明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第38話】貴方が貴方らしくあること

思い返してみれば、ガスファロストで再会した頃から桜の様子がおかしかった。

バルボスに攫われた後、連中に何かされたわけではないらしい。

ただ、いつもオレの名を呼んで傍についてきたあいつが、あの頃からか、徐々に距離を置くようになった。

 

 

決定打はダングレストにフェローが現れた時だ。

宿屋の前で突然ぼうっとしたかと思ったら、矢の如くフェローの方へ駆けだして行った。

オレたちを引き離すほどのスピード。加えてオレの腕を振り払うその腕力は、普段のあいつとは比べ物にならないほどだった。

 

 

お前、いつの間に駆けっこが得意になったんだ。

やっとの思いで追いついたってのに、肝心の桜は無反応。その冷たい瞳は、フェローのみ捉えていて、オレたちなんて眼中にないようだった。

結局、オレが抱きかかえた時は元の桜に戻って、百面相してみせたが。あれは何だったんだ。

 

 

桜の異変はここで終わりじゃない。その夜、あいつの中から魔核が見つかった。

ほんの小さなものだが、桜が受けたエアルを吸収しているらしく、無理に取り出そうとすると、桜の命に関わるらしい。

 

 

なんでこんなものが、桜の中から出てくるんだ。

あいつが異世界の人間で、エアルの耐性がないまま、こっちにきた代償だってのか。

キュモールやイエガー、帝国の何者かに狙われ、フェローを前に謎の暴走し、挙句の果てにはこの有様だって……!?

ずっと傍についていたのに、どうしてこいつばかりこんな目に遭うんだ。

 

 

桜のためにオレはできることといえば、傍にいて、襲い掛かる敵を斬るしかない。

法で裁けないなら、オレの手で。

バルボスやラゴウを殺ったように。

 

 

それでも、桜の変化は進んでいくばかりだった。

ヘリオードで兵装魔導器が暴走しかけた時も。

幽霊船で、澄明の核晶を探し当てた時も。

ソーサラーリングで強力な光弾を放った時も。

桜に疑問を抱くが、あいつは自分から話そうとしてはくれない。

皆の前では話せないことなのか。

 

 

オレを信用していないのか。

 

 

柄にもなく、そんなことを考え込んじまう。

ダングレストの時のように、あいつが今にもオレから離れて行きそうで、何をするたび、確かめるように桜に触れ、傍にいるように腕を掴む。

 

 

その度が過ぎちまったんだろう。

ノードポリカで桜から、一旦別れようと言われてしまった。

一時的とは言え、お前から離れるなんて危ないマネができるはずがないだろ。

オレがいない間にお前に何かあったら、また攫われたりしたら、ダングレストの時のように変わってしまったら、誰がお前を守るんだ。

 

 

それでも、あいつはオレから離れていった。

いつも隣りにいたあいつがいない。それだけで、焦燥感と虚無感が気分を犯す。

 

 

本当にオレがいなくても大丈夫なんだろうな。

念のためにラピードを連れて行かせたが、桜が倒れたら対処のしようがない。

やっぱオレが行った方がよくないか。

 

 

そんなこと考えてりゃあ当然、情報収集なんてもんに身が入るわけもない。

ジュディだけじゃなく、カロルからも、戦力外通告をくらったくらいだ。

そんなに気になるなら、会ってきちんと話をしろとまで言われたよ。

 

 

お言葉に甘えて桜の元へ行こうとしたら、エステルに話し合いという妨害を受けたが、「あの星のように、ギルドに恥じない行いをするのです」と、何故か上から目線でギルド名の由来を押し付けてきた。

まあ、エステルなりの気遣いとして受け取っておくか。

 

 

皆の後押しもあって、あいつに会いに宿屋へ行ったところ、泊ってるはずの部屋は散らばった桜の荷物を残したまま、もぬけの殻だった。

桜の身に何か起こったのか。油断した、オレがついているべきだった。

宿屋のマスターに桜の行方を尋ねたら、かなり急いだ様子でラピードを連れて出て行ったらしい。

 

 

道すがら、街の人にあいつの行方を訪ねていくうちに、港の方まで行き着いてしまう。

まさか、レイヴンに騙されて、船で連れ攫われちまったか。

 

 

内心不安と焦りに駆り立てられていると、満天の星空の下、港で海を見つめる桜を見つけて、ようやくオレは安堵した。

……こいつにはリラクゼーション効果でもあんのか。

 

 

最近見せる思い詰めた桜の表情を見て、試しに自分の世界が恋しいかと尋ねてみた。

この話をするのは、ノール港以来か。辛いなら辛いで、吐き出すもの吐き出しちまえばいい。

そんなつもりで投げかけた質問だったが、桜が自身の世界のことを忘れてしまうくらい参っていることに気付かされた。

 

 

仕方ない。こうなりゃあ、することはひとつ。その悩みを一緒に担いでやるだけだ。

オレのことはオレのこと、お前のことはオレのことだろ。

お前が抱えてるもの。あの異常な力の原因の全てをブチかましてしまえ。

 

 

そう言って、あの手この手で事情を聞き出そうとするが、梨のつぶてで、終いにはギルドを抜けるとまで言い出した。

どうしてそうまでして、自分のことをひた隠しにするんだ。

……いいや、桜はただ隠したわけじゃなかった。

 

 

桜がこれまで引き起こしてきた事象は、本人にも理解できていないんだ。

自分の状態を上手く説明できないから、オレたちに黙っていたんだと。

オレは失念していた。

桜が堪え性なのは知っていたが、ここまで1人抱え込んでいたとは、予想外だ。

オレはお前のことを知りたい。知らなければいけないのは事実だが、今問いただしたところで桜に辛い思いをさせるだけだろう。

 

 

だから、桜を安心させるために約束を交わした。

何があっても、お前を傷つけさせはしない。

あいつもフェローに出会えたら、問題の件を説明すると。

桜がこれで少しでも安心できれば、元気で笑顔でいられれば、それだけでいい。

 

 

そして翌日、ラーギィの依頼の元、オレは凛々の明星の代表として、闘技場に出場することになった。

冗談とはいえ、ジュディスからの景品である桜や皆が観ている。

こりゃあ、手ぇ抜いてらんねぇな。気合入れていかねぇと。

……なんて柄にもなく、闘技場のど真ん中で自分を奮い立たせていると、桜の声がして振り返り、そんで後悔した。

 

 

なんでお前の隣にデュークがいんだよ。また桜を狙いでやってきたのか。2人仲良く観戦してやがって何企んでやがる。

お陰でやる気が急激に下がったが、ここでやらなきゃ依頼も面子もおしまいだ。

3連戦も難なくこなし、チャンピオン戦に辿り着いたところで、頭が痛くなった。

……こりゃあ、ラーギィのヤツにハメられたか。

 

 

その相手はなんと、ヘリオードで別れたはずのフレンときたもんだ。

なんでこいつがこんなとこにいる?

とりあえずチャンバラがてら、フレンに事情を聞こうとしても、話せない、桜とエステルを返せの一点張りだ。

 

 

オレたちが得物を打ち合うたびに、湧き上がる声援と盛り上がる会場。

こいつは。落としどころをなくしちまったかという時に、一転して会場が静まり返った。

そして、響き渡る桜の悲鳴、……いや、これはパティが桜にやらかした、あの時の動画だ。

フレンの食い入るよな視線の先、音声の元を辿れば、エステルがケータイをこっちに掲げて、自慢げな顔をしていた。

 

 

おいこら、こんな時にあんな場所で、なんてもん披露しやがる。

などと思った矢先に悪寒が走り、オレは脊髄反射で後方へ下がった。

フレンの鋭い剣の一閃が、オレの鼻先を掠め、額から冷や汗がにじみ出る。……これは本気でキレてんな、こいつ……。

落ち着いて説明を試みるオレを無視して、あいつが闘志を爆発させた。

オーバーリミッツかよ、オレを殺す気か!?

 

 

「彼女に何をした!?」「あの悲鳴は本物か?」「君の胸に彼女がぶつかったが、あれはなんなんだ!?」と怒涛の連続攻撃を仕掛けてくるフレン。

あの距離で動画が観えてたのか。超人かよお前。こちとら、弁解したくても、口をはさむ隙もねぇっての。

 

 

今度こそ収拾がつかなくなったところへ、暗殺者ザギが降って湧いて出た。

左腕は奇怪な魔導器に変わっていて、強力な光弾を放つわ、魔術を吸収するわで梃子摺ったが、桜の指示により、オレがぶっ飛ばして撃退成功。

と思いきや、あいつ見世物用の魔物を解放して、逃げて行きやがった。

場内で暴れまわる魔物を撃破しているうちに、リタの武醒魔導器に様子がおかしくなる。

原因は澄明の核晶なんだが、それが入った紅の小箱がラーギィによって奪われた。

 

 

闘技場の件を問いただすため、盗まれた小箱を取り戻すために、ラーギィが逃げ込んだカドスの喉笛へ向かうオレたち。

さっさと済ませるつもりだったってのに、ラーギィや赤眼の連中に襲われ、オレと桜は崖へ真っ逆さま。

桜が無事でよかったんだが、オレは意識がぼやけていて、怪我もあってか動けやしない。

 

 

そんな中、オレを呼ぶ桜の震える声が聞こえた。

早く起きてやらねぇと、あいつを不安にさせちまう。

だが、身体が言うことをきいちゃくれねぇ。

 

 

朦朧とする意識の中で、何かがオレの唇を塞いだ。

少し苦しかったが、柔らかい感触と鼻をくすぐるいい香りがして、落ち着くとともに甘酸っぱい何かが口いっぱいに広がった。

全てを飲み干すと、それはオレから離れっていく。

 

 

何故か切なく感じて、更に求めてしまった。

まだだ、まだ足りない。もっと……もっと、寄越せ、と。

 

 

オレの切望に応えるように、それは再びオレの口に深く、深く潜り込む。

待ちくれなくて、思わずそれに食いついた。吸い付き、舌を出して、更に求めるようそれに絡ませる。

しかし、それはオレの意に反して、さっと逃げてしまった。

 

 

名残惜しさを感じながら、目をうっすら開くと、ぼやけた視界に桜の顔らしきものが映った。

優しく、オレの名前を呼びかけられ、徐々に視界がはっきりし始める。

桜はどうやら、1人でオレを診ていたようだ。

レモングミを手で砕いて食べさせたと言っていたが、さっきのそれがそうなのか。

何やら様子がおかしいと思って鎌をかけたら、頬を赤らめて全力で否定された。

 

 

桜、まさか、オレにそんなことをしたのか。オレを助けるためだけに。

思わず自分の唇に指を添えてみると、なんとなく感触だけは覚えていて、高揚感と惜しい気持ちに駆られた。

あの時、意識がはっきりしていれば、じっくり堪能できたかもしれないのに、何をぼんやりしていたんだ、オレは。

確かめるように、軽く唇に下を回すと、甘く、酸っぱく、堪らない味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方が貴方らしくあること

 

それでもまた貴方を呼ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カドスの喉笛の最奥部、その薄暗い広間にて、激しい剣撃と魔術の爆発音とともに、魔物の金切り声が響き渡った。

澄明の核晶を盗んだラーギィを追ってやってきたつもりが、こんなことになるなんて。

岩陰に避難した私の目の前で、既に皆と蝙蝠の魔物の集合体プテロプスの激しい戦いは始まっていた。

 

幸い盗まれた澄明の核晶は取り戻せたものの、問題のラーギィこと海凶の爪の首領イエガーはプテロプスがいる向こう側へ消えてしまう。

今すぐ追いかけるべきなんだが、彼を逃がすためにゴーシュとドロワットの2人の少女がこのプテロプスと戦い、敗れた結果、標的がこちらに向いてしまったのだ。

 

魔物に吹き飛ばされた2人の少女も気になるが、今助けに行って、プテロプスのターゲットにされては元も子もない。

 

あんなにカロルが警戒していたのに、結局戦う羽目になってしまうとは

私が見守る中、皆各々の技や魔術で応戦するも、捉えどころのない動きをする相手に案の定、苦戦を強いられていた。

まず攻撃がまともに入らない。武器を斬ったり、殴ったりしても分裂してちょっと掠めるだけ、魔術を放った傍から、一度散って避けられてしまう。

特にレイヴンは矢を射るものの、群れが別れて避けられ、風の魔術を放っても浅く切るだけだった。

 

 

「あれ、風の耐性あるわ、相性悪すぎ。おっさんいじけそう」

 

「頑張れ、おっさん。いるだけマシだ」

 

「野郎の声援はいらないわ。

こんだけ踏ん張ったんだし、もう桜ちゃんと帰っていい?」

 

「帰るなら1人で帰れよ」

 

「1人で帰るなんて寂しーもん。

桜ちゃんと愛の逃避行!なんつったりして、ふひひっ」

 

「おっさんおとりにして総攻撃ってのもありか」

 

「ないってば! お茶目なおっさんの冗談くらい笑って流して!」

 

「流してたら、本気で桜と逃げてたろ」

 

「あらん」

 

 

キャッと両拳を顎に当てるレイヴンに対し、ユーリは魔物を斬りつけながらも、短く吐息をついた。

 

 

「おっさんは後方支援だな」

 

「アイテム係は、桜ちゃんじゃなかったっけ?

おっさんヤだよ。野郎にアーンすんの」

 

「何キモいこと言ってやがんだ。手持ちの技や魔術でなんかあんだろ」

 

「んだけど、おっさんの支援系って、麗しい女性じゃないと効き目ないんだわ。

ジュディスちゃんとか、桜ちゃんとか、桜ちゃんとか、桜ちゃんとかとか」

 

「私ににじり寄るな。イヤでも警戒するだろ。

てか、えらく都合のいい技だな、おい」

 

「おっさんの技だかんね。本能に忠実なのよ」

 

「理性はどこへ忘れてきた、おっさん」

 

「まあまあそう言わずに見てなよ」

 

「な、何?」

 

「桜ちゃん! 愛してるぜ!」

 

「桜!?」

 

 

レイヴンが天に向けて弓を引くと、そこから不思議な光の針が放たれ、私を含む女性陣に命中する。

ユーリが目を見張り、身構える私であったが、それを受けた途端、足の痛みが癒えて活力が漲った。

昔の私ならば、エアル酔いでフラフラになっていただろうが、幸か不幸かある程度耐性がついた今では、いい具合の回復技だ。しかし、いきなり愛だの言われて食らったら、ビビっていまうだろ。

不気味な後方支援技を披露してみせたレイヴンは、私に向かって親指をおっ立てた。

 

 

「って、まあ。こんな感じ」

 

「びっくりさせんな」

 

「けど、君や他の女の子たちも回復したでしょ。

そう! 何を隠そう、俺様の愛を受け止めて……ねっ!」

 

「マジで嫌な技だな!」

 

「何を仰るウサギさん! 俺様のふっかーい愛で! 詠唱なしで複数の女性を一気に回復!

なんて効率的でラヴい御業なんだ? ……俺様、自分が恐ろしいぜ」

 

「おぞましいの間違いだろ」

 

「桜ちゃんが俺様を求めるってんなら、いくらでも俺様の愛が命一杯詰まった矢を放ってみせるからね。

おかわりいる?」

 

「いらんわ!」

 

 

キリリッと決め顔をするおっさんに、私は悪寒が走った。

私たち女性陣が怪我するたびに、おっさんの愛が降り注ぐのか。なんという恐ろしい技なんだ。

その都合が良すぎる技に、ユーリは魔物を迎撃しながらもげんなりした。

 

 

「おっさん、女限定かよ」

 

「野郎にもできないことはないけど。俺様、男を喜ばせても嬉しかないからね。

それとも青年、俺様の愛いる?」

 

「いらねぇよ。せめて、回復だけにしろ」

 

「それはできない相談よ。俺様の力は、この世の女性たちを愛するためにあるんだぜ。

ほら、聞きたまえ! 俺様の御業を受け止めた女性たちの喜びの声を!」

 

「反撃しそうになりました」

 

「下心が透けて見えたわね」

 

「如何わしいのじゃ」

 

「キモいもん寄越すんじゃないわよ!

唱えてた魔術止めちゃったじゃない!!」

 

「リタっちったら、照れちゃってーっ」

 

「先におっさん消すわ」

 

「回復できたんなら、もういいでしょ! 魔物に集中してよぉっ!」

 

 

レイヴンの回復技で不意をつかれたリタが、怒りの矛先をおっさんへ切り替えている間にも、魔物は容赦なく迫ってきて、カロルが悲鳴に近い声を上げた。

カロルの大剣の大振りを散開して避けたプテロプスは、再び集合すると、大きく呼吸をするように胸を広げ、超音波を発して、前衛のユーリたちに襲いかかる。

三半規管をやられたのか、ユーリは頭を抱え、カロルは項垂れ、ジュディスは大きく首を横に振った。

 

 

「ぐぅ……っ!? あああっ!!」

 

「め、目が回る……っ」

 

「クラクラするわ」

 

 

前の3人が攻撃を止めたところへ、プテロプスの影が皆に覆いかぶさる。

 

 

「いけない! 追撃が来る!」

 

「させません! フォトン!」

 

 

私の警告から、間に合わせるようにエステルの光魔術が発動。

しかし、群れは散りじりになって、それを回避すると、そのまま各個で私たちに襲い掛かってきた。

数は10匹、いや11匹なのか、動きが不規則でおちおち数えていられない。もちろんこの数だ、ギャラリーと化していた私の元にも1匹やってきた。

 

 

「桜! 逃げろ!」

 

「こっちこないで、この……っ!」

 

 

ユーリが蝙蝠の群れに梃子摺りながらも、こちらに向かおうとしたが、私も私で足手まといになるまいとソーサラーリングで応戦する。

 

 

「1匹ぐらいなら、なんとかなる! ユーリは戦いに集中して」

 

「そうはいくかよ! 今そっちへ行く。

く……っ! 蝙蝠のくせに統率取れてて面倒だ!」

 

「リーダーだ。きっとこの群れをまとめるリーダーがいるんだよ!

そいつを倒せば、皆バラバラになるはずさ!」

 

「んーっ。とは言っても、どれがどれかわかんないねぇ」

 

「簡単よ! 皆まとめてぶっ飛ばすわ!」

 

「それ皆まとめて死ぬフラグ!」

 

「ユーリたちを信じるのよ!」

 

「まずお前が信じられん!」

 

「大丈夫! ちょっとくらいの魔術で死ぬような連中じゃないわ。

多分、きっと1割、そうね1分程度で生きてるだろうから!」

 

「どんどん生存確率が致命的に!? もう面倒くさいだけだろ!

なんもかんもすっ飛ばして爆破オチ狙うなよ!!

こんな乱戦でおっきな魔術をぶっ放したら、プテロプスごと皆やられちゃう――」

 

「桜!」「桜ちゃん、頭下げて!」

 

「あ!? おっとと……っ!」

 

 

ユーリの声に気付き、レイヴンの言葉に従って、思い切り頭を低くすると、蝙蝠の魔物の牙が頭上を掠めた。

あと少し遅かったら、首が頭をやられていただろう。

肝を冷やしている間にも、蝙蝠の魔物はUターンして、私目掛けて突っ込もうとしたが、レイヴンの矢に頭を射抜かれ、事切れた。

 

 

「ありがとう! レイヴンさん!」

 

「どーいたしましてっ。可愛い女の子を守ったまでのことよ!

というわけで、お礼は桜ちゃんの手厚いマッサージっつーことで」

 

「よし、わかった! スリーパーホールドだな!」

 

「永眠はいらない!」

 

「じゃあ、コブラツイストで!」

 

「おっさんイジメ駄目! 反対!」

 

「思い切って、エルボーね!」

 

「殺しにかかってる!? あのね、ほんのちょっとでいーから、桜ちゃんの愛をちょーだい!

……けどこれ、ハズレみたいねぇ」

 

「ハズレって、魔物のリーダーの?」

 

「ええ。まだ相手はやる気満々よ。……っと、これもハズレだわ」

 

 

ジュディスが向かってくる蝙蝠の魔物を槍で迎撃し、槍で一突きして倒したが、表情はまだ険しい。

 

 

「早くカロルの言っていた魔物のリーダーを倒さないと、またまとまって襲ってこられたら厄介よ」

 

「その前に全員で各個撃破するのじゃ」

 

「相手は蝙蝠の魔物だろ。この暗がりの中、上へ逃げられたら、オレたちじゃ届かねぇよ。

……いや、上? 命令するなら……」

 

 

ユーリは何やら呟きながら、蝙蝠たちの攻撃を刀で防ぐ。

確かに彼の言う通り、天井は高く、真っ暗闇だ。あそこへ逃げられたら、リタの魔術を持ってしても、命中率は低いだろう。

どうにかして、この中からリーダー格を探し出せないか。

リーダーと言うからには、他の個体と違いがあるはず。ステータスか何かで見分けを……そうだ!

パティが以前、ハットミートドリルに使ったというスペクタクルズは使えないだろうか。

 

 

「パティ! 前に言ってたスペクタクルズってアイテム、まだ持ってる?」

 

「さっきユーリに使ったので最後じゃ」

 

「なんでオレ?」

 

「ユーリの弱みを握って、身も心もゲットするのじゃ」

 

「お陰で、皆の反感と不信感ゲットしたな!

なんつう下らないことに、アイテム使ってるんだ!!」

 

「下らんことはないぞ! 聞くが良い! ユーリの弱点は、なんと――ごふ!?」

 

 

パティが声高らかにユーリの弱点を言おうとしたが、彼の手刀によってぶっ倒れた。

そして、何事もなかったかのように、プテロプスに立ち向かうユーリ。

 

 

「パティがやられた! とっとと片付けるぞ!」

 

「やったのはあんただろ!」

 

「自分の手を汚してでも守りたいものがある!」

 

「いらんことに汚すなよ、お手て!」

 

「オレを信じろ」

 

「その信頼がたった今揺らぎまくってるわ!

見ろ! 好きな男に攻撃されても尚恍惚しながら気絶しているパティの健気な姿を!

心傷まないのか、お前!?」

 

「いや、普通に怖いだろ……」

 

「ユーリ、避けて!」

 

 

リタが言うが早いか、ユーリがその場を離れると、元居た場所に大量の水が注ぎこんだ。

スプラッシュか!? こいつら、魔術まで使えるんだ。

この窮地にユーリたちの表情も険しくなる。

 

 

「こりゃあ、とっとと頭を狙うしかねぇな」

 

「ど、どうやって見つけるのさ!?」

 

「一応目途はついてるよ。お偉いさんは高みの見物ってな。

リタ、おっさん! 群れの中で、一番高く飛んでいるヤツを狙え!」

 

「あたしに指図しないで!」

 

「ほいほーい! 了解っと」

 

 

ユーリの指示に従い、群れの中で私たちを見下ろす一匹の魔物を捉えて、リタの火の玉とレイヴンの矢が空を切る。

火の玉を何発か避ける蝙蝠の魔物であったが、最後の数発はよけきれず、羽は燃え上がり、矢が腹に深く突き刺さって、呆気なく地に伏せた。

その魔物が動かなくなるのに気づくや否や、明らかに他の魔物たちが戸惑い、散りじりに動き始める。あれがリーダーの魔物だったようだ。

 

 

「やったね! ユーリ凄い!」

 

「まあな。こんなの軽い軽い」

 

「青年ったら、桜ちゃんの前でドヤ顔しちゃって。

若人はいいわよね。おっさんはどーなのよ。何この扱いの違い」

 

「いい歳した、おっさんが声援くらいでいじけるなよ」

 

「レイヴンさんならやれる! もう少しだ、頑張って!」

 

「でしょ!おっさん、やればできる子だから。

君のためなら、おっさん身を粉にして頑張っちゃうからね!」

 

 

いらんお世話と思いつつレイヴンを応援してみたところ、勢いづいて、華麗に風の魔術を披露してくれた。

豚もおだてりゃなんとやらというが、これでいいのか、おっさん。

その様子を見て、ユーリがあからさまに呆れた。

 

 

「やめろ、桜。おっさんが調子にのるだけだぞ」

 

「調子ついて魔物が減らしてくれるなら軽いもんでしょ」

 

「そうは言うけどな……」

 

「愛してるよ! 桜ちゃん! やっぱり俺様のすんばらしさを理解してくれんのは、君だけね。

これは俺様も大人として、君の愛にきちんと応えなきゃな。今夜は寝かせないぜ……っ!」

 

「とか、言ってるんだが、シメていいよな。のしていいよな。

はずみでぶった斬るかもしんねぇけど、お前の安息のためなんだからいいよな?」

 

「ユーリさんが殺る気におなりに」

 

「いいんじゃないの。桜のひと声でおじさまが魔物掃除してくれるのなら。

使い捨てでいいのよね」

 

「さりげに物騒なこと言わないで、ジュディス」

 

「ユーリ。貴方も怠けていないで、魔物を一掃しないと、おじさまに良い所もってかれてしまうわよ」

 

「ハッ! いいトコ取りは、オレの専売特許だ」

 

 

ユーリはジュディスの忠告を鼻で笑うと、手近にいた魔物を斬り捨てた。

こうなれば、後は簡単なものだ。統率を失った魔物たちが逃げる傍から、皆がモグラたたきのように撃破していく。

ユーリが最後の一匹を倒したところで、私とエステルが身を起こしたゴーシュとドロワットの元へ駆けつけた。

 

 

「待ってて、今グミを出すから」

 

「はい。では、わたしはこちらの方に治癒術を……」

 

「……敵の施しは受けない」

 

「あ、動かないでください。刺しますよ」

 

「刺すなよ」

 

「大丈夫です。ちょっとチクッと動けなくするたけなので」

 

「それ止めって言うんだよ!」

 

「間違って、攻撃魔術を発動したらどうするのです?」

 

「どうするもこうするも回復しかねーだろ!?

そんな容易く間違えるもんなのか、危ねーな、エステルの魔術!?

この2人助ける気ないのか、お前!!」

 

「わたしが永遠を与えてみせます」

 

「殺す気なのね、止めて!

……こっちのアイテム残り少ないんだから、エステルの魔術あてにしてるってのに。

ごめん、アップルグミくらいしかないけれど」

 

「そんなに、気安く私たちに近づいていいのか……」

 

「私たちは、桜ちゃんを攫いきたみょん……」

 

「とは言っても、はいそうですかって放ってはおけないでしょう。後味の悪い」

 

「桜。代われ。こいつらには、聞きたいことがあんだよ」

 

「ユーリ」

 

 

魔物を片してきたユーリは私と入れ替わる形で、2人の少女に向き直った。

ユーリとはいえ、流石に傷ついた女の子に手を挙げることはしないだろう……と、思う。

膝まづきながらも、キッと睨み上げる少女たちに対して、彼は剥き出しになった刀を収めた。

 

 

「オレが言いたいことはわかってるな?」

 

「誰が話すものか」

 

「桜ちゃんのことは秘密だもん」

 

「それって、イエガーだけでなく貴方たちも私のことを知っているって意味だよね」

 

「失言だったな」

 

 

ユーリにツッコまれた2人は、少しの沈黙の後、ゆっくり口を開いた。

 

 

「……桜、お前の居場所はそこではない」

 

「……こいつらといたら、絶対後悔するよん」

 

「どういう意味なの?」

 

「オレたちと一緒だと後悔するだ? 大きく出たもんだな」

 

「いつまでも夢の中にいたいのなら、私たちと来るがいい」

 

「始祖の隷長に会っても、いいことないみょん」

 

「始祖の隷長です?」

 

「ベリウスのことなのか?」

 

「なんで……?」

 

 

片方の少女から、思わぬ発言が出て、エステルとユーリが首を傾げ、私に動揺が走った。

フェローに会いに行くとは度々話していたが、始祖の隷長に会うとは公にしていないはず。

もしかして、トリム港でジュディスとの会話を聞かれたか。

戸惑う私たちの一瞬の隙をついて、少女たちは煙幕を作り出した。

 

 

「撤退する……」

 

「バイバイだよぉ……」

 

「ちょっと、なんで会っちゃまずいの!?」

 

「追うな、桜! ラーギィの時と同じ手口だ!」

 

「く、臭いです……っ!」

 

「ク~ン」

 

「この臭いじゃ、ワンコも追えないってか」

 

「匂いさえ我慢すれば、通れるのじゃ」

 

 

私たちが鼻を塞ぐ中、パティだけがずんずん奥へ進んでいく。

しばらくして、煙幕が消える頃には、2人の少女の姿はいなくなっていた。

残された私たち、特にユーリは厳しい表情だ。

 

 

「取り逃がしちまったな。嫌なセリフ残していきやがって……」

 

「あながち、間違ってはいないのかも……」

 

 

少女たちの言う通り、始祖の隷長に会えば、私の正体は明らかになるだろう。

そうなったら、今のようには行かない。おそらく、皆は……。

いやいや、彼とは約束があるんだ。ユーリならきっと、悪いようにはしないはず。

そう決めつけて、強張る私の肩を彼は優しく叩いてきた。

 

 

「あんま思い詰めるなよ。ああいうのは、適当に流しときゃいいんだ」

 

「私は大丈夫」

 

「大丈夫っぽくないんだけど」

 

「私はいいの。それよりパティ、1人で行っちゃったけど平気かな」

 

「それこそ放っておいていいだろ。あいつなら大丈夫だ」

 

「ユーリ。パティには放任主義だよね」

 

「オレにはお前やギルドがあるからな。

特にお前は1人ほっぽっとくと、誰に何されるかわかったもんじゃねぇし」

 

「ですよね」

 

 

ユーリに痛いところを突かれて、私は今の状況を甘んじて受け入れた。

いろんな連中に狙われている私と自由なパティを比べてはいけない。

ユーリには迷惑かけてばかりだなと思っていると、エステルがポンと手を叩いた。

 

 

「パティと言えば、ユーリの弱点はなんだったのでしょうか」

 

「オレに弱点なんかねぇよ」

 

「まさか桜を惑わしているその胸元です?」

 

「どこ見てんだ。本気で惑わしてると思ってたのか、エステル」

 

「後学のために知る必要があるのです」

 

「なんの後に役立つんだよ」

 

「もちろん、ユーリを倒すためです。

これは直接聞き出した方がが早いですね」

 

「おいちょっと待て」

 

 

ユーリの弱点を探るため、エステルがパティを追いかけ、私たちも慌てて彼女に続いた。

洞窟を進んでいくうちに進行方向から、熱風が肌を撫でる。

まるで真夏の真昼間、クーラーの効いた部屋から、炎天下の道路にでたような感覚だ。

前の方をよくよく見ると、洞窟の出口なのだろうか、強い日の光が私たちの目を掠る。

リタはそれを避けるように片手を盾にして、うだるように息を吐いた。

 

 

「う、熱い……っ。何、この熱気」

 

「洞窟で山脈を通り抜けてきたのじゃ」

 

「パティ。山脈通り抜けたって、コゴール砂漠にきちゃったの」

 

「きちゃったねーっ。コゴール砂漠。はーっ、風があったかい。ここは底冷えしていかんのよ」

 

「あのフェローがいるってところだな。やっぱ行くのか、桜」

 

「ユーリとの約束もあるしね」

 

「約束です?」

 

「秘密だよな」

 

「秘密にするの?」

 

「その方が勝手が良いだろ。うちには怪しいおっさんもいるしな」

 

「なんなの、その桜ちゃんとの秘密なんて甘美な響きは……? 羨まし過ぎか青年。

けしからん! 護衛対象として、女の子の隠し事なんつーもの、おっさんは見過ごせないわよ!」

 

「では、ユーリの弱点をついて、無理矢理にでも聞き出します。パティ」

 

「秘密なのじゃ」

 

 

さきほどまでの自信たっぷりの態度はどこへやら、パティはエステルの振りをつっけんどんに返した。

 

 

「ユーリの弱点は、うちとユーリだけの秘密なのじゃ」

 

「仲間として聞いといた方が良いんじゃないの。ユーリが主力なんだから」

 

「ならば、ユーリに聞いてみるといいのじゃ」

 

「ユーリ」

 

「パティのアイテム壊れてたんじゃねぇか。

ありゃあ、相手のステータスと属性耐性と属性弱点みるもんだぞ」

 

「とか言ってるけど」

 

「うちの愛の力で、ユーリを隈なく調べつくしたのじゃ。

身長180センチで、好物は甘いものとマーボーカレー。好みのタイプは――むぐぐっ」

 

「人の個人情報をホイホイ垂れ流すなよ。どんな使い方したら、んな情報引き出せるんだ。

ていうか、口塞がれて頬を赤らめんなよ……」

 

「ユーリ」

 

「イエガーたちにも逃げられちまったし、ここは当初のエステルの依頼通り、このままコゴール砂漠へ行くか」

 

「ユーリってば」

 

「秘密だ」

 

「ひ、卑怯な」

 

 

イケメンが人差し指を口元に当てて、秘密なんて言われたら、聞き出せないじゃないか。あざといぞ、ユーリ・ローウェル。

一方今にも暑さにやられそうなリタは、険しい表情で私たちに再度確認してきた。

 

 

「ホントに砂漠に行く気なの? 死ぬわよ? なめてるの? 特にエステルと桜なんて一瞬でダウンよ」

 

「わかっている、つもりです……」

 

「もちろん、侮ってはいない」

 

「侮ってるでしょ」

 

「睨まないでよ、リタさん。

近くに街や村があれば、砂漠を通る方法とは調べられると思うんだけどな……。

カロル、聞いたことはない?」

 

「ボクもここまで来たことはないから、わかんないな。

けど、桜はギルドメンバーの1人だし、エステルは護衛対象だから、砂漠に行くならついて行くよ。

ね、ユーリ」

 

「ああ。元より、そのつもりだからな。

桜の言う通り、途中で人が集まりそうな場所がありゃあいいんだが」

 

「街ならあるわよ」

 

 

と、これはジュディス。そういえば、コゴール砂漠で彼女のお友達がフェローを見たと言っていたが。

彼女は皆の視線を一身に受けるも、例の如く気にせず淡々と続けた。

 

 

「砂漠は3つの地域に分かれているの。

砂漠西側の狭い地域が山麗部、もっとも暑さが過酷な中央部、東部の巨山部。

山麗部と中央部の中間地点に、オアシスの街があるわ」

 

「詳しいのね。あんた」

 

「前にお友達と行ったことがあるの。水場の傍に栄えた、とても素敵な街よ」

 

「込み入った話はそこでしようってことか?」

 

 

ユーリの問いに、ジュディスは微笑で返した。

このまま砂漠へ突入するのはどうかと思っていたところだ、街があるとは助かる。

ただ詳しい話をするとなると、事情は変わってしまう。

私の気持ちを汲んだユーリが「悪ぃが……」と、話を続けた。

 

 

「桜の話はなしってことで頼むわ」

 

「桜ちゃんが、フェローに会うまで、説明できないっつってたヤツよね。

青年と桜ちゃんの秘密の約束が関係してるわけだ」

 

「まあ、そうなるな」

 

「ねえ、桜ちゃん。ちびーっとでも、教えてくれてもいいんでない?

エアルの湖に足突っ込んだり、魔物とおしゃべりしたり、ただの豪胆じゃすまないわよ。

おっさん、すごーく肝冷やしたんだから……」

 

「それについてはゴメン。今話したところで、事態がややこしくなるだけなのよ」

 

「ややこしくなったらなったで、その時考えればいいでしょ。

あたし差し置いて、2人こそこそやってんじゃないわよ。

手遅れになる前に、説明できることは全部吐き出しなさい」

 

「おっさんも力になれるかもしんないよ」

 

「リタさんもレイヴンさんもありがとう。でも、私の覚悟の問題でもあるの。

確証がないまま、ベラベラ話したくない」

 

「桜が話したくないのなら構いません」

 

 

皆が私に詰め寄る中で、エステルだけは受け入れてくれた。

私のことなら、是が非でも聞き出す暴走皇女だと思ったのに、退いてくれるとは。

想定外の出来事に驚く私に対して、彼女は意を決したように胸の前できゅっと拳を握りしめた。

 

 

「しかし、ユーリは駄目です」

 

「やっぱりか」

 

「やっぱりなのです。

秘密の約束というのが怪しいです。激しく怪しいのです……っ!」

 

「それが秘密ってもんでしょう」

 

「ユーリに弱みを握られているのでしたら、遠慮なく言って下さい。

フレンと一緒に、ユーリを粉微塵に成敗します」

 

「するなよ」

 

「やはり、人いな言えない辱めをされたのです!?」

 

「辱めって何だよ!?」

 

「それこそ言えません」

 

「お願い言って!」

 

「仕方ありません。フレン召喚します」

 

「脅し文句だろ! 何が仕方ないだ! 困った先から最終兵器説教魔神呼び起こすの止めて!

そ、それより、パティは? アイフリードのお宝探すんだよね。こんなところまできて、ホントにあるの?」

 

「あるぞ。うちのサメより鋭い嗅覚がそう言っておるのじゃ」

 

 

エステルが明後日の方向へ暴走しかけたので、咄嗟にパティに話を振った。

彼女は大きく首を縦に振ると、無意味に胸を張り、ピシィッとあらぬ方向へ指を指す。

 

 

「聞いて驚け! うちが探しているのは、アイフリードのお宝の中でもっとも貴重なもの、麗しの星なのじゃ!」

 

「ユーリ、知ってる?」

 

「知らねぇな」

 

「レイヴンさんは?」

 

「こーいうのは、嬢ちゃんの方が詳しいんでない?」

 

「すみません。わたしも聞いたことがありません」

 

「……ホントにあるの? その麗しの星って」

 

「宝とは、簡単に見つからんから宝というのじゃ」

 

「ノール港にも、大森林にも、トリム港にも、ここにもなかったよね。何か特徴とかないの?」

 

「わからんのじゃ。記憶がないからの」

 

「記憶が……ない?」

 

「言っとらんかったか。うちは記憶喪失なのじゃ」

 

 

パティがさらりと吐いた爆弾発言に、皆シンと静まり返った。

 

 

「……初耳なんですけど」

 

「しかし、事実なのじゃ」

 

「じゃ、じゃあ、ノードポリカで話してた、アイフリードの孫って嘘なんだ」

 

「嘘ではいのじゃ!」

 

「何よ、アイフリードの孫なの、パティちゃん?

盟友に孫がいたって知ったら、ドン、どんな顔するかねぇ」

 

「多分……きっとそうなのじゃ」

 

「行動だけならともかく。言葉までふらふらしてんじゃないわよ。あんたらしくもない」

 

「記憶喪失も、アイフリードの孫のことも、ユーリのお嫁さんになるのも、全ては麗しの星が握ってるのじゃ」

 

「3つ目は余計だろ」

 

「ユーリの嫁になるには、まず自分の問題を片付けなければならんのじゃ。のう、桜の姉御」

 

「なんで私に振るんだ……」

 

 

パティにじろりと睨まれて、私は後ずさりした。

問題って、もしかして別人格やエアルに弱いことか。彼女にはもろに両方とも見られている。

そんなパティは戸惑う私を指さして、こう宣戦布告した。

 

 

「こうなったら、うちが記憶を取り戻してユーリと結ばれるか、桜の姉御が自分の問題が片付けてフレンと結ばれるか。どっちが早いか勝負なのじゃ!」

 

「それいいですね!」

 

「よくねーよ!」

 

「頑張って問題というのを片付けましょう! 大丈夫です、わたしも協力します!」

 

「いらないよ!」

 

「フレンと一緒になりたくないのです?」

 

「なるわけねーでしょ! フレンさんの気持ちはどこへいったと何度言わせるんだよ!?

そこまで自信たっぷりに言ってのけるってのなら、もちろんフレンさんの言質とったんだよな!?」

 

「フレンなど、桜の魅力でイチコロです」

 

「私が羞恥心でイチコロだよ! 何を根拠に言い切れるんだよ、説得力ないわ!」

 

「魅力なら、色仕掛けの写真があります!」

 

「激怒してただろ! また再加熱させる気か! 私が恥死ぬわ!

なんだよ、まだフレンさんの意思確認してないじゃないの!

――いや、しなくていい! しなくていいから!!」

 

「ホント隙あらば、アホ騎士絡ませてくるわね、エステル」

 

「勝てば他人のもの。負ければ自分が。これは複雑ね貴方」

 

「パティの挑発を真に受けるなよ……」

 

 

尚もエステルのフレン推しに対抗していると、ユーリが嘆息をついた。

エステルもパティも無駄に行動力があるんだ、油断はできない。

私が静かに警戒している中、レイヴンが身体を擦りながら、出口の方へ近づいた。

 

 

「そろそろオアシスの街に行かない?

おっさん、冷え過ぎて、腰にきそうなんだけど……っ」

 

「そうだな。まずはジュディの話してた街に行ってみるか」

 

「パティもついてくる? その街に麗しの星の手がかりがあるかはわからないけど」

 

「もちろんついて行くのじゃ、カロル。街があるということは、そこに人が住んどる。

それはことごとく手がかりがあるということじゃ!」

 

「そうね。ノードポリカと比べて少ないけれど、人は普通に暮らしているわ」

 

 

パティは元気に頷くと、ジュディスは街の情報を伝えた。

砂漠の近くに街があるのなら、きっと砂漠を渡る手立ても得られるはず。

皆街へ行く気満々なのに、ただ1人、難しい顔をした魔導少女がいた。

 

 

「どいつもこいつも気楽なものね」

 

「まあ否定しねぇよ。だからって皆を説得すんのは難しそうだがな」

 

「向こうについてから、砂漠がどんなに危険か現実を突きつけてやるわ」

 

「あながちやることは、私たちと変わりないですよ。リタさん」

 

「あたしはあんたとエステルを止める決定打を探しに行くの」

 

「とは言っても、私がこれから旅を続けるには、フェローは避けて通れないわけで」

 

「喋る魔物の吐いたセリフなんて忘れちゃえばいいでしょ」

 

「そうも言っていられない状況なんだよ。

私には、わからないことが多過ぎるから」

 

「なんでよ。あんたについては、あたしがついてるから、砂漠なんて死にに行くような場所へは――」

 

「はいはい。お喋りはあったかい街でしようねーっ」

 

「何すんのよ、おっさん!」

 

「ちょっとレイヴンさん、押さないで」

 

「ここでいつまでも立ち話しても、しゃーないでしょーよ。ほれほれ、先へ行く」

 

 

リタと口論していると、レイヴンが私たちの背中をぐいぐい押してきた。

結局、話し合いは打ち切られて、私たちは洞窟から脱出。

暗がりの中から出て、まず私たちを迎えたのは、刺すような日差しと照り返す砂、砂、砂……。

時折、思い出したようにサボテンが生えている街道を道なりに進んでいくと、ひとつの街に辿り着く。

 

 

 

 

 

大きな湖に寄り添うように存在する街マンタイクは、私たちを乾いた熱風でもてなしてくれた。

立ち並ぶレンガ式の家の屋根は平べったく、雨が降らないことを意味していおり、日よけにもなりはしない。

この暑い日差しを遮ってくれるのは、街のところどころに生えているヤシの木ぐらいだろうか。

ジュディスが話していた通り、ノードポリカほど人が大勢いるわけではないが……。

 

 

「街の人が少ない。と言うか、いない?」

 

「代わりに騎士がいっぱいいるよ。なんだか街全体がピリピリしてるって感じ」

 

「なんでもいいわよ。せっかく街にきたっていうのに、ここも暑いなんて……」

 

「おかしいわね。前に来た時には、こんな物騒な人たちはいなかったわ」

 

 

ジュディスが首を傾げていると、パティが踵を返して背を向けた。

 

 

「では、うちはここで失礼するのじゃ」

 

「パティ。もう行っちゃうの?」

 

「なんじゃ。うちがいないと寂しいのか?」

 

「ま。いてくれて賑やかだったけど。

パティちゃんには、パティちゃんの事情があるのよねーっ」

 

「そういうことなのじゃ。ではな!」

 

「ああ。気をつけてな」

 

 

皆に見送られて、手を振って去ろうとするパティであったが、何かを思い出したように私の元までやってきた。

 

 

「ああ、そうじゃった、そうじゃった。……桜の姉御」

 

「何? 耳打ちするなんて」

 

「……大切なことを言い忘れていたのじゃ」

 

「大切な事?」

 

「……ユーリのことなのじゃ、とーっても大切なことなのじゃ。

うちは見てしまったのじゃ」

 

「見たって、何を?」

 

「……絶対にユーリを心配させるでないぞ。

怪我とか病気とか、ましては攫われるなんてもってのほかじゃ」

 

「は?」

 

「くれぐれも危ないことはせんことじゃ。また会おう、なのじゃ!」

 

 

パティは言うだけのことを言っていくと、スタコラとどこかへ行ってしまった。

ユーリのことで、私が何だと言うんだ。

尋ねたくても、彼女は行ってしまって、意味もわからず固まっていると、そのユーリが私に尋ねてきた。

 

 

「パティに何か気になるようなこと言われたのか?」

 

「さあ? わかんない。ユーリに心配かけさせるなって」 

 

「あいつなりの忠告か? 気遣いか?」

 

「パティ、ユーリの何を見たんだ……」

 

「……。大したもんしゃないだろ。

ま。ここは一旦自由行動にするか。夜になったら、宿屋に集合な」

 

「賛成。この暑さは駄目だわ。休まないとやってらんない」

 

「カドスの喉笛じゃあ、連戦だったもんね」

 

「また夜、宿屋でね。皆」

 

「はい。解散しましょう」

 

「――じゃあ、私も一時退散ってことで……」

 

「桜は、オレと一緒な」

 

 

皆がそれぞれ思い思いに街へ繰り出し、私も足並み揃えたところ、ラピードを撫でていたユーリに止められてしまった。何故だ。

 

 

「自由行動でしょ」

 

「言ったろ。お前1人ほっぽってたら、誰に何されるかわからないってな」

 

「青年も気を遣って大変やね」

 

「皆、ちっと考える時間が必要だろ」

 

「私も物思いにふけたい時間が必要なのよ」

 

「お前の場合は、考えが袋小路になって悪化するだけだろ。

それにこんな人気の少ない街ん中、どうやって1人で宿屋に辿り着けるんだ」

 

 

ユーリに指摘されて、私は周囲を見回した。

ところどころに看板や立て札があるが、全てテルカ・リュミレースの文字で刻まれていて、読めやしない。

ぐも言えないでいると、レイヴンがあっさり私の気持ちを弁解にした。

 

 

「桜ちゃん。文字が読めないんでしょ。いじめちゃ駄目だわ、青年」

 

「読めないって……?」

 

「俺がベリウスへの手紙を寄越した時の反応や、このノートの不思議な文字見てれば、なんとなーく想像がつくわよ」

 

 

懐から地理のノートを取り出すレイヴンに指摘されて、私はしどろもどろになった。

こんなことでバレるなんて。いや、今まで誤魔化し切れたのが偶然なのか。

言葉に詰まる私に、空かさずユーリのフォローが入った。

 

 

「おっさんも知ってるだろ。桜はいきなりシャイコスの参考人として、無理矢理こっちに連れて来られたんだ。

おまけに毎回代わる代わる誰かさんに狙われる日々ときた。

文字を学ぶ暇なんざねぇだろ」

 

「そんで、青年が始終傍にいて、あれこれ世話焼いてたってワケね。桜ちゃん」

 

「そ、そうそう」

 

「んなら、おっさんが文字を教えてあげよっか。

手取り足取り懇切丁寧に! たった3日で現代文字を習得可能! これぞ素敵なおじさま家庭教師! 俺様がみーっちり仕込んであげるよ」

 

「どうせ、タダじゃないんでしょ」

 

「とーぜんさね。俺様がここの文字を教える代わりに、桜ちゃんの国の文字を教えてもらう。

ケースバイケースで、やりがいがあるんでない?」

 

「私の国のって、まさか、レイヴンさん。そのノートを解読する気じゃないでしょうね」

 

「そのまさかよ。俺様の頭脳をもってしても読めなかったのよ。一体どこの国出身なの?」

 

「遠い国よ」

 

「またまた~っ。調べれば、出てくるかもしんないよ。青年は知ってるんだよね」

 

「遠い国だ」

 

「これも秘密なの? 2人してずっこいわ~っ! おっさんも仲間に入れてよ。

ここまで苦楽を共にしてきたんだから、いい加減信用してくれてもいいでしょ。ケチーっ」

 

 

私とユーリが口を揃えて誤魔化したところ、レイヴンが年甲斐にもなく不貞腐れた。

とは言え、彼が言うことも一利ある。

テルカ・リュミレースの識字率は知れないが、文字を知っておくことに越したことはない。

 

 

「この際だから、ユーリが文字の読み書き教えてよ」

 

「オレがか? 別に構わないけど、教えてもらうならエステルの方が上手いだろ」

 

「フレンさん推しのエステルだぞ。

教わったが最後、ラブレターと言う名の怪文書が出来上がる」

 

「ラブレターで怪文書ってな……」

 

「リタさんやジュディス、カロルも考えたけど、私のことをよく知っているユーリが一番だと思って」

 

「まあ、そうなるか」

 

「青年はやめときなよ、桜ちゃん。武醒魔導器もってながら、バリバリ前衛じゃん。

魔術どころか、座学なんて大っ嫌いなタイプでしょ、これ」

 

「舐めんな、おっさん。文字を教えるくらい、どうってことねぇよ。

それに桜んとこの文字も、念のために覚えておいた方がいいしな」

 

「やってくれるの? やった!」

 

「勉強熱心なヤツだな。オレの腕を見込んでくれてんのか」

 

「ユーリこそ大丈夫なの?

あっちの言葉は、ひらがなとカタカナと漢字の3種類もあるのに。

しかも、漢字には訓読みと音読みがあって――」

 

「だんだん頭が痛くなって来たぞ……」

 

「やっぱ俺にしといた方がよくない?」

 

「ユーリ。ファイト!」

 

「お前も覚悟しとけよ」

 

 

頭を抱えるユーリにガッツを送ると、人差し指でおでこを突かれた。

文字の説明をしただけでこれでは、日本語を教える私の方も一筋縄では行かないようである。

一抹の不安を抱きながらも、私たちは道具屋に置いてあった絵本とアイテムを補充し、宿屋へ向かった。

 

 

 

 

 

街唯一の宿屋の室内はかなり涼しく、大きな一室に人数分のベットが並んでいる質素な設計だ。

ここでで夜は寝泊まりするんだ。今日こそは眠れるといいな。

そう願いながら部屋を見回していると、リタが地べたに座って、紅の小箱をじっと睨んでいた。

 

 

「リタさん。何してるの?」

 

「ちょっと澄明の核晶のことをね」

 

「鍵がなけりゃ、開かないだろ。本当にヨームゲンへ返しにいくつもりか」

 

「行くわよ。何?」

 

「簡単に言ってくれるな」

 

「リタっち。それ聖核なんでしょ。もったいなくない?」

 

「もったいないも何も、開かなきゃ意味ないわ。

魔術も物理も駄目だったんだから、正攻法しかないでしょ」

 

「試したんだ……。中身ふっ飛んだらとーすんの」

 

「ぶっ飛んだなら、ぶっ飛んだで、それほどのものじゃなかったってことよ」

 

「その価値観がぶっ飛んでるよ」

 

「柔い方が悪いの」

 

「世紀末覇王か、貴様は」

 

「桜。あんたは感じたんでしょ。エアルの流れっていうの。

もうこれは、エステルにお願いされたからの問題じゃない。

ヨームゲンに行って、この箱開けさせて、調べさせてもらわないと……。でも」

 

 

意気込むリタであったが、私の顔を見て表情を曇らせた。

 

 

「あんた、本気で砂漠へ行くつもり?」

 

「行くよ。でないと、私が先へ進めない」

 

「あたしがついてるのに、そのフェローに会わないといけないことなの?」

 

「ごめん。リタさん。危ないのはわかってるから」

 

「わかってないから言ってるんじゃない」

 

「リタさんはここに残ってもいい」

 

「は?」

 

「私を調べるために、わざわざ砂漠まで付き合う必要はないよ。

私は私で何とかするから」

 

「残っていいわけないでしょ。……やっぱり、2人とも放っておけないわ!

あんたのことなら余計よ!」

 

「リタ。落ち着け」

 

「これが落ち着けるか! ……ああ、もう! 放っておければいいはず、けど、なんで?

今までなら、そうしてきたのに……」

 

「こりゃあ、かなり参ってるわね。リタっち」

 

「……あたしは平気。

あんたたちこそ、犬はともかく、男が2人して、何桜の両脇に突っ立ってんのよ」

 

 

言われてみれば、女の子が美青年とおっさんとワンコ引き連れて歩く姿は、ちょっと目を引くかもしれない。

私は先ほど購入した絵本を取り出し、宿屋に来る前の通り、ここの文字を学ぶ旨をリタに教えた。

 

 

「……なワケで、ユーリと文字の教え合いっこすることになったの」

 

「なんであたしが入ってないのよ」

 

「リタさんは忙しいと思って」

 

「あたしが入ってないのはおかしいわ」

 

「いやでも、魔導器専門でしょう?」

 

「あたしが入って当然じゃない」

 

 

ぐいぐい寄ってくるリタに、私は堪らず絵本を盾に引き下がった。

リタのことだから「文字くらいで、なんであたしが」とか言うと思ったんだが。

当の私が彼女に迫られて困っているのに、レイヴンとユーリは微笑ましいとばかりに、見守っていた。

 

 

「魔導少女ったら、すごい食いつきっぷりねーっ」

 

「仲間に入れて欲しけりゃ、そう言やいいだろ」

 

「うっさいわね。野郎どもはさっさと砂漠の情報収集でもして絶望するといいわ。

その間、あたしが桜の教鞭とってあげる」

 

「せこいわリタっち。同性を武器にするなんて卑怯よ。

おっさんだって、教える名目で、桜ちゃんと肩と肩は触れて、あ……っ、という感じのイチャコララヴしたいんだから」

 

「失せろ。おっさん」

 

 

レイヴンが夢心地にあり得ない空想を語ったところで、リタのドスの効いたツッコみが入った。

おっさんの妄想はともかく、私たちはここに砂漠へ行くための準備をしに来たはず。

ユーリも同じことを考えていたのか、私と目が合うなり、小さく肩を竦めた。

 

 

「情報を集めてこなきゃならねぇのは違いないか……。

桜。オレら、ちっとばかし街中を周ってくるから、リタと仲良くしてるんだぞ」

 

「俺様を巻き込まないで」

 

「ユーリ、行っちゃうんだ」

 

「なんだ。寂しいのか」

 

「いや、上手い事勉強から逃げようとしてんじゃないかと思って」

 

「帰ってきたら、ちゃんと面倒見てやるよ。おら、おっさん行くぞ」

 

「青年ったら、人使いが荒いったら、もーっ」

 

「ここまで付き合わせたのは、悪いと思ってるよ」

 

「素直に謝られると逆に気持ち悪いわ……。

桜ちゃん、おっさんも後でよろしゅうね」

 

 

ユーリとレイヴンは私たちに手を振ると、ラピードをつれて宿屋を去って行ってしまった。

2人きりとなった私たちは、早速こちらの文字の勉強になったんだが、最初はこちらの文字の書き方の練習だ。

リタがペンでじっくり丁寧に一通りの文字を羅列し、私はそれを見ながら適当なノートを広げて、シャーペンで何度も複写した。

 

 

「なんか似たような文字が多くて、ゲシュタルト崩壊起こしそうだよ」

 

「全部で46文字しかないんだから。あんたのとこと比べれば、簡単なものでしょ」

 

「小学校の漢字の練習みたい。腕が疲れる」

 

「ぶつくさ言わない。ユーリたちが帰ってきたら、あんたの番なんだからね。

後、こことここの文字が逆になってるわ。やりなおし」

 

「ちょっと歪んでるだけじゃないの」

 

「駄目ったら駄目。あたしが教えるからには、完璧にマスターしてもらわないと、あたしの面子が立たないわ。

あたしのために、努力しなさい」

 

「ええ……っ?」

 

「そして、あんたの文字を一番に覚えるのもあたしよ。徹底しなさい」

 

 

テーブルを挟んで胸を張るリタに、私は気後れしそうになった。

覚える方は何とかなるにしても、教える方はだんだん自信がなくなってきたぞ。

そうやって初等の練習を終えたころに、ユーリたちが戻ってきて、今度は私が教える番となった。

私、リタ、ユーリとついでにレイヴンがテーブルを囲んで、ペンをとる。

 

 

「おっさんも習うんだ」

 

「除け者しちゃ泣いちゃうわよ」

 

「1人で泣いてろ」

 

「ねえ、桜ちゃん。青年ったらひどいんだよ。

おっさん、はじき者にしていじめるんだーっ」

 

「まずは桜のノート返してからほざけよ」

 

「俺様が全力で、桜ちゃんの温もりが刻まれたノートを解読すんの。

桜ちゃんとの絆を引き裂こうなんて、そうはいかないわ」

 

「あのな、おっさん」

 

「別にいいよ。それくらい」

 

「……まずくないか」

 

「……いいの。きっと、読めないだろうし」

 

 

隣のユーリがこっそり聞いてきたので、心配無用だと頷いた。

ほんの少し日本語をかじったところで、漢字てんこ盛りのノートを解読できるはずがない。

私はレイヴンの好機の視線に構わす、ひらがなを五十音順に書き始めた。

 

 

「とりあえず、初めは一番簡単なひらがなからいきましょうか。

あ、い、う、え、お。か、き、く、け、こ。さ、し……」

 

「ちびッと待って、桜ちゃん。初めっからお願い」

 

「え……? えと、これが"あ"で、これが"い"で」

 

「続けて読んで」

 

「"あい"?」

 

「イイ!」

 

「桜を使って遊ぶな、おっさん。シメるぞ」

 

「ふむ……。こっちに比べて、桜の文字の形が少し複雑ね。これに加えて、カタカナとかカンジってのもあるんでしょ」

 

「そうだね。あ、ユーリ、字を略さない」

 

「見分けがつけばいいだろ」

 

「それじゃあ、"し"じゃなくて、数字の1だよ。……あ。数字も教えないと」

 

 

頭が痛くなりながらも、私はひらがなを音読してみせた。

一通り眺める皆のうち、ユーリが手を挙げる。

 

 

「桜の名前はどう書くんだ?」

 

「私のはこう」

 

 

ユーリに聞かれたので、さらさらとひらがなで名前を書いてみる。

彼は見様見真似で、それを書き写した。

 

 

「こうだな? こっちが名前で、これが性か」

 

「そうそう。上手上手。ついでにユーリの名前がこう」

 

「へぇ……」

 

 

私がユーリの名前をフルネームで描いて見せると、彼はそれを指でなぞった。

ゆーり・ろーうぇる。

ひらがなで名前を書くと、ある意味破壊力があるな。

教えてる手前、ちょっと恥ずかしくなっていると、レイヴンが自分を指さして、身を乗り出しきた。

 

 

「おっさんは? おっさんは?」

 

「レイヴンさんはこう書くの」

 

「あたしは、……こうね」

 

「リタさん。すごい! さっきの聞いただけで覚えたの?」

 

「まぁね。画数が多いけど、音を聞いたら簡単なものよ」

 

「逆にここでは、私の名前ってどう書くの?」

 

「桜、如月っと。こうだな」

 

「なるほど……。メモっとこう」

 

「メモらなくても、オレが書いたの持っとけばいいだろ」

 

「……あのーっ。皆さん、集まって何をしているのです?」

 

 

私たちが自分の名前の書き合いをしていると、外から戻ってきたエステルたちの目に留まった。

もう夜の集合時間か。

目をパチクリしているエステルに、リタがペンをくるくる回して答えた。

 

 

「桜の国の文字を覚えてるところよ」

 

「桜の文字です? 羨ましいです。わたしも教えて下さい」

 

「なら、私も覚えてみようかしら」

 

「じゃあボクも! 桜の国って珍しいところなんでしょ。仲間同士の暗号にも使えそうだしね」

 

「暗号て……」

 

「使えるだろ、暗号。ここじゃあ、オレたちにしか使えない文字ってな」

 

 

軽く言ってのけたユーリは、私の書いた自分の名前を流し見た。

確かに、レイヴンが解読できなくても当たり前、異世界の文字だから、暗号には持ってこいなんだが。

それは飽くまで、仲間の皆が覚えられればの話である。

 

 

「ひらがなを覚えるだけでも大変だよ?」

 

「皆がついてればなんとかなる!」

 

「適当な……」

 

「あら、私、期待しているのよ。桜先生」

 

「なら、ジュディスたちにも、ここの文字を教えてもらいますからね。ジュディス先生」

 

「いいわ。優しくしてあげる」

 

「すこぶる怪しいんだけど……」

 

「だいじょーぶ! 全てこのレイヴンせんせーにまっかせなさい。

桜ちゃんの知らないあんなことや、そんなことまで、いろいろ教えてあげるわ」

 

「この子に変な事吹き込まないでしょうね。このおっさん」

 

「これ、かわりばんこで桜の復習が必要だね。

特にレイヴンが何教えるか注意しないと」

 

「皆が先生ですね」

 

 

レイヴンに呆れるカロルであったが、エステルは皆が両手にペンと紙を構えて私に迫る様がそんなに楽しいのか、明るく微笑んでいた。

本当に賑やかな夜だった。嫌なことも、怖いことも、辛いことも忘れてしまうくらいに。

 

――そして、また今日も眠れない夜がやってきた。

 

皆がベットで寝静まった後も、私の意識はまだ現実に置いてけぼりだ。

いくら、枕に顔を埋めても眠気はやってこない。

 

 

(今日も眠れない。だんだん睡眠時間が短くなってきてる)

 

 

今日もたくさん動いて疲れているはずなのに、連日不眠症なんてどうなっているんだろう。

ご飯もあまり入らなかったし、これでよく身体が保っているものだ。

明日は、砂漠に出発するかもしれないのに、この調子で立ち回れるのか。

 

 

(駄目だ。熱い。眠れない。少し夜風にあたって来てもいいよね?)

 

 

宿屋にも騎士が見張っているんだ。何かあったことろで、誰かの目にはつくだろう。

私は火照った身体を起こして、皆を起こさないように、そっと宿屋の外へ出た。

昼の熱風にとは違い、程よく冷えた風が肌を撫でて、熱くなった身体を冷ましてくれる。

 

 

「涼しい。それにすごい星空」

 

 

見上げれば、星々が欠けた月に負けないくらいの光を放っていた。

特に煌煌と輝いているのは、ユーリが教えてくれた凛々の明星だ。

 

 

(あの星に恥じないギルドか。

イエガーからラゴウのことを振られた時、嘘をついてしまった。……皆を騙して、良かったのかな?)

 

 

そんな私が胸を張って、ギルドを名乗れるだろうか。

だからって、あの場でユーリのことを詳らかにするわけにはいかない。

彼はあんなことした後にギルド作るなんて、何を考えているのだろう。

 

 

(何かを守るためって言ってたよね。)

 

 

イエガーのつまらん英語で聞くのも苦労したが、彼は私たちの誰かがラゴウを殺ったくらい検討はついているみたいだった。

ユーリの顔は見えなかったけど、きっといつものように、クールに流していたんだろう。

私にしたように、皆に隠したんだ。

 

 

(でも、やったことは消せない)

 

 

過去は変わらない。殺人を犯した。人を殺したんだ。

あの夜のこと、彼の背中、血に汚れた刀、絶命するラゴウが脳裏に鮮明に蘇える。

 

 

(あの時、あの瞬間、ユーリは確かにラゴウを殺した……)

 

 

彼はどんな気持ちだったのだろう。

なんで殺してしまったのだろう。

あんなことがなければ、こんな気持ちを抱かなくて済んだのに。

 

 

(毎晩眠れなくなる度に、思い出してしまう。いつまで、こんな生活が続くの……?)

 

 

独りふらふら歩いていると、後ろから自分とは違う足音が聞こえる。

 

 

「皆に黙って、今度は1人で散歩か?」

 

 

当人の声がして、驚き振り返ると、ユーリが後ろから歩いて来ていた。

見回してみれば、人気のない湖の畔、私は知らないうちにここまで歩いて来ていたようだ。

私は先ほどまでの思考を振り払い、ユーリの方へ向き直った。

 

 

「なんだか眠れなくて」

 

「今日も、だよな」

 

「ま、まぁね。これでも少しは睡眠取れてるから心配ないって。

ユーリは寝てていいよ。すぐに戻るから」

 

「そうはいくかよ。飯もろくに食べてないし、眠れもしない。

よくもまあ、倒れもせずにここまで旅が続けられたもんだ」

 

「不思議と元気なんだよ」

 

「……またフェロー絡みか?」

 

「うん、まあ。気が張ってるのかもしれない」

 

「本当にそれだけか?」

 

「他に何か眠れない要素でも?」

 

 

私は逃げるように問い返した。それがいけなかった。

ユーリは真顔で、現実を突きつけてきたんだから。

 

 

「見てたんだろ」

 

「見てた……?」

 

「イエガーにラゴウについて聞かれた時、お前、嘘ついたな」

 

「なんのことだか」

 

「やっぱ見てたんだ。ラゴウの、あの夜こと」

 

「……」

 

 

ユーリに指摘されて、私は返答に困り、彼から目を逸らした。

これまで頭の隅に追いやって、今し方また引っ張り出したところなんだ。

忘れてしまいたいのに、どうして。

また頭の中がめちゃくちゃになってしまいそうになる私に、ユーリは容赦なく目を見据えたまま、真剣な表情で続けた。

 

 

「本当はお前の前でやる気はなかった。

けど、目の前で連れ去られるのを見て、黙って見過ごす気はなれなかった」

 

「……他にやりようがあったでしょう」

 

「あいつは法で裁けない。オレがやらなきゃ、またお前が、誰かが犠牲になっちまう」

 

「私のせい?」

 

「違う。それがオレのやり方だったんだ。お前のせいじゃない」

 

「なんでユーリが? なんで貴方が、そんな怖いことを」

 

「怖いこと、だな。……オレが怖かったよな」

 

「わからない。自分の方が怖いから」

 

「桜。お前……」

 

「自分自身がわからない。フェローに会うまで。ううん、会えてもきっと怖いまま」

 

「……」

 

「けど、私の詳しい事情を知ってて頼れる人って他にいないし、行く宛もないもの。

……私、ただ、ずっとユーリと一緒にいるしかなかった」

 

「悪かったな。オレは行き場のないお前に甘えてたんだ」

 

「甘えているのは私の方。忙しい毎日に甘えて、流されるまま、忘れようって。

何度もなかったことにしようと頑張ったのに。

でも、こうして、もうダメダメで」

 

 

ユーリと話しているうちに、感情が高ぶって、頭の中が無茶苦茶になり、目に涙がにじんでしまう。

困った時は結局涙か。泣き虫な自分が情けない。

懸命に堪えようとするが、私の気持ちに反して、涙がひとすじ、ふたすじの頬を伝った。

 

 

「私、いっばいいっぱいで……もう……」

 

「桜……」

 

「……っ」

 

「いや、オレにはそんな資格、ないか」

 

 

ユーリがそんな私に近づき、手を伸ばそうとして止めた。

ケーブ・モック大森林の時の彼はもういない。

彼がまた、遠くの人になったような気がした。

 

 

「こんなに近くにいるのに、なんか遠いよ」

 

「桜」

 

「ユーリは、もう違うんだね」

 

「違わない。桜に対しては、何も変わったりはしないよ」

 

「少し前までは、遠慮なく傍にいたのに」

 

「今もそうだろ」

 

「この話になった途端、ユーリは離れた」

 

「それは……」

 

「もう、私には、わからないことばっかり」

 

「オレは……、お前になんもしてやれないのか?」

 

 

泣き言を言う私に何もすることができず、ユーリは苛立った様子で、自分のてのひらを見つめ、握りしめた。

 

ユーリは、私に何もしてくれないのか。

 

本当にその通りなんだろうか。

私ばっかり押し付けて、ユーリの気持ちはどうなんだ。

恐る恐る彼の方を見やろうとして、目が合ってしまい、すぐに逸してしまった。

人を殺めたことは、恐ろしいこと。容易にできることじゃない。

 

 

「でも……」

 

「許されないのはわかってる」

 

「……」

 

 

ユーリと私の間に、耳が痛いほどの沈黙が占めた。

ほんの1歩の距離。

なのに、私はその1歩すら動けず、彼は苦い顔で差し伸べようとした手をどうすべきか持て余していた。

――人の血で汚れてしまった手を。

彼はあの方法しかないと言っていたんだ。やるしかなかったと。苦渋の決断だった。

 

……本当は迷い苦しんでいる。辛いのではユーリの方ではないか。

 

泣いてばかりいないで、冷静になれ。

このまま、なし崩しに彼との関係が壊れてもいいのか。

今までのユーリの言動を思い出すんだ。

 

 

「貴方は、私には変わらないって言ったよね」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「何をすれば、お前を納得させられるんだ」

 

「……」

 

 

何をすればと言われても……。

今日の私の暴走の時だって、カドスの喉笛の崖から落ちた時だって、その前だって。

私が助けて欲しい時にいつも駆けつけ、気にかけてくれたのは誰だ。あの約束は何だったのか。

彼は彼なりに私のことを考えて、悩み、身体を張っていた。

そんなユーリの存在を忘れてはいけない。

私はそう考えつくなり、少し迷ったものの、何もかも捨てて、思い切って彼の胸に飛び込んだ。

 

 

「ユーリ!」

 

「うおっ!?」

 

 

飛びつく私をユーリは驚きながらも、甘んじて受け止めてくれた。

自分と違う彼の温もりと鼓動、慣れた香りが鼻をくすぐる。

嫌な気分じゃない。恐怖に震えるわけでもない。寧ろ自然と落ち着いていく自分に気付き、私は考えを固めた。

私の本心は変わらないんだ。

 

 

「大丈夫。そう大丈夫。納得できるかも」

 

「桜?」

 

「結局のところ、ユーリなんだ」

 

「オレが嫌じゃないのか?」

 

「私が困ってる時に何とかしようとするのが、貴方」

 

「怖く、ないんだな」

 

「多分」

 

「多分って、なんだよ」

 

「怖いのはやっぱり駄目。だけど、何だかんだ言っても、ユーリは私の知っているユーリでもあるから」

 

「そうか」

 

「そうみたい」

 

 

私が笑顔を作って見せると、ユーリはすっと肩の力を落とした。

私の両腕から、彼の筋肉の緊張が取れたような感触がする。

しかし、再び強張るのを感じて、顔を上げると、困ったような黒い瞳と目が合った。

 

 

「……触れてもいいか?」

 

「何を今更。今日まで両肩掴んだり、抱きかかえたり、プリホル決めたクセに」

 

「お前も大胆になったもんだ」

 

 

ユーリは小さい吐息の後、私の背中に手を回し、抱きしめてくれた。

 

 

「いつもこうしてくれると嬉しいんだけどな」

 

「私はいつもユーリに甘えてばかりじゃない」

 

「違うと思うぜ」

 

「どう違うの?」

 

「言っても無駄だろ。ま。いいか。……まだこうしていたいしな」

 

「私はもういいんだけど」

 

「ことごとく雰囲気ぶち壊すやつだな。お前は。

ったく、泣きはらした目が治るまで、このままだ」

 

「拷問か」

 

「拷問なのかよ」

 

「ユーリの髪がくすぐったい。胸元が頬に当たってぺたぺたする」

 

「文句言うな」

 

「えーっ?」

 

「えーっ? じゃない。ちったぁ状況考えて……、いや何も考えなくていい」

 

「状況?」

 

 

ユーリに指摘されて、私は初めて今置かれた状況を鑑みる。

――湖畔でユーリと私が身体を寄せ合い、抱き合っている図。

それは、正に男女が何しているところに見えなくもない。

私は音速で、ユーリから飛び離れた。

 

 

「ユ、ユーリ!?」

 

「チッ」

 

「舌打ちすんなよ! なんですんだよ、そこで!!」

 

「言っとくけど、お前の方から来たんだぞ。更にお触りの許可を出したのも、お前だ、桜」

 

「あれは親兄弟に甘えるのと同じよ」

 

「真顔で言うなよ。もっと動揺しろ」

 

「私を揺すって何企んでんの」

 

「企みも何も……。はぁ、もったいないことしたな。口滑らせんじゃなかったぜ」

 

 

ユーリは両肩を落として、大きなため息をついた。

ここに誰も居なくてよかった。私の黒歴史に新たな1ページが刻まれるところだ。

私が内心穏やかではないのに気づいていないのか、ユーリは気を取り直したように、腰に手を当てて、私を見つめた。

 

 

「もういいのか、オレの胸借りなくて。まだ目が赤いぞ」

 

「大丈夫。ありがとう、ユーリ。よくぞ私をブラックヒストリーから助けてくれた」

 

「さっきのを黒歴史認定するなよ。……しかし、残念だったな」

 

「何が」

 

「赤い目が治るまでって話だったんだが……」

 

「もういいっつってるのに、お前は」

 

「桜からってのは、新鮮だったのにな」

 

「ユーリ……っ」

 

「怒るなよ」

 

 

私が怒りの裏拳を放つと、ユーリは笑って胸で受け止めた。

彼は私を宥めるように、その拳に手を添える。

 

 

「その目、リタに気付かれたら、また殴りかかってくるだろ。

落ち着くまで、一緒にいるよ」

 

「私たちがいなくなったのに気づかれた方が大変だと思う」

 

「オレと一緒なら平気だろ。野次馬しに来ない限りはな」

 

「野次馬されて堪るか。ユーリは寝た方がいいよ。明日も頑張らなくちゃいけないのに」

 

「どうせ眠れないんだろ」

 

「ユーリは眠たいんでしょう」

 

「おかげさんで、刺激的な経験をさせてもらってせいか、目が覚めたぜ」

 

 

飄々と言ってのけたユーリは、その場で腰かけた。自分のせいかと罪悪感を抱きながらも、私も隣に腰掛ける。

湖から爽やかな風が吹いて、火照った身体には心地よい。水辺に移る月を眺めていると、ユーリが静かに尋ねてきた。

 

 

「お前、自分が怖いのか」

 

「うん。怖い」

 

「あれのせいだな」

 

「ユーリも見たでしょ。急に動きが速くなったり、魔術を使ったり、エアルの湖に入ったり。

変だよね。おかしいよね。……正直、気持ち悪いわ」

 

「変でもない。おかしくもない。気持ち悪くもないよ。あれはお前じゃない」

 

「そう。私じゃない私。自分が自分じゃなくなっちゃうのが怖いんだ」

 

「お前はお前だ。お前じゃなくなったら、また取り戻せばいい。

そのためなら、オレはいくらでも抱きしめるし、何だってやってやるさ」

 

「抱きしめるって、他に手段はないのか……」

 

「いろいろ試すほど、あいつに変わられちゃあ、流石に困るな。

フェローに会えば、全部わかるんだろ」

 

「フェローも始祖の隷長だから、きっと私のことを教えてくれるはず」

 

「フェローが始祖の隷長? 海凶の爪のあいつらが言ってた、始祖の隷長に会ってもいいのことないってのは、そのことだったんだな」

 

「良いことないのは、間違ってないとは思う」

 

「……また変わっちまうのか」

 

「きっと変わる。いろんなことが変わってしまう」

 

 

ユーリも皆も私を見る目が変わってしまう。

彼は私を傷つけたりしないと約束してくれたけれど、真実を知ったらどう出るか。

怖くて、辛くて、力のこもる私の肩をユーリが強引に抱き締め、自分の胸に引き寄せた。

サラリと彼の髪が私に触れて、驚き、彼を見上げると、自慢げな笑顔が私を迎える。

 

 

「状況が変わっても、今話している桜は桜なんだろ。じゃあ、変わらないさ」

 

「ユーリ?」

 

「オレが見てるんだ。変わったりしない。

まあ、なっちまったら、またお前に引っ張り戻すだけだ」

 

「上手くいくかな」

 

「今までも、上手くいっただろ。これからも上手くさせる」

 

「お陰でかなり無茶してきたけどね。……止めて欲しいんだけどな」

 

 

特にカドスの喉笛で、私を助け出すために、ユーリがエアルの湖に突っ込んだ時は肝が消えた。

あんなのがずっと続けば、そのうち彼が倒れてしまうのではないか。

私の心配をよそに、ユーリは余裕綽々で、私の希望を取り下げた。

 

 

「それは無理な相談だ。オレはやりたいようにやってるだけだからな。

だから、お前は胸張ってフェローに会いに行きゃいいんだよ」

 

「会いに行くけど……。その内容が……ちょっと」

 

「ちょっとで済まないなら、オレが代わりに抱えてやるさ」

 

「激重だよ、ユーリ」

 

「重くて結構。お前1人しょいこむより、よっぽど気が楽だよ」

 

「どうしてそこまでするの?」

 

「オレの勝手だ」

 

「お人よしも程があるよ」

 

「お前には、オレがついている。こうしてな」

 

 

ユーリはそう言って、私の肩を強く握った。

せっかく冷めた身体が、彼の体温と私を抱き締める強い腕で、再び高揚してしまう。

男の人、なんだよね……今更だけど。いいや、そうじゃない。異性がどうこうの問題じゃないんだ。

彼は何をもって、私にここまでしてくれるんだろうか。

私に返せるものは、何もないのに。善人にも程がある。だけど……。

 

 

「今は甘えて、いいんだよね」

 

「ああ。甘えるだけ、甘えとけ。堪え性はおしまいだ」

 

「難しいなぁ」

 

「ま。オレも努力するわ」

 

「何をだよ」

 

「さっきみたいに、いつ突っ込んでくるかわからないお前を受け入れる準備」

 

「その露出した胸にショルダーアタックですね、わかります」

 

「どんとこいだ。受けて立つぜ」

 

「そんな日が来ないことを祈るよ」

 

「無理すんなって、何度言わせる気なんだ」

 

「してない。……ふあ……っ」

 

 

ユーリの腕の中にいるうちに、小さな欠伸が出てしまった。

ひとしきり泣いて、気が緩んだのか、眠気が押し寄せてくる。

目をこする私を見た彼は、少し眉を潜めた。

 

 

「男の腕の中で、欠伸とはな……」

 

「三大欲求に誠実なんだよ」

 

「その方向性をどうにかしろよ。……眠れそうか?」

 

「おそらく」

 

「寝るか。目元も直ってきたしな。ちょっと名残惜しいが」

 

「何かあるの?」

 

「いいや、オレの話。なんなら、このまま寝ちまってもいいんだぜ。宿屋まで運んでやるよ」

 

「流石にこの状況では眠れないよ」

 

「ふーん……」

 

「何ニヤニヤしてんの」

 

「少しは、意識してくれてんだと思ってな」

 

「野宿でもないのに、表でぐーすか寝た挙げ句、騎士が見守る中、プリホル決められたまま配送される度胸はないよ」

 

「度胸がいるのかよ」

 

「また変な噂が広まって、フレンさんに迷惑かけたくないし」

 

「フレンね……」

 

 

ユーリはそう呟くなり、さっと私を解放し、真っ直ぐ立ち上がった。

夜風に闇色の紙がなびく。その表情は、少し物思わしげだ。

 

 

「どうかした?」

 

「いや、そろそろ宿に戻った方がいいかと思ってな。

風も冷たくなってきた。お前に風邪でもひかれたら、フレンに叱られちまうよ」

 

「フレンさん。心配してくれるかな」

 

「……」

 

「じーっとこっち見つめて、本当にどうしたの?」

 

「嬉しそうだと思ってな」

 

「あんたには嬉しそうに見えるか、これが!?

フレン隊にこいと言われて、突っぱねたままなんだよ。今度会ったら、どんな目に遭うか……っ。

絶対問答無用で連れ去られる! 拉致られる! ドナドナされる!」

 

「そっちかよ……」

 

「超フレンさん以外に、何があるて言うの? 超ド級説教魔神なんだよ?

ヘリオードみたいに、噂をすれば、向こうの湖畔から呼んでもないのに飛天翔駆で襲来して、瞬く間に私を隊へぶっ込む可能性だってあるんだから! 楯突いた傍から殺されるよ、ユーリ!? ……あれ? 私間違ってる?」

 

「そういう認識でいいよ、あいつは」

 

「仲直りしたいんだけど」

 

「あの堅物が素直に諦めると思うか?」

 

「幼馴染として、そこをなんとか!」

 

「なれば苦労しないよ。フレンの話はもういいだろ。お前が眠いってのなら、ぼちぼち戻るとするか」

 

「うう……っ。眠気があるうちに、急いで戻らないと」

 

 

私が勢いよく立ち上がると、ユーリが苦笑しながら、軽く私の肩に手を添えた。

 

 

「ゆっくりでいいだろ。あんま焦ると、目が覚めちまうぞ」

 

「今日こそ、ぐっすり寝たいからね」

 

「だから、ベッドまで運んでってやるって」

 

「いらないって言ってるでしょうが。もしも皆に見つかったら、大惨事だよ。

特にエステルとか、エステルとか。エステルとかが!」

 

「なるようになる!」

 

「なんないよ!」

 

「オレがついてるんだ。ちゃんと信頼しろよ」

 

 

ユーリはウィンクで言ってのけると、私の肩を叩いて、宿屋へ促した。

信用じゃなくて、信じて頼れなのか。

誰かのために手を汚し、身を挺して守ってくれる人。彼はどこまで親切で、一途なんだろう。

怖いという認識が完全に消えたわけではないけれど、そんな彼を完全否定する気は起きず、私は彼の隣に並んで歩いてみる。そうすると彼は、いつものように私の歩調に合わせてくれた。

以前と変わらないように。

 

 

 

 

……結局、私とユーリが返ってきた頃には、皆がパニックになっておりました。

宿屋の出入口で、ジュディスが「2人きりで、優雅に夜帰り?」と背後で槍を握りしめて出迎えてくれたところから、嵐の夜が始まる。

レイヴンから「夜のデート帰りなんて、青年ったら、羨ましか」なんて羨望の眼差しを送られて、受け流すユーリに、カロルは「大人の事情なの? ……桜と何かしたとか」と意味深な言葉を発した途端、皆の感情が最高潮に達した。

 

リタから当然のように放たれた、怒りのストレートパンチは易々と凌いだユーリであったが。

鋼鉄のエステルの右ゴールデンストマックブローが鳩尾に深々と入り、ユーリはぢごくへノックダウンしたのであった。

なるようにならなかったな、ユーリ。

 

ベッドの上で、で陸に打ち上げられたクラゲのようになってる彼を締めとばかりにジュディスがこう告げる。

「ご愁傷様。でも、素敵な夜を満喫できたんならいいでしょう」と。

……まさか、覗き見されていたんじゃあ、なんて不安になる私。

 

ごめん。ユーリ、皆。次に出ていく時は、一筆残して出ていくから。

もちろん、文字はひらがなで。

 

 

 

 

■続く■




マンタイクです。
シリアスにも甘くもならん物体が出来上がったけど、後悔はしていない。
描きたいことが多すぎて、まとまらない自分の頭が辛い。
そのない脳みそで、ユーリが原作では言わなそうなことを言わせようとしているから、非常に難しいんです。レイヴンとも絡ませたいけど、ユーリが、フレンが、リタがーっになっちゃって、沢山ぶち込みたい気分です。
かといって、原作のフラグを回収しておかないと、おかしい文章が更におかしくなってしまうワケで、結果的に長文になるんですよね。

次回は、つぎはコゴール砂漠です。できでば、次にも行きたい。
ゲームやってると、パティがパーティから離れる意味があるのかと思ってしまいます。
そんだけ出現度たかいのに。
それではまた。



瑛慈 翔
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