明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

40 / 50
【第40話】星が陰って光が消えたら

桜は堪え性であり、頑固者だが、人一倍一生懸命なヤツだ。

こっちに来てからいろんなことがあったってのに、あいつは投げ出さず、オレたちの役に立とうともがき続けた。

怒ったり、笑ったり、拗ねたり、泣いたり、いろんな表情を見せてくれる、どこにでもいるようで、ここにしかいない女の子、それがお前だ。

 

 

ま。桜といると、退屈はしないってことさ。

冷や冷やさせられることもあったが、どれもこれも色鮮やかで眩しい毎日だ。

 

 

カドスの喉笛で、膝枕をされた時は内心驚きはしたものの、新鮮で嬉しかった。

魔物のいる洞窟の中だってのに、あまりの気持ちよさに少し寝ちまったくらいだ。

次はもっと落ち着いた場所で、のんびりしたいもんだよ。

 

 

そう。マンタイクの湖畔で、桜を抱きしめた時のように。

 

 

オレはオレのやり方でこの世の悪党を裁く。もう腹は括った。

けど、現状、オレしか頼る人間がいない桜はどうなるのか。

随分勝手だとは思ってたよ。

 

 

当然、あいつはオレがやったことを許してくれはくれなかった。

人を殺ったんだ。オレが怖かっただろ。恐ろしいよな。

 

けど、あいつは嫌がらず、拒絶せず、オレを大人しく受け入れようとする。

その柔らかく小さなお前の身体に触れる度に、重く荒んだ心が軽くなっていった。

ほんのひと時だ。一息吹いてしまえば、消えちまいそうな、泡沫の時間はあっという間に過ぎて行ってしまう。

もっとこうしていたい。もっと長くお前を確かめてみたい。オレには分不相応の欲望が、胸の中を巣食う。

 

 

あいつの不思議な力も、身体の中の魔核も、もうひとりのあいつも、フェローに会えば、何もかもが明らかになる。全てケリがつくとはいかないが、解決の糸口にはなるはずだ。

全部片付けちまえば、またお前との旅が続けられるだろう。ギルドだって楽しくやっていけるはずだ。

今にしても思えば、とても都合のいい話だった。自分よがりだったかもしれねえ。

問題はそんな簡単なもんじゃなかった。

 

 

コゴール砂漠で奇妙な魔物を撃退した後、この暑さで無理が祟ったのか、オレと桜以外の皆は倒れちまった。

朦朧とする意識の中で、あれに支配された桜を強く抱きしめて、取り戻そうとする。

オレの見えないところで、勝手をされては困るからだ。

 

 

ようやっとあいつが戻ってきた頃には、オレは限界寸前まで体力を消耗していた。

桜は必死にオレに水を与えつつ、懸命に声をかけてくれるってのに、身体が言うことを聞いちゃくれない。

オレがくたばったら、こいつひとり砂漠へ残してしまう。

それだけはさせるかと踏ん張っていたら、カドスの喉笛で遭遇した竜がやってきた。

 

 

高みで見物していた始祖の隷長は、お前だったのか。

いい餌が手に入ったもんだよな。けど、桜は駄目だ。こいつだけでも逃がさねぇと。

けど、桜はオレの訴えに耳を貸さず、じっと竜を見つめた。

 

 

そして、竜は桜にこういったんだ。

お前も自分と同じ、始祖の隷長だと。

 

 

桜が鳥の化け物フェローやベリウス、この竜と同じだと?

確かに桜は異世界人だが、エアルの耐性以外は、オレたちと変わらない人間のはずだ。

たが、今まで見てきた桜の不思議な力の存在がそれを否定しようとする。

 

 

始祖の隷長になりかけてるって ……いつからだ。

こっちの世界に来てからか、ザーフィアスで死にかけた時か、ノール港で魔導器を捜している時か、ヘリオードの結界魔導器が暴走した時からか。

それとも、ガスファロストの時で、様子がおかしかった時なのか。……どこで見落とした。

 

 

桜はこのことを知っていたのか。知ってて、ひとりで悩み苦しんでいたのか。

フェローに会うことで、明らかになることを覚悟していた?

そもそもお前が始祖の隷長なんて、得体のしれないものになろうとしているなんて、本当なのか。

残る力を振り絞って声をかけ続けたら、桜は今にも泣きそうな表情を浮かべて、謝ってきた。

 

 

なんて顔をするんだ。オレはお前にそんな顔させるために、一緒に旅をしてきたんじゃない。

いつものように笑って、嘘だと言ってくれ。でないと――

 

 

「桜……っぅ!」

 

 

オレが目を覚ますと、突き抜けるような頭痛が襲った。痛みに耐えながら、目を見開くと、ぼやけた視界にまず見知らぬ天井が映る。

続いて、自分の置かれたベッド、周囲を照らす淡いランプが視界に入った。

ここはどこだ。

長いこと暑い場所にいたせいか、まだ少し頭が痛む。

ゆっくり身を起こして、周りを見渡せば、オレの隣のベッドにカロルとリタがそれぞれ眠っていた。

 

 

「確か、砂漠で……。天国ってわけじゃなさそうだな……」

 

 

どこかの宿屋のようだが、マンタイクのとはまるで雰囲気が違う。

あっちの街並みはほとんどが石やレンガ造りだったが、こっちは温かみのある木造建だ。

おまけに砂漠では見ない観葉植物までおいてやがる。

 

 

「あれからオレは竜の化け物に……。桜は……? 桜はどこだ?」

 

 

部屋中を見回しても、あいつの姿は見えない。廊下に出て、手近にいた給仕を捕まえて、他に仲間がいないか尋ねてみた。

オレたちが街の入り口で倒れているところを見つけて介抱してくれたらしく、その人数は9人と1匹。桜らしき女の子はいなかったらしい。

もしかしたら、外にいるんじゃないかと思って宿屋を出ると、外で待ち受けていたパティが抱きつかれた。

 

 

「ユーリ。おはようさんのチューなのじゃ」

 

「お前が大人になったら考えてやるよ。……桜はどこだ?」

 

「今、おじさまが捜しているわ。

私たちも貴方たちが起きてから、手分けして捜そうと思っていたの」

 

「捜すってこたぁ、あいつ、やっぱここにはいないんだな」

 

「はい。何故か桜だけいないんです」

 

 

オレがバティに尋ねたら、架け橋の欄干にもたれかかったジュディが代わりに答え、エステルは沈んだ顔で俯いた。

桜だけ助けられなかったってのはおかしい。あの暑さでただひとり、しっかり意識があった。オレらが生きていたなら、あいつだって必ず生きてるはずだってのになんで。

考え込むオレに、エステルが心配そうに寄ってきた。

なんでか剣を片手にして。

 

 

「ユーリ。大丈夫なのですか? 何故です?」

 

「何故じゃねぇだろ。エステル。その剣はなんだ」

 

「誰に助けられたのかわからないので、放置していましたが。

これは桜の目がないうちに殺れという運命の思し召しでは?」

 

「そんなのあって堪るかよ」

 

「運命はいつも残酷なのです」

 

「エステルが残忍なだけだろ。パティとエステルは元気そうだな。ジュディは、大丈夫なのか?」

 

「ええ。とりあえずはね。アルフたちの両親も無事よ。今は街を見て回っているわ」

 

 

ジュディは橋の下に流れる川を見下ろし、次に辺りを見回した。

コゴール砂漠の近くとは思えない程、緑が豊かで穏やかな場所だ。

宿屋の人は街の入り口でオレたちが倒れていたところを助けたと言っていたが、誰がここまで運んだんだ。

 

 

「砂漠で倒れた時、カドスの喉笛で会った竜がやってきたんだよな」

 

「竜?」

 

「ああ。見なかったのか?」

 

「いいえ。私は見なかったわ」

 

「わたしも何も……」

 

「うちは砂しか見えんかったのじゃ」

 

 

オレが問いかけると、ジュディとエステルは小さく首を横へ振り、パティは元気よく手を上げた。

パティ、そりゃあ、何も見てなかったってことだろ。

やっぱあの会話は、オレと桜にしか聞こえてなかったか。

 

 

「竜は自分の背にオレたちを乗せろと言ってきた。恐らく、オレたちを助けたのは、あの竜だろうな」

 

「でも、桜だけがいません。……まさか、わたしたちと引き換えに彼女が竜の犠牲に!?」

 

「そりゃないだろ」

 

 

エステルが衝撃に打たれたように身を震わせ、オレの両肩を掴んできたので、すぐに否定した。

やってきた竜と桜との会話からすると、少なくともオレたちを取って食おうってわけじゃなかったはずだ。

 

 

「理由はわかんねぇが、竜の態度にみてりゃあ、敵意は感じられなかったよ」

 

「敵意がない。その竜と会ったのだとしたら、桜は……」

 

「ジュディ。桜がなんだって?」

 

「彼女、竜と何か話してはいなかった? カドスの喉笛の時のように」

 

 

ジュディに問われて、オレはあいつと竜の話を思い出した。

竜と桜が同じ、始祖の隷長だと。

そんなわけがあるか。直接桜から聞き出すまでは、納得も理解もできない。

 

 

「さぁな。意識が朦朧としてたから、よく聞こえなかったよ」

 

「あら。そうなの? 残念」

 

「何か知ってるなら、教えて欲しいんだけど」

 

「話を聞いたわけじゃないから、これは憶測なのだけれど。

きっと桜がいなくなったのは、彼女の意思だと思う」

 

「自分から……? なんでそう思う」

 

「貴方に聞かれたくないことを聞かれた、と思ったんでしょう。それ以上は桜本人に聞いてみないとわからないわ」

 

 

ジュディスは首を横に振って、何かを訴えるように、その赤い瞳をオレに向けてきた。

言われなくてもわかってる。桜をなんとかしろってんだろ。

あいつは、始祖の隷長のこと、竜の言葉を真に受けたんだ。

あの悲しそうな顔が頭に焼き付いて離れない。

 

 

「ひとりにさせられねぇよな……」

 

「ユーリ。やっぱり桜の姉御が気になるのか?」

 

「もちろんだ」

 

「マンタイクで釘を差しておいたのに、早速ユーリに心配をかけて、桜の姉御は罪な女なのじゃ」

 

「別に迷惑じゃねぇよ。あいつが無事ならそれでいい」

 

「ユーリは桜に甘々なのじゃ。きっと捜しに行くとか言い出すのじゃ」

 

「ああ。オレ、桜に迎えに行くわ」

 

「宛はあるのです?」

 

「正直なところ、ないな」

 

「そうですか。仕方ありませんね」

 

「なんでそこで剣構えるんだよ」

 

「用無しかと思いまして」

 

「笑顔でえぐいこと言うの止めろよ」

 

「どこにいるのか知らないんですよね」

 

「じっとしているのは性分じゃねぇんだ。止めても、行かせてもらうぜ」

 

「そう。彼女、今一番貴方に会いたくないと思うのだけれど」

 

 

ジュディはオレを試すような口振りで、そんな言葉を投げかけてきた。

皆ではなく、なんでオレなんだ。

意味深な言葉に黙って答えを待っていると、ジュディは更につけ加えてきた。

 

 

「私たちの中でも、桜と一番長く過ごし、仲良くしていたのは、貴方でしょう。

彼女は貴方を傷づけたくないし、傷つきたくない。だからよ」

 

「オレは傷つかないし、あいつを傷つけさせない。そう約束した」

 

「それが桜を苦しめる結果になる。貴方、覚悟は出来ているの?」

 

「まだ見もしない結果が全てなのか?

……何があっても受け止める覚悟は、とっくにできている」

 

「揺るぎないのね」

 

「あいつは堪え性の頑固者だからな。オレが迎えに行ってやらねぇと、いつまでもひとりのままだ」

 

「あの子、いろいろと我慢しちゃうから、たくさんちやほやしてあげないとね。

上手くいくことを願っているわ」

 

「ありがとな。ちゃんと、あいつをつれてくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星が陰って光が消えたら

 

声をかけて 君を捜すよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青い空に温かい日差し、湖の澄んだ水面が光を照り返して、様々な草木や花が街を彩る、そんなのどかな風景が砂漠の中にポツンと佇んでいた。

古慕の郷ヨームゲン。千年以上前、かつて古代ゲライオス文明時代に、コゴール砂漠の北端に栄えた緑豊かな街だったもの。

過去形の理由は、既に滅んだこの街をフェローの能力によって再現している……らしい。

らしいというのは、目の前の男から丁寧にそう説明されたからだ。

 

 

「無事で何よりだ。如月」

 

「あんまり無事じゃなかったんだけど。デューク」

 

 

ここはその幻の街のとある屋敷のリビング。私から向かい合う形でソファーに腰をかけた銀髪紅眼のミステリアス漂う男デュークは、その整った眉目を緩めた。

何故この男と2人きりになっているのか。

別にユーリから彼に乗り換えたわけじゃない。

 

時を遡れば、ユーリが気を失った後のこと。

皆を竜の背に乗せて、この街の入り口付近までやってきたら、なんとノードポリカで別れたデュークが出迎えてくれたのだ。

彼は私を確認するなり、大事な話があると言って、私を街の中へ連れて行こうとした。

それはもう腕を掴んで拉致寸前に。

 

私としては皆の無事の方が気になるので、全力でお断りしたのだが。

そこで「そうか」とすんなり引き下がるデュークを見かねた竜が、やれお前のことなんだから行って来い、やれ皆のことは任せろと押し切られてしまった。

なんでこの竜は、デュークのことで、こんな必死になるんだ。

 

始祖の隷長のことだから、皆を食べたりしないだろうし、ここまで運んできたから、見捨てたりする危険性はない……と思う。

何より、約束を破って始祖の隷長の話を聞かれたユーリに合わせる顔がない。気まずかったのもある。大方逃げてきたようなものだ。

今頃、騒ぎになってないだろうな。

あの竜、あんだけ推してきたからには、上手いこと説明してもらわないと困るんだけど。

……いや、空気読まずに私を同族呼ばわりした竜だ。まともに皆と対話してるのかも怪しい。

やっぱり、皆に断りを入れてから……、でも、ここまできてしまったのだから仕方がないのでは……?

特にユーリにはなんて説明すればいい?

そうやって、ソファーの上で居心地悪そうにしていると、向かいからデュークが紅茶を勧めてきた。

 

 

「お前は私に必要とされて来たまでだ。罪悪感を抱かなくていい」

 

「まるで見透かしたように言うんだね。……あ。これ美味しい」

 

「舌は狂ってはいないようだな」

 

「デュークって、味覚変わってる方なの? 実はフレンさんみたいな殺人系?」

 

「誰かに茶を振舞うのは、久方ぶりだ」

 

「なるほど。じゃあ、これは貴重な経験なんだね」

 

「お前に喜んで貰えたなら良い」

 

 

デュークの温かい気遣いに私が心を許すと、彼は唇を緩めて、自らの紅茶を口にした。

もともと趣のある服装に、美しい容姿も相まって、その一挙一動さえ様になる。

私がデュークに見惚れているところへ、彼は真顔に戻って、しかしと続けた。

 

 

「これはお前の身体の確かめるためでもある。

まず味覚や飲料に変化はなさそうだな。

塔で説明したが、既に変調が出ているのではないか」

 

「変わりまくってるよ。前よりエアルを感じるようになった。

おまけになんでか緊張しまくって、ご飯食べるの辛いし、眠れない。

なのに、元気いっぱいって、おかしくない?」

 

「始祖の隷長はエアルを糧に生きている。変化の過程で、人間の生活から乖離していくのは必然だ」

 

「当然であってたまるか! 今までの寝食の苦労は人間やめかけてるせいかよ!?

こちとら、毎日ユーリの監視下で、涙目になりながらご飯おしこんでたんだぞ。

お陰でご飯見るたびに、吐き気を催すようになったわ」

 

「よく噛んで食べているか?」

 

「おかんかよ!?」

 

「最低30回は噛むようにするがいい」

 

「そうだね理想の咀嚼だね。私の場合はその前に嘔吐するけどな!

もう食べる次元で駄目だってのよ!

しまいには別人格でてきて、否が応にも人間性失ってきてるわ!」

 

「別人格?」

 

「そーだよ! あの竜、わざとやってるでしょう!

始祖の隷長が近づく度に、私、もんの凄いパワーで殴る蹴る、魔術も使う超人になっちゃうんだから。お陰で皆から変な目で見られちゃったよ! 気持ち悪いったらありゃしない! あれなんなの?」

 

「始祖の隷長は優れた知能と身体能力をもつ。それはお前自身のもの」

 

「んな力があったら、スカートはためかせながら格闘なんぞさせるか!!」

 

「お前が力を使いこなせていないだけだ。

……だか、始祖の隷長に別人格が生まれるなど、聞いたことがない」

 

「え」

 

 

デュークが顎に手を添えて考え込むのを見て、私は更に混乱した。てっきり、あれのことも含めて、この男は私に"人外に変わってんだぞ"と忠告したと思ってたが、見当違いだったようである。

彼は戸惑う私をしばらく見つめた後、持っていたティーカップをテーブルに置いた。

 

 

「やはりシャイコス遺跡でお前が現れた時、入れ替わる形で消滅した聖核が原因か」

 

「その聖核って、魔核の原料なんだよね。そもそもあれって何でできてるの?」

 

「聖核は始祖の隷長が体内にエアルを吸収する際、必要のない余剰分を超高密度の結晶として体内に蓄積されたもの。……始祖の隷長が命を落とした時に形を成すものだ」

 

「始祖の隷長の亡骸、なんだね」

 

「恐らく、何らかの形で、シャイコス遺跡の聖核が如月に吸収され、聖核の元となったの始祖の隷長の残滓が別人格としてでているのかもしれん」

 

「私の中に、別の始祖の隷長……別人が?」

 

 

確かにあれは、ダングレストでのエステルへの対応や魔術の行使、星喰みの知識など、私が到底知りえないものをもっていた。

私から生まれたものだと思っていたのに、まったく別人が私の中にいるんだ。

そう考えると、更に自分の身体が異質に感じて、胸のあたりが気持悪くなってくる。

思わず胸を押さて前屈みになると、デュークが宥めるように肩を撫でてくれた。

 

 

「落ち着け。飽くまで私の推測でしかない。

それはお前の味方なのだろう。危機からお前を救ってきたはずだ」

 

「助けてもらったことはあるけれど、皆に心配かけさせた方が多いような。なんとかならないの、あれ」

 

「これまでどうしてきた」

 

「え。……それは、その……ユーリに……」

 

 

抱き締められていた。などとは言えず、目を泳がせていると、デュークは大きく目を見開いた。

 

 

「額に接吻でもさせられたのか」

 

「違うわあああああああっ!」

 

「まさか唇に? ……許せん……っ」

 

「違うつっとろうが! 何が許せんだよ! なんでキレるんだよ!?

いきなり接吻とか言われた方がブチキレそうだよ!」

 

「こういうものは、接吻で元に戻ると」

 

「意外とドリーマーなんだな、あんた……」

 

「では、どのようにして元のお前に戻っていたんだ」

 

「い、今のところは……ユーリに抱きしめてもらって……」

 

「私でも有効なのか」

 

「なんでそこで身を乗り出すの」

 

「試してみるとしよう」

 

「そんな気軽に!? あの竜呼ばないで! またあれが出てきたら、何しでかすかわかったもんじゃない! それこそ、皆の元へ戻ろうと、ここで大暴れするかもしれないよ!」

 

「仕方ない……」

 

 

立ち上がって玄関の方へ向かおうとするデュークを止めるため、この街を盾に説得したところ、しぶしぶソファーに戻ってくれた。

あの理解不能な別人格をわざわざ呼び起こしてまで、私に抱き着こうとする、このお兄さんの神経がわからない。

 

 

「その様子だと、別人格はどうにもなりそうにないのね」

 

「私だけでは解決にはならない。フェローやベリウスから、知恵を借りるしかなかろう」

 

「あの竜は? デュークの知り合いなんでしょう。何か知らない?」

 

「……彼女は、私の親友にして始祖の隷長の盟主エルシフルの娘だが、かの2人に比べて、わからないことが多い」

 

「デュークに始祖の隷長の親友がいたんだ。意外。ジュディスとバウルみたいなものかな」

 

「エルシフルに興味があるのか」

 

「あ。無理にとは言わないよ」

 

「いや、お前には伝えておくべきだろう」

 

 

私が遠慮したにも関わらず、デュークは小さく頷いてから、ゆっくりと思い出すように語り始めた。

親友エルシフルととある戦争の話を。

 

 

「彼は人間の存在を良しとする温厚篤実な男でな。

そのために人魔戦争の際は、同族との戦いも辞さなかった」

 

「人魔戦争。同族とって、ベリウスだけじゃなく、他の始祖の隷長たちも戦争に参加していた……?

ベリウスが黒幕って、噂で聞いたけれど」

 

「あれは愚かな人類が引き起こした争いだ。

ヘルメス式魔導器。歪んだ知識に溺れ、世界を穢した結果、守護者たる始祖の隷長が動かした。

始祖の隷長と人間の戦い、それが人間の騙る人魔戦争の真相だ」

 

「魔物じゃなくて、人間と始祖の隷長の戦いだったの……? しかも、人間側が原因で。

でも、エルシフルはその人間側についたんだよね」

 

「そうだ。始祖の隷長は数こそ少ないが、個々の力は、既にお前もフェローで理解しているだろう。

人間が何人かかろうとも勝てない、どころか数日保たずに全滅していた。

エルシフルがいたからこそ、人間側の勝利に終わったのだ」

 

「人間が悪さしたせいで戦争が起こったのに、人間側を勝たせたんだ。

それって始祖の隷長からすれば、物凄く理不尽でしょう」

 

「エルシフルは、それでも人間は世界とともにいきていくべきだと考えていた。

人間も世界の一部だと。

彼は優しく、寛大で気高いが、その強大な力故、人間は彼を恐れた」

 

「恐れたって、仲間を敵に回してまで味方になってくれたのに」

 

「だからこそだろう。人間は狡猾で疑り深い。

最初は始祖の隷長の仲間たち、その次は自分たちだと。その浅はかな考えによって、エルシフルは連中に謀られ、最期は……」

 

 

穏やかに話していたデュークであったが、苦い過去だったのだろう、徐々に苦悶の表情へと変わる。

彼が人間社会から杜絶している意味が、今やっとわかった気がした。

人間のために仲間と戦ったのに、その人間に裏切られて親友が亡くなった。完全な人間不信だ。

もしかして、私が安易に触れてはいけない過去だったのもしれない。

 

 

「ごめん。もういいよ。辛いことを聞いちゃった」

 

「いいや、私自ら語ったまで。お前が気負いする必要はない。

人間の愚かさと、エルシフルのことも知って欲しかった」

 

「デュークは人間が好きじゃないんだね」

 

「人のことごとくが信じるに値しない。お前の誤った認識を正すべきだ」

 

「人間をひとくくりにしないで。全部が全部悪い人じゃないでしょう。

少なくとも、私の仲間は違うよ」

 

「如月は人の本性を知らないまま生きてきたのだな。どれだけ純真なのか……。

やはり、お前は人間とは相いれない。私とともに来るべきだ」

 

「最終的には、そこに落ち着くわけね」

 

 

デュークから決意の眼差しを送られても、言ってることがいつもの勧誘だったので、私はときめくどころか、かえって頭痛がした。

彼の気持ちはわからなくもないが、人間全体を信じないスタンスは、あまりにも極端すぎる。それほど、エルシフルの存在が大きかったのだろう。

そもそも、私を皆から引き離してまで、場を設けたのはこの話をするためだけなのか。

 

 

「それで、私に大切な話って何? こんなとこでデートっでわけでもないでしょう」

 

「私は構わん」

 

「構って。私の安い挑発」

 

「お前の寂しさが消え去るのなら本望だ」

 

「不安しかねーよ」

 

「その不安を消し去ってやろう」

 

「あんたのとこだよ! すごい自爆を見せてくれるんだろうな!?」

 

「よもや如月は私が気に食わないのか」

 

「永遠と私のことを人外だと言い続ける男性に好感もてる?」

 

「人外ではない。始祖の隷長は始祖の隷長であって、他の何者でもない」

 

「一緒だよ!」

 

「私にとって、始祖の隷長は仲間であり、特別な存在だ。

その中でも、如月、私はお前を慕って……違うな」

 

 

デュークは何か言いかけて、言葉を選ぶように紅茶の水面を見つめた。

何を考えているのか大体検討がつく。大方私を連れていく算段でも立てているんだろう。

私が気楽に紅茶で喉を潤していると、彼は意を決したようにその紅の瞳を私に突きつけた。

 

 

「私はお前に慕情を抱いている」

 

「ぶぼうっ!?」

 

「私は閉ざされたこの場所で、それを伝えたかった」

 

「ケフッ、コホッ、ぼじょうって……っ!?」

 

 

デュークの口からとんでもない単語が出てきて、私は飲んでた紅茶を吹き出した。

この男、今、平然とすげーことを唐突に告白したよな。

彼は咽る私の背中を擦りながら、淡白にこう続けた。

 

 

「慕情とは、慕わしく思う気持ち。特に、異性を恋い慕う気持ちという意味で」

 

「解説しなくてもいい! 冗談だよな? ジョークだよな?

デュークさんのちょっとしたお茶目だよな!?」

 

「私が嘘を言うとでも?」

 

「うん、見えないね。そのビクともしない表情から想像もつかないね。

ついでに私への恋慕も微塵も感じんわ」

 

「私の心に偽りはない」

 

「どこで? なんで? 私のようなチンケな娘の何があんたを狂わせた!?」

 

「如月との逢瀬を繰り返していくうちに、お前の表情の豊かな愛らしさと直向きさに惹かれ、私が守らねばと言う使命感を抱いたのだ」

 

「それ庇護欲! 恋心とは違うから!!」

 

「フェローに相談もした。それは幾度も。もういいから、番になれと言われた」

 

「なんてこと吹き込んでやがるんだフェローの野郎!」

 

 

こいつよりにもよって始祖の隷長に恋愛相談したのか。デュークもデュークだが、フェローだって投げやりにも限度があるだろ。もう少し頑張れよ。

これはまずいぞ、誤解したまま流される前に、彼を正気に戻さなくてはならない。

 

 

「冷静に考えてみてよ! それは弱いものを守りたいって欲望だよ! 私だよ? ちんまい小娘だよ?」

 

「小さい?……華奢ではあるが、健康体だ。私はそんなお前に欲情している」

 

「欲情言うな! た、例えば、……私が他の男の人を……その、す、好きになって一緒になったら、どう? 落ち着いて、冷静に想像してみて。

幸せになって欲しいとか思うでしょう?」

 

「なんだその男は。殺意が滾った」

 

「なんでそこで猛烈に眉間にシワ寄せるんだよ!?

私の幸せはどーした!? ただの庇護欲のはずだぞ、それ!?」

 

「如月に幸福を与えられるのは、私のみ」

 

「イケメンが真顔で決めつけるなよ、逆に腹立つわ!

何を根拠にんなこと言えるの!?」

 

「お前は自分が始祖の隷長であることを拒んでいる」

 

「簡単に受け入れられるもんじゃないでしょう、普通!」

 

「そんなお前を受け入れられるのは、私だけだ」

 

「そ、そんなことは……」

 

 

デュークに真っ向から図星をつかれて、私は狼狽え、目をそらした。

自分さえ認めるのに苦心してるんだ。ユーリや皆がどういう反応をするか、今日まで何度想像してきたことか。

だからって、その場の勢いで、本物の感情かどうかわからないデュークと一緒に行くのは、安直過ぎる。

 

 

「と、とにかく、貴方に適当なこと吹き込んだ張本人連れてこい! 張り倒してくれる!

止めに男と女の子の純情を弄んだ罪はクソ重いことを徹底的に拳で語ってやるわ!」

 

「適当ではない。お前は信じないかもしれないが、デイドン砦の頃から、この気持ちは同じだ」

 

「同じて、最初から目をつけられてたの? よもや人間社会から離れた弊害か!?

私の傍には、もっと綺麗で素敵な女性はたくさんいただろう! エステルとかリタさんとかジュディスとかーっ!」

 

「人には興味はない」

 

「それはいち男としてどーかと!? それに私は元人間だ!」

 

「お前は別だ。ここの人間ではない」

 

「……知ってたの? 私が異世界から来たって」

 

「魔物も、エアルもない、平穏な世界だと。

故にお前は穢れず、人の本性を知らない、可憐で純真無垢な存在」

 

「いや、かなり盛ってるよ。それ。どこの情報?」

 

「始祖の隷長はきっかけでしかない。私はお前の在り方に惹かれている」

 

 

真摯な眼差しを向けるデュークから、ストレートに告白されて、私の胸が大きく跳ねた。

出会ったころから、私自身に興味があった。なんの取り柄もない私に……?

今までの地獄のモテ期から、ついに春がやってきたのか、私?

 

 

「いーや! 信じないね! それは恋愛じゃない、弱い人を守りたいって欲望よ!

フェロー! 貴方をここまで貶めたフェローはどこ!?」

 

「フェローはいない。人間たちが彼を狙って砂漠にやってきたため、急ぎ避難させた」

 

「……それって、マンタイクの執政官がフェローの調査してるっていうヤツ?」

 

「そうだ。お前たちが相手をしていたアウトブレーカーも、彼の術によるもの。

砂漠に入ってきた愚か者が、万が一フェローの住処に踏み入れた時の対策にな」

 

「なんつーもん放ってんだよ! 皆死ぬとこだったんだぞ!!」

 

「そのようにできている。まさかお前たちまでやってくるとは思わなかったが、私のつけた保険が役に立っただろう」

 

「保険って、あの竜のことだったんだね。お陰で私はエライ目に。

……そうか、当時のデュークは知らなかったもんね。始祖の隷長が接近する度に、別の私が出てくること」

 

「すまなかった」

 

「謝らなくてもいいよ。私たちを守るために、わざわざ知り合いの始祖の隷長を呼んでくれたんだから。こっちがお礼を言う方。遅れてごめん、ありがとう」

 

「……いや、お前が助かれば、それでいい」

 

 

私が両手を合わせて謝りつつ、お礼を述べると、デュークは安心したかのように目を伏せて、紅茶をすすった。

彼の親切はありがたく受け取るとして、その間違った感情をどうにかしなくてはならない。

保険と言えば、彼はノードポリカで別れる時、近いうちにまた会えるとも話していたが、こうやって実現したのはどういうことなのだろう。

 

 

「デューク。私たちが砂漠にくること知らなかったんだよね。

なんで、私とここで会えるって知ってたの?」

 

「私はもともとここで暮らしている。竜がお前たちを連れてくると知らせてくれた」

 

「偶然だったんだ」

 

「それがなくとも、お前が始祖の隷長に近づくにつれて、私を呼ぶ日も近いと踏んでいた」

 

「嫌な予想だな、それ」

 

「私とともに来い」

 

「私の意思を尊重してくれるんじゃなかったっけ?」

 

「お前の話を聞いて事態が変わった。始祖の隷長へ変化するスピード、その生き方、別の人格の存在……どれも看過できない」

 

「それはおいおい皆と協力してやっていけばいいでしょう。わざわざデュークと一緒にならなくても」

 

「あの男に始祖の隷長だと知られたのだろう」

 

「ユーリ……」

 

 

そうだ。彼には私が始祖の隷長であることは知られている。

今頃、皆に説明しているのだろうか。私は皆の元に平然と戻ることができる……?

 

 

「ううん。こうなることはわかってた。

きちんと皆にこのことを説明しないと、これまで付き合ってくれたのに申し訳ない。……逃げちゃ駄目なんだ」

 

「待て、如月。奴らの元へ行くつもりか」

 

「引き留めても無駄だよ。

あの竜や貴方が私を始祖の隷長っていうなら、その通り皆に名乗り出てやろうじゃないの」

 

「お前は根本的に理解していない。皆にお前が始祖の隷長だと知れ渡ったら、今までの生活は一変する。

現に人間たちは、始祖の隷長の狩りに本腰を入れてきた」

 

「狩り……? ベリウスの捕縛やフェローの調査のことだよね。帝国は始祖の隷長を捕まえて、何を考えているの?」

 

「狙いは聖核だ」

 

「聖核って、魔核の原料で、始祖の隷長の亡骸なんでしょう。

……って、まさか、捕まえて、殺そうって言うんじゃ……!?」

 

「お前も例外ではない」

 

 

狼狽する私をデュークの紅い目が逃すまいと捉える。

マンタイクの執政官がフェローの調査をしていて、騎士団はベリウスを捕縛を狙っており、フレンも近づこうとしていた。

帝国が私を使って何かを企んでいるまでは知っていたが、全て聖核が狙いだと言われれば、合点がいく。

そう。それには、始祖の隷長になりかけている私も含まれているかもしれないんだ。

 

 

「私、……殺される?」

 

 

殺されて、私からできた聖核を奪われる。

来たくて来たわけじゃない世界に放り込まれて、狙われ続ける日々を必死に生きてきたら、今度は死ねと。

かつて、ダングレストの結界魔導器の前で横たわる人だったものを思い出す。

この身体が、あの人の形をした肉塊に変わってしまうのか。いいや、始祖の隷長なら、その肉塊さえ残るかどうか。

痛いのか、苦しいのか、辛いのか、……死んだらどうなるのか。

想像するだけで背筋が凍り付き、血の気が引いて、視界が揺らぎ、頭がくらくらし始めた。

 

 

「ない、そんなのってない……っ」

 

「まずは落ち着け」

 

「これが落ち着いていられるか!」

 

「如月」

 

「なんで。なんで、デュークはいつもひっどい現実ばかり持ってくるの!?」

 

「お前が望まない事実なのは理解している。だからこそ、伝えるべきだと判断した」

 

「アフターフォローなしかよ? 無責任にもほどがある!」

 

 

私は立ち上がり、デューク相手にあらん限りの声を浴びせた。

以前も今回も彼は忠告してくれているだけなのに、恐怖と怒りで私は完全な八つ当たりをしていた。

私は聖人君子じゃない。わかっている。彼にあたっても、なんの解決にもならない。恩を仇で返していることは理解していても、言葉は止まらない。

 

 

「ここに来たくて来たんじゃない……っ! 帰りたくても帰れない……っ! なのに……っ!」

 

「お前に危害は加えさせない」

 

「あんたが言ってたんでしょうが! 私が始祖の隷長だとか、帝国に……かもしれないなんて……っ」

 

「お前のために伝えた。知らないままでは危険が過ぎる」

 

「そんなの知らない! ……私、私は……」

 

「私がついている」

 

 

デュークはソファーから立って歩み寄ると、声が震えだす私の腕を掴んで引き寄せ、きつく抱きしめてきた。

ガスファストロでの同じ香りが鼻をくすぐり、全身にぬくもりが襲い掛って、彼の規則正しい鼓動と私の早ねをうつ鼓動がぶつかる。

彼の全身が私の視界を奪い、吐息が私の髪に触れた。

死を恐れて震える身体を抑え込み、胸の中へしまいこむような、強烈な抱擁。

私は大いに動揺した。

 

 

「うわ、あわわ……っ!」

 

「私がいる」

 

「デューク……っ! これ、ちょっと!?」

 

「お前は何も恐れることはない」

 

「い、 いきなり何を……っ? 私は元人間だよ? 貴方の嫌いな……っ!」

 

「先の話をもう一度すればいいのか?」

 

「あれは、恋愛じゃないと、何度言えば済むんだ……! 放して!」

 

「断る」

 

 

デュークの勘違いを正そうと、身を離れようとするがビクともしない。

こうしていると、昨晩をユーリにされたことが脳裏を過る。

あれは壊れるようなものを触るような優しいものであった。

デュークのそれは誰にも触れさせないよう守るような抱擁だ。

強く、きつく、否が応でも身体中で彼を感じてしまい、胸が高鳴って、頭が沸騰しそうになる。

だが、惑わされてはいけない。これは保護欲だ。

 

 

「デューク。駄目。これは違う感情なんだよ。誰かを守ってあげたいって、親切心だから!」

 

「私にはお前以外守る者はいない。如月と共にいたい。

……これはお前の言うところの間違った感情なのか?」

 

 

優しく言葉をつづる度に心が揺れ、息が髪に触れて、ぞくぞくしてしまう。

彼の真っ直ぐ揺るぎないその意志に推されて、私が現在進行形で理性が吹っ飛びっかけていた。

 

 

「ちょ、直球過ぎる……っ! デュークの言葉って飾りってもんがないの!?

ひ、卑怯だ! 乙女心嬲ってきてるだろ……っ!」

 

「卑怯で構わない。お前の恐怖を取り除けるなら、いくらでもこうしてやろう」

 

「恐怖どころか、理性まで取り除かれそうだ……っ!」

 

「何もかも、ここで捨ててしまうと良い。辛いことも、苦しいことも、悲しいことも、私が拭い捨ててやる」

 

「何もかも……捨てる……」

 

 

今まで辛く厳しかった旅も、怖かった戦いも、狙われ続けた日々も全て忘れろと。

……本当にそのすべてがネガティブなものだっただろうか。

皆がいたから、苦しかった旅路も楽しく過ごせた。

昨日の夜、文字の読み書きを教え合ったのも楽しいひとときだった。

本物の先生みたいに教えてくれるエステル、一生懸命ひらがなについて尋ねてくるカロル、私に文字から魔導器にかけて熱弁するリタ。

胡散臭いけど場を面白楽しくしてくれるレイヴン、いろいろ気遣ってくれたジュディス、それを見守るラピード。

そして、いつも傍にいて、何もかもから守り、助けてくれて、不安になる私に自信たっぷりの微笑みを傾けてくれた人。

 

 

「ユーリ」

 

「如月」

 

「ごめん。私、やっぱり、皆を忘れるわけには――」

 

「下がれ」

 

「え?」

 

 

デュークは言うなり私を解放すると、背中へと回した。

彼が睨んだ先で、玄関と戸が開き、ひとりの男がリビングに踏み込んでくる。

歳は21歳、闇色の流れるような長髪、黒衣に身を包んだ美青年は、そのオニキスの瞳で挑発的な視線をデュークに向けた。

 

 

「――うちのお嬢さんが世話になってるな」

 

「ユーリ、どうして……っ!?」

 

「オレに会いたくないってのは、このことだったんだな」

 

「このこと?」

 

「イチャついてるところ悪いが、迎えに来たぜ」

 

「イチャついてない!」

 

「みたいだな」

 

「でしょ。でしょ!」

 

「話は後できっちり聞かせてもらう」

 

「信じてなかった!」

 

 

ユーリにジト目で睨まれた私は、サッとデュークの背中に隠れた。

先ほどのシーンをまるまる見聞きされていたということか。非常に気まずいぞ。

当のデュークは、ユーリの登場を警戒しているようであった。

 

 

「何故ここがわかった?」

 

「桜の声が聞こえたんだよ。あんな辛そうな声、誰が聞き逃すもんか」

 

「声……? この家には、フェローの結界がある。彼の力をもってしなければ、物音すら聞こえぬはず」

 

「フェローのって、これのこと?」

 

 

私は鞄から、コゴール砂漠で拾ったフェローの羽根を取り出した。

燃えるような羽根は、心なしか淡く輝いていたが、しばらくして光を失う。

デュークはそれを見るなり、鋭く目を細め、次にユーリへと視線を移した。

 

 

「彼の力で無効化されていたのだな。私たちの話を盗み聞きしていたか」

 

「ユーリ」

 

「悪いな。流れと雰囲気で、入る機会を失ってたんだよ」

 

「全部、聞いてたんだ……」

 

「残念だが、桜が始祖の隷長だってのと、帝国がどうこうってあたりからだ」

 

「途中から? でも、その顔……」

 

「黙っていなくなったら、皆心配するだろ」

 

「……ごめん」

 

「ま。気持ちはわからなくもないけど。

……お前が始祖の隷長だってのは、本当だったんだな」

 

 

じっと私の目を見つめたまま、ユーリにそう言われて、今度こそ覚悟を決めるしかなかった。

全て聞かれてはないが、だからこそ、全てを詳らかにしなくてはいけないだろう。

約束を違えた形にはなるし、まだまだ知らないことは多いが、ここで黙っていては互いに取り返しのつかないことになる。

 

 

「うん、そうよ」

 

「如月」

 

 

案の定、デュークに止められたが、私は大きく首を横に振った。

 

 

「いいの。ユーリには話しておきたい。知ってもらいたい」

 

「ならない。知ってからでは遅いのだ。

どうしてもと言うのなら、あの者が私に勝ってからにしてもらおう」

 

「デューク!?」

 

「これからお前が直面する脅威は想像を絶するものになる。

私にすら勝てない男に信を託すことはできない」

 

「いいぜ。わかりやすくて助かる」

 

「ユーリまで? 私の話でしょう。本人無視してどーする!?」

 

「どーするも、こうするも、やるしかないだろ。少なくとも向こうはやる気だぜ」

 

「わかってくれ、如月」

 

「わかって堪るか! 私が良いって言ってるの! 無駄な戦いは止して!」

 

 

私が必死に止めるも、2人の間に漂い始める剣呑な空気は濃くなる一方だ。

ユーリは刀を抜き、デュークは例の剣を構えて、両者が対峙する。

デュークはその紅い双眼と剣の切っ先をユーリに向けた。

 

 

「大森林、塔、そして闘技場での戦いぶり。なかなか腕の立つようだが、それは人の中での話だ」

 

「言ってくれるぜ。お前も大層な魔術を使えるようだが、その剣は飾りか?」

 

「いいだろう。準備はいいな。表を出て――」

 

「よーし! じゃあ2人の決闘のBGMに私の事情を垂れ流してやるわ

ええ、皆に聞こえるようにどーどーと大声で!」

 

「如月!?」

 

「ここまできたら、全部ひた隠してるのもバカバカしくなってきたってのよ。

敵が私の事情知ってるかもしれないのに、味方のユーリがまったく知らないっておかしな話でしょう」

 

「人間に周知させるわけにはいかない。私が信用できない」

 

「デュークの気持ちはわからなくもないけど、私のことなんだよ」

 

「お前のことだからこそだ」

 

「私が決めたことなの。私を信じて」

 

「……」

 

 

私が自分の胸に手をあてて訴えると、デュークは口を閉ざしてしまった。

ユーリも黙って成り行きを見守っている。

2人の無用な争いを食い止めるためとはいえ、流石に言い過ぎたかもしれないが、ここで止まれない。

 

 

「……もしかして、私も信じられない?」

 

「……」

 

「デューク?」

 

「おかしな質問をする」

 

 

私が小首を傾げると、デュークは目を伏せて、あっさり剣をしまった。

ユーリもそれを見て、大きな溜息をつきながら、刀を収める。

なんとか、2人の争いは避けられたようだ。

……まあ、いち乙女としては、私の為に争わないでとか言ってみたかったんだが。それはどっか遠くへやるとして。

私に説得されたデュークは刺すような視線で、ユーリを睨んだ。

 

 

「彼女を失望させるようなマネはしてはならない」

 

「安心しろ。行く先々でこいつを不安がらせるお前とはちげぇよ」

 

「ユーリ、デュークを挑発しない」

 

「先にやってきたのは向こうだぞ」

 

「デュークは不安なんだよ。人間に不信感を持ってるの」

 

「嫌にこいつの肩もつな」

 

「デュークは私を守ろうと、いろいろ動いてくれたんだよ」

 

「本当にお前を助けるためだけか」

 

「……」

 

 

ユーリに眉をひそめられて、私は回答に困った。

デュークの感情が本物か怪しい状態でバカ正直にんなこと言えないし、かといってとぼけたりしたら、あの男のことである。

それこそバカ正直に愛してるからとか言い出すだろう。

 

 

「如月を愛しているからだ」

 

「ああああああっ! 言っちゃったああああああっ!」

 

「愛してるたぁ。大きく出たな」

 

「お前とは違う」

 

「ふーん……」

 

「違うの。デュークはただの庇護欲を勘違いしてるんだよ!

恋愛感情はともかく、私を守ろうとしているだけ」

 

「如月。私は真剣にお前を」

 

「ええい! これ以上話をややこしくするな! 本題に入れないだろ! 私の覚悟がブレる!!」

 

「まあ、自分に好意を抱いてくれえる男を無碍にはできないよな。

抱きしめられるくらい惚れ込まれてるようだしな」

 

「ち・が・う! あれは怯えている私を落ち着かせようとしたんだよ」

 

「私は本気でお前を」

 

「デュークは黙ってて。3度は言わん」

 

「そいつは違うつってるみたいけど」

 

「だから、彼は私を安心させようとしただけ。

誰だって、あんな状況に置かれたら、平常心保てないでしょう」

 

 

私は言い切ると、大きく深呼吸をした。

胸が痛いほど脈打っている。怯えるな。きちんと彼に伝えないと、もっと後悔することになる。

 

 

「……やっと、自分のことがわかってきたの。全部じゃない。けど、大事なこと」

 

「お前が怯えるくらいの。話したくなかったことなんだな」

 

「話せる。……話すわ」

 

「わかった。けど、無理するなよ」

 

 

私が震える身体を無理矢理抑えながら再度、説明を試みたところ、ユーリは耳を傾けてくれた。

デュークの方を見やれば、黙って私を見守ってくれている。

私は自分の事情を1から整理するために、最初から説明することにした。

 

 

「私が始祖の隷長について知ったのは、ガスファロストでデュークに助けられた時よ。

ダングレストでバルボスの攻撃を受けた時、エアルを吸収したことで、始祖の隷長になるきっかけを作ってしまったらしいの」

 

「始祖の隷長……。じゃあ、あの竜が言っていたことは本当だったんだな。

完全になっちまったってわけじゃないんだろ」

 

「人間の部分は残ってる……と思う。始祖の隷長に近づいているだけ」

 

「だけで済ませるなよ。エアル以外に人間とどう違うんだ。

お前もフェローやあの竜のようになっちまうのか……?」

 

「始祖の隷長は世界のエアルを調整しているの。エアルを糧に生き、長い寿命と超身体能力、高い知識を持っていて、望むままに進化するんだって。

私が望まない限りはこのままの姿なんだろうけど、別人格がどうでるか……。

あれのこと、まだわからないんだよね」

 

「あれの問題は片付いてないか。身体に変化は?

見たとこ、変わった様子は……いや、まさか、今まで食欲なかったり、眠れなかったのは」

 

「……私の食欲減退や睡眠不足は、人間から始祖の隷長になる過程。

だから寝食欠けても平気なんだよ」

 

「平気、じゃないだろ……っ」

 

 

私が努めて苦笑いを浮かべると、ユーリは険しい表情で両拳を強く握りしめた。

こうして声に出すのも辛い。だけど、彼には話しておかないと、もっと苦しい。

私は冷静に振舞いつつ、帝国の動きについて話を進めた。

 

 

「ユーリは疑問に思ってたでしょう。

マンタイクの執政官がフェローの調査をしていて、騎士団がベリウスの捕縛に動いてて、フレンさんが近づこうとしていること」

 

「……ああ。それがどうしたんだ」

 

「あれは始祖の隷長の聖核が狙いなの」

 

「おっさんが探してるって、あれだよな。

始祖の隷長の聖核ってことは何か。お前のように聖核を探し当てる力があるからなのか?

採れる場所を知ってるんだとか?」

 

「ま、まあ。そんなところかな」

 

 

ユーリに問われて、私は咄嗟にはぐらかしてしまった。

何故だ変わらない。ユーリを信頼していないわけじゃない。あの恐ろしい事実を口するのに気が引けたのかもしれない。

逃げるように視線を落としていた私は、両手を合わせて、無理くり話を終わらせた。

 

 

「だから、私はフェローやベリウスと同じように、帝国に狙われているんだ」

 

「……。ちょっとおかしくないか、それ」

 

「嘘は言ってないよ」

 

「フェローのような強い魔物が大人しく帝国の言うことを聞くか? そもそも捕まえられるわけがない。

ただ聖核を探すだけなら、1体だけでこと足りるのに、捕縛や調査なんて大がかりなことをしてまで、何体も捕まえようとしているってはおかしいぞ」

 

「始祖の隷長が数が少ないから、確実に捕まえられるように労力割いてるんじゃないかな」

 

「にしちゃあ、ダングレストの時、アレクセイはフェローを攻撃したよな」

 

「……」

 

「オレにも言えないことなのか」

 

「えっと……」

 

 

ユーリに再度問われて、私は言葉を選び始めた。

容易に口にできる言葉ではないために、どう形容していいのかわからない。

そう考えているうちにも、背筋が寒くなり、手のうちから脂汗がにじみ出る。

隣にいたデュークは察したのか、ユーリから私を庇うように前に出た。

 

 

「如月。これ以上話すのは危険だ。お前が躊躇うくらいなら、口にするべきではない。

所詮、人間は信用できないのだ」

 

「ユーリを信じていないわけじゃない。……信じてる」

 

「桜」

 

「……話す。話せるよ」

 

 

デュークが人間不信を押し付けてきたので、私は慌てて彼を押しのけて、ユーリの前に一歩踏み出した。

デュークが話してくれたことを私の言葉にするだけなんだ。

泣くな、喚くな、言葉につづるだけなのに、声にしようとする喉が堪らなく痛い。

私は極力平静を保ちながら、声を絞り出した。

 

 

「聖核は、始祖の隷長が持ってるのは、本当。ただ入手方法が……ちょっと……」

 

「入手方法?」

 

「……死ぬと、手に入れられるんだって」

 

「死ぬ……? 誰が?」

 

「始祖の隷長が死ぬと、聖核ができる」

 

「ってことは……っ!」

 

「……私、死ぬと聖核が手に入るらしいの」

 

「……」

 

 

泣かなかった、我慢して言えた。

そしたら、ユーリは目を見開いたまま、私を見つめ、俯き、押し黙ってしまった。

耳が痛いほどの沈黙が私たちの間を支配する。

何か言わないと、喋らないと、この暗い現実が辛い、ユーリの反応が怖い。まるでお葬式のようだ。

私は恐怖で急き立てられるように、するすると陽気に場違いなお喋りを始めた。

 

 

「す、すごいよね。私、この前まで普通に女子高生してたのに。

身体の中に、幻の品が眠っているなんて、普通ありえないよね」

 

「……」

 

「もしかして、リタさんが見つけてくれた魔核も関係しているのかも。

ああ、それともシャイコス遺跡の聖核を吸収した説が怪しいかな」

 

「……もういい」

 

「帝国も、私をシャイコス遺跡の重要参考人に祭り上げときながら、これだもんね。

フレンさんも何を考えているんだか、さっぱりだよ。また変な方向に――」

 

「桜。もう我慢しなくていいんだ」

 

 

ユーリは言葉を遮ると、私に元までやってきてその両肩を掴んだ。

驚いて顔を上げると、真剣な顔をしたユーリの黒い目が私の笑顔を見透かすように捕えていた。

逃げるようにデュークの方へ視線を投げかけたら、彼は彼で複雑な表情をしている。

 

 

「如月。泣いているのか」

 

「泣いてないよ。見りゃわかるでしょう」

 

「いくら笑みを作ったところで、心が泣いていては皆の共感は得られない」

 

 

デュークに指摘されて、私は胸に手をあててみた。

こんなに辛く苦しいのは、心が泣いているからなのか。

極度の緊張状態なのはわかってはいるが、ここで実際に泣いて喚いたところで現実は変わらない。

 

 

「……仕方ないじゃないの。だって、本当のことなんでしょう」

 

「仕方のないで片づけるな、桜」

 

 

笑顔を作るのも辛くなって俯くと、ユーリが逃がすまいと私の言葉を拾った。

私の肩を揺らし、自身の黒い瞳に合わせようとする。

力強く、けれども優しく、彼は諭してきた。

 

 

「弱音を吐いてもいい。辛いときには辛いって言うんだ。

けど、死ぬとか言うんじゃない。そんなもん受け入れるな」

 

「相手は執政官や騎士団を動かすくらい大物なんだよ?

私みたいな、ちっぽけな命、一息でふっ飛ぶわ」

 

「それをさせないために、オレはお前の傍にいる」

 

「ユーリはこれまでいっぱい無理をしてきたんだよ。これからは、もっと……、そしたら……」

 

 

私どころか、ユーリまで倒れてしまうかもしれない。

――傍で守ってくれる。

前までは心強い言葉だったけれど、今では恐ろしくもある。

ユーリが、誰かが死ぬくらいなら、自分が……。

 

 

「やっぱりここで別れよう。ユーリ」

 

「桜」

 

「私と一緒にいちゃ駄目だ。今まで、ありがとう。私に返せるものはないけど……」

 

「駄目だ。お前が嫌だつっても、オレはついて行く」

 

「わかって。今まで私のせいでたくさん危険な目に遭ったんだよ。

私が痛い目に遭うより、そっちの方がもっと辛い」

 

「オレの勝手だって言っただろ。桜が気を負うためにやってんじゃない。

あんな話聞かされて、お前をひとりになんてさせられるかよ」

 

「如月はひとりではない。私がついている」

 

「デューク」

 

 

私とユーリの口論が白熱しているところに、傍で静観を守っていたデュークがついに割って入ってきた。

彼はユーリと目が合うなり、真っ向から対峙する。

 

 

「如月には、私がついて行く。お前は彼女にとって負担でしかない」

 

「負担……ね。桜、お前がそう思ってんなら、大間違いだ。

これまで何度もこいつを守ってきた。そしてこれからも」

 

「ユーリ。けど……」

 

「けど、じゃない。オレはお前が近くにいる方が安心するんだって言ったよな。目の届かないところに行かれる方が辛いんだ」

 

「本当に勝手な男だな。如月の気遣いを察してやれ」

 

「守りたいもんは、自分の手で守る。ま。性分なんでね」

 

「率直に言おう。お前では力不足だ。如月を守れない。彼女もそれを理解して離れようとしている」

 

 

ユーリとデュークの間に火花が散る。

その緊迫した空気の中、私は恐る恐る挙手した。

 

 

「いや、私としてはあの竜をレンタルしてもらえればいいのであって。

ユーリもデュークもなし、正直ひとりで頑張ってこうと思ってたんだけど」

 

「無理だろ」「無理だな」

 

「ハモった! 何よ2人して! 私は大丈夫よ! 始祖の隷長が近くにいれば、戦闘になっても、別人格がババっとやっつけてくれるし!」

 

「必ずあれが出てくる保証はどこにもないだろ」

 

「その別人格がどうであれ、戦いにでて傷つくのはお前の身体だ」

 

「わ、私の問題でしょう?」

 

「あれになったら、誰がお前を元に戻すんだ」

 

「お前の実力は知れないが、少女のひとりの逃避行は許せん」

 

 

私がひとり立ち宣言するなり、凄い勢いで止めにかかるユーリとデューク。

そこまで信用ないのか、私。

2人の勢いに飲まれている私の目の前で、ユーリとデュークは腕を組み、仁王立ちした。

 

 

「ひとりは無しだ」

 

「不安要素が多過ぎる」

 

「2人して総攻撃しなくても」

 

「お前が別れようなんて言い出すからだ」

 

「人間と分かれるのはいいが、私を差し置いて、ひとりでは認められん」

 

「とは言っても、相手は帝国なんだよ。

今までとは比べ物にならないほど、大きい組織に対抗できるの?」

 

「今までと大して変わらないだろ。要は黒幕を叩きゃいいんだ。

あっちにはフレンもいる。いざとなったら、一緒に捜してくれるさ」

 

「……そのフレンさんも、聖核入手に動いてるかも知れないんだよ。

私が始祖の隷長だって知ったら、きっと……」

 

「大丈夫だ。そこまであいつは馬鹿じゃない」

 

「始祖の隷長は危険だって言ってたよ。私のことだって、見逃してはくれないと思う」

 

「そんときゃ、オレがフレンをぶん殴る」

 

 

ユーリは真顔でそう言い切るなり、拳を握りしめて見せた。

そして、彼はさらに続ける。

 

 

「わかるまでぶん殴る」

 

「あの堅物のフレンさんが殴るくらいで……」

 

「ひたすらぶん殴って説得する」

 

「それはリンチでは?」

 

「ついでにお前を狙う連中もわかるまで殴り倒す」

 

「それはもう恐喝では?」

 

「お前に降り掛かる火の粉は、オレがまとめてぶっ飛ばす」

 

「私のせいかよ!?」

 

「殴って解決できるなら越したことないだろ。バイオレンス アンド ピースだ」

 

「破綻した言葉使ってまで、ドヤ顔するな」

 

「――そいいうことなら、私も同行しよう」

 

「デュークも悪乗りしないで! いや、あんたの場合は本気か! 帝国が焦土化する! 帝国の皆さんが全滅してしまう!」

 

 

ユーリが暴力で解決宣言をしている傍から、デュークが挙手して賛同した。

美形2人が拳ひとつで、フレンもろとも帝国を殴り倒していくのか。かなりシュールな光景だな。

私が呆れていると、ユーリは小さく息をついて、微笑んだ。

 

 

「やっとお前らしくなって来たか」

 

「私らしく?」

 

「いつものお前」

 

「私、人間やめかけてるんだよ。もうユーリの知っている私じゃない。

……私と一緒にいる意味なんてない」

 

「お前はお前だ。人間だとか、始祖の隷長だとか関係ないよ。桜は桜で、他の何者でもない。

それにオレはお前の隣にいるのは当たり前、意味なんざ求めてないよ」

 

「私は私……」

 

「変わっちゃいない。変わっちまったのは、状況だけで、お前自身は変わっちゃいないよ。

……オレの知っている桜だ」

 

 

柔らかな、しかししっかりした口調でユーリに断言されて、私の胸の奥で沈み込んでいた重みがすっと軽くなったような気がした。

私が何者になっても、彼は受け入れてくれるんだ。私が私でいる限り。

目の前に立つ、頼りになるお兄さんを見上げると、困ったような笑みを浮かべた。

 

 

「ただなぁ。その堪え性と頑固なところはなんとかしてほしいもんだがな。

オレらから離れてデュークといたのも、大方ひとりで何とかしようって魂胆だったんだろ」

 

「いいや。如月は私とともに行く予定だった」

 

「なわけないでしょ! ……まあ、私が始祖の隷長だって知れたら、皆との旅は終わって、ひとりでなんとかしなきゃとは思ってたけど」

 

「なんでお前との旅は終わるんだよ」

 

「何度も言うけど、相手は帝国なんだよ。ユーリたちでは重すぎる!」

 

「んなもん、首謀者殴れば十分だろ」

 

「拳ひとつでどーにかなるわけないでしょう!」

 

 

性懲りもなく拳を突き上げるユーリの胸板に、私の裏拳が炸裂する。

彼はいつものように甘んじてそれを受け止めると、まるで昼ご飯もメニューのごとく、軽く尋ねてきた。

 

 

「結局のところ、桜はどうしたいんだ?」

 

「私……?」

 

「オレたちと旅を続けたいんだろ。そういう顔してるぜ」

 

「皆に迷惑をかけたくない」

 

「したいことと、迷惑かけんのとは違う。お前の気持ちが重要なんだ」

 

 

ユーリから柔和な眼差しを受けて、私の心の縛りがほつれた。

言ってもいいのか。こんな現実的に難しいことを。

もう余裕もなかった私は、胸に巣食う苦しみを吐露した。

 

 

「……私、死にたくない……」

 

「ああ。オレが死なせない。相手が誰であろうと、オレがさせるもんかよ」

 

「ユーリも傷ついてほしくない」

 

「オレはいつでも心身ともに健康体だぜ」

 

「……嘘つき」

 

 

私が消え去りそうな声で呟くと、彼はそのまま胸を貸してくれた。

ついこの前のカドスの喉笛で、大怪我を負ったばかりじゃないか。私のせいで。

彼はここまでして、一体何がしたいのだろうか。

 

 

「……ユーリはどうしたい?」

 

「何もかも取っ払って、桜と一緒になりたい」

 

「冗談はよして」

 

「睨むなよ。お前を傷つけさせないって約束しただろ。騎士団だか評議会だか知らないが、お前を死なせるわけにはいかない。だから、お前がさっきみたいに嫌つっても傍にいたいな」

 

「傍にいたいと言われても、約束はもうなしでしょう。私のこと知ったんだから」

 

「フェローに聞くことはまだあんだろ。別人格のこと、始祖の隷長から人間に戻る方法だってわかるかも知れないぜ」

 

「人間に……、そうか。私が始祖の隷長でなくなれば、帝国だって狙ってこないかも……」

 

 

ユーリに指摘されて、私は目からうろこが出た。

そもそも私が始祖の隷長になったら、殺されて、聖核が取り出されるのであって。人間に戻ってしまえば、わざわざこんな小娘に構う必要はなくなるわけだ。根本的なことを見落としていた。

しかし、フェローやベリウスは、その方法を知っているのだろうか。デュークの方を窺ってみたところ、彼は少し顔をしかめたのもつかの間、フッと自嘲した。

 

 

「見せつけてくれる」

 

「あ……っ!」

 

 

デュークに言われて、私がユーリの胸に持たれかかっている図を客観的に見ることができた。

不安や恐怖があったとはいえ、我を失うにしてもほどがある。

今まさにユーリがこちらを抱こうと手を回しているところで、私は大きく身を離した。

 

 

「ち、違う!」

 

「ここまでやっといて、最後はお預けなんて、ある意味拷問だよな」

 

「最後ってなんだよ。――いや聞かないよ!

これは久しぶりに再会した親戚にするようなもんであって、ユーリはお姉さんなんだから」

 

「まだ言うのな。さっき自分で確かめただろ、この逞しい胸板を」

 

「確かめたくなかった、筋はった胸。……細身なのに」

 

「もう一度来るか」

 

「行かねーよ!」

 

 

私が身構えて拒絶すると、ユーリが小さく嘆息した。

 

 

「デュークの野郎、余計なこと言いやがって」

 

「見ていて気持ちのいいものではなかった」

 

「意中の女の子だもんな。先は隙をつかれたが、生憎、うちのお嬢さんはお触り厳禁だ。次はないぜ」

 

「お前の意思など関係ない。私と如月の話だ」

 

「とりあえず、私を抱くだのなんだの話はおいといて」

 

「置いとけるか」「捨ておけん」

 

「なんでこういう時に息が合うんだよ! デューク、聞きたいことがあるの」

 

「お前への気持ちなら、いくらでも」

 

「違う! 何力説しようとしているんだ! 私へのわけのわからん感情は氷山の下にでも埋めてこい!」

 

「残酷なことを言う」

 

「お前、結構容赦ないのな」

 

「頭冷やして考え直せって言ってるのよ!

私のような小娘にユーリやデュークみたいな美男子はない!」

 

「外見は無意味」

 

「関係ないんじゃないか」

 

「大ありだ、戯け」

 

 

顔面偏差値の高い2人が言い放つ無責任な言葉に、私は殺意を覚えた。

元々持っている者とは分かり合えないものなんだ。

いや、今は美男子どもと顔の造形と恋愛について口論している場合ではない。

 

 

「デューク、フェローやベリウスは人間に戻る方法を知っているの?」

 

「お前は人間に戻りたいのか」

 

「当たり前でしょう。デュークは嫌なの?」

 

「お前が人でいたいのならそれでいい。私に拘りはない。

だが、フェローがその術を知っているか否かはわからん。ベリウスも同様だ」

 

「やっぱり、フェローやベリウスに直接会わないといけないんだね。フェローは今どこにいるの?」

 

「それは……待て」

 

 

デュークは何かを口にしかけて、再び玄関の方へ目をやる。

すると「邪魔するよーっ」と軽い調子で戸を開けて、30代半ばの胡散臭いおっさんが入ってきた。

 

 

「レイヴンさん」

 

「あら、桜ちゃん。こんなところにいたの?

おっかしいな。近くを通ったのに。それに青年やデュークまで。一体どゆこと?」

 

「桜です!?」

 

「桜なの?」

 

「ここにいたんだ! あ、デュークもいる。なんで?」

 

「そこの銀髪赤眼の色男はだれなのじゃ? もしかして、桜の姉御の間男!?」

 

「邪魔したかしら」

 

 

レイヴンを筆頭に、エステルやリタ、カロル、パティにジュディス、ラピードと続く。

広いリビングの人口密度が一気に高まる中で、静寂を好むデュークは怪訝な顔をした。

 

 

「何故ここに来た」

 

「ここが賢人の家だと聞いて、これを届けに来ました」

 

 

デュークに問われたエステルは、荷物袋から宝石のような石を取り出して見せた。

以前水道魔導器の魔核を見たが、あれの数倍はあるだろう。

 

 

「これ、澄明の刻晶だよね。箱、開けられたんだ」

 

「はい。ユイファンに賢人へこれを届けるよう頼まれたのですが、デュークが賢人なのです?」

 

「待って、エステル。賢人はクリティア族って聞いたわよ。それになんでこいつと桜がいるの?

むっつり男も桜を見つけたんなら、さっさと連れてきなさいよ」

 

「またこいつが桜を勧誘してたんだよ。本当にしつこくってな。手間取ってた」

 

「ユーリ?」

 

「……いいから、合わせろ」

 

 

皆に目を合わしたまま、ユーリがそう囁いてきて、私はなんとなく察して頷いた。

ここには聖核を捜しているレイヴンがいる。あの話をすれば、彼も始祖の隷長を倒しに動くかもしれない。

そして私にも……とか警戒していたら、カロルが元気よく私の元までやってきた。

 

 

「何2人でこそこそしているのさ。桜、デュークと何してたの?」

 

「フェローの居場所を聞いていたんだよ。残念ながら、今は留守みたい」

 

「そうなんだ。せっかくここまで来たのに。どこに行っちゃったんだろう」

 

「デュークは知ってる?」

 

「彼の行方は私にもわからん。あるいは如月ならば……いや。

例え見つけたとしても、お前ひとりならともかく他者がついているとなると、あの翼で簡単に引き離されてしまうだろう」

 

「待ってください。貴方はフェローのことを知っているんです?」

 

 

デュークがフェローについて話した途端、エステルが彼に詰め寄ってきた。

私も別人格から、ほんの少しだけエステルのことは知り得たのだが、始祖の隷長にとって毒で、死に至るくらいぼやけた知識しかない。

私たちの視線がデュークに集中する中、エステルは懸命に答えを引き出そうとしていた。

 

 

「何故、わたしが狙われているのか、桜を襲わなかったのか、知っているのです?」

 

「……この世界には始祖の隷長が忌み嫌う力の使い手がいる。

それを満月の子と言う」

 

「伝承の満月の子が、わたし……。どうして、フェローはわたしを狙うのです?

始祖の隷長が忌み嫌う力とは何です?」

 

「真意は始祖の隷長の心の内。直接聞くしか、それを知る方法はない」

 

「では、桜は? 何故わたしを庇った桜に危害を加えなかったのですか。

何か言われたようなのですが、桜は覚えていないようなのです」

 

「それこそフェローに聞くべきだ。砂漠へやってくる人間たちが沈静化してから、出直してくるといい」

 

「出直せって、あの砂漠をもう一度……? 嘘でしょ……」

 

「リタさん、ファイト!」

 

「次はおんぶしなさいよ」

 

「え」

 

 

半目のリタに背中の予約をされて、私はガッツポーズのまま固まった。

よく見れば、エステルやジュディスまで羨望の眼差し送ってきてる。もしかして、灼熱の砂漠でおんぶリレー要求されてないか、私。普通に死ねるぞ。

一方、レイヴンは顎を擦りながら、じーっと私、ユーリ、デュークを見やって唸った。

 

 

「ホントにフェローの件だけかねぇ? 美男子2人に少女が1人。おっさんたちに内緒で、いいことしてたんじゃないの?」

 

「デュークから、しつこい勧誘を受けていたわ」

 

「私と添い遂げよう的な? まーさか、堅物のデュークがそんな」

 

「私はそれを望んでいる」

 

「へ?」

 

「き、聞き間違いよ! 普通にごく一般的に、私を助ける的な意味で一緒に来いって言われたの!

ちょっとお茶はしたけれど。例えて言うなら、昔一言二言しか話したことがない元同級生に"久しぶりにお茶でもしようよ"と呼び出し食らって、お茶おごられた後の宗教勧誘みたいな」

 

「よくわかんないけど、リアリティあるわね」

 

「色男に挟まれて、何もなかったのは怪しいわ。

貴方を賭けた2人の戦いとかあったんじゃないかしら」

 

「レイヴンさんもジュディスも妙にそこツッコむな……」

 

「おっさんは、ほら、君の護衛だから。身も心も守ってこそ、プロってもんでしょ。

そこの色男2名にいけないことされたってのなら、この俺様が全身全霊で慰めなきゃいけないじゃない。

例えば、熱い抱擁で互いの心を焦がす、なんつって」

 

「私は好奇心よ」

 

「2人とも失せろ」

 

 

レイヴンが両手をわしわしし、ジュディスが微笑んでのたまったので、私はドスの利いた声で早々に消えるように訴えた。

この2人、私のこと遊んでるだろ。心配してくれたんじゃないのか。

憤怒する私をニコニコと眺めていたエステルは、同じく黙って私を見つめているデュークに澄明の刻晶を渡した。

 

 

「貴方はここに住んでいるのですよね。でしたら、賢人に澄明の刻晶を渡していただけないでしょうか」

 

「わざわざ悪いことをした」

 

「いいえ。わたしがしたいことをしただけです。

ところで、以前から気になっていたのですが、桜とはどういうご関係なのです?」

 

「私が好いているだけだ」

 

 

デュークの一遍も曇りのない言葉に、私とユーリを除いた一同に衝撃が走る。

私はツッコむのも諦めて、ユーリは呆れかえった。

 

 

「病気か。あれは病気っつーんだな。もはや私の手に負えん」

 

「堂々と言ってのける神経が羨ましいぜ」

 

「桜! あんた、ホントにこいつと何があったのよ!」

 

「そうよ、そうよ! おっさん差し置いて、あのデュークを手籠めにするとか、なんて羨ましか!

このカタブツをどうやって落としたの? おっさんでリトライしてみてちょーだい!」

 

「ユーリにフレン、おじさまにデューク。すごい組み合わせね。貴方」

 

「翔の姉御は本当に罪な女なのじゃ」

 

「桜って、結構男たらしなんだ……」

 

「誤解だ! 皆、私を守るためでしょうが! 目的を見失うな!」

 

 

カロルから蔑んだ目で見られて、私は堪らず異を唱えた。

可憐な少女と言えば聞こえはいいが、要するにまともに戦えない私を皆が守ってくれているだけなんだ。

そういった感情はないはずだと訴えていると、あの皇女が動いていた。

 

 

「では、ユーリに加えて、デュークもフレンの障害と言うことですね」

 

「どのような男がやってきても、私の障害にはならん」

 

「大した自信です。ここで殺っておくべきでは」

 

「事実を述べたまでだ。私は倒せない」

 

「強敵です。わたしも本気を出す時がやって来ました」

 

「――出さなくていい本気! ていうか、今まで本気じゃなかったのかよ!?」

 

「これは桜のためなんです。貴方をストーカーして、行く先々で怪しげな瞳を向ける得体のしれない男性に桜を任せてはおけません! 直ちに成敗です!」

 

「落ち着け! デュークの感情はそれとは違うから」

 

「私は本気でお前のことを」

 

「3度は言わないって言っただろうが! これ以上話を拗らせるな!

私のことはもう少し心を鎮めて考えて! フェローだけじゃなく、あの竜とかにも相談してみなさいよ」

 

「あれはことこの件については、話を聞いてくれない」

 

 

デューク大して困惑した様子もなく、困ったと呟いているのを見て、私はあることに気付いた。

確か、あの竜ってエルシフルの娘、つまりは女の子だったはず。

街の入り口でデュークの背中を押してきた素振りも何かおかしかったし、もしかして、それって……。

 

 

「あの竜は、デュークのこと好きなんじゃないの?」

 

「それはない。あれは私のことを気に掛けてくれてはいるが、それは父の名残からだろう」

 

「いやあの、考える余地はあるのでは」

 

「私の心は変わらん」

 

「人の恋慕事情なんてどーでもいいのよ」

 

「良くないよ、リタさん」

 

「あんたに群がる野郎どもは、片っ端からあたしの手で消し炭にするからいいのよ」

 

「とんでもねーよ。リタさん」

 

「あんたと誰がくっつくかは、あたしがこの目と武力で判断するからいいのよ」

 

「何様だよ。リタさん」

 

「問題はその澄明の刻晶。それが聖核って本当なの?

街の人が言っていたように、そんな得体の知れないもので、結界魔導器を作るつもりなら止めておきなさい」

 

 

頑なに竜からの想いを突っぱねるデュークに難儀していると、リタが無理矢理話題を切り替えてきた。

今にも殴りかからん勢いで尋ねる彼女に、デュークは動じず、淡々とこう答える。

 

 

「これは聖核に違いない。魔核と同じエアルの塊だ。術式が刻まれていないだけのこと」

 

「術式が刻まれてない……。やっぱり間違いなかったのね」

 

「これが聖核……!?」

 

「おっさんが探していたお宝かの?」

 

 

デュークの説明にリタが納得して腕を組み、レイヴンが身を乗り出した。

彼が探し求めていた聖核がここにある。どこかの始祖の隷長の亡骸。

しかし、デュークは聖核を床に置くと、例の剣の切っ先を向けた。

――まさか、聖核を壊す気か!?

これにはレイヴンも顔色かえて止めにかかり、ユーリも眉をひそめた。

 

 

「ちょちょ、ちょっと待って! あ~っ! 何すんの!?」

 

「おい待てよ。賢人に渡すんじゃなかったのか?」

 

「かの者はもう死んだ」

 

「そりゃあ、困ったな。そしたら、そいつ、お前には渡せねぇんだけど」

 

「これは人の世に必要ないものだ。私にも、お前たちにも」

 

 

デュークはそう言うなり、迷うこよなく剣の力を澄明の刻晶へ行使した。

澄明の刻晶が急激にエアルへと還っていく。

まもなくして、デュークの足元にあった澄明の刻晶は跡形もなく消え去ってしまった。

その現象にリタが食い入るように目を見張り、レイヴンは頭を抱える。

 

 

「これ、ケーブ・モック大森林と同じ……!」

 

「っちゃ~っ。折角の聖核が……なんてことしてくれちゃうのよ」

 

「デューク。それ……。どうしてそんなことするの?」

 

「聖核は人の世に混乱をもたらす。エアルに還した方がいい。

……これもそれを願っているはずだ。理解してくれ、如月」

 

 

デュークに乞われて、私は理解したものの少し当惑した。

始祖の隷長は、長い年月を生きながら、死ぬとお墓さえ作ってもらえないということか。

思わず自分に置き換えてしまい、共感してしまう私の肩をユーリは軽く叩いてきた。

 

 

「あんま考え込むなよ」

 

「うん。けど、難しいね」

 

「はい。難しくなりました。この街の結界魔導器を作るための聖核だったのに」

 

「結界?」

 

「ここは結界はありません。巨大な魔物の脅威に晒されていて、退ける澄明の刻晶を捜しにアーセルム号を……。

でも、あれは千年前の話なのに、先ほど紅の小箱の持ち主のユイファンに会って……」

 

「うん。なんだか、この街って時系列がおかしいんだよね」

 

「ここには結界など必要はない。悠久の平穏が約束されているのだから」

 

 

エステルがやや混乱しながら矛盾した経緯を話し、カロルがそれに首を傾げていると、デュークは首を横に振ってそう断言した。

彼の言う通り、ここはフェローが作り出した過去のヨームゲンを再現したもの。

多分、時間は当時のまま、今後進むことはない。平和でいいんだけど、毎日同じ時間を過ごしていたら、気が狂いそうである。

そんなことを考えていると、デュークはある提案を持ち掛けてきた。

 

 

「如月。お前が望むなら、ここに留まってもかまわない」

 

「ここに住めってこと?」

 

「外の世界は危険過ぎる。困ったときはここに移れば良い」

 

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。私、フェローやベリウスに会いに行くから」

 

「そうか……。なら、行くがいい」

 

「一緒に来てくれないの?」

 

「私が止めても、お前はその者たちと行くのだろう」

 

「デュークもついて来てくれると、凄く心強いんだけど。

ケーブ・モック大森林とかガスファロストとか、闘技場の時とか、すっごく頼りになったしね」

 

「お前の願いならば、応えてやりたいところではあるが。他の人間とともに歩むつもりはない。

私にはやるべきことがある」

 

「そう言えば、そうだったね……」

 

「だが、お前が私につくのなら、話は別だ」

 

「ええーっ?」

 

「……こりゃあ、説得は無理そうだぞ。桜。

オレらかこいつか、どっちか選べって言ってるんだからな」

 

 

デュークの頑な態度を見て、傍で聞いていたユーリが唸った。

彼の人間不信はそうとう根強いもののようである。事情を知った以上、彼ひとり放っておくのは気が引けるが、自分の問題を片付けていないのに、それはおこがましいだろう。

 

 

「わかった。また会おう。デューク」

 

「必要とあれば、また私を呼ぶがいい」

 

「――ちょっと待った!」

 

「リタさん?」

 

「あんたのその剣、今度こそ見せてもらうわよ! さっきの力、本当にエアルに還しただけなの?」

 

「答える必要はない」

 

「じゃあ、その剣を渡して。桜のこと好きなら、この子のためにも頂戴」

 

「断る。如月を交渉材料に使うな。非常に不愉快だ」

 

「不愉快なのはあたしの方よ。どうしてここまで聞き分けないの」

 

「お前たちに理解を求めていない。去れ」

 

 

一切を拒絶するデュークにリタはイライラしながらも、一旦深呼吸し、私に耳打ちしてきた。

 

 

「桜。言ってやって。剣頂戴って」

 

「本人嫌がってるんだから、止めときなよ、リタさん」

 

「見るからにあんたへの態度甘いんだから、あんたがお願いすれば、喜んで剣の1本や2本寄越してくれるでしょ」

 

「聞こえているぞ」

 

「いいわよ。桜がお願いすれば、拒否できないでしょ、あんた」

 

「すごい脅迫を見た気がする」

 

「如月が本心で望んでいない。渡すことはできない」

 

「桜! あんた、自分のためだって自覚してる? 自分のことがわかるかもしれないのよ」

 

 

私のことは既に始祖の隷長になりかけていると理解している、とはリタや皆には言えない。

どうやって断ろうか迷っていると、ユーリがリタの肩を掴んだ。

 

 

「リタ。もういいだろ」

 

「でも、こいつには剣や聞きたいことがたくさん……」

 

「もはやお前たちに語ることはない」

 

「ちょっと、何よそれ!」

 

「だろ。これ以上相手しても無駄だ」

 

「リタさん。行こう。ここはデュークが安らげる場所なんだから、邪魔しちゃ駄目だよ」

 

「如月。すまない」

 

「ううん。迷惑を掛けたのは私の方だから。気にしないで」

 

「また会おう」

 

「うん」

 

 

私はデュークと軽い挨拶を交わすと、ユーリたちとともに屋敷を後にした。

彼の寂しげな背中を一瞥して、少し良心が痛んでしまう。

大丈夫、彼には始祖の隷長のあの竜がいる。彼を助けてくれるだろう。

などと、デュークを気に掛けていたところ、皆から盛大に怒られた。理由はもちろん、皆に黙ってデュークの元へ行ったことである。

リタはいつものことだとして、今回は珍しくエステルがおかんむりになっていた。

 

 

「桜。今度という今度は許せません。マンタイクであれほど、わたしにひとりはいけないと話してくれたのに、貴方がひとりで行くのはどういうことです」

 

「ごめんて。あの時はいろいろと混乱してて、判断力がなかったというか……逃げてたと言うか」

 

「何から逃げていたのです?」

 

「な、なんでもない」

 

 

エステルにじりじりと詰め寄られて、私はひたすら謝り倒していた。

今回ばかりは、私が悪い。……とはいえ、私ひとりでないと、始祖の隷長の話は聞けなかっただろう。

リタは既に溜飲が下りたのか、はたまたエステルに任せているのか、傍で腕を組んでその様子を窺っていた。

 

 

「やっぱ、この子ひとりにさせるとまずいわ。むっつり男、あんたもしっかりしなさいよ」

 

「ああ。今回で痛感したよ。ちっと目ぇ離すとフラフラ行っちまうからな、あいつ。なんかで繋いでおくか」

 

「止めてよ、そのフレンさん思考!」

 

「フレンって騎士なのに、女の子の桜にそんなことするんだ……」

 

「カロル、大人の趣向は様々なのじゃ。桜の姉御も大変じゃ」

 

「大変ですますなよ、パティ! 実際にシャイコス遺跡から帰城途中でやらかしてるんだよ、あの男……っ!」

 

「んじゃあ、俺様と手繋いでおく?」

 

「……もっと嫌」

 

「桜ちゃん手厳しい。なんか、デュークに会ってから、俺のこと避けてない?」

 

「そ、そんなことないよ?」

 

「心も身体も遠くなった。おっさん涙で枕濡らしそう」

 

「……怪しい言い方するな」

 

「合いの手に勢いがない。やっぱり愛が遠のいてる。ホント何があったの?」

 

 

私の警戒に気づいたのか、レイヴンはブー垂れながらも、こちらの様子を疑ってきた。

彼は始祖の隷長の亡骸である聖核を捜しているんだ。始祖の隷長になりかけている私も例外ではない。

そう考えると身構えてしまって、どうにもいつもの調子が出ないでいると、ジュディスが笑顔でとんでもないことを言い出した。

 

 

「おじさま。乙女心と言うものよ。押せば退いて、退いたら寄せる。察してあげて」

 

「そゆことね!」

 

「そゆこと違う!」

 

「なんだーっ。照れてるなら、照れてるで、リタっちみたいにツンデレっぽく表現してもいいのに。おっさん、そーいうのもイケるんだぜ」

 

「おっさん、殺るわよ」

 

「やってしまいなさい。リタさん」

 

「燃やすのは止めて! と、ところで、嬢ちゃんの満月の子ってなんだろうねーっ」

 

「あれはエステルが前に話してくれた凛々の明星の妹の話だよな」

 

 

リタの殺気から逃れるように、レイヴンが話題を振ったところ、ユーリが思考を巡らせた。

私も彼がかつてノードポリカで話してくれた、ギルド名 凛々の明星の由来を思い出す。

兄の凛々の明星は空から世界を見守り、妹の満月の子は地上に残ったという。

私を叱っていたエステルは、ユーリの指摘を受けて、記憶を辿るように語り始めた。

 

 

「地上満つる黄金の女神、君の名は満月の子。兄、凛々の明星は空より我らを見る。君は地上に残り、賢母なる大地を未来永劫見守る」

 

「地上で未来永劫見守るって、神様みたいだね。あ、女神様か」

 

「そう? あたしは支配するって聞こえるけど」

 

「じゃあ、満月の子が皇帝になるって考えれば、辻褄合わない? エステルが満月の子で、次期皇帝候補なら、絶対そうだよ」

 

「だとすると、代々皇帝はみーんな、フェローに狙われてたってことになるわけ?」

 

「そんな話、聞いたことがありません」

 

「……エステルの力が大きいから?」

 

 

と、実際に彼女の治癒魔術でダメージを食らった私の意見なんだが、意表だったのだろうか、皆の視線が私に一斉に集中する。

皆の目を一身に受けた私はたじたじになりながらも、なんとか弁明した。

 

 

「いや、エアルに敏感な私個人の意見だから、あまり意味ないのかもしれないよ。……多分しなくとも、次食らったら、ただじゃすまないだろうし」

 

「あんた、エアルに耐性ついてきたんでしょ。それでもエステルの魔術は駄目なの?」

 

「多分。そうみたい」

 

「わたしの力は、始祖の隷長にとっても、桜にとっても、忌まわしきものなんですね……」

 

「エステルが悪いわけじゃないから。気を落とさないで」

 

「満月の子って、何なんでしょう。わたし、桜に嫌われたくありません」

 

「それを踏まえて、今はこれからどうするか考えた方がいいんじゃない」

 

 

沈んだ表情で俯くエステルに対して、ジュディスは気分を切り替えるように話を切り出してきた。

わざわざ砂漠を越えて来たのに、フェローに会えなかったんだ。ここで彼が帰ってくるまで待つにしても、出直すにしても、ベリウスに会いに行くにしても、考える時間が必要だろう。

ユーリや皆もこれに快く賛同した。

 

 

「だな。砂漠への準備もあるし、今日は自由行動にして、出発は明日にするか」

 

「いいの? フェローを探しに行かなくても。

そのためにあの危険な砂漠を乗り越えてきたんでしょ」

 

「ここにはいないって言われたしな。

リタ、お前もここで調べたいことがあるんだろ。1日あれば足りるか」

 

「ええ。十分よ。……一応礼は言っとくわ、ありがと」

 

「ははっ。どういたしまして。じゃあ、明日、街の入り口に集合な」

 

「うん。それじゃあ、私は……」

 

「オレと一緒だ」

 

「ですね!」

 

 

回れ右しかける私に、笑顔で釘を刺してくるユーリ・ローウェル氏。

彼に私の置かれた状況を把握された以上、仕方ないと言えば仕方ないんだけど、また腕を掴まれ引き釣り回される日が戻ってくるんだろうか。

ユーリがそんなことをしないためにも、皆に心配させないためにも、一刻も早く人間に戻らなくてはならない。

できるだけ穏便にフェローやベリウスと接触して、人間に戻る方法を教えもらい、一刻も早くこの状況を打破するのが、私の今後の課題になるだろう。

果たして、それまで私の心身は保ってくれるのか。

……フェローが戻ってくるまで、デュークの提案を飲んでおけばよかったかもしれない。

 

 

 

 

 

■続く■




ヨームゲンです。
そしてまだヨームゲンです。主人公の設定を流す上で避けられない場面だったので、どうしてもギャグにはならず。むりくり突っ込んでも、更につまらん長文になるために、かなりけずらせて頂きました。
この勢いだとキュモールの件やベリウスの時はどうなることになるのか。

次回は、次はまたヨームゲンからのマンタイクに行ければなと思います。
またシリアスになるのか。なんとかギャグにもっていきたいです。



瑛慈 翔
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。