明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第36話】むっつり男とアホ騎士の思いはいつか

山を越え、森を越え、海を渡って、アイフリードのお宝を探して旅する天才美少女、それがうちなのじゃ。

遠く離れていても、近くでへばりついても、ユーリとラブラブなうちじゃが、ケーブ・モック大森林で、目を赤くして泣きはらした桜の姉御とそれを見つめるユーリなんて大事件を発見してしまって大混乱なのじゃ。

 

 

これは事案なのでは!? よもやうちに浮気して、桜の姉御にイケナイことをしたのではないか!?

ゆ、許せんぞ、ユーリ! そのかっこよさに免じて何股しても構わんと考えてはおったが、女を泣かすのは言語道断なのじゃ!

 

 

早速、威嚇射撃を放って、とことん旦那を説教をしようとしたのじゃ。

しかし、桜の姉御はユーリに愚痴を吐いただけで、ユーリに慰められこそすれ、泣かされてなどいないとか。なんじゃ、うちの早とちりだったのか、ちょっぴり深海魚になって海に潜りたくなったぞ。

 

 

それにしても、背中に傷を負っている中で、桜の姉御をストレスを受け止めるとは、流石はうちのユーリなのじゃ。ご男気があるよのう。

褒美にアップルグミをあーんして食べさせてあげるのじゃ。

何、そんなに照れることはないぞ! 俗に言うツンデレと言うやつじゃな! うちにはわかる!

 

 

ユーリは桜の姉御を気にかけているようじゃが、当の桜の姉御はエステルの取り計らいで、フレンという騎士に頂いてもらう予定なのじゃ。

桜の姉御もユーリの女事情などミジンコも知らんと言っておったので、うちの魅力でユーリをメロメロにするのじゃ。

そう! 女の魅力は愛嬌じゃ! 見せかけの顔や安産尻、ましては豊満な胸で騙されてはいかん!

ユーリが桜の姉御の身体に惑わされることはない!……と思う。うちにも少しはあるのじゃ。

 

 

ケーブ・モック大森林の後、ダングレストの方が戦争だの、魔物の襲撃だの、大変なことになっていたようじゃが、うちには壮大な目的があるのじゃ。

ユーリをおとす? もちろんそれもあるが、当初の目的であるアイフリードのお宝「麗しの星」を探し出すのじゃ。

 

 

なんせ、うちはアイフリードの孫じゃからの!

……。……。

うん? 初耳じゃと? そうじゃな!

そういえば言っとらんかったわ!

 

 

うちはほれ、記憶喪失なので、確信はないが、絶対うちはアイフリードの孫なのじゃ。

どっちなんだって? 記憶がないのでどっちとの言えないの。

だから、麗しの星を見つけ出して、アイフリードに会って、確かめるのじゃ。

 

 

アイフリードはこのテルカ・リュミレースの海を制覇した大海賊にしてギルド 海精の牙の首領。

数々の荒波と冒険を潜り抜け、両腕に抱えきれないほどのお宝を手に入れた英雄……だったのじゃが。

ブラックホープ号事件でギルドの信用を地に貶めたせいか、ちょっと、少し、いやかなり、評判が悪い。

 

 

しかし、うちには、そんな悪評など気にしている暇はないのじゃ。

この世界のどこにあるかもしれないアイフリードのお宝を探し出さなくてはいけない。

うちは一刻も早く記憶を取り戻さなくてはいかんのじゃ。

 

 

そうしてずっと1人で旅をしていたら、トリム港で海の魔物と戯れることになった。

ちょっと調子に乗り過ぎて、魔物の栄養分されそうになったところを、ユーリたちに助けてもらったのじゃ。

おお、この大海原で再会できるとは、ユーリとうちは赤い錨で結ばれているのかの。

早速再会のキスを……これもユーリに断固拒否されて、叶わなんだ。相変わらず照れ屋さんなのじゃ。

 

 

ユーリたちは、誰かに会うためにノードポリカを目指しているらしい。

操舵士が魔物によって怪我を負ったので、うちが代わりに船を動かすことになったのじゃ。

冒険者たるもの、戦いだけではなく、船を動かせんでなんとするか。

これで、ユーリもうちに惚れたであろう。そうじゃろう!

 

 

ノードポリカへの走行途中、深い霧に覆われ、アーセルム号というとーっても古い型の幽霊船に遭遇した。

うちらが乗っているいるフィエルティア号が謎の走行不能になってしまったのと、桜の姉御が幽霊船に何かあるというので、ユーリと桜の姉御とワンコ、ジュディ姐、おっさんが探索に行ってしまったのじゃ。

うちもユーリについて行きたかったが、船の面倒もあったしの。天才美少女は大変なのじゃ。

桜の姉御はお化けに強いと聞いたし、うちとユーリのことを考えてくれるから、暗がりにユーリへアタックすることはないと思うんのじゃが。

なんだかユーリの桜の姉御を見る目がおかしいのじゃ。なんというか前より、余裕がないと言えばいいのかの。何が遭ったのか知れんが、2人とも心配なのじゃ。

 

 

ユーリたちが幽霊船の探索をしに行ってしばらくしてから、突然幽霊船のマストが折れた。

何事かと戸惑ううちらの元に、ジュディ姐とワンコが戻ってきて、ユーリたちは自分たちと分断されて、仕方なく先に進んだとか。

 

 

桜の姉御がユーリとおっさんのサンドウィッチじゃと!?

これはユーリと桜の姉御の貞操の危険なのじゃ!!

ユーリがとち狂って、おっさんを亡き者にし、桜の姉御と危険な最中を良いことに、身体をまさぐり合い、やがては深いキッスを……っ!

 

 

うちは脇目を振らずに走った。折れたマストを伝い、船の内部へ潜り込み、ユーリがいるであろう船長室へと向かう。

船の構造は大体昔と変わらんのじゃ。それに加えて、うちには乙女の勘がある。

激しい剣撃の音と、聞き知った声が上の方から聞こえてくる。あそこなのじゃ!

階段を登りきると、骸骨の魔物とやり合うユーリの姿が! うちはここじゃ! 再会のキッスを!!

 

 

まあ、避けられた上に、その後、母なる大海原に放り投げられたが、これも愛の印なのじゃ。

ただ、あの骸骨の魔物。うちをじっと見つめておったが、知り合いだったのかの? 記憶がないのでわからんが、どーにも気になるのじゃ。

 

 

いろんなことを考えているうちに、うちらはノードポリカに船をつけて、ユーリたちとはお別れになった。

ユーリのことは愛しておるが、まずはアイフリードのお宝を手に入れて、記憶を取り戻さねば話にならんからの。

なんだか桜の姉御との仲が怪しくなってきたので、ここはひとつ熱いキスでも動画に撮っておいて、既成事実をつくらねばならん。

 

 

さっそく突撃したのじゃが、どういうワケか、桜の姉御がユーリの胸にキスしてしまう事故は発生してしまったのじゃ。

ユーリは隠していたが、一瞬目を見開いて動揺しとったわ。ヤツとて男、乙女のキスを胸に受けて、平然とはしていられんようじゃったな。

しかも相手は桜の姉御じゃ、仕方がないのう。

うちらの前だったから良かったものの、2人きりじゃったら、あのままいい雰囲気になって、更にディープなところまでいってしまったかもしれん。

本当に危なかったのじゃ!

 

 

……ところで、桜の姉御。ユーリのキスの味はどんなだったのじゃ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むっつり男とアホ騎士の思いはいつか

 

ボケでつっこまれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デズエール大陸の窓口であり、戦いに熱狂する ギルド戦士の殿堂の拠点、闘技場都市ノードポリカ。

フェローに会うため、私たちは大陸中央部に位置するコゴール砂漠を目指して、ひとまずこの街にたどり着くことができた。

途中、魚人に襲われたり、パティを拾ったり、幽霊船を探検したり、おっさんの魅了攻撃なんて規格外な現象を目撃したり、更にはユーリの胸元にディープキスなんて羞恥プレイしたのはさておき。

……いや、いち乙女として、キスは捨ておけないけど。

ユーリはなんで平気なんだ。むっつりスケベなのか知らないが、反省の色もないなんて、女の子として屈辱だ。

……まあ、デレデレしたユーリなんぞ想像できないし、それこそレイヴンみたくハイテンションになられたら、たまったもんではないが。

 

複雑な心境の中、フェローを知る総領ベリウスの元にドンの手紙を届けに来たが、新月にならないと彼女に出会えないと門前祓いされてしまった。

門番のナッツさんも申し訳なさそうにしてたし、いないものは仕方ない。

 

とりあえず、皆は情報収集をし、私は最近様子がおかしいユーリと距離を置くため、レイヴンとラピードとともに宿屋へ休んでいたのだが、そのレイヴンに地理のノートを奪われ逃走されてしまう。

急ぎ波止場までおいかけたところ、そこで出会ったのは胡散臭いおっさんではなく、何故かヘリオードで別れたはずの帝国騎士団隊長フレン・シーフォであった。

 

これは好都合。フレンなら、今の帝国の情報を聞き出せると思ったんだが、あれこれ聞いても「ごめん。それは言えない」の一点張り。そのくせ、始祖の隷長には近づくな、関わるな、深入りするな。終いには、ギルドを抜けて、自分の隊にこいときた。

当然断ったとも。いつまでもイエスウーマンだと思うなよ。……あの時、フレンが実力行使しなくて良かった。

わかったことと言えば、帝国が始祖の隷長に何かしようとしていること。

 

始祖の隷長は超身体能力と高い知力、長い寿命、そしてエアルを調整する能力がある。帝国は彼らに何をさせるために動いているのだろうか。

んでもって、始祖の隷長になりかけているかもしれない私に何をさせようと言うのか。

 

ますます自分のことを知りたいと思う反面、やはり皆に知られて、離れられるのが恐ろしく、怯える自分がいる。

ベリウスやフェローに会うまでは、私の人外の件はバレないはず……そう思っていた時期が私にもありました。

 

ユーリに私の能力を気付かれてしまった。

 

ダングレストでバルボスの攻撃を受けた時、フェロー襲撃での超身体能力、ヘリオードで兵装魔導器の暴走を食い止めようとした時、骸骨の魔物のソーサラーリングの時、全て彼は見ていたのだ。

きっと近頃強引になってきたのは、それらが原因かもしれない。

 

彼は私が隠しごとをしているのにもかかわらず、優しく、根気強く、私のために事情を話してくれるように促し、答えを待ってくれた。

しかし、私とて、この関係を壊したくない。始祖の隷長なんて人外になっているなんて言えない。

 

そんな私にユーリは約束をしてくれた。

フェローに会わせてやる。私を傷つかせたりしない。

私も彼の期待に応えるために約束した。

フェローに会うことができたなら、ユーリに説明すると。

 

それが昨晩の出来事だったんだが……。

 

 

「お客様。失礼いたします」

 

 

宿屋で朝食を終え、さあ皆で今後について話し合おうとしたところ、宿屋の支配人が私たちの部屋の戸を叩いてきた。もうチェックアウトの時間かと顔を見合わせる私たちであったが、私の腕時計はまだ余裕があると時を示している。

何事かと返事をしかけたところで、ドアの向こうから、再び声がかかった。

 

 

「遺構の門の首領 ラーギィ様がお話したいことがあるとお見えになっていて。

部屋にお通ししてもよろしいでしょうか」

 

「ラーギィが?」

 

「昨日の魔導機発掘専門ギルドの首領なんだよね?」

 

 

何の用だろうと、私は昨日情報収集をしていた皆の様子を確認するものの、ユーリは眉をひそめ、カロルは首を横へ振り、他の皆も同じような反応だった。

こんな朝っぱら真正面から襲いかかるでもなし、カウフマンからお墨付きだし、あのオドオドした小動物のようなおじさん、未だにノートを返してくれない変態レイヴンに比べたら可愛いもんだろう。

 

 

「皆、いい?」

 

「ああ。通してくれ」

 

 

皆が頷くのを待ってから、ユーリがOKを出すと、ドアがゆっくりと開いた。

そこには支配人と、私たちを見るなり何度も下げるラーギィの姿が。

彼1人なのだろうか。私たちの疑問を余所に、支配人は部屋の中へラーギィを案内すると私たちに一礼して去ってしまった。

 

 

「あ、朝から、突然押しかけてしまい。ま、誠に、も、申し訳ございません」

 

「オレたちみたいな色物のメンツに、1人で突入してくるとは、あんた、見かけによらず度胸あんだな」

 

「青年。この人、一応首領だから。お手柔らかにね」

 

「何言ってんの、おっさん。こいつ、シャイコス遺跡の件で、桜と関りがあるのよ。

見かけで判断しちゃいけないわ」

 

「深読みしすぎだよ、リタ。カウフマンから白だって言われてたじゃん。

もしかしたら、ボクたちに依頼があるのかもしれないよ」

 

「は、はい。そ、その、カウフマンさんからのご紹介で、ブ、凛々の明星にお、お願いがあって参りました」

 

「やっぱり! カウフマンと繋がりを作っておいて大正解だったんだ!」

 

 

相変わらず何に怯えてるのかわからん口調で答えるラーギィに対し、カロルははち切れんばかりの笑顔を浮かべた。

カウフマンの紹介とはいえ、昨日会ったばかりの私たちにお願いとは奇妙なものである。

案の定、メンバーであるユーリとジュディスの反応は冷ややかであった。

 

 

「リタの言う通り、こいつは桜との関りがある。桜をどうこうってのならお断りだぜ」

 

「そうね。彼女のことならば、お引き取り願うべきじゃないかしら。私たちの目的を忘れてない?」

 

「えーっ!? せっかく遺構の門に顔を通すチャンスなんだよ。

しかもカウフマンからの紹介なんだし、ね?」

 

「ギルドは基本的に、2つ同時に依頼は受けないんじゃなかったっけ?」

 

「桜まで反対するの?」

 

「いや、ギルド初心者の素朴な疑問なんだけど。

ヘリオードのティグルさんの件や、今回のラーギィさんは例外なの?」

 

「ヘリオードの時は断れる流れじゃなかったじゃないか。今回はまた格別!

五大ギルドの幸福の市場が、同じ五大ギルドの遺構の門にボクたちのギルドを紹介してきたんだ。断るべきじゃないよ」

 

「遺構の門って、そんなに凄かったんだ……」

 

「そ、それほど、でも……。わ、私たちは、ただ、す、好きで、魔導器を発掘しているだ、だけですし」

 

「まあ、好きな物に情熱を傾ける気持ちはわからなくもないわ」

 

「あら、魔導少女が珍しい」

 

「燃やすわよ。おっさん」

 

「なんで!?」

 

「あの……。困っているようですし、お話だけでも聞いてみてはいかがでしょうか」

 

 

エステルの言う通り、話を聞く前から断るのも、なんだかラーギィさんが可哀そうな気がした。

これでも、一応ドンやカウフマンと同じ、五大ギルドの首領なのだが、人は見かけによらないということか。……ここまで威厳がないのは問題だと思うけど。

来てもらったのなら仕方ない。話を聞いてからという前提で、ラーギィはおずおずと依頼内容を提示してきた。

 

 

「じ、実は、戦士の殿堂を乗っ取ろうとしている男を倒していただきたいのです」

 

「乗っ取り? ……この街を!?」

 

「随分と物騒な話ね。そんな大きなお仕事を私たちに?」

 

「おかしいんじゃないの? んなもん、五大ギルドの知り合いとかどっか、大きなギルドに頼めばいいでしょ。

なんで、あんたのギルドが、この街助けなきゃいけないのよ。放っておきゃいいじゃない」

 

「あ、相手は真っ向からかかってきています。

て、帝国と、ユニオンの友好協定を前に、あ、あまり顔の知られた大手ギルドを動かし、パ、戦士の殿堂を巻き込むと、さ、騒ぎになってしまいますので。

それに、パ、戦士の殿堂には、と、闘技場遺跡の調査を、させてもらっています。ほ、放置できません」

 

 

言われてみれば、この闘技場、宿屋などの一部の施設を除けば、結構な年代物である。発掘ギルドも無縁じゃないわけだ。大規模ギルドを動かしたくないのなら、腕っぷしのあるユーリやジュディスのいる小規模ギルドが適任だろう。

うんうんと首を縦に振っていると、ラーギィは続けてとんでもないことを口にした。

 

 

「も、もし別の人間が上になって、こ、この街との縁が切れてしまったら、始祖の隷長に申し訳ないです」

 

「それって、ベリウスのーー」

 

「エンテレケイアって……。確か昨日、桜が言いかけていたヤツか」

 

「あ……」

 

「古い一族よ」

 

 

ベリウスのこと思い浮かべる私にユーリの視線が刺さるものの、空かさずジュディスのフォローが入った。

彼女は皆の視線を一身に受けながらも、説明を続ける。

 

 

「私たちの種族が生まれる前から存在していて、この街を作ったという古い一族が、始祖の隷長なの」

 

「ご、ご存じだったのですね。は、はい、その始祖の隷長が、わ、我がギルドとこの街の渡りをつけてくれたと聞いております」

 

「古い一族……ね」

 

「ははは……っ。古い一族らしいよ」

 

 

ユーリに探られるように見つめられ、私は大きく目を逸らした。

ユーリの視線が痛い。昨日指切りしたばっかだろう。何訝し気に私を見つめるんだ。

私とユーリの静かな攻防など、多分気付いているだろうレイヴンはさっさと話を促してきた。

 

 

「んで、どこの誰なのよ。その物騒なヤツって。

おっさん、凛々の明星のメンバーじゃないけど、そっちには非戦闘員の桜ちゃんいるんでしょ。

危ない橋は渡らない方がいいわ」

 

「と、闘技場のチャンピオンです」

 

「チャンピオン? どうして、乗っ取りなんかするの? と言うか、できるの?」

 

「わ、わかりません。や、ヤツは突然大会に参加し、正面から戦士の殿堂に挑んできたそうです。

そ、そして、大会を勝ち続け、ベリウスに急接近しているのです。

と、とても危険なヤツです。ベリウスの近くから、は、排除しなければ……」

 

「なるほど、それで真っ向からってねぇ。

そりゃ、戦士の殿堂も、追い出す気も追い出せないわけだわ」

 

「で、早い話が、オレたちが大会に出て、そいつに勝てって話だな」

 

「え、ええ、きょ、恐縮です」

 

 

ユーリが難しいことを簡単に言ってのけると、ラーギィは深々と頭を下げた。

皆のうちの誰かが闘技場に出場するつもりなのか。昨日、フレンが闘技場の出場について懸念していたが、ラーギィの言う闘技場のチャンピオンのことなのかもしれない。

だったら、この依頼を受けるのはまずくないか。

 

 

「ユーリ。止めておいた方がいいよ。話が大きすぎる」

 

「確かに。大きすぎて、怪しいっつーのもあるな」

 

「そ、そんな。おお、男の背後には、海凶の爪がいるんです!

海凶の爪は、この闘技場を資金源にして、ギルド制圧を……!」

 

「海凶の爪って、桜のこと狙ってるトロロヘアーの!」

 

「キュモールがいかにも考えそうな話だな。

あいつは海凶の爪と繋がっている。さて、藪をつついたら何が出るか……」

 

「ユーリ」

 

「お前を狙ってる連中だぞ。この街の乗っ取りなんてされてみろ。

ますますお前に危険が及ぶことになるぜ」

 

「そうです。海凶の爪が関わっているならば、止めないと! 帝国とギルドの関係が悪化するばかりです。

……ヘリオードで桜の精神を犯した罪は重いのです」

 

「私は構わんといってるでしょうが」

 

「桜はテルカ・リュミレースを愛してくれますか」

 

「いや、それはちょっと」

 

「やはり殺るしか」

 

「正にそういうところなんだけども」

 

「フェローはどうするの?」

 

 

エステルが今にも闘技場の門を殴りに行きかねない勢いで憤怒していると、ジュディスが当初の目的を指摘してきた。

彼女はいつもエステルに対して、鋭い指摘を容赦なく突きつける。

やんわり、しかし言葉は現実的で鋭く彼女は続けた。

 

 

「こんなのじゃいつ会えることだか。貴方の本当にやりたいことって何なの?」

 

「本当にやりたいこと……」

 

「よく考えてみなさい」

 

「フレンと桜の仲人がやりたいです」

 

「フェローはどこいった!?」

 

「ああ。既にフレンと桜はお付き合いしているのですね」

 

「ないわ。そんな恐ろしい既成事実」

 

「大丈夫です。ユーリの胸にキスをした動画で、フレンの気持ちを確かめれば一発です!」

 

「ユーリが殺されるな一発で!」

 

「あ、あの……お、お取込み中、すみません。

と、闘技場のチャンピオンを、た、倒すのは、む、難しいでしょうか」

 

「難しくはないわ」

 

 

私がエステルにあれこれツッコんでいる間に、ラーギィが恐る恐る尋ねるとジュディスは首を横に振った。

 

 

「話を聞いてしまったのだし。やるんでしょう?」

 

「え? いいのです?」

 

「うん。ギルドとしても、放っておけない話、かもしれないし……」

 

「カロル。本気なの? いきなり出場して連勝してるヤツなんだよ?

また面倒なことになるんじゃあ……」

 

「う、うーん。そこなんだよね。誰を出場させればいいのか」

 

「言っとくけど、おっさんはパスね。

そっちのギルドに所属してるわけじゃないし、桜ちゃんの護衛があるから」

 

「わかってるよ。レイヴンやリタ、エステルにはお願いできない。

これは遺構の門に対して凛々の明星が受ける話だもの。

もちろん、戦えない桜は出場させられない」

 

「私が言いたいのはそこじゃなくて、闘技場に出場すること自体が不安なんだけど」

 

「あら、私たちでは力不足だと言いたいの?」

 

「そ、そういうわけじゃない」

 

 

ジュディスに問われて、私は大きく首を横へ振った。

昨日フレンと会ったことは秘密だ。彼がこのことを気にしているとは言えない。

それにラーギィの言う通り、海凶の爪、その背後にキュモールがいて、ベリウスに何かしら危害を加えようとしているなら止めないと。

 

 

「わかった。でも、雲行きが怪しくなったら、即リタイアをお願いできないかな?

ラーギィさんを疑うわけじゃないけど、闘技場のチャンピオンの情報が少なくて」

 

「慎重なのね。そんなにチャンピオンが気になるのかしら」

 

「ユーリやジュディスが負けるとは思えない。だけど……」

 

「そこなんだけどな。オレはできれば、ジュディとは当たりたくねぇんだよ」

 

「あら? 残念。私は構わないわ。貴方のカッコいいところ、彼女に見せつけてあげないとね」

 

「んなもん、いつも傍で拝んでるだろ。首領がわざわざ出るまでもないな」

 

「う、うん。ユーリ、頑張って! 桜と一緒に応援してるから」

 

「そ、それでは、お引き受けて下さるので……」

 

「ああ。チャンピオンを倒しゃ、ギルドの名も上がるしな。オレたちにとっても悪い話じゃねぇし」

 

「あ、ありがとうございます! じゅ、準備が整いましたら、闘技場の受付に、手続きをしてください」

 

 

ラーギィはまた何度も頭を下げ、そそくさと部屋から出て行ってしまった。

結局、フレンの心配を無視して、闘技場にユーリが出場することになってしまうとは。

そもそもチャンピオンというヤツは、どんな猛者なんだろうか。

 

 

「突然真っ向から現れて、全戦連勝なんだよね。暗殺者集団の海凶の爪が、こんなことするかな?」

 

「連中にしちゃあ、回りくどいことしてんのは確かね。

他に手がなかったのか、他に思惑があるのか……。

でも、引き受けたなら、ちゃーんと依頼はこなさないとねーっ」

 

「他人事だと思って、このおっさんは」

 

「リタっちに何言われてもいーもん。

青年が出場している間は、俺様が桜ちゃんとデートでランテブーだぜ」

 

「何を言ってるの、おじさま。凛々の明星 ユーリの晴れ舞台なのよ。

桜の声援は絶対必須。彼女の黄色い声で、ユーリにやる気を出してもらわないと」

 

「黄色いは余計だろ」

 

「彼が勝ったら、デートするのよね」

 

「しないよ」

 

「勝利のキス?」

 

「昨日の地獄をぶり返すな」

 

「駄目ね。ユーリに"優勝したら自分を貴方の好きにして"くらいの気概がないと、ユーリが勝てないわよ」

 

「ユーリのモチベーション上げるために、私みたいなチンケな小娘に賭けてどーする」

 

「な、何ぃ~っ!? 桜ちゃんを好きにしてもいいのとか、なんて素晴らしいご褒美!

優勝したら、桜ちゃんにあんなことやこんなことや、そんなことまでして貰っちゃうもんね!

ふへへ……っ。おっさん、はりきって参加しちゃうわよ!」

 

「失せろ、おっさん」

 

「あべしっ」

 

 

ジュディスの戯言にハッスルするおっさんであったが、例によって、ユーリの鞘がどたまに突き刺さり撃沈した。

レイヴンなら、多分いいところまで行けるだろうし、ユーリとかち合って倒されても心傷まないから適任なんだが。ユーリだって、おっさんをコテンパンにすることはないだろうと高をくくっていたら、彼から余裕の笑みが送られてきた。

 

 

「優勝したら、桜を好きにできる……ね。

なかなか面白い条件じゃねぇか」

 

「ユ、ユーリ? まさか本気にしてるんじゃないでしょうね!?」

 

「桜にキャーキャー言われるのも新鮮でいいかもな」

 

「ユーリまでアホなこと言わない!

私がするのは、応援だけ! 期待されても何もできないんだから!」

 

「出場できなくても、出来ることはしなくちゃ。ね、桜」

 

「そりゃあ、応援くらいならできるけど」

 

「ま。頑張ってくっから、声援よろしくな」

 

「う、うん。ユーリ、必ず勝ってね! ユーリならきっとできるよ!」

 

 

変にやる気満々のユーリと、意味深なことを言って私の両肩を叩くジュディスに、私は戸惑いながらも、両手を握りしめてガッツポーズをとってエールを送った。

結局、ユーリのみ闘技場に出場することとなり、準備を整え、受付で彼と別れた私たちは、彼を応援するため、観客席を目指す。

ベリウスを狙うチャンピオンが気になるので、できるだけ、前の方に座りたくて、広い廊下をうろうろしていたら、人混みに紛れて、見知った顔を目にした。

人集りに目立つ流水のような銀髪に、職人が丹精込めて掘り上げたような端正な顔、綺麗なルビーの瞳を宿した年齢不詳の美青年。

 

 

「如月か」

 

「デューク?」

 

 

私が呼ぶより早く、彼は私の方へ向き、人の波をスルスル抜けてやってきた。

人間の世界を避け、孤高に生きる彼が何故こんな娯楽施設にいるのだろうか。

ケープ・モック大森林やガスファロストで行動をともにした皆でさえ、場違いな彼の存在に少々驚き、レイヴンも拍子抜けしたのか、頬をかいた。

 

 

「人の社会を捨てたおたくが、なんでまた、こんな俗っぽいとこにヒョコっといるの」

 

「お前の道化に付き合うつもりはない」

 

「闘技場なんて、デュークが遊びに来るようなところじゃないだろうし……」

 

「この都市の古くよりの主に挨拶に来た」

 

「桜ちゃんはOKで、おっさんはスルーなの?」

 

「この都市の主? ベリウスに会えたの?」

 

「いや、時期が悪かった」

 

「そっか。デュークでも無理だったか。やっぱり新月じゃないと無理なんだね」

 

「ああ。始祖の隷長の件で、お前のことを――」

 

「わあああああああああああっ!」

 

 

デュークが無遠慮に、始祖の隷長や私のことを口に出してきたので、私は慌ててその口を手で塞いだ。

その気迫に彼も驚き、甘んじて私の掌を受け入れてしまう。この男、やはり空気が読めないでいたか。

それでも私の様子を察してか、デュークは自身に当てられた私の手をずらして、小声で尋ねてきた。

 

 

「……まだ、皆に話してはいなかったのか」

 

「……当たり前でしょう。でなきゃ、呑気に一緒にいるわけないじゃないっ」

 

「……時間の問題だが」

 

「桜。デュークと何をお話ししているのです?」

 

「ちょっ、ちょっとベリウスのことで。

デュークも会えなかったみたいだから、ついでに闘技場見て行くんだって!」

 

「如月!?」

 

「……ベリウスに近づこうってヤツが、チャンピオンになってるのよ。

なんだか、この街を乗っ取ろうとしてるらしいの。気になるでしょう?」

 

「……。わかった。お前がそう言うのなら。但し、飽くまでもお前の連れとしてだ。

このような卑俗な場所で、剣を振るうつもりはない」

 

 

私が例のチャンピオンについて、他人事ではないと訴えたところ、デュークはしばし考えた後に頷いた。

闘技場の方はユーリが頑張って勝ち抜いてくれるだろうし、彼には緊急事態の保険としてついて来てもらうことにしよう。

先の2件で共闘した仲なのだから、皆ともそのうち打ち解けてくれるはずと思っていたのに、彼は背を向けてさっさと観客席の方げ向かっていた。

 

 

「では、私と行くぞ。如月」

 

「待って。1人で行かないでよ。……仕方ない。皆、私、デュークと先に行ってるね!」

 

「桜! 先に行かないでよ! 桜に何かあったら大変だし、ユーリも安心して戦えないじゃないか!」

 

「むっつり男のことは、この際どーでもいいけど、あんた、桜と剣は置いて行きなさいよ!」

 

「桜ちゃんの身の安全なら、デュークのヤツが持ってくれんでない?

あのバルボスの塔では大活躍だったのだしねーっ」

 

 

私がデュークについて行くのをカロルとリタが慌てて止めるものの、レイヴンは両手を頭の後ろに組んで余裕綽々だった。

 

 

「相手はあのコミュニケーション皆無なデュークだから。

闘技場で恋の語らいなんつー器用なマネできないでしょーよ」

 

「おじさまは良くても。彼女が他の男性と高みの観戦なんて、果たして、ユーリが許してくれるかしら」

 

「怖いこと言わないでよ、ジュディス。遺構の門にはチャンピオンに勝つって約束しちゃったんだよ」

 

「ユーリがそこまで狭量な人間であれば、とっとと縁を切って、フレンと仲良くなってもらうのです」

 

「青年とフレンちゃんの幼馴染の親友つー設定はどーしたの?」

 

「それが通用していれば、わたしもここまで苦労はしていません。性格も正反対なのに、なんだかんだ言って2人は通じ合っていますし、桜は身持ちが固いのです」

 

「エステルもエステルになりに苦労してるんだ……。

けど、なんでユーリはダメなのさ? とっても頼りになるのに」

 

「女性への気配りと品性と金銭感覚と経済力に致命的な問題があります」

 

「エステルって意外と男に厳しいんだね……」

 

「呑気にむっつり男とアホ騎士の話してる場合か!?

桜とデュークが行っちゃわ! 追いかけるのよ!」

 

「へいへい。若人は元気があって良いねーっ」

 

 

皆が談笑している間にも、デュークは私と付かず離れずの距離を保ちながら進んでいく。

急いでこちらに駆けてくる皆に気づくと、デュークはついに私の手を取り、足を速めた。

 

 

「デューク。ペース落として。皆と離れちゃう」

 

「群れるつもりはない」

 

「引き離す気か!? 駄目! 皆と一緒に観戦しないと」

 

「着いたぞ」

 

 

デュークに手を引かれて、扉をくぐった先にまず振りかかったのは、眩しい太陽と青空、その下でドーナツ状に広がる満員の観客席と激しい歓声がどっと押し寄せてきた。

その熱狂ぶりに私は気圧されるも、デュークに導かれるまま、前へ進んでいき、上手いこと最前列の席をゲットする。

彼が静かに見つめる先には、闘技場のメイン会場にして、戦いの舞台、その中央に立っている長い黒髪が印象的な美青年が立っていた。

 

 

「ユーリ! 頑張ってーっ!」

 

 

観客が応援や煽りの声を上げる中、私は精一杯声を張り上げて、ユーリへ声援を送った。

最前列だけあってか、よく聞こえたのだろう。彼はすぐにこちらに気付いて、手を挙げかけて硬直する。

彼の視線の先には、私の隣で構えるデュークの姿がありました。

うん、まあ、私の身体の魔核について調べるために探していた人物が、こんなところで遭遇するとは思いもしなかったよね。

けど、事情を知らない上にクソ怪しいレイヴンがいる手前「私の中に魔核があるから、例の剣で調べさせて」なんて言えないだろ。

察して視線をユーリに送ると、彼はリングの方へそっぽを向いてしまった。

続いて、リングアナウンサーの声が私たちの頭上に振りかかる。

 

 

「おおっと!? ユーリ・ローウェル! 先ほどまでの余裕の笑みはどこへやら、突然真顔になったぞ! ここまで来たら緊張して負けましたはきかないぜーっ!!」

 

「――遅かったわね」

 

 

新参のユーリの反応に観客が沸く中、ジュディスを初め皆が私の元へやってきた。

 

 

「ジュディス。皆も、置いて来てごめん」

 

「私たちはかまわないけれど。ユーリが困ったことになったわ」

 

「ああ。こーいうことなのね。青年もショックだわ」

 

「私とデュークがどうしたの? いや、デュークの剣については、後ほど話をしようとね?」

 

「あの剣は渡せない」

 

「あんたの剣は後であたしがぶん捕るからいいとして。

――ユーリ! このむっつり男! ふてくされてないで、昨日の桜にやらかした不祥事の分まで働きなさいよ!!」

 

「リタ。これボクたちのギルドの知名度にも関わってるんだから、勘弁してよ。

――ユーリ! 桜が見てるよ! 絶対勝ってね!」

 

「ユーリ! ここはフレンの分まで頑張ってくださーい! 但し、優勝の際の桜の所有権につきましては、わたしが断固許しませんので、そこのところは覚悟してくださーい!」

 

「ユーリ! 桜のことは大丈夫! 私がきちんと綺麗に保管してあげるから。頑張って桜とのお楽しみを勝ち取るのよ!!」

 

「青年! 負けたら、おっさんが桜ちゃんを美味しく頂いちゃうから、ほどほどに頑張らないでねーっ!」

 

「……止めてお願い頼む、私の名前を連呼しないで……」

 

 

皆、多くのやじや声援に交じっているのを良いことに、好き勝手叫びまくっていた。

彼女たちの声援に触発されたのか、多くの声が更に飛び交い、私は頭を抱える。

もちろん、リングアナウンサーはこれを聞き逃さなかった。

 

 

「ユーリ・ローウェルの彼女登場かーっ!? 焼けるねっ! だが、いいとも!

闘技場は男の見せ所! 我々は君のいい試合と活躍を期待しているぞーっ! 是非とも、彼女にカッコいいところを見せつけてくれ!!」

 

「あああああああ……っ!!」

 

「青年も桜ちゃんもエライことになっちゃったわねー……」

 

「誰のせいだと……っ!」

 

「観客席の皆様もいい具合に熱が上がったところで、お待たせいたしました! 只今より、闘技大会を始めます!!」

 

 

頭痛に襲われる私を差し置いて、リングアナウンサーの大会説明が入る。

3回勝ち抜いて、最後に例のチャンピオンを倒せば、豪華賞品とチャンピオンの座が与えらるとか。

リングアナウンサーの説明が終わるなり、ユーリの前に1人の戦士が向かいの扉から現れ、戦いの火蓋が切って落とされた。

元々ユーリが強いのもあるが、これまで多くの魔物と戦ってきたのだ。経験値が違い過ぎて、1戦目も2戦目もタイマンでは話にもならなかった。

 

 

「勝者、闘技場のニューフェイス! フレッシュギルド凛々の明星 ユーリ・ローウェル!

これは番狂わせもあるか!?」

 

「強い、強いよ、ユーリ! 素人の私の目でもわかるもの。ね、デューク」

 

「……」

 

「面白くない?」

 

「お前は楽しいのか」

 

「ユーリが活躍している姿を見るのは楽しいよ」

 

「ふむ……。お前はこういう楽しみ方をするのか。

ベリウスも良しとしている。なら私も――」

 

「止めて止して止めろ、お前が出ると皆が滅ぶ」

 

 

ゆらりと立ち上がるデュークを私は懸命に止めた。

卑俗とか言ってたのに、どういう心境の変化だ。

一方、凛々の明星の首領カロルは、ギルドの名声と依頼の件で頭がいっぱいなのか、一生懸命にユーリを応援していた。

 

 

「流石はユーリ! やっぱり凄いよ。後1戦乗り越えれば、チャンピオンと一騎打ちだ!」

 

「青年、がんばるじゃない。なんせ優勝賞品が桜ちゃんだもんね。チャンピオンに勝ったら、桜ちゃんでいいことできるんでしょ。

やっぱ俺様も出てりゃよかったかな……。いや、ドンのじいさんに任務中に遊ぶなとか言われて、更にきっつい仕事押しつけられそ。でも桜ちゃんが……悩むわ」

 

「景品になった覚えはないって言っとろーが。その軽い脳天をシャープペンでぶっ刺すぞ。如何わしい欲望もろともノードポリカ港へ沈めてこい」

 

「いいじゃん。桜ちゃん貸出券。萌え萌えキュンしちゃうわ」

 

「おっさんが萌えキュンとか言わないでよ悪寒が……っ。

とはいえ、ユーリとチャンピオンと対戦か……」

 

「桜。浮かない顔ね。闘技場への出場もあまりいい顔しなかったし。……マリッジブルー?」

 

「なんでそーなる!?」

 

「ユーリが勝ったら、彼にその身を捧げるのに」

 

「ねーよっ! 言っただろ! 何が悲しくて自分なんぞ優勝者にぶつけにゃならんのよ!

ひっどい罰ゲームだな、おい!?」

 

「彼、楽しみにしていたわよ」

 

「それは幻覚だ」

 

「ユーリは負けないって、信じてるんでしょう」

 

「もちろん。……だけど、現時点で、チャンピオンが何者かわからないままでしょう」

 

 

ギルドメンバーの活躍に沸く皆とは裏腹に、私はフレンの件で疑念を抱いていた。

今のところ順調に進んでいるのに、彼は何を懸念していたのだろうか。

私が悩んでいる間にも、ユーリはあっさり3人目を倒し、ついにチャンピオンの登場のアナウンスが入った。

 

 

「まだまだ盛り上がっていくぜぃ! そう! 次こそメインイベント!

紹介しよう、大会史上、無敵の現闘技場チャンピオン!」

 

「ワォーン!」

 

「ラピード?」

 

 

リングアナウンサーの声に応えるように、大人しかったラピードが遠吠えをした。

同時に熱気と声援に湧き上がる闘技場。私たちが目を見張った先、チャンピオンの姿を目の当たりにして、見間違いかと更に凝視した。

太陽に輝く金髪、空色の瞳、風になびく青いマント、騎士の鎧に身を包んだ精悍でいて、どこか少年のようなあどけなさが残る美青年騎士。

 

 

「甘いマスクに鋭い眼光! フレー~ン・シ~ーフォ!!」

 

「フレンさん!?」

 

「ど、どういうこと?」

 

 

闘技場チャンピオンとして姿を現したのは、昨日別れたばかりのフレンであった。

なんでここでフレンが出てくるんだ。

昨日内緒にしていた任務とはこういうことなのか。いいや、そもそも帝国騎士団隊長がどういう経緯で戦士の殿堂の闘技場に? 街を乗っ取ろうとし、ベリウスを狙っているのは騎士団の意思なのか?

大混乱に陥る私たちとは別に、レイヴンとジュディスは冷静だった。

 

 

「あらら。まんまとハメられたわね。これは」

 

「そうね。してやられたわ」

 

「2人とも、そんな顔して……。も、もしかして、大ギルドのラーギィさんがボクたちを騙したってこと?」

 

「……でも、フレンさんは、私たちが闘技場に出ることを気にしていた。

騎士団だって、何か考えがあって動いているはず」

 

「桜。フレンと会っていたのです? いつの話ですか」

 

「じ、実は昨日、ちょこーっと会って話をしたの。

……フレンさんからは、秘密って言われてたんだけれども」

 

「それを早く言いなさいよ!!」

 

 

リタの激高を合図に、ユーリの刀とフレンの剣が交錯した。飛び散る火花、耳を割く剣撃、重なる刃。

それが連なるにつれて、会場の熱がどんどん膨れ上がっていく。破竹の勢いで盛り上がる観客と2人の戦いに、止めるすべは残されていなかった。

 

 

「は、始まっちゃった。ど、どうしよう……っ。フレンさん、闘技場のチャンピオンならチャンピオンだって、話してくれればよかったのに!」

 

「アホ騎士、ったく。桜に肝心なことは話さなかったのね。あんたが驚くのも無理ないわ」

 

「けど、帝国騎士団の隊長だよ? なんでギルド主催の大会でチャンピオンになってるのさ」

 

「フレンさんは任務でここに来てるって話してくれた。

私に始祖の隷長、ベリウスには、危険だから近づくなって」

 

「……それはおかしいわ」

 

「ジュディス?」

 

「貴方も分っているでしょう。可愛い騎士さんとラーギィ、どちらも矛盾していると」

 

「ラーギィさんだけじゃなく、フレンさんまで私に騙したってこと? そんな、まさか……」

 

「そんなことはありません!」

 

 

あの実直なフレンのイメージにヒビが入ろうとした時、エステルが声高に否定した。

彼女は必死に私の肩を掴んで、フレンの無実を訴える。

 

 

「貴方を想うフレンが、貴方を傷つけることなど決してありません! ええ。ありえませんとも!」

 

「でも、現に私に内緒で闘技場出てるし……。ベリウスに近づくなとか言ってきたし」

 

「それはもちろん貴方を一番に考えているからこそです」

 

「何を根拠にそこまて断言できるの」

 

「いいでしょう。フレンがどれだけ貴方を想い慕っているか、これで証明してみせます!」

 

「え」

 

「フレーン! こっちを見てくださーい! 桜が見ていますよ!!」

 

 

エステルが自信満々に取り出したは、私の携帯電話だった。

とーぜん、掲げる先は、ユーリと剣を交えている下町出身の期待の新星フレン・シーフォさん21歳。

嫌な予感がして、彼女の腰を抱いて止めるも遅し。エステルは何の躊躇もなく、いや寧ろ此れ見よがし昨晩の動画を再生した。

――私がユーリの胸元にディープキスをする一部始終の動画を。

 

 

エステルを中心に波を打ったかのように静かになる観客席。

そして携帯画面をガン見して、得物が止まるユーリとフレン。

動画の再生音とそこから流れる私の悲鳴が、場内に響く。

エステルはドヤ顔し、リタとカロルは呆気にとられ、レイヴンとジュディスがやっちまった顔をし、デュークは変わらず涼しい顔をし、私は再度頭を抱えてリングから隠れるように縮こまった。消えたい。

 

やがて動画再生が終わって、ひとコンマ置いた後。金髪碧眼超絶説教魔王の怒号が場内に轟いた。

 

 

「ユゥーリィッ!!」

 

 

観客席まで届くそれは、私の耳の鼓膜と心臓を容易く貫通するほどであった。

対峙しているユーリにしてみれば、とんでもねーもんだろう。

観えたのか。観れたのか。いくら最前列とはいえ、こんな小さな液晶画面の中身など観れるもんじゃないだろう。

……あ。音声だけでも、容易に想像できるか。

冷静に分析している場合ではない。ヘリオードの色仕掛けの件もある。ユーリの危険が危ない。

恐る恐るユーリたちが戦っている現場を覗き見ると、逃げまくるユーリと術技を駆使して一方的に猛攻しているフレンの鬼のような姿がこちらからでもよく拝見できました。

 

 

「彼女を返してもらう!!」

 

「あいつは物じゃねえっての! 落ち着けフレン!!」

 

「これが落ち着いていられるか! 可憐な彼女に、なんて卑猥千万な行為の数々……許せん!!」

 

「全部事故だって! 状況考えろ!!」

 

「君だって、彼女に触れられて心底嬉しかったんだろう!?」

 

「……」

 

 

フレンとユーリの論争がこちらまで届いてしまう。

そして、それをまた聞き逃すリングアナウンサーではなかった。

 

 

「これは思わぬハプニングぅ!

ユーリ・ローウェルとフレン・シーフォには、思わぬ因縁があったようだぁ!!

1人の女性を賭けた戦い! 果たして彼女の微笑みはどちらへ傾けられるのか!!」

 

「なんでだよ!?」

 

「どうです! これがフレンの愛です」

 

「愛じゃねーだろ! 呪怨だろ! 狂気だろ! 病気だろ!!

なんてもので、あんの恐ろしい鬼神を煽った貴様!!」

 

「フレンの溢れる貴方への想いを伝えるには、これしかなかったんです」

 

「なくてよかったこんな想い!」

 

「無碍にしないでください、フレンの愛情です」

 

「そんな重い愛情はいらん! こ、このままだと、ユーリが殺される……っ!

――ユーリ! 負けないで! 死なないで! 私の良心のためにも生きろ!!」

 

「彼女からの声援はユーリ・ローウェルに捧げられたーっ!!

これは反撃しないと格好がつかないぞぅ!!」

 

 

私の声援が届いたのか、リングアナウンサーが余計なこと煽ったせいか、フレンの攻撃が一層と激しくなった気がする。

呆気にとられる私に、リタが私の肩を激しくゆすった。

 

 

「あんたもアホ騎士煽ってどーすんの! 片方応援したら、もう片方がブチ切れていらないやる気の連鎖が生まれるでしょうが」

 

「どっち応援していいのか、わかんなくなっちゃうね。

ボクとしては、ユーリに勝ってもらわないと困るんだけど」

 

「わたしはフレン派です」

 

「激しいスパイラルね」

 

「おっさん、出なくてよかったわ……」

 

「如月。あの武神のごとく暴れまれているのがこの街とベリウスを脅かす者か」

 

「脅威に感じるのはわからんでもないけど、抜剣するの止めて頂きます?

これ以上のカオスは避けたい。 ……って、あれ? 身体が……っ」

 

「如月?」

 

 

デュークが剣を抜くのを止めていると、突如私の身体が重たくなった。

なんだこの疲労感は。もしかしてエアル酔い? 一体どこから?

デュークに肩を支えられながらも、気配を追っていると頭上から濃いエアルが生まれる。

見上げると1人の男が狂った哄笑を上げながら、ユーリたちの元へ降り立った。

 

 

「ユーリ・ローウェル!!」

 

「ザギ!?……それにあの右腕、なんてエアル濃度なの?」

 

 

突如現れた暗殺者ザギは、変わり果てた姿になっていた。

デュークの剣でエアル調整することにより体力が回復した私は、彼の姿を凝視してみる。

以前、ラゴウの船で撃退した際に傷を負った左腕の肘から下が丸々魔導器になっており、異様なエアルの流れを発していた。

新たな敵の登場に、ユーリはおろか怒り狂っていたフレンまで動きを止める。

危ない男、危険な魔導器、それを知らない観客とリングアナウンサーは、更に熱狂の渦へと惹き込まれていた。

 

 

「これは大変! またまた大ハプニング! 舞台上の主役たちもお株を奪われた感じか!?」

 

「ユーリ! オレに殺されるために生き延びた男よ! 感謝するぜ! お前を倒して、桜を頂く!!」

 

「なんと新たな恋敵の登場かぁ!? 3人の男を惑わすとは、なんて罪な彼女なんだぁ!

しかーし、ここは戦いが全ての闘技場!

勝者が全てを手に入れることができるのだ!

3人とも、彼女を賭けて、全力で魅せる戦いを頼むぜぇ!」

 

「うおああああ……っ!!」

 

「頭抱えている場合じゃないでしょ、桜!

高濃度エアルって何? あんな使い方して、普通の魔導器じゃないわよね?」

 

「ラゴウの屋敷にあった魔導器と同じくらい酷い。でも重くて強いわ」

 

「確かに。なんか気持ち悪くて、おっさん動悸がするわ」

 

「あの魔導器……! 捨て置けないわ」

 

「ジュディス!?」

 

 

ジュディスは言うなり、迷うことなく舞台へ身を躍らせた。

彼女は竜使いである。もしかして、あの魔導器を破壊するつもりか。

それを見ていたデュークもすくっと立ち上がって、私を見下ろした。

 

 

「私たちも向かうぞ、如月。あの魔導器は捨ておけん」

 

「え? え? この高さからって、ええ!?」

 

「じっとしていろ。降りるぞ」

 

 

デュークはあっという間に私を横抱きにすると、ジュディスに続いて、華麗に舞台へ舞い降りた。

彼のあの香りと力強い二の腕、一瞬の浮遊感の後に、一斉に観客の視線が私たちに降り注ぐ。

緊張で固まる私と抱き抱えたままのデューク、それに続いて、エステルやリタ、カロルにレイヴン、ラピードも続いた。

 

 

「桜! 一体何なのです?」

 

「私が知りたい。ていうか、降ろしてデューク」

 

「まだ危険を脱していない」

 

「ふはははっ! 会えた! また会えたな! 桜!!

見ろ! どうだ、この腕は? ユーリ、お前のせいだ。お前の、桜のためだ。くくく……っ!」

 

「ユーリ!」

 

「お前、その男となんてことになってやがる」

 

「桜、デュークとは一体どういう関係なんだ」

 

「なんと3人の戦士が狙っている噂の彼女が、男に抱えられて乱入してきました!

その銀髪の美青年、新たな戦士の登場だ!!

彼女の意中の戦士は一体誰になるのか!? 波乱の乱闘の幕開けだぁ!!」

 

「うおおおおお……っ! そこかよ!? 状況見ろよ!

ザギがおっそろしい魔導器むりくり体にくっつけてやってきたことに驚けよ!!」

 

 

斜め上に白熱するリングアナウンサーに、そして一段と集まる大勢の視線に、私はデュークにプリンセスホールド決められたまま、両手で顔を覆った。

観客席からの好機の視線が痛みにしみる。

そんな中、私が堪らず指さした先には、デュークに存在感を奪われ、魔導器の左腕で地面にのの字を書くザギさんの姿が。

実はかまってちゃんなのか。私たちの視線に気づくなり、ザギは狂気に身を任せながら、左腕の魔導器を掲げた。

 

 

「ユーリ・ローウェル! 貴様はオレを喜ばせたんだ。存分に返してやるぞ!!」

 

「あ。復活した」

 

「そのまま静かにしてくれりゃあ、オレも助かるんだけど」

 

「ユーリ。説教は後だ。まずはあいつを倒そう。

それとデューク。桜は僕の元へ」

 

「それはできない。あの男の魔導器が彼女に害をなしている」

 

「とか言って、桜を連れてくつもりか。

まあ、あれがあのトンデモ魔導器だったら、てめぇの剣がないとやべぇか」

 

「そうね。あの魔導器は危険だわ。……破壊しないと」

 

「破壊!? 駄目よ! 魔導器はきちんと直すわ!」

 

「戯言はもういい! さあ、この腕をぶち込んでやるぜ、ユーリ!!」

 

「しつこいと嫌われるぜ!」

 

「ユーリ、いけない! 避けて!」

 

 

ザギが左手を突き出した瞬間、悪寒が走り、私は迎え打とうとするユーリに警告した。

彼は私の声が届いたのか、即座に横へ大きく飛ぶ。

すると、先程までユーリがいたところに、ザギの左掌から光球が放たれ、空を焼き尽くし、観客席を隔てる塀を深々と焦がした。

 

 

「エアルの光弾!?」

 

「なんつう危ねえもんつけてやがる」

 

「魔導器をあんな使い方するなんて、許せない!」

 

「これがそんなに羨ましいか!?

ふははっ! 来るなら来い!ユーリ・ローウェル! でなければ、桜! オレを踏んで」

 

「嫌です!」

 

「殴って!」

 

「断る!」

 

「罵って!」

 

「嫌だっつってるだろ!」

 

「乱入者のビームが炸裂する!! ユーリ・ローウェル、ナイスファイト! あと少しで黒焦げだぁ!! ……てゆっか、私たちも逃げた方がいいのでは?」

 

 

ザギの危険性に今更気付いたリングアナウンサーだったが、ザギは止まらない。

両手にダガーを構えて、今度はユーリに迫る。

 

 

「お前を倒して、桜を頂く!」

 

「ホントしつこいぞ! お前!」

 

「ユーリ、援護する! ルミナンサイス!」

 

 

ユーリに刃を向けるザギ目掛けて、フレンの光の攻撃魔術が収束する。

しかし、左腕の魔導器が怪しい光を放つと、魔術の光は爆発することなく吸収されてしまった。

ザギは口端を釣り上げ、私はおろか、術を放ったフレンまでもが、驚き身を引く。

 

 

「魔術を吸収した!?」

 

「見たか! オレの新しい力だ! これで邪魔者はいなくなった!

後はお前だけだぞ、ユーリ・ローウェル!」

 

「魔術が効かねぇなら、タイマン張るしかねぇか」

 

「やつは危険だ。後ろの桜を気にしながら、一騎打ちは君でも難しい。

ここは僕が」

 

「フレン! わたしたちも戦います!」

 

「お下がり下さい。エステリーゼ様!」

 

「でも……っ!」

 

「こいつ相手に大人数でかかってみろ、まとめて光弾でどかんだ。

特にリタ、メインの魔術を封じられちゃあ、まともに戦えねぇだろ」

 

「うっさいわね! わかってるわよ!

エステル、あんたも下がって。アホ騎士が集中して戦えないわ」

 

「わかりました。では、治癒術に専念しますので、フレンはそのうちに」

 

「畏まりました。直ちにあやつを仕留めてみせます」

 

「デュークから桜を奪い返して、その胸にキスしてもらうのです」

 

「え」

 

「しねーよ!」

 

 

私が拳を握るエステルと固まるフレンをツッコんでいる間にも、ザギの刃がユーリに襲いかかっていた。

あまりの近接攻撃にフレンやジュディス、ラピードは追いかけるものの、下手に近づけば身体を回転させて飛び上がる周囲攻撃をされて、手出しできない。

カロルに至っては、大剣の重さで、そのスピードでさえついてこれないでいた。

レイヴンが辛うじて矢を放ってけん制するが、ザギの回避力を前に、良くて肌を掠めるだけで、決定打にもならない。

 

 

「魔術も駄目。弓矢もいまいち。おっさん、くじけそう」

 

「あんなに急接近されちゃ、こっちも下手に攻撃できないわ」

 

「皆、固まっていてはいけない! 散らばって、あの光弾を避けるんだ!」

 

「デューク! いい加減私を降ろして。皆の加勢に行ってよ! 何より絵面的に辛い」

 

「私の出るまでもない」

 

「言ってる場合か!? このままだと、私たち各個撃破されるか、あの光弾で一網打尽よ!

……そうだ。ガスファロストのバルボスの剣みたいに、デュークの剣でザギの魔導器を壊せばいいんだ!」

 

「それでは、如月が傷つく」

 

「じゃあ、どーしろと!?」

 

「魔術だ」

 

「フレンさんの見てただろ、一瞬で吸収されたわ!」

 

「あの魔導器とて、容量は無限ではない。……見ていろ」

 

 

デュークは言うなり、やっと私をそっと地へ降ろしてくれた。

続いて、空気を揺るがすほどの魔術を唱える。

 

 

「貴様らには時すら無意味、ならば奪おう。ストップフロウ!」

 

「なん……!?」

 

 

彼が言葉を紡いだと同時に、周囲の、世界の時が文字通り止まる。

刀を振るうユーリ、彼の靡く黒髪、ザギの歪んだ顔、追いかけるフレン、レイヴンの放った矢、焦るエステルたち、観客に至るまで全ての時が停止したのだ。

 

 

「デ、デューク。これって……っ?」

 

「ここで待っていろ」

 

「な、何するの?」

 

 

デュークは私を差し置いて、まっすぐザギの方へ駆けると、強烈な蹴りをお見舞いした。

ザギが大きくユーリの間合いから大きく離れたところで、彼は私の傍まで駆け寄り、空気が元に戻る。

ユーリの刀が空を斬り、ザギが吹っ飛び、フレンとジュディスがそれを見て足を止めて、エステルたちは眉をひそめ、観客たちが騒めいた。

 

 

「じ、時間が……、戻った?」

 

「如月。皆に魔術の指示を」

 

「あ、うん。駄目だったら、デュークも同罪だからね……っ」

 

「いいだろう」

 

 

デュークが頷くのを待ってから、私は大声で魔術の使える皆にお願いをした。

 

 

「フレンさん、リタさんとエステル。それにレイヴンさん。ザギにありったけの魔術をお願い!!」

 

「そうは言うけれど、桜。君も見ていただろう」

 

「あの目の血走った危ない兄ちゃんには、魔術は効かないよ」

 

「いいから、ユーリから離れているうちに!」

 

「よくわかんないけど、わかったわ。行くわよ、エステル!」

 

「はい! よくわかりませんが、フレンも桜のお願いに応えるのです!」

 

「畏まりました。……桜、君がそこまで言うのなら、それに応えよう」

 

「ふ……っ! くくくっ! 何が起こったかわからんが、まあいい! 何度やっても同じことだ!!」

 

 

4人は一斉に魔術の詠唱をし始めると、ザギはよろめきながらも、例の左腕の魔導器を掲げた。

私の願いに応えて、フレンとエステルの光が、リタの炎が、レイヴンの風のそれぞれの魔術が一斉にザギに振りかかる。

当然、魔導器が吸収し始めたが、途中から受け止めきれなくなり、弾かれ、大きくのけぞったところに、残りの魔術が降りかかった。

 

 

「ぐふっ!? かああっ!! オレの腕が何故……っ?」

 

「歪んだ技術に縋った結果だ」

 

「デューク?」

 

「桜、君の言った通りだ。これで遠慮なく戦える!」

 

「今のうちに畳みかけるわよ!」

 

「飛ばしていきますか!」

 

 

フレンが剣の軌跡からいくつもの衝撃波を放つ傍から、リタが火の球でザギを追い詰め、ユーリが吼えて追撃に走る。

 

 

「腹ぁ括れよ!天狼滅牙!!」

 

「ぐ……っ!?」

 

 

ユーリはザギの足元に刀を刺して衝撃波を放ち、のけぞらせたところで、目にも止まらぬ斬撃を繰り出した。

狂った暗殺者の身体に容赦なく、ユーリの刀の雨が降りかかる。

加えて、先の魔術のダメージもあるというのに、ザギは膝まづきながらも、その闘志を残していた。

 

 

「ふ……ふふふっ! いいぞ! この痛み、これからだ!!」

 

「奇妙な腕にしやがって。しぶてぇ野郎だ」

 

「はっはっは。駄目人間め」

 

「おっさんが言うんだ……」

 

「桜! お前が喜ぶと言うのなら、オレも喜んで駄目人間になってやろう!!」

 

「何おかしなこと血走った目でほざくんだよ! 既に駄目人間たろうが!

もはや更生の余地もねーだろ! いい加減大人しくくたばれ!!」

 

「もっとだ! もっと言え!!」

 

「これ以上何を言えと言うんだ、脳天イカレ野郎が!

丁度ここには港があるぞ、どっふり海の底までに沈んでこい!!」

 

「良いぞ! 高ぶってきた!!」

 

「うああああっ! こいつはこういうヤツだった!!」

 

「桜! もっと語り合おうじゃないか――むっ? ……ぐああっ!?」

 

 

性懲りもなく私にせっつくザギだったが、急に左腕を抑えて苦しみ始めた。

左腕の魔導器から放たれる怪しい光が強くなり、ザギの身体を蝕んでいく。

魔導士にして魔導器マニアのリタは、その様子を見てすぐに理解した。

 

 

「制御しきれていない! あんな無茶な使い方するから!」

 

「魔導器風情がオレに逆らう気か!」

 

 

ザギはもがくように左腕を持ち上げると、天高く光の弾を発射した。

弾は半弧を描いて地面に落下すると、大きな爆発を引き起こす。

……だけならよかったのだが、爆発の煙の中から、大小複数の影がのそりのそりと現れ始めた。

 

 

「ま、魔物!?」

 

「どうして、こんなところに!?」

 

「フレンさん、あれって……っ!?」

 

「見世物のために捕まえてあった魔物だ!

多分、ザギの攻撃で、魔物たちを閉じ込めていた結界魔導器が壊れたんだろう」

 

「この勢いじゃ、観客の人たちにも被害がでますよ!

フレンさん、ソディアさんたちもきてるんでしょう。何とかならないんですか?」

 

「だが、君やエステリーゼ様を置いていくわけには……」

 

「桜のことは、オレに任せてくれるんだろ。エステルだって、自分の身くらい守れるよな」

 

「任せて下さい。わたしが桜を守ってみせます!」

 

「わかった。ユーリ、桜を頼む!」

 

「ああ!」

 

「くそ! くそくそくそっ! 良いところだったのに!

……ぐおおっ! まだだ、次に会う時は必ずっ!」

 

 

闘技場内に魔物があふれかえる中、私たちがフレンを見送っていると、ザギはこの混乱に乗じて、左腕の魔導器を抑えつつも去って行ってしまった。

この状況下で、ザギを追いかけている暇はない。観客の悲鳴や怒号が魔物を余計に刺激している。今はこいつらの退治が先だ。

頭を切り替えて、皆が魔物たちに立ち向かおうとしていると、ジュディスが珍しく慌てた様子で、ザギの後を追おうとした。

 

 

「逃がさないわ……っ!」

 

「待て、ジュディ! 魔物が先だ!」

 

「……そうね。彼女を放ってはおけない」

 

 

ジュディスは私を一瞥するなり、魔物たちに向けて、槍を構え直した。

この混乱の中で仲間が分断されるのはまずい。ここま皆で協力して、魔物を少しでも減らさないと。

あの不思議な魔術以降、沈黙を守っていたデュークもユーリに並んで、魔物の群れに例の嵐の魔法や大きな火球魔法で駆逐する。

相変わらずの破壊力だが、物量的は魔物の方が上回っていた。

 

 

「数が多いか……。桜。あの忌まわしい魔導器は去った。

剣によるエアルの操作を止める。お前を守ることに専念させてもらうぞ」

 

「大丈夫! この状況下でエアル酔いは、もうない――」

 

 

はずだ、と答えようとした瞬間、バウルの時に似た胸騒ぎが私の胸に襲い掛かった。

別人格がでてくるのかと、胸を抑えて構えるものの、その様子はない。

けれど、この感覚は始祖の隷長のそれに近く、私は急いで元を辿った。

 

 

「これは……。始祖の隷長? どこに?」

 

「始祖の隷長だって? あの、この街を作ったって言う」

 

「ベリウスか?」

 

「桜ちゃん、胸に手を当てて、どしたの?

もしかして、トキメキの予感?」

 

「おっさん、口動かす暇があったら、手を動かして!」

 

「違う! リタさん待って!!」

 

 

リタがいつもの火の球の詠唱に入った途端、彼女の周囲から急速なエアルの収縮を感じた。

それと同時に、エステルの持っていた紅の小箱の中身、澄明の刻晶から同じエアルの収縮とリタへの放出を読み取る。

リタは暴走した自身の武醒魔導器によって、強大になった炎の球を制御しきれず、咄嗟に近くの魔物の群れへとぶつけると、数体一気に吹き飛ばした。

 

 

「ちょっと……どういうこと?」

 

「エステルが持ってる澄明の刻晶のせいじゃないの……?」

 

「澄明の刻晶だと?」

 

「デューク。これのことを知っているのです?」

 

 

エステルが紅の小箱を持ち出し、デュークが黙考した、その時だ。

私たちのほんの少しの隙をついて、一つの影がエステルから小箱を掠め取った。

あの弱々しい風体のおじさんから、想像もつかない俊足で。

 

 

「ラーギィさん!?」

 

「あいつ! やっぱり猫かぶってたのね!」

 

「ラピード!」

 

「ワン!」

 

「あの動き、只者じゃない。ここにはデュークもしることだし、私も行かせてもらうわ」

 

「ああ。頼む」

 

 

逃げるラーギィをラピードが追い、ジュディスもそれに続いて行った。

間もなくすると、リングアナウンサーに代わって、フレンの声が場内に響く。

 

 

「騎士団に告ぐ! ソディアは小隊を指揮し、散った魔物の討伐に当たれ!」

 

「客を避難させんのが先だろ」

 

「残りは私と、観客の護衛だ! 魔物は一匹たりとも逃すな!」

 

「ま。フレンなら考えてるか。ちゃんと隊長も板についてんな」

 

「ユーリ。ここはフレンさんに任せて。澄明の刻晶がどんどん遠ざかってる」

 

「桜、お前……。いや、そうだな。オレたちは行こう」

 

「やれやれ……。ちょっと待ってよ。おいってば!」

 

 

一息つくレイヴンを置いておいて、私たちはラーギィを追って闘技会場を後にした。

澄明の刻晶の気配が遠のくたびに、私は焦燥に駆られる。

騎士団と観客が入り乱れる長い廊下を駆け抜け、闘技場の入り口まで経ってくるとジュディスが待っていた。

 

 

「外に逃げられたわ。ラピードが後を追っている」

 

「ラピードが追いついてくれればいいんだが。桜は何かわかるか」

 

「かなり遠くなってる。場所は、あっちの方じゃないかな。多分だけど」

 

「西南西。西の洞窟かしら」

 

「ひょっとして、カドスの喉笛?」

 

「知ってるのか、カロル先生」

 

 

ジュディスが首をかしげると、カロルが洞窟の名称を口にした。

ユーリに尋ねられた彼は、記憶を辿りながら答える。

 

 

「う、うん。あそこにはプテロプスっていう強い魔物が住んでいて危険なんだって。ナンが前に言ってた。

ラーギィさん。なんでまた、そんな危険なところに行ったんだろ」

 

「ハメられたんでしょ。大方、幸福の市場の紹介なんてウソっぱちだったんじゃないの?」

 

「らしいな。フレンの任務を妨害するために、オレたちをけしかけたんだろ」

 

「任務……? 桜、フレンから、何か聞いています?」

 

「フレンから? 一体どういうことだ、桜?」

 

「いやあの、じつはきのうのよる。

ユーリにあうまえに、フレンさんにあっちゃって、ちょーっとおはなしを……」

 

「ふーん……。そんで、ふたりでどんなかたらいをしていたんだ」

 

「かたらいってほどでもなくて……」

 

「なにをたのしくはなしてたんだよ」

 

「けっして、たのしくはない……ええい! この際、詳細省くけど!

秘密の任務でここに来ているって。んでもって、私に始祖の隷長は危険だから関わるなって、更にギルド抜けてフレン隊に来いとまで言われたわ」

 

「秘密の任務ねぇ。闘技場でも何も言えねぇとか言ってたっけ。

桜を連れて行くなんざ。フレンのヤツ、帝国の状況わかってんのかよ。一丁前になったかと思えば、騎士団もきな臭いことし始めてんな」

 

「桜にギルドを抜けられると困るよ。ユーリだっているのに」

 

 

フレンの話を聞いて、ユーリは難しい顔をし、カロルは困った表情で私に詰め寄った。

私がいなくなると困るとは意外だった。ユーリのただのおまけとしか考えてなかったのに。

私のことを考えてくれているカロルは困り顔で、首を傾げた。

 

 

「それにあの温厚なラーギィさんがあんなことするなんて……」

 

「小箱を盗んでいった時のあいつは、温厚からかけ離れていたわよ」

 

「案外、遺構の門の首領ってのは表の顔で、海凶の爪に関わりがあんのはラーギィの方だったりして」

 

 

レイヴンが冗談半分で仮説をたててみるものの、可能性があり過ぎて困った。

ラーギィが話していたこと全てが嘘なのか。

宿屋で依頼を受けた時、澄明の刻晶なんて話題にものぼらなかったのに。

 

 

「それにしても、澄明の刻晶をを盗んでいくなんて、あれは一体何なのかしら」

 

「わかったことと言えば、あたしの魔術が、あの箱のせいで暴走したってことくらいね。

あんな風に武醒魔導器が制御できなかったのは初めてよ。

桜、あんたは何かわかったんでしょ」

 

「リタさんが魔術の詠唱をする時に、リタさんの武醒魔導器へのエアル収束。

それと澄明の刻晶からエアルの収束と放出を感じたくらいで、特には……」

 

「それだ! エアルの増幅? なんなの? どうなってるの!?」

 

「リタさん、揺らさないで! 私は感じることしかわかんないって!

デュークなら何か知ってるんだよね?」

 

「……」

 

「デューク?」

 

「如月。私は別行動をとらせてもらう」

 

「別行動? また独りで使命を果たしに行くの?」

 

「それもある。お前は澄明の刻晶を取り戻すことに専念しろ。

くれぐれもエアルクレーネには、近づくな」

 

「一緒には来てくれないんだ……」

 

「傍にいてられなくて、心許ないだろが、許せ。一応、お前に保険はつけておく。

私とは、近いうちに再会することもできよう」

 

「ちょっと!」

 

「如月。息災でな」

 

 

デュークは私にそう言い残すなり、踵を返して、闘技場を去って行ってしまった。

しばらくの後に、思い出したかのように、リタの絶叫がこだまする。

 

 

「あーっ! あたしの剣!!」

 

「リタさんのじゃないでしょう」

 

「あたしのものになる予定よ」

 

「ねえ。話まとまんないんだったら、ワンコ追っかけた方がいいんじゃない?」

 

「そうね。行きましょう」

 

 

レイヴンが促すと、ジュディスを初め、皆が頷き、闘技場を出て、街の入り口まで駆け出した。

雑踏に紛れながら、街の玄関に辿り着くと、1匹の成犬ラピードがお座りをしている。

その口には、1枚の布切れが咥えられており、ジュディスがそれを受け取った。

 

 

「ねぇ、これ。ラーギィの衣類じゃないかしら」

 

「こいつの匂いと桜がいれば、ラーギィの居場所も澄明の刻晶の在処もわるか」

 

「ワン!」

 

「自信ないけど」

 

「自信持ちなさいよ。あの箱は絶対取り戻さなくちゃ」

 

「それもあるけどな」

 

「ギルドは裏切りを許さない」

 

「……」

 

 

レイヴンの言葉を聞いて、フィエルティア号での会話を思い出してしまい、私は少し戸惑ってしまった。

私には隠し事がある。皆にバレたら、裏切りになってしまうのだろうか。

静かになる私に気付いたユーリは、励ますように肩を叩いてきた。

 

 

「お前が怖がることはないだろ」

 

「あれ? おっさん、桜ちゃん怖がらせること言っちゃった? もしかしてフィエルティア号の時の――」

 

「違う違う! そうじゃない! ラ、ラーギィさんが澄明の刻晶で何企んでるのかなと思って」

 

「それは捕まえてから、暴力に物言わせてお話させればいいわ。

西の山脈は旅支度のないまま通り抜けるのは無理だと思うから、追い詰められそうよ」

 

「ああ。とっ捕まえて、吐かせてやろうぜ」

 

「闘技場の方は大丈夫でしょうか」

 

「フレンさんがなんとかしてくれるんじゃないの?」

 

「気になるなら、エステルだけ残ってる? ボクたちは行くけど」

 

「え?」

 

「これはギルドの問題だかんね。お嬢ちゃんがついてくる理由は。ま、ないわな」

 

「ゴメン。エステル、あたしは行くわ。

あの澄明の刻晶が気になるし、それに盗んだバカに落とし前つけたいから」

 

「わたしは……」

 

「自分で決めな」

 

 

皆がラーギィを追いかけようとしている中、闘技場のことが気になるエステルは、ユーリに言われて戸惑いながらも考え込んだ。また放っておけない病の発病かと思いきや、彼女は決意を固めた顔を上げる。

 

 

「い、行きます。騎士団の妨害をしようとしたのなら、何か帝国にも関係しているから。

……翔を騙して、景品に祭り上げた罪はとても重いのです」

 

「いや、私たちを騙したのはラーギィさんだけど、景品にしたのはジュディスだから」

 

「まあ、怖い」

 

「闘技場のことなら、フレンに任せといて大丈夫だろ。……その騎士団も怪しいもんだがな」

 

「じゃあ、準備が整ったら早速追いかけるわよ」

 

「そうね。支度はしっかりしておかないと。あの山脈はコゴール砂漠へ続いているから」

 

「フェローのいる……」

 

 

ジュディスからの説明を受けて、私たちの目的を思い出した。

フェローに会うために、コゴール砂漠へ向かう。その過程でこんなややこしい事件に巻き込まれるなんて、思いもしなかった。

私たちは、澄明の刻晶を盗んだラーギィを追うため、西の山脈カドスの喉笛を目指して、旅支度を急いだ。

 

 

 

 

■続く■




ノードポリカの闘技場編です。
原作ではユーリ視点のところを観客席の皆からの視線にしました。というより、そうするしかありませんでした。んでもって、デュークがノードポリカで遭遇することをいいことに、無理矢理同行させました。プリンセスホールド役がこれで3人目。後悔はしていない。
前回のフラグはきっちり回収させて頂きました。
ブチ切れたフレンはオーバーリミッツ状態です、たーのしい。敵がオーバーリミッツ状態だと、フリーランで思い切り逃げまくりますよね。ユーリもそんな感じだと捕えて頂ければ幸いです。

次回はカドスの喉笛からの砂漠の街マンタイクまでいければなと思います。
ギガントモンスターいるので、デュークをそのまま同行させようかと思いましたが、レベル崩壊も良いところなのと、フェローのことを考えると、難しいかなと思い止めました。
戦闘シーンをぶっ壊れステータスと術技で瞬時に終わらせるデューク、いい。
それではまた。



瑛慈 翔
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