明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第42話】Good or bad you and I

世界中の俺様のファンの皆様、大変長らくお待たせしたね。

今日も今日とて可憐な少女のために日夜奔走する天を射る矢の色男レイヴン様登場よ。

……あ。そんな蔑んだ目で俺様を見つめないで。おっさんこれでも寂しがり屋なのよん。

 

 

おっさんの寂しさは、後で桜ちゃんが埋めてくれるとして。

この前、俺様がユニオンの命令で桜ちゃんの護衛をしているけれど、その実、彼女の調査と保護ってのは話したよね。

ドンのじいさんが、出所不明の不思議少女が帝国の誰かさんから狙われてるもんだから、その原因を突き止めて、隙あらばダングレストに連れ帰れだってさ。

んだから、桜ちゃんに近づいて、あの手この手で調べようとしたんだよ、おっさん。

 

 

桜ちゃんは、一言で言っちゃうと、皆のために一生懸命役に立とうとする健気で非力な女の子てことかな。……一見は。

なんつったって、こんな胡散臭いおっさんから情報を聞き出すために、危険な夜のデートに乗っちゃう無防備っぷり。

おまけにこんなおっさんの身まで、心砕く始末よ。

 

 

最初はなかなか頑張る娘なだな~と思ってたんだけども、ノードポリカへ向かう途中で遭遇したアーセルム号を皮切りに、彼女の真価が発揮され始めたんだわ。

不気味な幽霊船の中に、何かがあると言い出す桜ちゃんに従って船の中に入ったら、骸骨の魔物に襲われちゃってね。

なんと彼女は俺を庇った上に、ソーサラーリングで信じられない力の光弾を放って、骸骨の魔物の自由を奪っちゃったのよ。

自分で言うのも何だけど、こんな怪しいおっさんのため、身を投げ出すのも正気沙汰じゃないってーのに、ソーサラーリングからありえないエネルギーを照射するなんて、どーなっちゃってるのかね。

しかも、桜ちゃんが見つけたのは、澄明の刻晶という魔物を退けるお宝らしい。これも、彼女が持つ能力なのかなぁ。

 

 

そんなこんなの苦労も経て、やっとこさノードポリカに到着。

桜ちゃんの青年の胸キスなんつうけしからん羨ましいイベントを乗り越え、ベリウスにドンの書状を渡そうとしたってーのに、新月にしか会えないって断られたのよ、散々でしょ。

こっそり渡そうにも、桜ちゃんがベリウスはいないって言い切られちゃったしね。

なんで、彼女に総領の不在がわかったのかは知らないけども、もしかしたらアーセルム号の澄明の刻晶ように、何か気配を追える力でもあるのか。それとも、透視能力とかあったりして。こりゃあ、検証する必要が出てきたわ。

 

 

自由時間になった時、早速手紙でドンのじいさんに知らせておくべきかと考えてると、桜ちゃん、おっさんについてくって言いだしたのよ。

いや、別に俺様は大歓迎なんだけどね。トリム港の名誉挽回、女の子と宿屋で2人きりで愛を育む、いいムードが狙えるってもんでしょ。

もちろん、保護者の青年はそれを許さなかったわけで、見張り役としてワンコが寄越してきたんだわ。せーっかくの桜ちゃんの好感度アップイベントあんど甘いひとときが台無しよ。青年ったら、過保護過ぎ。

警戒されてるから当たり前だって? いやいや男の嫉妬でしょーよ。モテる男は辛いぜ……っ!

あ。皆して、石投げないで、おっさんのほんの冗談でキレないで……っ!

 

 

ちびっと……いんや、かなり残念だけども、流石におっさんと女の子だけってのは、傍から見て危ないわよね。それにアーセルム号の件もある。未来ある若者が中年のおっさんに構うべきじゃないって、宿屋で釘刺しておいたけど、桜ちゃんわかってくれたかな。

 

 

そうそ、桜ちゃんのことを調べる上で、ノートを頂いちゃったんだけども、なんつーか、見たこともない文字と地図のような絵が描かれていて、さっぱりわかりゃあしない。

多分、地図のノートだとは思うんだけど、桜ちゃんは一体どんだけ遠い場所に住んでいるんだか。

測量ギルド天地の窖にも声をかけてみるかな。

 

 

そーいや、闘技場でデュークと同行することになったのも驚いたわ。あの梃子でも動かない世捨人をどうやって説得したのか、桜ちゃんの人脈はかなり侮れないのかもね。

 

 

んで、ラーギィの依頼を受けて、青年が闘技場に出場したものの、問題のチャンピオンは帝国騎士団隊長のフレンちゃんだったのよ。これはハメられたなぁっ嘆いて間もなく、話に聞いた暗殺者までやってくるわ、やっとの思いで退けたら捕まえていた魔物が放たれて、闘技場はパニックさ。

その隙に澄明の刻晶をラーギィに盗まれて、カドスの喉笛まで追いかけるハメになったんだわ。

おっさん、冷え性だから、さんむいところは勘弁よ。

 

 

ここでも桜ちゃんの能力によって澄明の刻晶を探すことになったんだけども、澄明の刻晶が聖核だってラーギィが零した。

俺様が探していた幻のエネルギー体聖核を桜ちゃんは探し当てることができる。かなーり大きな発見じゃないの。ひょっとすると帝国が桜ちゃんを狙う理由はこれかね。

んだけども、エアルクレーネに遭遇した時、不思議少女の様子がおかしくなった。

崖に落ちて離れ離れになった彼女と無事再会できたのもつかの間、いきなりエアルの湖に踏み込んでいくっつー暴挙に出たから堪ったもんじゃない。

このままでは、彼女の命が危うい。

 

 

焦りと喪失感が背筋を這う。こういう感情はずっと昔に捨てたつもりなんだけどねぇ。

ないはずの心臓が早ねを打つように、俺を急き立てる。彼女を助けろ。死なせちゃいけないってね。柄にもなく切羽詰まっちゃったのよ。

ジュディスちゃんと協力して助け出す算段立ててたら、青年が桜ちゃんをエアルから引っ張り上げてくれて事なきを得たけども。

俺様も同じことをしていたかな? ……まあ、おっさんの命は軽いから、やってかもしれないね。

 

 

そんでラーギィ……じゃない、イエガーから、澄明の刻晶を取り返して、さっむいカドスの喉笛を出て、温かーいマンタイクへ赴いた。

自由時間になった時に、また桜ちゃんがひとりになりたいって言いだして、青年がいじわるするもんだから、桜ちゃんがここの文字が読めないってバラしちゃったのさ。

宿屋に泊まる時、トリム港でベリウスへの書状を渡した時、読めない桜ちゃんのノート、いろいろ不自然なところがあったからね。

そしたら、桜ちゃんと文字の教え合いっこすることになったのよ。先生と生徒、入れ替わりプレイ……これはなんて美味しい遊び、ごほん、情報収集では!?

青年と少年がいなけりゃあ、サイコーのイベントだったのに。今度水入らずで、おっさんと桜ちゃんとの2人きり、みっちり授業しちゃうえばいいよね。いんや、やましいことなんて微塵もないよ、おっさん。ただ桜ちゃんともーっと仲良くなりたいだけだよ。

 

 

宿屋で準備を整えて、ついにコゴール砂漠へ踏み込んだら、すったもんだあって、俺様と桜ちゃんは青年たちと離れ離れになっちまった。

やっと2人きりになれたんだけど、砂漠のど真ん中で、とても甘い雰囲気になれるはずもない。

 

 

しかも桜ちゃんに服越しに心臓魔導器を触られたんだわ。彼女の能力かは知らないけども、妙に怪しまれてしまったわけよ。

桜ちゃんには、古傷つっといたけどね。うんまあ、嘘は言ってないよ。

心臓魔導器は心臓の代わり、自身の生命力をエネルギーによって動き、働く魔導器だ。つまりは俺は――いやいや、辛気臭い話は良しとこうね。

 

 

桜ちゃんの能力で青年たちを追おうとしたものの、向こうが戦闘中だとわかって、合流を避けようとしたんだわ。

この暑さん中じゃあ、非戦闘員ひとりを守る余力もあったもんじゃない。

だから反対したってのに、桜ちゃんは人が変わったかのように俺様の腕を引っ掴んで、信じられないスピードで駆けだしたのよ。

皆の元へ辿り着いたと思ったら、魔物相手に魔術を使ったり、拳で殴ったり、今まで非戦闘員からかけ離れた戦闘能力に度肝を抜かれたわ。

この状況でバンバン戦える人材はありがたいけれど、一体桜ちゃんに何が起こってるのかな。これもフェローに会うまでお預けってわけなのかね。

尋常ではない桜ちゃんの変化を最後まで見届けたかったってのに、俺様はここに来て暑さにやられてぶっ倒れちゃう。

 

 

桜ちゃんは平気そうだったけれど、彼女ひとりで砂漠に置いてけぼりは勘弁よ。

なんとか持ち堪えようとしたけど、意識は暗転して、次に目を覚ました時は、天国のような街だった。

街の名はヨームゲン。そ。アーセルム号の日誌にあった、千年前の街のはずが、滅ぶどころをおだやかに存在してたんだよ、おかしいでしょ。

しかも、皆がいるのに、桜ちゃんだけはいない。そりゃあ、ジュディスちゃんも嬢ちゃんもパティちゃん、俺様も慌てたさ。急いでワンコと一緒に街中探したとも。

んだけども、全然見つかんなくて、かわりにユイファンという美しいお方に出会えたのさ。……まあ、野郎付ってわかったんだけどね。おっさんガッカリ。

その女性に赤い小箱を開けてもらって中から出てきたのは、大きな宝石のような塊だった。これが聖核……。魔導器関連はあんまり詳しくないんだけど、術式が刻まれていないまっさらでおっきな魔核のようなもんかね。

ユイファンから、聖核を賢人に渡してほしいって言われて、屋敷に行ったら、探し求めていた桜ちゃんがそこにいた。ついでに青年とデュークも。

 

 

とりあえず無事でよかった。君だけはいないとわかった時は、肝が冷えたよ。おっさんみたいなのが助かって、君だけがいなくなるって悪夢は見たくないからね。

んだけども、桜ちゃんの俺様を見る目がおかしくなったのは頂けないね。まるで俺に怯えているようだったから。俺様、桜ちゃんの護衛役だよ。何に慄いているんだい。

 

 

そしたら、桜ちゃんの態度が一変して、純白のドレスでデートと来た。君と逢瀬できるなんて大歓喜よ。

ハニートラップ? いいとも、おっさんどんどん喋っちゃうからね!

桜ちゃんのいろんなスキンシップするんだーって張り切ってたら、青年が邪魔すること邪魔すること。おまけにデュークのヤツがやってきて、おっさんへの不信感煽られちゃう。

これは任務に支障をきたすかな。ここで桜ちゃんの信頼を得られないと、彼女を調べるどころか、おっさんの立場も危うくなっちゃうわ。

 

 

だから、俺の命を賭けることにした。

桜ちゃんが傷つけば、俺も傷を負う。桜ちゃんが死ねば、俺も死ぬ。

桜ちゃんたちは、当然驚いたもんさ。誰だって命を賭けるなんて危ないマネ、簡単にできないでしょうよ。

 

 

けれど、俺の命は羽根のように軽いもの。一度は失ったもんだからね。

君には不釣り合いなくらいなのさ。そんな命で良けりゃあ、いくらだって賭けるとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Good or bad you and I

 

light and dark ups and downs

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻の街ヨームゲンは柔らかな日差しで私たちに朝を教えてくれた。

温かい陽気と静かで平穏な空気が2度目の睡眠を誘ってくるが、始祖の隷長に傾いている私には一切通用しない。

長い夜を経て、一番乗りで目覚めた私は早々に顔を洗いシルククロークに着替えて、準備万端。

私が寝室に戻る頃には、レイヴンやジュディスを初め、皆が目を覚ましてきたかと思いきや、ひとりだけぐっすり眠っている男がいた。

 

 

「ユーリ、起きるの早い方なのに珍しい」

 

「無理もないわ。貴方がきちんと眠れるか気にしていたようだから」

 

「マジか……」

 

 

ジュディスに言われて、私は改めて静かに眠るユーリの寝顔を覗き見た。

昨日はかなりハードな1日だったはず。マンタイクから砂漠を渡り、フェローの生み出した魔物と戦って、野垂れ死にそうになった挙句、デュークによって新事実を突きつけられて、おっさんとデートした後に、私と夜のデートのオチがエステルのパンチである。

私だったら、脇目もふらずにベットで沈んでたのに、彼はベットに入った後も私が眠るまで見守っていたとは、なんという筋金入りの保護者っぷりだ

しかし、よく眠っている。美しい女性を見紛う整った眉目に、手櫛を通したくなるような黒髪、すらりとした肢体。

その飛びつきたくなるような美青年の寝顔に、もちろん我らの海賊少女にして、自称ユーリの嫁パティはこの隙を逃さなかった。

 

 

「ふっふっふーっ。今度こそ、おはようのチューなのじゃ」

 

「止めなさい。今度こそ刺されるよ」

 

「桜の姉御は、よくこれを間近で見て欲情しなかったのじゃ」

 

「欲情言うな」

 

「ちょい待ち。桜ちゃん、過去形ってことは青年の寝顔をこんな間近で拝む機会があったの?

……まさか、2人はすでに朝チュンの仲? け、けしからん! おっさん、そんなふしだらな関係許しませんからねっ」

 

「そうだったのか? 桜の姉御。やっぱり、ユーリと肉体関係が……っ。今度はうちも混ぜるのじゃ」

 

「ないわ……っ。パティも知ってるでしょう。カドスの喉笛の時でもう腹いっぱいよ」

 

「あれくらいなんじゃ。男にひとつやふたつの膝く――」

 

「言うな。流石の私も羞恥心で拳が唸る」

 

 

平然と小恥ずかしいことをのたまい続けるパティに、私はいい加減堪忍袋の緒が切れそうになっていた。

彼女はレイヴンと違って、本人にまったく悪気はないところが始末に負えない。そういえば、この2人、恥も外聞もねーわな……。

この2人は大いに問題があるが、今はユーリだ。

 

 

「ユーリはもう少し寝かせてあげましょう。私に付き合ったせいで、疲れているみたいだから」

 

「じゃあ、私たちが旅支度を済ませてくるから、朝食までに貴方がユーリを起こしてちょうだいね」

 

「え」

 

「そうね。あんたが言い出しっぺなんだから。責任もってユーリを起こしてくるのよ」

 

「朝ご飯になったら、ボクが呼びに行くから、それまでに起こしてね」

 

「相変わらず焼けるわね。おっさんも少年と一緒に邪魔しに来るから」

 

「うちも2人の野次馬するのじゃ。あわよくば、寝ているユーリに添い寝してやるのじゃ」

 

「窓からぶん投げられるよ、パティ。私がいなくても、ユーリのことだから、勝手に起きるでしょう」

 

「大丈夫です。起きなければ、わたしが永遠に眠らせますので」

 

「どこが大丈夫なんだよ。不安要素しかねーよ。冗談でも笑えんよ、エステル」

 

「本気です」

 

「本気で止めて」

 

「何故です?」

 

「私が聞きたいよ」

 

「ね? エステルやパティから守る意味でも傍にいてあげなさい」

 

 

這い寄る恐怖の皇女を必死に止めていると、ジュディスに止めの一言と突きつけられてしまう。

呆気にとられている間にも、皆は私と眠るユーリを置いて、さっさと寝室を後にしてしまった。

なんで私がユーリを起こすことになっているんだ。いや、朝食までに彼を起こすことに異論はないけれども。

しんと静まり返った寝室にて、ユーリの寝息だけが微かに耳に届く。

あれだけ騒がしかったのに、ちっとも起きる様子はない。……もしかして。

 

 

「ユーリ。本当は起きてる?」

 

「……」

 

 

私が声をかけても、彼は胸を上下に動かして、瞼ひとつ動かさない。

寝ているなら、カロルが呼びに来るまで、そっとしておくべきなんだろうけれども。

改めて彼の無垢な寝顔を見てみた。カドスの喉笛の時と同じ、男性だというのに羨ましいくらい綺麗な顔で、思わずうっとりしてしまう。

 

 

「寝てるとわかんないのに」

 

 

眠っている様はまるでおとぎ話に手で来る眠り姫ならぬ眠り王子のようである。その実、大胆不敵で戦いと口はめっぽう強い兄貴分とは、想像もつかないだろう。

そっと起こさないように、少しだけ、ちょっとだけ、彼の顔を覗き込んでみる。

流れるような黒髪、深く閉じた瞼に長いまつ毛、すっと通った鼻筋に、程よい厚さの唇。

そうあの時重ねた唇だ。

甘くて、酸っぱくて、弾力のある彼の唇。

 

 

「何を考えてるんだ、私は」

 

 

思わずカドスの喉笛で口移しをした時を思い出し、ユーリから離れようとした時だ。

ユーリの両目がカッと開いて、勢いよく起き上った。

 

 

「わっ!」

 

「ぎゃあああっ!?」

 

 

突然ユーリが起き上がってきて、私が身を仰け反らせて驚いた。

尻もちつきそうになる私を見て、ユーリは大きくため息をつく。

 

 

「そんな悲鳴はないだろ」

 

「人の悲鳴を指図すんな……っ! いきなり起きて……。もしかして、寝たフリをしてたの?」

 

「傍で皆があんだけ騒いでたら、眠れやしないよ」

 

「じゃあ、狸寝入りなんてしなきゃいいのに」

 

「寝ているオレにお前がイタズラするかもしれないだろ」

 

「……し、しないよ」

 

「なんでそこで目を逸らすんだよ。まさか、カドスの喉笛の時、オレになんかやらかしたな。お前」

 

「な、何も」

 

「本当かよ」

 

「……ちょっと髪の毛いじくっただけ」

 

「それだけか?」

 

 

ユーリにじりじりと詰め寄られて、私は素直に吐いた。なんだかいたずらっぽい笑みを浮かべているのは気のせいか、と思ったところだ。

廊下の方からヅダダッと足音が聞こえたかと思うと、盛大に寝室の戸が開いて、ひとりの皇女が飛来する。

彼女の片手剣から繰り出される鋭い突きがユーリに襲い掛かった。

 

 

「ピアズクラスター」

 

「うおおっ!?」

 

 

ユーリは目にも止まらぬ突きを毛布で翻弄しつつ回避した。一瞬反応が遅れていたら、彼の胴体はハチの巣になっていただろう。

皇女の狂気にユーリはボロボロになった毛布を投げして身構えた。

 

 

「いきなり何すんだ、お前……っ!」

 

「桜の悲鳴が聞こえました。ユーリが襲ったに違いありません」

 

「いや、あれはユーリが脅かしてきただけで」

 

「そうそう。桜がオレの寝込みを襲うかもしれなかったからな」

 

「襲わないよ!」

 

「あんだけオレの顔じろじろ見てたくせに何言ってんだ」

 

「よ、よく眠ってるなーと思っただけで、別に変な事考えてないんだから」

 

「へーっ」

 

 

まさか口移しの件を思い出していたなんて言える訳もなく、私は咄嗟に誤魔化した。

顔に出ていたりしないだろうか、こっちとしては内心穏やかではない。

ユーリはしばらく私の様子を見た後、小さく肩を降ろした。

 

 

「ま。結局なんもなかったけどな」

 

「当たり前でしょう」

 

「そうですか。それは残念です」

 

「なんでそこで落ち込むんだよ、エステルさん」

 

「殺るなら殺るで、わたしにも声をかけてくれれば、一緒にユーリを闇に葬りされるのです」

 

「殺すなよ」

 

 

殺人鬼と化したエステルを私は極力冷静に止めた。

彼女、私がウフフアハハと喜んで一緒にユーリを私刑にできると思ってるのか、サイコパスだろ。

若干怯えていたところ、廊下からけたたましい足音が聞こえて振り返ると、慌てた様子のカロルとのほほんとしたレイヴンがやってきた。

 

 

「ユーリ! 桜の悲鳴が聞こえたんだけど、どうかしたの!?」

 

「あら。青年、お目覚めドッキリ失敗しちゃった?」

 

 

……お目覚めドッキリ?

ユーリ、まさか狸寝入りして、本当に私が何かするのを待っていたのだろうか。なんでそんなことを。

私の疑問をよそに、カロルに問われたユーリは、平然としたものだった。

 

 

「大人の話だよ、カロル」

 

「えーっ。またそうやって誤魔化す。レイヴンもドッキリってなんなのさ?」

 

「男と女の駆け引きってやつさ。クソ暑いわ。おっさんも今度桜ちゃんにやってみよう」

 

「エステルさん、やってしまいなさい」

 

「レイヴン、お覚悟です」

 

「やるなら青年じゃないの!?」

 

「さて、顔でも洗ってくるか」

 

「逃げないで青年。死なば諸共、一緒に嬢ちゃんの刃の餌食になってちょーだい」

 

「犠牲はおっさんだけで十分だろ」

 

 

と言って、寝室を出ようとするユーリの前に、エステルの刃が進行を妨げる。

 

 

「桜を騙した罪は重いのです。これから騙そうとする輩も生きては返しません」

 

「おい。これからまた砂漠乗り越えようってんだぞ。余計な体力は」

 

「砂漠を越える必要はありません」

 

「嬢ちゃん……?」

 

「ご安心ください。ひとり殺るのも、ふたり殺るのも同じです」

 

 

なんだその殺人鬼理論は。

日差しの刺す窓をバックにホラーさながらの笑顔で言い放つエステルの右手には、ギラリと輝く剣が握られていた。凍り付くユーリとレイヴンに、容赦なくスマイルエステルの刃が襲う。そして、のどかな朝から熾烈を極めた運動会が始まったのであった。

 

 

 

 

ユーリの全力の回避やら、レイヴンの言い逃れやら、エステルの無慈悲な攻撃やら、なんやかんやあって、遅い朝食を終えた後、私たちは街の入り口に集合していた。

アルフたちの両親たちの回復や砂漠越えの準備もすんだのだが。朝から無駄な暴虐……もとい運動をしたせいで、砂漠を越える前から、レイヴンは死にかけていた。

 

 

「ひどいわ。元はと言えば、青年が桜ちゃんをからかったせいなのに、俺様まで巻き込んだ挙句、盾にするんだもん」

 

「自分もやろうだなんて言うからだろ、自業自得だ。

……そっちの夫婦も行くんだな。マンタイクでガキたちが待っているから、はぐれるなよ」

 

「はい。おかげさまで体力も回復しましたし、もし砂漠を越えられるのなら、皆さんとご一緒しようかと思いまして。よろしくお願いします……」

 

 

ユーリがアルフたちの両親に忠告すると、夫婦は揃って深々と頭を下げた。

帰りもアウトブレーカーや虫の魔物みたいなのに、遭遇しなければいいのだけれど。

 

 

「とりあえず、皆と砂漠を越えて、マンタイクへ戻ることになるのかな?」

 

「当面の目的はそうなるね。ボクたち、結局、エステルの依頼。フェローに会えなかったわけだしさ」

 

「わたしは……始祖の隷長が満月の子を疎む理由を知りたいです。それに桜のことも気になります」

 

「私?」

 

「フェローはわたしを狙い、騎士団の精鋭をも壊滅寸前まで追い込んできました。なのに、桜だけは見逃したのです。

それに砂漠での桜の戦いやカドスの喉笛のエアルクレーネでの行動、たくさんわからないことがあります」

 

「そうそう。おっさんもずーっと気になってたのよ。聖核を捜す能力ってのもさ。フェローに会えば、全て明かしてくれるんだよね」

 

「フェローに会うにしたって、砂漠にはいないらしいし。少なくとも、執政官の調査が収まるまでは、会うのは難しいかも」

 

「桜ちゃんって、聖核やエアル以外に何か感じる質?

砂漠の時も、普通に謎の魔物の気配追ってたよね」

 

「ううーん、と……」

 

 

レイヴンから探るように問われて、私は思わず視線をそらしてしまった。

私ってば、気を抜き過ぎだ。ここにくるまでに、普通に始祖の隷長の気を追っていたんだ。怪しまれて当然か。

しどろもどろしていると、ユーリがいつものことくフォローしてきた。

 

 

「桜はエアルに敏感なんだ。それ以上は始祖の隷長に会ってからにしてくれ」

 

「フェローじゃなくてもいいわけ?」

 

「事情が変わったんだよ。デュークのお陰でな」

 

「そういうわけで、私はノードポリカの総領ベリウスに会いに行くつもり」

 

「オレも同伴でな。んでもって、騎士団、フレンにちょっくら問い質したいことがあるんだが。首領はどうなんだ」

 

「ボクもベリウスに会ってみたい。フェローと同じ始祖の隷長が、なんでドンの双璧と言われてて、ギルドの総領をしているのか知りたいな。

エステルはどうするの? 桜もベリウスに会いたいって言ってるけど」

 

「……そうですね。フェローと同じ始祖の隷長なら、狙われる理由を知っているのかもしれません」

 

「んじゃあ、青年と桜ちゃんと少年と嬢ちゃんは、おっさんの持ってるドンの書状に乗っかるってわけだ」

 

「頼りにしてるぜ、おっさん」

 

「野郎のお願いなんざ聞きたかないのよ。ここは女の子にお願いされたいわ。

桜ちゃん、今からでも遅くないわよ。俺様におねだりしてくんない?

こう拳を顎に当てて、上目遣いでやってくれたら、おっさん頑張れるかも」

 

「代わりにエステルが剣でお願いしてくれるって」

 

「お願いしますレイヴン。書状を寄越してください」

 

「止めて、武力で訴えるの」

 

「じゃあ、リタさんで」

 

「やっていいのね。マジでやるわよ。積年のウザさをここで晴らすわ」

 

「いつから猛獣使いになったの、桜ちゃん、痛いのは勘弁よ! めんご!」

 

 

やる気満々のエステルと乗り気のリタをけしかけると、レイヴンは両手を合わせて、すみませんとばかりに頭を下げてきた。

この男はこうなるのをわかってるのに、なんで私を煽るんだろう。

レイヴンの思惑はさておき、私とエステルのためについて来たリタはマンタイク到着後どうするのか。

 

 

「リタさんは次の予定あるの?」

 

「あたしもノードポリカに行くわ。そこであんたのことがわかるならね。

でも、その前にカドスの喉笛のエアルクレーネに寄らせて」

 

「あそこって、もうエアルの放出は止んでるよ」

 

「それを含めて調査するのよ。あんたに危険は及ばないから、心配しなくてもいいわ」

 

「じゃあ、マンタイクで一休みして、カドスの喉笛を通り、ノードポリカでベリウスに会うでいいのよね」

 

 

ジュディスは皆の意見をまとめると、たったひとり沈黙を守っていた海賊少女に視線を傾けた。

 

 

「パティ、貴方もついてくる? ノードポリカでは、あまりいい思い出はないようだけれど」

 

「平気なのじゃ。あんなの気にしなければいいのじゃ。さっさと海に出てしまえばいいのじゃ」

 

「パティはノードポリカは好きじゃないの?」

 

「アイフリードのことを快く思っとらん連中が多いだけなのじゃ」

 

「それって、パティにとっては致命的なんじゃあ。でも、船を使うには貴方の腕が必要だし……」

 

「桜の姉御が気にすることはないのじゃ。ベリウスとやらに会えば、桜の姉御の秘密も詳らかになるのなら、妹分のうちも知らなければならんのじゃ。

何、怖がることはない。桜の姉御が何者であろうとも、うちにとっては姉御は姉御なのじゃ」

 

「パティ……」

 

「困ったことになったら、うちがフレンやデュークの仲人になって、夜這いに押しかけ、ストーキングしてでもくっつけて責任取らせるのじゃ。ヴァージンロードはうちとユーリと一緒に歩くのじゃ」

 

「人間関係拗らせるのやめろっつただろ」

 

「帝国騎士団隊長で玉の輿ですよ、桜」

 

「ここにもおったわ、拗らせるやつ……っ」

 

「嫌よ嫌よも好きのうち、なのじゃ」

 

「本気で怖いんだよ! あのフレンさんだよ? 泣く子も絶叫する説教大魔神だよ?

パティみたいな幼い子がけしかけてみろ、何考えてんだって世にも恐ろしい説教食らうのは私なんだよ!!」

 

「……こいつら連れて、フレンに会って良いもんかわかんなくなってきたな」

 

 

エステルとパティに詰め寄られて一応キレてみるものの、暖簾に腕押し、フレンを無理矢理けしかける気満々で、ユーリもこれには若干引き気味になった。

いつもの調子の彼女たちに皆がやれやれと呆れているところへ、一つの新しい気配が生まれる。

街の方へ視線を向けると、銀髪紅眼の美丈夫が立っていた。

彼に気づくなり、リタが食って掛からんばかりに身を乗り出す。

 

 

「あたしの剣!」

 

「お前のものではない」

 

「デューク。見送りに来てくれたの?」

 

「お前に渡すものがあった。鞄を出せ」

 

「あ、うん」

 

 

デュークに言われて、私が鞄を差し出すと、彼は白いボトルを数本入れた。

これは確か、私がこちらに来て間もなくシャイコス遺跡で、フレンが魔物を退けるために使ったものではないか。

 

 

「ホーリィボトルだ。魔物に気取られぬようになる。使うと良い」

 

「ありがとう。助かるよ。私、デュークに助けてもらってばかりだね。何かお返ししないと」

 

「礼は要らぬ。好いた女性に尽くすのは必然」

 

「またそういうド直球なことを……。デューク、もう一度フェローに相談した方がいいと思うよ。絶対思い違いだから」

 

「私の心に嘘偽りはない。私は如月、お前を愛しているのだから」

 

「あ、あのね……」

 

「そういう言葉は軽々しく連呼するもんじゃないぜ」

 

「言葉にせねば、伝わらぬ時もある。初めて如月に会った時もそうだった」

 

「いや、あれは語らな過ぎただけだろ……」

 

 

私に代わって、ユーリが言葉を帰すと、デュークから初対面の時のことを持ち出され、ユーリは沈痛な面持ちになり、私は頭を抱えた。

この男、コミュニケーションもそうだが、判断基準が極端過ぎるのでは。

私たちの気持ちなど知らないだろうデュークは、柔らかな眼差しで私を見つめた後、ふと思いついたかのようにこう付け加えた。

 

 

「礼というならば。ベリウスに会うことができたのなら、フェローは無事だと伝えておいてはくれないか」

 

「そんなことでいいの? こっちとしては、フェローのことについてベリウスに会いに行くから、問題ないんだけど」

 

「この状況下では、始祖の隷長同士で会うこともままならん。フェローやベリウスに話が通じるのは、お前ぐらいだろう」

 

「そうかな?」

 

「お前はお前が成すべき事にすればいい。私も応援は惜しまない」

 

「でも、一緒には来てくれないんだ」

 

「私にはやるべきことがある。それに……」

 

「それに?」

 

「――私に会おうと思えば、いつでも会える。そうだろう」

 

「ええ!?」

 

 

デュークにそっと耳打ちされて、私は思い切りおののいた。

朱色の笛のことを言っているんだろうが、いきなりイケメンボイスで耳元で囁かれたら堪ったもんではない。

思わぬ不意打ちに赤面する私、皆は目を丸くし、ユーリは怪訝な顔でデュークに詰め寄った。

 

 

「おい、デューク。うちのお嬢さんに何吹き込んでやがる」

 

「マンタイク、いやカドスの喉笛を通るなら、注意するがいい。人間たちがまた動き出したようだ」

 

「人間……? 帝国騎士団か。例の執政官が何か仕掛けてくるってか」

 

「新月が近い」

 

「ベリウスだな」

 

「今は如月をお前たちに託そう。しかし、相応しくないと判断した時、私はやってくる」

 

「安心しろよ。そんな日は永遠にやってこねぇからな。行くぞ、皆。リタもいい加減諦めろ」

 

「次会ったら、絶対あの剣を調べさせてもらうわ。覚悟しなさい!」

 

「リタ。お前、オレたちの話聞いてなかっただろ……」

 

 

胸を張ってデュークを指さすリタに、ユーリ小さく嘆息した。まあ、次回に持ち越してくれただけ感謝すべきだろうか。

彼女の執念はさておき、私たちはデュークが見送られ、2度目のコゴール砂漠へと挑んだ。

相変わらずの容赦ない暑さだが、ヨームゲンで十二分準備をしてきたのと、デュークから貰ったホーリィボトルのお陰で、然程苦労せず、マンタイクの近くまで辿る着くことに成功した。魔物に遭遇しないというのは、本当に便利である。デューク様様だ。

とはいえ、私やレイヴン以外は、やっぱり暑さにやられて体力もそこそこけずられてしまい、特にリタは今にも倒れそうに私にしがみ付いてきた。

 

 

「はぁ……。やっと戻ってきた。砂漠はもうこりごりだわ……。桜、このまま宿屋まで連れてって」

 

「別にいいけど、人目につくよ」

 

「いいわよ。どうせ外出禁止令で、見てくるのは黙って突っ立ってる騎士団くらいでしょ」

 

「待ってください。あそこに人が集まっています」

 

 

エステルが目で示す先には、十数人の人集りができていた。

こんな暑い最中で何があったのだろうか。

 

 

「外出禁止令が解かれたのかな。これで、アルクたちも自由に……」

 

「待て、騎士がついてやがる」

 

「あれは……キュモール!?」

 

 

リタを始め、皆が目を見張る先には、ひとつの大きな馬車と街の人々を誘導しようとする騎士、それを指示する派手で悪趣味な鎧をまとった騎士隊長キュモールがマンタイクの入り口にいた。

私たちは彼らを視認するなり、慌てて草陰に身を隠す。

ヘリオードでイエガーとともに姿を消した男がどうしてここに?

もしかして、私のことを聞きつけて、ここまでやってきたのではないか。

皆に緊張が走る中、一際身を強張らせている私の肩をユーリが優しく撫でてきた。

 

 

「安心しろ。向こうは、こっちに気付いちゃいない」

 

「けど、なんでヘリオードの執政官やってたキュモールがここにいるんだろ」

 

「あいつ、確か桜を狙ってるのよね。あのトロロヘアーも見当たらないし、今のうちにぶっ飛ばす?」

 

「落ち着いて、リタっち。急いてはことを仕損じるよ。もちっと様子見ようよ」

 

 

今にも飛び出そうとするリタをレイヴンが止めて、ひとまず皆は更に身をひそめ、キュモールたちの会話に耳を傾けた。

ここからでも彼の嫌みたらしい声が聞こえてくる。どうやら、街の人をかき集めて馬車に乗せようとしているようだ。

 

 

「ほらほら、早く馬車に乗りな。これから楽しい旅につれてってやるんだから、ね」

 

「お許しください。私たちがいないと、子供たちが……」

 

「翼のある大きな魔物を殺して死骸を持ってくれば、お金はやるよ。そうすれば、子ともともども楽な暮らしが送れるだろう」

 

「ま、魔物!? 無理です……っ! お許しください!」

 

「知るか! さっさと馬車に乗れよ、下民どもめが! もたもたしないで行っちゃえ!」

 

 

街の人たちの懇願も虚しく、キュモールのヒステリーが全てを一蹴してしまう。

アルフたちの両親は、困り果てた様子でその光景を目にしていた。

 

 

「私たちもあんなふうに砂漠で放り出されたんです」

 

「砂漠のヤバさはオレたちも身をもって知ってるからな。キュモールの野郎、それで街の人間が逃げ出さないよう外出禁止令をだしてやがったのか」

 

「ヘリオードの次は、マンタイクの執政官か。貴族ってなんでもありなんだね」

 

「権力だけは一丁前のバカ貴族なら、なんでもござれなんでしょ。問題はあいつらが今何をしようとしてるかよ。桜ちゃん」

 

「翼のある大きな魔物って、フェローのことだよね」

 

「多分。しかし、殺すというのはどういうことです?」

 

「さぁて、俺様にはなんとも。あいつが嬢ちゃんや桜ちゃんのために、害虫駆除してくれるってワケでもなさそうだしね。

どーせ、ロクでもないこと企んでんじゃないの」

 

 

レイヴンの言う通り、キュモールがそんな殊勝な心掛けで動くとは思えない。

執政官によるフェローの調査の実態は、恐らくはフェローから採れる聖核が狙いなんだろう。

そして、私を狙う理由もきっと、同じものだ。見つかれば、エアルで弄ばれ、いずれは殺されてしまう。

ザーフィアス城の件も相まって、小さく震える私の肩をユーリは固く掴んでくれた。

 

 

「桜。オレがついている。何もさせないさ」

 

「ユーリ」

 

「……。それで、これからどうするのかしら、街の人々は。放っておけないのでしょう」

 

「わたしが……」

 

「今は止めておいた方がいいのじゃ」

 

 

ジュディスに問われたエステルがいつもの放っておけない病が発動する前に、パティがその腕を掴み、首を横に振った。

 

 

「出て行ったところで、街中の騎士団を相手にしなくてはいけないのじゃ。多勢に無勢なのじゃ」

 

「向こうはお姫様の言うことなんざ聞きゃしねぇからな。しかも、こっちには桜がいる。またヘリオードの二の舞になったら厄介だ」

 

「では、わたしが単独でキュモールをめった刺しにしてきます。桜の心の衛生のために」

 

「パティが止めろつっただろ。私の心は荒れ模様だよ、エステル」

 

「権力より、武力で黙らせるべきだと思うのです」

 

「世の中から沈黙させる勢いですよ、エステルさん」

 

「はい。世の中から抹殺します」

 

「血の雨降りそうだよ、マジで止めて」

 

「しゃあねぇな……。カロル、ちょっと耳貸せ」

 

「何?」

 

 

殺気立つエステルを私が懸命に止めていると、ユーリがカロルに何か耳打ちをし始めた。

彼にこの切迫した状況を打破できる策があるのだろうか。

皆が黙って見守る中、カロルは目を見開き、困った顔をした。

 

 

「ええ!? で、できないことはないけど、道具が……もしかして……」

 

「レンチならあるわよ」

 

「ジュディスって、気が利くのか、間が悪いのかわかんないね……」

 

「何をするの、ユーリ?」

 

「まあ、見てな。カロル先生、任せたぜ」

 

「何かあったら、助けてよね」

 

 

カロルは不安げな表情でそう言い残すと、身を低くして物陰に隠れながら、キュモールたちの馬車へ近づいて行った。

そうこうしている間にも、街の人々はキュモールの騎士団によって、強引に馬車へと押し込まれてしまう。砂漠の過酷さなど知らないキュモールは、今に街の人々の背中を蹴り倒す勢いで苛立ち始めた。

 

 

「ノロノロ、ノロノロと下民どもはまるでカメだね。早く乗っちゃえ!」

 

「キュモール様、全員馬車に乗りました!」

 

「じゃ、キミも馬車に乗りな」

 

「え、わ、私も……?」

 

「仕事が遅い騎士には罰を受けてもらわないとね」

 

「キュモール様、お許しを! 私には妻と娘が……」

 

「キミはが行かなきゃ、代わりに行くのは……キミの奥さんと娘さんかな?」

 

「キュモール様……っ」

 

「さ、出発だ」

 

 

キュモールは懇願する騎士を容赦なく馬車へ蹴り入れると、馬車を出すように指示した。

カロルが何をするのかわからないが、このままでは、馬車は地獄の砂漠へ一直線だ。

そして、我が殺戮皇女も爆発寸前でありました。

 

 

「やはりわたし直々成敗するべきでは」

 

「ステイ! エステルさん、ステイ!」

 

「止めないでください、桜。汚い世界を、しかも帝国騎士団の汚点は放ってはおけません。貴方の心を穢す必要はないんです」

 

「エステルが殺った返り血で私の心身が汚れそうだよ! 騎士団の皆さんごとキュモールを血の海にしそうなあんたこそ放っておけんわ! 18禁のスプラッタ的な意味で! ジュディスもニコニコ眺めてないで止めてよ!」

 

「大丈夫。カロルはできる子よ」

 

「ええー……っ」

 

 

エステルを羽交い絞めにして止めていると、ジュディスの視線の先にある馬車の車軸が大きな音を立てて外れた。

カロルが馬車に忍び込んで、車軸の固定を緩めたのか。

傾く馬車に驚く騎士たち、特にキュモールは真っ先に我に返り、火のついたように金切り声をあげた。

 

 

「何してるんだ!? 馬車を準備したのは誰!? この責任は問うからね!」

 

「カロルがやってくれたんだ!」

 

「これがユーリがガキんちょに授けた知恵ってやつね」

 

「な。どうにかなっただろ」

 

 

リタが大騒ぎするキュモール騎士団を呆れながら眺めて、ユーリがドヤ顔している間に、カロルがそそくさとこちらに戻ってきた。

怪我ひとつない。どうやら、バレずに上手く戻ってこれたようである。

カロルは冷や汗を片手で拭いながら、大きなため息をついた。

 

 

「ふーっ。もう冷や冷やものだったよ。二度とやらないからね、こんなこと……」

 

「カロルひとりでやったんだ。凄いね」

 

「いやぁ、それほどでもないよ! へへっ」

 

「バカっぽい。これって、ただの時間稼ぎじゃない」

 

「私たちでは、これが限度ね。長くここに滞在するわけでもないのよ」

 

「うちらは長ーい旅をしているからの。深入り出来んのじゃ」

 

「表立って騎士団に噛みつくと、うちの首領が泣いちまうからな。オレたちができるのはここまでだ」

 

 

ユーリは緊張が解けてげんなりしているカロルを見て、ひょいと肩を竦めた。

私たちでは根本的な解決はできない。それどころか、私やエステルが顔を出したりしたら、大ごとになってしまう。

そんなことを考えているところへ、レイヴンは小声で警告してきた。

 

 

「それはそれでいいとして、俺たちもいつまでもここにいるにもまずいんでない。騎士たちが集まってくる前に、こっそり宿屋に隠れるとしようよ」

 

「確かに私たちがバレるとややこしくなるからね。アルフたちのご両親も、今のうちにお子さんの元へ行ってください」

 

「は、はい。いろいろとありがとうございました」

 

「ああ。早くガキたちに顔見せてやんな。けど、今回みたいにいつも助けが来るとは思うなよ」

 

「お礼はまた、我が家にお越しになった時に必ず致します」

 

 

アルフたちの両親はユーリを初め、皆に何度も頭を下げて、家に戻っていったのを見届ける間もなく、私たちも宿屋へと避難した。

街中の騎士の目を気にしながら、宿屋についた私達を主人がホッとした表情で迎えてくれたのは幸いであったが、やはりここにも騎士が見張っていて気もおけない。

案の定、夕食を済ませた私たちはベッドでぐっすりとはいかず、難しい顔を合わせていた。

 

 

「キュモール。ヘリオードで懲りてなかったんだね」

 

「あやつ、他でもあんなだったのか。どうしてああいうやつばかりなのじゃ」

 

「あれは多分病気なのよ。世の中、病気の人が多いのね」

 

「ジュディ姐、それはきっとバカという病なのじゃ」

 

「あんた、わかってるじゃない。絶対そうに決まってるわ。ぶっ飛ばさないとわからないやつね。

そのバカ、今はフェローの調査だかなんだか知らないけど、桜のことも諦めてないはずよ。あんまり長居はできないわ」

 

「確かキュモールのやつが桜ちゃん狙ってるつってたね。一体どゆこと?」

 

「私を使って何かしようとしているのは確かなんだけど……」

 

 

私は自身の中にある聖核のことを口にしようとしたが、ユーリに目配せされて言い止めた。

マンタイクは今キュモールの手中にある。宿屋を監視している騎士が聞き耳立てているかもしれないんだ。あまり下手なことは言えない。ジュディスも察したようで、何か言いたげなエステルへと視線を移した。

 

 

「これからどうするのかしら。また放っておけない?」

 

「この暴政が続いて大人たちがいなくなれば、次は子どもたちが砂漠行きになるかもしれません」

 

「でも、ヘリオードの時は、エステルの言葉でさえ聞く耳持つどころか、消そうとしてきたんだよ」

 

「消される前に闇に葬り去ります」

 

「言うと思った、止めろよ暗殺」

 

「サッと言って、パッと殺ってくるので」

 

「買い物感覚で殺人済ませんなよ」

 

「後生ですから」

 

「暗殺に来世賭けるなよ」

 

「いつもの掛け合いはいいから。あんたたちふたりは今は自分のことか、ほかのことかどっちか選びなさいよ」

 

 

私とエステルの不毛な攻防を止めたのは、ベットに腰をかけて腕を組んでいるリタだった。

私としても、キュモールを何とかしたいのは山々なんだが、首を突っ込むと話が余計ややこしくなること請け合いだ。

キュモールが執政官を名乗り、大々的に聖核狩りを行っているとしたら、彼の上司にあたるアレクセイ黒幕論が濃厚になってくる。

これ以上の深入り、いや、リタの言う通り、マンタイクの滞在さえ危うい。

 

 

「私はノードポリカを優先したい。もちろん、キュモールは捨て置けないけど……」

 

「桜はキュモールに狙われているのですよ。今ここで仕留めるべきです」

 

「仕留めるて、ここで皆がキュモールやっつけても、正式な手段で捕縛しないと意味ないんじゃないかな。

私はそれを踏まえて、ノードポリカにいるフレンさんに相談できればいいと思ったのに」

 

「フレンに相談するのはいい案です。そして恋に発展するのですね」

 

「どこをどうしたら発芽するんだよ恋」

 

「女性が困っているときに、男性が手を差し伸べる。これは恋の始まりでは?」

 

「出発さえせんわ」

 

「あ。そうでした。既にふたりは恋仲ですよね」

 

「エステルの人間相関図のブレが激しいんですけど」

 

 

エステルが訳の分からん理論を展開し始めたので、私は混乱しながら止めた。

駄目だ、彼女にフレンの話をすると、思いっきり話が脱線する。

私の真意に理解を示さない皇女の扱いに困っていると、ベッドの上で胡座をかいていたレイヴンが顎に手を当てながら、エステル、次に私へと視線を移した。

 

 

「フレンちゃんの話が出てくるといつもこうなのね、嬢ちゃん。

んだけども、ノードポリカにフレンちゃんがまだいるかどうかもわかんないよん」

 

「少なくとも、私がいることがわかれば、フレンさんは飛んでくると思う」

 

「あたしは反対よ。アホ騎士、いいえ、騎士団は信用できないわ。会うなら、あんたじゃなくて、お友達に任せてしまいなさい」

 

「そうね。可愛い騎士さんには悪いけれど、桜は騎士団に関わらない方がいいわ」

 

「2人とも、どうしてそこまで騎士団を悪く言うんです? 桜は騎士団の管理下にあるんですよ」

 

「キュモールの狙いがわからない以上は、それ全体に警戒すべきでしょう」

 

「そうですが、フレンまで……」

 

 

ジュディスに忠告されて、エステルは返事を言い淀んだ。

アレクセイが怪しいと踏んでいる私達はともかく、事情を知らないエステルが困惑するのも無理ないだろう。

彼女に話してしまおうかとも思ったが、確信が得られるまで、目につくもの全て放っておけない病持ちの彼女に話すべきではない。

リタも分っているのか、申し訳なさそうにエステルに向き直った。

 

 

「ごめん。別に皆がエステルの言うこと全てを否定してるわけじゃないの。

今でも詰め所で大いびきかいて寝てると思ったら、すんごくむかつくけど。

桜を連れまわして、ヘリオードみたいなことになったら厄介なのよ。わかってちょうだい」

 

「フレンを危険視することはないです。フレンはいつだって、桜のこと考えているはずです」

 

「そだけども、フレンちゃんって、隊長なんだよねーっ。小隊長の時とは違って、小回り利かないどころか、桜ちゃんのことまで気が回せるかな」

 

「うん。ボクもそう思うよ。なんてったって帝国騎士団隊長なんだもん。ノードポリカの闘技場のチャンピオンの件も気になるし、桜には悪いけど、あまりあてにしない方がいいんじゃないかな」

 

「可愛い騎士さんがどこまで頑張れるかはわからないけれど。

私たちが独断でキュモールを捕まえたところで、すぐに釈放されて同じことを繰り返すでしょうね」

 

「だろうなぁ、バカは死ななきゃ治らないつーしねぇ」

 

「――死ななきゃ治らない……か」

 

 

レイヴンはうんざり零した言葉を今まで黙っていたユーリが拾い上げた。

その表情はどことなく思いつめているような気がする。そんな彼から、何故だか、ラゴウを殺めた夜を思い出してしまった。

 

 

「ユーリ」

 

「なんだよ。そんな不安げな顔しなくっても、オレがいるって言っただろ」

 

「そうだけど……。また無茶なことしようとしてないよね?」

 

「今日は朝からエステルとの乱闘に砂漠越えでクタクタなんだ。ひとりで無理なんてしないよ」

 

「ユーリだもんなーっ」

 

「疑り深いやつだな。オレを代名詞に使うなよ」

 

 

私に見つめられて、バツの悪そうに目を逸らすユーリであったが、何かを思い出したかのようにアイテム袋からひとつの紙包みを取り出した。

 

 

「そうだ。お前、眠れなくて困ってただろ。パティから睡眠導入剤もらったんだ。試しに使ってみるか」

 

「ホント? やった! これで眠れる!」

 

「船酔いにも負けないうち特性の睡眠薬なのじゃ。桜の姉御が不眠症と聞いてな。

アイフリードの知識をフル活用してやったのじゃ」

 

「ありがとう。ユーリ、パティ」

 

「ははっ。どういたしまして。今日は今までの分まで、ぐっすり眠るんだぞ」

 

「桜の姉御のためなのじゃ。どうということはないのじゃ」

 

 

ユーリから粉薬を貰って、私はとびきりの笑顔で2人にお礼を述べた。

三大欲求が絶たれようとしている今、睡眠がとれるのは本当にありがたい。

お薬に頬ずりしたい気分になっている私を見たエステルは、クスリと笑って、強張っていた肩を落とした。

 

 

「これで動画撮り放題ですね」

 

「止めろよ!」

 

「撮られて減るもんじゃないでしょ。どーせ観るのはアホ騎士だけなんだから」

 

「私のメンタルが簀子のように秒で綺麗に削れるわ!」

 

「フレンの気を逸らすにはいい材料だと、私は思うわ」

 

「私のストレスマッハで胃袋貫通する材料ではあるわな、マジで」

 

「まあまあ、今日の所はもう寝よう。ボク、もう疲れちゃったよ」

 

「いずれフレンと結ばれるのじゃ。寝顔ぐらいいくらでも撮らせればいいのじゃ。うちはおやすみーなのじゃ」

 

「そうそう。ヤなことはさっさと忘れて寝よう寝よう。……あ、嬢ちゃん。動画できたら、おっさんにも観せてね」

 

「止めろつってんでしょ!!」

 

「興奮してたら、余計眠れないぞ。水用意しといたから、薬飲んで大人しく寝とけ、な」

 

「うう、ありがとう」

 

 

デリカシーのない皆に嘆いていると、ユーリが水の入ったコップを差し出してきた。私はそれを受け取り、パティ特性の睡眠薬を口に含んで、水で流し込む。

間もなくして瞼が重くなり、身体が弛緩し始める。これは期待できるかも。

眠気眼に私の顔を覗き込むユーリが映り込む。

 

 

「効果てきめんのようだな」

 

「うん、私、薬が切れる前に寝るね。おやすみ」

 

「ああ。おやすみ、桜」

 

 

ユーリが目元を緩めるのを見て、安心した私はぐっすり睡魔へと身を委ねた。

心地よい微睡の後、私は徐々に深い深い眠りにつき……ほどなくして、小さな物音がして、目が覚める。視界はまだ薄暗く、ベッドから身を起こして見回せば、皆ぐっすり眠り込んでいた。腕時計を見るとほんの1時間しか経っていない。

やっと眠れるかと思ったのにとガッカリしていたのもつかの間、ユーリの姿が見えないことに気が付いた。

 

 

「まさか……っ」

 

 

ユーリひとりでキュモールのところへ行ったのではないか。

いや、いくらなんでもそれは早合点だ、無茶が過ぎる。

私は一呼吸おいて、寝起きの熱でうだりそうになりながらも、宿屋の入り口の方へ向かってみた。

 

 

「監視の騎士がいない」

 

 

騎士とて人間だ。四六時中は見張りはできない、交代の時間なのだろうか。

とりあえず、火照った身体を冷まそうと、皆を起こさないように宿屋をそっと後にした。

外に出てると、満天の星空と気持ちい夜風が私を出迎えてくれる。

 

 

「気持ちいい。眠れないのは残念だけど、やっぱり夜って独特の高揚感があるよね」

 

 

私は大きく深呼吸しながら、前みたく街を散歩することにした。

しかし、おかしなことに、以前街のあちこちにいたはずの騎士がひとりも見当たらない。

自然と騎士の姿を捜しているうちに、街はずれまでやってきてしまった。

向こうの方には、私の行く手を阻むように流砂が広がっている。

 

 

「これ以上は結界の外か。……おかしいな。撤退するにしたって、そんな素振りはなかったのに」

 

 

馬車が壊れて修理するにしたって、こんな大人数を割く必要はない。なら、何故。

嵐の前の静けさ、というのか。嫌な予感がして、早々に宿屋へ戻ろうと回れ右したところ、目の前にひとりの男が立っていた。

 

 

「やあ。こんな夜更けにお散歩かい」

 

「キュモール……っ」

 

 

闇夜にも映える派手な鎧に身を包んだ青年が、ゆらりと私の前までやってきていた。

急いで逃げようと踵を返したが、進行方向は真っ暗闇の結界の外。その向こうには流砂が待っている。

逃げ場はないと理解した私を嘲笑うかのように、キュモールは一歩、また一歩私に近づいてきた。

 

 

「最近、マンタイクでキミを見かけたという情報があってね。僕直々にこの街にやってきたのさ」

 

「なんでここが?」

 

「宿屋の騎士を筆頭に、キミの行く先々で騎士を下がらせたんだよ」

 

「誘導されたの……?」

 

「最初は宿屋まで迎えに行くつもりだったんだけどね。ヘリオードのように下民どもの抵抗があったら面倒だ。

こうしてひとりで僕に会いに来てくれるなんて嬉しいよ」

 

「猛烈に会いたくなかったんだけど。……私をどうする気?」

 

「まずは僕と仲良くなってもらおうかな。これから長い付き合いになるんだ」

 

 

キュモールは私の前までやってくるなり、強引に私の右腕を掴んで、その胸に引き寄せようとした。

当然両足で踏ん張って拒絶し、右腕を振り払おうとするが、うまく引きはがせない。

思い切って左手で平手打ちを仕掛けたところ、その左腕さえ捕らえられてしまう。

 

 

「とんだ暴れ馬だね。これは調教が必要かな」

 

「ひゃっ!?」

 

 

キュモールに強く押し倒されて、砂に背中を叩きつけられてしまう。

仰向けになった私に、キュモールが覆いかぶさった。

好きでもないし、寧ろ嫌いな相手が至近距離で、しかも私に触れようとしている。

これまで経験したことのない状況に、全身の血の気が引き、続いて悪寒が全身を突き抜けた。

 

 

「……っ!」

 

「今頃泣いても遅いよ。僕の恐ろしさを身をもってわからせてやる」

 

「ぃ……っ」

 

「綺麗な肌だね。育ちは良いようだ。悪くない。悪くないよ。その顔」

 

 

声が出ない。全身が震えて、思うように動いてはくれない。

キュモールの足が私の股に差し掛かり、悪魔のような笑みが私に触れようとした瞬間。

キュモールの身体が私から離れて、大きく飛んだ。

 

 

「がはっ……ごほっ」

 

「テメェ、桜になにしてやがる」

 

「ゆ、ユー……リ?」

 

 

腹を抑えて身悶えするキュモールを鋭い眼光で睨みつけるひとりの青年が私のすぐ傍で立っていた。

星々の光で艶やかに靡く漆黒の髪、いつも整っていた眉目はややつり上がっている。

ユーリが助けに来てくれたんだ。

だというのに、私は未だ起き上がれないでいた。

暗がりよく見えないが、普段から想像できない冷たい表情に震えは収まらない。

ラゴウを殺めた時の彼なのか。人を殺めた時、こんな表情をしていたのだろうか。

怖い、いや怖がるな、これは彼の側面に過ぎない。ユーリはユーリなんだ。

そう自分に言い聞かせる私に気付いたのか、彼は安心させるような優しい微笑をこちらに傾け、抱き起してくれた。

 

 

「オレが来たから、もう大丈夫だ」

 

「ユーリ、なの?」

 

「ああ。お前の知ってるオレだよ。だから、怖がんなくていい。……怖がらないでくれないか」

 

「ごめん。私、私……っ」

 

 

いつものユーリだとわかると、私は大人しく腕の中に納まった。

彼の匂いや温もり、私を包む二の腕、それを強く強く彼を感じることで、今までの恐怖が一気に吹き飛び、涙となって内側から外へと吐き出される。

ユーリは子どものように泣きしゃぐる私を甘んじて受け止め、全てから守るように自分の胸の中へ深く包み込んでくれた。

温かい彼の中で気が済むまで甘えていたいと思っていたが、例の男によってその空気は壊されてしまう。

 

 

「き、き、貴様! ユーリ・ローウェル!? なんでここに!?」

 

「キュモール。テメェはやりすぎたんだ」

 

「こ、この……っ! 誰か! 誰かいないのかい!? 誰か――」

 

「……。桜、お前は先に宿に戻ってろ。オレもすぐに戻る」

 

「いや。私もここに残る。一緒に帰る」

 

「いつもの聞き分けのいいお前はどこに行っちまったんだ」

 

「ラゴウの時と同じことをするんでしょう。それは駄目。絶対に駄目。ユーリが汚れ仕事をすることない」

 

 

私は首を横に振って、ユーリの服を握りしめ、その胸に顔をうずめた。

二度とあんな怖い彼になってほしくない。彼の腕は誰かを殺めるためではなく、もっと別のことに使ってほしい。

そんな私の小さな願いを妨げるように、ユーリの背からキュモールの刃が降りかかった。

 

 

「貴様なんか、死んでしまえ!」

 

「ユーリ!」

 

「桜!」

 

 

ユーリが剣を抜くのが早いか、彼を押しのけようとした方が早かったのか、左肩に鋭い痛みが走った。

キュモールの剣には血糊が滴り、私の左肩には一筋の切り傷が開き、腕から手へ血が流れ始める。

微動だににしただけで、左肩から焼けつくような痛みが走り、思考を奪う。痛い。痛い、いいや、シャイコス遺跡の巨大ゴーレムのパンチに比べれば大したことはないはずだ。

私が傷を庇うように跪くとユーリが私の両肩を支えて、傷口を確認してくれた。

 

 

「桜! 下手に動くな! 傷は……クソッ。動かせるか、痛みはあるな」

 

「すんごく痛い、痛くて動かせない」

 

「神経はやられてないか。あんな無茶しやがって、お前は……っ」

 

「ごめんなさい」

 

「謝んな。……悪い。傷つけさせないって約束、破っちまったな」

 

 

ユーリは私と左肩を相互に見やり、苦渋の表情を浮かべた。

彼は悪くない。飛び出した私が悪いんだ。

ユーリに対して、自責の念にかられていると、腹を庇いながら逃げるキュモールが視界に入った。

 

 

「いけない。私のことより、キュモールを捕まえないと……っ」

 

「ぼ、僕は悪くない……っ! そこの娘が勝手に前に出て来ただけだ!」

 

「桜、この布をこうやって傷口に押さえつけて止血してろ。

用が済んだら、お前の鞄を取ってくる。それまでの辛抱だ」

 

「痛っ! ちょっと、用って――」

 

 

ユーリは私の左肩の傷に布を押し付け、私の右手で抑えるように指示すると、すくっと立ち上がった。

傷の痛みを忘れるほど、肌を刺すような空気が辺りに張り詰める。

ユーリはキュモールの方へ向き直ると、何の迷いもなく刀を抜き放った。

 

 

「ここまでしてくれたんだ。覚悟はできてんだろうな」

 

「僕と剣でやり合おうって言うのかい? い、いいともやってやろう――ぎゃっ!?」

 

 

ユーリは素早い太刀筋でキュモールの剣を弾き飛ばすと、返す刃で左肩を薙いだ。

左肩を深々と斬られたキュモールは、鮮血飛び散る左肩を抑えながら砂の上を転びまわる。

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛い! 僕の身体に傷が……っ!!」

 

「うちのお嬢さんに傷を負わせたんだ。まだ足りねぇよ」

 

「シャ、シャイコス遺跡の娘なら、手を引く! 今後一切手を出さない……っ! それでいいだろう!?」

 

「その保証はどこにある。悪党はどいつも同じことをほざくんだな」

 

「お、同じこと?」

 

「はしゃぎ過ぎたんだよ、キュモール。そろそろ表舞台から出て行ってくんねぇかな」

 

「キ、キミごときが、僕を傷つけた罪はおも――があああっ!?」

 

 

地を這うキュモールの左肩の傷にユーリの蹴りが入って、さらに痛みで転びまわる。

彼の後ろには、流砂が口を開けて待っていた。まさか――

 

 

「ユーリ! 駄目!」

 

「……」

 

 

私が制止の声を上げると、ユーリの動きがぴたりと止まった。

背中越しで表情こそ見えないが、キュモールの恐怖に歪んだ顔が安堵へと変わる。

 

 

「僕は悪くないんだ! 命令なんだ! 仕方なかったんだ!

……そ、そうだ。良いことを教えてやろう! そこの娘の利用価値だ」

 

「桜を、利用だと……?」

 

「そいつはエアルを吸収すればするほど、強力なエネルギー体となる聖核を内蔵しているんだ!

つまりは人為的に娘の中の聖核を育て上げれば、あのヘラクレスを越える力を得ることができるんだよ!」

 

「そのために桜はどうなるってんだ」

 

「多少は苦しむだろうけど、最終的には死ぬ運命なんだ。同じこ――ぎゃああっ!?」

 

「もういい。お前たちのバカさ加減にはうんざりだ」

 

 

ユーリが再びキュモールの傷口を蹴りつける。

苦痛に悶えるキュモールはなんとか身を起こし、必死にユーリから逃げようと、じりじり後退した。

 

 

「待て! こうしよう! 僕の権力でキミの犯した罪を帳消しにしてあげるよ! 騎士団に戻りたければ、そのように手はずもする! 金はたくさんある! 金さえあれば、どんなのぞみもかなえてあげる!」

 

「オレがお前に望むのはひとつだけだ」

 

「そ、それはなんだい……?」

 

 

ユーリは何も言わず、キュモールに近づいて行く。

片手には血がこびりついた刀を下げたままで。

キュモールは後ろへ後ろへ下がって良き、再び顔を歪ませた。

 

 

「く、来るな! 近づくな、下民が! 騎士団の隊長だよ! いずれは騎士団長となるキュモール様だ……!」

 

「ユーリ。待って、それ以上はいけない!」

 

「桜。お前まで、こいつなんかの命しょってく義理はないよ」

 

「ユー――」

 

「うわああああああっ!?」

 

 

ユーリが大きな一歩を踏み込んだと同時に、キュモールが足を踏み外して、流砂の中へ落ちて行った。

私は左肩の痛みを堪えて、ユーリの隣まで駆け寄り、流砂へ飲み込まれていくキュモールを注視する。

まだ下半身までしかのまれていないようだ。ロープか何かで引っ張り上げれば助かるかもしれない。

 

 

「ユーリ! あいつを助けないと! このままじゃあ、死んじゃう……っ」

 

「お前はあんなの見なくていい」

 

「うわっ!?」

 

 

ユーリは私を強引に横抱きにすると、その場を去ろうとした。

彼の横顔は、酷く冷たくて、私自身も身を強張らせるほどだ。

私が戸惑う間にも、後ろの方から、キュモールの悲鳴が聞こえてくる。

 

 

「うわああああっ! た、頼む! 助けてくれ! 許しておくれ! このままでは……このままでは!」

 

「ユーリ……っ」

 

「帰るぞ」

 

 

私が諫めようともユーリはキュモールを背にして、街へと足を運んでいく。

いけない、このままでは、またラゴウと同じだ。キュモールには酷い目に遭わされたけど、ユーリが手を汚すことはない、間違っている。

キュモールを助けるんじゃない。ユーリを救わなくてはいけないんだ。

これはきっと、私の独り善がりかもしない。でも……。

 

 

「ユーリがそんな顔するのは嫌……っ」

 

「桜」

 

 

嫌だ、ユーリひとりが罪を背負うことはないのに。

彼に守られてばかりの私に身を守る術が、危機に抗う術が、力があれば――!

そう強く願った瞬間、形容し難い感情が胸の内で暴れ始めた。

 

 

「つう……っ!?」

 

「傷が痛むのか、桜!?」

 

「これ、どうして……?」

 

 

懐が熱く感じて、手でまさぐってみると、フェローの羽根が出てきた。

きちんと鞄の中にしまっておいたはずなのに、何故こんなところに。

まるで始祖の隷長そのものの気配を発するそれに、私は完全に翻弄されていた。

 

 

「桜!」

 

 

私はユーリの腕から滑り降りると、一目散にキュモールの元へ駆け出した。

流砂に目をやれば、辛うじて頭だけはでているようだ。まだ間に合う。

手持ちにロープを出すような魔術はないが、助ける手段は存在する。

 

 

――トラクタービーム

 

 

私の意思に応えて、キュモールを宙へと浮かせた。

元々対象を空中に浮かせて叩き落す魔術だが、こういう使い方もあるはず。

落ちる前に、私は次の魔術を発動させる。

 

 

――アイヴィーラッシュ

 

 

地中からいくつもに植物のツタが伸びて、キュモールを拘束すると、そのままこちらへ引っ張り上げた。

多少乱暴なのは目を瞑ってほしい。地面に叩きつけられたキュモールは目を回しているが、命に別状はないのだから大万歳じゃないか。

彼女もきっと安堵の息を漏らしていることだろうと高を括っていたら、ユーリに後ろから抱き締められてしまった。

 

 

「こんな奴のために、無茶すんじゃねぇよ……っ!」

 

 

そのこんなやつのために、貴方が業を背負う必要はないと彼女は思っているんだ。

これくらいの無茶はする。

私は彼女のため、延いては皆のために動いているのだから。

 

 

「お前の身体はその桜自身だろ」

 

 

ああ、そうだった。早く左肩を治療しなくては、彼女の体力を消耗してしまう。

しかし、こうも彼を感じると意識がブレてしまい、保つのもままならない。

優しくて、心が安らぐ。こんなに温かい人なのに、どうしてこあのような冷徹な行為ができるのか。

"私"は不思議でならなかった。

 

 

「ユーリ、私……」

 

「ああ。戻ってきたんだな、桜。

……言いたいことはわかってる。けど、その傷を治すのが先だ」

 

「――その役目は僕に任せてもらおう」

 

 

聞き覚えのある声が近くでした。もちろん足元で気絶しているキュモールではない。

声の主の元へ視線を移せば、白と空色を基調にした鎧を身にまとった、精悍でいてどこか少年のような金髪碧眼の青年がマントをはためかせて、こちらにやってきていた。

彼の姿を確認するなり、私は慌ててユーリから身を離す。

 

 

「フレンさん」

 

「挨拶や再会の言葉や言いたいことは山よりたくさんあるけれど」

 

「挨拶だけ置いてって頂けませんか」

 

「その傷は放ってはおけない。いいね」

 

「一蹴ですか、聞く耳もたねーですか、説教は不可避ですか。……はい」

 

「今から治癒術を施す。エアル酔いが辛いなら、早く言ってくれ」

 

「お願いします」

 

「うん。いくよ、――聖なる恩恵を、キュア!」

 

 

フレンが私の左肩に手のひらを向けて魔術を発動させると、治癒の光が私の左肩を包み込み、跡形もなく傷を消し去った。

間もなくしてエアル酔いが襲い掛かると身構えていたが、しばらくしてもそれは起こらない。

 

 

「…… あれ?」

 

 

きょとんとしている私からフレンも察したのだろう。彼は空色の瞳を丸くして、驚いているようだった。

 

 

「気持ち悪くないかい?」

 

「大丈夫みたいです」

 

「おっさんの妙な回復技も平気だったからな。エアルに耐性がついてるんだろ」

 

「……」

 

 

ユーリが何気なくフォローを入れるものの、フレンの表情は重いままだ。

もしかしてだけど、キュモールとの一連のやり取り全てを見られたのではなかろうか。

そうとなれば、この清廉潔白な男が見逃すはずがない。

 

 

「フレンさん……」

 

「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しまない。桜、君を狙う者はもういない」

 

「……本当に?」

 

「そうか。ここに転がってるキュモールひっ捕らえりゃあ、出世の足掛かりになるな。オレら、あいつらのところへ戻るから」

 

「ユーリ。まだフレンさんには……」

 

「行くぞ、桜」

 

「ユーリ、桜」

 

 

私の手を引き、街へ戻ろうとするユーリであったが、フレンが声をかけてきた。

けれども、ユーリの足は止まらない。フレンもそれを知っていて、言葉を続けた。

 

 

「後で話がしたい。湖の傍で待っている」

 

「……わかった」

 

「やっぱり……」

 

 

背中からそう告げられて、ユーリは押し殺した声で、私は頭痛がしながら頷いた。

フレンの目に触れてしまったんだ。後戻りはできない。

果たして、生真面目な彼相手に「ベリウスに会ってから話すね!」なんて通用するのだろうか。

フレンとの間に不穏な空気が流れたまま、私たちは流砂を後にし、街へと向かった。

 

 

 

 

 

街へ戻るとキュモール隊はフレン隊に残らず捕らえられ、執政官の暴政から解放されていた。

それは街の人々のリアクションから、一目瞭然である。

夜空に花火が咲き乱れ、人々は飲めや歌えや踊れや騒げのどんちゃん騒ぎだ。

部外者である皆も例外なく巻き込まれ、カロルとパティは街の人と一緒にダンスし始め、なんとリタもノリノリでそれに続くという貴重なシーンを拝めた。

レイヴンもいい歳して子どもたちと一緒にはしゃいで、早々に疲れて爆睡し、エステルはキュモールを正式に成敗するべく、剣を研ぐという歪みないスタイル。

ジュディスは黙々と飲み食いを続け、問題の私とユーリはというと、ラピードと一緒に宿屋で静かにその時を待っていた。

 

 

「ユーリは行かないの?」

 

「お前の行くところなら、どこだって行くさ。お前こそ、皆と遊びに行かないのか?」

 

「ユーリが行かないなら行かない」

 

「そっか。オレ、お前の国の歌とか聴いてみたいんだけどな」

 

「何を唐突に。BGMなしにソロで歌えとか何の拷問」

 

「料理作ってる時、鼻歌歌ってただろ。あれでもいいよ」

 

「聴いてたの……?」

 

「結構良かったと思うんだけどな」

 

「忘れなさい」

 

「嫌だ」

 

「く……っ。こうなれば、エステルの手で物理的に忘れて頂くしかないようね」

 

「エステル使うのは卑怯だぞ」

 

「メンタル的な意味での正当防衛よ。……て、こんな話してる場合じゃないのよ。フレンさんだよ、フレンさん……っ!」

 

 

ラピードが横になって耳をピクピクしている間にも、フレンとの会合の時間は刻々と迫っている。

何の下準備も無しに会話に応じたら、ラゴウを殺したユーリの罪やら、私が始祖の隷長だってのもバレてしまう。

あわあわしだす私を余所に、ユーリは至って冷静であった。

 

 

「ま。なるようにしかならないんじゃないか。オレはいずれこうなることは覚悟していたしな」

 

「覚悟って……捕まっちゃうかもしれないんだよ? そもそも、ここって殺人未遂の罪とかあったっけ? わからないけど、とにかくラゴウの件だけでも隠し通さないと」

 

「無理だろうな。フレンなら、いつか突き止めちまうはずさ」

 

「そんな……」

 

「まずはオレのことより、桜、お前のことだろ。フレンだって、そっちを一番に気にしてる」

 

「私……? 始祖の隷長のこと?」

 

「それもあるが、キュモール助ける時に魔術を使ってるとこ、もろに見られてるだろうぜ。どう説明すっかな……」

 

「く、首の拡散魔導器を武醒魔導器と偽って、使えるようになりましたーっとか」

 

「向こうにはリンゴ頭がいるんだ。そんくらいの見分けはつくだろ。

ここは素直にベリウスの回答待ちで行くか」

 

「あのフレンさんがそれで納得する?」

 

「しないだろうな。あの頭の固いフレンが首突っ込まないわけがない。

大方自分たちの機関、アスピオで調べるとか言い出すだろ。そして、お前はアレクセイの手に……か。笑えねぇな」

 

「かと言って、下手なこと喋ると、アレクセイさんの耳に入っちゃうよね」

 

「だから、全てはベリウスで通すしかないわけだ。皆にもそれで通している分、フレンにもそれでひとまず手打ちにしてもらうしかないよ」

 

 

ユーリがそう言い終わるや否や、宿屋の戸が開き、皆が街のお祭り騒ぎから帰ってきた。

かなり満喫できたのか、キュモールが捕まる前に比べて、その表情は各段明るい。

レイヴンなんかは眠ったままで、カロルが引き摺る形で連れてこられても、まだ起きないでいる。

 

 

「ただいまーっ」

 

「おかえり、皆。カロルもよくレイヴンさん運んでこれたね」

 

「叩いても引っ張っても起きないんだよ。ユーリ、ベッドまで運ぶの手伝って」

 

「しょうがねえな」

 

「エステル、街の様子はどうだった?」

 

「とても楽しかったです。本当はこんなに賑やかな街だったのですね」

 

「エステルは延々剣を研いでいただけだけどね。ホント殺る気満々なんだから。

街の連中もはしゃぎすぎ、バカ騒ぎも良いところだわ」

 

「リタだって楽しんでたでしょ? ダンス上手だよね」

 

「今すぐ頭を差し出せ、ガキんちょ。一発くれてやる」

 

「リタさんが魔術使う時って、なんだか舞っているようで綺麗だよね。

やっぱりダンスも得意なんだ。観てみたかったかも」

 

「そ、そう? じゃあ、今度見せてあげてもいいけど……」

 

「何? この扱いの差!」

 

 

私が素直な意見を述べると、リタはリクエストに応えてくれて、カロルは自分の扱いを嘆いた。

皆各々腰を据える中、私は一際賑やかな海賊少女の姿が見えないことに気付く。

 

 

「パティはまだ外に?」

 

「はい。街の人たちと踊っています。皆さんノリがいい人ばかりで。ジュディス加わりませんでしたね」

 

「料理が美味しくてつい、ね。この街が解放されて良かったわ。本当に」

 

「フレンが来てくれるとは思いもしませんでした。これも桜との愛の力です」

 

「ははは……。愛じゃなくて執念の間違いじゃないかな」

 

「結婚への執念です?」

 

「話ぶっ飛ばすの好きだな、エステルさん」

 

「ハッピーエンドは早い方がいいので」

 

「バッドエンドの間違いだろ」

 

「じゃあ、オレはそのフレンに挨拶でもしてくっかな。きっと、桜に会いたがってるだろうしな」

 

「う、うん」

 

「ふたりとも?」

 

 

ユーリは私を促すと、きょとんとするエステルの横を通り過ぎ、宿屋の外へと出て、私もそれに続いた。

お祭り騒ぎも下火になり、飲んだくれか、踊り疲れたのか、道端で眠る人がチラつく街を私たちは通り過ぎて行く。

そうして、ユーリの後について進んでいくうちに、湖の傍で腰を掛けているひとりの騎士を見つけた。

 

 

「フレンさん、お待たせしました」

 

「平気だよ。ふたりとも、立ってないで座ったらどうだい」

 

「そうさせてもらおうぜ、桜」

 

 

暗に長話になると言われたような気がして、ちょっと気が遠くなりながらも、ユーリがフレンに背を預ける形で腰を据えたので、私も習って2人に背を向ける形で腰かけた。

2人の表情がまったく読めない。けれども、背中からでもフレンの疑念の気持ちが伝わってくるのは、私の気のせいだろうか。

しばし黙り込む私たちであったが、最初に切り出したのはユーリだった。

 

 

「話があんだろ。用がないなら戻るぜ」

 

「……ユーリ、君は何故、キュモールを殺そうとした。

人が人を裁くなど許されない。法によって裁かれるべきなんだ」

 

「なら、法はキュモールを裁けるのか? ラゴウを裁けなかった法が? 冗談言うな」

 

「君は……。いや、桜がキュモールを助けなければ、君は危うく殺人犯になるところだったんだ」

 

「ああ、そうだろうな。法はいつだって、権力者の味方だ」

 

「だからといって、個人の感情で人が人を裁いて良いはずがない! 法が間違っているのなら、まずは法を正すことから始めるんだ。その為に僕は今も騎士団にいるんだぞ!」

 

「悪党が今死んで救われたやつがいるのも事実だ。お前は助かった命に、いつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!」

 

「そうは言わない!」

 

 

かつてのトリム港のように、ユーリとフレンの持論がぶつかり合う。けれども、今回のユーリは逃げない。

わかってる。ユーリがしてきたことで救われている人たちの中には、私も含まれているのだから。

 

 

「フレンさん。ユーリのやってることは、本当に許されないことなの?」

 

「もちろんだ。法によって秩序が成り立つ以上、個人的な感覚で殺人を犯すことは許されない」

 

「じゃあ、今の私はいません。ユーリがいなかったら、とっくの昔に死んでいたもの」

 

「それは……」

 

「いるんだよ。世の中には人が死ぬまで傷つける悪党が。キュモールだってそうだ。

自分の力を誇示するためだけに、桜をいたぶり殺そうと狙い、襲ってきた!」

 

「だから、殺そうとしたのか」

 

「ああ、だからなんだ。……お前なら、法の裁きとやらが下るまで、桜が弄ばれて殺されんの指くわえて待てんのか」

 

「そんなこと出来るはずがないだろう!」

 

 

フレンの口から、かつてないほどの怒声が発せられて、私は竦み上がった。

毎回彼の説教に怯えてはいたが、こんなに感情を露わにしたのを見たのは初めてかもしれない。

私は小さく深呼吸してから、フレンに声をかけた。

 

 

「フレンさん、私は無事ですから」

 

「すまない。君を驚かせてしまった」

 

「確かにユーリのやってることは間違ってるかもしれない。けど、そうしないと私が危ない目に遭っていました。

……たくさん、助けられたことがあったんです」

 

「桜。君は僕の知らないところで、計り知れないほど恐ろしい目に遭ってきたんだね。

出来ることなら、僕が君の傍にいたかったよ。君の隣で守りたかった」

 

「なら――」

 

「それでもユーリのやり方は間違っているんだ」

 

 

私が弁解しようとしても、堅物フレンには通用しない。この世界には裁判とか、もっと融通の利く法律はないんだろうか。フレンはそれを叶えようと、騎士団で頑張っているんだろうけれど、ユーリが話した通り、私のような弱い存在にそんな猶予はない。

頭を抱える私に気付いていないのか、フレンはユーリへと矛先を戻した。

 

 

「ユーリ。君の価値観だけで、悪人全てを裁くつもりか。それはもう罪人お行いだ」

 

「わかってるさ。わかった上で、選んだ。人殺しは罪だ」

 

「わかっていながら、君は自分の手を汚す道を選ぶのか」

 

「選ぶんじゃねぇ。もう選んだんだよ。こうでもしなきゃ、守れるものも守れねぇんだ」

 

「守る……。桜のことか」

 

「私……?」

 

「こいつも含めてな」

 

 

ユーリは言うなり、私の手に自分の手を重ねてきた。

いきなりのことで全身が火照りそうになったものの、考えてみれば、今は互いの顔がうかがえない状態なのだ。声に出さなきゃわからない。

私は今自分がどんな顔をしているのか理解しないまま、ユーリの大きな手を黙って受け止めることにした。

 

 

「キュモールがいなくなっても、こいつは狙われ続ける。それを解決するにはベリウスやフェローに会う必要が出てきたんだよ」

 

「それは桜が魔術を使えるようになったことにも関係しているのか」

 

「さあな。それを含めて連中に会いに行くんだ」

 

「桜。聞かせてくれ。君に一体何が起こったんだい?」

 

「それは言えません」

 

「何故かな?」

 

「ベリウスに会って、確証が得られるまでは、説明できないんです」

 

 

よーし、言っちゃったぞ。嘘は言ってない。私の別人格なんかはデュークでもサッパリだったのだ。

しかも、黒幕が狙っているだろうエアルを吸収してパワーアップし続ける私の聖核についても謎だらけ。

このままわからん路線で突っ切ろうとしたところ、やはりというかフレンは否定から入った。

 

 

「駄目だ。始祖の隷長は危険だと話しただろう。君をみすみす恐ろしい魔物の元へ行かせられない。

わからないことがあるというのなら、騎士団が預かろう。アスピオの研究者と協力すれば、きっと何か得られるはずだ」

 

「そのアスピオの連中は信用できるのか。桜の命を預けるに値すんのかよ」

 

「ウィチルは信頼できる人物だ。それに桜は騎士の管理下にある。君が勝手をしていい存在じゃない」

 

「翔は物じゃないんだぞ」

 

「そうです。私自身のことは、私で決めます。

それに始祖の隷長は悪い存在じゃない。コゴール砂漠で私たちが遭難しかけた時も助けてくれた。話の通じる相手です」

 

「しかし、始祖の隷長は人の街を襲った」

 

「あれは……」

 

「桜。わかってほしい。僕は君に傷ついて欲しくない。君がいなくなるのが恐ろしいんだ」

 

 

フレンはそう告白すると、私の手に自分の手を重ねた。

二度目のドッキリに、私は今度こそ声が出そうになる。2人とも何考えてるんだ。下町の青年たちの思考はどちらも同じだということか。

両手を塞がれて、右往左往する私に、フレンは更に畳みかける。

 

 

「君を手放したくない。君のことをもっと知りたい。……君を守りたいんだ。以前も話しただろう。任務だからじゃない。僕個人、心の底から願っているんだ」

 

「でも、説明は……」

 

「わかっていることだけでいいんだ。話してはくれないかい。僕を信じてくれ。……安心させて欲しい」

 

「不安にさせるだけですよ」

 

「構わない。君の力になりたいんだ」

 

「任務じゃないんですよね。誰にも言わない……?」

 

「約束しよう」

 

 

私の手を握るフレンの手が強くなる。と同時に、ユーリの方の手も固く握られた。

フレンは私のことを知りたがっているが、ユーリは反対なのだろうか。

2人はあんなに信頼し合っている仲なのに、ユーリの殺人未遂を経て、すれ違っている……?

 

 

「ユーリ?」

 

「オレもフレンもお前に対する気持ちは同じだ。けどな、進む道は分かれちまった」

 

「だから、僕には話せないというつもりか。君の独善的な行動に、彼女を関わらせてはいけない」

 

「独善的なのはどっちだ。現に桜を追い詰めているのは、帝国なんだぞ」

 

「例の件か。僕の方でも犯人を追っている。桜、今すぐ、僕の所へ来るんだ。今のユーリの元にいたら、また今回のようなことなる。これまでもそうだったんだろう」

 

「確かに危険な旅だったけど……」

 

「今度こそ、君を守る。守れる立場になったんだ。危険な目には遭わせたりしない。だから……」

 

「桜の道を選ぶのは、桜自身だ。オレたちじゃない」

 

 

ユーリに言われて、フレンは黙り込んでしまった。

私のことは私で決める。今まであれこれ言って傍で見守っていたユーリが私に選択肢を出してきた。

ユーリについて行くか、フレンの隊に守ってもらうか。

もちろん答えはすでに出ている。私はフレンの手から離れ、ユーリの手を握り返した。

 

 

「私はユーリと一緒に旅を続ける」

 

「ああ。オレについてこい」

 

 

私が断言すると、ユーリは強く私の手を握りしめて立ち上がり、私も手を引かれて腰を上げた。

街から微かに漏れる光から、彼の柔和な表情がうかがえる。私の選択は間違っていないはずだ。

フレンはユーリと向き合い、続いて私の方へ青い瞳を傾け、首を横に振った。

 

 

「君はわかっていない。ユーリがやろうとしていることは、罪人の道だ。君まで巻き込まれてしまう」

 

「それでも、私は行かなきゃいけないんです。私は私の問題に決着をつけなきゃいけない」

 

「ごめん、桜。僕だって、君の意思を尊重したい。だが、騎士として、ユーリの罪を見過ごすことはできない」

 

「フレンさん……っ!」

 

 

フレンはそっと目を伏せたかと思うと、ユーリを睨み、腰の剣に手を伸ばした。ユーリも気づいて身構えようとした時だ。

背中から新たな気配が生まれた。

 

 

「フレン隊長、こちらでしたか」

 

「ソディアさ――」

 

 

後ろの方から、フレン隊のソディアの声がして振り向こうとしたところ、ユーリに手を引かれて、フレンから引き離されてしまった。

フレンにはまだきちんと説明していない。ユーリはそれを望んでいないのか。これでは、フレンと袂を分かつ感じになってしまう。

そのまま私たちは湖の畔を歩いて、どんどんフレンから離れていく。

背後の方から聞こえてくる彼らの会話も小さくなっていった。

 

 

「どうした、ソディア?」

 

「ノードポリカの封鎖、完了しました。それと、魔狩りの剣がどうやら動いているようです。急ぎ、ノードポリカへ――」

 

 

フレン隊がノードポリカを封鎖した?

ベリウスの捕縛というのは、本当にフレン隊が行っていたのか。なんてことだ、ベリウスに会いにノードポリカへ向えば、フレンとかち合うことになってしまう。

その時になったら、ユーリとフレンが戦うことになるんだろうか。先ほど、フレンが武器を手に掛けたように。

戸惑いながらユーリに手を引かれていた私であったが、意を決して足を止めた。

 

 

「ユーリ。私、フレンさんとは戦いたくない」

 

「悪いな。辛い思いをさせちまって」

 

「ううん。ユーリが悪いわけなじゃない。だけど……」

 

「簡単に割り切れないと思うが、オレたちが選んだ道はそういうことなんだ。両方を選ぶなんてマネは出来なんだよ」

 

「うん。そうだね。わかってるつもりなのに」

 

「オレを選んだこと、後悔してんのか。……今すぐフレンのところへ向えば、間に合うかもしれないぞ」

 

「ううん。ユーリについていくと決めた。それは間違ってない。けど、フレンさんの気持ちを蔑ろにしたような気がして」

 

「……。お前、結構気が多いのな」

 

「違うよ! いや、どういう意味なんだよ! なんだその蔑んだ瞳は! ユーリもフレンさんも私を守ろうって気持ちは同じなんでしょう!?」

 

「そうか。お前はそういう風に……」

 

「どんな風なの?」

 

「いいや、こっちの話だよ。さて、また皆を心配させる前に宿屋へ戻らないと」

 

 

ユーリが私の手を引いて、街の方へ足を踏み込んだところ、ひとつの影が私たちに近づいてきた。

ピンとたった耳に、長い尻尾、キセルを加えた一匹の成犬が私たちの元へやってくるなり、ユーリの隣で座り込んだ。

 

 

「ラピード?」

 

「何かあったの?」

 

 

どうしてこんなところにラピードがいるんだと思い来や、続くように目の前から人影が飛び出してきた。

 

 

「ディバイドエッジ」

 

「うおあっ!?」

 

 

木の陰から剣片手に突っ込んできたのは、我らの恐怖の象徴エステルさんでありました。

ユーリは私を庇いながら、寸でのところで彼女の一撃をかわす。一歩遅ければ、胴を貫かれていただろう。彼は私を背にしたまま、辛うじて刀を抜くのを抑えて、身構えた。

 

 

「エステル、お前……。聞いていたのか」

 

「はい。全て聞かせて頂きました。動画もバッチリです」

 

「バッチリ違うわ。ぐっさりの間違いだろ。私の携帯電話でこれ以上盗撮を重ねるな。もしかして脅迫する気じゃないでしょうね……っ!?」

 

「いいえ、フレンと桜の夜の逢引を取ろうとした結果、収録してしまったのであって、決して貴方を脅すつもりはありません」

 

「ユーリは揺する気満々なんだな……」

 

「なるほどね。エステルはオレが怖いから攻撃してきたんだろ。嫌なら、旅はここまでにするんだ。フレンと一緒に帰れ」

 

「わたしが攻撃したのは、桜とフレンの障害になるからです」

 

「本当にブレないんだな……」

 

 

エステルびビシィッと指さされて、ユーリはくったり肩を落とした。いい意味でも悪い意味でも揺るぎないお姫様である。

彼女はしばらくユーリを睨んだ後、剣を収めて考え込んだ。

 

 

「ユーリがやろうしていることは法を犯しています。でも、わたしはわかりません。

ユーリのお陰で救われた人、桜だって助けられました」

 

「いつか、お前にも刃を向けるかもしれないぜ」

 

「受けて立ちます」

 

「おい!」

 

「ユーリは意味もなくそんなことをする人ではありません。

もしわたしに刃を向けることがあるとすれば、わたしに間違いがあったときです」

 

「間違いって?」

 

「いつもいつもわたしが攻撃しても、ユーリは一度も応戦しませんでした。本当に間違っているなら、迷いもなく刀を抜いていたでしょう」

 

「変なところで冷静なのな……」

 

「これはつまり桜とフレンの仲は間違っていないと、認めている証拠なのです!」

 

「認めてねぇよ」

 

「フレンとユーリは好敵手と書いて、ライバルです?」

 

「なんでまた剣構えようとしてんだよ」

 

「障害となるならば成敗です」

 

 

再び身構えるユーリに、剣呑な空気を漂わせながら剣を引き抜こうとするエステル。この皇女本気でブレない。

彼女はユーリを気迫でけん制しつつ、私に目配せをした。

 

 

「桜、今なら間に合います。フレンの元へ行きましょう」

 

「行かないよ! 全部見てたんだろ、私はユーリと一緒に行くの!

忘れたの? 私たち、ベリウスに会いに行かなくちゃいけないでしょう!」

 

「ハッ!? そういえばそれがありました!」

 

「忘れんなよ!」

 

「桜の謎が解けない限り、フレンと結婚できません!」

 

「不吉な幻想抱くなよ!」

 

「わたしには、真っ新な桜をフレンに差し出す義務があります!」

 

「どこで発生した!? んな恐ろしい義務! 捨ててしまえ、砂漠の果てに!」

 

「仕方ありません。ベリウスに会うまで、ユーリとは休戦します」

 

「戦ってたのか、オレら……」

 

「わたしはいつも桜のために戦っています」

 

 

エステルはぎゅっと拳を握って、意思表明をした。

漫画だったら、集中線と効果音にドォンと爆発音が背後で響いて良そうな勢いである。

ユーリは面倒くさそうに頭を掻いた後、大きなため息をついて、エステルを見つめた。

 

 

「その様子だと、フレンと一緒に帰る気はなさそうだな」

 

「当然です。わたしは桜とユーリと旅を続けます。続けたいんです。ふたりと旅を続けていると、わたしも見つけられそうなんです。私の選ぶ道が……。だから……」

 

 

エステルは言葉を選ぶように俯き、可愛らしくもじもじした後、ユーリに近づき、手を差し出した。

 

 

「これからも、よろしくって意味です」

 

「……ありがとな」

 

 

ユーリは自分の手をしばらく見つめた後、エステルの手を握り、握手を交わした。

その様子を見ていた私はひとまず安心して、胸をなでおろす。エステルは、フレンとの会話を聞いた上で、ユーリを受け入れてくれたようだ。

フレンの問題が残っているが、エステルに関してはこれで一件落着……と思ったら、皇女の目が怪しく光った。

エステルは握ったユーリの手を引っ張り、腕を掴むと、勢いのまま彼を背負って、身体全身のばねを使い、思い切りぶん投げる。

地面に叩きつけられて、呻き声を上げるユーリを確認すると、胸を張ってこうのたまった。

 

 

「成敗です!」

 

「なんで一本背負い!?」

 

「桜を困らせた罰です」

 

「本音は?」

 

「桜を困らせて喜ぶ輩は皆滅んでしまえばいいのです」

 

「ユーリさん! ユーリさん! 起きて! 目の前に私ごときで殺人を犯す悪女がここにいる!!」

 

 

元気いっぱいのスマイル浮かべる皇女に私は震え上がりながら、仰向けに倒れたユーリの身を揺すった。

本当の敵は身内にいたわ。狂気がそこにいるわ。悪魔がそこに立ってるわ。

一生懸命ユーリの身体を揺さぶった甲斐があったのか、彼はゆっくり目を開いて、こう呟いた。

 

 

「……しろか」

 

「何、ユーリ?」

 

「お前の下着」

 

「エステルさん、やっておしまい!」

 

「はいです!」

 

「エステル仕掛けるのは反則だって言っただろ……っ!」

 

 

かくして、マンタイクから執政官は去り、無事に街は解放され、キュモールの問題は解決された。

お祭り騒ぎで浮かれる人々の陰で、フレンとユーリの討論があり、今正に皇女の刃がユーリに襲い掛かってることなんて、誰が知る由があるだろうか。

私たちはこれからノードポリカへ行って、ベリウスに会う。

フレン隊の動向が気になるが、私たちはやらなくてはいけないんだ。私が人間に戻るためにも。

後ろの方で、逃げるユーリと剣を片手に襲い掛かるエステルの批難や罵声が聞こえて来てるが、私は聞こえないふりをして、ラピードの背中を撫でながら、一番星を眺めていた。

 

 

 

 

 

■続く■




ヨームゲンからマンタイクです。
やった! ヨームゲンから脱出できた! 迷宮から抜け出せました!
原作と違って、キュモール生存させたけどいいんだ。夢小説ですから!
フレンの扱いも何とかしたい、挽回したいけれども、次のお話はノードポリカです。
そもそも、いつもの長文でスムーズに進められるかどうか、きっと無駄にだらだらするんだろうな。

次回は、先述のとおり、ノードポリカです。
ついにベリウスか、そして魔狩りの剣なんですよね。頑張ります!



瑛慈 翔
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