明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第35話】ボケた者とつっこんだ者は

 

魔物やエアルもない、テルカ・リュミレースとは違う世界。

そのことはユーリやリタ、帝国の一部の人間以外、秘密なのです。

でも、2人きりの時にでもいい。彼女の世界のことをお話ができればいいのですが。

 

 

そんなことを考えながら、わたしはトリム港の宿で、桜の寝顔をケータイカメラに収めます。

こんなあどけない顔から、想像もできません。

そう。桜はその違うの世界からやってきた異世界人なのです。

 

 

このケータイは、ヘリオードで色仕掛け作戦の準備をする際に、桜からお借りしました。

スイッチを入れると、画面が光って、沢山の絵が出てきてびっくりです。

 

 

遠くの人と話をしたり、情報をあつめることのできる機械だそうで。

なんとカメラを撮ったり、音楽流したり、時計になったりするらしいのです。

 

 

こんなに小さな板なのに、いろんなことができるなんて、桜の世界はとても科学技術が発達しているのですね。

今更ですが、このケータイを触ってみて、桜は別の世界の人なんだと実感してしまいます。

これから、一緒にテルカ・リュミレースを旅して、この世界を気に入ってくれればいいのですが。

 

 

ザーフィアスにデイドン砦、クオイの森にハルル、アスピオ、エフミドの丘、ノール港……。

カロルやリタに出会えたことは、とてもいい思い出になったと思うのですが、思い返してみれば、ずっとトラブル続きで楽しいとは、言い難いのかもしれません。

 

 

ここはフレンに頑張ってもらおうと、ヨーデルとともに桜を任せたものの、トリム港からヘリオードまで、あまり進展はないようでした。

アレクセイにも桜をこちらに引き留められるようにと、逆ハーレムという作戦を持ち出したのですが、桜には通じないなんて。

いいえ、構いません。わたしとしては、桜と善い人、例えばフレンと仲良くなって、テルカ・リュミレースで幸せになってくれれば、それだけで嬉しいのです。

 

 

私の思いとは裏腹に、ヘリオードやダングレスト、ケーブ・モック大森林では、桜とユーリと仲が深まっているようです。

とっても怪しいです。怪しさ大爆発です。

しかも、バルボスに攫われてしまった桜をユーリがいの一番に助けに行きました。……これは事件です。

このままでは、吊り橋理論で桜とユーリが急接近してしまいます。

 

 

急ぎフレンを桜が捕らわれているバルボスの塔 ガスファストロへ向かわせたのですが。

なんなのですが。桜とユーリが2人連れ添っています。これは危険だと思い、取り急ぎフォトンをぶつけたものの、寸でのところでかわされてしまいました。

わかって下さい、ユーリ。これも桜の明るい未来のためなのです。

 

 

バルボスを倒し、ラゴウを捕え、見事フレンは隊長へ昇進しました。

ユーリは気になりますが、怖い人たちもいなくなって、フレンも出世したのですし、これで未来は安泰ですね、桜。

わたしも自分のことのように喜んでいたのですが、とうとう別れの時がやってきました。

ダングレストを最後に、桜や皆の旅が終わってしまう。

わたしは皇族にして、次期皇帝候補。これまで桜たちと旅をしてこれたのが、不思議だったのです。

 

 

皆との旅を諦めかけたその時、喋る魔物フェローが襲ってきました。

フレン隊の精鋭たちが、わたしを守ろうとしてくれましたが、技も術も全く歯が立たず、フレンも傷つき膝を折ってしまう。

このまま、わたしは桜の生末も知らずに死んでしまうのでしょうか。

 

 

恐怖で動けなくなるわたしの前に、1人の少女が魔物に立ち向かいます。

――桜、何故?

貴方1人なのです? ユーリは? フレンは? 皆はどうしたのです?

 

 

迷っている暇はありません。皆がいない今、桜を守れるのはわたしだけ。

急いで剣と盾を構えて、桜の盾になろうとしましたが、彼女は尚もわたしを庇って、魔物と対峙します。

その勇ましさと気迫はどこから湧いてくるのです? 本当に桜なのでしょうか。

 

 

魔物は言いました。わたしが忌まわしき世界の毒だから消すと。

そして、桜にも何か言い残していきました。

 

 

なんのことかはわかりませんが、喋る魔物に襲撃され、桜だけが見逃されて、去っていったのも気になります。

わたしは、これらを見なかったことにできるでしょうか。

以前のように、お城に籠って、ノール港やハルルの街、たくさんの困っている人たちの声が届かないことをいいことに、のうのうと毎日を過ごしていてもよいのでしょうか。

そして、わたしとフレンがいない隙に、ユーリと桜がくっつくのを見逃せるでしょうか。

 

 

いいえ、できません。わたし、旅を続けて、ユーリを倒し、桜とフレンを結び付けて見せます。

そのためにも、このケータイで離れ離れになっている間の桜をカメラに収めることにしました。

 

 

早速ヘリオードで、第一弾色仕掛け作戦の桜をフレンにお披露目です。

あんなに写真を食い入るように見つめるなんて、そんなに喜んでもらえるとは、わたしも頑張った甲斐がありました。

桜も大声を上げるくらい恥ずかしがることはないのに、フレンとっても嬉しそうですよ。

なんて言っても、現場にいたユーリを羨ましがるくらいですから。

 

 

そうです。これからは、ユーリも知らない桜の姿をカメラに収めなくてはいけません。

いっぱい桜との思い出を詰め込んで、フレンに届けますね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボケた者とつっこんだ者は

 

おなじネタを分け合って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダングレストを襲撃した喋る魔物フェローに会いに行く。それが私たちギルド凛々の明星の最初の依頼であった。

依頼主は皇女にして次期皇帝候補のエステル。自分が襲われた原因であるフェローの「忌まわしき世界の毒は消す」理由を知りたいとのことで、私の希望を含め、フェローとご対面の依頼を引き受けたんだが。

 

実はこれから向かうノードポリカを治める総領ベリウスが、フェローのことをよく知っているらしい。レイヴンが持ってきたドンの手紙、ベリウス宛のフェローについての質問状から、それを知ったのだが。ジュディスが言うには、ベリウス自身も始祖の隷長で、私のことも分るかもしれないと言うのだ。

 

そう。私が始祖の隷長なのか、ただの人外なのかが説明できるかもしれないと。

 

とはいえ、私がこんな状態になっているのは、私とジュディスだけの秘密。

皆に知られでもしたら、パニックになるだろうし、私をパーティから外す可能性だってある。残留しても持て余すこと間違いなしだろう。

そのベリウスが話の分かる人で、うまいこと誤魔化しつつ、私に説明なんてしてくれないだろうか。いや、うちには強烈な過保護者のお兄さんユーリがいる。

「ちょっと内緒話するから、向こう行ってて」と言って、はいそうですかと引き下がるようなデリカシーのある男ではないのだ。

わかるだろう。公衆の面前でなんの恥ずかしげもなく胸元開けたセクシーな格好しても、どーどーと立ち振る舞っている羞恥心の欠片もない色香振りまく美男子だぞ。

私みたいなチンケな女子が「乙女の秘密」とベリウスと2人きりを強行しても、へばりついてでもついてくるに違いない。

 

幽霊船から脱出した私たちは、ノードポリカを目指して、再び動き出したフィエルティア号を南へ進めていた。

順調にいけば、ベリウスがいる闘技場の街に着いてしまう。

満天の星空の下、安定に海原を走行するフィエルティア号の後尾にて、私は積荷の影に隠れて1人頭を抱えていた。

 

 

「……な、なんとかして、私とベリウスと2人きりになれる状況を作れないか」

 

 

けれど、相手はノードポリカのトップである。ドンの手紙という優待チケットがなければ、簡単に会うことは叶わないだろう。

ここは始祖の隷長とのテレパシーとか電波とかなんとかならんのか。こういう時にこそ、別人格の出番だろ、出てこい。いやユーリたちがいる手前難しいか。

うんうん唸っていると、船の前頭の方からユーリの私を呼ぶ声がしてきた。

 

 

「桜ーっ! もうすぐノードポリカだってよ。出てきて準備しろ」

 

 

もう着いたのか。耳を澄ませてみれば、いくつもの打ち上げ花火の音が鼓膜を叩き、辺りがチカチカと照らされている。お祭りでもしているのだろうか、確かノードポリカは闘技場だと話していたが。

もういっそ、皆と別行動をとって、1人でもベリウスに会いに行こうかと無茶な計画を企ていると、物陰からおっさんことレイヴンが顔を出した。

 

 

「桜ちゃん、みーっけ」

 

「レイヴンさん。シーッ!」

 

「うん? 青年とかくれんぼでもしてんの?」

 

「これから繰り広げられるであろう大惨事を回避するために、ちょっと作戦を。……ユーリとは一緒にいるのは回避したいなぁなんて」

 

「じゃあ、おっさんも一緒に隠れちゃおっと。

積荷を降ろすの手伝って、とか言われたら面倒だもんね」

 

 

そう言って、レイヴンは私の隣でちょこんと座り、積荷の影に隠れた。

 

 

「どしたの、桜ちゃん。

あんなに青年の傍にいたのに、急に一緒にいたくないなんて、どーゆー心変わりなの。

それとも、幽霊船で俺様の活躍に惚れちまったのかい?」

 

「それはない」

 

「あん。ざびじい」

 

「床にのの字書かない。レイヴンさんのことは、一応信用してるんだから」

 

 

怪しさ無限大でおふざけが過ぎるおっさんだが、幽霊船で活躍したのは違いない。

ギルドの命令とはいえ、私のことだって身を挺して守ってくれたのである。

天を射る矢の参謀だし、実力は十分、情報量も豊富だろう。

 

 

「レイヴンさんは、ドンの手紙を届ける以外で、ベリウスに会う方法って知ってる?」

 

「さぁてね。うちと違って、ベリウスは人前に出ることはないって聞くよ。

おっさんも今回会うのが初めてで、すんごい緊張しちゃってさーっ。桜ちゃん、俺様の手を握って勇気づけてくんない」

 

「おっさん、ファイトぉっ」

 

「ったーい!? 叩かなくてもいいでしょ」

 

「活を入れたんだよ」

 

「あら心強い。けどもっとお手柔らかにお願い。いくら桜ちゃんでも痛いのは勘弁よ」

 

「レイヴンさんはこれくらいがいいの」

 

「青年みたいにキャッキャウフフはさせてくんないのね。

今はその青年を避けるなんて、さては恋愛事かな? おっさん焼けるわ」

 

「違うよ」

 

「平常運転ね。安心したわ」

 

「安心って何が?」

 

「俺様の心の安寧。しっかし、恋煩いでもなけりゃ、なんでまた青年とかくれんぼしてんの。

あ。桜ちゃんでも、青年にやましいことがあんのね。いっけないんだーっ」

 

「やましいことというか。……実際、そんなもんだよね。

レイヴンさんは、今まで信じていた人に、その人が本意でなくとも、嘘つかれたりしたらどうする?」

 

 

私が人外だと知られたら、皆は何をするのか。

私の唐突な質問に、レイヴンは少し黙るものの、何事もなかったかのように肩を竦めてにんまり笑った。

 

 

「好いた女の子の嘘なんて、かわいいもんさ。

男を試されている気がして、俺様は嬉しいけど。うひゃひゃ」

 

「うひゃひゃて。……そんな可愛いもんじゃないのに」

 

「んだけど、ギルドは裏切りを許さない。桜ちゃんが何を隠してるのかは知らないけど、ルールには従ってもらわないとねぇ」

 

「……裏切りか……」

 

「大事になる前に、喋った方が良いと思うよ。おっさんは」

 

「――何こそこそおっさんと談笑してんだ。桜」

 

 

レイヴンにこっそり相談していたら、彼の向こうから、私たちを見下ろすユーリお兄さんの姿があった。

その端正なお顔が不機嫌に歪んでおり、私は思わずレイヴンの肩にしがみつく。

怪しいおっさんとの密談がそんなに気に入らなかったのか。いや当たり前だが、ユーリは腕を組んでジト目で睨んできた。

 

 

「オレの知らないうちに、えらく仲良くなったようじゃねぇか」

 

「いやあ、それほどでも」

 

「それほどでもないでそ。こんなにくっついてくるなんて、男冥利につきるわ。

もっと傍に寄ってもいいんだぜ。おっさん大喜び」

 

「おっさん、余計なこと言わない!」

 

「裏切りってなんだ?」

 

 

先ほどの話を聞かれてしまったか。一気に気まずいムードが私たちを包み込む。

ユーリのその黒い眼光に見つめられて、私は返答に困ってしまった。

 

 

「えと……」

 

「青年を裏切って、桜ちゃんと俺様の背徳的な愛をだね!」

 

「死ね、おっさん」

 

「はうあ!?」

 

 

手を顎に当てて、キリリッと決めるレイヴンのどたまにユーリの鞘の脳天割が刺さる。

頭にたんこぶこさえて身悶えるおっさんを尻目に、ユーリは私の手を引き立たせてくれた。

 

 

「1人で抱え込むなとは言ったが、よりにもよっておっさんかよ」

 

「ユーリたちは、エステルの依頼でフェローや護衛やら大変でしょう。

……それに、こういうのは部外者の方が聞きやすいし……」

 

「オレは関係者ってわけだ」

 

「なんでもないの!」

 

「なんでもない、か」

 

「違う。ほら、ユーリはいつも私のことばかりで、少しは気楽になった方がいいんじゃないかな~って、私の護衛にはレイヴンさんがいるでしょう!」

 

「そういうわけには――」

 

「そうなのじゃ。ユーリには、そろそろ桜の姉御を解放して、うちと結ばれるのじゃ」

 

 

ユーリに連れられて、甲板に上がり、綺麗な花火に照らされた大きなスタジアム、その街並みが見えてきたところで、船を操縦しているパティがユーリに色目を使ってきた。

パッチリ海色のおめめにウィンクを飛ばし、腰を振る彼女であったが、舵を離さない辺りはプロなのか。色香より可愛げがあるといっていいそれに、ユーリは見向きもせず、ずいずい私を前へと連れて行く。

 

 

「オレはお前が近くにいる方が安心するんだよ。

キュモールにイエガー、帝国にギルド。放っておけるわけないだろ」

 

「そーいうところなんだけどなぁ。ユーリの方が1人で気負いし過ぎてるんじゃないの?」

 

「んなことねぇよ。そっちこそ、その堪え性をなんとかしろ」

 

「我慢なんてしてないって言ってるでしょう。

ユーリは変なこと気にし過ぎなんだよ」

 

 

ユーリに手を引かれて、私たちの気遣いの応酬が始まった。彼は私に対して、いろいろ気負いし過ぎなのだ。この上、私の正体なんぞ知ったら、どんなことになるか想像できない。

ちょっと、いやかなり距離を取った方がいいのでは? などと考えながら、ユーリと口論していると、見かねた首領カロルが間に入ってきた。

 

 

「ユーリが心配するのも無理ないよ。だけど、それと桜を引っ張りまわすのは別かな。

桜は物じゃないんだから」

 

「私もカロルに同意見ね。彼女の気持ちは尊重すべきよ」

 

「あんたはやりすぎて、独占になってることに気付きなさいよ」

 

「過保護はフレンだけで構いませんので、ユーリはここで海の藻屑になってもらえないでしょうか」

 

「どっちの過保護もいらん……て、エステル。いつまで携帯をいじってるの? まさか壊したとか!?」

 

「それが……。カメラの絵を触っていたら、桜たちの動きまで記録するようになりまして」

 

 

あっさり動画について語りだす、エステル嬢。もしかして、動画録画まで習得したのか。

日本語も読めないのに、感覚だけで携帯操作を覚えたと言うのか、この皇女。

驚愕に打ち震える私を余所に、リタやジュディス、カロルが携帯の再生画面をのぞき込む。

 

 

「なにこれ、あたしの声なの?」

 

「まあ、不思議。声だけでなく、人やモノや景色の動きまで記憶することができるのね」

 

「すごいや! こんな小さな板にユーリと桜が動いてる!

ねぇねぇエステル、ボクにもやって見せてよ!」

 

「では、ユーリと桜の所へ行ってみてください」

 

「わかった!」

 

「そこでユーリに臥龍アッパーです」

 

「しないよ!!」

 

「絵面的に撃虫ブレスです?」

 

「しないってば!」

 

「ユーリを倒したカロルはカッコイイですよ」

 

「止めろ。幼気な少年煽るの」

 

「桜のケータイね。お前ん家のてれびみたいなもんか?

しっかし、こんな小さな板になぁ。お。本当にオレと桜が映ってら」

 

 

エステルが器用にいじる携帯を覗き込んで、ユーリはへぇ……と感心しながら、試しに携帯に向けて手を振ったりしていた

皆、ひとつの携帯の動画機能で、小さなお祭り騒ぎになっている。

そんな中、ユーリの動く姿と聞いて、ユーリ愛のパティが黙っているはずもなかった。

 

 

「動くユーリが映ってるじゃと!? エステル、それを言い値で買おう!

うちとユーリのラブラブシーンを刻むのじゃ!!」

 

「いくらパティのお願いでも駄目です。これは桜の記録をフレンに届けるためのものです」

 

「へえ。面白いもの持っているじゃない。新しい魔導器?

うちに貸し出してくれれば、あの子以上の値を出してもいいわ」

 

「止めてください、カウフマンさん。それ、元々私のですから!」

 

「じゃあ、貴方の魔導器ということで、技術提供して頂ける? 無理ならうちに卸すだけでもいい。

もちろん、どちらも満足頂ける額は払うわ。それでいいでしょ」

 

「よくないですよ。操作だけならともかく、ただの女子高生……もとい、女の子に携帯の設計なんてできるわけありません。

エステルも、話がややこしくなる前に、携帯返す! 使い過ぎたら、バッテリーが切れちゃうでしょ」

 

「ばってりー?」

 

「エネルギーが切れちゃって、使えなくなっちゃうってこと。

この手回し充電器でエネルギー充電するから」

 

「なら、わたしがやっておきます」

 

 

私が充電器を取り出すや否や、目にもとまらぬ速さで奪い取るエステル嬢だったが。

案の定、携帯と手回し充電器を相互に見て、彼女は首を傾げた。

 

 

「これがエネルギーの充電器ですね。このレバーを回すようですが、どうすればいいのです、桜?」

 

「私がやるから返して」

 

「あ。こうですね」

 

 

即座に携帯にプラグをつけて手回し充電器を回し、充電し始める皇女。

お、おのれ、この小娘、恐ろしい速度で携帯をマスターしやがるぞ。

私が目を見張る中、パティは船の舵を取りながら、小さく唸った。

 

 

「桜の姉御の魔導器も気になるが、この船も気掛かりのじゃ。船体もそうじゃが、特に魔導器が相当ガタがきているの。

こんな古いポンコツを使っとったら、いつか広い海の真ん中で難破するのは必至じゃ」

 

「へぇ、船がらみだと目端利くのね。確かにあたしが調べたこの駆動魔導器、年代物だったわ」

 

「カ、カウフマンさん……っ、まさかボクたちをちょろまかそうとして?」

 

「な、何よ……っ。わかった、わかったわよ。

ノードポリカの港に着いたら新調してあげる。それなら文句ないでしょ?

もう大サービスだわ」

 

「やったね! ありがとう! 大切にするよ!」

 

「それでコゴール砂漠はここから遠いのか?

ノードポリカとは言わず、もっと近くまで着ければいいんだが」

 

「きっと無理ね。砂漠に行くこと自体珍しいのに、船が着けるところがあるとは思えない」

 

 

船も入手確定したところで、ユーリが目的地の最寄りを尋ねたものの、ジュディスは首を横に振って否定した。

ノードポリカは不可避か、ベリウスとの面会で私の正体がバレるのは確定なのか。

そもそも、ベリウスとはどんな始祖の隷長なんだろう。

 

 

「カロル。ベリウスってどんな人? ノードポリカを治めてるんでしょう。

……気の利く人だと助かるんだけど」

 

「ボクは会ったことないからわかんないな。噂だって、そんなに聞かないし。

ただベリウスが治めているノードポリカは闘技場都市でさ。

それを管理しているギルド 戦士の殿堂は、ドンが率いる天を射る矢と匹敵するほどの力を持っているんだ。

ベリウスだって、ドンみたいに、強くておっきな人に違いないよ」

 

「ドンみたいな人か。……話が合うといいな」

 

「あの強烈なじいさんの知り合いなんだ。どんなヤツだか想像はつくだろ」

 

「恐ろしいこと言わないでよ」

 

「大丈夫だよ。悪いようになったら、お前を担いででも逃げっから」

 

「そんな状況に置かれた時点でヤバいんだけど」

 

「ほれほれ、皆お待たせ、入港じゃ」

 

 

私の気持ちを知ってか知らずか、ユーリが肩をポンポンと叩くと、パティは目の前に見える闘技場、それに連なる港へ停泊する為、大きく舵を取った。

ベリウスの人物像が見えないまま、ノードポリカに到着した私たちは、カウフマンとの契約を終えて、波止場を後にしようとした、その時だ。

1人の男がカウフマンの目に留まり、続いて私たちにもそれを追った。年齢はおじさんくらいでしかわからない。眼鏡に口ひげ、探検隊のような服装をしているが、背筋は申し訳なさそうに曲がっていて、人が良さそうというより、この人1人で夜道を歩いて大丈夫なのかという雰囲気を醸し出している。

 

 

「ラーギィさん。こんなところで会うなんて奇遇ね」

 

「あ、こ、これはカウフマンさん。い、いつもお世話になって、い、います」

 

「ラーギィさん?」

 

「遺構の門の首領 ラーギィよ」

 

 

私が彼を凝視していると、レイヴンがそっと耳打ちしてきた。

 

 

「魔導器発掘を専門に行うギルドで、アスピオや帝国側にも協力してるって話さね」

 

「じゃあ、シャイコス遺跡とかの発掘もしてたんだ」

 

「え、ええ。シ、シャイコス遺跡地下の発掘も、た、携わらせて頂きました。あ、貴方は……?」

 

「私? あ、すみません。私は――」

 

「カウフマンに雇われたギルドだよ。凛々の明星ってんだ」

 

「ブ、凛々の明星、ですか。ああ、そんなに警戒しないで、く、ください。

そちらのお嬢さん、て、帝国から、い、頂いた写真にそっくりでして」

 

「写真?」

 

「ち、近く、帝国でシャイコス遺跡の、い、異変について、か、会議を行うと。

じ、重要参考人の写真に、桜さんご、ご本人では、あ、ありませんか」

 

 

ラーギィが差し出してきた帝国からのお知らせの紙には、印刷で荒っぽいものの、私がかつてフレンにあげたプリクラが印刷されていた。

受け取ってみるものの、小さなプリクラの下には、何か文章が刻まれていて、当然私には読めやしない。

私の沈黙に気付いたのか、いつものごとくユーリが後ろから紙を覗き込み、そのまま音読をするのかと思いきや、私から紙をひったくって、自分の道具袋に収納してしまった。

 

 

「何するのユーリ」

 

「こんなもん読まなくてもいい」

 

「ラーギィさん。なんて書いてあったんですか?」

 

「おい」

 

「し、シャイコス遺跡の会議召喚のお、おしらせと、て、帝国騎士団フレン・シーフォ隊長が、あ、貴方の行方をさ、探していると」

 

「フレンさんなら、昨日会ったばかりなのに」

 

「へ、ヘリオードでの写真のことで、く、詳しくお話が聞きたい、らしく」

 

「おいいいいいっ!? 動くの早すぎだろ!!」

 

「ほ、本日、は、配布されたので」

 

「なんだその神がかったスピードは? 天変地異の話だろ! 世界の異変の会議だろ! なんで私の半裸の話が議題に上がるんだよ!!」

 

「貴方の晴れ姿がフレンの心を突き動かしたんですよ」

 

「いらん方向にやる気だすなよ、フレンさん!」

 

「フレンが呼んでいます。彼の危機ですよ」

 

「いろんな意味で私が危機だ!」

 

「桜の力が必要なのです」

 

「どこで!?」

 

 

私の黒歴史はともかく、シャイコス遺跡について今頃召喚がかかるとは思いもしなかった。

よりにもよって、フェローに会いに行かなくてはいけないこの時に、帝国は何を考えているんだろうか。

そういえば、帝国内部で私を狙ているヤツがいると聞いたが、もしかして、主催者かそいつなのか。

 

 

「ユーリ。さっきのお知らせ、誰が主催になっているの?」

 

「黒幕のこと気にしてるなら無駄だぞ。評議会と騎士団と大まかに記載してるだけで、名前が載ってんのは、お前についての連絡先のフレンくらいだけだ」

 

「そっか……。でも、今からザーフィアスに戻るわけにはいかないよね」

 

「ああ。危険過ぎる」

 

「ラーギィさんは、すぐにでも参加するんですか?」

 

「は、はい。し、招集がかかっていますので。

ただ、貴方が参加しなければ、か、会議は始まりませんし。

い、遺跡発掘の方が、わ、私の生き甲斐、ですから」

 

「今回もまたどこかの遺跡発掘? 首領自ら赴くなんて、いつもながら感心するわ」

 

「お、お知らせの用紙は、あ、貴方方にお、お譲りします。

で、では、な、仲間を待たせてお、おりますので、カウフマンさん、皆さんも、こ、これで」

 

 

ラーギィは深々と私たちに頭を下げると、よたよたと心許ない足取りで去っていった。

あれでも首領が務まるのか。

一抹の不安が過っている私とは別に、リタは鋭い目つきでラーギィの背中を睨みつけていた。

 

 

「あいつ、海凶の爪に兵装魔導器横流ししてるんじゃないでしょうね」

 

「え? とてもそんな度胸がある人には見えないよ」

 

「さっきおっさんがあんたにこそっと話してたでしょ。遺構の門のこと。

聞き覚えあると思ったら、アスピオでも魔導器のやり取りがあったのよ」

 

「じゃあ、シャイコス遺跡の件も、海凶の爪が……」

 

「遺構の門は完全に白よ。温厚で、まじめに、こつこつと。それが売りのギルドだから」

 

 

リタと私の疑念をカウフマンは、きっぱり跳ねのけた。

確かに、あの腰の低すぎるラーギィが帝国や他のギルドを差し置いて、海凶の爪と闇の取引とか想像もつかない。

私たちは、改めてカウフマンと別れ、途中で宝探しをするというパティとも別れることになった。

 

 

「ユーリ。名残惜しいがうちのも目的があるのじゃ。泣くでないぞ」

 

「心置きなく行って戻ってくんな」

 

「うちがいなくなっても寂しくないように、ここでツーショット動画を撮るのじゃ」

 

「いらねぇよ」

 

「ユーリ。動画くらいいいじゃないの。パティには、ここまで船を動かしてくれたお礼があるんだし」

 

「絶対やらねぇぞ」

 

「桜の姉御のお墨付きを頂いたのじゃ! エステル、動画スタンバイじゃ!」

 

「はい! スタートです!」

 

「では3分間耐久深淵のキスを!!」

 

「……」

 

 

パティは宣言するなり、助走をつけてからの全速力で、180センチのお兄さんの顔面に飛び掛かる。

当然ユーリは真横へ避ける――が、彼女は学習していた。

片手に仕込んでいたロープを手近の船に括りつけて、ターザンのように軌道修正し、再びユーリの唇に迫る。

 

 

「ふはははっ! ユーリ! その唇頂いたぞ!って、ありゃりゃ? 桜の姉御の方へ……」

 

「んな!?っとぉっ!」

 

「え? ええ!?」

 

 

ユーリへと思われたパティの軌道が、すぐ傍にいる私へと向かう。

咄嗟にユーリが私を引き寄せるも、パティは宙を舞って、再びこちらへやってきた。

 

 

「これはユーリへのストライクゾーン! 避けるのじゃ、桜の姉御!」

 

「何? なんなの?」

 

「ちょっ、待……っ!」

 

 

私の背後から迫りくるうパティ、目前にはユーリ。次の瞬間、まごつく私は後頭部にパティのあごクラッシュを受け、その反動でユーリの胸元にディープキスをしてしまう。

ユーリの香り、甘温かく、きめ細やかな肌、ほどよく引き締まった逞しい彼の胸元の全ての感触が私の唇に襲い掛かった。

 

 

「ぎゃあああああああああっ!!」

 

「あだだ……っ。桜の姉御、ずるいのじゃ! うちもユーリの胸へアターック!」

 

「止めろ」

 

 

慌ててユーリから離れる私と入れ替わるようにパティが間髪入れずに急接近するも、彼に頭を鷲掴みにされて叶わなかった。

私は私で、男の人の胸元にキスなんて前代未聞の経験をしてしまい、後頭部の痛さも忘れて一生懸命口を拭う。

けれども、今まで味わったことのない感触が何度拭っても消えなくて、変な気分になってしまった。

 

 

「なんで私がこんな目に……っ。ユーリのバカ! ろくでなし! トーヘンボク!」

 

「……そんなに擦らなくてもいいだろ。唇切っちまうぞ」

 

「あら、貴方は良いわよね。彼女の唇を堪能したんだもの。

彼女にあんなことさせちゃったからには、責任はとらないと」

 

「桜が良いなら、責任くらいとってやるが」

 

「意味わかってないでしょう! いや、わかって言ってるなら尚更悪いわ!」

 

「桜ちゃんから胸にチューとか、なんてエッチなことさせんの。流石に俺も怒るわよ」

 

「その前に、このむっつり男が桜を盾にしたことにキレなさいよ。あんたたち」

 

「……ねえ。エステル。もしかしてだけど、さっきの場面、全部撮ってるとか」

 

「現在進行形で撮っています。これは事件ですよ、カロル」

 

 

エステルの告白にパティを除いた私たちは凍り付いた。

私のユーリの胸へのディープキスが収録されたと言うことは、つまりはこの皇女、もれなくフレンに見せるつもりなのだろうか。

戦慄が走る私とユーリは音速で彼女から携帯を取り上げようとしたが、当然かわされてしまう。

 

 

「止めなさいエステル! それを公開した時点で大事件になる!!」

 

「あれをフレンに見せるとか、正気かお前!?」

 

「正気を疑うのはユーリです。淑女に自分の胸へ接吻をさせるなど、正気沙汰ではありません。フレンに成敗してもらいます」

 

「あれは事故だ」

 

「事故だよね」

 

「この期に及んで、釈明の余地はありません。ケータイは引き続きわたしが預かります」

 

 

エステルが裁きの番人のごとく剣を携えた時点で、私たちに抵抗する手段は失われてしまった。

またフレンと再会する機会なんて早々はないと思うが、携帯を奪い返す必要が新たに出てくるとは。

私とユーリは顔を見合わせて、深々と頷いた。

 

 

「とりあえず、ケータイ取り上げるのが先決だな」

 

「さっきの件はそれまで置いとくとするわ」

 

「まだ怒ってるのかよ」

 

「怒るに決まってるでしょう! 公衆の面前で、あんな醜態までさらすとかない!!」

 

「醜態ってな、お前。皆の前じゃなけりゃいいのか」

 

「そんな問題じゃないっての! 羞恥心ないのか、お前! ……いや、なかったね、ユーリは」

 

「いい加減、オレを無神経呼ばわりするのは止めろよ」

 

「これが言わないで堪るか! ユーリの乙女度指数が平均水準だったら、この世は破廉恥で破滅してるわよ!!」

 

「大げさだな。……初めてだったとか」

 

「……っ! ユーリなんか知らない!」

 

「おい」

 

 

ユーリに指摘されて、私はフレンとの人工呼吸という名のファーストキスを思い出してしまう。

再び、身体が沸騰するように熱くなってしまった私はそれを紛らわすように、ササッとレイヴンの背に隠れた。

私の事情など知らぬはずのレイヴンであったが、経験則からか、優しく頭を撫でてくれる。

 

 

「あーあ。青年、不思議少女怒らせちゃった。桜ちゃん大丈夫よ、俺がついてるから」

 

「無神経にもほどがあるわよね。パティ、これでもユーリのことが好きなの?」

 

「ラヴラヴなのじゃ。けれども、桜の姉御には悪いことをしてしまったのじゃ。すまん」

 

「パティが全部悪いわけじゃないから」

 

「オレも悪いってのかよ。桜、いつまでも胡散臭いおっさんにくっついてないで、こっちにこい」

 

 

ユーリは面倒くさそうにため息をつくと、いつものように私を呼んできた。

察して欲しい身勝手な自覚はあるが、今回ばかりは私が折れるわけにはいかない。

 

 

「レイヴンさん。ベリウスにお手紙渡すんだったよね」

 

「そうそ。一緒に行ってみようか、桜ちゃん」

 

「待てよ」

 

「ユーリ。乙女心を理解するのじゃ。桜の姉御にもいろいろあったかもしれん」

 

「あったってなんだよ」

 

「他の男の経験かもしれんぞ」

 

「おい。それって……」

 

「さらばじゃ!」

 

 

パティはユーリにそう忠告すると、港から街の方へ駆けて行ってしまった。

彼女、年齢以上に恋愛の酸いも甘いも知ってるんじゃなかろうか。

 

ユーリとパティのどたばたのせいで、すっかりペリウスに会う覚悟を記憶からすっ飛ばした私と皆は、カロルの指摘通りにベリウスがいると思われる闘技場内に足を踏み入れた。

 

船から遠目で見た時は、ドームのような形をしていたが、近くで見ると一際大きい。

長い階段を登り、大きく豪華な扉を開くと、天井の高い石造り広間に入る。古い宮殿のような闘技場内部の左には宿屋、右には市場が立ち並んでおり、奥には更に上への階段があった。

 

私たちは道なりのまま左奥へ進んでいくと、中でも大きな扉の前で、立ちはばかる男を見つける。

門番なのだろうか、背中に大剣を携え、上半身は古傷だらけの筋肉隆々、眼帯をした中年の男は、私たちがやってくるなり、鋭い眼光を向けてきた。

 

 

「待て。この先は我が主、ベリウスの私室だ。立ち入りは控えてもらう」

 

「カロルの言った通り、闘技場にベリウスいたんだ」

 

「みたいだね。あの、すみません。ボクたち、そのベリウスさんに会いにきたんです。

ギルド凛々の明星なんですけど」

 

「……聞かない名前だな。主との約束はあるのか?」

 

「え? や、約束? レイヴン……」

 

「やれやれ、俺様の出番か」

 

「おっさんダシにしてベリウスに会うつもりだったからな」

 

「本人前にして言う? ま。いいけど。

ちょっと、ごめんよ。俺はドン・ホワイトホースの命令で、あんたの主へ直々にこの手紙を渡せって言われてるんだ」

 

 

レイヴンは言うなり、男に例の手紙をちらつかせた。

天を射る矢の首領の名を聞いて、男はしばし固まり、レイヴンと手紙を交互に見つめ、言葉を改める。

 

 

「これは失礼。我が名はナッツ。この街の総領の代理を務めている。

主へ直々にとなると難しい。こちらで預かっておこうか」

 

「すまないねぇ。一応ベリウスさんに直接、渡せってドンに言われてんだ」

 

「ベリウス様は新月の晩にしか会われない。できれば、次の新月の晩にきてもらいたいのだが……」

 

「次の新月って、どうして?」

 

「あたしがわかるわけないじゃない、ガキんちょ。

そういう主義なんでしょ。他人の考え方なんてわからないわよ」

 

「満月はつい最近だったから、随分先になるわね。桜は大丈夫?」

 

「私? ……大丈夫。いないのなら仕方ないしね」

 

 

ジュディスに問われた意図に気付いて、私は胸に手を当ててみて、首を横へ振った。

この扉の奥に始祖の隷長であるベリウスがいるなら、フェローの時のように、私に何かしら変化があるはずだ。

それがないと言うことは、ここで強行突破しても、中はもぬけの殻なのだろう。

私は内心ホッとしながらも、手紙を持って考え込むレイヴンへ訊ねた。

 

 

「レイヴンさんは、新月まで待つの?」

 

「桜ちゃんがいないっつーなら、出直すしかないねぇ」

 

「え?」

 

「わざわざ悪かったな。ドンの使いの者が訪れたことは連絡しておこう」

 

「頼むわ。……で、青年たちはどーすんの?」

 

「まずは砂漠の情報集めだな」

 

「フェローの情報もね」

 

「あたしはエアルクレーネの情報を探すわ。

あんなものがそこら辺にあるとは思えないけど、桜にとっては危険すぎるし、念のためにね」

 

「これだけ、人の集まる場所なら、いろんな情報が期待できそうですね」

 

「んじゃあ、おっさんは先に宿に行って良い?

とりあえずドンに経過報告の手紙だしとくわ」

 

「それなら、私もレイヴンさんと宿屋に行こうかな」

 

 

皆各々行動を申し出る中、最後の私が自らの予定を提示した途端、皆の驚愕の視線が集中した。

私としては、これをきっかけに、最近過激になっているユーリと距離を起きたいのだが。

皆のその迫力ときたら、ラピードまでただならぬ雰囲気に流されて、私を見つめるほどである。

私がおののいていると、リタが私の両肩を掴んで、グラグラと揺らしてきた。

 

 

「正気か、あんた? 胡散臭いおっさんと2人で宿屋って、魔物の群れに肉を放り込むもんよ!」

 

「酷い言いようね、リタっち。いくらおっさんでも、女の子な桜ちゃんにそこまで求めては……求めては、あれ? 涎が」

 

「既に三大欲求で求められてるわよ、桜! 身の危険を感じなさいよ!」

 

「私単体ですることないし、下手をうって周り振り回すくらいなら、大人しく宿で休んでた方がいいんじゃないかと。

もしもの時は、レイヴンさんついてるし」

 

「そのおっさんが危ないんでしょうが。

見ろ! 桜のケータイ画像思い出して、身悶えしている中年オヤジを!」

 

「ゲッ!? んな、けしからん妄想するわけないでしょ! 俺様の桜ちゃんはいつまでも清らかなんだぜ。

そう透き通るような肌に、細い腰つき、しなやかな手足に綺麗な胸……ふへへ」

 

「この隠しようのないスケベなおっさん野放しにもできないのに、あんた一緒に行くつもりなら、あたしがこいつをこの世から抹殺するわ。

でなきゃ……て、もしかして、さっきのユーリのこと怒ってるの?

おい、そこのむっつり男、今すぐ死んで詫びなさい」

 

「死んでたまるか。桜、年頃の女の子として、おっさんと宿屋はないぞ。

お前は、オレと一緒にくる。いいな?」

 

「よくない。私は物じゃないんだから、たまには自分で行動させて。最近のユーリ、変だよ」

 

「オレはいつも通りだ。さっきのことで機嫌悪いのか? なら、謝るよ。悪かった」

 

「別に怒ってないよ。ユーリが無神経でデリカシーも羞恥心もないのを再確認しただけだから」

 

「怒ってるじゃん。桜」

 

「いいえ、これはまずいわ。怒るを通り越して、呆れてるのよ」

 

「ここにフレンがいれば、絶好のチャンスなのに……っ!」

 

 

リタとユーリが懸命にレイヴンへのリスクを唱え、エステルは何故か悔しがり、当のレイヴンはヘラヘラとそれを眺めていた。

カロルとジュディスは知れないが、他の皆はレイヴンと一緒になるのは反対のようだ。

かといって、せっかく予てから考えていたユーリ離れをしようとしているのに、いつもの如く「うん」だの、「わかった」だの彼に流されては元も子もない。レイヴンも流石に護衛対象のどうこうする気はないだろう。多分。

 

 

「レイヴンさんはともかくとしてよ」

 

「置いとかないでよ、おっさん辛い」

 

「私は宿屋で大人しく待ってるから、各自自由行動ということで」

 

「駄目だ。そんなに言うなら、オレも宿屋に行くよ」

 

「情報収集は?」

 

「んなもん、明日でもできるだろ」

 

「私、明日もレイヴンさんと一緒に行くから」

 

「なんでだよ……」

 

「ははーん。さては、俺様の大人の魅力ってヤツに目覚めちゃったのかな」

 

「それはない」

 

「だよねー」

 

「ユーリ。私たち、一旦別れた方が良いと思うの」

 

 

私はにべもなく、今まで考えていたことを伝えた。

改めて思う。先のディープキスの件もむかついてるのは認めるし、ラゴウの殺人がチラついて辛いのも理解している。ただユーリは何の使命感か、こちらの世界に来てから、ずっと私にかかりきりで、がんじがらめになっているのも確か。

現にガスファロストか、ダングレストのフェロー襲来あたりから、腕を掴んで引っ張りまわしたりと度が過ぎている。

仲間も増えてきたことだし、ベリウスやフェローと会った時も考えて、冷却期間が必要ではないかと思ったんだが。

私の言葉に対する周囲の反応は、凄まじいものだった。まるでハルマゲドンを前になすすべもなく呆然とする民間人のごとく、固まる仲間たち。その中で辛うじて、ジュディスが口を開いた。

 

 

「あら、桜に振られたわね。ユーリ」

 

「なんでそうなるんだよ。一旦だ、一旦」

 

「青年。それって、女の子が別れる時の常套句だよ」

 

「おっさん……っ」

 

「要は、あんたがうざくて離れたいってことでしょ」

 

「おっさんほど、うざくはねぇよ」

 

「ユーリ。次があるさ。ファイトだよ!」

 

「変な慰めは止してくんねぇかな、カロル先生」

 

「桜。ついにユーリと別れる決断してくれたんですね。わたしは嬉しいです。

それで、相手はフレンなのです? あ。レイヴンは無しですよ」

 

「なんで私の相手がどうこう言う話になるんだ。

とにかく、ユーリは私と距離を取る! 腕引っ張ったり、抱っこするのもダメ!

保護者卒業、はい終わり!」

 

「勝手に終わらせるな」

 

 

私が必死に禁止令は発するも、ユーリは頑なに受け入れない。

なんか本気じゃないと思われているのか。こんな調子では、私の正体がバレた時もスルーしてしまいそうである。

またいつものように腕を掴まれ、連行されるのかと身構えていたら、誰かが私の腕を組んできた。

 

 

「レイヴンさん?」

 

「そいじゃあ、桜ちゃんのリクエストに応えて、俺様と宿屋と行きますか」

 

「おっさん、真に受けるなよ。さっさと桜を置いて、1人で宿屋に行ってこい」

 

「わかってないわね、青年。桜ちゃんはお年頃の女の子なのよ。

センチメンタルになる時だってあるんじゃないの」

 

「他のヤツならともかく、おっさんはない。考え直せ、桜」

 

「消去法で考えたら、レイヴンさんになったんだよ。

ここからダングレストに行くには、また船に乗らなきゃなんないから、攫われる心配もないし。皆用事があるしね」

 

「そうじゃなくてだな。……オレと別れることはないだろ」

 

「そんな重苦しく考えなくとも」

 

「考えるだろ、普通」

 

「ユーリはこれを機に少し息抜きしたらいいんだよ」

 

「桜ちゃんの本音は?」

 

「私が息抜きしたい」

 

「お前な……」

 

 

私がキッパリ答えると、ユーリは沈痛な面持ちで頭を抱えた。

私だって頭が痛い。距離を置きたいだけなのに、皆もついているのに、正直ここまで梃子摺るとは思わなんだ。

それにナッツさんの目が痛い。そろそろレイヴンと逃走を図ろうとしていたら、ジュディスがユーリに待ったをかけた。

 

 

「まあ、桜の気持ちも汲んてあげたら?

別れるなんて大げさだけれど、彼女なりの気遣っているのだし、ここはおじさまに任せましょ」

 

「正気か?」

 

「彼女は、彼女なりに貴方のことを考えているのよ」

 

「……ラピード」

 

「ワフッ」

 

「桜の側にいてやってくれ」

 

 

ユーリがしぶしぶラピードから私へ目配せすると、ラピードは私の側にやってきておすわりした。

考えてみれば、レイヴンじゃなくとも、ラピードが守ってくれる方が都合がいいか。

私はラピードをユーリの承諾として迎えることにした。

 

 

「やった! いいんだよね」

 

「何がやった! だ。よくない。

けど、今のお前を無理矢理連れてっても、余計拗らすだけだろ」

 

「拗らせてるのは、ユーリでしょう」

 

「いいじゃないの。やっと青年からOK貰ったんだし、おっさんと仲良くしようぜ」

 

「ラピード。おっさんが桜に触れたら、容赦なくぶっ刺せよ」

 

「ワン! ウゥゥ! ワフ!」

 

「タッチぐらい許してよ! 初日はしくじった……じゃない、ちょびっといたずらが過ぎたけど、幽霊船ではちゃーんと働いたでしょ! おっさん信じてよ」

 

「信じてる信じてる。それじゃ行こうね。ラピード」

 

「バウッ」

 

「あれ? 俺様と一緒がよかったんじゃないの?

もしかして、おっさん、ワンコに負けてる?」

 

 

呆気にとられるレイヴンを置いて、私とラピードは早速先程見かけた宿屋へ向かった。

闘技場内部に構える宿屋フォーマルハウトは、一般客から貴族まで迎えるだけあって、客室の多さもさることながら、そのレベルもそこそこ。

振興都市ヘリオードにも並ぶとも劣らない広い部屋で、レイヴンが机に向かって手紙を書く傍ら、私は鞄の中身を整理していた。

 

 

「フレンさんから貰ったアイテムが結構減ってるな……。私の回復役もそろそろダメかも」

 

「おっさんが投資してあげよっか? お返しは桜ちゃんがアーンしてくれるってことで」

 

「ポイズンボトルでデスボールですね、わかります」

 

「死球は止めて」

 

「けど、レイヴンさん。気前よく皆の宿代前払いしてくれたもんね。

どこにそんなお金があるんだか。怪しいわ……」

 

「ギルドから旅費貰ってんの。お・し・ご・と、よ」

 

「レイヴンさんは参謀なんだよね。情報収集がお仕事なの? 他のギルドや帝国に潜んだりして」

 

「大半はね。荒事も多いから、こんなに器用になっちゃったの。

お陰でドンのじいさん、人使いが荒いったらありゃしない。今回だって、相手が桜ちゃんじゃなけりゃあ、逃げてたところだってーのに」

 

「ギルドの命令は絶対じゃなかったのか、おっさん」

 

「意思表明は大事よ。桜ちゃんも青年離れしたくて、こんなことしてるんでしょ」

 

 

レイヴンに指摘されて、私は鞄の整理する手を止めて、口どもった。

私はユーリを少しでも解放したいだけなんだけど、結果的には私がユーリから離れたいのだろうか。

始祖の隷長の件がバラされた時の予防線として、距離をとろうとしているのかもしれない。

 

 

「……。いつまでも、ユーリが傍にいるとも限らないし、頼ってばかりじゃいられないもの。

ジュディスも言ってたけど、私も戦い方だけじゃなくて、1人で行動できるようにならないと」

 

「おっさんはいいの?」

 

「おっさんはいいの。私の心が痛まないから」

 

「相変わらずしどい。けど、青年の気持ちはどーなんだろうね。

"桜にはオレしかいない"つう、使命感、……つーか独占してるとこあるから……」

 

「正にそーいうところなんだよ。事情はわかるんだけど、ここのところ強く出てて」

 

「ま。俺様もわからないでもないけどね」

 

「どこが?」

 

「戦闘員でもないのに、付け合わせの俺様を庇うとか? ちょっと桜ちゃん見てて危なっかしいよ。

おっさんも流石に肝を冷やしたわ。……止めてよね、ホント」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

いつもヘラヘラしていたレイヴンが、わざわざペンを止めて、指摘してきたので、私は思わず謝った。

そんな私を見るなり、彼は再び手紙にペンを走らせ始める。

 

 

「あーいうのは、こんな胡散臭いおっさんじゃなくて、大切な人がここ一番って時にとっときなさいよ。

ま。んなもん、やらないにこしたことないんだけどね」

 

「レイヴンさんって、妙なところで自分を卑下するよね」

 

「ほら、おっさんはおっさんだから」

 

「またわけのわからんことを」

 

「俺としては、こうして構ってくれるだけ十分なんだけどね」

 

「一緒にいるだけで?」

 

「そ。遊んでくれるだけで、おっさんは嬉しい!

って、桜ちゃんのカバンの中、本だらけじゃないの。

どんな本読んでるのかな? どれどれ……」

 

「ちょっとレイヴンさん。勝手に触らないで!」

 

 

レイヴンは私の鞄を覗き込むなり、私が止めるより早く、地理のノートを取り出し、ページをめくった。

まずい、地理には私が描いた自分の世界の国と、日本語が書いてある。

予想通り、レイヴンは難しい顔をして、一枚一枚ガン見して唸った。

 

 

「うーん……何これ? どこの国の文字なの?」

 

「と、遠い国よ」

 

「おっさん、ギルドの用事でそこそこの数の街を見て来たけど、こんな地図や文字なんて見たことないわよ。ケータイって機械も気になるし、どんだけ遠い国に住んでんの?」

 

「すっごい遠い国なのよ」

 

「所詮胡散臭いおっさんには言えない事情ってワケなのね。桜ちゃんとは仲良くなれたと思ったのに寂しいわ」

 

「とか言ってる傍から、ノートを懐にしまわないで! 返してよ!」

 

「いーじゃん一冊くらい。これ、桜ちゃんの書いたノートなんでしょ。大切にするからさーっ」

 

「駄目だったら! 逃げんな、おっさん!!」

 

「硬い事言わないでよーっ。あ。おっさん、ちょっくら港までドンへの手紙届けてくるから。

桜ちゃんはここで大人しくしてんのよ」

 

「ちょっと!!」

 

 

レイヴンは一方的にまくし立てるなり、私のノートを奪って、部屋を去って行ってしまった。

急いで追いかけようと廊下を出て、宿屋の玄関までやってきたが、彼の姿はすでにない。

ひょっとして、港まで行ってしまったのだろうか。宿から離れるのは気が進まないが、ラピードがついているし、少しぐらいは平気だろう。

私の傍で耳をピクピクさせるラピードを確認しながら、階段を降り、港から波止場へ行ってみるものの、やはりレイヴンはどこにもいなかった。

 

 

「レイヴンさん。どこまで行っちゃったんだろ」

 

「クーン……」

 

「ラピードも潮の匂いで、後は辿れないか。

……見られちゃったものは仕方ない……よね?

しかし、ユーリやリタさんになんて言い訳すればいいのか」

 

「ワフッ」

 

「宿で待っていれば、レイヴンさんも帰ってくるだろうし。

ユーリたちが先に戻って騒ぎになる前に、引き返しましょうか」

 

「……」

 

「ラピード?」

 

 

私が来た道を戻ろうとしたら、ラピードがその場でお座りをして動かなくなってしまった。

どうしたのだろう。ユーリではないので、ラピードが何を考え、何を伝えようとしているのか、私にはわからない。

護衛のワンコを置いて、1人で帰るわけにはいかず、右往左往していると、ラピードが闘技場の方へ向いた先、1人の美青年騎士を見つけ駆け出した。

 

 

「ワフッ!」

 

「ラピード! どうしてこんなところに」

 

 

ラピードが尻尾を振って駆け寄った先には、帝国騎士団隊長にして、ユーリの幼馴染である金髪碧眼美男子が両手を広げて待っていた。

私はと言うと、彼を目視するなり、脇目もふらずに、宿屋を目指して全速力でダッシュ。

この時、私はあのもう1人の私と互角に張り合えるほどの速度を出していたかもしんない。

彼がラピードを撫でている横を瞬時に通り過ぎ、もう少しで間合いを抜けるところで、恐怖の声が私に振りかかった。

 

 

「桜! また会えたね。嬉しいよ」

 

「ふ、フレンさん……っ」

 

 

金髪碧眼の彼に目で捕らえられ、ぎこちなく振り向いてみたら、夜中だと言うのに後光が差しそうな眩しい笑顔を私に傾けるフレン・シーフォが近づいてきた。

先のお知らせの件を思い出し、震え上がる私。

ユーリに無理言って別行動し、宿屋を飛び出した挙句、ザーフィアスへ強制送還か。

ひとコンマ、脳みそフル回転させた結果、私は逃げた。

 

 

「すみません。私、用事があるんで! さようなら!!」

 

「え。桜? どうして?」

 

 

戸惑うフレンを差し置いて、全力で駆け出した。

潮風を切り、波止場を抜けて、港を出るまでもう少し。

がしかし、当然のごとく彼に腕を掴まれ阻まれてしまう。

 

 

「せっかく再会できたのに、突然さよならはないじゃないか」

 

「放してください。フレンさん。大声出しますよ……っ!」

 

「大声を出すだなんて、まるで僕を悪漢のように扱わないでくれ。

君に拒絶されるなんて、とても悲しいよ」

 

「私の半裸画像を会議の議題にのっけるような輩に、正常心は求めていない!」

 

「半裸……っ!」

 

「なんで口元抑えるんですか。吐き気ですか、嘔吐ですか、デストロイですか」

 

「ち、違う、これはちょっと……っ。君はシャイコス遺跡の重要参考人なんだ。

騎士団の管理下にある君が、あんな姿で街中を歩いていただなんて、騎士団として放置できない」

 

「放置して下さい」

 

「そんな君を視界に入れた野郎たちは漏れなく魔神剣だ、そうだろう」

 

「どんだけ騎士団暇なんだよ! 何の罪もない人々が私の姿見て目を汚してる傍から、術技でぶっ飛ばすとか拷問でしかないだろ! そんなあくどい使命感はどっか遠くへ捨ててこい!」

 

「君の貞操の問題なんだ」

 

「私の羞恥心は、あの時散ったわ!」

 

「わかった。目撃者は1人残らず紅蓮剣だね」

 

「だから殺すのやめろ」

 

「一体どんな経緯で、あんな姿になったんだ」

 

「うちのギルドでとある騎士を色仕掛けしようって話になって、ジュディスたちに無理矢理あんな姿にされたんですよ!」

 

「その騎士の所属している隊と場所と配置を教えてくれないか」

 

「教えるか! 遥か海を超えてでも殺りにいく気か、暇かあんたは!? 止めたげて!!

結果的にユーリが殴り倒したんだから、見逃して下さいよ!!

それよか、私はユーリにとんでもないことを――」

 

「ユーリにとんでもないこと?」

 

 

私が必死にフレンの手から逃れようとしていると、彼の口から底冷えするような声が出た。

悪寒が走る私。失言だったか。しかし、時すでに遅し。

俯いて黙考し始めるフレンに、またユーリを殺りにいかないか、冷や冷やしながら震えていること十数秒。

彼はパッと明るい微笑みを私に傾けてきた。

 

 

「こんな綺麗な星空の下で、また出会えたんだ。少し僕に付き合ってもらえないかい」

 

「え? ……いやあの、 ……はい」

 

 

フレンの無垢な少年のような笑顔を送られて「嫌です」と直球で打ち返す度胸もなく、私は泣く泣く彼と波止場でお話をすることになった。

いや待て。何も悲観することはない。これはチャンスではないか。今帝国は私を使って何やら悪いことを企んでいるのだ。現場のフレンなら、これを看過するはずはない。何か知っているかもしれないんだ。

とはいえ、リタのフレンが敵になるという忠告が頭の隅に残っていて、どう切り出すべきか躊躇してしまいそうになる。

 

 

「フレンさ――」

 

「桜、君は――」

 

 

私とフレンが同時に口を開いて、慌ててその言葉を止めた。

 

 

「フレンさんから、どうぞ」

 

「桜からでいいよ」

 

「いやいや、フレンさんからこの場を持ち掛けてきたんですから」

 

「そうれもそうだね。ユーリがギルドに入ったと聞いたけれど、君とギルドの旅は順調かい?」

 

「順調とは言い難いですね」

 

「行き詰っているなら、相談に乗るよ」

 

「ありがとうございます。だけど、私もギルドメンバーの1人ですし、いくらフレンさんでも依頼内容は話せません」

 

 

一応お客様の情報だし、安易に口外しない方が良いだろう。ユーリならきっとそうするに違いない。

私は笑って流そうとしたが、フレンの表情は何故か重い。やはり秘密で通らないか。

 

 

「君がギルドに入ったのかい? ……それはまずいな」

 

「凛々の明星って言う、駆け出しのギルドなんですけど。やっぱり小規模ギルドは信用ないですか?」

 

「君は帝国騎士団の管理下にあるんだよ。

それなのに、ギルドに属するのはあまりいい判断だとは言えない」

 

「帝国とユニオンの対立ですか? 友好協定が結ばれるんですよね。

……あ、でも、ヨーデル殿下が上手くいってないって言ってたっけ」

 

「今、帝国とユニオンは微妙な関係にあるんだ。

そんな中で君がユニオン側に着くと、帝国も動き辛い」

 

「私、参考人でしかないんだけど」

 

「重要な立場にあるのには違いないよ。

実は帝国でシャイコス遺跡について招集がかかっている。

君を中心に話し合いの場が設けられるんだ」

 

「私も今日知りました。けど、私にも事情があるんです。帝国へは行けません」

 

「キュモールのことを気にしているのなら心配無用だよ。彼は今帝国にはいないから」

 

「それもありますけど……。フレンさんは知らないんですか?

帝国が私を使って、何か企んでいる人がいるって」

 

「君を使って……? 一体どういうことだ」

 

 

私が最初に聞きたかったことを突いてみると、フレンは驚いたように目を見開いた。

知らされてはいないようだ。そのまま話すとレイヴンの仕事に差しさわりがあると思い、彼のことは伏せて、ヨーデルが話していたことを伝えた。

帝国の騎士団か評議会が、私で何か企んでいること。次期皇帝候補であるヨーデルでさえ足取りがつかめないこと。

彼は私の話を聞くなり、青ざめた顔で暗く広い海原を見つめた。

 

 

「初耳だ。帝国にまだそんな輩がいたなんて……。

こんな時に桜を呼ぶとは、騎士団長はご存じではないのか?」

 

「アレクセイさんが例の会議の主催者なんですか?」

 

「いいや。評議会との共同だ。

しかし、あの温厚篤実なお方が、君を利用しようだなんて考えたりしない」

 

「ですよね。となると、評議会なのかな。……ラゴウはもういないのに」

 

「いない?」

 

「行方不明なんですよね。エステルから聞きました」

 

 

フレンにオウム返しを受けて、私は慌てて首を横に振った。

危ない。ユーリがラゴウを殺めたことは、私と当人であるユーリしか知らない。知られてはいけないのだ。

とりあえず、フレンは帝国の動きを把握しないのはわかった。でなければ、こんなところで呑気に私とお喋りなんてしてないで、帝都に戻っていただろう。

 

 

「そういえば、フレンさんはどうしてノードポリカにいるんですか? 騎士団の任務?」

 

「ごめん。それには答えられない。君こそ何故、こんなところに?

まさか君たちは闘技場に出場するつもりなのかい?」

 

「闘技場? あー……。ユーリが出たがると思ってるんですね。ないない。そんな暇はないですよ。ここへ来たのは、ギルドのお仕事なので秘密です」

 

「そうか……。いや、闘技場に出ないだけマシかな。ここは血の気が多い連中も多い。

いくらラピードがついているとはいえ、君のような女の子が出歩くものではないよ。ユーリたちとは一緒ではないのかい?」

 

「じ、実は私の我儘で、別行動をとらせてもらってて」

 

「あいつが君を手放した? ……ありえない」

 

「ありえないのは、最近のユーリですよ。強引とうか、変と言うか……。

ちょっと距離置こうかなと思って……」

 

 

いつも当然のように傍にいるはずのユーリ不在を指摘されて、私は目が夜空へと泳いでしまった。

いくら最近のユーリがおかしいとはいえ、無理を言ってこうして1人と1匹で行動させてもらっているんだ。

彼を批難されては困ると思っていたら、更に困難なことに発展する。フレンは怒りに肩を震わせながら、私の両肩を掴んできた。

 

 

「ユーリが? ……まさか、あの姿の時に、ユーリが君に何かしたのか!?」

 

「してない、してない! ちょーっとぶつかっただけで、なんにもなかったんですから!!」

 

「どこか触れられたりしていないか」

 

「ど、どこも」

 

「ほとんと肌が露わになっていたんだよ」

 

「な、何にも」

 

「ユーリだって男だ。ただぶつかっただけでは、済まないだろう」

 

「……ないですっ」

 

「殺す」

 

 

フレンの真摯な青い瞳に迫られ、私が最後に目を逸らしたのがまずかったんだろう。彼は拳を握りしめて、親友をぶっ殺す決意を固めた。

私は知らない。事故だ。胸や腰が触れたのは不可抗力だ。頑張れユーリ、生きろユーリ、死ぬなよユーリ。

心の中で彼の無事を祈っていると、先の殺気はどこへやら、フレンは心配そうに眉をひそめた。

 

 

「ユーリの様子がおかしい理由はそれかい? 女性心理に疎いあいつがそれで変わるとは思えないな」

 

「それが、ガスファストロか、最後にダングレストを離れた辺りからか。

少しやることすることが今までより強引になってきて。私の気のせいならいいんですけど」

 

「君自身に何か変化があったんじゃないかな。

でなければ、ユーリが君をここまで困らせることはしないはずだ」

 

「私に……?」

 

 

フレンに問われて、私は記憶を辿ってみるものの……心当たりがあり過ぎて返事に困った。

ユーリの目の前でバルボスに攫われ、私を攫ったラゴウをユーリが斬り殺し、フェローの時には私の別人格が誕生し、私の中から魔核が発見され、キュモールとイエガーとついでに帝国の誰かさんが私を狙ってて、ユニオンがレイヴンを寄越してきた。その上、私が始祖の隷長かもしれないと知ったら、普通卒倒するんじゃないか。

面倒ごとの目白押しであった。よくもまあ、これまで私に付き合ってこれたな、ユーリ。

 

 

「ユーリ。近いうちに心労で倒れるかもしんない」

 

「待ってくれ。そんなに困ったことになっているのかい、桜?」

 

「困ってますよ。困らせているんですよ。そしてこれからさらに困ることになると言うか。

フレンさん。帝国の件、心当たりはないですか? 例えば、ここの総領に用があるとか」

 

「……どうしてそう思うんだい?」

 

「あの……。総領のベリウスという人がドン並の大物で、ちょっと変わってるらしくて……」

 

 

私が狙われているなら、同じであろう始祖の隷長であるベリウスも狙われているのではないかと踏んだんだが。

なんせ超のつく身体能力を持ち、高い知力を兼ね備え、世界のエネルギー源であるエアルを調整する存在である。しかもフェローような強い魔物、味方にできれば百人力であろう。

……まあ、それは味方にできればの話で、敵に回れば、厄介なことこの上ないし、私のような別人格が戦闘能力が高いだけの女の子1人捕まえたところで、何ができるわけでもなし。

 

 

「私の思い過ごしかもしれません」

 

「ああ。そうだね。ベリウスには関わらない方がいい」

 

「なんで?」

 

「……」

 

「フレンさん?」

 

「相手は戦士の殿堂 ノードポリカの総領だ。

渦中にある君が関われば、事がこの街まで広がるかもしれない」

 

「お話しするだけでも駄目なんですか? それは困るなぁ……」

 

「困らせてごめんね」

 

「フレンさんが悪いわけじゃないでしょう。けど、皆になんて説明すれいいか……」

 

「君を困らせてばかりですまないが、僕がここに来ていることは、皆に秘密にして欲しいんだ」

 

「フレンさん、皆と会うと都合が悪いんですか?」

 

「いいね?」

 

「は、はい」

 

 

フレンに真っ向からお願いをされて、私は戸惑いながらも頷いた。

実直で誠実な彼が、内緒にして欲しいだなんて、後ろめたい事でもあるんだろうか。

 

 

「例の秘密の任務ですか? 騎士団隊長が動くほどの大きな」

 

「ごめん。それは言えない。君たちの目的はベリウスに会うことなのかい?」

 

「すみません。秘密です。……て、2人して内緒ばかりですね」

 

「そうだね。僕と君の立場が違うから。

……できることなら、君はギルドを脱退して、僕の隊に来て欲しいんだけど」

 

「無理だと思うな。ユーリやカロルがなんて言うか」

 

「残念だ。けれど、僕はどんな立場であれ、君の味方だよ。

君が困っていることがあれば、なんでも僕に頼ってくれ。必ず助けになるから」

 

「ありがとうございます」

 

「ユーリが悩むほどの問題を抱えているんだろう? なんでもいい。僕に話してごらん」

 

「……。フレンさん、というか帝国は、ダングレストを襲った魔物をどうするつもりなんです?」

 

 

始祖の隷長について聞こうと思ったが、直球過ぎて理解されないと思い、遠回しにフェローの話を持ち出してみた。

私たちはフェローに会いに行く旅をしているんだ。帝国と始祖の隷長との関係ははっきりしておきたい。

ヘラクレスという大きな兵器を持ち出してまで、駆逐しようとした魔物を帝国が放置しているとは思えないんだ。

私の質問に対し、フレンは少し驚いたものの、申し訳なさそうに首を横に振った。

 

 

「すまない。それも答えられないな」

 

「フレンさんの任務なんですか?」

 

「僕ではないが……。これ以上は話せない」

 

 

私が尋ねる先から、ことごとくフレンに答えを阻まれてしまう。

騎士団でもない私に、任務をペラペラ喋るのもおかしいが、こうも頑なに説明してくれないのも怪しい。

フェローやベリウスのことも答えられない、関わってはいけないとなると、騎士団の狙いは――

 

 

「始祖の隷長……?」

 

「桜。それって」

 

「な、なんでもないです。ちょっと知り合いから耳にしただけで。詳しくは」

 

「君とは関係ないんだね。なら、深入りしない方が良い。あれは危険だ」

 

「そうなんですか」

 

「僕は、君に傷ついて欲しくない。僕の気持ちを汲んでくれるなら、それには関わらないでくれないかい」

 

「それは……その……」

 

「僕と約束して欲しい。どんなに遠くにいても僕は君のもとに駆けつけて、守ってみせるから、始祖の隷長には近づかないと」

 

 

フレンはその端正な顔を引き締め、私に手を伸ばしてきた。

私がその始祖の隷長かもしれないなんて、言えない。約束はできない。彼の手は取れない。

それにフェローやベリウスに会うことは、私にとっても、エステルたちにとっても決定事項だ。

 

 

「できません」

 

「桜……っ。何故なんだ? 僕の願いでも聞き入れてはくれないのかい?」

 

「言えません。けれど、私は始祖の隷長に会わなくてはいけないんです」

 

「あいつらに君を会わせるわけにはいかない。ユーリで困っていると言うのなら、尚更こんな危険な旅は止めて、僕の隊で保護した方が良い。それが最善策だ」

 

「やっぱりそうきたか! 一方的過ぎますよフレンさん! 大声出してやる!」

 

「無駄だよ。この街でユーリ以外、僕に喧嘩を仕掛けてくる輩はいないだろう」

 

「それはどういう――」

 

「ワフッ! ワフッ!」

 

 

フレンの強硬策に対し、私も強硬手段を取ろうとしたところ、ラピードが突然闘技場の方へ吠え始めた。

尻尾を振って、えらく興奮しているようである。

ラピードの反応を見るなり、フレンは苦虫を噛んだような顔をした。

 

 

「噂をすれば、か……。桜、今日の所はここまでにさせてもらうよ。

でも、僕は決して君のことをあきらめたわけじゃないからね」

 

「悪役かお前は……っ! 今日も明日も明後日にないですよ。

今決定的になりました。私はフレンさんのところへは行きません」

 

「そういうことは嘘でも言わないでくれないかい。かなり傷つくんだ」

 

「隊長までのし上がったのに、胃の調子は相変わらずなんですね」

 

「労わってくれるなら、僕の所に来てくれると助かるんだが……。ここまでか。また迎えに来るよ、桜」

 

「フレンさん!」

 

 

彼は私に捨て台詞を残すと、颯爽と闇の中へ消えていった。

フレンは秘密の任務でここに来ていて、始祖の隷長について過敏になっていたが、よもやフレンもベリウスに会おうとしているのか。

騎士団がどうして、始祖の隷長に用が? やっぱりその力が目的なんだろうか。

さざ波の音に耳を傾けながら、1人空に輝く星を眺めていると、傍にいたラピードが待ちきれないとばかりに再び駆け出して行った。

 

 

「ワフ!」

 

「ラピード?」

 

「よーし、ラピード。よく桜を守っていてくれたな。偉いぞ」

 

 

ラピードが駆けつけた先には、愛犬を迎える美青年ユーリの姿があった。

情報収集で闘技場を回っていると思ったんだが、ここ港の方にまで足を延ばしてきたのか。

 

 

「ユーリ。情報集めは順調なの?」

 

「一通り集めて宿屋行ったら、部屋はもぬけの殻、散らばったお前の荷物。

宿屋に聞いたら、お前らしい女の子が犬連れて飛び出して行ったって聞いてよ」

 

「あー……っ」

 

 

ユーリからわざとらしく淡々と説明されて、私は冷や汗をたらたら流した。

事態は既に遅かったようである。皆大騒ぎしているだろう。

こんなことになるなら、フレンと話なんてするべきでは、……いや、あの話は有意義だった。

帝国のこと、騎士団のこと、フレンのこと、始祖の隷町のこと。推測の域は出ていないが、聞き逃してはならないことばかりだ。

とは言っても、フレンのことは本人から内緒にするように言われている。

それに皆には、迷惑をかけたことには違いないので、私は素直に頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい……」

 

「何があったんだ」

 

「鞄の整理していたら、レイヴンさんにノート盗まれちゃって」

 

「それでその身そのままで追いかけたと。ラピードつけといて正解だったな」

 

「重ねてごめん。油断してた」

 

「まあ、お前の世界のノート一冊持ってったくらいで、どうにかなるもんじゃないからな。

何より、お前が無事でよかったよ」

 

 

ユーリは目元を緩めて、私の肩に手を添えた。

てっきり、怒られるものだと思っていたのに、笑って許してくれるなんて。

感心してユーリを見上げると、先ほどの柔らかい表情はどこへ行ったのか、すんごいドヤ顔をしていた。

 

 

「これで別れの話はなしな。お前がどんだけ無鉄砲なのかがわかったんだ」

 

「なんもなかったからいいじゃない。それに今回はラピードが傍にいてくれたのよ。

ユーリじゃなくても、私の護衛役が務まるって証明されたじゃないの」

 

「オレ以外でお前しょって走れるか?」

 

「ジュディスは?」

 

「女は対象外だ」

 

「レイヴンさんは?」

 

「おっさんは撲殺対象だ」

 

「フレンさんとか」

 

「ザーフィアスにお持ち帰りされるだろ」

 

「そろそろ自立してもいいと思うんだ、私」

 

「まだまだお前1人じゃ駄目だと思うんだが、オレは」

 

 

ユーリに自信満々に言われて、私はぐも言えなくなった。

ラピードがいたとはいえ、皆に面倒をかけたんだし、言い逃れは難しいだろう。

魔物や悪い人たちがいるこの世界では、私1人で行動することさえ許されないのか。

誰かに迷惑をかけ続けることでしか、私は生きることはできないのか。

始祖の隷長に認定されたら、私は生きていけるのだろうか。

 

 

「ニホンが恋しいのか」

 

「え……?」

 

 

頭の中で自問を繰り返していると、突然ユーリに真顔で問われて、私は答えを言い淀んだ。

ここに来てからというもの、最初はただただ元の世界に帰るため、ユーリやフレン、皆と旅をして、忙しい日々が続いていたから、寂しいとか、恋しいとか、そんな気持ちが生まれる余裕なんてなかった。

ノール港でユーリに愚痴ったことはあるが、結局彼にからかわれてそんな感情は出てこなかったんだ。

私の寂しさを埋めていたのは彼なのか? 今も尚私に傾けられるユーリの真摯な眼差しに、私は戸惑い、俯いた。

 

 

「……わからない。家族や友達に会いたい気持ちはあるけれど、今でいっぱいいっぱいだから」

 

「1人で抱え込むなよ」

 

「抱えてなんかないよ」

 

「矛盾してるぞ。自分の世界のことすっ飛ぶほど、いっぱいいっぱいなんだろ」

 

「ユーリには関係ないから、私は大丈夫」

 

「大丈夫じゃない。オレのことはオレのこと、お前のことはオレのことだ」

 

「ジャイアンかお前は」

 

「フェローがダングレストを襲った時のことは覚えてるか?」

 

「覚えてるよ。エステルが大変だったんだよね」

 

 

ユーリに再び問われて、私は内心穏やかではないものの、なんとか答えた。

あの時の記憶は、もう1人の私と混濁しているため、上手く説明できない。

そのことをツッコまれたらどうしようと思っていたら、ユーリの黒い瞳が私の瞳を捕える。悪い予感は当たった。

 

 

「なんで、あの時、桜だけがエステルの危険を知ることができたんだ」

 

「……それは、エアル的な意味で」

 

「いつものエアルの流れとかいうヤツか? あのスピードや力もそうなのか?」

 

「……武醒魔導器みたいな?」

 

「お前が魔導器を? いや、身体ん中に魔核があるから、リタが言ってた人間魔導器なのか……」

 

「そんな大層な物じゃないよ。きっと」

 

「十分過ぎるだろ。ダングレストでバルボスの攻撃を受けた時と言い、ヘリオードの時と言い、骸骨の魔物の時と言い。だんだん怪しくなってきていないか。お前の力」

 

「ヘリオードの時? 私の力って何が?」

 

「兵装魔導器が暴走しかけた時、お前、何かしただろ。リタの言ってた、エアルの吸収じゃないか」

 

 

ユーリに三度問われて、私はついに選ぶ言葉を失った。

どうしよう。ここにはいつも話を逸らしてくれるジュディスはいない。

正直に話せば、芋づる式で、始祖の隷長の話に辿り着いてしまう。知られたくない。ユーリには知られたくないんだ。

私とユーリの間に、さざ波の音とカモメの鳴き声が支配する。

どれだけ時間が経っただろう。

じっと答えを待ち続けるユーリに、私は耐えかねて、口を開いた。

 

 

「ごめん、ユーリ。……上手く話せない」

 

「何か心当たりがあるってことだな」

 

「ごめん」

 

「オレにも話せないことなのか。……辛いことか?」

 

「……」

 

「辛いなら尚更だ。桜、オレに吐いてしまえよ」

 

「ごめん」

 

 

ユーリがこんなに優しくしてくれるのに、私は応えることができない。

全て話してしまえば、私たちの関係は変わってしまう。それが怖い。

怖くて、俯き、スカートの端を握りしめていると、ユーリが撫でるように肩に手を置く。

驚いて顔を上げると、ウィンクをするユーリの顔があった。

 

 

「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために、だろ」

 

「掟のこと?」

 

「お前の問題は、オレたちの問題でもあるわけだ」

 

「……私、ギルドに入るんじゃなかったのかも。フレンさんだって、ああ言ってたし」

 

「フレンが?」

 

「そもそも、私をギルドに強制加入させたのは、ユーリだったよね」

 

「そうくるか……。ま、メンバーになった以上は、掟に従ってもらわないとな」

 

「卑怯だ! 強引だ! 横暴だ! ホントに確証がないんだってば!」

 

「確かな証拠がなくても、お前をここまで困らせる原因でもあるんだ。

話してもらわないと、オレが困る」

 

「ユーリが、なんで?」

 

「なんでもだ。強いて言うなら、お前をからかえなくなっちまうことだな」

 

「おい」

 

「桜。オレたちのギルド 凛々の明星の元ネタを教えてやろうか」

 

「話そらすなよ」

 

「夜空で一番輝いている星があるだろ」

 

 

ユーリに言われて、むかつきながらも、最も目立ってる大きな星を見上げる。

私がそれを確認したのを見て、彼も空を見上げ、物語を聞かせてくれた。

 

 

「あの星には伝承があってな。その昔、世界を滅亡に追い込む厄災が遭ったんだ。

人々はそれに立ち向かい、多くの命が失った。

窮地に立たされた時、ある兄妹が現れて、力を合わせて厄災と戦い、世界を救った。

妹は満月の子と呼ばれて、戦いの後もこの大地に残り、兄の方は凛々の明星と呼ばれ、空から世界を見守ることにしたんだとよ」

 

「よく知ってたね。エステルから聞いたの?」

 

「正解だ。恐れ多い名前だろ。オレたちも名前に恥じない立派なギルドにだな……」

 

「そだね。恐れ多いからギルド抜けるわ」

 

「早まるな。ギルド抜けて、それからどうするつもりなんだ。

このまま、ずっと1人で抱え込んだまま、旅を続けられるのか」

 

「今までそうしてきたし、これからもそのつもりだもの」

 

「とんだ堪え性の頑固者だな。……そんなにオレが信用できないか」

 

「そ、そんなことない」

 

「オレ、ノール港で言ったよな。結論急かしてるわけじゃない。この旅ん中でじっくりゆっくり悩めば良い。

お前の納得のいく答えが出るまで、ずっと待ってるって」

 

「言ってくれたね。待っててくれるんじゃなかったの?」

 

「待ってるさ、いつまでもな。けど、今のお前は、自分に納得した答えを出そうとしているのか?

悩んでばかりで、一歩も前へでるどころか、迷路になってるだろ」

 

 

ユーリに痛いところを突かれて、私は今度こそ考え、言葉を選び始めた。

ラゴウの一件でぐらついてはいるが、私の味方である以上、ユーリを信頼していることに違いない。

それを踏み倒して、だんまりを決め込むのは、卑怯というものではないか。とは言っても、今一歩勇気が足りなくて踏み出せないでいた。

 

 

「ユーリ。……ユーリは、私に何があっても自分の道を貫くって約束できる?」

 

「事と次第によっては、だな」

 

「やっぱり」

 

「お前の命に関わるような案件なら、迷いもなくお前を担いで逃げるぜ、オレは」

 

「死なないとは思う。……多分」

 

「多分ってなんだよ……」

 

「私も不安なんだよ。なんてったって、フェローに会わなきゃ説明できないし」

 

「フェローに何か言われたことが原因なんだな。だから、あん時会いたいって言いだしたのか」

 

「フェローなら、私の悩みの原因がわかるかもしれない」

 

「じゃあ、約束だ」

 

 

と言って、ユーリはわざわざ利き腕の小指を差し出してきた。

 

 

「オレが必ずお前をフェローに会わせてやる。その代わり、お前が傷つくのはなしだ」

 

「私は……」

 

 

安易に決断してもいいのか。戸惑いながら、彼の方を見てみる。

ユーリの真っ直ぐ私へ向けられた黒い瞳と目が合った。それでも、彼の目に揺らぎは一切ない。

彼はこんな私を信じているんだ。

怖がってにげてばかりいないで、私も彼を信じなければ。

 

 

「私もフェローに会えたら、きちんとユーリに説明する」

 

 

私はユーリと約束を交わすと、左手の小指を彼のそれに結んで、指切りをした。

彼の心中を示すように、強く、強く結ばれた小指がちょっと痛い。

凛々の明星か、はたまた月光に照らされてか、闇夜から露わになる彼の長い髪が潮風で靡き、闇色の瞳が私を見つめて微笑に綻んだ。

 

 

「指切りげんまん、だな」

 

「きっとハリセンボン飲んでもらうことになるよ」

 

「誰が飲むかよ。お前も飲まさないからな」

 

「マジかな……」

 

「お前が不安がるなよ。今まで、オレがいて、お前を傷つけたことがあるか?」

 

「メンタル的に数時間前にあった気がするんだけど」

 

「あれは事故だ」

 

「本当かな……」

 

「本当だ。約束は果たすさ。何があってもな」

 

 

ユーリはそう言い切り、私に強気の笑みを送り付けた。

大丈夫。きっと大丈夫。私が何者になっても、彼は変わらないでいてくれる。

宿屋へ帰路の中、私はそう言い聞かせながらも、また腕を引っ張りまわしたりはしないのか、隣を歩くユーリの顔を盗み見た。

けれども、すぐにバレてしまい、余裕の笑みで返してくるだけで、腕を掴んでくる様子はない。

私は未だに残る、左小指の感触を確かめながら、私の足並みに揃えてくれるユーリに微笑み返した。

 

 

 

 

■続く■




ノードポリカ初日のお話です。初日だけのお話です。
本当はフレン戦か、上手くいけばザギ戦までもって行きたかったのに、フラグ回収とフラグぶっ立てるのに、夢中で後半はギャグも忘れて作成しておりました。
フレンの騎士側の動きと、ユーリからの疑惑と約束を描きたかったんです。
その上で、次回に結び付けたいと思い、一手入れてみました。

次回は闘技場です。
ゲームとは違う視点で描くので、長くなるのか、短くなるのか。
それではまた。



瑛慈 翔
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