しい話は後でしない?」

 

「一緒にメシ食わせてやってるだけ、かなり妥協してるんだけどな。

話す気ねぇなら、今すぐうどん取り上げるぞ」

 

「止めてよ、そーいうの! ったく、せっかちな青年。おっさんが食べ終わるまで待てないの」

 

「桜。これのお代わりあるか?」

 

「ないよ。ユーリはたくさん食べると思って、結構盛ったつもりなんだけど」

 

「へぇ……。これはおっさんの分をいただくしかなねぇかな」

 

「あげないったら! ……なんか愛の偏差値を垣間見たわ」

 

「愛などない」

 

 

ユーリた大食いなだけだ。量で言えば、育ち盛りのカロル、好物であろうエステルやジュディスの分は多めに入れてある。

これ以上、足りないと言うなら、宿屋のご飯で我慢してもらうしかないのだが。

ひょっとして、レイヴンも鍋焼きうどんが好きなのだろうか。

 

 

「レイヴンさん。足りないなら、私の分食べてもいいよ。私、少しでいいから」

 

「え? 分けてくれるの? 桜ちゃん、やさしーっ」

 

「止めなさいよ、桜。おっさんに優しさはいらない」

 

「お前、ただでさえ、ここんとこ小食が続いてんだ。食べれる時に食べておけよ」

 

「桜ちゃん。食が細いの?」

 

「平気。最近、すぐお腹一杯になっちゃって、胃が小さくなったみたい」

 

「ふーん……」

 

 

私がお腹を擦って、もうお腹が一杯だと伝えると、レイヴンは自分の顎に手を添えて、私を上から下まで見つめた。

なんなのだろう、私が変なことでもしただろうか。ユーリの言う通り、最近食欲がだんだん減ってきたのは認める。夜の寝つきが悪いのも、きっと緊張が続いているせいだと思うんだが。

意味も分からず、齢30半ばの整っている眉目、その翡翠の瞳に見つめられて、私は差し出したうどんを手放しそうになった。

 

 

「レイヴンさん?」

 

「いや、無理なダイエットはいけないよ。大切な部分までしぼんじゃう」

 

「どこ見てんだ。おっさん」

 

「やんっ! 俺様に言わせる気なの? 青年ったら、エッチ!」

 

「殺すか」

 

「せめて桜ちゃんの胸……もとい、腕の中でお願い!!」

 

「殺すぞ」

 

「止めときなよ、ユーリ。相手にするだけ無駄さ。

ドンの命令っていうのも、どうせ桜に近づくためのウソなんでしょ」

 

「魅力的な動機だけど、ウソじゃないよ」

 

「ホントかなぁ。レイヴンだもん」

 

「少年、何その疑いの代名詞。

ま。個人的に桜ちゃんに会いたかったのは、否定しないけどね」

 

「やっぱり、桜狙いじゃねぇか」

 

「可愛子ちゃんのために河を超え山を超え、颯爽とピンチに駆けつける。これ、男の醍醐味でしょ」

 

「おっさんの存在自体が桜のピンチだ」

 

 

レイヴンの茶番に付き合いきれなくなったのか、ユーリが刀を掴む。

そこから殺気を感じたのだろう、レイヴンは止めてとばかりに両手を上げた。

 

 

「暴力反対! 青年ったら、不思議少女のこととなると、見境がなくなっちゃうわよね」

 

「あ?」

 

「なんでも!? だから、武器おろして!

あ、桜ちゃんの分のうどんはいいよ。気持ちだけ受け取っとくわ」

 

「いいの?」

 

「ご飯は一緒に食べてこそ楽しいってね。

女の子が美味しそうにご飯食べてる姿って、とても魅力的なもんだよ」

 

 

レイヴンはそう言うと、鍋を握る私の両手にそっと手を添えて破顔した。

思ったよりごつごつしていて、大きな手のひらに、ちょっぴり驚きながらも、私は頷き、大人しく自分の席に戻る。

レイヴンは皆の痛い視線を受けながらも、うどんを一気にすすり、汁を飲み干して、椅子に大きくもたれかかった。

 

 

「はーっ、食べた食べた。美味かったわーっ。ごちそうさん!」

 

「お粗末様でした」

 

「あんがとね。桜ちゃん。

もっと味わって食べたかったけど、ここは桜ちゃんの鍋焼きうどんと優しさに免じて、ささっと説明しちゃいましょうか」

 

「勿体ぶってないで、とっとと説明しろ」

 

「わかったから、そう睨まないで。野郎に見つめられても嬉しかないわ」

 

「これ以上、うちのお嬢さんの目を汚すわけにはいかねぇだろ」

 

「やだ。焼いてるの?」

 

「おっさん」

 

「はいはい。手短にね。ドンから俺に下した命令は3つ。

ひとつはエステルを見てこい。ふたつはノードポリカの総領ベリウスに手紙を届けること」

 

 

レイヴンは説明しつつ、懐から一通の手紙を取り出した。

エステルを見てこいとはどういう意味だろうか。ベリウスという名前には聞き覚えがあるような。

皆は理解しているのか、黙ってレイヴンの話に聞き入っていた。

 

 

「そして、3つ目が桜ちゃんの護衛ね」

 

「護衛か。ドンのじいさん、あん時断ったの、まだわかってねぇでやがるな」

 

「じいさんの名誉のために言わせてもらうけど、別に青年たちを信用してないってワケじゃないのよ」

 

「何企んでやがる」

 

「企んでるのは、俺じゃなくて首領の方。……帝国の動きがきな臭いって噂でね。

どうにも、それには桜ちゃんが関わってるらしいのよ」

 

「桜が?」

 

「キュモールのことでしょうか」

 

 

ユーリが険しい顔をする隣で、エステルが先刻取り逃がした騎士の名を口にした。

確かに、彼は私を生け捕りにしようとしてまで、何かに利用するつもりだったようだが。

もっと詳しくとばかりに、皆が食い入るものの、レイヴンは肩を竦めるだけだった。

 

 

「どこの騎士だか、評議会だか知らないけど。帝国側が何か工作してるのには違いない。

ユニオンとしては、ギルドから誰かつけといた方がいいんじゃないかって話になって、再び白羽の矢が当たったのが俺様。

……桜ちゃん追っかけてみれば、また厄介ごとに首突っ込んでるし、おっさんついてくるのに必死だったのよ」

 

「あら。貴方なら、桜が狙われる理由くらい、もう掴んでいるんじゃないの?」

 

「知ってたら、とっくに動いてるさ。けども、友好協定が結ばれようって時だよ。

下手打つと、この前みたいに戦争になっちゃうでしょ」

 

「おっさんに指摘されるとむかつくけど、そうよね。

ヘリオードの件を考えれば、刺激しない方が良いわ」

 

「そうそう。おっさんも野郎どもと汗のぶつかり合なんてまっぴらゴメンだけど、可愛い子猫ちゃんの面倒みるのは大好物よ」

 

「また子猫ちゃんて。私のどこにそんな要素が」

 

「桜ちゃんで子猫ちゃん、萌えるでしょ」

 

「やっぱ、ネコミミか」

 

「反応すんな」

 

 

私はダングレストに来た時のことを思い出して、発案者のユーリに冷たい視線を突き刺して止めた。

年上好きのネコミミ好きって、結構マニアックではないか、このお兄さん。

私に釘を刺されてつまんなそうにしてるユーリを差し置き、カロルが元気よく箸を挙げた。

 

 

「レイヴン。ギルドなら、もうついてるよ。ボクたち凛々の明星が!」

 

「カロル少年、ギルド作ったの? じゃあ、青年も?」

 

「うん。ボクとユーリ、桜にジュディスだよ。

皆で桜を守るから、ドンには心配ないでって!」

 

「はいそうですかって、帰れるわけないでしょ。聞いてる限りじゃ、凛々の明星って、立ち上がったばかりのギルドじゃない。

そんな駆け出しの集団に、ギルドの代表務まるの?」

 

「あ……。そ、それもそうだね。残念だな。ドンの役に立てると思ったのに」

 

「しょげないの。ギルドはともかくとして、バルボスの片をつけた件に関しちゃ、感謝してるんだから」

 

「ホント!? けど、そのバルボスも桜で何かしようとしてたんだよね。

帝国やギルドを動かしちゃう、桜って一体……」

 

「……」

 

 

カロルから疑問の念を向けられて、私自身も戸惑ってしまう。

帝国が動き出したことで、ギルドまでもレイヴンという手駒を使ってきた。

キュモールから帝国だなんて、話がまたどんどん大きくなってきている。

ふと以前、ノール港で、ユーリが言っていたのを思い出した。

 

世間では出所不明の少女でしかない私が、誰かに誘拐されたり人質にされた場合。

騎士団が大体的に対処しようとしたら、周りに"帝国騎士団動かすほどの何かが私にあるんじゃないか"と勘繰られてしまう。

 

形は多少違えど、彼が言っていた私の影響力が現実味を帯びてきたのではないか。

当時は自分はただの女子高生だと高を括っていたが、今は違う。その理由や原因も全てフェローが握ってると踏んでいるけれど。

決定的な根拠が見つからず困っている私に気付いてか、ユーリは私に向けられるカロルとレイヴンの奇異の視線を遮るように、割って入った。

 

 

「うちのお嬢さんに関しちゃ、こっちも調べてる最中なんだよ。

大方、シャイコス遺跡に関係してんじゃねぇか」

 

「そっか。重要参考人だもんね」

 

「そういうもんかね。桜ちゃん。シャイコス遺跡に魔核とかあんの? こう一抱え分のおっきなやつ」

 

「うーん。あの時は、フレンさんに助けてもらって、かなり混乱していたから」

 

「桜。おっさんに情報提供する必要はないわよ。

帝国側もギルド側も、何企んでるのかわかんないんだから」

 

「リタっちのケチーっ。簡単に聞き出せるとは思ってないけどさ。

言っとくけど、こっちだって、おたくらが桜ちゃんを守るに値しないってわかったら、さっさとダングレストに連れて帰るからね」

 

「じいさんの命令か」

 

「それもあるけど、俺様の勘ってやつ? 青年、桜ちゃんにかなり無理させちゃってるんじゃないの」

 

「適当なこと言って、下手な口実作るなよ」

 

「あれ? 桜ちゃんのことは、ずっと傍にいる青年の方が一番わかってるとおっさん気ぃ使ったのに」

 

「……そうなのか、桜?」

 

「ううん。そんなことない。ユーリにはいつも助けてもらってるよ」

 

 

心配そうにユーリから問われて、私は大きく首を横に振って否定した。

いつも危ない時に駆けつけてくれるのがユーリである。助けてもらいこそすれ迷惑なんてそんな、まあ過度なスキンシップは止めて欲しいんが。

私の抱えている問題はまた別。……ラゴウの殺人に関しては、まだなんともいえない。

あの時を思い出しそうになり、さっと目を逸らすと、ユーリは怪訝な顔をして、尚も食い下がった。

 

 

「お前の堪え性は厄介だ。こりゃあ、無理矢理にでも聞き出す必要があるな」

 

「強引な人。でも、桜には桜の考えがあるのよ。

もっと彼女を尊重して。無理強いしてはいけないと思うの」

 

「そうだね。最近はユーリに引っ張りまわされてばかりなんだもん」

 

「桜は物ではありません。一人の女の子なのです。もっと丁寧に扱うべきです」

 

「オレのせいかよ」

 

「ま。桜ちゃんがそれでいいってのなら、そういうことにしておきますか」

 

「レイヴンさん?」

 

「それで、ひとつ目のエステルを見てこいってのだけれど。

これは俺が説明するまでもないよね」

 

 

意味深なことを言われて、私が問いかけると、レイヴンは何事もなかったのように、次の話題を持ち出した。

私のことも気になるが、彼がエステルを監視する理由も気掛かりだ。

ここは黙って、レイヴンの話を聞こうとしたところ、リタが納得したように頷いた。

 

 

「それはわかるわ。お城にいるはずのお姫様が、ふらふら旅してるんだもの。ユニオンとしては放っておけないわよね」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

「おっさんを寄越してきたのは納得できないけど」

 

「リタっち、しどい。おっさんがこんなに身を粉にして頑張ってるのに。桜ちゃん、俺様慰めて―っ」

 

「オレがすぐにでも楽にさせっぞ」

 

「止めて、真顔で抜刀するの」

 

「おっさんの警戒度が上がったからな。難癖付けて、桜を攫おうって魂胆だろ」

 

「自分で言っといてなんだけど、そうそうないって。……多分だけど」

 

「ここで斬り捨てておくか」

 

「ドンの命令で、桜ちゃんを守りつつ、嬢ちゃんの監視もしなきゃいけないんだよ。

やること多すぎて、おっさん容量オーバーでさ」

 

「ドンは知っているのですね。私が次の皇帝候補だということを」

 

 

エステルからとんでもないセリフが出てきて、私は驚き、箸を落としそうになる。

フレンがあれだけ彼女を気遣っていたのは、皇女というだけではなかったのか。

そういえば、ヨーデルのことを次期皇帝陛下ではなく、候補と言っていたのだから、他に候補者がいてもおかしくはない。

 

 

「皇帝候補はエステルとヨーデル殿下の2人だけなの?」

 

「はい。今帝国内で、わたしとヨーデルの皇帝継承で争っている最中なのです」

 

「それはものすごく大変な時なのでは。フェロー探してる場合はじゃないでしょう」

 

「私は世界の毒と言われました。放っておくことはできません」

 

「そりゃあ、そうだけど」

 

「桜の決定的なシーンをケータイに納めなくてはいけません」

 

「止めろよ」

 

「そして、桜のメモリーをフレンに叩きつけて、彼の寂しさを埋める使命があります!」

 

「いらん! 斬って捨てろ! んな如何わしい使命!!」

 

「わかって下さい。桜。こうしている間にも、フレンは寂しく自分を慰めているんです」

 

「知りたくない。そんなフレンさんの実態」

 

「ここはひとつ可愛いポーズで一枚!」

 

「しないよ!」

 

「桜、顎におかずがついています」

 

「え? どこ」

 

「はい、チーズです」

 

 

言われて、私が人差し指を口元へもっていったところ、エステルが空かさず携帯のカメラのシャッターを切った。おい。

 

 

「おのれ、エステル! 無断で人の写真撮るとかないわ! 肖像権はここにないのか!? 人権侵害だ!」

 

「可愛いならいいではありませんか」

 

「私に愛嬌を求めるな」

 

「次は笑ってみてください」

 

「その笑顔を奪ったのは誰だ」

 

「可愛いですよ」

 

「どこがだ」

 

「桜ちゃんったら、ご謙遜を」

 

 

エステルに続いて、レイヴンまでがこのノリに乗っかて来た。

非常に厄介だ。なんとかしないと。試しに、隣のユーリへ目配せしたところ、案の定レイヴンは急いで話題を変更し始めた。

 

 

「と、ところで、エステルの嬢ちゃんは、フェローってのに会いに行くの?」

 

「はい。デズエール大陸のコゴール砂漠まで」

 

「なら、ふたつ目のノードポリカへ行くのに丁度いいか」

 

「ベリウスに会いに行くんだよね。大物だなぁ」

 

「ノードポリカ? ベリウスって? 前にも聞いたことがあるんだけど」

 

「ノードポリカはデズエール大陸の窓口だよ。でっかい闘技場があるんだ」

 

「その闘技場を治めているのが、首領……ええと総領のベリウスでしたね」

 

 

私の問いかけに、カロルは大きく腕を広げ、エステルは記憶を辿りながら説明してくれた。

デズエール大陸の玄関ってことは、フェローに会いに行くには避けて通れないわけか。

 

 

「ということは、嫌が応にもレイヴンさんがついてくるわけね」

 

「照れることはないさ、桜ちゃん。長旅で疲れたハートをこの俺様が癒してあげる」

 

「不燃ゴミに突き出すぞ、おっさん」

 

「えーっ。おっさん、青年より女性の扱いは慣れてるつもりなんだけど」

 

「痛いところ突かれたわよ。ユーリ」

 

「ふざけるな。桜には最大限丁重に扱っているつもりだぞ」

 

「そーいうところだと思うんだけどな、ボク」

 

「バカっぽい。居るかもしれない魔物を探しに、コゴール砂漠に行くってだけでもしんどいのに、この上この胡散臭いおっさんまでオブションでついてくるのよ。止めてよね」

 

「冷たい事言わないでよ、魔導少女。

それで、ゴゴール砂漠のどのあたりに、そのフェローがいるの?」

 

「とりあえず、近くまで皆と行って、いろいろ回って見て、フェローの行方を聞ければいいのですが」

 

 

エステルの楽観的な返答に、リタは沈痛な面持ちで項垂れた。

 

 

「……ツッコミどころがたくさんあるけど、お城に戻りたくなくなったってわけじゃないのよね」

 

「桜といたいです」

 

「エステル……」

 

「ユーリの魔の手から、救い出さなくてはいけません」

 

「おいこら」

 

「桜もフレンに会いたいのでしょう」

 

「私が会いたいのはフェローだ」

 

「浮気です!?」

 

「あんたも会いたいんじゃなかったのか!?」

 

「優先すべきは、謎の魔物よりフレンです」

 

「そのフレンさん振り切ってきた傍から、目的切って捨てるなよ。壊れたBotかあんたは」

 

「ですが、桜はきちんと挨拶していないではありませんか。写真の感想ももらっていませんし」

 

「止めて、その話題」

 

「アホ騎士なんて、この際どうでもいいのよ」

 

「これがどうでもいいわけあるか。リタさん」

 

「桜、あんたもエステルみたくフェローってのに会えると思ってるの?」

 

「え? うーん……。フェローは砂漠にいるかも、なんだよね。

どれだけ広い砂漠かは知らないけれど、昼は熱中症、夜は寒い中で、あてもなく探すなんて、私みたいなのがついていけるかどうか……」

 

「世間知らずの桜の方が、砂漠の危険性を理解しているようね。少し安心したわ」

 

 

リタに頷かれたものの、実際本格的な砂漠なんて行ったことがないので、想像の域は出ていない。

ノードポリカという街で、情報収集や旅の準備ができればいいが、旅に慣れてきたそんじょそこらの女の子である私でも難しいのに、お姫様が耐えられるのだろうか。

そんなことを考えていると、レイヴンが先ほど取り出した手紙を私へテーブル越しに寄越してきた。

 

 

「総領への手紙だよ。読んでみてよ」

 

「え? 私が? でもこれ、大切な手紙なんじゃ」

 

「中身は覚えてるから平気平気」

 

「えっと……」

 

「ちょっと貸してみな」

 

 

レイヴンから、いきなりベリウスへの手紙を寄越されて、右往左往していると、ユーリが私の代わりに手紙を取った。

よかった。私はこちらの文字の読み書きができない。バレたら面倒だ。

……ここまできたら、いい加減、文字を覚えた方がいいかもしんない。

頭が痛くなる私の隣で、ユーリは遠慮なく手紙を広げて目を通すと、小さく唸った。

 

 

「なるほどね。ダングレストを襲った魔物、フェローについて質問書ってところか」

 

「ということは、ベリウスさんは、フェローのこと知ってるの?」

 

「手紙の内容からだと、そうなるな。こりゃあ、オレらも総領ってのに会う価値が出てきたわけだ」

 

「そうなるのね……」

 

「ジュディス?」

 

「いいえ。彼女なら、貴方の疑問に答えてくれるのではないかしら」

 

「ジュディスちゃん。ベリウスのこと知ってるの?」

 

「闘技場の総領なんでしょう。きっと懐が広い人だと思って」

 

 

レイヴンが身を乗り出すと、ジュディスは軽くかわすように答えた。

適当に言ってるのか。彼女の真意は毎度のことながらわかない。

うどんの汁を飲み始める彼女から、これ以上何も聞き出せないと悟ったのか、レイヴンはくるりと身を翻して、私に近づいてきた。

 

 

「さっ! おっさんの事情もわかったところで、仲良くしようね。桜ちゃん」

 

「なんで私なんだ……」

 

「そりゃあ、護衛対象に警戒されちゃ困るもん。俺個人としても、イチャイチャしたいし!

可憐な美少女を守る俺様、憧れてたんだーっ」

 

「おっさんが年甲斐になく張り切るなよ。斬られるぞ」

 

「青年にね! 少しくらい立場譲ってくれてもいいじゃん。減るもんじゃないんだしさーっ」

 

「うちのお嬢さんのメンタルがゴリゴリ減ってくだろうが。張り倒すぞ」

 

「目がマジなんですけど……っ」

 

「なんでもいいけどさ。2人とも」

 

「よくない」「よくないでしょ」

 

 

鍋焼きうどんを完食したカロルが声をけたところ、ユーリとレイヴンが声を揃えた。

護衛対象である私自身に選択肢はないのか。

だからって、レイヴンにユーリの代わりができるというか、してくれるか、怪しいもんだが。

珍しく息の合った2人の返事に、一瞬怯みながらもカロルはレイヴンに忠告してきた。

 

 

「れ、レイヴンがボクたちについてくるなら、ちゃんと凛々の明星の掟は守ってもらうからね」

 

「了解、了解っと。んでも、そっちのギルドに入るわけじゃないから、そこんとこもよろしくな」

 

「どうして、レイヴンは桜のいる凛々の明星に入らないのです?」

 

「桜ちゃんやジュディスちゃんなんておいしいギルドだけど、俺、天を射る矢の一員だから」

 

「では、心置きなく成敗してもいいのですね」

 

「なして!?」

 

「レイヴンさんがどーなろうと知ったことではないけど」

 

「帰ってきて、優しかった桜ちゃん!」

 

「どうしてこっちのギルドに入れないの? 掟にそんなのあったっけ?」

 

「ギルドは同時に2つ以上所属することは禁止されているんだ。掟以前の問題だよ」

 

 

カロルの説明を受けて、ギルドとは何たるか一つ勉強になった私。

個々ギルドに掟があって、それとは別のルールがあると。

考えている以上に、ギルドって面倒なんじゃ……などと考えていたら、リタが空になった鍋をもって、厨房へ向かっていた。

 

 

「桜、ご馳走様。話が済んだなら、あたしもう休むわね」

 

「お粗末様でした。リタさん、お休み」

 

「あんたも早く寝なさいよ。最近よく眠ってないんだから」

 

 

リタは言うなり、スタスタと部屋を後にした。

余計なことを言い残していったなリタ・モルディオ。

彼女の捨て台詞を耳にしたお兄さんが、予想通り、ジト目で私を見つめていた。

 

 

「寝てないって、いつからだ」

 

「少しは寝てるよ。ダングレストから野宿した時はぐっすり寝てたじゃない」

 

「野宿した時だけか」

 

「ユーリ。うどん伸びちゃうよ」

 

「うどんなら、もう食ったよ。ご馳走さん」

 

「お粗末様でした。それじゃあ片づけを……」

 

「で、いつからなんだ?」

 

 

ユーリにぐいぐい迫られ、私は鍋を片付けながらじりじりと後退した。

正直に、ユーリがラゴウを殺した夜からだとは言えない。忘れようとしているが、先も述べたように緊張続きで眠れないのかもしれない。

私は両手を合わせて、頭を下げた。

 

 

「今日は寝るつもりだから」

 

「本当だろうな」

 

「う、うーん……頑張る」

 

「寝るのを頑張ってどうするんだよ」

 

「寝付けないもんは仕方ないでしょう。この上、どーしろと?

あ、ユーリの腕膝枕は無しで」

 

「流石のオレも女部屋まで押しかけたりしないって」

 

「ユーリは女性陣に混ざっても違和感ないから恐ろしいんだよ」

 

「おい……」

 

「でしたら、わたしが隣で寝ましょうか」

 

「いらんよエステル」

 

「私が添い寝しましょうか」

 

「いらんて……っ!」

 

「いいなぁ、桜ちゃん。いや、俺は桜ちゃんとジュディスちゃんとでサンドイッチにされたい」

 

「おっさん、潰すぞ」

 

「げふっ」

 

 

私の苦労も知らずによだれを垂らすレイヴンの頬を、例のごとくユーリの鞘が襲った。

とりあえず、ユーリが女性部屋に突入しないことだけはわかったので、後はリタの口をどう塞ぐか考えないと、また私の不眠をバラされてしまう。

皆が焼鍋うどんを完食した後は、自由行動となり、各々が思い思い長い夜を過ごすことに。

とはいえ、料理はお片付けまでが料理。まだ賑わう厨房にて、私は皆が空にした鍋を淡々と洗い続けていた。

 

 

「7人と1匹分か。作るのもだけど、洗うのも大変だ。

ユーリもカロルも私を指名しといて、後はほったらかしとかずるいよ」

 

「手伝おっか。桜ちゃん」

 

「レイヴンさん」

 

 

厨房をせわしなく動き回る料理人たちをスルリと避けながら現れたレイヴンは、袖をまくり上げて、鍋を手にした。

彼1人なのか。思わずユーリの姿を探して、周囲を見回したが、いるのは見知らぬ料理人たちと隣で鍋を洗い始めるレイヴンだけだ。

動揺する私に気付いたのか、レイヴンは手を止めずに、ニッコリ私へ微笑んだ。

 

 

「大丈夫、大丈夫。怪しいことはしないって」

 

「怪しい物体に怪しくない言われても説得力がないわ」

 

「他の野郎どもと違って、お手伝いしているんだから。

さっきみたいに、優しくしてくれてもいいんじゃない?」

 

「ユーリはどうしたの?」

 

「今頃、他の女の子と夜のデートかもよ」

 

「あ、そ」

 

 

私は生返事をして鍋を洗い続け、レイヴンががっくりと左肩を落とした。

 

 

「あ、あれぇ? 興味なし?」

 

「ユーリが誰といようと、私には関係ないって前に言ったよね」

 

「まあ、ラゴウの屋敷で聞いたけどね。まさか、あれから青年と全然なんともないの?」

 

「何が?」

 

「……青年。そりゃあ、ないわぁ……。

嬢ちゃん使って引き離すのに、どんだけ苦労したことか」

 

「だから、何が?」

 

「なんでもーっ。未だ青年に興味ないってんなら、俺にもチャンスありってことよね」

 

 

レイヴンは思い出したようにポンと手を打つと、片手を腰に当て、もう片方の手を自分の顎に添えて、斜めに構えた。

 

 

「桜ちゃん。今晩俺様と付き合わない?」

 

「ヤだ」

 

「あん。いけず……っ」

 

「怪しいを体現したようなおっさんと付き合う暇はない」

 

「てったって、どうせこの後、眠れないんでしょ」

 

 

私が5皿目の鍋を洗い終えたところで、レイヴンの鋭い指摘が入った。

水を扱ったのに、手が熱い。神経がとがっているのか、このままベットで横になっても、彼の言う通り、眠りにつくのは難しいだろう。

自身の手を見つめる私に、レイヴンは再び鍋洗いを再開した。

 

 

「一緒に夜風にでも当たれば、気分も切り替わると思うんだけどねぇ」

 

「私に何の用なの?」

 

「用がなきゃ、女の子を誘っちゃいけないのかい?」

 

「いや、おっさんが女子高生誘ってる時点で、猛烈に怪しいんだけど」

 

「じょしこーせー? 何その魅惑的な響き」

 

「おっさんの嗅覚は侮れないな。……まあ、付き合うくらいなら別にいいよ」

 

「やっぱダメ? おっさんはアウトオブ眼中……て、あれ? いいの? どういう風の吹きまわし?」

 

「ユーリに見つからない。変なことしないっていうなら。約束してくれるなら」

 

「何、その危ない誘惑。青年を差し置いて、背徳的で情熱的な恋……いい!」

 

「やっぱ止めるわ……」

 

「約束する! 約束するから! 夜空の下でデートしようぜ!」

 

 

私がOKを取り下げようとすると、レイヴンは思い切り首を縦に振り、私の肩を抱いて、宿屋を後にした。

早まったかもしんない。後悔するも既に遅し、私はレイヴンに連れていかれるまま、街道を進んでいき、やがて波止場までやってきてしまった。

頬を掠める潮風、波の音、これが人気のない冷たい夜の海でなければ、どんなに気持ちよかったことか。

 

 

「帰ろう」

 

「来て早々Uターンは止めて! ここ絶景なのよ! スペシャルチョイスしたんだから」

 

「どう見てもゴールデンドラマの殺人シーン手前でしょうが! 冷たい潮風ぶっささりながら、スカートはためかせて、おっさんと2人きりで黄昏るとかない!!」

 

「満天の星空の下で、男と女が互いに火照った身体を冷ますっ。いいぢゃないの!」

 

「何興奮してんだよ! 寒くて堪らんわ!!」

 

「えー寒いのーっ。しょーがない娘ねーっ」

 

 

レイヴンは言うなり、自分の羽織を脱いで、寒さで震える私の両肩に被せてくれた。

途端、異性の香りと彼の温もりが伝わってきて、びっくりしてしまう。

驚くまま、羽織の主の方を見てやれば、無邪気に微笑むレイヴンがいた。

 

 

「これで少しはあったかいでしょ。おっさんのだけど、勘弁してね」

 

「ありがとう。レイヴンさんは寒くないの?」

 

「さ、寒いことないよ……っ!

桜ちゃんと2人きりになれたと思ったらハートがエキサイティングしてオーバーヒートしそう!

そう! お年頃のきゃわいい女の子と2人きりで、恋の瀬戸際のランデブー!」

 

「今にも失墜しそうな浅い恋だな、おい」

 

「風にも負けず、寒さにも負けず、不思議少女と2人きりと言う絶好のシチュエーションだけでも、おっさんはご飯3杯は行ける!」

 

「満足しただろ、帰るか」

 

「ああん! 待って!!」

 

 

私が回れ右をすると、レイヴンは寒さで鼻水垂らしながら縋るように止めてきた。

一瞬でも、あ、良い人かもと思った自分がバカだ。

しかし、レイヴンは私の腰に抱き着いてまで引き留めようとしてきた。

 

 

「桜ちゃん、待って! 危うく本音……でなくて、悪ふざけが過ぎたのは謝るから、メンゴ!

もー少ーしでもお話ししてこ!」

 

「ちょっ!? どこ触ってるの!? は・な・し・て……っ!」

 

「細い腰つき、柔らかい肌、女の子……っ! ふむふむ、この香りがまた……あ、おっさんの羽織で肝心の桜ちゃんの香りがわかんないっ!」

 

「ふんっ!」

 

「あだーっ! 脳天に肘鉄とかないわ……っ!

桜ちゃんだって、俺に用があってOKしたんでしょ!」

 

「そ、そうだけど」

 

「おっさん頼りになるよ。ね? ね? なんでも言っちゃって、おっさん張り切っちゃうから」

 

 

私が大人しくなるとわかると、レイヴンはすんなり解放して、すくっと立ち上がり、バク転した。

そうだ。この怪しさ核爆発のレイヴンとタダで2人になったわけではない。

私はさあどうぞと耳を傾けてくる彼に、思い切ってあることを尋ねてみた。

 

 

「海凶の爪について聞きたいの」

 

 

赤眼の暗殺者集団を率いるギルド 海凶の爪。執政官ラゴウを初め、バルボスと組みし、今はキュモールに雇われ、私を狙ってきた連中だ。

私がギルド名を口にするなり、先ほどのはしゃぎようはどこへやら、レイヴンは眉をひそめて私を見つめた。

 

 

「海凶の爪、か。恋バナと期待してたら、あの死の商人についてって、また物騒な事聞いてくるね」

 

「レイヴンさんは五大ギルドのひとつ天を射る矢の参謀なんでしょう。何か知らない?」

 

「ま。少年よりかは、詳しい方だけども。

連中、ヘリオードでもやり合っていたようだし……なるほど、まだ桜ちゃん狙ってるわけだ」

 

「まだ……? 雇われて捕まえようとしてるんじゃなく?」

 

「ラゴウにバルボス、そんでもってキュモールと来たら、共通点は見えてくるもんよ」

 

「それが私、ということ?」

 

「ま。一概にそうは言えないけどねぇ。

連中は暗殺と武器の売買……主に兵装魔導器を生業としてるから。

たまたまそれを欲しがっていた相手が、その3人ってだけなのかもしれない」

 

「3人とも、ろくなこと考えてない野心家ばかりだった。海凶の爪は、彼らを利用したんだね」

 

「連中は周到で狡猾で執念深い。一度依頼を受けたら、依頼者が死なない限り確実にこなす。

一途に得物を追い詰め、確実に息の根止めて、死体も残さないっつー話だよ」

 

 

レイヴンから警告するように一段と低く呟かれ、私はサッと血の気が引いた。

今まで暗殺者は悪党とバッサリ判断していたが、人を殺して生きている連中である。しかも死体まで残さない残忍さまで持ち合わせていると来た。

そんな人を人とも思っていない連中に、私は狙われていると言うのか。

急に脇のあたりがスースーしだして、羽織の端を握りしめていると、レイヴンがそっと私の両肩を手を添えて、困った顔で私の顔を覗き込んできた。

 

 

「ごめん。怖がらせちゃった?

桜ちゃんには、俺様がついてるから、怖い目なんて遭わせたりしないよ」

 

「ううん。私が聞きたかったことだから。ありがとうございます」

 

「青年の言ってた堪え性ってのは、こういうところいうのかね。こりゃあ、重症だわ」

 

「我慢なんてしてないよ」

 

「そー言うことなの。おっさん、頑張り屋の桜ちゃんがいつ壊れてしまわないか心配よ。

女の子は男を困らせるくらいの我儘でいーの。

吐き出したいことがあるなら、遠慮なく俺に言ってごらん」

 

 

レイヴンはいつもより優しい声で、私の頭を撫でてきた。

ユーリとは違って乱暴ではなく、でもしっかりとしていて、労わるような手つきで撫でて、そのまま手櫛で、私の髪を絡ませる。

彼の思わね行動に、私はキョトンとしていると、レイヴンは腕を組んで唸り始めた。

 

 

「あれ~っ、ご期待に添えなかった? 俺様なりに慰めてたんだけど」

 

「ううん。レイヴンさんがこういうことするとは思わなくて。けど、少しは気が楽になったよ」

 

「おっさんも桜ちゃんの笑顔が見れて感激よ! しっかし、これで一ミリも乙女心が動かないって、青年いつもどんなことしてるのよ」

 

「強引に腕引っ張ったり、お姫様抱っこしたり、意味もなく愛だとか言ったり」

 

「なんつう羞恥千万な行為……っ! ユーリ・ローウェル恐ろしい子っ。いや、そこにときめかない不思議少女も大概だけどね」

 

「何度も言うけど、ユーリはそういう対象で私を見てない。子供扱いしてるだけなんだよ」

 

「そいじゃあ、女性扱いしたら、その気になってくれるわけだ」

 

 

レイヴンから挑発的な目を受けて、私はドキリとしてたじ退いてしまう。

さんばら髪にだらけた異国風の服を着ているが、元々顔の造形は悪くない……というより、こうして引き締めたらなかなかのおじさまである。

目の前に男の人がいると今更自覚して、きょどる私に気付いたのか、レイヴンは余裕綽々の笑みを浮かべた。

 

 

「なんつって。桜ちゃんを釣り上げてみたりして」

 

「止めてよ。心臓に悪い冗談。ユーリ召喚するよ」

 

「べっつに良いよ。桜ちゃん、青年に子供扱いされてるんでしょ。恋敵にならないわけだ」

 

「レイヴンさんだって、私のこと子供だと思ってるんでしょう。見てたらわかるよ」

 

「俺は桜ちゃんのとこ、一人の女性だと思ってるよ」

 

 

いつもの飄々としたレイヴンはどこへやら、彼は柔らかな表情で答えた。

突然の豹変に、私はまたしても戸惑ってしまう。

私を騙そうとしているのか、でも騙そうとする人がこんな微笑みを傾けてくれるだろうか。

経験皆無の私の頬に、レイヴンの大きな手が触れた。

 

 

「気になる女性に応えてもらうためには、まずは男の方からってね。

こんな可愛いお嬢さんをそばに置いておいて、保護者に収まってろって方が拷問だよ」

 

「おっさん、冗談だよね」

 

「冗談で結構。青年にその気がない……とあならば、狙っとかないと、男が廃るでしょ」

 

「意味わかんないんですけど」

 

「俺がわかるようにするさ。何、俺がゆっくり優しく丁寧に教えてやるから、怖がることはないよ」

 

「もはやおっさんの時点でクソ怪しいわ」

 

「……もしかして、青年に対しても、こんなに塩対応してたの?」

 

「さあ」

 

「無自覚なのね、青年可哀想。でも、俺様諦めないから。

ダイアモンドの原石! 打てば響く! 料理が得意な家庭的な美少女!

男としてこれを放置できないでしょ!!」

 

「どっか彼方へおっさん諸共捨ててこい、そんなクソやましい妄想」

 

「桜ちゃんみたいな純粋っ子は、俺様みたいな包容力があってエスコートしてやれる大人の男が合ってると思うんだーっ」

 

「どこに包容力があるんだよ眼科いけ」

 

「言ってくれるじゃん。なら、これから試してやろうじゃないの」

 

「え? どうやって?」

 

「さて、どうしてくれようかね」

 

「ちょ、ちょっと……っ!?」

 

 

身構える私に、レイヴンもまた両腕を構えた。

一体何をする気なのか、レイヴンの両手が私に迫った瞬間、私と彼の間に鋭い何かが降ってきて、地面に深々とぶっ刺さる。それは長い、一振りの槍であった。

殺意満点に煌めくそれに、私は硬直し、レイヴンは腰を抜かす。

その槍に続くように、上から一つの影が華麗に舞い降りてきた。魅惑的な身体にふわふわの2本の触手、長い耳に、星の光で浮き彫りになる美しい横顔。

 

 

「ジュディス」

 

「あら、ごめんなさい。貴方が悪漢に襲われていると思って、つい」

 

「悪漢って、しどいよ、ジュディスちゃん!

俺様は優しーく、桜ちゃんを抱擁してあげようとしただけで……」

 

「悪漢ね」

 

「変態だ」

 

「失礼しちゃうわ! 好きな女の子を自分に胸に仕舞い込んでしまいたいってのは、この世の男の願望よ!」

 

「それで、桜にいけないことするの?

ユーリは、この子の前で血生臭いことは避けているようだけれど。私、彼ほど優しくないの」

 

「え? もしかして、ジュディスちゃん激おこ?」

 

「試してみる?」

 

「いや、痛いのはいいです!……そろそろ、青年に気付かれる頃だし、潮時か……」

 

「レイヴンさん?」

 

「んじゃあ、桜ちゃん。続きはまた明日! 俺様の活躍に期待してね~っ」

 

 

「お休みーっ! ぶえっくしょいっ!」と盛大にくしゃみをぶっ放しながら、レイヴンはジュディスから逃げるように、この場を去っていった。

嵐のように去っていった男をジュディスはニコニコと見送り、私はただ呆然としてしまう。

ふと風がなびいて、肩にかかる彼の羽織が揺らめくのに気づいた。

 

 

「あ。レイヴンさん、羽織忘れてった」

 

「いいんじゃない。女の勲章よ」

 

「なんだそれは」

 

「貴方、ユーリや可愛い騎士さんでもなく、ああいう楽しい男の人が好みなの?」

 

「違うと思う」

 

「思うということは、範疇内?」

 

「いや、恋愛とかそういう余裕がなくて」

 

「そうね。貴方の置かれた状況を考えれば、好いた男が居ても貴方自身が避けてしまうわ」

 

「……それって、始祖の隷長に関係してます?」

 

「そうでしょう」

 

 

私が恐る恐る尋ねると、ジュディスは顔から笑顔を消して頷いた。

ヘリオードでの話は嘘ではなかったのか。

彼女は、始祖の隷長のことを知っている。私の気持ちを汲むように、彼女は淡々と口を紡ぎ始めた。

 

 

「始祖の隷長とは、エアルに満ちたこの世界に適応し、人間が誕生する遥か昔から存在する。優れた身体能力と長寿を誇り、高い知能を備えた者たちよ」

 

「フェローも始祖の隷長なの? もしかして、バウルも」

 

「察しがいいわね。そう、彼らが過剰なエアルを食べてくれて、余剰分は体内に蓄積させることで、世界の総量がたもたれているの。

彼らがいなければ、空も大地も海もエアルで充満して、人が暮らせない世界になっていたでしょうね」

 

「……私も、その、始祖の隷長になりかけてるんですか?」

 

 

私が恐れていた疑問を投げかけたところ、ジュディスは小さく首を横へ振った。

 

 

「正直、わからないわ。フェローもバウルも仲間だとは思っているようだけれど、人間から始祖の隷長が生まれるなんて前例がないから」

 

「デュークが言ってました。エアルを感知し、吸収する力は始祖の隷長だって。

……私もフェローのような魔物になっちゃうのかな」

 

「貴方が本当の始祖の隷長なら、自分が望むように進化するはずよ。

逆を言えば、貴方が望まない限り、人間離れした姿にはならない」

 

「私が望まなかければ。けど、私は……」

 

 

ダングレストにフェローが襲撃した時、一時ではあるが、私は私ではなくなった。

当時の私は、エアルに弱い身体、ユーリに捕らわれてしまう腕力に、酷くもどかしさを感じているようだ。

私が望まなくとも、あの私が望んでしまったら、容赦なく人外コースまっしぐらだろう。

現にあの私は、女の子だというにに、スカートを恥じらうこともせず、風を切って疾走するくらいである。

 

 

「ジュディス。始祖の隷長って、二重人格とかないですか? 自分が自分でなくなるような」

 

「私の知る限りでは、存在しないわ。……貴方はそうなの?」

 

「まだ一度だけだけど。ダングレストにフェローがやってきた時に、少しだけ。

私じゃないみたいに、とんでもない速さ走って、ユーリの腕を凄い力で振り払った。

何故かエステルの居場所が、はっきりわかって……、ごめん、これ以上は記憶があいまいで」

 

「別人格があって、身体能力の向上もある。エアルを感知し、吸収もできて、エステルの居場所を突き止めることもできた。

……やはり、私では駄目ね。別人格と元人間であることがひっかかって、貴方が始祖の隷長とは断言できない」

 

「やっぱり、フェローに直接会って聞いてみるしかないんですね」

 

「あるいは、ベリウスの方が話が早いかもしれないわ。彼女も始祖の隷長だから」

 

「ノードポリカの総領が?」

 

 

ジュディスから驚きの新事実を突きつけれ、私は自分の耳を疑った。

ノードポリカは人間の街ではないのか。それを始祖の隷長が治めているなんて。

ひょっとして、私のような人型で、人間に交じって生活をしているのであろうか。

どんな始祖の隷長なのか興味がわいている私とは正反対に、ジュディスの表情は重かった。

 

 

「桜。その別人格なんだけれど。それが備わったのは、フェローに気づいてからじゃないの?」

 

「言われてみれば、そうかも……。

あ、竜使い、ジュディスが近づいた時は、胸騒ぎがしました」

 

「バウルね。あの子は始祖の隷長の中でも若い方だから、貴方をあまり刺激しなかったのかも」

 

「私がベリウスやフェローに会うと、まずいんですか? そのもう一人の私がでてくるかもしれなくて」

 

「まずいかどうかは、その別人格によってくるわ。どんな子なの?」

 

「少なくとも、エステルを助けようとしていたのは間違いありません。

皆の敵……では、ないと思います」

 

 

あの時は、フェローに襲われそうになっているエステルのことで頭がいっぱいだったから、ユーリや皆のことをどう思っていたのかわからない。

邪魔されても、危害を加えなかったのだから、味方と考えていいんだろう。きっと。

もう一人の自分だなんて、なんだか中二病のような気がして複雑な気分になっていると、ジュディスはいつもの微笑みを私に傾けてきた。

 

 

「私にこれだけ包み隠さず話してくれるということは、それだけ私を信頼してくれているのね」

 

「う、うーん……。始祖の隷長の情報が欲しかったのもありますけど、ジュディスは何度か私を庇ってくれてましたし」

 

「何のことかしら」

 

「ユーリに問い詰められた時に」

 

「バレていたのね」

 

「そりゃあ、私が墓穴掘る度に、ユーリがツッコんで、ジュディスが間に入ってましたから」

 

「それで、どうするの?」

 

「どうって?」

 

「彼らだけなら、私で誤魔化すことはできるけれど。

ベリウスやフェローに会うことになったら、もう言い逃れはできないわよ」

 

 

ジュディスに恐れていたことを突きつけられて、私は言葉に詰まった。

それは今日までずっと自問自答してきた問題で、当然、答えは出ていない。

彼女は私の気持ちを察していながらも、尚私を追い詰め続けた。

 

 

「貴方は自分が人間ではないと気付かれたら、皆が自分から離れてしまうと考えているようだけれど。

あの時、フェローと会うと決めたその瞬間から、結論が出ていたはずよ」

 

「私はただ自分の正体をはっきりさせたかっただけで、そこまでは……」

 

「嘘ね。貴方なら、ユーリの性格をよく知っているでしょう。

フェローと話をする時、都合よく彼が引き下がってくれると思う」

 

「……」

 

 

ジュディスの言う通りだ。私が頑として断ったとしても、ユーリなら意地でも話に加わろうとするだろう。

フェローだって、私と争う気はなくとも、気持ちを汲んでいるかわからないし。

どう転がっても、私の正体を彼の前に晒すことになってしまう。そうなったら、ユーリはどうするんだろうか。

 

 

「わかりません」

 

「そう。なら、旅を止める?」

 

「え……?」

 

「貴方のような女の子が何故、帝国やギルドに狙われながら、ユーリと一緒に危険な旅を続けているのかはわからないけれど。

彼に迷惑を掛けて辛いと思うのなら、いっそ人里離れた場所で、一人静かに暮らすのもいいんじゃないかしら」

 

 

元の世界に帰るはずの旅が、こんな大ごとになるとは思いもしなかった。

その上、正体をバレて皆を裏切るくらいなら、いっそのこと彼女の提案を飲むのもありではないか。

決断に揺らいでいると、ふとジュディスの視線が私から反れた。

驚いて振り向くと、建物の影から、ゆっくりと一人の黒髪の美青年が姿を現す。

 

 

「うちのお嬢さんを拐す気か。ジュディ」

 

「ユーリ!?」

 

「女の子の楽しいお話を陰でコソコソ盗み聞きなんて、趣味が悪いわね」

 

「そりゃあ、悪かった。桜を迎えに来た、その行き掛かりだからな」

 

 

途端、ユーリとジュディスの間に、剣呑な雰囲気が生まれる。

もしや、先ほどの会話をきかれたんじゃないだろうな。

ここで告白しなくてはならないのか。覚悟もなくて、まごまごしていると、ジュディスがユーリから私を庇うように前に出た。

 

 

「桜のことが、そんなに心配?」

 

「とことん付き合うって、約束があるからな」

 

「この子にどんな結末が待っているとしても?」

 

「……先の話に関係しているのか」

 

「先の話?」

 

「フェローと桜が話す時、オレを外せってところだよ」

 

 

ジュディスが問いかけると、ユーリは不機嫌に私たちの会話の一部を持ってきた。

どうやら、会話の全てを聞かれたのではないようだ。

けれども、疑いの目がかかっているのには違いはない。ジュディスは変わらず私を背にしたまま、ユーリの問いに答えた。

 

 

「フェローが桜に興味があると言ったら?」

 

「何を根拠に、んな唐突な事言いやがるんだ」

 

「フェローにとって、彼女は特別な存在みたいなの。貴方にも心当たりがあるんじゃないの?」

 

「なんでそう思う?」

 

「エステルには世界の毒と言って、彼女を守る騎士団ごと襲ってきたのに。

彼女を庇う桜には躊躇し、何か言い残していった。簡単な推理でしょ」

 

「どうだか」

 

「それとも、彼女が一人ひっそり暮らすことに反対なのかしら」

 

「……発破かけやがったな」

 

「何のことかしら。私は、貴方たちが何を目的に旅をしているのか、わからないしね」

 

「そいつはもう話したはずだぜ」

 

「桜を調べる、ね。でもそれで? その後はどうするの?」

 

 

問い詰めるつもりが、逆にジュディスに問われて、ユーリは黙り込んでしまった。

しばし、カモメの鳴き声とさざ波の音が私たちを支配する。

やがて、ユーリが首を横に振りながら、重たい口を開いた。

 

 

「どうもしねぇよ。……桜を無事に家へ帰すだけだ」

 

「本当に? それだけ?」

 

「他に何があるってんだ」

 

「彼女と添い遂げるのではなくて?」

 

「っないわああああああっ!!」

 

 

ジュディスが小首をかしげた瞬間、やっと現状に追いついた私は即座に否定した。

目を点にするユーリに、不思議そうに首をかしげるジュディス、静かな波止場に私の絶叫が木霊する。

数秒経過後、ジュディスはそんな………とばかりにガッカリ肩を落とした。

 

 

「全力で否定しなくても」

 

「なんで結末がユーリと結婚なんだよ。

出所不明だよ! 意味不明だよ! どっから降って湧いて出た!? そんな恐ろしい結末!!」

 

「恐ろしいのかよ……」

 

「彼が何の見返りもなく貴方とこんな危ない旅をしているのよ。

最後はゴールインでハッピーエンドが定番だと思うの」

 

「思わねーよ!!」

 

「ヘリオードであんなに確かめ合ったのに」

 

「あれはもーいい!」

 

「可愛い騎士さんは」

 

「フレンさん関連は、エステルでお腹いっぱいた!」

 

「じゃあ、ユーリのこと想って」

 

「ないない」

 

「お前ら、オレを何だと思ってんだよ」

 

「保護者」

 

「あら悲しい」

 

「ほっとけよ」

 

 

私が断言すると、ジュディスは憐みの目でユーリを見つめ、彼はそれを睨み返した。

なんだこのお姉ちゃんは、始祖の隷長や皆について話し合ってたと思ったら、よりにもよってユーリと結婚だとか。

ことごとく場を破壊していくお姉さんにほとほと疲れていると、ユーリが私から羽織をふんだくった。

 

 

「いつまでこんな胡散臭いの着てんだ」

 

「ちょっ、寒いんですけどっ」

 

「少しは危機感もてよ。……たく、おっさんの野郎。口から出まかせじゃなかったんだな」

 

「何が? ちょっとレイヴンさんとここで話をしただけよ」

 

「ちょっと、ね」

 

「だから、何? レイヴンさん変なこと言ったの?」

 

「冷えたお前の身体を温めてやったと豪語してたぞ、おっさん」

 

 

ユーリは呆れた顔をしつつも、おっさんの羽織をクシャッと握りつぶしていた。

誰に対してかな知らないが、彼は大変ご立腹のようである。

おっさんの命はこの際知ったことではないが、目下私は無実である。慌てて釈明を試みた。

 

 

「私はただ、レイヴンさんがお片付け手伝ってくれたから、夜の散歩に付き合ったのであって」

 

「お礼で、胡散臭いおっさんにホイホイついてったわけだ」

 

「だって天を射る矢の参謀でしょ? 海凶の爪の情報を聞こうと思って」

 

「たかが情報のひとつのために、隙あらば攫おうって男と夜の波止場でデートしたんだな」

 

「ははは……っ、あれのどこがデートなんだ」

 

「細い腰つき、柔らかい肌、だとよ」

 

「あんのクソオヤジッ!!」

 

 

寒さも忘れて憤怒する私から状況を察したのだろう、ユーリはやれやれと刀を抜いて羽織を真っ二つにした。

続いてジュディスが2枚になった羽織を槍で串刺しにする。

今ここに、ユーリとジュディスの最高のレイヴン成敗隊が結成された。

 

 

「殺りますか」

 

「あの時さっさと串刺しにするべきだったわ」

 

「あの……私が言うのもなんだけど。

おっさん、あれでもユニオンの代表で着てるんだよね? 倒しちゃってもいいの?」

 

「おっさんの代わりはいくらでもいる」

 

「女の子に触れるには、相応の犠牲が必要なのよ」

 

「レイヴンさんの残基がヤバい。私に振れるって言うなら、ユーリだって」

 

「オレは良いんだよ」

 

「保護者ですものね」

 

「ああ、保護者か」

 

「あのな……」

 

 

ドヤ顔するユーリであったが、私の保護者認定を受けて、げんなり肩を落とした。

結局殺気満々のユーリとジュディスを止めることもできず、かといって更に止める気も起きず、彼らの後に続いて、急いで宿屋に戻る。

2名の狂気におののく宿泊者たちを尻目に、レイヴンを追って奥の部屋へ進むと、身支度をしているおっさんの姿が。

必死に言い訳しながら、逃走を図るおっさんをジュディスの色香で誘って見事ひっとらえた非道な彼らは、問答無用でおっさんをブルボッコにした後簀巻きにし、干し柿の如く、宿屋の軒先に吊るしたのであった。

 

 

 

 

おっさんが血祭りにされた翌日。晴天に恵まれたカプワ・トリムは、ヘリオードのことなどお構いなしに人々の賑わいに満ちていた。

私たちは当初の予定通り、フェローのいるデズエール大陸へ向かうため、船を手配しようと港へ向かっていたのだが。

その港の方から、見覚えのある裕福な服を身にまとった金髪碧眼の少年が付き人を連れて、こちらへ歩いてきた。

 

 

「あれ、ヨーデル殿下じゃない?」

 

「あ……、桜さんに皆さん。またお会いしましたね」

 

 

なんと港で遭遇したのは、先の皇帝の甥にあたるヨーデル・アルギロス・ヒュラッセインだ。……トルビキアの森で何度この名前をフレンから聞かせられたことか。

エステルの旅も十分おかしいが、彼も同じ次期皇帝候補なのに、なんで部下1人だけつれて、こんな場所にいるんだろう。

懸念する私を代弁するように、ユーリが皮肉交じりにこう訊ねた。

 

 

「ここはギルドの勢力が強いカプワ・トリムだぜ。

次期皇帝候補殿が、こんなとこで何やってんだ」

 

「桜さんに会いに」

 

「私?」

 

 

ヨーデルが言うなり、ユーリが空かさず私を背に庇う。

昨日の今日である。帝国側で私を使い工作を企てていると知った今、ヨーデルも警戒対象なんだろう。

そんなことなど知ってか知らずか、ヨーデルは驚きもせず、私へ差し出しかけた手を下げた。

 

 

「いえ、元気なら、それで構いません。

今回はドンと友好協定締結に関するやりとりをするために来ています」

 

「うまくいっています?」

 

「それが……順調とは言えません」

 

「だろうなぁ。ヘラクレスってデカ物のせいで、ユニオンは反帝国ブーム再熱中でしょ」

 

 

表情を濁すヨーデルに、レイヴンはさもありなんとばかりにユニオンの現状を吐露した。

いくらフェローを撃退するとはいえ、ダングレストに砲弾を浴びせたんだ。被害もさながら、その存在も脅威だろう。

 

 

「ヘリオードでも雲行き怪しかったし、帝国側は友好協定を結ぶ気あるのかな」

 

「実は、こちら……帝国側でも友好協定に疑問の声が上がっています」

 

「ドンのじいさんが帝国に提示した条件は、対等な立場での協定だかんね。

あんなもん出されたら反則だわ」

 

「事前にヘラクレスのことを知っていれば、止めることができたのですが」

 

「次期皇帝候補ともあろうお方が、何も知らなかったのかよ」

 

「ええ。今私には騎士団の指揮権限はありません」

 

「"騎士団は、皇帝にのみその行動を委ね、報告の義務を持つ"です」

 

 

ユーリの問いかけに、ヨーデルが答え、エステルがいつものように解説してくれた。

皇帝候補が2人に絞られているのに、評議会も貴族も騎士団もどうにもできないとは、世の中が滅茶苦茶になったりしないか。

 

 

「なんでエステルもヨーデル殿下も皇帝にならないんですか?

皇帝の椅子が空いているなら、混乱が大きくなる前に、皇帝を決めてしまわないと」

 

「それは……」

 

「私がそのつもりでも、今は帝位を継承できないんです」

 

「なんでよ」

 

 

リタがイラついたように腰に手を当てていると、ヨーデルは周囲に目配せをし、私たちへ向き直った。

 

 

「帝位継承には、宙の戒典という帝国の至宝が必要なのです。

ところがその宙の戒典は10年前の人魔戦争のころから行方不明で……」

 

「宙の戒典……?」

 

 

忘れもしない。それはユーリがラゴウを殺めた時、ラゴウが息を引き取る寸前に放ったものの名だ。

あと少しでとか言っていたが、もしかして、ラゴウは宙の戒典の在処を知っていたのかもしれない。

ユーリも思い出したのか、俯いて記憶を辿っているようであった。

 

 

「……だから、ラゴウは宙の戒典をほしがっていたのか……」

 

「何、ユーリ?」

 

「いや……。にしても、次期皇帝候補がこんな街中でよたよた歩いててもいいもんなのか?」

 

「付き人1人でよくもまあ、ここまでこれたわね」

 

「あまり大勢で動くと警戒されてしまいますので」

 

「ヘリオードまで行けば、ひとまず安全でしょう。ダングレストから一番近い街ですもの」

 

「はい。それで皆さんはこれからどちらに?」

 

「それは……」

 

「ちょっと船で遠出するだけだ」

 

 

私がデズエール大陸に向かうと伝えようとしたところ、ユーリに遮られてしまう。

まだヨーデルのことを疑っているのか。それとも彼から情報が洩れることを危惧しているのか。

そんなユーリを察してか、ヨーデルは頷きながら、ぽそりとこう付け加えた。

 

 

「そうですか。……ではどうか、桜さんのこと、お気を付けください」

 

「そっちの耳にも届いてんなら、テメェで何とかしてほしいもんだ」

 

「すみません。今の私には権限はほとんどありません。それはエステリーゼも同じです」

 

「何か情報はないんですか?」

 

「私とエステリーゼがダッグを組んで、騎士団団長と評議会代表をめった刺しにすることで、根本から機能を抹消する手がありますが……」

 

「それいいですね!」

 

「よくねーよ!」

 

「では水攻めで」

 

「却下!」

 

「アイアンメイデンで」

 

「止めろ! てか、あるの!?」

 

「ではどのようにすれば」

 

「あんたらそれでも次期皇帝候補か?

小娘一人に次期皇帝候補が皇帝の重要機関ぶっ潰してどーする!? 帝国の未来が先真っ暗だな!」

 

「しかし、これ以上手の打ちようが」

 

「だから、情報はないかっていってるんですよ」

 

「手を尽くしてはいますが、ユニオンとの友好協定で内部が荒れています。調査をするにも、人脈が……人手が足りません」

 

「つまりは騎士団か、評議会がまた好き勝手やってのを、ただ指をくわえて眺めてるだけか。次期皇帝候補の名が泣くぜ」

 

 

ユーリから手痛い指摘を受けたヨーデルは、私たちに「ここで失礼します」と一礼して、付き人と共にその場を後にした。

ヨーデルにまで、私の件が届いているのか。次期皇帝候補とは言え、ことはそんなに大きなものなのか。

彼が去ってから、波止場まで場所を移し、私たちは確かめるように顔を見合わせた。

 

 

「ヨーデル殿下のところまで、私のことが伝わってるんだね」

 

「帝国内部のクソ野郎が何か企んでるってのは、確定したわけだ」

 

「でしょ、でしょ。おっさんの情報網信じてよ」

 

「肝心の黒幕わかんないんじゃ意味ないでしょ。おっさん、海に捨ててこ」

 

「はい。捨てましょう」

 

「待ってよ! これでも一応、天を射る矢の参謀なんだから、五大ギルドなんだ。

レイヴンにあったら、凛々の明星の名に傷がつくよ」

 

「危険なおじさんは海に捨てておくとして、私たちは船を探しに来たのよね」

 

「捨てないで! ジュディスちゃん!」

 

 

私のことも気になるが、目的を忘れてはいけない。とはいえ、この船の数からして、どこから当たっていいものか。

皆で辺りを探そうとしたところへ、野太い悲鳴がどこからともなく聞こえてきた。

 

 

「――あんなにたくさん勘弁してくれっ!」

 

「命がいくらあっても足りねぇよ!」

 

 

声のする方を見てやれば、傭兵風の男2人が船から駆け下り、街へ逃げ出しているところだった。

こんなところでトラブルか。巻き込まれるのはごめんである。

遠巻きに男たちが逃げ出した船の方へ視線を移せば、見たことのある赤髪の女性が彼らを追いかけていた。

 

 

「待ちなさい! 金の分は仕事しろ! しないなら返せーっ!」

 

「……あの人、確かデイドン砦でお会いした、ギルドの方です?」

 

「幸福の市場のカウフマンさんだったっけ?」

 

 

この旅が始まった頃、デイドン砦が閉鎖して行き先を失った私たちにクオイの森を示してくれたのが、あの女性カウフマンである。

確かヘリオードに店舗を構え、ここにも本部があるとは道すがら聞いたことはあるが。

私とユーリ、エステルが顔を見合わせていると、カロルが驚いたように尋ねてきた。

 

 

「ユーリたち、あの人と知り合いなの?」

 

「ああ、デイドン砦で会ったことがあるくらいだが。カロルの知り合いか」

 

「知り合いって……五大ギルドのひとつ、桜が言ってたギルド幸福の市場の社長だよ」

 

「つまりはユニオンの重鎮よ」

 

「ふーん……」

 

「結構大物だったんだね。あの時、話に乗っておいた方がよかったんじゃない。ユーリ」

 

「あん時は、まだ世間知らずのお前とエステルがいたんだぞ。

とても平原の主とやらを相手にする余裕なんてなかったよ」

 

「あ。ボクいいこと思いついた……っ!」

 

「どうした、カロル」

 

「あの人なら、海渡る船出してもらえるかもしれないよ」

 

「マジかよ……」

 

 

カロルの提案により、何故か嫌がるユーリを含む皆で、カウフマンのいる波止場まで足を運んだ。

いくら面識はあるとはいえ、容易く船を出してくれるだろうか。

どうやって切り出そうかと迷っていたところへ、カウフマンの方が私たちに気付いて手を振った。

 

 

「あら、貴方はユーリ・ローウェル君。いいところで会ったわ」

 

「手配書の効果ってすげえんだな」

 

「いや、あの餅にミミズがのたくったような似顔絵から、ユーリの顔を連想する方がすげえでしょ……」

 

「ねえ、今あなたにピッタリの仕事があるんだけど」

 

「ってことは、荒仕事か」

 

 

ユーリがややうんざりしながら尋ねると、カウフマンはその通りとばかりに笑顔を浮かべた。

 

 

「察しのいい子は好きよ。聞いてるかもしれないけど、この季節、魚人のお群れが船の積荷を襲うんで困ってるの」

 

「あれ? それっていつも、他のギルドに護衛を頼んでるんじゃ……」

 

「そうなの? カロル」

 

「うん。幸福の市場ぐらいの大手ギルドともなれば、決まった取引先がいるはずなんだけど」

 

「ええ。いつもお願いしている傭兵団の首領が亡くなったらしくて、今使えないのよ。

他の傭兵団は骨なしばかり。私としては頭の痛い話ね」

 

「その傭兵団はなんてところ……ですか?」

 

「紅の絆傭兵団よ」

 

「あー……」

 

「誰かさんが潰しちゃったから」

 

「皆、同罪だろ……」

 

 

皆がやっちまった感を醸し出している中、唯一リタのみ罪悪感はないのか、ユーリを呆れた目で射抜いた。状況的にあれは仕方ないと思うんだけれど。そうでなきゃ、今の私がいないわけだし……。

などと、ちょっぴり罪の意識に囚われかけていると、ユーリが無遠慮に私の手を引いて、カウフマンに背を向けた。

 

 

「生憎と今、取り込み中でね。他を当たってくれ。いくぞ、桜」

 

「え? ユーリ? 船は?」

 

「ちょっと、2人とも、船をお願いするんでしょ?」

 

「あら、船って? もしかして、貴方たちも訳アリなのね?」

 

 

取りつく島をみつけたように、カウフマンは表情を輝かせた。

ユーリはユーリで、カウフマンに尻尾を掴まれたの如く、渋々彼女の方へ向き直る。

 

 

「オレたちもギルド作ったんだよ」

 

「凛々の明星って言うんです!」

 

「素敵。それじゃ商売のお話しましょうか。相互利益は商売の基本。お互いのためになるわ」

 

「悪いが仕事の最中でな。他の仕事は請けられねぇ。

それに船の上で魚人とバトルと来た。とてもうちのお嬢さんつれてけねぇよ」

 

「あら、あの時のお嬢さんね。きちんと挨拶ができなくて、ごめんなさい」

 

「いえ、とんでもないです。あの時は私たちも先を急いでましたし」

 

「お嬢さんにお願いがあるんだけれど」

 

「乗るなよ」

 

「とかユーリが言ってますけど」

 

「報酬は弾むから、ギルド同士の協力をするよう、貴方の彼氏にお願いしてもらえないかしら」

 

「彼氏じゃないんですけど」

 

「じゃあ婚約者?」

 

「違います」

 

「ごめんなさい。新婚さんなのね、おめでとう!」

 

「めでたくねーよ! なんでそーなる!?」

 

「ムキになるなよ。だから乗せられんなって言ったんだ」

 

 

ユーリはカウフマンに弄られてキレる私を宥めるように、肩をポンポンと叩いた。

私とユーリをどう見たら、新婚に見えるのだろう。

ユーリが仕事中だと言ったのが聞こえなかったのか。

一方、巻き込まれたユーリはさっきの嫌々はどこへやら、仕方ないとばかりに頷いた。

 

 

「わかったよ。けど、オレたちの目的地はノードポリカへ行きたいんだ。遠回りはごめんだぜ」

 

「構わないわ。魚人が出るのは、この近海だもの。

こちらとしては余所の港に行けさえすれば、それでいいの。そしたら、そこからいくらでも船を手配できるから」

 

「流石は幸福の市場……」

 

「うちと仲良くしておくと、いろいろお得よ」

 

「なんか、桜を使ってうまいこと言いくるめられてない? あのむっつり男……」

 

「青年ったら、焼けるわね。相手が天下の幸福の市場の社長ともなれば、交渉術は心得ているか」

 

「いいんじゃない? これでデズエール大陸に渡れるわけだし」

 

 

ウインク飛ばすカウフマン、リタはユーリに呆れ、レイヴンは複雑な顔をし、ジュディスはいつものように微笑んでいた。

大いなる誤解があったとしても、ひとまずノードポリカに行くことができるなら問題ないと思うが、魚人の話が気になる。

返答を躊躇う私たちに、カウフマンが片手を大きく上げて更に推してきた。

 

 

「もし無事にノードポリカに辿り着いたら、使った船を進呈するわ」

 

「使った船って、カウフマンさんの後ろにある?」

 

「ボロ船だけど、破格の条件には違いないわね」

 

「でしょ。でしょ? ほら、お嬢さんも彼氏に欲しいってねだってあげてよ」

 

「ふざけるな」

 

「マジギレすんのかよ……。

船の進呈なんて大盤振舞がきなくせぇ。大方、魚人ってのが、それだけ厄介って話だろ」

 

「それはご想像にお任せするわ」

 

 

未だに私をからかうカウフマンにブチ切れていると、ユーリとカロルは顔を合わせた。

船の上での戦闘は、これで2度目だが、大丈夫なのだろうか。

しばらくして、ユーリは嘆息した後、カウフマンの方へ向いた。

 

 

「しょうがねぇな」

 

「素敵! 契約成立ね。さ。話はまとまったんだから。仕事してもらうわよ!」

 

「言っとくけど、うちのお嬢さんが危ないとわかったら、遠慮なく逃げさせてもらうからな」

 

「もちろん。戦いになったら、貴方の彼女はこちらで面倒をみさせてもらうわ」

 

「人質か。ちゃっかりしてやがるぜ」

 

「人聞きが悪いわね。私は商人、これは取引よ」

 

 

契約成立早々、ユーリとカウフマンの間に不穏な空気が漂い始める。

これから彼女の船に乗って、魚人を倒して、ノードポリカへ行こうって時に、こんな調子で無事に辿り着けるのであろうか。

着々と自分の正体へと近づきつつある中、目下置かれた問題に頭痛が襲い掛かるのであった。

 

 

 

 

■続く■




今回は解説回と言うか説明回となります。
無駄に長くなってしまいましたが仕方ない!!
レイヴンが思った以上に難しくて、かといって、いきなり主人公と接近するのもどうかと思い、お触り程度で済ませました。女子高生とおっさんで上手く絡めれば。
これからユーリとレイヴンでいろいろやってみようと考えております! 何事も挑戦です! 果たして自分の想像力でユーリとまともにやりあえるのか? 次回を乞うご期待!!

とはいえ、次回はパティが参戦する上、幽霊船に突入します。
美味しい場面があり過ぎて、収拾がつかないです。
それではまた。



瑛慈 翔
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