明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第39話】砂漠は熱いの夜は寒いの

桜の中に魔核があるなんて、想定外だった。

エアルへの耐性や感受性が高くなってきたのは薄々気づいていたのに、身体の中で魔核が作られているなんて気づけるはずがない。

異世界人しかない性質か、エアルを吸収した後に代謝されず、体内で蓄積された結果なのか。

きちんと調べてあげるつもりだったのに、今になってこんな新事実が発覚するとは、研究者として不覚を取ってしまった。

 

 

とても小さいのにとんでもない純度、内包する者との親和性をもつ前代未聞の魔核が、桜の中にある。

その高純度は、おとぎ話に出てくる聖核みたいだった。

前に研究したことはあるけど、人の中から生成されるなんて聞いたことがない。

 

 

確かに、実物を取り出すことができれば、更に詳しく調べることはできるかもしれないわ。

けど、そんなことしたら、桜は大気中のエアルを受け止めきれず、……衰弱して、まもなく死んでしまう。

できない。そんなのできるわけない。あの子を傷つけるようなこと、絶対できない。

 

 

もっと別の方法で、桜を助ける方法があるはずよ。

ゆっくりでもいい。あの子のことの第一に考えて、慎重に事を進めるべきだわ。

 

 

そうやって桜のために考え悩むあたしに対して、当の桜の行動は明後日の方向へ向いていた。

よりにもよって、ダングレストを襲った喋る魔物フェローに会いたいなんて言い出したのよ。

エステルも揃ってきたもんだから、堪ったもんじゃないわ。

 

 

あんな危険な存在、しかも居場所は砂漠よ。既にあたしたちの許容範囲を超えてるでしょ。命を落とすわよ、正気なの!?

でも、皆はあたしの懸念なんてお構いなしに、あのバカ鳥に会うため、デズエール大陸のコゴール砂漠を目指した。

船旅の途中にでも、気が変わってくれればいいんだけど。

なんて楽観視してたら、不吉な出来事に遭遇してしまった。

 

 

トリム港からデズエール大陸へ向かう途中、変な古い船に遭遇したのよ。

おかしな霧が出てくるし、船の駆動魔導器は動かなくなるし、桜があの不気味な船に何かあるとか言い出すし……っ!

べ、別に怖くなんかないわよ。ちょっと見えない魔物がうじゃうじゃいるくらいで、お化けなんて非科学的なものがあるわけないじゃない!

……まあ、桜が平気だっていうんなら、あたしがついてなくとも……。

や、やっぱり、傍にいるわ! あんたにはあたしが必要だしね! 首にしがみついただけなのに、そんなに嫌がらなくてもいいでしょ!!

 

 

と、とにかく、いろいろあって、桜が船から見つけ出したのは紅の小箱、その中にある澄明の核晶だった。

最初は魔物を退ける力があるなんて、眉唾ものだと思ってたわ。

千年前の日誌の情報だし、これを届ける先であるヨームゲンって街も残ってるかどうか。

 

 

こんなの放っておけばいいのに、エステルがそれをヨームゲンに届けたいなんて言い出した。

エステルの悪い癖が出たわね。ジュディスの言い方はむかつくけど、あの子の放っておけない病は困ったものだわ。

だから、あたしが代わりに街へ届けることにした。これでいいわよね。あたし個人の問題だから、文句は言わせないわよ。

 

 

ヨームゲン、デュークの剣とリゾマータ公式、そして桜のこと。

どれもこれも手が掛かりに欠けるもの。宛があるわけでもないし、気長にやるしかないわ。

 

 

でも、それどころじゃなくなった。

ノードポリカでの出来事、ユーリが桜に別れ話されたとか、闘技場でチャンピオンがアホ騎士だったとか、どうでもいいわ。あたしが桜の傍にいるんだから。野郎どもはどうなろうと知ったことじゃない。

注目すべきは澄明の核晶によって、あたしの武醒魔導器が暴走した原因よ。

桜がエアルの流れを感じたからには、澄明の核晶が魔導器に干渉してきたに違いないわ。

 

 

もっと検証すべきと思った矢先に、遺構の門の首領ラーギィが澄明の核晶を盗んでいってしまう。

あいつ……、発掘を手伝うフリをして、海凶の爪に魔導器を横流ししていたんだわ……許せない!

 

 

カドスの喉笛まで追いかけて、とっとと締め上げようとした時、ラーギィの口から聖核という言葉がでてきた。

澄明の核晶が聖核だって言うの? ……てことは、これを探し当てた桜は、エアルだけでなく、聖核の在処までわかるんじゃあ……!?

まずいわ。非常にまずいことになった。あの子が狙われる要因がひとつできてしまったかもしれない。

 

 

不安が過り、尚更守らなきゃって時に、桜はユーリとともに崖へ落ちてしまう。

この高さで落ちたら、2人とも無事では済まない。

ううん、あのむっつり男のことだから、きっと生きているはず。桜だけでも助け出すはずよ。だって、今までそうだったもの。もしものことがあったら、その無駄な毛根を毟り取ってやるんだから。

 

 

残されたあたしたちは、犬の鼻を頼りにラーギィと桜、ユーリを探していると、エアルクレーネの湖に辿り着いてしまう。

桜がエアルを感じるとか言ってたけど、こんな洞窟の奥底でこんなものがあるなんて。あの子が危ないわ。

この道を避けてくれればいいんだけど……とか、危険視していたら、その桜が隣岸にやってきた。

 

 

桜の傍にいつもくっついてるあのむっつり男かいない、ただ1人だけで。このエアルの濃度なら、もうフラフラになってるはずなのに、胸をはり、別人のような言動をする。

しかも、おっさんが止めているのにも関わらず、エアルの湖に足を踏み入れて、平然としているのよ。

誰よりもエアルに弱いあの子が、あんな芸当できるわけがない。あんたは何者なの……?

 

 

この上、あたしの目を奪ったは、竜の姿をした魔物が降って湧いて出て、エアルクレーネのエアルを根こそぎ食べたことよ。エアルを吸収すろことで制御できているなら、デュークの剣と同じリゾマータ公式?

それだけじゃない。その魔物は、桜に「成長した」だの、「進化」だのわけのわからないことを喋り始めた。

こいつもフェローと同様に、人の言葉が話せて、桜に関心があるの? 成長したって、進化って何?

 

 

あたしの知らないところで、桜がどんどん変わっていくような気がした。

エアルの耐性や魔核、別人のような桜。

研究者として、変化や発見は喜ばしいことだ。でも、あたしは受け入れられなかった。

放っておけない。砂漠なんて行かせられない。フェローに会わなくったっていい。

 

 

あんた1人で、どれだけのことを抱えてるの?

あんたにはあたしがいるじゃない。

もっとあたしを頼りなさいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠は熱いの夜は寒いの

 

果てまで続いていくのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂と湖の都マンタイクは、強烈な日差しでで私たちに朝を教えてくれた。

宿屋の窓から漏れる眩い光が容赦なく、私の眠気眼を刺激してくる。

私はそれから逃げるように目を擦り、身体を起こして、大きく背伸びをした。

 

その軽くなった心と身体から、ふと私は昨晩のことを思い出す。

ユーリとの和解……と、言うべきなのだろうか。

人を殺した彼は怖いけれど、私が知っている彼がいなくなったわけじゃない。単なる自己満足なのはわかっているが、今の私にとってはそれを確かめるだけで十分だった。

ユーリは完全に変わったわけではなく、確かに私の知っているユーリでもあるんだと。

 

彼とのひとときは鮮明に覚えているものの、泡沫のようでもあった。

スラリとした体躯と細腰、艷やかな長い黒髪に、美しい眉目から誤解を受けそうだが、彼は列記とした男性だ。そんな彼に抱きしめられたり、肩を抱かれたり、ベタベタ触れられたことは、いち女性として非常に気になるわけで……。

何を今更とか言わないで欲しい。

私は頼れるお兄さんとして、彼に抱きついたのであって、まさかあそこまでされるとは思いもよらなかったのだ。

 

そのわりには、ユーリは表情あまり変わらなかったよな……。

 

彼は女性心理にことごとく疎いのだから、きっと私のことを元気づけるためにしたんだろう。気にするだけ無駄だ。多分そうだ。

でも、普通男の人が女の子を慰めるだけにそこまでするだろうか。

本人は自分の勝手だと言っていたが、その本意がわからない。

件の当人に尋ねたくても、済んだことで、静かな寝息を立てている彼をわざわざ起こすわけにもいかず。

なぜだろう。どうしてだろうと考えが堂々めぐりしているうちに、刻々と時間が過ぎていって、眠れたのはほんの数時間程度になってしまった。

 

 

「あんだけの疲労をたった数時間で、回復する私って一体……?」

 

「若いからでないの」

 

 

宿屋で朝食を終えた後、皆が旅支度している中で、変わらずピンピンしている自分に驚いていると、レイヴンが指をさしてきた。

 

 

「けど、夜更しはいけないよ。お肌に悪いからねーっ」

 

「レイヴンさん、しーっ!」

 

「なんだよ。昨日も眠れなかったのか」

 

 

武器の手入れをしていたユーリが、その手を止めて、眉をひそめた。

私を見つめる黒い瞳から、昨晩のことを思い出しそうになったが、私はそれを振り払った。

彼は常に私のことを注視しているんだ。保護者のつもりが知れないが、何気ないふりをして、さりげなく私の寝食を観察しているんだ、この男。

現にトリム港や昨日の夜だって、食が細くなっているだの、眠れてないだの、注意されたばかりである。

だからこそ、彼を心配させないよう、今朝は頑張って朝食を食べきったってのに、このおっさんはなんてことバラしてくれるんだ。

 

 

「きちんと寝たよ。朝もちゃんと食べたじゃない」

 

「んなこと言って、朝ご飯も涙目になってたじゃないのーっ。

胃が弱ってるんじゃない? おっさん、お粥でも用意してあげよっか?」

 

「その優しさが怪しい」

 

「ひどいん。べ、別に桜ちゃんの弱った隙をついて、あわよくば乙女心をゲットしようなんて考えてないんだからね」

 

「考えてんだな。胡散臭いおっさん飯なんて食わせるかよ」

 

「偏見だわーっ。女の子のハートを掴むのは、気配りと料理ができる男よ」

 

「気配りできるなら、少しは大人しくしてろよ、おっさん。桜の神経に障るだろ」

 

 

ユーリはレイヴンに静かにするよう釘を指すと、手入れしていた刀をしまって、私の方へ向き直った。

 

 

「悪いな、桜。できれば、医者に診せたいところだが。お前の場合は……」

 

「だ、大丈夫! お医者さんはいいから! ほら、こんなに体力有り余ってるしね!」

 

「血色はいいようだ。けど、本当になんともないのか?

お前、かなりの堪え性だからな……」

 

「そんなに見つめなくてもいいってば。ユーリが心配性なの。睡眠は量より質ってもんよ」

 

 

無遠慮に顔を覗き込んでくるユーリにちょっと動揺しながらも、私は拳を突き上げガッツポーズをとってみせた。

この世界の医者に診せて、万が一エアル耐性や私の中の魔核が発覚したら大事である。

元気には違いないので、皆に気にさせまいと振る舞っていたところへ、エステルがふらりと私の隣までやってきた。

 

 

「桜は深夜まで起きていました」

 

「寝てたよ。何言ってるの、エステル」

 

「お陰でわたしも睡魔に襲われながら、深夜まで付き合うことになったのです……」

 

「だから何言ってんだ、あんた」

 

「そして、わたしが頑張った成果がコレです……っ!」

 

 

若干目にクマを作ったエステルがドヤ顔で突き出してきた携帯の画面に、皆が食い入るように見入った。

私も続いて覗いてみたところ、そこには眠った私が大きく足をあげて、寝返りをうつ映像が。

 

 

「おいいいいいっ!?」

 

「尚、ノードポリカで撮ったものがコレです!」

 

「おいこら待て」

 

「こちらも深夜でした。お陰でわたしも寝不足です……」

 

「いらんことに睡眠削るなよ!」

 

「必要な労働力です!」

 

「もっと大切にして睡眠!」

 

「一旦本気で寝てから、不意をついて起床し、きちんと収録しているので、辛うじて睡眠はとっています!」

 

「不意をつく起床ってなんだ!? きちんと撮るなよ! 辛うじての時点で充分ヤバいわ!」

 

「嬢ちゃん、下! 大きく寝返り打ったとこは、スカートの下を映さないと!」

 

「なるほど!」

 

「なるほど違ぇえええ!」

 

 

レイヴンが身振り手振りで必死に下着を映せと訴えているのに対し、エステルは何の躊躇もなく頷いた。

この皇女、既に睡眠不足で判断能力が低下しているんじゃないか。

脳天スカピー状態の彼女は血走った目で、私に携帯を押し付けてきた。

 

 

「今後は頑張って早く寝るようにしましょう。わたしが動画を撮ってぐっすり眠るためにも!」

 

「余計眠れなくなったわ! あんたも諦めてさっさと寝ろよ! 今まさに脳みそを犯てる滾った熱意は今すぐ捨てろ!!」

 

「桜の寝顔を収めるのが私の使命なんです」

 

「嫌な使命だな、おい! 私の寝相見て、誰が喜ぶんだよ!?」

 

「フレンです!」

 

「ねーよ!」

 

「いや、おっさんは嬉しいよ。今すぐ、ベッドの桜ちゃんへダイブしたい。添い寝したい。ギュッとしたい。そんな妄想を引き起こさせてくれるのよ」

 

「おぞましい妄想は消滅しろ!」

 

 

如何わしい事を熱弁するレイヴンの胸に、私は鳥肌が立ちながらも裏拳を入れた。

相変わらず、タイヤのように硬いガタイしているな、このおっさん。

それを見ていたジュディスは、無心に動画を眺めるユーリに声をかけた。

 

 

「さっきから、目が話せないようね。惹かれるもながあるの」

 

「さあな」

 

「貴方もこれを見て、彼女で妄想してしまうタイプ?」

 

「オレに聞くなよ」

 

「カロルはどうなの?」

 

「ボクは好きな女の子の寝顔を見てると、安心するけどな。ユーリは違うの?」

 

「……」

 

「今何を考えたのか、当ててあげましょうか」

 

「いらねぇよ。それより、リタはどうしたんだ。

何の準備もしないで、そこで難しい顔しても、黙ってちゃあ何も伝わらねぇぞ」

 

「あんたたち、自然を舐めているわ」

 

 

砂漠への支度を始めたユーリが、部屋の隅で棒立ちしているリタに尋ねたところ、昨日と同じような台詞が返ってきた。

彼女は今日になってもまだ、砂漠行きに納得していないんだ。

準備を進める皆が手を止めるも、彼女は構わず続けた。

 

 

「聞けば、フェローの居場所は砂漠中央部ってだけで正確な場所はまだ掴めてないし、普通に魔物はいるし、水はサボテンからほんの少ししか補充できないって聞くじゃない。死ぬわよ、普通」

 

「リタ。これがわたし個人の問題なら、ひとりで行きました。けれど、桜も行くとなれば、話は別です」

 

「人数で言ってるんじゃないわよ。ていうか、ひとりで行くつもりだったの!?」

 

「はい。……カロル、これを」

 

 

リタの問いかけに頷いたエステルは、カロルに何かを手渡した。アクセサリーのようにも見えたが、こちらからではよく見えない。

カロルはそれを一目見て、何かわかったのだろう。驚いたように、目を大きく見開いた。

 

 

「これは……こんな高価な物、いいの?」

 

「これまでの報酬です。きっと高値で売れます。……道中、何があるかもしれません。ここで受け取って下さい」

 

「受け取れないよ。ボクたちまだ依頼を達成していないじゃないか。

それに道中に何かって、怖いこと言わないでよ」

 

「わたしは大丈夫です。ですが、皆が優先すべきは、戦えない桜を守ることです。

リタの言う通り、砂漠には魔物も出ます。フェローだって、何をしてくるかわかりません。いざという時は、フェローを前に引き返すことも考えるべきです」

 

「エステル。私のことまで考えてくれるのは嬉しい。けど、まるで何かあったら、自分を置いてでも逃げろって聞こえるよ。ひとりは捨置けない」

 

 

戦えない私なりに無茶をしてきたが、だからと言って、エステルの無謀な提案は許容できない。

断固として首を振らないでいると。彼女は両手を合わせて懇願してきた。

 

 

「これはわたしからのお願いです。桜には、生きていて欲しい。楽しく元気にここで暮らしてほしいから」

 

「エステルを見捨てて楽しいはずない。考え直して」

 

「フレンと愛を誓い合ってほしいのです」

 

「まだ寝不足で頭のネジふっとんでるんだな、貴様」

 

「昨晩、ユーリと夜帰りした時点で危険度が増しました。一体何をしていたのです?」

 

「何もなかったって言ったじゃないの。ね。ユーリ」

 

「そういう話だったな」

 

「ややこしくすんなよ!」

 

「暗がりをいいことに、2人は抱きしめ合って、ま、まさか……キ、キスまでしたのてす?」

 

 

何やら危ない妄想をして狼狽するエステルに、私は否定できずに押し黙ってしまった。

……言えない。

抱きしめられたのはともかく、口移しというキスまで済ませたなんて、当人の前では言えない。

私とユーリの目が合って、私は逸し、ユーリは頭を掻いた。

それが余計にエステルの不信感を煽ったようだ。

 

 

「そのリアクションはなんなんです? 怪しいです。怪しさ増し増しです!

ユーリを超えるには、やはりフレンとキスをブチ噛ますしかありません」

 

「キスはもーいい!」

 

「したのです?」

 

「桜。まさかお前……」

 

「え? フレンと桜が?」

 

「桜ちゃん、顔真っ赤よ。……し、しちゃったの? やっちまったん?

いつ、どこで、どういうシチューエーションで!?」

 

「もーいいって言ってるだろ! 白昼堂々そんな話しされたら、誰でも赤くなるわ!」

 

「とんだ肩透かしね」

 

「抜かしとけ!」

 

 

私が話題を切ろうとしたら、何故かガッカリするジュディス。

……言えるわけない。

こっちの世界に来て早々人工呼吸で唇を奪われたなんて絶対に言えない。

フレンにも口止めしているんだ。

そもそも、2人の男性に奪い奪われた私の貞操とは?

 

 

「わ、私のことはどーでもいいんだよ。

エステルに、ひとりで行くなって話だったろ、なんでこーなった!?」

 

「これは手早くフレンと一緒になってもらわないと、わたしもおちおちフェローに会えません」

 

「フェローに会いに行くのに、おちおちするな」

 

「では、今ここで約束して下さい。2人でフェローに会ったら、フレンと結婚すると!」

 

「それフラグ!」

 

「そんなフラグはぶった斬ります!」

 

「本気でやりかねない! 卑怯な建前作るな! 猛烈にフェローに会合後が怖くなったわ!

エステルひとりででも行くってのなら、私だってそうするよ!

皆に迷惑かけてるのは、私の方なんだから」

 

「もっといけません。桜は身を守る手段が少ないんですよ。ソーサラーリングだけで砂漠の魔物を乗り越えられるはずがありません」

 

「そこはフェローに会った時に、なんとか……」

 

 

カドスの喉笛で暴れてくれた別人格が何とかしてくれるはず。とか淡い期待をしていたら、リタが大きく振りかぶった。

 

 

「なんとかなるわけないでしょ! この際、むっつり男とか、アホ騎士とか、桜に不埒なことしようって輩は、全員ぶっ飛ばすからいいとして!」

 

「よくないよ!」

 

「問題は砂漠なの! そんな心構えなら、2人とも行かせないわ。……力づくでも止める」

 

「リタさん」

 

「そんな……」

 

「――義をもってことを成せ」

 

「ユーリ」

 

 

ユーリは、私とリタの間に踏み込んでくるなり、そう言葉を綴ると、更に続けた。

 

 

「不義には罰を、だったよな」

 

「それ、ボクたちの掟だよね」

 

「どう考えても、エステルや桜をひとりだけ、ええ2人だけ行かせるのは不義ね。

私、掟を破ってしまうのが、怖いわ」

 

「そんな度胸、オレたちにはねぇよな。カロル」

 

「うん! ひとりは皆のために。皆はひとりのためにだよ! 桜やエステルをひとりでなんて行かせない」

 

「まったく、ガキんちょたちまで……。ユーリ、あんたも冷静になりなさい。らしくもないわ」

 

「オレは冷静だぜ。桜がやばいところに行くってのなら、ついてってやらないとな」

 

「そうだ。こいつは桜の行くとこなら、どこまでも行くヤツだった……。

おっさんもなんか言いなさいよ。最年長なんでしょ」

 

「ここでごねても無駄よ。俺、桜ちゃんの護衛だかんね。行くってんなら、火の中、水の中、砂漠のど真ん中よ。

無理矢理ノードポリカに連れ戻すって手もあるけど、すんごくめんどくさくなるだけだもん。ここは桜ちゃんの肩持つわ」

 

「どいつもこいつも……」

 

 

凛々の明星のメンバー、そして飄々と構えるレイヴンの意思が一致したところで、リタが頭を抱えた。

あーだこーだ言ったところで、ここまで来たんだ。危なくなったら、エステルひとり残して逃げるなんてマネ、私たちが許せるはずがない。

 

 

「ありがとう。皆。私もエステルを砂漠のど真ん中においてなんて行けない」

 

「……わたし、とても嬉しいです。でも、駄目……」

 

「エステル」

 

「皆、自分たちのやるべきことを探して、やりたいことのために頑張ってる。

わたし、そんなこと考えてなかったのかもって……。

あるのは、桜とフレンをくっつけることだけ」

 

「くっつけるな!」

 

「生き甲斐なんです」

 

「目的と手段を履き違えるなよ!」

 

「目的ならちゃんとあります!

桜がここで幸せに暮らして、あわよくばわたしもその輪に入ることです!」

 

「その歪みまくった欲望は今すぐ捨てろ!!」

 

 

他人の相関図を狂わせることにやり甲斐を見出すエステルに、私は沈痛な思いでツッコんだ。

彼女はかなり病んで、もとい、思いつめているようだ。

私にはちんまい経験しかないが、懸命に説得を試みた。

 

 

「私だって、探して見つけたんじゃない。やらなきゃいけないから、やろうとしてるだけ。

しかも、ここまでくるのに、皆におんぶにだっこだよ。自分のことさえままならない」

 

「桜はやるべき事のために、自分にできうる限りの行動しています。わたしのように行く先々で流されているわけではありません」

 

「それはエステルの良いところだよ」

 

「桜にそう言ってもらえると嬉しいです」

 

「なら……」

 

「でも、わたしも自分の本当にやるべき事を見つけなきゃって思っていたんです。

そのために自分で決めて、自分から始めたこの旅の目的を達成したい。これは、わたし個人のけじめでもあるんです。だから皆には……」

 

「だったら、私にとってフェローに会いに行くのも、自分にケリをつけるため」

 

「桜のけじめです?」

 

「リタの言う通り、フェローに会わないって手段もないわけじゃない」

 

「だったら、あたしに全部任せてくれればいいじゃない」

 

「リタさんでも、わからないことがあったでしょう」

 

「……あんたの件は、今すぐとはいかないわ。時間をちょうだい」

 

「ごめん、リタさん。私には多分時間がない。経てば経つほど、わからないことが増えていくだけ。

私、待つだけの怖い日々を受け入れられるほど、強くない。だから、抱えた問題をはっきりさせるためにも、フェローに会ってケリをつけに行くの。

これは私が決めたことなんだよ」

 

「やっと、決心がついたのね」

 

「うん」

 

 

ジュディスに尋ねられて、私は大きく頷いた。

トリム港の夜、ジュディスと話した時は、とりあえずフェローに会って、自分のことを明らかにしようって考えだけで、皆がどんな反応をするかなんて覚悟はなかった。

だけど、今はユーリとの約束がある。それにここまで来てしまったんだ。今更うじうじ言って逃げたところで、現実は変わらない。

リタは決意を固めるエステルと私を見やって、大きく嘆息した。

 

 

「……わかったわよ。入ろうじゃないの。砂漠の中央部に。

こんなガンコな集団、あたしにはとて止められはしないわ」

 

「初めから、この旅はこうなる予定だっただろ」

 

「うっさいわね。むっつり男。あんたも覚悟しなさいよ。あんたと桜の秘密を明らかにさせるんだから」

 

「そりゃあ、桜とフェロー次第だな」

 

「頼む。重い責任を振らないで」

 

「なら、オレが背負ってやるさ。昨日言っただろ」

 

「私に付き合っても、損しかないのにな」

 

「損得はオレが決める」

 

 

ユーリにキッパリ言われて、私はそれ以上ネガティブなことは口にできなくなった。

私が愚痴をこぼす度、彼に拾われそうで、躊躇ってしまう。

あっけらかんとしているユーリに、どうしていいものか迷っていると、ジュディスが水筒を片手に声をかけてきた。

 

 

「皆、砂漠行きが決定したことだし、これを持っていきましょう。

昨日、宿屋の主人にお願いしておいたから、人数分のあるはずよ」

 

「てことは、あたしが行くことも想定していたのね」

 

「リタのことだから、桜を放ってはおけないと思って」

 

 

リタに睨まれたジュディスは小さな笑みで受け流した。これまでのすったもんだは何だったのか、彼女は全てお見通しだったようだ。

旅支度を終えた私たちは、水筒をくれた宿屋の主人に一言お礼をすることにしたのだが、昨日との違いに気づいた。

 

 

「入口にいた騎士がいない」

 

「もっと早くにいなくなってほしかったわね。おっさん緊張して、眠れなかったわ」

 

「レイヴンって、ウソばっかり……。あ。水筒、ありがとう。ご主人さん」

 

「いえいえ。そちらは差し上げますので、遠慮なく使ってください。

……それで、昨晩2人とも出かけられたようですが、騎士につけられたりしませんでしたか?」

 

「いいや。オレたちは騎士たちの目の届かない湖畔の方にいたからな。でなけりゃあ、2人きりで呑気にお喋りしてねぇよ」

 

「そうですか。昨夜は2人きりお楽しみだったようですね」

 

「え」

 

「何もなかったよ。こいつの反応を見りゃわかるだろ」

 

「……あれだけ皆様が騒いでおられたので、てっきり……」

 

「期待させちまったところ悪いな。こいつには手を焼いてんだ」

 

「苦労されているのですね」

 

 

ユーリが嘆息すると、宿屋の主人は私を見て、次にユーリへと同情の目を向けた。

なんだか、非常に理不尽だ。

 

 

「さっきから何の話してるの?」

 

「何も。お前の相手をすんのは大変だなって話だよ」

 

「程々にすればいいのに、ユーリのお世話は過剰なんだよ」

 

「……と言う感じなんだ」

 

「なるほど」

 

「なんか納得されたんですけど。ホントなんなの?」

 

「主人。えらく街が緊張しているようだが、この騎士団は一体何なんだ?」

 

 

詰め寄る私をスルーしたユーリは、さらりと話を切り替えた。

こ、この男……っ。また碌でもない話をしていたな。

彼に問われた主人は少し考えた後、宿屋の入り口へ目をやりながら答えた。

 

 

「入口にいた騎士は、監視です。住人が外から来た方と勝手に話をしないように。

街にいる騎士も同じようなもので、我々の見張っているのです」

 

「どうしてそのようなことを?」

 

「理由はわかりませんが、最近やってきた執政官の命令で、私のような商人以外は外出禁止なのです」

 

 

エステルが小首を傾げると、宿屋の主人は困り果てたように肩を落とした。

ノール港もそうだが、執政官というのは暴君しかいないのか。

昨日街を周っでいたユーリは事情を聞くなり、小さく唸った。

 

 

「なるほど。だから、街中に住民の姿がみえないんだな。情報を集めんのに苦労するわけだぜ」

 

「商人さんひとりひとりにあれこれ聞くの、キツかったわーっ」

 

「どこもかしこも騎士だらけだもんね。

執政官が来てからって言ってたけど、ここでも悪だくみしてるのかな」

 

「ただの宿屋をあずかる私にはわかりません。

ただ、最近ノードポリカで騎士団が動いているとか」

 

「フレンさんのこと……?」

 

「ついに騎士団が、ベリウスの捕縛に動き出したみたいですね。

この街に帝国の執政官が赴任してきたのも、その波紋みたいなものです」

 

「待って下さい。どうして、フレンさんがベリウスを捕まえるの?」

 

「なんでも闘技場の総領が人魔戦争の裏で、糸を引いていたらしいですから」

 

「ベリウスが……!?」

 

 

宿屋の主人から戦争の関係者だと言われて、静かに耳を傾けていたジュディスが驚き目を鋭くした。

彼女はベリウスを信用しているようだったが、ベリウス自身はどうだったんだろう。

 

 

「人魔戦争って、10年前に起きた帝国と魔物の戦争だよね。なんでベリウスがそんなことを?」

 

「理由までは……。少なくとも、この街ではそう言われています。戦士の殿堂がある限り、帝国は迂闊に手が出せないでしょうが……」

 

 

宿屋の主人が何かを言いかけたその時、入り口が開いて、帝国騎士が戻ってきた。

見張りの騎士がいる手前、これ以上聞き出すのは無理だ。

私たちは「ご利用ありがとうございました」と話を切り上げてくれた宿屋の主人にお礼を言うと、騎士の目から逃れるよう早々に宿屋を後にした。

 

帝国騎士団のフレンが闘技場のチャンピオンになったのは、本当にベリウスに近づき、捕まえるためなのか。

始祖の隷長が人魔戦争とどう関係があるんだろうか。それともベリウスいち個人のことだろうか。

フェローの件がなければ、今すぐにでもノードポリカに戻っていたのに。

いろいろ謎が深まるものの、街中に騎士団が見張っていて、皆と相談もできない。

 

とにかく今はフェローが優先だ。私たちは砂漠への準備のために、街のそばにある湖へやってきて、澄んだ湖の水を汲み始めた。

水筒を沈めると、湖の冷たい水が手に染みる。水辺から吹いてくる風が心地よい。

積もり積もった問題が、爽やかな風とともに全部吹き飛んでしまいそうだ。

 

 

「気持ちいい。なんもかんもすっ飛ばして、ずっとここにいたいかも」

 

「さっきの決意はどこ行ったんだ」

 

「ちょっと現実逃避中」

 

「ま。お前が行きたくないってんなら、オレは構わないけどな。

どっか遠いところで、静かに暮らすとか」

 

「ここでトリム港のこともってくるんだ。ユーリの意地悪」

 

「そん時は、オレも一緒さ。退屈しないだろ」

 

「冗談よしてよ。静かにする気なんて欠片もないじゃない。

さっきのは言ってみただけだから、本気にしないで」

 

「そりゃあ、残念だ。水汲み終わったなら、桜の気が変わらないうちに、とっとと砂漠へ行くぞ」

 

「おっさんは別にいいけどね。桜ちゃんと湖畔でデート。ロマンティックでいいんでない。

……青年に先越されたのが、癪だけど」

 

「バカっぽい。相手がおっさんの時点でロマンもクソもないわ」

 

「ここにフレンがいてくれたら、桜とデートを……っ!」

 

「フレンの鎧って暑そうだよね……。想像しただけで蒸し暑くなってきちゃった」

 

「あの可愛い騎士さんでしょう。桜の前なら、脱いでくれるんじゃない」

 

「脱がないよ。私、プライベートのフレンさん見たことないもの」

 

「――やめて、はなしてよ!!」

 

 

皆が水筒に水を汲み終えて一段落しているところへ、後ろの方から子供の悲鳴が聞こえた。

ユーリと目が合い、わたしが空かさず頷くと、一緒に声のした方へ一目散に走り出す。

私とユーリが駆けつけた先には、2人の騎士、見分けがつかないので、騎士A、騎士Bにしよう。その騎士Aが女の子の腕を掴み、男の子がそれを必死に引き留めている。

騎士たちは子供たちをどこかへ連行しているようであった。

 

 

「外出禁止令を破る悪い子は、執政官様に叱っていただかないとな」

 

「いやだよ。ぼくたち、お父さんとお母さんを探しにいくんだ……っ!」

 

「待てよ。執政官様とやらの代わりに、オレがこいつらを叱っておいてやるさ」

 

 

ユーリが近づくと騎士Aは子供を手放し、騎士Bとともに、こちらへ警戒の目を向けた。

 

 

「誰だ、お前は。よそ者は口出しするな」

 

「すみません。子供たちを許してあげませんか?

ほら、執政官の手を煩わせるのもなんですし……」

 

「そこの娘……」

 

「まさか、シャイコス遺跡の……」

 

「あ。これはまずった?」

 

「桜。お前は下がってろ」

 

 

騎士たちが何やらヒソヒソと話合った後、こちらへ近づこうとした時、ユーリが私を背で庇った。

まさかこんなところまで私の顔を知られているとは、想定外だ。ここで剣を交わしたら、芋ずる式で街中の騎士C、D、E……諸々とやり合う羽目になってしまう。

私たちに戦慄が走る中、湖の畔から、ひとりの皇女が踊るようなステップでやって来るなり、なんの迷いもなく杖を振り上げた。

 

 

「スターストローク」

 

「えぐほっ!?」

 

 

エステルが放った衝撃波が騎士Aの足腰に直撃し、怯んだところへ、彼女は急接近すると、盾で騎士Aを突き上げ、杖で追撃する。

 

 

「レイスティング」

 

「がふ……っ!?」

 

 

エステルによって速攻ボッコボコにされた騎士Aは、呆気なく灼熱の砂の上に沈んだ。

足元に転がる騎士Aを流し見た彼女は、ささっと杖と盾を隠すと、何事もなかったかのように震えて腰抜かす騎士Bへ、こう迫った。

 

 

「彼女に触れることは許されません。もしも執政官が彼女に近づくのなら、"何者かが"この騎士をやったように、ずたぼろに成敗します」

 

「ひ、ひい……貴方様は、まさか……お許しをっ!」

 

「待ってください。忘れ物です。――シャープネス! せーの、えいっ!」

 

 

エステルは自分を強化すると、怯えて逃げていく騎士B目掛けて、伸びている騎士Aを持ち上げてぶん投げた。

騎士Aは宙に弧を描いて飛んで、みるみるうちに騎士Bの方へと落下し、遠くでゴギンッと硬い音を立てて、騎士Bのドタマに命中しぶっ倒れると、くったりと動かなくなる。

それを遠目で認めたエステルは、まあと口に手を当てて、私の方へ小首を傾げた。

 

 

「もしかして……まずかったでしょうか」

 

「まずいと思うなら、ぶっ飛ばすなよ! 魔術があるとはいえ、なんつう馬鹿力してるんだ、あんた!」

 

「桜のためなら、これくらい赤子の手をひねるようなものです」

 

「ひねるなよ! 私のためなら、激ブーストすんのかエステル!?」

 

「これぞ友情パワーです」

 

「私に触れる傍から、人間シューテングする無慈悲な暴力が友情であって堪るか!」

 

「ま。結果オーライだろ。大丈夫か、2人とも」

 

「あ、ありがとう。お兄ちゃんたち」

 

 

ユーリが身をかがめて少年少女に尋ねると、2人はエステルを見やり、若干顔を引きつらせながらもお礼を述べた。

まあ。大の大人を張り倒し、投げ飛ばしたんだもんな、普通引くわな。

他の皆も駆けつけたところで、先ほどの騒ぎの事情を尋ねることにした。

 

 

「私は桜。君たち、お名前は?

どうして、騎士たちに捕まっていたの?」

 

「ぼくはアルフ、妹はライラって言うんだ。

お父さんとお母さんを探しに行こうとしたら、騎士たちに見つかって」

 

「街の人を見張ってるのは、本当だったんだ。

それで、お父さんとお母さんはどこへ行ったかわかる?」

 

「んーとね。シッセイカン様の馬車に乗せられて砂漠に連れていかれちゃった……。

フェローのチョーサするんだって」

 

 

フェローの名を聞いて、私たちは顔を見合わせた。

今正に私たちが会おうとしている始祖の隷長相手に、執政官は何を企んでいるのだろう。

宿屋の主人は、騎士団がベリウスを捕縛する余波で執政官が来たと言っていたが。

 

 

「もし本当に騎士団が始祖の隷長を狙っているなら、ベリウスの捕縛やフェローだって……」

 

「桜ちゃん。心当たりあるってんなら、教えてみ。ほらほら」

 

「教えてと言われても、レイヴンさん。……うーん。騎士の目もないから、いいよね?」

 

「ああ。さっきの2人だけだったな」

 

「じゃあ、これは私の憶測なんだけど。騎士団は始祖の隷長、ベリウスやフェローを捕まえようとしてるんじゃないかって」

 

「バカ鳥も始祖の隷長なの? じゃあ、ベリウスも化け物なのね」

 

「フェローもベリウスも化け物ってわけじゃ……」

 

「ば、ばけもの? フェローって、ばけものなの!?

お父さん、お母さん探しに行かないと……!」

 

「やめなさい。貴方たちが砂漠に行っても死ぬだけよ」

 

「ジュディス!」

 

 

オブラードに包まないジュディスの無慈悲な発言に、エステルの批難が飛ぶ。

しかし、彼女は意に介さず、アルフの目を見たまま続けた。

 

 

「私たちが代わりに探しに行く。だから、砂漠へ行っては駄目。いいわね?」

 

「ホントに?」

 

「本当よ。私、嘘はつかないわ。……いいでしょう、カロル?」

 

「うん。いいよ」

 

「あっさりしすぎじゃない? あんたたち、2つ以上の依頼は受けないんじゃなかったの?」

 

「義をもってことを成せ、ですよね」

 

「ありがとう! お姉ちゃんたち」

 

「お礼にこれ、あげる!」

 

 

私たちにお礼を言うアルフ、そしてライラはジュディスに何かを手渡した。

それは、何の変哲もない飴玉大の丸いガラス玉だ。

彼女は手のひらに置かれたガラス玉を見るなり、にっこりと微笑んだ。

 

 

「素敵な宝石だわ。いいのかしら、貰ってしまって」

 

「お父さんとお母さんを探してくれるならいいよ」

 

「任せてちょうだい。アルフ、ライラ、また怖い騎士さんが来る前に、家へ帰った方がいいわ」

 

「わかった。お姉ちゃんたち、お父さんとお母さんをおねがい!」

 

 

笑みを絶やさないジュディスに安堵したのか、アルフは大きく手を振ると、ライラを連れて帰っていった。

ユーリはジュディスが大切そうに握りしめるガラス玉を見て、小さく微笑む。

 

 

「仕事の報酬か。前払いしてもらった分、しっかり働かないとな、カロル」

 

「うん。そうだね。早く2人の両親を助けに行かなくちゃ」

 

 

一同は新たな依頼を受けて、いざゴゴール砂漠へ向かうことになった。

やはり、私たちのような人間は少ないのだろう。砂漠方面へ近づくほど、人気は少なくなっていく。

やがて騎士の姿も見えなくなったところで、ユーリは思うところがあるのか、顎に手を添えて、何か考えはじめた。

 

 

「ユーリ?」

 

「いや、執政官は何を企んでんだろうってな。始祖の隷長の調査、騎士団が始祖の隷長を捕まえるってのも引っかかる。

帝国騎士団の精鋭たちを全滅寸前まで追い込んだ驚異ってのなら、わざわざ藪を突かなくてもいいはずなんだが」

 

「倒すの間違いじゃないの? エステルと桜がバカ鳥と対峙しているところ、結構見られてたわよ」

 

「んだけど、やってきた執政官はこの街の人間を砂漠に借り出してまで、そのつよーいばけものを調査しようって無策無謀な輩だよ。

お姫様と薄幸の少女のため、なんつー殊勝な考えはあるのかねーっ?」

 

「あたしが知るわけないでしょ」

 

「外出禁止令というのも気になるわね」

 

「理由はどうあれ、今やることは、砂漠に行って、アルフたち両親を助ける、でいいんだよね。エステル、フェローはその後でいい?」

 

「わたしは構いません。人助けが先です。――執政官を殺るのは後です」

 

「永遠に来るなよ物騒な時」

 

「助けるなら急いでやんないと。あの2人の両親、この暑さでぶっ倒れちゃうよ」

 

「ああ。フェローの調査ってんなら、目的地は一緒だろうしな。バテるなよ、桜」

 

「大丈夫。……多分」

 

 

ユーリに気合を入れられて、砂漠についてミジンコ並の知識しかない私は自信なさげに頷いた。

砂漠なんて、学校の浅い授業やテレビからでしか知らない女子高生が、果たしてどこまで耐えられるのか。

フェローに会う覚悟も相まって、重い気分のまま、私と皆はコゴール砂漠へと向かった。

 

 

 

 

 

砂漠というと。地平線の向こうまで砂の丘が続いてて、日陰どころか陽を遮るものなく、眩しい日光と熱い風がびゅんびゅん吹いているイメージがあったんだが。

……現場は想像以上のものだった。

日本の夏も湿気で大概だったが、乾いた暑さと言うのを舐めていた。

高熱が空からも風からも、そして足元の砂からも四方八方から襲ってくる。

水分という水分が身体中から出ていって、今すぐ着ている服を脱ぎたい気分になるが、素肌を晒せば、クソ熱い日光が直撃すると言う、正に生き地獄だった。

 

 

「このままでは蒸れて死ぬ。シルククロークだけでも脱ぐか。いや、ブラウスもいっとくか」

 

「女捨てるのには……まだ早いぞ、桜」

 

「ユーリこそ、全身黒ずくめじゃない。熱吸収しそう」

 

「言うな。言うと余計きつくなる。……とか言ってる傍から、服脱ぐなよ!」

 

「上だけだよ、上だけ。蒸れる」

 

「ったく、しゃあねぇな……」

 

 

ユーリは滴る汗を片手で拭いながら、私の傍までやってくると、熱風避けになってくれた。

 

 

「これでしばらくは耐えられるだろ……。だから、クローク着とけよ」

 

「助かった、ユーリ。でも、ブラウスまではセーフでしょ」

 

「あのな……」

 

「桜……。むっつり男が、むっつりしている間に、我慢して……クローク着なさい。

……汗で、背中がヤバいことになってるわよ」

 

「なっ!?」

 

 

リタに指摘されて、私は慌てて背中を触ると布生地からべったり汗の感触がして、くっきり下着まで浮き彫りになっている。

よくよく見れば、前の方もそろそろまずいかも、と気付くや否や、私は急いでクロークに袖を通した。

そして、再び身体が蒸しかえるジレンマ。

 

 

「うおおおおっ! 言いたくないけど、暑い!!」

 

「エネルギー有り余ってるだけマシだろ……。ホントに寝食欠けてる人間か、お前……」

 

「まだ序の口じゃないの。砂漠はこれから」

 

「言ってくれるぜ。その体力を半分くらい、分けて欲しいもんだ。

こりゃあ、準備なしで放り出されちゃ堪んねぇな」

 

「桜も……そうだけど、レイヴンも元気だよね……」

 

 

カロルがのろのろと視線を向けた先には、とっくに先へ行ったレイヴンが水を得た魚のように、砂の上で何度もバク転しまくっていた。

皆の様子を見る限り、私の元気も変だが、おっさんのハッスルは異常である。

彼は私たちの視線に気づくなり、ダッシュでこっちに立ってきて、元気よく身を宙で翻した。

 

 

「よ! 桜ちゃんも元気してる?」

 

「レイヴンさんほどじゃないけど。暑くないの?」

 

「いや暑いぞ、めちゃ暑い、まったく暑いぞ! 俺様と桜ちゃんの仲のように超暑いぜ!」

 

「暑いと言われるたびに、……温度が上がっていく気がします」

 

「うっとうしい……。桜、……あたしの代わりに、そこのおっさん殴って黙らせといて」

 

「バテても凶暴なのね、リタっち。こまめに水の補給しときゃ大丈夫よ。ね、桜ちゃん」

 

「その水も、サボテンで補給しないといけないんだっけ……て、あ……っ」

 

 

レイヴンに相槌を打とうとして、胸がざわりと震えた。

驚いて空を見上げると、青空の彼方から鳥の鳴き声が辺りに響く。

 

 

「フェロー……?」

 

「急かすなって。あの子供たちからの依頼が終わったら、存分に相手してやるからさ。

……桜。あの気配を追えるか?」

 

「できるかもしれない。けど、ダングレストの時とは違うような……」

 

「なんでもいいわ。中央部をぐるぐる歩き回るより、各段にいいでしょ」

 

「そうね。私、考えるより動く方が好きだから。砂漠中央部までの道順は桜に任せるわ」

 

「賛成。頭を使うのもしんどいや……」

 

「魔物が出た時はどうするの?」

 

「そん時はオレやラピードがついてるさ。頼りにしてるぜ」

 

 

リタ、ジュディス、カロル、そしてユーリにまで先陣を任されて、私は大いに戸惑った。

このだだっ広い砂漠を気配だけを頼りに進んで行けと言うのか。

途方に暮れていると、やたら活力のみなぎっているレイヴンがニコニコと近づいてきた。

 

 

「俺様もついてるから、だいじょぶじょぶ。いざとなったら、背負って行ってあげるからね」

 

「私は平気だけど、他の皆がすでに駄目っぽいよ。特にカロル」

 

「残念~っ。俺の背中は女性専用なんだぜっ」

 

「死んでも倒れないわ。あたし」

 

「わたしもご迷惑をお掛けしたくありません」

 

「私も遠慮しておくわ」

 

 

レイヴンが背中を向けると、女性勢は一斉に拒絶した。

まあ、クソ怪しいおっさんの背中借りたら最後、何されるかわかったもんじゃないわな……。

元気なのがレイヴンと私しかいないので、仕方がないんだが。

 

 

「私でよければ、肩を貸すけど」

 

「ええ。お願いするわ」

 

「わたしもいいでしょうか」

 

「あら、皆甘えたさんね。私も甘えようかしら」

 

「ボクもお願いしようかな」

 

「少しは自重しろ。皆してもたれかかったら、桜が潰れるだろうが」

 

「そん時こそ俺様の出番よ。皆で桜ちゃんを変わりばんこに貸し出して、彼女がダウンしたら、最終的に俺様が背負うと」

 

 

嫌なスパイラルだな。

とりあえず、一番倒れそうになっているカロルはユーリに任せて、私はリタの荷物を持ち、腕を引っ張って歩くことにした。

リタの手がキュッと私の腕を掴む。

 

 

「ごめん、桜。あたしがあんたを守らなきゃいけないのに」

 

「構わないよ。いつもリタさんには戦闘とか、いろんなこと教えてもらってますから」

 

「あ……」

 

「リタさん?」

 

「……な、なんでもないわ」

 

「水、なくなったら、私の飲んで。結構残っていたはず」

 

「いいの?」

 

「いざ魔物との戦いになった時、喉が渇いて魔術が使えないってなったら困りますし。はい、どうぞ」

 

「あ、ありがと」

 

 

リタは私の水筒を受け取ると、私の方を見て少しためらったものの、ちょっとずつ喉を潤し始めた。

時折サボテンを見つけては、ほんの少し取れた水を水筒に補給し、微かな気配を追って砂漠を突き進んでいく。

砂地で足場も悪いのもあったが、皆の頑張りもあって、進捗は上々。前をひょいひょい行くレイヴンは、元気はつらつで後ろの方を歩く私たちに激を飛ばした。

 

 

「ほれ、たらたら歩くと余計疲れるぞ。女性陣を引っ張っている桜ちゃんを見習いなさいよ」

 

「なんで、レイヴンも桜もまだ元気なの……?」

 

「私、熱は痛いほど感じるんだけど、不思議と疲れはしないんだよね」

 

「桜の場合は体質か……? お前のところ、こんなに暑くなかったよな……」

 

「暑い時もあるよ。だけど、砂漠と比べるものじゃないか……。

なんでだろ? レイヴンさんも同じかな」

 

「同じ同じ」

 

「違うだろ。おっさんは、あれだ。人がバテてる時だけ元気なタイプ」

 

「ぶっ飛ばしたい……。桜、あたしをおっさんの方に投げて。……勢いでぶん殴る」

 

「魔導少女ロケットかよ。そして拾うのは私なんだな」

 

「当然でしょ」

 

 

暑さにやられながらも、リタはフッとニヒルな笑みを浮かべた。

レイヴン相手に自爆技をお見舞いしようとするとは、彼女、かなり頭がやられているようである。

レイヴンの後を歩いていたユーリも、これには待ったをかけた。

 

 

「無駄に動くなよ。桜も他人の世話ばっか焼いてないで、体力温存しとけ。

……ところで、結構歩いた気がするが、フェローに近づいているんだよな?」

 

「近づいてはいるよ。向こう、動いてないから」

 

「ったく、なんでこんな辺鄙な場所に住んでんのよ。

そういえば、ジュディス。あんた、砂漠に何しに来てたの?」

 

「ここの北の方にある山の中の街に住んでいたの。お友達のバウルと一緒に。

だから、時々、砂漠の近くまで来ていたのよ」

 

「砂漠に……?」

 

 

ジュディスが事情を説明すると、リタは眉をひそめた。

こんな難儀な砂漠、わざわざ来るような所ではないと思うが、彼女のことだからフェロー絡みだろうか。

これ以上詮索は避けたいようで、ジュディスは進みながら話題を変えてきた。

 

 

「それにしても、何かを探す余裕はなさそうね。これは」

 

「まったくな。命繋ぐだけで精一杯だ。唯一の救いは、桜が平気だってことか」

 

「クソ暑いけどね」

 

「おっさん忘れないでよ」

 

「とはいえ、オレたちが倒れたら、魔物の餌食だな……」

 

 

ユーリは砂漠のところどころに屯している魔物たちを遠目で警戒しながら、頬に流れる汗を腕で拭った。

立っているだけでも体力を消耗しているようだから、戦闘ともなれば、それも半端ないだろう。

なるべく魔物の遭遇は避けるように進んでいると、カロルが足を止めた。

 

 

「う、水がもうない……」

 

「オレのを使え、カロル。全部飲むんじゃないぞ」

 

「ありがと。ユーリ!」

 

「もー駄目……っ」

 

「リタさん!?」

 

 

ぞろぞろと進んでいくうちに、リタが私の腕にしがみついたままへたりこんでしまった。

その割には、私の腕を掴む手はきつい。

彼女はよろよろと頭を上げて、息を切らしながらに提案してきた。

 

 

「ちょっと……このへんで……休憩に、しない……?」

 

「こんなカンカン照りのところで立ち止まったら、日干しになりますよ。ほら、立って」

 

「……じゃあ、あんたの影にいる」

 

「もたれかかるくらいなら、おんぶしようか?」

 

「……お願い、しようかな」

 

「魔導少女が甘えんぼかい? めーずらしいねーっ」

 

「おっさんは後で殺す。絶対殺す」

 

「あーっ!」

 

 

私の身体に身を委ねようとするリタに背を貸そうとしたところへ、カロルが何かに気付いて、彼方へ駆け出した。

その異様な反応を見たレイヴンは、あーあと肩を竦める。

 

 

「お? ついにひとり壊れた?」

 

「水っ!」

 

「リタさん! 引っ張らないで!」

 

「あっ、リタ、桜。ちょっと気を付けて、砂に足を取られたら、危ないですよ」

 

 

エステルの忠告などなんのその、リタに物凄い力で引っ張られて、連れてこられたのは、日陰に広がる湖であった。

大きな岩が陽の光を遮り、そこからこんこんと綺麗な水がわき出している。

カロルは迷わず水面に飛び込み、リタもそれに続き、彼女に手を引かれる私も巻き込まれた。

 

 

「もう駄目かと思った……っ!」

 

「生き返る―っ」

 

「つ、冷たーっ!」

 

 

日陰でキンキンに冷えた水が私の太ももまで犯して、鳥肌が立った。

お陰で火照った身体がぐっと冷めたが、危うく下着までびしょびしょになることろだ。

私たちに続いてやってきたユーリたちは、リタとカロルの様子を見て、肩の力を抜いた。

 

 

「水遊びする力はあんのか。体力出し惜しみしてたな、この2人」

 

「おーっ、おーっ。これからの未来をしょって立つ若者が情けないね」

 

「うっさい、おっさん。一休みしたらぶっ飛ばすから、そこで待ってなさい。

桜、あんたも身体冷ましときなさいよ。また引っ張ってもらうんだから」

 

「リタばかりずるいです。次はわたしが桜に引っ張ってもらいます」

 

「エステルは体力余っているじゃないの。次は私をエスコートしてくれない」

 

「モテモテだな。桜」

 

「皆暑さで頭やられてるだろ……。ここは普通、男のユーリが頑張るところなのに」

 

「お前が疲れたらな。何、お前みたいな女の子ひとりくらい、なんとかなるだろ」

 

「私じゃなくて……」

 

「青年には魔物と頑張っててちょーだいよ。

桜ちゃんだって、延々リタっち引っ張って、もうくたくたなんじゃないの。俺様が負ぶってあげるよ。

フェローの住処だろうが、ノードポリカだろうが、人生のゴールだろが、どこまでも」

 

「いらない」

 

「ですよね!」

 

 

私が一言でぶった切ると、レイヴンは涙を呑んで歯を食いしばった。

新たな水場と休憩所も見つけて、一息する私たちは水筒一杯に水を汲んで、身体に溜まった熱を冷ます。

満足行くまで湖を堪能した私は、一足先にレイヴンと共に再出発のために待機していた。

 

 

「きちんと水浴びしなくていーの?」

 

「大切なのは寒暖差。あんまり浸かっていると風邪ひきそうだしね」

 

「俺様が温めてやるぜ」

 

「お断りするぜ」

 

「桜ちゃんのいけず」

 

「レイヴンさんのスケベ」

 

「スケベしゃなくて、紳士っつーのよ。

女性に対して、臆することなく心をオープンに振る舞う。これぞジェントルマンでしょ」

 

「下心全開を紳士とは言わん」

 

 

盛大にスケベ心の弁明するレイヴンに、私はげんなりした。

このおっさんの脳みそは、四六時中ピンク色かもしれない。

早くユーリたちの休憩が終わらないか、ソワソワしていると、レイヴンが空を見上げ、次に私を見て、首を傾げた。

 

 

「んだけど、なんでまた桜ちゃんは暑さに強いんだろね。お国柄? お住まいは暑い場所なの?」

 

「温かいし、暑いし、涼しいし、寒いことろ」

 

「俺に謎かけかい? ミステリアスな女の子は好みだよ。その上、不思議少女にやられると、年甲斐にもなくときめきすら感じちゃうんだけどね。

おっさん、ホントのこと教えてほしいなーっ」

 

「嘘はついてないよ」

 

「まだ語るべきことがあるってことなのね。

桜ちゃんの謎が深まったわ。ますます興味がわいてきた。君の全てを知りたい」

 

「知らなくていいよ。一生」

 

「笑顔の返しが痛いん! だが、そこがいい!」

 

 

挫けないおっさんに呆れながら付き合ってるうちに、湖の側で寛ぐユーリたちも、十二分に回復したようだ。

ここを拠点にして、また砂漠を探索できるだろう。

いつまでも休んでいる訳にはいかない、そろそろアルフたちの両親を探しに行こうと、腰を上げた時だ。

上の方から羽音が近づいてきたと思ったら、大きな水しぶきを上げて、1体の巨大な虫の魔物が舞い降りてきた。

 

 

「魔物!?」

 

「うああああああああっ! でっかい虫!」

 

 

突如現れた巨大な魔物によって、カロルが悲鳴を上げ、行き先の方で待機していた私とレイヴン、水場で休んでいたユーリたちと分断されてしまった。

私達を隔てたそれは大きな4枚の羽、前両足には鎌、クワガタのようなハサミの顎、同じく長い尻尾のある虫の魔物。大きさで言えば、ハーミットドリルとどっこいどっこいか。

などと観察している場合ではない。魔物は戦力が低い私とレイヴンへと牙を向けてきた。

 

 

「おっさん、そっち行ったぞ!桜を!」

 

「承知よ! 桜ちゃん下がって!」

 

「レイヴンさん!」

 

 

私が急いでレイヴンの後ろに行くと同時に、魔物は顎をしたから上へ突きあげてきた。

大きく突き飛ばされるレイヴンであったが、空中で受け身をとって着地する。

後一歩着地が後ろへずれていたら、急斜面へ真っ逆さまだったであろう。

 

 

「とう!――きっつーっ! 強力だったわーっ」

 

「というか、追い詰められてる私たち! 後ろの急斜面……落ちたら、這いあがれる自信ない!」

 

「みたいね。なんとか桜ちゃんだけでも、向こうへ行かせる方法があれば良いんだけど」

 

「レイヴンさんも一緒!」

 

「できればね。あっちで青年たちが頑張ってるのに――って、うおっと!?」

 

 

レイヴンが話している間にも、魔物はしつこく前足の鎌を振り降ろしてきた。

彼は小太刀で防ぎながらも、じりじり後退する。

向こうの方で、ユーリたちが懸命に攻撃しているが、ビクともしない。こちら以外に眼中にないようだ。

 

 

「えらいもんに、好かれちまったね。いくら青年たちが攻撃しても、ヘイトがあっちに向かないわ」

 

「ソーサラーリングで止められない?」

 

「言っとくけど。アーセルム号での、アレは駄目だかんね」

 

「う。でも……」

 

「桜ちゃん。俺が派手に攻撃するから、その隙に迷わず青年のところまで走ってね。後ろを振り向いちゃダーメよ」

 

「却下!」

 

「なんでよ!?」

 

「レイヴンさんに攻撃が集中するでしょう!」

 

「俺様を信じてちょーだい!」

 

「信じられるか! 行くならレイヴンさんも――」

 

 

レイヴンがおとりになると言い出して止めていると、魔物の攻撃が止んだ。

もう諦めてくれたのか、と思いきや、4枚の羽根を大きく震わせて、粉末のようなものを私たちの方へ振りまき始める。

レイヴンのゆるゆるの表情が一変して険しくなるなり、上着を脱いで私に覆いかぶせ、私を庇った。

 

 

「息止めて、この粉に触れちゃいけない!」

 

「レイヴンさんは……っ!?」

 

「ま。なんとかな……る……」

 

「レイヴンさん……?」

 

 

私の懸念を吹き飛ばすように、レイヴンは微笑むとあっと言う間に石と化した。

私が声をかけても、髪の毛一本に至るまで石像のまま、ピクリとも動いてはくれない。

アイテムを扱う上で知ってはいたが、本当に人が石になるなんて。――いやいや、驚いている場合じゃない。

私は慌てて鞄から、石化を解くとされるストーンボトルを取り出そうとしたが、両足がずしりと重くなった。

 

 

「私も石化してる……っ!?」

 

 

自分を見下ろせば、両足の膝辺りまで石化している。

幸いと行って良いのか、魔物の粉末も止んで、これ以上石になることはないが、身動きが取れない上に、レイヴンという戦力まで失ってしまった。

いいや、まだだ。今すぐストーンボトルをレイヴンに使えば、まだ間に合うはず。

 

 

「ストーンボトルって、何色だったっけ。そう灰色!」

 

「――桜! 伏せろ!」

 

 

遠くでユーリの声がして、ハッと顔を上げると、レイヴンを挟んで、魔物が大きく鎌を振り上げていた。

身を伏せようにも、足が言うことを聞いてくれず、バランスを崩してしまう。

後ろに倒れそうになって、思わず石化したレイヴンの腕を掴んだが、重くなった足でたたらを踏んだところ、斜面に足を踏み外した。

そのまま石像レイヴンとともに、急斜面へダイナミックサンドスキーする私。

 

 

「え? え? 嘘ーっ!?」

 

 

何メートルあるか知れない砂の滑り台に、私は石化した両足で踏ん張ろうとするも、同じく石化したレイヴンが重しになって、スピードは増すばかり。

凄まじい砂塵をあげながら、滑る、もとい落下する私とレイヴンは、ようやっと地面へぶつかり、大きな砂煙をあげた。

足から身体へピリピリと響く鈍い痛み。これが砂でなければ、更に石の足でなければ、かつてのカドスの喉笛のユーリ以上のものになった。……というか、普通に死んでいただろう。

 

 

「しかし足がはまった。動けない。……レイヴンさんは?」

 

 

周囲を見回してみると、私たちが落ちてきた斜面の反対側は開けた場所になっていた。遠回りになってしまうが、先へは進めるようだ。

そして、問題のレイヴンは、私の隣で頭から肩まですっぽり砂に埋まっていた。

砂漠に足がぶっ刺さった女子高生とドスコイポーズのまま逆さになっているおっさん……かなりシュールな光景である。

 

 

「観察してる場合じゃない。レイヴンさん、助けないと。

このままストーンボトル使ったら、砂で窒息死するよね。まずは掘り起こして。

……駄目、掘っても掘っても、元に戻っちゃう。なら、石の重みで……」

 

 

 

私はレイヴンを横倒しにして掘り起こすと、鞄の仲かから灰色の液体が入った小瓶を取り出し、レイヴンに振りかけた。

液体が滴る先から、彼は徐々に色を帯びていき、瓶が空になる頃には完全に石化から解放される。

ひとつ、ふたつ瞬きしたレイヴンは、身を起こすと、身を翻してバク転した。

 

 

「やー……。助かった、助かった。あんがとね、桜ちゃん。おっさん、危うく砂漠のど真ん中で永久に石像生活を送るとこだったわ。

ところで、なんでまた両足砂にぶっこんでるの」

 

「両足が石化したまま動けないのよ」

 

「よーし、今引っこ抜いてやるから、じっとてて」

 

 

レイヴンは腕まくりすると、後ろから私の両脇に腕を回して、勢いよく引っ張り上げた。

かなりも馬鹿力で、石で重くなった私の身体を意図も容易く砂から解放してくれる。

だが、勢い余って、後ろへ倒れ、レイヴンは私の下敷きになってしまった。

 

 

「レイヴンさん!?」

 

「お年頃の女の子なんて軽い軽い。……サラサラの髪にか細い身体、はりのあるお尻、イイ」

 

「ふんっ!」

 

「あだーっ!?」

 

 

如何わしい事のたまうレイヴンの脇腹に肘鉄を食らわして伸した後、私は重い両足を気にしながら、なんとか彼から離れようとした。

身を起こして、レイヴンからのこうと、その胸に両手を当てたところ、硬い何かが右手に触れる。

エアルこそ感じられないが、何か違和感を感じて、服越しに確かめていると、その手をレイヴンに掴まれてしまった。

 

 

「男の胸をまさぐろうなんて、いけない子だな」

 

「レイヴンさん。胸にあるこれって……」

 

「流石の俺様も、女の子に乗っかられ続けちゃうと、男としていろいろ限界なんだよね」

 

「あ……っ!」

 

「とと……。慌てないの。こけちゃうよ」

 

「ごめん。……それとレイヴンさん」

 

「なーに?」

 

「足がうまく動かせないことを良いことに、太もも撫でようとするの止めて頂きます?

殴られたいのか、顔面肘鉄がお望みか、それともこの石の足で踵落としをご所望か」

 

「あらん」

 

 

青筋浮かべる私にレイヴンはサッと両手をひっこめた。ぶん殴っていいよな、このエロおっさん。

私は自分の両足にストーンボトルを振りかけて、石化を解くと、まっすぐ立ち上がり、改めて気配を追ってみる。

 

 

「少し離れちゃった。ユーリたち、大丈夫かな」

 

「あの魔物、すんごい強かったからねーっ。まともにやり合うより、逃げた方が得策ってもんよ。

……まあ、この状況で青年が冷静な判断できてるか怪しいわ。ジュディスちゃん頼みかなーっ?」

 

「大丈夫。この気配を辿っていけば、必ず皆と合流できるよ」

 

「ここで待ってたら、上から降ってくるかもしれないよ。青年」

 

「いや、流石にそれはないでしょ……」

 

「大胆不敵な青年ならありえるわよ。動く? ここで待つ? どーする桜ちゃん」

 

「動く、かな。未だにフェローか怪しいけど、この気配の先に何かがあるに違いないもの。皆もそっちに向かってるはず」

 

「ではそのようにっ。お嬢様」

 

 

大げさに胸に手を当てて、甲斐甲斐しく頭を下げるレイヴン。本当に調子がいいのな。

胸と言えば、先ほど彼の胸を触った時、なんだか異様な感覚を覚えたんだが。

 

 

「レイヴンさん。その胸……」

 

「あらやだ。桜ちゃん、そんな趣味があったの。変態」

 

「違うわ! 左胸に何かはめ込まれてるのかって聞いてるのよ!

触った時に変な感覚がしたんだけど……」

 

「感覚……?」

 

「エアルを感じないから、魔導器じゃないよね。でも、触った感じは筐体と魔核のような気が……。

……そういえば、レイヴンさんの武醒魔導器って、どこにつけてるの?」

 

「……桜ちゃん」

 

 

私がひょんな質問を投げかけたところ、レイヴンはいつになく真剣な表情で私を呼んだ。

恐る恐る近づくと、レイヴンは耳元でこう囁いた。

 

 

「ひ・み・つ」

 

「ぐはぁっ!!」

 

「そんなに嫌がらなくても!」

 

「三十路超えたおっさんが、耳元に息吹きかけながら、"ひ・み・つ"なんてほざくなよ! 悪寒が走るわ!!」

 

「青年だったらOKなの? 若さって惨い!」

 

「更に嫌じゃ!」

 

「桜ちゃんのストライクゾーンが見えない」

 

「見えなくていい! 実際の所はどーなのよ!?」

 

「武醒魔導器は内緒」

 

「なんでよ!」

 

「ミステリアスなおじさまって、萌えるでしょ」

 

「不気味なおっさんに退化したわ」

 

「胸のは、まあ……古傷ってもんよ。痛いから、あんま触らないでね」

 

「古傷? 硬いのは治療の後ってこと……? ごめん。さっきはあんなに触っちゃって」

 

「いいの、いいの。君が俺のことなんて、気にする必要ないない。……と、返してもらうね。一張羅」

 

 

レイヴンはヘラヘラと笑いながら手を振ると、私が被っている羽織をさっと取って、袖を通した。

緩い服装に隠された鍛えられた身体に、戦闘能力、胸に大きな傷、年齢の分だけレイヴンは謎が多い。

当人は気にするなと言っていたが、過去に何か、きっとたくさんの出来事があったんだろう。

 

 

「レイヴンさんって……」

 

「ああ、羽織に桜ちゃんの香りが……っ」

 

「死ね」

 

「あだだだだ……っ! 待って、おっさん置いてかないで」

 

 

私は思い切りレイヴンの足を踏んずけると、さっさと先へ進んだ。

おっさんと遊んでいる場合ではない。一刻も早く皆と合流して、アルフたちの両親を探し出し、フェローに会いに行かなくてはいけない。

空気に交じって漂うような気配を頼りに、足場の悪い砂場をずんずんと進んでいく。

 

 

「近いような。遠いような。微妙な感じだなぁ……」

 

「桜ちゃん。エアルを辿れるなら、青年たちの武醒魔導器は追えないのかい?」

 

「……今の私なら、多分できる。この首の魔導器を外した状態で、皆がエアルをたくさん使ってるなら、追えないことはないけれど。

それって強敵と激戦してるって意味だから、ないことに越したことはないかな」

 

「……んじゃあ、俺のは無理か」

 

「レイヴンさん?」

 

「いや、なんも。一応、青年たちの方にも、アンテナはった方がいいんでない?」

 

「わかった。やってみる」

 

 

レイヴンの提案に乗って、私は首につけた拡散魔導器を外し、気を周囲に張り巡らせてみたが。フェローとは言い難いあの気配が強くて、他の方には回らない。

そんな折、また鳥の鳴き声がこちらに響いてきた。

私たちを誘うようなそれは、徐々に超音波のような耳障りな音へと変化する。

 

 

「おかしいわ。これ、鳥の鳴き声じゃない」

 

「あらら……。罠だったってわけね。近づかない方がいいわ」

 

「ううん。大量のエアルの消費を感じる。ユーリたちが戦ってるんだ。行かないと……!」

 

「待って。桜ちゃん。君の身の安全を考えれば、この先には行かせられないよ」

 

「でも……。この猛暑で激しい戦闘しているんだよ」

 

「俺は君の護衛だからね。悪いけど、君の命が最優先」

 

「と言うことは、私が行けば、自動的にレイヴンさんも戦闘参加ってわけね」

 

「いつの間にそんな小悪魔になっちゃったの。桜ちゃんは大人しく……」

 

「……っ!」

 

「て、急に大人しくなったわね。胸抑えて、具合が悪いのかい」

 

「こんな時に、……つぅっ!? これは……、本当にフェロー……っ!?」

 

 

レイヴンが見守る中で、カドスの喉笛で感じたような、激しいざわめきが私の胸を貫いた。

急激に高鳴る鼓動、揺らぐ視界、形容し難い感情が私の胸の内で暴れまわる。

昨日の今日だというのに、こうも私の心をかき乱されては堪ったものではない。

しかし、私の意に反して、あれが私を侵食し始めた。

 

 

「桜ちゃん!?」

 

 

瞬時に空気を読んだ私はレイヴンの腕を掴み、最初に感じた不思議な気配を目指して、一直線に駆け出した。

この炎天下、皆が体力を消耗した状態で戦っているのなら、そう長く持たないかもしれない。

レイヴンには悪いが、無理矢理にでも戦闘に加わってもらう。

 

 

「速! 桜ちゃん速いって! おっさんこけそう! てか、こけ……いだだだだっ!?」

 

 

引き摺ってでも彼を連れて行く。遠距離攻撃と回復役は欲しい。

そうしてしばらく進んでいったところに、見知らぬ中年の男女がいた。

誰だ。年齢や服装からするに、フェローの調査に借り出されたアルフたちの両親だろうか。なら、合点がいく。

 

彼らがが離れて目を見張る先、いつの間にかパティも加わった皆が得物を片手に、奇妙な生き物と交戦していた。

丸いコアを主軸にした宙に舞う闇色のエイーー封じられているはずの星喰みの眷属、アウトブレーカーがどうしてここに? それにこの気は一体?

 

 

「桜! 無事だったか!」

 

「桜ちゃんに激烈エスコートされて、おっさん華麗に参じ――ぶふっ!?」

 

 

ユーリは私の姿を確認するなり、安堵の表情を浮かべる。

私も足を止めて、引きづられてボロボロになったレイヴンを手放したところ、勢い余って砂漠の上を顔面でスライディングしていった。

彼は大きく海老反りになった後、しばらく倒れたまま動かなくなる。

放置してると、レイヴンはひとりですくっと立ち上がり、身体の砂を払った。

 

 

「誰も起こしてくんないって、酷くない?」

 

「加勢にきてくれたんじゃないのかしら、おじさま」

 

「俺様、ジュディスちゃんと桜ちゃんのピンチに颯爽と登場よ!」

 

「ある意味、疾走感のある登場ではあったな」

 

 

ジュディスに煽られて弓矢を構えるレイヴンに、ユーリは大きな溜息をついて呆れ返った。

私も迎撃すべく拳を構えたが、あれは私を避けて、仲間の方へ向かって行ってしまう。

慌てて避けるカロルは、怯えた目でアウトブレーカー見つめ、震え上がった。

 

 

「な、何? あんな魔物、見たことがないよ……!」

 

「怖がる暇があったら殴る! 桜、何してるの! あんたは下がって!」

 

 

そうはいかない。向こうが襲ってこないのなら、遠距離攻撃で攻めるのみ。

私は即座にスプレッドを発動し、アウトブレーカーの動きを止めた。

効いた。これが弱点だ。続けて拳をお見舞いし、ダウンさせる。

 

 

「桜が魔物を殴り飛ばした……!?」

 

「あいつ、またか!?」

 

「またかって、なんなのユーリ? 今の魔術は、あたしの……」

 

「え? ええ? なんで桜が戦ってるの?」

 

「桜ちゃん。魔物をぶっ飛ばしちゃったよ……何事?」

 

「あの時の強い桜の姉御なのじゃ!」

 

「……そう。これが貴方の言ってた、もうひとりなのね」

 

 

私が動いたことで、皆の動きが止まってしまった。

けれども、私の時間は有限で、相手も待ってはくれない。

アウトブレーカーはコアをかざすと、眩しい空が一変して闇に染まった。

 

 

「夜になった!?」

 

「桜が魔術使うわ、魔物殴り倒すわ、突然夜になるわ!

もう何が何だか、わけわかんない……っ! 暑さで幻覚でも見ているの!?」

 

「混乱している暇はねぇ! 今は急いでこいつを片付けるぞ!」

 

「桜はどうするの?」

 

「見たところ、普通に戦えてるみたいだけどねぇ……不思議少女。

雰囲気も全然違うし、一体全体どうなってるのやら。説明してくんない? 青年」

 

「そうしたいのはやまやまだが、オレもあいつも点でわからないことだらけなんだよ。

……あいつがあれになってるってことは、近くに始祖の隷長でもいんのか? オレたちが戦うのを高みで見物かよ」

 

「うちらも桜の姉御の活躍を見てるだけじゃいかんのじゃ」

 

「……ええ。まずはあれを倒しましょう。桜が止まらない」

 

 

皆が喋っている間にも、逃げるアウトブレーカーを私は追撃していた。

夜になってから、水の魔術が効かなくなってしまったので、火の球の魔術に切り替えて、連続で叩き込んでいる。

何故私を襲ってこない。何故ユーリたちのみ襲うのか。それにこの感じは、あの星の全ての命を喰う星喰みのものなのか。

そうこうしているうちにも、リタが大きな炎の塊を生み出していた。

 

 

「スパイラルフレア!」

 

 

彼女の詠唱に応えて、業火の塊がアウトブレーカーに直撃し、大ダメージを与える。

なるほど、あっちの方がよく効く。

私も同じく巨大な炎を生成し、アウトブレーカーに叩き込んだ。

 

 

「何、あの子。あたしのを見ただけで……?

しかも、あれだけファイアボール連発したのよ? エネルギー無尽蔵なの!?」

 

「驚くのは後にしろ。とにかく今は叩け。あんま桜に攻撃の隙を与えんな」

 

「いいえ。リタ、できるだけいろんな魔術を試してみてちょうだい。きっと桜が追撃してくれるはずよ」

 

「ジュディ。何を考えてやがる」

 

 

ユーリは言って、アウトブレーカーのコア目掛けて刀を振るう。

怯んだアウトブレーカーは、空かさずコアを掲げて、再び夜から昼へと空を切り替えた。

しかし、日差しをバックに空高く飛んだジュディスが、真っ直ぐコアを串刺しにして、その機能を奪う。

 

 

「――手っ取り早く勝つ方法よ。

私と貴方の我儘のせいで、ここに来るまでにかなり体力を消耗しているもの」

 

「桜を探すのは、我儘じゃないよ。大切な仲間だもん。ボクだってそうしてるよ」

 

「やっぱり探してくれてたのね、青年たち。おっさん、嬉しくて涙が出そう」

 

「桜だけだけどな」

 

「しどい! んだけど、俺たちが倒れちゃったら、誰が面倒みてくれるつーの? って話よ」

 

 

レイヴンは言うのが速いか、アウトブレーカーの炎の魔術で地から溶岩が噴き出て、彼に襲い掛かる。

彼は大きく後ろへ飛んで避けると、矢を連続で放って、アウトブレーカーをけん制した。

 

 

「桜ちゃんには悪いけど、ここは頼らせてもらうわ。攻撃は最大の防御ってね。

 

もちろん彼女が怪我しない程度にさ」

 

「要は倒れる前に倒すのじゃ。うちも桜の姉御に負けていられないのじゃ!」

 

「桜……。無理しないでください。貴方が怪我をしても、わたしには治す術がありません」

 

 

できれば、何もしないで欲しい。エステルの回復魔術は、私にとっては毒でしかない。

それにジュディスの攻撃によって、コアを失ったアウトブレーカーに後はなかった。もちろん、光の礫を撒き散らしたり、炎の魔術で抵抗してきたが、多勢に無勢。

ユーリやジュディス、カロルが武器で斬りつけ、パティの銃とレイヴンの弓がその胴を射り、エステルとリタの魔術が貫いて、私はそれらを観察しながら、マネできるものはし尽くした。

私たちの総攻撃をうけたアウトブレーカーが、徐々に弱っていく。

最後にカロルの倒れるような大剣の一振りで、アウトブレーカーが倒れ、跡形もなく消滅した。

 

 

「消えた……?」

 

「もうヘトヘトです……」

 

 

皆が息も絶え絶えになっている中、ユーリが消えたアウトブレーカーに目を見張り、エステルは腰を落とした。

そんな中、私の目の前に、一枚の羽根がひらひらと舞い落ちる。

その燃えるような羽根を手に取ると、微かにあのアウトブレーカーの気配を感じとれた。

これはフェローのもの。もしや先程まで戦っていたあのアウトブレーカーは彼の技によるものなのか。

気配を追うものの、始祖の隷長の気配は感じるが、彼のものではない。

私が炎の羽根を見つめていると、近くでどさりと重いものが落ちる音が聞こえた。

 

 

「はあ……っ。ボク、もう駄目……」

 

「な、何……言ってるの……。あたしも……」

 

「カロル……リタ……。わたしが……もう」

 

 

私が目で追うより早く、カロル、リタ、エステルにジュディスまで、倒れていった。

この暑さでの戦いで、熱中症になってしまったのか。

周りを見回してみれば、戦いを見守っていたあの夫婦も倒れている。

 

 

「サザエのつぼ焼き……よりも……グツグツグラグラ熱……」

 

「さすがの俺様も、もう限界……。桜ちゃん、ごめん」

 

 

他に気を取られている間にも、ラピード、パティが次々に倒れ、あれだけ体力が有り余っていたレイヴンさえも力尽きた。

砂漠の真ん中で倒れてしまっては、干乾びて死んでしまう。急いで水分を与え、冷所に移動させなければ。

だがしかし、私をもってしても、この身体では、全員を抱えて砂漠を越えるのは不可能。

諦めるな。私の意識が続く限り、1人でも多く助けなければいけない。でないと、あの私がひとり悲しんでしまう。

私は手近に倒れているレイヴンを抱えようと、手を伸ばし……、ユーリにその手を掴まれ思い切り引っ張られてた。

 

 

「桜……っ。戻って……こい」

 

 

引き寄せられるまま、私は彼の胸の中に封じ込まれてしまった。

まったくの不意打ちだ。このままでは、何もできない私に戻ってしまう。

駄目だ。いけない。今はまだ、皆を助けるまでは……。

懇願も虚しく、ユーリのその苦しいまでの強い抱擁、乱れた呼吸、激しい鼓動、熱い体温、それらすべてが私の意識がグラグラと揺らした。

 

 

「……」

 

「桜……」

 

「……ユーリ。苦しい」

 

「やっと……お嬢さんのお目覚め、か……っ」

 

 

"私"に戻ったのを見届けるなり、ユーリは微笑み、力なくその場で崩れ落ちてしまった。

急いで彼の上半身を起こしたものの、ぐったりしていて、汗すら引いてしまっている。

まずい。彼も例外なく熱中症にやられていたか。

私は急いで自分の水筒をあけて、倒れた彼の口元に少しずつ垂らした。

 

 

「ユーリ! しっかりして。今、水をあげるから」

 

「こんな……時に、まで、お前を……ひとりにさせるもんかよ」

 

「喋らないで。水を……っ!?」

 

「……あれは、カドスの喉笛の時の……っ!」

 

 

私が気付くのが早いか、ユーリが目で捉えるのが先か、真上から始祖の隷長の気配を掴んだ。

恐る恐る見上げると、空高くからカドスの喉笛で遭遇した、竜の始祖の隷長が舞い降りてくる。

竜は私たちの傍で着地すると、優しい目で私を見つめた。

 

 

「早く貴方の仲間たちを私の背に乗せてください」

 

「あ、貴方は……?」

 

「……貴方は理解しているものだと」

 

「わからないから聞いてるんですけど」

 

「……桜、逃げろ……。オレたちは……捨て置け」

 

「できるわけないでしょう。それにあの始祖の隷長はきっと……」

 

「私を信用して下さい。私は貴方と同じ者です」

 

「私と同じ……?」

 

「同じ。エアルを糧に生き、悠久の時を生き、世界を見守る祖たる存在」

 

「待って、私は……っ!」

 

「始祖の隷長。それが私であり、貴方でもある」

 

 

竜から、真っ直ぐ見つめられて、私は衝撃を受けたように身を震わせた。

目の前に佇む存在と私が同じと言うことは、やっぱり……。でも、私はまだ人間のはずだ、そのはずなんだ。いきなり叩きつけられた早すぎる答えに、覚悟も頭もついていかない。

驚愕か、怖れか、現実への拒絶か。全身の血の気が抜けて、異様なまでの脂汗が手ににじむ。

揺れる視界で、自分の震える手と、目下で私を見つめるユーリ、そして竜を見やった。

 

 

「違う。私は……違う!」

 

「桜……。こいつと同じって……?」

 

「違うの。ユーリ、私は……もともとっ!」

 

「デュークから聞いているはずです。貴方は私たちと同じ」

 

「止めて! ……私、まだ、人間で――」

 

「貴方は始祖の隷長になりつつあるのです」

 

「……っ!?」

 

 

竜に再度現実を突きつけられて、私の心は打ちのめされ、ユーリは目を見開いて、こちらを見上げた。

覚悟していたはずなのに。フェローに会ったら、こう言われるとわかっていたはずなのに。こんなところで、こんな状況で明らかになるなんて。

私はもう人間ではなく、始祖の隷長なんてものに変わりかけている。

……なんて、当の始祖の隷長に言われても受け止め切れられず、ただただ首を横へ振り、震えていると、ユーリが今にも閉じそうな目で私を捉え、起き上がろうとした。

 

 

「お前が……あれや、フェローと同じだって……? 幻聴か……?」

 

「動かないで、倒れちゃう」

 

「嘘だろ……?」

 

「……」

 

「黙るなよ……」

 

「……」

 

「お前の……声が聞きたい」

 

「……」

 

「桜……」

 

「……ユーリ。ごめんね……」

 

 

フェローに会う前に、ユーリに真実が明かされてしまった。

彼との約束を違えてしまったような気がして、どう答えていいのかわからず、私が声を絞り出すと、ユーリは微かに目元を緩める。

 

 

「そんな顔、すんなよ。……そんなの見たい……わけじゃ……、オレは……っ」

 

「ユーリ!……ユーリ!?」

 

「まだ大丈夫です。気を失っただけ」

 

 

私の胸ねもたれかかり、深く目を閉じ動かなくなるユーリの肩を揺すっていると、竜は安心させるよう柔らかな声をかけた。

カドスの喉笛のときといい、この時といい、この竜の始祖の始祖はなんなのか。

無遠慮なこの竜に、私は苛立ちさえ感じてしまう。

 

 

「……」

 

「このままでは、皆死んでしまいます。私の背に乗せて、近くの街まで運びましょう」

 

「近くの街……。マンタイクに貴方を連れて行ったら、大騒ぎになるよ」

 

「いいえ。あちらに見えるヨームゲンという街です」

 

「ヨームゲンって……っ!」

 

 

竜が目で指した先には、湖が見え、よくよく目を凝らすとそれに寄り添うような形で家々が立っていた。

千年前の航海日誌に記された街が、本当に実在しているなんて信じられない。

本当にヨームゲンなのか。この竜を頼っていいのか。デュークと知り合いのようだけれど、皆を任せられるのか。

私の疑いの目を察したのであろう、竜は目を細めた。

 

 

「私が信じられませんか?」

 

「この状況下で、それを言う? しかも、こんな時にあんなことを言うなんて」

 

「始祖の隷長になることは、何も恐ろしい事ではありません」

 

「別のものに変わること自体が怖いの!」

 

「現実は変わりません。貴方が変わろうとしていることも、仲間たちが危険な状態であることも」

 

「それって、脅し?」

 

「事実を伝えたまで」

 

 

尚も疑ってかかる私に、竜は辛抱強く説得を続けた。

始祖の隷長にとって、私の立ち位置がわからない。フェローは退いてくれたが、この竜は敵か、味方か。

いいや、それよりユーリたちだ。彼の額に手を当てると、早くも強い熱を帯びてきている。急いで涼しい環境で身体を休めないといけない。

 

 

「……わかった。とりあえず、今のところは貴方を信用する。皆の命に代えられない」

 

「ありがとうございます。では、参りましょう。語り継ぐ街ヨームゲンへ」

 

 

この竜には聞きたいこととぶん殴りたい気持ちが山ほどあるが、今は皆を助けるために、幻の街ヨームゲンへ目指すことにした。

デュークが話していたことは本当だったんだ。この竜や大きな鳥の姿をしたフェローと私が同じ始祖の隷長。人間を辞めつつあるんだ。

ユーリが目を覚ました後、どんな顔をすればいいのかわからない。

不安と恐怖に苛まれながら、私たちは灼熱のコゴール砂漠を後にした。

 

 

 

 

■続く■




コゴール砂漠です。
このスピードでヨームゲンにいける余裕はなかった。
原作だけでもフラグが多すぎて、拾うのに必死であります。
攻略本やシナリオブックにも描かれていない設定なんかもあるので、そこら辺は勝手に妄想させて頂きました。多分間違ってはいないと思う……きっと。

次回は、つぎはヨームゲンです。あの人との再会です。
主人公をどうしようかは、まだ考えておりません。ふらふらしています。多分作成しているうちに、妖精さんが現れて作ってくれるんだろうな、きっと。
それではまた。



瑛慈 翔
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