明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第41話】仲間は白か黒

彼女には覚悟がなかった。

トリム港で始祖の隷長について話した時、あの子はやるべきことはわかっていても、結末を恐れて一歩前へ踏み込めずにいたの。

頭でわかっていても、心がついて行っていないのね。

望んでいない現実とはいえ、それを受け入れないと、前へ進めないのはわかっているはず。

 

 

けれど、私もまだにわかには信じられなかった。

彼女が始祖の隷長になりかけているなんて。

 

 

人から生まれるなんて聞いたことがないし、別人格という単語は引っかかった。始祖の隷長でもそんな能力はない。

ただ自分自身が何者かわからない不安の中で、桜は桜なりに頑張っているのはわかっていたわ。

だから、幽霊船へ行くのを止めなかったし、ソーサラーリングでの戦い方も薦めた。

彼女の事情も黙っていたし、必要とあらばフォローはしていたつもりよ。

ユーリやリタと別のやり方で、彼女を助けるべきだと私は思ったの。

 

 

そんな桜に変化が現れたのは、ノードポリカ2日目だったかしら。

今までは秘密のこともあって、時々オドオドしていたけれど、今は比較的に毅然と行動するようになった。

顔を上げて真っ直ぐ相手を見る。あれが本来の桜なのね。ユーリとの距離も安定してきたし一安心。

……少なくともフェローに会うまででしょうけど。

過激派の彼と会えば、きっと穏便にはいかない。彼女と皆の間に亀裂が入るでしょうね。

 

 

或いはベリウスに会えば、上手くことが進んだかもしれなかったけれど。

新月にしか会えないし、桜がいないと言うなら、出直すしかないわ。

ただ闘技場のチャンピオンの座にフレンが据わっていたのがひっかかった。帝国騎士団が隊長を動かしてまでやろうとしていること、それは何?

でも、もっと私を危険視したのは、闘技場に現れた暗殺者の左腕の魔導器だった。

――ヘルメス式魔導器。

何者かが人魔戦争から引き継いだ、この世にあってはならない技術。あれは私の手で破壊しつくさなくてはならない。

戦いの末、寸でのところまで追い詰めたものの、闘技場の魔物を放たれ、暗殺者とその魔導器を逃がしてしまった。

追いかけたいのは山々だけれど、今は魔物から桜を守ることが優先。あの魔導器を備えた暗殺者はまたやってくるはず。その時に必ず魔導器を壊して見せる。

 

 

あの混乱の中、私たちの不意をついたのは暗殺者だけではなかったわ。

ラーギィに澄明の刻晶を盗まれてしまったの。

なんとか、彼をカドスの喉笛まで追い込んだけれど、ユーリと桜が崖に落ちてしまうハプニングに遭う。

かなり深い崖だった。でも、ユーリがついているから、彼女はきっと大丈夫。元気な姿で会えるわ。

 

 

そう。そして、会ってしまったの。桜の言うもうひとりの彼女を。

一目でわかった。雰囲気はもちろん素振りや喋り方まで全く違う。しかも、エアルクレーネの湖に平然と足を踏み込んで、何かをしようとしていた。

彼女が始祖の隷長に変化する過程で生まれた人格なら、この状況下でやることはひとつ。

止めないと、彼女の容量ではとてもエアルクレーネの質量に耐えられはしない。――死んでしまう。

 

 

久しく得られなかった焦燥感に囚われながら、おじさまと一緒に解決策をねっていたところへ、やってきたユーリが桜を助けてくれた。

いくらなんでも無茶が過ぎる。彼女が大切だからって、エアルの塊に触れるなんて自分の命に関わるかもしれないのに。

けれど、彼女が助かってホッとしている私がここにいる。生きていてよかった。いつもの彼女に戻ってくれてよかったと。……私がユーリの立場なら、同じことができたのかしら。

自分に似合わず、難しいことを考えてしまったわ。

 

 

ラーギィ、いいえ、イエガーを逃がしてしまったものの、澄明の刻晶は取り戻すことはできた。

私たちは、このままコゴール砂漠へ行くことになったんだけれど、途中マンタイクで桜と文字の読み書き合いをすることになったの。

私、机に向かうより、身体を動かすタイプなのにね。ますます桜に構うのが好きになったみたい。

皆の名前のつづりを一生懸命覚えようとしたり、皆に自分の文字を教えようとする彼女はとても初々しくて、見てて飽きなかった。

ええ、私も参加したわよ。桜の国の文字で自分の名前くらいは書けるようになったわ。

 

 

その夜、彼女は眠れないのか、こっそり宿屋を出て行った。そこまでは良いとして、後から、ユーリがついて行って、いいことしたのは捨て置けない。

言い訳は聞かないわよ。若い男女が2人きりでの逢瀬。何もないわけないわよね? お姉さんに全て話してしまいなさい。そうしたら、許してあげなくもないわ。

まあ、私がでるまでもなく、エステルがユーリを叩きのめしてしまったから、これ以上何も聞けなかったけれど。

 

 

こんな風にたくさんのことがあったものの、桜の中ではいろいろ整理できていたのね。

フェローのいるコゴール砂漠へ向かう前に、彼女の覚悟は固まっていたわ。

ここまで来て、でもでもだってと言い出したら、流石の私も怒ったかもしれない。

彼女を決断させたのは、やっぱりユーリなのかしら。彼の存在はそれほど大きいのね。少し焼けてしまうわ。

 

 

そして早速コゴール砂漠に踏み入れたのだけれど、想像していた以上の暑さだった。

マンタイクで自由時間になった時、入り口まで行ってみたけれど、いざ中に入ってみたら、立っているだけでも体力を消耗する難所。

バウルと一緒にいた時は空をひとっ飛びだったから、リタの自然を舐めているという言葉は、間違いではなかったのかもしれないわ。

 

 

この猛暑の中、元気だったのは2人。

冷え性のおじさまはともかく、桜が暑さに耐えられるは、きっと始祖の隷長の変化への兆候でしょうね。環境に適合しようと身体が変わってきている……のかもしれない。

……いけない。暑さで頭が働かないわ。私もリタのように、彼女の肩をかりようかしら。

 

 

リタを始め、とうとう皆の体力が限界を迎えかけたところ、運良くオアシスを見つけることができた。

リタやカロルが水辺に飛び込み、彼女も続く。

桜が水浴びをするのなら、私もと思ったのに、彼女は日陰で身体を冷ますと早々に出発の準備を始めた。

ヘリオードで話していた裸の付き合いができると思ったのに、残念。

でも大丈夫、彼女と一緒にいれば、次の機会もあるわよね。

 

 

でも、世の中そんなに甘くなかった。

水を補給して、一休みしていると、虫の魔物が襲い掛かってきて、おじさまと桜とはぐれてしまう。

当然、私は彼女たちを追いかけようとするユーリを止めたわ。彼女たちに続いて砂の崖を降りたら、大怪我を負ってしまうもの。彼にしてみれば、それも承知で追いかけようとしたかもしれないけれど。

 

 

二次災害は駄目、だから私は我儘を言ってみた。桜を助けるために、別行動をしましょうって。そうしたら、ユーリも自分も探すって我儘言い出したのよ。

もうこうなったら、皆諸共よね。私たちは桜を捜すために、砂漠中央部を目指してを突き進んだ。きっと彼女もそこを目指しているはず。

途中でパティを拾い、アルフたちの両親を助けて、中央部へたどり着いたら、見たこともない魔物に遭遇した。

以前フェローの元を訪れた時にはこんな魔物はいなかったはずなのに、どこからやってきたの……?

 

 

灼熱の砂漠の中で、私たちは魔物と激しい戦いを強いられてしまう。

ただでさえ、暑さでやられそうなのに、こんな強敵を相手にしなくてはいけなんて、私の悪運も尽きたかしら。

再び体力がつきかけた時、桜とおじさまが物凄い勢いで駆け付けて来てくれた。

冷たい瞳、スカートも気にしない乱暴な動き、その言動。あれはもう一人の彼女。

彼女は綿が水を吸い込むかのように、リタやレイヴンの魔術や皆の動きを次々とマネして見せたわ。その身体能力と学習能力、エネルギー量は驚異的なものだった。本当に彼女は始祖の隷長なのかもしれない。

最後まで彼女を見守っていたかったけれど、駄目ね、私。

魔物を倒すので手一杯、体力を著しく消耗して、その後気を失ってしまった。

 

 

次に目を覚ましたのは、砂漠に不釣り合いな緑豊かな街だった。

何故砂漠で倒れた私たちが、ここへ? そもそもここはどこなの? ユーリたちがいるのに、彼女……桜の姿だけが見えないのは何故?

ひとまずここはおじさまとラピードに調査をお願いして、私とエステル、パティは他の皆が目覚めるのを待つことにしたんだけれど。

当然のごとく、ユーリは目覚めて間もなく彼女を捜すと言い出したわ。

 

 

カドスの喉笛で出会った竜と桜が会って話をしたというならば、多分始祖の隷長に関わることかもしれない。

彼女はきっと、ユーリに自分が始祖の隷長であることを知られたと思って避けた。

無理もないわ。フェローに会う前にこんな形で正体が知れるなんて、不本意だったのでしょう。

今、ユーリが桜に会いに行けば、きっと彼女はそのことで苦しむかもしれない。

でも、彼の覚悟は揺るがなかった。だから、私は止めなかったわ。

 

 

ごめんなさいね、桜。けど、たまにはこういう荒療治も必要でしょう。

怯えなくても大丈夫。きっと彼なら上手くやってくれる。貴方が抱える重いものも全て消し去ってくれるはずよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間は白か黒

 

良いのか悪いのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかな日差しが降り注ぎ、青々とした木々や色とりどりの花が彩る街ヨームゲン。

一見のどかな風景に思わせるその場所は、全てフェローが作り出した幻。しかし、デュークによって突きつけられた人魔戦争のこと、帝国のこと、始祖の隷長のことは逃れようのない現実だった。

人魔戦争は人間と始祖の隷長との戦いで、デュークは親友エルシフルを人間の策略によって失い、極度の人間不信になっていること。

私は私でやっぱり始祖の隷長になりかけていて、命を落とすと聖核ができることが発覚した。

それに付け加えたかのように、帝国が只今絶賛聖核収穫祭だというんだ。帝国が私を殺しにかかってる。のうのうと生きてきた私も今回ばかりは滅入った。

私の短い人生もここで終わるんだ。エグイ死に方もあったもんだなとか絶望に片足突っ込んでたら、よりにもよって一番会いたくなかったユーリがやってきて、絶望に両足が入った。

 

――終わった。

私が始祖の隷長であることが、本格的にバレた。

誰だって、人外を仲間にしておきたくないだろう。

帝国を敵に回したくないに決まってる。

これで彼も皆も、私から離れてしまう。

全てが終わった――と心折れかける私であったが。

 

彼は私は何も変わっていない、私は私だと受け入れてんくれた。

それだけでも救われたというのに、ユーリは平然とこうも付け加える。フェローやベリウスに人間に戻る方法を教えてもらえばいいと。

 

 

「お前が何になろうとしても、人間に戻っちまえば、帝国の連中も手出ししてこないだろ」

 

「そうだね。私が元に戻れば、誰にも狙われないで済む。

問題は、果たしてフェローとベリウスがその方法を知っているか、なんだけど……」

 

 

自由行動になって早々、ユーリと私、ラピードはわざわざ皆の目を避けて、街の入り口で今後について話し合っていた。

デュークに真実を語られた時は混乱していたし、皆がいてはこんな相談もできない。

特に私の護衛役であるレイヴンは、始祖の隷長の亡骸である聖核を捜しているために、この話をすることさえ憚られた。

 

 

「ベリウスに会うためには、レイヴンさんが持ってる書状が必要なんだよね。嫌でも同伴するんだ」

 

「もともとおっさんの馬尻に乗りつもりだったからな」

 

「困った。……ドンさん、私のこと知らないんだよね。こうなるのも仕方ないか」

 

「案外、気づいてたのかもしれないぜ」

 

「ドンさんが、まさか」

 

「聖核を捜させているのは、帝国の手に渡らないようにしている。お前の護衛だって、そのためじゃないか。

でなきゃ、始祖の隷長のベリウスの元に、レイヴンを差し向けたりしないだろ」

 

「単に聖核の入手方法を知らないだけかもしれないよ」

 

「かもな。もしかすっと、前にじいさんが言ってた黒幕を引きずり出すために、おっさん護衛につけて、お前を泳がしてる線もある」

 

「ユーリ、いろいろ考えてたんだ。もしも論は嫌いじゃなかったっけ?」

 

「実りない話が好きじゃないんだよ。

お前に危害が及ぶ可能性のあるもんは、片っ端から潰してく必要があるだろ」

 

 

ユーリがいろいろ推論を上げてくれて、私もだいぶ頭が冷えてきた。

レイヴンの後ろには、ユニオン、更にはドンがいる。天を射る矢を率いる首領、あの寛仁大度を体現したような人が私を陥れようとするだろうか。

少なくとも、私を帝国に売るようなことはしないはずだ。

 

 

「ドンさんがシロだとしてよ。このままレイヴンさんを頼って良いのかな」

 

「着かず離れずだな。おっさんには悪いが、ベリウスに会うためにも利用させてもう。

下手に警戒すると、さっきみたいに気付かれちまうからな。ま。普段通りで頼むわ」

 

「む、難しいこと言うなぁ……」

 

「適当に裏拳ぶっ放しときゃ喜ぶだろ」

 

「そんなレイヴンさんがドMみたいに」

 

 

ユーリに軽く言われて、私は頭が痛くなった。

普通に振舞えと言われても、私はそこまで器用じゃない。ユーリがラゴウを殺した時も、完全に忘れることは不可能であった。

自分の命を狙う可能性のあるレイヴンに身を守られるなんて、矛盾した関係を保つなんてできるんだろうか。

 

 

「私にそんな腹芸はできないよ。せめて、レイヴンさんが何考えてるのか――」

 

「桜。待て」

 

「何?」

 

「ワフッ!」

 

「今度はお前が盗み聞きか、ジュディ?」

 

「あら、失礼ね。ちょっと近くをフラフラしていただけなのに」

 

 

ユーリとラピードが睨んだ先、木の陰からゆらりと現れたのは、ひとりの美しいクリティア族ジュディスだった。

いつの間に、こんな近くまで潜んでいたのだろうか。

唖然とする私やユーリの挑発にも彼女は動じず、半ば強引に私たちの輪に入ってきた。

 

 

「内緒話なら、私も仲間に入れてもらえないかしら。きっと役に立てるわよ」

 

「ただの興味本位、ってわけじゃなねぇよな」

 

「桜のことでしょう」

 

「まあな。フェローに会えなかったから、次は何しようって話してたんだよ」

 

「隠さなくてもいいわよ。桜と始祖の隷長について話していたのよね」

 

「……桜。ジュディにどこまで話した?」

 

「そんな睨まないでよ。元々ジュディスは私のこと知ってたんだから」

 

 

ユーリから諫めるように見つめられて、私は慌てて訳を話した。

彼女は私に始祖の隷長のことを教えてくれた経緯がある。

どちらも悪くないと言いかけたところで、ジュディスが私を庇うように前に出た。

 

 

「私の方から桜に近づいたの。バウルが彼女を始祖の隷長だって言から、この目で確かめたくてね。

だから、桜を責めてないであげて」

 

「なるほどな。ヘリオードやトリム港で2人きりになってたのは、そのせいか。

妙にオレと桜の話に横やり入れてきたのも、こいつの秘密のためなんだな」

 

「ええ。貴方と形は違うけれど、これでも私なりに桜を気にかけていたのよ」

 

「ありがとう、ジュディス。でも、私……」

 

「私のことはいいの。その様子だと、貴方、本当に始祖の隷長に近づいているのね。

今は私たちのことより、自分のことを考えて」

 

「私のこと……。フェローもバウルも私のことを仲間だって聞いた時点で、自覚するべきだったのかも」

 

「簡単に割り切れるもんじゃないだろ。無理すんなよ。

しかし、バウル、ジュディが乗ってたあの竜も始祖の隷長なんだな。鳥だったり、竜だったり、望むままに進化するって言う」

 

「始祖の隷長は自分がなりたいような姿になるから。桜だって、変わりたくないから、そのままなんでしょう」

 

 

ジュディスに言われても、私はいまいちピンと来なかった。好きなように変われるなら、ジュディスのような、スタイルの良い美人になっていたはずだ。もしかして、別人格の弊害か、おのれ私。

複雑な気持ちになる私のことなど知ってか知らずか、ユーリは「それで」とジュディスを促した。

 

 

「お前は何をしてくれるんだ?」

 

「貴方と同じく彼女の秘密を共有し、守ることができる。これで十分じゃない?」

 

「ま。今んところ協力者はひとりでも多い方がいいがな。前にも聞いたが、なんでそこまで桜に構うんだ」

 

「きっかけは、先に話した通り。私にとって、始祖の隷長は特別なのよ」

 

「今は?」

 

「叩けば響くからよ」

 

「おい」

 

「間違えたわ。貴方が面白いからよ」

 

「待てコラ」

 

「違ったわ。貴方をつつくのが楽しいからよ」

 

「要は私をいじくって遊びたいだけだろ!」

 

「私、嘘をつくのは得意じゃないの。素直でいいでしょう」

 

「少しはオブラード包んでビシッとキメなさいよ! 体裁悪いわ!」

 

 

何の悪気もなく言ってのけるジュディスに目掛けて、私は裏拳を放とうとして止めた。

ここで拳をいれたら、マンガのように豊かな胸でバウンドするかもしんない。

絵面的に危ないと判断した私がしぶしぶ拳を下げるのを見て、ジュディスは露骨に肩を落とした。

 

 

「皆のようにしてくれないの? 残念ね」

 

「いや、いくらなんでもジュディスのそれにやると、ユーリがいろいろヤバイでしょう」

 

「何がヤバいんだ?」

 

「私に言わせる気かセクハラかよ。女性心理に疎いのも限度があるだろ。

とか言ってる傍から、何私の腕掴んで自分に胸に持ってこようとするんだジュディス!」

 

「実践した方が分かりやすいと思って。つまりは女の子同士て仲良くすることでしょう」

 

「しなくていい! そして今頃気まずそうに目を逸らすなよ、ユーリ!」

 

「だって、なあ……」

 

「だって理解を求めるな。……結局のところ、ジュディスは私で遊びたいから協力するの?」

 

「貴方と一緒にいたいから。そういう意味では、ユーリと似ているわね」

 

「ユーリと?」

 

 

ジュディスがユーリの方を見たので、私もつられて隣に立っている男の顔を窺ってみる。

いつでも余裕の笑みで返してくる彼は、私の事情をよく知る数少ないの人物である。ここまでしてくれる理由は未だにわからないが、そのあたりはジュディスも同じかもしれない。

 

 

「ユーリ。私はジュディスを信じていいと思うだけど……」

 

「お互いある程度胸の内明かしてるからな」

 

「あら、私が魔導器を壊して回っている理由は聞かないの?」

 

「桜に関わることなのか?」

 

「いいえ。……貴方、本当に桜一筋なのね」

 

「こいつには、オレがついてなきゃいけないだろ」

 

「そういうところなのだけれど」

 

「ん?」

 

 

ジュディスが半目で指摘すると、ユーリは自覚がないのか、眉をひそめた。

私のそばにいることが、さも当然のごとく言ってくる彼の心理がわからない。

2人揃って首を傾げるのを見て、ジュディスは小さく笑い、改めてユーリに尋ねた。

 

 

「私は貴方たちに協力したいの。桜を助けたい」

 

「ああ」

 

「私じゃ駄目?」

 

「さてな。これからの頑張り次第か」

 

「貴方にとっては及第点ということね」

 

 

とぼけるユーリに、ジュディスは頷くと話の本題をついてきた。

 

 

「それで、今後の目的は何かしら。

明日ここを立つのなら、次は新月の夜、ベリウスに会う気なのね。彼女の知恵を借りようとか」

 

「ご明察。桜を人間に戻す方法を聞き出すつもりだ。始祖の隷長が自由に進化できるってのなら、人間にだってなれるだろ」

 

「飽くまで姿を変えるのであって、本質的には始祖の隷長だから、そう易々とはいかないと思うわ」

 

「だろうな。でも、やらなきゃならねぇんだ。帝国が聖核を狙ってる」

 

「……っ!」

 

 

ユーリが事情を明かすなり、ジュディスは珍しく表情を険しくした。

彼女は始祖の隷長であるバウルがいるから、無視できないと判断したんだろう。

先程までののんびりとした雰囲気は消え失せて、ジュディスは硬い面持ちで身を乗り出した。

 

 

「だから、フェローの調査やベリウスを陥れて捕縛を……。尚のこと、貴方たちに協力させてもらうわ。

ベリウスに会う方法は、新月の夜に書状を渡すことよね。……問題はおじさま?」

 

「ああ。今丁度そのことで頭抱えてたんだよ。ベリウスに会うのは良いが、そっからどうやっておっさんを引き離すかが当面の課題だ。

せめて、あいつが何考えてんのかわかれば助かるんだけどな」

 

「おじさまがどうでるかわかればいいのね」

 

「何か良い案があるの、ジュディス?」

 

「少し難易度が高いけれど、リスクは少ない方法があるわ」

 

「あるならやろう。その手って何?」

 

「色仕掛けよ」

 

「却下ぁっ!」

 

 

真剣な面持ちのジュディスから突拍子もない単語が出てきて、私は速攻拒否した。

ヘリオードで繰り広げられたえげつない女性集団の猛攻、それによって刻まれたブラックヒストリーが脳裏に過って全身に悪寒が走る。

トラウマと化しつつある過去を振り切るように、私はジュディスの両腕を掴んでブンブン振り回した。

 

 

「何を言うこと書いて色仕掛けなんて黒歴史を掘り越してくるんだよ!」

 

「こんなこともあろうかと、あの時の衣装はきちんと取ってあるわよ」

 

「お願いどっか捨ててきて! レイヴンさんが私みたいな小娘に篭絡するわけないでしょう!

そうだ! ジュディスのうさ耳エプロンなんつうマニア全振りした衣装もあったわ! 今度はジュディスがやってよ」

 

「私がいきなりあの姿になったら、おじさまに疑われるでしょう」

 

「私はいいのかよ!?」

 

「大丈夫。"この姿をおじさまに見せたくて……"とちょっと恥ずかしげに迫れば、おじさまの中の貴方の株も上がるわよ」

 

「私の精神は爆下がりだ!」

 

「おじさまの好感度を上げておけば、もっと貴方を大切にしてくれるかもしれないわ」

 

「私の貞操が既にヤバイ!」

 

「オレも反対だ。おっさんが変な気起こしちゃ厄介だからな」

 

 

ジュディスの押しに困っていると、ユーリが私の援護をしてくれた。いいぞ、もっとやれ。

ユーリは怪訝な表情のまま、ジュディスに念をおした。

 

 

「ただでさえ、おっさんは桜に近づこうとしてんだぜ。この上、勘違いされたら面倒だよ」

 

「変な気を起こさせて、おじさまの本心を引き出すのが、色仕掛けの本懐なんだけれど」

 

「本音を聞き出した、その後は?」

 

「貴方がおじさまを殴っておしまい」

 

「レイヴンさんの扱いがエグ過ぎる!」

 

「それもありか」

 

「ねーよ! レイヴンさん落として吐かせて殴り倒すなんつう、ひっでぇ3段落ちあって堪るか!」

 

「おっさんにお前を触らせるつもりはないぞ」

 

「そんな警戒しなくても。レイヴンさん、遊んでいるだけで、私のことは守備範囲外だと思うよ」

 

「そこを本気にさせるのが女の見せ所よ」

 

「私に女を求めるな!」

 

「貴方がユーリにやったようにすればいいの。マンタイクの湖畔で」

 

 

ジュディスの口から再びとんでもない言葉が出てきて、私とユーリが固まった。

 

 

「……。見たの?」

 

「どうかしらね」

 

 

微笑みを絶やさないジュディスに、私は大いに困惑した。

あのユーリと抱き合っていたところを見られたのか。それとも肩を抱き寄せられた時か。

思い出すだけで身体中が火照り始める私を見かねたのか、ユーリが呆れながらジュディスを窘めた。

 

 

「あんまうちのお嬢さんで遊ぶなよ」

 

「遊ぶって、な、何が?」

 

「ジュディは見てない。誰にも見られてないって。だから、そんな顔真っ赤にすんなよ」

 

「してない!」

 

「見られて桜の顔が赤くなるようなことしたのね」

 

「ジュディ」

 

「まあ、こわい。でも、ユーリを落とせたなら、きっとおじさまにもできるわ。桜、自信持ちなさい」

 

「ユーリを篭絡できるわけないでしょう。あの夜はなにもなかったんだから」

 

「なにもなかった、か……」

 

 

なんでユーリがそこでジト目で睨んでくるんだ。

そんな顔されても、彼の殺人までジュディスに話さなくてもいいだろう。それとも、他に何かあるというのか。

今はレイヴンのことを調べて、対処するのが最優先だ。

 

 

「ともかく、色仕掛けはなし! 没! 却下!」

 

「じゃあ、どうやっておじさまの本音を聞くの?」

 

「そ、そうね。例えば、聖核について、カマをかけるとか」

 

「あの飄々としたおじさまを引っ掛けられるかしら」

 

「そこは3人寄らば文殊の知恵でしょ」

 

「殴ったほうが早い」

 

「拳で語る方が確実ね」

 

「この脳筋ども!! いいよ。私がレイヴンさんと話に行ってくるから」

 

「待ちなさい、桜。忘れ物よ」

 

「あ、ありが……」

 

 

ジュディスの真剣な顔に気圧されて、手に受け取ったのは、布切れとしか形容し難い黒のドレスが。

 

 

「おいいいいいいっ!?」

 

「何もないよりかはいいと思うの。それに砂漠で汗をかいたなら、着替えないと」

 

「ユーリ」

 

「ジュディ……」

 

「仕方ないわね。プランBよ」

 

「なんだそのプランBってのは」

 

「これを着ていきなさい」

 

 

ジュディスは言うなり、清楚な白いドレスを差し出してきた。確か幸福の市場ヘリオード店で彼女が真っ先にボツにしたやつだ。

これなら露出部分も少なくて、抵抗はないんだけど。

 

 

「なんでいちいち着替える必要があるの? このままでもいいじゃない」

 

「男は自分のために着飾ってくれる女の子に弱いのよ」

 

「そうなの、ユーリ?」

 

「どんな姿でも、桜は桜だろ」

 

「とか言ってるんだけど」

 

「相変わらず女心がわからない人ね。着て見せれば、気が変わるわ。きっと」

 

「いきなり着替えたら変に思われるよ」

 

「弁解の余地はいくらでもあるわ。さ、早速着替えて、おじさまにアタックするのよ」

 

 

拳を握りしめて意気込むジュディスに、私は一抹の不安を覚えた。彼女、目的と手段を履き違えていないか。

疑問に思っている間にも、ユーリとラピードを外に放置し、彼女にぐいぐいと宿屋へ連れていかれて、あれよあれよという間に着替えさせられてしまう。

そこにたまたま寝室でおでんを食べていたパティまで加わったのだから、かなり面倒なことになってしまった。

 

 

「やっぱり髪型はうちと同じおさげなのじゃ」

 

「清純派を突っ切るなら、ストレートの方が良いと思うの」

 

「私はどっちでもいいんだけど」

 

「良くないわ。ハーフアップにしましょう」

 

「うなじが見える方が色っぽいのじゃ」

 

「私もその方がいいと思うのだけれど、ユーリが桜に色仕掛けさせるのは嫌なんですって」

 

「ユーリは独り占めが過ぎるのじゃ。桜の姉御がおっさんやフレンや誰を落とそうが自由なのじゃ」

 

「私が嫌なんだよ! なんで私のこと無視して他人の意見は聞くんだよ!」

 

 

然程大きくない宿屋の一室を占拠して、私はお人形さんのごとく化粧台の前に座らされ、この2人にいろいろ髪の毛をいじられていた。

おさげにされたり、ポニーテールにされたり、お人形扱いも散々である。

結局髪型はハーフアップで落ち着き、頭から下まで白でコーディネートされたが、私にしてみれば、ここまでする理由が未だにわからなかった。

 

 

「ジュディス。ホントに着替える必要性ある?」

 

「活発な女の子から、海辺の屋敷に住む薄幸のお嬢様という風体よ、今の貴方」

 

「これなら、おっさんのハートをズドンなのじゃ」

 

「私、レイヴンさんの心臓貫通させるつもりは微塵もないんだけど」

 

「なんで桜の姉御がおっさんのために着飾っとるんじゃ?」

 

「わからないで協力してたのか、パティ」

 

「桜の姉御に関わると、そのことごとくが面白いからの」

 

「ふざけるな。元の服に着替える」

 

「シルククロークもろとも元の服は洗濯に出したわ」

 

「卑怯もん!!」

 

「さあ。いってみましょう。ユーリも待っているわ」

 

 

ジュディスは私の抗議を無視して、腕をひっ掴み、宿屋の外へと飛び出した。

彼女がずかずか進んだ先には、腕を組んで橋の欄干にもたれかかっているユーリだ。

私が視界に入るなり目を見開く彼目掛けて、ジュディスは勢いよく私の背を押した。

 

 

「はい、ユーリ。彼女の出来上がりよ」

 

「おいっ! 桜を物のように……っ」

 

 

ユーリは倒れかかる私をその胸で受け止めると、即座にジュディスに反論しかけて、何故か止めた。

彼の胸にしがみつき、よろよろと顔を上げると、端正な顔と黒い双眼が飛び込んでくる。

彼が腕の中にある私と見つめ合うこと、十数秒。

ユーリは固く両目を閉じて、そっと私の肩を抱き、割れ物のようにゆっくり身を引くと、こう断言した。

 

 

「この作戦は中止だ」

 

「続行ね」

 

「おい。ジュディ」

 

「貴方が嫌がるということは、それだけの破壊力が桜にあるってことよ」

 

「破壊力て。あ、でも、ユーリは嫌なんだ、この格好」

 

「別に嫌とは言ってないだろ」

 

「私は私ってことだよね」

 

「そうなんだけどな」

 

「他の男には見せたくないわよね」

 

「もしかして、オレをからかうために桜を着替えさせたんじゃねぇだろうな。遊びでやるなら、やらせねぇぞ」

 

「私は本気よ。純白の少女が突然前からぶつかって、上目遣いで攻める。さっき貴方にしたようにね」

 

「……楽しんでるだろ」

 

 

ジュディスが拳を突き上げ、力説する様を見て、ユーリはげんなり肩を落とした。

もしかして、私は今回も遊ばれているのではなかろうか。

嫌な予感がして、宿屋へ籠ろうとしたところ、ジュディスがラピードを連れて軽快に街の奥の方へ走っていった。

 

 

「じゃあ、私、おじさま呼んでくるわね。逃げても無駄だから」

 

「ジュディス!」

 

「では、ユーリ、うちらもデートするのじゃ。桜の姉御とおっさんとのダブルデートなのじゃ」

 

「おい、パティ、腕を引っ張るな。デートってなんだよ、ただの話し合いだろ。そもそもオレは認めてねぇぞ」

 

「女の決めたことに、男がグダグダ言うでないのじゃ。

ユーリが桜の姉御の邪魔しないように、うちがしっかり見張っているのじゃ。

そう、腕を抱き締めてラヴラヴなのじゃ。覚悟するがよい、ユーリ」

 

「覚悟なんてするかよ。桜。ジュディがおっさん連れてくる前に、どっかに隠れてやり過ごすぞ」

 

「とはいっても……」

 

 

何度も言うが、ここはフェローが昔の街を再現したものである。

隠れる場所にも制限があるだろうし、ラピードに臭いで探られたら一発だ。

かといって、一歩街を出たら、暑さと魔物が蔓延る砂漠へ逆戻り。

逃げるのはほぼ不可能に近いし、やはりレイヴンとは話し合った方がいいだろう。

 

 

「形はどうあれ、レイヴンさんのことは無視できない。情報を聞き出さないと」

 

「話するにしたって、やり方ってもんがある……。パティ、離れろ、桜と話せねぇだろ」

 

「桜の姉御が装いを変えた時点で、この作戦とやらは決定事項なのじゃ。

そして、桜の姉御のフレンとおっさんとデュークの3股を応援するのも、またうちの使命!」

 

「残念、私は類を見ないもてない女だ! フラグ立つどころか、根本から消滅する」

 

「デュークは桜の姉御にお熱、エステルもフレンを推していたのじゃ。おっさんも桜の姉御を好き好きしていたのじゃ」

 

「それなんてカオスな人間関係……っ」

 

 

パティに手痛い現実をツッコまれて、私は頭を抱えた。

私の人間相関図が他人によって強引に改変されていく。いや、デュークのそれは本物かわからないし、フレンもエステルが勝手にやってるだけだし、レイヴンなんか女性であれば何でもいい感じじゃないか。

 

 

「そーよ! 誰一人として正しい恋愛関係は成立していないわ! 私は孤独の身なのよ!……なんか自分で言ってて涙が出そうになった」

 

「じゃあ、無理してまで言うなって」

 

「大丈夫なのじゃ。桜の姉御がOKするだけで、3人は落とせるのじゃ」

 

「恐ろしいこと言わないで!」

 

「落とさせて堪るかよ。これ以上、こいつの人間関係拗らせてるもんか。パティも余計なことに首突っ込んでないで、宿屋に戻ってろ」

 

「ユーリもうちと一緒に桜の姉御の幸せを応援するのじゃ」

 

「……応援じゃなくてだな……」

 

「ユーリ?」

 

「いや、なんでもないよ。パティもあんましつこいと馬に蹴られるぞ」

 

「熱心にもなるのじゃ。うちの夢は、ユーリと一緒になって、桜の姉御とその相手とダブルウェディングすることなのじゃ」

 

「どんな悪夢だよ……」

 

「何はともあれ、おっさんが来たようなのじゃ」

 

「もう!?」

 

 

パティが言ってる傍から、ジュディスがレイヴンの襟首掴んで引いて、もとい引き摺って走ってやってきた。

もしかして、彼女、私が逃げると思って、無理矢理連れて来たんじゃないだろうな。

彼女はけろりとした顔で、ヒーヒー言ってるレイヴンを突き出してきた。

 

 

「連れて来たわよ」

 

「連れて来たわよじゃねーわよ! レイヴンさん既に死にそうじゃないの!」

 

「ジュディスちゃん。目が合うなり、いきなり、ひっ掴んでくるんだもの……。おっさん、強引な女性も好きだけど、マグロもいいとこよ」

 

「おじさま。桜が見てるわよ」

 

「え? 桜ちゃん? なんだその眩い格好は……っ!?

――、一目見た瞬間、百合の花の妖精かと思ったぜ。俺様を誘惑しに来たのかい」

 

「レイヴンさん、涎」

 

「あらやだ」

 

 

顔を引き締めるレイヴンであったが、口端に垂れるものを指摘すると、元の軽薄男に戻ってしまった。

そうだ、この男は女好きで、スケベで、ゆるゆるなのである。

元々乗り気でなかった私は、急激にやる気を失いつつあった。

 

 

「もう帰りたいんだけど」

 

「駄目よ、桜」

 

「殺生な。ここはジュディスが頑張って……」

 

「じょ・う・ほ・う」

 

「生殺しか……っ」

 

「笑顔よ。笑顔。さっ、桜」

 

「ええい、この……っ! じ、じつは……レイヴンさんとお話がしたくて……」

 

「俺様のために……っ! いいよ、そんな遠くに構えてないで、もっと寄り添って愛を語り合おうじゃないかっ!」

 

「そうじなのじゃ。あんなことやこんなこと、良いところから、いけないところまで、とことん語り合うのじゃ、ユーリ!」

 

 

再びキリリッと顔を作って私の両手をとるレイヴン、それに倣ってユーリの手を引っ掴むパティ。

この2人、ラゴウの屋敷の時といい、なんか息が合うんだよな。

若干引き気味になる私とユーリに構わず、レイヴンは私を引き寄せ、パティはユーリの腕に抱き着いた。

 

 

「とりあえず、ここではなんだし、宿屋で」

 

「殺すぞ、おっさん」

 

「やだ、なんで青年までついてくんの。保護者同伴?」

 

「うちらとダブルデートなのじゃ」

 

「そゆわけね。そっちはそっちで仲良くしてなよ。こっちはこっちで熱い目で見つめ合い、肌と肌を寄せ合う、ラヴいカップルを見せつけるから。お互い不干渉」

 

「このおっさん……」

 

「ユーリ。よそ見は厳禁なのじゃ」

 

「オレ、このデートとやらにノったつもりはねぇんだけど」

 

「私もだよ……。レイヴンさんとちょっと話ができればと思っただけなのに」

 

 

ユーリと私が揃って批難の声を上げたところ、ジュディスが両手を合わせて微笑んだ。

 

 

「あら、いいじゃないの、デート。普段話せないことだって、話しちゃうかもしれないわよ。ね。おじさま」

 

「そうそう。俺様、その場の雰囲気でつるっと喋っちゃうかもしれないよ~っ」

 

「なんだか逆にハメられたような感じがするけど……」

 

「こんな可憐な美少女に騙されるなら大歓迎よ。俺様のストライクゾーンから、秘密の性癖まで、何でも聞いてよん」

 

「いらない」

 

「即否定!? 純白の姿で誘惑しときながら、上膳据膳なんて生き地獄だわーっ」

 

「上膳据膳ってなんだよ。私はまともな話がしたいんたよ。性癖ってなんだよ。如何わしい話題はアウトだと言いたいんだよ、地獄へ堕ちろ」

 

「え? まともな話って、まさか将来の話とか? 桜ちゃんって、真面目で一途なんだね。いいよ、俺様、いつでも心の準備はできてるから」

 

「駄目だこのおっさん、話進める気まったくねぇだろ。殴っていいよな」

 

「真顔で拳構えないでユーリ。ともかく、会話しないと……そうだ。

レイヴンさん、ちょっと歩きながら話しましょうか。ほら、街を調べてくれたんでしょう。こんなきれいな場所なら、いいスポットとか知らない?」

 

「もちろん。そーいえば、桜ちゃん、デュークと屋敷にこもりっきりで、きちんと外回ってなかったっけ。

あそこに丁度綺麗な花のトンネルがあってね。連れてってあげるよ」

 

 

レイヴンのごつごつした硬いてのひらに導かれてやってきたのは、頭上に広がる黄色い藤棚のトンネルであった。

青空を覆うように長々と黄色く染まった花がカーテンの様に続いている。

元の世界でもなかなか拝めないその壮観な風景に、私とパティは思わず感嘆の声を漏した。

 

 

「すごい、綺麗」

 

「海の中から見た水面のようにキラキラしているのじゃ」

 

「ここ俺様チョイスなのよ。気に入ってもらえたらなら嬉しいわ」

 

「素敵な藤棚。こっちにもあるんだ」

 

「桜ちゃんの国にもあるのかい?」

 

「たくさんあるよ。紫とか白、桃色も」

 

「君なら、何色にも染まりそうだね」

 

「まあ、白い服着てるから」

 

「あ、うん、そうね。おっさん、中身のこと言ってるだけど」

 

「中身?」

 

「そう中身、美しき君自身さ、桜ちゃん。その穢れない真っ白な君を俺様の色に全身染めてやる――へぶし!?」

 

 

レイヴンの手が私の頬を掠め、髪の人房を手櫛のように絡めとり、そこへキスしようとした瞬間、その頬にユーリの鞘がぶっ刺さる。

 

 

「悪い。手が滑った」

 

「棒読みで何エグいことしてくれちゃってるの!?

せーっかくいーところだったのに!」

 

「何のどこがいいところだったの」

 

「だそうだ」

 

「青年が邪魔しなきゃ、桜ちゃんの御髪にキスして、"レ、レイヴンさん!?"とか真っ赤にさせちゃうところだったのに、何雰囲気壊してくれちゃうの」

 

「おっさんがキモいモノマネすんなよ」

 

 

レイヴンが乙女のごとく内股で私の演技をする様を見て、ユーリは青筋を浮かべた。

このおっさんには、恥という概念はないのだろうか。

ユーリの説得は無理と悟ったレイヴンは、デート発案者のパティへ矛先を変えた。

 

 

「パティちゃんも止めてよーっ。君の彼氏じゃないの。おっさんへの嫉妬がすごいわよ」

 

「うちの旦那はイケメンなので、数股ぐらい許せるのじゃ」

 

「心広いのね。パティちゃん。青年にも爪の垢飲ませてやりたい」

 

「ふざけんな。おっさん」

 

「ユーリ。おっさんに桜の姉御が取られるわけないから、安心してうちに告白するのじゃ。

そして、色目を使いながらおさげにキスをーーいんや、唇にチューするのじゃ」

 

「おいこら、腕よじ登って来んなよ」

 

「あっちはお熱いねぇ。こっちも仲良くしようよ」

 

「レイヴンさん。私の髪にキスするつもりだったんだ。……ひょっとして、本当に変態?」

 

「まさかの変態扱い!? 髪にキスするのには意味があってね。

……いや、桜ちゃんに何度も変態って言われると、新しい扉が開けそうな気が……。試しにもっと言ってみて」

 

「止めろおっさん。開花すんな」

 

「おっさん、おっさん。桜の姉御には飾った言葉は届かんようじゃ。ズバッとストレートにいかねばならんのじゃ」

 

「それ若さの特権よ、パティちゃん。俺様、女性との言葉の駆け引きも好きなの」

 

「話し合いが好きなの?」

 

「その先にも行ってみたいわね」

 

「話し合いの後……? ……。……。別れるのが?」

 

「桜ちゃん、すっ飛び過ぎ。もっとこう、男女の交際には、過程っつーもんがあるでしょ。

愛の語らいで仲を深めた後は、人気のないところで2人きり、お互いの唇を――おぶしっ!?」

 

 

何やら怪しいデートのフローチャートを語りだすレイヴンの頬に、再びユーリの鞘がぶっ刺さる。

 

 

「悪い。鞘抜き忘れた」

 

「あらそうなの、抜き身じゃないならしょーがないわね……ってなわけないわ。おっさんの頬串刺しにする気!? ダブルデートじゃなかったの?

乱暴な保護者がいると、おちおち桜ちゃんに愛も語れないわ」

 

「語るのは、愛だけなの?」

 

「何? 桜ちゃん、恥ずかしいの?」

 

「え、うん、まあ……。愛とか、恋とか、直球言われると照れるかな」

 

「やん。もじもじしちゃって可愛い! んなら、共通の話題でワンクッション置く?」

 

「じゃあ、私と聖核の話をするのは?」

 

「おや、麗しい女性からの美味しい話題じゃないの。OK.OK~っ。大好物よ」

 

 

私が本題を切り出すと、案の定レイヴンは食いついてきた。

彼と話すのは私と聖核のこと、始祖の隷長と聖核を結び付けるような話題は避けつつ、彼の腹の中を引き出すんだ。

気づかれないよう、パティにしがみつかれてるユーリに目配せをし、私はひとつひとつ疑問を投げかけてみた。

 

 

「私に聖核を探し出す力があるってわかったけれど。レイヴンさんはそんな私を利用するつもりなの?」

 

「利用だなんて人聞きの悪い。協力できればなーって話よ。俺様が君に襲い掛かる脅威を退け、聖核の情報を優先的に提供してもらう。ケースバイケースってな感じで」

 

「私の護衛はユニオンの都合でしょう。私が協力する義理はないじゃない」

 

「言ったでしょ。青年たちが信用できないって判断したら、ダングレストに連れてくって。結構譲歩してんのよ。

それでも君が嫌だって言うなら、凛々の明星と天を射る矢の話になるんだけどね」

 

「私の事情とギルドは関係ないのに」

 

「大ありだよ。君だって、凛々の明星の一員なんだから。自覚しなきゃいけないよ」

 

 

レイヴンは大げさに肩を竦めて、暗に脅しをかけてきた。

彼をパーティから引き離すと、ギルドの話にまで発展してしまうのか。これには、外野のユーリの目が鋭くなる。

ここで気負いしては駄目だ、切替て行こう。

 

 

「聖核の場所がわかるって言っても、アーセルム号が特殊なだけで、他の聖核の場所なんてからきしわかんないよ」

 

「いいんでない。聖核を捜しておっさんと世界をランデブー。ユニオンからの命令は帝国の黒幕引きずり出すまでだけど、ドンの命令は特に期限は定められてないかんね」

 

「じゃあ、帝国云々が終わった後は、レイヴンさん護衛解任になるんだ」

 

「そのへんは要相談つーことで。

俺様としては、むさい男どもの中に交じって聖核の情報収集より、可愛い女の子と一緒に聖核探しの旅を続けたいけどね。なんつったって、そっちの方が断然美味しいもん」

 

「私は美味しくないんだけど」

 

「酷いん。お茶目でカッコよくて強いおじさまと一緒に旅できるんだよ、ちょっとは喜んでよ」

 

「わーい。レイヴンも憑いて来るんだー。嬉しいなー……」

 

「わー棒読みなのね。しかも後半声が駄々下がってるわよ、露骨過ぎない?」

 

「これが私の精一杯」

 

「俺様の好感度って」

 

「私と一緒に旅をするにたってよ。もしも、帝国も聖核を狙ってたらどうするの。エンドレスで護衛だよ」

 

「聖核なんて幻の品、誰だって喉から手が出るほど欲しがってるよ。なんつったって魔核を超える巨大なエネルギーの塊だからね。帝国が集めててもおかしかないわ」

 

「……ギルドも帝国に対抗して、聖核を使うの?」

 

「おっさんには、ドンの考えはわからんよ。大方、帝国の手に渡らせないように、んでもって戦争への抑止力ってんじゃないの。ただでさえ、ヘラクレスっつーデカブツ見せつけられちゃったからねーっ。警戒警戒っと」

 

 

私が聖核を使った戦争を危惧していると、レイヴンは知らないとばかりに首を横に振った。

彼の言う通りなら、これはユーリの考えが当たっていることになる。レイヴンは聖核の用途を知らない。ただ帝国の妨害をしているだけ。聖核の入手方法は知らないようだ。

内心ほっとしていると、今度はレイヴンが顎に手を添えながら、私に問いかけてきた。

 

 

「今までの話を聞いてると。桜ちゃん、俺様を仲間外れにしようとしてない?」

 

「なんでわかったの」

 

「否定しないのね。まあ、下手に言い訳されるよりマシか。

君の質問聞いてっと、自分について来ても損しかないって言ってるからよ」

 

「本当のことだもの。聖核を捜そうにもアーセルム号みたいな奇跡はもうない。何度も危険な目に遭わせている。

ユニオンの命令だか知らないけど、レイヴンさんの命が危ないよ」

 

「……俺のこと、気に掛けてくれてたんだ」

 

「ま、まあね。私に関わるとロクなこと起きないから、ベリウスに会った時は離れておいた方がいいんじゃないかなと……」

 

「君、というか、おたくら、ベリウスとことを荒立てる気? せっかくフェローとの仲持させてくれるってのに」

 

「そうなの、ユーリ?」

 

「一応書状にはそう書いてあったな。別にベリウスと乱闘騒ぎ起こすつもりはねぇよ、安心しな、おっさん」

 

「天を射る矢の不利益にならなきゃ、何でもいいけどね。

あー……、我ながら仕事人間なんてヤダヤダ」

 

 

レイヴンは面倒くさそうにぼやいたかと思うと、目にも止まらぬ速さで私の肩に腕を回して引き寄せてきた。

思わず抵抗しようとしたが、相変わらずの謎の筋力でそれも叶わないまま、彼の腕に収まってしまう。

 

 

「さて。花のトンネルでの語り合いも済んだことだし、今度こそ宿屋で俺様と情熱的な愛を語ろうじゃないか」

 

「おっさん、性懲りもなく――」

 

「猛牙紅皇衝」

 

「うおっちああっ!?」

 

 

性懲りもなく私を宿屋に連れて行こうとするレイヴンにユーリが刀を構えるより早いか、炎の闘気をまとった銀髪紅眼の美丈夫がおっさんに斬りかかってきた。

レイヴンは堪らず私を庇いながら横に飛んで避ける。急いで彼の元居た場所に目をやれば、地面がくっきりと焦げていた。

ビクビクしながら、レイヴンへ殺意を向ける主の元へ視線を移すと、一振りの剣を携えたデューク・バンタレイ氏の不機嫌なお姿が。

 

 

「非常に不愉快だ」

 

「あ、危なーっ! おっさんもう少しで黒焦げのぶつ切りだったのよ、デューク」

 

「お前の道化は知ったことではないが、桜がそれに付き合わされるのは許せん。大人しく墨屑になるがいい」

 

「おーおーやっちまえ。なんなら殺っちまってもいいんだぜ。そこのおっさん」

 

「青年、煽らないで。そこの英……ごほんっ! デューク、なんか本気っぽいし、本気で殺られちゃうわ。

おっさんいないと、ベリウスに会えくて困るのは青年たちだかんね」

 

「書状は、オレたち凜々の明星が責任を持って渡しといてやるよ」

 

「そりゃ親切な……って、おい! 薄情者ーっ」

 

「おお! これが修羅場と言うやつなのじゃ! おっさんもデュークもやったれなのじゃ!!」

 

「可愛い女の子を賭けた戦いっつーのも燃える展開だけど、流石にデューク相手は……っ!

桜ちゃん、誤解解いてよ。俺たち同意の元、デートしてるんだってさーっ」

 

「ユーリの言う通り、レイヴンさんはここで退場してもらって、私たちが代わりに書状を渡すのもありだよね」

 

「桜ちゃんまで、おっさんいじめないで、ひんどい」

 

 

レイヴンは私たちの塩対応にブーたれながらも、しっかり私を背に庇っているあたりは、護衛としてのプロ根性か。

確かにここでレイヴンの代わりに書状を渡しに行くのも手だが、ドンは彼から直接渡せと言っているんだ。あまりレイヴンを蔑ろにすると、ギルド凜々の明星への信用に関わる。

デート云々は置いといて、デュークを説得するべきだろう。

 

 

「デューク。レイヴンさんとは、ちょっとお話してただけなんだよ。

怪しいかもしれないけど、危ないことはないから」

 

「そこの男は特に信用できない」

 

「うんまあ、レイヴンさんだからね」

 

「おっさんを代名詞に使わないで。桜ちゃんには、すごーく真摯に、えらーく丁寧に対応してるつもりよ。

おっさんの気持ちを受け止めてっ」

 

「拒否っ!」

 

「しどいっ!」

 

「というか、デュークの野郎。やけにおっさんに食ってかかってねぇか?」

 

「男の嫉妬というやつなのじゃ。好きな女の隣にこんな胡散臭いおっさんがおったら、誰でも成敗もしたくなるもんじゃ」

 

「成敗、それもいいだろう。その男のすべてはまやかし」

 

「まやかし?」

 

「今は道化を装っているが、実際は――」

 

「そういうきな臭い昔話はよそうよーっ。"英雄"さん」

 

「……」

 

 

デュークが剣を振るおうとした時、レイヴンの言葉にその手が止まった。

彼が英雄とは、いったい何のことだ。私が彼の目を見て凝視するも、サッと逸らされてしまう。

デュークにはまだ、私に語っていない事実があるんだろうか。

 

 

「デューク。英雄ってなんのこと?」

 

「語るほどのものではない」

 

「……。まあ、言いたくないなら、それ以上はツッコまないけれど」

 

「お前にだけなら話しても構わないが、後ろの男が許さないだろう」

 

「わかってんじゃねぇか。2人で密談は止してくれよ。お前、桜を不安にさせる言い回ししかできねぇようだからな」

 

「事実を伝えたまでだ。如月は私が責任を持って幸せにしよう」

 

「責任とる方法が間違ってんだよ。まずは言い回しから学べよ。当然の如く桜を取る方向へもっていくなよ」

 

 

デュークが当たり前のように私を娶る宣言をすると、ユーリは努めて冷静にツッコんだ。早くフェローの首根っこ掴んで、デュークを正気に戻さないとヤバイかもしんないな、これ。

それにしても、孤高のデュークと飄々としたレイヴンはどんな関係なんだろうか、まったく想像できない。

気になった私は思い切って、デュークに挙手した。

 

 

「あのーっ。ちょっといい?」

 

「何でも言ってみると良い」

 

「レイヴンさんとは知り合いなの?」

 

「ただの旧知だ」

 

「デュークとはむかーし、ちょっとね。歳を重ねてりゃあ、いろいろあんのよ」

 

「昔、歳を重ねてって。……デュークって、いくつ?」

 

「38になる」

 

「38!?」

 

 

デュークから平然と言われて、私は衝撃が走った。

てっきり30手前かと思っていたら、輪をかけて四十路手前だったとは、その肌つやや非の打ち所がない美しさから到底実年齢には見えない。

私とは親子ぐらいの年齢差に驚いているのにも関わらず、デュークは以前変わらぬ表情でこうも付け加えた。

 

 

「色恋に年齢は関係ないと聞く。私は気にしていない」

 

「おっさんも気にしないよ。桜ちゃんくらいのお年頃も大好物。これから育て甲斐あるわ」

 

「人の趣味をとやかく言うつもりはねぇが、揃いも揃ってそりゃあ犯罪だろ……」

 

「愛に年齢の壁はないのじゃ。21歳と14歳、38歳と16歳の差など些末なことなのじゃ」

 

「後者がすんげーことになってるよ。パティ」

 

「年齢のことはどうでもいい」

 

「私が気後れしてるんですけど」

 

「そこの道化に気を許すな。何かあれば、必ず私を呼べ、いいな、桜」

 

 

デュークは一方的にそう告げるなり、背を向けて去って行ってしまった。

レイヴンとか旧知の仲なのに、信用してはいないとは、過去に何があったのだろうか。

その場で皆が立ち尽くしていると、屋敷の方から罵声が聞こえてくるなり、ひとりの少女が勢いよく駆けてきた。

 

 

「――待ちなさい。あたしの剣! 今度こそ調べさせてもらうんだから!」

 

「リタさん」

 

「桜! あのすかし野郎見なかった?」

 

「すかし……? デュークのことなら、もういないよ。どこへ行ったのかはわからない」

 

「逃げられた……っ。聖核やエアルクレーネのこと、たくさん聞きたい事があったのに!」

 

「あいつに聞いても無駄だって、屋敷で言っただろ。桜相手でもない限り、あいつは口を割らねぇよ」

 

「聖核がエアルクレーネとあたしの魔術の暴走に関係しているのよ。

聖核が少しずつエアルクレーネにダメージを与えてって、その大きくなったひずみがでてきたのかもしれない。

それに桜の中の……いいえ、なんでもいいわ」

 

 

リタはレイヴンを見るなり、話を切り上げて、眉をひそめた。

 

 

「なんで、桜が着飾っておっさんの隣にいるのよ」

 

「この格好はジュディスの薦めで。今はレイヴンさんと」

 

「桜ちゃんとでラヴラヴデート中」

 

「死ねおっさん」

 

「ホントなのに!」

 

「胡散臭いを体現したようなおっさんの言動を信じられるわけないでしょ」

 

「リタ姐。おっさんの言ってることは本当なのじゃ。うちとユーリ、桜の姉御とおっさんのダブルデートなのじゃ。

ほれ、うちだってユーリとこうして愛し合ってるのじゃ」

 

「あんたはただコアラのように腕にぶら下がってるだけじゃないの」

 

「桜ちゃんなんて、俺様のためにこうして純白に染まってくれたんだぜ。サイコーに可愛いでしょうよー」

 

「ウソでしょ……。あんた正気なの?」

 

「まあ、流れと言うか、なんというか」

 

 

性懲りもなく私の肩に手を回すレイヴンを見て、リタはおののき、私は目を泳がせた。

おっさんから情報を引き出すために着替えたのだから、あながち言ってることに間違いはない。

かといって真実を語るわけには行かず、渋い顔をしていると、リタはユーリに詰め寄った。

 

 

「むっつり男、どういう風の吹き回しなの。胡散臭いおっさんの魔の手から、桜を守らないと、あんたが存在意義ないわよ」

 

「パティとおっさんが勝手にやってるだけだ。

ま。デュークのお陰で、おっさんの扱いはだんだん読めてきたがな。……道化に気を許すな、か」

 

「やだ。青年まで、デュークの言葉を真に受けたクチなの? おっさん、こんなに誠心誠意、桜ちゃんのこと愛しているのに」

 

「レイヴンさんの愛の形が怪しい……とか言ってる傍から、怪しい手つきで私の肩擦るんじゃない」

 

「いだーっ!?」

 

 

私の肩を犯すレイヴンの手の甲を思い切りつねったところ、彼はサッと手をひっこめてフーフーと自分の手を労わり始めた。

デュークがレイヴンのことを道化と言い、気をつけろと言った意味はなんだろうか。彼の思惑を調べるどころか、ますます不信感が積もるばかりだ。

私が警戒して少しずつユーリの方へ避難しようとしていると、レイヴンはやれやれと肩を竦めた。

 

 

「あらら。嫌われちゃったかね。おっさん悲しーわ。どしたら、子猫ちゃんの信頼を得られるかな?」

 

「デュークがあんなこと言ってたんだもの。それにユニオンからの護衛という名目だけで私の傍にいる以上、信頼と言われても、ちょっと……」

 

「んじゃあ、こうしようじゃないの。君が間違って傷つくようなことがあれば、その分俺様が傷を背負うってことで」

 

「レイヴンさんが、私の傷を?」

 

「じゃあ、何か。桜が死ぬようなことがあれば、おっさんも死ぬ。……オレが殺してもいいってことでいいんだよな」

 

「ユーリ!?」

 

「いいとも、いいとも。ま。愛おしい桜ちゃんが怪我するようなことなんて、ないに越したことはないんだけどね。

危害が及ぶ前に守る、それで納得してくんないかなーっ?」

 

「おっさん、本気なの? また冗談じゃないでしょうね」

 

「本気も本気よ。青年を見てると、桜ちゃんの護衛はそこまでしないと務まんないみたいだし、おっさんも身体張らないと」

 

 

レイヴンが軽い調子でとんでもない条件を突き出されて、私は内心動揺しまくっていた。

この男、いくらデュークの発言で疑心を抱かれてるからって、自分の命を賭けて信頼を得ようとするのはリスクが高すぎる。

ユーリも度の過ぎた条件が逆に怪しく感じたようで、怪訝な表情のまま、レイヴンに向き合った。

 

 

「いくら何でも、ひとりの少女に全力出し過ぎちゃいねぇか」

 

「青年がそれを言っちゃうの。

俺様にとって、そんだけ桜ちゃんに価値があるってこと。

ここまでの旅での不思議な力。どー見ても、一筋縄ではいかんでしょうよ。傍にいある以上、知らなきゃなんないことが多すぎるつーの」

 

「損得勘定で桜に命を賭ける気なんだな」

 

「打算だけじゃないわよ。可愛い女の子を命を賭けて守る。男としてはやり甲斐バリバリあるわ」

 

「男としてね。そんな動機でいいのかよ」

 

「人生ってそんなもんよ」

 

「わかった。もしもの時は、オレがお前に刀を振るう。桜、それでいいな?」

 

「よくないよ。そんな無駄な取引。レイヴンさんまで傷つくっ必要ないじゃない。非効率的よ」

 

「これがギルド流儀ってやつよ。信頼を得るためには、義を尽くすってね。

大切なのは、桜ちゃんが傷つかなければいいわけだから。おっさん死ぬ気で護衛役頑張っちゃうわよ」

 

「でも、死ぬのはやり過ぎなんじゃ」

 

「あんたがそうなる状況を作らなきゃいいでしょ。あたしは賛成よ。そこまでしないとおっさん信用できないもの」

 

「桜ちゃんには、俺様の命を賭けるほどの魅力があるってことよーっ。愛してるわ」

 

 

かなり真剣な話をしているはずなんだが、レイヴンはいつもの調子で、私にウインクを寄越してきた。

この男、本気なのか。冗談なのかわからない。

 

 

「か、軽いのに重い」

 

「男の愛は重いほどいいのじゃ。ユーリ、おっさんに愛のベクトルが負けとるぞ」

 

「オレの場合は、傷つく前になんとかしてっからな。張り合う以前の問題だよ。

……まあ、これでベリウスの件は、なんとかなりそうか?」

 

 

ユーリに耳打ちされて、私はかなり悩んだ。

ベリウスとの話し合いに立ち会った時、私の事情を知った上で、この男は約束を守ってくれるだろうか。

今一度、レイヴンの方を見ると、にっこりと破顔した。本当に彼自身が命を賭ける覚悟があるのなら。

 

 

「……レイヴンさんがそこまで言うなら信じてみようと思う」

 

「やたーっ! 桜ちゃんの信頼ゲット。君のためなら、人生の墓場、いいやあの世までお供するぜ」

 

「言い方が不吉なんだけど。早まったか……」

 

「言質とったから、今のなしとかなしよ」

 

「レイヴンさんだって、さっきのなしとかなしよ。ユーリもリタさんも、パティも聞いたんだから」

 

「逃げるなよ。おっさん」

 

「逃げたら燃やすわよ。おっさん」

 

「逃げる前にどてっぱらに風穴あけるのじゃ。おっさん」

 

「皆して殺す気満々じゃないのよ。何さ、人がひとりの少女に命捧げるだけで、なんでフルボッコにされなきゃなんないの!?

あ、そうだ、デートの途中だったんだ。桜ちゃん、その胸の中で俺様癒してーっ」

 

「ぶっ潰すぞ」「潰れろ」

 

「ごふっ!?」

 

 

私に手を伸ばすレイヴンのどたまに、ユーリの鞘とリタの辞書の角が突き刺さった。

その勢いは留まらず、おっさんは地面にぶっ潰して、頭に二つのたんこぶをこさえたまま、痙攣してしまう。

足元でピクピクしているそれを尻目に、2人は頷いて、私に視線を向けた。

 

 

「これは生かしておく義理はねぇよな」

 

「今のうちに埋めてしまいましょ」

 

「止めて。約束した傍から、裏切るの」

 

「お前の命の保証はしたが、貞操の保証まではしてないだろ」

 

「あんたのためなのよ。もっと身持ちを硬くしなさい」

 

「私のために人が生き埋めにされて堪るか。とりあえず、レイヴンさんはこれで一安心でしょう」

 

「オレからすれば、現状様子見だな。おっさんは本気かもしれないが、どうにもデュークの言葉が引っかかる」

 

「……あんたたち、何かあったの?」

 

「デュークにレイヴンのおっさんが道化で気を許すな、と言われたのじゃ。おっさんの怪しさが一際怪しくなったのじゃ」

 

「あいつ、おっさんのこと何か知ってるの? 聞いたところで、あたしは興味ないけど」

 

 

パティに事情を聞いたリタは、ひとつ首を捻ったものの、さっさと聞き流してしまった。

レイヴンを仲間にしている以上、英雄だの道化だの、気になるところではあるんだが、本人たちがあえて口を閉ざしているなら言及すべきじゃないだろう。

リタはレイヴンの腹を足でつんつんして、動かないことを確認すると、再度私の方へ近づいてきた。

 

 

「用が済んだのなら、桜、あたしに付き合いなさいよ」

 

「今度はリタ姐と桜の姉御とデートなのか」

 

「そうなの、リタさん?」

 

「リタ。お前そっちの気が」

 

「ち、違うわよ! 砂漠での戦いであんだけ武醒魔導器並に攻撃や魔術をバンバン使っといて、あんたの中のあれがどうなってるのか調べないとなんないじゃない!」

 

「そうだっけ?」

 

「とぼけないの。結局フェローに会えなかったんだから、これからはあたしが徹底的に調査してくわよ」

 

「なら、オレも同伴だな。ここじゃなんだ。このまま宿屋に戻るか」

 

「なんじゃ。デートはもう終わりなのか。もっと盛り上げるのじゃ」

 

「んじゃあ、パティはおっさんと一緒に次の企画でも練っとけよ。オレらは宿屋に戻ってるわ」

 

「なるほどなのじゃ。次回はオトヒメエビのように慎重にかつ派手なデートをサプライズするのじゃ!」

 

 

張り切るパティと地面にぶっ潰しているレイヴンを置いて、私たちは早々に宿屋へ直行した。すまない、2人とも、私の魔核について触れさせるわけにはいかないんだ。

それが後に恐ろしいフラグになるとは知らずに、私たちは宿屋でジュディスとラピードに迎えられて、早速私の身体を調べることになった。

私の前で、円盤状の操作盤にじっと目を通していたリタであったが、表情がだんだん険しくなっていく。

 

 

「……やっぱり、戦ったせい? それともカドスの喉笛でエアルの湖に入ったから?」

 

「リタ。わかるように説明してくれ」

 

「桜の魔核……ううん。術式がないから、聖核と呼ぶべきね。サイズは変わってないのに、濃度が前より高くなってるのよ。エネルギーが凝縮されてより純度が増している。澄明の刻晶と同等よ」

 

「聖核か……」

 

「リタの推測通りなら、原因は桜がエアルに干渉したせいよね」

 

「ええ。このままだと、澄明の刻晶を越えるとんでもないエネルギー体ができるかもしれない」

 

「このまま、エアルを吸収し続けると……」

 

 

リタに言われて、私はあるひとつの予想が脳裏に浮かんだ。

ガスファロストでイエガーに追いかけられていた時、彼は私にエアルを照射するとか言っていたが、もしかしてこれが目的なんだろうか。

イエガーの雇い主はキュモールだが、とてもじゃないが、騎士団全体を操れる立場も人望もない。

ならば、その上はどうなのだろうか。皇帝不在で騎士団を動かせる人物と言えば……。

 

 

「まさか……?」

 

「桜、どうした。神妙な顔して」

 

「ううん。なんでもない」

 

「なんでもないって、何かあるな。お前、顔が真っ青だぞ」

 

「具合が悪いの? もしかして聖核のせい。辛いなら、ちゃんと言いなさい」

 

「これは大丈夫。ただ嫌な予想をしてしまって」

 

「嫌なことは、皆で分けあった方が楽になるわよ。貴方ひとり不安な顔される方が辛いわ。私」

 

 

ジュディスに促されたものの、私は口にするのを躊躇った。

推理の域にも達しているかどうか怪しいし、思いつきも良いところ。

けれども、皆の目が私に集中して、黙っているワケにもいかなくなってしまった。

 

 

「……。帝国が私を使って悪巧みしてるって、レイヴンさんが話してくれたよね。

その人物がひょっとすると、もしてかしてだけど、多分だけど……」

 

「勿体ぶらないで、さっさと言っちゃいなさいよ」

 

「……アレクセイさんじゃないかって」

 

 

私の突拍子もない発言に、皆が固まり、しんと静まり返る。

うん。ないね。これはないわ。

 

 

「ごめん。私の当てずっぽうだから、気にしないで」

 

「いや。帝国でお前の事情を知ってるのは、アレクセイとその秘書、フレンだけだったか。

ヘリオードでお前を一時的に自由にさせる条件として、騎士を忍ばせているって言ってたが、この状況でそいつが出てこないってのがまずおかしい。

シャイコス遺跡の召集だってそうだ。なんでこのタイミングで、お前を呼び戻す必要がある」

 

「今の桜の状況。アレクセイは桜の中にある聖核が目的なのかもしれないわね」

 

「しかもただの聖核じゃない。今よりもっと増強させるつもりだわ。方法は想像なんてしたくないけど……」

 

「エアルに干渉すれば、だよね。私の中のあれが強力になるの」

 

「んなことさせないわよ。あんたに近づく帝国騎士どもはあたしが諸共墨屑にしてくれるわ」

 

「いや、どういった方法でやるのかなと思って。エアルクレーネに近づけるとか?」

 

「あんたはそんなこと考えなくていいのよ。んなこと起こりっこないんだから。

……それより、アホ騎士はどうするの? あいつ、この子を自分のところへ連れて行こうとしてるんでしょ。

前にも話したけど、敵に回る可能性があるわ。ぶっ飛ばす?」

 

「フレンのヤツが、そんなバカなマネに大人しく従うとは思えねぇけどな」

 

 

ユーリは当たり前のように言ってのけたが、現にフレンは帝国の任務でベリウスに近づこうとしている。

私が始祖の隷長だと知れた時、今までと同じように彼を信じることはできるのであろうか。

もしかしたら、キュモールはラゴウのような評議会の連中と組んでいて、アレクセイの動きを制限されているだけなのかもしれない。それなら、フレンの始祖の隷長の誤解だって頷ける。情報が少ない中、変な推測だけがどんどん膨らんでいく。

緊張感漂う宿屋の一室で、皆が黙り込む中、1人の少年か喜々として部屋に飛び込んできた。

 

 

「ねーねーっ、今晩のご飯なんだけどさ。次はオムライスがいいと……あれ? 皆難しい顔してどうしたの?」

 

「いいところにやってきたなカロル。これ以上はフレン、いいや騎士団の出方次第か」

 

「そうだね。情報が少なすぎるよ」

 

「え? え? 皆してなんの話、ユーリ?」

 

「フェローに会えなかったから、一旦ノードポリカに戻ろうかって話をしてたんだよ。

今晩はカロル先生のリクエストに応えてオムライスにすっか。桜」

 

「そうね。楽しみにしているわ。桜」

 

「一番大きいのはあたしにしなさいよ。桜」

 

「あ! ひとりだけずるいよ、リタ。ボクも大きい方で!」

 

「また私かよ! たまには皆が作りなさいよ! いい加減にしないと、何か盛るわよ! バイオレンス的な何かを!」

 

「お前の料理、美味いからいいじゃねぇか」

 

「女子力が上がるわよ」

 

「得意分野だからいいじゃない。使わないと腐るわよ」

 

「ボク、桜の料理は優しい味がして美味しいから好きなんだ」

 

「無垢な少年の好奇の視線が良心に刺さる……っ」

 

 

結局、先ほどの緊迫感は次回へ持ち越して、カロルを始め、皆のごり押しで、私は人数分のオムライスを作る羽目になってしまった。

労力を使うが、それほど難しい料理でもなかったので、今回も無事盛況により皆完食。

ただ私のみ、一人前のオムライスさえも胃袋には収まり切れず、残りはユーリがこっそり平らげてくれた。

 

 

「目の前にあるのに食べれないって、結構きついな……」

 

 

皆が夕食で盛り上がったその夜、私は宿屋の前にかかる橋の欄干に頬杖をつき、星空を眺めていた。

今日も眠れない夜がやってくる。

おまけに、まだ胃のあたりが気持ち悪い。始祖の隷長の変化の過程で、睡眠や食事がとれなくなってきているのはわかっているんだが、そこら辺も進化とかでどうにかならないものだろうか。

未だ冴えた目で、一段と輝いている凛々の明星へと視線を移す。皆、私の秘密のことには触れずに、普通に振舞ってくれてはいる。とてもありがたくて申し訳ないことだ。私もベリウスに会った時には、その誠意に応えないといけない。

そう心に決めていると、宿屋の出入り口が開いて、いつもの彼が姿を現した。

 

 

「ひとりの夜は寂しくないか」

 

「物思いにふけるには丁度いいよ、ユーリ」

 

 

私が笑顔で答えると、彼は嘆息して私の隣までやってきた。

 

 

「お前の場合は考えが迷路になるって言っただろ」

 

「そんなことはないよ。皆の様子が気になって……。コゴール砂漠であんなに暴れたのに、皆そのことに触れてこない。

ううん、フェローに会えたら説明するって約束したから、皆聞き辛いんだと思ってて」

 

「タイミング逃したからな。何、ベリウスに会ったそん時についでに説明しちまえばいい。

皆驚きはするだろうが、ここまで付き合ってくれるたんだ。お前が心配するような結果にはならないよ」

 

「私も皆のこと信頼している。だから、逃げないことにしたの。きちんと説明して理解してもらう。納得するのは皆次第だけれどね」

 

「納得しないヤツなんざいないさ」

 

「そうだね。皆良い人ばかりだから。……とか言ってる傍から、何拳構えてるんだお前は」

 

「いや、おっさんあたりが怪しいから、殴っといた方がいいんじゃねぇかと」

 

「今日話付けたばっかりでしょうが。舌の根が乾かないうちに暴力で解決しない」

 

「おっさんだろ?」

 

「おっさんだけど」

 

「殴らないとな」

 

「やめろよ!」

 

「お前はあれで納得したようだが、オレはまだ疑ってるんだぞ」

 

「わかったとか、それでいいよなとか言ってなかったっけ」

 

「おっさんの言い分は理解したけど、認めてないよ。言っただろ、デュークの言葉が気になるって。誰かが用心するに越したことはないってこった」

 

 

欄干にもたれかかり、手をひらひらさせてレイヴンを信用していないとユーリは言い切った。

レイヴンは自分の命まで賭けたというのに、本当に慎重な男である。

訝しげな瞳を投げかけようとしたところ、闇夜の星に照らされて、彼の漆黒の髪が風でサラサラと靡き、黒曜石の瞳が私を捉えていた。

 

 

「明日になったら着替えるんだよな、その服」

 

「うん。やっぱりシルククロークの方が動きやすいから」

 

「ちょっと昼間通った花のトンネルまで行ってみないか」

 

「なんで?」

 

「……。人に聞かれたくない話があるんだよ」

 

 

私が尋ねると、ユーリはバツの悪そうに頭を掻いて、そう答えた。

昼間話していたこと以外に、内輪話なんてあるんだろうか。もしかして、アレクセイ黒幕疑惑の件か。それとも幼馴染のフレンのことか。

彼は考え込む私に、自身の右腕を差し出してきた。

 

 

「暗いからオレの腕を掴んでついて来いよ」

 

「え? あ、うん」

 

わけもわからず、私は言われるがまま、彼の右腕を掴んで、ゆっくり藤棚への道を歩いて行く。

星の光と家々から漏れる光源、そしてユーリの力強い腕を頼りに進んでいくと、薄暗闇の中、小さな明かりが見えてきた。

夜の藤棚は、点々と並ぶランプによってライトアップされており、闇夜に黄色い藤棚が際立っていて、神秘的な光景に染まっている。

 

 

「うわあ……っ。夜はこうなってるんだ」

 

「とんだサプライズになったな。ほら、ぼーっとしてないで、もっとしっかり腕掴んでないと、こけちまうぞ」

 

「私、そんなドジっ子じゃないってば。ひとりでも歩けるよ」

 

「おっさんに攫われちまうぜ」

 

「笑えない冗談よして」

 

「本気なんだけどな。そら、腕が嫌なら手を繋ぐぞ」

 

「ちょ、ちょっと……っ」

 

 

私がユーリの腕から離れるや否や、今度は手を繋いできた。彼の硬いてのひらが私の手を握りしめて離さない。

びっくりして顔を上げると、彼のいつもの自信たっぷりの微笑みが私を捉えていた。

 

 

「逃がさないぜ」

 

「逃げたりしないよ」

 

「じゃあ、ここに来て早々、俺たち放っぽってデュークのところへ行ったのはなんなんだ」

 

「あ、あれは、デュークに呼ばれたから、仕方なく一時的別れたのであって、逃げたんじゃないわ」

 

「お前は誰かに呼ばれれば、オレを置いてホイホイついて行くってのか。こりゃあ、一時も目が離せねぇな」

 

 

ユーリに小さくため息をつかれて、私は少しカチンと来た。

また子供扱いするんだ、この男は。

 

 

「デュークなら大丈夫と思ったのよ。誰でもいいでわけじゃない。そのくらいの分別はついてる。

魔物とか、狙われたりしていなければ、私ひとりでも行動できるんだから」

 

「お前、自分がどんだけ無防備か自覚してんのか? あれだけ、おっさんに気を許しちまって」

 

「レイヴンさんの手の早さが異常なんだよ」

 

「尚更、オレがこうして傍にいてやんないとな。気ぃ抜くと、誰かに攫われそうだし、お前」

 

「安定の実績持ちだよ、悪かったわね」

 

「ヘリオードでも、ここに来ても、安易にそういう姿にされちまうと、危なっかしくてみてらんねぇよ」

 

「あれもこれもジュディスのせいでしょう。私は悪くないってば」

 

「自覚ないところが問題だ」

 

「何よ、それ。ここ明るいんだから、手を離してくれてもいいでしょう」

 

「駄目だ。オレが逃がさない。これからも、ずっとな」

 

 

ユーリの挑発的な目と目が合い、捕えて離さない。

その吸い込まれそうな闇色の瞳から、目を逸らせないでいる。

ユーリの手が大きくて熱いのか、私の手が熱いのかわからない。ただギュッと握りしめられる感触が言葉を体現しているようで、私は少し動揺した。

 

 

「いくら私を逃がさないって言っても、最終的には元の世界に帰るかもしれないんだよ」

 

「……。そうだな、お前は帰っちまうんだよな」

 

 

私が最終目標を伝えると、ユーリの握る手が少し緩くなった。

 

 

「ユーリ?」

 

「……でも、こっちにいる以上は、一緒にいてもらう。それでいいだろ」

 

「良くない。ユーリは私に構い過ぎなんだよ」

 

「構いもするだろ。こっちにいると、お前、何度も攫われて、しまいにはどこぞの馬の骨ともわからねぇ男に抱きつかれるかもしれないからな」

 

「あれは事故だ! デュークの間違った感情が暴走した結果だ!」

 

「ノール港でのフレンといい、ここでのデュークといい。お前の世界の貞操概念はどうなってんだ?」

 

「女性心理に疎いあんたに言われたくないよ!」

 

「……本当に抱きつかれただけなんだろうな?」

 

「それ以上に何があるって言うんだよ!?」

 

「お前のスキンシップはそこまでなのかよ」

 

「それ以上、私に何を求めてるんだ、お前は!」

 

「なんだよ。オレに求めて欲しいとか」

 

 

ユーリから意地悪な笑みを送られて、私はときめくやら怒るやら、感情がひっちゃかめっちゃかになった。

この男、私を完全にからかいにきているな。この……っ。

 

 

「お姉さんに求めるものはないわ。なんなら、レイヴンさんみたく、髪にキスする? 私がユーリに」

 

「やれるもんならやってみろ。そのままお前を捕まえてやるよ。嫌というほど男だとわからせてやる」

 

「思わぬカウンターが。……て、こんな論争しにきたんじゃないのよ。皆に聞かれたくない話って何?」

 

「あっちの世界のことだよ」

 

 

私から話を切り出すと、ユーリは真剣な表情で私の手を強く握りしめて、そう答えた。

 

 

「ノードポリカで話した時には、考える余裕もなかったって言ってたけど、今はどうなんだ。……帰るつもりでいるんだろ」

 

「今は帰るというより、逃げ出したいって気持ちの方が大きいかな。いろいろあり過ぎて、ちょっと頭がパンクしそうで」

 

「こういう時、会いたい人とかいるんじゃないか」

 

「いるけど」

 

「そっか。そりゃあ、そうだよな」

 

 

私が即答すると、ユーリは心なしか複雑な表情で顔を反らした。

私のことを気にかけてくれているのだろうか。

彼の様子が気になりながらも、私はそのまま続けた。

 

 

「お父さんやお母さん、友達に会いたいけど」

 

「そういうことか」

 

「そういうことって、他にも……よもや、私に彼氏なんて、尊い者存在はずないでしょう。天地がひっくり返っても誕生しないわよ、そんな崇高な存在。

私に悲しい現実を語らせるな」

 

「悲観するなよ。これからだろ。もしかすっと、もう出会ってるかもしれないぜ」

 

「こんな状況であるわけないわ。もしもそんな奇跡があったら、私を……」

 

 

今の私を見捨てるわけない、と言い掛けて、私は止めた。

いつもいつも私のことを気に掛けてくれて、困ったときに助けてくれて、傍にいてくれる人。

今目の前に立っている青年が、今の私の理想を体現してないか。

 

 

「ないない。それはないわ。私に限ってありえん妄想しちゃ駄目だ」

 

「何で、オレの顔見て全力で首横に振るんだよ」

 

「ユーリは私の彼氏の有無と言うエグい質問するためにここへやってきたの?」

 

「お前の世界の心残りを聞きたかったのと、危機管理について知りたかったんだよ。

こっちに来てから、向こうのこと考えてる暇なさそうだったし、お前の男に対する危機感の無さは問題だからな。今ので大体わかった」

 

「何がよ」

 

「蝶よ花よと育てられた危機感ゼロ娘」

 

「箱入り娘かよ!? エステルよりマシだよ? そりゃあ、フレンさんに……抱きしめられたり、レイヴンさんに触られたり、デュークに抱きしめられたりしたけど……あれ?」

 

「自覚しただろ」

 

「一番被害出してるのはあんただよ! なんだよ腕引っ張りまわしたり、公然とプリホル何度も決めてきたり、寝るときにホールド決めてきたり!」

 

「刺激的な思い出だろ」

 

「お前が言うなよ! 被害つっただろ! あんたの成すことやること心臓に悪いんだよ! ……やっぱ、ユーリはないわ。私の理想はもっと控えめなんだよ」

 

「なんだよ。オレに不満があるなら、言ってみろ」

 

「今言ったこと全てだ、自重しろ。……もう用は済んだでしょう。宿屋に帰りなよ、ユーリ。私はここでまだゆっくりしてるから」

 

「まあ、待てよ」

 

 

私がユーリの手から逃れようとしたら、改めて手を握ってきた。

互いの指を絡ませ、交錯し、深く触れ合い、身体を引き寄せる。

恋人繋ぎと言うヤツだ。私は発狂した。

 

 

「ゆ、ユーリ!?」

 

「この方が離れにくいだろ」

 

「なんだそっちか……」

 

「そっちってなんだよ。せっかくこんな景色が拝めるんだ。2人きりの散歩を楽しもうぜ」

 

「……早く帰らないと、マンタイクの二の舞になるよ」

 

「気にするのはそれかよ……。2度目なら、いい加減皆もわかってくれるだろ」

 

「皆に何の理解を求めてるのか知れないけど、少なくともエステルは認めてくんないと思うよ」

 

「腹に一撃はきつかったな。また食らうのか、あれ。まあ、ここまでくればいつ帰っても同じか」

 

「早く帰った方がいいよ。ユーリは眠らなきゃ」

 

「昼間ぐっすり寝たから眠れないんだよ。桜が眠くなったら戻るとすっか」

 

「私は眠れないのに……」

 

「じゃあ、しばらくはこの景色とオレに付き合ってくれよな」

 

 

ユーリは花と夜空を見上げて、再び私の手を強く握りしめた。

逃がさないと言われた時は正直驚いたが、実際に何度も攫われているし、今回は無断でデュークについて行ったのもある。私を守る口実なのなら素直に頷けた。言い方がちょっと過激だけど、彼らしいと言えば彼らしいのか。

闇に溶けそうな黒髪が風にそよぎ、整った眉目は星空を浴びるように上を向いている。思わず見惚れてしまう自分に驚き、逃げるように彼に続いて花のトンネルを見上げようとして、ふと違和感に気付いた。

トンネルの終わりの片隅で、ランプの光に反射する長方形の何か。そう、闇に紛れて、携帯電話でこちらの様子を一寸狂わず収録し続けている皇女のお姿が。

 

 

「え、エス、エステル!?」

 

「バレてしまっては仕方ありません! ユーリ、貴方の所業は全てわたしとケータイが捕らえました」

 

「エステルさん。ユーリは別にやましいことなんてしてないよ」

 

「皆に黙って夜のデートはいけないことなのです」

 

「デート……なの?」

 

「デートかな」

 

 

私が恐る恐る尋ねると、ユーリはとびきりのウィンクしてそれに答えた。おい。

 

 

「ユ、ユーリ!?」

 

「はい言質取れました! 後はこの動画をフレンに見せて成敗するのみです!」

 

「何ふざけたこと抜かしてるの、ユーリ!? フレンさんからの死亡フラグがたった今ぶっ刺さったよ!」

 

「ふざけたことなんて言ってないぞ。お前も言ってたろ。やましことなんて何もないってな」

 

「うん、まあ、確かに形式上のデートって言ったら、レイヴンさんにもしてたしね。良心が痛むようなことじゃないか」

 

「オレ、おっさんと同列かよ……。これくらいでフレンがキレるようなら、確定だがな」

 

「フレンさんが確定?」

 

「こっちの話だよ」

 

 

フレンがなんなのだろうか、私が尋ねると、ユーリに適当にはぐらかされてしまった。

これまで些細なことまでブチキレていたフレンである。今回の動画も対象ではないのか。

気になって、再度聞こうとしたところ、彼はエステルを窘めていた。

 

 

「エステル、いくら桜の寝顔を撮れなかったからって、友達をつけて盗撮するのはどうかと思うぞ」

 

「いや、寝顔を盗撮してる時点でアウトでしょ。止めて、軽やかにそこをスルーするの」

 

「だって、心配じゃないですか。お友達が男と夜道を歩くなんて」

 

「心配なら盗撮しながらつけずに止めてよ、エステル」

 

「既成事実を撮っておくべきかと」

 

「ユーリとはない」

 

「断言すんなよ」

 

「では、その絡み合った手はなんです?」

 

 

エステルにピシィっと指さされた先には、私とユーリでなされた恋人繋ぎがあった。

私が急いで手放そうとするが、彼の信じられない握力によって、それも叶わない。こ、この男。

涼しい顔をしている彼を睨んでいる私の様が誤解と、新たな気配を生んだ。

 

 

「あら。まるで恋人同士ね。貴方たち」

 

「ジュディス!?」

 

「青年、その手があったかーっ! 初心な桜ちゃんには、手先から攻めなきゃ駄目だったのね」

 

「しかもステージは夜なのじゃ。ユーリのヤツめ、暗がりに紛れて、あんなことやそんなことをするつもりだったのじゃ。桜の姉御、なんて羨ましいのじゃ」

 

「レイヴンもパティも、2人を邪魔しちゃいけないよ。せっかくのデートなんだしさ」

 

「ここまでぞろぞろ集まったら、デートどころじゃないでしょ。マンタイクに続いて飽きないわね、あんたたち。

桜は別にいいとして、ユーリ、あたしの睡眠妨害した罪は重いわよ。明日覚えてなさい」

 

「ワフ……」

 

 

闇夜の中から、出るわ出るわ皆のお姿が。

ジュディスやレイヴン、パティは平常運転として、カロルは頬を赤らませて居たたまれなさそうに空へと目を泳がし、リタはユーリに向かってシャドーボクシングを始め、ラピードに至っては主人の危機にも関わらず、大きな欠伸をする始末である。

一気に騒々しくなる夜に、ユーリは大きなため息をついた。

 

 

「こりゃあ、続きはまた今度だな……」

 

「続きがあるの?」

 

「お前の夜は長いんだろ。せっかくだから、一緒に楽しんでいこうぜ」

 

「夜更かしはいけないんだよ」

 

「オレは大人だからいいんだよ」

 

「また子ども扱いする」

 

「さて、どうだろうな」

 

 

ユーリは私と繋いだ手を強くして、目元を緩ませた。

温かくて大きな手のひらが私の手のひらを覆い、彼の私を守りたいという気持ちを代弁しているようだ。

そう感じてしまうのは、私の傲慢だろうか。

確かめるように、ユーリの方を向いてみれば、エステルの黄金の右コークスクリュー・ブローが彼の腹に深々と突き刺さっていた。

地面に沈むユーリであったが、最後まで私の手を離さなかったのは、ある意味称賛に値するかもしんない。

私の夜はこの先明るく賑やかで長くなりそうだ。

 

 

 

 

 

■続く■




まだヨームゲンです。
主人公の設定上、レイヴンのあれこれ整理しなきゃな、とか、デュークのこととか、いろいろ詰め込んでいるうちに1話分となりました。なんて亀ペースなんだ。
フラグもぶっさしたまま放置するわけにもいかないので、さっさと回収していきたいと思います。しかし、最終的には皆が勢ぞろいするテイルズなので、人数増えると扱いが難しいです。

次回は、次こそはマンタイクに行ければなと思います。
執政官があれなので、またシリアスは逃れられないだろうなと思います。



瑛慈 翔
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