出会いは突然でした。
時期皇帝候補の争いが表面化し始めて、身動きが取り難くなった昨今。
自室に軟禁状態だったわたしは新しい本が読みたくて堪らず、早朝騎士の皆さんが朝礼に出ている隙をついて、こっそり図書館へ向かいました。
朝の澄んだ空気を堪能しながら、静まり返った城内を歩く。
自由の許されないわたしにとっては、つかの間の開放感。
ふと窓の外を覗いてみれば、街が徐々に目覚め始めていました。
活気のある商店街、行き交う人々、何処までも広がる青空、彼方へ跳び行く鳥たち。
でも、わたしは城の中。
ザーフィアスの新たなる王が決まるまで、ずっと。
皇族とは国を管理するもの。
評議会と騎士団を従えて、法を行使して、民の平穏を守るもの。
わたしは街に出たことがありません。
自分たちがしたことが、人々の暮らしに役立っているのかわかりません。
このままわたしは自分の力がどのように使われ、誰が幸せになるのかも感じず、毎日を自動的に過ごしていくのでしょうか。
物思いにふけていると、白い廊下にぽつんと黒い影が見えました。
近寄ってみると、それが黒髪の少女で、具合悪そうに屈んでいるのだと気づきます。
如月 桜というその女の子はお腹が減ってしまって、動けなかったそうです。
見たことのない不思議な服装をしていて、とても騎士や貴族には見えませんでしたが、フレンに助けてもらったとあれば、悪い人ではないでしょう。
何より、わたしを知らないことに興味を持ちました。
最初は助けてあげなくてはいけないという気持ちの方が強かったのですが、親しくしてくれる彼女に触れていくうちに、気持ちが温かくなっていったのです。
お友達。
フレンとは違う、同世代の同性の、身分の分け隔てなく接してくれるお友達。
絶対に届かないと思っていたものが、ある日突然、わたしの元に舞い降りてきたのです。
桜は親友になる為には、親睦を深めなければならないと話しました。
ごもっともです。
わたしも桜のことを知りたいです。
わたしのことも、あまりないですが、知ってほしいです。
フレンに邪魔されてしまいましたが、障害が多いほど萌えると、どこかの本に記してありました。
体制を整えて、いざ桜の元へ突撃です!
……?
おかしいです。
桜の部屋はモヌケの空でした。
フレンの部屋の隣だと聞いたので、間違いはないはずなのですが。
どこかへ出かけた様子はありませんし。
もしかして、例の件に巻き込まれてしまったのでは……っ?!
いけません。確かに桜はフレンと親しいようでした。
彼の影響力をわずらわしく思うものが、彼女を誘拐したのかも。
いくらフレンでも、人質をとられたら苦戦を強いられてしまいます。
例の件もありますし、早くフレンに知らせなければ。
しかし、彼の部屋も無人でした。
……まさか。
……まさか――っ
「二人駆け落ちするなんて、許せません!!」
君は虚をついて激しく
過激な噂が鬱陶しい
再会は突然でした。
ユーリは私の世界。私はユーリの世界。
一度は離れ離れになってしまった私たちでありましたが、紆余曲折を経て、無事帝都ザーフィアス城にて再会を果たした。
うん、私はまた瀕死状態だったし、彼は脱獄してだけど。
「体の具合はもういいのか」
「うん。平気みたい」
ザーフィアス城の一室で身を潜める中、漆黒の長髪を持つ美青年ユーリに尋ねられ、私は元気よく頷いて答えた。
一時は死に掛けたが、今は嘘のように活力がみなぎっている。
彼はそんな私が気掛かりなのか、心配そうな顔で覗き込んできた。
「調子が悪かったら、無理せずに言っていいんだぞ」
「気持ち悪くなるのは、魔導器つけている間だけだから」
そう。私はどういうわけかエアルに弱い体質らしく、エアルを用いた治癒術や魔導器を身につけたりすると、たちまち体調を崩してしまう。
その特異な体質はおろか、私自身の存在は一部の人間にしか知られていないのに、何故かキュモールというヒステリーに捕まり、魔導器を付けられてここに監禁されてしまった。
魔導器で具合が悪くなり、もうダメかってところで、たまたま城の牢屋に投獄されていたユーリが助けてくれたのである。
そんなことがあってか、彼は今だ闇色の瞳で私を見据え、微かな変化を見逃すまいとしていた。
「こっちにきて、医者か専門家に診てもらったのか」
「ううん。フレンさんが医者に診せると言っていたけど」
「目的が増えたな。
帰す方法を探しながら、なんでお前がエアルに弱いのか、専門家に診てもらう」
「いいよ、ユーリ。下町の魔核を取り返さなきゃいけないんでしょう」
「よくない。フレンから聞いてないのか。
エアルってのは、こっちで生活する以上切っても切れないもんなんだよ。
今日明日帰れる保証がないのに、いつまた今回みたいにブッ倒れるか、ビクビクしながら毎日過ごしたくはないだろう」
「あ、ううーん」
「お前がよくても、オレは嫌だから」
「ユーリがそんなこと言ったら、決まったようなもんじゃない」
「当然だ。必要だから決めたんだ。
なんだったら、辛い時には、オレの胸でも背中でも飛び込んでも良いんだぞ」
「タックルするかもしれないよ」
「どんと来い。フレンのタックル食らってたんだ。
桜の体当たりも余裕で受け止めてやるよ。
いざって時は冗談抜きで、お前背負ってでも世話してやるからな」
「あ、あのね、ユーリ。
非常に申し訳ないんだけど、そんなやる気になられても、私……」
「気にすんな。オレが勝手にやるって言ってんだ。
これ以上、お前一人を危険に曝したくないからね」
彼は私の頭を軽く叩いて、その整った顔を柔和に緩めた。
異世界の生活は心細いし、手助けしてくれるのはありがたい。
気になっているのは、ユーリが私がここに来てしまったことに責任を感じているんじゃないかということ。
私が強盗に襲われたのも、自分のせいだって考えるようなヤツだったし。
世界と世界を繋いじゃう穴なんて、人類がどうこうできるわけないのに。
しかし、彼が言っていることは正しい。
エアルと自分の関係を明らかにしなくては、今後の命に関わる。
そのためにも、この城から抜け出さなくてはならないんだけど、ユーリの怪訝な顔を見る限り、どうも厳しいようだ。
「デコとボコのやつ。本丸だからって、気合入れてやがるな。
なんかルブランの野郎の声まで聞こえるのは、オレの幻聴か」
「知り合いなの?」
「まあね。せめて、女神像ってところまで行けばワケないんだけど。
こりゃあ、一戦避けられねーかもな」
「女神像……。それって、お城入って左に行ったところにある女の人の像?」
「見たことあんの?」
「うん、まあ」
フレンにここへ連れてこられた時に、ちらっと見かけたことがある。
美術館にいけば、かならずひとつはありそうな何の変哲もない女性の石像。
女神像の場所を説明すると、ユーリは少し険しい表情で唸った。
「ああ、あの一階西棟のヤツな。
ったく、こっから一番遠い場所にあんのかよ」
「ここって、お城のどの辺りなの?」
「東棟の二階の南っ側」
「私とフレンさんの部屋の近くね」
「行ける気がするか?」
「どうだろう。朝少しだけ歩き回ってみたけれど、西棟に行くには二通りあったよ」
東棟と西棟を行き来するために一階と二階に渡り廊下があるのだが、朝行った時は檻があって通行不能になっていた。
今もそうであれば、通れる場所は二階の吹き抜けか、その下に広がる一階の中庭しかない。
「中庭は間違いなく張ってるだろうな。
あそこは、斬った張ったするのには丁度いい」
「戦うのはよくないよ。
私が囮になって、騎士達をひきつけているうちに、ユーリが進んでいくってのはどう?」
「ダメだ」
「なんで?」
「ルブランたちは、シュヴァーン隊だから当分問題ないが。
他の騎士の中には、キュモール隊も混じってんだぞ」
「ドサクサに紛れて、また拉致られるかもしれないってこと?」
「そういうこと。ま、オレがいる以上は、そんなマネさせないけどね」
「そうやって得意気に言ったって、刀はダメだってば」
「頑固なヤツだな。他に手があるってのかよ」
「ユーリの色仕掛け」
次の提案すると、彼は沈痛な面持ちで頭を抱えた。
「……オレの聞き間違いか。
今、桜の色仕掛けではなくて、オレの色仕掛けって聞こえたんだが」
「うん。ばっちりユーリって言った」
「幻聴じゃなかった。
オレの色香で、野郎をたらしこめるわけがねーだろ……っ」
「気合入れれば全然通るよユーリの悩殺攻撃。
戦うよりずっと良いと思う」
「オレは悩殺より、物理攻撃の方がずっといいと思う。
女相手でもゴメン被りたいのに、何が悲しくて野郎相手に色目使わなきゃならねーんだよ」
「私より美人だから」
「自分格下げしてまで、男相手に美人言うな。
せめてカッコイイって言え」
「うあーっ、ユーリカッコイイーっ」
「うわーっ。棒読みかよー。
言っておくが、オレは絶対しねーぞ。んなキモイ作戦」
「美人カッコイイのに」
「変な造語を作って、オレに突きつけるんじゃない」
「私を怒ってもしょうがないでしょう。
戦った方がマシって言うけれど、騒ぎになるのは必至だよ。
他の騎士が集まってきちゃったらどうするの」
「んなこと言われてもな……」
「私が囮になるのと、ユーリが女装するのと、どっちがいい?」
「その二択限定なのか」
お色気作戦に不満を見せるユーリであったが、二択を突きつけられ落胆した。
「お前はオレを男として見れねーのか、そうなのか」と嘆いていたようだが、センチメンタルになっている場合ではない。
結局悩みに悩んだ末、前者の手段に加えて、私が危なくなったら、ユーリが背後から気絶させる方法をとることになった。
「よし。オレが後ろについているから、お前は前だけ見てるんだぞ。いいな?」
「わかった。もしもの時はお願いね」
「任せとけ。……はあ、戦った方が早いんだけどな……」
「ユーリ」
「はいはい」
私はユーリとそんなやりとりをして、物置部屋から薄暗い廊下へと身を躍らせる。
誰かいるのではないかと一瞬身構えたものの、キュモールが手を回したためか、廊下には人っ子一人おらず、ルブランたちも遠くの方で声がするだけだ。
「これならいけるかも……」
背後からユーリの気配を感じつつ、いつやってくるか知れない足音と人陰に神経を尖らせながら、早足で静寂の廊下を進んでいく。
歩いては止めて、聞き耳を立てて再び進んでいくうちに、いよいよ難関である吹き抜けに到着。
中庭を見下ろし、後ろにユーリ以外に人がいないことを入念にチェックしてから慎重に進んで、西棟に足を踏み入れたところ、突然右の方から声が降りかかった。
「やや?! そちらにいるのはどなたかな?」
「……っ!」
先程までユーリのフルネームを連呼していた声の主が、薄暗闇の廊下から姿を現す。
相手は一人の中年騎士だった。この人がルブランなのか。
頑固そうな面構えで、一昔前の生徒指導員だか体育教師が似合いそうなタイプ。
シュヴァーン隊だってユーリが話していた通り、彼は白にオレンジのラインの目新しい服を着ていた。
「隊によっては、服のデザイン違うのかな……」
「その通り、このカラーは誉れ高きシュヴァーン隊のものである」
私の呟きに、彼は背筋を正してピシィと答えた。
フレンは空色で、キュモールの部下はブラウンに肌色のラインだったから気にはなっていたのだ。
「へーっ」と感心している私がおかしいのか、彼は怪訝に眉を潜めた。
「隊のカラーも知らないとは、貴方は一体何者ですか?
そのような格好で平然と城内をうろついているからには、只者ではありますまい」
「ああ、すみません。
私、フレンさんにお世話になっている者です」
「ほほう。貴方が……」
ルブランは私の顔を見て、記憶と照らし合わせるように何度も頷いた。
もしかして、私の情報がここまで広がっているのだろうか。
どちらにしても、あまり話を長引かせるわけにはいかない。
「えっと、出会って早々で悪いですが。
私、アレクセイさんとの約束があって、急いでいるんです」
「アレクセイ騎士団長閣下は多忙ゆえ、取り次いでも時間がかかりましょう。
今日のところは、大人しくご自分の部屋に待機された方がよろしいかと」
「どうしてですか?」
「只今城内に脱獄犯が潜んでいるからです」
ユーリのことだ。
あんだけ連呼していたのだから、間違いはない。
ここは私がなんとかしてやり過ごさないと。
ルブランは私の警戒が怯えたように見えたのか、宥めるように表情を緩めた。
「ご安心下さい。我々がついている以上は、貴方に指一本触れさせはいたしませんよ」
「あ、ありがとうございます」
その脱獄犯に抱き締められたんだが、私。
ユーリも近くでこの様子を伺っているんだろうけど。
「そうだ。その脱獄犯ってどんな姿をしているんですか?」
「長い黒髪の青年です。
下町で用心棒まがいなどやっておりますが、やっていることといえば、税金の踏み倒しや、不法侵入など、セコイことばかりで……」
「黒髪の男の人なら、見ましたよ」
「それは真ですか? 一体どこで?!」
「一階の食堂だったかな」
「なるほど、あそこなら地下牢から近く、隠れる場所もあるますな。
他の騎士たちに先を越される前に部下を呼び寄せて、ひっ捕らえなければ!
ユーリ・ローウェルめ。どこへ行こうとも、この私から逃げられはせんぞ!」
背中から炎が立ち上りそうな勢いで、いきり立つルブラン。
よしよし。食堂は東棟にあるから、少しは時間稼ぎになるだろう。
彼らが他に気をとられている内に、急いで西棟の女神像のところへ向かわなければ。
黙ってルブランが去るのを待っていたが、彼は今一歩のところで踏み留まり、私へ向き直った。
「いや、騎士たるもの、淑女を一人は置いて行けません」
「え」
「極悪人を捕まえる前に、貴方を部屋までお送りするのが先でしょう」
「私を部屋にですか?」
「騎士団長には一報入れておきますので、今晩はもうお休み下さい。
ささ、私が部屋までお送りします。お手を失礼」
「いいです。自分で帰れますから。
早く行かないと、脱獄犯が逃げちゃいますよ」
「照れなくても良いでしょう。
それとも、フレン殿以外の手は取らないとでも」
「や、そーじゃないですけど、ホントに自分ひとりで平気ですから」
「身持ちが堅いですな。流石はフレン殿の想い人。
彼と同じで真面目な方だ」
「真面目だなんて、そんな私フレンさんの想いひとぉぉおおおっ?!」
「聞こえませんでしたかな。
貴方がフレン殿の恋人と言ったのです」
「言われなくてもわかるわ! いや、わからんけど!」
「可愛いお顔を真っ赤にされて。
実際のところ、フレン殿とは、そこまで到達なされいるのですか」
「到達って、何処に?!
そもそも、なんの話をしているんですか?!」
「もちろん、貴方方お二人の仲がどこまで進展しているかです」
「き、騎士って意外に暇なんですね」
「雑談もあながち捨てたものではありませんぞ。
しかし、私はてっきり、フレン殿はやることは全て済ませたとばかり。
彼もまだまだ初心ですな」
ルブランにカッカッカと笑われて、私はワケもわからず身体中が火照りだした。
――フレンの恋人?! いつ、どこで、どうしてそうなった?!
よく思い出せ私。これは放置しちゃいけない事態だ。
昨日お城に来たときか。それとも朝廊下で掛け合いしている時か。朝食を一緒にしたこととか。
嘘だ。まったく当てはまらない。事実無根じゃないか。
こんな顔しなくてもいい筈なのに、全身が沸騰しそうで、一向に治まりそうにない。
「あの、待ってください。私、フレンさんとは何も……っ!」
「我々の間では、あの生真面目なフレン殿が女性を連れ込んだと、もっぱら噂になっております」
「それはアレクセイさんからの任務で仕方なくですよ」
「それが、騎士団の中に昨晩フレン殿が貴方の部屋に夜這い入ったのを目撃した者がおりましてな」
……夜這い?
夜這いって、日本の古い風習でなんかあったよな。
健全な現代の女子高生の私は、この緊急事態を打破する為に脳みその辞書を引っ掻き回した。
夜這いの意味 夜中にいやらしいことをするために、女性の寝ている場所に不法侵入すること。
「あんの爽やか変態野郎があああっ!
……いや、私全然記憶ないし! フレンさんがそんなゲスなことするはずがない!
嘘ですよね、嘘だと言ってください!」
「しかし、部屋から出てきたフレン殿の神妙な顔つきを見れば、明らかに何かあった後でしょう」
「何かって何?!」
「それ以上は、私の口からは言えません。
フレン殿は何もお話にならなかったのですか?」
言われてみれば、別れる寸前、しきりに何か聞かれたような気がするが。
まさかこのことに関係しているのではないだろうな。
ファーストキスを奪われ、挙句貞操まで……っ!
「いいや。まだ決め付けるのには早すぎるわ。
確かに朝起きた時、服とカバンの位置変わってたり、リボンと腕時計が外されてたとしても……。
……あれ? 自分で言ってて、段々怪しくなってきた」
「恋人同士なのですから、照れなくてもいいでしょう」
「動揺してるんですよ! つか、いつの間にか恋人同士に発展してる?!」
「あまりからかうと、フレン殿に斬られてしまいますな。
談話もここまでにしておきましょう。
貴方に万が一何かありましたら、それこそ申し訳がたちません」
「既に万が一が起きようとしていますよ。
騎士団で噂になってるって、私、ソディアさんになんて顔して釈明したらいいんですか!」
「怯えなくとも、フレン殿が守って下さりますよ。
貴方がつけている、その左の指輪だってフレン殿からのプレゼントでしょうに――」
和やかに話しかけていたルブランの声がいきなり事切れた。
ぐるりと白目を剥いて崩れ落ちる中年騎士。
代わりにその背後で、手刀を構えるユーリが無愛想に突っ立っていた。
「これでよし」
「まだ聞きたいことがあったのに」
「呑気に談笑してる場合じゃないだろ」
「そうだけど。ああ、なんで私とフレンさんが……」
私は普通にしていたつもりなのに、知らないところでフレンさんとの関係がカスタマイズされてた。
噂が一人歩きするって、マジであるんですね。
一人混乱している私を他所に、ユーリは慣れた手つきでルブランの手足をロープで縛り始め、ポツリと私の名前を呼んだ。
「なあ、桜」
「何?」
「マジでフレンとやったのか」
「んなワケないでしょ!!」
「だよなー」
ニヤニヤしながら納得するユーリから、そこはかとなく"お前、色気ねぇし"と聞こえたような気がして腹が立った。
ええ、その通りだ。私に男を引っ掛けるような魅力はない。
自覚がある分、無償に惨めに思えた。
「いいよ。どーせ、私はユーリと違って、エロスの欠片もないもの」
「なんでオレを引き合いに出すんだ。
その、なんだ。女の魅力はエロスで決まるんじゃないって、ハンクスじいさんが言ってたぞ」
「私にエロがないって、認めるんだな」
「違うって! だから、そんな怖い顔で睨むな、拳ならすな、にじり寄るなっ。
別にお前が色っぽくないとか言ってねぇだろ」
「言動の端々から、ニュアンスがにじみ出とったわ」
「お前はまだツボミだと言いたかったんだよ。
青い果実が好きな野郎は腐るほどいるぞ!」
「さすが幼馴染。励ますセリフも変態だ!
ロリコン受けしたって、嬉しくない」
「十五、六で、ロリコンはねーだろ。
フレンだって、そんなもん気にするような小さい男じゃない。
お前にだって、いくらでもチャンスはあるさ」
「いや、それがマジなら、尚更困るんだけど」
「難義なヤツだな」
フレンの好み云々はどうでもいいんだ。
風評乱すと彼の昇進に響く。んでもって、ソディアがキレる。
「つか、別にフレンさんの恋人になろうとか考えてないんだよ。
あの人、ナナメ上に突っ走り過ぎて、ついていけないところあるもの」
「あいつ、規律と礼節重視で、マジ融通きかねーからな」
「私だって、身ほどってもんはわきまえてるよ。
フレンさんってルックスいいし、優等生で、将来有望なんでしょう。
こんだけ高スペックなら、とっくの昔に可愛い女の子とか、美人の貴族に言い寄られているんじゃないのかな」
「下手にお近づきになって、取り巻きに後ろ刺されてもおかしくないな」
ユーリは「嫉妬の的にされたくなけりゃあ、ほどほどにしとけ」と苦笑すると、思い出したように私の左手へ視線を向けた。
「その指輪、フレンから貰ったらしいじゃねーか」
「ホーリィリング。私に治癒術はきついだろうって、フレンさんがくれたの」
問われて、左薬指に輝く指輪を見せると、ユーリはきな臭そうに目を細めた。
「きっちり釘刺してきたな、あいつ」
「なんの釘だよ」
「気にしなくていい。フレンに何言われたか知らないけど。
その手の指輪は、身に着けるだけで効果があってね。
別に他の指にはめても、問題ないんだよ」
「なんだ。あんだけ聞いてもスルーしてきたから、理由でもあるんじゃないかと思った。
私の世界じゃ左薬指は婚約の証だから、フレンさんに着けられたときは、本気でビビッたんだよ」
「……」
「あ、そうだ。こっちの世界でも、指輪をはめる指に意味があるの?」
「さあな。オレ、そういうデリケートな知識ないし」
「ここでは指輪の知識はマニアック?
他の人なら知ってるかな」
「城から脱出しようってのに、そんなもん気にしても仕方ねーだろ。
今回はルブランだったからいいものの。
また気を抜いて、別の騎士に遭遇なんてしたら、今度こそ戦うからな」
「う。わかった、ちゃんとする」
「それでいい。デコボコがやってくる前に、急いで一階へ行くぞ」
ユーリに先を促され、ホーリィリングを右薬指にはめ変えてから先を急いだ。
西棟も東と左右対称になっている以外は同じような造りになっており、何事もなければ、北にまっすぐ行って階段を下りるだけだ。
幸いユーリを呼ぶ声もないし、見張りの騎士だけやり過ごせばいい。
軽く辺りに注意を払っていると、早速階段の方から足音が近づいてきた。
「ユーリ、隠れて。ここは私が――」
「いや、なんか様子がおかしいぞ」
ユーリの言うとおり、耳に入ってくる騎士たちの「待て! 回り込むんだ」「お待ち下さい!」といったセリフは、私たちに向けられたものではなかった。
他にも脱走した人でもいるのかな。
でも、ルブランの話していた脱獄犯の特徴はユーリそのままだ。
考え込んでいると、ユーリに肩を叩いてきた。
「巻き込まれると面倒だ。別の道使うぞ」
「あ……うん」
やはり気になってしまう。
少しだけ様子を伺ってから、ここを離れてもいいだろう。
ちょっとだけ、と、覗き見るつもりが、意外な場面を目の当りにしてしまった。
「行かせて下さい。お願いします!」
「あまり手間を取らせないで下さい。……エステリーゼ様!」
「――エステリーゼさん?!」
淡い桃色の髪に可憐なドレス姿の女性。
間違いない、今日お友達になったばかりの皇族のお姫様だ。
なんでお姫様な彼女が、騎士に追われているのか。
考える間もなく、騎士たちの視線が一斉に私に集中した。
「そこにいるのは誰だ?!」
「あ……っ!」
しまった、私、今思いっきり名前叫んでた!
どうしよう、こんな剣呑な空気では、ルブランの時みたいにはいかない。
敵意剥き出しの騎士に睨まれ、凍りつく私。
しかし、間もなくして、何者かが私のすぐ横を横切った。
「おらよっと!」
「ごほっ?!」
ユーリが私の前に躍り出て、迫る騎士のわき腹に一発拳を叩き込み、地へと沈ませた。
「最近の騎士は、女性のエスコートもできねーのか。
ちったあ、ルブランのヤツを見習えよ」
「貴様、ユーリ・ローウェル?!」
「桜、コイツらササッと片付けっから、オレの後ろでじっとしてな」
「うん」
私を背中に控えて、ユーリは襲い掛かる騎士たち目掛けて気を膨らませた。
まずは一人目の騎士。
繰り出した一太刀を柳のように横へかわして懐に入ると刀の柄頭を叩き込み、屈んだところへ、左肘鉄を後ろ首の根に打ち込み昏倒させる。
すぐさま二人目の騎士が後ろから斬りかかってきたのを刀の鞘で受け流し、バランスを崩したところに左ストレートをわき腹一発、刀の鞘の一撃を背中に叩きつけて静かにさせた。
これをわずか十数秒でやってのけたのだ。
「お、おお、おおおっ」
「ま、これでしばらくは大丈夫だろ」
「強盗やっつけた時も思ったけど。やっぱり、ユーリ強い。
無駄のない動きっていうの? アクション俳優、いいえ、K-1より凄い!」
「落ち着け。後半言っている意味がわからねーよ」
「とにかく、ユーリが凄いって言いたいのよ」
「そりゃどーも。これでオレが頼り甲斐のあるお兄さんだとわかっただろ。
頭ひねるより、戦った方が断然早い」
ほら見ろとばかりに余裕を見せるユーリ。
私はてっきり刀振り回して流血沙汰にするんじゃないかと思ったが、ユーリはこの手の立ち回りに慣れているようだ。
だが、油断はできなかった。
何故なら、彼の背後から新たな殺意が迫っていたのだから。
「桜から離れて下さい!」
「うおっ?!」
突然エステリーゼがユーリの頭目掛けて、一抱えの花瓶を振り下ろす!
慌てて身を翻して回避するユーリであったが、まったくの不意打ちに動揺を隠せないでいた。
「て、テメエ! 桜の仲間じゃねーのかよ?!」
「親友候補です!」
「親友候補ぉ? 安心しろ、オレは桜の……」
「知ってます。ダッチワイフですね」
「ちげえええええっ!」
「そのフェロモン溢れる肌蹴た胸が、何よりの証拠です!
あの容姿端麗エリート騎士フレンを差し置き、桜と仲良くしているなんて。
まさかお二人の関係は、もはやディープなところまで……っ?!」
「んなワケあるかあああ! オレがいつ桜をたぶらかしたんだ! つか、たぶらかせねーよ!」
「フレンが言ってました。ユーリさんは友達ですが、会ったら気をつけるようにと。
脱獄犯でフレンが警戒するほどの人物であれば、桜を押し倒して事を迫っても不思議ではありません」
「待てエステリーゼさん。フレンの友達という要点はどこへ飛んでったんだ」
「フレンあのやろっ、他人にまで余計なこと吹き込みやがって。次会ったらブン殴る……っ」
「フレンを殴る? やはり敵なのですね」
「落ち着いて下さい。ユーリは脱獄犯ですが、ちゃんと理由はありますし、味方なんです!」
「貴方はこの人にほだされてるんです」
「ほだされたのではありません。
胸元と顔に激しく揺らぎましたが、私は至って正常です」
「お前、ドサクサに紛れてドコ見てたんだよ。
そんなにオレを男として見れないっつーなら、マジで……」
「とか言っている隙に! スターストローク!!」
「おぶすっ?!」
掛け合いの最中、エステリーゼが剣で衝撃波を放ち、ユーリをブッ飛ばす。
虚をつかれた上にいいところに入ったのか、彼はくったり倒れて動かなくなった。
「ユーリィィイイっ?!」
「さあ、今のうちに逃げましょう!」
「私はあんたから逃げたい。
それより、ユーリが、ユーリが! 陸に打ち上げられたタコのように微動だしないんですけど……っ!」
「近づいてはいけません。"友人の道を正すのは、友人の役目だ"と本で読みました」
「既にエステリーゼさんが道を踏み外してるよ」
「気のせいです」
「これが気のせいであって堪るか!」
「桜があの男をどう思っているかは知れませんが。
趣味は、お友達に影響されやすいのです」
「いきなりなんですか。参考元はまた本なのか。
貴方をここまで狂気に掻き立てる本が城の書棚に並んでることに疑問を抱かないのか、この国は」
「もしも、もしもですよ。
貴方がユーリさんの影響を受けて、胸元披露するような格好されたら、わたし……わたし。
視界に入る全ての有象無象を一人残らずこの世から葬り去らなくてはなりません!」
「安心して下さい。私にそんな度胸はなし、色気もない。
だから、変な使命感にとらわれるな。
とか言っている傍から、お願いです、無抵抗のユーリで実行しようとしないで下さい。
彼、私を助けてくれた恩人なんです」
「恩人、なのですか?」
「実は……」
エステリーゼが聞く耳を持ち始めたので、私はユーリが魔核を探している事、キュモールにやられた事、ユーリに助けられた事を手短に説明した。
彼女は配下の暴行に驚きはしたが、先のように暴走することはなく、冷静に受け止め。
ユーリが目覚めた頃には、自分が与えた傷に治癒術を施すほどの理解を示した。
「事情があったとは知らず、乱暴をしてすみませんでした」
「落とし前つけてもらったし、わかってくれたなら、この件に関しちゃあ何も言わねーけどよ」
「すみません」
「あんた、桜の親友候補のエステリーゼだっけ?
さっき普通に治癒術かけてくれたけど、その魔導器、ひょっとして――」
「あ……っ!」
「構えるなよ。きれいな魔導器してんなって、近くで見てみたかっただけだ。
それより、なんでまた皇族のお嬢さんが騎士に追われてんの」
「フレンに会いに部屋を出たら、騎士団に止められてしまったのです」
「朝フレンさんに会った後、何かあったんですか?」
「はい。詳しいことはお話できませんが、私には彼に伝えなければならないことがあります。
あの、桜はフレンと一緒にいたのではないのです?」
「いいえ。午前中だけですよ」
「フレンと駆け落ちしたのではないのです?」
「ごめんなさい。よく聞こえませんでした。
今エステリーゼさんの口から駆け落ちとかいう恐ろしい言葉が出現したんですけど、私の空耳ですよね」
「フレンと一緒に愛の逃避行に出たのではなかったのですか?」
「聞き間違いじゃなかった……っ」
「また変な噂が出回っているようだな。お前ら」
「噂の域を超えて悪意を感じる。ていうか、ここまできたら情報操作だろ!」
「違うのです?」
「違います」
一介の騎士から皇族の耳まで、噂が広がっているとは、お城の中ってそんなに暇なのだろうか。
こんだけ蔓延っているとなると、旅先のソディアさんの耳にも届いているかもしれない。
フレンを理想像に祭り上げて尊敬して止まない彼女が、こんな如何わしい話を真に受けでもしたら……。
「ソディアさんに後ろから刺される……っ」
「フレンの取り巻きの件を引きづってんなら、心配ねーよ。
オレがお前を無事に帰すまでそんなことさせないし、フレン引っぱたいてでも止めさせる」
「ゆ、ユーリ」
「よくわかりませんが、わたしもついています」
「いろんな意味で不安になってきた……」
「大丈夫です、桜に近づく下種どもは、わたしの剣で八つ裂きにしてくれます」
「なんだろう。言葉遣いは丁寧な筈なのに、端々から凶暴性が滲み出ているよエステリーゼさん」
「わたしのことは良いのです。今は一刻も早く、フレンに会わなくては。
桜、フレンの行き先に心当たりはありますか?」
「行き先かどうかは知りませんが、騎士の巡礼って慣行行事に出ていきましたよ」
「そんな、帝都の外?! フレンに危険が迫っているのに……」
フレンに危機?
青ざめたエステリーゼが零した物騒な言葉に、私とユーリは顔を見合わせた。
騎士の巡礼とは、各地の問題を解決しながら回る旅のはず。
その旅の最中、彼に危険が降りかかるというのだろうか。
うろたえるエステリーゼは、しばらく思案した後、何か決意したように頷いた。
「桜、わたしもついていきます」
「いや、ソディアさんヌッ殺されても困るから」
「そうではありません。わたしもお城からの脱出につき合わせて欲しいのです」
「フレンに伝えなきゃいけねーってのは。
あんたがザーフィアスから出てってまで、やらなきゃいけないことなのか」
「わたしでなければならないんです。お願いします」
エステリーゼは懸命に頭を下げて懇願した。
彼女がフレンに直接伝えなければいけない。
つまりは、私やユーリでは代わりは務まらない重大な話なんだろう。
友達の頼みだし、私は構わないのだが。
実質、この中で言動力を持っている彼はどう思うのだろうか。
「ユーリ……」
「いいんじゃねーか。エステリーゼみたいな戦力や治癒術があると助かるしな」
「ありがとうございます」
あっさり承諾したユーリに、エステリーゼはホッと安堵の息をついた。
続けて、彼女は踵を返し、私たちをどこかへ誘おうとする。
「そうと決まれば、旅支度をしなくてはいけません。
わたしの部屋で準備をしますので、桜もついてきて下さい」
「私も?」
「わたしのドレスもそうですが、桜のその格好も目立ちます。
わたしの部屋で、旅人を装うに相応しい服に着替えましょう」
制服姿は目立つのか。
不思議な服とか言われてたから、こちら側の世界じゃあ珍しいのかもしれない。
時間は大丈夫なのか、ユーリの顔を伺うと、彼は表情を緩め、言って来いとばかりに手を振った。
「エステリーゼの言葉に甘えてこい」
「いいの?」
「お前もオレがあっちにいた時、この格好が目立つって、親父さんの服貸してくれただろ。
こっちじゃ、逆にお前の格好が独特なんだよ」
「そんなに浮くかな……」
「それに評議会、キュモールがお前を野放しにするとは思えないしね。
特徴はなるべく消しといた方がいい」
「なるほど。私だとわからないようにしなきゃいけないか。
わかった。気合入れて、変装してくる」
ユーリの指摘に従い、彼と共にエステリーゼに続いて、一枚の扉の前へとたどり着く。
「ここがエステリーゼさんの部屋ですか」
「はい。お友達を招待するのは初めてなので、少しドキドキしています」
「あ、気持ちわかりますよ。人の部屋って、性格でますからね」
「そうなのです? 部屋は主の心を表しているのです? ふ、不覚でした……っ。
待ってください。今すぐわたし色に染めてきます!」
「偽装する気か。時間ないんですから、また今度にしてください」
「残念です」
「じゃあ、ユーリ。私たち着替えてくるから、ここで待っててね」
「ああ。キレイに着飾ってこいよ」
冗談を飛ばすユーリを廊下に残し、いざお姫様の寝室に踏み込む。
そこは私の部屋の二、三倍の広さを誇る、豪邸の一室でした。
カーテンから絨毯、タンスに鏡台に至るまで、これでもかと言うくらい美しい装飾が施されている。
テレビで流れていたベルサイユ宮殿とかに負けず劣らず豪勢な佇まいだ。
「どうです? 変ですか?」
「凄い。広くてキレイで、私、天井付ベットなんて初めて見た」
「一緒に寝ます?」
「寝ません」
「"お友達は寝食共にするもの"と本に書いてありました」
「著者は誰だ。呼んで来い。ドツき倒してくれる。
部屋の感想は後にして、今は着替えないといけないでしょう」
「そうでした。待っていてください。桜に似合いそうなお洋服を探しますね」
言って、彼女は沢山あるクローゼットの中を物色し始めた。
身長はもちろん体格も違うから、私に合う服があるかどうか。
私の懸念を他所に、エステリーゼは何着か広げてきた。
「これなんてどうです?」
「うわあ、キレイなワンピース。いや、丈長いからローブって言うのかな。
こっちはロングコートに、ジャケット。
お姫様の服だけあって、華やかだけど比較的無難な服が多くて助かります」
「気に入ってもらえたようで、安心しました。
ユーリみたいな奇抜なファッション求められたら、もう二、三発スターストローク叩き込んでいたかもしれません」
ユーリにか。
今更ながら、彼女を同行していいものか不安になってきたが、本人が承諾した以上、私がとやかく言っても仕方がない。
いつまでもユーリを待たせるわけにはいかないので、さっさと決めてしまおう。
制服を脱いで、手近にあった白いローブに袖を通した。
「とってもお似合いですよ。桜。
清楚で慎ましい感じがします」
「ありがとう、エステリーゼさん。
ローブは体格選らばないけど、裾長いです。走り回ったりするには、ちょっと不向きですね」
「では、こっちのコートは如何でしょう」
「ああ、これなら動きやすいかも」
「下の防御が手薄ですね。ストッキングを用意します」
「ストッキングは裂ける。
知らない内に裂けた時の恥ずかしさはハンパないです」
「んじゃあ、いっそのこと、生足でいいんじゃねーの?」
「それじゃあスカートめくれた時がハンパないでしょう。
ユーリ――」
自然と会話していくうちに、いるはずのない人物の相打ちを打って硬直した。
ゆっくりと視線を下へ向けると、そこにはコートから覗く生足を見つめるユーリの姿が。
「よう」
「ユーリ、おまああああっ!」
「ユーリさん?!」
「オレのイチ押しは、ミニスカにねこみみだ」
「知らねーよっ!」
恥ずかしさのあまり全力でゲンコツを繰り出したが、ひらりとかわされてしまった。
「避けるな! 潔く私の鉄拳制裁を受けろ!」
「無茶言うな。
お前が自分の魅力を嘆いてたから、男の視点でアドバイスしただけだろ」
「頼んでない!」
「ユーリさんのアドバイスは不要です。
桜の服はわたしが全て清らかで可愛らしく見立てますので、貴方はそこに座って大人しく待機して下さい!」
「いや部屋に待機されても困るんだけど」
エステリーゼ的に覗きはOKなのか。
多分ボケであってほしい。
「ユーリ。私ここに入る前に、廊下で待っててって言ったでしょ」
「入ってくるなとは言われてない」
「減らず口を……っ」
「怒るなよ、生足、充分そそられるぞ。自信を持て。このオレが保証する」
「だったら、親指おっ立ててないで、それらしいリアクションしろ! いやされてもムカつくけど」
「オレは顔にでないタイプなんだよ」
むっつりスケベなのか。言われてみれば、ユーリが鼻の下を伸ばす姿なんて想像できない。
「リアクションねーからって、許す理由にはならんわ」
「殺意あらわにするなよ。
なんだ、色気づいて野郎に言い寄られるのは嫌なのか」
「色気って簡単に言うけどね……っ」
「桜。不安がらなくても大丈夫ですよ。
言い寄る下賎な連中は、貴方の視界に入る前に消えますので無問題です」
「それはもしかしなくとも、エステリーゼさん直々消すってことですか。殺人的な意味で」
「フレンとユーリさんも頑張って消してくれます」
「消すな!いらん努力こやさなくていい!
も、ってことは何か。エステリーゼさんもバリバリ殺る気なのか?!」
不吉な事を口走るお姫様に、私は戦慄を覚えた。
彼女一人でフレン探させたら、非常に危険じゃないだろうか。彼女の周りが。
私たちの様子を見ていたユーリであったが、思い出したようにドアの向こうを気にしながら表情を引き締めた。
「今すぐ服が決まらないんだったら、適当なの持ってって、街に出てから考えろ」
「何よいきなり」
「オレだって、初めっから、お前の服選びに参加するつもりはなかったんだよ。
大人しく外で待ってるつもりだったんだが、どうも騎士たちの様子がおかしくてな」
「ヤバイと思って、部屋に入ってきたの?」
「あの騒ぎよう、どうもオレら以外に侵入者がいるみたいだ」
「言いたいことはそれだけか」
「マジだって信じろよ」
「だったら、入室前にノックぐらいせんかい」
「オレとお前の間にノックは不要だ!」
「今この瞬間から、私とあんたの間に断崖絶壁の溝が出来ましたよ」
「お前は、遊び場取り合ってケンカしてるガキかよ」
「乙女の部屋に無断入室したユーリの神経は思春期迎えた少年を持つオカンのようだよ」
「オカン……っ? よりにもよって、オレがオカン?!
異性に対して、他にもっとこう言い方あるだろ……」
親父の方がよかったのだろうか。
私の痛恨の一撃を食らったユーリは、呆れて力なく項垂れた。
――これはチャンスだ!
「ユーリが挫けた! 今ですエステリーゼさん!」
「了解です。スターストローク!」
「おおっと、同じ手は通じないぜ!」
「と見せかけて、とう!!」
「ごっ」
私の合図に応えてエステリーゼが渾身の衝撃波放つ!
ユーリは一発目を上手く避けたものの、二発目の分厚い本は避けきれず、本の背が顔面に直撃して撃沈した。
「成敗です」
「助かりました。エステリーゼさん。
でも、ユーリが言ってた侵入者ってのが気になるな」
「憂慮すべきことなら、尚更急いで準備しまいましょう。
こうしている間も、騎士団が警備を固めてくるかもしれません」
どの道急いているのに違いはない。
沢山の服の中から、動きやすくて、丈夫そうな服を選び出す。
その内、軽くてしっかりした白いロング丈のトップスが目に付いた。
試しにブラウスの上から着てみると、意外にしっくりときたではないか。
「ブレザーの代わりにこれを上に着たら、随分マシになるんじゃないかな」
「シルククロークですね。ぴったりですよ。清純で可愛らしいです」
「エステリーゼさんも着替えたんですね。
白とピンクの配色が似合ってますよ」
「ありがとうございます」
素直に感想を述べると、彼女は柔らかい笑顔を浮かべた。
髪色と同じピンクの装束の上に、白いジャケットを羽織っていて、スカートがチューリップのように開いていて愛らしい。
「準備も整ったことだし、早く一階の女神像まで行きましょう」
「一階の女神像に何かあるのです?」
「ユーリがそこまで行けば脱出できるみたいなこと話してたから。
そーいや、きちんと話聞いてなかったな……」
ユーリ叩き起こして、脱出の手順を説明してもらわないと。
彼が騎士たちが騒いでいたと言っていたが、現在は落ち着いているだろうか。
「……あれ?」
「桜、どうかしましたか?」
「いや、今、窓が揺れたような」
「風じゃないでしょうか。ザーフィアス城は街を見下ろせるほど高い場所にあります。
海にも近いですし、風がよく通るのですよ」
「へー」
ここからでも街の様子が伺えるだろうか。
ガラスの暗闇を覗き込もうとして、ふと違和感を感じた。
――街明かりが欠けている?
窓の外に柵でもあるのだろうか。それにしては、形が歪だ。
不思議に思って、よーく目を凝らしているうちに、その考えはすぐに拭い去ることとなる。
ガラスの向こうで影が蠢き、鋭い眼光が私へと突き刺さったのだ!
「うああああああっ?!」
「桜!」
悲鳴を聞きつけたユーリが、立ち上がり、私の前へと駆けつける。
それを待っていたかのように、大きな影が窓を突き破って部屋に侵入してきた。
「見つけたぁああ! 見つけたぞ!」
影の正体は一人の青年だった。
赤とイエローのメッシュの入った髪に、動きやすそうな黒装束を身にまとっているが、年齢はよくわからない。
というのも、狂気に歪んだその表情が正確な年齢と正気を完全に損なわせているのだ。
「あんた何者……っ」
といいかけて、はっと息を呑んだ。
青年の両手にぎらつく刃が目に入ったからだ。
ユーリも青年から放たれる只ならぬ気配を感じたのか、私を背に置いたまま警戒の色を濃くした。
「よくわからねーが。こいつぁ、お近づきになりたくないタイプだな」
「その女の前に男……? そうか、そうか。
やはり、お前がフレン・シーフォだな……っ」
「はあ?」
「俺の名前はザギ。お前を殺す男の名前だ、覚えておけ。
そして死ぬがいい! フレン・シーフォ!」
ワケのわからない事を口走った青年ザギは狂喜しながら、ユーリに襲い掛かる!
フレンを殺すとは、一体どういうことだ。
もしかして、エステリーゼの言っていた危険のことか。
というか、その人ユーリなんですか。
疑問と突込みが脳内で飛び交う間にも、ザギはユーリに迫り狂う。
私の根も葉もない色恋話に、エステリーゼのお城脱出、ユーリに襲い掛かる謎の襲撃者。
今にして思う。
全部フレン絡みじゃねーか、コンチクショーと。
本人呼んで殴り倒したいところだが、帝都を旅立ってしまった以上、それも叶わず。
この切迫した展開も猶予をくれなかった。
■続く■
長くなったので、2話に分けました。
前回の後書き通りにラピード出すまでやろうとしたら、軽く80KB越えたので、慌てて編集しましたよ。
確認するのも大変ですが、同じく読む方もしんどいと思うので。
とりあえず、ユーリが酷い目に遭っているが、愛だとわかって欲しいです。
自分にとってユーリはカッコ良くて、優しくて、包容力のある兄貴なのです。
お姫様の攻撃だってへっちゃらさ!
うん、まあ、ほどほどにするつもりですが、作成しているうちに脳みそマヒしそうで怖い。
彼、女心はわからなみたいですが、女性には優しいみたいですから(ソディアは除く)。
主人公と上手く絡めればいいなと。
それではまた。
瑛慈 翔