彼女と分かれて数時間が経った。
僕にとっては、永遠に近く感じる。
騎士の巡礼。
各地の問題を解決して周る、騎士の慣行行事だ。
一日二日どころで、終わる任務じゃない。
これとは別に重大な任務も平行しているので、簡単には帰ることはできないだろう。
帝都に残された彼女は今頃何をしているのだろうか。
騎士団の護衛は行き届いているのだろうか?
騎士団長との話は上手く進んだのだろうか?
評議会に目を付けられてはいないか?
食事はちゃんと摂っているのだろうか?
部屋で大人しくしているだろうか?
またどこか出歩いてはいないか?
変な男に言い寄られていないだろうか?
いいや、もしかしたら女性に引っかかっているかもしれない。
エステリーゼ様の誘いを真に受けて同性愛を甘受し、彼女が僕の手の届かない存在になってしまったら……?
僕以外の誰が彼女の道を正せるというんだ。
いろんな推測が頭の中にわいてきて、何度も引き返したくなったけど。
僕は帝国騎士団の一員。
今の帝都のありようを変えたくて、騎士になったんだ。
一時の気の迷いで、任務を放棄してしまってはならない。
例え帰ったところで、僕の事情を知る彼女が許してくれるはずが無い。
嫌われるのは火を見るより明らかだろう。
これから、この時を耐えなければならないと思うと苦痛だけど、帰ってきたときの喜びを考えれば、越えられないことはない。
ザーフィアス城で彼女が僕の帰りを待っている。
今まで感じたことのない心の高ぶりを味わいつつ、闇夜の下、床につく。
桜。君は今頃ベットの中だろうか。
きちんと寝巻きに着替えて、服を丁寧にしまって、ぐっすり眠っているのだろうか。
SはMのMはSの
嫌でも憑いてくるのだろう
フレンと別れて数時間が経った。
その間に私はキュモールなんつうヒステリーに監禁されて、ユーリに助けられ、エステリーゼとともに城から脱出することが決定したのです。
この急展開に参りそうになったが、自分の命がかかってるかもしれないと考えれば安いものだ。
うん。自分のことなら頑張れる。
納得できないのは、ことこの件全てに浅い深い関わらずフレンが関係していることだ。
キュモールは私を強奪したらフレンがどんな顔するか、なんて、はた迷惑なドSを発動するし。
中年騎士には、私とフレンとは恋人同士だの、城に連れ込んで夜這いまで及んだだの、斜め上な誤解されるし。
エステリーゼには、フレンと愛の逃避行したんじゃねーのと疑われるし。
その彼女もフレンに会う為に、脱走に付き合うって言い出すし。
エステリーゼと楽しく変装に勤しんでたら、窓からキチ○イ突入してきたし。
フレンの日頃の行いが非常に怪しくなってきた。
その当人も騎士の巡礼とかでここ帝都を旅立ってしまい、これら全てを熨斗つけて返すことも、怒りの鉄槌下すことも出来ない。
彼の理不尽な問題を押し付けられた私たちは、今現在窓から不法侵入及び器物損壊してのけたキ○ガイのザギを相手にしていた。
こいつ、黒尽くめで両手に凶器持った危ない青年であること以外、まったくもって理解不能なのである。
しかも黒い長髪の美青年ユーリをこともあろうに特徴の全然違う金髪碧眼容姿端麗フレンと勘違いして、問答無用で襲い掛かってきたのだった。
「フレン・シーフォ! 俺の刃のエサとなれ!」
「ああ? 人違いだろ。オレはフレンじゃねーっつーの!」
ユーリは漆黒の髪を靡かせながら、空かさず刀を抜いて、ザギの一撃を受け流した。
ふたつの刃は火花を散らして離れると、左右に飛び、互いに間合いを取り始める。
「くふふふ、今の防いだか。なかなかやるな」
「相手の準備が整うまで待てねーのかよ。セッカチな兄ちゃんだな。
桜、ちゃんとオレの後ろいるか」
「ちゃんとユーリの三歩後ろに下がってるよ。
フレンフレンってアホのように連呼してるけど、この人フレンさんの知り合いかな?」
「あいつにこんなヤバい知り合いがいるとは驚きだ。
幼馴染として交友関係を疑うぞ、オレは」
「はは、ははは、ふはっはっはっはっ! 面白くなってきた! さあやろう! やろうじゃないかあ!」
「こいつぁ、マジでやばいか。
エステリーゼ、桜を頼む」
「は、はい。わかりました」
ユーリは私をエステリーゼに預けて、迫る狂人へを迎え撃つ。
雪崩のように降りかかる刃を、彼は刀一本で受けては流し、避けて、退いて、私たちからザギを引き離していった。
「オラオラオラ! その程度か、フレン・シーフォ!」
「好き勝手言いやがって、この……っ!」
ユーリはザギの刃を受け止めてから力一杯弾き飛ばし、バックステップを踏んで距離をとろうとした。
けれども、その分ザギが磁石のようについてきて、しつこく斬りかかって来る。
「俺はお前を殺して、自らの血にその名を刻む、死ねぇ!」
「趣味ワリぃな、おい! てか、まずは人の話聞けよ……っ!」
ユーリは迫り狂う刃の雨を掻い潜り、一太刀をザギに浴びせる。
しかし、寸でのところで後ろに交わされ、浅く斬っただけに終わった。
「こうも動き回られちゃあ、当たりも甘いか。
下手すりゃ、カウンター食らっちまう」
「く、くはは! いいぞ、その調子だ! 死にたくなければ、もっとあがけ!」
一歩間違えれば、胴を断たれたかもしれないのに、ヤツの瞳に宿る喜びと殺気は消えそうにない。
これが世に言う戦闘狂というヤツか。
「って、冷静に分析している場合じゃない! ユーリを助けないと」
「わかりました。わたしが援護に行きます」
「邪魔をするなああ!」
エステリーゼが剣と盾を構えて参戦しようとしたら、ザギが激昂し妨げた。
「この楽しい、楽しい戦いに水をさすんじゃねええ!
上がってきた、上がってきたぞ! いい感じだ、フレン・シーフォぉおおおお!」
「オレは下がる一方だっての。
物理的にも精神的にも、やばいヤツだな、こいつ」
「薬やってんのかってくらいハイテンションだよね」
「何者かは知れませんが、今の騒動が城内に聞こえたかもしれません。
騎士たちがやってきて騒ぎになる前に、ここは何とか逃げて――」
「逃がすかあああ!」
「ちぃっ!」
エステリーゼがドアへ目を配らせた瞬間、ザギが逃げる獲物を捕らえようとユーリへ飛び掛ってきた。
もちろん避けようとしたユーリであったが、ザギは軌道を変えて、よりにもよって私へと手を伸ばす!
「捕まえたああ!」
「捕まえられたああ! ってか、なんで私?!」
私の腕を掴んで、口元を狂喜に歪めるザギ。
キチ○イに捕らわれ混乱した私は、その手から逃れようと必死にもがくが、束縛はびくともしない。
ユーリも私と言う人質がいて、今一歩踏み込めないでいた。
「お前の狙いはフレンだろ?
そいつは関係ねえ。とっととその手を離しやがれ!」
「こういうのは好きじゃないんだが。
フレン・シーフォに逃げられては困るからな」
「だから、オレはフレンじゃねえっての。
……チッ、なんでもいい。オレと戦いたいってのなら、相手してやっから、桜を解放しろ!」
「くくくく……。話の通りだ。
異界の女の隣にいる男、フレン・シーフォ! この女がいる限り、お前は逃げられない!!」
「桜が、異界の女……?」
私の事情を知らないエステリーゼは、目をパチクリさせた。
唯一私の事情を知るユーリはこの状況に苛立ち始め、正反対にザギはテンションだだ上がり。
全員、見事に意思疎通が成立していない。
この窮地をどうしたものか。
ザギと言う男はフレンを殺すのが目的なのに、ユーリをフレンと勘違いしてるし。
異界の女とは、おそらく私のことなのだろうが。
……妙だ。
エステリーゼだって、私を"異界の女"と呼ばれているのを理解していないのに。
標的であるフレンの顔もわからないのに。
シルククロークで変装しているのに。
昨日来たばかりの私の正体を見破るなんて、矛盾してないだろうか。
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
「なんだ?! 用があるなら、手短に言ええええ!」
「あ、話聞いてくれるんだ」
「……楽しみを邪魔しなければ、構いはしない」
「テンションの起伏が激しい人ですね。
じゃあ邪魔しないから聞いていい?」
「よし、聞け」
「貴方はなんで、私がわかるの?」
「フレン・シーフォは異界の女の傍にいるからだ」
「いや、あの人フレンじゃないんだけど……」
「フレン・シーフォを殺すのが、今の俺にかせられた任務だ。
フレン・シーフォの部屋は無人だった。
お前の部屋も無人だった。
お陰で俺は城内を探し回った。
そうしたら、ここに奇抜な格好したお前がいたので、ずっと窓に張り付いて機会を伺っていた」
「ああ、それでシルククローク着ても、その前の私の服装知っているから、見分けがついたんだ」
「そうだ」
素直に頷くザギさん。
そうか。なるほど。そういうわけなのか。
エステリーゼの部屋で制服着ている私を見たのなら、いくら変装したところで無駄ですね。
「って、おいいいいい! それはもしかしなくとも、私の着替えを覗いたってことか?!」
「ふはははははははっ! バカめ! 今頃気がついたか、異界の女ああああ!」
「ふははじゃねーわよ! 破廉恥な行為突っ込まれて、テンション上げんじゃねえええ!
実は変態さんか貴様!!」
「違うなああああ! 俺は暗殺者だ!
黙ってお前を覗いていたのは、女同士が楽しく着替える様を見て、"あ、オレ今入るとなんだかまずいかな"と、ちょっと気が引いただけだあああ!」
「変なところで気を利かすな! いっそ入らないという選択肢はなかったんかい!」
「無い!」
「言い切るな! スケベな行為をしておきながら、胸張ってのたまうんじゃねーわよ!
落ち込め! 反省しろ! この場で懺悔するがいい!
今この時こそ、テンション下げる時だ!」
「バカめええ! 下げろと言われて、変態と蔑まれて、厳しく怒鳴られたところで、これがテンション上げずにいられるあああ!」
「こんのドMが!!」
ザギの奇行にキレた私は、ザギの横面目掛けて渾身の学生カバンスイングを叩き込んだ。
キュモールの時みたいな轍を踏むわけにはいかない。
思い切り遠心力が加わった一撃は、ザギの頭を大きく揺るがし、軽い脳震盪を起こさせた。
「桜! こっちへ!」
「ユーリ!」
ザギの拘束から逃れると、ユーリの元へ一目散に駆け出した。
でも悲しきかな、女の子の一発はやはり弱かったのか、正気に戻ったザギが再び私へと手を伸ばす!
「異界の女あああ!」
「しつけーんだよ! 蒼破刃!」
会話の通じないサギ相手に痺れを切らしたユーリは、手にした刀で下からすくい上げるように空を斬り、その軌跡から衝撃波を放つ!
「ぐおおおっ?!」
床スレスレを弾丸のように突き抜ける衝撃波はザギの腹に直撃し、吹き飛ばした。
仰向けに倒れて動かなくなったのを遠目で確認し、私は安堵の息を漏らす。
「やっと静かになった。
コッチの世界の人は、誰でも衝撃波打てるんだね」
「武醒魔導器のおかげでな。
怪我はないみたいだが……怖くなかったか?」
「危うく電波にヤラれるところだった」
「そりゃあ危なかったな。
魔導器なしでの、あのスイングは大したもんだ」
「そりゃあ、どうも」
ユーリは左手をかざしてきたので、私はハイタッチでそれに答えた。
ユーリと私、手と手、視線と視線が合わさって、互いに笑みが零れる。
なんだか彼に認めてもらえた気がして、心がこそばゆく、浮き立ってしまう。
エステリーゼは微笑む私たちが不可解なのか、一人小首をかしげていた。
「お二人とも嬉しそうにして、どうなさったのです?」
「ハイタッチを知らねーのか」
「はいたっち、ですか」
「お互いの喜びを分かち合う儀式みたいなもんです。
コミュニケーションの一種ですよ」
「喜びを一緒に?!二人ともずるいです」
「何も一人限定じゃねーんだ。あんたもやればいいだろ」
「そうだったのですか。では、わたしもお願いします」
「うん。わかった」
緊張した面持ちで左手を上げるエステリーゼに向かい、私も左手で応えようとした。
しかし、隣に立っていたユーリが唐突に表情を強張らせ、私を背に庇う。
何事かと彼の視線を追い、あるものを目の当りして、私は身を強張らせた。
「ふははははははっ! 痛い、痛いぞ! 今の一撃ぃぃ!」
「ザギ?!」
「もう復活しやがったか!」
狂人の復活にユーリが再び刀を抜き、エステリーゼも隣で剣を構える。
アドレナリンが回ったのか、更にハイになったザギが血走った目でユーリと私を捉えた。
「効いたぞ! 効いたぞ! フレン・シーフォ!!」
「だからオレはフレンじゃ――て、言ったところで聞きゃしねーよな。
桜、お前、こいつの通訳頼む」
「え、ええ?! 私だって無理だよ!」
「異界の女あああ!」
「何よ!」
私に向かって雄叫びを上げたザギは、ポッと頬を赤らめて身を捩じらせた。
「……さっきの一撃は好かったぞ」
「おぞ……っ」
恍惚する狂人から告白されて、私の背筋にこれ以上ないほどの悪寒が走る。
ヤツは真性でした。
「お生憎ですが、私はユーリみたいに強くありませんから! バトルマニアでもありませんから!
これでもフツーの女の子してますから!」
「貴様が何者だろうが知った事か!
俺はひ弱な女子供に手出しするつもりはねえええ!」
「だったら、そんなウットリした顔でキモい発言すんのは控えて頂けませんかああ?!
私、精神的に堪えますぅぅ!」
「キモい、キモいだああああ?! もっとだ、もっと言えええ!」
「何を言えと言うんだ、この異常者が! 鼻息荒くして興奮すんじゃねーわよ、マジでキモいんだよ!
頼むから寄るな、喋るな、微動だにするな!
貴様のおかしな言動全てに虫唾が走る!」
「うはははははっ! いいぞ、いいぞ、この胸の高鳴り! ゾクゾクしてきた!
その調子で、激しく、強く、上から目線で罵れ!」
「う……っ」
「どうしたんだ? さあ早くぅぅ!」
「うわああああん! ユゥーリィ!!」
「おー、よしよし。真性のマゾ相手によく頑張った」
本物の変態に怯える私をユーリはその胸で温かく受け入れた。
しばらく私の頭を撫でていたユーリであったが、私が離れたのを合図にザギと対峙する。
「うちのお嬢さんがお前のキモさに耐え切れずリタイアだ。今日は諦めて帰ってくんねーかな?」
「そうはいくか! フレン・シーフォ! 貴様を片付けて、異界の女を頂く!」
「フレンの暗殺が目的じゃなかったのかよ。
……けどまあ、こいつ、桜を傷つけるつもりはないんだよな……?」
ユーリは狂人の様子を確かめながら、刀を片手にじりじりと間合いをとり始めた。
張り詰めた空気が部屋を支配し始め、二人の間に緊張と殺意がひしめき合う。
いつどちらかが斬りかかってもおかしくない状況で、まず最初に動いたのは、部屋のドアだった。
「ザギ! 引き上げろ!」
「……っ!」
部屋に入ってきたのは、騎士ではなく、全身黒尽くめの男たちだった。
いの一番に狂人の名を呼んだということは、彼の仲間だろうか。
「騎士団に気付かれた! 一旦退くぞ!」
「折角面白くなってきたところを邪魔するなっ!
まだ上り詰めちゃあいない!」
「騎士たちに見つかれば、邪魔が増える一方だ。
折角と思うなら、楽しみは後にとっておけ」
「……チッ」
仲間の言い分に納得したのか、ザギはひとつ舌打ちすると、ユーリから離れて夜風が通る窓へと身を翻した。
窓枠に手をかけ、ぬらりと鈍く光る瞳を私たちに向ける。
「フレン・シーフォ。次は、殺す……っ!」
「オレはもうフレン固定なのな」
「というより、アイツ、ある一定の人の認識ができなかったりして」
「異界の女あああ!」
「だから何だよ!」
「……次はさらに激しく」
「失せろ変態。そして二度と私の前に現れるな」
「わかった。また来る」
わかってない。
ザギは私の口撃を脳内で都合よく処理したのか、コクリと頷いて、闇夜に飛び込み姿を消した。
気がつけば、先程の黒尽くめたちも逃げたようだ。
緊迫した空気が解かれ、ドアの向こうから思い出したように喧騒が響いてきた。
「なんとか凌げましたね。
わたし、お城の外にあのような方々がいるなんて、思いもしませんでした」
「この世界には、あの手の連中がわんさかいるのか。い、嫌だな……」
「いねーから安心しろ」
「それなら良いのですが。あのわたし、桜に聞きたい事があるのですが、よろしいです?」
「なんでしょう。エステリーゼさん」
「貴方はあの男に、異界の女と呼ばれていましたが、どういう意味です?」
「え、ええと……」
フレンから、ロクでもないヤツには気をつけろと言われているが、特に口止めされたわけでもない。
エステリーゼは悪人じゃないから、話しても問題ないんだろうけど……。
返答に困っていると、ユーリが少し呆れた様子で私たちの会話に入ってきた。
「皇族のお姫様ともあろうものが、あの野郎の戯言を真に受けんなよ。
どうせ、オレをフレンと間違えたみたいに、なんか勘違いしてんじゃねーの」
「そうでしょうか」
「早いとこ女神像のところへ行かねーと、騎士団の連中に見つかっちまう。
変な推測立てている間にまたお縄なんて、オレはゴメンだ」
「ユーリ。その女神像まで行けば、お城から出られるの?」
「らしいぞ」
「らしいぞって、物凄く頼りないんだけど」
「他にアテがねーんだ。
行ってダメだったら、他の手考えればイイさ」
かなり楽観的な考えてある。
けれども彼の言うとおり、あれこれ考えている間に騎士団に捕まっては元も子もない。
一つの望みをかけて、私たちは一階にある女神像へと急いだ。
一階の女神像は、十畳ほどの広いスペースのど真ん中にポツンと立っていた。
ここにたどり着くまで騎士とブチ当たるのではないかと危惧したが。
恐らくザギの仲間たちが逃げる為に放った小火の対処に回ったようで、事なきを得た。
「オレがやったことにならないよな。
これ以上罪状増えると、さずがに面倒なんだけど」
「大丈夫です。桜のお友達は、わたしのお友達です。
ユーリさんの弁護は、わたしが引き受けます」
「頼もしいことで。まあ、脱獄と公務の妨害は免れねーだろうな。
んで、これが例の女神像みたいだが、一体どーしたもんだ」
「漫画とかと同じで、押したり引いたりしたら下に階段見つかったりして」
「やってみるか」
「ホントにやるんだ」
「やる価値はあると思うぞ。ちっと、そこで待ってろ」
言うと、ユーリは女神像に手をかけて、思い切り後ろへ引っ張った。
するとどうだろう。
ギシリと石臼を挽いたような音がした後、すんなり女神像が動いて、その下から降りの梯子が顔を出したではないか。
「うわ、マジで隠し通路がでてきやがった」
「これでお城から出られます」
「城の外まで続いている保証はないけどな」
「言いだしっぺのあんたがンな事言ったら、ますます信憑性ないじゃない」
「情報元は、牢屋で会った胡散臭いおっさんだから。
嘘かホントか。どっちにしろ、オレはここを使うけど。桜はどうする」
「イヤだって言ったら、ユーリはどーすんの」
「このロープで、お前をオレの背中に括りつけて、無理矢理にでも……」
「そのネタはもういいから。
説明しながら、徐にロープ取り出して、私ににじり寄るな。
わかったよ。ついていくわよ」
「よしよし。そんで、エステリーゼは? オレたちについてくるの止めるか?」
「行きます。
ロープに縛り付けてまで桜と密着しようなんて不埒なマネ、お上が許しても私が許しません。
貴方をこの剣で刺身にします」
「動機はそれかよ。まあ、こんなところで掛け合いしててもしょうがねぇ。
騎士団がやってくる前に、こっから抜け出すぞ」
一同頷くと、エステリーゼ、私、ユーリの順に梯子を降りた。
淡々と下へ下へ降っていくと、水の流れる音とかび臭い匂いが強くなってくる。
ようやく両足がついた先は、ちょっとした地下水路が広がっていた。
「秘密の隠し通路っぽいわね。可能性がでてきたかな」
「気ぃ抜くなよ。
こういう場所にはよく魔物が潜んでいるからな。
お前はオレとエステリーゼの間を歩くんだ」
「うん。わかった」
ユーリに注意されながら、ふとフレンの言葉を思い出した。
――世界中に魔物が蔓延っていて、結界無しでは生活ができない。
魔物と言われても、私の世界じゃあ架空の存在だし、シャイコス遺跡でも魔物を見ることがなかったので、実際はどんなものかまったくわからない。
ユーリは私の難しい顔から察したのか、元気付けるように声を掛けてきた。
「深刻な顔しなくても、オレやエステリーゼがいる。
魔物がお前に近づく前に、ちゃちゃっとやつけっから、あんま悩むことはないよ」
「すみません。ユーリさん、わたし、魔物は初めてなんです」
「マジかよ。
いや、あんだけオレを伸したんだから、実戦も問題ないとは思うが」
「ユーリさんのお墨付きです? やりました!
これなら桜をお守りできます」
張り切って剣を引き抜くエステリーゼ。
その様子を見ていたユーリは、少し関心したように頷いた。
「一応は信用されてるのかね、オレ」
「先程もお話したように、貴方は桜とフレンのお友達です。
それにフレンもユーリさんの腕を認めていましたから」
「あいつがねぇ……」
「フレンさんも強いの?」
「昔っから、あいつには何やっても、勝った記憶はねーからな」
確かにフレンはボケ以外、何もかもカバーしてのけそうなカリスマ性があったのだが、あんだけ強いユーリが敵わないと言わしめるほどの実力者だったとは想像もしなかった。
地下水路の静けさを紛らわすように、フレンとの思い出を披露し始めるユーリ。
彼は記憶を辿るうちに何か引っかかったのか、ポンと手をついて、こう付け加えた。
「あ、一個だけ、微妙に勝ってるところはあったな」
「微妙って、また理解しにくい表現ね」
「あいつ、致命的な味覚オンチなんだよ」
味覚オンチ。
世間一般の舌の感覚を持たない、もしくは欠如していることなんだが、あのフレンがそうなのか。
いまいちピンとこない私に、ユーリは何故か自慢げにこう続けた。
「相手を満足させるならともかく、テンション下げて悶絶させるなら右に出るものは居ねえ」
「なるほど。それで微妙に勝っているという言葉を使ったのですね」
「感心するところじゃないよ。エステリーゼさん。
味覚オンチか障害か知らないけど、フレンさん、亜鉛欠乏してんじゃないの?
それよか、相手を苦しめるほどの味って、どんだけ」
「オレはあいつお手製の"チャーハン"という名の三角コーナーの似合う物体を食ったその日から。
丸一日あの世をさまよい、覚めた後もあの歯ごたえと味が忘れられず、毎晩夢でうなされる日々が続いた」
「若干顔が青いよユーリ。
チャーハンごときで人間を卒倒させるなんて、味覚以前の問題だよ。それなんて苦行だ。
ユーリの実体験がリアリティありすぎて笑えない」
「笑わせるつもりで告白してんじゃねえ。これは忠告だ。
今後フレンと再会する機会があんなら、出来る限り料理させんなよ」
「恐ろしい実話聞かされた後に、そんな自殺行為をするワケ――」
あった。
フレンが騎士の巡礼から帰ってきたら、二人でビーフシチュー作ると、既に死の宣告を受けている。
顔面を蒼白させる私を見たユーリは、同じく顔を白くして恐る恐る尋ねてきた。
「おい。まさかお前、フレンの殺人料理の予約を……っ?!」
「そのまさかですよ。
私が留守番で自炊してるって知ったフレンさんから"じゃあ、帰ったら一緒にビーフシチュー作ろうね"って、爽やか悩殺スマイルとともに殺人予告を受けましたよ」
「あのフレンが殺人です?!」
「いやマジで殺しはしないが。
桜の胃袋と体力によっちゃあ、間接的にやられるかもな」
「そんな、桜がフレンに……?!
騎士の期待の星でしたが、致し方ありません。
次に会ったら、この手で……っ!」
「待てエステリーゼさん。
今危険冒してまでお城から脱出しようとしているのは、フレンさんの危機を伝えるためだって覚えてます?」
「お友達を守る為です。多少の犠牲は厭いません」
「私の胃袋のために、前途ある有能騎士を葬り去るんかい。
エステリーゼさん、ハイリスク過ぎる」
「オレが怖がらせといてなんだけど。
フレンと再会する時はオレもお前の傍にいるだろうし、破壊的な味覚をしちゃあいるが、レシピ通り作らせれば問題ねーから。
必要以上に警戒しなくていいんだよ」
「なんだ……」
ユーリがいてくれるなら心配はないだろう。
話題も一区切りついて、皆して狭い水路を点々と灯る明かりを頼りに右へ左へ進んでいく。
時折、どーでもいいようなノタ話や愚痴を交わしていくうちに、前方に昇りの梯子が見えてきた。
「あそこから出られそうですね」
「ちゃんとお城の外に出られればいいんだけど」
「ちょっと待った」
梯子の先を覗き込もうとしたら、ユーリが背を寄せてきて視界を塞いできた。
違う。彼は何かから私を庇っているようだ。
何事なのか、私が問いかける前に、物陰から何かが姿を現した。
それはまん丸の毛玉に小さな獣耳とつぶらな瞳、縄のような長いシッポがついている生き物で、ブヨブヨと身体を揺らしながら、私たちの様子を伺っている。
「ネズミだよね」
「わたしが以前読んだ動物図鑑のネズミに比べて、ちょっと大きくて丸いような気がします」
「そう? ユーリ、コレ、この世界の一般的なネズミじゃないの?」
「ここに、こんなデカいネズミはいないよ。
こいつらが、さっき言ってた魔物だ。
とか言っている傍から、なんでガッカリしてんだよ」
「あんなにファンシーなのに」
「頼むから、抱きしめたいとか、持って帰りたいとか言うなよ。
見た目どおり大して強くないが、下手に触れたら確実にケガすっから」
「愛嬌あるのに?」
「あるのかアレ? ……そんなにしょげるなよ。
後でラピードに会わせてやるから、な」
「お二人とも、楽しくお話ししている場合じゃありません!
魔物が、魔物がたくさんやってきました!」
魔物たちにジワジワと迫られ、エステリーゼは悲鳴に近い声を上げた。
彼女の言うとおり、物陰や遠くの方から群れるようにその数を増やしている。
「数が多い……っ。あんま悠長にしてらんねーか。
桜はオレの後ろ、エステルは援護を頼む」
「エステル? エステルとは、わたしのことです?」
「わりぃ勝手に略した。文句なら後で聞いてやっから、今は目の前の敵を片付けんのに集中してくれ」
「エステル、エステル……」
「エステル、聞いてんのか?」
「あ、はい! 援護と桜のことは任せて下さい、ユーリ」
余程ユーリのつけたニックネームが気に入ったのか、彼女は嬉しそうに何度も呟いた。
ユーリに対してさん付けだったのも、ニックネームのお返しなのか、今では呼び捨てになっている。
二人が微かな変化を迎える中、魔物たちが痺れを切らしたように襲い掛かってきた。
「蒼破刃!」「スターストローク!」
二人の衝撃波が、魔物の群を一撃粉砕!
並居る敵の攻撃を斬って、薙いで、殴り倒して、着実に数を減らしにかかる。
ユーリは私との間に一定の距離を保ちつつ、ヒットアンドウェイを繰り返し、エステリーゼは前線に周りながら、適度に治癒術を行使した。
魔物は弱かったが、多勢に無勢で、ユーリたちも一斉に叩きのめす選択肢はないらしく、ひたすら一匹一匹消すことに専念する。
地道な努力もあり、間もなくして、辺りから魔物の気配が消え去った。
「お、終わりました……」
「流石のお姫様も、初めての実戦は堪えたか」
「これくらい平気です。桜、ケガはないです?」
「ユーリとエステリーゼさんが頑張ってくれたお陰で」
「あ、ダメです」
「え?」
「桜。これからわたしのことはエステルと呼んで下さい。
それと言葉遣いも、ユーリにするようにわたしにもお願いします」
「いきなり、どうしちゃったんですか」
「桜は親友になるには、互いの親睦を深めるべきだと言いました。
わたしは自然体の桜とお付き合いしたいのです」
彼女は、しっかり私の目を見て言い切った。
エステリーゼ、いや、エステルの決意は固いようだ。
正直私も丁寧語というのを扱いきれてないし、肩が凝るので、彼女の申し出は逆にありがたかった。
「じゃあ、改めてよろしくね。エステル」
「はい。よろしくお願いします」
「んじゃあ、二人の友情を確かめ合ったところで、さっさと上へ上がるか」
私たちを黙って見守っていたユーリは自らを筆頭に私、エステルを連れて梯子を昇リ始めた。
鉄の乾いた音を立てながら昇っていくと、一筋の光が差し込んでくる。
先に地上に出たユーリに手を掴んで引き上げてもらい、まず目に飛び込んできたのは青空の下、豪邸の玄関庭だった。
「こりゃあ、モルディオの屋敷前じゃねーか。
こんなところに繋がってるたぁ、あのおっさんますます怪しくなってきたな」
「モルディオの屋敷、リタさんの家なの?」
「ああ、ここであいつを取り逃がしたんだよ。
しっかし、朝日が眩しいぜ。一晩無駄にしたな」
「私はともかく、ユーリは一日ブッ通しだもんね。エステルは大丈夫?」
「ここが街の外……、窓から見るのと全然違います」
彼女は私の言葉が耳に入らないほど、辺りの景色に心を奪われ、目を輝かせていた。
私も夜中に街中を通っただけで、ザーフィアスの明るい街並みは新鮮なのだが。
「窓から見るって、エステル。街にくるのは初めてなの?」
「え、ええっと……」
「お城に住んでるお姫様ともなれば、好き勝手に歩けないんじゃないか」
「ああ、そうか。フレンさんもエステルが城の中を出歩くのさえ、止めて欲しかったみたいだし」
「は、はい。そうなんです!」
ユーリの何気ない一言にエステルは全力で肯定した。
この上なく怪しいが、私自身も充分怪しいので、これ以上言及しないでおこう。
本当に必要なことなら、きっと彼女から話してくれるはずだ。
「お城から脱出できたことだし、私たちこれからどうしようか。
私はキュモールやザギみたいなのと二度と会いたくないし、家にも帰らなきゃいけないんだけど」
「オレはそれに加えて、お前の体質調べて、下町の魔核を取り戻さなくきゃならない」
「アスピオってところに行くんだっけ」
「できれば、お前のことを優先してやりたいんだけど……」
「いいよ後で」
「後でって、お前、今自分が置かれている状況わかってるのか?」
「んな雲を掴むようなモンより、下町の魔導器の魔核奪われた方が問題じゃないの。
水がなくなるなんて死活問題じゃない。
下町って、ユーリの生まれ育った場所なんでしょう」
「ま、そうなんだが。桜だって、下手すりゃあ……」
「寧ろ、私はアスピオに行ってみたい。
リタさんが本当に泥棒したのか気になるし、学術都市って呼ばれるくらいだから、何かしら手掛かりがあると見た。
だからユーリ、私も貴方についていっていい?」
「ったく、お前はどこへ行っても相変わらずだな。
いいよ。ついて来い。オレがちゃんと面倒みてやるよ」
「ありがとう! やっぱり美人は気前がよくないとね」
「そこは男前と言うべきだろ」
「エステルはフレンさんに会いに行くの?」
「はい。騎士の巡礼に行ったのなら、まずはハルルですね」
「アスピオはハルルの近くだったから……」
「地図で見たことがあります。
アスピオはハルルから北に行ったところにありますよ」
「となると、エステルとはハルルまで一緒に行くことになるな」
ハルルまで、三人一緒に行動する。
一同利害が一致したところで、ユーリの希望で出発前に下町の様子を見に行くことになった。
以前ユーリから話を聞いた下町は、貴族街や市民街に比べて、何もかもが質素だった。
街並みは話の通りなのだが、そこにあるはずの活気がない。
理由は、広場の中心で枯れ果てている噴水が全てを物語っていた。
「こりゃあ、出るもの全部出しちまったって感じだな……」
「水、どうすんだろ。
エステル、魔核って分けてもらえないかな?」
「すみません。わたしにはそのような権限はないのです」
「しゃーねえよ。魔核は貴重品だからな。
例え余ってても、下町には分けてくれないだろうさ」
「そうなんだ……」
「おお、ユーリ! どこ行っとったんじゃ!」
下町の惨状を見て呆然としていると、一人の老人が声を掛けてきた。
白髪に白いヒゲのどこにでもいるおじいさん、ユーリの知り合いなのか。
このやや怒りの混じる老人相手に、ユーリは軽くナナメに構えて答えた。
「どこも何も。
捕らわれた薄幸のお嬢さんを救い出す為に、一晩中お城ん中で勇敢に忍び込んでた」
「何をワケわからんことを。――んん? 今お嬢さんと言ったか。
もしかして、お前が探しとった桜というのは、ひょっとしてこの娘さんかの?」
「おかげさんで、城ん中で再会できたよ。
桜、前に話しただろ。この人がハンクスじいさんだ」
「初めまして、ハンクスさん。桜です。
ユーリから、話は伺っています」
「こんにちは、おじいさん。
わたしはエステリーゼと申します」
「これはこれは、娘さんが二人して丁寧にどうも……」
ユーリに紹介され、エステルと一緒にお辞儀をすると、ハンクスじいさんは畏まって頭を下げた。
彼がユーリが小さい頃からお世話になったおじいさんなのか。
ルブランほどではないが、メガネから覗く瞳は頑固そうで、でもどこか親しみやすい人だった。
老人は私たちに一瞥して、ユーリに目配りしながらニンマリとほくそ笑んだ。
「それにしても、お前さん。
昨日久しぶりに顔を見せてきて早々、血相変えて"黒髪の女の子を見なかったか?!"なんて柄にもなく詰め寄ってきた時は、わしゃ何事かと思ったわい」
「仕方ねーだろ。いろいろ事情があんだよ」
「やっと身を固める気になったのか」
「お、おい。何言って……?!」
「お前と違って、しっかりしてそうな娘さんではないか。
まだまだ若くて元気そうだし、問題児の相手も充分務まるだろうよ」
「あ、あのなじいさん。オレら、そういう関係じゃねーから」
「そうですよ、ハンクスさん。ユーリは私の心のお姉様です!」
「………」
「なんじゃ。初めから相手にされとらんかったんか」
焦るユーリが面白かったので、調子こいて悪乗りしたら、項垂れ黙殺された。
ユーリは美形でかっこよくて、優しくて強くて。私にとっては高嶺の花だ。
私など彼の相手にされっこないが正しい。
でもやっぱり、お姉様は流石にショックだったのか。
ユーリー?と顔を覗き込もうとすると、クワッと面を上げてじいさんに詰め寄った。
「いいんだ。ノロケ話してる場合じゃなねーんだよ。魔核の話だ、じいさん」
「そうじゃった。ラピードが袋を咥えて帰ってきとったが、ありゃあ何じゃ。何かわかったのか」
「あの袋、後で取りに行って振ってみな。イイ音なるぜ。
と、こっからは悪い知らせだ。修理した貴族のモルディオ、あいつアスピオって街では有名らしいんだが」
「モルディオさんに会ったのか?」
「案の定、魔核泥棒だった。もう少しってところで、逃げられちまって、オレぁこの様だ」
「そうか。ワシらは騙されて……っ」
「おじいさん」
空しく肩を落とす老人を、エステルは悲しそうに見つめた。
多分、お城の中で何不自由なく暮らしてきた彼女にとって、下町の事情など関わりがなかったのだろう。
単身で街に出て、初めて国民が味わう惨事を目にし、心を痛めるのも無理はない。
一方、じいさんは気持ちを堪えて、ユーリへと向き直った。
「それで、ユーリ。目当ての娘さんを助けた後は、どうするんじゃ。
諦めずにアタックするのかの」
「しつけーぞ、じいさん」
「失礼ですが、おじいさん。実は桜の前には、あのフレンという強敵がいるのです」
「なんと、噂に聞く三角関係と言うやつか。
相手がフレンとは、なかなか面白い展開になっとるの」
「お前らな……」
「わたしは桜のお友達として、どちらを勧めるべきか非常に悩んでいるのです。
ユーリとフレンをよく知るおじいさんは、二人のどちらがオススメです?」
「収入が安定しとるフレンを押したいところじゃが、面倒見がよくてなんでも器用にこなすユーリも捨てがたいの」
「……やはり二人とも亡き者にするしかないのですね」
「あのすみませんエステルさん。今友人として、誰が恋人に相応しいか聞いてたんですよね。
なんで殺意全開になってんのか、私さっぱりわかんないんだけど」
「"友人の恋人は友情の妨げになるから、適度に消せ"と、本で読んだことがあります」
「燃やしてしまえ。そんな間違った方向にアグレッシブな本」
「お前らいい加減にしろよ」
私とユーリは話を脱線させるじいさんとエステルに呆れて脱力した。
ハンクスじいさん、意外にもノリがいいようだ。
じいさんの無限の可能性を感じる私を差し置いて、ユーリは改めて今後のことを説明し始めた。
私を帰すまで面倒を見ること、魔核を取り返しに行くこと。
最後まで黙って聞いたじいさんは、ハンと鼻で笑い飛ばした。
「丁度いいわい。
いつまでもこんなところで燻っとらんで、桜をつれて、どこへなりとも行くがええ」
「はあ? なんだよいきなり」
「ワシらのことは心配せんでいいと言っとるんじゃ。
お前さんがいなくとも、下町はワシらだけでやっていけるわい。
フレンも言っとったぞ。いつまで、こんな生活を続けるのかとな」
「あいつ、ホント余計なことばかり言いやがる」
「ニートはダメだって、ユーリ」
「一応これでも、下町の用心棒やってんだぞ」
「お陰で騎士団に目を付けられとるがな。
……と、噂をすれば、いつものヤツがやってきたようじゃの」
じいさんがそう言うと、市民街の方から、「ユーリ・ローウェェェル!」と叫ぶ中年騎士の声が響いてきた。
ルブランだ。しかも、彼のほかに複数の声が混じっている。
ロープで自由を奪い城に放置してきたのだが、仲間の手を借りて復活し、追いかけてきたようである。
徐々に迫る雄叫びに、名前の主は大きな溜息をついた。
「こういう事情なわけで、しばらく下町を留守にするわ」
「やれやれ、いつも騒がしいヤツだな」
「性に合うんだろうな」
「落ち着いたら、桜とうまくやれたか連絡するんじゃぞ。
わしがばあさんを落とした時のテクをお前さんに伝授してやろう」
「そのテクが果たして、この変わった趣向持ち主に通じるか怪しい。
――じゃなくて、じいさん……っ」
「ほら、さっさと行かんかい」
ハンクスさんが私たちを外へ誘導している間に、下町の人たちが一人、また一人と噴水広間まで集まってきた。
ある若者はシャドウボクシングを始め、おばあさんはルブランの行く手を阻むようにヨロヨロと立ち上がり、小さな女の子もそれに続いていく。
ユーリに「達者でな」とか「女の子泣かせるんじゃないぞ」と、声を掛けて行く者もいた。
「あいつら、好き勝手言いやがって」
「皆さん集まって、何が始まるのでしょうか」
エステルが疑問を抱きながら眺めているうちに、下町に乗り込んできたルブラン一行目掛けて、大勢の人々が詰め掛けていった。
内に「噴水はいつ直るのですか」「騎士様カッコイー」などと絡む人もいて、全員総出で地味に騎士たちの進行妨害をし始める。
騎士たちの「ええい。ワシらの邪魔をするでない!」「ルブラン小隊長、このままではユーリに逃げられてしまいます!」などと言う焦燥の声が聞こえてくるが、一般市民相手に暴力を振るうわけには行かず、まごまごしている状態だ。
下町の皆さんは見事ルブランと私たちの間に壁を作り出していた。
「これで金の借りはチャラじゃ。
ユーリ、旅先でのたれ死ぬんじゃないぞ」
「じいさんも、張り切りすぎてポックリ行くなよ。
――エステル、桜。行くぞ」
「あ、はい! おじいさん、わたしたちも行きます」
「お嬢さんも気をつけてな」
「ハンクスさんも、無理しないで下さいね」
「ありがとな、桜。
お前さんにも、何か込み入った事情があるようじゃが。
困った時は、容赦なくあやつを扱使ってやれ。
棒の役にも立たんことはないじゃろ」
「いや、私充分ユーリに面倒かけてるし」
「詳しくはようわからんが、あやつは少しの間お前さんの元で世話になったんじゃろ。
それにあやつと一緒にいると苦労するのは目に見えとるからの。
迷惑や世話をかけあって、おあいこじゃよ」
「おあいこ、ですか……」
「桜ーっ! 後はお前だけだ、早くコッチに来い」
「ちょ、ちょっと待って」
「ロープとオレの心の準備はいつでもできてるぞー」
「背中に括りつけるのは止めてユーリ! 今すぐ行きます、特急で!」
だから、カーボーイのようにブンブンロープを振り回すな。
ホントに投げてきたら嫌なので、急いでユーリに元へ駆け寄ろうとしたところ、先程から野郎の名前を連呼していた声が一変した。
「ああ! 貴方はフレン殿の!」
「やっば……っ!」
ルブランに私の存在を気付かれてしまった。
彼に捕まったら、お城に逆戻りだ。
慌てて逃げ出す私をルブランは懸命に人だかりを掻き分けて追いかけようとした。
「いけません! いくらフレン殿が恋しいとはいえ、結界の外まで追いかけてはなりませんぞ!
帰還してから、思う存分公衆の面前でイチャイチャすれば良いではありませんか!」
「よくねーよ! 不特定多数の目前でイチャイチャできるかああああ!
なんだその新手のハレンチプレイ!
フレンさんとは誤解だっつの! いい加減聞き入れろよ!」
「照れなくてもよいでしょう! 私の目は誤魔化せません!」
「腐ってるよ、その瞳! 一回全眼洗浄してこい!」
「やめとけ、堅物相手に説得なんざ通用しねーよ」
「ユーリ!」
「このままじゃあ、下町突破されんのも時間の問題だな。
オレが手引っ張って行くから、全力で走れ」
そう言ってユーリは私の左手を掴み、颯爽と駆け出した。
速い……っ! 足のリーチが違うのもあるが、バネと力が全然かなわなくて、足元がもたつく私をグイグイ引っ張っていく。
「ユーリ、は、速い……っ!」
「こける前に抱き上げるから、気にせず足動かせ!
エステルも何ぼやってしてんだ。ついてこい!」
「でも、ルブラン小隊長が……」
「あんなオッサンほっとけよ」
「ユーリ・ローウェル! 貴様、私たちの公務妨害に留まらず、フレン殿とうら若き乙女の恋路までも邪魔だてするとは、同じ漢として生かしておけえええええん!」
「あのように勘違いしているようですが。放っておいてもいいのです?」
「……桜」
「なけなしの"ユーリ兄さんのお願い視線"送られても、私一人じゃどーする事も出来ないわよ」
「やっぱダメ?
かといって、あの堅物がオレの話をまともに聞くわけねーし」
「フレンさん本人に誤解といてもらうしかないんじゃない?」
「だな。と、その前にルブランなんとかしねーと。
デコボコは皆が足止めしてくれてるが、あのオッサンはそろそろ抜けてくるぞ」
「愛と正義の為に、今日こそお縄につけ、ユーリ・ローウェル!!」
「ほら来た」
ユーリはその場で足を止めて、人ごみから這い出てきた中年騎士を迎え撃つ。
怒号とともに突進するルブラン、低く構えるユーリ。
二人の男が交錯しようする寸前、頭上からひとつの影が日差しを掠めた。
「うおお?!」
「ラピード!」
上の塀からルブランに飛び掛ったのは、一匹の成犬だった。
種類はわからないが、柴犬、いいやもっと大型で狼に近い。
成犬は前足でルブランの両肩を押さえつけ、仰向けに横転させて気絶させると、クルリと身を反してユーリの傍までやってきた。
「ラピード、お前、今の狙ってやっただろ」
「ラピードって、ユーリが話してた相棒の?」
「そうだ。けど、紹介は後だ。今の隙にここから離れるぞ」
折角下町の皆がくれたチャンスを逃してはいけない。
私たちは騎士たちと下町の声を背にし、結界の外を目指して、再び駆け出した。
下町の石畳を辿って門をくぐった先は、だだっ広い平原がどこまでも続いていた。
ここが帝都、結界の外。
日本にはない広大な世界に、少しばかり心打たれてしまう。
夜に通ったことはあるが、フレンにロープに縛られ、馬にお尻を痛めた記憶しかないので、余計にだ。
城内暮らしの長いエステルも同じように「うわあ……」と感嘆の声を漏らしている。
ユーリはそんな私たちを見て、続いて後ろを振り返った。
「ここまでくれば、ルブランたちも簡単には追ってこれねぇだろ。
少し腰を据えるか」
「はい。ところでユーリ、、貴方の隣で座っているのは、犬……ですよね」
「エステルは知らなかったっけか。
こいつはオレの相棒、ラピードだよ。
ほら、ラピード、これから一緒に旅する桜とエステルだ」
飼い主に紹介されたラピードは、その精悍な瞳で私とエステルに視線を配らせた。
ピンとたった耳、犬にしては長くしなやかなシッポ。
ここまでは許容範囲内なのだが、胸部分に装備した短刀と口に咥えたキセル、んでもって、穏やかな振る舞いとは正反対の鋭い眼光が、ものの見事に可愛さをブッ壊していた。
「クールで勇ましいワンコだね」
「よかったな、ラピード。桜がお前にメロメロだってよ」
「ワフッ!」
ユーリの言葉を理解したのか、ラピードは元気に吼えてシッポを少し振った。
よく見てみれば、なかなか愛嬌があるかもしれない。
一方、エステルはラピードを見つめて愛でるように微笑んでるあたり、クリティカルヒットだったらしい。
「耳、尻尾、ラピード……可愛いです」
「エステルは別の意味でメロメロね」
「モテモテだなラピード。って、お前何持ってんだ」
ユーリはラピードの胴に巻きつけられた布袋を取って、中身を調べ始めた。
そしたら、出てくる出てくるアイテムの数々。
他にも食料や地図、お金まで入っていて、彼は驚き、そして渋い顔をした。
「こりゃあ、下町のやつらの仕業だな」
「こんなにたくさん用意してくれるなんて、ユーリは愛されてるのですね」
「どうだか。今頃厄介払いが出来て喜んでるだろうよ。
特に地図の中身が帝都周辺以外は空白ってところに、そこはかとなく悪意を感じる」
「いやそれは……ご愁傷様。
でも、アイテムや食料やお金を貰ったんだから、帰った時にちゃんとお礼言わないと」
「お礼は下町の魔核で十分さ。
最初に向かうのはハルルだったが、二人とも道わかるか?」
「私はハルルに行ったことがないから。
アスピオの近くだったら、デイドン砦を通るんじゃないのかな」
「はい。帝都から他の街へ行くのなら、デイドン砦を通らなくてはいけないそうです。
砦はここから北に進んだ先にあります」
「デイドン砦ね。じゃあ、軽く休憩済ませてから、そこへ行ってみますか」
ユーリの提案通り、しばしの休息で城での騒動の疲れを軽減してから、北の砦を目指した。
あそこを抜ければ、フレンに会える。
私は高鳴る胸の鼓動を押さえ、あの爽やかな横面に一発くれてやろうと、密かにカバンのスイングの練習に励むのだった。
■続く■
ザギがドMになったが、後悔はしていない。
ゲーム中での彼の発言も、Mじゃないか。Mで何が悪いんですか。
主人公はSではないんですけどね。
ユーリもなんだかローププレイが固定し始めた、なんとかしないと。
ラピードも少ししか出せなくて不完全燃焼ですが、これ以上増やすと収拾つかないので、次回に持越しです。
そーいや、ラピードは軍用犬の子供なのは知ってるんですが、果たして何犬になるのでしょうか。
いや、あの世界観に犬の種類考えても仕方がないのですが。
野郎とイチャイチャする夢小説も良いけど、ワンコと触れ合う夢小説もいいんじゃないか。
んだば、また。
瑛慈 翔