明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第47話】現実には立ち向かうけど

新月の夜、ノードポリカの闘技場で、オレたちはベリウスとの死闘を繰り広げた。

始祖の隷長の力は凄まじく、もうひとりの桜も含めて、混乱を極めたものになる。

身も心もキツい戦いの後、ベリウスが死に際に残したあの言葉が、オレの頭の中から離れない。

 

 

――桜の運命を変えるため、フェローに会いに行け。

 

 

桜の運命ってなんだ。変えなきゃならねえような未来があいつに待っているのか。

これ以上、何があいつを苦しめるんだ……っ。

憤るオレの疑問に答えるように、生前のベリウスの記憶がオレの脳裏に蘇った。

 

 

――桜を守ってはくれぬか。その命を持ってしてでも。

 

 

オレはとっくの昔に腹ぁ括った。自分の道を選んだんだ。

罪人の道であろうとも、悪党どもに苦しめられている人々を救う。

何があっても、桜を守る。この手を穢してもだ。

 

 

――そこな少女の道は過酷で苛烈で未来も見えん。

  お前には何の益もなく、いずれ絶望を迎えるかもしれぬ。

 

 

桜の道が厳しくつらいって言うなら、オレがいる。

元より、見返りなんて求めちゃいない。

オレが好きでやってんだ。他の誰かに頼まれるまでもない。

 

 

だが、ベリウスの言葉を符合すると、考え方は変わってくる。

運命とは、かみ砕けば、定められた未来って意味だ。

桜が見えない未来。変えなければならない未来。そしてオレが絶望するかもしれない……まさか。

 

 

近い未来、桜はオレの目の前で死んでしまうのか?

桜が消えてなくなるって言うのか……?

 

 

それなら、心当たりがあり過ぎる。

今日までの旅で、幾度となく味わった感情が、また胸の内からじわりと広がった。

 

 

エアルに中てられて冷たくなっていく桜の身体、重傷を負って、血の気が引いて行く桜の顔。

オレは何度あいつを抱えたまま、必死にあがいて、あいつの命を繋ぎ止めて来たと思ってんだ。

 

 

だってのに、始祖の隷長に片足突っ込んでいる桜も、ベリウスのようになるのか。

死んじまっだら、肉体は残らず、聖核なんて魂の塊になっちまうのか。

元の世界に帰りたくても帰れない。その上、聖核を狙っている連中に、いいように弄ばれて殺されて、その上、魂すらも利用されるってのか。

 

 

オレの考えている最悪はそれだけじゃない。

桜の命だけでなく、意識さえ脅かしかねないヤツがいる。

あの明るい桜からかけ離れた冷たい気配を放つ、もうひとりの桜。

フェローの襲撃から、そいつは現れ、次にカドスの喉笛、コゴール砂漠、ノードポリカと表に出てくる頻度が異常に早く多くなっていく。

 

 

あれになる度、桜の意識がどんどん欠けていくような気がしてならない。

オレはひとかけらも零れないように、桜を抱き締めるしかなかった。

 

 

だから、桜。そろそろオレのもとへ戻ってこいよ。

オレの傍で楽しく話しかけてくれて、よくオレに怒って、胸の中でめそめそ泣いて、微笑みかけてくるお前に会いたいんだ。

 

 

お前に会うために、オレは心のまま、桜のか細い身体を抱き締めた。

戻ってこい。オレのもとへ戻って、いつものように、オレの名前を呼んでくれよ。

 

 

だが、返ってきたのは、オレへの拒絶だった。

いつものように恥ずかしがっているだけのようには見えない。

ずっと「駄目」とか「無理」とばかり泣きながら、オレを遠ざけようとする。

 

 

まさか、もうひとりのやつの影響なのか。桜の意識に浸食し始めたって言うのか。

不安が募るオレへ間髪入れずに、フレンが桜を抱き締めて告りやがった。

 

 

普段の桜なら、すぐにオレの元へ逃げてくるだろうと高を括っていたが、いつまで待ってもやって来ない。

それどころか、見つめ合う桜とフレンの間に、本能的に受け入れがたい空気を察して、オレの足を止めにかかる。

 

 

桜、お前はなんで潤んだ目でフレンを見つめ返してるんだよ。

フレン、お前は、ノール港で交わした約束忘れたのかよ。

 

 

当然、オレはふたりの世界を切り裂いた。

帝国騎士と女の子、とても映える組み合わせだったって?

あんなもん、見せつけられた身になれよ。

いや、それどころじゃない。

 

 

意中の女の子を取られたフレンは、当然ブチ切れたわけだが。

桜だけでなく、聖核まで寄越せとは、どういう了見だ。

お前の信じた道なのかよ。上からの理不尽な命令に愚直に従った、その先にあるのはなんだ。

オレたちの嫌う帝国と同じ悪党になっちまったのか。

そりゃあ、笑えねぇ冗談だ。

 

 

……て、大口叩いたものの、実際問題どうしたものか。

 

 

ベリウス戦の消耗が大きい。また全力で戦うのは、ちっとばかりキツいか。

それはフレンも同じはずだが、桜を目の前にして諦めるとは思えない。

ガチでバトって倒したところで、こいつは何度でも立ち上がってくるだろう。

 

桜がいるこの状況で、フレン相手に実力行使は通じない。

こうして話し合っても、堂々巡りで解決できないときた。

残るは逃げの一手だが、桜を抱えてこの場を去ろうものなら、たちまち怒り狂ったフレンに捕まっちまう。

 

この局面どうやって切り抜けるか、オレが頭捻っていたところで、リタがいち早く桜を連れて逃げてくれた。

もちろん、フレンがそれを許すはずがない。

 

 

「待ってくれ、桜! 僕は君と話があるんだ!!」

 

「浮気は許さねぇぞっと。フレン、お前の相手はオレだろ」

 

 

夜空の下、この寂れた闘技場で、オレは桜を追いかけようとするフレンに立ち憚った。

ここでオレが踏ん張って、桜とリタが逃げる時間を稼いでおかないと、光の速さでこいつが桜を奪っちまうだろう。

そうやってオレがフレンを足止めしてたら、カロルがせっついてきた。

 

 

「ユーリ、ボクたちも早く逃げようよ! 騎士団の増援がきちゃう!」

 

「急いでるとこ悪いが、オレはフレンに確認したいことがあるんだよ」

 

「いいわね。幼馴染と水入らずのお話。

ふたりの邪魔になるといけないから、私たちは先に失礼するわ。

桜が寂しがる前に帰ってこれるわよね?」

 

「もちろんだ。話が早くて助かるよ、ジュディ。

後でエステル連れて桜の元へ駆けつけるから、あいつにもそう伝えといてくれ」

 

「うちも寂しいのじゃ。ユーリ」

 

「パティ?」

 

「ユーリは、いっつも桜の姉御ばかり構ってばかりなのじゃ。

たまにはうちの相手もしてほしいのじゃ。

でも、うちはイイ女じゃから、涙を呑んでここを去るのじゃ。

ユーリがフレンを煙に巻いて帰ってくるのを待つのじゃ――ほいじゃあの!」

 

 

パティがしをらしくオレに近づくと、こっそり腰の道具袋に何かを忍ばせてきた。

オレはそれを確かめるでもなく、背中でカロルたちを送り出す。

まだ落ち込んでるエステルが気掛かりだが、目の前のバカを食い止めるのが先だ。

 

 

「オレに話があるんじゃなかったのか。

二と追うものは一途も得ずってな。よそ見してっと全部パーになっちまうぜ」

 

「君に話すことはもうない。そこをどいてくれ」

 

「オレにはあるんだよ」

 

「なら答えてくれ。戦いの前、桜が豹変した事情を君は知ってるはずだ」

 

 

桜を想うフレンなら、当然出てくる疑問だ。

以前なら、包み隠さず桜の始祖の奴隷の件を説明しただろうが、今のこいつに口を滑らしたら最後、一言一句残らず帝国の悪党の耳に届いちまう。

オレは動じず、フレンの目を見据えたまま、こう答えた。

 

 

「豹変も何も、あいつはいつも通り元気いっぱいだろ」

 

「エアルからの回復にしたって、あれは異常だ。

そもそもエアルに弱いはずの彼女が魔術を行使できるはずがない。

始祖の隷長とやり合うほどの、あの高い身体能力はなんだ?」

 

「こんだけ長い旅を続けてきたんだ。あいつだって成長するさ」

 

「生身の人間が武醒魔導器もなしに、それはあり得ない。

あの冷たい雰囲気や言動の数々は、どう説明するつもりだ」

 

「お年頃の女の子の普通の反応だろ。女心と秋の空って言うじゃねえか」

 

「……わかった。君に説明する気がないなら、直接彼女とふたりで話をする」

 

「女の子の隠し事に首突っ込む気か。本当に嫌われるぞ」

 

「桜のためなら、僕は彼女に嫌われても構わない」

 

 

最後だけは事実を突きつけたつもりだが、フレンは折れることはなかった。

カプワ・ノールで桜に打たれて落ち込んだ時に比べたら驚くべき成長だが、正直喜んではいられない。

頭が固くて融通が利かないこいつは、一度やると言ったら絶対にに諦めない男だ。

ここは逆に探りを入れて、フレンから帝国が握っている桜の情報を引き出せないか。

 

 

「桜のためなんて、大層な口を利くが。

お前がやろうとしていることは、本当に桜のためなのかよ」

 

「桜の隣にいた君が、彼女について何も知らないとは言わせない」

 

「帝国が聖核を狙う理由は大体察しがつく。

飼い犬よろしくバカ正直に帝国に従ってるお前は理解し難いけどな」

 

「自分本位な正義を振りかざす君にはわからないだろう」

 

「お前がそこまで桜を求める理由はなんだ?

シャイコス遺跡の重要参考人だからってワケじゃないだろ。

……マジで告白したんじゃねぇよな。公私混同だろ、それ」

 

「君が判断する資格はない」

 

「ノール港で約束したよな」

 

「ああ。だからこそ、僕は」

 

「"ふたりで、桜を守り抜こう。桜の気持ちを尊重しよう。

決して、自分たちの気持ちで、桜の決めた道の妨げない"

……オレたちで、そう誓ったはずだ」

 

「……」

 

 

ノール港での長い喧嘩の末、互いに合致した結論がそれだった。

方法は違えど、桜を大切に思う気持ちは同じだ。

オレは黙り込むフレンに、更に畳みかける。

 

 

「そんな約束しといて、自分には桜が必要、自分の傍にこい、自分を受け入れろ、か。

清々しいほどの自己中だ。一方的に自分の気持ちを桜へぶつけて、かどわかしてたら世話ねぇな」

 

「桜の……彼女の唇を奪った君に説得力はない」

 

「お前もしたんだろ」

 

「桜の命を救うためだ。君とは違う」

 

「オレのアレも緊急事態だったんだよ」

 

「君はまたそうやって事実を誤魔化するんだ」

 

「お前の場合は告白も追加だろ。邪な思い満載だ。それこそ誤魔化しは効かないぜ」

 

「彼女を守るために、手段は選んでいられない」

 

「目的と手段を履き違えてんじゃねぇよ。

ああ、なるほどね。あの告白は結局、てめえのひとり芝居だったのか。らしくねぇことすんのな」

 

「目的と手段は同じだ」

 

「おい……」

 

 

真面目にバカなことを言い出すフレンに、オレは脱力した。

時間を稼ぎとはいえ、このぶっとんだ思考には幼馴染のオレでもついて行くのにやっとだ。

頭痛に襲われるオレに、真顔のフレンは冷静且つしっかりした口調で、止めを刺してきた。

 

 

「僕は桜をひとりの女性として見ている」

 

「……あ?」

 

「僕は桜を愛しているんだ」

 

 

なんと、フレンは迷いも躊躇いもなく、桜への想いをにオレにぶつけてきた。

もともとフレンが桜に対して熱い感情を抱いていたのは気づいていた。気づいていたが、この場で告白することなのか。

呆気にとられるオレを無視して、フレンは桜への思いの丈をストレートに投げ続けた。

 

 

「どうしようもないほど、彼女が好きで堪らないんだ。

唇を重ねた時から、ずっと桜のことが頭から離れない、放したくない」

 

「ちょっと待て。いきなり愛の告白をオレに暴露すんなよ。

ストレスで頭がおかしくなっちまったのか。しっかりしろ、フレン」

 

「桜の姿を見る度、声を聴く度に嬉しくて、触れると胸が張り裂けそうになる。

彼女のひとつひとつが愛おしくて、すごく恋しいんだ」

 

「や、病んだのか? 壊れちまったか。これは」

 

「さっき、桜を抱き締めて、僕がどれだけ彼女を求めているのがよくわかった。

まだ彼女の感触が忘れらない。また触れたい。僕はもう我慢できそうにないんだ」

 

「……フレン。もしかして桜を性的な目で見てんじゃねぇだろうな」

 

「……かもしれない」

 

「待てこら」

 

「その彼女が危険に晒されるかもしれないんだ」

 

「やっぱ帝国から情報を握らされてたんだな。誰が何て言ってきた」

 

「もう桜が何者なんて関係はない。何だって構わない。僕は彼女の全てを受け入れる。

僕は彼女を失いたくない。死なせたくない。だから僕の手で彼女を何者からも守りたいんだ」

 

「フレン……」

 

「僕は桜の傍にいたい。ずっと、永遠に。

そのためなら、僕は何ものにも臆せず、屈せず、全てを斬り捨て、乗り越えて見せる」

 

「……」

 

「僕はこの気持ちを桜に伝えた上で、傍で守っていきたい。

これが僕の手段で、彼女に対する目的だ」

 

 

桜を恋い慕う気持ちのすべてを吐き出したフレンは、真摯な表情でオレに決意表明をしてきた。

真剣にキメてるが、要は強引にでも桜と相思相愛の信頼関係を築いて、身も心も奪い守ろうという魂胆だろ。

かなり都合がよすぎる話だが、幼馴染として見てきたこいつのモテ具合と経歴からして、否定はしきれない。

寧ろ、こいつに抱かれた時の桜の反応を見れば、あり得てしまう恐ろしい未来だ。

 

 

「実現するかはともかくだ。お前の言ってることとやろうとしていることは、一応一貫性はあるな。

……桜を生涯自分の隣に置くつもりなのか」

 

「ああ。それが僕のやり方だ」

 

「そりゃあ、ぶっとんだ発想なこったな。壮大過ぎて顎が外れそうだぜ」

 

「君になんといわれようとも、僕は本気だ。桜を迎えいにく」

 

「させるかよ。いくら相手が帝国騎士団隊長様だろうが、ずっと大切に面倒を見てきた、うちの大切なお嬢さんをおいそれとやれるか」

 

「ここまできて、保護者のフリか」

 

「フリだ?」

 

「ユーリ。君はどうなんだ」

 

 

フレンは自分の番は終わったとばかりに、オレに質問を投げかけてきた。

何がどうなのか、聞き返さなくてもわかる。フレンとは、物心ついたころからの付き合いだ。

パンでもなんでもふたりで分け合い、一振りの剣を買ってもらった時だって、交代ごうたいで使っていた。

 

 

しかし、桜については、一切譲れない。退くわけにいかない。誰にも渡せない。

 

 

オレは、一切迷うことなく、目の前の男に桜への気持ちを訴えた。

時も場所も忘れて、相手が幼馴染や騎士団隊長以上に厄介な相手になるのを承知で、ありったけの桜への想いをぶつける。

そして、大切な一言を付け加えようとした。

 

 

――オレと桜は――

 

 

もう喉元まで出かかった言葉が、ソディアの登場によって、飲み込んでしまう。

後少しのところだったが、フレンの桜への気持ちはわかった。

フレンも同じだったんだろう。今にもオレに斬りかかろうとするソディアを片手で制した。

 

 

「ユーリ。やはり僕らは相いれないようだ」

 

「平行線だな。で、これから、どうするんだ。

今のうちにオレの息の根止めた方が、お前にとっては好都合だろ」

 

「そうだね。ここで障害は消すべきだ」

 

「お前みたいな、頭がおめでたい男にオレの鉄壁は崩せねぇよ」

 

「ソディア。私は罪人ユーリ・ローウェルを抑える。

その間に、君は件の桜 如月を保護し、拠点へ護送してくれ」

 

「はッ!」

 

 

オレと対峙するフレンは、こちらから目を離さないまま、部下へ指示を出した。

こうなるのわかってて、こいつも時間稼ぎをしてたんだな。

 

 

「部下使うなんて、卑怯だぞ」

 

「仲間を使って桜を連れ出した君に言われる筋合いはない」

 

「言われてみれば、そうかもな」

 

「投降しろ、ユーリ・ローウェル。僕が必ず桜を幸せにして見せる」

 

「無理だな。フレンには、あの堪え性で強情な女の子の旦那さんなんて務まらねぇだろ」

 

「駄目だ。ユーリには、あの我慢強く純粋な女の子の傍にいる資格はない」

 

「お前に言われる道理はねぇよ」

 

「君こそ、彼女の隣を譲るべきだ」

 

「はいそうですかって、素直に頷くオレじゃないってわかってるだろ。

――話はここまでだ……っ」

 

「ユーリ!?」「フレン隊長!?」

 

 

オレはフレンが動くよりも早く、さっきパティからこっそり譲り受けた煙玉を投げつけた。

いくつもの煙玉は、フレンの鎧や地面に着弾するなり、黄色い煙幕が広がって、周辺を覆いつくす。

この隙に、エステルを連れて桜に追いつかないと、フレン隊に先を越されちまう。

 

 

「エステル! 今のうちに逃げるぞ!」

 

「わたし、どこにも行きたくありません……」

 

「ここにいたら帝国に逆戻りだ。エステルの世界を見たいって旅は、ここで終わっちまうんだぞ」

 

「……フェローの言う通り、わたしの力は毒でした。

……救いたかったのに、わたしの力で、ベリウスが……」

 

「桜や皆だって、オレたちを待っている。エステル!」

 

「行けません。今の桜にとっても、わたしは……」

 

 

今にも泣きそうなエステルは、どんな言葉を投げかけても、その場を動こうとしない。

煙幕の効果も限りがある。フレンやソディアに見つかるのは時間の問題だ。これは、実践でわかってもらうしかないか。

オレは迷わず剣を抜いて右腕を自傷すると、エステルは脊髄反射のごとく治癒術で、その傷を癒してくれた。

 

 

「何するんですか!?」

 

「救えただろ」

 

「リスカなんて生温いです」

 

「おい」

 

「死にたいなら、フレンの前で腹を掻っ捌いでください。フレンなら喜んで介錯してくれます」

 

「待て」

 

「好敵手のユーリを見事打ち倒し、恋い慕う桜を奪い返したら、ふたりは晴れてゴールインです」

 

「ゴールインされて堪るか」

 

「ついにフレンが桜への愛に目覚めました。もう止まりません。止めません。止みません。

今ここで、わたしのフレン推し活動は終了しました」

 

「終了するなよ。いやしてくれるとオレ的にはありがたいんだけどな。

まさかとは思うが。……オレらの話、しっかり聞いてたのかよ」

 

「……あれだけ、ふたりの男性がひとりの女性について白熱していたので、つい」

 

 

頬を赤らめるエステルを見て、オレは少し居たたまれなくなって頬を掻いた。

まあ、桜本人に聞かれたわけじゃないし、エステルがオレの告白をバラすことはないから構いはしないが。

 

 

「――ユーリ、エステリーゼ様!!」

 

 

フレンの声が近づいてくる。そろそろこの場を離れないとまずい。

エステルがオレたちの大暴露を聞いたのなら、好都合だ。

オレはエステルの両肩を掴んで、悲壮感で揺れるエメラルドの目を見つめた。

 

 

「オレとフレンの話、聞いてたんだよな」

 

「……はい。ユーリは、その……あんなことを自分で決めて、辛くはないのです?

ユーリだって、桜のことをあんなに……」

 

「桜の気持ちが優先だ」

 

「……わたしには、到底できることではありません。

ユーリのその強い意志がとても羨ましいです」

 

「そりゃあどうも。オレの気持ちやフレン、桜のことを考えてくれるなら、エステルに頼みたいことがある」

 

「わたしに……お願いです?」

 

「オレたちを見届けて欲しい。さっきの話を聞いてくれたエステルだけが頼みだ」

 

「わたしだけ……?」

 

 

エステルが小首を傾げている間にも、フレンの気配が近づいてくる。

ここが勝負どころだ。

オレはあえて、フレンに聞こえるほど大きな声を張り上げた。

 

 

「聞いたか、フレン! オレとフレンの立会人は、エステルだ!!」

 

「ユーリ!?」「エステリーゼ様が?」

 

「己の決断に折れず、曲げず、貫く!

オレやフレンが自分自身に課した桜への決意を裏切らないか、エステルに見届けてもらう!!」

 

「え? わたしが見届けるのです?」

 

「エステルも桜のことが好きで、大切なんだよな。

あー……。フレン推しが立会人じゃあ、オレにとってはフェアじゃねぇか」

 

「や、やります! わたし、立会人になります!!

ふたりがどれだけ桜のことを想い、考えているか、わたしが見極めます!!」

 

「と、いうワケだ! フレン!

桜に嫌われて、エステルから失格喰らわねぇように、精々自分の道を見失うなよ!!」

 

「ユーリ!?」

 

 

オレはフレンにそう言い残して、エステルの手を引き、闘技場を飛び出した。

フレン隊を振り切り、落ち込むエステル引っ張って、結果的に桜たちと合流はできたまではよかったんだが。

 

 

引き続き、桜の問題は継続中だった。オレから距離をとるだけに飽き足らず、素っ気ない態度まで取り始める。

オレ、桜に嫌われるようなことしたのか。

そんなニュアンスを含めて尋ねても、オレと目を合わそうともしない。

こういう時は大概、ジュディスがちょっかいや助け船を出してくるパターンなんだが、あいつは駆動魔導器をぶっ壊して消えちまう。

 

 

フレンとエステルに例の話をした手前もある。

それに桜に待ち受けている未来、執拗にオレを遠ざける姿勢が気掛かりだった。

 

しかも、当の桜は始祖の隷長の時のように、またひとりで何かを抱え込んでいる。

自分の問題にぶち当たった時、ひとりで解決しようとする頑な桜の悪い癖だ。

 

 

オレはこの旅を始めた時から、桜を守り抜く覚悟はできていた。

それが桜の死や消滅なら、一緒に回避する方法を考えればいい。

未来が見えなくて、恐怖と不安で耐えられないなら、オレが根こそぎ取っ払ってやる。

 

 

いつもの桜なら、ふたりきりになれば、自ずと話してくれるだろうと踏んでいた。

ノードポリカの夜、ヨームゲンの時のように、胸の内を明かしてくれると思っていたんだ。

 

 

しかし、船室で待ち受けていたのは、オレの幸せな未来とやらと頭が痛くなりそうな恋愛事情、他は「私はもういい」「放っておいて」「構わないで」の三拍子と来た。

 

 

これで、桜には隠し事があると確信した。

そこに間違いなく桜の生死と、オレ自身が関わっているのに違いはない。

ベリウスの遺言は、桜が殺される未来か。桜の存在そのものが脅かされるのか。

 

誰がお前を悲しませるんだ。

死ぬのが怖いなら、オレが命がけで全て退けてやる。

 

誰がお前を苦しめるんだ。

消えるのがイヤなら、今すぐ止めてやる。

 

誰がお前を傷つけるんだ。

名前を教えてくれたら、オレが殴り倒してやるのに、なんで拒むんだ。

 

オレが桜に近づけば近づくほど、桜はオレを強く拒絶し、離れようとする。

桜の気持ちが遠ざかっていくような気さえして、オレは必死で桜を捕まえようとした。

 

 

その結果が、あの手痛い言葉とこの頬の痛みだ。

 

 

当時は、桜の反応に意表を突かれた上に、リタにぼっこぼこにされて、理解が追い付かなかった。

あの怒りと悲しみに満ちた泣き顔を思い出したら、否が応でも実感してしまう。

 

 

……オレ、桜に嫌われたんだな。

フレンやエステルの前で、あんな宣言をしておいて、なんて有様だ。

 

 

いや、オレは嫌われてもいい。桜が無事ならそれでいい。

フェローに会って、桜の全てが解決するなら、それに越したことはない。

桜に嫌われようが、拒まれようが、蔑まされようが、オレのすることは変わりないんだ。

――何が起ころうとも、オレの想いは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実には立ち向かうけど

 

強くない そう強くはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草木も眠るこの真夜中。森の中に隠れるポツンと一軒館にて、祭りのような乱闘が巻き起こっていた。

窓ガラスの外から、エステルの光魔術がチカチカと差し込んできて、リタの爆裂魔術とパティの掛け声が、館の中を探索する私の耳に響く。

彼女たちと二手に分かれた私とユーリ、レイヴン、ラピードはダングレストと戦士の殿堂の戦争に防ぐために、ここ海凶の爪の根城、背徳の館にて、ドンの捜索をしていた。

 

大きな館とはいえ、熊のような体躯のおじいさんが剣片手にて闊歩してたら、すぐ目につきそうなのに、未だ見つかってないのには理由がある。

昨晩の私のビンタ以来、私をスルーしてきたユーリと和解し、間もなくして、ユーリの想い人の存在が明るみになったのだ。

 

おお! 今世紀最大の女オンチのユーリが、独り占めにしたいほどの激重感情をぶつけられる女性をついに発見したのだ。よかったよかった。

これで常日頃、彼のはだけた胸元で魅了されていた人類の理性は救われるんだ。テルカ・リュミレースに平和が訪れた。

 

いつの間にそんな時間があったのか。なんてことはない。

私がテルカ・リュミレースに来てからというもの、ユーリと別行動したのは数えるくらいだが、それでも出会いがあっても不思議ではない空白期間はあった。

そうでなくとも、私に出会う前にそういう女性がいた可能性もある。

 

この際、ユーリが私を忘れて幸せになれるなら、彼が誰を好きになろうと知ったことではない。

ユーリの凄まじい感情を受け止める方の女性は災難だと思うが、彼は女性と見紛うほど美しい容姿をしているクセに、中身は頼れる兄貴分だ。必ず相手の女性を幸せにしてくれるだろう。……多分。

 

そもそも、ソディアによって人工女日照りにされてる爽やかイケメンフレンはともかく、こんな素敵な美男子ユーリがこれまでの旅路で女っ気なしなのがおかしいかったのだ。

 

とにもかくにも、ユーリにも春がやってきた。

私も彼の保護対象者としてとっても喜ばしいことだし、心置きなく私の現実を伝えられるかもしんない。

ユーリも好きな人ができて、きっと幸福な人生を歩むんだろうな。

 

ルンルン気分で館を探索する私が気に食わないのか、保護者は辺りを警戒しながらも、ジト目で私に私に不満を漏らした。

 

 

「桜。浮かれるなよ。ニヤニヤもするな。そして、そんな目でオレを見るんじゃねぇよ」

 

「微笑ましくもなるよ。ユーリも恋愛するんだって」

 

「お前なあ……。違うって言ってるだろ」

 

「青年。桜ちゃんにフラれたのは仕方ないけど、誤解を解くなら、後にしてくんない?

桜ちゃんにフラれて、傷ついてるのはわかるのよ。

でも、桜ちゃんにフラれていじられようとも、俺様たち、敵地でじいさん探してんだからさ」

 

「3度も言わなくてもいいだろ、オレの気分をえぐりにきてんな、おっさん叩き斬るぞ。

フラれたとか関係ねぇんだよ。それ以前の問題だ」

 

「どんな問題よ。教せーて、青年」

 

「おっさん、これ終わったら、ちょっと館裏まで面貸せよ。楽しい肉体言語の時間だ」

 

「拳鳴らさないで、おっかないよ青年。

そ、そういえば、ジュディスちゃんはなんで魔狩りの剣に狙われてんのかね?」

 

 

こめかみひくつかせるユーリに、レイヴンはちょっぴり引き気味に話題を逸らしてきた。

ジュディスはクリティア人だ。魔物を狩るギルド魔狩りの剣に狙われる要素は皆無のはず。

戦士の殿堂の総領ベリウスが襲われたのも、海凶の爪の偽情報を握らされたハリーの依頼だった。

 

 

「魔狩りの剣の首領、クリントとティソンって人たち、かなりの手練れだったよね。

ベリウスを悪い魔物だって、問答無用で襲い掛かってきたけど、何か因縁とかあるのかな」

 

「桜ちゃんみたいに可愛らしい女の子ならともかく、ベリウスのような外見だと初見さんは魔物と勘違いされそ。俺様も最初はベリウスを魔物と勘違いしちまったしね」

 

「おっさん、桜に気を遣ったのは褒めてやるが、隠したところで現実は変わらねぇよ。

桜の身体については、隠し通す必要があるな」

 

「始祖の隷長……。やっばり、魔狩りの剣は始祖の隷長に恨みがあるとか」

 

「加えて、ベリウスの暴走で有耶無耶になっちまったが、連中がベリウスの聖核を狙ってる可能性も拭えない」

 

「デュークは、聖核は人の世に混乱をもたらすって言ってたから、誰が欲しがっても不思議じゃないのかも。

バウルは始祖の隷長だから……」

 

「そういうことだな」

 

 

私が恐る恐る連想してみせると、ユーリは深く頷いた。

私たちがこうしている間にも、ジュディスは友達のバウルを守るため、たったひとりであの屈強な魔狩りの剣を相手にしているのか。

居ても立っても居られなくなったものの、彼女のいるテムザ山がどこにあるのか、私にはわからない。

 

 

「いや待てよ。テムザ山って、前にその名前聞いたことあるような」

 

「人魔戦争の戦場になった場所さ。

おっさん、確かダングレストで青年や君に教えたはずよ」

 

「そうそう。ユーリがフレンさんの代わりに牢屋にいた時だ」

 

「桜が思い出したところで悪いが、今は昔話に花咲かせてる時間はないぞ」

 

「ですよね。ああ……でも、いや、しかしっ。

私の身体はここにあるし。ここでやることしないと」

 

 

敵地へ突入した以上、目的が達成されるまで、次へ進むことも変えることもできない。

逆にとっととドンを捕まえて、さっさと戦争を防げば、その分早くジュディスを助けにいけるのだ。

自分にそう言い聞かせ、気合を入れていると、レイヴンが私の頭を優しく撫でてきた。

 

 

「理解が早くて助かるわ、桜ちゃん。いい子いい子。

俺たちは、ドンのじいさん探さないとねー」

 

「レイヴンさんまで私を子供扱いしないでよ」

 

「あらやだ。やっぱし、桜ちゃん、俺様のこと男として見てるじゃん。

毎回毎回照れ隠しでキッツいツッコみ返してくるから、趣向を変えてみたんだけど」

 

「なんだそのいらんコミュ力は。

私が怒るのは、レイヴンさんが毎度毎度余計な言動するからでしょう。普通に接してよ」

 

「一人前のレディとして扱ってほしいかったんだね。可愛い子猫ちゃん。

……大丈夫。俺様、桜ちゃんのお望みのまま、兄貴系、魅惑系、紳士系、ムードメーカー、あらゆる方向のプレ……愛情を注いでやるぜ」

 

「止めろ。注いだ先から嘔吐するわ。今プレイって言いかけたな。早速本性漏れてるぞ。

理解早いと思うなら、そろそろおっさんの胡散臭い愛もいらんことに気付いてお願い」

 

「気づけって言うなら、オレへの誤解も解いてくれると嬉しいんだけど」

 

「誤解以前に、桜ちゃんは青年を異性として認識してないんでない。

前もそんなこと言ってたし、ねえ桜ちゃん」

 

「その通り、私の中ではユーリは心のお姉さんだから。

艶やかな黒髪のストレート、美しい顔立ち、魅惑的な胸元見ればそーだもの。大変眼福でございます。ごちそーさま」

 

「だから、オレはお姉さんじゃねぇって言ってるだろ。

見るだけで満足してねぇで、その身でわからせてもいいんだぜ。

……て、なんか、オレたちの関係、ザーフィアスの頃まで戻ってねぇか?」

 

「気のせいよ」

 

「これが気のせいであって堪るかよ。オレたちの付き合いは……待て。上の方が騒がしいぞ」

 

 

胸を張る私に呆れるユーリであったが、天井を見上げて、私たちの動きを制した。

耳を澄ますと、確かに2階から複数の足音が聞こえてくる。

早速ユーリを先頭にして、足音を追ってロビーに辿り着いたところ、吹き抜けの2階の踊り場で、大柄な老人と紳士風の男が睨み合っている光景が目に飛び込んできた。

 

 

「ドンさん……と、イエガー!?」

 

「お嬢ちゃん? 小僧も一緒か!?」

 

「じいさんも大事ないようで。わかってたけど」

 

「レイヴン、てめえ何しにきやがった! このバカ野郎め!

若いのだけじゃなく、お嬢ちゃんまでこんなところに連れてきやがって!!」

 

「ナイスエレガント! 飛んで火にいる可憐な蝶ですね! 感謝感激! ステキなシチュエーションですよ」

 

「じいさんとイエガーふたり揃ってご対面とは、逆に好都合だ。

桜、オレたちから離れるなよ。

イエガーの野郎には、いろいろ聞きたいことがあるからな」

 

「うん。でも、ドンさんとイエガーが戦ってるなんて。

レイヴンさん、ユニオンではギルド同士の抗争は厳禁じゃなかったっけ?」

 

「仕掛けてきたのは、ドンの方だみょん」

 

 

私の問いに答えたのは、レイヴンではなく、黄緑色の髪をツインテールにした少女だった。

年の頃は私と同じくらいで、片手には剣が握られている。

彼女の隣には、同じく赤髪の少女が剣を構えて階段の前に立ち憚っていた。

 

 

「ドロワットにゴーシュ!? 一体どこから?」

 

「私たちのこと、覚えてくれていて嬉しい〜っ」

 

「お前の仲間が盛大に暴れてくれたせいで、私たちの仕事が増えた」

 

 

にっこり微笑む黄緑色の髪の少女ドロワットとは正反対に、赤髪の少女ゴーシュは不満げに顔を顰めた。

どうやら、私たちが応接室に籠っている間に、彼女たちはエステルたちの対応に追われていたようだ。

ドロワットとゴーシュは、鏡合わせのように背筋を伸ばし、私を見据えた。

 

 

「激怒ぷんぷんだけと、桜ちゃんが自分からイエガー様の元へ来てくれたもんね。許してあげる」

 

「桜。殊勝な心掛けだ。褒めてやろう」

 

「その、私、端からそんなつもりないから、褒めていらんのだけど」

 

「我らイエガー様の魅力にやっと気づいたのだろう」

 

「イエーッ! ミス桜もミーの虜になってしまったのですネ。我ながら罪なイケメンでーす」

 

「あのトンデモ英語で私の脳みそ破壊にしにきているイカレた紳士好きになるわけねーでしょ。世迷言も大概にせーですよ」

 

「イエガー様の素晴らしさがわからないなんて。桜ちゃん、人生損してるみょん」

 

「ミーの愛は、ミステリアスかつディープなのです」

 

「あそこで電波受信発信しつつ奇怪な言動してる変態紳士の理解なんてしかたねーのですよ。私の人生が摩耗するわ」

 

「大人しくイエガー様の寵愛を受けるがいい」

 

「アイラブユーよ、ミーの愛を受け取って下さい、ミス桜」

 

「ノーセンキューッ!! 吐き気を催すクソ怪しい愛などいらぬ! 存ぜぬ! 断固拒否だ!!

あんたらのひっどいトリプルクラッシュで私の怒りは限界突破しそうだよ!!」

 

「それは残念、――ネクストタイムでーす」

 

「おい、イエガーの野郎! 待ちやがれ!」

 

 

イエガーは私にウインクを送ると、館の奥に消え、ドンのそれに続いた。

せっかくドンを見つけたのに、このままでは引き離されてしまう。

急いで追いかけるべきだが、2階への階段にはゴーシュとドロワットが待ち構えている。

 

 

「桜以外は、イエガー様の元へはいかせない」

 

「私たちが相手だみょん」

 

「女の子ふたりがお相手してくれるなんて、男冥利に尽きるね。俺様大歓迎よ」

 

「レイヴンさん?」

 

「青年。ワンコ借りるよ。桜ちゃんとじいさんは任せた」

 

「いいのか、オレで?」

 

「俺、さっきじいさんに叱られたしね。

若いのが行った方が、じいさんも頭冷えるでしょ」

 

「何を言い出すんですか。ドンさんにはレイヴンさんは必要です」

 

「あんがと、桜ちゃん。気持ちだけうけとっとくわ。

一緒にいるって約束守れなくて、ごめんね」

 

「私のことはいいから。レイヴンさんも……」

 

「時間がない。今は俺に構わず早く行ってくれ。

大丈夫、必ず君の元へ駆け付けるからね」

 

 

レイヴンは険しい表情で、弓を素早く構えると、ゴーシュとドロワット目掛けて矢を連射した。

鋭く空を切る複数の矢は、相手を引かせるのに十分だ。

ゴーシュとドロワットが左右に散った瞬間を見計らい、ユーリは私の手を引き、階段を目指した。

 

 

「桜、急ぐぞ! 走れ!」

 

「……わかった」

 

 

1階でラピードとともにゴーシュとドロワットと交戦しているレイヴンが気掛かりだが、いつも飄々としていた彼に真顔で頼まれた手前、振り返るわけにはいかない。

私はユーリに手を引かれたまま、無人の廊下を駆け抜け、斬撃音がする最奥の部屋へと乗り込んだ。

まず目に飛び込んできたのは夜空を映す大きなガラス窓。その前でドンが剣を片手に構えており、イエガーも大鎌を携えたまま相手を見据えていた。

 

 

「ユーがこんな強引なプランでやってくるとは、ミーの想定外でした」

 

「てめえが生きてると世の中がややこしくて堪らんのでな。

お嬢ちゃんを狙ってるのも、てめえのプランってヤツだろ」

 

「ミーもラプリーなガールの結末を考えると、ベリーベリーハートクラッシュでーす」

 

「それでもやるってことは、ギルドのためか、はたまたてめえの上がいるってことだな」

 

「ユーと敵対したくありません。

ユー自らユニオンの掟に反して、私闘なんてすると他の五大ギルドも黙ってナッスィン」

 

「覚悟の上だ」

 

「……首領同士のドンパチか。血が滾るぜ」

 

「小僧がしゃしゃり出るな。おめえの出る幕は……ちっ、遅かったか」

 

 

トップふたりの間合いをユーリが見計らっていると、不意にドンが窓へ目を走らせた。

もう朝焼けだ。ダングレストと戦士の殿堂の様子どうなっているか気になってしまう。

焦る私に代わって、ユーリが刀を抜きながら、ドンに声をかけた。

 

 

「じいさん。イエガーの野郎はオレに任せて、早く街へ戻ってくれ」

 

「小僧が、この老いぼれに付き合う義理はねえ。さっさと失せろ」

 

「意地張ってる場合かよ。ダングレストにはじいさんが必要なんだ」

 

「てめえは、てめえの守りたいもんがあんだろうが。

なんでこんな危ねえ場所にお嬢ちゃんつれてきた」

 

「守りたいものは、どこに行こうとも、自分の傍で守るのがオレの流儀だ。

ま。誰も立ち入れない海の孤島で桜とふたりきりってのも、かなりそそられる状況だが。

桜はそんなの許したりしないだろ」

 

「そういうのは好きなひととしなさいよ」

 

「……」

 

「がっはっはっ! なるほどね。そういうことか。

小僧は老いぼれ相手に出しゃばってないで、頭捻ってでもお嬢ちゃんの気を引く方法絞り出せよ」

 

「おっさんもじいさんも揃いも揃ってうるさいぞ」

 

「なんなら、俺直々女の口説き方を指南してやってもいいんだぜ」

 

「パス。年季が入ってそうだ」

 

「遠慮するな。といいたいところだが、もう時間切れだ。

もうダングレストに戻らねえと、バカ共がケンカ始めちまう」

 

 

ユーリをからかっていたドンは、イエガーに視線を向けたまま、剣を腰の鞘に戻した。

この老人は私たちが来るまでもなく、ドンもダングレストの状況を把握していたようだ。

私は逸る気持ちを抑えて、ドンとイエガーの膠着状態の隙をうかがっていたところ、部屋のドアが勢いよく開いた。

 

 

「桜ちゃん、じいさんは?」

 

「レイヴンさん! それに皆!」

 

「おっさん。焦んなくても、じいさんは無事だ」

 

「ドン? このデカイおじいちゃんがドンなのか?」

 

「桜にけががなくて良かった。野郎どもが働いたのね。褒めて遣わすわ」

 

「ユーリはきちんと桜を守るひとですから」

 

 

レイヴンが入ってくるなり、パティを初め、リタやエステルが部屋に駆けこんできた。

やや疲れが見えるが、皆は無事のようだ。

いっきに人口密度が高くなる一室にて、ドンはシワの入った顔をさらに深くなった。

 

 

「ったく、こんな大所帯でやってきやがって。俺の参謀はおせっかい過ぎんだろ」

 

「じいさんが頑固なだけですよ」

 

「てめえが余計なお世話だってんだ。

俺の参謀だってのに、小僧と揃って護衛対象連れてくるたあ、何事だ」

 

「じいさん事ですってば。桜ちゃんだって、俺と青年がついてる。

あんたに任された仕事はキッチリこなしてますよ」

 

「言い訳だけはしっかりしてやがる」

 

「それはどうも。……じいさん。時間ないんでしょ」

 

「俺は一足先にダングレストへ戻る。後はてめえらで勝手にしやがれ」

 

「……失礼ながら、ミスタードン。

今更ユーが戻ったところで、衝突は避けられませんよ」

 

 

その場を立ち去ろうとしたドンを呼び止めたのは、先ほどまでドンと刃を交えていたイエガーだ。

彼の言う通り、ダングレストのトップとも言えるドンでも、戦士の殿堂との戦争は止められないのか。

私には、ドン以外に適任の人物や方法なんて思いつかないのに。

 

 

「ドンさん……」

 

「こんなおいぼれ相手にそんな顔を見せるんじゃねえ、お嬢ちゃん。

そこの小僧を一番に想ってやんなら、笑顔見せてやんな」

 

「私ユーリの一番じゃないので」

 

「即答かよ」

 

「どっちも素直じゃねえな。見てるこっちがむずがゆくなっちまうぜ。

こりゃあ、経験豊富な俺が恋愛いかんを説いてでもおめえらの腹割らせるしかねえな」

 

「ほっとけよ」「ほっといて」

 

「息ピッタリじゃねえか。おめえらはお似合いのカップルだよ」

 

「カッ…っ!? 違う! ユーリには他に好きなひとがいて……っ!」

 

「じいさん。あんまりうちのお嬢さんをいじらないでくれねぇか。ホントに縮んじまう」

 

「縮まないよ! マジでさの美顔に塩撒くぞ!! ……って、ユーリつついてる場合じゃない。

ドンさん、貴方でも戦争は止められないんですか? 他に方法は?」

 

「お嬢ちゃんたちが不安がることはねえ。

払う代償はもう用意してある。レイヴン、お嬢ちゃんを任せたぞ」

 

「じいさん……」

 

 

ドンが参謀に目配せすると、レイヴンは複雑な表情を浮かべた。

イエガーの指摘は間違いで、実はドンに秘策でもあるのだろうか。

レイヴンの反応と代償なんて言葉が気になったが、未だこちらの様子をうかがっているイエガーの存在は放置できない。

 

 

「それで、イエガー。貴方はまだ私を狙うの?」

 

「イエスオフコース。ユーはプランの重要なキーなのでーす」

 

「……私を殺すつもり?」

 

「ノンノン。カドスの喉笛でもトークしました。

ユーのようなプリティーガールを傷つけるなんてナッシング。

大人しくミーの元へ来るなら、この有り余るラヴ注入を」

 

「お引き取り願います!」

 

「そんないじらしいレディには、ダイレクトラヴアタックを」

 

「いらんといっとろーが! なんでしつこく愛押し付けてくるんだよ!」

 

「ラブアンドピースでーすヨ」

 

「キルユーでーすよ」

 

「余所見するなよ、イエガー。こっちの落とし前も残ってるぜ。

桜について、吐くもん吐いて、とっととくたばってもらおうか」

 

「流石に旗色悪いです。グッバイでーす」

 

「待て!!」

 

 

じりじりと私たちと間合いを取っていたイエガーは、煙幕を張って私たちの視界を奪った。

ユーリが咄嗟に刀を振るって衝撃波を放ち、煙幕を晴らすが、目に飛び込んできたのは破壊された窓、そこから臨む青空だけだ。

 

 

「チッ。逃げ足だけは速いやつだ」

 

「追うなよ、小僧。てめえの大切なもん失いたくなけりゃあ、傍にいてやれ」

 

「言われなくてもだ」

 

「わかってるならいい。てめえには信頼できる仲間がこんなに……ん? そこのチビっこいの」

 

「チビではないのじゃ。ユーリの妾のパティなのじゃ。本妻の座を狙っているのじゃ」

 

「待てよコラ」

 

「現在の本妻は桜の姉御なのじゃ」

 

「あのな……」

 

「私じゃないでしょう。パティ、ユーリの奥さんになるひとは他にいるんだから。ね、ユーリ」

 

「オレに同意求めてくんなよ」

 

「なんと!? 桜の姉御以上の強敵が他にいるのか? 待て、うちが当てて見せるのじゃ。

うーん……うーん、えーっと……。想像がつかんのじゃ」

 

「パティも心当たりないって言ってるぞ。お前の言うスキナヒトってのは、お前の思い込みだ」

 

「パティが来る前かもしれないし。ユーリ素直じゃないし。私的にユーリに恋人ができたら嬉しいし」

 

「なんでそうなるんだよ……」

 

 

私が正直に答えると、ユーリは大きなため息をついた。

その様子を見ていたドンは、再び場違いな笑みを浮かべる。

 

 

「くっふっふっ。てめえが男して見られてねえ様を眺めるのも興が乗るな」

 

「参謀も参謀なら、ボスもボスか。

じいさんまでそのネタ振るのやめてくれよ。パティに用があるんだろ」

 

「ああ。そうだったな。パティ……だったか。すまねえがコッチきて、顔見せてくれねえか」

 

「ほいなのじゃ」

 

 

ドンに呼ばれて、パティはスタスタと目の前まで近づいた。

彼女は記憶喪失だが、ドンは面識があるのかもしれない。

ドンはパティの顔を確かめるなり、その老いた目を大きく見開いた。

 

 

「……。こりゃあ、驚いたぜ。正にアイフリードの生き写しじゃねえか」

 

「パティがアイフリードにそっくりなのです?

では、本当にパティはアイフリードの孫なのでしょうか」

 

「孫? ヤツに孫がいるなんて話、俺はきいたことねえな。

このパティってのが、そう名乗ってるのか?」

 

「え……? あの、わたしたちは、パティからそのように聞きましたが」

 

「うちは、アイフリードの孫なのじゃ。……多分」

 

「なるほどな。パティの多分に間違いはなかったってことか」

 

 

眉を潜めるドン、エステルやパティの困った様子を見たユーリは納得したように頷いた。

パティは自分がアイフリードの孫だと信じ、祖父が残した麗しの星と失った記憶を取り戻すために旅をしている。

アイフリードと肩を並べるドンがパティの存在を知らないなら、彼女は一体何者なのだろうか。

 

 

「ドンさん。アイフリードについて、詳しく聞かせて頂けませんか?

……その、最近見かけないって話ですけど」

 

「悪いな、お嬢ちゃん。自由気ままなヤツだ。俺はあいつがどこで何をしていのか。

そして、今どうしているのか。そこまで知らねぇのさ」

 

「ドンさんのお友達なのに?」

 

「友達? そんな大層なもんじゃねえよ」

 

「ドン。うちはある理由があって、アイフリードの足跡を追っているのじゃ。

なんでもいいから、知っていることを教えて欲しいのじゃ」

 

「パティのお嬢。例の事件のことは、身内としていろいろとやるせないことも多かっただろうな」

 

「んん? ……すまん。うち、前にドンと会ったことが……あるのか?」

 

「俺とか? ……さあな」

 

 

パティは何かを思い出すかのようにおずおずと尋ねてはみるものの、ドンの返事は肯定ではなかった。

ドンからアイフリードの話は聞けたものの、肝心のパティの記憶の手掛かりはゼロだ。

とんだ肩透かしだと、私が肩をおとしたところで、鞄の中から硬いものを感じた。

 

 

「あ。これをドンさんに渡さないと」

 

「お嬢ちゃんからのプレゼントか?」

 

「だったらいいんだけどな。じいさんの盟友の形見だ。あんたに届けてくれって頼まれた」

 

「ベリウスの魂、蒼穹の水玉です」

 

「そうか……。てめえらには世話かけたようだな」

 

 

私が蒼穹の水玉を渡すと、受け取ったドンは渋い顔でそれを見つめた。

無理もない。ドンとベリウスは長年の支え合った友だったはず。

傷心に浸って良いはずなのに、ドンは小さく舌打ちをして、ユーリの方へ向き直った。

 

 

「ちっ……こんな姿になりやがって……。

おい、小僧。お嬢ちゃんを死んでも守れよ」

 

「当然だ。じいさん、あんたは桜のことをどれだけ知ってる」

 

「あたしも。その聖核って一体何なの?」

 

「小僧。ユニオンの牢屋で、お嬢ちゃんの話しただろ。

ベリウスからも話は聞いたはずだぜ」

 

「そんだけじゃあ、足りねぇんだよ」

 

「人魔戦争の再来だ」

 

「戦争……!?」

 

 

ドンがそう答えると、私やユーリ、レイヴンを除いた皆に戦慄走る。

確かに、ダングレストの牢屋で、何者かが私を使って戦争が起こすかもしれないと話していたが。

ユーリも当時の話を思い出したらしく、鋭い眼光をドンに向けた。

 

 

「桜を利用しようとしている悪党か。もちろん情報は掴んだんだよな」

 

「さあな」

 

「じいさん」

 

「小僧。お嬢ちゃんが帝国の手に落ちたら、終わりだと思えよ」

 

「帝国のどいつに――」

 

 

途端、ユーリの問いかけを遮るように、部屋のドアを乱暴に叩く音がした。

まだ残党がいたか。首領イエガーが逃げたとはいえ、ここはまだ敵陣のど真ん中だ。

身構える私たちを差し置いて、ドンは身を翻して、外へ繋がる窓枠に片足をかけた。

 

 

「話してる時間はなさそうだ。すまねぇが、ザコの相手は任せる」

 

「おい待て、じいさん! 帝国のどいつが桜に何をしようってんだ?」

 

「……。お嬢ちゃんに何が待ってるかは、お嬢ちゃんの心とてめえの覚悟次第だ」

 

 

ドンはユーリにそう言い捨てて、窓から飛び降りてしまった。

そうこうしている間にも、ドアが大きく開かれ、数人のギルド員たちがなだれ込んでくる。

ドンにこの場を任されてしまったが、連中に狙われている私がここに留まっていたら確実に消耗戦になってしまう。

 

 

「私たちも逃げよう!」

 

「ああ。じいさんには、まだ聞きたいことがある」

 

「いや、ここで時間を稼いでくれ」

 

「レイヴンさん?」

 

 

レイヴンは私たちの提案をバッサリ斬り捨てると、私を庇うように前に出て弓を構えた。

この館でドンに会ってから、レイヴンの様子がおかしかったが、今はさらに緊張感が増している。

一段と大きく見える彼の背中に目を奪われていたら、その彼から私へとんでもない要望が飛んできた。

 

 

「桜ちゃん。しばらくオトリになって、連中の注意を引いてくれ」

 

「おっさん!?」「何言ってるの? このおっさん!!」

 

「頼むわ」

 

「……いい。わかった、私が踏ん張る」

 

「桜、あんた正気なの?」

 

「リタさん。私たちでドンさんの逃げる時間を作らないと。

それにレイヴンさんが……ごめん。ユーリ、お願い」

 

「しゃあねぇな。おっさん、自分で言ったからには、桜に指一本触れさせるなよ」

 

「悪いね」

 

 

ユーリが再び刀を構えて、レイヴンと並び、リタたちもそれに続いた。

オトリ役の私も皆の邪魔にならないように逃げつつ、ソーサラーリングで相手の動きを封じて回る。

ユーリやレイヴンが率先して、私に近づく連中を片っ端から退けてくれたお陰か、だんだん向こうの勢いが落ちていった。

部屋に残ったギルド員を火球で吹き飛ばしたリタは、苛立った様子でユーリを睨んだ。

 

 

「まだなの? あたしとエステルと海賊っ子は夜通しで暴れてたってのに!」

 

「喜べ、リタ。そろそろ潮時だぜ」

 

「うちらも退場なのじゃ」

 

「だな。皆、お疲れ様」

 

 

増員が途切れたのを見計らい、レイヴンは私たちに手を振ると、窓から外へ、その身そのまま飛び降りた。

……ここ、2階だよな。ドンのような頑丈なおじいさんならともかく、私たちが飛び降りて平気なんだろうか。

私がまごまごしている間にも、エステルたちは次々に窓の外へ飛び出て行く。

 

 

「皆、ウソでしょ。ここ結構お高めな2階ですよ。なかなか高所でいらっしゃる! 余裕で足からボッキリ逝く感じだ!!

いや……考えてみれば、闘技場の高い観客席から平気で飛び下りてたな、皆」

 

「オレたちも行くぞ」

 

「バカ言わないでよ。私に投身自殺しろっていうの。自らポックリ逝けとか。確かに私は一回死ん……いやいや! これは普通に死ぬって!!

どうやって私が……って、言ってる傍から、プリホルかあああっ!?」

 

「いつもやってるだろ。こうして、お前の照れ顔を間近で拝めるのは役得だしな」

 

「好きなひとにすればいいのにーっ!」

 

「……わかった。お前の思い込みがなくなるまで、オレはお前から離れないぞ」

 

「わかってないだろ! それってずっと離れないってことでしょ!?

このひとは何を恐ろしいこと言っていらっしゃ――」

 

 

などと、私の言い終わる前に、ユーリは私を抱えたまま駆け出し、窓の外へ大きく跳躍した。

彼の端正な顔、靡く長い黒髪、その背景が天井から広い青空へと変わる。

――わあ、お空キレイ。

私の意識もお空へ飛んでいきそうなったが、ユーリの両腕ががっしり私の身体を抱えて防ぐ。

ほんの一瞬の浮遊感に襲われて間もなく、地面へ着地した衝撃が彼の身体を緩和剤にして私の全身へと伝わった。

 

 

「なんとか撒けたな。大丈夫か、桜」

 

「し、死ぬ……」

 

「生きてるだろ。オレの胸に手を当ててみろ」

 

「いや、そこは自分の胸だろ普通」

 

「オレの温もりをとくと味わえよ」

 

「降ろして」

 

「じいさんの様子、どうも嫌な予感がする」

 

「降ろせ」

 

「オレたちもダングレストへ向かうぞ」

 

「待って、待って! まさか、このまま」

 

「行くぜ、皆」

 

 

皆から生暖かい視線を受けた私は、ダングレストまでユーリ青年にドナドナされていきました。

この長い旅路で、ユーリのことをわかった気でいたのは、私の思い上がりだったかもしれない。

とりあえず、暴れて魔物の屯する森に放り出されては堪らないので、私は大人しく彼の腕の中で縮こまるしかなかった。

 

 

 

 

 

まだ昼前だというのに、哀愁を思わせる夕焼けのダングレストは、異様な空気を漂わせていた。

あれだけ戦争に奮起していた街が、今は嘘のように静まり返っている。

不気味に思いながら入り口に辿り着くと、私たちの帰りを待っていたカロルが急いで駆け寄ってきて、――私を直視するなり回れ右をした。

 

 

「……ごめん。ボクちょっと席外すよ」

 

「帰るなカロル! この男に私を降ろすきっかけ作って、お願い!!」

 

 

そう。信じられないことに、ユーリは背徳の館からダングレストまで、私を横抱きにしたままやってきたのだ。

以前、フェロー襲撃後、ダングレストから離れる時にも同じようなことがあったが、あの時は全身筋肉痛だったから我慢はした。

だが、健康な今の私には必要ないし、何よりここまで平気な顔して私を抱え続けているこの男の異常性を投げ出してはいけない。

 

 

「この通りカロルも困ってるでしょう。嫌な予感してここに戻ってきたんでしょ。

何より私がキツいんだよ降ろせ、ユーリ」

 

「カロル。何があったんだ」

 

「え?ボク話していいんだ」

 

「よくねーよ! ユーリ、いい大人がお年頃の少年に気を遣わせるんじゃない!!」

 

「カロル。ドンのじいさんが戻ってきたんだな」

 

「また私をスルーしないで。ホントにキツい! 絵面的にありえん!! 皆の視線が痛い!!」

 

「うん。戻っては来たんだけど……」

 

「やっぱ、じいさんの様子がおかしいとは思ってたが」

 

「私の様子も気にしろ」

 

「変なんだよ……っ!ユニオンと戦士の殿堂が兵器魔導器をもって、睨み合ってて爆発寸前のところで、ドンが戻ってきてくれたのに!

なんだか、ドンが変で……」

 

「ドンさんが変……?」

 

 

カロルの不安げな顔を向けられて、私まで気持ちが揺れてしまう。

ドンは館で心配するな、用意はしてあると言っていたが。

私の不安を煽るように、レイヴンはずっと厳しい表情のまま、短いため息をついた。

 

 

「やっぱり、こうなったか」

 

「やっぱりとは、レイヴンはこの状況をわかっていたのです?」

 

「俺に聞いていいのかい? 嬢ちゃんにとっても悪い結果だ」

 

「おっさん。もったいぶらないで吐きなさいよ」

 

「じいさん、最初から死ぬつもりだったのよ」

 

 

レイヴンからドンの新事実を聞いて、私は一瞬思考が停止した。

殴っても切っても刺しても死ななそうなおじいさんが、自ら生を絶つというのか。

混乱する私に代わって、リタがレイヴンに疑問を投げかけた。

 

 

「あの図太いじいさんが死ぬって? ワケわからないんだけど!?」

 

「……うちが思うに、けじめかの」

 

「ドンさん、戦争を止めるための代償は用意したとか言ってたよね。

その代償が、もしかして……」

 

「桜ちゃんのもしかしてが当たりよ。

ハリーが海凶の爪の偽情報を掴まされて、先走った結果、ベリウスが殺されたんだ。

"ちょっと間違えて、戦士の殿堂の総領を殺っちまいました。ごめんなさい"では済まないのよ。

ベリウスの命に釣り合うだけの代償が必要なのさ」

 

「だから、ドン自ら死ぬなんて、そんなのあんまりです」

 

「あのしぶとそうなじいさんが自殺? バカ言わないでよ。頭イカレてるんじゃない?」

 

「なるほどな。じいさんは最初から腹斬る覚悟でユニオンの掟を破って、背徳の館を襲撃したんだろ」

 

「そんなのって……そんなのってないよ!」

 

「カロル!」

 

 

ドンの真相を知らさたカロルは、一目散に街中へと消えて行った。

恐らくカロルが向かった先は、ドンがいる場所だ。

私も後に続こうと、ユーリの胸を全力で押しのけた。

 

 

「いい加減、私を解放して……っ。空気読んでよ」

 

「お前も夜通しだったんだ。しばらく休んでろよ」

 

「あんたの腕の中で心置きなく休めるわけ……あっ」

 

 

身体を捻って、なんとかユーリのプリホルから脱出したが、離れた拍子で前へよろめいてしまう。

あわや倒れそうになるところ、ユーリが私の腕を掴んで、立たせてくれた。

 

 

「無茶すんなよ」

 

「誰のせいだと!」

 

「足元おぼつかないようだな。もう一度抱くか」

 

「抱く言うな! いい加減わたしを二足歩行させろ!!

そもそもユーリは、私をどこへ配送する気だったんだ!?」

 

「宿屋に決まってるだろ」

 

「あら、青年ったら大胆。

この混乱に乗じて、女の子をホテルにお持ち帰りとか、いっけないんだーっ。おっさんも混ぜて」

 

「入るなおっさん! ステイ!!」

 

 

普通に私とユーリに間に入ってくるレイヴンに、私はストレスマッハで裏拳を繰り出した。

私たちがつまらん掛け合いしている間にも、ドンの死が迫っているかもしれないんだ。

私はとりあえずユーリとレイヴンを放置して、ない頭をフル回転させた。

 

 

「早くドンさんを止めないと!

要するに、ベリウスに釣り合う何かがあれば良いんだよね?

ドン以外で……そうアイリードと一緒に謝るなり何なりすれば! ……とはいっても、そのアイリード行方不明なんだった。どど、どうしよう?」

 

「桜、ひとりで悩まないでください。わたしたちにできることがきっとあるはずです!」

 

「良し来た、エステル。一緒に考えよう」

 

「問題はダングレストと戦士の殿堂が衝突なのです」

 

「うん、それで」

 

「ダングレストと戦士の殿堂もろとも粉微塵にすれば万事解決」

 

「しねーよ! ドンさんが救われる前に問題もろともふっ飛ばしてどーする!?」

 

「では、ドンも一緒にドカンと一発」

 

「するなっつってるでしょ! やめてヤケになるの! もっと考えて!

思考をフルスロットルしてお願い!!」

 

「ハリーを添えて」

 

「添えないで! 何オシャレなお食事みたく孫添えようとしてんの!? メインもろとも爆破する気か!? 殺意という名の物騒なソースぶっかけるな!!」

 

「桜の姉御、エステル。悪いが、他の方法を考えてるヒマはないと思うのじゃ」

 

 

ドンを助けるため、私がエステルと悪戦苦闘していると、パティが水を差してきた。

人の命がかかっているというのに、そう簡単に諦めて堪るか。

即座にそう言い返そうとしたが、レイヴンがさらに冷たい水をかけてくる。

 

 

「パティちゃんのご指摘通りよ」

 

「レイヴンさん……っ」

 

「桜ちゃんも昨日のダングレストを見たでしょ。もうどっちも待てない、一触即発状態さ。

ユニオンと戦士の殿堂の全面戦争になっちまう。

そうなったら、両者からたくさんの犠牲者が出てくるし、そこに帝国の横やりが加わって大混乱。

あちこちで死体の山ができるだろうね」

 

 

レイヴンに恐るべき未来を教えられ、私は大いに戸惑った。

大勢の人の命とユニオンの重鎮ひとりの命、どちらが重いか天秤かけるまでもないが、納得ができない。

誰も傷つかない都合のいい方法がないか考える私であったが、ユーリは顔の覗き込こまれて、我に返った。

 

 

「ユーリ?」

 

「お前が抱え込む問題じゃないだろ」

 

「でも、ドンさんが……。実際にベリウスに手を掛けたのは、私たちなのに」

 

「そうさせたのは海凶の爪だ。全部が全部お前のせいじゃない」

 

「そうはいうけど……」

 

「ひとりで何でも抱え込むのは、お前の悪い癖だ。

おまけに疲れてるから、余計に悩んじまうんだろうな」

 

「私が疲れているように見える?」

 

「ああ。とんでもなくくたびれた顔してるぜ。

疲れた頭には休息が一番だ。お前はエステルと一緒に宿屋で休んで来いよ」

 

「ユーリはどうするの?」

 

「カロルの様子でも見にいってくる。心配すんな。すぐにお前の元に戻ってくるよ」

 

 

ユーリは、だから寂しがるなとばかりに、私に言い聞かせようとした。

彼は多分、私がドンの死を目の当たりにして傷つかせないように、宿屋へ誘導したのだろう。

しかし、私には知人の最期を迎えると知りながら、呑気に宿屋で寝ていられるほど神経は図太くない。

 

 

「私も行く」

 

 

私が思い切って切り出すと、ユーリは柔らかな表情を一転して固くした。

彼の闇色の瞳は、しっかり私を捉えたまま離さない。

私も逃げずに受け止めつつ、真っ向から彼の瞳に訴えた。

 

 

「ここで逃げたら後悔しそうだから」

 

「逃げることは悪いことじゃない。お前がドンの最期を見届ける必要はないんだ」

 

「必要なくない。私も無関係じゃない」

 

「つらいものを見ることになる。ずっと引きずっちまう程のな。

特に、堪え性のお前には、大きな重荷になるぞ」

 

「それは見なくても同じ」

 

「同じじゃないだろ。聞き分けてくれ、桜」

 

「ユーリ。私を連れてって」

 

「桜……」

 

 

皆が見守る中、私がユーリまであと一歩の距離まで近づいたところ、彼は目を見開いて黙った。

街の静けさも相まって、私たちの間に張り詰めた空気が漂い始める。

しばらくしてから、ユーリはバツの悪そうな顔をして、頬を掻いた。

 

 

「そういう頼み方は卑怯だろ」

 

「なら……っ」

 

「立ち会うのは構わない。だが、絶対無理はするなよ」

 

「ありがとう、ユーリ。後、我儘言って、ごめん」

 

「謝らなくてもいいよ。お前の決心を無碍にしたくねぇからな」

 

「桜ちゃんの上目遣いからのお願いは反則だよね」

 

「そんなんじゃねぇよ。おっさん」

 

「わたしも行きます。こんなことになった原因はわたしにもあります。ドンの最期を見届けるべきです」

 

「エステル……。もう、どいつもこいつもバカばっか。

なんで桜もこんな理不尽なことに付き合ったりするの。意味わかんない」

 

「桜の姉御もエステルも肝っ玉が据わったイイ女だからなのじゃ。

ドンの最期を見届けるなら、急ぐのじゃ」

 

 

パティに背中を押された私は、皆とともに街の中央広場へと駆け出した。

人混みをかき分けた先には、どっしりと正座して戦士の殿堂と対面しているドン。その隣でドンに縋るような眼を向けるカロルがいた。

 

 

「ドン……。ボク、ドンがいないと……」

 

「しっかりしろ。坊主。首領なんだろう」

 

「だけど、ボクひとりじゃ何もできない。皆バラバラになっちゃって、もう何も……」

 

「全部を一気にしようとするな。ひとつずつ解決してくんだ。ギルドの基本だろ」

 

「うん……」

 

「ひとりが無理なら仲間に助けてもらえばいい」

 

「ドン……」

 

「仲間を守ってみな。そうすりゃ応えてくれるさ」

 

 

ドンはカロルにそう伝えると、何かを思い出すように深く目を閉じた。

カロルは凛々の明星の首領として、私たちギルドメンバーのざまざまな問題に直面し、ひとり悩んでいたのか。

私が申し訳ない気持ちになっているその一方で、ギャラリーの中からドンの孫にして事の原因でもあるハリーが飛び出してきた。

 

 

「ドン! オレも一緒に……!」

 

「バカ野郎が!!」

 

 

一瞬、ここにいる全員が凍り付いたが、レイヴンがハリーを殴り倒して止めた。

天を射る矢の参謀のレイヴンにしてみれば、他の誰でもない首領の孫のハリーに首領の最期を黙って見届けて欲しかったのかもしれない。

ハリーが静かになったのを見て、レイヴンはドンへ一瞥する。

 

 

「じいさん。あばよ」

 

「レイヴン。イエガーの始末を頼んだぞ。

お前にしか、頼めねえんだ」

 

「ははっ。俺には荷が重すぎるって。

俺は野郎より女の子追いかけてる方が性に合ってますよ」

 

「だったら、お嬢ちゃんを守ってやってくれ」

 

「じいさん、そりゃあ……」

 

「てめえのことはよくわかってる。だからこそ、頼む」

 

「……。了解しましたっと。安心して地獄で待っててくださいな」

 

「ありがとな」

 

 

ドンはレイヴンに礼を言うと、後ろの方で悲しそうに見つめているパティへと目を配らせた。

 

 

「パティのお嬢。街の酒場の応接室から地下に行ってみろ」

 

「地下? 何かあるのか?」

 

「あそこにはアイフリードの名前を刻んだ壁がある。

お前がヤツの孫なら、ヤツに関わってどう生きて来たか、片鱗を見ておくのも悪くねえだろ」

 

「……ありがとうなのじゃ。この目で見て確かめてくるのじゃ」

 

 

パティが頷くのを見たドンは、次に私の方へ目を向けた。

私にも伝えたいことがあるんだろう。

だが、情けないことに、私は死を覚悟した男の視線に重圧を感じて、尻込みしてしまう。

及び腰になる私に、ユーリがそっと背中を押してきた。

 

 

「オレがついてってやるよ」

 

「ごめん」

 

 

私はユーリに付き添われて、ドンの元まで重たい足を運んだ。

止まりそうになる私を彼が支え、押してくれる。

そうやって、私たちが目の前につくのを見守っていたドンは、場違いに顔をほころばせた。

 

 

「まるで長年連れ添った夫婦のようだな」

 

「ふ……っ!? ユーリには他に好きなひとがいるんです! それはありえん! 浮気ダメ絶対!」

 

「嫌よ嫌よも好きのうちか」

 

「駄目よいかんよ無理のうちですよ。違うっつってるでしょ」

 

「何へそ曲げてるのか知らねえが、自分に寄り添ってくれる男を信じてやりな」

 

「信じてる……信じてるけど、でも私が……」

 

「自分の気持ちに素直になれよ。俺が認めた男だ。お嬢ちゃんの何もかも受け止めてくれるさ」

 

「……ドンさん」

 

「男は度胸、女は愛嬌。お嬢ちゃんがちょいと小僧たらしこめば、顎で使うのも容易いだろ」

 

「うんありえんな! チンケな娘がイケメンを顎で使う構図がまったくもって見えてこねえよ!!」

 

「あっはっはっ!」

 

 

憤慨する私を見て、ドンはひとしきり大笑いすると、私の隣で困ったように微笑むユーリへ視線を移した。

 

 

「可愛いお嬢ちゃんだな。悲しませるんじゃねえぞ」

 

「じいさんだって、あんまうちのお嬢さんをからかうなっつっただろ」

 

「老いぼれだって、お嬢ちゃんの愛らしい顔を拝みたいんだ。独り占めするなよ」

 

「オレの特権だ。こいつの面倒を見るのも含めてな」

 

「その腕っぷしを見込んで頼みがある」

 

「桜を守れだろ。首謀者は誰だ?」

 

「お嬢ちゃんは魅力的過ぎて困る」

 

「じいさん?」

 

「お嬢ちゃんから目を離すな。野郎もお嬢ちゃんから目を離してねえ」

 

「……わかった」

 

 

ドンが声を潜めて忠告すると、ユーリも理解したのか深く頷いた。

私から目を離さず見ているヤツがいる。ひょっとして、アレクセイが忍ばせている騎士なのだろうか。これまでの旅で数えきれないほど危険な目に遭ってきたが、まったくもって現れる様子はない。

私が考えている間にも、戦士の殿堂のギルド員の2名が刻限とばかりに、ドンの元へやってきた。

 

 

「お喋りは済んだか」

 

「おたくの可愛い孫にゃ随分世話になった」

 

「すまねえことをした。あのバカ孫もれっきとしたユニオンの一員だ。

部下が犯した責任は頭がとる。それがギルドの掟だ。

ベリウスの仇は、俺の首で許してくれや」

 

「ドン……。わたし……わたしがベリウスを死なせいで」

 

「バカよ。非合理的過ぎるわ。ギルドなんて、バカばっかなのよ」

 

 

周囲のざわつきに混じって、エステルの悲痛な声とリタの吐き捨てるような声がこちらに届く。

私だって、認めたくない。けど、他に方法があるわけでもない。私はただ見ていることしかできない。

皆の注目を浴びるドンは、小刀をとりだして、自ら腹へ刃を向けた。

 

 

「すまんが、誰か介錯を頼む」

 

 

ドンがそれを求めた途端、この場にいる全員が水を打ったように静まり返った。

当たり前だ。尊敬して止まない天を射る矢の首領にして、ユニオンの重鎮、ダングレストで一番尊い存在を手にかけるなんて、誰だってしたくない。

このまま永遠の時が流れるのではないかと思っていたら、誰かが私を背で立ち阻んだ。

 

 

「ユーリ?」

 

「桜。お前はエステルたちの元へ行ってろ。そして振り返るな」

 

「待って、ユーリ」

 

「じいさん。オレがやろう」

 

「お前も損な役回りだな」

 

「お互い様って言いたいところだけど。

オレにはこいつがいるからな。楽しくやらせてもらうよ」

 

「はっ! 最期まで見せつけてくれるぜ。

おめえはさっさと面倒ごと片付けて、お嬢ちゃんと幸せになれよ」

 

「……どうだか。こいつ次第だ」

 

「ユーリ。おめえの将来を見てみたかったがな。

俺は先に地獄で休んでるぜ」

 

「あんたの行くのが地獄なら、オレは頑張って天国にいかねえとな。

またあんたに、こいつをいじられちゃ堪ったもんじゃねぇ」

 

「ふん。てめえの減らず口。忘れねえからな」

 

「オレもあんたの覚悟忘れないぜ。ドン・ホワイトホース」

 

 

ユーリは背に私を庇ったまま、大きく刀を振り上げた。

周囲から、ドンを求める声や惜しむ声が次々に上がる。

だんだん肥大していく声たちを止めたのは、ドンの辞世の句だった。

 

 

「てめえら! これからはてめえの足で歩け! てめえらの時代を拓くんだ! いいな!」

 

 

ドンの言葉が波紋になって皆に届いたと思ったところで、ユーリの刀が振り下ろされた。

その刹那、あの豪快に笑う老人の脳裏が蘇るも、生々しい斬撃音によって、現実へ引き戻される。

……今ここで、ダングレストの重鎮、ギルドの巨星の幕が降ろされた。

 

 

 

 

 

出会うたびにユーリを軽くあしらい、私をからかい、何もかも大胆不敵に笑って吹き飛ばす老人の姿が、鮮明に頭の中で駆け巡る。

ドンと過ごした時間なんてほんの少しだけど、私に強烈なインパクトを与えるのには十分だった。

私以上に、ダングレストの皆にとっては、大きいでは済まされない程の存在だったのだろう。

 

 

「皆、静かになったね」

 

 

ユニオン本部、主人を失った玉座の間にて、私たちは腰を据えていた。

ここにはよそ者の私たち以外、誰もいない。

おそらく、ドンを悼んでこそ、彼を姿を彷彿させるこの場所が辛くて避けたんだと思う。

喪に服すダングレストの深海のような雰囲気に、流石の強気で無敵の魔導少女も肩を落とした。

 

 

「この世の終わりってくらい、落ち込んでるからね。桜、あんたもつらいなら言いなさいよ」

 

「ショックだったよ。人が死ぬのも怖かった。ただドンさんの存在が大きすぎて。

……胸にポッカリ穴が空いたような気がする」

 

「オレが埋めてやろうか」

 

「冗談でも私に言わないで、ユーリ」

 

「オレは本気だっただけどな」

 

「そういうのは好きなひとにやりなよ」

 

「まだ言ってるよ、うちのお嬢さんには困ったもんだ。早速オレの言ったこと忘れてるな」

 

「はあ、あんたも今くらいは大人しくしなさいよ。

あんたたちの掛け合いにおっさんが追加されない分、まだマシだけど」

 

 

リタは大きくため息をついて、レイヴンがこの場にいないことに安堵した。

レイヴンは天を射る矢の参謀だ。私の護衛の任があるが、それを命令した主の死後の対応に追われているに違いない。

重い雰囲気の中、エステルは他の仲間たちを気に掛けていた。

 

 

「ドンが亡くなって、カロルも随分落ち込んでいるようです。

パティもいつの間にかいなくなってしまいました」

 

「パティは地下水道だろうな。オレたちが見たユニオンの誓いを見に行ったんだろうさ」

 

「ドンさんがパティに教えていたね。……ドンさん、最期まで天を射る矢の首領だった。

死の直前まで、皆のことを思って死んでいった。私には想像もできない。できっこない」

 

「バカを言うな。オレがお前を死なせるわけないだろ」

 

「……。そうだったね。ごめん、変なこと言って。

ドンさんが亡くなって、思ってる以上に落ち込んでるみたい」

 

「無理するなよ」

 

「うん。ドンさんの命で、救われた命はたくさんあるんだ。そう考えないと」

 

「ええ、あんたは考え込まないで、ポジティブに行くの」

 

「リタさんは、ドンの覚悟をどう思う?」

 

「理解不能、と切って捨てたいところだけど。

オトシマエをつけるために自分の命さえ差し出す、か……。

ギルドにとって、掟はそこまで重要なことなのね」

 

「ギルドの掟に生きる誇り。負うべき責任……選んだ道への覚悟。

じいさんはオレたちに見せつけてきやがった」

 

「責任……覚悟……」

 

 

ユーリがドンの最期を噛み締めていると、エステルは自分に言い聞かせるように俯いてしまった。

彼女の力がベリウスを死へ追いやり、結果ドンの死なんだ。

彼女だって、相当追い詰められているに違いない。

リタも私と同じく察したのか、エステルの肩に手を添えた。

 

 

「エステル。あんたも気負い過ぎないで」

 

「いいえ。わたしも……ドンの最期を受け止めなくてはいけません」

 

「エステルがそこまで頑張ることないんだよ」

 

「落ち込んでいる場合ではありません」

 

「元気になってくれるのは嬉しいんだけど、また無理してないよね?」

 

「わたしには、桜の明るい未来を見届ける義務があります」

 

「ないよ」

 

「悲しいこと言わないでください。いくら桜でもユーリを刺しますよ」

 

「剣抜かないで! わたしがエステル否定する度に、ユーリの身体に穴が開くのか、とんでもねー流れ玉だな!」

 

「サックリ殺るので安心して下さい」

 

「安心できる要素が微塵もない! 故人の前で死人増やすんじゃありません!」

 

 

私が必死にこの暗い雰囲気に気を回そうとも、殺意に走る皇女の狂気は止まらない。

彼女は姿勢をピンと正して、剣をブンブン振り回した。

 

 

「桜の未来のためなら、わたしは血の涙を流してでもユーリや、フレンだって斬って捨ててみせます! 彼らも貴方のためなら、喜んで自分の墓に頭から突っ込んでくれるでしょう!! ですよね、ユーリ」

 

「ん? ああ」

 

「"ん? ああ"じゃないよ! 何生返事してるの!?

全力で否定しないとこの狂人ならマジで殺りかねないぞ!!」

 

「お前が何とかしてくれるんだろ」

 

「あ、うん。何とかするけど……」

 

「ユーリの心意気はちゃんと受け取りました。

桜の幸せのためなら、フレンもしっかりあの世に逝ってくれます!!」

 

「早速あの世にもってくな! ちんまい小娘のために、下町の未来を斬って捨てないでお願い!!

何をいきなり私の未来の話になるの? ユーリは関係ないでしょう。

しかもフレンさんまで巻き込むなんて、リタさんが魚料理を食べるほどありえないはずなのに」

 

「文句があるなら、あんたが美味しい魚料理作ればいいでしょ」

 

「はいはいリタさんのために喜んで作らせて頂きますよ。私が作ればいーんだよね? とりあえずシュールストレミングから行ってみようか!!

それで、エステルはなんで、私の未来にユーリを絡ませるの?」

 

「桜の気持ちがユーリから離れているような気がします。

またユーリに何かされたに違いありません。これは減点です。制裁です。天誅です」

 

「ユーリは何もしてないよ。ユーリに好きなひとができたくらいで、私は関係ないもの」

 

「ありえません」

 

 

私が理由を説明すると、エステルは一刀両断してきた。

てっきり、フレン推しのエステルなら、私と一緒にユーリを祝福してくれると思ったのに、ユーリだけではなくフレンにまで殺意を向けるとは想定外だ。

彼女の思考が読めずにいると、渦中のユーリが短くため息をついて、片手を腰にあてた。

 

 

「エステルだって言い切るんだ。お前の思い違いだよ」

 

「ユーリ。闘技場でエステルとフレンさんに何があったの?」

 

「ちょっと話をしただけだって。疑り深いやつだな」

 

「ユーリのちょっとは、私のちょっとじゃないよね」

 

「……ったく、仕方ねぇな。お互い大切な物があるんだなって話をしたんだよ」

 

「それだけで、エステルの殺意がフレンさんまで行く理由に説明がつわけないだろ。さっさと吐け。吐いて楽になるんだ。私も楽になりたい」

 

「本当だよ。オレとフレンがバトルして、エステルが立会人になっただけだ」

 

「戦う? ユーリたちが選んだ道とか。ノール港の時みたいなもの?」

 

「そんなところだ。で、リタはどうなんだ。

難しい顔して、まだじいさんの覚悟に思うところでもあるのか」

 

「あんたも桜も凛々の明星ってギルドの一員なんでしょ。

あんたはどーでもいいけど、桜までその掟に従わせるつもり?」

 

 

リタに言われて、自分がギルドの一員だということを思い出してしまう。

ユーリに無理矢理とは言えギルドに加入したんだ。掟は守らなくてはいけないだろう。

しかし、うちのギルドに明白な掟はあっただろうか。

 

 

「私たちって、義をもって事を成せ、不義には罰を。

一人はギルドのためにギルドは一人のために……って、話し合いはしたけど。

具体的に何がダメで、何をしなくちゃいけないか、決めてないよね」

 

「活動理念はあるだろ。要は桜が今言った信条に基づいて、臨機応変に対応しろってことだ」

 

「む、難しいなあ」

 

「お前の場合はフェローに会いに行くことだな」

 

「……それもあるけど、もう私は……」

 

「桜?」

 

「ううん。私、エステルの依頼、凛々の明星の最初の目的だったフェローに会いに行く。

人間に戻れたら、帝国や海凶の爪みたいな連中に狙われなくなる。

ベリウスの言う変えなきゃいけない未来は、きっと解決するはず。

今の私の問題解決にもなるし、凛々の明星の掟に従うなら、こうなるでしょう?」

 

 

本当のことだ。嘘は行ってない。ただ、真実を明かさないだけだ。

ユーリは私の表向きの決心を聞いて、少し黙ってこちらを見つめていたものの、いつもの頼もしい青年へ戻った。

 

 

「その意気だ。お前がそうしたいなら、オレも協力するよ」

 

「ありがとう。ユーリ」

 

「どういたしまして。さて、オレもけじめをつけなきゃな。

桜やエステルの依頼もまだ終わっちゃいねえ。そのためにはまず凛々の明星か」

 

「ジュディスを助けに行かないと。……って、ユーリ、ひとりでどこ行くの?」

 

「桜。少し、オレに付き合ってくれねぇか」

 

 

ユーリは玉座の間の出入口まで足を運ぶと、私についてくるように目配せをしてきた。

 

 

「デートは好きなひととするもんだよ」

 

「その話題から離れろ」

 

「デートじゃないならいいけど」

 

「いいのかよ……」

 

「ドンさんに言われたことを気にしているの?」

 

「それもある」

 

「わかった。じゃあ、私もついてくね」

 

 

ユーリが頷くのを待ってから、私は彼とともに、ユニオンの砦を後にした。

彼はドンの私から目を離すなという最期の忠告を守っているだろう。私も心して行動しなくてはいけない。

……いや待てよ。この男のことだ。

私とふたりきりになったところを見計らい、この前の尋問が再開するかもしれない。

私がビクビクしながら静寂の街を歩いていると、隣を歩くユーリが声をかけてくれた。

 

 

「怖がらなくても、あの時のように問い詰めたりしないよ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「これからもしない?」

 

「さあな」

 

「グッパイユーリ」

 

「待て待て待て、Uターンするな」

 

「私はひとりクールに去るぜ」

 

「意味わかんねぇこと言ってないで、ついてこいよ。

桜は凛々の明星の一員だろ」

 

「ユーリもそうだよね。ジュディスに。ラピードもカウントするとして。

でも、カロルは今……」

 

「ああ。首領に会いに来た」

 

 

街の西側にある宿屋の路地の隅っこで、ひとりの少年カロルが力なく地面にへたりこんで俯いていた。

カロルが絶対的に尊敬していたドンが死んだんだ。彼の絶望は私では計り知れない。

カロルはユーリがやってきたのに気づくと、一瞬顔をあげるものの、再び苦痛の表情を浮かべて地面を見つめた。

 

 

「ユーリ。……ボク、何もできなかった。

ユーリたちは自分たちで決めて、出来ることをしたのに。

桜の約束を破って、ここに残ったのに何も……。ボクは口ばっかりで、何をやってもダメなんだ」

 

「カロル。私との約束はいいんだよ。あんな状況だったもの」

 

「桜。簡単に許すな。それはカロルが自分から口にした約束だ。逃げずに筋を通してもらう」

 

「ユーリ。カロルはまだ……」

 

「カロルはオレたち凛々の明星の首領だ。一員であるお前にも立ち会う義務があるだろ」

 

「そう。……そうだよね。私も話を聞かないと。

カロル、私は貴方が何に悩んで、どうしたいのか聞きたい。教えて欲しい」

 

「……ボク、皆……、ダングレストの皆と話をしようとしたけど……。きっとボクなんかの話、聞いてくれない……。

なら、戦士の殿堂に話をしようと思ったのに。……ボクが行っても、問答無用で襲ってくるかもしれない……。そう思ったら、ボクひとりじゃ怖くなって……。

……だから、ボクは何もできないんだ」

 

 

思い悩みながら、ポツリポツリと胸の内を語るカロルに、私は共感を覚えた。

私には何もできない。誰かを助けたり、自力で戦ったりできない。皆を見てるだけの無力な存在だ。

立場や成り立ちは違えど、自分の不甲斐なさに苦しんでいるのは、少し理解できた。

 

 

「カロル。今日まで私たちと旅してきたんだよね。

私みたいに足引っ張ってるわけじゃない。皆と一緒に戦って、頑張ってきたのに」

 

「……ボクはもう、皆と一緒に行けない」

 

「そんなこと言わないで。カロルがいないと、私が困るよ」

 

「ボクがいなくっても、桜にはユーリがついてるからいいじゃないか」

 

「カロル」

 

「ボクがいなくても、ユーリが桜を支えてくれる。守ってくれる。

桜の全部をユーリがしてきてくれた。ボクがいなくったって、なんの問題もない」

 

「問題ないって……」

 

「ジュディはどうするんだ。探しに行くんじゃなかったのか」

 

 

カロルからユーリの名前を出されて私が返事に迷っていると、そのユーリがジュディスの話を持ち出してきた。

彼女は今、魔狩りの剣によって窮地に立たされているのかもしれないんだ。

ギルド云々もあるが、仲間としても放ってはおけないはずなのに、カロルはまだふさぎ込んだままだ。

 

 

「ボクは行けない……。ボクには、ギルドの首領なんて、無理だったんだ……」

 

「カロル!」

 

 

完全に聞く耳を閉ざそうとするカロルだったが、ユーリが無理矢理立たせて両肩を掴んだ。

ユーリの真っ直ぐ瞳が、カロルの揺らぐ目を捉えようとするが、あっさり避けられてしまう。

ユーリはそれでも諦めずにカロルの肩を揺すって、尚も問い詰めた。

 

 

「お前にとって、凛々の明星はそんなものだったのか。

……お前の夢は、その程度のものだったのかよ」

 

「ボクだって、一流のギルドにしたかった! ドンの役に立ちたかった! 認めて欲しかったんだ!

ドンはボクの憧れだったんだ!……だけど、もう、ドンはいない」

 

「だから辞めるのか。ドンが何を残して死んでいったか、わからないお前じゃないだろ」

 

「何でもできるユーリには、ボクの気持ちわからないよ!

ボクはユーリみたいにすごくないんだ! ユーリみたいに誰かを守れる力も度胸も勇気もない!」

 

「桜との約束はどうした! 傍にいる! 守る! 問題は叩き潰すんじゃなかったのか!」

 

「ボクだって、桜の力になりたいよ! でも、ボクはユーリみたいな強い男になれない!」

 

「カロル! オレの目を見ろ!」

 

「ボクはドンみたいになれないんだ! やっぱり、ボクは何をやってもダメなんだよ!」

 

「しっかりしろ、カロル! ドンが伝えたかったものはなんだ。ドンが見せた覚悟を忘れちまったのか」

 

「……っ」

 

 

私の口など挟む隙すらない応酬の中、ユーリが最後に叩きつけた言葉で、カロルはさらに自分の殻に閉じこもってしまった。

カロルにとって、ユーリやドンは遠くて大きい存在なんだろう。

けれど、当のユーリは飽くまでも、仲間としてカロルに接しているんだ。

心が折れてしまった少年には荒療治だが、ここで下手な慰めや励ましなんぞしようものなら、振出しに戻ってしまうだろう。

 

 

「今のカロルには時間が必要なのかも……」

 

「……。オレたちは、ギルドとしてけじめをつけるために、ジュディを探してテムザ山へ行く」

 

「ユーリ」

 

「カロル。お前が辞めても、凛々の明星は終わらねぇ。もうお前ひとりのギルドじゃないんだ」

 

「……」

 

「桜。行くぞ」

 

 

ユーリは私の手を引くと、カロルを置いて、街の中央へ進んでいった。

後ろの方ですすり泣く声がしたような気がして、足を止めそうになるが、ユーリが強引に引っ張って叶わない。

ズルズルと中央広場までやってきたところで、やっとユーリは足を止めた。

 

 

「よく我慢して見守ってくれたな。偉いぞ、桜」

 

「口出す隙も空気もなかったじゃない」

 

「そうだったか? ま。オレは端からカロルを慰めに行ったわけじゃないからな」

 

「手荒い活入れだった」

 

「殴り合いにならなかっただけマシだと思えよ」

 

「止めて。幼気な少年相手に物理で語るの」

 

「男は拳で語るもんだぞ」

 

「お前の口は飾りか、拳構えるの止めろ」

 

「なんだ。オレの慰めの言葉でも期待してたのか。お前になら、いくらでも胸貸してやるぜ」

 

「おお! 丁度いいサンドバックが現れたぜっ!」

 

「お前の拳くらい受け止めてやる。かかってこい」

 

「いやマジでやんないから」

 

 

私は脱力しながら、両手を広げるユーリの胸を小突いた。

ドンが亡くなってまだ時間は浅いんだ。ユーリなりに私を励ましているのかもしれない。彼はもう前を向いているんだ。

そんな頼りになる彼が、カロルに本気で向き合い、ドンの覚悟を伝えようとした。

 

 

「カロル、元気になるかな」

 

「心配すんな。お前の言う通り、あいつには考える時間が必要なんだろ」

 

「私にできることはない?」

 

「カロルに優しくしてやれよ。オレはそういうの苦手だから」

 

「ユーリは優しいじゃないの」

 

「誰にでもってわけじゃないよ」

 

「それはどういう……」

 

「雑談はこれぐらいにしておこうぜ。

エステルたちもしびれを切らしてる。そろそろ次の旅支度をしねぇとな」

 

「――ボーイアンガール。ナイストゥミートゥユー?」

 

 

ユーリが私に次の旅路へ誘おうとしたところ、軽薄な声が私たちを呼び留めた。

私が知る限り、こんな面倒くさい英語を操る男はこの世界にたったひとりしかいない。

声の発信源へ視線を走らせると、ドンを死へと陥れた海凶の爪の首領イエガーが部下の少女ふたりを従えて、私たちに近づいてきた。

 

 

「会いたかったですよ。ミス桜」

 

「あ、会いたくなかった」

 

「喧嘩の種まいといて、よくオレたちの前に顔出せたな」

 

「ナンノコトデスカ? ゴーシュ、ドロワット」

 

「戦士の殿堂の襲撃は、ユニオンの判断だろう」

 

「そうそう。うちらは情報を提供しただけよん」

 

「というワケです。ドゥユーアンダースタン?」

 

 

露骨に自分は一切悪くないスタンスのイエガー一味。

当然、そんな悪人ムーブが許されるはずはないし、ユーリの逆鱗に触れるには十分だった。

下手な煽りを受けた彼は今にも射殺しそうな目でイエガーを睨んだ。

 

 

「……いい度胸だ」

 

「ノンノン。ユーひとりでプリティガールをガードしながら、ミーにチャレンジするつもりですか?」

 

「……」

 

「ごめん。私のせいで」

 

「いや、悪いのはお前じゃない。

イエガー。てめえ、平気な面して故人の地に土足で踏み込みやがって、のこのこ殺されに来たのか」

 

「……今日は止めまショウ。ミーもミス桜に手を出すつもりはありません。ラヴはしますが」

 

「いやすんなよ」

 

「その可憐なボディで、ミーを慰めていただけまセンカ?」

 

「なんでだよ」

 

「尚、ユーのスリーサイズはゲット済みです」

 

「どこで!?」

 

「警戒はナッシング。オトムライが大ナッシングです。

ドン……。本当に惜しいミスターを亡くしましたデス」

 

「貴方たちがドンを弔う? 貴方たちがハリーさんを騙してこんなことになったのに」

 

「お前らの狙いはなんだ? ドンを消して、ユニオンを掌握しようってか?」

 

「確かにミスタードンがいなくなって、ビジネスがイージーになりましたが……」

 

 

ユーリが私を背に庇いつつイエガーを問い詰めたが、相手はやれやれと肩を竦めるだけで、こちらに仕掛けてくる様子はない。

相手はハリーを騙し、ドンを死に追いやった暗殺者だ。

油断はできないと警戒色を強めていると、イエガーは手品のようにどこからともなく赤い花束を取り出した。

 

 

「……やめまショウ……。今日は個人で来ているのでーす」

 

「イエガー個人として……? 海凶の爪の首領ではなく?」

 

「プリティーガール。ユーのことも個人的にマジでラブでなのです」

 

「執拗にラブ押し付けるな、こちとら意味不明で対応に困るんだよ!

何が殺人組織の首領をそこまで脳天スカピーにさせるの? やっぱり電波か!?」

 

「ミーたちの情報網を侮ってもらってはいけませんヨ。

今のユーの存在自体も大変ウォーリーなところですが」

 

「……今の私……」

 

「桜?」

 

「悲劇的な運命が待っているユーを想うとハートがパッションでーす」

 

「桜の運命……? こいつを狙う理由と関係しているのか」

 

「ミー個人ではアンサーすることはナッシング」

 

「てめえのバックには大きな何か、帝国が絡んでるんだな?」

 

「……ミーもドンの死を悼む気持ちは同じデース。今日のところはシーユー」

 

 

ユーリの問いに、イエガーは答えず、少女たちとともに私たちの前から去ってしまった。

私を狙う理由について思わせぶりなことを話していたが、明確なことはわからないままだ。

なのに、ユーリは彼らを引き留めず、目で追うだけだった。

 

 

「肯定と受け取るべきか……。それともまったく別なのか?」

 

「追わなくていいの?」

 

「追ったところで、あれ以上聞き出すのは無理だろうな。

館で桜を作戦の鍵だのどうの言ってたわりに、あの反応。

イエガー個人としては、お前を利用したくねぇようだが……」

 

「やっぱり、もっと突っ込んで聞いた方が良くない?」

 

「力づくで聞き出す手もありっちゃありだがな。この場で戦えるのはオレひとりだけだ。

お前を戦いに巻き込みたくないし、ドンの前で無粋なマネはしたくないよ」

 

「あ……。喪中の街で乱闘はできないよね。

イエガーもその気はなかった。しかも、ドンさんが亡くなったことを悼むって。

この結果は本意じゃないって意味なんだろうけど……」

 

「海凶の爪にとってドンは邪魔だが、イエガー個人にとっては、少し違ったのかもな。

ドンも自ら掟を破って、イエガーに私闘を挑んだ」

 

「私にはわからない。ギルドにとって、掟は絶対なんでしょう?」

 

「個人とギルドは違うんだろうさ」

 

「違う……」

 

 

ユーリにそう説明されても、私はすぐには理解できず、再度頭の中で話を整理してみた。

自らの目的のためにギルドを立ち上げたのに、それとは別の個人的な意思がある。

自分の道のようなものが、ドンやイエガーにはあったというのか。

 

 

(道……。ユーリがラゴウを殺したのだって、自分で選んだ道だと言っていた。

ジュディスも同じような言葉を残して去って行ったけど……)

 

 

それが凛々の明星の信条に背くことになろうとも、それが彼らが選んだ道なんだ。

彼らにとって、自分の道こそが正義で絶対なのかもしれない。

なら、今の私はどうだろう。

 

 

(元の私の死を隠して、ユーリを騙し続けてる今の私は悪いことをしているのかな。

仲間に嘘をつき続けるのは不義で、掟に反するのでは……)

 

 

そうなったら、私もドンのようにけじめをつける必要があるのではないか。

そもそも私の道とはなんだ。私は一体何をしたいのか。元の私はもういないのに。どうして……。

さらに思考を加速させる私であったが、ユーリにおでこを突かれて妨害されてしまった。

 

 

「ほら、思考が迷路になってるぞ」

 

「おいそこのイケメン。貴様の頭はニワトリか。船でそれ止めろって言ったよな」

 

「突かないと動かないだろ」

 

「私のやる気スイッチはそこじゃない!」

 

「なんだよ。また抱けばいいのか」

 

「うんそれは殺る気が沸くスイッチな」

 

「何したら、お前はやる気になってくれるんだ」

 

「ユーリが好きな女性と幸せになってくれたら、私も心置きなくジュディス拾ってフェローに会えるかも」

 

「お前が素直になってくれたら、オレがお前抱えてジュディにけじめつけてフェローにお前のこと吐かせるかもな」

 

「違う!」

 

「どこがだよ……」

 

「どこもも何も、ユーリの話に私が出てきている時点で間違って――はッ!?」

 

 

ユーリと不毛な口論している最中、ふと熱い視線を感じて、周囲へ目を走らせた。

気配を頼りに行きついた先は、ユニオンの館へ続く大通りの端だ。

そこに並ぶ建物の陰に隠れて、携帯電話でこちらの様子を一寸狂わず収録し続けている皇女のお姿を目でとらえた。

――既視感。

 

 

「エステル!?」

 

「バレてしまっては仕方ありません! ユーリ、貴方の雄姿は全てわたしとケータイが捕らえました」

 

「エステルさん。ユーリはただ私突いて遊んでただけだよ」

 

「ユーリ。桜とは遊びだったのです?」

 

「また誤解を生みそうな言い方するなよ」

 

「違うのです?」

 

「……」

 

「なんでそこで黙るんだ。ユーリ・ローウェル21歳」

 

「ユーリ。もうここは綺麗さっぱり諦めて、素直になったらどうでしょうか」

 

「エステルがそれ言うのか。ルール違反だろ」

 

「諦めたら駄目だよ、ユーリ」

 

「桜。お前……」

 

「せっかく好きなひとができたんだから、めげずにアタックしないと」

 

「覚えてるか、桜? その思い込みがなくなるまで、オレはお前から離れないっつったよな」

 

 

言ったな、背徳の館から出る時に確かに言われた。

まさか本気でその身をもってまでして、女っ気がないのを証明するためだけに、四六時中私にくっつくつもりか。

粗野で皮肉屋で無神経なイケメンが永遠に憑いてくるとわかった私は、秒でその男から離れた。

 

 

「さあ! カロルが戻ってくる前に、私たちはジュディスのいるテムザ山へ向かいましょう!」

 

「ああ。カロルが戻ってくる前に、オレはお前と一緒に買い出ししに行かなきゃなんねぇな。こっちこい」

 

「ラピードと一緒に行くから大丈夫」

 

「ラピードは荷物持ちできないだろ。どこに行くんだ」

 

「リタさんが来てくれるかも」

 

「リタに荷物持ちが務まるか。逃げるなよ」

 

「もちろん、エステルも手伝ってくれるよね!」

 

「ふたりだけずるいです。わたしも鬼ごっこに入れて下さい」

 

「やめろ! これは鬼ごっこではない恐ろしい何かだ!! タッチされたら最後、私の乙女心と羞恥心と理性が根こそぎ消滅なんつうクソ恐ろしい事態になる!!」

 

「人数が多い方が楽しいですよ」

 

「現在進行形でいい年した綺麗な兄ちゃんがじりじり迫ってきてるだけでも怖いってのに、そこへ狂気の美少女が混ざったらいらん化学反応起こるだろ察しろ!!」

 

「面白くなるのですね!」

 

「ねーよ!!」

 

「腹ぁ括れよ」

 

 

挑発的に微笑むユーリの鋭い視線を受けた私は、迷わず回れ右して駆け出した。

最後の望みであるリタに助けを乞うべく、全力でユニオンの砦を目指して、彼の手から逃れる。

 

 

ドンさん。もう安らかに眠れたでしょうか。

私の旅路は貴方が認めたこの男のせいで、平穏とは程遠いものになりそうです。

 

貴方はこの男を信じろと言いましたが、平気で女の子のパーソナルスペースを侵す信じられねー男です。

貴方はこの男は私の全てを受け入れてくれると言い切りましたが、私を受け入れるどころか、まるで迷える子ウサギを狩る狼のようなおっかねー男です。

貴方はこの男を顎で使えと笑っていましたが、顎で使うどころか、私の身も心を笑いながらブン回す恐ろしー男です。

遠いお星さまになってないで、今すぐこの男ユーリ・ローウェルから私をお助け下さい。

 

ユーリから逃げ惑う私はあの世に逝ったドンにそう切望した。

されど、この世は私の想像以上に世知辛いものでして。

私の願いも虚しく、静粛なダングレストの街の大通りから、私の悲鳴が夕焼けの空へと轟いた。

 

 

 

 

■続く■




お付き合いありがとうございます! ご褒美であります!!
前回テムザ山までいきたいなーとか言っておいて、まだダングレストですよ!!
原作でも大きな転機ですので、細かくやりたいなと頑張りました!!
頑張った結果、ユーリとキャッキャウフフするだけとか言うね!!
面白楽しく作成させて頂きました!!

個人的には、ドンはもっと動かしかったキャラでもあります。
懐深くて大胆不敵、豪快なおじいさんっていいですよね!!
ユーリとドンの掛け合いとか、たくさんしたかったので、その辺りも今回にぶつけました。
ドンの分まで、ジュディスが頑張ってくれるでしょう、きっと!!

次回は、テムザ山です。多分そっから進むか際どいところであります!!
それでは!!


瑛慈 翔
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