明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第34話】君が笑って突っ込んでいたのなら

皆様お待ちかね。やってきました皆のおじさま レイヴン様参上よ!

あら? 呼んでない? 青年出せって? そんなしどいよ!

いくらおっさんでも傷つくことがあるんだかんね!

……今夜、君の枕を俺様の涙で濡らしに行くぜ。

 

 

それでさーっ、ちょっと聞いてくれる?

バルボスやっつけて、のんびりしてるところに、ドンのじいさんの命令で、桜ちゃんの護衛のを請け負っちゃったのよ。

 

 

帝国がヘラクレス使ってダングレストをめったくそにしただけでも、十二分に脅威だってのに、この上、桜ちゃんを使って何か工作しているって話でさ。

んで、ユニオンは保険として、俺を桜ちゃんの護衛としてつけることにしたんだよ。……表向きはね。

 

 

ドンの真の狙いは、桜ちゃんの調査と保護。

出所不明の不思議少女が帝国の誰かさんから狙われてるもんだから、その原因を突き止めて、隙あらばダングレストに連れ帰れだって。

ドンのじいさんは、まだ例の黒幕に探っててるんだよ。桜ちゃんをユニオンで匿うのは諦めてないみたいね。

そんなうちらの都合をバカ正直に青年に喋った日にゃ、おっさん、刺し身にされちゃう。

 

 

だから、青年たちには、桜ちゃんの護衛てついてくこと、青年が頼りになんなきゃ桜ちゃんはダングレストへ連れていくつったの。

後半は余計だったかなー?

青年ったら、桜ちゃんの護衛どころか、傍に近づくことさえ許しちゃくんなくって、どんだけ病んでるの? おっさん、桜ちゃんの将来が心配。

 

 

その桜ちゃん、前に会った時より、食べる量も減ったらしいし、よく眠れてないんだってね。

こうも悪い連中に狙われ続けたちゃあ、緊張が続くのも無理はないっちゃないけど。

もしかして、他に悩み事? 恋煩い? 青年が何かしたってーの?

 

 

よし! ここはおっさんが一肌脱ごうじゃない!

これから毎日3食お口にアーンさせて、夜も添い寝して愛を囁いてやるぜ!!

おはようから次のおはようまで不思議少女イチャラブ……でなくて、四六時中俺様の溢れんばかり愛を無償提供! お求め時よん!!

 

 

……やめて、青年、無表情で抜刀するの。

お茶目なおっさんの軽い冗談だっての。

 

 

青年ったら、こんなに頑張ってるのに、保護者どまりなんて、同じ男として悲しいね。

まあ、桜ちゃんを子供扱いだなんて、女の子に失礼なことしちゃってるし、しゃーないったらもーっ。

これは、この俺様が代わりに桜ちゃんのハートを射抜いちゃっていいってこと? そーだよね? 断られてもやるけど!

 

 

ほら、そこ、間男なんて言わないで。

桜ちゃん、こんな辛い環境にいるのに、寄り添う男もいなくてフリーってとこに、懸念すべきでしょ。

こーゆー時こそ、大人の男の出番でしょ!

頼れるおじさまと可憐な美少女と禁断の扉を開く時でしょ!

そう! 俺様が子猫ちゃんを女性にするのさ!!

 

 

まずは青年に嬢ちゃんをけしかけてバトルってもらい、その隙に桜ちゃんの鍋洗いのお手伝って、そのお礼にあわよくば夜のランテブー!

 

 

なんて、年甲斐もなくはしゃいじゃったけど、おっさん信用ないもんね。

そうやすやすと俺の誘いに、桜ちゃんひっかからないか。

でも、挫けない! 数撃ちゃ当たる! 百発一中! 当たって玉砕!とか自分で励ましつつ、内心かなーり落ち込んでいると、案外あっさりOKを頂いちゃった。

 

 

え? マジで? 桜ちゃん正気なの? 胡散臭いおっさんだよ?

ちょっと不思議少女の貞操概念が心配になったけれども、女の子がその気なら、俺様もOKしなきゃ男が廃るってもんだよね。

 

 

早速、満天の星空の下、夜の海を眺めながら、雰囲気作ろうとしたんだけど、何をやってもスルーする不思議少女。

挙句の果てには、俺様を釣って、海凶の爪の情報が欲しいと来たもんだ。

どーりでおっさんの誘いに乗るわけだよ。不思議少女と甘い逢瀬が望めると思ったのに、残念。

 

 

まあ、女の子と2人きりになれたと考えれば、安い注文だけどねぇ。

夜空に下、月光に照らされ、俺の羽織に身を包み、健気にお願いする様は、おつりがくるほどのもんさ。

青年や仲間たちに甘えてりゃ楽になれるのに、なんでそこまでして、自分の運命に立ち向かうかねぇ。

 

 

受け止めてもらえないとわかりつつも、手を差し伸べてしまう。

……いや、そとそも俺も彼女の手を取る資格なんてない。

けれど、ちょっとだけなら、と甘い考えが過る。

 

 

そんな俺の手を甘んじて受ける彼女が、あまりにも無垢で、か細くて、しかし危険な旅に立ち向かうほど力強さを持つ、その矛盾たることか。

今にも折れてしまいそうな彼女に、思わず両手を広げてしまう。

 

 

支えてあげたい、この俺の腕の中で良ければ……て、何? 俺様は冷えた桜ちゃんを温めてあげようとしただけで、あの、確かに腰にしがみついて肌を温め合ったけども、別に下心があったわけ、……あるけどね!

桜ちゃんの細い腰つき、柔らかい肌に興奮しちゃったのは、認めるよ!

でも、おっさんだって男だよ! 女の子と2人きりで何もない方がおかしいでしょうよ!!

青年みたいに、上げ膳据え膳食らって平気でいられないよ!!

 

 

あれ? 青年なに青筋浮かべてるの? なんか悪いこと言った?

ジュディスちゃんも笑顔で拳を鳴らすなんて、離れ業しないで、おっさん怖くて失禁しそう!

オレだって、イチャラブしてもいいじゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君が笑って突っ込んでいたのなら

 

ボケて君に知らせよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い海! 白い雲! 地平線まで続く海原をかき分け、私たちが乗る貨物船、その名もフィエルティア号が突き進む!

 

ギルド幸福の市場の社長カウフマンと契約を交わした私たちは、当初の目的であるフェローに会いにデズエール大陸のノードポリカを目指して、トリム港を出港していた。

昨日は、いろいろあり過ぎて脳みそパンクしそうになったが、まあここまでくれば、ひとまず良しとすべきだろう。

 

というのも、この前やっとの思いでバルボスとラゴウを退けたのに、昨日ヘリオードにて新たにキュモールとイエガーが私を生け捕りにしようと動いているのが発覚したのだ。

しかもレイヴンの話によれば、帝国の内部で私を使って何か企てているのだと言う。そのせいで、ギルドの自治を担うユニオンまでもが警戒し、胡散臭いおっさんことレイヴンを私の護衛につける始末。

 

とんだモテ期だ。ミステリアスを斜め上を逝く濃厚なキャラたちを攻略するとか、どんなネオカオスロマンスゲーなんだよ、ロマンス欠片もねーよ。罰ゲームにもほどがあるわ。

帝国もギルドも私みたいな小娘一人のために動くなんて、まったく心当たりがない、とも言えない。

 

始祖の隷長。

ジュディスが言うには、この世界テルカ・リュミレースに遥か昔から存在する超身体能力と高い知性、長寿を誇る生物で、充満するエアルを食べて調整することにより、人が住みやすい環境を維持している。言わば、世界の管理者ともいえよう。

その始祖の隷長に私がなりかけている……というか、なっているかも怪しいらしい。

ただの女子高生やってたのに、超パワーとか知力なんぞ求められても困る。武醒魔導器もなく非力でか弱く、エアルに弱くて、頭は……可哀想なレベルではないと思う。多分。

ともかく、始祖の隷長であるフェローやジュディスのお友達バウルは、私を仲間認定しているのだが、人間から始祖の隷長が誕生するなど前代未聞だとか。

じゃあ私は何者なのか、それをはっきりさせるためにも、フェロー、もしくは同じ始祖の隷長でありながら、ノードポリカの総領を担っているベリウスに会うことになったんだが。

 

 

(もしも、私が始祖の隷長だって、皆の前でバラされたら……。

ううん、そうでなくとも、私が人間でないとわかったら、皆とはもう一緒にいられなくなる)

 

 

事情を知るジュディスはともかく、凛々の明星のメンバーに加えてくれたカロル、私の身体を調べるためについてきてくれたリタ、皇女のエステル。

そして、私の為に最後まで付き合ってくれると約束してくれたユーリは、どうするんだろうか。

船端で頭を伏せて考え込んでいると、問題の彼が潮風に長い黒髪を靡かせながら、私の隣にやってきた。

 

 

「船酔いか? だったら、オレ、カウフマンに酔い止めがあるか聞いてくるが」

 

「ありがとう。でも、平気だから」

 

「吐いちまえば楽になるぞ」

 

「ここで吐いたら私の尊厳までマーライオンだ」

 

「オレは気にしないけど」

 

「私が気になるんだよ! 少しは乙女心察しろよ! 鋼の無神経も大概にしろよ!?」

 

「無神経ね。顔色も悪くないし、何塞ぎ込んでるだ」

 

「……ちょっと考え事してただけだから、気にしないで」

 

「ジュディに言われた事を気にしてるなら、余計なお世話だぜ」

 

「余計なお世話って?」

 

「1人で抱えるなよ。オレは自分で考えた結果、お前の傍にいるんだ」

 

「……そのことか……」

 

 

ユーリは昨晩、ジュディスが私に放った「ユーリを巻き込ん迄危険な旅をするなら、人里離れた場所で1人で暮らせばいい」と言う言葉を気にしてるんだろう。

私も私で、もう人間ではなくなったわけだし、ユーリに迷惑をかけるくらいならと、ちょっと決心が揺らぎかけているから尚更怖い。

 

 

「ユーリ。帝国もギルドも動いてるんだよ。考え直すなら、今だと思うんだけど」

 

「何柄にもなく弱気になってんだ。ドンのじいさんや帝国の企みなんざ、今に始まったことじゃないだろ」

 

「以前と違うと言うか。嫌な予感がてんこ盛りと言うか。このまま深海の貝になりたいというか」

 

「詩人だね、桜ちゃん」

 

 

船端でのの字を書いていると、ユーリの反対側から、さんばらがみを一つにまとめた異国風の装いのおっさん レイヴンが船端に背を預けて、キリリッと私を見つめてきた。

この男、言動がクソ怪しい上に、昨晩私に破廉恥行為に及んだ中年オヤジなんだが、一応 五大ギルトのひとつ天を射る矢の参謀だったりする。

ユニオンの代表として、私の護衛をしについて来たらしいのだが、既にこの時点で怪しい。

 

 

「あのレイヴンさんが真面目に働くとか、絶対怪しい」

 

「ギルドに所属している以上、ドンの命令は絶対!だかんね。

それに守る対象が可憐な美少女なら、逃さない手はないでしょーっ」

 

「下心が見え見えだぞ。おっさん」

 

「見え見えで結構。おっさん、バリバリ桜ちゃん狙ってるもんね」

 

「年甲斐にもなく張り切るなよ。つーか、いい加減懲りろ。

どうせこいつに冷たくあしらわれてんだろ」

 

「すんごく頼りにされてるし、俺様が触れても受け入れてくれる可愛げはあるわよ」

 

「お前……」

 

「睨まないでよ。あれは不意打ちだったし。レイヴンさん、ギルドのこととか詳しいからね」

 

「そうよ。女の子を責めるのは筋違い。責めるなら、桜ちゃん困らせる自分にしなさいな」

 

「困らせるって何のことだよ」

 

「女心がわからない時点でアウトだねぇ。所詮、俺様と青年では、経験値が違うわけよ」

 

「桜の扱いには慣れてるぜ」

 

「そーいうとこなんだってば。やっぱ桜ちゃんが心配だわ」

 

「……頼む。私を一人にしてくれ」

 

 

何やら討論し始めるユーリとレイヴンに挟まれ、私は船縁で項垂れた。

今日まで自分について答えが出ていないとことをジュディスに指摘されたんだ。そろそろ覚悟を決めないといけない。

悩む私を勘違いしてんのか、カロルは私たちを遠巻きに見て、大きなため息をついた。

 

 

「やっぱりレイヴンが入ってから、ややこしいことになってるね」

 

「この組み合わせはないと思っていたのだけれど。年の功かしら。彼、押されてるわね」

 

「バカっぽい。桜があんなクソ怪しいおっさんに靡くわけないでしょ」

 

「しかし、経験はレイヴンの方が上です。桜にはフレンがいるのに、この上レイヴンというライバルが現れるとは、これは暗殺案件では?」

 

「ユニオン代表を消してどーする」

 

 

レイヴンの悪ふざけを真に受けたエステルが狂気に走り始めたので、私は慌てて止めた。

ユニオンの命令で私たちについて来た手前、こちらの都合で彼をどうこうするのはまずい。

 

 

「それにレイヴンさん、物知りなんだよ。

私を狙う海凶の爪の情報を教えてくれたしね」

 

「お嬢さんは海凶の爪に興味があるの?

あまり聞こえがいい連中じゃないし、最近客の取り合いになってるから、仲良くなってほしくないんだけど」

 

「カウフマンさんの商売敵? ……幸福の市場って、暗殺集団とか」

 

「まさか。物品の流通を商いにしていても、人の命は取り扱っていないわ」

 

「じゃあ、武器の方? 兵装魔導器を取り扱ってるとか言う」

 

「桜。それもっと詳しく」

 

 

身を乗り出してきたリタのお願いに応えて、私は昨晩レイヴンから聞いた話をそのまま伝えた。

暗殺と武器、主に兵装魔導器を生業とした死の商人だということなどなど。

私の話を聞き終えるなり、リタは眉を潜めた。

 

 

「兵装魔導器が帝国じゃなくて、いちギルドで?

騎士団本部にあったのがそれだっていうの? 魔導士の方で管理しているはずなのに」

 

「ヘリオードでイエガーが言ってたじゃん。

キュモールに武器を売って、ダングレストを攻めるって。きっと兵装魔導器のことだよ」

 

「アホか、ガキんちょ。ただの暗殺者ギルドが、んなもん持ってる方がおかしいって言ってるのよ」

 

「それなのよね。兵装魔導器なんてもの、うちでも簡単に手に入いらないのに」

 

「問題は戦争を起こしかねない物騒な連中が桜を狙ってるってことだ」

 

 

レイヴンと言葉のドッジボールをしていたユーリが、怪訝な面持ちで私たちの話の輪に入ってきた。

よく見てみれば、若干疲れているように見える。その隣では同じくがっくし肩を落としたレイヴンの姿が。

彼らを眺めていたジュディスが、興味津々に2人に近づいた。

 

 

「勝敗はどうなったの? やっぱりドローかしら」

 

「おっさんのしつこさに呆れた」

 

「青年の重さが怖かった」

 

「何があったんだ……」

 

「何言っても、のらりくらりかわしてくるんだよ。このおっさん」

 

「何告白しても、我が物顔なんだよ。この青年」

 

「大体想像がついたわ。お疲れ様」

 

「何がわかったですか、ジュディス」

 

「2人の男が手に汗握る熱いバトルを繰り広げていたのよ。……ええ、2人きりでね」

 

「ユーリとレイヴンさんが……。え? まさか2人にそっちの気が」

 

「ねえよ!」「ないわ!」

 

 

ジュディスに意味ありげに告げられて、私がポンと手を叩いて頷くと、ユーリとレイヴンは青筋浮かべて全力で否定した。

レイヴンはともかく、ユーリのはだけた胸元と鎖骨はやはり老若男女問わず誘惑するものであったか。

これは世の中にとってよろしくないのでは? と今更気付く私を余所に、ジュディスは真剣な面持ちで話を切り出してきた。

 

 

「2人が発展するのかは、置いとくとしてよ」

 

「発展すんのかー……」

 

「しねえって!」「ひどい勘違いしないで、桜ちゃん!!」

 

「問題はユーリが話していた通り、桜を狙う海凶の爪が強敵で最悪だと言うこと。

加えて帝国の誰かも桜を利用しようとしている。私たちだけで立ち向かえるものかしら」

 

「後ろ盾がほしいということです? 今の桜には恋人のフレン隊がいます」

 

「ナチュラルに恐ろしい嘘ぶっ混むな」

 

「婚約者です?」

 

「こいこらやめろ」

 

「ザーフィアスに戻った暁には、晴れてフレンの花嫁に」

 

「ならねーよ! なんだ、この流れ? 流行ってんのか!? いやなトレンドだなおい!」

 

「でも、桜は帝国騎士団の管理下にあるんでしょ。後ろ盾には十分じゃないかな」

 

「ホント頭温かいわね。あのへもへも殿下が言ってたじゃない。黒幕は評議会か騎士団かって。

もしもの時は、管理下の権限で桜を無理矢理監禁するかもしんないし、あのアホ騎士も動けなくなる。……最悪、敵になるかもしれないのよ。信用できないわ」

 

「フレンさんが敵に?」

 

「不安がらせて、ごめん。でも、これは最悪のケースを想定してよ。

隊長にのし上がったとはいえ、上には上がいるし、評議会が出てきたら厄介なことになるわ」

 

 

リタから鋭い指摘を受けて、私は激しく動揺してしまった。

あれだけ私に手を焼いてくれたフレンが敵になるかもしれない。

それとも、彼にも私の正体が知られたりしたら?

フェローのように魔物として見られたら、きっとフレンだって。

今まで心地よかった潮風が冷たく感じて、両肘を抱いてしまう。

エステルはそんな私の両肩を抱いて、真っ向から訴えてきた。

 

 

「フレンを信じてください。彼は貴方の味方です」

 

「エステル。でも、私……」

 

「ノール港で約束していたではありませんか。

いざという時には、なんだってやると言いました。

――ええ! 全責任をもって貴方とお嫁さんにすると!」

 

「言ってねーわよ!」

 

「認知させますので」

 

「せんでいい!」

 

「権力で」

 

「止めて、フレンさん脅迫すんの!」

 

「リタの悲観的な忠告は、放っておいていいぞ。

フレンのヤツがよりにもよって、お前を裏切るなんざありえないよ」

 

「あたしは現実的なの。あんた、アホ騎士の幼馴染なんでしょ。

そこまで言うなら、なんかあった時は責任とんなさいよ」

 

「へいへい。責任でもなんでもとってやるよ」

 

「フレンさんと?」

 

「だから、ちげーって……っ!!」

 

 

ユーリがこめかみひくつかせて全力拒否した時だ。

船体が大きく揺れて、私はたたらを踏んでしまう。

それでも間に合わなくてこけそうになったところ、ユーリが片手で抱き抱えてくれた。

 

 

「っと。こつぁ来たか」

 

「ええ。魚人の攻撃よ。任せたわ、貴方たち」

 

「ああ。でも、うちのお嬢さんはオレの後ろな」

 

「わかった。ユーリも無茶しないでね」

 

「ああ、お前もな」

 

「皆、気を付けて! 魚人たちが船に上がってくるよ!」

 

 

カロルが言うのが早いか、皆が武器を身構えると同時に、海面から大きな飛沫が上がり、魚人たちが次々に船に乗り込んできた。

数はざっと5匹、鮫に人間の手足が生えたような姿をしており、片手には錨や剣を携えている。

頭数ではこちらが有利だが、なんせ船の上、お荷物の私と幸福の市場の皆さん。海に落とされれば、魚人の餌食になってしまう。

どうにか、ユーリたちの戦いの邪魔にならないよう間合いを計っていると、魚人のうち1体から人の言葉が紡がれた。

 

 

「ちょっと……波酔いしたのじゃ……っ!」

 

「また喋る魔物です!?」

 

「そんな!?」

 

 

始祖の隷長か!? フェローやバウルの時のように、私への変化は見られないが。

私が戸惑っている間にも、魚人が襲い掛かってくる。

ユーリはその1体を斬って退けると、背に私を置いたまま、刀の切っ先を魚人たちへ向けた。

 

 

「喋ってると舌噛むぜ。襲い掛かってくんなら、叩っ斬るまでだ」

 

「魚人って、喋れるの? だったら……」

 

「駄目よ、お嬢さん。相手は魔物、悠長にお喋りする暇なんてないわ」

 

「そゆこと。桜ちゃんの護衛初仕事、なんだか強引すぎるようだけれど、がんばっちゃうわよ!」

 

 

レイヴンは襲い掛かる魚人に矢を放ち、目に命中させて、隙ができたところをカロルの大剣の横なぎが入った。

私が魚人が始祖の隷長がどうか迷っている間にも、ユーリたちは魚人たちを次々に蹴散らいしていって、ピンチを迎えることもなくあっさり殲滅に至らしめる。

最後の1体をレイヴンの矢で仕留めると、彼はバク転して、私にウィンクを飛ばしてきた。

 

 

「どう? どう? 桜ちゃん、おっさん使えるでしょ!」

 

「皆、相変わらず強かったね」

 

「そうね。私の目に間違いはなかったわ」

 

「皆かよーっ。おっさんは? 魔術に物理、遠距離中距離近接なんでもござれ!

桜ちゃん限定で、オブションにアフターケアもつけちゃうぜ」

 

「例えば、どんな?」

 

「余計な事聞くなよ。どうせ、おっさんのことだ。お前を抱きしめてどうこうしようって魂胆だろ」

 

「ギクッ! ハグは立派なメンタルケアだよ!

そのか細い身体に、はりのある肌、抱き心地のよさそうな腰つき……ふへへっ」

 

「発情すんな」

 

「あだーっ!? 鞘で殴るのは止めて、青年! おっさん、一瞬お星さまが見えた!

もーっ。俺の癒しは桜ちゃんだけなんだら、ちょびっとくらい妄想とか夢見てもいいでしょ~っ」

 

「桜の心の衛生上、全然よくねぇよ」

 

 

ユーリに鞘で殴られたレイヴンは、名残惜しそうに私を見つめた後、両人差し指をツンツンし始めた。

 

 

「おっさん、少しは労わってくんない?

不思議少女守ったり、嬢ちゃん監視したり、聖核探したりして、いろいろ大変なんだから」

 

「アパティアだ?」

 

「前にデイドン砦でデュークがそんなこと話してたような」

 

「マジで!? どこ? どこにあるって?」

 

「いや、エアルクレーネとかで消滅したとかなんとか」

 

「あーそーなんだ。でも、デュークの話からすっと、実在はしてるみたいね」

 

「聖核って、なんなの?」

 

「おとぎ話に出てくる、すんごいエネルギーため込んだ塊よ。

それを細かく砕いたのが魔導器の魔核なのさ」

 

 

レイヴンに聖核とはと尋ねたところ、身振り手振りで教えてくれた。

リタが私の中から魔核を発見した時、魔核の生成は無理だと言っていたが、元は聖核になっているのか。

おとぎ話というからには、正確な生成方法をみつけるのには、難しそうである。

現に魔導士のリタは呆れた様子で、レイヴンの話を突っぱねた。

 

 

「おっさんの戯言でしょ。あたしも前に研究したことがあるけど、理論上実証は……いや。

でも桜のは……」

 

「桜ちゃんがどしたの? 他に聖核の場所を知ってるとか?

もしかして、聖核を見つけることができるとか!?」

 

「食いつくな、おっさん。うちのお嬢さんに、そんな能力はねぇよ」

 

「痛い! 止めて、鞘で攻撃すんの! どうせなら、桜ちゃんのビンタで……」

 

「鞘無しの方が良いか?」

 

「嘘です! でも、桜ちゃん、なんか握ってる気がするんだよねーっ」

 

「聖核のことなら、何も知らないよ。

名前だって、デュークから聞いてから、レイヴンさんが口にするまで、全然耳にしなかったし」

 

「ホントかなーっ? 俺たち2人の将来の為にも、隠し事は無しにした方が良いんじゃない」

 

「そんな未来はない」

 

「あん! 桜ちゃんったら、冷たい」

 

「レイヴンこそ、何故その聖核をさがしているのです?」

 

「そりゃあ……ドンの命令だからさ」

 

 

エステルに尋ねられたレイヴンは、両腕を頭の後ろに組んで背を向けた。

聖核が魔核の原料ということは、相当な貴重品ではないだろうか。それをドンが探しているとなると、ギルドも何か考えていると踏まえてもいいのか。

こうなることなら、ガスファストロの時にデュークから聖核のことを聞いとけばよかった。

過ぎたことを考えていると、倒した魚人の1体がすくっと立ち上がる。戦慄が走る私たち。

 

 

「これ、まだ生きてたの? ぞ、ゾンビ……っ!?」

 

「や、やめてよね! 非科学的なこと!

……そうよ、燃やせばいいのよ。なんもかんも燃やし尽くせばいいんだわ!」

 

「待って、リタさん。なんか吐き出そうとしてる」

 

「汚物かもしんないでしょ。その前に……て、あれ」

 

「女の子?」

 

 

魚人の口から出てきたのは、なんと小柄な少女であった。

年頃は14歳前後、金髪をおさげにした、海賊風の可愛らしい女の子。

私たちには、彼女に見覚えがあった。

 

 

「パティ!」

 

「しっかりして下さい! 今治癒術を……」

 

「ううん……っ。うちはもうダメなのじゃ……」

 

「そんなこと言わないで、パティ。どこにも怪我はなさそうだし、大丈夫だよ」

 

「最後に……最後に、ユーリにお願いがある」

 

「断る」

 

「うちの唇にのーこーな接吻を」

 

「断る」

 

「触れるだけでいいのじゃ」

 

「断る」

 

「先っちょだけでもいいから」

 

「断る」

 

「桜の姉御とは毎日優しくしてるというのに?」

 

「してたまるか。そんな拷問」

 

「拷問なのかよ……」

 

 

私が即座に否定すると、ユーリはなぜか半目で睨んできた。

恋人でもないのに、24時間胸チラお兄さんとラブラブとか乙女として拷問でしかないだろ。

私の気持ちなど知ってか知らずか、ジュディスは親指をおったてた。

 

 

「これから頑張るのよね!」

 

「頑張らなくていいから」

 

「どっちなんだよ」

 

「おっさんなら、いつでも準備OKよ」

 

「パティ。レイヴンさんがしてくれるって」

 

「違うの! おっさんの唇は桜ちゃん限定なんだってばっ!」

 

「おっさんはいらんのじゃ」

 

「しどい!」

 

「ところでパティはなんで魚人の栄養分に?」

 

「冒険の途中で、海の渚に誘われて、海の中で魔物と戯れとったのじゃ」

 

「それって道に迷って、海に落っこちて、魔物に襲われてたんじゃ……」

 

「ユーリと桜の姉御に再会できたのは運命! ユーリとわしは赤い錨で結ばれているのじゃ」

 

「えらい重い鎖だなおい」

 

「桜の姉御とフレンとは、その後どうなったのじゃ?」

 

 

パティからフレンのことを問われて、私は少し返答に困ってしまう。

さきほど、帝国うんぬんで彼が敵になるかもしれないと話したばかりだ。

予想の域を出ていないから、余計なことは喋らないでおこうとしたところ、エステルが喜々とパティに駆け寄った。その片手に私の携帯を携えて。

 

 

「フレンには、桜の写真でアタックを仕掛けている最中なのです」

 

「おお! 桜の姉御がまるで真珠のような肌をあられもなく出しとるとは、デンジャラスでアバンギャルドな……!」

 

「やめえええええいっ!」

 

「フッフッフ……ッ。これでフレンを落とすのか。

この世の男なぞ、これで一発撃沈よ。お主も悪よのう」

 

「いえいえ、これも全ては押しの弱い桜とフレンのためです。

これくらいの刺激がないと、フレンは動きません」

 

「フレンさんに、これ以上いらん刺激与えないで!

私監禁される! 私の旅が終わる!おまけに人生が終わるわ!」

 

「フレンと結婚ですね!」

 

「それ人生の墓場な!」

 

「ナニナニ? 嬢ちゃん、桜ちゃんのケータイ掲げて何見せてんの……って、ダイナマイトぶふっ!?」

 

「レイヴンさん!?」

 

 

パティとエステルが悪魔の笑みとエンジェルスマイルを浮かべている傍から、レイヴンが私の写真を覗き見たところ、そのままぶっ倒れた。

前かがみになって猫背になるその様は、嘔吐のそれに近い。

 

 

「やっぱり私のグロ画像で犠牲者が!」

 

「あら、でもおじさん、幸せそうよ。前かがみなのが、またウブね」

 

「おっさんがスケベなだけでしょ」

 

「大人って、大人って……」

 

「エステル。オレ、それ封印しとけっつったよな。適当に見せびらかすなよ」

 

「どうしてユーリは怒るのです? ステキな写真だと思うのですが」

 

「こっち見せんな」

 

「ほら、すぐそうやって目を逸らします。フレンがしっかり目に焼き付けていましたよ」

 

「……リアルタイムで見てねぇからだろ……」

 

「ほら、エステル。ユーリだって嫌がってるんだから、削除しなさいよ」

 

「別に嫌がってるわけじゃないんだけど……」

 

「――うわああ!?」

 

 

私たちが私の写真であれこれやっている間に、操舵士の悲鳴がこちらに届いた。

急いで駆けつけると、魚人が1体、傷ついた操舵士を襲い掛かっている場面に遭遇する。

空かさずユーリが魚人を斬り倒し、エステルが操舵士へ治癒術を施した。

 

 

「これで怪我は治りましたが、当分安静にした方が良いですね」

 

「困ったわね。貴方たちの中で、船を動かせる人……はいないみたいね」

 

「うちがやれるのじゃ」

 

「パティ?」

 

 

彼女は名乗り出るなり、船の舵を握ると、船を走行し始めた。

その安定した走りに、私たちは驚き、改めてパティを見つめる。

彼女は舵を握ったまま、ドヤ顔を皆に振りまいた。

 

 

「世界を旅するもの、船の操縦くらいできないと笑われるのじゃ。

どうじゃ、ユーリ。うちに惚れ直したろう」

 

「桜。船旅で疲れてないか」

 

「大丈夫だけれど」

 

「ヒラメのようにスルー!?」

 

「船の走行は安定しているみたいね。

それじゃあ、ノードポリカまでの操舵士は貴方にお願いしようかしら」

 

「しまった! うちが船の操縦をしていたら、ユーリとイチャイチャできんのじゃ!

いや、船の操縦を教えると言う名目で、そのスラっとした身体にボティタッチなんて……ふふふっ!

桜の姉御! ユーリをパスするのじゃ!!」

 

「ユーリ。パティが呼んでるよ。行ってあげなよ。久しぶりの再会なんだから」

 

「お前放っておいていけるかよ」

 

「桜ちゃんには、俺様がついてるから、遠慮せずに行ってきなよ。海賊少女がお呼びだぜぃ」

 

「おっさんに任せるなんて余計だ。しかも不気味に笑ってるヤツんとこ行きたかねぇわ」

 

 

私がパティにユーリをけしかけようとしていたところ、レイヴンが私の隣に立って、同じくけしかけようとしていた。

 

 

「レイヴンさん。あのグロ画像から復活したんだ」

 

「グロって、あんな立派な物……いや、セクシーなもん見せられて、おっさん更にハッスルしちゃったよ」

 

「そこはかとなく危険を感じたので、私から半径3メートル離れてくれませんか」

 

「3メートルとは言わず、海の果てといこうじゃねぇか」

 

「止めて、2人とも!? 強制退場にもほどがあんでしょ!

天を射る矢の代表よ。海に落とすとかないわーっ」

 

「どうでもいいけれど。このまま南に行って、ノードポリカに進んでもらうわよ。

私の依頼は、ノードポリカに積荷を運ぶことなんだから」

 

「ラジャー! なのじゃ。ユーリが傍で応援してくれたら、イルカのように喜んで全力全身するぞ!」

 

「ユーリ。一声くらいかけてあげなさいよ。乙女心を察しろ」

 

「なんで、オレがんなことしなきゃならないんだ」

 

「駄目よ、桜。そういうこと、貴方に言われると、彼は余計に意地を張っちゃうわ」

 

「パティはユーリのこと好きなんでしょう。

好きな人に励まされたら、頑張れるのは当然じゃないの?」

 

「貴方、そういう子だったのね……」

 

「桜の姉御は、うちの味方なのじゃ!」

 

「……ふーん」「なるほど……」

 

 

パティのやる気を出すために、ユーリ推しをしていたところ、彼はジト目で私を睨み、ジュディスは珍しく難しい表情で頷いた。

かくして、パティの安定した船さばきにより、南へ進む私たち一行は、皆思い思いに過ごして……いや、相変わらず、船縁にいる私の両端にはユーリと何故かレイヴンが陣取っていて、心休まる時はなかったけれども。

居心地悪すぎて、そろそろ移動しようと思ったその時、微かな胸騒ぎが私に襲い掛かった。

 

 

「何? これは……向こうから、霧がやってくる」

 

「霧だって? んなもん、どこから――って。.ありゃあ、確かに……」

 

「前方に深い霧が迫ってきているのじゃ! 面舵、取舵……駄目じゃ! 舵が言うことを聞かん!」

 

「パティ、船の動力を落とせ!」

 

「駆動魔導器は、もうとっくに止まっているのじゃ。逆に動かそうとしてもうんともすんとも言わん」

 

「なんですって!? ちょっと操舵士、悪いけど見てみて」

 

 

パティが舵を手放すと、カウフマンが慌てて怪我をしている操舵士を連れ出し、試しに舵を持たせるが船は惰性で霧の中を進むだけだ。

そうこうしている間にも、船は霧の中に潜り込み、同時に胸騒ぎが大きくなっていく。バウルほどのものではないが、確かに霧の中に何かがある。

私の様子を見ていたジュディスは、小さく嘆息した。

 

 

「もともとボロ船だったけれど、とうとうガタがきたのかしら。これはなるようになるしかないわね」

 

「ええ? ボクたち漂流しちゃうの!?」

 

「ていうか、この霧は何? どんどん濃くなってきてるわよ」

 

「こういう霧ってのは大体、よくわかんないことの前触れだったりするからね」

 

「え? え? や、やめてよ~っ」

 

「近い。近づいてくる」

 

「桜?」

 

「前方から大きな影が見えてきたわ。皆、船体に掴まって。ぶつかるわよ」

 

 

ジュディスの警告と共に、ユーリとレイヴンが私を庇い、皆が船体のへ捕まる。

途端、大きく船体が揺らぎ、スっ転びそうになったが、先の通りユーリが支えてくれて事なきを得た。

胸騒ぎの元を辿って、影を見上げてみると、それは巨大な船で、このフィエルティア号の数倍もある。

ただ帆も船体も何もかもがボロボロで、まるで遊園地にでてくる巨大アトラクションの幽霊船そのものであった。

 

 

「この船の中から何かが……いる? ううん、あるのかな」

 

「わ、わけのわかんないこと言わないの、桜! な、なんの変哲もないボロ船じゃないの!」

 

「この船。アーセルム号と読むのかしら。桜、ここに何かあるの?」

 

「うんと、多分、何かありそうだな、と」

 

「確かに。人気もねぇのに、なんか出てきそうな雰囲気はあるが」

 

「そんな。ユーリ、意味ありげなことを言わないでください」

 

 

エステルが空笑いを浮かべている傍から、幽霊船アーセルム号から私たちを中へ誘うようにタラップが下りた。

私やユーリ、ジュディスを除いた皆がビクリと身を震わせる。

私にしてみれば、未知なる恐怖よりも騒めきの方が勝っているので、何ともなかったのだが、幽霊が苦手なリタにとっては怖い以外何でもなかったらしく、火が付いたように駆動魔導器に飛びついた。

 

 

「こんなところ一刻も居られないわ! さっさと魔導器直して……って、なんで?

どこにも異常がないのに、どうして動いてくれないの!?」

 

「原因は呪いだったりして」

 

「止めろおっさん、そんな非科学的なこと起こるわけないでしょ!!」

 

「こんな時にフレンがいれば……」

 

「言っとくけど、私、フレンさんとお化け屋敷で、キャーキャーとかないよ」

 

「男女が結ばれるシチュエーションだと言うのに、桜は心が動かないのですか?

幽霊が怖いとフレンの胸に飛び込んで、そのままゴールインは!?」

 

「なんだその間丸っとすっ飛ばした展開は!? ねーよ! 飛ばねーよ!

あるとしたらフレンさんからの脱兎だよ!」

 

「そういや、お前、信じなければ居ないと同じ派だったよな。

……こりゃあ、楽しみがひとつ減ったか」

 

「え? 俺様、期待してたのに。恐怖の幽霊船に怯える不思議少女に頼れるおじさま。

レイヴンさん、怖い、お願いだから手を繋いでって上目遣いでお願いされたりとか、腕を組んでって胸がとか、そのまま腕の中にダイブとかーっ」

 

「おっさん、刺すぞ」

 

「止めて、おっさん、幽霊よりユーリ君が怖い」

 

「おっさんはともかくよ」

 

「置いとかないで!」

 

「私は幽霊より魔物の方が怖いかな」

 

「まあ、お前のことを考えればそうなるな」

 

 

私が正直に答えると、私の世界を知るユーリだけ深々と頷いた。

日本では1人でお留守番が多かったし、何よりテルカ・リュミレースのよりも治安は良く、魔物もいないのだから仕方ない。

それに、先ほどから私を呼ぶような胸騒ぎが、アーセルム号からして、どうにも素通りできないのは事実だ。

 

 

「ユーリ。あの船、行ってみない? 多分、何かあるとは思うんだけど」

 

「ここで、まさか桜からのお誘いとはね。ま。船が動かないんじゃ、行くしかないか」

 

「そうね。面白そうだし、行ってみましょうか」

 

「何言ってんの……? あんたら正気か!? おば……魔物が出るかもしれないのよ!」

 

「ええ。このフィエルティア号も安全ではなくなるわ。私との契約、守ってもらわないと」

 

「それじゃあ、二手にわかれるか。オレと桜、んでラピードはついてくるよな」

 

「ワフ!」

 

 

ユーリが呼びかけると、ワンコのラピードが歩み寄ってきた。

お犬様なら、お化けもへったくれもないだろう。後1、2人欲しいところだが。

ユーリが皆に目配せするも、エステル首を大きく横へ振り、リタは目を逸らし、カロルはプルプルと震えるだけ。

その中で、自ら名乗りを上げたのは、胡散臭いおっさんことレイヴンとジュディス、パティであった。

 

 

「桜ちゃんが行くってのなら、俺もついてくよ。お姫様を守るのは、おじさまの役目だもんね」

 

「桜が楽しそうなものを見つけたようだから、私もついて行こうかしら」

 

「ユーリが行くなら、うちも行くのじゃ! ユーリの隣はうちが頂くのじゃ」

 

「ちょっと待って。そこのおさげの子は残ってもらうわよ。

船の操縦、今のところ貴方にしか頼めないんだから」

 

 

パティが大きく手を挙げて、ユーリに駆け寄ろうとしたところ、カウフマンが慌てて止めた。

幸福の市場の操舵士は怪我を負っていて、長時間の運転は不可能だ。ノードポリカまで船を動かせるのはパティしかいない。

となると、配分は決まったようなものである。

 

 

「んじゃあ、乗り込むのは、オレと桜、ラピード、ジュディに……おっさんか」

 

「嫌そうな顔しないでよ。ここまで来たんだし、少しは信用してくれてもいいんじゃない」

 

「おっさんが桜の護衛って時点で信用できねぇんだよ。以前は全然やる気なかったクセに、桜のこととなると、嫌に元気になりやがる」

 

「愛だよ、愛」

 

「新たなライバル出現ね」

 

「ワケわかんねぇこと言ってねぇで、さっさと行くぞ」

 

「そうそう、桜ちゃんはおっさんと行こうね」

 

 

ユーリがいつものように私の腕を引き、レイヴンが私の空いた右手を手に取った。

目と目が合う彼ら、戸惑う私、あらまあと微笑むジュディス。呆れるその他の皆様。

ユーリともかく、レイヴンはどういう風の吹きまわしだ。私は全力で彼らの手を振り払おうとしたが、当然無理だった。

 

 

「なんだこの宇宙人捕獲の図は!? なんか私ユーリに腕引っ張られるのがデフォルトになってるけど、自分の足で歩けますから! 放して!」

 

「そうだよ、青年。桜ちゃんは立派なレディなんだから、丁重に扱わないと。

さっ。桜ちゃん、足元の段差に気をつけて。見たとこ、この船ガタがきているから、床を踏み外さないように、俺の手をしっかり掴んでね、もたれかかっても大丈夫だから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

幽霊船とフィエルティア号を結ぶタラップを渡る際、先と打って変わって紳士的な態度をとるレイヴンに驚いてしまう。

ぐいぐい私を引っ張っていくユーリとは、段違いだ。

傍らで様子を見ていたジュディスは、フムと考え込んでしまった。

 

 

「ユーリは若さと勢いはあるけれど。

なんだかんだ言って、女性の扱いはおじさんの方が上手かしら」

 

「騙されんなよ。いざって時には、桜を自分のアジトへ連れ去ろうってヤツだぜ」

 

「女性は、男性の包容力と経済力に弱いものよ。

大人の男性で経験もあって、五大ギルドのひとつ天を射る矢の参謀として安定している。強敵よ、ユーリ」

 

「何が強敵なんだよ。桜、行くぞ」

 

「うああっ!? 待ってよ、ユーリ」

 

「強引に連れてっちゃダメでしょ、青年。桜ちゃんがこけちゃったらどうすんの」

 

「もう仕方がないわね」

 

 

ジュディスは言うなり、思いもよらぬ強硬手段に出た。

私たちの前に立ちはだかるや否や、その只ならぬ気迫を放ち、おののくユーリとレイヴンと私。

澄ました顔の彼女は、ビビる男性陣を脇目にずかずか私の前までやってくるなり、腰に手を回して抱きしめ、そのまま持ち上げる。

互いにぶつかり合う胸、締め付けられる腰、ここで私はジュディスにベアハッグを決められた。

 

 

「なんでぇぇあだだだだっ!?」

 

「フフッ。男の人を惑わす女の子はこの子かしら」

 

「ジュディ!?」

 

「ジュディスちゃん!?」

 

「考えてみれば、はっきりしない桜が悪いのよね?」

 

「だから、なんで私がっ!? 痛みより、胸が……っ! 目と身体のやり場がああああっ!」

 

「女性が女の子を抱き締める構図! これは目の保養では!?

……じゃない! 桜ちゃんが危ない! いろんな意味で!!」

 

「アホか、おっさん! 締め上げられてんだよ!

ジュディ、何のつもりかしらねぇが、桜を解放しろ!」

 

「わかったわ。だけど、貴方たちがまたこんなことするようなら、桜は私が預かる。それでいい?」

 

「わかった。わかったから」

 

「ジュディスちゃんがそう言うなら、しゃーないわね」

 

 

ユーリとレイヴンが渋々頷くのを確認すると、ジュディスはゆっくり私を降ろして、ぎゅっと抱きしめてきた。

今度は温かくて柔らかくて、力強い彼女の抱擁に、私も緊張していいのやら、緩んでいいのやら困惑してしまう。

彼女はそんな私の頭を撫でながら、すまなそうに謝ってきた。

 

 

「痛かったでしょう。ごめんなさいね」

 

「い、いや、思ったほど痛くなかったから別にいいけど。

なんでまた、こんな暴挙を……」

 

「2人に痛い目を見てもらうには、貴方が一番適任だと思って」

 

「だからって、桜を痛めつけることはなかっただろ……。

というか、いつまで抱きしめてるつもりだ」

 

「そうよ。桜ちゃん、びっくりするでしょ。

そろそろ桜ちゃん解放しないと、おっさん、新たな扉が開けそうなんだけど」

 

「抱き心地が良くて」

 

「おいどこ触ってんだ」

 

「こんな場所でもなんだし、中に入ってしまいましょう」

 

「だ、大丈夫なんだよね。ユーリたち」

 

「任せるしかないでしょ。ユーリ・ローウェル君!

一応、駆動魔導器が直ったら発煙筒で知らせるから、すぐに戻ってくるのよ」

 

 

カロルやカウフマンたち船残留メンバーから不安の視線を受けながらも、私はジュディスに肩を抱かれ、ユーリたちとともにアーセルム号の船体の中へ足を踏み込んだ。

この大海原を長い間彷徨っていたであろう船内は薄暗く、蜘蛛の巣や瓦礫まみれながらも、私たちが大っぴらに歩いても支障がない程度には、原型をとどめている。

何故か壁に大きな鏡が張り付けられており、暗がりに自分の怖がる姿が映ってしまった。

 

 

「あら、貴方、怖いもの知らずじゃなかったのかしら」

 

「魔物が怖いんですよ。いくら幽霊が大丈夫でも、物陰からバッと魔物が飛び出して来たら、ビックリするでしょ」

 

「怖い以前の問題だろ。やっぱ危ないな。オレの背中に隠れてるか?」

 

「いやいや、青年ってば、もろ近接タイプじゃん。

俺様が桜ちゃん守りながら、遠距離攻撃した方が効率的よ」

 

「いや、ジュディスのベアハッグがあるからいい……」

 

「身に染みてくれて嬉しいわ」

 

「あんまり、うちのお嬢さん脅すなよ。

守れるもんも、守れなくなっちまう」

 

「守るのは、何も男の役目ではなくってよ」

 

 

ジュディスは私を背に庇いながら、華麗に槍を構えた。

すると、近くの花瓶がなんの前触れもなく一人でに割れ、次にタルが何かにぶつかって倒れる。

原因はわからないが、何かが起こっているのは確かだ。私は甘んじてジュディスに身を任せた。

 

 

「ポルターガイスト? 襲ってくるの?」

 

「鏡よ」

 

「かがみ?」

 

「なるほどね。桜、そのままジュディの傍にいろ!」

 

 

ユーリは鏡を見るなり、身を翻して、なんにもない空を斬った。

するとどうだろう、鼓膜を切り裂くような悲鳴とともに、黒い鎖のような魔物が姿を現す。

続いて、レイヴンが放った矢が空を貫き、そこからてるてる坊主のような魔物まで出現した。

 

 

「透明の魔物!? どうやってわかったの?」

 

「鏡だ。こいつら姿を隠していたようだが、全部鏡に映ってたんだよ」

 

「桜、ソーサラーリングで姿を出した魔物の動きを1匹でも止めて。

数は少ないけれど、まだ他にも潜んでいるかもしれないわ」

 

「わかった。やってみる!」

 

「ジュディ。戦えない桜を前線に立たせるな! 塔の時のように人数は割けねぇぞ!」

 

「この子には、この子の戦い方を学ばせる必要があるでしょう。

守ってばかりが、この子のためだとは思わないわ」

 

「俺もジュディスちゃんの意見に賛成かな。

どんなに大切にしたって、何が俺たちの仲を切り裂くかわかんないからね」

 

「そうならないようにしてきたんだがな」

 

「そう言って、青年は何度桜ちゃんを攫われたかな」

 

「……っ! わかったよ。でもあんま無茶すんじゃないぞ、桜」

 

「うん。皆がついているから、私は平気! やってやるわ!」

 

「ソーサラーリングの射程内ギリギリを狙え。オレが片っ端から叩き斬る」

 

 

ユーリから指示を受けながら、私は近づいてくる魔物たちにソーサラーリングを当て続けた。

動きが止まる魔物から、ユーリやジュディスのコンボが決まり、レイヴンの矢、風の魔術が炸裂する。

鏡に映る魔物に注意しながら、戦闘を繰り返して行くうちに、ガスファストロの経験もあるのだろう、徐々に自分の立ち回りが見えてきた。

 

 

「これはレベルアップと言うのでは」

 

「あんまり気を抜くなよ。

ここの魔物のパターンに慣れてきただけで、他で通用するとは限らないからな」

 

「保護者は大変ね。でも、こういう見守り方もありでしょう」

 

「どうだか。桜には、あんまこういう役回りはしてほしくねぇんだが」

 

「そういうのを過保護というのよ」

 

「過保護でいいよ。こっちも桜との約束があるからな。

だから、こいつには出会った時のままでいて欲しいんだけど……」

 

「相変わらず、やりすぎ感あるわね、青年。ヤンデレ属性でもあんの?」

 

「……もう、遅いわ……」

 

「ジュディスちゃん? 遅いって何が?」

 

「いいえ。目的地が遠いと思って。

桜は何かを見つけて、こんな面白いところに入ろうと思ったのよね」

 

「まあ……、そうなんだけれども」

 

 

ジュディスに問われて、私はちょっぴり返答に迷った。

霧が近づいてきた時、始祖の隷長に近い気配を感じたわけだが。私たちが船乗り込んだ後も、動く気配はないし。

これをどうやって、ユーリたちに伝えるべきであろうか。

 

 

「エアル……に、近い気がするんだよね、でも、危険じゃないと思う」

 

「はっきりしないな。けどまあ、目的地がないとなれば、それと辿っていくしかないか」

 

「そんで、こっから近いの? おっさんもできれば、これ以上の戦闘はさけたいんだけど」

 

「船の一番上になるのかな?」

 

「そんじゃあ、このまま上へ目指せばいいだな」

 

「うん。この通路をまっすぐいけば、きっと上への階段が――」

 

「桜!」「桜ちゃん!!」

 

 

皆を気配の元へ導こうと、一歩前に出た時だ。ギヂンと何かがきしむ音が聞こえた。

何事かと周囲を見回すより先に、ユーリとレイヴンが私の方へ飛んでくる。私はなされるがまま、ユーリに抱き抱えられて、後方へ身を滑らせた。ユーリの胸の中で驚いていると、船体を揺るがすほどの大きな音が響く。

次に頭を上げた先には、鉄格子とその向こうで固まるジュディスとラピードの姿があった。

 

 

「ジュディス! ラピード!!」

 

「こっちは平気よ。それより、貴方たちは大丈夫?」

 

「オレはなんともねぇよ。桜は痛いところはないか」

 

「ない、大丈夫。レイヴンさんは?」

 

「ちょっと腰やったみたい。桜ちゃん擦って」

 

「やらねーよ」

 

「大丈夫のようだな」

 

「大丈夫のようね」

 

「バウ!」

 

「ワンコまでしどい」

 

 

私とユーリが立ち上がり、レイヴンの腰を擦りながら、よろよろと立ち上がる。

皆無事のようだが、二手に分かれて行動した結果、更に分断される羽目になった。

試しに鉄格子にソーサラーリングを当てたり、周囲に仕掛けがないか調べてみるが、私たちの隔たりはビクともしない。

 

 

「ど、どうしよう。いきなり鉄格子が落ちてくるとは思わなかった」

 

「大きな音だったわね。外の皆は無事かしら」

 

「おっさんたちの心配もしてよ。帰り道が塞がれちゃって、もう進むっきゃ道がないじゃないの」

 

「ジュディ。悪ぃが、ラピードと一緒に一足先に戻って、皆の様子を見に行ってくれねぇか」

 

「私は構わないけれど。女の子1人にナイトが2人を残していくのは、ちょっと不安ね」

 

 

またアーセルム号に入る前の騒動を懸念しているのか、ジュディスは腕を組んで唸った。

私としても、彼女のベアハッグは勘弁願いたい。

問題児のユーリは気楽なもんで、ひょいと肩を竦めた。

 

 

「おっさんと一緒になったのは、これが初めてじゃねぇからな。なんとかなるだろ」

 

「ケーブ・モック大森林の時ね。あん時はデュークに桜ちゃん攫われたんだっけ」

 

「同じ轍はふまねぇよ」

 

「ま。おっさんも現場にいたから、人のこと言えないか」

 

「3人でこのまま進む、でいいんだよね?」

 

「極力戦闘は割けて通ることになるがな。

桜、も一度聞くが、例の気配ってやつは近いのか」

 

「なんとも……。そもそも、私、この船の構造わからないから。

近づいてきているのは確か。具体的にどのくらいと言われると、これ以上のことは言えないけど」

 

「それだけで十分だ。おっさん、桜に手ぇだすんじゃねぇぞ」

 

「んな事言ってる余裕ないでしょ。これからおっさんと2人で桜ちゃん守りながら、何が待ち受けてるかわかんないとこへ向かうんだからね」

 

 

レイヴンの言う通りだ。一応目的地を示したものの、そこに何が待ち受けているのかわからない。

始祖の隷長にしては、気配が薄すぎる。幸いと言っていいのか、もう1人の人格が出てくる様子もないが、だからと言って何もないわけではない。

私たちは目的地に何がいるのかわからないまま、幽々たる通路を突き進み、階段を登っていく。

もちろん、船内に巡らされた鏡に映る魔物に気を付けながらだが。何もないところから現れる魔物に、私たちは苦戦しながらも、突き進んでいた。

 

 

「くっ! こうも数が多いとはな。桜、ソーサラーリングはもういい」

 

「でも、魔物の数が」

 

「ソーサラーリングが間に合わない。オレが引き付けている間に、レイヴンのところへ避難しろ」

 

「え」

 

「桜ちゃーん。君の素敵なおっさんはここよ! さあ、この胸に飛び込んでおいで!」

 

「いやだあああああああああっ!」

 

「おっさん、まじめに働け」

 

「おっさんからお茶目を抜き取ったら何も残らないじゃない」

 

「安心しろ、怪しいの代名詞だけは残るわ」

 

「不確かな何かになるわけね。ミステリアスなおじさま」

 

「やっぱ止めだ。おっさんには、生物シールドになってもらう」

 

「え? 何? 前衛の青年が後ろに回るとかない……て、いやああああああああああっ!?」

 

 

ユーリは私の手を引き、魔物を蹴散らしながら、レイヴンの元までやってくると、何の迷いもなく魔物の群れの中におっさんを蹴り落とした。

その隙に、脱兎のごとく逃げるユーリと私。間もなくして、後ろからレイヴンが魔物の群れを引連れながら、追いかけてきた。

 

 

「しどいよ、青年! 文字通りおっさんを盾にするとかないわ!!」

 

「何言ってんだ。魔物連れてきてる時点で、盾にもなってねぇだろ。つうか、ついてくんな」

 

「こうなったら地獄の果てまでついてくわよ! 桜ちゃんもそこの青年に何か言ってやって!」

 

「レイヴンさん、ファイト!!」

 

「ここまできて女の子の声援! おっさんに鞭うつ気?

清々しいまでの笑顔が眩しすぎるんだけど!?」

 

「レイヴンさんなら、やれる!」

 

「あーもーっ! 桜ちゃんがそこまで言うなら、おっさんもやってやろうじゃないの」

 

 

レイヴンは言うなり、くるりと踵を返して、魔物の群れに立ち向かう。本当に1人でやる気なのか。

私が目を見張る中、レイヴンは素早く魔術を発動させる。

 

 

「エアスラスト!」

 

 

レイヴンの声に応えて、無数の風の刃が魔物たちを切り裂いていく。

魔物たちの群れがばらばらになったところで、レイヴン鋭い眼光で魔物を睨み、弓矢を引いた。

 

 

「続いて、マックスハート!」

 

 

レイヴンから放たれた矢が魔物に刺さると、あらぬ方向へ動いたり、魔物同士で殴り合いを始めてしまった。彼は次々矢を放った先から、魔物たちを混乱への渦へと誘い込む。

いつの間にか、魔物たちの同士討ちが始まり、私たちは蚊帳の外になってしまった。

 

 

「魔物たちが俺様にメロメロになってるうちに、さっさと退散するわよ」

 

「メロメロて……」

 

「俺様の弓さばきで、桜ちゃんもメロメロでしょ」

 

「何やったの?」

 

「スルー!? あのね。おっさんのかっこいーところなんだよ」

 

「何やったの」

 

「桜ちゃんがつべたいっ! 俺様の技で魅了状態にしただけよ。お陰で魔物たちは大混乱ね」

 

「胡散臭いおっさんが魅了攻撃とかありえん……!」

 

「そんな便利な技があんなら、最初っから使っとけっての」

 

「エアスラストも恋ノ花も消耗激しいのよ。おっさん、疲れるのヤだから」

 

「要はこんな状況だってのに、出し惜しみしてたのかよ。おっさん生物シールド確定な」

 

「おっさんは初めっから、生物シールドだったのでは」

 

「良かったな。うちのお嬢さんの盾になれて」

 

「おっさんは盾より、鉾になりたい。ねえ、青年。そろそろ桜ちゃん譲ってくれても良いじゃない。

お兄さん! 娘さんを俺様に下さい!!」

 

「やるかよ」

 

「げふ!?」

 

 

頭を45度下げて、両手を差し出すレイヴンのどたまに、ユーリの鞘がぶっ刺さる。

私たちはそんな漫才を繰り広げながら、階段を登り続け、やがて広間に出た。

壁にはいろんな武器や絵画がかかっており、棚には骨董品、乱れた本、そして壁に貼り付けられた大きな鏡が部屋を映し出している。

 

 

「ここが最上部になってるようねぇ」

 

「例にもよって、ここにも鏡かよ」

 

「注意しよう。ここのどこかに気配の元があああっ!?」

 

 

部屋に入って、気配を辿って行ったところ、奥の机にひれ伏せる人体骸骨が目に入り、恐怖のあまり、前にいたレイヴンの背中に抱きついてしまった。

学校の人骨標本ならともかく、本物の人骨なんて生々しいものは見たことがないし、見たくもない。

思いのほかガッシリしているレイヴンの背中で縮こまっている私を、彼は甘んじて受けてくれた。

 

 

「桜ちゃん、怯えなくても大丈夫大丈夫。

仏さん、亡くなって結構経ってるようだから、とって食ったりしないって」

 

「だだだ、だってぇ……っ」

 

「俺様の背中を堪能したいなら、好きなだけどーぞ。

おっさんとしては、後ろからより、前から桜ちゃんをきゅっとするのが好みなんだけど」

 

「あばばば……っ」

 

「こりゃあ、ダメだわ。桜ちゃん、背中にくっついて動かないわよ。俺様大歓喜」

 

「その髪の毛根こそぎ引っこ抜くぞおっさん。

しっかし、桜、お化けはOKなのに、白骨死体はダメなのかよ。

いや、普通のお嬢さんなら、こういうリアクションするわな……」

 

「どーする? この部屋が目的地なんでそ? 桜ちゃん落ち着くまで、休んどく?

俺様は大歓迎なんだけどさ」

 

「骸骨と一緒に休憩なんざ御免だぜ。桜の精神衛生上にもよくないだろ。

桜、しっかりしろ。いつまでも、おっさんにくっついてると、何されるかわかったもんじゃないぞ」

 

「うう……っ」

 

「オレがついてるから、ほら、頑張れよ」

 

 

ユーリに手を差し伸べられて、私はレイヴンの背中を伝いながら、彼の手を取った。

恐怖を紛らわせるように、ユーリの大きな手を握りしめると、彼も握り返してくれる。お陰で、少し勇気がでてきた。

ここで震え上がっていても、ユーリとレイヴンを困らせるだけだ。早く目的のものを探さなくては。

周囲をみたところ、フェローのような始祖の隷長どころか、生命の気配もない。よくよく神経をとがらせると、やはり行きつくのは白骨死体――いや、それが後生大事に抱え込んでいる紅の箱の中から気配が漏れていた。

 

 

「ユーリ。骸骨が抱えている紅の箱の中に何かあるみたい」

 

「死ぬ寸前まで、大切にしたものか……。ワケアリっぽいな」

 

「お宝! お宝! で、誰が白骨死体からお宝とりあげんの? いかにも呪われそうなんだけど」

 

「おっさん、落ち着け。傍に本がある。こりゃあ、航海日誌か」

 

 

白骨死体の隣に、大きく見開かれた本が露骨においてあった。

かなり古い本のようで、最後のページ以外はほとんど霞んで、文字の原形をとどめていない。

ユーリは私の手を引いたまま、本の最後のページを音読し始めた。

 

 

「……アスール歴232年。ブルエールの月13?」

 

「アスール歴、ブルエールっつったら、帝国ができる前の暦でないの」

 

「知ってるのか、おっさん」

 

「千年以上も昔だよ」

 

「そんな昔の船が、海の上で現存してるって言うの?」

 

「さて、詳しくは日誌を読んでみないと。どれどれ……。

船が漂流して40と5日。水も食料もとうに尽きた。船員も次々に飢えに倒れる。

しかし私は逝けない。ヨームゲンの街に、澄明の刻晶を届けなくては……。

魔物を退ける力を持つ澄明の刻晶があれば、街は助かる。

澄明の刻晶は例の紅の小箱に収めた。ユイファンからもらった大切な箱だ。

彼女にももう少しで会える。みんなも救える。

――て、かーっ! 想い人と大切な町の皆の為に、お宝抱えて海をさまよって力尽きたと、なんつう一途で悲惨な話かね」

 

「千年も前の話なんだろ。おっさん、同情してっと、出るものが出ちまうぞ」

 

「そん時は、桜ちゃんに励ましてもらうもん」

 

「そして、私はレイヴンさんを盾にして逃走を図るんだね」

 

「しどい! 背中で震える桜ちゃん、あんなに可愛かったのに!

青年とはいつもあんな感じなんでしょ。よく理性が持つね」

 

「なんのことだか」

 

「実はそうでもないわけね」

 

 

ユーリとレイヴンが意味深な話をしている間にも、私は紅の箱が気になって仕方がなかった。

まるで「自分はここだ、ここにいる」と叫んでいるようで、白骨死体の存在も忘れて、手を伸ばしてしまう。思い切って、箱を取り上げると、思ったよりそこそこ重みがあり、ほんのり中身が光ったような気がした。

 

 

「あれ? 今のって……。開かない、鍵がかかってるのかな」

 

「桜ちゃん。仏さんから、お宝ゲットしたの? 骸骨怖くなかった?」

 

「たまにとんでもない度胸発揮するよな、お前」

 

「中身が気になって、つい。

この箱の中に日誌の澄明の刻晶が入ってるんだろうど、魔物を退けるって、結界魔導器なのかな?」

 

「結界魔導器はもっとビッグサイズよ。

しかし、日誌の内容から察するに、ただものじゃないに違いないけどねぇ」

 

「千年前、ヨームゲン、澄明の刻晶か。リタがいれば、何かわかったのかもしれねぇが。

んなもん見つけるとは、お前、どうしちまったんだ」

 

「私に言われても、わかんないよ。……始祖の隷長だと思ったのに……」

 

「エンテレ……?」

 

「桜ちゃん、伏せて!!」

 

 

ユーリと2人で考え込んでいると、レイヴンが血相を変えて、私を押し倒してきた。

伸しかかる固く温かい彼の身体に、私は驚きのあまりしばし硬直してしまう。

しかし、天井を見上げた先で大きな影が通り過ぎ、私を庇うレイヴンから小さな呻き声がして、我に返る。

起き上がった先には、ボロボロのマントを翻し、おお振りの剣を携え、私たちに対峙する骸骨の魔物がいた。

 

 

「鏡の中から出て来たぞ、あの魔物!」

 

「魔物を退けるんじゃなくて、引き付けるんじゃないの? その澄明の刻晶」

 

「レイヴンさん、さっきのは? 大丈夫なの?」

 

「これくらい平気平気。桜ちゃんが無事なら、それでいーの」

 

「なら、回復だけでもしておいて。アイテム出すから」

 

「あんがとね! けど、そう悠長にもしれられないかな」

 

「オレと手負いおっさんだけでこいつを相手にしなきゃならねぇわけだが。

どうみても、これまでの魔物とは、桁が違うぜ」

 

「みたいね!」

 

 

レイヴンが矢を打つのが早いか、矢は空を斬って、途中で破裂する。

その先には、骸骨が構える銃の口から煙が上がっていた。

銃撃による遠距離攻撃も可能なのか、この骸骨の魔物。呆気にとられる私たちを余所に、骸骨の魔物が詠唱に入った。

 

 

「魔術もできんのかよ! 桜、こっちへ走れ! 二手に散らばるぞ!」

 

「レイヴンさんにアイテム渡してから行く!」

 

「俺は良いから、桜ちゃんは早く、青年のところへ――むぐぐっ!?」

 

「術技使ったんだから、ミックスグミでいいよね」

 

「桜ちゃんたら、人前でアーンとか、強引なんだから。――って、こっちだ!」

 

 

レイヴンは私を思い切り引っ張って、自分の元へ引き寄せると、元居た場所から水の柱が迸った。

骸骨の魔物は、こちらに向かってくると、大きく剣を振り上げる。

レイヴンは私を後ろへ回すと、剣で振りかかる刃の連打をなんとか受け流し続けた。

 

 

「攻撃おっもいわっ! そんなヤツは回っときなぁ!」

 

「閃牙! ふっ飛べ!!」

 

 

腰から小太刀を抜き出し、剣の二刀流になったレイヴンが横様に斬りぬいて、骸骨の魔物を回転させた。魔物がふらついたところへ、ユーリが刀を回転させて斬りつけると、続けざまに刀を叩きつけて吹き飛ばす。

がしかし、骸骨の魔物は大きく飛躍して、銃口をこちらへ向けてきた。狙いはレイヴンか。

 

 

「レイヴンさん!」

 

「駄目だ、桜ちゃん!」

 

 

レイヴンも気づいて私を庇うが、それより先に私が脇をすり抜け、ソーサラーリングの射程圏内に飛び込む。

 

 

「この……っ!」

 

 

私はソーサラーリングに全神経を集中して、渾身の一撃を放った。

ソーサラーリングは強いエアルを受けることによってパワーアップするなら、エアルの流れをソーサラーリングに集中させて放つことも可能ははず。

かつて、バルボスの銃の時、ヘリオードでの兵装魔導器の暴走時のことを思い出した。

私がやらないと、私ができる最大限を使って皆の力にならなくては、ここにいる意味がない。

ソーサラーリングから放たれた大きなエアルの塊は、骸骨の魔物に被弾すると、そのまま地へ叩きつけてダウンさせる。

と、同時に、私自身に急激な疲労がのしかかり、その場で尻もちをついて、へたり込んでしまった。

 

 

「っつう!?」

 

「桜!」

 

「桜ちゃん、無事なの!?」

 

「ただのエアル酔い……っ。今のうちに、魔物を早く!」

 

「……無理すんな! レイヴンは桜を!」

 

「了解。任せて」

 

 

激しいめまいと疲労感に襲われながら、私が訴えると、ユーリは一瞬戸惑うものの魔物へ追撃をし始め、レイヴンが私を支えてくれた。

ソーサラーリングの方を見てみると、壊れている様子はない。よかったと胸をなでおろしていたら、レイヴンが見たこともない表情で私の両肩を捕まえた。

憤っているように目じりを釣り上げているが、眉間にしわは寄っていない、怒るとも困っているともとれる複雑な顔だ。

 

 

「桜ちゃん。なんであんな無茶したの」

 

「レイヴンさんが危ないと思って、咄嗟に身体が動いたんだよ」

 

「俺に桜ちゃんが身を挺してまで守る価値なんてないんだけどね」

 

「いや、そこまで卑下せんでも」

 

「マジな話、止めてよね。そーいうの。おっさんのことはどーでもいいんだから。

桜ちゃんに何かあったら、俺は困るどころの話じゃないってーのに」

 

「ユニオンの護衛だもんね」

 

「それもあるけどね……。桜ちゃん、女の子なんだよ?

か細い身体して、どうしてそこまで頑張るかね。若人だから? 元気凛々?」

 

「足手まといは嫌。誰かのために頑張りたいって気持ちは皆もってるもんでしょう。

レイヴンさんだって、例外じゃないよ」

 

「俺のために頑張ってるってこと?」

 

「骸骨の魔物が出てきた時、レイヴンさん、私を庇って怪我しちゃったでしょう。

私もレイヴンさんに何かしなきゃと思って」

 

「……」

 

 

レイヴンの気押しに負けそうになりながら、私が懸命に弁解を試みたところ、彼は押し黙ってしまった。

実のところ、ここまでソーサラーリングの能力を試してみたいのもあったが、傷ついてまで私を守ってくれたレイヴンを助けたいと言う気持ちに偽りはない。

しかし、このおっさんのことである。またよからぬことを考えてるのかもしれない。失言だったか。

 

 

「い、今のなしで! レイヴンさんは例外というか!

また怪しいこと考えてるんでしょ! 私にはわかる!!」

 

「ま。怪しいこと考えちゃってて、自分でも驚いてんだけども」

 

「やっぱり! どんな!?」

 

「ひ・み・つ」

 

「おっさんが人差し指口元に当ててウィンクしないで! 嘔吐する!!」

 

「さて、桜ちゃんの健気な応援も頂いたことだし、おっさんも一肌脱いじゃいますか」

 

 

レイヴンが意気揚々とユーリと交戦している骸骨の魔物に対峙した、その時だ。

私たちがやってきた階段の方から、けたたましい足音と共に、聞き覚えのある黄色い声が届いてきた。

 

 

「ユゥゥリィィィ!!」

 

 

土煙、もとい、埃煙を挙げながら、ダッシュで急接近してきたのは、ユーリLoveのパティ少女だった。

彼女は骸骨の魔物と戦っているユーリを確認するなり、夜行性の魔獣のように目を光らせると、魔物を払いのけて、そのままユーリの顔面目掛けて弾丸のようにダイブする。

 

 

「再会のキッスを!!」

 

「……」

 

 

勢いよく飛び込んできたパティ少女ではあったが、ユーリが素早く身を横にして避けられ、そのまま床に濃厚なディープキスをし、勢い余ってエビぞりになった。

彼女が来たということは、ジュディスが皆に助けを呼んでくれたのだろうか。

パティのユーリへの愛……というか、執着心も凄いが、ユーリのスルースキルもここまでくると惨いぞ。

 

 

「ユーリ。パティがせっかく駆けつけて来てくれたんだから、抱きとめてあげても……」

 

「バカ言うなよ。ホイホイ自分の胸を貸してやれるか」

 

「桜ちゃんには、胸や背中や腕とかホイホイ貸してるわよね」

 

「それより、魔物のブッ倒すのが先だ。とっとと片付けるぞ」

 

「誤魔化したな」

 

「青年ったら、露骨ねーっ」

 

「そこの2人。うるさいぞ」

 

 

私とレイヴンが「いっけないんだーっ」と口を揃えていると、ユーリが拳をプルプル震わせた。

まあ、レイヴンと一緒になって、ユーリをからかっている場合でもない。

改めて、骸骨の魔物の方へ構えるユーリとレイヴンであったが、魔物は私たちではなく、乱入してきたパティに釘付けになっていた。

 

 

「な、なんじゃ? この魔物は」

 

「……」

 

 

骸骨の魔物は、パティをしばらく見つめた後、剣を下ろし、スッと鏡の中へと姿を消していった。

パティに何かあるのか、それとも紅の箱を諦めたとか。

唐突な展開に呆気に囚われていると、パティがやってきた階段から、ジュディスを先頭に、皆が駆けつけてきた。

 

 

「桜! 無事でよかった!」

 

「エステル!」

 

 

エステルは私を見つけるなり、躊躇うことなく抱き着いてきた。

例によって、私の身体をくまなく触りまくって、怪我がないかどうか調べ始める。

それがくすぐったいたら、堪ったものではない。私は彼女の両手を抑えて、首を横に振った。

 

 

「大丈夫だから。ちょっと疲れてるだけよ」

 

「本当です? ユーリとレイヴンの3人きりだと聞いて、もしも桜が傷物になってしまったらと思うと心配で心配で」

 

「なんだそんな如何わしい方向へすっ飛んだ解釈は。

ところで剣構えてるのは、さっきの骸骨の魔物のせいだよな。

ここで男2人を亡き者にしようとかないよな? な!」

 

「桜に手を出す不貞な輩は血祭りです」

 

「やっぱりそうだった!!」

 

「それで殺るのはどちらです?」

 

「どっちでもねーよ!」

 

「両方ですね」

 

「なんでだよ!? その殺る気は、消えた骸骨の魔物に向けて!」

 

 

私が必死に骸骨の魔物が消えた鏡の方を指差すと、今度はリタが震えた声を張り上げてきた。

 

 

「桜。その骸骨の魔物って、何なの? お、お化けじゃないでしょうね!?」

 

「この箱を見つけてから、しばらくして鏡から現れた魔物ですよ。

もう逃げちゃったけれどおおおお!?」

 

「か、鏡から? お化け!?」

 

「ぐおおおっ! リタさん、首が……スリーパーホールドは止めて!!」

 

「落ち着け。順を追て説明してやっから、桜を解放しろ」

 

 

リタの細腕が私の首にフィットし、私の首がギリギリと締め上げられたところで、ユーリが簡潔に説明し始めた。

ジュディスと別れた私たちが船長室で日誌をみつけたこと。その日誌には、千年前の船でヨームゲンの街に、澄明の刻晶を届ける途中に難破し、全滅したこと。その澄明の刻晶がこの紅の箱に入っているが、開けられないこと。鏡の中から骸骨の魔物が出てきて、襲い掛かってきたが、つい先ほど姿を消したことなどなど。

ジュディスは白骨死体を見つめ、カロルは怯え、エステルとリタは航海日誌を読んで、一同納得したように頷く。

パティはと言うと、ユーリに近づこうと手を伸ばすが、ひょいとかわされて叶わないでいた。

 

 

「ユーリーっ! あの魔物、うちに気があるのかもしれん。うちを狙って襲ってくるかもなのじゃ。

桜の姉御のように、その逞しい背中でうちも守るのじゃ~っ」

 

「オレは、その桜の面倒をみなくちゃなんねぇんだよ。

桜、さっきエアル酔いって言ってたが、今もそうなのか」

 

「なんともないよ。ほら、こんなに身体が動く」

 

 

私が元気に腕を動かして見せるも、ユーリの曇った表情は晴れない。

彼は、今にも逃げ出しそうなリタに目配せした。

 

 

「リタ。念のために、桜のこと診てくれねぇか」

 

「こ、ここで? さっさと出ましょうよ。桜はその後でも大丈夫よね」

 

「それもそうだな。……ここにはおっさんがいる」

 

「何よ。俺様に内緒話? 仲間外れ反対ーっ」

 

「駄目よ、おじさま。これは女の子同士の秘密」

 

「ユーリは女の子に含まれますか」

 

「含めるなよ」

 

「桜のことが気になるのもそうだけどさ。その箱どうするの?」

 

 

カロルに指摘されて、私たちは紅の箱を見つめた。澄明の刻晶という魔物を退けるものが入っているらしいのだが、肝心の箱が開きやしない。

魔導士にして魔導器オタクのリタにも澄明の刻晶のことを尋ねてみたが、聞いたこともないと言う。

魔物に困っている街へ届ける予定だったのだろうが、千年経った今でも街は存在し続けているのだろうか。

 

 

「カロル。ヨームゲンって聞いたことある?」

 

「ないよ。千年も昔の街なんでしょ。もうなくなっちゃったんじゃないかな」

 

「じゃあ、これはここに返した方が良いのかな」

 

「待ってください、桜。わたし、その澄明の刻晶をヨームゲンに届けてあげたいです」

 

「カロルも言ってたでしょう。千年前の話で、存在しないかもしれない街なんだよ。どこにあるのかもわからないし」

 

「でも、このままでは、ここの人たちが浮かばれません。

……澄明の刻晶を届ける仕事を凛々の明星にお願いしてもいいでしょうか」

 

 

エステルは懇願するように、カロルへ澄明の刻晶届の依頼を提示してきた。

日誌を読む限りじゃあ、果てしなく無謀な案件だと思うが。

案の定、カロルは首を横に振って、険しい顔をした。

 

 

「ダメだよ。エステル。基本的にボクたちみたいなちっちゃなギルドは、ひとつの仕事を完了するまで、次の仕事は受けないんだ」

 

「そうそ。ひとつひとつしっかり仕事していくのが、ギルドの信用に繋がるからなぁ。

青年たちの凛々の明星だって、小規模の駆け出しギルドでしょ。無理言っちゃいけないよ」

 

「あら? またその娘の宛てのない話で、ギルドが右往左往するの?」

 

「ちょっと、ジュディス! もっと他に言い方あるんじゃないの?」

 

「リタさん。難しい依頼なのに違いはないよ」

 

「にしたって、もっとマイルドな言い方ってもんがあるでしょ」

 

「いいんです。リタ。……ごめんなさい、ジュディス。

でも、この人の思いを届けてあげたい……。待っている人に」

 

 

エステルは日誌を見つめて、ぐっと堪えているようであった。

感情移入してしまう気持ちは理解できなくもないが、なんせ私たちはフェローに会いに行くと言う難易度アンノウンの任務がある上に、日誌の話は千年前のもの。

待っている人と言うけれど、その人がいた街も残っているかどうか。

言い淀む皆の中で、唯一リタが一歩までに出た。

 

 

「あたしがやる」

 

「リタさん」

 

「あたしが探すと言ってるの。もちろん、あんたに付き合いながらになるけど、どうせフェロー探しでエステルと目的地一緒だし、その後のことも宛てがあるわけでもない。

なら、これくらい引き受けても問題ないでしょ」

 

「リタ……。いいのです?」

 

「あたしが決めたの。指図は受けないわ」

 

 

リタの申し出にエステルは困惑したが、私たちは優しい彼女の行動に顔を見合わせた。

 

 

「じゃ、ボクも付き合うよ」

 

「オレも付き合ってもいいぜ。そもそもそれ見つけたのは、うちのお嬢さんだからな」

 

「私のせいなの?」

 

「どうせオレらの行くとこ一緒なんだ。だったら、仕事外として少し手伝う分には問題ない、だろ」

 

「私に手伝えることがあるかどうかは、わかんないけど」

 

「ありがとうございます! 桜だって、傍にいてくれるだけで嬉しいですよ」

 

「若人は元気があって良いわねぇ」

 

「レイヴンさんもついてくるんだよ。私の護衛なんでしょう」

 

「はうっ」

 

 

私に自身の役目を指摘されて、レイヴンはがっくり肩を落とした。

よし。レイヴンが何か企んでいる時には、これを使って行こう。

ふと船長室の窓を見てみると煙の尾を引く光が見えた。

 

 

「お、発煙筒か。駆動魔導器、直ったんだな」

 

「だったら、ノードポリカに行けるね」

 

「だといいんだけどねぇ。呪いも解けてるといいんだけど」

 

「そ、そんなわけないでしょ!? バカ言ってないでいくわよ! 桜はとっととあたしとくる!」

 

「リタ、ごめんなさい。私、桜に聞きたいことがたくさんあるの。今回は譲ってくれる?」

 

「それって澄明の刻晶のこと? ソーサラーリングのこと? なんのこと?」

 

「2人ともずるいです。わたしも一緒に行きます」

 

 

私は美少女たちに囲まれる形で、ずるずると船長室を後にした。

船長室に残ったのは。男性陣とパティとワンコ。

 

 

「やっと2人きりになったのじゃ」

 

「いや、おっさんと首領とラピードがいんだろ」

 

「この際、他の野郎どもには目を瞑るのじゃ。

桜の姉御も行ってしまったことだし、いまここで男の本性を出しても構わんのじゃぞ」

 

「海にリリースしてもいいってことだよな」

 

「ユーリ。目が本気だよ。困ってるなら、きちんとそう言わなきゃ。

桜のことも、はっきり言ってあげた方がいいって」

 

「なんのことだよ。カロル」

 

「それとも桜ちゃんもパティちゃんも遊びだったとか」

 

「あのな、おっさん」

 

「遊びでも構わん。必ず本気にさせるのじゃ!

と言うわけで、桜の姉御への見せつけの為に、手始めに軽く熱いベーゼから――」

 

 

間もなくして、船長室の窓が割れ、海賊少女が母なる海へ盛大にリリースされる姿が船内の小窓から確認された。

大丈夫なのか。凛々の明星。彼女、現時点で唯一の操舵士なんだが。

とてつもない不安に駆られながらも、私たちはフィエルティア号へと向かった。

 

 

 

 

■続く■




パティ加入から幽霊船までのシナリオです。
やりたいことが多すぎて、まとめきれず、戦闘シーンが難しすぎて、いくつかはしょるハメに……っ! いいんだ! レイヴンと仲良くなれればいいんだよ!
当初は、ジュディスの代わりにパティを加える予定でしたが、原作ではそれが許さなかったのと、どの道途中で分断する予定だったので、あえてジュディスに致しました。
もっと深堀りすれば、面白くなるのかもしれませんが、原作の中でも中盤の序盤なので、駆け出しくらいの内容にさせて頂きました。
あまり最初からてんこ盛りにすると、後半が大変なので……。

次回はノードポリカです。
あの人との再会です。……再会まで持っていけたらいいなぁ。
それではまた。



瑛慈 翔
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