明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第37話】洞窟にこだまするツッコミ

ダングレストに鳥の魔物が襲撃した時、果たして君は君であったのだろうか。

いつも僕にいろんな表情を見せてくれた桜が、あんな冷たい目をするなんて思いもしなかった。

 

 

バルボスに捕らえられた時、何かされたのだろうか。

それとも、長く厳しい旅路で、彼女の心を犯す何かがあったのか。

 

 

以前は、彼女のことを想うと胸が跳ねて、心地よい気分になっていたのに、あれから不安と焦りが僕の心を掻き乱す。

優しくて元気で、でも少し控えめなところもあって、表情豊かな彼女にもう一度会いたい。会って確かめたいんだ。

 

 

そんな最中、騎士団長から、僕へ新たな命令が下った。

 

――聖核の捜索。

 

騎士団長が仰るには、その聖核とは魔核の原料となる高濃度のエネルギー体で、始祖の隷長と呼ばれる魔物を倒すことで得られるらしい。

ダングレストに襲来した魔物も、始祖の隷長だと言う。

始祖の隷長は、我々人間にとっては脅威であり、彼らから得られる聖核は人々の新しい未来を切り開くためには、必要不可欠なのだと。

但し、聖核は魔核以上に貴重な代物のため、内密に遂行へあたれとも仰られた。

 

 

確かに人々の安寧を守るためにも、ダングレストの魔物のような危険な存在を見逃しておくわけにはいかない。

僕は任務遂行のために始祖の隷長のいるデズエール大陸へ、キュモールはヘリオードへ向かう予定だったが、どうにも彼の動向がおかしい。

 

 

ヘリオードの少し調査するだけで、彼の暴虐な陰謀はすぐに明らかとなった。

正当な手続きを踏まず、貴族になれると人々を騙し、ヘリオードの軍事拠点強化に加担させていたんだ。

 

 

取り急ぎ、現場を押さえるために下層への昇降機の元へ駆けつけたところ、大勢の労働者たちと1組の親子に出会った。

黒衣の青年とその一行が、キュモール隊の重労働から助けてくれたらしい。

誰のことだろうと考え込む僕に、先の親子の少女リリィが僕にすがりついてきた。

 

1人の女性が、黒衣の青年と一緒に悪党を懲らしめに行ったきり帰ってきていない。

あの優しい女性を助けて欲しいと。

 

もしかしてと思い、桜の写真を見せたところ、リリィは迷うことなく写真を指差し頷いて、僕を急かした。

彼女がキュモールの元へ向かっただと……っ!?

 

 

すまない。隊の皆。僕は先に行かせてもらう。桜が危ないんだ。

彼女を救い出すため、僕は隊に他の労働者を助け出すように指示し、道案内のリリィを抱えて下層へ飛び降りた。

 

 

テントや積荷をかき分け、一心不乱に桜の姿を探す。

リリィの指さす先には、キュモールと赤眼の暗殺者に囲まれた桜たちがそこにいた。

やはり、キュモールによって、桜が危険にさらされていたか。

 

 

彼女は僕を見つけるなり、驚き感激に打ち震えていた。

あの時とは違い、彼女の潤んだ瞳は真っ直ぐ僕をうつしている。

良かった。僕の知っている彼女だ。変わらないでいて、本当に良かったと安堵した。

 

 

――そんな彼女を脅かした罪は重い。

キュモールには、労働者の件も加えて、相応の処置を受けてもらわなくてはならない。

 

 

即刻捕らえようとしたが、赤眼の暗殺者たちの煙幕により姿をくらましてしまう。

まずい、こんな視界の悪い状態で、桜が攫われたりしたら……っ!

必死に桜を呼び続けていると、近くで彼女の声がした。

――あそこに彼女がいる!

迷わずそこへ向かおうとしたところ、割って入ってきたエステリーゼ様が、手のひらサイズの板を僕の目の前に突き出してきた。

 

 

そこには、極めて露出の高い黒のドレスを纏った、桜のあられもない姿が映し出されていた。

見違えるほど美しく、麗しい彼女の姿に、僕は目のやりどころに困ってしまう。

 

 

何故、桜がこのような姿に?

画像の彼女と、赤面して慌てふためく現実の彼女を見比べる。

……体型、この細い腕や腰つきは間違いないが、胸は着痩せしているのか、思った以上に……いいや! そうではなく!

 

 

ユーリが居ながら、なぜ彼女がこのような妖艶……もとい、危ない格好をしているんだ?

まさか、公衆の面前で彼女のこの姿を晒したというのか!?

ユーリ、君はこの時、この瞬間、彼女に何をした!?

 

 

高ぶる感情のまま、ユーリに詰め寄った結果、桜が勘違いをし、その心を傷付けてしまった。

違うんだ。僕は決して君の姿を貶してなどいないし、寧ろあの姿の君が誰かに汚されてはいないか心配なのであって、君の身体に欲情なんて邪な感情は……感情は……っ! すまない、答えられない。

ただ、とても綺麗だと伝えたかったけれど、桜はユーリとともにキュモールを追いかけて行ってしまった。

 

 

ともかく、これは由々しき事態だ。

彼女の衣装、キュモールの件も含めて、騎士団長に判断を仰ごうとしたら、入れ替わる形で指令がくる。

シャイコス遺跡の異変について、近々会議を執り行う。ついては桜を帝都に召喚する手はずを整えろとのことだった。

 

 

随分急な話だ。しかし、ただでさえ危険な旅だというのに彼女があんな目に遭うのなら、一度帝都に戻って冷静になってもらうべきだろう。

僕は直ちに桜を行方を探すため、彼女から貰った写真を使って通知書を作成、複写し、関係者に配布した。

 

 

その間にノードポリカへ急行、着いて早々に予てからの闘技場へ参加した。

ここを勝ち進めば、この街の総領である始祖の隷長ベリウスに会うことも可能だろう。

全戦連勝するうち、僕はあっという間にチャンピオンの座についた。

 

 

息つく暇のない突貫任務だが、聖核を手に入れるためには、この身体を駆使してでも、この座を守り、ベリウスに会わなくてはならない。

それからは――

 

 

闘いに明け暮れ、気づけば空は真っ暗闇に覆われていた。

火照った身体を冷まそうと、波止場を歩いていたら、ユーリとともにいるはずのラピードが駆けてくる。

君がここにいると言うことは、ユーリも、桜もいるのか。

自然と桜の姿を探していると、その視界をものすごいスピードで横切る彼女が掠めた。

 

 

何故、僕から離れようとするんだい。桜。

君には話したいことや聞きたいことが山ほどあるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟にこだまするツッコミ

 

遅くない そう遅くはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デズエール大陸の東部の突端に位置する闘技場都市ノードポリカ。

その西にある山脈の洞窟カドスの喉笛の入り口に、準備を整えた私たちはやっとの思いで辿り着いた。

もともとフェローに会うためには、この洞窟を通って、コゴール砂漠に行かなきゃならなかったんだが、こんなに急いで旅支度をしてきたのには理由がある。

 

事の起こりは、ノードポリカの宿屋の一室。

朝から、いきなり遺構の門の首領ラーギィがやってきたところから始まる。

彼は現闘技場のチャンピオンが始祖の隷長ベリウスに急接近し、この街を乗っ取ろうとしているので、やっつけて欲しいとの依頼を持ち掛けてきた。しかも、その裏には、海凶の爪が潜んでいると言う。

 

こちらとしては、チャンピオンを倒して優勝すれば、この街の平和は守られ、悪を挫き、ついでにギルドの名声も上がるというもの。

フレンの懸念があったが、海凶の爪の名前が出て来たなら、黙ってはおけないだろう。

もしもの時の保険にと、彷徨っていたデュークをゲットし、準備万端。我らのエースであるユーリに負けは絶対ない。

 

……と思っていた時期もありました。

 

屈強な戦士たちに3連勝するユーリを見て、ハイテンションになる私たちであったが、チャンピオンが出てきたところで、氷点下までただ下がりした。

無理もない。問題のチャンピオンこそ、ユーリが何をやっても勝ったことがないと言わしめた、帝国騎士団隊長フレン・シーフォその人だったんだから。

 

お前、昨日会ったばかりだろ。闘技場のチャンピオンなんて重要過ぎる案件を何故黙ってた。

コミュニケーション数値がマイナス振り切ってんぞ。

何より帝国騎士団隊長ともあろうものが、何ギルド主催の闘技場へ呑気に出場しているんだよ、わけわからんわ。

聞きたいことは沢山あったが、相手はユーリと絶賛一騎打ち中。私が出て行って、なんとかなる状況ではない。

 

……くらいで、困っていた時期もありました。

 

フレンへの信頼に揺らぐ私を見かねたエステル嬢が、よりにもよって、この大衆の中、携帯の動画を大音量で再生したのだ。

あのユーリの胸元へのディープキスシーン丸々無料で放送されたのである。

その後の展開は容易に想像できるだろう。

怒りが頂点に達した皆のフレンさんがオーバーリミッツして、ユーリにぶっ殺す勢いの猛攻をしかけた。

このままユーリはフレンに八つ裂きにされるのか? ユーリの命運はいかに!?

 

……などと、血の気が引いた時期もありました。

 

青いお空の彼方から、ノール港以降静かにしてたお遣いができない困ったちゃんの暗殺者ザギが、左腕に魔導器こさえて振って湧いて出た。頼む、これ以上引く血の気はない。大人しくしててくれ。

ザギの左腕の魔導器から光弾、しかも魔術を吸収するなんてチート技を見せられて、大混乱に陥る私たちであったが、デュークの機転により、撃退成功。

しかし、ザギが闘技会場の結界魔導器を破壊したことにより、そこに閉じ込められていた見世物用の魔物が飛び出て、再び私たちと観客がカオスの渦に巻き込まれた。

とにかく今は魔物たちの駆除だと、デュークが剣のエアル操作を止めた時、魔術を唱えるリタの武醒魔導器が澄明の刻晶に反応して暴走した。

幸いリタに怪我はなかったけど、ラーギィに澄明の刻晶を奪われ、この洞窟へ逃げ込まれてしまったのだが。

 

 

「すごい。天然の迷路」

 

「こりぁあ、梃子摺りそうだな」

 

 

私と黒髪の美青年ユーリが洞窟の入口をくぐって、まず出てきた感想がそれだった。

洞窟内部は大変広くて薄暗く、一応道らしきものは見えるが、木の根のように張り巡らされていて簡単に迷いそうだ。

唯一の救いは、所々に生えついる光る草くらいだろうか。ランタンのような光を放っており、静かな洞窟内を点々と照らしている。

先頭を行くユーリは、私の顔色を窺いながら、澄明の刻晶の行方を尋ねてきた。

 

 

「桜。小箱の気配を辿れるか?

方向だけでいい。無茶はすんなよ」

 

「探すくらいなら平気。ちょっと待ってて」

 

「桜ちゃん、頑張り屋さんだから、おっさん心配だな~っ。

辛いなら辛いで、素直に言ってね。俺様がプリンセスホールド決めちゃうから」

 

「失せろ変態。……て、あれ?」

 

 

レイヴンがキメ顔で両手をワキワキさせるのを見てツッコんでいると、不意に生暖かいような風が肌に流れて、私の神経が高ぶった。

疲労感はないものの、この感覚はエアルに間違いない。

こんなところに魔導器があるとは思えないが、まさかラーギィの手によるものか。

私が一人首をひねっていると、ユーリが軽く肩を叩いてきた。

 

 

「やっぱ都合よく使えるもんじゃなかったか。無理させて悪かったな」

 

「ううん。澄明の刻晶の気配はすぐ近くにあるんだけど。

この洞窟の奥から、少しだけエアルの流れを感じたの」

 

「参ったな。これは抱っこ案件か」

 

「参るくらいなら止めろ、抱っこ」

 

「こんだけ人数いるんだ。オレ一人お前を抱えて走り回っても問題ないだろ」

 

「どんな絵面なんだよ。こんだけのメンツだから、問題大有りなんだよ」

 

「今更照れることはないだろ」

 

「常習化することが怖いんだっての、いい加減気付け無神経魔神」

 

 

私とユーリでお姫様抱っこの攻防をしていると、エアルの言葉が引っかかったのか、リタが眉をひそめた。

 

 

「こんな場所からエアルなんて……。もしかしたら、エアルクレーネかもしれないわ。調べてこないと」

 

「待って。ここにはプテロプスって強い魔物もいるんだ。あんまり深入りしちゃだめだよ」

 

「とは言っても、カロル。コゴール砂漠へ行くには、今のところ、ここを通るしかないのだけれど」

 

「おっさん、こういう寒いところ腰にきて苦手なんだわ。

桜ちゃんも女の子なんだし、冷えは辛いでしょ。よかったら、ここで」

 

「温め合おうなんて、ベタなボケは言わねぇよな。おっさん」

 

「レイヴンもいい加減にしないと、わたしが腰ごと息の根止めますよ」

 

「青年も嬢ちゃんも揃いも揃って、いっつも暴力ばっか!

おっさんサンドバックじゃないってーの!」

 

「実践してみます?」

 

「ケータイ構えてる時点で、オチが見えてるわ」

 

 

エステルが水戸黄門の印籠の如く携帯を突き出してきて、レイヴンはブルっと震えた。

レイヴンが私に不貞行為に及んだ傍から、全てを動画に収めて公開し、激おこフレンさんを召喚してフルボッコか。

できれば、未遂で止めてほしいんだが。

いや、エステルの動画スキルアップを恐れている場合ではない。私たちは澄明の刻晶を奪ったラーギィを追ってきたんだ。

 

 

「待って、皆。もっと集中してみる。かなり近い」

 

「わかった。けど、奥に行くってのなら止めとけよ。エアルが漏れてんだろう」

 

「大丈夫。この程度なら、全然平気だから」

 

 

身体にまとわりつくエアルが気になるが、澄明の刻晶の気配に一点集中する。

前方、左手の奥……あの窪みの中から、私を呼びかける何かを感じた。

 

 

「正面左手の窪みの中!」

 

「よし、でかした。桜! ラピード!」

 

「バウ!」

 

 

私が指を指すなり、ラピードは主人の命に従って、壁の窪みへ駆け出した。

間もなくして、ラピードに襟首を咥えられ、引きずり出されたのは、私たちから澄明の刻晶を盗んだラーギィ。

彼の両腕は、澄明の刻晶の入った紅の小箱を大切そうに抱えていた。

 

 

「あわわわ……っ! は、放してください!」

 

「こんなとこで隠れて、俺たちをやり過ごそうとしてたんだな。

オレを闘技場に出場させて何企んでたんだ?」

 

「さぁて、吐いてもらいましょうかね」

 

「ひ、ひいっ!」

 

 

ユーリとレイヴンが拳を鳴らしながら、ラーギィに詰め寄っていく。

もちろん逃げようとするラーギィであったが、背後にはラピードが行く手を阻んでいる。

カロルも観念しろとばかりに、厳しい表情でラーギィに近づいた。

 

 

「どこに隠れてたって無駄だよ、ラーギィ。

その小箱を持ってる限り、桜が必ず見つけ出せるんだ。

本当のことを話して――」

 

「コラ! ガキんちょ!!」

 

「いだーっ!? な、なんで殴るのさ!?」

 

「あんたが余計なことベラベラ話すからよ!」

 

「み、見つけ出す? 聖核をですか?」

 

「聖核だって?」

 

 

カロルの失言にリタが殴って止めるも時はすでに遅し、ラーギィとレイヴンの目の色が変わる。

私が見つけたのは、澄明の刻晶であって、聖核ではないんだが。

しかし、澄明の刻晶のあったアーセルム号の日誌を全て読んだわけではない。

現に魔物を退ける以外にも、リタの武醒魔導器の暴走の件もある。

皆の視線が私に集中しているところへ、リタだけがラーギィが持っている小箱を凝視した。

 

 

「まさか、澄明の刻晶って、おとぎ話に出てくる聖核ってこと……?」

 

「では、桜はエアルだけでなく、聖核を探し出す力があると言うことです?」

 

「桜ちゃん。ちょっとそれ、凄すぎない?」

 

「いやでも、聖核って、すんごい貴重な物なんでしょう? そんなものまで私は……」

 

 

感じたことはない、と言いかけて止めた。

そもそも私はアーセルム号から、始祖の隷長の気配がして、澄明の刻晶を見つけたんだ。

澄明の刻晶と聖核、始祖の隷長、何か繋がりがあるのかもしれない。

私が黙考している間に、ラーギィがパチンと指を鳴らした。

 

 

「あ、あの少女を捕えるも、目的が、ひとつ、ふ、増えました。――て、丁重に、お、お迎えください」

 

 

ラーギィの合図に、あの赤眼たちが降って出て、私たちの前に立ちふさがった。

咄嗟に得物を身構えるユーリたちに、赤眼たちが容赦なく襲い掛かる。

数はひとまず3人というところか。この暗がりでは、どこにまだ潜んでいるかわからない。

 

 

「海凶の爪です!?」

 

「やっぱ海凶の爪に繋がってたのは、ラーギィだったってことか!」

 

「さっさとラーギィの野郎とっちめて、桜ちゃんに改めてナンパしようと思ってたってーのに、とんだお邪魔虫だねぇ」

 

「おっさん無謀な夢見てないで、とっとと片付けて、あの小箱を取り返しなさい!

あいつら、発掘を手伝うフリして、アスピオの研究所のもの掠め取って、横流してたんだわ……っ!」

 

「早くラーギィを捕まえよう! 逃げても桜が見つけてくれるけど、また赤眼が出て来たら、イタチゴッコになっちゃうよ!」

 

「気をつけて、連中の狙いはその桜よ!」

 

「わ、私!?」

 

 

ジュディスの警告通り、赤眼3人が私に急接近する。

思わぬターゲット集中を食らって、パニックになりながらも、私はソーサラーリングを構えた。

しかし、レイヴンの矢が先頭1人の腕を射抜いて、ジュディスが槍で突き飛ばし、残り2人をユーリが闘気を放って吹き飛ばす。

 

 

「ヘリオードん時の陣形で行くぞ! 全力で桜を守り抜け!」

 

「桜は大人しくしてる。良いわね?」

 

「わ、わかった!」

 

「大丈夫だよ。ボクたちがついているし、あの時と違って、首領のイエガーがいないもんね」

 

 

ユーリやリタ、カロルに背で守られ、私は引き下がりながらも、ソーサラーリングだけは構えておいた。

こちらが数で圧倒しているとはいえ、大勢で戦うには不向きな洞窟の中、しかもまだ赤眼が隠れて様子を窺っている可能性もある。

実際、戦っているのは、前衛にジュディスとカロル、後衛にレイヴンとリタ、辛うじてエステルが回復役に回り、私とユーリは更に後ろで背中合わせになって辺りを警戒していた。

 

 

「まだどっかに潜んでるかもしれねぇ。気ぃ抜くなよ、桜」

 

「うん。澄明の刻晶だって、まだ離れてはいないから」

 

 

ラーギィなら、ラピードが見張っているはず。……と私は高を括ってた。

緊張の一瞬の隙をついて、澄明の刻晶の気配を辿ったつもりが、逆に隙を作ってしまう。

澄明の刻晶の気配が突然目の前に現れたのだ。

 

 

「ラーギィ!?」

 

「ふ、ふふふっ。こ、これでも、首領、ですから」

 

「桜、こっちだ!」

 

 

どっから湧いて出たのか、真ん前に出現したラーギィに驚く私を、ユーリが腕を引っ張って後退させる。

ラーギィにの手が空を斬ると同時に、ユーリが刀を振り下ろすも、あっさり横へかわされてしまった。

ラピードはどうしたのか。洞窟の奥の方を目を走らせると、前脚で鼻を掻いてはもがく犬の姿があった。

薬か香にやられたのか。何より、ユーリの攻撃をかわしたラーギィの動きはなんなんだ。

ユーリも警戒してか、私を背に置いたまま、間合いを取り始めた。

 

 

「そっちから、やってきてくれるとはありがたいぜ。

目的が増えたつってたが、海凶の爪が桜を狙う理由はなんだ?」

 

「し、知らない方が、し、幸せだと、前にも教えたはず、です」

 

「イエガーの台詞を何故お前が使いまわしてんだよ。

この隙のねぇ動きといい、お前自身も暗殺者ってか?」

 

「こ、答えは、こ、これです」

 

 

ラーギィが何かを地面に叩きつけると、一面に煙幕が立ち上った。

以前、ヘリオードで海凶の爪でやられたものと同じ手口かと思いきや、酷い異臭が私たちの嗅覚に襲い掛かる。

 

 

「えほッ、ゲフッ……臭い! 何この匂い!?」

 

「桜、オレから離れるな! こっちへこい!」

 

「とは言っても、ユーリはどこに……ひゃっ!?」

 

 

ただただ臭いの中、ユーリの声を頼りに手探りで煙幕の中をよたよた手探りしていると、誰かが私の腕を掴んで引っ張った。

驚いて抵抗するものの、非力な私では到底敵わず、そのまま引き寄せられてしまう。

恐る恐る顔を上げた先には、一番会いたくもない男の顔があった。

 

 

「つ、捕まえました。桜さん」

 

「ラーギィ!? いや、放して!!」

 

「桜!? クソ! この煙じゃあ……っ!」

 

「ユーリ!」

 

「待ってろ、今行く!!」

 

「し、少女は手に入れました。こ、このまま、退散させて、い、頂きます」

 

 

おじさんとは思えない握力で、私を連れ去ろうとするラーギィ。

私はまた攫われてしまうのか。いつまでも囚われのお姫様になって、ユーリが助けに来るのを待っているのか。

ジュディスの言葉を思い出せ。私はラーギィ目掛けて、ソーサラーリングのゼロ射撃した。がしかし、即座にかわされ、光弾は空を切るだけだった。

 

 

「お、おっと、2度目は、通用しません」

 

「2度目?」

 

「桜!」

 

 

ラーギィの言葉に疑問が過るも、煙幕を割いてユーリが現れ、私を抱きしめると、ラーギィの手から無理矢理引き離した。

緊張と異臭で鼻の感覚が狂う中、彼の力強い抱擁が自然と安堵感を与えてくれる。

ホッとしたのもつかの間、ユーリの顔目掛けて、ラーギィの片手から光るものが投げられた。

ナイフか!?

 

 

「チィッ!?」

 

「ユーリ!」

 

 

ユーリが避けるのが早いか、私が彼を逃がそうと押したのが遅いのか、私たちの身体は大きく後ろへ傾く。

慌てて彼がたたらを踏むものの、その先には肝心の地面がなく、ただただ絶壁が広がっていた。

視界が180度ぐるりと回転し、襲い掛かる浮遊感。何が起こったのか理解するより早く、ユーリが私を胸にしまいこんで、何も見えなくなってしまう。

私は彼の胸の中でわけもわからぬまま、ユーリとともに崖の下へ真っ逆さまに落ちてしまった。

 

 

 

***************

 

 

 

どれくらいだっただろうか。

コンッと小石が転がる音がして、私は微かに覚醒した。

程よい温もりと、身体を包み込む弾力、静かな鼓動が再び私を夢心地へ誘おうとする。

このまま、眠りにつければ、どんなに心地よいことだろう。

しかし、何度か嗅いだことのある錆びた鉄の匂いが鼻を掠めて、私は眠気も吹っ飛び起き上がった。

 

 

「……ユーリ!」

 

 

目を見開いた先には、頭から血を流し、目を閉ざしたまま動かないユーリが私の傍で横たわっていた。

顔も肩も、いつも私を守ってくれた両腕や背中も、足に至るまで傷だらけで、見るのも痛々しいくらいだ。

 

 

「ユーリ! 起きて! 目を覚まして!!」

 

「……っ」

 

 

私の呼びかけに、ユーリは小さな呻き声で反応するものの、目が開く様子はない。

嫌な予感がして、恐怖が心を支配し始めるも、私は残った勇気と気力で振り払い、再度彼の状態を確認した。

彼の口元に手を当てると、呼吸は正常ではある。

次に彼の左胸に耳を当ててみるが、先ほどのように規則正しい鼓動が聞こえた。

 

 

「良かった。息はある。早く回復させないと」

 

 

考えている暇はない。鞄からレモングミを取り出し、急いでユーリの唇にあててみるが、微かに唇が動くだけで食べてはくれなかった。

諦めずにも試してみるが、いくらやっても口を開いてはくれはしない。

にっちもさっちもいかなくなって、無理矢理口へ押し込む暴挙に出てみたが、グミが大きすぎて吐き出されてしまう。固形が駄目なのか。

 

 

「回復魔術しかないのかな。こういう時にエステルがいてくれればいいのに」

 

 

皆を探そうと周囲を確認してみるものの、この細長いの広場には、人どころか魔物すらいない。

一応奥へと進める通路はあるが、ユーリを置いては行けないし、私一人では無謀すぎる。

来た道を引き返そうにも、落ちて来ただろう崖は急斜面で、上の方は暗くてよく見えないでいた。

 

 

「洞窟のどの辺りなんだろう。エアルが少しだけ濃くなっている。

カロルが言ってた魔物も気になるし……」

 

 

加えて、ユーリの状態を考えれば、あまり長居は出来ないのはわかってはいるのだが、医療知識もなんもない女子高生が重体の成人男性を抱えて何ができるというんだ。

私がどんなに嘆こうとも静寂が返ってくるだけ。皆の助けを待とうにも、光る草が呆然自失に陥る私とユーリの青白い顔を寂しく照すだけだ。

 

 

「ユーリ。お願い、起きてよ。私、どうすればいいのか、わからない」

 

「……」

 

 

素人目でもわかる。顔色も悪く、息も絶え絶えだ。容態が悪くなってきている。

……このままでは、ユーリが死んでしまうかもしれない。

怖くて、辛くて、半泣きになって、再度彼を声を投げかけてみるも、苦しそうな呼吸だけだ。

こうなったのも、私が彼を助けようと余計なお節介を焼いたせい。

 

 

「私のせいで、ユーリが……っ」

 

 

自責の念にかられて、涙が出そうなになるも、私はぐっと堪えた。

いけない。これでは駄目だ。泣きわめいたところで、彼が助かるわけでもないし、現状を打破できることもない。

ここは彼を助けることに、専念しなければ。

 

 

(死にかけている人に、私ができること。エステルみたいに回復魔術は使えない。

ユーリなら、フレンさんなら、どうする?)

 

 

ユーリなら、担いで移動できたかもしれないが、私に180センチ前後の成人男性を抱えて移動など、到底不可能。

フレンなら、回復魔術で治癒できただろうが、何度も言うように私は魔術なんて使えない。

 

そうやって、2人のことを考えているうちに、1つの案が浮かび上がった。

私がこの世界に来て瀕死状態だった時、フレンがとった行動。

 

固形が駄目なら、これだ。

失敗すれば、ユーリを危険に晒すかもしれない。

 

彼に残された時間は少ない。

考える時間も惜しい。

迷ってる暇もない。

 

――私は一か八かの賭けに出た。

 

 

「ユーリ。ごめん」

 

 

事前に謝罪した私は羞恥心を捨てると、レモングミを口に含んで、よく咀嚼し、――思い切って、彼と唇を交わした。

深く、もっと深く彼の口に潜り込む。

私の前髪と彼の前髪が重なり、整った眉目、触れる高い鼻、弾力のあるユーリの唇を確かめる余裕もなく、少しずつ、少しずつ、彼の中へと移していく。

息が上がる前に全部飲み込んでくれたが、彼の瞼は開くことはない。ただ白かった頬が赤みががかってきたような気がした。

 

 

「あともう少し。頑張って、ユーリ」

 

 

残り少ないレモングミを1つ口にして、よく噛み、再びユーリと唇を交わして、中へと注ぎ込む。

そのうちに、食欲への本能か、彼の方から私の唇に吸い付き、舌を絡ませてきたではないか。

自分の舌に触れる生暖かい彼のそれが、私を引き寄せようと絡み合ってきて、驚き、慌てて身を引いた。

目覚めたのか。私はそろりそろりと彼の顔を覗き込んだ。

 

 

「ユーリ?」

 

「ぅう……つぅっ」

 

「ユーリ、起きて。自分でグミ食べれる?」

 

「桜……桜は?」

 

 

彼は痛む身体をよじりながら、うっすら目を開いた。

レモングミを1個ちょっと食べたとはいえ、回復が追い付いていないようだ。

ぼんやりとした目で私を探す彼に、私は静かに名乗り出た。

 

 

「私はここにいる。ユーリは? 痛いところはない?」

 

「大丈夫だ。なんて、ことはねぇよ……」

 

「無理しない。しばらく休めば、よくなるだろうから、その間にアップルグミ食べられる?」

 

「口移しして欲しいんだけど」

 

「口……っ!?」

 

「桜?」

 

「ユーリ。覚えてないの?」

 

「何がだよ。……オレが寝てる間、何が遭ったんだ。

……こっちは……、落っこちて、……お前の無事を確認してから、記憶が曖昧なんだよ……。

何度か、お前に呼ばれたのは、うっすら覚えてんだが……」

 

 

うだるようにユーリに問われて、私は彼に口移しをしたことを伝えるべきか迷った。

……知らない方が、彼にとっては幸せかもしんない。

私は何事もなかったように、首を横に振った。

 

 

「なんともないよ。ユーリが怪我してたから、レモングミを食べてもらってただけ」

 

「なんか口ん中に甘酸っぱいもんが入ってくると思ったら、レモングミだったのか。

それにしちゃあ、もっと細かくて、そのまま飲み込んじまったが……」

 

「私が食べやすいようにすり潰したんだよ」

 

「道具もないのに、どうやって?」

 

「て、手でグリグリと」

 

「お前、口元にグミついてんぞ」

 

「ええ!?」

 

「嘘だよ」

 

「ユーリ!!」

 

「お前まさか……っ」

 

「なんでもない! なんでもないから!!」

 

「……」

 

 

私が必死に誤魔化そうとすると、ユーリのポカンとしたのもつかの間、片手で顔を覆った。

 

 

「ったく、なるほど、そういうことか……」

 

「そういうことって何が? ねえ、ユーリってば!」

 

「お前は何ともないのかよ」

 

「私? 怪我ひとつないけど」

 

「そうじゃなくて……、いやそれもあるんだが。

こんな状態でなけりゃあ……なあ……。あんま記憶ねぇんだよな……クソッ」

 

 

私がキョロキョロと自分の身体を見ろしていると、ユーリは自身の唇を指にそっと触れた後、寝返りを打って、頭を掻いた。

何を悔しがっているのか知れないが、これだけ喋れるんだ。危険な状態からは脱したのだろう。

私は内心やり切った感に満ちたと同時に、一つの疑問が浮かぶ。

普通あの高さから落っこちたら、どちらも無事では済まなかったと思うが。よくユーリの重体だけで済んだものだ。

 

 

「ねえ。私たち、かなり高いところから落ちたんだよね。私だけ無事なのは何故?」

 

「落ちる途中で、お前を庇いながら、崖べりに刀ぶっ刺して、体制整えて、少しでも減速させてだな。

着地寸前で技使って相殺しようとしたんだけど、結果はこの様だ」

 

「ごめん。私があの時押したりしなかったら……」

 

「お前なりにオレを助けようとしたんだろ。ま。お陰で、オレはお前と貴重な経験させてもらったしな」

 

 

彼はそう言って、自分の唇を舌なめずりした。

 

 

「甘酸っぱい、ね」

 

「ユーリ?」

 

「肝心の看病が膝枕じゃなかったのは残念だったけど」

 

「膝枕すればいいの?」

 

「お。してくれんのか?」

 

「鞄で辛抱して」

 

「だろうな。お前なら、そういうだろうな」

 

「……わかったよ。こっちに来て」

 

「なんだ。今日は偉く素直じゃねぇか」

 

 

いつもなら「なんでそんなこっ恥ずかしいマネしなきゃならないんだ自重しろ。そのロン毛むしり取るぞ」とツッコんでいたところだが、彼に身を挺して守られた挙句唇を無断で奪った後ろめたさがあって、甘んじて私は受け入れてしまった。

冷たく硬い地面に我慢しつつも、私が膝を差し出すと、彼は躊躇うことなく身を委ねる。

闇色の長い髪が足に触れてくすぐったい。膝にのしかかる彼の頭の重みと、私を見上げる黒く澄んだ瞳と目が合って、私の心は穏やかではなくなる。

私は今にもユーリのどたまを犠牲にしてでも立ち上がりたくなった。

 

 

「ユーリ。もういいでしょう。元気になったでしょう。起き上がってもいいでしょう。

というか、その立派な2本の足は飾りか。自分でで立ち上がれ」

 

「固い鞄より、断然こっちだな。ふわぁ…っ。なんだか眠くなって来たぜ」

 

「ちょ、止めてよね。状況判ってるの? いつ魔物が襲ってくるかわからないんだから」

 

「いいだろ。魔物の気配はないし。本調子になるまで、少しは休ませてくれよ。

澄明の核晶の気配はどうなんだ?」

 

「……少し遠のいてるけど、それほど動いていないみたい」

 

「エアル酔いがすんのか?」

 

「この程度なら、平気だけれども」

 

「じゃあ、皆と合流できるまで休憩だな」

 

「こんなところ皆に見られたら……って、ユーリ?」

 

「……」

 

「ユーリったら」

 

「……」

 

「ああ、もう……っ」

 

 

洞窟の中で、私の膝の上で寝息を立て始めるユーリに、恥ずかしい通り過ぎて、呆れかえってしまった。本当にこの男は強引で図々しい。

けれども、両眼を閉じて静かに眠る様は、いつも強気で頼りになる兄貴分とは違う、あどけない少年のようで、思わずてその顔に手を伸ばしてしまう。

ちょっと躊躇いながらも、長い前髪をたくし上げてみる。眉目秀麗な顔が露わになったのもつかの間、サラサラと前髪が手から零れ落ちて、額を隠してしまった。

眠りに伏せた瞼に長いまつ毛、すっと通った鼻頭に、微かに開く口、その唇を見て、私の身体が今頃になって火照り始める。

 

 

(私。ユーリに2回もキスしてしまったんだ)

 

 

無我夢中だったとはいえ、あれはかなりの強硬手段であった。

自分の唇に指をあててみて、あの時の感触を思い出してみてしまう。

一度目はこちらから強引に奪って、二度目を試みたところ、ユーリの方から吸い付き、舌まで突っ込んできた。

 

 

(ユーリ。記憶ほとんどないって言ってたよね。もうずっと秘密でいいよな。

あんな破廉恥行為なんて、誰にも言えん……っ)

 

 

当たり前だが、人命がかかっていたとはいえ、人様の唇を奪う行為がここまで心身共にダメージ食らうとは、想像以上だった、

初対面の私に、なんの迷いもなく人工呼吸をやってのけたフレンは凄いと思う。

ユーリにしたことも、フレンにされたことも、必要な事だったとは思うが、緊急事態でやむを得ない状況ではなく、きちんとした相手とそれなりのシチュエーションでやりたかった。

 

 

(ファーストも、セカンドも、サードもなくなってしまった。

責任の所在が私にあるっていうのが解せん)

 

 

ユーリが寝ているのをいいことに、私はその美しい長髪を手櫛でといて、指にくるくると絡めてみては、小さな三つ編みを作って遊んでみるものの、ユーリは起きる気配はない。

ええい。私の気持ちなんぞ知りもしないくせに、膝の上で堂々とスヤスヤ寝るなんて、なんて神経の図太いヤツ。

この別嬪面にイタズラしてやろうかと、ユーリの顔を掴んだ時だ。

どこからともなく、彼の名を呼ぶ黄色い声が洞窟内にこだました。

 

 

「ユゥゥリィィ!!」

 

「パティ!?」

 

 

洞窟の奥の方から、長いおさげを振り乱しながら、猛突進してくる海賊少女が見えてきた。

あっという間に私たちの元へやってくるなり、彼女は迷うことなくユーリの太ももへダイブする。ハッと目を覚ますユーリ。

 

 

「ダブル膝枕なのじゃ!!」

 

「おらよっと!」

 

 

ユーリは素早く片手で逆立ちして、パティをやり過ごすと、くるりと身体をひねって、そのまま私の隣に着地した。

一方避けられたパティは勢い止まらず、顔面ですがががっと地面に掘削しながら、数メートルほどスライディングして、ベシィッと壁に衝突する。

ブスブスと煙を上げるパティを尻目に、ユーリは大きく背伸びをした。

 

 

「いやーっ。よく寝たわ。桜の膝枕は名残い惜しい気もするが、また次の機会にしてもらうとしてだ」

 

「しねーよ」

 

「悲しいこと言うなよ。オレが疲れた時はまたしてくれんだろ」

 

「しねーつってるでしょうが」

 

「まあ、また気が変わったら、教えてくれよ」

 

「変わらない摂理。それが足の痺れだ」

 

「悪ぃな。長いこと膝を借りちまって。こりゃあ、お前の回復待ちか」

 

「パティは」

 

「放置だ」

 

「は?」

 

「ここまで待っても皆が来ないってことは、澄明の核晶追っかけた方が良いのかもな」

 

「いやあのパティは?」

 

「心配しなくても、あいつは一人でも強く生きていける」

 

「え?」

 

 

今も動かないパティを気にしていたら、ユーリはキッパリ切り捨てた。

何を根拠に言い切れるんだろうか。

どう考えても今の状態は、生きてるか怪しいくらいなんだが。

私の心配を余所に、ユーリはこちらに手を差し出してきた。

 

 

「まだ痺れが残ってるなら、横抱きにしてでも連れて行くけど。いいか、桜」

 

「いいワケあるかよ、止めろ」

 

「今のお前には拒否権はない」

 

「まさかの強制プリホルか!? あんなもん何度もホイホイやられたら、こっちの常識までマヒしてひまうわ! 痺れが治るまで待てないの? 大人の余裕を持ちなさいよ!」

 

「大人の余裕でお前を抱く」

 

「だから、抱く言うな!」

 

「待て! 抱くならうちにするのじゃ! おまけに膝枕をしてやるぞ!

というか、どういう経緯で、桜の姉御に膝枕をされていたのじゃ?

いくらイケメンユーリでも、桜の姉御の膝枕は不可能と思ってたんじゃが」

 

 

ユーリに待ったをしたパティは、顔面土まみれのまま、探るような目つきで彼を睨んだ。

睨まれた方の彼は特に悪びれた様子もなく、あっさり白状した。

 

 

「オレが大怪我を負ったもんだから、桜が自分を犠牲にしてまで看病してくれた結果があれだ」

 

「なんじゃと!? 桜の姉御の献身的な看病ということは、つまりユーリと肌を合わせて温め合うとことなのか!

優しくして、痛いのはイヤとか言うヤツなのか!?」

 

「なんでそうなるんだよ!? 涎垂らすな、妄想するな、脳内抹消しろ!

ユーリも誤解を与えかねないこと言わない!」

 

「誤解じゃないだろ」

 

「誤解だろ。確かにパティの妄想力は半端ないけど、自分を犠牲にしたとかない!」

 

「オレとが嫌じゃなかったわけだ」

 

「は?」

 

「いいや、何にも。パティとじゃれ合ってないで、さっさと澄明の核晶を追いかけようぜ」

 

 

ユーリが軽い足取りで身を翻し、パティが来たルートへ進もうとした瞬間、長い髪にを銃弾が掠める。

銃弾の軌道の元には、パティが爛々をした目で彼を見つめていた。

 

 

「ユーリが大怪我をすれば、アクロバティックな愛が育まれるのじゃな!

よし、快く死ぬがよいユーリ!!」

 

「死ねるかよ!」

 

「しかし、その道を先に進むとでっかいモンスターが待ち受けておるぞ!

よし、逝ってこいユーリ!」

 

「だから逝くかよ! なんだ。そのでかい魔物ってのは?」

 

「うちより何倍も大きな魔物での。追っかけてくるくせに、こっちが銃を撃つと、硬い甲羅で防御されて、うまく戦えなんだ」

 

「それって、カロルが言ってたプテロプスっていう魔物じゃないの?」

 

「いんや。スペクタクルズで確認したが、ハートミットドリルという名前じゃった」

 

「スペルタクス?」

 

「相手のステータスや耐性、弱点を調べられるアイテムだよ。

しっかし、崖を登れねぇし、この先にそんな魔物がいたんじゃ、八方ふさがりだな」

 

 

カロルの言っていた魔物以外に、強力な魔物がいて、そいつが唯一の出口の先にいるというのか。

ユーリの言う通り、落ちてきた崖を登るのは不可能。ハートミットドリルという魔物が居場所を移動しない限り、遭遇は免れないだろう。

私が迷っている間にも、ユーリ再び身を翻した。

 

 

「ここで待っているのも性に合わないな。ちょっくら、様子を見てくるわ」

 

「うちも行くのじゃ」

 

「パティは桜と待ってろ。偵察は1人でいい」

 

「ユーリ。私は1人でも大丈夫だから」

 

「あの海凶の爪がお前を諦めたとは思えないよ。

パティ。桜の護衛を頼んだぜ。赤眼の暗殺者とラーギィっておっさんには気をつけろ」

 

「仕方ないのう。旦那の頼みじゃ。相手が桜の姉御となれば放っておけないのじゃ」

 

「サンキューな。それじゃあ、行ってくるわ。いい子にしてるんだぞ、桜」

 

「ユーリ!」

 

 

私の制止も聞かずに、ユーリはたった1人で、洞窟の奥へと進んでいった。

こんな未知の洞窟の中、病み上がりの身体で偵察なんてできるのだろうか。

心配になって、いつまでも彼の行った方向を見つめていると、パティが背中を叩いてきた。

 

 

「ユーリを信じるのじゃ。桜の姉御。あの男は下手な嘘はつかん」

 

「パティ。そうだよね。ユーリを信じて待たないと」

 

「もしもの時は、うちが看病して膝枕なのじゃ」

 

「不吉なフラグ立てるな」

 

「うちとユーリはラブラブなのじゃ。

ちょこーっと、羽目を外してキスしても、このおっちょこちょいさんめ、で済まされるのじゃ」

 

「ゲンコが飛んでくるよ」

 

「それで、桜の姉御の方は進展はあったのか? ユーリばかり仲良くなっている気がするのじゃ」

 

 

パティに鋭い指摘を受けて、私は先ほどの口移しを思い出してまう。

生温かく、柔らかい弾力のある感触。

もちろん、ユーリを旦那と呼ぶ彼女は、赤面する私を見逃さなかった。

 

 

「やっぱりイくとこまでイってしまったのではないか?

桜の姉御ばかりずるいのじゃ! ……やはり、うちも殺る」

 

「まだ諦めてなかったのか。ユーリを倒して看病する作戦」

 

「ユーリを殺して、うちも死ぬ」

 

「相打ちしてどうする」

 

「吊り橋理論なのじゃ」

 

「吊り橋バッキバキにへし折ってんな、それ」

 

「桜の姉御とフレンの仲は、変わらんままなのか?

うちとしては、さっさとくっついてくれると助かるのじゃが」

 

「だから、ユーリもフレンさんも、そんな関係じゃないんだってば。

……フレンさんとは、ちょっと気まずくなってるけど」

 

「それはいかんのじゃ! 今すぐ仲直りのチューを!」

 

「しねーよ! フレンさんが嘔吐する! そんなえげつない仲直りがあるか!? 死ぬわそれ!」

 

「フレンは桜の姉御のことを好いておるのじゃろ。喜んで押し倒して、やることやってくれるはずじゃが」

 

「止めて、そういうの。ソディアさんに後ろから滅多刺しにされる。

パティもキスだの膝枕だの言ってないで、もっと穏便にユーリに近づきなさいよ。ガッツき過ぎなの」

 

「女が男の三歩後ろを歩く時代は終わったのじゃ。

攻めて攻めて押し倒すくらいでないと、ユーリは落とせんのじゃ」

 

「押しすぎて、ユーリが避けちゃってるんだけど」

 

「そこなのじゃ。桜の姉御はどうやって、ユーリをメロメロにしたのじゃ?」

 

「メロメロ?」

 

「今日のユーリは、今までに見たことがないほどご機嫌だったのじゃ。

飛び魚のようにウキウキしとったぞ」

 

 

「どうやったのじゃ」とパティに問い詰められて、私は戸惑ってしまった。

今日のユーリはラーギィ取り逃がすわ、崖に落ちて大怪我を負うわ、皆とはぐれ、強力な魔物が行く手を阻まれて大ピンチのはずだ。

とても、ご機嫌になれる経験はしていない。

 

 

「私がしたのって、看病と膝枕くらいで、特にこれと言っては何も」

 

「ぜーったい、他にも何かしたに決まってるのじゃ。

隠し事をしても、コバンザメの如く聞き出すのじゃ」

 

「隠し事も何も。今日、ユーリが喜ぶこと? ええ……? うーん」

 

 

男の人がと喜びそうなこと。口移しのことはユーリも知らない……と思うし、気づかれたとしても、不快にさせるだけだろう。

まったく覚えがなくて悩んでいると、洞窟内が小さく揺れた。

 

 

「地震?」

 

「違う! あの魔物なのじゃ! 桜の姉御、悪いがうちは行かせてもらう!」

 

「待って。私も行く!」

 

「わかったのじゃ。うちから離れるでないぞ!」

 

 

私がついて行くことにパティは一つ返事でOKすると、彼女は来た道を引き返した。

薄暗い洞窟の通路を駆け抜け、彼女の背中を追いかけていくうちに、大きな空洞に入る。

そこでは、甲羅に棘を生やすカニと虫を合体させたような魔物と、それに対峙しているユーリがいた。

 

 

「ユーリ! 援護に来たのじゃ!!」

 

「来なくていいってのに。しかも、桜まで連れて来たのか!?」

 

「苦戦しとるようじゃの」

 

「赤眼の連中にけしかけられた。こいつはもう止まらねぇよ」

 

「倒すしかないか。桜の姉御はそこで隠れているのじゃ」

 

「パティも戦うの?」

 

「もちろんなのじゃ。うちのピッカピカに輝く姿をよーくみているのじゃ!」

 

 

パティは私にウィンクを飛ばすと、何の躊躇もなく魔物目掛けて駆けて行った。

ある程度近づいたとこらで、彼女の銃が何発もの火を噴く。

しかし、硬い甲羅に全て弾かれ、標的がユーリからパティに変わるだけだった。

 

 

「パティ! 前衛はオレに任せて、後方支援をしろ!」

 

「うちだって、接近戦はできるのじゃ! フォームアップ! アドバンスフォームなのじゃ!」

 

 

彼女は魔法少女のごとく輝く光をまといながら、くるりと回転すると、……なんも変わらなかった。

 

 

「どこがフォーム!?」

 

「説明しよう! うちがもっとる4つのフォームのうち、接近戦に特化したもので、通常攻撃と素早さがアップするのじゃ!」

 

「ぜひ実戦で見せてもらいたいもんだな」

 

「もちろん、ユーリの愛に応えるつもりじゃ。

夫婦の共同作業なのじゃ」

 

「パティをおとりにして逃げるってのもありだな」

 

「うちは地獄の底ぶち抜いてでも、ユーリについてくぞ!」

 

「やっぱ駄目か……」

 

「愛の語らいは、ひとまず中断して、突撃なのじゃ」

 

 

パティは銃からナイフに切り替えて、魔物と更に距離を縮めた。

魔物の前足の攻撃をひらりと飛んでかわしながら、あっという間に懐に入り、ナイフで切り裂くと、どこからともなくビックリ箱を取り出して、飛び出した人形で打撃を与える。

私とユーリが呆気に取られている間にも、彼女はどこに隠し持っていたのか大きな金のフライパンで魔物のどたまを殴り倒した。

 

 

「どうじゃ!」

 

「どうじゃじゃないよ! フライパンなんて、どこに隠し持ってたの!?

まさかの四次元ポケット所持者か!?」

 

「乙女の秘密なのじゃ」

 

「なんでもありだな。ま。戦えるならなんでもいいか」

 

 

パティのフライパン攻撃にふらつく魔物の隙をついて、ユーリとパティの猛攻が始まった。

ユーリが素早く切りつける傍から、パティが銃やナイフ、先のフライパンで殴ったり、何故かリンゴ爆弾を寄越したりとトリッキーな技を繰り出していく。

これが奇妙なことに息が合っていて、魔物も防御一辺倒になっていた。

 

 

「……パティもユーリと戦っている」

 

 

私はただ見てるだけ。ガスファロストや幽霊船では、ソーサラーリングでフォローしていたが、実際に戦っているのはユーリたちだし、私がいなくても問題なかっただろう。

寧ろ、私は足手まといだ。皆が傷ついても、辛くても、私に立ち入る場所はない。

そんなことを考えながら、2人の活躍を眺めていると、空気が一変する。

身を固めていた魔物の甲羅部分が持ち上がり、そこからいくつも大きく長い棘を発射してきた。

 

 

「ぐああっ!?」

 

「あだだっ!?」

 

「ユーリ! パティ!」

 

 

2人に棘の雨が降り注ぎ、腕や足を容赦なく切り刻んでいく。

2人とも咄嗟に得物で庇って致命傷は避けられたが、ダメージが大きく、特にユーリは先の崖から落ちた怪我が完治していないのか、膝を折って呻いていた。

 

 

「ユーリは下がっているじゃ! ここはうちがなんとかする!」

 

「く……っ! そうも言ってられねぇだろ。2発目が来るぞ!」

 

 

ユーリの指摘通り、魔物は甲羅から次の棘を生やしていた。

このままでは、2人ともやられてしまう。私にできることはないか。

骸骨の魔物のときのように、力いっぱいソーサラーリングを放ってみても……いいや、あれは一発限りで、あの棘攻撃には間に合わない。

 

 

どうすればいい? 何ができる? どうすれば彼らを助けることができるのか?

 

 

そう自問自答している時だ。

突然、何の前触れもなく、激しい衝動が胸を貫き、私の意識を犯した。

形容しがたい感情が、胸の内で暴れまわり、私は必死に胸を押さえて止めようとする。

これはフェローの時と同じだ。近くに始祖の隷長が現れたのか。フェローか、ベリウスか、どちらも構っている場合じゃないのに。

襲い掛かる衝動に耐えている間にも、魔物の攻撃が始まる。

あの様子では、次の攻撃は避けられないだろう。

 

止めなきゃ。

 

止めないと。

 

――止める。

 

 

ストップフロウ

 

 

魔物の攻撃を止めるため、私はかつてデュークが目の前で見せた魔術を再現した。

私の意思に応えて、立ち上がろうともがくユーリ、防御するパティ、甲羅を立てて棘を飛ばす寸前の魔物、全ての時が止まる。

 

本来魔術など必要はないのだが、貧弱な身体では、これがないと不便でならない。

エアルで少しふらつくが、徐々に慣れていくはず。

 

私は魔物の動きが止まったのを見計らい、一気に間合いを詰めて、大きく飛躍し、身体に耐えられる程度の蹴りを魔物の甲羅に叩き込んだ。

蹴った先から、小さいがいくつものヒビが入り、殻がはがれる。

これで棘の攻撃の心配はなくなるだろう。

 

加減したつもりなのだが、少し足が痛む。これは戻った後に支障がでるかもしれない。

いくら彼らを助けるのが望みだったとはいえ、悪いことをしてしまった。

 

そんなことを考えていると、思い出したかのように、時は動き出す。

再び膝を折るユーリ、固まるパティ、そして私の蹴りの衝撃で崩れ降ちる魔物。対峙する私。

 

 

「なんだ? なんで、桜がこんなところにいる?」

 

「魔物の甲羅がバキバキになっとるぞ! 桜の姉御。どういうことなのじゃ!?」

 

 

止めを刺すなら今のうちだ。私に構っている余裕はないはず。

それとも、ユーリはもう動けないのか。パティだけでは決定打にはならないのか。

そうこうしているうちにも、魔物はもっとも近い私目掛けて大きく前足を振り上げた。

 

 

「桜! 避けろ!!」

 

 

ユーリが怪我をおして、私の元へ駆け寄ろうとしてきた。

なんだ、動けるじゃないか。大丈夫。こちらも心配はない。

私は魔物の攻撃を素早くかわしたついでに、一発叩き込もうと拳を構えて、すぐに止めた。

物理攻撃は身体の負担がかかる。大きくバックステップを踏んで、以前リタが使っていた魔術を発動させた。

 

 

スプラッシュ

 

 

私の意思に応じ、魔物の遥か頭上から、大量の水を注ぎこむ。弱点だったのか、水に叩きつけられた魔物はその場でダウンした。

その間にも、私は唖然とするユーリに駆け寄り、素早く状態を見る。

傷が多いが、少しくらいなら、私の手持ちでなんとかなるだろう。

 

 

「お前、いつから魔術なんてものを……っ?」

 

 

彼から、驚愕の目で見られてしまった。

必要だったとはいえ、調子に乗り過ぎたか。また意識がブレる。

残された時間も少ない。私はユーリの疑問を無視して、フレンから受けた回復魔術を彼に施した。

 

 

ファーストエイド

 

 

流石に全てとはいかないが、彼の負った多少の傷を癒すことはできた。

エステルの回復魔術をマネできればいいが、それをすると私自身が滅びかねない。

今はとにかく目の前の魔物を倒す。そうするしか、彼らを救う手立てはないのだ。

時間が許す限り、戦わなければ、――そう、今の私なら戦える。

 

 

「待て、桜。……お前は桜なのか?」

 

 

魔物と対峙する私の腕をユーリが掴んで引っ張った。

答えている暇はない。私のことを考えるのは、魔物を倒して、安全を確保してからでも遅くはないだろう。

そんなに真っ直ぐ見つめられても、身体がこれとは言え、今の私にはそういう気はないのだから、応えようがない。

 

 

「放さねぇよ。今ここで答えてもらう。お前は桜なのか」

 

「ユーリ! 桜の姉御の言う通りじゃ! 魔物を倒すのが最優先じゃ!」

 

「"はい"か"いいえ"か、一言でも答えようがあるだろ」

 

 

答えたら、そこから言及してくるんだろう。

端的に答えられることと言えば、限りなくいいえに近い"どちらでもない"。

 

と言いかけた瞬間、魔物が復活して、私たちに襲い掛かる。

ダメージを食らって発狂しているのだろう。防御も忘れて、前足で縦横無尽暴れまわった。

 

何度も言うが、話は後。魔物を倒さなくては、おちおち話もできない。

 

 

「わかったよ。後で全部話してもらうからな」

 

 

フェローに会ったらという約束ではなかったのか。

約束を守らないとは、同じ男としてどうかと思うが。

 

 

「男だ……? どうみても、女だろ。お前。それに約束したのは桜であって、お前じゃない」

 

 

なるほど、そうきたか。

 

 

「ユーリ、魔物が来るのじゃ!」

 

 

ユーリと私が呑気に話をしている間にも、魔物が復活し、パティがけん制に銃を放つ。

しぶといヤツだ。私に残された時間は後少し。せめて魔物を倒すまで持ちこたえて欲しい。

 

私は再度、水の魔術を発動させて、魔物に叩きつけた。

大人しくなったところで、ユーリとパティの総攻撃が始まる。

魔物が必死に抵抗するも、刀や銃による、さまざまな技が私の前で披露され、やがて力尽きて重い身体を地面に沈めた。

なるほど、武器を使った攻撃があれば、肉体への負担はもう少し減るかもしれない。刀とまではいかないが、ナイフくらいなら振り切れるだろう。

魔物が動かないとわかったユーリは、真っ直ぐ私の元へと駆け寄ってきて、両肩を掴んできた。

 

 

「おい! まだお前なのか」

 

 

しかし、もって後十数秒というところ。

 

 

「桜について、お前が知っていることを話してくれ」

 

 

そういう真摯な顔は、今の私ではない時に向けてるべきだ。

私は私であって、もう私ではない。

ユーリが求めている答えがあるとすれば、こうだろう。

貴方が知っている私は、もう――

 

 

「私……私は……もう?」

 

「桜がなんだってんだ? 答えろ!」

 

「ユ、ユーリ!? ……こっちが知りたいわ!

気づいたら魔物をどったんばったんしてて、わけがわからんよ!」

 

「桜、なのか……?」

 

 

"私"は我に返って右往左往していると、ユーリはすとんと肩の力を抜いた。

あの私は何だったのだろうか。件の別人格なんだろうが、デュークみたいに時間は止めるわ、すんごいキック放つわ、水や回復魔術まで使ってのけるとは。

彼?の戦闘能力に驚いていると、ユーリが私の頬にそっと手を添えた。

 

 

「驚かせんなよ。もう、あのまんまで戻ってこないのかとヒヤッとしたぜ」

 

「わ、私も突然のことで、わけわかんなくて」

 

 

ユーリから、ザーフィアスで死にかけた時以来の心配した瞳を向けられて、私はしどろもどろしてしまう。

私を確かめるような彼の瞳。とてもじゃないが目が合わせられない。私とユーリの間に、何やら変なムードが流れてた。

頬に当たる彼の手が温かくて、身体が火照りそうになる。なんだこの雰囲気は、と混乱しかけているところへ、パティが割って入ってきた。

 

 

「うちを置いて2人の世界をつくるのではないのじゃ。水臭いのじゃ」

 

「生憎こっちの話なもんでね」

 

「そっちの事情は知らんが、さっきのは本当に桜の姉御なのか?

戦いももちろんそうじゃが、喋り方も仕草も全然違っていたぞ」

 

「私たちはそれが知りたくて、コゴール砂漠のフェローに会いに行くんだよ」

 

 

とりあえず、別人格だの魔術だの超身体能力の件は、私では説明しようがないので、全部フェローに丸投げすることにした。

あの胸騒ぎからするに、フェロー級の始祖の隷長が近くにいるようなんだが。

試しに気配を追ってみるものの、今は澄明の核晶の方が強い。

 

 

「澄明の核晶! そうだ、探しに行かないと」

 

「待て待て、桜。さっき、様子が随分変わっていたようだが、それはフェローに会ってから説明してもらうとしてだ。

身体の具合はどうなんだ。前みたいに、筋肉痛や疲れはないか」

 

「見たところ、全然平気そうじゃが」

 

「ちょっと足が痛いのと、身体がだるいくらいで、他は平気」

 

「抱っこをご所望ってか」

 

「頭を下げたまえ。どついて遣わす」

 

「人の気遣いは、素直に受け取るべきだぜ」

 

「素直に受け取った結果、プリホル慣例化するんだな。

私の羞恥心ポイントがゼロ振り切るんだな。お前の目的がやっと見えてきた気がするわ」

 

「……。下心はねぇよ」

 

「何だ、その間は」

 

「うちが代わりに抱っこされてもいいのじゃぞ。ユーリ」

 

「お前は何が遭っても大丈夫だろ……」

 

 

パティに抱き着かれたユーリはげんなりしながら、私に向き直った。

 

 

「それで、澄明の核晶はどのあたりにあるんだ」

 

「話逸らさないで」

 

「拗ねるなよ。もともとそれが目的でここへやってきたんだ。

当然、エアルの濃度が高い場所なら、引き返して出口を探す。

皆と合流できれば、大万歳。向こうにはラピードがいるから、匂いでオレたちを探してるだろ。でなきゃ、ラーギィを追っている」

 

「どのみち、澄明の核晶を追わなくちゃいけないんだ」

 

「ああ。この3人で澄明の核晶を探せるのは、桜だけだからな。頼りにしてるぜ」

 

「頼りにされるほどかわからないけど、やるだけやってみる」

 

 

私はプレッシャーが受けながらも頷いて、早速澄明の核晶の気配を辿り始めた。

薄暗い洞窟を前にはユーリ、後ろにはパティという編成で突き進む。

最初はパティがどちらがユーリの腕を組むのに相応しいか決めると豪語したんだが、そうなると両手が塞がって彼が戦えないし、狭い洞窟では戦いになると不利だし、何より絵面的につらいので、却下し今に至った。

時折、魔物と遭遇しながら、突き進んでいるうちに、エアル濃度かずんと上がる。

たちまち、登山帰り波の疲労が私の身体にのしかかった。

 

 

「っつう!?」

 

「桜! 無事か?」

 

「桜の姉御、しっかりするのじゃ!」

 

 

脂汗が出る両手で震える両足を支えながら、何とか転倒だけは避けた私ではあるが、これはまごうことなくエアル酔い。しかも大元は澄明の核晶の方向からと来た。

私の様子から察したのか、ユーリは迷うことなく私を横抱きにする。逃れられない黒歴史再び。

パティが「うちも~っ」とせっつく中、彼はその二の腕で力強く私を抱えたまま、身を翻した。

 

 

「別の道を探すぞ」

 

「待って。近くに澄明の核晶が」

 

「そうも言ってられっかよ。お前が優先だ」

 

「私は大丈夫。これくらい、頑張れば動けるから」

 

「んなこと言って、いきなりぶっ倒れたらどうするんだ」

 

「――バウ! バウバウ!!」

 

 

私とユーリが言い争っていると、ラピードの鳴き声が澄明の核晶の方から聞こえてきた。

どうやら、澄明の核晶の方に皆がいるようだ。ラーギィや赤眼の連中もそこにいあるはず。

早く皆の元に行かないと、と急くうちに、本日2度目の衝撃が私に襲い掛かった。

何とも言い難い感情が私の理性を砕くように、暴れまわる。

先ほど私の心を乱した始祖の隷長が近くにいるのだろうか。こんな時になんて気まぐれヤツなんだ。

荒ぶる胸の内を鎮めようと、私は胸を強く抑えた。

 

 

「また、これ……っ!?」

 

「どうした。胸を押さえて……まさか、ダングレストの時の同じヤツか!?」

 

「ううっ」

 

「桜の姉御。無事か? 気をしっかり持つのじゃ!」

 

 

ユーリとパティが必死に私を繋ぎ止める。けれども、意識は始祖の隷長の方へ傾いていた。

近い、近づいてくる。こちらにやってくる。エアルを食らいにやってくる。

そう思うと、私はユーリの抱擁から力づくで脱して、パティの横をすり抜け、エアルの流れを辿りながら、ひたすら駆けた。

 

 

「あいつ、また……っ! また出てきたのか!?」

 

「すんごいスピードなのじゃ! 見えなくなる前に追いかけるのじゃ!」

 

 

後ろの方でユーリとパティが私を呼ぶ声がするが、この機会を逃してはならない。

とはいえ、このスカートと言うのは、ヒラヒラして落ち着かない。何とかならないものか。

足を動かし、洞窟を突っ切っていると、広い空間に出た。

そこはエアルの湖、エアルクレーネが湖の底からエアルを放出し、湖を通してあらゆる道を寸断している。

向こう岸には、小箱を持ったラーギィがエアルに挟まれて動けないでいた。

 

 

「桜ちゃん!」

 

 

隣岸から、聞いたことのある声がする。ゆっくり振り向くとレイヴンや他の皆がエアルクレーネを前に足止めを食らっていた。

 

 

「桜! 無事だったのですね!」

 

「心配させんじゃないわよ! あのむっつり男は後でぶん殴る!」

 

「それでユーリは無事なの?」

 

 

彼は無事だ、もうすぐ追いついてくるとカロルに伝えた。

 

 

「そんで、桜ちゃん1人できちゃったの? まだ青年と離れて焦らすプレイ中?」

 

「ユーリはこの際どーでもいいのよ! これ、きっとケーブ・モック大森林と同じエアルクレーネだわ。桜は近づいちゃだめよ!

ていうか、この濃度でどうして立っていられるの?」

 

「……彼女、まさか」

 

「ジュディス?」

 

 

先程少し疲れてしまったが、今の私は平気だ。

もともとそういう仕組みになっているはずなのだが、先のダメージから察するに、まだ身体の方がまだ馴染んでないらしい。

この状態で、私は私の役割を果たせるのか。

戸惑っている暇はない。私はゆっくりとした足取りで、エアルの湖へと足を踏み入れようとした。

 

 

「桜ちゃん! そっから先は行ってはいけない!」

 

 

私の進行を阻むように、レイヴンの矢がエアルの水際に突き刺さった。

 

 

「いくら君でも、俺の目の前で、みすみす危険を冒させるわけにはいかないよ」

 

「レ、レイヴン? 急に真剣な顔しちゃって、どうしちゃったのさ」

 

「おじさまも真面目になる気持ちはわかるわ。

……今の桜、このエアルクレーネに干渉するつもりよ」

 

「無理よ、そんなの。人間技じゃないわ。しかもエアルに弱いあの子にできるはずがない」

 

 

出来ないことはない。私は構わず、エアルの湖に足を踏み入れた。

 

 

「桜ちゃん! 止めるんだ!」

 

「危ない、桜、下がって! いつものクタクタだけじゃ済まないんだよ!」

 

「エアルの塊ですよ。なんでピンピンしているのです!?」

 

 

とりあえず膝まで浸かるまでやってきたが、果たしてこの身体で、これだけの量を吸収しきれるのだろうか。

これも私たちの使命だ。出来るところまでやるしかない。

もしもの時は、近くにいる始祖の隷長が残りを吸収してくれるはず。

私は大きく息を吸い込んで、エアルの吸収を試みた。

 

 

「おじさま。風の魔術で、湖の水をどうにかできないかしら。

私の技で飛ぶには、些か距離があって、困ってるの」

 

「なるほど。浅瀬目掛けてエアスラストを一点集中させれば、小さい足場を一瞬だけ作るれるかもしれないね」

 

「な、何をする気なのです?」

 

「彼女を止めるわ」「桜ちゃんを止めるよ」

 

 

私が集中している間に、ジュディスとレイヴンが余計なことを企てているようだ。

邪魔をされてしまう。急ごうとしているのだが、身体が言うことを聞いてくれない。

やはり、このままではきついか。そろそろ進化を受け入れる時がやってきたと思ったところ、誰かが後ろから私を抱き締めてきた。

 

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 

ユーリ……っ!?

彼はエアルの湖に踏み入れながらも、私を後ろから抱き締め、岸部へ引き摺り戻した。

普通の人間がこの濃度のエアルを食らえば、疲労どころの話ではない。なんて無茶をする男なのだ。

尚も彼は私を強く胸に仕舞い込み、私の思考を激しく揺らそうとする。

 

 

「……そろそろ、うちのお嬢さん。返してくんねぇかな」

 

 

耳元で囁かれ、ますます思考がブレてしまう。

私の時間がなくなると思ったその時、洞窟内が大きく揺れた。2度、3度、それが続く。

やっと主役のお出ましだ。私が出る幕はなかったと言うことだ。

私が上を向くと、ユーリもつられて上を見上げた。

次の瞬間、1体の始祖の隷長が湖の中心に舞い降りる。

大きな翼を生やした四足歩行の竜。

 

 

「あれがカロルの言っていた魔物か!」

 

「……違う……っ! あんな魔物見たことない……っ!」

 

「始祖の隷長……なの?」

 

「あれが古い一族っていうヤツなのか」

 

 

"私"がそう呟くと、ユーリは竜を凝視した。

竜は私を一瞥すると、唖然とする皆を尻目に、周囲の大量のエアルを吸収し始める。

その吸引力たるや、ダイ○ン顔負けするくらい凄まじく、私は改めて肝を冷やした。あんな芸当を私はやろうとしていたのか。

その姿に、魔術師のリタも目を見開いた。

 

 

「エアルを食べてる!?」

 

「ユーリ、助けに来たのじゃ!」

 

「パティ! 前へ出ちゃ駄目!」

 

 

竜は全てのエアルを吸収しきると、パティが近づくより早く、空気を揺るがすほどの咆哮を全体に向けて放った。

途端、隣岸のエステルたちはもちろん、ラーギィ、こちらにいるユーリとパティまで動けなくなってしまう。

唯一私だけが、皆を差し置いて、まっすぐ立っていた。

 

 

「なんで、私だけ……? 皆、大丈夫!?」

 

「こりゃ、やばい……か。桜、動けるなら、お前1人でも、逃げろ」

 

「私1人逃げてどーするの? それにこの竜だって」

 

「――見違えました。桜」

 

「え?」

 

 

竜の口から人の言葉が出てきて、私たちは驚き耳を疑った。

いや、フェローも喋っていたから、同じ始祖の隷長であるこの竜が人の言葉を話してもおかしくはないか。

しかし、私に話しかけてくると言うことは、フェロー案件なんだろうか。それとも、まったくの別件か。私に心当たりはない。

私が頭の中で疑問符が連打しようと構わず、竜は続ける。

 

 

「以前はあんなに弱々しかったのに、しばらく見ないうちに成長したのですね」

 

「以前……? お会いしたことありましたっけ?」

 

「けれど、エアルクレーネの正常化を行うには、まだ進化する必要があります。

くれぐれも、ことを急いてはいけませんよ」

 

「ま、待って! 貴方も知ってるんでしょう? 私って、何? 教えてよ!」

 

 

竜はそう告げると、私の問いには答えず、元来た場所へと戻っていってしまった。

竜の姿が完全に見えなくなったころ、皆の緊張が解かれる。

 

 

「おろ? 動けるわ……て、あちらさんも同じか」

 

「ラーギィが逃げちゃうよ!」

 

 

皆が動けるようになったと同時に、ラーギィは更に洞窟の奥深くへ逃げて行く。

急いで追いかけるべきなんだが、先ほどの怒涛の展開に私は腰を抜かしていた。

あの私は何を考えているのか、竜は以前会っていたと言うが、あんなインパクトのある魔物、どこで遭遇したのだろう。

エルクレーネの正常化とはどういう意味? ……謎が増えていくばかりだ。

私は自分を誤魔化すように、カラ笑いをした。

 

 

「ははは……っ。私って、一体何なんだろうね」

 

「桜の姉御、無理は良くないのじゃ」

 

「お前はお前だ。オレが知っているお前なんだ」

 

「ユーリ。でも私は……」

 

 

別人格が言っていたことを思い出す。

「ユーリが知っている私は、もう……」の言葉には、胸が痛くなるような悲しみや苦しみが含まれていたのだ。嫌な予感しかしない。

悲観に暮れる私に、ユーリは手を差し伸べてきた。

 

 

「オレがついてるよ。約束がなくてもな」

 

「どうして、そこまで……」

 

「うちもついとるぞ! 考えるのは後、今はすべき事をするのじゃ!」

 

「けど、今日の私、おかしいと思はないの?」

 

「聞きたいことは山ほどあるが、約束があるしな。

それとも話してくれる気になったか?」

 

「上手く説明できない……」

 

「だろ。何より桜のことなんだ。また勝手な推測で振り回して、お前を拗らすのはゴメンだよ」

 

「拗らしてたのは、ユーリでしょう」

 

 

私はそう言い返して、ユーリの手を取り、立ち上がった。

まだ足腰がしっかりしていないのか、少しふらついたが、彼がきちんと片手で支えてくれる。

難しい顔をする私に、ユーリは困った微笑みを浮かべて返した。

 

 

「心配しなくても、お前のことは信じている。でなきゃここまで付き合ったりしないよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「お前の中のあいつ。お前でなんとかできないのか?

ダングレストでフェローが襲ってきた時のあれもそうなんだろ」

 

「なんとかするのか? あの桜の姉御は強くて頼りになったぞ。

攻撃魔術から、回復魔術まで使っておったし、構えからして、ただものではなかったのじゃ。

味方にするには、申し分ないのじゃ」

 

「申し分あんだろ。中身は知らねぇが、外身は桜自身だぞ。

また暴れて、こいつに何かあったら、目も当てられられねぇ。

そこんところ、どうなんだ、桜?」

 

「今のところは無理。近くにフェローやあんな始祖の隷長がいたら、ああなっちゃうみたいで」

 

「桜の姉御で、コントロールできないのか」

 

「そりゃあ、厄介だな……」

 

 

私が首を横にすると、パティが困り顔をし、ユーリが難しい顔をした。

一応皆を引っ掻き回しているヤツだが、ハーミットドリル戦では活躍してくれたのだし。

 

 

「敵じゃないのよ。ユーリたちのことは守りたいと、考えているみたいだから」

 

「なら、オレがついてないと駄目ってことだな」

 

「そうなの?」

 

「さっきだって、オレが抱きしめたら大人しくなっただろ。

オレたちを守りたい。危害を加えるつもりはないってんなら、桜を元に戻す方法はこれだな」

 

「ええー……? 単に時間切れってことも」

 

「ベリウス相手に大暴れするつもりか?

安心して、オレに身を委ねろ」

 

「流石に始祖の隷長相手に暴れたりしないわ」

 

 

親指おったてるユーリに、私は首を横へ振った。

あれだけのことがあったんだ。

本当は今すぐにでも私の事情を知りたいはずなのに、いつも通り接してくれる彼に安心してしまう。

ついついユーリに甘えたくなっていると、リタの怒号がこちらに届いた。

 

 

「そこのむっつり男! もうここには人体に影響のあるエアルはないわ!

こそこそ話してないで、桜を連れてコッチに来る!」

 

「今にも殴られそうな勢いだ。あんま行きたかねぇんだが」

 

 

隣岸でリタが仁王立ちし、自身の足元を指さして、ここに来いとユーリに命令してきた。

ユーリは肩を竦めると、私とパティを連れて、浅瀬を通り、皆のいる場所に辿り着く。

エステルは私がやってくるなり、恒例の身体チェックに入った。

 

 

「桜、あんな無茶をして。痛いところはないです? 辛いことがあるのでしたら、言ってください」

 

「私よか、ユーリとパティを診てほしいんだけど」

 

「何故ユーリが生きているのです?」

 

「剣しまいなさい。エステルさん」

 

「さっきも桜を後ろから抱きしめていました。これは事件です」

 

「なわけあるか。あの状況で動画撮ってたのかよ、抜かりないな、この皇女」

 

「淑女の嗜みですから」

 

「それは変態さんだ。盗撮嗜む淑女がいてたまるか」

 

「エステル。あんたはそこのむっつり男とパティの回復してて。桜はこっちよ」

 

 

リタはエステルの指示を出すと、湖の底の方を見ながら、私に手招きをした。

 

 

「なんですか? エアルはもうほとんど感じないけど」

 

「でしょうね。暴走化したあのエアルクレーネをさっきの魔物が正常化したから。

つまりはエアルを制御、ケーブ・モックであいつの剣がやったのと同じってことよね」

 

「そ、そーですね……」

 

「それで、あんたもこれを抑えようとしていた」

 

「ジュ、ジュディスの勘違いじゃないかな」

 

「けど、あんたはエアルに飛び込んでったじゃないの」

 

「気になるのかしら」

 

「ジュディス。あんた言ってたでしょ。この子がエアルクレーネをどうするかって」

 

「かもしれないわ。だけれど、今この時にそれをどうするの?」

 

「わかってるわよ。わかってる、今はラーギィを追う時。

けど、桜とエアルクレーネ、さっきの魔物……、リゾマータの公式かもしれないのに……」

 

「リタっち。そいつはどこかに逃げたりすんのかい?」

 

「んなわけないでしょ!……あ、そっか」

 

 

レイヴンに指摘されて、リタはやっと冷静になった。

今はとにもかくにも澄明の核晶を奪ったラーギィを抑えるのが先。これ以上引き離されたら厄介である。

彼女は踵を返して、ラーギィが走っていった方向へ向き直った。

 

 

「いいわ。行きましょう」

 

「そうそ。さっきの魔物も、エアルクレーネも、桜ちゃんのことも、ラーギィが落ち着いてから、じっくりとっくりお話しようね。

おっさんも桜ちゃんのこと、すーっごく気になるもん。翔ちゃんのこと、隅々まで知りたい」

 

「言っとくけど、私の件はフェローに会うまで、まったくもって確証がないから、説明できないよ」

 

「そうだな。桜に関しては、フェローに会ってからだ」

 

「あら、青年。桜ちゃんのことなら、がっつくと思ったのに。いつの間に大人になったの?」

 

「おっさんからすれば、21でもまだまだお子様だもんな。オレ」

 

「軽く言葉のジャブ食らわせるの止めてくれる?

俺様だって、桜ちゃんやジュディスちゃんをキャーキャー言わるくらいの男の魅力ってもんがね」

 

「よし、出発するか」

 

「うん。澄明の核晶を追いかけよう。桜、まだ頑張れる?」

 

「大丈夫だよ、カロル。結構奥の方まで行っちゃったけど、まだ追いつけるわ」

 

「待って。誰かおっさんの話聞いてよ」

 

 

私たちがラーギィを追いかけ出すと、レイヴンも遅れて駆け出した。

皆と合流できたことで、道先で出会う魔物も難なく倒して、先へ進む。

暗がりの中、光る草と私の察知能力、ラピードの嗅覚を頼りに進んでいると、奥の方からキィキィと蝙蝠の鳴き声が聞こえてきた。

澄明の核晶の気配があそこで止まっている。私と目が合ったユーリはひとつ頷くと、奥へと飛び込んだ。

 

 

「蝙蝠の群れ?」

 

「ラーギィがいるよ! 蝙蝠の魔物にお足止めを食らってたんだ!」

 

 

私たちが踏み込んだどころは、かなり広いスペースになっており、カロルが指さした先、もうひとつの通路を蝙蝠の大群がひしめいて塞いていた。

問題のラーギィは、なんとかして通路へ向かおうとするも、蝙蝠に妨害されて叶わないまま、今に至るようだ。

そのヘトヘトになったラーギィの隙をついて、ラピードが軽くタックルを与えて、小箱を手放させると、ユーリの方へ突き渡した。

 

 

「よくやった、ラピード。澄明の核晶も取り戻したことだし、鬼ごっこは終わりだな。ラーギィ」

 

「今度こそ、ちゃちゃっと吐いてもらわないとね。

おっさんをここまで振り回したんだから、疲れることはなしにしよ」

 

「くっ、こここ、ここは……。ミーのリアルなパワーを……っ!」

 

 

ラーギィの口調が変わったと思った瞬間、突然ピンクの光を放った。

全身を覆うそれは見る見る間に収まっていき、見覚えのある姿へと変貌する。

貴族のような趣のあるタクシードに、眉毛のない整った顔、払いのけたくなる前髪のトロロヘアー。

 

 

「うそ……っ、イエガー!?」

 

 

私たちの前で正体を現したのは、ラゴウ、バルボスと手を組み、今はキュモールを主としている海凶の爪の首領イエガーだった。

驚愕する私たちであったが、辛うじてユーリは状況を把握する。

 

 

「ふん。そういう仕掛けか」

 

「ラーギィさんに変装して、どうするつもりだったのです?」

 

「遺構の門と海凶の爪は、そもそも首領が同一人物だったってこと?」

 

「今はあれこれ考えている暇はないみたいよ」

 

「おーコワイで~す。ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ」

 

 

私たちに追い詰められたイエガーは、大して怖がっている様子もなく執政官の名前を口にした。

ラゴウは表向きは行方不明のはず。なんでそいつの名前が今ここで出てきたんだろう。

皆が不思議そうにする中で、私とユーリだけがイエガーの出方を見張り、皇女のエステルが問い質した。

 

 

「ラゴウ……? ラゴウがどうしたのです?」

 

「ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされたんです。

ミーもああはなりたくネーってことですヨ」

 

「……ラゴウが死んだ? どうしてです?」

 

「それはミーの口からはキャンノットスピーク。……ネ! ミス桜」

 

「……なっ!?」

 

「この中で、ラストにラゴウとミートしたのは、ラゴウに攫われたミス桜。

ラゴウがデッドした原因も、ノゥウのはずですヨ」

 

「桜。何か知っているのです? 何でも構いません。教えてください」

 

「……私は知らない。攫われて、何も見えなかったから」

 

 

エステルに問い詰められて、私は咄嗟にそう答えてしまった。

本当はあの夜、ユーリがラゴウを斬り殺したのを見ていたなんて言えない。

私はなるべく視線を気遣い、彼を見ないようにして、代わりにイエガーを睨みつけた。

 

 

「私は知らない。変な勘繰りはしないで」

 

「オウ! プリティーなアイに見つめられるとは胸キュンしてしまいますヨ!

インリターンに、ラヴ注入を」

 

「しなくていい!」

 

「3人だけのシークレットですか?

マーダーが邪魔していけませんが、ミス桜とシークレットをシェアできるなんて、やはりラヴ注入プロジェクトでは!?」

 

「計画化すんな!」

 

「ミス桜もチャレンジしてみるデス!」

 

「しねーよ!やったら、止めるか? 私狙うの!」

 

「ラヴはワールドとハートが傷ついたミス桜を救うのですヨ」

 

「要はやめないってことだな。

お前の奇怪な英会話で私の心は荒れ模様だよ。愛ごときで修復できんほどにな!!」

 

「リアルタイムで青春をエンジョイしてるガールが、ラヴを否定するなんてノンノンです。

マーダーとデンジャラスな旅をするくらいなら、ミーと一緒にラヴを語りませんか」

 

「どうせエアル照射でぬっ殺すんでしょ! 死に際にトロロヘアーと愛を語るとかねーわ!!」

 

「ミス桜には、利用価値がインクリースしました。デッドしませんとも。

ミーとしても、可憐なガールをデッドするには、ヘイトですからね。フィルセーフでミス桜を攫うことができますよ」

 

 

私の利用価値? ……まさか澄明の核晶、しいては聖核を探し出す能力なのだろうか。

レイヴンの話では、おとぎ話にしか出てこないほどの幻の品らしいが。

大げさにホッと胸をなでおろすイエガーに対して、ユーリは鋭い眼光を向けた。

 

 

「桜に利用価値……? 元々桜を殺すつもりだったのか!?」

 

「おおコワイです。ミーのスペキレイションですがネ。ミス桜はデッドされません。

セーフしてください。元々ミス桜がノーなら、ベターなデッドはできなったですから」

 

「お前……っ!」

 

 

今にも斬りかからん勢いで、ユーリはイエガーを睨みつける。

イエガーはユーリの怒りの視線を受け流して、私に向かって笑顔を送ってきた。

 

 

「ミス桜。エブリディーウェイトしていマスので、その気になったらコンタクトしてください。

マーダーと違って、ミーはハッピーライフをプロミスしますヨ」

 

「プロミスできるか! そもそも暗殺集団の幸せな人生観が不透明だ! 酒池肉林か! ステルスゲームでリアル暗殺ごっこか!?

 

「ミーがミス桜の耳元にエンドレスでラヴを語ります」

 

「拷問かよ!……って、そっちは!?」

 

 

イエガーは私に営業スマイルを浮かべると、迷うことなく蝙蝠の魔物の群れへと歩いて行った。

まさか1人で群れに立ち向かうつもりか。それだけ彼が強いと言うことなのか。

と思いきや、どこからともなく例の2人の少女がやってきて、イエガーの代わりに魔物を引き付け始めた。

 

 

「イエガー様!」

 

「お助け隊だにょーん!」

 

「ゴーシュ、ドロワット、後は任せましたヨ」

 

「ここは私たちが! 桜は必ずお届けします!」

 

「魔物をやっつけるわん! その後はぁ、桜ちゃん。私たちと来てもらうよん」

 

「渡すかよ」

 

「待ってよ、ユーリ。イエガーに逃げられちゃう!」

 

「イエー、また会いましょう。シーユーネクストタイムね!」

 

 

魔物の群れが少女2人に向かっている間に、イエガーは奥の通路へと姿を消してしまった。

残された2人の少女、ゴーシュとドロワットは片手剣で魔物を引き付けるものの、群れが一体となり、大きな魔物と化す。

ひとつの塊となった魔物の群れは、彼女たちに体当たりを与えて、吹き飛ばしてしまった。

 

 

「きゃあ!?」「きゃん!!」

 

「大丈夫!?」

 

「敵に情けは無用だ、桜! まずは目の前のあれをなんとかしねぇと!」

 

「あれがプテロプスだよ! ナンが言ってた強い魔物さ!」

 

 

カロルが目で指した魔物プテロプスは、ゴーシュとドロワットが動かないとわかると、標的を私たちへと切り替えた。

大きな両翼を広げて、襲い掛かる魔物に、皆は得物を構えて迎え撃つ。

強い魔物ということは、少し前に戦ったハーミットドリル以上なのだろうか。

こういう時にまた戦えれば、少しは皆の役に立てるのに。

無力な自分に苛立つも、そんなに都合よく始祖の隷長がやってくるわけでもなく。

私はただ、皆の活躍を祈っていた。

 

 

 

 

■続く■




カドスの喉笛です。
結論を言いますと、Twitterでエロとか言って申し訳ない! 18禁触れない程度と自分の技術ではここまでです。
後、主人公が戦えるようになったので、ジャンルトップの設定を編集致しました。
ネタばれになるので、これ以上どう表記していいのかわからない。可哀そうな脳みそが辛い。
パティの戦闘描写が楽しい反面、難易度が高すぎます。ただでさえ、戦闘描写も貧相なのに……っ。
今回もいろいろ詰め込み過ぎて、長くなりました。添削か分割しろよと思いましたが、始祖の隷長出るあたりから、テンション上がりまくって、収拾がつかなくなりました。
フェローに会えるのは、いつの日か。

次回は、今度こそカドスの喉笛からの砂漠の街マンタイクまでいければなと思います。
マンタイクからコゴール砂漠へいける自信がないですが、とりあえず、行けるところまで行きます。
それではまた。



瑛慈 翔
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