明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第44話】傍にいてもすれ違っても

わたし、桜のことをきちんと知らなかった。

いいえ、決して見逃していたわけではありません。

一緒に旅を続けているうちに、少しずつ気になってはいたのです。

 

 

もちろん、いつからかだって、覚えていますよ。

バルボスの塔で再会したときから、ずっと、桜の様子が変でしたから。

 

 

わたしは桜の親友です。

桜が明るく元気に振舞っているその陰で、時折暗い顔をしていたのを見逃すはずがありません。

 

 

カドスの喉笛ではエアルの泉に踏み込んだ時だって。

コゴール砂漠で、謎の魔物と戦った時、魔術や格闘術など使ったのだってそうです。

 

 

……誰です?

今、誰でも気づくと言った人は?

 

 

多分、カロルあたりだと思いますので、後で蜂の巣にしますね。

どこへ逃げようが、スターストロークで追い詰め、ディライトロールで叩き潰します。

カロルはいないものと扱ってください。

 

 

とにかく、おかしなところはたくさんありましたが、わたしは桜を妄信していたのです。

彼女なら、きっとシャイコス遺跡のように、時が来ればわたしにも説明してくれると信じていました。

フェローに会えば、桜の身に起こっていることを詳らかに教えてくれるんだと。

 

 

大丈夫。桜に何が起こっていても、わたしは受け止めます。

宇宙人だって、異世界人のことだって、認めることができたのですから。

ユーリにふらふらしたり、デュークにドキドキしたり、ちょっとくらいの浮気ぐらいは許します。

相手の命は知ったことではありませんが。

 

 

けれど、突きつけられた現実は、わたしの想像を上回るものでした。

どんなことでも受け入れるつもりでしたが、まさか、桜が始祖の隷長になろうとしているだなんて……。

 

 

わたし、満月の子を忌んでる始祖の隷長と同じ。

どこをどう見ても、わたしたちと変わらない人間の姿をしているのに、何がどうして?

 

 

もしかして、変わってしまうのです?

心も身体も何もかも変わってしまうのです?

わたしと友達ではなくなってしまうのです?

 

 

――フレンとの婚約はどうなるというのですか!?

 

 

始祖の隷長がどんなものかは知れませんが、人間と結婚できるのです!?

いいえ、ベリウスがデュークと始祖の隷長との子供が楽しみと言っていたので、できるのでは?

 

 

桜が何者であれ、貴方とわたしとフレンとの確固たる絆は変わりません!

フレンとの輝かしい未来は不変なのです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傍にいてもすれ違っても

 

果てまで想い続けるのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘技場で賑わうノードポリカは今、戦火の炎に包まれていた。

日々戦士たちが自身の腕を競い合い、その場で弱者と強者が生まれ、誰もが熱気と闘志を上げていた街は、ここにはない。

 

いや、あのフレンが破廉恥千万な動画を視聴した結果プッツンして、ユーリを追いかけまわした挙句、ザギが彼方らから飛んでくるような阿鼻叫喚地獄絵図が再誕したら堪ったもんじゃないが。

 

私たちは、ドンの手紙、そして私と満月の子エステルの運命と真相を知るために、ノードポリカの総領にして始祖の隷長であるベリウスと面会しにきたのだ。

 

……まあ、面会まではよかった。

想定外だったのは、私が異世界の人間、加えてこの世界に来たことから今に至るまでの経緯を皆にバラす羽目になったこと。

止めに、何故かデュークとの恋バナやユーリとの三角関係、私の恋愛事情にまで化学変化を起こすという始祖の隷長の暇な一面を垣間見たことだ。

 

デュークをそそのかしたフェローといい、私の恋路をいじくるベリウスといい、始祖の隷長とはとんでもなく頭の緩い種族ではなかろうか。シリアスはどこへ飛んでった、10年前の戦争や悲劇、デュークの人間不信はどうしたんだ。

 

始祖の隷長の妄想はどうでもいい。

勝手にデュークとくっつけられても困るけども、そこはひとまず置いといて。

 

私とエステルの目的である「私が人間に戻る方法」「満月の子の詳細と始祖の隷長との関係」をベリウスから聞き出そうとしたところ、突如魔狩りの剣が襲撃してきて、当初の目的からナッツ救出劇へと大幅変更を余儀なくされてしまった。

その辺りは、魔狩りの剣を退けた後でゆっくり聞けばいい。

臨機応変な対応は、人生に必要なスキルである。

 

それができないのが、ユーリへ投げかけられたベリウスの発言だ。

彼女のセリフを要約すると「桜を守っても損するどころか、死ぬかもしんないよ」と来た。

 

ベリウスとの別れ際、彼女がユーリに言い放った言葉が頭の中を往復する。

ただでさえ、今日までの旅路は、彼の無償奉仕によって成り立っている。中には、ユーリの命を脅かすようなこともあった。

毎回「自分の勝手だ」「好きでやってるんだ」と笑って答えていた彼に何かあったら。

ユーリが死ぬような場面に遭遇したら、私は……。

胸を刺すような感情が再び私に襲い掛かかって、ひとりもやもやしていると、頬に何かが触れた。

 

 

「なんだ? 神妙な顔しやがって。オレが傍についてんだから、ンな顔するなよ。桜」

 

 

思っていたことが顔に出てしまったのか、ユーリはいつも通り微笑みながら、私の頬を突いてきた。

私を見つめる彼の優しい瞳が、震える心を更に揺さぶる。

 

まただ。また彼は何の見返りもなく、私を支えてくれるんだ。

 

彼のことを考えたら、元の世界へ帰るのは綺麗さっぱり忘れて、自分ひとり、どこか遠くで静かに生涯を終えてもいいんじゃないのか。

性懲りもなく優柔不断な未来設計図を描いていると、誰かが私とユーリの間に割って入ってきた。

 

 

「おふたりで見つめ合って、良いムード出してるところ悪いんだけどさーっ。

わかってる? 今の状況」

 

「わーってるよ、おっさん」

 

 

レイヴンに据わった目で睨まれて、ユーリは肩を竦め、私は我に返り、温かい雰囲気はあっという間に常温まで下げられた。

言われなくとも、切迫しているのは分かる。

今も尚上の方から、鉄がぶつかり合う音と怒号が響き渡り、鉄の錆びた匂いが闘技場内に充満しているんだ。

おまけに廊下の明かりに照らされて、騎士の殿堂の人たちが点々と転がっている様が嫌が応にも、視界に入ってくる。

 

 

「よくこんなところで、熱々になれるわね。私も妬けるわ」

 

「ジュ、ジュディス! そんなんじゃないってば!

ユーリが何の断りもなく私に触ってきたからでしょーが!!」

 

「オレのせいかよ」

 

「あんたが桜に対して節操ないから、いつも話が脱線するんでしょ。

巻き込まれるあたしたちの身になりなさい。反省するなら一回死ね」

 

「残念。こいつを置いては死ねないな」

 

「安心してください。わたしが軽くイッパツ息の根を止めますので」

 

「エステルさん。その剣ポッケないないしてください。

手が空いてるんだったら、その手をあちこちで倒れているギルドの皆さんへの治癒術に向けなよ」

 

 

私はいつものようにユーリへ殺気を送るエステルを宥め、廊下の端々で横たわっている人々を指さした。

いつもの彼女だったら、一目散にけが人の元へ駆けつけ、治癒術を施していただろうに。

私は至極当然な指摘したのにもかかわらず、エステルは俯き、黙り込んでしまう。

訳もわからず彼女を見つめていると、ユーリが無遠慮に私の手を取り、闘技場へと連れ出そうとした。

 

 

「せっかくベリウスがくれた時間を無駄にしたくないな。早くナッツの助太刀に行くぞ」

 

「待って。それなら尚更けが人を助けないと」

 

「桜。残念だけど、そこの人たちはもう……」

 

 

踏みとどまる私を見て、カロルは表情を重くしながら、何かを示唆してきた。

残念って、まさか――

胸の中にザワりと悪寒が走るより早く、リタの拳がカロルのドタマに落下した。

 

 

「ガキんちょ! もたもたしてないで、さっさと闘技場へ行く!!」

 

「ったーっ!? 殴ることないじゃないかーっ!」

 

「桜もベリウスとの約束を忘れたのです? ナッツを助けるのが最優先です!」

 

「ユーリとの甘いひと時はその後よ」

 

「ジュデぃース! そこになおれ、私が直々にユーリとのあり方をとことこん説いてやるわ!」

 

「桜の姉御。その時は是非うちにもご教授願うのじゃ! ユーリとラブラブ密談なのじゃ!!」

 

「パティはステイ!!」

 

「あらあら、みーんな、桜ちゃんからすんごい身の上話暴露されちゃったのに、相変わらず甘いこって。

……これは、おっさんが手取り足取りふんぐほつれつ!

不思議少女をキョーイクするべきかねーっ。ふひひっ」

 

「ラピード」

 

「ワフ!」

 

「あん! ワンコけしかけるの止めて! わかった! わかったって!

俺様も真面目に働くってーっ! あーっ、もう!!」

 

 

レイヴンではないが、ここはぼやぼやしてないで、一刻も早く魔狩りの剣を何とかしないと、被害が増える一方だ。

私は大人しくユーリに手を引かれながら、皆とともに闘技場への廊下を駆け抜けた。

行く先々で倒れている人がチラついて震える私の手をユーリは強く握り、前へ前へ導いてくれる。

彼の温かい手のひらに包まれ、必死に駆けているうちに、騒乱の闘技場から、雄々しい少女の声が響いてきた。

 

 

「これより我ら魔狩りの剣が闘技場を制圧する!

戦士の殿堂並び関係者は、大人しく退去せよ!」

 

「ナン!」

 

 

混乱ひしめく闘技場の一角にて、声高に退去を命じる女の子は、カロルに名前を呼ばれて顔を顰めた。

年の頃はパティと同じくらいか、暗い栗色の髪を左括りにし、冒険者風の服装と華奢な身体、巨大な半月状のブーメランを携えている。

彼女がカロルが前々から口にしていたナンなのか、そのわりには、彼女のカロルを見る目は冷たい。

 

 

「なんであんたがここにいるの?

確か自分でギルドを立ち上げたって聞いたけど。

まさか、あんたもユニオンの依頼を受けたんじゃないわよね?」

 

「ユニオン? ギルド同士の抗争は厳禁だよね。依頼ってなんのことさ!?」

 

「そのユニオン直々の依頼があって、仕事をしているに決まってるでしょ」

 

「ええ?」

 

「――迎えに行く手間が省けたな」

 

 

 

驚愕するカロルを脇目に置いて、声の主に目を走らせると、ナンの後ろの物陰から一人の青年がゆらりと姿を現した。

金髪、中肉中背、中の中の顔立ちで、鼻筋の薙ぐような傷跡が勇ましさを際立てている。

この男どこかで会っただろうか。

誰かの面影を感じる彼の目は、凝視する私をしっかり捕えていた。

当然の如く、ユーリがその視線の矢面にでる。

 

 

「どいつもこいつもうちのお嬢さんに夢中ってか。勘弁してくれよ。

生憎、こいつは保護者付きだ」

 

「そこの娘……。桜を渡してもらおう」

 

「どこのどいつかもしれねぇ馬の骨に、うちのお嬢さんをおいそれとやれるか。

首と胴体がお別れする前に、さっさと失せな」

 

「青年。こりゃあ、面倒なことになっちゃったわよ」

 

 

傷の男とユーリが睨み合う中、いつもは皆の隅で飄々と事態を見守っていたレイヴンが珍しく私の前、ユーリと並んだ。

その只ならぬ行動に、ユーリは傷の男から目を一切離さず、刀を抜く気配を強めた。

 

 

「おっさん。あいつを知ってんのか?」

 

「ハリー。ドンの孫さ」

 

「こいつが?」

 

 

レイヴンが険しい表情で吐露した男の正体に、私やエステル、リタやカロルまで驚きの声を上げた。

似てる似てると思ってたが、あの五大ギルドの天を射る矢のボス、ドン・ホワイトホースの孫だったなんて想定外だ。存在そのものは知っていたが、なぜここにいる。

ナンの言う通り、この惨状がユニオンの命令で、更にドンの孫がいるってことは、よもや本当に

 

 

「桜をお嫁さんにしに来たのです!?」

 

「ちげえええええええええええっ!!」

 

 

レイヴンの隣に並んだエステルがとんでも発言するもんだから、私は全身全霊で否定した。

私の拒否反応に、彼女は気付いてないのか。

うん、多分気付いてんだろうな、もう誰にも彼女の暴走は止められないかもしんない。

 

 

「かつてドンが桜に自分の孫を紹介すると言っていました! 今正にその時!!」

 

「どこの時空だよ!?」

 

「彼は魔狩りの剣の皆さんと協力して、障害であるユーリたちを亡き者にしに来たのです!!」

 

「会ったことも見たことも知りもしてねーのに、そんな破竹の勢いで仲間を淘汰されて、止めに人生ゴールインして堪るか、ふざけんな!!」

 

「なんて熱い展開なのですか! このシナリオを是非フレンにも!!」

 

「なんて怖い展開だよ! フレンさんが騎士団総出で民間施設に襲撃して、私を迎えに来るとか悪夢しかねーでしょ、止めてお願い!!」

 

「安心してください。今度こっそりフレンにアフレコしておきます」

 

「やめろっつっとろうが!

当のハリーさんだって、あんたの妄想についてけなくてお困りでしょうか! 謝んなさい!!」

 

「うちのじいさんから、あんたのことはよく聞いている。

あんたが望むなら、旦那になってやってもいいぞ」

 

「何照れ臭そうに乗り気になってんだよ、ハリーさん!?

下手なツンデレ披露すんな、いらねーよ!!」

 

 

なんとかしてエステルを説得している傍から、ハリーがまんざらでもなさそうに頬を掻きながらほざいて、私は発狂しかけた。

祖父も祖父なら、孫も孫なのか。そういう血筋なのか。

マジでドンに何を吹き込まれたんだよ、コイツ。

私がひとり余計な想像を膨らませていると、ユーリがついに刀を抜いた。

 

 

「殺るか」

 

「安易に殺らないで!!」

 

「理由はどうあれ、お前を狙ってんのは間違いねぇだろ」

 

「私に目を付けた男を片っ端から斬って捨てる気か貴様!!」

 

「仕方ねぇだろ。寄ってくんだから」

 

「仕方なくない自重しろ」

 

「ま。桜ちゃんのケッコンなんて大ごと捨て置けないけども。

まずはハリーとっ捕まえて、理由を聞こうや。

俺としては、ユニオンの依頼ってのが、ドンの命令かどうかも知っときたいし。

……どういうことだ。ハリー?」

 

「レイヴン。あんたももう知ってるだろう。その娘の可能性が。

聖核を探し出すためには、桜の力が必要なんだ」

 

「そりゃあ、俺様も聖核を探しちゃいるし、桜ちゃんの力も期待してるけど。

こんだけ大きな騒動ぶっ放すにしちゃあ、かなり無理があるでしょ」

 

「あんたはオレの味方だろ」

 

「さてね。腹の探り合いは止そうぜ。さっさと……」

 

「おじさま、その人との話はまだ続くの?

忘れないで。私たちは何しに闘技場会場に来たのかしら?」

 

 

 

ハリーに詰め寄るレイヴンであったが、槍を片手に構えるジュディスが言葉を遮った。

私やレイヴンがハリー相手にまごついている間にも、パティ、ラピード、エステル、リタ、そしてジュディスが戦場へと身を躍らせ、カロルもナンをチラチラ気にしながら、彼女らについて行く。

ハリー、しいてはユニオンの思惑が気になるが、ジュディスの言う通り、闘技場の騒動を治めてから聞き出しても遅くはないはず。

 

 

「ユーリ! 私たちも」

 

「いや、お前はオレとここに残るんだ。あの乱闘に首突っ込んだら、お前だってただじゃすまないよ」

 

「でも、皆が……」

 

「いいの、いいの。きゃわいい桜ちゃんは俺様が優しーく温かーく柔らかーに面倒みてっから。

青年は思う存分暴れてきなさいな」

 

「おっさんが逝ってこい」

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

 

ヘラヘラと私の方へ近づくレイヴンであったが、ユーリの強烈な蹴り上げを食らって、戦火の真っただ中に放り込まれた。

この期に及んで、私のことを諦めてなかったんだな、このおっさん。

私が呆れる中、固い地面にディープキスしたおっさんは、素早く身を起こしてユーリの方へと詰め寄ろうとした。

 

 

「もーっ! ハリーの話は終わってねぇってのに、青年ったらひんどいっ! ……て、うわわっ!?」

 

 

ユーリに抗議し始めるレイヴンに容赦なく、魔狩りの剣たちの刃がここぞとばかりに降り注がれた。

天を射る矢の参謀でも、ユニオンの依頼の前ではお構いなし、味方扱いされないようだ。

窮地に追い込まれるレイヴンであったが、慌てて身を捻ってかわし、目にも止まらぬ速さで弓を構えて、かかってくる連中に矢の雨を返した。

 

 

「死ぬ死ぬ! おっさん死んじゃう!! 励まして、応援して、チューして、桜ちゃん!!」

 

「おっさんなら斬られようが、刺されようが、潰されようが、平気平気! ……私の心が」

 

「ひんどい! いつからそんなに残忍になったの!?

おっさんそんな娘に育てた覚えはないわよ! 俺様は悲しい!!」

 

「育てられた覚えはねーですよ。妄想も大概にしろですよ。

いつものあいのちからで、私の代わりにナッツさんをお願いしますー」

 

「明らかに俺様の愛の使い方間違ってるよね、不思議少女!!

改めて説明しよう! 俺様の愛は君のような麗しい女性に対して発動するのであって、ムサい野郎には反応しないのである! 残念!!」

 

「――何、めんどくさい事に胸張って言ってんの!

おっさん、さっさとあたしたちと一緒に、ナッツってヤツを助けるわよ!!」

 

「あぢああああっ!?」

 

 

騒乱最中、無意味にキメるレイヴンの胸の前をリタの火球が掠めた。

急ピッチで胸の燃えカスを叩くおっさんを尻目に、リタたちの様子を見てみれば、既に魔狩りの剣と交戦が始まっていた。

但し、この人数、私のような素人が魔狩りの剣で戦士の殿堂か見分けがつくはずもなく、ナッツの姿を追うのさえ難しい。

ユーリの言う通り、のうのうと私たちがこの中に突っ込んだりしたら、敵味方分別つかないどころか、どさくさに紛れて攫われてしまうだろう。

私にできることと言えば、ユニオンの使者ハリーに直接かけあうくらいか。

 

 

「ハリーさん。ユニオンの狙いが私なら、襲撃なんて意味ないです!

おかしいでしょう? ドンさんは、私を悪い人たちから匿うって言ってくれたんですよ!

ベリウスは悪い人じゃありません!」

 

「あんたはオレたちとともに、聖核探しに付き合ってもらう。

帝国に対抗するには、それしかないんだ」

 

「帝国とドンパチって何? 友好協定はどーした? 実は危ない関係なのかよ!?

ヨーデルさん、やっぱり上手くいってないの!?」

 

「桜には悪ぃが。この際、協定なんざ、どうでもいいんだよ。

うちのお嬢さんが、他人の良いように扱われようとしてるのが許さねぇ」

 

 

ユーリの刺すような視線が、ハリーのそれにぶつかる。

喧噪から離れているのに、この場に別の張り詰めた空気がひしめき合った。

ユーリはハリーを見据えたまま、刀を構えて、小さく嘆息する。

 

 

「ドンのギルドってのに、ちったぁ憧れてたんだがな。

じいさんの孫の考えには、乗れねぇってわけだ。桜のことは諦めな」

 

「頼む。桜を渡してくれ。その代わりに責任をもって妻に迎えよう」

 

「迎えんなよ!!」「張り倒すぞ、お前!!」

 

「なんだよ、そんなに怒ることはないだろ。

とくにユーリって男。あんたは桜の保護者じゃないか。

なぜそこまで肩入れするんだ」

 

「お前が知る必要はねぇってことだ」

 

「じいさんの言ってたことは本当なのか……?」

 

「ドンのじじいに何吹き込まれたか知らねぇが。

深入りするやつは、馬にでも蹴られろってな」

 

「……なるほど、そういる仲か。羨ましいもんだ」

 

 

ユーリが刀を強く握りしめ、意味ありげな物言いをすると、ハリーな何かを察したのか、苦笑いを浮かべた。

私の保護者以外に、ユーリに何があるって言うんだろう。……ないよな、何も。

ユーリの引き締まった顔から真意を探ろうとする私に構わず、今のやり取りで毒気が抜けたのかハリーは軽い口調で話を切り出してきた。

 

 

「オレたちの目的はあんただけじゃない。聖核だ」

 

「いやだから、ハリーさん。聖核を探そうにも、ここにはないですよ」

 

「あるはずだ。ノードポリカの総領が持っている」

 

「ベリウスが聖核を持ってるだなんて、聞いたこと……。あ」

 

 

ハリーが言わんとしていることをくみ取り、私はようやっと事の全体が見えてきた。

彼が私を使って聖核を探すことに、嘘偽りはないんだろう。

ベリウスが聖核を持っているのも、間違いない。

正確には、それが始祖の隷長の死によってもたらされる産物で、ベリウスはその始祖の隷長だということ。

ユニオンが戦士の殿堂を敵に回してまで、総領のベリウスを殺してまで、聖核を狙っている。

 

 

「ベリウスが危ない!」

 

「行かせない!」

 

 

慌ててベリウスの元へ戻ろうとしたところ、先ほどまで沈黙を守っていたナンが出入口に立ちふさがった。

片手には鋭くギラづく大きな得物が、私を狙っている。

彼女の身の丈半分くらいの大きな刃物、まともに喰らったら、私の身体など容易く真っ二つだろう。

これには、ユーリだけではなく、ハリーも慌てて止めた。

 

 

「待て、ナン! その娘、彼女は傷つけるな!」

 

「ぐずぐずしていられない! 首領もまだ魔物と戦ってるんだ!

あたしだって、首尾よく娘を連れて行かないと!」

 

「やっぱ誘拐になんのかよ! 桜、オレから離れんな!」

 

「とは言っても、相手はナンだよ? カロルのこと考えると」

 

「危ねぇ!」

 

 

私の話を遮って、ユーリが前へ回り込むや否や耳をつんざくような音が辺りに響いた。

思わず目を背ける私だったが、ユーリとナンを放置できない。

恐る恐る目を見開いた先には、ユーリの刀とナンの刃が交錯し、火花が散っていた。

 

 

「魔狩りの剣ってのは、女の子に女の子を襲わせるなんて非道なマネさせんのか?」

 

「お前には関係ない! 死にたくなければ、娘を渡せ!」

 

「関係大ありだ! 誰が自分の大切なもん、簡単に手放すかよ!」

 

「ユーリっ!?」

 

「魔狩りの剣は、魔物だけじゃなくて、人間も狩るようになったのか。

お前は、他人から大切なもん無理矢理奪っておいて、どの面下げてカロルと仲直りするつもりなんだよ!」

 

「くっ! こんな時に、あんなヤツ……カロルなんて知らない! おかしなこと言うな!!」

 

 

ユーリの悪い癖か、煽りか、カロルの名前が出されて、ナンの攻撃はさらに激しくなる。

受ける方のユーリはカロルを気にしてか、自ら攻撃を仕掛けるでもなく、防御一辺倒のようだが。

蚊帳の外の私はと言うと、ユーリに大切だとか告白されて、かなり、いや物凄く動揺していた。

 

自分の大切なものって、保護対象とは別の意味じゃないだろうな。

無神経なユーリに限って、そんなことはないはずだ。

これはナンのカロルへの気持ちを利用して、相手から冷静さを奪い、油断させるために過ぎない。

 

私がナンと一緒になってブレブレになってどうする。と、気持ちを整え、ユーリの背中を追おうとした時だ。

不意に誰かが私の腕を掴んだ。

 

 

「ハリーさん!?」

 

「あんたはこっちだ。オレたちとダングレストに来てもらう」

 

「それは駄目だって! できない! 放して!!」

 

「お願いだから、騒がないでくれ。乱暴はしたくない」

 

「黙って連れてかれるわけないでしょ!

当然、騒ぐよ! わーっ! あーっ!うおーっ!」

 

「強情な人だ。こうなったら……」

 

 

大声で暴れる私に痺れを切らしたハリーは、小さく舌打ちすると、懐に手を回した。

反射的にユーリへ視線を向けるが、彼がこちらに気づいたところで、間に合うかどうか。

一か八か、私が唯一の攻撃手段であるソーサラーリングを身構えるが、それより早く誰かがハリーの懐に突っ込んできた。

 

 

「さっせるもんかああああ!!」

 

「カロル!?」

 

 

ハリーに腕を掴まれ、もがく私を助けたのは、ユーリでもエステルでもない、カロルだった。

彼は鞄を大きく振りかぶって、ハリーの腹に思い切り叩き込む。

深く入ったのだろう、ハリーは堪らず私の手を放して、仰向けにふっ飛んだ。

全力投球したカロルは勢い余って地面に倒れ込むと、よろよろ頭を上げて私の方へ笑顔を傾けてくれた。

 

 

「桜、大丈夫?」

 

「あ、ありがとう。カロル」

 

「よくやったぜ、カロル先生!って言いたいところだが……っ!」

 

「カロル……っ! どうしてあたしの邪魔ばっかりするの!?」

 

「ナン?」

 

「父さんや母さんの時も、魔狩りの剣の時も……カルボクラムの時だって、今だって!

カロルの、バカぁああ!!」

 

 

私がハリーの手から逃れたのもつかの間、何を思ったのか、ナンは怒りの矛先を隙だらけのカロルへと向けた。

大振りブーメランが空を切って迫ってくる。カロルはやっと立ち上がったところだ、間に合わない。

刃を目で追うより早く、私の身体は勝手に動いていた。

 

 

「カロル!」

 

「あ……っ」

 

 

カロルを押し倒した途端、背中に鋭い痛みが走った。

ナンの一撃を喰らってしまったようだが、幸い胴体は繋がっている。

痛みの元である背中へ手を伸ばしてみたが、更なる痛みが襲い掛かってままならない。

 

 

「桜、動くな!」

 

 

堪らずへたり込む私の元へ、空かさずユーリが駆けつけて肩を支えてくれた。

背中が痛い。呼吸もきつい。どんどん力が抜けていく。微動だにするのも辛いが、また彼に心配されたくない。

一心に耐える私の視界に、ユーリの必死な形相が映り込む。

 

 

「桜! しっかりしろ!!」

 

「ユーリ……っ?」

 

「オレはここだよ。傍にいる。もう大丈夫だ。

痛みはあるな? レモングミ食えるか?」

 

「わ、私より、……ナンが」

 

「あいつは、もうかかってこねぇだろ」

 

 

言われて、ナンの姿を目で追ったところ、彼女は私たちを追撃するでもなく、ただ呆然と立っていた。

この結果は彼女の想定範囲外だったのか、武器を地面に転がしたままで、戦意は見受けられない。

ナンと戦わなくていいと理解するや否や、私は全身の力が抜けて、そのままユーリの腕の中で沈んでしまった。

 

 

「おい、桜! 寝るな、目ぇ覚ませ!」

 

「……大丈夫。ナンが、大人しくなったと思ったら、……なんか、グッタリと」

 

「ナンのこと気にしてくれたの?

無茶してまで、ボクたちに気を遣わなくったっていいんだってば!」

 

「カロル、説教は後にしろ。桜、グミだ。口を開けろ。ゆっくりでいい、よく噛んで飲み込んだ」

 

「……うっ、げふッ」

 

「ダメだよ、桜! 頑張って食べて!」

 

 

ユーリに支えられながら、レモングミを口に押し込まれるが、咀嚼する余裕もなく、喉が受け付けなくて、吐き出してしまう。

食べる行為の拒絶、始祖の隷長の弊害がここで仇になるなんて。

だんだん呼吸も乱れてきて、文字通り血の気が引いてきた。

カロルの泣きそうな顔が、ユーリの真剣な表情が、視界から霞んでいく。

 

 

「ゆ、ユーリ! 早くしないと、桜の出血が……っ!」

 

「わかってる! これはグミだけじゃあ、間に合わないか」

 

「ユーリィーっ!!」

 

「……。カロル、お前は闘技場の連中。んでもって、そこで突っ立ってるハリーとナンを見張っとけ」

 

「そんな場合じゃないのに!」

 

「オレに任せろ」

 

「あーもう! 桜に何かあったら、許さないんだからね!!」

 

 

カロルが怒って私たちに背を向けると、ユーリは自分の道具袋から透明な液体が入った小瓶を取り出した。

グミじゃない。ホーリィボトルでもない。

彼はレモングミと一緒にそれを口に含むと、一寸の迷いもなく、私に近づき視界を塞いだ。

 

彼は私に何をする気なんだろう。

 

私の理解が追い付くより先に、ユーリの唇が私のものと深々と重なった。

彼の感触が唇に伝わってきて、私が驚いている間にも、彼の舌が器用に私の口内を無理矢理こじ開ける。

無防備になった私の中に、彼から砕けたグミと液体が流し込まれた。

 

それは熱く、強く、深く、苦しくて。

 

生気と正気が戻り、脊髄反射で逃げようとしたが、ユーリに肩を抱かれて叶わない――どころか、彼は更に私の深いところまで踏み入れようとする。

彼の流水のような長い黒髪が、外界全てを隔てるように私を覆いつくし、嫌が応にも彼の存在を感じてしまう。

闇色の瞳は深く閉じ、整った眉、きめの細かい肌が私の視界を奪う。

聴覚には彼の細かな息遣い、上半身には自分とは違う体温、微々たる動きが細部まで伝わってきて、更には自分と重なる唇までもが、思考をかき乱す。

 

液体を飲み干したお陰か、はたまた理性の底力か、はっきり意識を取り戻した私は堪らず、全力で彼を押しのけた。

 

 

「……っ、なっ! 何を……っ!?」

 

「大丈夫か?」

 

 

突っ返されたユーリは、私の両手を胸で受け止めながら、真摯な眼差しで返してきた。

私は私で、爆発しそうな心臓を抑えながら、いち早く冷静になろうと事実確認のために、彼をじっと観察する。

ユーリの真っ直ぐな瞳、程よく高い鼻筋、湿った唇、その端から漏れる液体が眼に入ったところで、私の正気は昇天した。

 

 

「だ、だだだだだ」

 

「元気になったな。よし!」

 

「よしじゃねえええ!! なんで、なんであんな……っ!」

 

 

先程までの行為を口にしそうになって、私は口内に残った液体もろとも言葉を飲み込んだ。

 

 

「うええ……っ」

 

「吐くなよ。オレが傷つくだろ」

 

「吐くわよ! なんで、あんたは平然としているんだ!?」

 

「もっとしたかったとか。オレは良いけど」

 

「んなわけあるかあああ! こ、この、こんなもの!!」

 

「おい。そんなに急いで口拭かなくてもいいだろ。流石のオレも落ち込むぞ」

 

「だったら、もっとそれらしい反応しなさいよ!

公衆の面前で、穢された私に気づけよ、お前!!」

 

「穢れたってなんだよ」

 

「やっと不機嫌になったよ、この男!

そこに正座しなさい、その軽い頭を垂れて、海より深く猛省しろ!!」

 

「誰にも見られてなかったんだから良いだろ。

ちゃんと死角とったし、カロル先生バリケードにしたんだぜ」

 

「肝心の私の同意がないだろ、ドヤ顔すんな!!」

 

「断りいれたら、快くやってくれたかとか」

 

「やるわけねーわよ! 正気かあんた? それでも血の通った人間か!?

いっぺんヘリオードの滝に打たれて死んで来い!!!」

 

「そんなに怒ることねぇだろ。

初めてじゃなかったんだ。2回目くらいは、もっと――」

 

 

ユーリが沸騰しそうな私を見て、心なしか表情を緩めたところだ。

余裕の笑みが、突然ピシリと固まった。

周囲を見張っていたカロルもいつの間にか時が止まっており、彼に見張られていたハリーはおろか、ナンまで凍り付いている。

未だ乱戦中なのにもかかわらず、このただならぬ雰囲気は何だ。

空気に飲まれてしまった私が彼らの視線を辿って司会席へ目を走らせたところ、同じく背筋を凍らせた。

 

 

「ユーリ。これはどういうことだい?」

 

「フ、フレ、フレンさん……っ」

 

 

闘技場の全体が見渡せる司会席、その末端にて、マントをはためかせながら、私たちを見下ろすひとり帝国騎士団隊長がそこにいた。

闇夜に映える金髪、星光と松明に照らされた空色の瞳は、じっと私を見つめている。

注目すべきは、精悍なお顔が何にも取れない無表情だということだ。

 

怒っているのか? 何に?

その前にどこから見ていた?

いや、見られてどうなる?

 

私が脳内で様々なシュミレートをしている間にも、フレンは天高く夜空を舞い、私たちの前へと着地した。

もともとこのノードポリカは、フレン隊が制圧しようとしていたんだ。どっちにしろ、状況はよろしくない。

ユーリもその辺りは判断できたのか、即座に私を横抱きにして、彼との間合いを取り始めた。

 

 

「落ち着けフレン。緊急事態だったんだ」

 

「ユーリ。ノール港での約束は覚えているか?」

 

「当たり前だ」

 

「約束の意味を理解しているのかと訊いているんだ」

 

「わかってるさ」

 

 

フレンの問いに対して、ユーリは何の躊躇もなく、真っ向からに向き合った。

嘘偽りはしない。裏も表もない。後ろめたさもない。

彼のその堂々たる態度は、フレンの逆鱗に触れるのには十分だったらしく、今にもこの男に斬りかかる勢いで腰の剣を引き抜いた。

 

 

「それが君のやり方か!」

 

「そうだ」

 

「彼女とギルドに入ったのも!」

 

「ああ」

 

「彼女を守ることも!」

 

「その通りだ」

 

「乙女の唇を奪うことが!!」

 

「ああああああああああっ!!」

 

 

激昂するフレンに恐るべき現実を突きつけられて、私は思わず目と耳を塞いで逃避を謀った。

幸いといっていいのか、この際どーでもいいと言ってもいいのか、エステルたちは魔狩りの剣との攻防戦で、こちらの様子までは把握できていないようである。

最悪なのは、この説教破廉恥厳禁大魔王に、ユーリとのアレを目撃されたことだ。

 

 

「ご、誤解です! あれはユーリが私を回復するために止むを得ず……っ!」

 

「え? ユーリ。ついに桜とキスしたの!?」

 

「キス言うな! シャーラップ、カロル!!」

 

「だって。キスしたら、赤ちゃんができるかもしれないじゃん」

 

 

わくわくととんでもねーことを言ってのけたカロル少年に、私たちの脳みそは停止した。

……えーっと、うんと……、ひょっとして、この少年は、赤ちゃんはキャベツ畑から生えたり、コウノトリが運んでくれるまでの知識しかないタイプなのか。

こんなに世知辛いファンタジー世界なら、性教育だって行き届いてないかもしれない。

呆ける私たちであったが、ユーリはハッと我に返って私を見つめた。

 

 

「できるかもしれないな」

 

「真面目な顔で返すな! んなもんできないに決まってんだろ! 大人の対応しろ21歳!!」

 

「でもキスしたよな、オレたち」

 

「親友煽るなよ!」

 

「事実だろ」

 

「事実も何も不可抗力でしょ! 自分の命も加担している分、尚性質が悪いわ!!」

 

「悪くて結構。桜も共犯だ」

 

「んぐうああああ! 本当になんだよ、この男!

なんで幼馴染の手で殺されるかもしんない時だってのに、そんなに嬉しそうなんだよ!?」

 

「愛だろ」

 

「何を馬鹿な――」

 

「――殺す」

 

 

フレンがユーリ目掛けて剣の切っ先を向けた瞬間、大きな影が私たちの上を過った。

眼で追うより早く、影の主は私たちを庇うように、フレンの前へ立ち塞がる。

私たちを覆いつくしてしまいそうな体躯に、黄金色の毛並み、狐のような耳と尾を持つ始祖の隷長。

 

 

「ベリウス!」

 

「無事のようじゃな、桜。そなたの命が陰ったので、急ぎ馳せ参じた」

 

「あ、ありがとうございます! 心配させてごめんなさいって、ゆっくり喋ってる場合じゃないんですよ!」

 

「ベリウス? この喋る魔物がノードポリカの総領!?」

 

「知らんかったんかい、ハリーさん!?

いや知らなくても無理ないけど、ハリーさんの混乱は丁度いい!!

ベリウス、魔狩りの剣の総攻撃が来る前に逃げてください!!」

 

「案ずるな。わらわの幻術で、やつらもこちらには気づいてなかろう」

 

 

静かに言われて、ベリウスに倣うよう周りを見渡してみた。

闘技場で戦っている魔狩りの剣、エステルたち、ナッツ率いる戦士の殿堂まで、何事もなかったかのように戦いを繰り広げている。これは一体。

 

 

「幻術って言いましたよね? ベリウスが見えるのは、私たちだけなんです?」

 

「さよう」

 

「よ、よかった……。いや良くない! 魔狩りの剣をなんとかしても、騎士団が!」

 

「だろうて。ことの原因は大体想像がついておる。そこの騎士の小僧を見ればな」

 

 

ベリウスは言うなり、自身に剣を向けて殺意を放つフレンを見つめた。

彼はこの街の港で、私に始祖の隷長には関わるなと忠告してきたのだ。帝国騎士団は始祖の隷長を敵視しており、ハリー同様、聖核を狙っていると思うんだが。

そうでなくとも、カドスの喉笛からこの街に至るまで、既に騎士たちが配備されている。

魔狩りの剣に加えて、フレン隊との衝突も視野に入れなければいけない。

 

 

「わかってるなら話は早いです! 今すぐここから逃げて!!」

 

「そなたらを捨て置けぬ」

 

「私たちはほっといていいから、貴方が危ないんですってば!」

 

「落ち着け、桜。ベリウスは知ってんだろ。

自分だけ逃げたら、魔狩りの剣と騎士団が一斉にお前へふっかかるってこと」

 

「え、ええーっ!?」

 

「流石はわらわが見込んだ男。

この争いは、どちらかが痛みを伴わなければ止まらぬ」

 

「そんな……っ」

 

 

ユーリの話が本当なら、この切迫した状況でも尚、騎士団までもが私を狙っていることになる。

元々シャイコス遺跡重要参考人として帝国から召集を受けてはいたが、ヘリオードでアレクセイのお許しを貰っているわけだし、まだまだ猶予はあったはず。

ここまでする必要はないのではないか。

……もしかして、アレクセイ黒幕論が真実味を帯びてきたのかもしれない。

確かめるようにフレンへ視線を送ったが、彼は名残惜しそうに私を見つめて、切なく伏せた。

 

 

「桜、ごめん」

 

「フレンさん。説明して下さい」

 

「もうすぐ僕の騎士団がこの街を制圧する」

 

「制圧!? なんで? ベリウスがいるから?……私のせいなの?」

 

「君に伝えたいことがあるんだ」

 

「フレン。こいつの質問に答えろよ。街を武力制圧って、お前何やってんだ。

任務だのなんだのに理性潰されて、気でも狂ったのか」

 

「僕は彼女と話をしている。ユーリは黙ってくれ」

 

「おいおい」

 

 

フレンは幼馴染の詰問を冷静に振り払い、目の前の始祖の隷長に見向きもせず、ただ一直線に私の方へ向いた。

彼のその瞳には、私しか映ってないようにも見える。

どこまでも澄み切った青空のような、見入ってしまう純粋で力強い瞳。

私に関わる重大なことなのだろう、私は全身で食い入るように身を乗り出した。

 

 

「桜」

 

「フレンさん……」

 

「僕の傍にいてくれ」

 

 

恋人同士のように名前を呼びあってしまったと思ったら、それっぽい言葉が彼の口から発せられた。

未だ止まらない乱戦と物置きと化したベリウスを背景に、痛ましいほどの時間が流れる。

今、かったい表情でこの騎士は何を口走った、いや血迷ったのか。

 

 

「一緒に来て欲しいってことですか? だったら、この前港で断りましたよね」

 

「そういう意味じゃないよ」

 

「どういう意味?」

 

「桜、お前はこれ以上耳を貸さなくてもいい。フレン、てめぇもだ。ボケるのも大概にしろ」

 

「それは僕の台詞だ。ユーリは黙っていろと言っただろう」

 

「場違いな雰囲気作っといて、誰が黙るかよ。

お前の方こそ、すっかりノール港の約束忘れてんじゃねぇか。

混乱に乗じて何考えてんだ。周りの状況をくみ取れよ、フレン隊長」

 

「忘れてはいない。今がその時なんだ」

 

 

フレンの様子がおかしい。うん、まあ、おかしくないことの方が少ないけれども、ひどく焦っているようだ。

彼にも事情があるのかも知れないが、この混乱、この静まったギャラリーをひっくり返してまで、私に伝えたいことがあるのか。

幼馴染の異変にいち早く気付いていたユーリは、沈痛な面持ちで尚も止めにかかった。

 

 

「まずは落ち着けってんだ。時期を考えろ。いい大人が待てもできないのか、お前は」

 

「ユーリ。僕はもう待てない。ずっと抱えてきたものなんだ。彼女に出会ってから、ずっと」

 

「だったら、尚更」

 

「君もそれで、ああいう行為に出たんだろう」

 

「行為? まあ、あれは、だな……」

 

「僕と彼女はもう済ませた」

 

 

フレンがしれっと放った意味深な言葉によって、ユーリが泳いでいた眼が私へと止まり、ギャラリーと化したカロルとハリー、ナンは眉を潜め、当事者の私は声にならない悲鳴を上げた。

再び時は止まる。もはや一種のオブジェになっちゃったベリウス。ありがとうスルーしてくれて。

無理もないだろう、人の恋路に首突っ込む野次馬は馬に蹴られて死ねと言うが、入りたくてもできないのが現実だ。空気読んだらそうなるわな。

 

 

「って、フレンさん! 私、カプワ・トリムで、人工呼吸のこと喋ったら、絶交って言いましたよね!?

なんで、この時、この場所、ここのユー……不特性多数の場で、いらん秘密を暴露しちゃうんですか!?」

 

「僕は話してはいないよ」

 

「え? は? ん?――しまったああああああ!!」

 

 

私が半狂乱しつつ訴えたら、フレンに笑顔で否定された。

フレンに嵌められた。いや、私が言うまでもなかった。あんな言い方されれば、皆察してしまうだろう。

ユーリと同じくディープなキスしたんだろう。そうだろうって。

私の想像通りに連想したのか、濃厚なアレをお見舞いしてきた保護者は、怒ってるでもなく、悲しんでるでもなく、何とも掴めない無表情になっておられました。

 

 

「流石は幼馴染、やること成すこと変人だ!!」

 

「いつものノリで流せるとか思うなよ」

 

「スルーしてお願い!!」

 

「オレの知らないところで、フレンといつやったんだ」

 

「今それどころじゃないでしょ!」

 

「そりゃあ、そうだな。今は無理だ。――これが終わったらな」

 

「今後もない!! 今はベリウスの命が優先!!」

 

「わらわも人の恋路に興味があるが……」

 

「止めろ野次馬、ホントに死にたいのか!?」

 

「そこの保護者と違って、オレは気にしないぜ。

最終的に自分の元へ戻ってこればいいからな」

 

「話ややこしくするなよ死ぬよ、ドンの孫!!」

 

 

外野になってたベリウスやハリーまで参戦してきて、ますますカオスは広がった。

それに比べてカロルとナンは大人しいものだと高を括っていたら、彼らの目がベリウスの方へ走る。

頭上を火球が過って、標的のベリウスに着弾する前にその尻尾で叩き落とされた。

 

 

「桜の言う通り、談笑はここまでか」

 

「フレン隊長!!」

 

「ウィチル。ソディアもよく駆け付けてくれた」

 

 

ベリウスが睨み、フレンの視線の先、私たちがやってきた出入口から、小柄の魔導師と猫目の女騎士が駆け込んできた。

さっきの火球はウィチルが放ったものか、まずい。フレンだけならともかく、これ以上勢力が増えたら、ややこしいことこの上ない。

特にユーリのことを快く思っていないソディアは、私が彼に抱き抱えられているのを見て、目じりを釣り上げた。

 

 

「ユーリ・ローウェル! また桜を誑かして我が物にする気か!?

彼女を離しなさい! 剣の錆にしてくれる!!」

 

「なんであの猫目の姉ちゃんは、毎度毎度オレを目の敵にすんだよ」

 

「私に聞かないでよ」

 

「フレン隊長には、貴方が必要なのです。帰ってきてください」

 

「とか言ってますけど、実際どうなんです。フレンさん?」

 

「僕には、君が必要なんだ」

 

「私に何を求めてるんですか。しがない女子に期待しないでください」

 

「僕にとっては特別なんだ」

 

「特別……。もしかしなくとも、そこのハリーさんと一緒で聖核を探すの手伝ってほしいとか」

 

「……」

 

 

私の質問にフレンは大きく目を見開いて、反らし、沈黙で返してきた。

否定か。肯定か、それとも他にもあるのか。

私とユーリ、フレンの間から流れる不穏な空気を感じたのか、皆の間に緊張が走るも、再びベリウスが動いた。

乱戦に交じって魔狩りの剣たちの刃がベリウスに降りかかり、彼女はそれを後ろ脚と尻尾で防いだのだ。

 

 

「幻術もそろそろ限界か。やつらの火の粉が桜に降り掛かる前に、この場を治めなければ。

騎士の小僧。この襲撃は、そこの傷の小僧とそなたの差し金か。それとも上の連中の仕業か」

 

「桜を渡してください。そうすれば、我々は一旦ノードポリカから手を引きましょう」

 

「一旦引いた次は、わらわの命か」

 

「……」

 

「まあ良い。桜が欲しいならば、彼女を抱えている男に乞うべきであろう」

 

「ユーリ」

 

「断る」

 

「彼女にきちんと話伝えたいことがあるんだ。聞き分けてくれ」

 

「そりゃあ、桜の命をかけてまで言わなきゃなんねぇことか。

本末転倒だな。自己満足、自分本位、随分偉くなったもんだ隊長さんよ」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「なにアホ面下げて、オレに聞いてきてんだ。

桜に怪しい召集かけて、挙句この街を制圧したんだぜ。

上から何も聞かされてねぇのかよ」

 

「僕はただ」

 

「――そなたら、全員伏せろ!!」

 

 

釈明し始めるフレンを遮って、ベリウスは私たちに警告し、覆いかぶさってきた。

大きな身体が三度触れ、ベリウスに苦悶の表情が浮かぶ。

私は思わずユーリの腕から身を乗り出して、彼女に呼びかけた。

 

 

「ベリウス!!」

 

「男から離れるな。この程度、わらわには通じぬ」

 

「魔物め! 死ぬがいい!!」

 

 

ベリウスの背後から、ローブの男ティソンの爪が容赦なく襲い掛かる。

続いて大剣を持った男クリントがやってきて、彼に加勢してきたではないか。

ベリウスは彼らを戦闘不能にして、私たちの元へ駆けつけてきたんじゃなかったのか。

 

 

「自分の命が狙われてるのに、手を抜いていたの!?」

 

「始祖の隷長であるわらわが、人間を殺めてはならぬ。

あの戦争を繰り返してはならん」

 

「んなこと言ったって、このままじゃあ、ベリウスがやられるでしょう! ユーリ!」

 

「悪いが、オレの両手はいっぱいだ。

弱ったお前ほったらかして戦うなんて、リスキーな賭けには乗りたくないな」

 

 

一身に攻撃を受けるベリウスを前に、頼りのユーリは私を優先して動けない。

歯がゆい想いに駆られる私であったが、代わりにさっきまでまごまごしていたカロルが意を決して戦場へと身を投げ出した。

 

 

「止めてよ、2人とも! ベリウスは魔物じゃないよ!!」

 

「これはこれはカロルくん。またおかしなことを言い出すじゃないか」

 

「魔物は悪の根源だ。全て駆逐する」

 

「違う! ベリウスは始祖の隷長って言って……っ!」

 

「カロル。あたしたちは、魔狩りの剣よ。

ギルドを抜けて、あたしたちの掟を忘れてたの?」

 

「ナン……っ」

 

 

微かに悲しげな表情を見せるナンに問われ、カロルは説得する言葉を失い、言い淀んでしまった。

魔狩りの剣、特に彼女には魔物に対して、何か因縁があるようだが、今はそれどころじゃない。

私たちが目を見張る中、ベリウスは尻尾でクリントとティソンの攻撃を振り払い、彼らを後ろ脚で蹴り飛ばした。

仲間のビンチを目の当たりにしたナンは、迷うことなく憎悪の眼差しをベリウスに向ける。

 

 

「首領! 師匠!――この、邪悪な魔物め!!」

 

「ナン、ダメだって! って、ベリウス?」

 

 

カロルが焦燥を露わにしたその先には、今にも崩れ落ちそうなベリウスの姿があった。

背中はいくつもの傷が刻まれ、綺麗だった毛並みはボロボロになっている。

流石の始祖の隷長でも、手練れた人間たち相手に手加減はきつかったか。

 

 

「ベリウス、無事なの!?」

 

「案ずるな、桜。久々に暴れて、少し疲れただけじゃ」

 

 

見ていられなくなって駆け寄る私に、ベリウスは弱々しい声で顔をこちらに向け、まもなくガクリと足をおった。

全然平気ではない、誰かどう見ても重傷じゃないか。

彼女の命が危うい、何か手を打たなければ。

 

 

「そうだ、アイテム! ベリウス、レモングミがあるから、食べて下さい」

 

「気持ちだけ受け取っておこう。それはそなたが使うべきじゃ。

傷口が癒えたとはいえ失った血液が多い。身体も万全ではなかろうに」

 

「ベリウスの言う通りだぜ、桜。青い顔で心配されても説得力ないよ。

オレに抱かれて文句言わなかったのは、自覚があるからだろ」

 

「抱く言うな!」

 

「怒ってる場合かよ」

 

「怒るよ! もう私のことはどーでもいいんだよ!」

 

「良くないに決まってるだろ。とにかく、それ以上、戦いに首突っ込むな」

 

 

ユーリに強く諭されて、私はぐっと罵倒を飲み込んだ

いくらベリウスのためとはいえ、自分を投げ出すのはよくないし、彼の意見を無視してはいけない。

ただ、全体を鑑みれば、今すぐベリウスを助けないと事態は悪化の一途を辿ってしまう。

 

誰か、誰かベリウスの傷を癒してはくれないか。

 

助けを求めるように周囲を見渡すが、私たちの隙を窺っているハリーは期待できないし、カロルとナンは対峙して膠着状態だ。

もちろん、始祖の隷長と敵対している騎士団のソディアやウィチルに、直接お願いなんてできないが――

 

 

「フレンさん」

 

「僕の元へ戻る気になったかい?」

 

「ベリウスの傷を治して。騎士団もこの街から引いてくれるなら、ついて行ってもいい」

 

「ちょっと待て、桜。何言い出すんだ?」

 

「今皆が生き残る可能性はこれしかないの」

 

「お前……っ」

 

「私、マンタイクでフレンさんの治癒術を受けても平気だったんだから、ベリウスだって大丈夫なはずよ」

 

「オレが言いたいのはそんなんじゃない。

敵地にお前ひとりを行かせるわけねぇだろ……っ。

自分の言ってる意味わかってるのか!?」

 

「わかった。君の条件を飲もう」

 

「フレン……っ! お前ってヤツはいい加減、目ェ覚ましやがれ!」

 

 

頷くフレンの胸倉に、ユーリが怒りに任せて掴みかかろうとした。

――その時だ。

乱闘とベリウスから目を離している間に、大きなエアルの流れを感じた。

 

 

「エステル!?」

 

「わたしがベリウスを治します!

シャイコス遺跡で桜を治したことがありました。

一時的に苦しくなるかもしれませんが、すぐに良くなるはずです!」

 

「満月の子!? ……いかん!

わらわにそなたの力を使っては――ぐううっ!」

 

「な、なんじゃ? ベリウスの身体が光りだしたのじゃ!!」

 

 

パティが目を見開いて指差した先、エステルに治癒術を施されたベリウスが苦しそうに身をかがめ、光を放ち始めた。

いいや、正しくはベリウスの中にある何かがエステルの力に呼応しているのか。

施術をした当のエステルは、事態が読めず、困惑しながらベリウスを注視した。

 

 

「ど、どうして!? わたしは治癒術をかけただけなのに、桜の時はこんなことには」

 

「く、苦痛で済んだのは、桜が始祖の隷長として未完成だったからじゃ……っ!

わらわにとっては、あああっ!!」

 

「桜、彼女が未完成? 一体何を……?」

 

「いけないわ、エステル! それ以上は止めて!!」

 

 

ベリウスの言葉に当惑するフレン、ジュディスが悲鳴を上げて、始祖の隷長からエステルを引き離そうとするが、時すでに遅かった。

エステルの力によって、ベリウスの光が強くなり、膨大なエアルが収束し始める。

元々弱っていた私は、そのエアルの波に意識諸共飲まれそうになっていた。

 

 

「うう……っ。 頭が痛い、身体が、力が入んない……っ!」

 

「エアル酔いか!? 一旦ここから離れるぞ! 桜が持たねぇ!!」

 

「待ってくれ。ベリウスは今なんて……?

桜、君があれと同じ始祖の隷長? 一体何を言っているんだ?」

 

「フレンさん……」

 

「教えてくれ。君に何が起こっているんだい?」

 

「悠長に話し合ってる場合か!? オレが桜を連れて行く!

フレン、お前は自分の部下を使って、そこで暴れてる魔狩りの剣の連中を抑えろ!!」

 

「ユーリ!? わかった。桜の命が優先だ。

――君の件も含めて、彼女の話は後で必ず聞かせてもらう」

 

「オレもお前に聞きたいことが山ほどあるんだ。逃げるなよ」

 

 

フレンが険しい表情で告げると、ユーリも負けずに睨み返した。

私はというと、現実と夢の狭間を反復横跳びしており、胸のあたりがざわついて、意識を保つだけで精一杯だ。

ユーリはそんな私を再び抱き抱え、フレンが事態の鎮静化を計るべく、ソディアとウィチルに指示を出そうとしたが、ことは最悪の方向へと傾いていた。

 

 

「ぐぅあああああっ!!」

 

「……なんです? わたしの力、わたしのせい……?」

 

 

愕然とするエステルの前で、鼓膜を突き抜けるようなベリウスの咆哮が闘技場中に響き渡った。

始祖の隷長の瞳から、知性を宿したは光は消え失せ、前脚で柱を落とし、長い尾で壁を破壊して、後ろ脚が地面を抉り、周囲のあらゆるものを破壊しつくす。

予想外の急展開に立ちすくむ私たちであったが、暴れまわる始祖の隷長のひと睨みが凄まじいプレッシャーとなって襲い掛かり、一時的に押し潰されそうになる。

辛うじて、フレンが剣を構え、ユーリが私を抱き締めたまま立ち上がった。

 

 

「あれは危険だ。――参る!」

 

「フレン、止せ!」

 

「しかし……っ!」

 

 

暴走する始祖の隷長に、果敢にも立ち向かおうとするフレンをユーリがいち早く引き留めた。

騎士団がノードポリカの総領を倒してしまったら、戦士の殿堂が混乱に陥るかもしれない。

それより、辺りを破壊しまくる巨大生物相手に、果たしてフレンが敵うかどうか。

私たちが始祖の隷長の力量を測っている間にも、周囲の人間たちは蜘蛛の巣を散らすように逃げ出し、皆もぞろぞろ戻ってきた。

目的だったナッツの目は、未だ暴れ狂うベリウスに向けられたままだが。

 

 

「ベリウス様! お気を確かに! ベリウス様!」

 

「ベリウスに頼まれて、ナッツの野郎は助け出したものの、この有様よ。

このままじゃあ、闘技場どころか、街まで破壊されんじゃない?」

 

「おっさん。よく生きてたな。ってか、おっさんはどうでもいいだよ。桜が危ない」

 

「おっさんの尊い命を投げ捨てないで! いやいや、ちょい待ち。桜ちゃんピンチなの?」

 

「……レイヴンさん……」

 

「桜ちゃん!!」

 

 

ユーリに捨てられて泣きマネするレイヴンであったが、呻く私に気付くなり、深刻な顔で私へ手を伸ばしてきた。

彼は天を射る矢のボスから遣わされた私の護衛だ。心配するのも無理はない。

申し訳ない気持ちになる私の頬に、レイヴンの手が触れる寸前、それは如何わしいものに変わった。

豹変する下町の青年たち。

 

 

「触んな」

 

「お覚悟」

 

「ぎゃん!!」

 

 

私の頬に手が届きそうなところで、ユーリがスッと横に避けて、フレンの手刀がレイヴンのドタマに直撃する。

もろ垂直に入ったらしく、おっさんはその場でうずくまり、しはらく悶絶した後、光の速さでユーリとフレンに涙目で恨み節を放った。

 

 

「何すんのよ青年たち!?

せっかくいい雰囲気醸し出そうとしてたのに、手刀とかエグいわ!!」

 

「汚ぇ手で触んな」

 

「わかりました。次は抜剣ですね」

 

「何がわかるの殺さないで……っ! 俺様だって不思議少女を労わってもいいでしょ!

清純な女の子が白い肌をこんなに赤くしてまで頑張ってさぁ! イイ男なら手ぇ出さないわけにはいかない物件でしょ! 理解してちょーだい!!

 

「斬って捨てるぞ、おっさん」

 

「秋沙雨ですね、レイヴンさん」

 

「ふたりの青年が俺様と桜ちゃんの仲を切り裂くんだぁーっ!

手厳しったらありゃしない!! 泣くよおっさん!!」

 

「ひとりで咽び泣いてろ。皆。桜を連れて脱出するぞ」

 

 

レイヴンに冷めた視線を送ったユーリは、皆を促して、闘技場の出入り口へと足を向けた。

この街、ベリウスを見捨てるつもりなのか。

私の質問を代弁するように、ユーリの行く手をカロルが阻む。

 

 

「ノードポリカは? ベリウスはどうするのさ!?

ホントに全部滅茶苦茶になっちゃうよ!!」

 

「心配することはない、少年。私たち騎士団がこの場を食い止める」

 

「待ってください、フレン。ベリウスがああなったのは、わたしのせいです……っ!

フレン隊だけに任せるわけにはいきません」

 

「自分を責めないで下さい。エステリーゼ様。

この闘技場は御身に障ります。どうかここは我々に任せて、皆とお逃げ下さい」

 

「任せて、じゃないわよ、アホ騎士。あんたの隊だけでなんとかなる相手なの?

あたしたち全員総出で戦っても、止まるかどうかわからないわよ、あれ」

 

「覚悟の上だ。元々そのために、私たちはここにやってきた」

 

 

リタのシビアな指摘に対して、フレンがいつにもない低い声色で答えるのを聞き、私の中にあった不安が確信へと変わった。

デュークが話していた通り、帝国、その下の騎士団はフェローとベリウスから、聖核を奪おうとしている。

フレンの目的もそれならば、ベリウスが彼の手によって殺されてしまう。

 

 

「駄目……っ。……フレンさんっ」

 

「桜。大丈夫だ。全て片付けたら、必ず君の元へ駆けつけて見せるよ。

だから、無理しないで、安心しておやすみ」

 

「違……っ」

 

「再会できたあかつきには、僕の話を聞いて欲しい」

 

 

ベリウス討伐を止めようとフレンの胸へ手を伸ばしたが、彼はその手を両手で握り絞めて、決意に満ちた眼差しを私に全力で注いできた。

これは駄目かもしれない。いらんスイッチが入ったわ。とんでもない展開だよ、どうしよう。

目の前にいる勘違いなイケメンをどう説得しようかひとり悩んでいようとも、物事は自動的に進んでしまう。

 

 

「殿はフレンに任せた。……簡単にくたばるなよ」

 

「ユーリこそ、彼女を頼む」

 

「……駄目、なのに。ユーリ……っ、ベリウス、が」

 

「わかってる。けど、お前の命に背は変えられないだろ」

 

 

事情の知るユーリになんとかして視線を送るものの、バッサリ却下されてしまった。

私のせいなのか。私が元気だったら、皆でベリウスを止められるかもしれないのに。

自分の身体を持たせるのに精一杯で、苛立ちに任せて拳を握りしめることさえ叶わない。

 

 

「……っ」

 

「桜の姉御が陸に打ち上げられたクラゲのようにクタクタひぃひぃなのじゃ。

サンゴのようにつったッとらんで、桜の姉御を安心できる場所へスタコラサッサするのじゃ!」

 

「先頭はボクとラピードに任せて!」

 

「ワン!!」

 

「頼りにしてるぜ。カロル先生、ラピード!」

 

「待って!」

 

 

カロルとラピードを筆頭に皆が闘技場から逃げようとしている最中、誰かが私たちを呼び止めた。

足を止める皆につられて、ノロノロと視線を声の主へ向ける。

ぼやける視界、騒乱の中、毅然と佇むひとりのクリティア人がそこにいた。

 

――ジュディス?

 

先程まで気配がなかった彼女はスタスタとユーリの前、私の元までやってくると、その赤い瞳を真っ直ぐ投げかけてきた。

 

 

「桜。意識はあるわね? また私と一緒に戦える?」

 

「ジュディ!」

 

「貴方は黙っていて。私は今、桜と話しているの」

 

「ジュディ、こいつは見ての通りエアルに中てられて疲労困憊だ。自力で動けねぇよ」

 

「もうひとりの方なら平気でしょう?」

 

「あのな。桜をベリウスの前に放り出すなんて世迷言ほざくなら、いくらお前でもこの場で斬り捨てるぞ」

 

「どの道、街を出るまで彼女が持つかわからないわ。

ベリウスがあの状態なら、いつ桜の中からあれが出てきてもおなしくないでしょう?」

 

「オレがついている。こいつに戦いなんてさせねぇよ」

 

「それは貴方の勝手よ」

 

 

ユーリの鋭い剣幕を華麗にスルーしたジュディスは、尚も真剣な眼差しで私に続けた。

その口調に、いつもののほほんとした雰囲気は感じられない。

相当押し迫った気持ちが嫌でも伝わってくる。

 

 

「私に力を貸して、もう少し頑張ってほしいの」

 

「いい加減にしろ、ジュディ!」

 

「しつこいのは貴方の方よ。可愛い騎士さんまで間に入ってきて、邪魔しないでくれる?」

 

「そうはいきません。貴方はこんな状態の桜に戦えと? 正気ですか!?」

 

「失礼ね。私はいつでもまじめよ」

 

「正気沙汰ではありません。彼女は騎士団の管轄下にありますが、何より僕が守らないと」

 

「過保護ね」

 

「貴方こそ冷静になってください」

 

「頭を冷やすのは貴方たちではないのかしら。逃げても間に合わない。戦うのもダメ。

顔だけの男がふたり寄ってたかって守る守るばかりで、冒険ひとつさせないのは、桜の成長のためにも良くないと思うの」

 

「か、顔だけ……」

「手厳しいな、おい」

 

 

ジュディスから痛い指摘を受けたフレンとユーリはぐも言えずに、その場で啞然とした。

彼らの数々の活躍を見ていれば、残念なイケメンで片付けることはないと思うが。

呆気にとられる皆を差し置いて、ジュディスは再度私の傍までやってくると、手加減なしに気持ちを揺さぶってきた。

 

 

「私の声が聞こえる?」

 

ジュディスの力のこもった声がする。

 

「ここでやらないと、貴方が後悔するのよ」

 

私がしなければいけないこと。

 

「貴方の力が必要なの」

 

私の力。

 

「桜。お願い、力を貸して」

 

 

ジュデイスのルビーの瞳が私の心に火を灯した。

彼女の言葉を引き金に、私が抑え込んできた気持ちがひっくり返って、決心へと変えたのだ。

何もできないまま、エアルにやられ、いつ意識を持っていかれてもおかしくないの瀬戸際で、自分に需要があると知ったら応えてしまうだろう。

 

ベリウスの雄たけびとともに、エアルの波が大河原のごとくこちらに流れてくる。

その流れに暴れる心を解き放った途端、全身に力がみなぎり、私はユーリの腕から素早く離れた。

 

 

「ありがとう。桜」

 

「桜が回復した? これはどういう……?」

 

「チッ! 結局こうなんのかよ!」

 

 

普段の私からかけ離れた挙動、その姿勢にジュディスは頷き、フレンが驚き戸惑いながら、ユーリへ問いかけるものの、そのユーリだけは一切私から目を離さなかった。

ユーリに警戒されている。

私の中が、激しく動揺している。

また不意を突かれて拘束でもされたら、また非力な私に戻ってしまう。

それを知っている彼は、誘うようにこいこいと手を振って、私を挑発し始めた。

 

 

「なんだ? 暴れたいなら、オレを出し抜いてからにしろ」

 

 

ベリウスを止めるまでは、私に戻るわけにはいかない。

私はじりじりと後退し、ベリウスの方へ近づこうとした。

が、しかし、今度はフレンが、一歩、また一歩と私の方へ近づいてくる。

 

 

「桜。僕たちから距離をとるなんて、君らしくないよ」

 

厄介だ。

 

「お前の出番はなしだ。大人しくしてもらうぜ」

 

面倒だ。

 

「オレの元へ戻ってこい」

 

 

ユーリが私の方へ手を伸ばしてきた。

いつもいつも、毎回毎回、懲りなく私を救い取ってくれた彼の手。

このままそれを受け入れたら、戦いに支障が出るかもしれない。

 

皆の戸惑うような視線が私に集中する。

ジュディスは今か今かと目でせっついてくる。

ベリウスが呼んでいる。

私の心が揺れる。

時間がない。

 

 

切り離すしかない。

 

 

――え?

 

 

予想たにしない決断が下され、不意打ちをくらった"私"の意識は、ブレーカーの如く何かから切断された。

同時にユーリ、フレン、皆の姿がシャットアウトし、五感全てを失う。

間もなくして、意識は沈黙の闇に葬られてしまった。

 

 

 

 

 

*********************

 

 

 

 

 

温かい。ぬくぬくしている。心地よい。

深い深いまどろみに包まれ、私は静かに寝息を立てていた。

 

ひと思いに寝入っていたいのに、大勢の雑踏が私の耳を突ついて、眠りを妨げようとする。

続いて、椅子を引きづったり、黒板にチョークが走る音がしたり、ボールが弾む音がして、囁き声や大声、さまざまな会話がこちらに流れてきた。

近くから、または遠くからかもしれない。

煩わしいと聞き流していたら、授業開始のチャイム音が流れてきて、私は咄嗟に顔を上げた。

 

 

「ね、寝てた!!」

 

 

眠気眼をこすりつつ、私は自分がぶっ潰していた机の上に何もないのに気付き、教室の黒板の近くに貼られた時間割表に目を走らせた。

 

 

「……皆は?」

 

 

焦って授業の準備をしかけたものの、先ほどまで耳を支配していた雑音がない。

どころか人っ子一人見当たらない。

無人の教室に、私はただ一人自席に腰掛けていた。

窓から運動場を覗いてみるものの、見慣れた風景に人影はない。

 

 

「ここ、どこ? ううん、違う。学校だ。

私、学級委員会に参加しなきゃならなくて……。

それで、制服に着替えて、学校に……」

 

 

澱んだ記憶を整理しながら、窓ガラスへ視線を移すと、そこには学校指定の制服に身を包んだ自分が映っていた。

見慣れた姿のはずなのに、頭の中の違和感が拭えない。

少しずつ脳みそが覚醒したところで、廊下の方から足音が響いてきた。

 

 

「誰か、いるの?」

 

 

私の中で恐怖と好奇心がひしめき合う間にも、足音はだんだん遠ざかっていく。

考える時間を与えてくれないなら、迷わず行動に移すしかない。

私は一目散に、足音を追って、教室を飛び出した。

 

 

「待って! 私はここにいる!!」

 

 

自分でもわけわからんことのたまいながら、静寂の廊下を駆け抜ける。

慣れた足取りで右へ左へ曲がって、階段を登るうちに、どんどん距離は縮んでいく。

その隙間から、見覚えのあるブーツ、黄金の腕輪、長く艶やかな黒髪が私を誘うように見え隠れした。

 

 

「待てっつってんでしょ!!」

 

 

長い階段を延々と登った私は、息を切らしながら、屋上まで足音を追い込んだ。

ここまでくれば、逃げられない。高鳴る鼓動を抑えつつ、私は目前の存在へ全ての意識にぶつける。

ただっ広い青空の下に映える黒衣、長身で細身の身体、涼やかな風は長い髪を撫でて、暖かな日差しが彼の姿を露わにした。

 

 

「よう。こんなとこまで着て、オレにご執心か?」

 

「ユーリ」

 

 

いつものように微笑む美青年に問われて、自然と名前を零してしまった。

私の立つ方向、屋上の真ん中で、命ひとつで私を守ってきてくれた彼がいる。

今にも想いの丈が喉から出てきそうになって、私は一直線に彼の元へ駆け出し、大きく飛躍して――ラリアットを放った。

 

 

「とう!!」

 

「うお!?」

 

 

全力でユーリの首を狙ったはずが、器用にかわされ、そのまま抱きしめられてしまった。不本意だ。

 

 

「なんで素直に受け止めないの!?」

 

「相変わらず個性的な愛情表現だな」

 

「これが愛であって堪るか! なんで私から逃げてたんだよ!?」

 

「お前がそうして欲しかったんだろ。押せば退く、退けば押すもんだってな」

 

「意味わからんことほざくな! 私ひとりでどんだけ寂しかったと……っ!!

ち、違う!! ユーリが居なくても平気……じゃないかも」

 

「強がるな。ここじゃあ、隠し事はできねぇよ」

 

 

ユーリは秘密とばかりに人差し指を立てたかと思うと、ないないとばかりに手のひらを見せた。

まるで子供をあやすようなそぶりに、私の不満は募っていく。

私の想いなど知りもしない彼は変わらぬ笑顔、口調で続けた。

 

 

「ついでに言うとな。オレはユーリじゃない」

 

「……っ!」

 

 

彼の突拍子もない発言と、私を見つめる黒い瞳から別のものを感じて、私は咄嗟に身を離した。

数歩距離を取って、間合いを作ろうとする私を、彼はじっと見守ったまま、襲ってくる様子はない。

それどころか、両手を広げて、私を誘ってくるではないか。

 

 

「怯えんな。何も取って食うつもりはねぇよ」

 

「誰なの、貴方」

 

「夢の中のユーリだよ。現実のじゃないってことだ」

 

 

このお兄さんはなんの恥ずかしげもなく、親指を自身の胸に押し当てて、自信満々で斜め上な言葉を言ってのけた。

 

 

「誰? 頭のおかしい人? ひょっとしておかしいのは私の方?

今すぐここから飛び降りたいんですけど」

 

「いくら幻術の中とは言え、屋上から落っこちたらショック死すんぞ。止めとけ」

 

「幻……術? ……ひょっとして、ベリウス?」

 

「察しが良いな」

 

 

思い当たることを口に出してみると、彼は正解とばかりに笑顔を浮かべた。

ベリウスは確か、エステルの力によって暴走しているはず。

今頃、皆はどうしているのか。本物のユーリやフレンは、なんで私だけここにいるのか。

 

 

「早く皆の所に行かないと!!」

 

「落ち着け」

 

 

回れ右する私の腕を彼が掴んで引き留める。

驚いて振り向くと、彼は真剣な表情で私に答えた。

 

 

「皆は無事だ」

 

「ホントに?」

 

「今んところはな」

 

「やっぱり戻る!!」

 

「待て待て待て。落ち着けって言っただろ。お前、戻る方法知ってんのか?」

 

「知るわけねーでしょ! 私の夢の中のユーリなら、私の考えてることくらい、わかるんじゃないの!?

何がどーなって、こーなってるんだよ! なんであんたが、よりにもよってユーリが出てくるんだよ!?」

 

「お前にとって、一番会いたくなくて、一番会いたいやつだからさ」

 

 

それこそ察しろと彼に苦笑されて、私は身体中が熱くなった。

たちまち押し寄せてくる甘酸っぱい気持ちを押し込めようとした私は、彼目掛けてストレートパンチをお見舞いする。

もちろん、彼は易々とそれを片手で受け止めた。

 

 

「暴力で訴えるの止めろよ」

 

「私の拳だ。夢の中ならありがたく甘受しろ」

 

「人間の深層心理ってやつだ。夢の中だからって、何もかもが思い通りになると思うなよ。

お前が見ているもんは、ベリウスの幻術なのに、間違いはない。

正確には、桜の記憶を基盤に作った精神世界、精神体だな」

 

「精神? なんでもいい。今すぐ皆の元に戻して。いや、私を起こして。

今のところってことは、これから危なくなるって意味でしょう!」

 

「ベリウスがお前だけに話があるから、わざわざ環境作ってくれたんだろ。

まずはクールになろうぜ」

 

「ここが精神世界で、貴方が精神体?

なんでまたユーリがでてくるの?」

 

「言っただろ。お前が会いたくて、会いたくない男だって」

 

「しつこくその意味不明な説明続けるなら、永遠に減らず口叩けなくするぞ」

 

「また、オレの唇を奪う気か?」

 

「よっぽど成敗されたいんだな。私の関節技を堪能したいんだな。

閻魔様へのお土産は済んだんだろうな。頭か腕か脚もげる覚悟を決めろ」

 

「それでお前の気が済むなら、いくらでもどうぞ」

 

「気が済むわけないでしょうが!

ちゃんと真面目に、単刀直入に説明してよ」

 

「オレが現れたのは、……まあ、お前に聞く耳持たせるためだろ」

 

 

彼は私の拳を握りながら、辛抱強く説明してくれた。

ベリウスが私にのみ伝えたいことがあって、私の精神と自身の幻術を使い、彼とこの世界を作ったと。

言われてみれば、彼がユーリの姿、言動をしなければ、ここまで追いかけずにとっとととんずらしていたはず。

 

 

「こんな大がかりなことしなくてもいいのに。

エステルだって、満月の子のこと訊きたがってたよ。どうして私ひとりなの?」

 

「今ここで、お前にしかできない話なんだよ、桜。

始祖の……ふたつの精神もってなきゃあ、現実のお前は今頃人の形をした肉塊だ」

 

「肉……っ!? い、今、現実の私はどうなってる!?」

 

「もうひとりのお前が頑張ってるよ。皆と一緒にベリウスと戦ってる。

そこへ夢の中のお前が目を覚ましたら、……わかるよな?」

 

 

彼から探るような眼で見つめられて、私は彼が言わんとしていることを理解した。

私が起きたりしたら、間違いなく一名が戦線離脱、さらにお荷物と化して、戦況は悪化するだろう。

夢の中の彼は、私の考えなどお見通しだったのか、俯いている私の頭を軽く突いてきた。

 

 

「無力を嘆くな。お前の存在自体が皆の励みになってんだ。自信持てよ」

 

「自分の夢の中の貴方に言われても」

 

「現実のオレも同じこと言うだろうよ」

 

「それも私の妄想なんでしょ」

 

「とんだひねくれものだな。ここで自信つうか、生きる気力もってもらわねぇと。話切り出しにくいんだけど」

 

「なんのこと?」

 

 

私が首を傾げると、彼は一瞬表情を曇らせ、再び腰に手を当てて斜めに構えた。

 

 

「べリウスはサディストなのか。いや、お前もなかなかマゾヒズムだよな」

 

「私はノーマルだ! 違う! ユーリはそんなこと言わない!!」

 

「喜べ。お前の理想像だぞ」

 

「消えるがいい」

 

「はいそうですかって消えるかよ。オレはお前のためにいるんだからな」

 

「自分の妄想の産物などいらん」

 

「遠慮するなよ」

 

「これ、ベリウスも観てるんでしょ。羞恥心で爆発するわ」

 

「誰も観てないよ。これらはベリウスの残りカスのようなもんだ。

だから安心して、思う存分にオレを好きに使って良いんだぜ。

煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」

 

「だから、本物のユーリはそんなこと言わない」

 

「躓くなら、この胸で受け止めてやる

胸に飛び込んだら、抱きしめてやる。

お前の望む言葉もかけてやるさ」

 

「どんな恋愛シュミレーションゲームなんだよ。妄想甚だしいわ」

 

「なんだったら、3回目のあれをやってみるか」

 

「殺す」

 

 

彼がニンマリとディープキスの話題を持ち掛けてきて、私は湧き上がる感情を抑えきれず左フックをお見舞いした。

けれども、悲しきかな。3度目も簡単に片手で受け止められてしまう。

 

 

「いつから、オレのお嬢さんは、照れ隠しに暴力振るうバイオレンスな女の子になったんだ」

 

「本題入りなさい。さっさと言う、とっとと吐く、ばばっと告りなさいよ」

 

「もったいないことすんのな、お前」

 

「しつこい」

 

「ここの時間は有限なんだ。有効活用しろよ」

 

「ベリウスの話って何?」

 

「夢を夢で楽しめなきゃ損じゃねぇか。上手く使ったらどうだ」

 

「ふざけないで。現実のユーリは逃げたりしない。

どんなに辛い時だって、皆と一緒に切り抜けてきた」

 

「ここは夢の中なんだ」

 

「私にとっては現実よ。逃げたりしない」

 

「本当に辛いことだぞ。……いいのか」

 

 

私が覚悟を口にした途端、先程までの軽快な彼は消え、氷のように冷たい男が立っていた。

ラゴウを殺した時、キュモールを追い詰めた時と同じかもしれない。

それほど、恐ろしい男が目の前で、私に何かを知らしめようとしていた。

 

 

「ちょっといきなり怖い顔しないで。辛いこと。……怖いって意味?」

 

「楽だってやつもいるな。その方がマシだってのもいる」

 

「まさか。でも、意味がわからないよ」

 

「いいか。オレがこれから話す言葉は、全てベリウスのものだ。

終わりというまで、お前のユーリ・ローウェルじゃない」

 

 

彼は言うなり、その鋭い眼光と口をそっと閉じ、私も合わせて黙り込んだ。

青空の下、高いフェンスが私たちを取り囲み、耳が痛くなるような沈黙の中、時折風が耳にそよぐ。

見えない恐怖心から逃げようと、最も信頼できる男の姿の彼に意識を傾けた。

彫刻家が丹精込めて掘ったような美しい眉目、程よく厚い唇は、微動だにしない。

 

このまま、永遠にこの男を眺めてていいんじゃないか。

 

一瞬決心が揺らいだ時、彼は双眼を開いて、黒い眼で私を捉えると、真顔でこう告白してきた。

 

 

「桜はもういないんだ」

 

「……ない?」

 

「桜という人間は、とっくの前に死んだ」

 

 

彼から放たれた真実に、私は耳を疑った。

理解するよりも早く、ユーリの声で、彼の言動に私の心をえぐられる。

到底理解できない、したくない現実を突きつけられて、風と共に意識は吹き飛びそうになったが、逃げてはいけない。

かろうじて残った理性が、ユーリを象った男に問いかける。

 

 

「今。なんて?」

 

「テルカ・リュミレースに来た時点で、桜は死んだんだ」

 

「妄想が何言ってるの!?」

 

「妄想じゃない。今のオレはベリウスの代弁者だ」

 

「それが何。ユーリは無事だったのに、私だけ死ぬわけないじゃない!

だったら、今の私は何なの!?」

 

「今の桜は聖核の力で動いてんだ。元の桜はエアルに殺された」

 

 

頼りの男の影に、3度も残酷な現実を突きつけられて、打ちひしがれそうになる。

違う。そうじゃない。私は私なんだ。ユーリがそう言ってくれたじゃないか。

私は子どものように地団太を踏んで、必死にあらがった。

 

 

「死んでない!」

 

「ああ、生かされてるんだ」

 

「私はユーリとの出会いを覚えてる!」

 

「でも死んだ。人間だった、ユーリと出会った時の桜はもういない」

 

「そんなことない!……ユーリの姿で、ユーリの声で、そんな言葉聞きたくない!!」

 

「ユーリじゃない。この言葉はベリウスのものだ。恨むんなら、自分とベリウスにするんだな」

 

「なんで、そんな酷い事言うの?」

 

「桜がそうしたんだろ」

 

「私、そんなの望んでない!」

 

「だろうな」

 

「だったら、もう止めてよ!」

 

「――終わりだ」

 

 

散々私をいじめた彼は、両手を胸の前でパンと勢いよく叩いた。

しんと静まり返り、今まで肌を撫でていた風も止まる。

事態に追いつけずに固まる私へ、彼は徐に手を伸ばしてきた。

反射的に身を引く私であったが、合えなく腕が彼に掴まれ、引き込まれてしまう。

気付いたら、私は彼の胸の中にいた。

 

 

「悪かったな」

 

 

彼の苦しそうな吐息が、私の耳にふりかかった。

マンタイクでのあの夜、私を抱きしめてくれたあの経験がここで再現される。

あの温もり、胸の弾力、私の身体を包み込む力強い二の腕、何もかもがあの時と同じ。

途端、堰を切ったように私の瞳から大粒の涙が次々にこぼれだした。

 

 

「私、死んでないのに……っ! 私の気持ちはここにあるのに!」

 

「ああ。どんなになったって、お前は桜だ」

 

「本当だよね? 今の私は、私のままなんだよね?」

 

「桜に違いない。心は生きている。生き残ったんだ」

 

「私の妄想じゃない? 全部嘘だよね?」

 

 

私が幼子のように尋ねると、彼は困った顔で優しく頭を撫でてくれた。

 

 

「ごめんな」

 

「……謝らないで。貴方が悪いみたいじゃない」

 

「ユーリならそうしただろ」

 

「そうね。マンタイクでもこうしてくれた。ユーリなら、きっと……」

 

 

言って、私は全身で甘えたい気持ちを抑え、改めて彼の存在を確かめようとした。

彼は私の妄想なんだ。私の良いようにできてるんだろう。

現に彼は私の手が自身の頬に触れても、甘んじて受け止めた。

 

 

「冷たい」

 

「お前の手はあったかいな」

 

「感触あるんだ」

 

「当然だろ」

 

「嫌じゃないの?」

 

「オレが好きにしろって言ったの忘れたのか」

 

「うーん……」

 

 

ひとつも難色を示さない彼に、私は遠慮なく頬から首元を指でなぞった。

血色の良い首から人並みの体温が伝わり、脈も感じる。さらに露わになった胸元に手のひらをあてると規則正しい心音が届く。

夢の中、幻術から生まれた精神体なのに、大人しく私を受け入れる彼から生命の息吹を感じた。

 

 

「私の妄想にしては、すんごいリアルなんですけど。

……本当の、本当に、本物のユーリじゃないよね?」

 

「お前の想像力が豊かなんだよ」

 

「マジか」

 

「まあ、あんだけ現実で抱かれたんだ。

忠実にユーリの身体を再現できて当然か」

 

「抱く言うな!!」

 

「もっと触れて確かめても良いんだぜ」

 

「もーいいよ! って、言ってる傍から、私の手を掴んで胸に押し付けんな!!」

 

「はっはっはっ!」

 

 

逃れようともがく私の手を自分の胸にあてたまま、彼は爽快に笑った。

私で戯れる時はあったが、こんなに穏やかなユーリはあまり見たことないかもしれない。

だからこそ、彼は夢の中のユーリで、私は現実から逃げようとしているのだろう。

 

 

「私、本当に……死んだんだよね」

 

「心は生きている」

 

「人間だった私はもうどこにもいないんだ」

 

「お前の心はここだ。桜はここにいる」

 

「どうにもならないの? 蘇る方法とかない?」

 

「生きろ」

 

「真面目に答えて」

 

「本気だよ」

 

「どこをどう聞いたら、そんな単語ひとつで納得できんのよ! その緩んだ面ひっぱたくぞ!!」

 

「人間がなんだ。始祖の隷長がなんだ。心が生きてりゃあ、何とかなるさ。

そのためのユーリ・ローウェルなんだろ」

 

 

彼は私の重大な質問に対して、なんてことはないとばかりに笑って答えた。

私がそうして欲しいと思ったからだろうか。自分が傷つきたくないと願ったから。

ただし、直面している厳しい現実は変わったりしない。

 

 

「私ひとりじゃ、こんなの受け止めきれない。生きてく自信がないよ」

 

「だから、桜はオレを選んだ」

 

「酷くない? ユーリの姿で酷い現実を寄越した後に、抱き締めてからのゴメンだもの」

 

「こうして欲しかったんだろ」

 

「……まあ、うん。知らなきゃいけないことだったし。

ごめん。さっきは辛くあたって。貴方もあんなこと言いたくなかったでしょう」

 

「オレの方こそ、謝る必要はないよ。桜のために、オレがいる。

お前の役に立ったなら、万々歳だ」

 

「私、まだ頭の中がぐちゃぐちゃで、全然気持ちが治まらなくて。うまく言葉にできない」

 

「言葉にしなくったって、オレにはわかるよ。今のうちに精一杯くよくよしとくんだ。

信頼できて、自分をうまく励ましてくる男がここにいるだろ」

 

「そっか。私、落ち込んでるんだ。どうしたら、元気になれる?」

 

「泣けるときに、いっぱい泣くといい。

そん時はオレが胸を貸してやる。慰めの言葉だってくれてやる。力いっぱい抱き締めてやる。

そしたら、涙も枯れて、元気が充電されるだろ」

 

「うーん」

 

「それとも、何か。オレ以外に気になる男がいるのかよ」

 

「どうしよう」

 

「真剣に悩むな」

 

「そうじゃなくて。私、どうすればいい?」

 

「ん?」

 

「ユーリ。現実のユーリになんて説明すればいいの?」

 

 

間違えないで欲しい。私を抱き締めて、都合のいい言葉を発しているのは、飽くまでも私の中のユーリなのだ。

現実のユーリはこのことを知らない。知るどころか、きっと今の私は元の世界のままのものだと信じている。

私に明かされた現実は、もはや私だけのものではなくなったのだ。

 

 

「私がこんなことになってるなんて。なんのためにユーリとここまで頑張ってきたんだろう」

 

「元の世界に戻るためじゃなかったのか?」

 

「そんなこと、今の話を聞いたらできっこないじゃない。

フレンさんの言ってたことは本当だったんだ。世界の行き来にはリスクを伴うって」

 

「そりゃあ、向こうからこっちに来たときだけだろ。

元の世界への手段が絶たれたわけじゃないさ」

 

「怖いよ」

 

「ユーリがついてるだろ」

 

「できない。ただでさえ、困らせてばかりなのに」

 

「ユーリは困ってたか?」

 

「ユーリがこのことを知ったら、私に失望しちゃう」

 

「そうか?」

 

「そうだよ!!」

 

「じゃあ、もう一度振り返ってみろよ。

今日までのユーリとの旅はなんだったんだ? お前は何にどうして欲しかったんだ?」

 

 

彼から強い眼差しを受けて、私は胸が跳ねそうになりつつも、今までのユーリとの旅路を思い出した。

まず思い浮かんだのは、ザーフィアスで監禁されていた私を見つけ、懸命に救い出そうとしたユーリの必死の表情だ。

 

行く先々で襲い掛かる魔物や悪い人たちから、自らが傷ついても、倒れても、諦めることなく、何の見返りもなく、足手まといの私を守り続けて来てくれた。

時にはその手を血を染めたこともあったけれど、異世界で必死に生きる私を励まし、時には温かく優しく手を差し伸べ、包み込んでくれたんだ。

 

私にとって、ユーリは何?

ユーリにとって、私は何?

 

ユーリの余裕の顔、微笑んだ顔、怒った顔、つんけんな顔、真面目な顔が走馬灯のように、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

「ユーリ……」

 

「そのユーリに頼って、まだ元の世界に帰りたいのか。お前」

 

「……わからない」

 

「この期に及んで答えが見つからないってか。

オレはもう自覚しているもんだと踏んでたんだが」

 

「妄想のあんたに何がわかるんだよ」

 

「お前の妄想だから、もう気付いてんだよ」

 

「あ……っ」

 

 

渦中の男の姿をした彼から、思いもしない事実を突っ込まれて、私は大いに動揺した。

そうだった。ここでは隠し事は出来ない夢の中だ。私の心境など、彼には筒抜けだろう。

驚愕に震えながら彼の顔を覗き見たら、何もかも悟ったような笑みが返ってきた。

 

 

「観念しろよ。お前はユーリを」

 

「認めて欲しかったの!」

 

「あ?」

 

「私は自分のあり方をユーリに認めて欲しかった!

弱くても、頼ってばかりいても、何かの役に立てるって!

ほら、今現在進行形で戦ってるもうひとりの私だって!!」

 

「ここまできて、そうくるのか、お前な……。

心配しなくても、ここにはお前しかいねぇって言ってるだろうが。

人の恋路に聞き耳立ててるような、野次馬はいない」

 

「恋じゃない! 信頼関係だよ!!」

 

「オレ、さっき言ったよな。ここの時間は有限だって。

現実でベリウスが死んだら、この世界、このオレとおさらばなんだぜ」

 

「ベリウスの死……?」

 

 

現実世界の危機をもって来られて、火照った身体が急激に冷えた。

ジュディスは一緒に戦ってほしいと言っていたが、ベリウスを戦って止めるではなく、殺して止めるという意味だったのか。

焦燥に駆られて、戦況を知るであろう彼の方へ視線を戻したら、すらりとした足元から徐々に消えかかっていた。

 

 

「言ってる傍から、時間切れかよ」

 

「時間がない? 本当にいなくなるの?

貴方には、まだいっぱい話したいことがあるのに!」

 

「それは現実の方で思う様やってくれ。伝えなきゃいけないことがあるだろ。腹ぁ括れよ」

 

「違う、そうじゃない」

 

「オレはひと時の夢。お前の夢の産物だぜ。情はいらない」

 

「……」

 

「不安がるな。いつだって、オレはお前の中にいる」

 

「私の心の中?」

 

「ユーリならああ言ってくれる。こう考えてくれる。そう動くだろう。そのユーリがオレ」

 

「わけわかんないんですけど」

 

 

世界が粒子になって消えていく、微笑む彼の姿が霞んでいくこの幻想を前にして、私は耐えきれずに目から涙があふれそうになった。

嫌だ、まだここに、彼と一緒にいたい。夢の中なら、時間も感情も自由にできたらいいのに、堪えようとも気が高ぶってままならない。

彼は零れ落ちそうになる私の涙を透ける指ですくいあげた。

 

 

「これは貰っていくぜ」

 

「なんで?」

 

「手ぶらで消えるのはもったいないだろ」

 

「もったいないって。そんなので満足なの?」

 

「十分すぎるくらいだ」

 

「また会える?」

 

「お前が大人しくおねんねできたらな」

 

「そっか……。夢なら、眠らないと会えないんだね。

でも、貴方はベリウスの幻術で……。じゃあ、もう」

 

「現実のオレより、よかっただろ。流石桜の理想のオレ」

 

「あのね」

 

「お前に渡したいものがある」

 

 

彼は安らかな表情のまま、そう告げると、再び私の背中にを片手回し、この胸にしまい込んだ。

どんどん彼の存在が遠くなっていくのが分かる。

胸が苦しくなるにつれて彼の肉体、温もりは消えていって、完全に消え去ろうとしていた。

 

 

「ユーリ!」

 

 

彼の姿を追って掴みかかろうとした瞬間、入れ替わるようにして一抱えの宝石が目の前に現れた。

水晶のような表面から、海原の水面を思わせる青い光を放っている。

壊れないように両手でそっと抱えた瞬間、ユーリの声ではない何かが、直接頭の中に語り掛けてきた。

 

 

『それはわらわの塊。蒼穹の水玉』

 

「ベリウス!? ユーリはどこ?」

 

『男は生きておる』

 

「そーじゃなくて! ここの……っ!」

 

『そなたの前に現れたのは、あの男であったか。

すまぬ。酷な体験をさせてしまったようじゃ』

 

 

夢の時間を邪魔されて怒りに震える私であったが、穏やかなベリウスの声によって、我に返った。

ここはベリウスが作った世界だ。私の身に起こった事の経緯は大体想像がついたんだろう。

辛いし、悲しいし、寂しい気持ちが胸の中で渦巻くが、世界の崩壊は止まらない。

ベリウスは心の整理のつかない私に構わず、本題に入った。

 

 

『ドン・ホワイトホース。我が友に蒼穹の水玉を』

 

「この聖核のこと? 何勝手なこと言ってるの!?

私は彼と……あんなこと、きちんとお別れもしてないのに」

 

『現実世界におるじゃろう』

 

「ちがーうっ! もっと、こう、気持ち的な、プラトニックなもん察しねーのかよ!!」

 

『すまぬな。混乱しているだろうが、わらわに残された時間はもうない』

 

「あんたもかよ! 死ぬなんてダメ! 生きろ! もっと踏ん張れ!!

彼も貴方も揃いも揃って、どうして私の前からいなくなるのよ!」

 

『姿が消えても、心は生きておる』

 

「消えても、生きてるものなの?」

 

『姿が、命が、肉体は滅びようとも。心はここに』

 

「心……」

 

 

自身の命が尽きようとしているのにもかかわらず、ベリウスは取り乱さず落ち着き払い、夢の中の彼と同じことを伝えてきた。

私の心はここにある。生き残っている。生きているんだ。

彼の残してくれた言葉が胸にじわりと染み込んで、再びポロポロと涙が頬を伝った。

 

 

「やっぱりダメだ。せっかく彼に背中を押されたのに、ひとりじゃ無理」

 

 

甘い夢の時間は終わったんだ。

私の中の彼は、もう隣にはいない。

穏やかに笑っていた彼は、もうどこにもいないんだ。

 

 

「違う」

 

 

自分は私の中にいると、彼はそう言っていた。

きっと、彼が私を見ている。

 

 

「泣くな、喚くな、奮起しろ! 妄想の産物に頼ってどうする!」

 

 

そうやって、揺れる自分を奮い立たせている間にも、世界は崩れて消えていき、沈黙の暗闇へと放り出されてしまった。

前も後も右も左もわからないまま、残った意識だけを頼りに、ひたすら皆を求めて彷徨い続ける。

間もなくして、目下で小さく輝く光、テルカ・リュミレースに来た時と同じ光が、私を呼ぶように瞬いた。

 

もうひとりの私。

 

私は一生懸命に光へ手を伸ばし、指先がつながった。

意識と意識が再接続されると、もうひとりの私がこれでもかとばかりに自分の活躍を膨大な情報量にして、私の脳内に叩き込む。

動画配信のように、ベリウスとの激しい死闘が私の記憶の一部に刻まれた。

脳裏に焼き付く皆の雄姿、その中で垣間見えるユーリの姿を自然と眼で追ってしまう。

 

早く、早く、早く彼に会いたい。

怖い、怖い、彼に絶望を与えるのが怖い。

 

私の心は未だ定まらないまま、現実へと暗転したのであった。

 

 

 

 

■続く■




お久しぶりです。
お久しぶり過ぎて、自分の文面忘れそうになりましたが、思いの丈はぶつけました、ありがとう自分!!
シナリオは大体脳内にあるのですが、いかんせんエネルギーと時間が圧倒的に足りません!

今回はノードポリカのベリウス戦でした。
戦闘シーンが特に苦手だったのと、別の方向からアタックしたいと思ったら、こうなりました。正直、めちゃくちゃ楽しかったです! 夢小説は妄想の産物ですよね!!
またこんな形でいろいろ挑戦してみようと目論んでおります!!

読んでくれている方がまだいらっしゃるかはわかりませんし、自給自足のつもりですが、一緒に楽しんで頂けると幸いです!!



瑛慈 翔
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