明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第46話】何を目論んで 誰を騙して

ボクはおかしいって思ってたんだ。

クオイの森で桜と出会った時は、なぜ女の子が武醒魔導器め付けずに、魔物がいっぱいいる街の外を歩いているのか不思議だった。

それもそのはず、桜は異世界人だから、エアルへの耐性がなくて武醒魔導器はつけられない。

しかも始祖の隷長になりかけてるって言うじゃないか。

 

 

桜は、怖くなかったのかな?

自分の世界とは違う別の世界にきちゃったことや、自分が別の生き物になったり、悪いやつらに狙われたりして、ボクならきっと怖くて何もできないと思う。

 

 

桜は強いな。こんな大変な秘密を抱えたまま、今日まで危険な旅を続けていたんだから。

ボクたちに秘密を打ち明けるのも、きっと勇気がいっぱい必要だったはずさ。

 

 

安心して、桜。ボクたちの冒険は本物なんだ。

桜が何者でもなんでも、ボクの見てきた桜に変わりないんだ。

大切な仲間なんだから、見捨てたりしない。ひとりぼっちにできないよ。

 

 

それに、桜は凛々の明星のメンバーなんだ。

ユーリにばかり任せてないで、ボクも桜を助けないとダメじゃないか。

ユーリと一緒に、桜を人間に戻す方法と、元の世界に帰す方法を探し出すんだ。

 

 

ただね、桜が元の世界に帰っちゃうのは嫌だ。すごく寂しいよ。

ユーリが一番辛いはずなのに、どうして平気な顔して桜の手伝いをしているんだろう。

ボクだったら……そう、ナンにもう会えないって、考えるだけで、胸が苦しくなっちゃうのに。

 

 

ボクの気持ちが伝わったのか、ノードポリカの闘技場で、ナンと再会できた。

けど、カルボクラムと同じで、ナンのボクを見る目が冷たい。

ボク、自分のギルドを立ち上げて、ヘリオードのティグルさんを助けたり、マンタイクの夫婦を救い出したり、今日までいっぱい頑張ってきたのに、どうして……?

 

 

ちゃんとナンと話がしたかったけど、魔狩りの剣の襲撃でそれも叶わない。

ベリウスにナッツを助けるようにお願いされたのに、戦いは治まらないし、ユーリはナンと戦っちゃうしさ。

何を優先しればいいのか、ボクにはわからないよ。

 

 

英雄のドンなら、総領の願いと、大切な仲間、大好きな女の子、どれを選ぶ?

 

 

そうやってボクひとりだけ迷っていると、ハリーに掴まっている桜を見つけたんだ。

誰か助けに行かないと、桜がハリーに攫われてしまう。

 

 

いつも桜を守っていたユーリは、ナンの相手で手が離せない。

レイヴンは? エステル、リタ、パティ、ジュディス、ラピード!

誰か、誰かいないの?

 

 

……違う、ボクだ。ボクが桜を助けに行くんだ!

 

 

ボクは両頬を叩いて気合を入れると、武醒魔導器の鞄を大きく振り被って、ハリーのお腹に叩き込んで、桜から引き離した。

やった……っ! 桜を助けられた。ボクでも桜を助けられるんだ。

ついホッとしてしまったのが、いけなかったんだと思う。

 

 

桜が、ナンの攻撃からボクを庇って、背中に大きなケガをしたんだ。

ボクがぼーっとしてないで、早く武器を構えていれば、こんなことにならなかったのに。

ボクは何をやってもダメダメだ。

ボクが自分を責めている間にも、ユーリの腕の中の桜の出血はひどくなって、顔が白くなっていく。

 

 

怖くて辛くて慌てるボクに、ユーリは「オレに任せろ」と言ってきた。

いつも頼りにしているユーリなら、きっと何とかしてくれる。

ボクはユーリを信じて、邪魔が入らないように、周囲を警戒した。

 

 

放心しているナン、ボクの隙をうかがっているハリー、闘技場の戦い。

しばらくして、ボクの後ろから、桜の元気な声が聞こえてくる。

よかった、やっぱりユーリはすごいや。

 

 

ボクが胸をなでおろしたのも、ちょっとの間だけ。

本能っていうのかな。怒ったエステルのより、鋭くて重たくて冷たい感じがして、闘技場の司会席を見てみたらね。

ユーリの幼馴染のフレンがおっかないほど無表情で、ボクの後ろをじっと見つめていたんだ。

 

 

フレンが怒り狂うのも無理ないとボクは納得した。

だって、皆が頑張っている時に、ライバルのユーリと大好きな桜がキスしてたんだもん。

大人になったら、ドキドキも落ち着いてくるって聞いたけど、ユーリは落ち着くを通り越して、すごく積極的。いや、大胆不敵なだけかもしれない。

 

 

ふたりがキスしたってことは、ユーリと桜は結婚するのかな。

もちろん、ボクはふたりの仲を反対はしないよ。

ユーリと桜が夫婦になってくれたら、とっても嬉しいし、心の底からお祝いする。

できれば、ボクと一緒に旅を続けて欲しいけど、桜が身重になったら、大変だよね。

メンバー同士の結婚について、きちんとギルドの掟を決めておかないと。

 

 

ボクがユーリと桜、ギルドの未来を考えていたら、今度はフレンがしれっとした顔をして、「僕は済ませた」とか、おかしなことを言い出したんだ。

最初は意味が分からなかったけど、怒った桜が答えを出してくれた。

 

 

人工呼吸したって。それって、つまり、フレンも桜とキスしたってこと?

ユーリとの結婚はどうなるの? それとも先にキスしたフレンとするの?

桜は、ユーリとフレンのどっちが好きなの?

……えーっと、これが皆の言う修羅場ってやつ?

ボク、大人の考えることが難し過ぎて、まったくわからないよ……わかりたくないけど。

 

 

ボクが大人の事情について悩んでいる間にも、今度は騎士団がやってきて、助けに来てくれたベリウスを攻撃するし、そこに魔狩りの剣の首領クリントとティソンまで加わって、ますますボクたちはピンチに追い込まれる。

騎士の殿堂の総領ベリウスがいなくなったら大変だし、少し話をしただけだけど、死なせてちゃいけないって思った。

 

 

ボクは震える膝を叩いて、ベリウスの矢面に立ち、クリントたちを説得しようとした。

ベリウスは魔物じゃない、ボクたちと同じ感情があるって訴えようとしたのに、ナンたち魔狩りの剣の悲劇と復讐心には届かなった。

 

 

ボクがもたもたしてたら、ついにベリウスは重傷で倒れてしまった。

早く治さないといけないのに、桜は、何故か自分を材料にして、フレンと駆け引きしようとする。

そんなことしなくても、ボクたちには、治癒術の使い手エステルがいるんだよ。

エステルなら、必ずベリウスの傷を癒してくれるはずさ。

けど、そのエステルの力がベリウスをおかしくしちゃった。

 

 

苦しみ暴れ出すベリウスに、ボクたちはなすすべもなく、エアル酔いで弱った桜を抱えて逃げることになった。

そこをジュディスに引き留められてしまう。

なにがどうしちゃったのか、ジュディスは止めるユーリやフレンを遮って、桜に頑張れって焚き付けた。

そしたら、桜がもうひとりの桜になっちゃったんだ。

 

 

明るく元気な桜とは全然違う、冷たい威圧感を放ってるもうひとりの桜は、ボクたちを置いてって、ベリウスに急接近し、高く飛び上がって、強烈なキックを繰り出した。

コゴール砂漠の魔物との戦いと同じで、すごい身体能力と魔術を使って、桜の身体の何倍もあるベリウスと渡り合う、もうひとりの桜。

ユーリとフレンが捕まえようとしたけど、もうひとりの桜がベリウスを引き付けながら、逃げ回るものだから、その身体に触れることさえできなかった。

 

 

ボクたちも黙って見てたわけじゃない。ユーリたちに続いて、ベリウスとの戦いに参加した。

ベリウスが幻術で自分の分身を作って、もうひとりの桜に対抗してきたのもあるけど、ユーリとフレンは桜のことが気になって、戦闘に集中できていない。

何より、苦しそうに荒れ狂うベリウスは見ていられなかったから。

 

 

 

激しい死闘の末、もうひとりの桜の抉るような拳一突きが決定打になって、ベリウスの動きが止まった。

皆が見守る中、青い光を放つベリウスは、その場で崩れ落ちて、謝り続けるエステルを励ますと、ボクたちにこう言ったんだ。

 

 

エステルの運命を知るため、桜の運命を変えるために、フェローに会いに行け。

 

 

ベリウスはボクたちにそう言い残すと、目がくらむくらい大きな光を放った。

チカチカする目で、ベリウスのいたところを確かめると、そこにはベリウスじゃなくて、もうひとりの桜が光輝く聖核を抱えて立っているじゃないか。

驚くボクたちに、ベリウスの声が届いた。

 

 

わらわの魂である蒼穹の水玉をドン・ホワイトホースに渡してほしい。

 

 

もうひとりの桜の両手の中で輝く蒼穹の水玉は、ボクたちにお願いをすると、ろうそくの火が消えるように、だんだん光が弱くなっていった。

 

 

聖核は、始祖の隷長の魂だったんだ。

じゃあ、始祖の隷長になりかけている桜も、死んじゃったら聖核になっちゃうの?

 

 

たずねるように、もうひとりの桜の顔を見て、ボクは目を見開いた。

だって、もうひとりの桜の無表情の目から、ポロポロと涙が零れてたんだもん。

 

 

ひょっとして、ベリウスの死を悲しんでいるのかな。

それとも、始祖の隷長として、自分を重ねているのかな。

もうひとりの方じゃなくて、桜自身が泣いているように見えて、こっちも泣きそうになる。

 

 

感傷に浸っていると、ユーリが無遠慮に桜を後ろから抱き締めた。

ボクたちの存在を無視してだ。

あー……。これはカドスの喉笛のエアルクレーネでやったやつだね。

ふたりでイチャイチャする展開だって呆れていたら、桜はユーリを突き飛ばして、逃げ始めちゃった。

普通、皆の前で抱きしめられたらビックリするよねとか納得してたら、今度はフレンに抱き締められる桜。そして、ユーリがふたりを引き裂いて、いつものように騒がしい言葉の応酬が始まった。

 

 

ユーリもフレンも大人なんだから、大好きな桜を困らせちゃいけないと、ボクは思うんだ。

ため息をついたボクは、戦いで浴びた砂ぼこりを叩き落とし、3人の掛け合いが終わるのを眺めて待った。

そしたら、急にフレンから冷たいものを感じてね。

てっきり、またユーリが余計なことしたのかなって思ったら、怖い顔したフレンが桜と蒼穹の水玉を渡せと、ユーリに迫っていた。

しかも、ユーリが執政官ラゴウを殺したって言うじゃないか。

 

 

ユーリが人殺し? しかも、ラゴウを!?

混乱するボクたちを追いて、リタが桜を連れて逃げ出した。

すぐに桜を追おうとするフレンをユーリが食い止めて、ボクたちも逃げるように言う。

ショックで動けないエステルを連れて、必ず桜に追いつくからって。

ボクは、ユーリを信じて、皆と一緒に、桜とリタを追いかけた。

 

 

桜とリタと合流したボクたちは、フィエルティア号に乗り込み、ハリーを連れてきたレイヴンと出発の準備をして、ノードポリカ港を出航した。

ユーリとエステルもなんとか間に合ってよかったって安心してたら、なんだか桜がおかしいんだ。

初めてノードポリカに着た時はユーリと距離を置こうとしていたけど、今はユーリに素っ気ない感じかな。

 

 

ベリウスが死んでから、ずっと桜が変だ。

もしかして、ベリウスが言い残した「桜の運命を変える」ことが関係しているのかもしれない。

桜の運命ってなんだろう。桜の未来に何が待ち受けているだろう。

桜本人に聞きこうと思ったけど、変えなきゃいけない未来っていうに、触れてはいけない恐怖が沸いて、できなかった。

 

 

……近いうちに、桜の身によくないことが起こるってこと?

ないない。ないよ。桜が、し、死ぬってことはないよね。……ね?

ユーリやボクたちがついているのに、桜が殺されるなんてことはないよね?

 

 

不安でいっぱいになるボクを追い打つように、問題は次々起こった。

いきなり大きな異音がして駆動魔導器を見に行ったら、ジュディスが槍でそれを壊したんだ。

理由を聞こうとしたけど、ジュディスは後からやってきた竜に乗って、夜空高くに消えちゃった。

 

 

一晩だけで、桜の正体、魔狩りの剣の襲撃、騎士団のノードポリカの制圧、ベリウスの死、ユーリの殺人、桜の異変、フィエルティア号の駆動魔導器の異常、ジュディスがいなくなって……、ああ、もう!

一晩でいろいろあり過ぎて、ボクの頭がパンクしそうだよ。

 

 

多分、皆同じだろうね。

特にベリウスが死ぬきっかけになったエステルと、様子のおかしい桜が心配だ。

エステルは闘技場に残った時にユーリと何か話したのか、ちょっと元気を取り戻したようだけど、桜はユーリとふたりで船室に籠ったまま。

 

 

大丈夫。ユーリなら、絶対いつもの桜を取り戻して、怖い運命なんてひっくり返してくれるさ。

……と自分言い聞かせていたら、船室から、ふたりの激しい言い争いが聞こえてきた。

また痴話げんかかなと聞き流そうとしたら、「ユーリのバカ」なんて桜の大きな声がして、パン!とはじけるような音がしたと思ったら、「ユーリなんか、知らない」とまた桜の大声が、船中に響いた。

 

 

……ユーリも失敗することがあるんだ。

きっと、デリカシーのないユーリが、無理矢理、桜の気持ちに迫ったんだろうね。

いくら桜が心配だからって、その桜を泣かせたら、元も子もないじゃないじゃないか。

 

 

ボクは、エステルの腕の中で泣いている桜を元気づけようと、思いつく限りの励ましの言葉を投げかけた。

ボクの拙い言葉で、泣き止むかはわからないけど、悲しんでいる桜を放ってはおけない。

ボクたちは、桜が泣き疲れて眠るまで、ずっと傍にいた。

 

 

桜が寝静まったのを見計らい、ユーリを残して戻ってきたリタを入れて、皆とこっそり相談したのは、桜には内緒だ。

だって、あのベリウスの言葉から出てきた皆の予想は、桜とってよくないことばかりだったから。

とてもじゃないけど、フェローに会って確かめるまで、桜には話しちゃダメだ。

 

 

ギルドをまとめるって、本当に難しいね。

怖い運命が待ってるかもしれない桜はユーリに泣かされちゃうし、そのユーリは人を殺すし、ジュディスは竜に乗っていなくなっちゃうし、ボクたち凛々の明星はメチャクチャだ。

ユーリから始まって、桜やジュディスが入ってきてくれて、エステルに凛々の明星なんて立派な名前を付けてもらったのに。

 

 

どうすれば、皆をまとめられるんだろう。

ボクは首領として、皆に何ができるだろう。

天を射る矢の首領ドン・ホワイトホースなら、どんな問題でも、簡単に解決できるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を目論んで 誰を騙して

 

悩んだ結果 また離れて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解放感があふれる青空が、曇った私の心を晴らすように広がっていた。

程よい日差しが、私を励まそうと、ぽかぽかと船を照らし、どこまでも続く大海原の水面に反射する。

私たちを乗せたフィエルティア号は、マストで潮風を受け、潮に運ばれながら、北へ北へ進んでいた。パティが言うには、このまま進めば、ダングレストやヘリオードのある大陸に流れ着くだろうとのこと。

鞄の中にしまった蒼穹の水玉をダングレストにいるドンへ渡さなければならないから、順調な滑り出しと考えていいんだろう。

 

 

とは言え、私たちとともにベリウスの死に立ち会ったフレンに先回りされていたら、かなり厄介である。

彼は聖核を狙っていて、多分私の身体の中にある聖核、命を狙っているのかもしれないんだ。

 

 

あの男、ノードポリカの闘技場で、私に熱いホールド決めて、擦れるほど頬ずりしていた挙句、「自分を受け止めて」なんつう、強烈な三段攻撃しかけて来た。

だというのに、人目を憚らず世界が沸騰するほどの情を注いた女の子を殺しかかるとは、どんだけ酷い恋愛詐欺なんだ。

もしかして、正統派王子様キメといて、実は「君を殺して僕も死ぬ」系なヤンデレさんなのか。

いや、確かめなくてもわかる。私に関わる相手に殺意振りまいている時点で、彼は十分病んでるな。

 

 

フレンの幼馴染のユーリもユーリだ。

彼を傷つけまいと言葉を選ぶ私に、彼はしつこく質問攻めをしてきた。

お年頃の女の子の隠し事に、土足で踏み込もうとする無粋な野郎どもは、皆まとめてビンタである。

――ユーリのバカ!

私は感情に任せて、彼の頬に平手打ちをかましてしまったのだ。

私の気も知らないで、しつこく迫ってきた彼が悪い。

そして、真実を打ち明けずに、逃げ回った私も悪い。

 

だからと言って、私が素直に謝ったところで、ユーリに真実を明かすつもりはないし、頑固な彼が諦めるとは思えないのだ。

私とユーリの間に入った亀裂は、簡単に修復できない。

 

 

彼との確執への憤りもあるが、一方で、心優しい皆に甘えてしまった自分が恥ずかった。

ユーリの件で泣きしゃぐる私を、皆は暖かく受け止めてくれたのだ。

皆の気遣いはそれに留まらず、私が眠りにつくまで、ずっと傍にいてくれた。

穴があったら入りたい。感謝してもしきれない。頭が下がる思いだ。

事実、私は頭を下げていた。

 

 

「昨日は、皆に迷惑をかけて、ごめんなさい!」

 

 

軽い朝食の後を見計らい、私はエステルたちに向かって、角度90度で謝った。

皆の気持ちに応えるには、全然足りないけど、今の私にはこれが精一杯だ。

私の謝罪を受け入れてくれるか、胸の内に不安が募り始めたところで、レイヴンの軽快な声が振りかかった。

 

 

「いいの、いいの。桜ちゃんが元気を取り戻してくれたなら、それで充分満足よ。

人生の集大成みたいな経験した後なんだから、桜ちゃんがパニックになるのもしゃーないて。ドンマイ!」

 

「ありがとう。でも、私、謝るだけで……。ううん、何かお返ししないと」

 

「見返りなんて求めてないよ。俺様、桜ちゃんの笑顔が一番好き」

 

「レイヴンさん……」

 

「まだ辛いってんなら、この俺様が受け止めてあげるよ。

そう! 俺様のこの逞しい胸は、桜ちゃんの想いを受け止めるためにあるんだぜっ!

遠慮しないで、飛び込んでおいで! さあ早く!! ……ていうか、おっさんが待てない。そろそろ、そっちへ飛んでってもいい?」

 

「いいわけないだろ、さっきまでの穏やかなムードが台無しだよ!

とか言いてる傍から、近づくな、息荒げるな、発情するな!

かかってくるなら海に放り投げるぞ、おっさん!!」

 

 

私が心底見直していたら、調子ついたのか、レイヴンは両手を広げてにじり寄ってきた。

冷めたところを温めて沸騰させる、このおっさんの私いじりも、ユーリやフレンのそれに相当するものがあるな。

私が迫りくるおっさんを鞄で殴り倒すか、ソーサラーリングで撃退しようか悩んでると、パティがレイヴンを押しのけ、私に向かってない胸を張った。

 

 

「桜の姉御が泣きたい時は、胡散臭いおっさんではなく、うちの胸の中で思いっきり泣けばいいのじゃ。

そうすれば、この広ーい青空のように、心がすっきりして、また頑張れるのじゃ」

 

「ありがとう、パティ。私はもう大丈夫だから」

 

「本当に大丈夫なの、桜? またひとりで抱え込んでるんじゃないでしょうね。

あたしがいるんだから、あんたはひとりで無理しない。いいわね?」

 

「リタさんもありがとう。困ったときは相談するから」

 

「お前を泣かせるような男は放っておいていいだよ」

 

「えーっと、ハリーさん?」

 

「ややこしくなるから、ハリーは黙って、あっち行ってなよ。

桜、ハリーの言うことなんて、気にしなくていいからね。

桜が辛い時は、絶対ボクが助ける。桜の悩みなんて、ボクのハンマーでぺちゃんこにするから」

 

「ありがとう。でも、悩みの種が……」

 

「では、早速、そこで仏頂面しているユーリの頭に一発お見舞いして下さい」

 

 

私を励ます皆に混じって、満面の笑みを浮かべたエステルが親指で問題の男を指さし、続いて「地獄へ落ちろ」と下へ突き刺した。

皆の輪から離れた船縁にて、ひとりの美青年が忠犬ラピードを足元に置いたまま、やや不貞腐れた顔で海を眺めている。

潮風に流れる艶やかな長い黒髪に、指先でなぞりたくなるような整った横顔、その頬には白いシップがべったり貼りつけられていた。

 

 

「なんで、リタさんから受けた傷は治癒して、頬のけがだけ治さないの?」

 

「男の勲章です」

 

「私のビンタが勲章になって堪るか」

 

「わたしの力が皆の助けになれば幸いです」

 

「エステル」

 

「ユーリはまだ使い道があるので、動けるまで治癒しただけです」

 

「おい待て」

 

「桜を傷つけた報いです。思う存分痛み悔いればいいのです。

大丈夫です。治ったら、また桜があの澄ました顔の横面引っ叩けばいいではありませんか」

 

「あって堪るか! なんだその嫌なループ!!」

 

「桜はもうユーリを許したのです?」

 

 

エステルに小首を傾げられて、私はもう一度冷静に考えた。

私が許すということは、ユーリに真実を話すのと同意だ。

決してそんなことはできない、ユーリを傷つけたくなくて、私は大きく首を横へ振った。

 

 

「ユーリにビンタしたのは悪かったけど、私の意思は変わらないから」

 

「では、わたしが桜の代わりに、ユーリを抹殺してきますね」

 

「なんでなんもかんも笑顔で殺す方向に持ってくんだよ。

昨夜の慎ましやかなお姫様はどこへ飛んでった。帰ってこい」

 

「桜には、わたしが必要なのです。ひとりでくよくよなんてしていられません。

ユーリが頼りにならなくなった以上、わたしが貴方を支え、守らなくてはいけないのです」

 

「エステル。何必死になってるの?」

 

「わたし、桜のためなら、頑張れます」

 

「えーっと……」

 

「まあまあ、嬢ちゃんがそう決心したんだから、素直に受け止めてあげなさいな」

 

「レイヴンさん」

 

「嬢ちゃんだって、何かに集中してなきゃ、しんどいんでしょーよ」

 

「ベリウスの……。でも、私に何ができるかな」

 

「嬢ちゃんだって、君が必要だってことさ。

なんつったって、君は嬢ちゃんの友達だかんね」

 

「そうだね、私はエステルの友達だ」

 

 

深くうなずく私を見届けたレイヴンは、その視線を私の背後へと移した。

振り向かなくても、彼が誰を見ているかわかる。

カロルに黙ってろと言われてから、ジーッと私に熱い視線をぶつけている男だ。

 

 

「ハリーも桜ちゃんばっか見つめてないで、こっちに来い」

 

「べ、別に見てなんか……っ」

 

「野郎のツンデレとか、気持ちワリーのよ。

今のうちに、その茹で上がった頭冷やして、じいさんへの言い訳を考えてろ」

 

「……っ」

 

 

レイヴンが冷たく言い放つと、ハリーは痛いところを突かれたのか、全てを振り切るようにその場を去った。

一応、彼は天を射る矢の首領ドン・ホワイトホースの孫であり、ノードポリカの騒動の原因のひとりでもある。

それほど広くない船だから、見失うことはないけど。

 

 

「目を離していいんですか?」

 

「あいつだって、海へ投身自殺するほどバカじゃないさ。桜ちゃんが心配する必要はないよ」

 

「だからって、煽らなくてもよかったのに」

 

「ああでも言わなきゃ、わかんないでしょ。

これでちっとは反省してくれれば、いーのにね」

 

「反省だけで済めばいいけど。……私、ちょっと見に行ってきます」

 

「いやいや、桜ちゃんが行ったりしたら、調子に乗るどころか、その気になっちゃうよ。勘弁してちょうだい。

ふいーっ。野郎の面倒なんて、見たかねーのに……」

 

 

レイヴンは私を焦りながら止めると、ガックリと肩を落とした。

フラフラしているようにみえるが、彼なりに苦労しているようだ。

私が労うべきかと迷っていると、彼はくるりと背を向けた。

 

 

「さっ! 俺、ハリーの監視ついでに、ちょっくら青年とこへ行ってくるわ。

桜ちゃんは、ここで嬢ちゃんたちと楽しいお話でもしててね」

 

「ユーリと? なら、私も……あ、でも……」

 

「俺様だけでダイジョーブよ。男同士の話だから。

って、自分でやると決めたのはいいものの。あー、やだやだ、やだねーっ。

野郎相手とふたりきりで内緒話なんて、ムサくて堪らんわ」

 

「なら止めればいいのに」

 

「だよね。でも、この状況は放っておけないっしょ」

 

「昨日はいろいろあって、皆混乱しているしね」

 

「まあ、そこもあるけども。

しっかし、青年とふたりきりで話かあ……うう、さぶさぶっ。

おっさん、野郎より、桜ちゃんともっと燃えるような愛を確かめたいっつーのに」

 

「確かめた覚えはないわ。マジで海に沈めるぞ、おっさん。

なんでそんなに嫌がってまで、ユーリと内緒話するの? 理由は何? ……私のこと?」

 

「俺様と同じよ。クールな青年も、ベリウスが死に際に残した言葉を聞いて、心中穏やかじゃないだろうに。

加えて、桜ちゃんの様子もおかしかったし、親友のフレンちゃんは頼れない。それどころか、敵に回るときたよ。相当焦ってんのさ」

 

「フレンさんは……仕方ない。……ことはないけど。

ベリウスの言葉って? 蒼穹の水玉をドンに渡せって言ってたけど。そのこと?」

 

「待って、桜。あんた、すぐ傍にいたのに、あんな不吉な言葉を聞こえてなかったの?」

 

「不吉……?」

 

 

真剣な表情でリタに詰め寄られて、私は大いに戸惑った。

不吉の言葉って、私の真実のことだろうか。それにしては、ユーリの反応の説明には足りない。

困惑する私から何かを察したのか、リタは一瞬辛そうな顔をしたかと思うと、すぐさまいつもの強気な魔導少女に戻った。

 

 

「ドンに蒼穹の水玉を渡したら、とっととフェローに会いに行くわよ」

 

「当初の目的だったし、エステルの満月の子や、私の人間に戻る方法もあるしね。

それで、ベリウスはなんて言ってたの?」

 

「知らないわ」

 

「リタさん」

 

「幻聴よ」

 

「大変だ、早くレイヴンさんとリタさん病院に連れてかないと。――とでも言うと思ったか。

腕を組んで仁王立ちして威圧しても無駄です。絶対、話してもらいます」

 

「あんたが知る必要はないわ」

 

「不吉とか言われて、呑気にスルーできるか。

いつもの魔王スタイルで、この場をしのげるとは思うなよ。

ええ! 今日までフレンの脅威とエステルの狂気によって培われた私の勇気が今ここで光る時!!」

 

「悪いわね。わたしをあいつらと同列にしないで」

 

「私の経験値が足りなかったか……っ! ――いいや、まだだ!

リタさんより低レベルの相手、そうカロルなら、知ってるよね!?」

 

「桜が見てる、ボクの価値観って一体……」

 

「カロルは四天王の中でも最弱! 私でも倒せるはずよ!」

 

「た、倒すって何なのさ! ボクは喋ったりしないよ! ベリウスの言葉なんて!」

 

「――桜の運命を変えるために、フェローに会いに行け。……だったかな?」

 

 

あわあわしだすカロルに私が迫った時、レイヴンはこちらに向き直って、彼らしからぬ言葉を発した。

私の運命を変えるとはなんだ。完全に始祖の隷長になるのを止めろという意味か。それなら「人間に戻る方法」で済む話。いきなり「運命」なんて、前後のない単語を使うのはおかしい。

理解できずに固まる私を見て、リタやカロル、エステルまでもが動揺し始めた。

 

 

「ちょっと、おっさん!?」

 

「レイヴン、なんでバラしちゃうのさ?」

 

「貴方もユーリと同じ無神経ですね。これは粛清案件です。――お覚悟です」

 

「嬢ちゃん、どさくさに紛れて殺意むき出しにしないで! いやん、剣抜くのか止めてよ!

桜ちゃんを大切にしたいなら、尚更秘密にできないでしょーっ。

このながーい旅路の中、皆してずーっと隠し続けるつもりなの? ひんどい話だわーっ」

 

「おっさんのは直球すぎるのよ! 桜の性格知ってるでしょう。

もっとソフトな言い方あるのに、言葉そのまま持ってきたりしたら、またこの子ひとりで抱え込むわ。

――ホントに消し炭にするわよ」

 

「リタっち、ちょっと、たんま!?

お、おっさん、青年を慰めにいってくるわ!

パティちゃん、後は任せたぜい!!」

 

「ラジャーなのじゃ」

 

 

リタが魔術の詠唱に入って、ビビったレイヴンは、パティに事態を丸投げして、さっさとユーリの元へ逃げて行った。

心優しい皆が、私に何を隠し、何を恐れているのかわからない。

不安を拭い去りたくて、私はひとりだけケロリとしているパティに問いかけた。

 

 

「教えて、パティ。レイヴンさんが言った、ベリウスの言葉は何を意味しているの?」

 

「言葉の真意はわからんのじゃ。ベリウスがポックリ逝ったからの」

 

「何かに気付いたんでしょう。皆の顔を見ればわかるよ。

私のことは気にしないで、教えて」

 

「桜の姉御は、肝は据わっているようじゃ。

わかった。皆が考えてる桜の未来を教えるのじゃ」

 

「やめてください、パティ。桜が苦しむだけです」

 

「エステルは友を大切にする意味を間違えておるのじゃ。

おっさんも言っとった。ここまできて、何も知らない方が後悔するぞ」

 

「貴方が慕っているユーリだって、望んではいません。桜を見ていればわかります。

きっとユーリは、桜にベリウスの言葉について、きちんと言及していないと思います」

 

「ユーリのやつ、相変わらず桜の姉御にはあまあまなのじゃ」

 

 

必死に訴えるエステルと、やれやれと首を横に振るパティから、私は昨晩のユーリの話を思い出した。

てっきり、彼は私の言動だけで、いろいろ突き止めたと思い込んでいたが、ベリウスの言葉ありきの話だったか。

なら、彼がベリウスの言葉から導き出した答えは、何だ。

尋ねるようにパティを見つめると、彼女は珍しく真面目な表情で口を開いた。

 

 

「近い未来、桜の姉御が死んでしまうかもしれない。

エステルたちは、ベリウスの言葉をそう受け取ったのじゃ」

 

「死ぬ……。私が死ぬんだ」

 

 

パティから恐るべき解釈を突きつけられ、私は受け入れつつも、内心当惑していた。

もともと元の世界の私は死んだんだ。今の私は聖核で動く肉人形。

今更、自分の死に構う必要はないずなのに、心が震え始めた。

 

 

「いやいや、当然だ。私が死んだら、ベリウスみたいに聖核が生まれるんだもの。

いつどこで聖核を狙う連中に殺されるか、わかんないよね」

 

「無理しないで、桜。あたしがそんなこと絶対させない。あんたを死なせたりしない」

 

「桜がダメって言っても、ボクは助けるからね。何も怖がる必要ないんだから」

 

「リタさん。カロル。気を遣わせて、ごめん。私は……」

 

「安心して下さい、桜。

必ずわたしが貴方に近づく汚物を殺って千切って海に投げ捨てます」

 

「安心して堪るか。必殺技で刻んだ先から海に投棄とか、人の心はないのかエステル。

私をテルカ・リュミレースから孤立させる気? また泣くよ私」

 

「わたしがいます」

 

「早速、皆の存在放り出すな。残さず拾ってこい」

 

「そこのことなんじゃが。桜の姉御。

うちは、桜の姉御の死というより、存在が危ないのではないかと踏んでおる」

 

「存在が危ない?」

 

 

私がオウム返しをすると、パティは私の胸を指さしきた。

 

 

「もうひとりの桜の姉御。あれは本当に、桜の姉御の味方かの?」

 

「今まで、私たちのために戦ってきたじゃないの。

カドスの喉笛や、コゴール砂漠、ベリウスのときだって、皆を守ってたでしょう」

 

「結果的にそうであって、本当は何考えているのか、うちにはサッパリなのじゃ。

そもそも、あれになっている間、桜の姉御の意識がどうなっているのか、うちはわからん」

 

「あれはなんか、別人格? 自分が自分でないような感じで……」

 

「桜の姉御も理解できなくて当然なのじゃ。

ひとつの身体に、ふたつの精神が宿っている桜の姉御は、嵐の中の荒波のようなのじゃ」

 

「パティは何が言いたいの?」

 

「本当の桜の姉御の意識は、桜翔の姉御のままなのかの?」

 

 

パティは私に人差し指を差し向けたまま、私の胸の内を探るように見つめてきた。

私のふたつの意識から、何を懸念しているのだろう。

皆は既に気付いていたのか、ひとり考え込む私を守るように、パティをとり囲い込んだ。

 

 

「この海賊女は、何をおかしなこと言いだすのよ。桜は桜に決まってるでしょう。

意味不明なこと言って、この子を不安を煽らないで」

 

「意味不明ではないのじゃ。うちが考えている最悪の可能性なのじゃ。

それが本当のことなら、向き合わなくてはいけないのじゃ」

 

「パティ。もういいよ、桜を追い詰めちゃダメだ」

 

「それでも、いちギルドの首領なのか、カロル。桜の姉御が信じられないのか」

 

「そういう問題ではありません。

昨日、皆と一緒に桜を慰めたこと、もう忘れたのです?

桜は、決して強くはありません……っ。か弱い女の子ですよ」

 

「泣くのと、度胸がないのとは違うのじゃ。

桜の姉御には、うちらがついている。桜の姉御の耳にタコができるくらい言い聞かせたのじゃ」

 

「皆が、私に……」

 

「思い出すのじゃ、桜の姉御。

ベリウスは桜の姉御を見て、人間と始祖の隷長の力が混じっていると言ってた。

ならば、桜の姉御の意識と、もうひとりの意識も、混じってしまうのではないかの」

 

「私が私でなくなる……?」

 

 

パティから、とんでもない可能性を突きつけられて、今度こそ私の心に衝撃が走った。

始祖の隷長になるということは、身体だけではなく、心まで私ではなくなるという意味か。

もうひとりの私が、唯一私に残された、皆と旅をしてきた私の大切な心を飲み込むかもしれない。

 

 

(私、ユーリや皆を助けたくて、もうひとりの自分を頼ってた。それが私の心を犯す?)

 

 

私自身の心が別のものに浸食されかねない危険な行為を、私は昨日までホイホイやってきたのか。

急に、自分の中に潜むもうひとりの私に、恐怖を抱いていしまう。

怯える私を察したのだろう、パティは両手を合わせて謝ってきた。

 

 

「すまん、桜の姉御。うちはそれが本当なら、事が大きくなる前に、早く手を打つべきだと考えたのじゃ」

 

「パティ」

 

「多分、ユーリもうちと同じで、桜の姉御の心が消えてなくなる……そうなるが怖くて、ピンチの度に桜の姉御があれに変わるのを嫌がって、止めていたはずなのじゃ」

 

「ユーリ……」

 

 

もうひとりの私になる度に、私の身体を抱き締める彼の必死な顔が、私の脳裏に過った。

大切に守ってきた人間が、身も心もまったく別の生き物になってしまったらと思うと、彼も気が気ではなかっただろう。

今更、ユーリの気持ちを噛み締める私をよそに、パティは銃をくるくると捌いて、ビシっと構えた。

 

 

「しかし、桜の姉御を泣かす言い訳にはならんのじゃ」

 

「リタさんが既に制裁済みだろ。更に追い打ちをかける気か。カドスの喉笛以来の愛の殺意か。

お前を倒して自分が介抱するパターンか。サイコか貴様、私の心臓が痛い」

 

「桜の姉御を悲しませる輩はひとり残らず、その汚いケツにうちの鉛玉をぶち込むのじゃ。

――ユーリの美尻も例外ではない」

 

「お願いイケメンに過激なカンチョーきめるとか止めて」

 

「あたしも、桜をいじめるバカな連中を制裁するのは、同意。

あのスカした顔の尻に火球ぶち込んで、桜の目の前でのたうち回させるわ」

 

「頼むからユーリのイメージ壊さないで、リタさん」

 

「なるほど、ユーリのお尻の穴を増やせばいいのですね!」

 

「何がなるほどだ! 皇女が下品なこと口走るんじゃありません!

なんで女性陣みんなして、執拗にユーリの尻を狙うんだよ!!

私の中にある美少女観を幻滅させないで!!」

 

「桜の姉御は、ユーリの身体に興味はないのか!?」

「なんであんたが、あいつの尻なんて気にするのよ」

「桜の気持ちを読んだのに、なぜ……!?」

 

「なぜじゃないだろ、当たり前だ! 3人揃って、背後に稲妻走らせる勢いでショック受けるなよ、常識を受け止めろ!! そしてユーリの尻はもーいい!!

興味も何も、あんだけめったくそ心臓に悪いスキンシップされたら、誰でもユーリの身体へ関心が削げるわ!!」

 

「でも、ユーリにギュってされたら、桜もドキドキしちゃうんだよね」

 

「カロルくん。何嬉しそうに、世迷言ほざいてるの? バカなの? 私の拳が唸るよ?」

 

「ぼ、暴力反対! ねえ、桜もちょっと元気になったし、フェローに会えば、桜の心配事もなくなるんだよね。

そろそろ、ジュディスのこと、相談してもいいかな?」

 

 

拳を握る私に睨まれたカロルは、ビクリと身を震わせながらも、控えめに挙手した。

当面の目標は、ダングレストからのフェローだが、パーティを離脱したジュディスの行方も探さないといけない。

凛々の明星の首領カロルは、聞き耳を持つ私たちに安心したのか、気を取り直して続けた。

 

 

「昨日の夜、よく考えたんだ。ジュディスがなんで魔導器を壊してまわってるのか。

竜使いを隠してまで、ボクたちについてきたのかって」

 

「桜。あんた、あの竜を見て、バウルとか呼んでたわよね。なんか知ってるでしょ」

 

「リタさん、目ざとい……っ」

 

「あんたの一挙手一投足を見てきた、このあたしが、あんたの言動を見逃すはずないでしょ」

 

「それなら、ユーリやフレンさんのハグ攻撃を止めてくれても」

 

「何よ。あたしが正直にむっつり男とアホ騎士ぶっ飛ばして地獄の業火の肥やしにしてもいいわけ? 桜がいいならやるけど」

 

「いやいいです、本能のままに容易く下町の星々を根絶やしにしないでいただきたい。ご遠慮願います。この通り……っ」

 

「あ、あたしを拝まなくていいから。知ってることを話しなさい。……お願いだから」

 

「あのジュディスを乗せた竜、始祖の隷長なんですよ。ジュディスの友達なんだって」

 

「桜は最初から、ジュディスが竜使いだったのを知っていたのです?」

 

「ジュディス本人が進んでバラしてきたよ。

ジュディスは、私の始祖の隷長のこと。エステルは、多分だけど、治癒の力、満月の子の力が気になって、仲間になったんだと私は思う。

昨日、皆の前で、あんなことした理由はわからないけど……」

 

「満月の子……。ベリウスを殺してしまう、きっかけになった、わたしの力」

 

 

私の憶測から出た言葉で、先ほどまで平常運転だったエステルの表情が一気に沈んだ。

やっぱり、今までの彼女は虚勢を張っていただけで、内心ボロボロなんだろう。

レイヴンの言葉を思い出した私は、エステルの元気を拾い上げようと、彼女の両手をとった。

 

 

「私には、エステルが必要だから」

 

「でも、桜が完全に始祖の隷長になったら、わたしの力は……」

 

「エステルの取り柄は、何も治癒術だけじゃないでしょう。

例えば、光の攻撃魔術とか、剣術だって得意じゃない」

 

「……そうですね。わたしの手でユーリを葬るのを忘れていました」

 

「忘れてお願い! な、何も戦うことや、治癒術がエステルを決めてるわけじゃないよ。

私がエステルを友達だって認めてるんだから」

 

「でも、わたしには、桜のお友達にな資格も、理由もありません」

 

「友達に資格なんてない。理由もいらない。

初めてザーフィアスのお城で出会ってから、私たちは友達になった」

 

「あの時、……そうです。空腹になった桜が、フレンの餌食に」

 

「なってねーよ! あんたフレン推しだろ、なんで餌食なんて不穏な言葉が――はッ!?

もしや、ここまで来て無理矢理フレンさんを私にけしかけ……ゲフンゲフンッ!

――恐ろしい可能性は、どっか遠くへ置いておいて」

 

「持ってきてください。わたしが考えている最善の可能性なのです。

事が小さくなる前に、早く手を打つべきだと思うのです」

 

「パティの大事なセリフを適当に改変してもってくるんじゃありません!

あのね、エステル。昨夜の私を抱いて慰めてくれたのも、友達だからだよね。違うの?」

 

「違いません。桜はわたしのお友達です……っ!」

 

 

私が尋ねると、エステルは目を輝かせて、両手を握り返してきた。

私なりに頑張ったんだけど、ちょっとは元気が出ただろうか。

見つめ合う私とエステルの輪の中に、リタが柄にもなく遠慮しがちに、もじもじしながら入ってきた。

 

 

「エステルに考える時間や心の整理が必要なのはわかるけど、あ、あたしも頼りにしなさいよ。

桜みたいに、泣きたい時は、思いっきり泣けばいいわ……、だから、ね」

 

「ごめんなさい、ふたりとも。わたし、ユーリにも言われたのに、まだ迷っていて……」

 

「ユーリに? いつ?」

 

「あ。違います! ユーリとは何もなったのです!!」

 

 

何の突拍子もなくエステルの口からユーリの名前が出てきたので、私が尋ねてみるものの、彼女は昨晩のように慌てて否定した。

やっぱり、彼女は、ユーリと一緒に後ろめたいことやってたんだ。

私とリタの探るような視線に堪えきれなくなったのか、エステルは思いっきり明後日の方向を指さした。

 

 

「とにかくです! ジュディスのことは、直接本人に会って、説明してもらいましょう!!」

 

「エステル。私の目を見て」

 

「潮の流れからして、向かうはダングレストでしたね、パティ!」

 

「そうじゃの。ドンブラコと流されとる」

 

「ならば、蒼穹の水玉をドンに届けなくてはいけません!」

 

「エステルってば」

 

「フェローにも会いに行かなくてはいけません! どうしましょう、カロル!?」

 

「ボクに振るの? 女の子同士でいい雰囲気だったじゃん。

男のボクが邪魔しちゃいけないよ」

 

「遠慮しないでください!!」

 

「はう!?」

 

 

エステルに両肩を鷲掴みにされたカロルは、再びビクリと身体を震わせた。

彼女の血走った目が、少年のミジンコハートを脅かす。

なおもブルブルしているカロルを捕まえたまま、エステルは自分のペースへ引き込もうとした。

 

 

「わたしの"フェローに会う"という依頼がまだ終わっていません。ですよね、カロル」

 

「そ、そそそうだね……っ!」

 

「依頼料も渡しました。泥棒は許せません。もう後戻りはできません。

逃げるようなら、わたしの剣がカロルのハートを貫通します」

 

「うん、ぇええええ……っ!?」

 

「わかってくれて、嬉しいです! では早速、ダングレストへ行って用事をすませたら、次はジュディスを探して、一緒にフェローに会いに行きましょう。

死にたくないですよね、カロル」

 

「あわわわわ……っ!」

 

 

エステルのその言葉が止めになったのか、カロルの身体は携帯電話のバイブのように振動した。

少年の壊れそうな心は置いとくとして、エステルの言う通り、私たちは潮の流れに船を任せて、ダングレストの大陸へと向かう。

大陸の砂浜に船をつけて、私たちは地に降り立つと、ダングレストまで続いている街道を歩み始めた。

 

 

(ユーリが隣にいない)

 

 

私が平手打ちをお見舞いした時から、ユーリは私に目を合わせてくれず、今も背を向けたままだ。

昨晩の手前もあるが、彼の沈黙の背中から近寄りがたい雰囲気がして、名前を呼ぶのさえ躊躇っていた。

 

 

(そりゃあ、悪口言われて、ぶたれたら、誰でも怒るよね)

 

 

それに加えて、レイヴンに叱られてハリーは塞ぎこんじゃうし、さらに気まずい空気になるかと思われたが。

道すがら、レイヴンやエステル、カロル、リタが代わる代わる私に声をかけて、笑って、怒って、楽しみ、場を盛り上げてくれた。

パティは、黙々と前進するユーリに好意をぶつけつつ、私の話題へ誘導してくれたが、当人は「ああ」「そうか」「良かったな」の三拍子で、何の実りもない。

犬のラピードは、先頭のユーリの隣、その後ろ私の隣を行ったり止まったりをしていた。

 

 

(皆に気を遣わせてる……っ。

こんな時にジュディスがいてくれたら、きっとユーリを引っ張ってでも、間を取り持ってくれたかもしれない。

昨日の夜、彼女がいたら、ユーリと私を仲裁してくれたかもしれないのに)

 

 

いなくなって初めて、昨日までのジュディスの巧みな立ち回りを痛感してしまう。

どんなに甘えたくても、彼女はここにはいない。うじうじしていないで、支えてくれる皆に根性を見せなくてはいけない。

決意を固めている間にも、私たちは目的地である夕焼けの街ダングレストへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

ギルドの巣窟ダングレスト、その空に広がる茜色と黄色のグラデーションが、私の目に焼き付く。

荒くれ者たちの街独特の喧噪と賑わいを前にして、私たちはやっと足を止めた。

家に帰って休みたい気分になったのも当然で、腕時計を確認したら、夕方の4時半を示している。

 

 

「今、ドンさんに会いに行ってもいいのかな?」

 

「え。そんな時間? ねえねえ、桜、今何時?」

 

「夕方の4時30分くらい」

 

「今日はパスね。船から歩き通しで、あたしもお腹が空いたわ。

ドンに会うにしたって、蒼穹の水玉を渡して、はい終わりじゃないでしょ」

 

「そうですね。きちんとドンに……わたしの口から、ベリウスの最期を伝えなければいけません」

 

 

宿屋の方へ回れ右するリタに、エステルは頷きながら、両手をきゅっと握りしめた。

船の上で励ましたつもりだが、いざ局面に立たされた彼女の表情はまだ重いままだ。

エステルの気持ちを汲んだのか、レイヴンはドンのいるユニオン本部の方を向き、黙ったままのハリーへ目をやった。

 

 

「俺はこいつを連れて、ドンに顔を見せに行ってくるわ。

長話になりそうだから、青年たちは宿屋で休んでてよ」

 

「わかった」

 

「青年。くれぐれも俺様のアドバイスを忘れないでね」

 

「ああ」

 

「レイヴンさん。アドバイスって? ユーリを慰めるとか言ってたけど、船で何を話したの?」

 

「やーんっ! 桜ちゃんったら、俺様のレクチャーに興味津々?

でも残念、これは女人禁制、野郎の熱い想いがぶつかり合う、男同士のヒ・ミ・ツ、なんだぜ!!

――――おええええ……っ」

 

「吐くくらいならキモイ決めポーズ作ってまでほざくなですよ、おっさん」

 

 

中年のおっさんが大げさに人差し指を口に当ててウインクを放つものの。

間もなくその顔を青くし、大橋の端まで猛ダッシュしたと思ったら、川へ虹色のものをマーライオンしていた。

このおっさんは、何がしたいんだろう。

 

 

「とりあえず。レイヴンさんが身を粉にしてまで、ユーリと如何わしいプレイしてたのは理解できました」

 

「やだ。桜ちゃんったら、勘違いしないでよね!」

 

「違う。オレは――」

 

「何が違うって?」

 

「……大したことじゃないよ」

 

「なんで、そっぽを向くの。

もしかして、ベリウスの言葉の件で……」

 

「おっさん。ハリーをドンのところへ届けて、ノードポリカの件を報告しに行くんだろ」

 

「ユーリ」

 

「明日にでも、蒼穹の水玉を渡すって伝えておいてくれよ」

 

「ユーリってば」

 

 

私から目を逸したユーリは、何事もなかったかのようにレイヴンに仕事をするように促した。

……ろ、露骨に無視されてるっ。やはり、ユーリはお怒りのようだ。

彼の頬にある一枚の白いシップが視界に入る度、私の良心がブレてしまう。

 

 

(素直に謝るべきか。いいや、それは駄目だって結論を出した。

でも、このままじゃあ、どんどんユーリに嫌われてしまう。ううん、私はどうでもいいって自分で……)

 

 

そうやって、ひとり葛藤している私であったが、ひとつの邪な気配を感じて、我に返る。

それは光の速さで私に急接近し、こともあろうに脚にしがみ付いてきた。

ビビリおののく私のふとももに、レイヴンの無精ひげがチクチクと襲い掛かる。

 

 

「ああ……っ! このすべすべの肌、このフェミニンな香り、おっさん癒される!!

ドンのところなんて行きたくないよーっ。働きたくないよーっ。俺様、桜ちゃんと永遠を過ごしたいん」

 

「ああああああ」

 

「くたばれ、おっさん!」

 

「おごつッ!?」

 

 

レイヴンにふとももを犯されて悪寒が走る私だったが、即座にユーリがおっさんのドタマに拳を叩き込んで、地面にぶっ刺して鎮圧させた。

あ……、ユーリ、一応私を助けてはくれるんだ。

少し驚きながらユーリを見たが、彼は私に目を合わさず、足元で地面に顔面から陥没し、ピクピク痙攣しているレイヴンを睨みつけていた。

 

 

「このおっさん。オレにあんなこと言っときやがって。……これは嵌められたか?」

 

「あんなこと?」

 

「……。おっさんは後で埋めるとしてだ」

 

「埋めないで! 俺様の尊い命!!」

 

「復活早いぞ、おっさん。息してんなら、さっさと用事済ませて来い。そして、二度と戻ってくるな」

 

「桜ちゃん。桜ちゃん。また青年がおっさんいじめるんだーっ」

 

「レイヴンさん、働いてください」

 

「桜ちゃんの冷めた目が、俺様のガラスのハートに突き刺さる……っ! これもまた愛のカタチ、イイ!!」

 

「おっさん。とっととあたしの前から消えてなくなりなさい」

 

「あら不思議。魔導少女に上から目線で罵られても、ちっとも萌えないわ」

 

「そう。なら、あたし自らこの手で、その腐った脳みそごと燃やしてもいいのよ? 燃やすべきよね? 燃やすわ。燃えろ」

 

「待って、リタ!」

 

 

レイヴンに殺気を漲らせるリタを止めたのは、私ではなくカロルだ。

あの魔王リタに立ち向かうとは、恐れ知らずだなと感心している私をよそに、カロルは何か思いつめた様子でレイヴンに駆け寄った。

 

 

「レイヴン。……ボクも、ドンのところについてっていい?」

 

「悪いけど、こりゃユニオンの問題だ。カロルくんがついてっても、話にゃ入れないぜ」

 

「その話とは、別に……。ドンに聞きたいことがあって」

 

「どうせ、蒼穹の水玉を渡す時、ドンに会えるだろ。話なら、そん時にすればいいじゃないの」

 

「……皆には、話せないから」

 

 

カロルは私たちが見守る中、俯き、握った拳を更にきつくした。

何か思い悩んでいるようだが、私たちに頼れない問題なのだろうか。

ユーリはカロルを気持ちに気付いたようで、快く背中を押した。

 

 

「行ってこいよ。長い話にならないならいいだろ。

ちゃんと話が済んだら、宿屋に戻ってくるんだぞ。それでいいよな、おっさん」

 

「ま。駄目もとで来てみるかい、少年」

 

「ありがとう、ユーリ、レイヴン! ボク、行ってくるよ!」

 

「桜の手料理が冷める前に、戻ってくるのよ。ガキんちょ」

 

「今日はハンバーグにしましょうか。桜」

 

「今晩はハンバーグ? やったーっ! 桜、桜、ボクの分は大きいのにしてね!」

 

「おっさんの分もよろしく」

 

「おお! 桜の姉御の手料理にありつけるのか。飛び魚のような気分なのじゃ」

 

「なんか当たり前のように、私が作る流れに……」

 

 

喜ぶ皆を前にして嫌とも言えず、私は宿屋の厨房を借りて、せっせとハンバーグ作りにとりかかった。

昨晩のお礼だと思えば、合いびき肉をこねる作業も苦ではない。

落ち込んでいるエステルは、ひとまずリタに任せて、部屋で休んでもらっている。

記憶喪失のパティはダングレストに懐かしさを感じて、ふらりと街に散策へ。

ユーリはひとり別室で籠っており、ラピードは私のいる厨房の入り口でお座りをしていた。

 

 

「私を守ってるの? 嬉しいな。ラピードにはタマネギ抜きのハンバーグをご馳走するからね」

 

「ワン!」

 

「元気に返事して、可愛い。貴方の主人もこれだけ素直だったらいいのにな」

 

「ワフ!」

 

「ラピードもそう思うよね。……まあ、私も素直とは言い難いけど。

この旅が終わるまで、ユーリとはずっとこのままなのかな」

 

「クーン……」

 

「駄目だよね。自分でもういい、構うなって言ったんだから。今のユーリを受け止めないと」

 

「ワウ……」

 

「ユーリが私の真実を知ったら、きっとすごく落ち込むだろうし、そんな彼を見る私もつらい。

だから、ユーリには話さない。……私、間違ってるのかな?」

 

「ワン! ウウッ、ワンワン!」

 

「何興奮して、もしかして、私が泣き言を零したのに怒ってるの?

こら、厨房の中に入ろうとしない。動物は入っちゃいけないんだから」

 

「フンッ」

 

「ラピード? ラピード! 行っちゃった。……あ」

 

 

私の元から去っていくラピードを目で追っていると、飼い犬を待っていたかのように物陰からユーリの背中が見えて、部屋の中へ消えて行った。

もしかして、ユーリにさっきのラピードとの会話を盗み聞きされてたのか。

女子高生が料理の片手間に、ワンコ相手に人生相談という、こっ恥ずかしい光景を覗かれたのか。

 

 

「生恥この上ない……っ!」

 

 

ユーリに聞かれたのなら仕方ない。後で、リタの肉体言語で忘れて頂くしかないだろう。

私は、内から湧き上がる恥ずかしさを、これでもかとばかりにハンバーグへと叩き込んだ。

間もなくして、私の恥の念が籠ったハンバーグが出来上がり、ユーリとエステル、リタ、ラピード、散歩から戻ってきたパティと食卓を囲んだ。

 

 

「私の怒りと悲しみと羞恥心が籠ったハンバークを召し上がれ」

 

「何よ、それ」

 

「間違った。私力作のハンバーグを食べてみて」

 

「間違うのにも程があるでしょ。また、そこのむっつり男に嫌なことされたの?

あたしに言ってみなさい。どうせ、この場で殴るから」

 

「メシ中に拳鳴らすなよ。オレは何もしてねぇぜ」

 

「何もしないのが問題なんでしょうが。今日のあんたはどうかしてるわ。

いい大人が、女に嫌われたからって、へそ曲げてるんじゃないわよ」

 

「リタさん。ごめん。拳で語るのは後にしてほしいな。

ハンバーグは冷めると不味くなるから」

 

「だって、こいつが」

 

「リタ。折角、桜の手料理なのですよ。……、……あ、美味しいです。

食欲はないと思っていましたが、これなら食べられそうです」

 

「それはよかった。エステル、食べられるだけでいいから。無理しないで」

 

「そういうあんたは、スープだけなの? ……やっぱり、食べられないのはつらいわよね」

 

「私って省エネでしょ。リタさんも食べなよ」

 

「はあ。あんたはいつも無理して。

……やっぱり、むっつり男は近いうちに潰す」

 

「リタ姐、そのハンバーグがいらないなら、うちが頂くぞ。

肉汁たっぷりジューシーなのじゃ、うまうまなのじゃ」

 

「こら、パティ! あたしの獲物に手を出すんじゃない! フォークで頭ぶっ刺すわよ!

ったく、いいわ。わかったわよ。桜が人間に戻るまで、あたしが存分噛み締めて、味わおうじゃないの」

 

「皆が食べてくれると、嬉しい。私も頑張って作った甲斐があるよ」

 

 

毎回無理矢理作らされていた気がするが、こうして皆が美味しく料理を取ってくれる光景が微笑ましい。

あの口数少なく、目も合わせてくれないユーリだって、きちんと残さず料理を平らげてくれた。

そうやってお腹が膨らみ、部屋でくつろいでいるところへ、レイヴンが生気の抜けた顔で戻ってくる。

ベリウスの死や魔狩りの剣、ハリーの先走りを上司に報告した後だ。私は彼を労おうとすぐに料理を用意した。

 

 

「冷めないうちにどうぞ」

 

「いただきまーっす! ……あーっ、桜ちゃんの愛の手料理が、俺様の疲れた心と体に染みるっ。

ねえ、桜ちゃん、おっさんもうヘトヘトでさ。優しく愛をこめてアーンして」

 

「刺すように殺意を込めて、せぇーのでブツを喉へぶっ込めばいいんだな」

 

「窒息死は止めて! 食事のときぐらい、お手柔らかにしてよ。もーっ」

 

「おっさん、カロルはどうした。姿がみえねぇけど、まだドンと話してるのか」

 

「少年とは、ユニオン本部で別れたきりで見てないな。

桜ちゃんのハンバーグ、すんごく楽しみにしてたのに、戻ってきてないのね」

 

「カロル先生も悩み事があるんだろ。今はそっとしてやるとして、だ。

おっさん、オレ、戻ってくんなつったよな。ドンと話がついたなら、自分のギルドに帰れよ」

 

「何言ってるのよ、青年。俺は嬢ちゃんを見なくちゃいけないの。

そして何より、愛しの桜ちゃんがこの俺様が恋しい切ないと心で叫んでるだろう?」

 

「妄想甚だしいよ」

 

「やだ。桜ちゃんったら、づべたい」

 

 

私がおっさんの痛い幻想を切って捨てると、レイヴンはしゅんと肩を落としながらも、ハンバーグを頬張った。

彼は、エステルは次期皇帝候補としての動向を。私は帝国の悪党とやらが見つかるまで、同行すると話してくれたが、今日までの騒動を考えると、さらに詳しい情報が欲しいところ。

レイヴンに命令したユニオンの一角、天を射る矢の首領ドンなら、事の詳細を知っているだろうし、新情報を掴んでいるかもしれない。

 

 

「明日、蒼穹の水玉を渡す時、ドンさんと話ができるんだよね。

レイヴンさんの仕事について、聞きたいことがるんだけど」

 

「女の子を守るのに、理由は必要かい?」

 

「胡散臭いおっさんがまとわりついてるのに、原因究明は必要でしょう」

 

「まとわりついてないよ。護衛だよ。桜ちゃんのナイトだよ。心の恋人だよ、おっさん。

ドンとは、まあ、明日会えるかわかんないけどね」

 

「どういうことです?」

 

 

エステルが少し不安げに尋ねると、レイヴンは皆の目など気にも留めず、ハンバーグの切れ端を口に運んで、ゆっくり咀嚼し、飲み込んだ。

 

 

「うんまい。フォークが進むわ」

 

「桜の姉御の料理はうまうまなのじゃ」

 

「そうね。パティちゃんはもう食べたんでそ。そんな目で見つめられてもやんないわよ」

 

「おっさん、エステルを無視すんな。あたしの手でハンバーグになりたいの?」

 

「ちょ、ちょっと、落ち着きなって、リタっち。

ユニオン本部で、ハリーとノードポリカの件を話したら、ドンはひとりで出てっちまってさ」

 

「ひとりで? どこへ?」

 

「……。恐らく、落とし前つけに行ったんでしょうよ」

 

「落とし前って、レイヴンさんの報告を聞いてから……あっ」

 

 

ハンバーグを頬張るレイヴンから、私はあるひとつの答えに行きついた。

ノードポリカの騒動は、ドンの孫ハリーが海凶の爪の偽情報に騙されて、先走ったのが原因だ。

自分の孫の責任を取るために、ドンひとりでノードポリカへ向かったのか。

 

 

「のんびりハンバーグ食べてる場合じゃないでしょう!

早く、ノードポリカに戻らないと」

 

「いくら絶世の美男子な俺様でも、霞食って生きてるわけじゃないのよ。

美味しいメシ食って、ちゃーんと英気を養わないと、流石にぶっ倒れるわ」

 

「パティ。レイヴンさんのハンバーグ食べてもいいよ」

 

「おっさんの食いかけハンバーグなんていらんのじゃ」

 

「パティちゃんったら、しどい。さっきは物欲しそうな顔してたじゃーん」

 

「桜の姉御のハンバーグは絶品だと思っていただけなのじゃ。

食いたくなったら、また桜の姉御に作ってもらえばいいのじゃ」

 

「気軽に桜ちゃんの手料理にありつけるなんて、うらやましか」

 

「いつでも作ってあげるから。レイヴンさんは早く話を戻す」

 

「桜ちゃん、話わかるーっ」

 

 

私がしぶしぶおっさんの羨望の眼差しを受け入れると、レイヴンはウキウキと笑顔を浮かべた。

……安請け合いしてしまったかもしれない。

レイヴンは素早く残り少しのハンバークをさらえ、お皿にフォークとナイフを揃えて添えた。

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

「お粗末様です。それで、レイヴンさん、早くドンさんを……」

 

「桜ちゃん。ドンが向ったのはノードポリカじゃないよ。

俺様のカンなんだけど、背徳の館に行ったんじゃないかな」

 

「背徳の館?」

 

「海凶の爪の根城さ。ほら、桜ちゃんを狙ってるギルドよ」

 

「なるほどね。じいさんは、偽情報の件で落とし前をつけるために、たったひとりで、暗殺ギルドの巣窟へ殴り込みに行ったわけだ」

 

「ドンさんが危ない! いくら強くったって、数の暴力には勝てないよ」

 

「桜の言う通りです。連中は危険です! わたしたちも向かいましょう」

 

「いや、桜とエステルはダングレストに残ってくれ」

 

 

ドン救出に勢い立つ私とエステルに対して、ユーリは冷静に首を小さく振った。

ここまできて、私嫌いを絡ませてくるのか。

ふつふつと怒りが膨らむ私、加えてエステルも不服だったらしく、空かさずユーリに詰め寄った。

 

 

「わたしは戦えます。桜が傍にいてくれるなら頑張れます」

 

「敵陣の中に突っ込むんだぞ、わかってるのか」

 

「わかっています。桜に触れようとする悪党どもの根城にカチコミ入れて、ドンもろとも爆殺するんですね」

 

「うんわかってねーな、エステル! 何しっかり最後にドンさん巻き込んでるんだよ!!」

 

「ついでにと思って」

 

「なんの!?」

 

「ま。嬢ちゃんも桜ちゃんも、上がった血を下げなさいな。

こっちはアウェイ、とってもアウェーイなのよ。

しかも、連中が狙ってる桜ちゃんまで連れてくとか、魔物の前に霜降り肉を放り込むも同然じゃない」

 

「ムカツクけど、あたしもおっさんに同じ意見よ。

わざわざ桜を危険に晒すことはないわ。あたしたちがドンの襟首掴んでくるから。桜とエステルはここで待ってて」

 

「うちらを信じるのじゃ。大船に乗ったつもりで、ふたりはここで休んでいるのじゃ」

 

 

レイヴンやリタ、パティにまで畳みかけられて、私とエステルは言葉を飲み込み、互いに顔を見合わせる。

彼女の不安げな表情と揺れる瞳が、私に判断を委ねているように見えた。

 

 

「私はここに残る。エステルもそれでいい?」

 

「はい。わたしが必ず桜を守ります」

 

「ありがとう。エステルがついてくれるなら、私は平気。

それに、ドンさんが大変な時に、足手まといの私がついてったら、迷惑でしょう」

 

「桜は足手まといではありません。貴方も話してくれたではありませんか。

何も戦うことだけが取り柄ではない。友達に資格も理由もいらない。そう教えてくれました」

 

「そうそう。エステルとリタさんと私は友達同士だよね」

 

「あ、あたしも入るの? ……別にいいけど」

 

「うちもいれるのじゃ。うちが先陣切って、友を守り支えるのじゃ」

 

「わーっ。おっさん、美少女たちの友情が眩し過ぎてお目め潰れそうーっ」

 

「……オレがいなくても平気、か」

 

 

棒読みになるレイヴンの隣で、ユーリは一瞬嬉しいような悲しいような微笑を浮かべたと思ったら、すぐさま通常の涼しい彼に戻った。

ほんのちょっとだけ、彼が寂しそうに見えたのは、私の思い違いだろうか。

私はユーリの微妙な感情の機微が気になって声をかけようとしたが、彼は拒むように背を向けて、刀を片手に部屋のドアノブに手を掛けた。

 

 

「大人しくここで待ってろよ。カロル拾って、ドンのじいさん連れてくっから」

 

「待って、ユーリ」

 

「……」

 

「街の入り口まで、見送りだけはさせて」

 

「ああ、お前の好きにしろ」

 

 

ユーリは、私に背を向けたまま、そう答えると、部屋の外へ出て行った。

彼がどんどん遠くなっていくような気がする。いや、最初に遠ざけたのは自分じゃないか。

モヤモヤしながら、皆とともに玄関ホールについたところで、外から大勢の騒ぎ声が聞こえてきた。

 

 

「何かのお祭りかな」

 

「あーっ。おっさん、すんげー嫌な予感がするわ。

桜ちゃん、君は俺様の背中から離れないでね」

 

「レイヴンさん。そんな難しい顔して、嫌な予感って?」

 

「考えるより先に行動だな。皆、いくぞ」

 

 

ユーリが先陣を切り、私はレイヴンとともに宿屋を出ると、まず目に飛び込んできたのは、大群の戦士たちの姿だ。彼らはぞろぞろとひとつの方向、街の玄関である大橋を目指しているようだった。

私が彼らの様子を目で追っている間にも、ユーリたちは人の流れに乗って、駆け出してしまう。

 

 

「ま、待って、ユーリ」

 

「ほいほい、桜ちゃん慌てないで。

男どもにぶつからないよう、おっさんが連れてってあげるから」

 

 

レイヴンは焦る私の手を引き、人の波から私を庇いつつ、エスコートしながら、戦士たちが集う大橋へと導いてくれた。

この数えきれないほどの戦士たちが何をしようとしているのかは不明だが、私が気掛かりなのはそこだけではない。

人だかりの端っこ、数人の荒くれ者たちに囲まれて、困惑しているリーゼントの少年の存在が私の視界の隅に入ったからだ。

 

 

「カロル?」

 

「――ドンは、帝国から我々を守り、我々の誇りを守ってきた!!」

 

「――俺たちが、ドンに報いる番だ!!」

 

「――ドンに変わって、俺たちが街を守るんだ!!」

 

 

驚く私とカロルとの間を遮るように、あっちからこっちから、自身や周囲を奮起する声が飛んでくる。

戦士たちから放たれる異様な熱気に気圧されそうになる私であったが、レイヴンがぐっと背を支えてくれて、持ち直した。

 

 

「レイヴンさん」

 

「大丈夫かい、桜ちゃん。フラフラするなら、俺様がお姫様抱っこするけど。

いーよね、オーケーよね、張り切っちゃうよ、おっさん。……腰にきそうだけど」

 

「無理しないでおっさん。それより、この雰囲気、またバルボスやラゴウの時みたいに、帝国と戦争になるの?」

 

「どうだろうね。ドンのじいさんがいないっつーのに、また面倒なこって……」

 

「まさか、騎士団が? フレンさんが私を狙って、ダングレストを襲撃にしに来たの!?」

 

「落ち着きなさい、桜。アホ騎士がやってきても、あんたはベリウスとノードポリカと違って、ダングレストに何の未練もないんだから、さっさと逃げれば済む話でしょ」

 

「リタの意見も一理あるが、まずは状況確認しねぇと。

――おい、そこのお前。今何がどうなってる。この騒ぎはなんだ?」

 

「戦士の殿堂の連中が、ヘリオードまで乗り込んできたんだよ」

 

「戦士の殿堂!?」

 

 

ユーリがひとりの男を呼び止めて問い質すと、その男から恐れていた事実が飛び出してきて、私たちの間に戦慄が走った。

戦士の殿堂が、ベリウスの仇討ちにやってきたのか。

これには、飄々していたレイヴンも聞き流せなかったらしく、男に鋭い眼光を向けた。

 

 

「こっちの非で、あっちの頭が殺されたんだ。話をつけにくるのは当然だろ」

 

「ドンがいないと知ったら、あいつら暴走するに決まってる!

俺たちが街を守らなければいけないんだ! ドンが戻ってくるまで!!」

 

「お前らがそんなんだから、ドンが……ったく。

ギルド同士が衝突しちまったら、また帝国が襲ってくるかもしんないってーのに」

 

「ダングレストは帝国から独立した! とやかく言われる筋合いはない!」

 

「まだ協定は結ばれてもねーってのよ」

 

 

男は話は終わったとばかりに人混みに消え、残されたレイヴンは、ガックリ肩を落とした。

以前、ドンがバルボスとラゴウを策に嵌めるために、ダングレストの皆を煽って、戦争寸前まで持ち込んだことはあるが、ここまで収拾のつかない連中だったとは、こっちまで頭が痛くなる。

私が頭を抱えている間にも、カロルが人混みをかき分けて、こちらへ駆けてきた。

 

 

「ど、どうしよう!? ユーリ、レイヴン、皆!

ダングレストと戦士の殿堂が戦争しちゃう! ドンがいれば、なんとかしてくれるのに……っ!」

 

「そのドンは、背徳の館ってところに行ったらしいぜ」

 

「俺様のカンだけどね」

 

「え、カン? じゃあ、ホントにドンがいるかどうか、わからないんだよね。

ドンがダングレストを離れている間に、戦争が起こったら……っ。

ど、どうしよう……ユーリ、ボク、どうしたらいいと思う?」

 

「カロルが思うようにすればいいだろ」

 

「ボクの思うこと? ……ボクが、自分で考えるの!?」

 

「背徳の館には、オレたちが行くから、首領は心置きなく自分のしたいことをすればいい」

 

「……う、うん。わかった。ドンのことは、ユーリたちにお願いする。

桜、ごめん。ボク、ダングレストに残って、皆と話してくるよ。桜と一緒に行けない」

 

「ううん、私もエステルと宿屋に残るから。カロルのお手伝いを」

 

「桜。お前はオレと来い」

 

 

カロルに歩み寄ろうとする私を後ろから呼び止めたのは、ユーリだ。

あんだけ私を避けていたのに、どういう風の吹き回しなのか。

振り返る私の目に映ったのは、仏頂面の彼ではなく、真摯な目で私を見つめる男の姿だった。

 

 

「ダングレストも安全とは言い切れなくなった。

オレの見えないところで、お前を危険に晒すくらいなら、一緒の方がいい」

 

「……」

 

「返事はどうした」

 

「……」

 

「何黙りこくるんだよ」

 

「……」

 

「オレの傍にいろ」

 

「やだ」

 

「なんでだよ……」

 

 

真剣なユーリのお願いに対して、私は速攻で一刀両断した。

これでも私なりに結構悩んだんだ。さんざん私をスルーして、ここぞとばかりに手のひらを反されて、傍にいろとか、なんかこう、何かが足りない気がして、納得できないのだ。

私の反応が気に食わなかったんだろう、ユーリはムッとした表情で、こちらにずんずん近づいてきた。

 

 

「ここは危険だって言ってるだろ。意地を張ってる場合か」

 

「私が背徳の館に行ったら、もっと危険なんでしょう。

ここには、エステルとカロルがいるから平気」

 

「平気じゃない。

さっき、お前がポロっと零してたけど、フレンがお前を攫いにくるかもしれないんだぞ」

 

「その時は逃げればいいって、リタさんも言ってたじゃない。ね、リタさん」

 

「ええ、言ったわ。なんなら、あたしもダングレストに残ってもいいけど。

もちろんいいわよね、このクソダサむっつり残念ダメ人間」

 

「いいワケねぇだろ。早口で罵詈雑言並べるな。

桜を守りながら、敵の本拠地へ乗り込もうってのに、戦力は割けねぇよ」

 

「何よ。朝から、桜のこと無視しといて、今更保護者面?

あんたのそのいい加減な気持ちで、桜を振り回すのは止めなさいよ」

 

「だから、んなこと言ってる場合はねえ……って、桜。

ひとが真面目な話をしてる間に、お前はなんで、おっさんの後ろに逃げてんだ」

 

 

ユーリがリタの相手をしている隙をついて、私は呑気に突っ立っているレイヴンの背に隠れた。

別におっさんに気持ちが揺らいだわけではない。絶対あり得ない。テルカ・リュミレースが滅んでもない。

ただ、ユーリ以外で背が高くて、ガタイが良くて、生物シールドのなる男が、レイヴン以外いなかったのだ。

私の思惑通り、ユーリに睨まれたレイヴンはどこ吹く風で、背中で縮こまっている私に声をかけてきた。

 

 

「あれまあ。桜ちゃんったら、甘えんぼさん」

 

「ごめん、レイヴンさん。彼を説得して、お願い」

 

「ああっ! 桜ちゃんの上目使いが俺様の胸にぶっささる……っ! これは反則よ!」

 

「頑張れ、レイヴンさん! ガッツだ、おっさん! ゴーゴー、レイヴンさん! ……屍は拾ってやる」

 

「あれえ? おっさんか青年に殺られる前提の声援なの? ひどくない?

君の気持ちはわからんでもないけどさ。

ここは、グッと堪えて、大人になろうね」

 

「……わかった。じゃあ、レイヴンさんと一緒に行く」

 

 

レイヴンから暗にユーリへ行くように促されたので、私はおっさんの羽織の袖を掴んで、そう答えた。

背徳の館が今まで以上に危険な場所と言うなら、前衛のユーリより、近距離遠距離攻守ともにこなすレイヴンの方が、私の護衛に適任だと思う。

私に袖を掴まれたレイヴンは目を丸くし、カロルやエステル、リタはやれやれと呆れかえっていた。

パティはおでんの準備をし始め、ラピードはお座りしたまま、私たちを傍観している。

ユーリに至っては、私の意図に反して、その綺麗な顔を不機嫌に歪め、腰に手を当てて斜めに構えた。

 

 

「何もわかってないだろ。ノードポリカ初日に、このおっさんが何やらかしたか覚えてないのか。

ここでもお前に襲い掛かってきただろ」

 

「やだーっ。おっさん、ちょっと桜ちゃんのノートを拝借しただけじゃないのよ。

ここで桜ちゃんに甘えちゃったのは、……まあ、疲れたから、つい。

桜ちゃんとの大事なコミュンケーションの一環だと思って許してちょーだいな」

 

「許せるわけねぇだろ。あんなおぞましい奇行を疲れたで片付けるな。

一環って、また同じことやらかす気満々なおっさんに、うちのお嬢さんを預けられるかよ」

 

「桜ちゃんにフラれたからって、俺様にあたるとか、青年ったら心狭いわね。

そんなんだから、桜ちゃんに嫌われんのよ」

 

「……。おっさん、そのよく滑る脂ののった舌斬り落とすぞ」

 

「そんな怖い顔しないの。俺様と船での内緒話を思い出しなよ」

 

「……」

 

「それとも、今ここで再確認しちゃってもいいのかな?」

 

「……ずるいぜ、おっさん」

 

「ずるくもなるよ。腹カチ割った仲だ。仲良く共同戦線といこーや」

 

「な、何、ふたりとも? ふたりして、船でなんの話をしたの?

わ、私は関係ないよね、……ね? 怖いんですけど」

 

 

こめかみを引くつかせるユーリと、悪魔のように口端を釣り上げて笑うレイヴン。

ジト目で見つめ合う成人男性ふたりに、私はうすら寒いものを感じてしまう。

しばらく睨み合うふたりであったが、先に折れたのは、なんとユーリだった。

 

 

「わかったよ。レイヴンに任せた」

 

「やたーっ! 青年、愛してるーっ」

 

「おっさんの愛なんていらねぇよ。

背中を斬る件はチャラにしたが、次はないって、船で話したよな。

オレが目を離した隙に、桜に何かあったら、真っ先におっさんを斬るからな」

 

「ほらほら、それさね。青年のは、激重すぎんのよ。

桜ちゃんが本能的に逃げるわけだわ。ねーっ、桜ちゃん」

 

「別に私は逃げては……、ない」

 

「目がオレから空の彼方に飛んでったぞ。桜、帰ってこい」

 

「ユーリは自覚した方がいいと、ボク思うんだ」

 

「カロル先生は、オレの何を知ってるんだよ」

 

「ガキんちょに指摘されたら終わりよ、このむっつり男。

あんたたちに付き合うあたしたちの身になれって、前にも言ったわよね」

 

「なら、適当に流しときゃいいだろ」

 

「皆、母なる大海原のように寛大な心をもてばいいのじゃ。そうすれば、毎日が楽しくなるぞ」

 

「本当にそうだ。皆、パティのように広い心を持てよ」

 

「――それで、ユーリは、レイヴンにどんな弱みを握られているのです?」

 

 

なんとなく私とユーリとの距離が戻り始めたところで、エステルの会心の一撃が彼の胸にクリティカルヒットして沈黙させた。

そーいえば、レイヴン、ユーリを内緒話で強請って、私の護衛の権利を勝ち取ったんだよな。

その内緒話とは何なのか、ベリウスの言う私の運命についてか、尋ねようとユーリの黒い瞳を見たが、サッと逸らされてしまった。

 

 

「桜がオレたちについてくるってことは、エステルもついてくるんだな?」

 

「もちろんです。それで、ユーリの弱みは何です?」

 

「敵の根城に乗り込むんだ。桜、アイテムの補充を忘れるなよ」

 

「もちろん。それで、貴方の何が激重なの?」

 

「じゃあ、オレたちは、背徳の館に行ってくるから。カロルも踏ん張れよ」

 

「もちろんだよ。いい加減、ユーリは観念したら?」

 

「ここが戦場になる前に出発するぞ、皆」

 

「いざ出発なのじゃ。クーデレユーリはしょーがないのじゃ」

 

「……皆して、オレをいじるなよ」

 

「やめるわけないでしょ。あんたが変な意地張ってる限りはね」

 

 

クールな青年を貫いていたユーリであったが、皆にいじられてた挙句、リタの言葉が止めになって、げんなりと大きなため息をついた。

私としては、ことこの件について、じっくり彼に問い質したいところだが、今はその場合ではない。

私たちは急ぎ道具屋で準備を整えると、レイヴンの案内で、ドン不在で制御不能のダングレストを離れ、西にある海凶の爪の根城、背徳の館へ向かった。

 

 

 

 

 

梟の鳴き声と葉ずれの音が流れる夜空の下、鬱蒼と茂る森の中を縫うように突き進んでいると、木々のカーテンの隙間から、草色の屋根が見えてきた。

徐々に大きな館、鉄柵の塀を確認できたところで、先頭のレイヴンが後ろの私たちに目配せし、その硬い手のひらで私を手を握る。

私はレイヴンにリードされるがまま、皆とともに塀の陰に身を隠すと、鉄柵の隙間から館の様子をうかがった。

 

 

「どうやら、ここが背徳の館みたいだねえ」

 

「入口で見張っている、赤眼レンズのひとたち。

あちこちで私たちやフレンさんに襲い掛かってきた、海凶の爪の暗殺者だよね」

 

「あんまり身を乗り出すなよ、桜。お前は連中に狙われてんだからな」

 

「で。その桜を抱えて、どうやってこの厳重な警備を乗り切るつもり?

もたもたしてたら、この子が見つかるかもしれない。あたし、そんなに待てないから」

 

「短気は損気なのじゃ」

 

「パティの言う通りです。皆でもう少し待って、海凶の爪の皆さんがいい具合に集まったところを、よーいドンで館ごと爆破しましょう。それでいいですよね、桜」

 

 

よし!と親指おっ立てるエステルから、いつものいらん殺る気を感じたが、私は必死に堪えた。

(いいわけないだろ! 運動会みたく総出でドンの存在もろともバーストしてどうする!?

それより、いやそれよりもなく! "ドンでドン"とか、まったくもって笑えんダジャレを私に言わすなよ! お陰で私の心は絶賛猛吹雪だ!!)

喉まで出かけた言葉をぐっと抑えて、私は静かにエステルの胸に裏拳でつついた。

 

 

「……エステル。だめ絶対」

 

「偉いぞ、桜。よくツッコまなかった」

 

「桜ちゃんの神対応もいいけどさ。おっさんもわりと急いでるんだよね。

これが無駄足になってはきゃいいけどさ」

 

「街であんだけ悠長にお喋りしといて、今頃焦ってんじゃないわよ。おっさん」

 

「本当に、ドンがここにきているのでしょうか」

 

「シッ! 皆、お口チャックなのじゃ。入り口の前で何かもめてるようなのじゃ」

 

 

パティにつられて、館の入り口の方へ目をやれば、門番と誰かが言い争っていた。

年頃は私と同じくらいのツインテール女の子がふたり、門番の男に突っかかっている。

あのふたり、ヘリオードの下層、カドスの喉笛で、イエガーに加担していたが。

 

 

「確か、名前はゴーシュとドロワットだっけ」

 

「間違いないな。様子を見てみようぜ」

 

 

私たちはそこで言葉を切り、門番、ゴーシュとドロワットの会話に耳を傾けた。

最初に私の耳に届いたのは、黄緑色の髪をしたドロワットの焦燥の声だ。

 

 

「早く私らを通してって言ってるでしょ〜」

 

「あんたら、本物か? 帰ってくるにしたって、タイミングが良すぎるんだよ」

 

「本物に決まっているだろう。通せ。あのドンがここに来ているんだ。お前たちでは敵わない」

 

 

赤い髪のゴーシュは、門番にきつい口調でそう言い切った。

ドンはこの館にいる。レイヴンのカンが的中したようだ。

私たちは互いの目を見て頷き、さらに耳をすませた。

 

 

「あんたたちが本物のゴーシュとドロワットなら、魔狩りの剣が竜使いを狙っているネタをさぐりにいっているはずだ」

 

「だから、テムザ山に向かう前に、ドンがここに向かったという情報を得たと言っている」

 

 

ゴーシュの言葉に、私たちは再度目を合わせた。

なぜ魔物を狩って旅するギルド魔狩りの剣が、始祖の隷長のベリウスに続いて、クリティア人のジュディスを狙うのだろうか。

理解の追いつかない私を差し置いて、ゴーシュとドロワットは数人のギルド員に見張られたまま、館へ入って行った。

 

 

「ラッキー。警備が手薄になったわよ。俺様ツイてる〜」

 

「オレらも便乗しますかっと。桜、レイヴンから離れるなよ。

そして、おっさんはオレの目の届くところでくたばれ」

 

「青年ったら、相変わらずひどいん。

ま。野郎の気遣いより、女の子の労わりの方がいいけど」

 

「私をチラ見しないで」

 

「桜、こんなめんどくさいおっさんは放っておいて。

今のうちに、あたしたちは――」

 

「――そこにいるのは何者だ!?」

 

 

塀の陰で引き続きコソコソ話していると、森の方からやってきたギルド員たちに見つかってしまった。

皆がみんな、館の方に意識を持ってかれていた上に、森側から見れば、私たちの姿は丸見えだ。

一瞬、反応に遅れる私たちに代わって、ラピードが短剣を口に咥えて、ギルド員のひとりを一太刀浴びせて怯ませた。

 

 

「ナイスだ、ラピード! おっさん、桜を守りながら、後方援護だ」

 

「あいよ。桜ちゃん、俺様の雄姿とくとご覧あれ。

愛する桜ちゃんを守るため、時には鋭い刃となり、時には堅固な盾となり、最後は君を優しく包み込む、紳士な俺様参戦よ。

……恋しちゃっても良いんだぜっ」

 

「アホなこと言ってないで、さっさとやるわよ!」

 

 

ユーリが刀を抜いて、レイヴンは私を背中に置いたまま弓を構え、リタが詠唱を開始し、皆が臨戦態勢に入った。

こっちは私を除いても5人と1匹、相手は3人、数では勝っている。

数の暴力で簡単に押しきれると考えていたが、この騒ぎを聞きつけられたのか、そこらかしこから増員が続々とやってくるではないか。

 

 

「切りがないよ。こうしている間にも、ドンさんが……っ!」

 

「マジでエステルの爆破作戦が魅力的に見えて来たぜ」

 

「何を言い出す下町の青年21歳用心棒!

あんたが最後の砦だ! 正気に戻れ! もっと踏ん張ってお願い! 私の精神が爆散する!!」

 

「冗談だよ」

 

「目がマジだよ」

 

「仕方ねぇな。あんま使いたくなかった手だが。皆、二手にわかれるぞ!」

 

「この状況で? ……まさか、桜をオトリに使う気じゃないでしょうね!?」

 

「私は大丈夫! ソーサラーリングもあるし、小回りも聞くし、殺されるわけじゃないから! が、頑張る、頑張れる。……頑張れるかな?」

 

「早速目が泳いでる桜に、そんな危ないなことさせれられません。

やはり、ここは手っ取り早く汚い花火を一発」

 

「頼むから横着しないで嬢ちゃん。ドンも吹っ飛んじゃうわよ」

 

「組み分けはどうするのじゃ。ユーリ?」

 

 

銃でギルド員をけん制するパティは、相手から目を離さないまま、ユーリに問いかけた。

ここにいるのは、ユーリ、エステル、リタ、レイヴン、パティ、ラピード、そして、今のところ非戦闘員の私だ。

状況によっては戦えるが、そのためには始祖の隷長が近くにいないといけないし、フェローの羽根はあてにできない。何より、船でパティの最悪の可能性を聞かされた以上、戦闘バージョンであるのもうひとりの自分になるのは、どうしても避けたいところ。

ユーリは、かかってくるギルド員の攻撃を刀でさばきつつ、私たちに指示を出した。

 

 

「オレと桜、レイヴン、ラピードで館に突っ込む。

残りは騒ぎ起こして、連中を引き付けてくれ」

 

「バカなの!? この期に及んで、あんたの歪んだ独占欲を桜に押し付けないで!

この子が大切なら、ぶつくさ言わずに、あたしたちに任せなさい!」

 

「尚更だな。ドンなら、桜の存在を無視できないだろ。

参謀のレイヴンも、ドンを説得してダングレストに連れ戻すのに必要だ」

 

「あたしがじいさん殴ってでも屈服させるわ」

 

「それに、リタの炎魔術やエステルの光魔術、パティの攻撃は、嫌でも目立つだろ」

 

「あーっ、もーっ! わかったわよ。暴れればいいんでしょ!

桜に何かあったら、おっさんもろとも、そのスカした顔ぶっ飛ばすから!」

 

「そんな……っ!? 桜が館に入ってしまったら、爆砕が」

 

「ビックバンはもーいい! どんだけ爆破に執着するんだ、エステル!?

私の心が玉砕しそうだよ!!」

 

「ロマンスです」

 

「そんな甘さの微塵もない過激で痛いロマンスは速やかに星空彼方へ投げ捨てろ!」

 

 

この切迫した戦況の中で、相変わらず殺気の爆発させるエステルに、私は夜空を指さしてツッコんだ。

ひょっとして、いつもの狂気で、ベリウスの件を紛らわそうとしているのか。

私は不安定な彼女を気に掛けながらも、レイヴンへと目を走らせた。

 

 

「レイヴンさん、ドンさん説得できそうですか?」

 

「ん−っ、まあ。俺の口八丁で、あのじいさんをなんとかできる自信ないけど。

渦中の桜ちゃんがいれば、少しは素直になるでしょうよ」

 

「あのドンさん相手に、私みたいな小娘が役に立つのかな」

 

「なるなる、十分なるって、おっさんもすんげー助かるし。

ってなワケで、桜ちゃんは俺が死守すっから、女性陣は頑張ってーっ! おっさん、心の中で応援してる! 愛してるぜっ!」

 

「いらん! あたしをこき使うからには、身も心も粉にしてでも働きなさいよ。野郎ども!」

 

「ここが落ち着いたら、必ず桜を迎えに行きます! その後は、館もろともここ一帯を大爆破で荒野に」

 

「しねーつってるでしょ! ポイしなさいって言ったの忘れたの、エステル!? 帝国の未来が心配だな!!」

 

「爆破はさておき、組み分けはこれで決定だな。パティ、いつもの頼む」

 

「了解なのじゃ!」

 

 

ユーリの合図に、パティはギルド員目掛けて、いくつもの小さ爆弾を投げつけた。

当然ギルド員たちが武器で爆弾を叩き落とすが、着弾した爆弾から黄色い煙が蔓延し、連中の視界を奪う。

その隙をついて、レイヴンが私の手を引き、ユーリとラピードが後に続いて、館へ踏み込んだ。

 

 

「それで、どこを探すの?」

 

「じいさんならまず、ここの首領イエガーをしめるだろうからね。

目指すは館の最上最奥ってところかな。これも俺様のカンだけど」

 

「相手の数が減らねぇな。一旦、近くの部屋に隠れて連中をやり過ごすぞ。いいな、ふたりとも」

 

「あいよ。桜ちゃん、俺様について来てね」

 

 

ユーリの提案で、レイヴンは私を連れたまま、手近のドアに聞き耳を立てて、中に人の気配がないことを確認した。

彼はがユーリに目配せをし、ユーリが周囲に敵がいないと見て頷くと、私たちはその部屋へ身を隠す。

そこは応接室なのか、そこそこのスペースに品のいいソファーやテーブルがそろっている。

私が内心イエガーの趣味に感心している間にも、館の外からリタの大きな怒声がこちらに届いた。

 

 

『――あんたたちの相手は、このあたしよ!

死にたいやつから、かかってきなさい!!』

 

『――わたしと桜の絆を穢す者は、ひとり残らず爆発!爆砕!大爆殺です!!』

 

『――皆まとめてバーベキューなのじゃ!!』

 

 

リタたちもユーリの指示に従ったのか、鼓膜を突くような魔術の炸裂音が館中を震わせ、窓から魔術の光がチカチカと入り、フライパンを叩く音が空気を周辺に響いてきた。

これなら、否が応でもギルド員たちの注目を浴びるだろう。

 

 

「リタさんたちがうまくやってくれてるみたい」

 

「3人の期待に応えないといけないな」

 

 

私は窓から外の様子を眺めてから、振り向こうとしたところ、隣のユーリと目が合った。

私の目を逸らさず、見てくれている。

私の心配など吹っ飛ばすような、勝気な目が私を捕まえていた。

 

 

「……」

 

「どうした、桜?」

 

 

私がユーリの目を見返すと、彼はもう逸らさず、無視せず、その闇色の瞳で受け止めてくれた。

勢いでここまできたが、もう以前のように彼と接していいのか迷ってしまう。

ただ、そこに触れたら私とユーリの間にまた亀裂が入りそうな気がして、聞く勇気は出てこなかった。

 

 

「……なんでもない」

 

「ああ。お前がオレに話したくなったら、言ってくれ」

 

「いいの?」

 

「いいんだよ」

 

「そっか。よかった」

 

「……悪かったな」

 

「ん?」

 

「やっぱ、オレには無理だ」

 

 

ユーリは小さなため息を零し、困ったように表情を緩めた。

その一言の謝罪と微笑みだけで、遠かった彼が、今は傍に感じられる。

いつものユーリだ。私の知っている彼が戻ってきた。

 

 

「でも、このままじゃあ、振出しに……」

 

「桜」

 

「何、ユーリ?」

 

「呼んでみただけだよ」

 

「何を突然。ユーリ、大丈夫?」

 

「お前こそ、大丈夫か? 敵地のど真ん中だってのに、間の抜けた顔してるぞ」

 

「それはどーも大変誠に申し訳ございませんでしたね。

貴様のような絶世の美青年からすれば、どーせ私は残念な女ですよ」

 

「そこまで言ってないだろ、怒るなよ」

 

「だったら、少しは反省しなさいよ。何嬉しそうな顔してるんだよ。その整った面を握り潰すぞ」

 

「ヘイヘイッ! そこのおふたりさん。

おっさんとワンコを置いて、ふたりの世界作ったりしないの」

 

 

突然、私をからかいだすユーリに腹を立てていると、レイヴンが首を突っ込んできた。

ふたりの世界ってなんだ。よもや、私とユーリのか。

 

 

「ち、ちが……っ! だって、ユーリが」

 

「桜ちゃんもムキになんない。

それに、青年の名前連呼するだけ無駄だってば。相手を喜ばせるだけよ」

 

「ガキかよ、オレは」

 

「それじゃあ、飢えた狼ってところかね。結局我慢できなかったんだ。青年」

 

「このやり方が一番性に合ってるんだよ。人間慣れないことはするもんじゃねぇな」

 

「何の話をしているの、ユーリ?」

 

「なんでもないよ」

 

「私のマネしない」

 

「青年じゃなくて、俺様にも構ってよ、桜ちゃん。

君にいろんな顔させるなんて、俺様、ますます嫉妬心モリモリだわ」

 

「大人げないぜ、おっさん」

 

「恋愛に年齢は関係ないって、船で話しただろ?」

 

「ここにあの話を持ち出すなよ……」

 

 

レイヴンがらしくもなく真面目な顔をすると、ユーリは沈痛な面持ちでこめかみに手を当てた。

あの話とは、今日何度も出てきたレイヴンとの内緒話で違いないだろう。

レイヴンとラピードしか居ないこの場がチャンスだと判断した私は、ユーリに逃げられないよう詰め寄った。

 

 

「ユーリ。そろそろ私にも教えてくれてもいいんじゃないの?」

 

「何のことだ」

 

「しらばっくれないで。レイヴンさんと船で話したっていう内緒話」

 

「お前が気にすることないよ」

 

「これが気にしないでいられるか。

レイヴンさんとふたりでコソコソして、怪しいことこの上ないよ」

 

「なんだ。オレに興味がわいたのか」

 

「ふざけてないで、教えて」

 

「内緒だよ」

 

 

私に迫られたユーリは、「これでおしまい」とばかりに至近距離で私へウインクを送ってきた。

イケメンのウインクとか反則だろ。ドキュン死するわ。

私としては、ここまで執拗に隠さなければいけない話とは何なのか、気になって仕方ない。

今までの話からするに、レイヴンのアドバイス、ユーリの心が狭い、激重、恋愛……まさか。

 

 

「好きなの? ユーリ」

 

「……っ!」

 

「お? おお?」

 

 

私が思い付きを言ってみたところ、ユーリは驚愕の目で私を見つめ、レイヴンは興味津々にこちらを覗き込んできた。

彼らのただならぬ反応からして、恐らく当たりなのだろう。

うんうん頷いて得心している私に反して、いつもクールなユーリはどこへやら、その端正な顔から焦りの表情にじみ出して、私の両肩を掴んできた。

 

 

「違う! いや、そうじゃなくてだな……っ。何も、こんな時に……ったく。

オレはお前に……っ、元の世界に帰す約束しただろ。だから……」

 

「青年が違うっつーなら、そーなんだ。ふーん。

フレンちゃんと揃いも揃って純真な乙女心を弄ぶのね。ひどい男だわ」

 

「おい、おっさんうるさいぞ。今桜と真剣な話をしてるんだよ。邪魔すんな」

 

「こんなクズ野郎なんか忘れちまいなよ。

泣くなら、思いっきり俺様の胸の中でお泣きなさいな。

俺様がその傷ついた心ごと、君の想いを頂いちゃうぜ」

 

「おっさんは黙ってろ」

 

「いいや、黙らないね。せっかく桜ちゃん自ら切り出してくれたんだよ。

女の子に恥をかかせちゃ駄目だ。お前も男だろ、青年。覚悟を決めろや」

 

 

何かを取り繕うとするユーリに、レイヴンは挑発的な目を投げかけた。

リタたちの怒声や爆発音をBGMに、私たちの間に張り詰めた空気が支配し始める。

まもなくして、ユーリは大きく息をつき、真剣な表情で熱の籠った瞳を投げかけてきた。

 

 

「桜、お前、それが自分でよく考えて出した答えなのか?

意味は分かっているんだよな」

 

「そうだけど」

 

「本当なのか?」

 

「本当かな」

 

「迷いはないんだな?」

 

「ユーリの反応見てたら、そうなんだと思う」

 

「もう後には退けない。退かせない。

オレがお前を逃がさない。……いいよな?」

 

「うん」

 

「いいんだな?」

 

「くどいんだけど」

 

「……わかった。オレももう逃げない」

 

「わかってたんだ」

 

「ああ。オレの気持ちは、ずっと」

 

「良かったね、ユーリ。その好きなひとと幸せになってね」

 

「……」

 

「あらら」

 

 

思いのほかスルっと出た私の言葉に、ユーリは硬直し、レイヴンは呆気に取られていた。

ユーリが全身全霊で愛をぶつけたい、独り占めしたくなるほどの素敵な女性を見つけたんだろう。

私はそう解釈したのだが、何故か3人と1匹の間に微妙な空気は漂い始める。

 

 

(考えてみれば、無遠なしに人様の恋愛事情を聞きだすのは、ひとが悪いよね)

 

 

藪蛇だったかもしれない。どうしたものか。

だんだん私が居たたまれなくなってきたところで、ユーリが渋い顔をし、レイヴンが堪え切れなくなって笑いを吹き出した。

 

 

「――クッ、プッ! 青年、マジでフラれてやんの」

 

「おっさん窓から叩き出すぞ」

 

「思い切り泣けばいいよ、青年。

野郎の涙なんて見たかないけど、今回ばかりは、おっさんが慰めてあげる」

 

「いらねぇよ。……桜、何がどうなって、そんなとんでもない結論が出てくるんだ。

オレにそんな暇あったと思うか? ずっと傍にいたお前なら、一番わかってるだろ」

 

「うんよく知ってる。ユーリは私の保護者だから」

 

「そうじゃないだろ。いや、そうだけどな」

 

「ユーリの想い人への激重い気持ちや恋愛相談は、後で私がいっぱい聞いてあげるし、応援もする」

 

「違うって言ってるだろ。勘違いも甚だしいぞ」

 

「エステルと何があったの?」

 

「……」

 

「レイヴンさんと何を話してたの?」

 

「……」

 

「別にいいよ。答えなくても。ユーリの想い人を詮索するつもりはないから」

 

「逆にもっとオレを突っ込めよ、桜。」

 

「ユーリは何されても恥ずかしがるタイプじゃないでしょう」

 

「なんだ。オレの貴重な照れ顔を拝みたかったら、お前が頑張ればいいだろ」

 

「そこまでして、私に想い人のこと聞いて欲しいの? いいけど」

 

「いいのかよ。お前は、もっとオレに……いや。

そもそもだ。オレには、お前が考えてるような女はだな」

 

 

私を見据えたままユーリは何か言いかけたが、私からゆっくり目を逸らし、最後は言い淀んでしまった。

やっぱり、ユーリに好きな人がいるんじゃないか。何を躊躇っているのだろう。

レイヴンはニヤニヤしながらこっちを眺めるだけで、私にはユーリが何を考え、何を言いたいのか理解できなかった、が。

 

 

「誰かを好きになるのは、悪いことじゃないよ。頑張れ、ユーリ」

 

「その真理に間違いはないけどな。お前の反応はありえないだろ」

 

「私の反応の何が不満なの?

ユーリの恋をヨイショしてるのに」

 

「お前がヨイショするなよ。オレがキツんだよ。

他の誰にどう見られようが構いやしないが、お前に誤解されるのはごめんだ」

 

「誤解? 私に後ろめたいことでもあるとか」

 

「ないな。オレはいつだって、お前にオープンだぜ。だから――」

 

「だったら、もうこれ以上、ここで話すことはないよね。

今度こそ、ドンさん探しに行くよ」

 

「おい待て、桜」

 

「レイヴンさん、ラピード、行こう」

 

「はいよ。桜ちゃんの思うがままに。……青年、ご愁傷様」

 

「ワフ……」

 

 

私が進行を促すと、レイヴンは返事をしてユーリに一礼し、ラピードはため息をつくように小さく吼えた。

ラピードの視線の先には、イライラするように片手で頭を掻く主人がいる。

私はそんな彼から逃げるように、そっと背を向けた。

 

 

(これでいい。これでいいんだ。私は間違ってはいない)

 

 

先程まで、いつもの彼が戻ってきたことに、ホッとして、心が躍っていたのに。

今は妙に冷めた自分がいる。

 

 

(ユーリに好きなひとができたんだ。願ったり叶ったりじゃないか)

 

 

これまで、彼が私を支え、守り、情を注いでくれたのは、一重に私が可哀想な異世界人だと思っているから。

彼の気持ちが元の私から離れたこの状況は、今の私が望んだ結果なんだ。

彼が傷つく可能性は各段に減ったはずなのに、昨晩から胸の中でくすぶるこの気持ちが理解できない。

 

 

(いや、今ここで立ち止まって考える問題じゃない。

もうユーリの……誰かの足手まといはイヤだ)

 

 

レイヴンが客室のドアを開いたのを見て、私は胸の中で肥大するそれを振り払った。

考えるのは後、一刻も早くドンをダングレストに引き戻して、戦争を食い止めなくてはいけないんだ。

私は、自分にそう言い聞かせて、ユーリたちと共に背徳の館の奥へと進んだ。

 

 

 

 

■続く■




お付き合いありがとうございます!!
今回もラブコメだぜ!! もっとキャッキャッうふふしたかったけど、容量がとんでもないことになっているので、肩透かしかもしれませんが、これで諦めました。
この燃え滾る妄想は、次回にもっていこうと思います。

本当はラストのオチは違ってたんですよ。
ラブだけで、コメディもなかったんです。けど、もうちょっとややこしくしたいなと思った結果がこうです。
本編が急加速でシリアスの最中なので、なかなかギャグぶち込むすきがないですが、頑張ります!!


次回は、背徳の館からダングレスト、フィエルティア号、できればテムザ山までもって行きたい感じです。
それでは、また。


瑛慈 翔
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