明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第49話】光は私を影は彼を

青年が俺様の大切な女の子を泣かせた、その翌日。

海を漂うフィエルティア号にて、俺様は桜ちゃんと熱い愛を語り合ったあったのさ。

「昨晩は貴方の前で恥ずかしいところを見せてごめん」なんて可愛らしく照れる桜ちゃんに、俺様は「そんな君も愛してるよ」なんつったりしたりして、ふたりだけの甘い世界へ……。

 

 

あ、ウソウソ、ただちょっと妄想してみただけだから、お願いおっさんぶたないで。

当時は本当に大変だったわ。桜ちゃんにも、いろいろ悩みはあんだろうけど、それは少年少女たちに任せるとしてよ。

皆の頼れるおっさんレイヴン様は、船縁でひとりでブー垂れてる青年の元へ歩み寄ったのさ。

 

 

野郎の気遣いなんてしたかないよ。

でも、俺様にして見りゃあ、このクールな青年はこと女心にかんしちゃ点でダメだ。

桜ちゃんとの関係だって放っておけば、勝手に自滅してくれるんだろうと踏んでたけどね。

けども、少女の涙をみたからには放っておけない。これは桜ちゃんのために一肌脱ごうと、俺様は青年に話をつけに行ったわけよ。

誰かおっさんを褒めて。

 

か、勘違いしないでよね! 飽くまでも桜ちゃんのためであって、青年を気遣ったわけじゃないんだから!

まあ、青年にしてみれば、俺様の最初の第一声は冷やかしにしか聞こえなかったかもね。

 

 

「青年。いい大人が女の子に嫌われたくらいで不貞腐れないでよ。

青年の女オンチは今に始まったことじゃないんだからさ」

 

「ほっとけよ」

 

「んなこと言って。ホントは桜ちゃんのことで頭がいっぱいのクセに」

 

「オレをからかいに来たのなら相手間違えてるぜ。

桜のように叩けば響くって柄じゃねぇの知ってるだろ」

 

「俺様が桜ちゃんに構うと激おこプンプンになるクセに。

あれって実は俺様に桜ちゃんとられそうで焦ってるとか」

 

「何しに来たんだ、おっさん」

 

「青年、澄ました顔してるけど、桜ちゃんが心配で仕方ないんだろ。

内心穏やかでないのはおっさんも同じよ」

 

 

俺もベリウスの残した言葉、桜の運命とやらが、頭ん中で引っかかって離れない。

俺の知らないところで、あの愛らしくコロコロ表情を変える少女が死んでしまう。はたまた消えてなくなってしまうのか。

そうならないためにも、フェローに会い、運命を変えるべきなんだろうが。

 

 

(桜は計画の鍵のひとつだ。どの道そう遠からず、残酷な未来を迎える。

死人の俺が彼女の宿命を知る必要はない……はずなのだが)

 

 

とうの昔に無くしたはずの淡い感情が浮き彫りになってくる。

誰にも悟られぬよう、わざとそういう風に少女に接してきたつもりが、逆にますます悪化しているようだ。

さまざまな感情溢れる少女に近づけば近づくほど、生への執着が蘇ってくる。

 

 

(ひとりの男じゃない。今の俺はギルド天を射る矢の参謀レイヴンだ。間違えるな)

 

 

ひとりの少女を愛して止まないという手前で、他には執着しない、どうでもいい、ただの適当な中年男が今の俺だ。

俺は自分の知る少女の宿命には触れず、ただ現状を整理してやった。

 

 

「考えても見なさいな。これまで桜ちゃんはシャイコス遺跡の重要参考人として注目を浴びてたのよ。

そこに帝国に潜む悪党が彼女を使って悪だくみをしてる。

んでもって、異世界人で始祖の隷長になりかてて、止めにベリウスの言葉だ。

守ってるこっちも堪ったもんじゃないだろうよ」

 

「その始祖の隷長のベリウスは死んで聖核になった。

おっさんも聖核を探しているんだったよな。……てめえも桜を殺すつもりか」

 

「ああ、恐ろしい顔。おっさん、失禁ものよ。いや失神するかも」

 

「とぼけるな。桜に何かあれば、真っ先におっさんを斬るぞ」

 

「警戒しなくても、ドンのじいさんは桜ちゃんの死を望んじゃいないさ」

 

「おっさん個人じゃあ、違う見解かもしれねえだろ」

 

「言っただろ。桜ちゃんが死ぬなら、俺も死ぬって。

聖核なんてメンドーなもの、自害してまで手に入れたかねぇわよ」

 

「どうだか。ただの口約束だっつって、てめえがあいつから聖核を奪い殺して逃げるかもしれねぇだろ」

 

 

俺がヨームゲンでの約束を持ち出しても、青年の殺気は消えない。

それどころか、今にも刀を抜きそうな剣幕だ。

青年は、俺様に鋭い眼光を向けたまま、刀に手を掛けた。

 

 

「おっさんが本気だってのなら、今ここでオレに斬られてみるか。

桜が傷つけば、てめえを斬るって約束だったよな」

 

「そういう話だったわね。ここは海の孤島だ。逃げも隠れもできない。

青年の思う様きれいスッパリやっちまってくれよ」

 

「いい度胸だ。手元が狂って殺しちまうかもな」

 

「そりゃあ、青年の腕が悪かったってことで。

あーあ、おっさんが死んだら、桜ちゃん泣いちゃうかも。

また青年がひとを殺した―って」

 

「……てめえの狙いはなんだ」

 

「桜ちゃんの護衛だって言ったじゃないの」

 

「それだけじゃあ、桜への態度に説明がつかねえんだよ。

ベリウスの件から、妙にあいつに言い寄ってるじゃねぇか。何か裏があるんだろ」

 

「俺が桜ちゃんを愛して何が悪いの」

 

「それが胡散臭いんだよ」

 

「怒ったり笑ったり拗ねたりする少女が可愛くて堪らんのよ。

青年だって、桜ちゃんにメロメロなんだろ」

 

「おっさんと一緒にするな」

 

 

レイヴンとして正直に答えたはずが、青年には届かなかったみたい。ひどいん。

"本来の目的"はどうあれ、今の俺は本当に桜ちゃんが好きで好きで堪らないのにね。

そんな俺の熱い目その緩い態度を見て、青年は冷静さを取り戻したのか、それとも気が削がれたのか、また船縁に肘をついて海を眺めた。

 

 

「とりあえず、今は殺さないでおいてやるよ。

あの時、桜にけがを負わせたのはオレの落ち度だ。

それに桜の目が届く場所で死体作りたくねぇからな」

 

「あー…っ、命拾いした。青年にぶった斬られて海へ落とされでもしたら、ただの行方不明で片付けられちゃうからね。桜ちゃん様様だわ」

 

「その手があったか」

 

「俺様がいなくなったら、桜ちゃんが泣くよ。

貴重なイケおじ亡くすのは世界の大損失だっての、青年」

 

「少なくとも、オレの目の前には胡散臭い集合体しかいねぇけどな。

あいつを愛してるだのなんだの直球で告白するのはどういう心境の変化だ」

 

「そりゃあ、おっさんが本気になっただけよ。

ベリウスとの会合で桜ちゃんの正体、身の上を知っちまったんだ。もう後戻りはできないだろ」

 

「……ああ、平和な世界で暮らしていたあいつにとって、この世界は過酷だ」

 

「たったひとり知らない世界に飛ばされて、エアルに侵され、始祖の隷長に浸食されても尚、直向きに生きる少女が俺様には眩しいのさ。桜ちゃんをこの手で守ってあげたい。笑顔でいさせたい。

この手に入れて、もっと桜ちゃんを感じたい。……おっさんも燃え上がっちまうわけ」

 

「自分の子供くらいの女の子に熱上げるつもりか。

少女趣味とはいよいよ変態の域に達したな。キモいぞ、おっさん」

 

「夢中になったら誰でも変態にもなるわ。そもそも恋愛に年齢は関係ないのよ。

男が女を好きになる理由なんてないっての」

 

「そりゃあ、大層なこって」

 

 

俺が桜ちゃんへの愛を語っても、青年は真に受けてくれない。

昨晩はあんな目にあったってのに、青年には少女に対して絶対的な自信があるようだ。

これは青年自身に思い知らしめる必要があるかもね。

 

 

「でもまあ、桜ちゃんに嫌われた青年には関係ないか。

知らない! って喧嘩しちゃったもんね」

 

「オレと桜の問題だ」

 

「青年はただの問題で片付けるんだ。俺様、今理解したわ。

やっぱ桜ちゃんは俺様が頂くよ。青年がこれまで大切に守ってきた分、俺様が一生かけて幸せにするから、大人しくちょーだいね」

 

「なんでそうなるんだよ」

 

「今の青年には、桜ちゃんの相手は無理だって話だ。

そりゃあ、桜ちゃんは元気っ子で行動力はあるけど、自分の気持ちに奥手で我慢しがち。

それなのに、青年は自分を押し付けてばかり。そろそろ自重しなさいな」

 

「あいつにはオレがついてやらないとこの世界じゃ生きていけねえんだよ。

何より、オレがそうしたいからやってんだ」

 

「正にそれじゃないの。自分が守らなきゃダメだ。自分が傍についていなくちゃいけない。桜ちゃんには自分しかいない。

青年の激重感情は、一途で無垢なか弱い女の子にはかなりキツいのよ」

 

「激重……。オレがあのフレンと同類とか言い出すんじゃねぇだろうな」

 

「フレンちゃんも相当だけど、青年もその気があるんでない。流石幼馴染。

桜ちゃんも青年を避けるわけだわ」

 

「おっさんには桜がオレを拒む理由がわかるってのか?」

 

「普通に考えればわかるでしょ。

桜ちゃんは青年からのすんごい圧受けて、自分は青年の足かせになてると思っちゃってるの」

 

「オレは桜を重荷に感じたことはねえんだけど」

 

 

平然と答える青年に、俺は急激な疲労を感じた。

鈍い鈍いと思ってたけど、ここまでとは……。いつもの俺なら「あ、そう。青年の好きにすれば」と放り投げていたけど、桜ちゃんにまた泣かれるのはゴメン被りたい。おっさんは頑張った。

 

 

「じゃあ、質問するけど。桜ちゃんが青年に"私のためにどこにもいかないで。一生傍にいて"とか言われたら、そのまま従うの?」

 

「桜が本気でそうしたいなら、あいつの気の済むまで傍にいてやる。

桜がオレを求めるのなら、応えてやるさ」

 

「あらまあ、妬けるわマジで。って、そーじゃなくてね。

桜ちゃんのことはひとまず置いといて、青年がしたいことってなんなの。下町飛び出して、ギルド作って、何がしたいのよ。

何も桜ちゃんを守ることだけが、青年の人生じゃないだろうに」

 

「オレはあいつの力になると決めた」

 

「そこなのよ、気づいて。あーっ、……野郎に乙女心……俺様の柄じゃないってのに……。

これも桜ちゃんの笑顔のため。血反吐吐くのは早いわ俺」

 

「何ひとり気合入れてるんだよ。様にならねぇよ」

 

「誰のせいだと……。あのね、桜ちゃんは青年のことを考えてるのよ。この旅の中で女の子なりに青年のことで悩み苦しんでるのさ。自分が弱いせいで、守られてばかりで、迷惑かけ続けちゃダメだって。

青年を自分から解放してやりたい。自由になって欲しいと願ってるのさ」

 

「だから、"私はもういい、放っておいて、構わないで"、か。

あいつ、自分の状況わかってないな。お人好しにもほどがあるだろ……」

 

 

俺なりに少女の心の内を解釈すると、青年は考えるように頷いた。

やっと察してくれたよ、この青年、どんだけ鈍ちんなのよ。

ここまできたら、アドバイスのひとつでもくれてやろうじゃない。

 

 

「青年、桜ちゃんにこれ以上嫌われたくなけりゃ、ちょっとは距離を置くべきだ」

 

「桜の言葉をそのまま実行しろだ? バカ言うな。あいつをひとりにさせられるかよ」

 

「冷却期間が必要だっての。俺様たちがついてるのに桜ちゃんひとりにさせるわけないだろ。

いい加減、桜ちゃん離れしようじゃない」

 

「保護者を引退しろ、か……。

あいつもこの世界に慣れてきたし、エステルやリタ、カロルとも長いが……。けど、あいつは常に誰かに狙われてる。オレが傍にいてやらねぇと」

 

「そゆとこよ。俺様を信じてちょうだい」

 

「おっさん信じたら終わりだろ。フレンと勝負してる手前、桜をおっさんに預けられるかよ」

 

「フレンちゃんと勝負?」

 

「こっちの話だ」

 

 

俺が食いつこうとすると、青年はなんでもないとばかりに、俺から海へと視線を移した。

怪しい。俺様も十分怪しいけど、これは聞き流しちゃいけないな。

青年とフレンちゃんが勝負事。俺に桜ちゃんを任せられない、となれば。

 

 

「もしかして、桜ちゃんを賭けて男同士サシで勝負してんの?

どっちが桜ちゃんの心を射止められるか、激熱バトル中ってわけね。

そんじゃあ、俺様も参加っつーことで、よろしく」

 

「おっさんはいらねぇよ」

 

「お、当たった。おっさんたまげたわ」

 

「かまかけやがったな」

 

「自信あるなら、俺様が入っても問題ないだろ。

それとも、おっさんに意中の女の子奪われるのが怖いとか」

 

「無粋だって言いたいんだよ。これはオレとフレンの勝負だ。立会人にもそう誓った」

 

「じゃあ、その立会人の承諾があれば良いわけね。おっさん頑張る」

 

「余計な努力するなよ……」

 

「青年こそ、桜ちゃんに嫌われたくなけりゃあ、自分の行い改めることね。

そんなに心狭いと桜ちゃんにもっと嫌われるわよ」

 

「おっさんにオレの素行をとやかく言われる筋合いはねえよ」

 

「桜ちゃんを想うなら、彼女の自由にさせてやりな。

おたくの過保護な束縛から解放してやるんだよ」

 

「桜……」

 

 

俺が再三少女の名前を出したところ、青年は深く考え込むように俯いてしまった。

暗に桜ちゃんを黙って見守ってやれって言ったものの、青年に伝わったのかね。

答えはこれからのお楽しみってことで、俺様は桜ちゃんとの愛を育もうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光は私を影は彼を

 

新たなる運命を迎えるのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

船室の窓から差し込む光が、私の目を焼いて朝を告げる。

バウルが抱えるフィエルティア号にて、私たちはデズエール大陸の北西部上空に停滞中したまま、一晩を過ごした。

昨日はなんとかジュディスとバウルを救い出すことができたものの、彼女のダメージは大きい。

魔狩りの剣から、友達で始祖の隷長でもあるバウルを守るために、ひとりで耐えていたんだ。

ギルドを裏切ったけじめをつけるにしても、まずは彼女の回復が優先となり、空で休息をとことになったのだが。

 

こうして船を抱えたまま、空中を漂う始祖の隷長の存在が凄まじく感じる。

私の数倍だった竜が、いっきにフィエルティア号の倍ほどに急成長したのだ。

始祖の隷長の進化について多少聞いてはいたものの、想像を絶する変化を目の当たりにして、改めて彼らの脅威を思い知らされた気がする。

 

私も望めば、バウルのようにでかくなってしまうのか。

私のような一介の女の子でも、一瞬で絶世の美女になれたりするんだろうか。

例えばジュディスやユーリのような、綺麗なお姉さんになれたりしないかな。

ジュディスの出るところが出た抜群のスタイル、ユーリの溢れる色気が手に入るかもしんない。

……いや、片方は立派な野郎だが、それは置いといて。

 

 

そのユーリは昨日、レイヴンとともに魔王エステルに果敢にも挑んだが、やっぱし敵わなかった。

途中、船室にいたリタが「やかましいわよ! 喧嘩なら船の外でやんなさい!!」とエステルに加勢したせいもあるが、ユーリとレイヴンの健闘虚しく敗れちゃったのである。

 

レイヴンはいつものいらんノリで首突っ込んだだけだろうが、エステルはユーリとフレンの勝負の立会人ではなかったか。

そもそも彼らは何の勝負をしているのだろう。

どちらが先にエステルを先に倒すかなら、無謀極まりないし、立会人の意味がない。

ならば、ふたりのどちらが強いのか、それとも自分の道についてか。

 

ユーリが自分の魅力とか言ってたから、もしかして、どちらが女性にモテるか競ってるとか……いやいや、彼らはそんな軽薄な男ではない。

もしもそれが本当なら、ユーリの美貌とフレンの甘いフェイス、二段構えのフェロモンの暴力でテルカ・リュミレースが滅んでしまう。

それだけは何としてでも阻止しなくてはならない。

うん、まあ、私のようなちんまい娘など、彼らに敵うはずないのだが。

 

ありえるとすれば、大勢ではなくひとりの女性だろう。

きっと、互いそれぞれ好きな女性がいて、どちらが先に落とせるか勝負していると言ったところか。

やっぱり、ユーリに好きなひとがいるんじゃないか。

 

 

「何か得心した顔をしているけれど。

良ければ、私にも教えてくれないかしら」

 

「ううん。大したことじゃないから」

 

 

フィエルティア号の船室にて、目を覚ましたジュディスに問われた私は、大きく横に首を振った。

朝から皆が出発の準備を進める最中、私が船室に入るのを見計らったかのように、彼女は身を起こしたのだ。

 

 

「もう起き上っても大丈夫なの?」

 

「ええ、もう平気。心配かけさせてしまったようね」

 

「ううん。私もジュディスが大変な時に内緒話なんてどうかしてた」

 

「それだけ、貴方が追い詰められている。

ユーリにも話せない、辛い話なんでしょう」

 

 

ベッドに腰を掛けたジュディスは、私の心を読んだかのように話を促してきた。

話の誘導が上手い。気がよく回る彼女についつい甘えそうになってしまう。

 

 

「……ジュディスはすごいね」

 

「そうかしら。でも、貴方の事なら大体わかるようになって来たわ。

今の貴方は我慢しすぎて、辛くて辛くて耐えられないって顔をしている」

 

「昨日、ジュディスが内緒話に付き合ってくれたから。これでもマシになった方よ」

 

「あらそう。私は話し足りないくらいよ。もっと貴方を知りたいわ」

 

「私の事を知りたい……?」

 

「ええ。とっても」

 

「聞いても、全然楽しくない。ひどいことなのに」

 

「辛くてひどい話なら、私と半分こしましょう。少しはマシになるはずよ」

 

「私が話せば、少しは状況はよくなるかな?」

 

「今を変えたければ、真実を打ち明ける勇気も必要でしょう。

私に話してくれないかしら。貴方から元気を奪っている原因は何?」

 

 

根気強く話しかけてくれるジュディスは、私の不安を振り払うように微笑んだ。

まるで私にお姉さんができたようだ。本当に彼女が私のお姉さんになってくれたらいいのに。

彼女の溢れんばかりの包容力に、私はまたしても飛び込んでしまった。

 

 

「今の私はユーリの知っている私じゃないの」

 

「始祖の隷長の浸食が始まっているの?」

 

「そうじゃない、と思う。元の世界の私はもうどこにもいない」

 

「元の貴方がいない。昨日の話の通りなら……」

 

「ユーリと出会った時の私はもう死んだ。

ベリウスが見せた幻想で、そう教えられたの」

 

「……。それが内緒話に出てきた親しい人。じゃあ、今ここにいるのは……」

 

「元の私のそっくりさん」

 

「生き返った……わけではないのね」

 

「蘇生ではない……のかな。テルカ・リュミレースで皆と旅をしていたのは、元の世界の私じゃない。

聖核で動いてる、この私なんだって」

 

「なんてこと……っ」

 

 

抱えていたものを吐露したところ、ジュディスは私を強く抱きしめてくれた。

私の表情から、感情をくみ取ったのだろうか。それともナギークとやらの能力なのか。

彼女の温もりが私を包み込んでくれて、我慢していたものがあふれ出しそうになる。

 

 

「ごめん。私、ユーリや皆を騙してた。

ベリウスが戦いの最中教えてくれたのに、話すタイミング逃して……」

 

「なぜ、そんな怖い思いをしてまで、ひとり黙って耐えていたの。

私がそんなに頼りない……。いいえ、私はあの時、貴方の前から去ってしまったから……。

辛いときに貴方の傍にいてあげられなくて、ごめんさい」

 

「怒らないの?」

 

「昨日、答えたはずよ。貴方の心は偽りできていない。本当の貴方。私の知ってる桜だって」

 

「そうだった。ジュディスは私を信じてくれたんだ」

 

「よく頑張ったわね。もう我慢しなくていい。いつでも私が貴方の話を聞いてあげるから」

 

「ジュディス……」

 

「私からのお願い。ひとりで無理しないで、もっと私を頼って。貴方にはユーリだけじゃない、私がいる」

 

「ありがとう……」

 

 

ジュディスに耳元で優しく囁かれたのが決定打となり、私は声を震わせて泣き始めた。

幻想世界で真実を聞かされて混乱しつつも、ひとり持ちこたえると思っていたのに。いざ口にすると抑え込んでいた感情がどんどん湧き出てしまう。

彼女は静かに涙を流す私の頭をゆっくり撫でてくれた。

 

 

「これからはあまり我慢し過ぎないこと。私を自分の姉だと思って甘えてちょうだい」

 

「ジュディスをお姉さんのように?」

 

「嫌かしら」

 

「寧ろ、私でいいのかなって。一方的に甘えちゃって悪いような気が」

 

「貴方といると、とにかく世話を焼きたくなってしまうの。

まるで困った妹ができたみたいで微笑ましくて楽しくて、そう感じられる自分が嬉しい」

 

「私に関わるだけ面倒くさいだけだと思うけど」

 

「その面倒くささがいいんじゃないの。やりがいを感じるわ。

本当に妹がいたら、貴方のような放っておけない手のかかる子だと良いのだけれど」

 

「ジュディスなら、いいお姉さんになれるよ」

 

「ありがとう、桜。私の困った妹には、今とっても困ったことがあるのよね」

 

 

ジュディスに顔を覗かれ、妹気分になっていた私は我に返った。

私は現在進行形で数々の問題を抱えているが、その中でも優先して解決しなければいけない悩みがある。

 

 

「どうしよう……。私、ユーリに元の私のこと、なんて伝えればいい?

なんて言えば、彼が傷つかずに済む?」

 

「決まってるでしょ。貴方がやれることはたったひとつしかないわ」

 

「せ、誠心誠意謝るとか?」

 

「――愛の告白よっ!」

 

「違う! そうじゃない! いや、なんでそうなる!?」

 

「ユーリにとって貴方との恋路は偽りでできていない。

本当の情欲。ユーリが欲しいのは貴方の身も心も全てよ」

 

「なんかいやらしい方向にぶっちぎってるぞ! あの年中女に困ってなさそうな美青年ユーリが私に欲情するわけないだろ正気か貴様!?」

 

「ヘリオードでは、ふたりであんなに肌を重ねて燃え上がっていたじゃない」

 

「確かに炎上してたな、こっ恥ずかしい意味で」

 

 

蘇る黒歴史にブチ切れていると、ジュディスは私を両手を握りしめて、真剣に訴えてきた。

 

 

「ユーリもそろそろ限界だと思うの。貴方のような可憐な女の子とスキンシップを重ねて手を出せないのは、男として耐え難いんじゃいかしら」

 

「何を耐えてるんだよ。ユーリは至って鈍感無神経デリカシーゼロの平常運転だ!!」

 

「大切な女の子を穢したくない、しかし最初は自分であって欲しい。

そんなユーリの男心を察するのも、桜の役目なのよ。

今こそ貴方の身を捧げて、彼の欲望を解き放つべきだわ」

 

「捧げて堪るか! ジュディスはユーリと私で何を妄想してんだよ!?」

 

「言ってにしていいの? 結構過激な表現になるけど」

 

「止めろ。マジでユーリの尊厳を蔑ろにしないで!!

そもそもユーリのいじりや抱っこに、ハグやキ……ともかく、あの狼藉の数々が恋路とは到底認められん!!」

 

「キスまで済ませたのね。でかしたわ。後は大人の階段を登るだけよ。ファイト! 私応援してる」

 

「何がでかしただよ。何を応援するんだ!?

そして、あれはキスとは言わない。後は自分の正体バラらしてさよならするだけよ。まさか、ユーリまで煽るんじゃないよなお前!?」

 

「正体バラしてユーリの胸にアタックね」

 

「正体知ったらユーリに斬られるかもだよ!」

 

「もちろん、貴方が告白するからには私が必ず彼をうなずかせるわ。

女に恥をかかせる男は心臓一突きよ」

 

「殺す気!?」

 

「わかってちょうだい。一度やってしまえば、ユーリも責任とるしかないわ。

貴方の思いきりの一言だけで、彼の理性のタガが外れて、いっきにコトへすすむはずよ。

そう最初が肝心なの。大丈夫、貴方ならユーリをコロっとおとせるわ。ふたりはめでたくゴールインよ」

 

「ゴートゥヘルだろ私がコロっと逝きそうだ! イケるとばかりに親指おっ立てるな止めろ!

私の陳腐なハニートラップがイケメンユーリに通用するわけねーでしょうが!!

何テンション縛上がりで、危ないアドバイスかましてるの、この姉ちゃん!?」

 

「貴方には迷っている暇なんてないわ。

――彼氏のお出ましよ」

 

 

ノリノリのジュディスが目を向けた先、船室の出入り口にて、渦中の男が立っていた。

年の頃は20前後、艶やかな黒い長髪をした美女を見紛う青年で、しなやかな四肢は黒衣に包まれている。

彼はやや居心地悪そうにした後、回れ右した。

 

 

「悪りぃ。後にするわ」

 

「ま、待って! ユーリ、これは誤解……っ!!

ていうか、いつから聞いて他の?」

 

「オレがお前の責任をとるところから」

 

「わあああああああああ!?」

 

「いいぜ。桜相手なら、オレは喜んで受けて立つ」

 

「流してお願い」

 

「それで、お前はどんな手を使って、オレを落としてくるんだ。

頬にキスのひとつくれるとか」

 

「甘いわね、ユーリ。桜が狙うのはキス以上よ。覚悟してちょうだい」

 

「ねーよ! 何敷居上げてるの! 端っからしねーわよ!!

私はそんな目でユーリを見てないっつのに!!」

 

「なんだよ……」

 

「つまらないわね」

 

「あんたら揃いも揃って私をいじりにきてるだろ!!

けじめ! ジュディスはけじめつけなきゃいけないんでしょ!!」

 

「ま。お楽しみは後までとっとくか」

 

「そうね。その時は私も同伴させて」

 

「しつこいぞ貴様ら!!」

 

 

ユーリはにやりと口端を上げ、ジュディスは小さく笑いながら、船室を後にする。

私も続いて甲板に出たところ、皆がジュディスの告白を受け入れる準備を整えていた。

 

 

「待たせたわね。私のけじめの話だったかしら」

 

「ああ。きっちり償ってもらう」

 

「待ってください、ユーリ。

ジュディスは世界を救うためにヘルメス式魔導器を壊していたのです。

こうしている間にもエアルが乱れ、世界を蝕んでいるのかもしれないのですよ」

 

「だが、ギルドを裏切ったのは事実だ」

 

「エステルもユーリも、まずはジュディスの話を聞きましょう。

ねえ、ジュディス、私たちに話してくれるんだよね」

 

「ええ、もちろん。ヘルメス式魔導器の話は昨日したわよね」

 

「うん。エアルの乱れの原因で、まだ世界のとこかにあるという話だったけど」

 

「フェローやベリウス……私は彼らとバウルとともにヘルメス式魔導器をこの世から消すのが役目、選んだ道なのよ。

彼ら始祖の隷長が常にエアルの流れを読んで、エアルを調整、世界を管理しているのだけれど。

近頃、それを上回るほどのエアルが増加しているの」

 

「始祖の隷長が管理しきれないほど……」

 

「それに加えて、最近、聖核を狙いに始祖の隷長に挑む者も出てきている。

始祖の隷長も、その役目を果たすのが難しくなってきているわ」

 

「聖核は人を狂わせるって聞いたけど、元は始祖の隷長の亡骸、魂だった。

聖核は始祖の隷長が体内にエアルを吸収する時、必要のないエアルを超高密度の結晶として体内に蓄積されたもの。始祖の隷長が命を落とした時に形になる……デュークはそう話してくれた。

私の中にあるもの、きっと……」

 

 

私の中にある聖核も始祖の隷長と同じものなんだろうか。

ユーリも気になったのか、少し考えた後、魔導士のリタに疑問を投げかけた。

 

 

「聖核は高密度のエネルギー体で、魔核の原料になるらしいが、そのまま使ったらどうなるんだ。

特に桜の聖核はほかのと違うんだろ。どうなんだ、リタ」

 

「聖核そのものからうまく力を引き出せば、凄まじいエネルギーを得られるでしょうね。

桜の場合、エアルの余剰分どころか、そのものを取り込んでいる。エアルを吸収すればするほど純度と濃度が増す分、蒼穹の水玉や澄明の刻晶よりアドバンテージ高い。

考えたくないけど、桜の聖核からエネルギーの抽出が可能になったら、もうやりたい放題になるわ」

 

「しかも、桜ちゃんには他の始祖の隷長のように身を守る術がない。

もうひとりの方は例外だけども、身体を明け渡したら最後、そのまま乗っ取られる危険もあるときた。

こりゃあ、桜ちゃんの聖核の存在がバレたら、世界中が敵に回るかもねぇ」

 

「そんときはオレが桜を守り抜く。相手が帝国だろうが、ギルドだろうが、やってくる敵を殴り飛ばす。桜とはそう約束した。絶対桜をひとりにはさせねえよ」

 

「ユーリ……」

 

「はい。桜の道を邪魔する者は例外なく斬って捨てるのです」

 

「嬢ちゃんはどうしてそこで俺様に剣を向けるの。

執拗におっさんいじめるのやめてくれる?」

 

「レイヴンはまだ試用期間中なのです」

 

「俺様、ためされてるんだ。青年にとって代わる日も近いわね」

 

「戯言は頭の中だけにしとけよ」

 

「桜への妄想も慎んでください」

 

 

何をだ。

エステルの意図がよくわからないが、今はジュディスのけじめの話が先だ。

首領を目指すカロルは不安そうな顔でジュディスに尋ねた。

 

 

「ジュディスがボクたちの仲間になったのって、エステルの力や桜の始祖の隷長を確かめるためなの?

どうして、最初に理由を教えてくれなかったのさ」

 

「エステルと桜を見極めるためよ。

バウルがヘルメス式魔導器を探し出して、私が壊すためにエアルの流れを辿ったら、そこには魔導器ではなく人間……エステルに辿り着いたの。

今までそんなこと一度もなかったのに」

 

「ヘリオードの時ですね。わたしがリタのけがを治した時の力がバウルを呼んでしまった」

 

「そう。何故、バウルがヘルメス式魔導器ではなくエステルに辿り着いたのか、私には知る必要があった。ダングレストにフェローがやってきた時、彼はエステルが何者か知っているようだったの。

だから、私は彼とある約束を持ち掛けた」

 

「ダングレストでフェローが退いた理由でもあるの?」

 

「フェローは私とエステルに時間をくれたの。

もしもエステルが消さないといけない存在ならば、……殺す。そう約束したわ」

 

「あんた!!」

 

「リタさん!!」

 

 

ジュディスに掴みかかろうとするリタを私は正面から止めた。

私もジュディスの真意に驚いたが、先ほど彼女に慰められたばかりだ。彼女を信じ、肩を持ってしまう。

怒りが頂点に達したリタは私に阻まれて少しは冷静になったものの、まだ怒りは治まっていないようだった。

 

 

「どきなさい、桜! こんな独りよがりな女、今すぐ空へ放り出してやるわ!!」

 

「放り出すも何も、ジュディスのお友達バウルが運んでる船だよ、ここ!?」

 

「バカドラもろともふっ飛ばせばいいわ!」

 

「私ら皆とろとも汚い花火を打ち上げる気か!?」

 

「この女ぶっ飛ばした後に船降ろして、バカドラ倒せばいいでしょ!!」

 

「そんな親切な自殺などない! クールになるんだリタさん!」

 

「おちつきなって、リタっち。ジュディスちゃんは手を下してないだろ」

 

「エステルに近づいた理由はわかった。桜の方はどうなんだ。

ジュディの目で見極められたのか?」

 

 

ユーリに問われたジュディスは頷かず、私を見つめてきた。

 

 

「桜はカプワ・ノールの屋敷で初めて出会ったの。

バウルは自分と同じ始祖の隷長だって、とても喜んでいるようだった。

だけど、実際にこの目にしたのは、普通の女の子のようだった」

 

「ラゴウの屋敷を襲撃した時ね。その後、フレンさんの野営地で会ったんだっけ」

 

「フェローも貴方を同胞だと受け入れてくれた。けれど、桜は人間の姿をして、人間と旅をしている。

始祖の隷長の役目どころか、知識もないようだった。

桜に触れる度に人間の女の子だと気付かされしまう。けれど、それと同時にもうひとりの桜が現れるごとに始祖の隷長でもあると知ら絞められる。私には理解の域を超えていたのよ」

 

「ジュディスも混乱していたんだ」

 

「だけど、私は知ってしまった。桜は望まずしてテルカ・リュミレースへ放り込まれ、始祖の隷長になりかけている。ベリウスの最期の言葉を聞いたら、自分の過ちに気付いた。桜を放っておけなくなったの。

私は桜が運命を変える手伝いがしたい。だから……」

 

「桜の始祖の隷長の兆しはきっかけに過ぎない。情に流されて、桜を守りたいってわけだな」

 

「貴方も同じようなものでしょう。異世界で桜に出会ったのはきっかけでしかない。

旅を続けてきたのは、今の桜に情が沸いたからじゃないのかしら」

 

「さてな。オレのやることは変わらねえよ」

 

「そう……」

 

 

ジュディスの意味深な言葉に、ユーリは頷きもせず、私の方へ黒い瞳を投げかけるだけだ。

彼は私が私のままだと信じている。私はそんな彼を裏切っている。そう思うたびに苦しくなる。

ジュディスは私の気持ちを察して、話題を元に戻した。

 

 

「私は貴方たちについて行きたい。

ベリウスはエステルに心があると言った。桜には変えるべき運命がある。

フェローに会えば、エステルの心が伝わるかもしれないし、桜の運命も変えられるかもしれない。

私はそれを確かめたいの」

 

「途中で逃げる気か?」

 

「桜を見捨てて逃げはしない」

 

「ジュディスが桜を大切にしたい気持ちはわかったよ。

その前にけじめをつけてもらいたいんだけど、ボク、まだすぐには決められなくて」

 

「皆が納得するまで、私は待つわ。

もう二度とけじめをつけないまま去ったりはしない。責任持たないと」

 

「わかりました。ジュディスも一緒にフェローに会いに行きましょう」

 

「や、やめときなさいよ。桜にはあたしたちがついてるから、エステルは船に残って」

 

「ごめんなさい、リタ。わたしはもう覚悟を決めました」

 

「覚悟って、あんた殺されるかもしれないのよ!?」

 

「わたしは知らなくてはいけません。満月の子、桜が人間に戻る方法」

 

「でも……」

 

「そして、桜の運命のひとを見届ける義務があるのです!」

 

「ねーよ!!」

 

 

リタの制止を無視したエステルはビシッと私を指さして、胸を張った。

ジュディスより長いこと彼女と付き合ってたが、彼女の思考回路は未だに読めない。

しかし、私は友として、仲間として、彼女の迷走した言動をとめる義務はある。

 

 

「エステルの中でどういう経緯を経て私の将来の旦那さんの話になるんだよ!?」

今すんごい真剣な話してただろ! どーして、ぶっ壊しに来るんだよ!?」

 

「桜を任せられる男性が現れるまで、わたし死ねません」

 

「そんな覚悟はいらない。そもそも死ぬんじゃありません」

 

「はッ!? 考えてみれば、わたしを差し置いて桜を委ねられる男性はいるのでしょうか?」

 

「自分もビックリな顔するんじゃないよ」

 

「いないのでは!?」

 

「いないよ!!」

 

「そこは否定して下さい! もしや同性愛者!? ではわたしが」

 

「その気もない!! 私に好きなひとなんていねーよ!! 私に悲しい現実を吐かせるな!!」

 

「あら、案外近くにいるものよ。

例えば、貴方の隣で腕汲んでるお兄さんがそうかもしれないわ」

 

「そうだぞ。オレを落とすんじゃなかったのか?」

 

「その流れはもーいい! ユーリにその気はさらさらないって言ってるだろ!!」

 

「桜にあんなこと言われてるわよ。貴方、もっと積極的にならないと」

 

「抱くか」

 

「抱くな! その安直な思考止めろって言ってるよな。とか言ってる傍からジリジリにじり寄らないで怖えーよ!!」

 

「桜ちゃん、君の愛がやってきたぜ。おっさんも混ぜて、桜ちゃんハグしたい」

 

「劇物が来たよ! どーしてくれる!?」

 

 

ユーリと睨み合いながら間合いを取っていると、レイヴンまで乱入してきて、いよいよ混乱極まってくる。

誰か彼らを止められる人間はいないのかと目を走らせるが、残念ながらおでん食ってる海賊少女と多感な少年しかいなかった。終わった。

 

 

「桜の姉御がいると、皆賑やかになるのじゃ」

 

「楽しいのは良いけど、ギルドの秩序を考えるとちょっと複雑かな。

ボクがジュディスのけじめについて、考えている真っ最中なのに」

 

「難しいことは後なのじゃ。今は桜の姉御たちの楽しい時間を大切のするのじゃ。

桜の姉御が苦戦しているようなので、うちも混ざりに行くのじゃ、ほいじゃあの」

 

「パティまで! ……はあ。大丈夫かな。いや、ボクが頑張らないと」

 

 

結局、私がさんざんっぱら皆にからかわれた後、当初の目的であるフェローの元へ向うことになった。

私が人間に戻る方法、運命を変える方法、エステルの満月の子の真実、ジュディスがそれらを見極めるためにも、彼に会って全てを詳らかにしなけばいけない。

私たちを乗せた船はバウルに抱えられて、空高く上昇した。

 

 

 

 

 

コゴール砂漠の中央に聳え立つ岩山。ジュディスの案内で辿り着いたのが、ここフェローの巣であった。

強い日差しと熱く乾いた風が私たちの身体を撫でてくる。

ここにダングレストを襲撃し、ヘラクレスという戦艦を用いてやっと退けたフェローが待ち構えている。

私がもうひとりの私になるきっかけとなった、あの猛々しい始祖の隷長とついに再会するのだ。

物怖じする私に反して、レイヴンはまるで物見遊山でとっとこ進んでいく。

 

 

「ベリウスと違って、フェローってのは、こんな殺風景なところに住んでるのねぇ」

 

「もともとここは緑豊かな土地だったらしいわ。こうなった理由はわからないけれど」

 

「桜。気分はどうだ。辛いか?」

 

「平気。気配はする。きっと向こうも気づいてる」

 

「桜ちゃん。また豹変とかしない? 大丈夫っぽそう?」

 

「うーん、この気配であれになることはないかな。

前の怒り狂った感情はないけど、ふつふつお怒りみたいな」

 

「あまり歓迎されてねえのな。カロル。震えてるが、大丈夫なのか」

 

「だ、大丈夫……行かなきゃ。凛々の明星が最初にうけた仕事だもん」

 

「ガキんちょもこんなだし、エステル、こいつと船に残れば?

桜の言い分じゃ、多分、フェローは敵意むき出しで襲い掛かってくるかもしれないわ」

 

「カロルだけ置いてってください。わたしは桜の彼氏を見届けるまで、死ねません」

 

「いい加減その話題から離れろ」

 

「しかし、当のフェローは見当たらんのじゃ。でっかい鳥なのじゃろ?

お空の散歩にでもでかけているのかの」

 

 

パティの言う通り、岩山の頂上までやってきたが、あの大きな鳥の姿はない。

彼女の言う通り、間が悪かったのかと思いきや、私の中のざわめきが徐々に大きくなるのを感じる。

はっとして、顔を上げた先、空の彼方から大きな影がこちらに迫っていた。

 

 

「フェロー!」

 

「幼き同胞よ。何故世界の毒を連れてきた!」

 

 

巨大な炎の鳥の姿をした始祖の隷長は近くの岩に舞い降りるなり、私に怒鳴りつけてきた。

ダングレストのように怒りを叩きつける気配はないのだが、相当腹を立てており、同時に戸惑っているようでもある。

ここはなんとかして、彼を宥めなければならない。

 

 

「貴方に危害を加えるつもりはないの。話を聞きたくて……」

 

「幼き同胞以外は我の炎で焼き尽くすしてくれる!

特に世界の毒である満月の子、自ら我がもとへやってきたからには生かしては置けぬ!!」

 

「ちょ、待って! なんで、エステル以外の皆まで巻き添えにするの!?」

 

「お前は人間に染まり過ぎている。

始祖の隷長として、我らとともに歩むには障害は消さねばならぬだろう」

 

「やっぱ、こいつで語らなきゃならねぇタイプか」

 

「ユーリ!?」

 

 

殺意むき出しにするフェローに対し、ユーリは刀を抜いて応戦しようとする。

ここで始祖の隷長とやり合ったら、もうひとりの方が出かねないし、私たちは話し合いにやってきたのだ。

私は諦めずにフェローを説得した。

 

 

「なんもかんも暴力でなんとかしようとしない!

貴方はなんのために人間の言葉を使ってるの!?」

 

「では問おう。お前は何故、忌まわしき毒を殺さず、ともにある」

 

「エステルは私の友達。友達を殺せるわけないでしょう」

 

「その友とやらの手によって、同胞ベリウスを失った。

その上、お前まで死なせるなど言語道断。ここでその仲間もろとも消し去ってくれるわ」

 

「強硬過ぎる! エステルはもう始祖の隷長に力は使ったりしないって!」

 

「フェロー。お願いです、話を聞かせて下さい」

 

「忌まわしき毒め。死を恐れぬか」

 

「死ぬのは怖いです。ですが、何も知らないまま死ぬのはもっと怖いです。

ベリウスは自分の運命を確かめるために、貴方に会うように言いました。

でも、貴方はわたしを世界の毒と……。もしも私が生きることが許されないなら、……死んでもいい。

ですが、死ななければいけない理由を教えてください」

 

「エステル!?」

 

 

自分を殺そうとしている相手に、エステルは自らの死を覚悟で問いかけた。

覚悟を決めたと言っていたが、まさか本当に死ぬつもりでいたのか。

彼女は震える拳をきゅっと握りしめて、さらにフェローに詰め寄った。

 

 

「自分を知るためなら、貴方に殺されてもいい。死んだっていい。

その前に、桜の運命のひとを教えていただけませんか!?」

 

「なんでだよ!?」

 

「私は覚悟を決めました。桜を生涯愛し続ける男性を見つけるまで、死ねないと」

 

「まだそのネタ引き摺るの!? ンな奇特なヤツなどこの世にいねーって何度言えばいーの!? 友達が血反吐吐く思いで明かした真実だ! 同じ友なら素直に受け入れるよな? なっ!!」

 

「はい。桜には素敵な男性が現れると信じています。

わたしの腕で見極めるまで死んでも死に切れません」

 

「はいわかってねーな! エステルの壁がでかすぎる!!

そして死ぬな、生きろ!! いや剣構えている時点で殺されるより殺る気だな!! まさかフェローを抹殺するおつもりで!?」

 

「フェロー。死にたくなければ教えてください、桜の運命の男性を」

 

「世界の守護者である始祖の隷長のフェローさんがチンケな小娘の結婚相手なぞ知るわけねーでしょ!!

このわけのわからん展開で、フェローさんも大変お困りになっていらっしゃる!!」

 

「幼き同胞の番はデューク・バンタレイ。我の見立てに間違いはない」

 

「おいいい!? そこの阿呆鳥、何自信満々で血迷ったこと口走ってるんだ! デュークのは庇護欲で恋愛感情ではないだろ、早速見誤ってるぞ!! 動物病院行ってこい!!

いやまてこいつデュークをそそのかした張本人だったな!! いますぐ降りて来い! 絞めてローストチキンにしてくれる!!」

 

「既にデュークと愛を確かめ合い、契りを交わしたのでは。

子はいつできる。産むのはどこだ。身重で無理をしてはならぬぞ」

 

「私はまだ未経験だ!!」

 

「これからか」

 

「これからもない!! マジでどっか頭ぶつけてきただろ! まさかコゴール砂漠で熱に脳みそやられたか!? 正気に戻れこの阿呆鳥!!」

 

「我々とて生物。種の存続のため、子をなさねばならぬ。

デューク・バンタレイ。あれは人間にしておくには惜しい男。

お前の番にはうってつけだ。必ずお前を幸福へ導いてくれるだろう」

 

「そんな気遣いはノーセンキューだ!! 私は孤独を生きる!!」

 

「デュークと愛を育め。早く我にお前たちの子を見せるがいい」

 

「孫を欲しがる姑かよ!!」

 

 

執拗にデュークを推し始めるフェローに、私は頭痛がしながらも反論を続けた。

適当にデュークをそそのかしたと思ってたら、本気で彼と私を結婚させるつもりだったようだ。

緊張した雰囲気が一転して、あほらしくなり、ジュディスものほほんと私たちのやり取りを観察していた。

 

 

「まあ。わかってはいたけれど、桜は未経験なのね。

デュークに先を越される前に、早く貴方が桜の初めてにならないと」

 

「そうしたいのは山々なんだが、ものには順序があるだろ。

いくら面倒が嫌いなオレでも、泣く桜を抱きたくないよ」

 

「はいそこ! 抱くじゃなくて、抱っこだ!!」

 

「いや、この場合は抱くで合ってるんだよ」

 

「ユーリお姉さんが私を抱くわけないでしょう」

 

「よしわかった。後で覚えてろよ」

 

「いけませんよ、ユーリ。桜の純潔は結婚まで取っておくのです。

桜の好きなひとは桜が決めるべきです」

 

「そうそ。桜ちゃんには、大人な男が相応しい。俺様みたいなイケおじが最適解よ」

 

「そうそう、私は誰のものにもならないし。誰も好きにならないんだよ。すっこんでろおっさん」

 

「何、怖がることはないさ。おっさん、優しくするよ。

その華奢な身体に隠れたご立派な胸、撫でたくなる腰つき、俺様に君の全てをさらけ出してくれないか」

 

「失せろおっさん」

 

「しどいっ! 俺様本気なのにーっ」

 

「それで、デュークとはどこまで行ったのです?」

 

「どこも行ってもねーよ!! フェローさんとのお話聞いてなかったの!?

そりゃあ、抱き締められたりしたけども、それは彼が私を守りたい気持ちだけであって」

 

「デュークに抱かれて愛へと変わったと。メモメモです」

 

「そんな化学反応いらない。何メモってんだ止めろ!!」

 

「桜の恋愛相関図が凄まじいことになっているので記録に残しておかないと」

 

「ユーリに守られ、フレンに狙われ、おっさんに付きまとわれて、デュークが求婚したのか。

まさに桜の姉御は魔性の女なのじゃ。して、桜の姉御的には誰に初めてを捧げたいのじゃ?」

 

「公衆の面前でする話ではない!!

フェローさんや、フェローさん! アホな掛け合いしてないで、さっさと話し進めて下さい!!」

 

「しかし、そなたとデュークの愛の子が」

 

「フェローステイ!!」

 

 

なおもしつこく私とデュークの子供とか抜かすフェローに、私は本題に入るよう促した。

私のような小娘にあの強く美しいデュークを宛がってくるとは、始祖の隷長も暇なのか、それとも私の始祖の隷長の血を残したいのか、真相が見えてこない。いや知りたくないけど。

私にたしなめられたフェローは、大きなため息をついて、エステルの力と世界について語り始めた。

 

 

「お前の力は我々にだけではない。満月の子は世界の毒。

この枯れた大地を見よ。ここもかつてはエアルクレーネの恩恵を受けた緑豊かな大地であった。

しかし、エアルの暴走によって、エアルは枯渇し、大地は荒廃していった。

全ては満月の子の力の影響だ」

 

「満月の子の力は環境破壊まですんの!?」

 

「満月の子の力はどの魔導器にも増して、エアルクレーネを刺激する」

 

「……そのバカ鳥の話が本当なら……。

魔導器は術式によってエアルを活力に変える力があるわ。魔導器を使わずエアルを使って治癒術を使えるエステルは、術式がその身体にあることね。

ヘルメス式魔導器やエステルの力は膨大なエアルを消費する。そして、エアルクレーネが活発化して、エアルが大量に放出される……。

あたしの仮説だけど、これであってる?」

 

「その者の言う通りだ。満月の子は魔導器を上回るエアルを消費する。

故に世界の毒は排除する。それを邪魔するお前たちもだ」

 

「えらく気の短いヤツだな。オレらの命を好き勝手出来るほど、てめえはそんなに偉いのかよ」

 

「我はお前たちの想像を絶するほどの永い年月の中、忍耐と心労を重ね、世界を管理し、エアルを調整してきた。

僅かな時間でしか世界を捉えられぬ人間が知った口を利くな!!」

 

「てめえにしれみりゃあ、オレたちの時間は短いだろが。今その時を生きてるのは事実だ。

オレたちの不始末はオレたちで片付ける。てめえはすっこんでな」

 

「お前たちはことの重大さを理解しておらぬ。

これは世界全体の問題なのだ。そして満月の子が原因である以上、座視できぬ」

 

 

私やユーリがいくら訴えたところで、フェローの意思は変わらない。

皆もフェローに気圧されているのか、じっと相手の出方を待っている状態だ。

緊張が最高潮に達し、戦ってわからせるしかないかと思われたその時、ジュディスがフェローの前に立った。

 

 

「フェロー。私は確かに貴方と約束した。

だけど、エステルは魔導器ではない、人間よ。

貴方の思うような危険な存在ではないわ」

 

「嬢ちゃんが危険だって言うのなら、その力を使わなきゃいいじゃないの」

 

「その者が今後一切力を使わない保証はどこにもない」

 

「そうね。この子は目の前に困った人がいたら、力を使ってしまうかもしれない。

けれど、誰かを思うその心がある限り、害のあるものだとは言えない」

 

「……心で世界は救えぬ」

 

「聞いて、フェロー。要はエアルの暴走を食い止めればいいよね。

その方法を探す時間は残されているはずよ。

もしも、間に合わないのであれば、……今度こそ、私がこの子を殺すわ」

 

「ジュディス!? まだ諦めてなかったの?」

 

「カロル。そうならないために、私たち凛々の明星がなんとかするんじゃないの?」

 

「それは……そうだよね、そうするに決まってる! ボクたちが方法を見つけるんだ!」

 

「こりゃあ、一本取られたな。フェロー、人間のせいで世界がヤバいなら、オレたち人間でけじめつけさせてもらう」

 

「無駄なことを……」

 

「無駄かどうかはやってみなきゃわかんねえだろ。

できなかったら、オレたち全員丸焼きにでもなんでもすりゃあいい」

 

「……。ジュディス、そなたも変わったな」

 

「そうかしら? でも。悪い気はしないわね」

 

「……よかろう、約束は守ってもらう。ただ……」

 

 

ジュディスの説得に応じたフェローであったが、目を細めて私を見つめた。

 

 

「そこの同胞は置いて行ってもらう。

これ以上、人間の世界においておけぬ」

 

「桜を置いていけだと……?

ンなことできるわけねえだろ」

 

「私は人間に戻る方法を聞きたくてここまで来たの。何も貴方に引き取られるためじゃない」

 

「人間に戻る方法……?

何故だ。そなたは既に始祖の隷長として生まれ変わった。もう人間での生は尽きたはず」

 

「あ……っ」

 

「桜の命が尽きた……?」

 

 

フェローの言葉に皆はおろか、ユーリまで戸惑い、何度も私とフェローを交互に目を走らせた。

始祖の隷長という生物は本当に空気読まないのか、まだ私には彼に告白する勇気がないのに。

どう言い繕っていいのかわからず、おろおろする私を置いて、ユーリは必死な表情でフェローに食いついた。

 

 

「自分勝手もいい加減にしろよ。

桜は始祖の隷長になりかけてるだけで、まだ人間の部分は残ってる。

今もこうしてオレたちと普通に話してた、生きているんだ。

なのに、もう死んだだと……?」

 

「そうです。寝食は難しくなってきてはいますが、まだ桜のままのはず。

何をおかしなことを言い出すのです?」

 

「桜はずっとユーリやボクたちがついてたんだ。

ベリウスの戦ってから、一度ももうひとりの桜になってもいないのに……」

 

「あたしの目があるのに、死ぬわけないでしょ!」

 

「そうじゃ。桜の姉御はこうしてピンピンしとる」

 

「桜ちゃんには人のぬくもりがある。鼓動がある。

それに言葉だって交わせるってのに、そりゃあないぜ」

 

「……フェロー。貴方迂闊すぎるわ」

 

「幼き同胞よ。やはりそなたにとって、人間の社会は酷だったようだ」

 

 

ジュディスの言葉と皆のリアクションから察したのだろう。

フェローは憐れむような瞳で、私に訴えてきた。

 

 

「やはり、早々にそなたを人間から遠ざける必要がある」

 

「オレたちの質問に答えろ、フェロー!」

 

「ユーリ! 待って、私は……っ!」

 

「ふざけるな! 今ここにいる桜は何なんだ!?

この際、てめえが何者なんだとか、世界がどうとか、どうでもいい!!

桜の身に何が起こっている!?」

 

「お前が知る必要はない」

 

「あるんだよ! オレはこいつのために今日まで傍にいたんだ。

いつだって、傷つかないように、笑っていられるように、自分で道を選べるように寄り添ってきた。

それが……っ」

 

「なおのこと、人間であるお前が関わるべきではない。

同胞は我が見守る。お前は失せるがいい」

 

「させるかよ……っ!」

 

 

ユーリは私が止めても、尚フェローに食い下がった。

フェローも頑なに私を譲ろうともしない。完全に平行線だ。

ユーリに恐ろしい剣幕で迫られたフェローは、大きく翼を広げて威嚇した。

 

 

「失せろ、人間ども。お前たちに交わす言葉はもうない」

 

「なら、その首へし折ってでも無理矢理にでも吐かせてやるよ……っ!」

 

「できれば、フェローとは戦いたくありませんでした」

 

「に、逃げちゃダメだ。ボクも戦わなきゃいけないんだ」

 

「最初からうだうだやってないで、こういう堅物は殴った方が手っ取り早いのよ」

 

「リタ姐に同感なのじゃ」

 

「結局荒事にになるんだ。まあ、桜ちゃんのためと思えば、俺様もやる気出さないとね」

 

「……フェロー。ごめんなさい」

 

「よかろう。同胞の未練を今ここで跡形もなく断ち切ってくれる」

 

「待って! フェロー、ユーリも、皆も! ……もういい! もういいから!!」

 

「桜……?」

 

 

ユーリたちとフェローが臨戦態勢に入るのを見て、私は居てもたってもいられず、声を荒げて止めた。

私が決断を鈍らせたせいで、誰かが傷つけあうのは間違っている。もう逃げられない。

唯一私の事情を知るジュディスは、悲しそうな顔で私を見つめた。

 

 

「桜、いいの? フェローの言う通り、彼の保護下で平和に暮らすこともできるわ」

 

「そうしたら、もう二度と皆に会えない。それは嫌。……私はユーリを信じたい」

 

「そう。私も貴方を信じると約束したもの。誰が何と言おうとも、私は今の貴方を受け入れるわ」

 

「ありがとう。ジュディス。助けてもらってばかりで、私、貴方に何も返せてない」

 

「お礼は貴方の幸せでいい。貴方の笑顔があれば、お姉さんは喜ぶものなのよ。

……泣かないで、心を静めて。もう私で練習したのだから、大丈夫よね、桜」

 

 

ジュディスに笑顔で背中を押され、私はユーリたちに向き直った。

ユーリの真摯な瞳が私の揺れる瞳を捉えて離さない。皆の視線が私に集中する。

私は震える胸を握りしめて、彼らに告白した。

 

 

「ユーリ。私は向こうの世界で貴方と出会ったこと忘れてない。忘れない」

 

「今生の別れみたいなこと言うな……っ。お前は生きてるだろ」

 

「けど、もう、あの時の私はいない。もうこの世にはいないんだよ」

 

「お前はここにいる。オレの目の前にいるだろうが」

 

「違う。私はあの頃の私じゃない」

 

「何を言ってるんだ……桜」

 

「もう死んだんだよ。元の私は向こうの世界から、テルカ・リュミレースに来た時点でエアルに侵されて……死んだ」

 

「……何を!?」

 

 

私が命一杯声を振り絞って吐露した事実に、ユーリや皆に衝撃が走った。

ユーリは目を大きく見開き、私を見つめている。流石の彼でも事態を飲み込めていないようだ。

彼を傷つけた、でももう後戻りはできない。止まるな、泣くな、続けるんだ。

 

 

「だから、ユーリの知ってる私はもういない」

 

「じゃあ、今こうして話しているお前はなんだ。

オレを落とすにしても、笑えない冗談だぞ……っ」

 

「そうです。いくら桜でも、そんなことあってはいけません」

 

「事実なの、ユーリ、エステル。私、ベリウスに教えてもらった。

シャイコス遺跡でフレンさんが私を見つけてくれた時、本当に死んでいたんだよ」

 

「ウソよ……っ。死んだ人間があたしたちと旅できるわけないじゃない!」

 

「それで、桜ちゃんはどうやってそっから生き返ったんだい?」

 

「おっさん!」

 

「感傷に浸るのは後でもできるだろ。俺は桜ちゃんの事実を受け止めたいんだ。

泣くも喚くも怒るも、全部聞いてからでも遅くない」

 

「レイヴンさん……」

 

「逃げないんだろ。そういう健気なところも、俺は好きだぜ。

俺は桜ちゃんの話を聞いた上で、彼女を愛したいからね」

 

 

レイヴンは飄々としているものの、その目はしっかり私を捕まえたままだ。

彼には、他の誰より冷静に私の真実を受け入れる覚悟がある。

レイヴンのその心構えに、ほんの少しの勇気と安堵が生まれた。

 

 

「聖核」

 

「聖核……? 桜の姉御の中にあるというエネルギー体かの?」

 

「あんたの中の聖核がなんだって言うの? ……まさか……ありえない。でも……」

 

「リタさんの考えてる通り、だと思う。

今の私は聖核で動いている人形のようなものだから」

 

「人形……だと?」

 

 

私が自分の胸に手を当てると、ユーリはその手を掴んで、自分の胸へと引き寄せた。

彼に捕まれた手が痛くて、思わず逃げようとしたが、そのまま抱きしめられて叶わない。

ユーリの中で自分とは違う体温と鼓動と私のと合わさり、彼の吐息が私の髪を撫でる。

 

 

「こんなにお前を感じるのに、人形だ……!?

……お前はお前なんだ……違うか?」

 

「ユーリ、ごめん」

 

「謝るな……っ!」

 

「私がユーリを騙してた。知らなかったとはいえ、今日まで私は私だって思い込んでた。

私は終わったから、ユーリとはもう……」

 

「勝手に終わらせるな! お前の話が本当なら、オレは……オレは自分が許せねえ」

 

「ユーリが責められる立場じゃないでしょう。

このことを黙っていた私の方が悪いのに」

 

「向こうからこっちに落とされた時、オレがお前を手放さずに引き上げてたら、お前は死なずに済んだ。こんなことにはならなかった。

……オレが桜を殺した」

 

「違う!」

 

「違わない。あの時、オレが代わりに穴に落ちてりゃ、お前は今でも向こうの世界で幸せに暮らせていたんだ。

だが、オレが……お前をこの世界に引きずり込んだ。

お前がひとり苦しんでるとも知らずに、オレは呑気にお前を……っ」

 

「ユーリは悪くない。私がベリウスからこの事実を知らされたのにちゃんと話さなかったから、逃げてたからよ」

 

「ベルウス戦の後、オレを避けてた理由はそれか。

……さぞ、お前はオレが憎くて仕方なかっただろうな」

 

「そんなことない! 私、ユーリに傷ついて欲しくなくて……、それで言い出せなくて」

 

「お前がオレを憎んでもいい。恨んでもいい。罵倒や避難はいくらでも受ける」

 

 

決意に満ちた表情のユーリは私の手を握ると、自分の刀の柄へと運んだ。

 

 

「……オレは、お前の手で殺されたっていい」

 

「ユーリ!?」

 

「だが、オレに時間をくれないか。けじめをつけさせてくれ」

 

「けじめ……?」

 

「お前の道に、オレも付き合わせてくれねえか。

お前がしたいこと、目指すもの、オレはお前の力になりたいんだよ」

 

「私のしたいこと……。昨日話した、ユーリとの旅のこと?」

 

「すげえ我儘を言ってるのはわかってる。許されないのは百も承知だ。

だが、今ここでお前の手にかかって死んだところで、残されたお前はどうなるんだ」

 

「私はユーリを憎んでない。私の心は死んでいない。心は生きてる。

だから、私に殺されるとか恐ろしいこと言わないで」

 

「心は死んでいない……か。尚のことさら、オレは恨まれて当前だな……」

 

 

ユーリは私の手を鞘から、自身の胸へと宛てた。

手のひらから、彼の規則正しい鼓動が響いてくる。

彼は戸惑う私に、更に畳みかけるように続けた。

 

 

「お前がオレをどう思おうとも、オレは変わらねえよ。

一回死んでいようが、人形だろうが、どんなお前でもオレはお前の全てを受け止める。お前の行きたい道への力になる。

だから、お前の時間が欲しい。お前の時間をオレにくれないか」

 

「私に付き合うっていうの。こんな私に?」

 

「こんなじゃない。今日までオレと旅を続けてきたのは、桜、お前で間違いないんだろう」

 

「当たり前よ。記憶も心もユーリと出会った頃の私なんだから」

 

「ああ。オレがお前を見間違えることはないさ」

 

「けど、私は元の私と偽ってユーリと一緒にいた」

 

 

ユーリがけじめをつけると言うなら、私もけじめをつけなければいけない。

彼にしてみれば、私の考えていることなどお見通しなのだろう。

ユーリは私の手を握り、少し怒ったように眉間にしわを寄せた。

 

 

「お前がこの事実を黙っていたのは、確かにオレを騙していたのと同じだな」

 

「だったら、ユーリがけじめをつける必要ないでしょう。お相子だって」

 

「いや、お互いけじめをつけるべきだ」

 

「……私も償えってことなの?」

 

「ああ」

 

「何をすればいい。もう一度死ねばいいの?」

 

「死ぬな。オレは二度もお前を死なせたりしない。

少しでも償う気があるなら、お前オレにけじめを……責任をとらせてくれ。

お前にとっては迷惑な話だと思うが……」

 

「もう一回死んでるし、いしっころで動く人形だけど……。

それでも、ユーリがいいって言うなら」

 

「決まりだな」

 

 

ユーリが安堵の息を漏らし、一歩私から離れると、視界がいっきに広がった。

私とユーリを見守るように、皆が温かい目をこちらに向けている。

ただひとり、レイヴンだけが不機嫌な顔をしているが。

 

 

「おうおう、青年、俺様の桜ちゃんで見せつけてくれんじゃないの。

皆の前で、ふたりの世界つくっちゃってさーっ。後で俺様もやろうっと」

 

「その桜にオレは殺されるかもしれねえんだが」

 

「私がユーリを倒すわけないでしょう」

 

「恨み言ならいつでも聞いてやる。オレは憎まれて当然のことやったんだ。

桜の傍で力になれるなら、いつお前に命を奪われても仕方ないさ」

 

「違うというのに……」

 

「このむっつり男、またあたしたちの前で平然と桜を抱きしめるなんて、脳内お花畑も大概にしなさいよ。変な気起こしたら、桜でなくとも、あたしが鉄槌下すんだから」

 

「桜の手にかかって死んでもいい。それでもずっと桜の傍にいたい……なるほど、ユーリの覚悟はわたしが見届けてみせます。

大丈夫です。逃げたらわたしが桜の代わりに殺りますので」

 

「ユーリの桜の姉御への愛が清々しいほど重いのう」

 

「でも、これでよかったんだよね。桜もユーリもきちんとけじめをつけるって約束してくれたから」

 

「フェロー。これだけ見せつけられたのに、まだ彼女を連れて行くつもり?」

 

「事態は変わらぬ」

 

 

和やかな雰囲気に包まれる私たちに、フェローは水を差すように現実を引っ張ってきた。

そうだ。私は真実を皆に伝えただけで、私が始祖の隷長になりかけていて、悪党に狙われているのに変わりはない。

 

 

「フェロー。私、人間に戻りたいの。人間の私は死んでしまったけど。

それでも、現状をひっくり返すには、それしかないから」

 

「もはや、そなたが始祖の隷長になることは定められている」

 

「そんな……」

 

「それじゃあ、ベリウスの言葉に難があったってことだな。

あいつは、桜の運命を変えるなら、お前に会えって言い残して逝った。

食い止める方法くらい検討がついてるんだろ」

 

「確証がないものを軽々しく口にはできん」

 

「少しでも可能性があるってことね。教えて!」

 

「……極めて低いが」

 

「お願い」

 

「……進化だ」

 

 

フェローの答えはシンプルなものだった。

進化って、バウルがこの前、私たちの目の前でやって見せた巨大化のようなものか。

これには、ジュディスも異を唱える。

 

 

「フェロー。彼女は人間の姿を留めるのではなくて、人間そのものに戻りたいのよ。

確かに始祖の隷長の進化は凄まじいものだけど、人間になるのとは違うのではない?」

 

「我らの進化は自身が必要とする形に変えるもの。そのために苦痛を伴い、精神と体力を消耗する。

小さき同胞の進化はすなわち変化。始祖の隷長から人間へ変わるには、相応の代償が必要なのだ」

 

「代償……。何を払えばいいの?」

 

「己の聖核を引き換えに人間へと変化する」

 

「私の……?」

 

「桜の中の聖核を使えってのか!?」

 

「バカ鳥、桜の話聞いてたんじゃないの!?

聖核は桜の心臓のようなものよ! そんなの使ったりしたら、この子死んでしまうわ!」

 

「さらに言うなら、聖核……つまりは命を賭けても人間に戻る可能性もすんごい低いんだよねぇ。

人間に戻ろうとした結果、人間の女の子の死体が一体できるうるわけだ」

 

「冷静に怖い事言わないでよ、レイヴン!

ほ、ほら、桜以外の聖核を使えば、問題ないんじゃない?」

 

「小さき者、それは無駄だ。他の聖核を使ったとしても、幼き同胞の中にある聖核が邪魔をして、人間には戻れるのはおろか、膨大なエネルギーを吸収しきれず、ただの異形の生物になるのみ。

そうなれば、もはや元に戻ることさえ叶わぬ」

 

「な、なんと……。他の聖核を使うと、桜の姉御は怪物になってしまうのか」

 

「なんか、他に手段はないの? 流石の私もこれ以上は心身ともにキツいんですけど……っ!」

 

「恐れることはない。時が流れれば、我々と同じ始祖の隷長になれる」

 

「それが恐ろしいんだよ。って、放っておいても始祖の隷長になっちゃうの、私!?」

 

 

恐ろしい事実だ。私がこうして悩んでいる間にも、着々と確実に始祖の隷長の道を突っ走ってるのか。

 

このまま始祖の隷長になって、悪党たちに命を狙われ続けるのか。

それとも一か八か、自分の命を賭けて人間に変化するべきなのか。

 

どちらも、死が垣間見えてしまう。

迷いに迷った私は、縋るように頼りの男を見つめた。

 

 

「ユーリ……」

 

「お前が決めろ」

 

「ですよね!」

 

「お前が決めた道に、オレは寄り添い力を貸すだけだ」

 

「ユーリがンなこと言うのはわかってた。

自分の人生だもの。他人任せにはできない、当たり前だよね」

 

「オレはお前を死なせない」

 

「そうは言うけど」

 

「お前がオレに時間をくれた。オレの命はお前の時間の中にある。

お前がどんな道を選ぼうとも、オレが傍にいて守ってやるさ。

お前がいなくなる未来にさせねえよ」

 

「もしかして……。私がどちらかの選んで死ぬことになっても、ユーリが命がけで私を救うということ?」

 

「そうなるな」

 

「そんな命の賭け方はない」

 

「生憎、オレにはお前が死んだ未来なんて見えてないんだよ。

お前が生きている。元気に笑ってる。幸せなお前の運命しか想像できねえ。

そのためなら、オレはオレのやり方で、お前の命を救う」

 

 

ユーリに真っ向から決意表明されて、私の揺らいでいた心が固まり始めた。

私にはユーリがついている。彼が支えてくれる。私が選択するのを望んでいる。

どちらの選択肢にも死が付きまとうなら、本当に望む未来を選ぶしかない。

 

 

「私は人間に戻りたい。一度は亡くした命をまた失うかもしれないけれど。

私は私の心のままであり続けたいから」

 

「その意気だ、桜。オレもついて行かせてもらう。お前の身も心も守ればいいんだな」

 

「わたしも手伝わせてください。もちろん、わたし自身の力もありますが……。

やっぱり、わたし、桜を放ってはおけません」

 

「ボクも、桜を助けるって約束したもん。皆がいれば、死なない方法を見つけられるはずさ。

それに仲間、凛々の明星の一員の問題は皆の問題だよね。一緒に解決しなくちゃダメだよ」

 

「あたしの存在忘れないでよね。面倒見ると約束したからには、とことん付き合わせてもらうわよ。

正しく聖核の力を調整すれば、桜を変化、蘇生……人間に戻せるかもしれないわ」

 

「うちも桜の姉御が消えてしまうのはまっぴらゴメンなのじゃ。

桜の姉御の肝っ玉に負けないよう、うちも全力で支援するのじゃ」

 

「……死人に心、か……」

 

「おじさま?」

 

「いんや、一回死んだのに、文字通り命がけで自分であり続けようとする桜ちゃんがおっさんには眩し過ぎて、ますます惚れ込んじゃいそうになったのよ。

青年ばっかりいいトコ取られてないで、俺様も桜ちゃんのカッコイイところみせないとね」

 

「そう。桜は弱いながらも、彼女なりに自分に向かい合っている。私はそんな桜を支えたい。

私にできることは多くはないかもしれないけれど、それでもユーリには負けないつもりよ」

 

「ワフッ!!」

 

「皆……」

 

 

私が決断に、皆がそれぞれ応えてくれる。

仲間の存在がこんなに大きく感じるなんて、あの泣き腫らした夜より、一際嬉しくて、感極まってしまう。スポコンアニメの主人公もこんな感じなんだろうか。いや、それ以上だろう。

皆の言葉を噛み締めている私であったが、肝心なことに気付いてしまった。

 

 

「進化って、どうやるの……?」

 

 

そうである。ただの女子高生が一度死んで聖核の力で蘇り、始祖の隷長になりつつあるのは間違いないが、その力の使い方なんて知る由もない。

あるいはもうひとりの私が知っているかもしれないが、協力してくれるか怪しいところだ。

 

 

「フェロー。進化ってどうやるの?」

 

「自身が望めば可能だ」

 

「できないから聞いてるんだけど」

 

「人間が自ら立って歩くように、我々始祖の隷長も自由に進化する」

 

「答えになってないよ。もしも私があんたらのように自由自在に変身できたら、今頃ユーリやジュディスのような綺麗なお姉さんになってるよ、マジで」

 

「……マジでわからせるぞ、桜」

 

「桜から羨望の眼差しを受けるのもいいけれど。貴方は今でも十分魅力的よ」

 

「そうそう。桜ちゃんはそのままでいいんだよ。可憐で愛らしい少女、それでいて隠れたボディがそそられるんじゃない。おっさんはありのままの桜ちゃんを愛してるぜ」

 

「今おっさんのせいで本気でバケモノに変身したくなったよ。どーしてくれる」

 

「そん時は、おっさんのキッスで人間に戻るパターンでしょうに。

桜ちゃんったら、誘い受けして可愛ーんだから。試しにここでおっさんと愛を確かめてみる?」

 

「フェロー。このおっさんだけ焼き殺してもいいから」

 

「止めてよ、ホントなんだって、おっさんの愛を受け入れて!」

 

「……仲間か」

 

 

フェローは私たちの様子を見て、少し寂しそうにそうに見えた。

彼はその身に宿した聖核のために、人間たちに狙われて、きっと仲間と一緒に過ごすことも許されず、孤高に生きてきたんだろう。

今にして思えば、デュークやベリウス、多分私に対しても、特別な感情があるのかもしれない。

 

 

「フェロー。私が始祖の隷長を辞めるのは嫌なの?」

 

「そなたがおらずとも、我は役目を果たすのみ。

惜しいのは、デュークの生く末だ」

 

「デューク?」

 

「あれは孤独な存在。どんなに人間の社会から外れようとも、ひとりの人間でしかない。

我々始祖の隷長とは違うのだ。

しかし、エルシフルへの確執がある限り、あれは止まらぬ」

 

「デュークのやってることは間違ってる。ひとりにしちゃ駄目と言いたいの?」

 

「我々とともに世界を管理するのは問題はない。

しかし、誰かが寄り添って道を正さなければ、やがて目的の本質を見失う可能性がある」

 

「道を……」

 

「そなた……桜が人間に戻るというならば、我は止めはせぬ。

ただ、人間として、デュークに心を砕いてはくれまいか」

 

 

あの堅物フェローに頼み事とは、デュークはそれほど独りに追い込まれているのか。

ジュディスは始祖の隷長がピンチだと話していたから、その負担が彼にかかっているのかもしれない。

人間のせいで親友を失ったデュークにとって、心を開く存在は限られている。

 

 

「わかった。デュークともっと話をしてみるよ」

 

「すまぬ。そなたがついておれば、デュークも別の道を見つけられるだろう」

 

「別の道……? 普通に人間の暮らしをしてたとか」

 

「左様。そなたとデュークが番になれば」

 

「ならねーよ! もうその話題終わっただろ!!」

 

「それもひとつの幸せの選択肢として」

 

「ない! 私の幸せは孤高の一択だ!!」

 

「やはり、そなたの隣にいる黒い人間を消すべきでは」

 

「なして殺意の矛先がユーリに!?」

 

「いいぜ。オレの障害になるなら、始祖の隷長が相手だろうと必ず潰す。

ついでにデュークの野郎もぶっ潰す」

 

「デュークさんの行く末をお気遣いされての会話してる傍から、なして潰しにかかるんだよ正気に戻れユーリ」

 

「ライバルは少ない方はいいだろ」

 

「なんのだよ」

 

「やはり最後は暴力なのですね。わたしは悲しいです」

 

「エステルさんや。お涙ちょうだいのところで申し訳ないけれど、そのお手てに握ってらっしゃる物騒な片手剣はなーに?」

 

「桜の運命の男性を選定しなくてはいけません」

 

「物理で訴える気だな止めろ」

 

「ベリウスが言っていました。桜の運命を変えるにはこれしか方法が」

 

「心はどーした!? 心交わせれば解決できるねって話してただろ!! 早速捨ててくるな拾ってこい!!

そして死者を冒涜しかねかい脳内変換するんじゃありません!!」

 

 

いろいろ取り繕って殺意を振りまこうとするエステルを私は懸命に止めた。

ベリウスの言葉を曲解するのもいいところだろう。

いや、そもそもベリウスが残してくれた言葉の意味はなんだった。

 

 

「ベリウスはなんで単純に"人間に戻る方法"じゃなくて、"運命を変えるため"なんて言葉を使ったんだろ?」

 

「フェロー。オレたちはベリウスがお前に会えば、桜の運命を変えられると聞かされてやってきた。何か知っているのか」

 

「我が知るのは、幼き同胞が完全体になる未来のみ。

人間たちの好きにさせるわけにはいかぬ」

 

「じいさんも桜が帝国の手に落ちたら終わりだと言っていたな」

 

「でも、桜が人間に戻れば、狙われる心配もなくなるのです?」

 

「そうなんだけど、人間に戻る方法が進化とか変化とか、具体的にどうすればいいのかわからないんだよ?

このままじゃあ、始祖の隷長になって悪党に狙われて、死ぬまで皆に迷惑をかけてしまうのに」

 

「死ぬのはなしだ。オレがいる。お前の迷惑も一興だって言っただろ」

 

「ユーリ、そうは言うけど」

 

「好きな子の面倒ごとは男にとってはご褒美さ。愛を深めるチャンスだろ?」

 

「レイヴンさんまで、冗談止して」

 

「……なるほど。ベリウスが我に会うように伝えたのはそのためか。まったく我には似合わぬ役回りよ」

 

「フェロー。何か思いついたの?」

 

 

フェローが苦笑したので思わず問いかけると、彼は穏やかな様子で私に澄んだ眼を向けた。

 

 

「桜よ。心を確かに持て。そなたがもっとも愛する者を強く想うがいい」

 

「……は? 私の一番好きなひと?」

 

「進化とは本能的に成るものだ。中には我が身可愛さに進化を遂げることもあるが、そなたの場合は自身より他者なのだろう。

仲間が苦境に見舞われた時、そなた自身が心を保ち、他者を想えば、おのずと進化を遂げられる。

それが人間に戻るにしろ、さらに始祖の隷長の能力を引き出すのにも同等だ」

 

「待って、待って! 私に好きなひとなんていないんだけど……!!

皆のピンチの時にいもしない好きなひとを考えるってなんなの!?」

 

「桜の人間への進化には、桜が一番に想う男が必要なわけか。

……マイナスからのスタートだが、俄然やる気が出て来たぜ」

 

「これはフレンにも伝えないと。フェアではありませんね」

 

「え? エステル、ユーリじゃダメなの?」

 

「バカっぽい……とも言い切れない状況よね。これ、男じゃないと駄目なの?」

 

「女性でもいいなら、私頑張るわ」

 

「ジュディスちゃんとの百合展開もごはん3杯いけるけど、やっぱり桜ちゃんの一番は俺様でないとね。

人間に戻る方法って、やっぱり定番のキスとか? それもディープなやつ? エッチ的ななにか?

なら、おっさん全力出すよ。覚悟してね、桜ちゃん」

 

「好きな相手で人間に戻れる。なんともロマンチックな方法なのじゃ。

して、桜の姉御は誰が一番なのじゃ?」

 

「いねーよ!! って言いたいところだけど、四の五の言ってる場合じゃないか。

でも、本当にいないし……はッ! もしや妄想彼氏というやつ? 私の想像力が試されてるの!?」

 

「妄想より、現物見つけた方は効率的だろ。案外近くにいるかもだぜ」

 

「ないわ……」

 

「オレ見て否定すんなよ」

 

 

私が自分よりはるかに美人のユーリを見てため息とつくと、彼は露骨に不機嫌になった。

彼は高値の花なんだ、私とは不釣り合いである。

それ以前に、私が人間に戻るためとはいえ、皆の前で自分の好きなひとを暴露しなくてはいけないなど言語道断だ。

 

 

「あ、ありえん! フェロー、別の方法とかないの!?

ほら、人間に戻るためのアイテムとか何か?」

 

「そなたの心次第だ」

 

「そ、そんなぁ」

 

「そなたの未来は未だ闇に包まれておる。世界を巡れ、そして生きよ。

仲間とともにあれ。想う者と寄り添い絆を深める良い」

 

「恋愛ゲームみたいになってきてるよ、これ。

攻略対象もいないのにどうしろと?」

 

「焦らなくても、そのうちわかるもんだ」

 

「ユーリ。そうは言うけどね」

 

「わからせてやるさ」

 

「どういう意味よ」

 

「まったく……我らしからぬ講釈をたれたものよ。

桜、お前が想う者が現れなければ、我のもとへやってくるがいい。

始祖の隷長として、我がいつでも歓迎する」

 

「できればそうなりたくないけど、もしかしたらそうなるかも」

 

「オレがさせねえよ」

 

「そこの男より、デュークと愛の契りを交わせば良いだろう」

 

「しつこいぞ! そこの阿呆鳥!!」

 

「桜は人間に戻り、デュークも人間として幸福を手に入れられる。一石二鳥ではないか」

 

「うんわかった! マジで石ころでお前のドタマ射殺すわ! 私の孤高の未来と執拗な阿呆鳥亡き者にして、文字通り一石二鳥にしてくれる!!」

 

「頑なな者だ。それも良かろう。そなたが始祖の隷長になるもよし。人間に戻るのもよい」

 

 

フェローは私にそう告げるなり、大きく羽ばたいて、地を蹴った。

 

 

「……世界の終りの時は近づいている。ゆめゆめ忘れるな」

 

「待て、バカ鳥! エアルの暴走が術式にあるなら、過去にも同じ現象が起こったはずよ。

魔導器は古代技術で生み出されたものなんだから」

 

「罪を引継ぐ者たちがいる。そやつらに聞くがよい。そやつらなら過去に何があったか伝え続けているだろう」

 

「罪を引き継ぐ者……魔導器の発明、クリティア族のこと?」

 

「リタさん?」

 

「桜。また会おう」

 

 

フェローは私に再会の約束すると、空の彼方へと消えていった。

フェローのと時間は嵐のようだったが、かなりの収穫はあったと思う。

私が人間に戻る方法はわかったものの、その方法が難題過ぎるので、ひとまず置いとこう。

一方、世界の毒の意味を知らされたエステルは、重い表情で私たちに頭を下げた。

 

 

「あの……ありがとうございました。ジュディス……それにユーリも」

 

「それはいいんだけどな。むやみやたらに死ぬなんて言うなよ」

 

「ごめんなさい」

 

「なら、ユーリも私に殺されてもいいだなんて言わないでよ」

 

「オレはお前に恨まれて当然の罪を犯した。それにお前が許しても、オレはオレを許せない」

 

「もういいのに……」

 

「青年も頑固なんだから、まあ気持ちは痛いほどわかるがね」

 

「レイヴンさんも……?」

 

「少年少女の倍生きてたら、いろいろあんのよ」

 

「レイヴンさんの人生か。胸の古傷もそうなの?」

 

「なになに? 桜ちゃんは俺様のことが知りたいのかい?

いいよ、今宵ふたりきりで一晩中語り合おうじゃないか。

俺様も桜ちゃんのあんなことや、そんなこと、すみずみまで知りたい」

 

「貴様は知るところではない」

 

「あらん」

 

 

私が拒否反応を見せると、レイヴンはガックリと肩を落とした。

私がほんの少しでも彼に興味を持ったら、これである。

間もなく復活したレイヴンをつれて、私たちはフィエルティア号へ帰路についた。

 

 

凛々の明星の最初の依頼であるフェローの会合を終えた私たちは次の目的地を決めるために、早々にフィエルティア号へと乗り込んだ。

皆、最初こそフェローに戦々恐々としていたが、最後は割かし和やかだったと私は思う。

それはフェローが私だけ見る目が違っただけで、皆にしてみれば、十分脅威だったかもしれないが、お陰で私たちの目的地は決まった。

 

船室で皆と話し合った結果、フェローの言葉に従い、次の目的地はクリティア族の故郷にして魔導器の発祥の地ミョルゾへ。

とはいっても、当のクリティア人のジュディスでさえ場所がわからないとのこと。

リタはミョルゾの名前だけは知っていたようで、まずは彼女が暮らしていたアスピオに戻ることになった。

 

 

 

 

 

夜空を舞う始祖の隷長バウルは、皆の眠りを妨げないよう緩やかにアスピオへ向かっていた。

目的地は決まったものの、私の行く先は闇の中だ。人間に戻る難易度が高すぎる。

睡眠時間が減ってきた私は皆が寝静まった後、フル稼働した頭を冷やそうと船室をでたのだが。

 

 

「ユーリ、起きてたの?」

 

「ああ。ちょいと考え事があってな」

 

 

船縁に肘を預ける青年に声をかけると、彼はこちらに視線を移して微笑んだ。

闇夜に溶けそうな美しい黒髪が風に靡いて、黒い瞳を宿した端正な顔はやや物思わし気に見える。

怒涛の勢いで真実を明かされたんだ。いくらユーリであれど、理解が及ぶまで時間がかかるのだろう。

彼にもひとりになる時間が必要だ。

 

 

「私、寒いから船室に戻ってるね」

 

「待て、桜」

 

「何、ユーリ?」

 

「こっちに来い」

 

「ちょ、放して!」

 

 

ユーリは強引に私の肩を抱いて、自分の方へ引き寄せた。

私の身体とと彼の身体が重なる。たちまち背中から彼の体温が伝わってきて、思わず身を引きそうになるが、私の力では到底彼には敵わない。

 

 

「これで温かいだろ。風除けにもなる」

 

「そうだね、生暖かいね。生物シールドだね。行き過ぎたスキンシップは止めろ」

 

「お前はオレを嫌うのはわかる。

だけど、眠れなくて夜風にあたっても身体冷やすだけだぞ」

 

「寒いからと船室に戻る私を捕まえて拘束したのはどこのロン毛だ。

私はユーリが嫌じゃなくて、何も身体張ってまで私の毛布にならないでって言ってるの」

 

「お前がくれた時間は有効活用しねえとな。せっかくだから共有しようぜ」

 

「時間……。私が死んだのは事故だったの。ユーリのせいじゃない」

 

「オレの責任で我儘だ」

 

「我儘? それは私の方でしょう。

私がいつもユーリの足引っ張ってばかりで、今度はありもしない罪まで背負わせてるし、私の方が申し訳ないよ」

 

「やったのは事実だ。本当はこうしてお前の傍にいる資格なんてオレにはないだろうな」

 

「ユーリ……」

 

「だが、オレはけじめをつけるのを言い訳にして、まだお前の傍に居続けようとしてる。

責任とるつもりでいて、実際は自分のしたいことをしてるんだ」

 

 

頑なに責任の所在を譲らないユーリは、らしくもなく自嘲した。

私が彼を傷つけている。真実を明かしたのは間違いだったのか。

私の気持ちを汲んだのか、ユーリは気を引き締め、改めて約束を口にした。

 

 

「オレはもっと早くお前の真実に気付くべきだった。

もう二度とお前を死なせない。命を賭けてでも守り抜く。……お前に手で殺されてもいい。それに嘘偽りはない。

ただちょっとでも、お前を近くに感じたいんだ」

 

「そこまでして、私の傍にいる理由は何?」

 

「当たり前になっちまったんだろうな」

 

 

どうしようもないと言いたげに、ユーリは困ったように微笑んだ。

私と過ごした時間はそれだけ長いと言うことか。

私の隣にユーリがいてくれたように、ユーリの傍には当然のように私がいた。

 

 

「子離れした方が良いよ」

 

「そこかよ……」

 

「そろそろ保護者卒業した方が良いって。それでユーリは晴れて独り身よ」

 

「それはそうだな。いい加減オレたちも保護者以上の関係にならねえと」

 

「私と関係を結ぶんだ」

 

「お前が望むならな。生涯かけて面倒見てやるよ」

 

「コブ付きになるよ」

 

「そうじゃないだろ……」

 

 

ユーリは呆れながらも、大きくため息をついた。

確かに五歳差では親子関係は難しいだろう。いや兄妹もありなのでは。

考え込む私を眺めていたユーリは頭を掻いて嘆いた。

 

 

「参ったな。お前がオレを快く思ってないのはわかる。

一緒にいたくない気持ちもわかってはいたが、ここまで取りつく島がねえとはな」

 

「ユーリは全然私のことをわかってない。私、貴方は悪くないって言ったよね」

 

「じゃあ、期待してもいいのか。オレに自分の時間をくれたのはそういう意味と受け取ってもいいんだな」

 

「どういう意味わからないけど。 私はただユーリに自由になって欲しいの。

私を殺しちゃったとか、けじめとか、そういうのはいらないし、最初から望んでない」

 

「自由にしても良いんだな。オレの勝手にさせてもらうが、お前に文句はねえと」

 

「いいって言ってるでしょう。くどいよ」

 

「じゃあ、オレの自由にさせてもらう」

 

 

私がユーリへの望みを訴えると、彼は真剣な表情で私の両肩を掴み、目を見据えてきた。

ユーリの闇色の瞳に目が奪われそうになる。

わけもわからず固まる私へ、彼は決心したように力強く口を開いた。

 

 

「オレがお前を人間に戻してやる」

 

「私の好きなひとを見つけてくれるんだ」

 

「目の前にいるだろ」

 

「ユーリ……」

 

「ああ、桜。オレがいる」

 

「美しいお姉さんがいるね」

 

「なんでそうなるんだよ……」

 

「なんで落ち込むんだよ」

 

「そりゃあ、ガッカリするだろ。

この流れなら、普通……いや、態とか、態とやってるな」

 

「ユーリはカウントしてないから」

 

「……っ」

 

 

私がキッパリ言い切ると、ユーリはきゅっと渋い顔をした。

しつこいようだが、私とユーリでは何もかも偏差値が開き過ぎている。

男女関係になるのは極めて難しい。こんなイケメンに言い寄られたら、逆に私がみじめに感じてしまう。

それに私が人間に戻れなかった時、死んだ場合のことを考えれば……。

 

 

「ユーリは現実を見た方がいいよ」

 

「現実見るのはどっちだ。闘技場でフレンに抱かれた時は、あんな顔してたってのに……」

 

「フレンさんもないよ。あれは普通の女の子の反応だから」

 

「普通の女の子らしく、オレの言葉をまるっと受け止めろよ」

 

「ない」

 

「おい」

 

「私の未来設計図にユーリもフレンさんもいないんだよ。

一緒に旅をしてる保護者と世話焼きの騎士隊長という枠組みの中にあるけど」

 

「デュークとおっさんはどうした」

 

「デュークはフェローにお願いされたし、これから親睦深めなることになるから友達枠。胡散臭いおっさんは枠外」

 

「恋人枠は?」

 

「……ジュディスかな?」

 

「自分で言っといて首傾げるなよ。

オレの方がビックリだ。女同士じゃ意味ねえだろ」

 

「愛に偏見は良くないと思う。私はジュディスに人間に戻してもらう」

 

 

そうだ。好きと言う意味なら、お姉さんなジュディスや可愛いツンデレリタ、元気でポジディブなパティ、花のように愛らしいエステルだって大好きだ。

友達だって、好きなひとに違いはない。

 

 

「というわけだから、私は友達と友情を育むわ」

 

「フェローが言ってたのは愛だぜ」

 

「愛を超える友情なんだよ。ユーリとフレンさんみたいなやつ」

 

「オレとフレンはそんな気色の悪い関係じゃねえよ。

望んでないとか言っときながら、実はオレのこと心底恨んでるだろ、お前」

 

「恨んでないよ」

 

「だったら、オレを認めないのは何故だ?」

 

「私はこのままがいい」

 

「このままだ?」

 

「ユーリと付かず離れずの関係でいたい」

 

 

これ以上、ユーリを傷つけたくない。

私の真実は明かされたが、今も始祖の隷長の浸食されつつあるし、解決の人間に戻る方法には死の文字がついて回る。

 

 

「ユーリは私の保護者なんでしょう」

 

 

私が好きなひとを選ぶと言うことは、自分の命を預けると同じだ。

変化に失敗して私が死んだら、命を預けれた方の衝撃は想像を絶するだろう。

本気で私を愛してくれるのなら、なおさら。

 

 

「今まで通りにやろうよ。ザーフィアスから脱出した時、ハルルの頃みたいに楽しく旅を続けよう」

 

「断る」

 

「私はそうするから」

 

「勝手にしろ。お前があの頃を望んでいようが、オレは後には引けない」

 

 

私が無難な提案を持ち掛けたところ、ユーリはキッパリ切って捨ててきた。

意見が分かれるのは今に始まったことではないし、頑なな彼らしいといえばそうなのだが、少し様子がおかしい。

私はユーリの琴線に触れるようなことを言ってしまったのか。

 

 

「何を怒ってるの、ユーリ。私が何か気に障るようなこと言ったなら、ごめん」

 

「今日まで旅を続けてきて、長いこと傍で待たされたってのに、今更初心に戻れだ?

ふざけるな。この気持ちを知ったからには……もう戻れないんだよ」

 

「そんなこといわないで、いつものユーリなら父性愛とかで過激なスキンシップしてくるんでしょう」

 

「これでもかなり我慢してたんだぜ。お前が元の世界に戻る時、足引っ張りたくなかったからな」

 

「ユーリ……!」

 

「だが、我慢もここまでだ。人間に戻る方法を知ったからには元には戻れない。

オレは誰にも譲るつもりはないよ」

 

「ごめん。私、もう船室に戻るね」

 

「逃げるな、桜。オレの話を聞いてくれ」

 

「聞きたくない。放して」

 

「桜。オレは……」

 

「ユーリ!」

 

「――桜が好きだ」

 

 

ユーリの強く熱い瞳が私の胸を射抜く。

一瞬、何を言われたのかわからなかった。確かめるように目の前の青年を見つめる。

そこには私の知っている挑発的で皮肉屋のユーリとはまるで違う別人がいた。

艶やかな長い黒髪、うっとりしそうな絶世美貌はこちら気を惹きつけるように真剣な表情へと変わっている。熱の籠った闇色の瞳には私しか映っていない、ただひとりの男性が目前にいたのだ。

 

 

「オレは桜、お前が好きだ」

 

「ユーリ。正気に戻って」

 

「ああ、オレは正気を失うほどお前に狂わされっぱなしだ。狂っちまうほど、お前が好きなんだ」

 

「いつものユーリなんでしょう。また私をからかってるだけだよね」

 

「オレの頭はいつもお前だけだよ。お前しか見えなかった。これからもお前しか考えられない」

 

「私で遊ぶのも大概にしてよ。貴方、疲れてるんだよ。もう休んで忘れよう」

 

「オレは本気だ。お前と付き合うのに疲れなんて感じてられるかよ。

お前のその瞬きひとつ、吐息だって逃したくない。忘れられないんだ」

 

「そういう大切なことは私以外で練習してよ」

 

「桜。今までオレはお前を大切にし過ぎて、手を出すのを躊躇ってた。

だが、もう遠慮はしない。できそうにない。……オレはお前が欲しい。お前の全てが欲しいんだ」

 

 

わからない。ユーリが私を助けるための演技をしているのか、本気で想っているのか、判断できない。

今の私には彼の気持ちを受け止めきれない。容量オーバーだ。

 

 

「待って、ちょっと待って、私はまだ……っ」

 

「いいや、待てない。現実逃避の時間は終わりだ。桜、オレを見ろ。お前だけを好いてる男を見るんだ。頼む……逃げないでくれ」

 

「見たくない。もうユーリなんか知らない!」

 

「知らないなら、わかるまで言ってやるよ。

オレは桜が好きだ、お前を愛している。オレにはお前が必要だ、お前が欲しい。オレだけのお前でいて欲しい。これからだって、ずっとだ」

 

「聞きたくない」

 

「なら、感じろ」

 

 

ユーリは拒絶し続ける私を強引に抱き締めてきた。

ユーリの胸の高鳴る音と私の早鐘をうつ心音が伝わり合い、彼との温もりと香りが私の思考を奪う。

ユーリの二の腕が彼とひとつにしようと私をきつく強く締まり、彼の呼吸や筋肉の微々たる動き、脈動まで、嫌が応にも全身で彼の存在を感じてしまった。

 

 

「お前の身体でオレを感じて、この気持ちを確かめてくれ。思う存分、オレを噛み締めろ」

 

「放して……っ」

 

「できない。オレだってお前を感じていたいからな」

 

「ええ!?」

 

「ああ……。温かい。か細くて柔らかくて、あんまきつくすると壊れちまいそうだ。

前からこうしてお前をじっくり確かめたかった。オレのもだけにしたい。オレだけを感じて欲しい。他の誰にも触れさせたくない。

……ヤバいな、これ、マジで止まらなくなりそうだ」

 

「止めて、いい加減にしないと、私」

 

「そろそろ、お前の言葉が聞きたい」

 

「言葉……何を言えば、ユーリは放してくれるの?」

 

「放すわけねえだろ。いつまでもこうしていたい。とことんお前を堪能したいんだよ」

 

「おいコラ待て」

 

「桜。お前の返事を聞きたい」

 

「返事って、さっきから自分が何を口走ってるのかわかってるの?」

 

「ああ、オレの気持ちは伝えた。まだまだ伝え足りねえが、お前の頭がパンクしちまうだろ」

 

「も、もう無理……っ」

 

「無理と言うなら、オレにこれ以上言わせるな」

 

「ユーリ……」

 

「オレの名前を口にしてくれるだけでも嬉しいよ。いくらでもオレを呼んでくれ。

そうなりゃあ、心も身体も歯止めが利かなくなる。

タガが外れたら、今度こそ、オレはお前とひとつに……」

 

「え? 何? きつくしないで、放して。む、胸が……っ」

 

「なあ、わかってくれよ。オレもう限界なんだ」

 

「……」

 

「今度は桜の気持ちを知りたい。

人間に戻るとか、何もかも取っ払った、お前の本当の想いをオレにぶつけてこい」

 

 

ユーリに耳元で囁かれ、追い詰められた私は返答に戸惑った。

彼の激しく強く、のぼせるほど熱い気持ちを叩き込まれて、私の気持ちはどうなのか。

 

ユーリを傷つけたくない。大切にしたい。重荷になりたくない。

どの気持ちも、きっとユーリが求める答えではないのだろう。

 

ここで頷けば、ユーリは喜んでくれるだろうか。

結果、私の死によって、彼を絶望のどん底へ突き落すことになる。

 

ここで首を横に振れば、ユーリは傷つくだろうか。

その上で旅を続けるのは、彼の心の傷を抉る他ない。

 

最適解がわからない。

私はもう自分の気持ちさえ理解できないほど、彼に混乱させられていた。

 

 

 

 

 

■続く■




ありがとうございます! ここまで御覧になって頂けて、本当にありがたい!!
難関のひとつフェローとの再会のお話です!!
ええ、シリアス不可避ですよ、その上ラヴ要素突っ込んでしまったオワタ!!
恋愛小説童貞なのが際立ったお話になった!!

このオチは事故です、不慮の事故なのです。
48話のpixivアンケートでラヴ要素の評価を受けて「それじゃあ、恋愛路線に走ってみては?」と軽い気持ちで挑戦したものの、必然的に難易度爆上がりになりまして!!
「ネオロマもいいんじゃない?」とフェローに恋愛ゲームみたいなこと言わせて「ユーリなら、この後どうすんだろう。やっぱり考えるより即行動! 迷わず告白するよね!!」となりました!!
主人公の設定はすでに織り込み済みだったものの、どこで小出しにしていくか、自分には判断しきれず、だばだばした結果が下手なシリアスラブストーリーに……!!
いやでも頑張る!!

次はアスピオになるかと……! レナンスラ岩虚は難しいかもです!!
それでは!


瑛慈 翔
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