明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

43 / 50
【第43話】この世界で私たちはいつか出会い

凛々の明星の初めての仕事は惨敗だった。

ボクたちはエステルの依頼でフェローに会いに行くために、街や海、洞窟とか様々な苦難を乗り越えて、砂漠まで踏み込んだ。けど、出てくるのは魔物やおっきな虫、変な化け物だけで、肝心のフォローはいなかった、つまりは依頼失敗ってことさ。

せっかくユーリたちとギルドを立ち上げたのに、最初の依頼もこなせないなんて、皆に申し訳ないよ。

ユーリは無理もないって言うけどさ、フェローに会うことは桜からのお願いでもあったんだ。あの喋る魔物、ううん、始祖の隷長に会って、自分のことを知りたいんだって。

 

 

確かに最近の桜は出会った頃に比べて、随分変わった思う。

見た目とか性格とかじゃなくてさ、能力って言った方がわかりやすいかも。

前までは少しのエアルでもくたくたになってたのに、今ではレイヴンの回復技を受けてもピンピンしてるくらいになった。

幽霊船の時は、聖核を見つけ出すことができるようになったし、砂漠ではあの不気味な魔物の気配まで辿れるようになったんだ。びっくりするでしょ。

 

 

でも、もっと驚いたのは、武醒魔導器なしで、ボクたちと同じように戦えるようになったことさ。

素手で魔物をドカンって殴ったり、リタやレイヴンの魔術をババッとマネしてみたり、とにかくすごかったんだから。

 

 

どうして急にあんなことができるようになったんだろう。

桜に聞いてみたかったけど、本人から話してくれないってことは、他の不思議な能力と一緒で、フェローに会わないとわからないのかな。

自分のことがわからないまま、どんどん変わっていくなんて怖いよね。本当に辛いのは桜の方なのかも。

 

 

ボクたちにできることは、ユーリやリタに協力して、桜に起こっていることを解明させるために頑張ることだよね。

きちんとわかるまでは、あまりこのことには触れないでおこう。直接聞いても、桜を困らせるだけだもん。

 

 

そう心に決めて夜眠ろうとしたら、またユーリと桜が戻ってこなかった。

またふたりしてデートなのかな。なんでこそこそ夜にするんだろう。レイヴンに聞いたら、大人の事情だって。またそうやってボクを除け者にする。

凛々の明星の首領としては、ギルド内の恋愛は止めたくないけど、こうも黙って行かれちゃ困るよ。

ユーリと桜に注意したのに、ユーリは適当に流しちゃうし、桜なんかはデートのところから違うって言ってきたんだ。

……あれ? ユーリと桜は付き合ってるんじゃなかったっけ?

 

 

どっちにしたって、出て行くならひとことくらい欲しいよ。

まあ、話しても話さなくてもエステルが黙ってないけどね。今回だって、エステルがケータイ片手に飛び出してって、最後にはユーリのお腹にパンチ入れてたんだから。ホント2度目なのにユーリも懲りないなぁ。

ボクもあれくらいの度胸と腕っぷしがあれば、ナンにだって……。

ううん。ナンのことは気になるけど、目の前のことを頑張らないと。次のことを考えなくちゃ。

 

 

エステルの依頼もこなせなかったし、これからどうしようかな。

ヨームゲンは穏やかで落ち着ける場所だけど、ボクはダングレストがいいや。でも、ギルドの皆はどうだろう。

ユーリは下町出身だし、ジュディスはコゴール砂漠の北の山の中に住んでたらしいし、桜なんて遠いところだって言うじゃないか。

 

 

……うーん。凛々の明星の拠点はひとつに絞らなくちゃいけないよね。

ダングレストは実質天を射る矢の街だし、いっそのこといちから街を作っちゃう?……なんて、ボクには無理だよね。駆け出しギルドのボクたちじゃあ、経験も知識も実績も、何もかもが足りないよ。

そう考えると、ギルド戦士の殿堂の街ノードポリカ、それを治める総領ベリウスはすごいや。

フェローと同じ始祖の隷長が人間の街を統治してるんだよ。

しかも、ドンと肩を並べるほどの存在なんだから、どんな人なのか一度は会ってみたいな。

 

 

そんなことを考えていたら、ユーリと桜がそのベリウスに会いに行くって言いだしたんだ。

賛成、大賛成だよ!

ボクも会ってみたいと思っていたところだし、桜の問題が解決するならいいよね! 凛々の明星として、ギルドメンバーのお願いは放っておけない!

ひとりは皆のために、皆はひとりのためになんだから。

 

 

皆の目的地がノードポリカで一致して、まずはマンタイクに戻ってきたんだけど、そこでは執政官で騎士団隊長のキュモールが暴政を強いていたんだ。

フェローを殺して死体をもって来させるために、街の大人たちを借り出して、砂漠に放り出してたんだよ。アルフたちの両親だってそうさ。

ボクが馬車の車軸を壊すことで、しばらくは砂漠行きを止めることはできたけど、根本的な解決にはならない。

 

 

キュモールを何とかしないとって皆と話し合ったけど、結局ボクたちではどうにもできなくて、諦めてひと眠りしたら、なんとフレンがキュモールを捕まえてくれたんだ。

こんな奇跡がある? すごいよね、ユーリ! ……ユーリ?

桜もふたりして、なんで暗い顔してるの?

街が解放されて皆お祭り騒ぎなのにらふたりだけ神妙な面持ちだった。

キュモールがいなくなったのに、どうして暗い顔してるのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界で私たちはいつか出会い

 

ぶつかり合うのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンタイクの朝は変わらず厳しく、刺すような日差しと乾いた熱風が私の肌を撫でてくる。そんな堪らない暑さにさらされながら、旅支度を済ませた私たちはノードポリカに向かうために、宿屋の前に集合していた。

 

マンタイクはキュモールの圧政から解放されて、平和を取り戻しつつある。

しかし、私としては生かしたキュモールへの処遇が気になるし、何よりフレンと仲違いになってしまったのが心苦しい。彼は私のことを諦めてくれただろうか、次に会えた時きちんと話ができるだろうか。

よもや問答無用で監禁ルートまっしぐらじゃなかろうな。

……一生エンカウントしない方がいいのでは。

 

さまざまな悩みに苛まれても、私がやることはすでに決まっている。

ノードポリカにいるベリウスに会い、私の真実を詳らかにし、人間に戻る方法を手に入れなければ。

こんなところで、迷っているわけにはいかないと決意を固める私の気を削ぐように、宿屋からレイヴンが大きな欠伸をしながら出てきた。

 

 

「ふわあ……。良く寝たわ」

 

「おっさんが最後なのじゃ。寝過ぎて目がとろけとるのじゃ」

 

「何!? それは大変! 桜ちゃんに嫌われちゃう!」

 

「大丈夫。私の中のレイヴンさんはクソ怪しいと胡散臭いで構成されてるから」

 

「あ、そう。なら安心……て、おい!」

 

「ふざけてねぇで、シャキッとしろよ、おっさん。これからカドスの喉笛通んなきゃならねぇんだからな」

 

「おっさん、桜ちゃんの前ならキリッとしてるよーっ。ふははっ」

 

「ウザい。障害が完全になくなったわけじゃないでしょ。用心するに越したことはないわ」

 

 

リタの言う通り、海凶の爪やプテロプス、エアルクレーネの脅威がなくとも、カドスの喉笛には魔物がいる。

それにフレンと別れる間際に聞こえたノードポリカの制圧という言葉が引っかかった。

現にマンタイクの街を見回してみるものの、昨晩街を守ってくれた騎士たちの姿がひとり見当たらない。

 

 

「やっぱり、フレンさんがベリウスの捕縛を……?」

 

「桜、フレンを捜しているのです?」

 

「あ、うん。ちょっと話したいことがあって」

 

「残念です。私も撮り貯めた動画を見せたかったのですが」

 

「やめろ」

 

「ふんだんに盛り込んだレパートリーの数々で貴方とフレンは急接近です」

 

「めったくそに敷き詰められたグロ動画の数々で私とフレンさんの間に難攻不落の絶壁が生まれるな」

 

「貴方とフレンを引き裂くものは、わたしが全て破壊しますので、安心ください」

 

「私の安心はたった今吹き飛んだわ! 破壊してんのは私の人権だ!

そもそも盗撮やめろつっただろ!?

んなもん突きつけられたら、余計フレンさんとの仲がこじれるわ!」

 

「余計ってなんなのさ。桜はフレンと話してきたんじゃないの?」

 

 

きょとんとするカロルにツッコまれて、私は返事を躊躇った。

話と言っても、ほとんどはユーリとフレンだけで、私はあまり話せていない。特に私の事情についてだ。

始祖の隷長のことは無理だが、せめて私の身に何が起きているかぐらいは説明してもよかった気がするんだが、隣りにいるユーリがそれを許さなかった。

 

 

「フレンは任務で大忙しだったからな。こいつとはまともに話せてねぇんだよ」

 

「言われてみれば、昨日までたくさんいた騎士がいないね。撤収したのかな」

 

「珍しいわね。アホ騎士のことだから、意地でも桜を説得して連れていくと思ったのに」

 

「……説得はしてきたけどね……」

 

「疲れた顔してどうしたの、桜?」

 

「な、何も! フレンさんたちがここに居ないってことは多分、次の任務で夜のうちにノードポリカへ向かったんじゃないかな」

 

「あっ、フレン隊は闘技場の魔物騒動の後処理しているんだね。それで戦士の殿堂に協力を仰いでるんだ」

 

「それはどうかな。あいつら、ノードポリカを封鎖するって話してたぜ」

 

 

ポンと手をうつカロルをユーリはやんわり否定した。やはり彼も私と同じくフレンとソディアの話を聞いていたようだ。

そのフレンの迅速な行動に、ジュディスは眉をひそめた。

 

 

「悪い人を捕えて早々、街を封鎖するなんてね。

人魔戦争の件を鵜呑みにして、ベリウスの捕縛をしようとしているのかしら?」

 

「まさか、いくら相手がフレン隊でも、戦士の殿堂がそう易々と後れを取るとは思えないよ」

 

「カロルはそういうけど、このままノードポリカへ行ったら、多分騎士団とのゴタゴタに巻き込まれちゃうよ。かといって、次の新月まで待ってられないし……」

 

「焦る気持ちはわからんでもないよ、桜ちゃん。んでも、俺様としては、騎士団とは出来るだけ関わり合いたくないんだよねぇ~っ」

 

「そりゃ、オレや桜もそうだよ。万が一桜が捕まったら、ザーフィアスまで連れて行かれちまう」

 

「何故です? フレン隊であれば、桜を快く受け入れてくれるはずです」

 

「そうだといいんだけどね」

 

「リタ?」

 

 

リタが難しい顔で意味深な返事をすると、エステルは不思議そうに小首を傾げた。

フレンの動向もそうだが、アレクセイ黒幕説が拭えていない。騎士団そのものを警戒しているユーリやリタ、ジュディスや私のことなんて、エステルたちは知らないだろう。

かといって、確証が得られないまま、彼女たちに不安を与えるわけにはいかない。私たちは今わかっていることを共有するべきだ。

 

 

「ほら、フレンさん、私が始祖の隷長に会うのを反対してるって話したでしょう。危ないから駄目だって」

 

「やはりフレンは桜のこと大切にしているのですね」

 

「うん、まあ、そうなんだけどね」

 

「んじゃあ、フレンちゃんは桜ちゃんとベリウスとの会合を阻止するかもしんないってわけだ。

ノードポリカ行きは止めといた方がいいんでない?」

 

「次の新月までまた待つ気なの? ……冗談じゃないわ。

エステルは立場弁えずに旅続けてるわ、桜はいろんなやつに狙われてるわ、こっちはもたもたしてらんないのよ」

 

「あれ? リタ。桜を狙ってるのはキュモールじゃなかったの?」

 

「そのケバい騎士の処遇が決まるまでは、桜のこと、放っておけないでしょ。あいつ、トロロヘアーつれてたのよ。

海凶の爪が雇い主失って、諦めてくれるとは思えないわ」

 

 

リタから思いもしない指摘をされて、カロルだけでなく、私まで動揺が走った。

言われてみれば、海凶の爪はラゴウやバルボスの時から、私を狙い続けている。

ユーリもリタと同じ考えだったのか、腕を組んで目を落とした。

 

 

「あいつらが意味もなく依頼主を転々としてるとは考えにくい。また適当な寄生先見つけて、桜を狙ってくるかもな。

尚のこと急いでベリウスに話を聞いて貰わねぇと」

 

「わたしも満月の子について、ベリウスに話があります」

 

「うちはノードポリカへ行かないと船を動かせないのじゃ。船がないと麗しの星を捜す旅に出られないのじゃ」

 

「すべてはノードポリカだな」

 

「あたしの件、カドスの喉笛のエアルクレーネも忘れないでね」

 

「ああ、道中何事もなければ好きにすればいいさ。行こうか皆」

 

「うん。けど、慎重に、慌てず急いでね」

 

 

ユーリが皆を促す傍から、カロルがヘリオードのようにまた念を押してきた。

騎士団が相手になるかもしれないから、大事にしたくないのはわかるけど、これまで大体が武力行使で片付けてきたんだから、慎重にも何もあったもんじゃないんだが。

無事ノードポリカに辿り着けることを祈りつつ、私たちはマンタイクを後にし、カドスの喉笛へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

眩しい太陽と砂漠の照り返しで、全身から汗がにじみ出ながらも、私たちはカドスの喉笛を目指した。

滴る汗を拭いながら、砂の上を踏み抜いていると、前方からやってきた大きなリュックを背負った男とすれ違う。

エステルが行儀よく挨拶をすると、彼は足を止めて、私たちを呼び止めた。

 

 

「皆さん、カドスの喉笛へ?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「カドスの喉笛は封鎖されてますよ。あそこだけではありません。山脈も全て、ノードポリカへ続く道は塞がれています」

 

「ノードポリカの封鎖。本当だったのね。あの可愛い騎士さん」

 

「可愛い……か知りませんが、今ノードポリカは危険だとか。免状があっても通してくれませんでした」

 

「免状ってなんですか?」

 

「知らないのですか、シルククロークのお嬢さん。免状と言うのは、帝国が我々のギルド幸福の市場に発行した国内を自由に行き来できるものですよ」

 

「お兄さん、カウフマンさんのギルドメンバーだったんだ」

 

「その帝国公認の幸福の市場でも行けなかったの? ノードポリカが危ないって一体……」

 

「わかりません、騎士団に止められましたから。私はマンタイクへ戻るとします」

 

 

幸福の市場の商人はそう言って頭を下げると、私たちが来た道を歩いて行ってしまった。

ノードポリカを封鎖しているとは聞いていたが、カドスの喉笛までその手が及んでいたとは想定外だ。

私たちが互いに難しい顔を見合わせる中で、ひとりケロッとしていたパティはユーリの腕を掴んできた。

 

 

「海の幸は諦めて、今からマンタイクに戻るか?

うちはユーリと一緒なら、ちょっとくらい構わんのじゃ」

 

「海の幸はともかく、ここで足止め食らうわけにはいかないだろ」

 

「わたしが頼み込んではいけないでしょうか」

 

「困った顔しながら剣構えるの止めて、エステル」

 

「わたしにかかれば、騎士団のひとりやふたりや10人、ちょちょいのズバッです」

 

「ズバッは駄目! 何だその不吉な擬音語は!?

騎士団に殴り込んで殺戮の限りをしつく気か、貴様……っ!」

 

「フレンもわかってくれるはずです。……武力とこの動画をもってすれば」

 

「肉体言語は止めろ! チンケな娘の動画なんぞ交渉材料にもならんわ! よもやグロ動画で失神させてからブッ刺してく気かよ!? 嫌なコンボだな、おい!?

フレンさん、私たちを帝都に戻したがってるんだよ。見つかったら最後、ザーフィアスに強制送還だよ!」

 

 

自信たっぷりに携帯電話を掲げるエステルに、私は堪らず正論突き出しツッコんだ。

……いや、彼女のことだから大量の屍を乗り越えてでも、ノードポリカへの道を作ってしまうかもしんない。

騎士団壊滅を危ぶんでいると、のほほんと構えるレイヴンが速攻彼女の案を却下した。

 

 

「まあ、嬢ちゃんの物騒な案はボツとしてよ。実際、入り方は状況を見てからでいいんでない?

……その後が問題なんだけども」

 

「入った後?」

 

「カドスの喉笛、こっちからもノードポリカからも封鎖されてんでしょ。中に入ったら、容易に外に出られないってこと想定しとかなきゃってことよ。

んでもって、こっちには捕まるとまずい嬢ちゃんと桜ちゃんがいる。少年の言葉を借りるけど、慎重にねーっ」

 

「大丈夫だろ。行って確かめてみようぜ」

 

「青年ってば、今回は割と気楽なのね。いつもはうちのお嬢さんがーとかなるのに。

この期に及んで、まだフレンちゃん信じてるのかね」

 

「この目で確かめなきゃ始まらねぇだろ」

 

「そうね。百聞は一見にしかずとも言うわ」

 

「本当にフレンさんがいるのかな……」

 

「さてな。そん時はそん時だ。向こうがお前を狙ってくるようなら、殴ってでも正気に戻してやるさ」

 

 

拳を構えるユーリに元気づけられても、マンタイクでの2人の口論が頭をよぎり、私の気はすぐに落ち込を出しまう。

もしもユーリとフレンが戦うことになったらどうしよう、その時私に何ができる。

そうやって悩みつつ、皆と共に再び薄暗くて冷たいカドスの喉笛の入り口にまで入り込んだのだが。

洞窟に入って間もなく、騎士たちと馬のような魔物が視界に入り、私たちは一目散に岩陰に身を隠した。

あれが件の封鎖なのか、騎士はともかく魔物は何だ。

エステルは騎士の姿たちを確認すると、険しい表情を浮かべた。

 

 

「あの鎧は……フレン隊です」

 

「フレン隊が封鎖しているって本当だったんだね。でも、あの魔物はなんだろう」

 

「騎士団で飼いならしてるんでしょうよ。怪しいったらありゃしないわ」

 

「フレンらしくねぇ部隊になってんな。まったくあいつ、何やってやがんだ……」

 

「フレンさん、ここまでして……」

 

 

騎士たちを睨むユーリを見て、私の中の実直なフレン像がますます揺らいだ。

正義感の強い彼が魔物を使ってまでノードポリカを封鎖にかかるなんて、そこまでしてベリウスの聖核が欲しいというのか。

密かにフレンへの不安を募らせていると、誰かが私の背中を突ついてきて、危うく声が出そうになる。そろりと振り返った先には、パティがイタズラっぽい笑みで私を見つめていた。

 

 

「おっさんと桜の姉御、耳を貸せ。良い作戦があるのじゃ」

 

「んーっ。面倒ごとは勘弁よ」

 

「ビックリしたじゃない、パティ。こそこそと何がしたいの?」

 

「おっさんは魔物に矢を放って暴れさせるのじゃ」

 

「ヤーよ。目立っちゃうじゃないの」

 

「褒美に桜の姉御の件をなんとかしてやってもいいのじゃ」

 

「マジでか……やるやる!」

 

「私のって、なんのこと、パティ?」

 

「こっちの話なのじゃ」

 

「私の名前が出てきている時点で、そっちの話じゃないでしょう」

 

「桜の姉御にが迷惑かけない話なのじゃ。……物理的に」

 

「怪しいんですけど……っ」

 

「まあまあ、それでおっさんが桜の姉御に何してこようもんなら、うちが蜂の巣にしてやるのじゃ」

 

「本当でしょうね」

 

「桜の姉御には嘘つかないのじゃ」

 

「……私は何をすればいいの?」

 

「桜の姉御にはおっさんが攻撃した後、手前の騎士にソーサラーリングをぶつけて欲しいのじゃ。その後にうちが煙幕を張って、皆ですたこらさっさなのじゃ」

 

 

パティはそう言うと、入り口に一番近い騎士を小さく指さした。

騎士の手には魔物の手綱が握られている。なるほど、そういうことか。

私たちがひそひそ話をしていると、ユーリが怪訝な顔をして私に声をかけてきた。

 

 

「桜。パティに変な事吹き込まれてんじゃないだろうな」

 

「ちょっとここを突破する算段をしてたんだよ」

 

「そうそう。やましいことなんてないない。

桜ちゃん、協力してくれるよね?」

 

「レイヴンさんの褒美ってのがやましさ大爆発なんだけど」

 

「あー……。それはそれってことで。

ほら、桜ちゃんが皆の役に立つ絶好の機会よ。頑張んないとね」

 

「私にできることならやるよ。けど――」

 

「さあ、桜ちゃんもやる気になったことだし、俺様も頑張っちゃおう」

 

 

私の言葉を遮ったレイヴンは張り切って弓矢を構えるなり、標準を魔物へと定める。キリキリと弓を引き、ピタリと矢の切っ先が定まったところで、真っ直ぐ一本の矢を放った。

彼の矢は一直線に魔物の鼻先を掠め、壁に突き刺さって爆発する。

突然の火花に驚いた魔物は暴れだし、周りの騎士たちに襲おうとするも、手綱を持った騎士が懸命に止めていた。

 

 

「桜の姉御!」

 

「わかってる!」

 

 

パティの声に応えて、私は手前の騎士目掛けてソーサラーリングを放った。

光弾を受けた騎士はあっけなく地面にひれ伏し、魔物の手綱を離してしまう。

大暴れする魔物により混乱に包まれる騎士団、その横を素早くすり抜けようとして、見知った女性騎士の姿が私の視界を過ぎった。

 

 

「ソディアさん?」

 

「桜! 貴方が何故……!?」

 

「構ってる暇はねぇ! 今のうちに行くぞ!」

 

「貴様は、ユーリ・ローウェル!! 皆のもの、黒衣の男から少女を――何!?」

 

「ふたりとも、もたもたするでないのじゃ!」

 

 

ソディアに気を取られる私の手をユーリが引っ張っるその後ろで、パティの煙幕が広がり騎士団の視界を奪う。

去り際、ユーリを憎々し気に睨むソディアの顔が目に焼き付いた。彼女は変わらず彼を目の敵にしているのか、このまま刺してくる勢いである。

殺気立つソディアを捨て置いていいものが懸念を抱きつつも、私はユーリに手を引かれるまま、皆とともに洞窟の奥へと進んでいく。

間もなくして、プテロプスと戦った広間までたどり着き、ジュディスから足を止めた。

 

 

「ここまでは追ってこないようね。まずは一安心かしら」

 

「そのようだ。しかし、桜やおっさんが派手に動くとはな。珍しいこともあるもんだぜ」

 

「私は出来ることをやっただけよ。レイヴンさんは知らないけど」

 

「なーんてことないない、桜ちゃんの協力とパティちゃんの助言あってよ。

人間、ご褒美があるとがんばれるってもんじゃない?」

 

「何、その怪しいご褒美。……って、おっさん、なんで桜を見つめてんのよ」

 

「ヒ・ミ・ツよん。パティちゃん、約束は守ってよね」

 

「ヒ・ミ・ツなのじゃ」

 

 

レイヴンはにんまりとパティにアイコンタクトを送ると、さっさと洞窟の奥へと進んでいってしまった。

その足取りと言ったら、今にもスキップしそうな勢いである。

本当に何なのだろうと彼の背を目で追っていると、ユーリはパティに詰め寄っていた。

 

 

「何を約束したかは知らねぇが、桜に関わるなら全て無しだぞ」

 

「ユーリも心配性なのじゃ。桜の姉御に危害を加えるようなことではないのじゃ」

 

「うちのお嬢さんに妙な手を使ってくるなら、いくらパティでも容赦しないぜ」

 

「なんじゃ、女子の情報くらい。ユーリは意外と狭量なのじゃ。でもそんな独占欲が強いユーリも好きなのじゃ」

 

「勝手に身内を調べて情報を売るようなヤツに狭量なんて言われたくねぇよ」

 

「激おこぷんぷんなのか?」

 

「当然だろ」

 

「仕方ないの。ユーリにだけ、特別に教えてやるから、耳を貸すのじゃ」

 

「わかった」

 

「わかった、じゃねーよ! 止めろよ個人情報! 守れよ私の秘密!」

 

 

私の抗議を無視して、ユーリはサッと身をかがめてパティに耳を傾けた。

パティが何かささやいた途端、ユーリは目を見開き、私を頭からつま先まで凝視する。

その只ならぬ雰囲気に私がおののく中、ユーリは大きく頷きこうのたまった。

 

 

「よし、この情報は開示不可だな。誰にも喋るんじゃねぇぞ、パティ」

 

「ユーリにそこまで言わすとは、やはり貴重な情報なのじゃ」

 

「何聞かされたんだよ!?」

 

「知らない方がいいぞ」

 

「そーはいくかよ! クールなあんたのオーバーリアクション見せられて黙っていられるか! 明らかに異常事態だろ! パティ! 今すぐ吐け、吐くんだ!」

 

「桜の姉御はいつになく過激なのじゃ。そんなに揺すったら朝食を吐いてしまうのじゃ」

 

「この際、嘔吐しても構わん!」

 

「なんと御無体な。自分のサイズくらいわかるはずなのじゃ」

 

「私のサイズ……って、まさか」

 

「桜の姉御のスリーサイズなのじゃ」

 

 

パティがこともなげにとんでもないことをのたまったことで、洞窟内がしんと静まり返った。

ユーリは私から目を逸らし、カロルは目をパチクリさせ、ラピードは小首を傾げている。

ニコニコしてるジュディスを除いた女性陣が身構える中、私は再びパティの両肩を掴んで思い切り揺すった。

 

 

「そんなもん、やられた覚えはないわよ! いつの間に!?」

 

「マンタイクで睡眠薬をやった時に、ちょこっとな」

 

「それもっと詳しく!」

 

「エステルさん!?」

 

「フレンに伝えなければなりません!」

 

「止めて、私が爆死する! と言ってる傍から、メモ取るなよ!」

 

「動画ですか!?」

 

「同じじゃボケ!」

 

「しかし、ユーリは知ってしまいました!」

 

 

エステルがビシィッと指さした先には、私から大きく目を逸らすユーリのお姿が。

私は真偽を突き止めるべく、彼に詰め寄った。

 

 

「いくつって言われたの!? 虚偽報告かもしれないわ! こそっと教えなさい!」

 

「確認する必要あんのかよ」

 

「パティが思いっきり盛った可能性があるでしょ!」

 

「オレには本当のサイズを知ってほしいとか」

 

「ちが……っ!」

 

「桜、今更恥ずかしがることはないでしょう。ヘリオードで視認されてるんだから」

 

「目測できるのか、ジュディス!?」

 

「うちは嘘の情報など提供しないのじゃ。ちゃーんと上から順にきちんと調べたのじゃ。間違いはないのじゃ」

 

「なるほど、パティの情報に間違いはないとなると、お前……」

 

「何だ物珍しそうな目は!?」

 

「意外と……いや、なんでもないよ」

 

「目を逸らすなよ!」

 

「バカっぽい。桜は好きな相手ならともかく、不特定多数に知られたくないから怒ってるんでしょ」

 

「リタさん、わかってる!」

 

「要は桜のスリーサイズを知った輩は片っ端から墨屑にすればいいのよね」

 

「それは違う!」

 

 

リタが宣言するなり、ユーリとパティ目掛けて魔術をぶっ放そうとして、私は慌てて止めた。

確かに燃やしてほしい案件だが、パティはともかくユーリは知らずに聞いてしまったんだ。

ここは私が辛抱すべき案件だろう。……いや、パティだけはやっぱり倒して欲しいかもしんない。

 

 

「とにかく! 私が確認できない以上は、その情報の信ぴょう性は皆無よ!」

 

「合ってると思うんだがな」

 

「なんなら、もう一度計ってみるか。もしかしたら、成長しているかもしれんのじゃ」

 

「ふさけんな」

 

「ならば、リタ姐の言う通り、好きな相手に真実を伝えればいいのじゃ。うちの情報など聞き流せばよいのじゃ」

 

「そ、そりゃあそうだよね」

 

「そうなるか……」

 

 

パティに当たり前のごとく言われて、私はなんとか納得し、ユーリは考え込んだ。

なんでそこで彼が悩む必要があるんだろうか。

リタはその様子を見て小さく嘆息すると、洞窟の奥へと身を翻した。

 

 

「もういいでしょ。パティは余計な面倒事起こすんじゃないわよ」

 

「リタ姐がそう言うなら、最後の手段にとっておくのじゃ」

 

「封印しろ」

 

「パティもなかなか図太い根性してるわね。まあ、喋った傍から聞いた輩を燃やせばいいわ。どんまいよ、桜」

 

「何という地獄絵図」

 

「あんたのことなんだからしょーがないじゃない」

 

「放火殺人事件を私のことで片付けるな」

 

「桜の件はあたしがまとめて成敗する、はいおしまい。

ここにはエアルクレーネを調べに来たんだから、遊んでないで急ぐわよ」

 

「何度も言うけど慎重に進もう。特にユーリは武力行使控えてよね」

 

「わかってるよ、首領。

桜もその気になったら、いつでも教えてくれていいんだぜ」

 

「教えねーよ!」

 

「確かめなくていいのか?」

 

「その手には乗らんわ!」

 

「慎重にって言ってるのに……」

 

 

カロルの願いも虚しく、私たちはそんな掛け合いをしながら、カドスの喉笛の中心部であるエアルクレーネへと足を運んだ。

途中、レイヴンと合流して、迫りくる騎士や魔物を撃退していく。フレン隊が相手で少々気が引けながらも進んでいくうちに、先頭を走っていたユーリがやっと足を止めた。

戦いながら走ったせいか、カロルは息も絶え絶えだ。

 

 

「ふーっ。もう追っかけてこないみたいだね」

 

「なかなか楽しかったのじゃ。おっさんとのコンビプレーは特に楽しいのじゃ」

 

「いやいや、これぞパティちゃんのブレインと俺様のテクニックの融合ってね!

桜ちゃん、いつでも俺様の隣は空いてるぜ」

 

「虚無っていいよ、永遠に」

 

「お願い! おっさんの寂しさを埋めて、桜ちゃん!」

 

「いつも以上に張り切ってんな、おっさん。……パティ、絶対喋んなよ」

 

「心配無用なのじゃ。おっさんの扱い方は心得ているのじゃ」

 

 

ユーリがパティに釘を刺している間にも、レイヴンは両手を頭の後ろで組み、飄々とした物腰で騎士団の様子を鑑みていた。

 

 

「それにしても、騎士団の連中。こんな危険なとこまで封鎖しちゃうとか、本気でノードポリカを孤立させる気みたいねぇ」

 

「魔物まで使うなんて、正気沙汰じゃないわ。一体何考えてるのよ、あんたのお友達は」

 

「あいつがこんなマネするとは思えねぇんだけどな。こっちに桜がいるって知ったら、飛んでくるだろうってのに」

 

「下まで指示が行き届かない。上からは理不尽な指令が来る。

隊がでかくなって、細部まで手が行き届かなくなってくるんでないかね」

 

「随分と詳しいのな、おっさん。流石は天を射る矢の参謀ってわけか」

 

「組織ってのもなぁ。どこもそんなもんでしょ」

 

 

レイヴンの言う通りなら、フレンはこの事態を細かく把握していない。もしくは――

 

 

「フレンさんは無理矢理こんなことやらされているってこと?」

 

「問題はフレンがどこまで本気かってとこだ。

猫目の姉ちゃんは、お前を見て驚いてたからな。フレン隊にしてみりゃあ、オレらの侵入は予想外ってところだろうが、それならそれでこっちは予定通り、ベリウスに会いに行くまでだ」

 

「そうですね。ノードポリカに行けば、フレンに会えるはずです」

 

「会うと困るのはこっちじゃないかしら。桜が捕まってしまうわよ」

 

「フレンはそんなことしません。話せばきっとわかってくれます。桜がお願いすれば、きっと……」

 

 

ジュディスの忠告に対して、エステルは大きく振りかぶった。

エステルはここまできてもフレンを信じているようだ。

そんな彼女を見て、私の考えも揺らぎそうになる。やはり、この状況はフレンが望んだものではないのではないか。

 

 

「私としては、フレンさんと会えたなら、もう一度きちんと話がしたいんだけど……」

 

「フレンと話ってのは、諦めた方がいいな」

 

「ユーリ」

 

「もっと落ち着いてからにしとけって意味だよ、頭から否定してんじゃない。

今のフレンの部隊は見ての通りの状態だ。あいつがどんな心境か推して知るべきだろ」

 

「……。そうだね。フレンさん、よくないことをやらされていそうな気がする」

 

「みたいだな。オレもあいつがどこまでやる気は知りたいところだが、まずは目的を果たさねぇと」

 

 

ユーリの言い分はごもっともだ。

私達の目的を見失ってはいけない、けれど。

 

 

「ノードポリカまで武力制圧されてないよね?」

 

「制圧だなんて、いくらフレンが相手でも戦士の殿堂が黙っちゃいないよ」

 

「と言うわけだ。リタ、悪ぃな。エアルクレーネ調べる時間もあんまなさそうだ」

 

「うー。調べようにも、追手を気にしながらじゃ、無理か……」

 

「時間が惜しいな。とっとと行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと、また腕引っ張るの止めてよ!」

 

 

ユーリはリタに時間がないことを告げると、私の腕を掴んで洞窟を歩み始めた。

約束を交わす前と同じで、今の彼には少し余裕がないようにも見れる。

カロルもユーリの様子が見て取れたのか、小さく唸った。

 

 

「なんかユーリ、いつもに増して桜に積極的だね」

 

「なんだかんだ言って、お友達のこと気にしてんでしょ。

いざかち合った時、桜ちゃんを守んないといけないわけだしさ」

 

「桜の姉御を賭けた戦いになるのか?」

 

「ひとりの女性を賭けた男の熱い戦いに……って、もしかしてパティちゃん、よからぬこと企んでる?」

 

「エステルと一緒にフレンの勝利を模索するのじゃ」

 

「ですね!」

 

「ですねじゃねーよ! 嫌だよ、ザーフィアスまで強制送還!」

 

「アホなこと考えてないで、さっさとエアルクレーネ調べに行くわよ! ただでさえ時間ないんだから!」

 

 

状況を顧みない方向へ活気付くパティのエステルに、私とリタのツッコミが飛ぶ。

フレンとぶつかった時、彼女らまで立ちはだかったらどうしよう。

何度も頭に過る不安に捕われながらも、私たちはあのエアルクレーネのある湖へと辿り着き、最後尾のジュディスが後方を確認した。

 

 

「今のところ、騎士団は追ってこないようね」

 

「じゃあ、リタ、手短にな」

 

「わかってるわ。……やっぱり完全にエアルの噴出が収まってる。あの魔物が、どうして……?」

 

「またエアルが出たりしないです? でしたら、桜が危ないのでは……」

 

「あ。それは大丈夫かな。今はまったくエアル感じないよ」

 

「あんたが何も感じないってことは、魔物があれでエアルを制御したってことになるのね」

 

「リタ、このエアルクレーネのエアル噴出ってのは、定期的に起きるもんなのか?」

 

「可能性は低いわ。もしそうなら、ケーブ・モック大森林のように洞窟の生態系に異常があるはずよ」

 

「オレらはあん時いなかったからわからねぇんだが、なんでまたエアルが噴出したんだ」

 

「おっさんたちにもわかんないのよ。いきなりだったもんだから」

 

「そこが問題なのよね。何かがエアルクレーネに干渉しエアルが噴出したんだろうけど、それが何かがわからない。聖核、それとも魔導器……?」

 

「ガルルルルッ!」

 

 

リタが腕を組んで考え込む間にも、鉄が重なる音が遠くから聞こえてくきて、ラピードが唸り声をあげた。

フレン隊か、あれだけ距離を引き離したというのに、ここまで追ってきたというのか。

ユーリは小さく舌打ちして、またもや私の腕を掴んだ。

 

 

「隊長に似て、クソ真面目な騎士共だぜ。いくぞ、桜」

 

「わかったから、腕引っ張るの止めてよ」

 

「――ユーリ・ローウェル! 桜を離しなさい。さもなくば、ここで討つ!」

 

「ソディアさん!?」

 

「また面倒なのがやってきやがった」

 

 

私たちが来た方向からソディアと2、3名の騎士がぞろぞろとやってきてしまった。

彼女はノール港でユーリと出会った時のように、刺すような瞳で彼を睨みつける。

怒れるソディアは私がユーリに引っ張られるのを見て、更に激昂した。

 

 

「貴様、また桜をたぶからしているな! 許せん!」

 

「別にたぶらかされてませんよ、至って正常ですよ、私は」

 

「男に騙されている女性は皆そう言うんです」

 

「ええ~……?」

 

「お陰でフレン隊長の胃薬の量は増える日々。言うこと成すこと貴方のことばかりなのです」

 

「それはご愁傷さまです」

 

「ついでに貴方の元へ行こうとするフレン隊長を止める私の胃酸が凄いことに」

 

「養生して下さい、ソディアさん」

 

「桜、一刻も早くフレン隊長のもとへ戻って下さい! あの人には貴方の養分が足りない!」

 

「なんだよ、養分て!?」

 

「要するにお前を心配するあまり傍に置いとかねぇと気が済まなくなってきてるんだろ。

任務か何かは知らねぇが、自分の部隊がこの有様じゃあ、話にならねぇな」

 

「貴様が、……貴様が桜を連れて行かなければ、フレン隊長はここまでしなかった」

 

「それはどういう意味です?」

 

「フレン隊長は桜のために……いいえ、失礼ながら、貴方でも明かすことはできません。

エステリーゼ様は、一刻も早く我々とともに帝都へお戻りください。お願いします」

 

 

エステルの問いに、ソディアは一瞬苦しそうな表情をしたのもつかの間、首を横に振り、真顔でエステルに懇願した。

このフレン隊の過激な行動は私のせいだというのか。マンタイクの夜、フレンではなくユーリを選んだから。いや、フレンが私なんかで血迷ったマネするはずがない。

私が戸惑っている間に、私たちとソディアたちの間に煙幕がたちに上った。

 

 

「呑気に話し合っている場合ではないのじゃ。取り囲まれる前にとっととずらかるのじゃ」

 

「そうそ。フレンちゃんが気になるのは仕方ないけど、自分の目的忘れちゃいやよ」

 

「わかってる。桜」

 

「うん!」

 

「お待ちください! フレン隊長には貴方が――」

 

 

ソディアの言葉を最後まで聞き届けることもなく、私たちは洞窟内を突き抜けた。

途中、魔物や騎士団をやり過ごしながら、暗がりの中を進んでいくうちに、入り口近くまで辿りつく。

あともう少しで出られるというところで、私たちは騎士の姿に気付いて、またもや岩陰に隠れた。

 

 

「うーん。ここにも騎士がいるんだね」

 

「まあ、当然押さえてるわな。俺様、まじめな騎士をあんま無体なことしたかないわ……」

 

「待ってください。あれ、フレン隊ではありません」

 

「ありゃあ、シュヴァーン隊か。デコボコ、おまけにルブランまでいやがる」

 

 

私たちが目を見張る先には、ザーフィアスやハルルの街まで追いかけてきたルブラン一行が立ち塞がっていた。フレン隊が動いているのは知っていたが、シュヴァーン隊まで加わっているとは、思ったより大がかりな任務のようだ。

それにしては、彼らは生真面目なソディアと違って、気だるげな感じであった。

 

 

「私は悲しいのであーる」

 

「何故に、栄えあるシュヴァーン隊がフレン隊のお手伝いなのだ!」

 

「ええい! 文句を言うな! 文句があるなら、結果を出せ!

ノードポリカの封鎖を見事成し遂げ、エステリーゼ様を城へお連れし、桜殿を保護するのだ」

 

「キュモール隊の情報では、エステリーゼ様と桜殿はマンタイクにいるのであーる」

 

「こんなところでもたもたしている場合ではないのだ」

 

「助け出したいのは山々だが、フレン殿が任務遂行までの辛抱だ」

 

 

デコボコは愚痴を吐き、ルブランはそれを叱咤しながらも、彼らは共通してエステルと私を捜したがっているようだった。

彼らの数であれば、ユーリたちでゴリ押しできるかもしれないが、荒事は避けたいし、ソディアたちに追いつかれる可能性がある。

どうにか一瞬にして、彼らをやり過ごす方法はないか。とか思考を巡らせているうちに、後ろの方から私を呼ぶ声がした。

 

 

「――桜! お願いですから、私たちのもとへ戻って下さい!」

 

「ソディアさん来た!」

 

「桜! さっきみたいにソーサラーリングであのひとの動きを止めてよ!」

 

「ソーサラーリングはひとりにつき一発なんだよ。連射もできないし、あの人数はちょっと……」

 

「むー……。さっきは魔物がいたからの。おっさん、なんとかならんのか?」

 

「これ以上目立って、騎士団に目を付けられるのは勘弁よ」

 

「ジュディ姐の情報も上乗せするのじゃ」

 

「まかせんしゃい」

 

「あらまあ」

 

 

パティに釣られたレイヴンはジュディスをチラ見し、胸を張りながら岩陰から躍り出ると、ルブランたちに向かってこう指示した。

 

 

「全員気を付け!」

 

「は、はっ!」

 

 

すると不思議なことに、レイヴンの一声でルブランを含むシュヴァーン隊全員は敬礼をした。

その隙をついて、レイヴンは彼らをやり過ごして、入口へと進んでいく。

一体何が起こったのか、呆気にとられる私たちであったが、ユーリが再び私の手を取って駆け出した。

 

 

「なんか知らんが、今のうちだ!」

 

「わ、わかった!」

 

「――何をしているのです! そこの者たちを捕えなさい!」

 

「え? 桜殿?」

 

「エステリーゼ様まで!」

 

 

敬礼したまま固まるシュヴァーン隊をすり抜けて、私たちは入り口へと走り続けた。

後ろの方で、シュヴァーン隊とソディアたちがぶつかる声が聞こえる。

私は背後から追手が来ないのを確認して、並走するレイヴンに先の件を尋ねた。

 

 

「レイヴンさん、さっきのって号令……?」

 

「いいから、いいから、細かいことは気にしないの。さあ、足動かして、桜ちゃん。ぐずぐずしてると追手に追いつけられるぜ」

 

「この絶好のチャンスを逃す手はないのじゃ。頑張って走るのじゃ!」

 

「このまま、ノードポリカまで突っ切るぜ。桜、ちゃんとついて来いよ!」

 

「ま、またマラソン!?」

 

 

ヘリオードからの長距離マラソンを思い出して、私はぐったりしながらも、ユーリに手を引かれて草原を突っ切る。

フレン隊もカドスの喉笛から出て追ってくることもなく、私たちはノードポリカを目指した。

 

 

 

 

 

いくつもの木々をすり抜け、道なりに進むと、以前よりやや堅苦しい雰囲気のノードポリカが私たちを迎えてくれた。

前に来た時は、もっと活気があったのだが、闘技場の事件があったせいだろう。

ところどころにフレン隊の騎士が警備にあたっている。

 

 

「騎士たち、私たちに何もしてこない。私やエステルは見逃されてると思っていいのかな」

 

「わたしたちと言うより、闘技場で魔物が逃げ出した件でしょうか」

 

「どうだろうな。こっちが手出ししなけりゃ、騒ぎにはならないようだが。

カドスの喉笛であんな検問敷いといて、こっちの警備が薄いのが気味悪いぜ」

 

 

ユーリの言う通り、カドスの喉笛では魔物を使ってまで封鎖していたのに、肝心のノードポリカは手薄だ。

こちらとしては、ベリウスと話ができれば、それで良いんだが。

ジュディスは青空を見上げて、私たちにとあることを知らせた。

 

 

「今夜は新月ね。ベリウスに会うなら、この機会しかないわ」

 

「んじゃあ、夜になるまで宿屋で一休みしようや。ようやくドンの手紙が渡せるってのに、おっさん、走りっぱなしで疲れちゃって」

 

「実は私もヒーヒーです……」

 

「うちのお嬢さんは抱っこをご所望か」

 

「頭差し出せ。殴り倒してくれる」

 

「仕方ないわね。休める時に休んどきましょ。いざって時に桜が動けないってなったら、大変だしね」

 

「おっさんは?」

 

「おっさんはくたばっても、わいてくるでしょ」

 

「おっさんを虫コロと一緒にしないで!

……て、パティちゃん、何ひとりで離れたところに縮こまってるの?」

 

 

皆が宿屋へ向かおうとした時、パティだけが私たちから離れたところでひとり周りをキョロキョロ見回していた。

確か、この街の人々は彼女の祖父アイフリードのことを快く思われていないんだったか。

ジュディスも察したのか、にっこり笑って、彼女を手招きした。

 

 

「出てらっしゃい、大丈夫よ」

 

「うちが一緒にいて平気なのか?」

 

「平気でしょう。ひとりでいる方が危ないよ」

 

「実はうち、ユーリたちとはもうすこーし一緒にいたいのじゃ」

 

「オレらにか?」

 

「というか、ここで別れても、また行った先で一緒になるような気がするのじゃ。

ユーリたちはきっと麗しの星がある方向へ進んでいるのじゃ」

 

「何よ。そのわけがわからない理論」

 

「理屈はさておき。パティがいないと船が出せないよ。今は警備が薄いからいいけど、フレンさんと会った時、また話が通じなかったら、簡単には逃がしてくれないと思う。退路は多い方がいいよ」

 

「桜の姉御はわかる姉御なのじゃ」

 

「そっか、船があるんだった。ねぇ、ユーリ。パティがついてきても構わないよね……?」

 

「首領が尻込みすんな。今更、道連れがひとり増えたって困りゃしねぇよ」

 

「ユーリはツンデレなのじゃ」

 

「おいこら、腕に抱き着くな。ったく、フレンの野郎、もうこの街に入ってんのかな」

 

「居れば、桜の元に飛んでくると思うのですが」

 

「止めて恐ろしいフラグ」

 

「猫目のねえちゃんの言ってたことが本当ならな。桜のこと決着つけて、フレンに問い詰めねぇと」

 

 

ユーリは闘技場を見上げて、自身の手に拳を打ちつけた。

ユーリとフレンのガチバトルなんて事態は避けてほしいんだけど。今はベリウスのことを最優先に考えるべきなか。けれども、ソディアの言っていたことも気になる。

さまざまな思いを抱えつつ、私たちは宿屋で夜になるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

騎士の目に注意しながら、宿屋に着いた私たちは遅い昼食を摂ることになった。カドスの喉笛から突っ切ってきたのである。皆がお腹を空かせてテーブルを囲む間に、私はこっそり部屋を出ようとしたが、当たり前のごとく過保護な彼が呼び止めた。

 

 

「桜、ひとりでどこへ行くんだ?」

 

「心配しないで、ユーリ。隣の寝室で少し横になるだけだから」

 

「また食欲がないの、桜ちゃん?

辛いなら、俺様が風邪から胃もたれ、二日酔いまでよく効く俺様特製スペシャル全粥を用意してやろうかい」

 

「ありがとう、レイヴンさん。気持ちだけ貰っておくよ」

 

「んじゃあ、その気持ちで、俺様が添い寝してあげよう。優しく温めてやるぜ」

 

「刺すぞ、おっさん」

 

「あらやだ冗談だってば! 刀に手をかけるのやめて!

マジな話、桜ちゃん、ベリウスを前に緊張し過ぎじゃない?

もっとリラックスしなさいよ。人間なるようにしかなんないから、大丈夫だって。おっさんが保証する」

 

「黙れおっさん。頭から爪先まで胡散臭いおっさんに保証も何もあるわけないでしょ。

桜、休むのは自由だけど、ベリウスに会う前に何が口にした方がいいわ」

 

「今のうちに少しは食べないと、ベリウスに会う前に空腹で倒れちゃうよ」

 

「普段から少食なのですよ。何か食べておかないといけません」

 

「ううむ……」

 

 

リタやカロル、エステルに説得されても、私の胃は働いてくれない。

今の私は始祖の隷長に傾いており、食事も睡眠も必要としないんだ。

とは言え、これは無理してでも食べないと、皆に心配をかけてしまう空気である。

私が渋々回れ右しようとしたところで、ジュディスが助け舟を出してきた。

 

 

「無理して食べなくてもいいのよ。胃が弱ってる時は逆効果なんだから」

 

「胃が弱っているの?」

 

「び、病気です?」

 

「顔色はいいのじゃ。きっと桜の姉御はベリウスを前に気合入り過ぎて緊張してるのじゃ」

 

「だな。食欲ないなら、余計なエネルギー使わないよう横になってた方がいい」

 

「ごめん、皆」

 

「謝ることはないだろ。休むのはいいが、あんま考え込むなよ」

 

「う……。頑張る」

 

 

ユーリに痛いところを突かれた私は、皆に見送られながら食堂を後にし、寝室に籠もった。

頭が重い、レイヴンやパティの言う通り緊張している。いや、怖いのかもしれない。

ベリウスに会えば、私が人間に戻る手段が見つかる可能性はある。

但し、飽くまで可能性であって、ベリウスがその方法を知らなくてもおかしくはない。

ジュディスもデュークも、人間から始祖の隷長が生まれるなんて聞いたことがないと言っていた。

前例がないなら、私はこのまま人間を止めるしかないのだろうか。

その前にフレンがベリウスの前に立ち阻んでくるかもしれない。

そうしたら、私に何ができる。

 

ベッドに座って、自分の両手を見下ろしていると、ひとりの青年がノックもなしに部屋に入ってきた。

しなやかな肢体を黒衣に包み込んだ彼は私の隣に腰を掛けると、艷やかな黒髪が肩から流れ落としながら、闇色の瞳を私に傾ける。

彼の無遠慮な行動に私は嘆息しながらも、一応注意をした。

 

 

「ユーリ、入る時はノックぐらいしてよ」

 

「オレとお前の間にノックは必要ないだろ」

 

「私が着替えてたりしたらどうするの」

 

「そりゃあ、ラッキーだな」

 

「絞める……っ」

 

「そう怒るなよ」

 

 

ユーリは小さく笑うと、人差し指で私の額を小突いてきた。

 

 

「性懲りもなくひとりで悩んでただろ、お前。

さっさと横になってろって言ったよな」

 

「横になっても、眠れなきゃ同じだよ」

 

「……。ベリウスに会う前の心境はどうだ」

 

「胃が痛いです」

 

「じゃあ、オレと一緒に人里離れて静かに暮らすルート行ってみっか」

 

「私が断るの知ってて言ってるでしょう」

 

「そりゃあまた残念だ。お前となら、どこへでもと思ってたんだがな」

 

「冗談よしてよ。ここまで来たら平気……なことはないけど、もう逃げたりしない。

ただベリウスが私を人に戻す方法を知ってるのかどうかわからないし、フレンさんに会うかもしれないって考えると、ちょっとね」

 

「ベリウスが知らなかったってのもひとつの収穫じゃないか。できないっつうよりはマシだろ。

後、フレンのことはこの際何も考えんな」

 

「それができれば苦労しないよ」

 

「お前はひとりで抱えすぎなんだよ。少しは自分が楽になる方法考えろ。

例えば、オレにフレン丸投げするとかな」

 

「それが一番怖いんだけど」

 

「あいつとは無駄に付き合い長いんだ。なんとかしてやるさ。

人に戻る方法にしたって、怖がらなくても、オレがついてるよ。ずっとな」

 

 

ずっと。それはこちらの世界にいる間と言っていたが、それが具体的にいつまではかわからない。

彼は本気で果ての分からない旅に同行するつもりなのか。

尋ねたところでいつものように、当たり前だ、自分の勝手だと返してくるだろう。

 

 

「実のところ、ユーリは私についてきてどうしたいの?」

 

「お前をひとりにしたくないかな」

 

「リタさんたちがいるのに」

 

「リタは仲間だろ。いや、友達だからか」

 

「ユーリも友達だよね」

 

「……お前、そういう認識でオレを見てたのかよ」

 

「親友の枠はフレンさんでしょう。恋人の座はパティじゃないの。残るはお友達しかないじゃない」

 

 

私が言い切ると、ユーリはげんなりして頬杖をついた。

 

 

「フレンは腐れ縁だ。パティは自称だろ。オレの友達枠が広すぎだって」

 

「あ。保護者か」

 

「お前は保護者とデートするか?」

 

「あれは全部その場しのぎの冗談でしょう?」

 

「……お前、頭から否定するんだな」

 

「私に一体何を求めてるのか知らないけど、何か高尚なものを望んでいるのなら不可能だよ。私みたいなちんまい娘に高望みは出来んよ。ユーリやフレンさんみたいな高嶺の花にどうあがいても応えようがないんだよ。悲しい現実を語らせるな、鬼か貴様は」

 

「ひとりでキレるなよ」

 

 

ユーリは嘆息しながらも、苦笑し、私の手に自身の手を重ねた。

彼の大きくて温かい手のひらの感触が手の甲から伝わってくる。

まったく意図が分からず、私はユーリの横顔を覗き見た。

 

 

「どうしたの?」

 

「オレはお前の一番傍にいられればいいかな」

 

「何を今更、いつも傍にいるじゃない。カドスの喉笛の時なんか、腕引っ張ったりしてさ」

 

「悪かったな。敵のど真ん中で、目ぇ離すとヤバいと思ったんだよ」

 

「敵って、フレンさんの部隊だよ?」

 

「フレンとはな、お前に対する想いは同じでも、やり方が既に違うんだ」

 

「私のこと、法のこと。ユーリとフレンさんは遠くなっちゃったんだね。……元には戻らないの?」

 

「お前が気にすることはないよ」

 

「そうも言ってられないでしょう。私も無関係じゃないんだから」

 

「お前がオレの隣にいる。それでいいんだ」

 

「ユーリ」

 

「お前はオレを選んだんだろ」

 

「それはそうだけど……」

 

「オレもお前の選択に応えてやるさ」

 

「……なら、ベリウスに会う時、隣にいて欲しい」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

ユーリは私のささやかな願いを快諾すると、そっと肩を抱き寄せてきた。

彼の端正な顔が一気に近づいて、胸が飛び跳ねそうになる。柔らかい眼差しや彼の鼓動を感じるたびにマンタイクの夜を思い出し、変な気持ちが芽生え始め、私は慌てて彼から離れようとした。

 

 

「気にかけてくれるのは嬉しいよ。でもここまでしなくていい」

 

「ベリウスに会うのが怖いんだろ」

 

「そうだけど。何もこんなことしなくたって」

 

「こんなことじゃない。眠れないお前にとって必要なことだ」

 

「眠気なんてぶっ飛んだわ……っ!」

 

「悩みも吹き飛んだだろ」

 

「お願い止めて」

 

「……小さな肩だな」

 

「何よ、いきなり」

 

「マンタイクの夜、お前を抱きしめた時にわかってたんだけどな。

こうしてお前に触れてみると、実感しちまうんだ」

 

 

ユーリが目を細められて、私の胸が再び跳ねた。

いつになく優しい瞳を傾けられて、私の心拍数はぐんぐん上昇していく。

オーバーヒートして、変な声が出そうになったところで、ユーリの口が開いた。

 

 

「お前って小さいんだなって」

 

「今すぐ私の前から去ね」

 

「冷たいこと言うなよ。せっかく2人きりになれたんだぜ」

 

「近すぎるんだよ。小さいってなんだよ。余計なお世話だよ。ほっとけよ、私のことなんか」

 

「駄目だ。お前は放っておくとくよくよ考え込んで小さくなる悪い癖があるからな」

 

「塩かけられたナメクジか私は!?」

 

「縮こまらないように守ってやらないとな。

ま。ひとりで悩むより、こうして気を紛らわせた方がマシだろ」

 

 

紛れるどころか、お前のお陰でベリウス会合の緊張も、フレンのことも、何もかもが吹き飛びそうである。

この男は何を考えて、私になんでこんなことしてるんだ。女性心理に疎いのにも程があるだろ。

 

 

「ユーリって、本当に無神経だよね」

 

「結構遠慮してんだけどな」

 

「これ以上何を!?」

 

「また今度のお楽しみだ」

 

「永遠に来なくていいよ、今度」

 

「ここまできておあずけか。こりゃあきついな」

 

「あのね、こういうのは私じゃなくて、もっと別の女性にしたら?

誰かに見られたら絶対勘違いされるよ」

 

「勘違い上等だ。見られて困ることはないよ」

 

「私が嫌なんだよ。ユーリにはパティがいるでしょう。こんなとこ、フレンさんに見られたりしたら……」

 

「……やっぱ出発までこのままだ」

 

「ちょっと、いきなりきつくしないでよ。離して」

 

「離さない」

 

「何? なんで不機嫌になってるの?

まさか本当に夜までユーリの胸の中?」

 

「余計なこと考えなくなるようにな」

 

 

ユーリにキッパリと断言されて、私は気が遠くなった。

余計なことって何だ、これ以上何を危険視しているんだ。

どれだけ経ったのか、時折ユーリに「痛くないか」とか「楽にしろ」とか、何か言葉を交わした気がするが。私を肩を捕らえる彼の手や胸、その体温、吐息に至るまで、息ができないほど彼を感じてしまって、あまり覚えていない。心臓どころか、呼吸まで掌握するとは美形って怖いわ。

ただただ呼吸を整え、胸の高鳴りに耐えているうちに、やっと刻限が迫ってきた。

彼から解放されて、逃げるように宿屋の前にいる皆の中に加わる。

そんな私の気持ちなど知らないのか、皆とベリウスのもとへ向かう途中、ユーリが私の顔を覗き込んできた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「誰かさんのお陰でいろいろ大丈夫でなかった」

 

「誰かさんに感謝しなきゃな」

 

「恨みこそすれ感謝などないわ。私の時間を返せ」

 

「ひとりでがんじがらめになってるよかマシだろ。

オレの腕の中がそんなに良かったのか」

 

「良くないよ!」

 

「このままでいたいかと訊いて、うんって答えたのはお前だぞ」

 

「そんなバカな……っ!?」

 

「桜の姉御、宿屋でユーリの腕の中とは、何があったのじゃ? 詳しく説明を求むのじゃ」

 

「青年ったら、食後に桜ちゃん頂くなんて羨ましか! ……じゃない、けしからん! 嬢ちゃんに代わってお仕置きよ!」

 

「頂かれとらんわ!」

 

 

ユーリがおかしなことをのたまったせいで、パティやレイヴンまで首を突っ込んできた。

ユーリの言ってることに覚えはない。いや、きつく肩を抱きしめられて混乱していた時か。

 

 

「とにもかくにも! 私の記憶にない時点で無効よ!」

 

「なんだよ、それ」

 

「強引にあんなことしてきたユーリが悪いの」

 

「はいはい、オレが悪い」

 

「もうあんなことしちゃ駄目なんだからね」

 

「そりゃまた別だ」

 

「おい」

 

「何度も言ってるが、オレがついてる。ベリウスでもフレンでもなんでもこいってところだ」

 

「ユ、ユーリ、ボクにもついててくれるよね」

 

「カロル先生は自分でなんとかしろよ」

 

「そんなぁ……っ。ううっ、相手はフェローと同じ始祖の隷長で、ドンと肩を並べる総領、しかも人魔戦争の黒幕かもしれないんだよ。普通に怖くない?」

 

「あんた一応首領でしょ。震えてないでしゃんとしなさいよ」

 

「無理もないわ。ドンと同等の大物、しかもフェローと同じ魔物ときた。少年だってビビリもするってな」

 

 

無敵の魔導少女リタやのんべんくらりのレイヴンは、始祖の隷長にして総領ベリウスに会うことに抵抗はないようだ。ジュディスはいつも通りだが、私と同じく自身の運命を知りたがっているエステルもまた平常心を保っていた。

やはり、次期皇帝候補にして皇女だけあって、緊張の扱い方など慣れているんだろう。

 

 

「私なんて覚悟決めるのにすんごい時間かかったのに、エステルは堂々としててすごいね」

 

「……いえ、わたしもけっこう、いっぱいいっぱいです……」

 

「無理しなくていいわよ、エステル」

 

「……勢いのあまり、殺ってしまいそうです」

 

「何だ、そのサイコなテンション」

 

「……大丈夫、一時の気の迷いです。不愉快なことがない限り、めった刺しにすることはありません」

 

「始祖の隷長掻っ捌くくらいなら退き返せ、エステル」

 

「いいえ、桜のお願いでも退き返せません。もう後には退けません、退きたくありません。わたしも自分のこと、桜のことを知りたいんです」

 

「良い覚悟ね」

 

「なら、ジュディス。責任持ってエステルを監視してくださいね」

 

「貴方は他人のことより、自分のとこでしょう」

 

「お前、始祖の隷長に近づくとまずいんだろ。今はなんともないのか」

 

「ええと……」

 

 

ユーリに聞かれて、私は心を鎮め、あたりの気を張り詰めた。

微かにだが、上の方から胸を撫でるような気配がする。

距離は近いがフェローのような猛々しさはない。寧ろ心が穏やかになっていく。

 

 

「ベリウスはいると思う。けど、今まで会ってきた始祖の隷長と感覚が違うというか。

私を迎え入れようとしている?」

 

「それって、ベリウスが桜ちゃんに会いたがってるってことよね。

会ったこともないのにどーしてよ」

 

「わからない。もしかして、ベリウスも私のことを……?」

 

「向こうが誘ってきてるんだ。乗ってやらなきゃ、失礼ってなもんだろ。桜は行けそうなのか」

 

「多分、私のままで行けると思う」

 

「じゃあ、皆の覚悟も決まったことだし、ベリウスに会いに行くぞ」

 

 

ユーリがそう言うと皆が頷き、二度目の訪問へ赴く。

やけに静かな闘技場内を進んでいき、最奥の部屋へ向かうと、以前の通りナッツが門番をしていた。

私たちは彼の元までやってくると、まずはレイヴンが例の書状を取り出す。

 

 

「約束通り、新月の夜に会いに来たぜ」

 

「お前は……、ドン・ホワイトホースの使いか。待たせてしまって、済まなかったな」

 

「いやいや、こっちも取り込んでて丁度良かったわ。んで、早速ベリウスのもとまで通してほしいんだけど」

 

「そちらは構わないが、他は控えてもらおう」

 

「えーっ!? どうしてなのさ?」

 

「あたしらが信用できないってことなの?」

 

「申し訳ないが、そういうことになる」

 

「まあまあ、そんなこと言わずに、うちらは口の開かないシャコガイより信用できること、間違いないのじゃ」

 

「すみません。ベリウスに一目会わせて頂けませんか。会えばきっとわかってもらえるはずなんです」

 

「悪いが、それはできない」

 

『――よい。皆通せ』

 

 

パティと私がナッツにとり合おうとしたところ、扉の向こうから声がした。男か女かわからないがしゃがれた、しかし凛とした言葉がこちらにも届く。

胸の中が微かに騒めくが、私は懸命に堪えた。気配は微弱だが、これは間違いなく始祖の隷長だ。

ベリウスは私の心を見透かしたかのように、扉の向こうから声を投げかけてくる。

 

 

『わらわを恐れることはない、自我を保て、幼き同胞。迷うているのなら、わらわが話を聞いてやろうではないか』

 

「幼き同胞って、誰の事です?」

 

「桜」

 

「……大丈夫。今のところは」

 

『ナッツ。そこな少女たちをわらわのもとへ通すがよい』

 

「……わかりました」

 

「話の分かる総領じゃねえか」

 

「くれぐれも中で見たことは、他言無用でお願いしたい」

 

「それってさ。ベリウスがフェローと同じ化け物……始祖の隷長だからって言うの?」

 

「それが我がギルドの掟だからだ」

 

「わかった。約束しよう」

 

「この先に我が主ベリウス様がいる。騒ぎは起こさないで欲しい」

 

 

ユーリが頷き、ナッツに通されて扉を潜り抜けると、そこには長い長い階段が続いていた。

気配でわかる、この奥にベリウスが待っている。

胸を押さえ、今にも起き出そうな別人格を抑えつけながら階段を上がろうとすると、ユーリが私の手を握りしめてくれた。

 

 

「頑張れよ、桜。ここが正念場だ」

 

「うん。耐えて見せる」

 

 

ユーリの強く握る手のひらが、私を現実へと押しとどめてくれる。

しっかり自分を保ちながら、階段を登っていくうちに突き当たりの部屋の前に行きつく。

この扉の向こうに、間違いなく始祖の隷長ベリウスがいる。

私たちは互いに顔を合わせて頷くと、ゆっくりと扉を開いて、暗がりの部屋の中へと踏み込んだ。

 

 

「うわっ! なにこれ、真っ暗だ!」

 

「皆、いるよな!」

 

「うん」「はい!」「いるわよ」「おーー」「ええ」「のじゃ」「ワン!」

 

 

全員部屋に入って早々扉が閉まると、そこは自分の姿さえ見失うほどの暗闇であった。

カロルの驚嘆に続いて、ユーリが声をかけて皆の生存を確認する。

私はユーリに手を握られているので、彼の存在はわかるんだが、皆がどうなっているのかわからない。ただすぐ傍に始祖の隷長の気配がビンビン感じて、そちらを注視していた時だ。

紫色の炎がポゥと点って、辺りの様子と目の前に佇む獣の姿が明らかになっていく。

黄金色を基調にした綺麗な毛並みに2本の両手と四足の体躯、長い尻尾、私たちを見つめる優しい瞳、そのすべては狐を思わせる容貌をしている。

それの姿が露わになった瞬間、皆が一斉に身構えた。

 

 

「ま、魔物!?」

 

「待って皆、違う!」

 

「桜、待てって、あれが……?」

 

「そう。魔物ではないわ。彼女が」

 

「ベリウスです?」

 

「いかにも。わらわがノードポリカを治める総領、戦士の殿堂を束ねるベリウスじゃ」

 

 

彼女はそう名乗ると、ゆっくりと上半身を起こして、私たちを見下ろした。

私の何倍ものある身体、フェローと同じくらいと言ってもいいだろう。

ユーリは真っ向から始祖の隷長ベリウスを見るなり、感心とも驚きとも取れる声を漏らした

 

 

「へぇ……。やっぱフェローと同じなんだな。こっちは鳥じゃなくて獣の姿か」

 

「わらわの姿が気になるか。それとも幼き同胞の生末が気になるとでも」

 

「うちのお嬢さんのことがな」

 

「案ずるな。望まぬ限り、わらわのような進化はない」

 

「ユーリ、さきほどから何の話をしているのです?」

 

「いや、先にお前らの用事済ませてくれよ。桜、お前の件は最後でいいな」

 

「そうだね。込み入った話になるし」

 

「ああ、桜ちゃんの秘密のことねーっ。了解了解っと」

 

 

ユーリの意見に頷くと、レイヴンを初め、皆も頷いてくれた。

私の正体を明らかにした後、すんなり話が進むとは思えない。ことこの件については、エステルやレイヴンを優先した方がいいだろう。

レイヴンは早速書状を取り出したものの、少々ベリウスを見計らっているようだった。

 

 

「まずはドンの書状なんだけど……、ホントにおたくがベリウスで間違いないのよね。魔物じゃなくて始祖の隷長って聞いたけども」

 

「わらわはこの街ができる以前から、この地を統治しておる」

 

「始祖の隷長はでかいのじゃ。この街ができる前ということは、何百年も……何百年もなのか?」

 

「左様」

 

「スゴイのじゃ!」

 

「……ドンのじいさん。知ってて隠してやがったな」

 

「して、そなたの要件とは?」

 

「失礼。ドン・ホワイトホースの部下のレイヴン。書状を持って来たぜ。

今更じいさんが誰と知り合いかなんて驚きはしねえけど、ベリウス、おたくとドンは一体どういう関係なのよ?」

 

「人魔戦争の折に世話になったのじゃ」

 

 

ベリウスはそう答えると、レイヴンから書状を受け取った。

人魔戦争とは、人と始祖の隷長との戦いだと聞いたが、彼女も漏れなく参加していたということか。

人魔戦争と聞いて、カロルが勇気を振り絞ってベリウスにこう問いかけた。

 

 

「あの、人魔戦争の黒幕って本当なんですか?」

 

「ほほ。黒幕とは心外よ。確かにわらわは人魔戦争に参加した。しかし、それは始祖の隷長の務めに従ったまでのこと」

 

「デュークが話してくれたことは本当だったんだ。人魔戦争は魔物じゃなくて、始祖の隷長との戦い。

人がヘルメス式魔導器を使ったせいで、引き起こされた戦争だって」

 

「ヘルメス式……」

 

「ジュディス?」

 

「いいえ、デュークは貴方にいろんなことを教えてくれるのね」

 

「申し訳ないくらいだけどね。

そうだ。ベリウス、デュークからフェローは無事だからよろしくとのことです」

 

「心得た。あやつの住処が踏み荒らされなければよいが」

 

「デュークがいるから大丈夫だと思いますけど」

 

「デュークか。人魔戦争に詳しい人間がまだ生き残っているとはな。

ドンとはその頃からの付き合い。あれは人間にしておくには惜しい男よ」

 

「参謀やってるけど、じいさんが人魔戦争に関わっていたなんて話、初めて聞いたわ」

 

「やつとて話したくないことくらいあろう。ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めている。あの剛毅な男も、フェローに街を襲われてはかなわぬようじゃな。無碍には出来ぬ願いよ。一応承知しておこう」

 

「ふぃ~。良い人で良かったわ」

 

 

ベリウスがドンの書状を承諾すると、レイヴンは大げさに額を拭って息をついた。

このベリウスという始祖の隷長、長年人の街を統治しているだけあって、随分話がわかる人なんだ。

ユーリも同じく感心したように、ベリウスを見上げた。

 

 

「始祖の隷長ってのは、街を襲うやつもいれば、街の長をするのもいる。妙な連中なんだな」

 

「そなたら人とて同じであろう。して、用向きはそれだけではあるまい。のう、満月の子と幼き同胞よ」

 

「エステルが満月の子だってわかるの? でも、幼き同胞って……?」

 

「先ほどからわらわ始祖の隷長について食いついている男の傍にいる少女じゃ」

 

 

リタの問いに対して、ベリウスは視線で答えた。

皆が彼女の目を追った先には、ユーリの隣で身構える私へと集中する。

最後だっていったのに……っ。

リタは頭を抱える私から意味をくみ取ったのか、大きく目を見開いた。

 

 

「え? 桜がベリウスの同胞ってことは、あんた……?」

 

「ま、また後で……」

 

「桜」

 

「……うん。ベリウスの言う通り、私、始祖の隷長になりかけているんだ」

 

「変な嘘つかないで。そんな、バカなことあるわけないでしょ」

 

「リタさんだって見てきたでしょう。私のおかしな力。

デュークやカドスの喉笛で会った竜、そしてベリウスが言うなら、間違いなく私は始祖の隷長なんだよ」

 

「ちょ、ちょちょ、ちょい待ち! 桜ちゃんが始祖の隷長だって?

始祖の隷長って、そこにいるベリウスみたいな何百年も生きてる化け物よね? どうみても普通の女の子よ」

 

「見た目はそうなんだけどね。実際、食事も睡眠も必要としない身体になってきてるみたい」

 

「君がトリム港から食欲ない、眠れないって言ってたのは、このことかい?

んなことって……」

 

「レイヴンさん……」

 

「わかんない……っ。どういうこと? 桜がなんだっていうのさ。ボク、話について行けないよ」

 

「無理しないで、カロル。今は話を聞いてくれるだけでいいから。私も受け入れるのに時間がかかったんだもの」

 

「でも、でも、桜が始祖の隷長だなんて……っ!」

 

「そんな、桜はただの宇宙人では!?」

 

「あったなそんなネタ!」

 

「桜の姉御は宇宙人なのか!?」

 

「いや違う! あれ? 違わない? とにかく私はベリウスたちと同じ始祖の隷長になりかけてるのよ!」

 

 

エステルとパティの宇宙人説に混乱しながらも、私は懸命に告白した。

宇宙人の時点でただでは済まないだろ、エステル。

何も知らなかった5人は完全にパニックに陥ってしまった。

当然、彼らの矛先は私へと向かう。まっさきに私の両肩を掴んで揺さぶってきたのはリタだ。

 

 

「桜、あれやフェローと同じ始祖の隷長って何!? 嘘よね? あたしがあんたのこと見過ごすはずがない……っ!」

 

「リタさん、落ち着いて。確かに私は人間やめかけてるけど、私は私だから」

 

「これが落ち着いていられるか! 人間やめかけてるって何よ! なんでそんな大切なこと黙って……っ! いいえ、あれだけ調べたのにわからないあたしのミスね。こうして始祖の隷長に指摘されなきゃわからなかったんだから」

 

「リタさんがわからなくて当然だよ」

 

「んだけど、桜ちゃんどっからどうみても、人間の女の子よ。……ひょっとして、その服の中身から」

 

「叩き斬るぞ、おっさん」

 

「いやマジなんだって! なりかけてるってことは、最初は人間だったんだのよね。一体いつからよ!?」

 

「ダングレストでバルボスに襲われた時からかな」

 

「あの時、変わったことと言えば。……そう、あんたがエアルを吸収したのが原因なのね」

 

「オレを庇おうとした、あれか……」

 

 

リタが記憶を辿るように呟くのを聞いて、ユーリは苦虫を噛んだような顔をした。

皆ベリウスそっちのけで、私について言及してくる。無理もない、先ほどまで人間だと思っていた仲間が、そこにいる巨大な存在と同じものと言われても受け入れられないだろう。

エステルは思い悩みながらも、その不安を私に投げかけてきた。

 

 

「今までの桜の不思議な力はすべて始祖の隷長のものなのです?

先程、食欲や睡眠に触れていましたが、始祖の隷長になることで、桜に何か影響はあるのですか?」

 

「それは……」

 

「なんで桜が始祖の隷長になっちゃうの? ……人間、止めちゃうの? 辛くない?」

 

「カロル……。私にはまだ人間の部分も残っているから、大丈夫だよ」

 

「大丈夫って、あんた……っ! まだということは、これから始祖の隷長になっていくのよね。阻止する方法はないの?」

 

「わからない。それを知るために、ベリウスに会いに来たのよ」

 

「だから頑なに全ては始祖の隷長に会ってからって言ってたのね」

 

「……お、怒ってる?」

 

「むかついてるわよ。でも、あんたにじゃないわ」

 

「桜が辛いときに、わたしは自分のことばかりで寄り添うこともしませんでした」

 

「ボクも桜にもっと突っ込んで聞けば良かったんだ。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったよ」

 

「俺様も護衛としてやっちまったかな。護衛対象の情報をきちんと把握できてなかったしさ」

 

「ごめんなさい」

 

「桜ちゃんが謝ることぁないよ。

だけども、青年とジュディスちゃんは知ってたようね。俺たちを除け者にするなんてずりーわ」

 

「オレだからな」

 

「私だものね」

 

 

レイヴンから恨みがましい目を向けられたユーリとジュディスは、斜に構えて受け流した。

皆怒ってはいないようだが、私とて負担に思われたくない。

私は努めて明るく振舞った。

 

 

「私は平気よ。始祖の隷長になりかけているのであって、まだ人間の部分も残ってることだし、ちょっと変な力はあるけど、基本変わったことはないわ」

 

「この期に及んで虚勢張らなくていいのよ。コゴール砂漠での別人のような戦い。あれは無視していいものじゃないわ」

 

「あれは始祖の隷長が近づくと、ああなるわけで。……そういえば、ベリウスに近づいても別人格が出てこない。なんで?」

 

「わらわが力と心を抑えておるからじゃ。フェローのように怒りのまま、感情のままに近づけば、そなたの中の始祖の隷長が刺激されてしまうからな」

 

 

ベリウスになんとでもなると言われて、私は耳を疑った。

じゃあ、カドスの喉笛で会った竜はなんもなしに突撃してきて、私の中のものを刺激してきたということか。おのれ、竜め。

いや、あの竜にキレてる場合ではない、ベリウスには聞きたいことが山ほどあるんだ。

 

 

「名乗るのが遅れてすみません。私の名前は、桜。

私の中の始祖の隷長って、やっぱりシャイコス遺跡で吸収した聖核が原因?」

 

「吸収したのなら、それが起因しているのであろうよ。わらわにも感じるぞ、そなたの中にある別人格とやらが。

始祖の隷長はエアルの流れを読み取り、満月の子を感じることができる。そなたもそこな満月の子を助けるために動いたのであろう」

 

「フェローがダングレストに来た時、エステルを感じることができました。その時に別人格も生まれて……。

ベリウス、貴方はどこまで私のことを知っているんですか?」

 

「そなたについてはフェローから耳にしてな。

新しい始祖の隷長が生まれたと喜んでおったぞ」

 

「私は嬉しかないんだけど」

 

「ところが、人間の男と一緒になるのだと。これは同胞として祝福せねばなるまいて」

 

「フェローが人間の……? デュークのことか!?」

 

「フェローのやつめ、会う度に恋愛相談されて困っておると笑っておったぞ。熱々じゃな」

 

「ふーん……。デュークとね。通りで、あんな熱烈なアプローチしてくるわけだ」

 

「ユーリまで、何言い出すの。あれは違うから! 大いなる誤解だから! あのバカ鳥が朴念仁ふっかけたせいだ!」

 

「どうだかな」

 

 

ベリウスにデュークを使ってからかわれ、ユーリからジト目で睨まれてしまった。

フェローが蒔いた種がこんなところにまで。こんな誤りは性急に正さないといけない。非常にまずいぞ。

 

 

「デュークは私を守りたいだけで、そういった感情はないはずなんです。フェローなんてう悪鳥に植え付けられた誤った認識であって、要するに勘違いですってば!」

 

「勘違いでも心揺れれば同じこと。何、我々にとって、人間の時間など瞬きほどよ。泡沫の恋路で燃え上がるもよかろう」

 

「よくねーよ! 要するに始祖の隷長にとって人の一生なんて一瞬だから遊んじゃえってか!? 人生なんだと思ってんだ、このケダモノが! 色恋沙汰押し付けてきた鳥頭ともどもとんでもねーな、貴様ら!」

 

「遊ぶとは人聞きの悪い。わらわはそなたの幸せを願っておる。種族を超えて結ばれる愛は良いではないか」

 

「本音は」

 

「人間と始祖の隷長との間に生まれる子が気になる」

 

「そこは気にしなくていい! この際デュークのことはどーでもいいんだよ! 私が今どんな状態で、どーやったら人間に戻れるか知りたいんだよ!」

 

「そなたは自分のことを知るためにわらわのもとへやってきたのであったな。しかし、そなたは様々な始祖の隷長がいる中で一際毛色が違う。

人間であり始祖の隷長である。両局面の力が混じっているように見えるわ」

 

 

ベリウスから探るような眼で見つめられて、私は後ろめたいこともないのに怯んでしまった。

デュークからは私が欠けたと言われたが、始祖の隷長と人間が共存しているなんて初耳だ。

 

 

「それは人間から始祖の隷長になりかけてる過程じゃないんですか?」

 

「かもしれぬな。しかし、そこがわらわにも理解できぬ。人間から同胞が生まれたのがな。実に興味深い」

 

「こっちは真面目に聞いてんだぜ、ベリウス」

 

「そういきり立つな男よ。そなたはデュークではないのか。しかし、桜に寄り添い傍にいる……よもや、これが噂に聞く間男か!?」

 

「違うよ!」

 

「三角関係と言うヤツじゃな」

 

「違うっつとろーが!!」

 

「他に男でも?」

 

「根こそぎいねーよ!」

 

「いけません、桜。貴方にはフレンがいます」

 

「俺様もいるよ。桜ちゃん、愛してるぜ」

 

「なるほど、多夫一妻か。近年の人間社会は複雑にできているのじゃな」

 

「エステルもレイヴンさんもこれ以上話ややこしくするなよ!」

 

「それで本命はどなたなのじゃ」

 

「それはもーいい! ほら、本題! さあ本題! とっとと私について話をする!」

 

「残念じゃ」

 

 

尻尾を振って興味津々だったベリウスは、私が話をぶった切るなり、しょんぼり尻尾をひっこめた。

この始祖の隷長、結構ヒマじゃなかろうな。新月の夜にしか会えないとか言っといて、他の日は昼ドラとか観てそうな気がする。

ベリウスは私が訝し気に構えるのを見て微笑んた後、真顔になって頷いた。

 

 

「貴重な同胞に会えたのじゃ。そなたの質問に答えてやろうではないか」

 

「わかるの、わたしのこと?」

 

「わらわはフェローの話と今見るそなたのことしか知らぬ」

 

「じゃあ……」

 

「桜よ、話してはくれぬか? そなたの生い立ちを」

 

 

ベリウスの問いかけと皆の視線を一心に受けて、私は返答に戸惑った。

生い立ち、それは元の世界のことから話せということなのか。

始祖の隷長のことは覚悟していたが、この件については、不意打ちだった。

皆に話す? 話せるのか? 信じてもらえるか? 信じてもらえても、それからどうなる?

そうやって言葉に詰まる私の肩を不意に誰かが叩いてきた。

 

 

「桜。お前にはオレがいるって言っただろ」

 

「ユーリ」

 

「ここまできたんだ。躊躇う必要はないさ」

 

「でも、話でいいものなの?」

 

「話さないって手もあるが、状況は変わらないぞ」

 

「前を向かないといけないのはわかってる。でも、話したら、きっと……」

 

「何が遭っても、オレが最後まで付き合うよ。それがどんな結果になろうとな」

 

「……わかった」

 

 

ユーリに背中を押され、私は少しずつ最初から話した。自分がテルカ・リュミレースの外から来た人間で、エアルの耐性がまるっきりなかったこと。

こちらの世界に来て早々シャイコス遺跡で死にかけたこと。ユーリと一緒に元の世界に帰る旅をしてきたことなどを要所要所かいつまんでだが。

私の事情を知っているユーリやリタ、エステルを除く皆、ジュディス、特にレイヴンやカロル、パティはますます目を丸くした。

 

 

「異世界の人間、だからかしら。不思議な感覚はしたのよね、貴女。最初は始祖の隷長だからと思っていたけれど」

 

「無理もないよ。エアル以外はここの人と変わらなかったから」

 

「えーっと、おっさん情報量過多で頭がパンクしそうなんだけど。桜ちゃんって、異世界の人間で、しかも始祖の隷長になりかけてるのよね。

じゃあ何? あのノートは異世界の地図ってことなの? 教えてくれた文字は異世界の? ……うそん」

 

「嘘じゃねぇよ。実際、オレは桜の世界に行って、戻ってきてる」

 

「信じたいけど、信じられないよ……。テルカ・リュミレース以外に世界があるなんてさ。しかも、桜がそこからきた人間だって」

 

「事実よ、ガキんちょ。最初に桜の身体を調べた時、エアルへの耐性が遺伝子レベルで違ってたんだから」

 

「この世は広いのじゃ。異世界があるなんて驚きなのじゃ。

桜の姉御はそこら辺の人とは違うミステリアスなところがあるのじゃ」

 

「言われてみれば、桜にはミステリアスな魅力が」

 

「ねーわ」

 

「……なるほど、そなたの話全てが事実であるならば、合点がいく」

 

「ベリウス?」

 

 

私の話でユーリを除く皆が受け入れがたい事実に直面している中、ベリウスはしばし唸った後に大きく頷いた。

私の話で何か気付いたことでもあったのだろうか。

彼女は目を細めて、私やユーリを見やると深く瞼を閉じ、意を決したように私の方へ向き直った。

 

 

「桜。心して聞くがよい。わらわとて、そなたがこちらの世界にやってきたことは災難だと憂いておる」

 

「災難?」

 

「災難だとも。そなたはこちらに来た時点で既に――」

 

 

ベリウスが何か伝えようとした瞬間、扉の向こうで固いものがぶつかる音がした。

覗き見にしては、騒々しすぎる。レイヴンも察したのか、腰の小太刀に手を添えた。

 

 

「こんな時になんの騒ぎだよ、一体」

 

「この臭いは、……血?」

 

「桜、下がってろ」

 

 

ユーリが私を背に回して、皆が身構えている間に、人が倒れる音がして、扉が大きく開く。

そこから姿を現したのは、大剣を背負った大男とローブに顔半分を隠した細身の男だ。

どこかで見覚えがあるような気がするが、どこだったか。私が記憶を辿るより早く、ローブの男がベリウスを指さして声高にこう罵った。

 

 

「ついに見つけたぞ、始祖の隷長! 魔物を率いる悪の根源め!」

 

「ティソン! 首領!」

 

「知ってるの、カロル?」

 

「ボクが前に所属していた魔狩りの剣の首領クリントとティソンだよ! なんでこんなことろに?」

 

「それはこっちのセリフだよ、カロル君。腰抜けのお前が化け物と楽しくお話しとは変わった趣味だな」

 

「さっきの話を聞かれた!?」

 

「我々の目的はそこの始祖の隷長だ! 闘技場で凶暴な魔物どもを飼い慣らす、人間の大敵!

邪魔する者は例え人間であろうとも容赦はしない!」

 

 

魔狩りの剣の首領クリントが大剣を引き抜いて、その切っ先をベリウスへと向けた。

どうやら、私の話は聞かれなかったようだ。でなければ、私もまた始祖の隷長として標的にされていただろう。

とはいえ、この血の匂い、既にナッツや戦士の殿堂の人たちも魔狩りの剣と交戦していると考えてもいい。

 

 

「ユーリ、ここは……」

 

「ああ、ゆっくり話してる場合じゃねぇな」

 

「なんだ、そこの小娘は」

 

「こんな乱暴者でガラの悪い連中に姉御の名を知る資格などないのじゃ」

 

「ふん。名乗る名も持ち合わせていないのか」

 

 

ティソンの注意が私に向いた時、パティがフォローに入って、相手の気を背けた。

この状況、私が始祖の隷長であることがバレではまずい。カロルが所属していた魔狩りの剣がこんな物騒な連中の集まりだったなんて驚きだ。

今はこの状況を打破して、ベリウスから話の続きを聞き出さなければならないんだが、当のベリウスの前にはクリントが立ちはだかっている。

 

 

「化け物、覚悟せよ! 我が刃の錆となれ!」

 

「こやつらはわらわが相手をせねばならんようじゃ」

 

「ベリウス!」

 

「案ずるな。たかが人など、遅れはとらぬ」

 

「言ってくれるな、化け物風情が!」

 

「ティソン! ……ナ、ナンは? ナンはどこにいるの?」

 

「お? カロル君は気になるか? 今頃、魔狩りの剣を指揮して闘技場を制圧してるだろうよ」

 

「そ、そんな……っ! 戦士の殿堂と敵対するつもり!?」

 

「二度も言わせるな! 魔物に与するものは、容赦はしない!」

 

「なんとも頭の固い者たちよ。短き命を無駄にしおるぞ」

 

「舌がよく回る魔物だ。今すぐその口塞いでやる!」

 

 

クリントが大剣を振りかざしてベリウスに突っ込む。

大きな刃が彼女の身に降り掛かろうとしたところで、長い尾でそれをはじき返した。

クリントは大きく吹き飛ばされながらも、宙で立て直して、なんとか床に着地する。

 

 

「く……っ! 他の魔物とはケタが違うか」

 

「わらわを秤にかけること自体がおろかなことよ。――そこな男」

 

「オレ?」

 

 

ベリウスはユーリを目で指した。その眼差しは厳しく、放たれた言葉は胸を刺すものだった。

 

 

「桜を守ってはくれぬか。その命を持ってしてでも」

 

「えらく物騒なお願いだな」

 

「覚悟がないなら、今ここで置いていけ。そこな少女の道は過酷で苛烈で未来も見えん。お前には何の益もなく、いずれ絶望を迎えるかもしれぬ」

 

「脅しのつもりか。誰に何と言われようとも、こいつが納得する道へ行く。オレが決めたことだ」

 

「その目、偽りはないな。ならば、わらわも安心して戦えよう」

 

「暴れて闘技場ぶっ壊すなよ。さっきの話の意味、後できっちり説明してもらうからな」

 

「そなたも必ず桜を無事に守り抜け。ここはわらわが引き受ける。

すまぬが、そなたらはナッツの加勢にいってはくれぬか。桜だけでも街の外まで逃がしてやりたいところだが、そうもいかぬようじゃ」

 

「冗談。こいつひとりにさせられるかよ。守るなら傍でだ。いくぞ!」

 

「すまぬな。――桜よ」

 

「ベリウス?」

 

「死んではならぬぞ。2度目はない」

 

 

 

ベリウスは意味深な言葉を私に送ると、皆を外へと送り出した。

2度目はない。人生は一度きりだ、この悪状況で何を言い出すんだろう。

私の死を忌避するのは、私の中にある特別な聖核のことを心配しているからだろうか。それとも同胞だからか。

ベリウスの思惑が気掛かりで、後ろ髪を引かれる思いだが、まずはこの混乱を治めないと、彼女の話は再開できない。

私はユーリの背を追って、ベリウスの私室を後にした。

 

 

 

 

 

■続く■




マンタイクからカドスの喉笛通って、ノードポリカです。
やっとここまできた。ずっと横道反れていましたが、なんとか真っ直ぐ来れた気がする。いや夢小説に真っ直ぐもないですが。
省略してもいいところもあったかもしれませんが、書いてしまいたい性質でして、案の定長くなりました。
添削していると、あれもこれもなっちゃうんですよね。
まだ足りないくらいですが、次回以降に持ちこそうと思います。


次回もノードポリカです。
ダングレストまでいけるかどうか怪しいですが、頑張ります!



瑛慈 翔
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。